女子大のオペラ公演

P_20190216_221550_vHDR_Auto-crop.jpg 昨日は、地元にある同志社女子大学のオペラ公演、「フィガロの結婚」。

時期から考えると、卒業公演ということかもしれない。ソリストは4年生、合唱などは3年生以下のようだ。
フィガロだから、当然、主たる役は、フィガロ、伯爵、バルトロといった、バリトン、バスバリトンという男声が必要。これらは教師陣などがつとめている。
オーケストラも同志社女子大学のオーケストラ、指揮は卒業生で、二期会で働いている人らしい。

場所は、同志社女子大学京田辺キャンパスの新島記念講堂である。
入場無料。

正直に言うと、タダだしヒマだから、聴きにいってみようということで、全然期待していなかった。
だけど、ちゃんとオペラになっていた。
アラをさがせば、というかアラを言い出したらいろいろないわけではないけれど、十分楽しめた。
楽しめた最大の功労者は、やはりモーツァルトだろう。

卒業公演(だと私は思っている)らしく、多くの学生に舞台に上がってもらおうということなのだろう、女声についてはバルバリーナ以外は複数の演者となっている。とくにスザンナは3人の学生が担当していた。声質が三人三様なのだけど。

演奏に先立って、演出・演奏指導の先生から、若干の演目についての説明があり、フィガロの結婚が作られた時代状況などの説明があった。その説明の中で、第4幕のドン・バジリオのアリア(「ロバの皮一枚」)のことに触れられていて、この公演では、このアリアをやるのかとびっくりした。
バジリオは、役どころとしては、ストーリーのはこびにあまり大きな役割がないので、たいていカットされる。

伯爵の意を受けてスザンナとの間をとりもとうという設定で、理屈上は存在はあるわけだが、実際のところスザンナに相手にされない。そういうからみがある役・場面だったら、カットされないだろうに。
このアリアの前に置かれているマルチェリーナの山羊のアリアもカットされることが多いと思うが、本公演ではこれもちゃんと歌われた。

このアリアは、テノールの出番を増やすために作られたのではないかと思うのだが、そうなら女子大生が主役の公演でテノールに気をつかう必要もないから、カットされるだろうと思っていた。

私のオペラ鑑賞経験はそう多くはないけれど、それでもフィガロは多分7~8回は見ていると思う。日本のものでは関西二期会、外来公演ではベルリン国立、ウィーン国立、英国ロイヤル、プラハなどだが、うち、二期会公演で、名テノールの田原祥一郎さんがバジリオを演ったときだけ、このアリアを生で聴いた憶えがある。


演奏そのものについての批評は、学生の公演ということで、敢えて書かないけれど、スザンナのできは感心したことと、バルバリーナの演技というか雰囲気はなかなか面白かった。そう、ケルビーノも良くて、バルバリーナとのやりとりも(原曲ではたいしたことはないのだけど)、両方の存在感を高めていたと思う。
マルチェリーナも良かったよ。第一幕のスザンナとの二重唱では、そんな場面ではないにもかかわらず、なぜか落が出た。これはモーツァルトの力。それをきちんと演じたお二人のおかげ。

調べると、この卒業(?)公演は、毎年行われているようで、それもこのところ毎年フィガロのようだ。
今まで、こういう催しがあることを全然知らなかった。(今回は市の広報紙で知った)
タダでこれだけ楽しませていただけて、本当に感謝である。

P_20190216_173753_vHDR_Auto.jpg

場内は撮影禁止なので、かろうじて終演時の一枚だけ


関連記事
スポンサーサイト

マイナンバーが保険証に

マイナンバーが保険証に=カードの普及促進
-健保法改正案
P_20190215_112509_vHDR.jpg
 政府は15日の閣議で、マイナンバーカードを健康保険証として使えるようにすることを盛り込んだ健康保険法などの改正案を決定した。
 カードの利便性を高めて普及を促すとともに、受診時の本人確認を確実にし、医療保険の不正利用を防ぐ狙いだ。2021年3月からの施行を目指す。
 新たな仕組みでは、医療機関の窓口に設置する専用機器でマイナンバーカードの裏側のICチップを読み込む。専用機器は、保険診療の支払い審査を行う「社会保険診療報酬支払基金」などとつながっていて同基金がカードの所持者の健康保険証の情報を送信、医療機関が保険資格を確認できるようになる。これまで通り健康保険証も使用できる。
時事通信 2/15
先日、マイナンバーカードを保険証として使えるようにする法改正のことが報道されていた。

マイナンバーカードの「多目的利用」の本命中の本命であろう。
私も、マイナンバーカードが保険証として使えるようになったら便利だと思うから、このこと自体については良いことだと思う。

気になることもある。例によって情報システム及び運用に問題はうまくいくのだろうかという点。

まずこれを実現するにあたって、マイナンバーを使うのか、カードという媒体を使うのか、この報道でははっきりしない。

報道発表で会見があったのかどうか、なくても報道発表資料には問い合わせ先が書かれていると思うから、記者は、そういうところをきちんと確認して記事にしてもらいたい。
システム音痴の記者に期待しても無理だろうけれど。
(情報源の確認をしていない私が悪いのだけど、マスコミにも反省を促したい)


どっちでも、マイナンバーカードを持って行ったら診察を受けられるんだから良いじゃないか、という人もいるかもしれないが、同じように見えることでも、その実現方法によってはいろいろな制限があったり、バックグラウンドでの対応方法が違う。そのことで事業者や社会的な負担は全く違ってくる。

カードという媒体を使うという方法の場合、おそらくはカードに用意されている匿名の電子証明書を使って、マイナ・ポータルと同様の考え方で使うことになる。このためには保険証のID(記号・番号)と、その電子証明書を事前に紐付けておくことになる(もちろん最初の診療時でも良い)。

もうひとつはマイナンバーそのものをバックオフィスでリンクしてしまうという方法で、多分、こちらになるのだと私は思っている。この場合は、保険者にマイナンバーを届けることになるが、健康保険でのマイナンバー使用は高額療養費の手続きのためなど、今でも行われているようだから、あらためて届けなくても良いという人も多いだろう。

ただ、マイナンバー制度発足時に、マイナンバーは他人に知られないようと国民をさんざん脅していたわけで、一方で多目的利用だと、あちこちにマイナンバーを届けるサービスを使わせるというのでは、そもそもマイナンバー制度のポリシーに一貫性がないと言われてもしかたがない。

そしてその結果、このブログでも何度も文句を書いたけれど、この矛盾したポリシーのために無駄なコストをかけ、セキュリティの脆弱性を招いている―たとえていうなら玄関ドアはやたら厳重だが、裏口は開けっ放しというような状態を作ってしまったのではないか。

無秩序なパッチワーク。裏口が一か所なのか、他にもあるのか、窓から出入りできるのでは。
そして、そのそれぞれの出入り口を作るのにに多額のコストがかかっているのでは。
さらにそれだけの出入り口があったら、それを見張るコストもかかるのでは。


関連記事

ピザ祭り

P_20190214_120604_vHDR_Auto.jpg 昨日は、お昼のピザ・パーティ。

このところ毎年末に納会のように行っていたけれど、昨年末は諸般の事情(って何かわからないが)により、見送られていた。
それがなぜか、復活し、昨日開催となった。

買い出し先は、近くのDomino Pizza。
種類は、次のとおり。(いずれもLサイズ)
クワトロ・カマンベールミルフィーユ\3,900
マルゲリータ\2,800
ジェノベーゼ\3,200
シーフード・スペシャル\3,900
ビッグ・ペパロニ&ソーセージ\2,500
バジリコ\3,500
以上、6枚で8人分。以前のピザ・パーティに比べると、少し量的にはおとなしくなったようだ。

うち、ビッグ・ペパロニ&ソーセージというのは、このチェーン店で "ニューヨーカーレンジ" という部類になるもので、サイズが一回り大きい。
ボックス横に "HUGE PIE" と表示されていた。 "デカパイ" と読むのだろう。


今回も「1枚買えばもう1枚タダ」(持ち帰りの場合)のサービスを利用(若い衆が11時過ぎから買い出しに)。
このサービスでは2枚目のピザの値段は1枚目より高くてはいけない。
さて、ピザ全部でいくら払ったでしょう。

P_20190214_120613_vHDR_Auto.jpg

関連記事

貫一・お宮

H250714_MOA_tea_garden_P1000481.jpg
MOA美術館 茶の庭(2013.7.14)
いつも見る情報サイトに、地方の観光客誘致努力がしばしばとりあげられる。
先日は、衰退している熱海になぜ観光客が増えているのかという記事が目に入った。

熱海の名前を知らぬ日本人はまずいないと思うが、私は何年か前に、一度だけ熱海に行ったきりである。
MOA美術館をゆっくり見てから、夕方に旅館について、翌朝出発とあわただしい旅で、ほとんど宿の温泉で過ごし、街はちょっとみやげものを買いに出たぐらいなので、熱海という町についての印象はあまりない。というか、俗っぽい温泉街という感じだけ。

kanichi-omiya-statue.jpg だから、かの有名な「金色夜叉」の銅像も見ることはなかった。貫一がお宮を足蹴にする場面である。

それで思い出したのだが、随分前のことになるが、この銅像にクレームをつけた人がいる。
男性が女性に暴力を揮うシーンは容認できない、と。
なんでも、こういう銅像を公衆の面前に堂々と出しているのは、男尊女卑を肯定し、男性による女性への暴力を肯定していると受け止められ、欧米人から顰蹙を買う、あるいは、日本がそういう国だと誤解されるということだそうだ。

もっとも中世ヨーロッパの貴族の妻の多くは鼻が曲がっていたという。もちろん夫に殴られてである。


そういうクレームがあったからか、銅像の下には「言い訳」のプレートが設置された。
小説の一シーンを再現したもので、暴力を肯定したり助長するものではないという趣旨が書かれているそうだ。

kanichi-omiya-plate.jpg
この像は、明治時代の新聞連載小說、尾崎紅葉著「金色夜叉」の主人公の貫一とお宮の切ない別れを再現したものです。二人の心の擦れ違い、愛情、悲しみが詰まった象徴的な場面であるため、物語を忠実に再現したもので、決して暴力を肯定したり助長するものではありません。
是非、この小説をご一読いただき、二人の心情や当時の世相に思いを馳せていただけましたら幸いです。

This statue depicts the scene of the sorrowful farewell of hero, Kanichi, and heroine, Omiya, from the serialized novel, 'Konjiki-Yasha' (The Golden Demon) written by Koyo Ozaki, which appeared in a newspaper in the Meji Era. The statue, which represents the most symbolic scene full of love and sorrow of the two who have grown apart, faithfully reflects the original story. In no way does it condone or promote acts of violence.
We would be very pleased if you could read through the novel and consider the pair's emotions, as well as the social conditions of the time.

すると、これに対しても、そんなことをする必要はないというカウンタークレームもあったという。
そりゃそうだろう、このシーンで本当の被害者は、貫一のほうなんだから。
どうせプレートを付けるなら、シーンの意味を素直に書けばよかったのではないだろうか。
愛する許嫁の裏切りに耐えられず、思わず足蹴にしてしまう純朴な貫一」とか。

私たちが西洋の美術品を鑑賞するときには、その作品の由来や意味、付着するストーリーも踏まえて鑑賞するのだけれど、欧米人の誤解を心配される方は、欧米人はそういう鑑賞の仕方はしないとお考えなのかもしれない。


言うまでもなく「金色夜叉」といえば、最近でこそ目にしないが、大衆演劇や大道芸の猿回しなどでも演じられることの多い、国民的なドラマ。

猿回しでは「来年の今月今夜のこの月を、僕の涙で曇らせてみせる」の台詞にあわせて猿が踊る。
なお、猿回しで演じられることが多かった演目は、この他、月形半平太。「月さま雨が」「春雨じゃ、濡れていこう」

元の小説は、ちゃんと読んだことはないのだが、ドラマになったのを見た憶えがある。
私が見たのは、NHKの1973年制作の『水曜ドラマ 金色夜叉』というもので、貫一:山本亘、お宮:佐久間良子だった。印象的な台詞があった。守銭奴になった貫一に対して、「私(への恨み)を忘れないためにお金を集め、お金を憎んでいるのでしょう」というような(記憶曖昧)お宮の台詞。

このドラマでは足蹴のシーンはあまり憶えていないのだけれど、このシーンは演出のもっとも難しい場面ではないかと思う。
どのぐらいの強さで蹴るのか、正面から見据えて蹴るのか、蹴る瞬間には目を背けるようにするのか、蹴ったあとの貫一はどういう動きをするのか。さまざまな感情、思いが凝縮したシーンだから、ここの描き方で、暴力シーンにもなれば、二人の哀しみのクライマックスにもなるだろう。

男性による女性への理不尽な暴力といえば、映画やドラマには、そのシーンは山ほどある。そして私たちは、そのシーンを見て、なんと酷い男なんだ、罰を受けるがよいと考えるものである。
ところが、貫一・お宮では、私たちはけっしてそうは思わない。貫一の「暴力」を大目に見てしまう。
このことが問題だと迫られれば、なるほど、すなおに銅像を撤去しよう。どれほど愛し、信じている許嫁が裏切ったとしても、暴力にうったえることは許されるものではありません。

この記事を書いていて、ちょっとネットを渉猟していたら、面白いものを見つけた。「銀色夜叉」
私でも思いつく程度だから、昔からパロディはたくさんあったのだろう。
これをもとにした銅像だったらクレームを浴びることはなかっただろうな。

愛の日バレンタインにちなみました。

関連記事

休刊日

Chinnosuke_Emilia.gif
(元画像はAmazonから)
本日は月例の休刊日。
























珍之助さま、素材のヒント、
ありがとうございました

blankimage.png

関連記事

ヘイセイジャンプ

昨日は、改元対応の混乱について、ちょっと政府批判をして、想像力が欠如しているんじゃないかなんて書いたけれど、それでは、その日がどんな特異日になりそうか、想像してみた。

まず思うのが、この日を何かの記念日にしようと行動する人が出るのではないかということ。
たとえば、結婚記念日とか、(計画出産で)子供を産むとか。

となると、役所へ結婚届を出そうという人が殺到するかもしれない。もちろん公休日だから役所の通常業務は閉じているけれど、戸籍事務の受付はやっているはずだ。そういえば2000年1月1日とかに結婚届を出した人たちが結構いたと思う。
戸籍事務担当の役所の方々、大変ですな。

以前、義父が亡くなったとき、火葬場の予約を急がないとと思って、深夜に死亡届を市役所へもっていったことがあったのだが、警備員だけがいて、明朝にしてくださいと言われたことがあった。ここは戸籍事務取扱準則と違うのか、そんなはずはないと思うけど、といぶかりながら翌朝、あらためて届けに行った。


であれば、5月1日に(あるいはへそまがりで4月30日に)結婚式をしようという人も多いかもしれない。
平成への代替わりのときは、事前にはもちろんその日付はわからなかったわけだが、それ以上に、1月7日に予定していた結婚式はキャンセルになったのが多いかもしれない。
今回は、喪に服すようなことはまったくないから、堂々と5月1日挙式があるのではないだろうか。
あちこちで「○○(新元号)の初めのこの日に、華燭の典を挙げられます新郎新婦に…」という挨拶が聞かれるのでは。

あるいは、5月1日に計画出産しようという人がいるかもしれないし、4月30日の深夜、息を引き取ろうとしている人の家族が、「先生、○○(新元号)までもたせてください」と言うかもしれない。

5月1日ということではないけれど、コインを集めている人は、平成31年コインセットと、新元号のセットの両方を購入するだろう。

聞いた話だが、30代の女性、つまり昭和生まれの未婚女性のあいだでは「ヘイセイジャンプ」という言葉があるらしい。なんでも昭和に生まれたが、平成では結婚できなかった、一代跳ばして結婚することをそういうのだと。

ん~ん、案外、改元日を特異日にするものって思いつかないものだなぁ。
昨日は役人の想像力不足をなげいたけれど、私も他人のことは言えない。
やっぱり情報システムへの影響が一番大きいみたいだ。

関連記事

やっぱり浅知恵か

5月の改元が近づくなか、こんな声が聞こえてきた。

4月1日に新元号が発表されたら、
4月中に出す文書に、5月1日以降の日付が入っている場合、
その元号は新元号を使うのか、平成を使うのか


  • 新元号がわかっているのだから、新元号にしたら良い。
  • 新元号が発表されても、その実施は5月1日からだから、未だ新元号を使ってはいけない。

一部の新元号を早く決めてほしいという、おそらく一部の、そして深く考えたわけではない要望に動かされて、困ってるなら何とかしようと短絡的に、改元の1ヶ月前に新元号を公表するという弥縫策を出したから、こんなややこしい状況になっている。

私はどっちでも良いと思うのだけれど、そういう態度がケシカランという人もいるかもしれない。元号には歴史的な意義が付着していて、こんな大事な問題に対して、どっちでも良いという態度自体が不遜だというわけだ。


Wareki-handling_MSExcel.jpg
Microsoft (Excel) の和暦対応。新元号は未対応
こんな話の中で、4月1日に新元号を発表したのは、Microsoftのソフトウェア更新を意識したという噂がある。
Windowsなどの大型アップデートは月1回だから、5月に発表・改元だったら、5月中旬まで新元号が使えない、5月1日からすぐに新元号を使えるようにするなら4月に発表しないといけないとか。

他の基本ソフト、たとえばORACLEとかはどうなんだろう。

これを踏まえての4月発表だったら、米国企業の意向で新元号発表時期が決まるとも言える。聴く人によっては穏やかではないだろう。

そしてこのアップデートもどんなものになるのか。単純に考えれば、日付型のデータを和暦表示するとき、アップデート適用後は、5月1日から新元号になるというのが普通だろう。処理日を参照して、4月中の処理だったら5月以降でも平成のままにするという、ちょっと面倒なことはやらないだろう。処理日といっても、機械の日付で良いわけではないから。

もしそうなら、冒頭の問題について、Microsoftの対応にかこつけて、4月中の処理でも5月1日以降の日付は新元号で処理せざるをえないと、自らの判断を停止するという対応もできるかもしれない。もし政府がMicrosoftの対応を踏まえて4月発表になったのが本当だとしたら、その判断も正当化されるというものだし。

ということで実に悩ましい問題が起っている様子なのだけれど、これも、新元号発表日と、改元実施日と、2つの日付ができて、経過措置が複雑になったためである。
前にも書いたように、予め発表するなんてことはやめて、5月1日に発表即改元実施としておけば、こんな混乱は起きない。
5月1日以降、平成が使われていても法的には問題がないこと、国民は改元で日常の業務であわてる必要はない、というアナウンスをしておけば十分だろう。

政府は一体、誰の意見を聴いて、こんな混乱要因を持ち込むような判断をしたのだろう。
広く意見を聴く力も、想像力も欠いているとしか思えない。
無謬主義というか、政府はさまざまな事項を広く慎重に検討し、最適な判断をしている、というタテマエがあるようだから、一度言ってしまったことを引っ込めるなんてことはできないのだろうけれど、その「最適な判断」というやつ、口先だけじゃないでしょうかね。

関連記事

ふるさと納税でAmazonギフト券

情報サイトに、「ふるさと納税、Amazonギフト券で「100億円還元」 泉佐野市、総務省に反旗」という記事があった。
ふるさと納税、Amazonギフト券で「100億円還元」 泉佐野市、総務省に反旗
 ふるさと納税の返礼品をめぐり、大阪府泉佐野市は5日、返礼品に加えてアマゾンのギフト券100億円分をプレゼントするキャンペーンを始めたと発表した。現行法上問題ないとしているが、総務省はギフト券による還元を問題視しており、真っ向から反旗を翻した格好だ。
 同省は、返礼品の調達費は寄付額の30%以下などとする基準を設け、守らない自治体は6月以降、制度の対象外とする法改正を目指している。泉佐野市は規制強化に反対しており、法改正されればこれまでのような取り組みはできなくなるとして今回のキャンペーンを決めたという。
 期限は来月末だが、ギフト券発行が100億円分に達すれば終了するとしている。泉佐野市の担当者は、法改正されれば基準は順守すると説明。ギフト券については「返礼品ではなく、あくまでキャンペーンのプレゼント」と強調した。
 平成29年度に寄付受け入れ額が全国トップの135億円となった同市は、これまで総務省の規制強化に「地方自治の精神にそぐわない」などと反発。一方、ギフト券は、静岡県小山町が昨年末まで返礼品として贈り、多額の寄付を獲得したことで、石田真敏総務相が先月「良識ある行動とは思えない」と不快感を示したばかりだった。

ふるさと納税については、私は、どちらかと言えば、総務省が言うことには批判的だった。なんだか杓子定規のように思えたからである。
しかし今回の泉佐野市の「総務省の規制強化は地方自治の精神にそぐわない」という言い分については、ストレートに支持する気になれない。

ふるさと納税というのは、自治体への寄付制度で、寄付額に応じて住民税が減額されるという制度である。この税の減額が、所得税などの国税からなされるなら、地方への財源譲渡になるけれど、今の制度は、所詮、自治体間の税金争奪競争・ゼロサムゲームで、国にしてみれば痛くも痒くもない。
ふるさと納税は、平たく言えば、他人の財布に手を突っ込む制度、それを奨励する制度である。
こんな制度を創った国が悪いのかもしれないが、泉佐野市の場合、寄付をいただくというより、他自治体から強奪しているといううしろめたさが感じられないところが、やはり共感できない原因だと思う。

この制度を良い制度だと言う人は、自治体が競い合うことで地域が活性化すると考えているのだろうけれど、それはかなり理念的なもので、運用実態はそれとはかけ離れているように思う。
多くの人は、単純に安く「みやげもの」を買うことが動機である。総務省は、そのみやげものがあまり高価にならないこと、地元産品であることと指導しているわけだが、魅力的な特産品がないところは困っているし、他所から税を奪うことにうしろめたさを感じるような「お人よし」では、流出する税が多くなってしまう。自治体によっては地元消費が減ることになっているかもしれない。
izumisano_Amazon_gift_card.jpg
本当に寄付先自治体を応援したいと考える人なら、返礼品はほんのしるしのようなもので良いだろう。だからこそ、善意の寄付として税控除しようということにもなるのではないだろうか。

と、この記事を準備していたら、
「政府は8日朝、過度な返礼品を規制する地方税法の改正案を閣議決定」というニュース

 ふるさと納税の返礼品について、政府は、調達価格が寄付額の3割以下の地場産品に限定し、違反する自治体に寄付した場合、6月以降、税の優遇を受けられなくするため、関連の法案を8日朝に閣議決定した。
 一方、こうした動きを念頭に大阪・泉佐野市が「閉店キャンペーン」と銘打ち、返礼品に加えて“プレゼント”として、アマゾンのギフト券を寄付額の最大20%分まで提供していることについて、石田総務相は、厳しく批判した。
【石田総務相】
「自分のところだけが良ければ、他の自治体への影響は関係がないという身勝手な考えであり、このような考えがまかり通れば社会的にも教育的にも悪影響が大きい」

(フジテレビ系(FNN))


というわけで、あんまり無茶すんなよ、ということになったようだ。ふるさと納税には自己負担金があるとはいうものの、返礼品にくらべて少額である。ふるさと納税という寄付をして返礼品を受け取っても、総額では得にならないという制度設計だったら、ふるさと納税を使う人はどれだけいるだろう。
しかし思う、ふるさと納税の寄付控除が所得税からとする場合なら、国はどんな制度設計をするだろう。

とぐちゃぐちゃ言ってるけれど、Amazonギフト券って魅力的だなぁ。

関連記事

実用(?)ブログ

Screenshot_20190209-085411.jpg 昨日、知人からブログについて相談を受けた。

以前からその相談は受けていて、試しにということで、知人に代わってライブドアブログのアカウントを作って、少々の体裁を整えたものを用意しておいたのだけれど、活動的な人にありがちなことだが、最初にちらっと見てからは全くいじっていない様子。

先日、飲み会で一緒になったときに、PCからやるのは面倒、スマホで写真を撮って、すぐ投稿できないかというので、調べるとライブドアブログにも、スマホから投稿するアプリがある。
これを使えば簡単にできるということで、昨日はその要領を伝授した次第。

5分でできますよと言っていたのだけれど、なんと、アプリをインストールするのに30分。
全く想定していなかったのだが、使っているのがiPhoneで、私がiPhoneを使い慣れていないということもあるのだが、驚いたことにアプリストアのアイコンがない。
どうしたらよいのかわからず、とりあえずブラウザからlivedoorブログにたどりついて、なんとかインストール指示をした。
ところが問題はそれで終わらず、無料アプリでも決済方法を聞いてくる。家人が設定したようだがクレジットカードの番号が入っていて、セキュリティコードを入れれば良いはずだが、これが認証不能。
それではと、キャリアの決済でやろうとしたら、なんとこれもアウト。
結局、別のクレジットカードを登録して、ようやくインストール完了。
ここまでで30分以上、そしてここらはやはり5分で投稿のしかたは理解してもらえたと思う。

先が思いやられるという心配もないわけではないが、知人がブログをやろうとした動機は、私のように年寄りの遊びというわけではなくて、家業をちょっとにぎやかにしようという、それなりに実用を考えたもの。

最初は、ブログをやるのに何か良い本はないかということだったのだけれど、ブログの教科書のようなものを読んでも面倒なだけで、それよりまずやってみるのが良いでしょうと進言した。あわせて、何より大事なのは、どんなブログにしたいのかイメージをかためることだから、同様のブログをネットで探すなりして、何をやりたいかをはっきりさせること、ある程度イメージができてきたら、ブログのテンプレートの設定や、静的コンテンツの組み込みなどは、私があつらえましょう、ということにしていた。

P_20190208_193404_vHDR_Auto.jpg ライブドアブログを選んだのには理由がある。
  • まず無料であること。
  • 今後、凝ったことをやりたいと言いだしかねないので、Javascriptが埋め込めるサービスであること。
  • 当面、私が相談にのることになるから、私が操作する必要があるけれど、私の使っているサービス(fc2ブログ)を使うと、同じサービスで2つのアカウントを持つことになり、私自身のログイン操作が面倒になること。
というわけで、使い慣れないライブドアブログにも習熟が必要になった。

関連記事

FolderSync復活

FolderSyncPro_icon.png タブレット用の(使うかどうかわからない)キーボードを購入したので、外出時の作業環境を考えた。

家でも職場でも、そして外出時でも、同じデータを使えるように、クラウド・ストレージ(OneDrive)にデータを置いているわけだが、OneDrive上のデータを直接編集するのは通信が発生するし、いちいち積極的にダウンロードして管理するのも面倒。

というわけで、今までも、いろんな状況で更新が発生するデータ(パスワード管理ファイルなど)は、PC、スマホのローカルストレージと、クラウド・ストレージを同期させるようにしていた。
Screenshot_20190115-111743.jpg
FolderSync Proが対応する
リモートストレージ
Screenshot_20190115-112900b.jpg
FolderSync Proの
同期オプション

今のところ同期させるストレージはOneDriveだけなので、スマホでは、OneDrive専用のOneSync というアプリを使っていた。(PCはWindowsの機能)
以前、同じ目的でFolderSyncというアプリを使ったことがあるのだが、一時、バグがあって、OneDriveにアクセスできないとうことがあってからは、OneSyncに変えていたのだ。

このことを記事に書いていたら、FolderSyncのバグは解決されてますと、すぐにコメント書き込みをいただいていたのだけれど、OneSyncで安定して動作していたから、FolderSyncに戻さないでいた。


OneSyncの無料版では1フォルダしか同期できないので、同期データが特定のフォルダーに集中してしまう。有料版にアップグレードすれば複数フォルダにも対応するらしいのだが、FolderSyncのPro版(有料版)を購入しているので、同種ソフトのOneSyncの有料版を購入する気はないので、ずっとそのまま、ガマンして使っていた。

というようなことだったのだけれど、昨日書いたとおり、タブレット用のキーボードを買ったことで、外出時のデータ更新ニーズも高くなるかもしれないと思い、データの同期についてあらためて整理する気になった。
もちろん、それには有料版を持っているFolderSyncが第一である。
以前、バグで困らされたけれど、あれからもう4年半も経っている。今回こそ、FolderSyncを復活させようというわけだ。

FolderSyncが対応しているのは、OneDriveだけではない。Google Driveにも対応している。
そうした主要なクラウド・ストレージだけでなく、一般のSMBやFTPサーバーにも対応している。我が家もNASを使っているから、SMBサーバーとしてのNASとも同期ができるわけだ。(右のスクリーンショット参照)

外出先からローカルアドレスで指定されているNASへ接続するにはVPNを通して行う。


同期のさせかたも非常に細かく設定できる。(右のスクリーンショット参照)
とりわけ感心したのは、同期を実行する通信環境(WiFi、モバイル回線)が指定できること。これなら、大したニーズがないデータでも、WiFiオンリーにしておけば、余計な通信は発生しない。(ただ、いちいち設定変更せずに、一時的にモバイルで同期させるスイッチを付けてくれたら良いもと思う)

そして、OneDriveのデータをNASと同期させる、なんてどうかな。(やってます)

関連記事

Androidタブレット用キーボード付きカバー

安物買いの銭失い、かもしれない。

外出先で作業ができるように、軽量のノートPCがあったらいいなと思って、ネット情報を見ていたのだけれど、1kg以下で、CPU、メモリー、SSD容量もそれなりのものとなると、結構な値段である。
それで、こうした機器の購入はもう少し考えることにして、今、手元にあるAndroidタブレットにキーボードを付けて、ちょっとしたテキスト入力が効率的にできるようにしようと考えた。

P_20190113_181652_vHDR_Auto_HP.jpg 今使っているタブレットは、HUAWEI MediaPad M3 lite 10 wpという機種。この機種名と"キーボード" でググるといくつかの商品が見つかるが、そのなかでカバーにもなるものを購入した。2900円ぐらい。(リンク先はAmazonだが、今回は楽天市場のほうが安かったので、そちらで購入)

Bluetooth接続なので、まずはペアリングから。
タブレットがキーボードを検出したら、パスコードが表示されるので、キーボードでそのコードを入力すればペアリングは完了、すぐに使い始めることができる。

一旦ペアリングすれば、次からはBluetoothをオンにすれば自動接続されるのだけれど、しばらくキー入力をしないなどすると、なぜか接続が切れたりすることがある。タブレット側でBluetooth接続を確認したりしているうちに、再接続されたりする。
原因追求も面倒だし、接続が切れていても再接続にそう困らないから放置。


Screenshot_20190113-201826-crop.png 私はタブレットの文字入力は、昔からずっと手書き入力(mazec)を使っている。このままだとキーボードを接続しても無反応なので、mazecのメニューから「入力方法の選択」で、Gboardに変更する。

キーボードを外すとまたmazecに戻したいから、設定のショートカットを作ってホーム画面に置いている。


キーボードの使い心地といえば、決して気持ちの良いものではない。
ぺらぺらのキーボードで、キータッチも実に頼りない。そして、困ったことに、キートップの表示と、実際に入力される文字が微妙に違う。アルファベット、数字は問題ないのだけれど、特殊記号類はさっぱりだめ。","、"."はさすがに表示どおりだけれど。
キーマッピングのデータをいじれば、キートップの表示に合せることもできるのだろうけれど(MS-DOS時代にはやったことがある)、どうやらAndroidのキーマップをいじるのにはrootをとらなければならないようだし、何より面倒、それに他のアプリへの悪影響もあるかもしれないということで、これはあきらめた。

それでもテキスト入力はやはりキーボードからだと効率は良い。
とくに、キーボードに、コピー、カット、ペーストのキーが用意されていて、シフト+カーソルキーで範囲選択ができるので、これは大変便利である。

であるけれど、問題はカバーの重さ。
キーボードを安定させるために、カバーにマグネットが仕込まれているのだが、そのせいか、カバーがやけに重い。
カバー、キーボードを付けた状態での重さは、1020g。

食品用の安物の秤で計測。
大昔に家計調査の対象世帯に当たって、そのときに支給されたもの。家計調査では食品などは重量も調査票に記入するので、そのために支給される。(これが面倒だから、重量表示があるラップされた食品を選ぶようにバイアスがかかってしまう)

P_20190113_181822_vHDR_Auto_HP.jpg おやおや、1kg超えか。
そもそも、外出先で使えるPCを選ぶときに、1kg以下がいいと思っていたわけで、Windowsノートだと11インチ以上でも1kgを切る機種がいろいろある。こりゃ、ちょっと重すぎないか。
マグネットなんか仕込まなくても、ちょっと滑り止め加工しておくだけで十分ではないだろうか。

キーボードだけだと、とても軽い。カバーとセットでないキーボードを調べると、それでも2500円以上で、多分、このカバー付属のキーボードよりも重いと思う。そういう意味では、カバーを使わないとしても、2900円程度でこれだったら、まったく無駄ではなかったかもしれない。

外出時、必要だったら、キーボードだけ持って出るという使い方になるに違いない。

関連記事

「統計の日」標語募集中

sub-buzz-8939-1549071559-1.jpg
賃金構造基本統計の不正の報告が遅れた理由について、
記者会見で説明する厚生労働省の担当者
毎月勤労統計に端を発し、国の統計への信頼が揺らぐような話題が続いている。
そう思っていたところ、こんなネット記事があった。

タイミング悪すぎ…? 総務省の発表、ネットで大喜利大会に(BuzzFeed News)


毎年のことのようだが、2月1日から総務省が「統計の日」(10月18日)の標語募集をはじめたということで、絶妙なタイミングだという。
早くも、
 「合わぬなら 作ってしまえ 偽統計
というような“標語”がネットを賑わせているという。

総務省の標語募集ページへのリンクも上記記事中にあるので、関心のあるかたはどうぞ。


統計法では、基幹統計調査において、報告をこばんだり、虚偽の報告をした者は五十万円以下の罰金に処するとあるが、統計調査の実施機関での不正は想定されていないようだ。

統計というものは「統計でウソをつく方法」というような本がある(と思う)ように、製作者に何らかの意図があったりするとバイアスがかかり、取扱いは慎重にならなければならないという。
それにしても、毎月勤労統計については、報道を信じれば、ウソとしてはかなりヘタなもので、悉皆調査が義務付けられている大企業を抽出調査にしたという「不正」なのだが、それにともなう補正もされなかったということで、統計値に異常なバイアスがかかったという。

毎月勤労統計の不正の影響で、失業給付などが低く算定されたというのだけれど、今まで失業手当をもらったことがない私はちょっと不思議に思った。統計というのは、制度設計上の基準値の決定などには使うだろうけれど、個別具体的な支給額の算定には直接影響しないとばかり思っていた。たとえば失業前に得ていた収入などから算定するものとばかり思っていた。今回の問題では影響を受ける人の数なども報道されているのだけれど、これって失業手当を受けていた人全員ということなんだろうか。

ところで公務員の給料は民間企業の給料などから適正額を決定していると思うのだけれど、毎月勤労統計は使ってなかったんだろうか。


統計でウソをつく方法というのはともかく、統計の重要性は、たとえば福沢諭吉も何かの著作で強調していたと思う。
遡れば、既に古代エジプトで、書記(官僚組織)の心得を説いた当時の記述に、
 学問に励み自己を抑制し、冷静沈着を旨として、統計や法律を正しく理解することが大切である
とあるそうだ。(青柳正規「興亡の世界史 人類文明の黎明と暮れ方」)

関連記事

「世にも奇妙なニッポンのお笑い」~(その2)笑いの翻訳

51GjN1r1QAL.jpg チャド・マレーン「世にも奇妙なニッポンのお笑い」の2回目、
今日は「第八話 笑いを翻訳するのは難しい」を中心に。

著者は、漫才師であるとともに、字幕翻訳家としての活動もしているそうだ。
みずからを「チャド奈津子」と称している。もちろん戸田奈津子さんのもじりである。(⇒戸田奈津子「字幕の中に人生」

最初は板尾創路さんあたりからの、突然の依頼があったらしいのだが、要するに、英語国民がこの字幕で笑えるのかをチェックしてもらいたいということが発端のようだ。
お笑いで使われる言葉は、リズムがあり、韻があり、メロディというか抑揚がある。音は感じられたとして、意味を同時に理解するには…

書中では、その一例として、チュートリアルの漫才の英訳が掲載されている。
徳井俺の生活は荒れたよ。From then on, it was all a downward spiral.
福田なんで?! チリンチリンなくなっただけやろ?Why? All you did was lose your "Ringy Dingy".
徳井毎晩毎晩、酒飲んだよI started drinking all the time.
福田えーっ? おかしない?Are you serious?
徳井毎晩毎晩、酒飲んで。べろんべろんや。Night after night, I got "Wobbly Bobbly".
福田うん。Hm.
徳井朝起きて、チリンチリン探した。I'd wake up and look for my "Ringy Dingy"
福田うん。Hm.
徳井夜、べろんべろん
朝、チリンチリン
俺の体、がりんがりんや。
My nights were "Wobbly Bobbly"
My days were "Ringy Dingy"
I ended up "Boney Woney".
福田ややこしいわ、お前。You're making things way too complicated

前に、「日本語を翻訳するということ」の記事では、オノマトペの翻訳はなかなか難しいことを書いたおぼえがあるが、チャドはおそるべし、その語感を英語に移す努力、されにそれらが韻を踏んでいることまで再現しようとしている。そのため、新しい言葉を創り出すことまでする。

新しい言葉を創るなんてのは、母国語とする人でなければ無理じゃないだろうか。外国人だったら、そんな言葉は無いで終わらされそうだ。


そういうチャド奈津子も納得できる翻訳ができないことがままあるという。
その一つが方言で演じられるお笑い。東北や九州などのお笑いでは、その方言が笑いの源泉になっていることが多いが、これを翻訳する、つまり、日本の中にある方言という位置まで含めてということだと思うが、これはとてもできないという。

本書を読むまで全く知らなかったのだけれど、オーストラリア(チャドの出身国)映画の「マッドマックス」は有名だけれど、この映画を米国で上映するときには、オーストラリア英語を米国語にする吹替えを行ったそうだ(欧米では字幕は好まれない)。元のオーストラリア英語では、発音に違和感があるだけでなく、語彙・表現も違っていて、とても米国語民には理解できないシロモノだという(もちろんその可笑しさが)。


この本を読んでいて思い出した。この記事ではなくて、「日本語を翻訳するということ」に書くべきだったと思うけれど、良く知られた夏目漱石の逸話がある。
英語教師をしていた漱石が、"I love you" の訳しかたとして、日本人はそんな直接的な表現はしない、「月が綺麗ですね」とでもやるほうが良いと言ったとか。

このエピソードを思い出してネットにあたったら、なかなか見事な解説を見つけた。
 ⇒夏目漱石がI LOVE YOUを「月が綺麗ですね」と訳した理由(潮見惣右介)


ところで、先だって公のメディアでの誤訳が問題になっていた
"I get why people would be upset about it."を、「なぜ多くの人が騒いでいるのか分からない」と誤訳したというもの。こんなセンシティブなところで、どうして間違うかなぁ。仮定法は「そういう人がいるがどうかは知らないけれど、もしそういう人がいれば」という慎重な言い回しなんだと思うけれど、誤訳した人はそれに引きずられたんだろうか。

ためしに、この英文をGoogle翻訳に入れたら、「私はなぜ人々がそれに怒っているのでしょう」と変な日本語に翻訳された。問題の誤訳と同意のようにも読める。そこで、仮定法(would be)を直説法(are)にしてみたら「私はなぜ人々がそれに憤慨しているのかわかります」とまともに翻訳された。AIも仮定法は苦手なのかな。

この頃は、翻訳機とか、スマホにも翻訳アプリがあるけれど、こんなことでは、チャド奈津子や漱石の水準になることはまだまだ難しそうだ。


関連記事

「世にも奇妙なニッポンのお笑い」

51GjN1r1QAL.jpg チャド・マレーン「世にも奇妙なニッポンのお笑い」について。

最近の漫才には詳しくないので、著者のことも全然知らなかった。日本が好きな外国人ジャーナリストの類だろうと思っていた。

著者は漫才師である。国籍は「大阪ラリア」。
頭がいいらしい。学校ではトップの成績がとれたようだし、オーストラリアの大学入試(共通試験)でも、進学できる成績をとっているそうだ。
たいして勉強もせずにそうした成績である。勉強もせずに何をしていたのか。それが、テレビやDVDなどでお笑いを見ることだったという。

その著者が15歳で交換留学生として日本(明石高校)へ来て、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」を見て衝撃を受けたことが、このオーストラリア人の人生を狂わせた。
それまでジェリー・ルイスで満足していたのに、日本のお笑いを見て、これこそ世界最高のものだと思い詰めてしまう。

もちろん、その後もジェリー・ルイスを高く評価している。その笑いをとろうという姿勢に対してである。


第一話 オーストラリアの田舎者、日本のお笑いにハマる
第二話 ツッコミは日本にしかいないんかい!
第三話 ところ変われば笑いも変わる
第四話 若手貧乏芸人サバイバル・ハイウェイ
第五話 東京でお笑いをやるということ
第六話 師匠の背中と先輩の押し入れ
第七話 ここが違うよ、日本とオーストラリア
第八話 笑いを翻訳するのは難しい
第九話 日本のお笑いは世界に通じるか
その体験をしてからなのだろう、お笑いについてのセンスがみがかれ、漫才の歴史も勉強したようだ。
だから、三河万歳からの歴史も知っているし、エンタツ・アチャコも知っている。 嬉しいことに、いとし・こいしも知っていて、これは名人芸の領域と評価する。

それは当然としても、そういう玄人好みのものばかりを崇め奉っているわけではない。ドタバタやどつき漫才のようなものに対しても、その芸人の努力を知っているからか、私など名前も知らないような芸人でも、スゴいと評価している。

もともと優等生だからだろう、日本のお笑いの分析がまた秀逸である。
たとえば、ボケとツッコミについて、ツッコミは聴衆の代表でもあると指摘する。ボケがなぜ変なのか、ツッコミが聴衆の目線から突っ込むことで、聴衆を代弁しながら、可笑しさにスポットを当てている。
米国TVのお笑い番組には、笑い声を収録して聞かせるものがある。なぜか。米国のお笑いにはツッコミがいないので、この笑い声は「ここで笑ってください」を指示するものだという。この笑い声で、視聴者は笑いのタイミングを確認して、安心して笑えるのだという。

東西の違いについては、こういう文化的指摘もある。
西洋のお笑いの起源は、宮廷の道化師にある。道化師は笑いで包みながら、権力者に世情を伝えた。だから社会風刺の要素は西洋の笑いには欠かせない。
しかし、日本のお笑いは祝祭・祝福から発する。漫才の源流である三河万歳もそうだし、おかめ・ひょっとこも豊穣を祈る祝祭行事である。それと直接関連するわけではないかもしれないが、神社でお笑いを競う大会が行われることに違和感はない。これはキリスト教会では考えられないことという。

つまり、チャドは日本の文化、伝統芸能を学んでいるわけだ。
実際、交換留学を終えての、再来日では文化活動ビザで滞在していたという。

であるが、東京に活動拠点をおいた2003年、オーストラリアへの強制送還の危機にあったという。「お前がなんでこんなビザ取れたんだ」という話になり、「これ以上延長させん」というお達しが出たのだと。大阪ではすんなり申請が通ったのに、東京ではこういう仕打ちを受けたのだと。(周囲の人たちがさまざまな努力をしたおかげで、今も日本で、東京で活動できているとのこと)


しかし、日本人としてはちょっと考えさせられる話もある。
日本で芸人になるため、わざわざオーストラリアから来て、NSC入って、弟子入りして、貧乏しながら一生懸命話術を磨いて。磨いて磨いて磨きまくったところで一つわかったんですが、もうちょっとカタコトだった頃のほうがウケてた。

笑いをとることを仕事にするのは大変なのである。
私も、委託業者(SE)がプレゼンテーションや説明会を行うときには、よく言ったものだ。
顧客の前で説明するときは、笑いをとるようにしてください。
これは、場の雰囲気を和ませて、説明を聴いてもらいやすくするという効果がある。そして、それ以上に、そしてそのためには、説明内容を自分のものにして、余裕と臨機応変の対応ができるようになっている必要があるということである。

ところで、本書のタイトルは「世にも奇妙なニッポンのお笑い」と、日本のお笑いは奇妙となっているのだが、これは日本のお笑いが欧米のそれに比べて遥かに豊かであり、それに打ち込む人(芸人)が非常に多いことを言っている。
そして「第九話 日本のお笑いは世界に通じるか」では、言葉の壁はあるけれど、そうやって磨かれた日本のお笑いというものは、間違いなく世界に通じる、日本だけのものにしておくのはもったいない、そう断言されている。

関連記事

恵方巻

ehoumaki-768x658.jpg 今日は節分、巷では「恵方巻」を食べる風習がある。
この風習の起源はよくわからないらしいが、一説によると、大阪船場の旦那衆の遊びからはじまったとかいう。それが本当なら、神事とか祭事というわけではないから、やらなくちゃいけないというようなことはない。 鰯の頭とは違うわけだ。

(⇒恵方巻きという「伝統」を作ったのは誰か
 販促キャンペーンの死角


我が家でも節分にはやはり恵方巻を食べるし、鰯も食べる。
節分を過ぎたら、巻ずしも鰯も安くなるから、敢えて節分をはずすほうが賢いと思うのだけれど、「節分に食べるものだ」という固定観念が邪魔してそうはならない。

クリスマスのチキン(日本では)もそう。イブを過ぎた翌日、それまで1500円ぐらいで売られていたロティサリーチキンを500円ぐらいで買ったことがある。


さて、そういう人が多いから、恵方巻はスーパーやコンビニの大売り出しの対象となる。
このため、かなりの量が用意され、そして売れ残り⇒廃棄となるものが多いという。
この食品の大量廃棄に眉をひそめる人も多いわけで、農水省が恵方巻きシーズンを控えた小売業への呼びかけを行ったことがニュースになっている。

この頃お役人への信頼が低下していて、悪意がないか、浅知恵施策と疑ってかかるようなクセが身についてきているので、この呼びかけについても、食品ロスを問題視していますという農水省のポーズにすぎないようにも思え、それが効果をあげるのかこころもとない。

shokuhin-loss_MAFF.jpg はじめに言うけれど、もちろん私も食品ロスは大変もったいないと思う。だから農水省の呼びかけが間違っているとも思わない。けれど、その効果に疑問をもったのは、恵方巻の廃棄率は他の惣菜類のそれとあまり違わないという話を前にネットで読んでいたから。

(⇒恵方巻の廃棄率は? イオンの担当者に聞いてみた


だから恵方巻の大量廃棄は問題ないというわけではない。恵方巻に限らず大量の食品ロスが起きていることはやはり問題で、恵方巻はその代表、そこから業界の事情が垣間見えるようだ。

「恵方巻 大量廃棄」でネットを検索すると、さまざまな記事が出てくる。 たとえば、「農水省恵方巻き削減要請が正しくない」?見切りより捨てた方が本部が儲かるコンビニ会計を理解していない(井出留美)という記事は、農水省の要請を正しくないとした意見への反論で構成されていて、論点がわかりやすい。とくに、この記事には「コンビニでは月60万円の廃棄が出るのが優良経営とされている」というような話もリンク付きで紹介されているなど、考えさせられることが多い。
この記事にはなかったけれど、コンビニ店員の「自爆営業」(売れ残りを自分で買い取る)が店員の財布も精神も痛めているという報道もあった。
農水省が予約販売を薦めているということについては、良いことだとする意見がある一方、当日販売をやめない限り売れ残りは発生するから無意味という意見や、上に紹介した井出留美さんの記事にあるが、予約販売の目的は食品ロスの削減ではないという意見もある。

最初に言及した廃棄率の記事によれば、恵方巻の廃棄率は10%ぐらい(他の惣菜も同様)らしい。
一般家庭では、少々賞味期限が切れたぐらいですぐ廃棄するなんてことはないし、そもそも家にあるもので食事を済ますということもめずらしいことではない。生鮮食料品を腐らせてしまうなんてことは、そうそうあるものではないと思う。家庭での食品廃棄率が10%になるなんてことはまずないと思う

ビジネスとなると効率を追求する。そして効率を追求すると、不思議なことに、無駄が発生する。
そしてその無駄を処理する負担は国民にも負わされる。


ところでスーパーなどで売られている恵方巻、昔ながらの具のものが少ないし、とりわけ海鮮巻に顕著だが、結構太い。恵方巻は、一本をまるごと食べるわけだから、ちょっと小さい口の人にも配慮して、少し細めに、そして長さも少し短くして巻いてくれないかな。
今年の恵方は、東北東。

関連記事

久しぶりのW県

P_20190201_115022_vHDR_Auto-crop.jpg 昨日は、久しぶりにW県某市で仕事。
前回は、一昨年の年10月だったから、丸一年以上、ご無沙汰だったわけだ。

大きな案件が片付いたので、わざわざ行くまでもないということだったが、2018年度は未だ一度も訪問していないから、まぁ一回ぐらい、今後のことも相談しようということ。
こちらもこの3月末で常勤勤務は終わるから、W県某市の仕事を4月以降も続けるかどうかというのもある。

一応、今までどおりということのよう。
もう5年やってきたのだけど……。いつまでやるかなぁ。


P_20190201_121959_vHDR_Auto_HP-crop.jpg この仕事のときは、以前はW歌山市経由で行っていたのだが、このところはH和線I泉S川駅から、I市へのバス(I市が運行補助を出しているとか)を使う。
乗客は私一人ということも多いけれど、昨日は1人乗った状態でやってきて、S川駅からは私ともう一人が乗車。3人も乗っているなんて、今まで経験していない。もっとも前から乗っていた人は、次のバス停で降車して、あとは二人になった。

仕事は13:30からなので、その前にお昼。今回は全国チェーンのレストラン。

P_20190201_122644_vHDR_Auto-crop.jpg P_20190201_123324_vHDR_Auto.jpg P_20190201_124950_vHDR_Auto-crop.jpg

ハンバーグで有名なチェーン店だけれど、今までどこの店にも入ったことがない。
そもそも私は、肉はたとえ薄切りでも、肉の形がわかるものが好きで、何が入ってるかわからない挽肉料理は、選択肢としては劣位。それでも普通、ハンバーグというと、柔らかくて、ナイフを入れたら透き通った肉汁が出てくる、そういうものだと思っているのだけれど、ここのは突き固められたような歯ざわりで、ナイフを入れても肉汁があふれるということもなく、そもそも切り口が白っぽくて、これはチキンを大量に混ぜているのか、なんて考えてしまった。
おなかはいっぱいになったけど。


仕事のことは全略して、帰り路の写真。
仕事がおわると訪問先職員がH和線H根野駅まで車で送ってくれることが多い。
そこで、H根野駅での車両連結の様子。(鉄ちゃん・珍之助さまへのサービスショット)

P_20190201_174412_vHDR_Auto.jpg P_20190201_174519_vHDR_Auto-crop.jpg

関連記事
Gallery
検索フォーム

 ⇒記事一覧

記事リスト
表示中の記事
→次
最新コメント
カテゴリ
タグ

マイナンバー 飲食 ITガジェット 書評 Audio/Visual 

リンク
アーカイブ
飲食

書評 ITガジェット 飲食 マイナンバー Audio/Visual 

プロフィール

六二郎。六二郎。


定年退職
苦しい家計の足しに再就職
=いつクビになってもええねん
 言うたもん勝ちや!のブログ
現在の閲覧者数
聞いたもん