「蘭学事始」

杉田玄白「蘭学事始」(全訳注:片桐一男)について。

Rangaku-kotohajime_katagiri.jpg 図書館の書棚で見つけて、「風雲児たち~蘭学革命篇」を見たあとだったので、借りて読んだ。

「蘭学事始」は、高校の国語の教科書に一部が収録されていたことは覚えているのだけれど、どの部分だったのか、おそらく冒頭ではないかと思うのだけれど、もう一つ記憶が曖昧である。

本書は、現代語訳、原文、解説からなる。現代語訳はとても読みやすい。全部読み通すのに1時間もかからない。(文庫版で70ページ)
現代語訳を読んだあと、原文も読んでみたが、書き下し文で、ルビもふられているから、こちらも、そう苦労なく読める。前述の、本書収録の教科書も現代国語のものだったのではないだろうか。
また、原文には、豊富な注(132個)が付いている。34ページもある。原文は50ページだが、大きな活字でルビもふられている。注のフォントサイズは小さいから、実量としては注のほうが多いだろう。

現代語訳
蘭学事始上の巻
蘭学事始下の巻
原文
長崎本『蘭東事始』凡例
蘭東事始上之巻
蘭東事始下之巻
解説
一 『蘭学事始』執筆の目的と著作の意義
二 「蘭学事始」「蘭東事始」「和蘭事始」
三 底本「蘭東事始」
四 古写本とその分類
五 杉田玄白の著作
六 蘭学事始附記
七 杉田氏略系図
八 記念碑・史跡・墓地
九 『蘭学事始』に関するおもな参考文献
 
あとがき
『蘭学事始』年表
件のドラマでも、ネタに面白く使われていた「フルヘッヘンド」については、解説ではなく、注に記載があった。
「フルヘッヘンド」を「堆し」(うずたかし)と訳すくだりは、訳語をあてる苦労の代表例として有名な個所であるわけだけれど、それだけでなく、原文で10行もあって、玄白の得意な様子がうかがわれる。
ところが、近年の研究で、ターヘル・アナトミアにはその語自体が見当たらないということで、さらに有名になったといういわくつきの場所である。
本書では次のように注が付されている。

(82)フルヘッヘンドせし物 玄白が例にあげた鼻の個所に該当する記述を原書に探しても「フルヘッヘンド」という発音に当たる文字はみえない。しいていえば附図のXIにみえる鼻の解剖につけられたa印に対応する本文aのところにみえる文、a Dorsum, de rug, naamentlyk de verhevene langte der Neus. のうちのverheveneを指すということになろう。意は「盛り上がった」である。玄白の老齢故の記憶違いかと思われる。

本書のように老齢に帰するのが妥当なところかもしれないが、なかにはこれを玄白の創作と見る向きもあるようだ。私は、むしろ玄白がその後、オランダ語の習熟度を上げた、その結果、単語の派生関係なども理解するようになって、親縁の語を取り違えるに至ったのではないかと想像する。
なお、ネットのオランダ語辞書で、verhevene(verheven)を調べると、その例文中に、verhevenheidという語が見いだせる。

ドラマで前野良沢が一節切を吹くシーンがあったが、みなもと太郎の原作では特にこれには触れられていないが、「蘭学事始」には、そのことが書かれている。
此良沢といへる男も天然の奇士にてありしなり。専ら医業を励ミ東洞の流法を信じて其業を勤め、遊芸にても、世にすたりし一重切を稽古して其秘曲を極め、又をかしきハ、猿若狂言の会ありと聞て、これも稽古に通ひし事もありたり。

三谷幸喜氏は、原作をドラマ化するにあたって、そのさらにもとになった史料も読んでいたということだろうか。
なお、なぜ良沢が「世にすたりし一重切」を演奏したかについては、上の引用個所のすぐ前に、良沢を養った伯父宮田全沢の教えとして、「人と云者は、世に廃れんと思ふ芸能は習置て末々までも不絶様にし、当時人のすてはててせぬことになりしをハこれを為して、世のために後にも其事の残る様にすへしと教られし由」とある。

P_20180130_101531_vHDR.jpg 本書の底本は「長崎本」と呼ばれる長崎浩斎が入手したもの。
浩斎は、大槻玄沢の弟子で、玄白への入門を希んだが既に玄白は病中であったため、玄白の一の弟子である玄沢に入門した人だそうだ。高岡市の出身で、この原本は高岡市立図書館に寄託されている。
高岡市立図書館には古文書のデジタル画像を公開しているのだけれど、これはその対象となっていない。(公開してほしいなぁ、減るもんじゃなし。)

そしてこの底本の表紙は「蘭東事始」(蘭学東漸事始)となっているのだが、本書では、このタイトルを巡って、少々面倒くさい議論がなされている。
私は何の疑いもなく「蘭学事始」と思っていたが、こうした題名の本があり、また「和蘭事始」というものもあるのだそうだ。結局、元の本を持っていた大槻玄沢も、「蘭学事始」が良いと考えていたらしいと推測されている。(その結論までに随分の紙幅が費やされている。)

ところで「蘭学事始」によれば、「蘭学」という言葉自体が、「解体新書」後に使われ出した言葉だという。だからこそ、蘭学事始なのである。なお、蘭学事始の冒頭部分、蘭学が興る前に、西洋の医術を少しでも学んで実践する医術は「南蛮方」というような言い方がされていたとある。

先日、NHKの「大岡越前」を見ていたら、小石川養生所の蘭方医というのが出てくるのだけれど、これは吉宗の時代の話であるから、もし玄白が云うとおりなら、「蘭方医」という言い方ははなかったかもしれない。

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「集中講義 大乗仏教」

佐々木閑「集中講義 大乗仏教―こうしてブッダの教えは変容した」について。
NHK_100min_de_Daijo_bukkyo.jpg
別冊NHK 100分de名著」というシリーズの1冊。

「100分de名著」というのはNHKの番組で、古今東西の「名著」を造詣の深い人たちが、短時間で、そのキモを説明してくれる番組。狙って視たことはない(惜しいことをした)が、何本か、枕草子、歎異抄、手塚治虫などは見た覚えがある。


昨日とりあげた「さかのぼり日本史⑥“天下泰平”の礎」も、NHKの番組に由来する本だったが、このような番組由来の本(ノベライズというわけにはゆかないけれど)というのは、それほどじっくりと読むような量が書かれているわけではない。
しかし、この本は意外に読み応えがあった。1回の番組ではこれだけの内容は語れないと思う。番組から離れて別途執筆されたものかもしれない。

NHKのホームページを見たが、この本に1対1で対応する番組を見つけられなかった。同じ著者による「般若心経」はあるけれど。


本書では、いきなりものすごいことを言い切る。
「釈迦の仏教」と、私たち日本人が信仰している大乗仏教とでは、じつは教義の内容がまるで異なっているのです。もともとあった「釈迦の仏教」にのちの人が手を加え、オリジナルの教えとは別のものとして、日本や中国に伝わったのが大乗仏教だと思ってください。

このことは、本書の第3講「久遠のブッダ―『法華経』」の中や、「おわりに」で繰り返される。
 大乗仏教の歴史を研究していると必ず出会う名前があります。江戸時代の町人学者、富永仲基です。彼は、それまでの仏教界では全くの常識とされた大乗仏教仏説論、すなわち「お経と名のつくものは皆、釈迦などのブッダが説いた仏説であり、そのすべてが正統なる仏教の教えだ」という考えに異をとなえ、「経典というものは、先にあったものを土台として、次の世代の人たちが別のものを新たに創作し、それをもとにまた別の人が次のもの左作るという連鎖的操作で生み出された」という説を主張しました。「加上の説」と言います。「加上の説」は、彼が実際に万巻の経典を読み込んだうえで到達したきわめて合理的な結論です。しかし、この説は当時の仏教界に非難の嵐を巻き起こしました。考えてみればそれも当然です。富永の主張に従えば、ほぼすべての経典は釈迦が説いたものではなく、のちの世代の人たちが釈迦の名をかたって次々に創作したものだということになるのですから、それらの経典を自分たちの教義の要に据えている日本の宗派にとって、この説はゆゆしき邪説とみなされたのです。

(おわりに)


以前、島田裕巳「ブッダは実在しない」の書評を書いたけれど、そこでも、宗教的な心情を思うなら、ブッダが教えたところの神(にあたるもの)が居て、後の仏教を発展させてきた多くの高僧・名僧は、宗教的体験をしてきて、その教えを深化させてきたとも言える。時代とともに何度でも仏の教えが更新されて何らおかしくはない、と書いた。
島田氏は、日本の仏教には、もともとのブッダの教えは入っていないことを問題視されるが、仏典・宗派というものは、そういう成り立ちであるという主張でもあり、ここは「加上の説」を認めているということだろう。

第1講 「釈迦の仏教」から大乗仏教へ
第2講 「空」の思想が広がった──『般若経』
第3講 久遠のブッダ──『法華経』
第4講 阿弥陀仏の力──浄土教
第5講 宇宙の真理を照らす仏──『華厳経』・密教
第6講 大乗仏教はどこへ向かうのか
そもそも釈迦が書き残したものというのはない。お経は釈迦の弟子たちが、釈迦の言葉を忘れないように書きとめたもの。その時点から複数の弟子がそれぞれ覚えていたし、「方便」が語られたこともあったろうか、そもそも最初から統一のとれたものでもなかっただろう。

合理的に考えて「加上の説」は否定できないようだが、多くの宗派が根本経典をお釈迦様の教えと言えない状況のなか、阿含宗のように、釈迦の時代からある阿含経のみを根本経典とし、華厳経、法華経などは中国で創作されたものと断ずる宗派もある。

ただ、阿含経が信者を集めているかというと、そうでもないようだ。


結局のところ、「釈迦の仏教」、すなわち釈迦を尊崇するのか、時代に合せて変容してきた仏教信仰を受け入れるのかという問題ということだ。

眼を転じれば、キリスト教も同様である。イエスが書き残したものはない。

イスラム教のクルアーンは、ムハンマド自身が書いてはいないにしても、ムハンマドの生前の記録がもとになっているそうだから、このあたりの事情は少し違うかもしれない。


神を信じるという人類の多くが持つ性質は、社会構成原理として生存に有利だっただろうという考え方がある。
人は何かを信じなければ頼りない気分になるものらしい。
「鰯の頭も信心から」

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「ナメクジの言い分」

Adachi_Norio_Namekuji_no_iibun.jpg 足立則夫「ナメクジの言い分」について。

これも岩波科学ライブラリーの一冊。
であるけれど、ちょっと毛色が違い、科学書とは言いにくく、しかも科学者でない(けれど科学する)人が書いたエッセーというべき本(著者自身がそう書いている)。

ナメクジといえば普通は嫌われ者、殻があるカタツムリは愛嬌があって子供のおもちゃにもなるが(殻があるからナメクジのヌメヌメしたところを触らなくて良いからではないだろうか)、ナメクジ相手に遊ぶ子供というのはまず見ない。

私の家でも、庭にはたくさんのナメクジが棲息していて、家人が大事にしている花などは相当被害を受けている。したがってナメクジを誘引・退治する薬剤を置いたこともある(ああ、なんと罪深いことをしたのだろう)。


さて、著者は、生物学とか動物学とかの学者ではなくて、したがってナメクジで飯を食っているわけではない。ジャーナリスト、それも科学ジャーナリストではなくて、社会、経済といった分野のようである。

1 晩秋のナメクジ
季節外れによく出遭う/きっかけは娘のマニキュア/エスカルゴも同じ仲間/八〇年代に忽然と消えたキイロ/目撃情報からナメクジマップ/北海道は宝庫/東北にもチャコウラは進出/新しい外来種が侵入しつつある関東地方/皇居も小笠原もわが故郷青梅もチャコウラに占領された東京/神奈川も米軍施設周辺はチャコウラの天下/宙に浮くナメクジも,拝まれるナメクジもいる中部地方/近畿の海岸線はチャコウラの天下/中国・四国地方,瀬戸内の島にも進出するチャコウラ/チャコウラは九州・沖縄にも渡る/ヨーロピアンブラッグが世界各国を席巻する?
 
2 銀の筋は何なんだ
逃げ出したチャコウラ/「ゆっくりと」の警句の下で憤死/頼りになる米ソの文献/粘液には七つの機能/一つの足でなぜ動く/四本の角は視覚,嗅覚,味覚のセンサー/口には二万七〇〇〇枚もの鋭利な歯/便秘のナメクジがいてもおかしくない/喘息のナメクジはいない?/脈拍は人間と同じ/男性器も女性器も併せ持つ/超節電型の脳
 《コラム》平和な退治法
 
3 闇に包まれたライフスタイル
夜な夜な徘徊する/多くは菜食主義/天敵にはコウガイビルも/寒さの中で産卵,孵化する/広東住血線虫が寄生する/塩が苦手,砂糖は大丈夫
 
4 なぜ生き残ったのか
独立記念日はいつなのか/殻を捨てたのはなぜなのか/恐竜が絶滅したのはなぜなのか/ナメクジが生き延びたのはなぜなのか/ナメクジ史観とは何か
 
5 ナメクジに引かれた人たち
ナメクジに憑かれた研究者/文学大賞は内藤丈草と中村草田男,清少納言と村上春樹は落選/語源はどこから?/薬にしていた地方も/ナメクジ祭りの起源
そんな著者がなぜナメクジに興味をもったか、それはひょんなきっかけだったという。
マニキュアがきらいで、娘たちがマニキュア、ペティキュアを塗っているのをいまいましく思っていた著者が、あるとき銀色に光る筋を見つけ、娘たちのマニキュアがこぼれていると思い込んで叱りつけたところ、その銀色の筋をたどると、窓の方へ続き、あきらかに、それはナメクジの跡であることが了解され、娘たち、および彼女たちの母、つまり妻から、大逆襲に会う。
それがナメクジとはどういう生き物だろうという疑問と探究心が発現したのだそうだ。

だから、自身のナメクジ研究といっても、生体を解剖したり、化学物質(塩、砂糖を除く)の作用を調べるなどという、ハードなものではなくて、主として観察によるものである。

一番の特色は、人的ネットワークを活用した、ナメクジ分布の調査である。
といっても、特定地域をなめるように調べて、統計的手法で分布を推定するというような方法ではなくて、ナメクジを見つけたら報告してくださいという、実におっとりとしたやりかたである。
そんな中、現物を送ってくる人もいて、それが自身でナメクジを飼育することにもつながったらしい。

どこにでもいて、しぶとい奴と思われていそうなナメクジだけれど、飼育するとなると、これが案外難しいらしい。


だから、著者の研究は、自身の観察と、研究者からのヒアリング、諸文献の渉猟という方法になる。

ナメクジの研究者というのは、それは変な人が多いらしい。そういう人にはやはり著者同様、もともと文科系だったけれど、ナメクジへの興味が嵩じて生物学に転向したという人も複数紹介されている。


本書では、そうして集められた情報、考察に加え、文学におけるナメクジが取り上げられている。
残念ながら、ナメクジが登場する文学作品は数少ない。そしてその多くはけっして好意的なものではない。
著者が文学大賞を与えるとすれば、内藤丈草・中村草田男としている。(二人とも「草」が入っている。ナメクジの好物か。)内藤丈草は「芭蕉の十哲」に数えられる俳人だそうだが、次の一文が紹介されている(蛞蝓(かつゆ)とはナメクジのこと)。
多年屋ヲ負フ一蝸牛、化シテ蛞蝓トナリ自由ヲ得、
火宅最モ惶ル延沫尽ンコトヲ、法雨ヲ追尋シテ林丘二入ル

Teduka_Hinotori_namekuji.jpeg 文学作品というわけではないけれど、ナメクジが登場するフィクションといえば、本書でも触れられているけれど、手塚治虫「火の鳥-未来編」で、進化をやり直す過程で、ナメクジが知性を獲得し地球を支配する世界が現出し、そしてそれがあっけなく崩れていくというもの。

UltraQ-namegon.jpg もう一つ、私が覚えているのは、テレビ・シリーズ「ウルトラQ」で、巨大なナメクジが地球に飛来して、人類を脅かすもの。ただし、このナメクジ、最後は海に落ちてあっけなく死んでしまったと記憶している。

著者が本書を執筆して、一番希んでいるのは、「いみぢうきたなきもの なめくぢ」(枕草子)という、一面的で無思慮な言葉で片付けてしまう人が減ることだろう。

それにしても、全くの素人、関連分野の素養すら怪しい素人でも、探求心を持つことで、こんなに興味のひかれる本が書ける。
老境に入るものにとって、さわやかである。

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「ちいさい言語学者の冒険」

広瀬友紀「ちいさい言語学者の冒険―子どもに学ぶことばの秘密」について。
岩波科学ライブラリーの一冊。
やはりこのシリーズにはおもしろい本が多い。

子供のなにげない行動を、そのままやり過ごすか、そこにヒトの精神の秘密を読み解こうとするか。
発達心理学とか、本書の場合は言語学とか、ベースになる知識・理論を持っている人が見れば、子供の心で何が起こっているのか、こんなふうに洞察できる、そういう本。

本書の参考文献にも上げられているスティーブン・ピンカー「言語を生みだす本能」は随分前に読んでいるから、本書で紹介される事例やその解釈は、同書で読んだ覚えのあるものも多い。

ピンカーの本は音声言語の枠を超えないで洞察されているけれど(この本を書いた頃のピンカーはチョムスキー理論にかなり肩入れしていたと思う)、本書が最初にとりあげているのは、「『は』にてんてんをつけたら何ていう」のように、音声と文字システムのギャップをとらえている。

有声音―無声音の対応関係は、「ぱ」と「ば」。古い日本語では「は」は「ぱ」に近い「ふぁ」音。古い表記では濁点は記されないからかな文字上では音の変遷は追えないけれど、日葡辞書のローマ字綴りには反映している。これも外国人に教えられるということの一つかもしれない。


言語の研究といえば音声言語をベースに考えるのが正統なのかもしれないけれど、だからといって文字システムを否定、あるいは無視するのでなく、本書のように、音声言語と文字システムとの乖離を観察することで、かえって(音声)言語の習得過程の秘密を垣間見ることができるということかもしれない。

音声言語習得という事象に、文字習得というバイアスをかけることで、見えなかったものが見える――文字システムが試薬の役割りをしているといったら言い過ぎか――ということかもしれない。
つまり、文字システムとの乖離が子供を混乱させる要因になっていること、そしてその混乱がなぜ起こるのか考えるわけだ。
(そもそも、子供は、音声言語でも、文字でも、そこにシステム構造を無意識に嗅ぎ取るのだろう。)

文字システムから書き起こしているからまずそれについて評したけれど、その後は、やはり音声言語が中心になっている。
「過剰適用」や「適用拡張」といったピンカー本で指摘されている英語での事例も、日本人の子供であらためて確認されているわけだ。

本書では深入りは避けているようだけれど、ピンカーが大胆に「本能」と表現し、言語を生み出す「遺伝子」を想定したように、それは人類に共通だという証拠とも言える。


また、本書では、言語の隠れた法則を気づかせてくれるのは、子供や外国人だと指摘している。
これも、音声言語のシステムと文字システムの乖離から言語の秘密が垣間見えるのと同様、母国語システムと日本語システムの乖離から、それぞれの言語の秘密が垣間見えるということだろう。

子供の「間違い」には、言葉に関するものに限らず、思わず笑ってしまうようなものがたくさんある。そして、それがかえって微笑ましく、ネットにもいろいろな事例報告がなされる。
本書の著者も、そうしたネット情報もいろいろ参照して、事例収集をしているようだ。

小学校のとき、国語のテストで「右手の反対はなんですか?」という問に「左足」と答えて×をもらった覚えがある。そのときは、なぜ×なのか理不尽だと思ったのだが、今では、そのとき先生はきっと噴き出していただろうなぁと思いだす。


書評はやけに堅苦しい書き方をしたけれど、おもしろおかしく読める本である。
そうそう、イラスト(いずもり・よう)も楽しく、秀逸。
chiisai_genngo_gakusha_hirose.jpg

まえがき
第1章 字を知らないからわかること
 「は」にテンテンつけたら何ていう?
テンテンの正体
「は」と「ば」の関係は普通じゃない
子どもはテンテンの正体を知っている
「は」行は昔「ぱ」行だった
字をマスターする前だから気づく
子どもと外国人に教わる日本語の秘密
数があわない
納得できない「ぢ」と「じ」
第2章 「みんな」は何文字?
日本語のリズム
日本語の数え方は少数派
子どもなりの区切り方
じつはかなり難しい「っ」
「かににさされてちががでた」
必殺!「とうも殺し」
第3章 「これ食べたら死む?」
        ――子どもは一般化の名人
「死む」「死まない」「死めば」―死の活用形!
規則を過剰にあてはめてしまう
「死にさせるの」
おおざっぱすぎる規則でも、まずはどんどん使ってみる
「これでマンガが読められる」
日本の子どもだけが規則好きなのではない
手持ちの規則でなんとか表現してしまおう
普通に大人をお手本にすればいいのに?
第4章 ジブンデ! ミツケル!
教えようとしても覚えません
教えてないことは覚えるのになあ!
ジブンデ! ミツケル!
「か」と「と」の使い方は難しい
結局、何が手がかりになっているのか
第5章 ことばの意味をつきとめる
はずかしいはなし
「ワンワン」とは?
「おでん」とは?
「坊主」とは?
どうやって意味の範囲を最初に決めるのか
どうやって意味を修正するか
モノの名前でなく動詞の場合は?
そもそも、どこからどこまでが単語?
ことばの旅はおわっていない
第6章 子どもには通用しないのだ
ぶぶ漬け伝説
子どもに通じるか
ことばにしていないことがどうして伝わるのか
500円持っているときに「ボク100円持っているよ」は正しいか
子どもも大人のような解釈ができるか
相手の心をよむチカラ
周りの状況をよむチカラ
第7章 ことばについて考える力
ことばを客観的に見る
音で遊ぶ――しりとり
意味で遊ぶ――「踏んでないよ」
構文で遊ぶ――「タヌキが猟師を鉄砲で」
解釈で遊ぶ――「大坂城を建てたのは誰?」
音で遊ぶ(その2)――「がっきゅう○んこ」
ことばの旅路をあたたかく見守ろう
あとがき
もっと知りたい人へのおすすめ書籍
        参考文献・引用文献
カバー・本文イラスト=いずもり・よう
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「多数決を疑う」をもう一度

以前、「多数決を疑う」をとりあげたけれど、
その著者坂井豊貴氏は、「大人のための社会科―未来を語るために」でも3つの章を担当されている。
「GDP」、「多数決」、「公正」の3つの章である。

著者は、このそれぞれについて、アタリマエとして受け入れている、無批判に、あまり深く考えることなく使われることもあるこれらの言葉について、それぞれが持つ数学的挙動を考察している。
数学的遊びという評価をする人もいるだろうけれど、そういう人こそ、頭ごなしに、多数決は正しいと言い切るに違いない。

senkou_joukyou.jpg さて、前の記事でも説明を入れたけれど、「大人のための社会科」では、多数決というものを単純に信奉して良いかに疑問をなげかけるシンプルな例が紹介されていた。

一つは、単純多数決、決選投票(上位選択肢2を残して再投票)、ボルダルール(1,2,3位にそれぞれ3点、2点、1点を与える)の3種類の決定方法で、結果がすべて異なるという例。

これは前の記事でも書いたとおりだけれど、こっちのほうが「ペア比較」を省いて簡素化されているので、わかりやすい。


Ostrogolsky_paradox.jpg もう一つの例は、「オストロゴルスキーの逆理」というもので、複数の政策課題があって、人によってそれへの賛否の組合せが違うとき、一つ一つの政策の賛否と、全体としての賛否が逆になるというもの。

サンプル図は、5つの政党が3つの政策課題に対しそれぞれ賛否を表明している状況と考える。上3つの政党の政策がいずれも支持されていて、他の2党の反対意見はいれられない。結果、3つの課題のいずれも支持された形になっている。
ところが、一つ一つの政策課題に対して各政党ごとの賛否を調べると、どの課題についても支持されていない。


もう一つ、公平とは何かについておもしろい例が紹介されている。
初期ユダヤ教の口伝律法を書きとどめるという「バビロニア・タルムード」に書かれている、具体的な「公正」の計算方法が紹介されていた。
nuno_no_bunkatsu.jpg

2人の男が12単位の布の所有権であらそっている。一方(A)は12単位すべてが自分のものと主張し、もう一方(B)は6単位は自分のものだと主張している。さて、A,Bどちらの主張も正当性を立証できないとき、A,Bの取り分をどのようにするべきか。

という問題で、バビロニア・タルムードは、所有権を争っているのは6単位だけだから、これをA,Bで折半するのが正しいとしているのだそうだ。
これに対し、12を主張する人と、6を主張する人なのだから、その割合で分割すれば良いと考える人もいるだろうということだ。

もし、A,Bの主張の正当性評価が同等であるなら、私もバビロニア・タルムードのやりかたが自然だと思う。


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「大人のための社会科」

井手英策,宇野重規,坂井豊貴,松沢裕作「大人のための社会科―未来を語るために」について。

Otona_no_tameno_shakaika.jpg タイトルからは教科書みたいな印象を受けるけれど、実はその逆、つまり、お仕着せの社会科ではなくて、4人の気鋭の研究者による、現代社会を生きる人に、考えることの大事さを訴える本。

「序」に、「反知性主義へのささやかな抵抗」という副題が付いている。
読み進めれば、反知性主義的な事象を論駁しようとしている例が随所に出てくる。
そうなんだと納得する一方、「ささやかな抵抗」というのは、弱小な勢力にすぎないことを自覚しているということかもしれない。この人たちのような考え方を素直に受け入れない、あるいは難しいと思考停止する人は多いだろう。

また、『あえて「上から目線」で教科書を書く』としているのは「ささやかな抵抗」。
冒頭、お仕着せの教科書とは逆の本だと感想を書いたが、著者は上から目線の教科書と表現した。
よほど反知性主義に怒りをもっているのだろう、反知性主義と見える人に対しては、ちゃんと教導しなければならない、そのための教科書だという意識かもしれない。

研究者、専門家は、反知性主義者からは嫌われる側に身を置いていて、反知性主義あるいはポピュリズムの操作対象である大衆からは遊離し、何を難しいことをごちゃごちゃ言ってるんだと非難(あるいは無視)されることを承知しているということだ。

だから、本書を読んで、狙い通り、考える人が増えれば、著者たちへの尊敬も復活することになるだろう。

序 社会をほどき,結びなおすために(井出)
―反知性主義へのささやかな抵抗
 
 第1部 歴史のなかの「いま」
第1章 GDP(坂井)
―「社会のよさ」とは何だろうか
第2章 勤労(井手)
―生きづらさを加速させる自己責任の社会
第3章 時代(松沢)
―時代を分けることと捉えること
 
 第2部 〈私たち〉のゆらぎ
第4章 多数決(坂井)
―私たちのことを私たちで決める
第5章 運動(松沢)
―異議申し立てと正統性
第6章 私(宇野)
―自分の声が社会に届かない
 
 第3部 社会を支えるもの
第7章 公正(坂井)
―等しく扱われること
第8章 信頼(宇野)
―社会を支えるベースライン
第9章 ニーズ(井手)
―税を「取られるもの」から
  「みんなのたくわえ」に変える
 
 第4部 未来を語るために
第10章 歴史認識(松沢)
―過去をひらき未来につなぐ
第11章 公(井手)
―「生活の場」「生産の場」「保障の場」を作りかえる
第12章 希望(宇野)
―「まだ―ない」ものの力
という本なのだけれど、やはり教科書ではない。というのは、目次を見てわかるように、教科書のような、体系性・網羅性はない。
本書の構成は、思慮不足の人たちが無批判に繰り返す言葉に目を付けて、その言葉の本当の意味とか、それにまつわる社会事象の深さや拡がりというものを暴き立てる。。

各章は分担執筆のようだから、読み進むと、それぞれう~んとうならされるけれど、前後の関係はあまり見えない。反知性主義に体系があるわけではないだろうから、それにお付き合いして、反反知性主義を主張しても、組み立てが体系的にはならないということかもしれない。

ただ、執筆者が分担している章を並べて見れば、同一執筆者が持つ問題意識というか思考パターンは浮かび上がってくる。

たとえば、前に「多数決を疑う」をとりあげたけれど、坂井豊貴氏は、「GDP」、「多数決」、「公正」の3つの章を担当されている。このそれぞれには、アタリマエとして受け入れていることについて、それぞれが持つ数学的挙動を踏まえて、単純にこの言葉に代表させてよいものか、概念を使うときには、その定義・意味にも注意を向ける必要があると示される。

なるほどこれは反ポピュリズムと言って良い。言葉を表層理解と「勢い」にとどめ、アジテーションに用いるポピュリストからしてみれば、深く考えられては困るだろう。


「歴史認識」の章では、タイトルからすれば、日韓や日中の問題がとりあげられると予測できる。実際、慰安婦問題がとりあげられるのだけれど、その前に、歴史認識とはどういうことなのか、それが整理されて語られる。アタリマエのことだと思うけれど、出来事レベルと、解釈レベルがある。

ポピュリズムとフェイクは親戚関係である。著者は、せめて出来事レベルだけでもきちんとしよう、フェイクに惑わされないようにしようと考えているようだ。

そして、その基礎となるアーカイブが日本では発達していなかったことを指摘する。
慰安婦問題でも重要史料(上海領事館が、慰安婦募集について、警察に協力を求めた依頼文書が残っている)も、公的な記録としてではなかった。

そういえば、森友、加計問題でも文書はあっというまに廃棄されていたという。本当だとしたら、ヤバい資料だから急いで廃棄したのだろうか。


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「お茶の科学」

大森正司「お茶の科学―『色・香り・味』を生み出す茶葉のひみつ」について。

Ocha_no_kagaku_Omori.jpg ブルーバックスの1冊。
ブルーバックスには「コーヒーの科学」(旦部幸博)という本もある。こちらはいわば姉妹編(お茶が後だからさしずめ妹か)ということになるか。

中学生のとき、紅茶に凝ったことがある。
ダージリンとか、アッサム、オレンジペコとかイングリッシュ・ブレックファストといった種類のリーフティーを集め、自分専用のポットを使って紅茶を入れていた。
もちろん、お湯は沸かしたてを使い、カップは前もって温めておくのは当然である。

紅茶のブランド物などは田舎では手に入りにくい。比較的高級なもので、当時どこでも手にはいるものといえば、トワイニングぐらいだったと思う。今だとトワイニングのダージリンだと、今の価格で1,000円/100gぐらいじゃないだろうか。
この頃は、マリアージュ・フレールとか、ルピシアとか、高級紅茶の店が増えた。これらだともちろん種類によるけれど、2,000~3,000円/100gというところだろうか。ダージリン・セカンド・フラッシュとかこだわるとさらに高価になる。

もっとも、普段飲むなら、リプトンのイエロー・ティーバッグがなんといっても気を使わず、扱いやすくて、それなりに紅茶の味わいがある。(これ以下だと、香りも味もなく、色だけ着く。)

リプトンのイエロー・ティーバッグは、浸出時間が長すぎると色は濃く、味は苦くなるのに、1つで2杯出そうとすると、2杯目はやたら気の抜けたものになる。1杯だけではもったいない気がするのに、2杯にすると情けなくなる。2杯分ぐらいの大きなカップにたっぷり入れるのが良いのかな。(お茶を出す、お茶を入れる、同じなのに逆の言葉だなぁ)
なお、本書によると、正しい入れ方は、まずお湯をカップに入れ、ティーバッグをその中に浸して1分間ほどそのままにするというもの。もちろん2杯出そうなどという貧乏根性はダメである。


それに、ティーバッグを馬鹿にしてはいけない。
ティーバッグの場合は、リーフグレードで、D(ダスト)とか、F(ファニングス)、BOPF(ブロークン・オレンジペコー・ファニングス)という、細かい葉が使われるが、茶葉の品質として悪いわけではないという。

等級の高い煙草の切れ端で作るシートタバコが、低等級の通常刻み葉のタバコより味わいがあるのと同様ではないだろうか。


第1章 お茶の「基本」をおさえる
~どんなお茶も、すべて同じ「チャ」だった
第2章 お茶はどこからきたのか?
~チャと茶のルーツを巡る旅
第3章 茶葉がお茶になるまで
~色や風味はいつどうやって作られるのか
第4章 お茶の色・香り・味の科学
~おいしさは何で決まる?
第5章 お茶の「おいしい淹れ方」を科学する
~煎茶を“玉露” にする方法
第6章 お茶と健康
~なぜお茶は身体にいいのか
第7章 進化するお茶
~味も楽しみ方も変える技術
本書では、緑茶やウーロン茶、さらには後発酵茶もとりあげられている。
ウーロン茶などについてはわからないけれど、緑茶は、紅茶よりもずっと繊細である。昔から、田舎の茶舗でも、かなり高いものが売られていて、そういうお茶は、葉がピンと細く巻いて、その抽出前の葉の上品さは、紅茶の比ではない。そして、トワイニングのダージリンの数倍の値がついていたように記憶する。

緑茶、つまり日本茶といえば茶道、煎茶道というわけで、子供が自分の小遣いでできるようなものではない。それらは「修行」みたいなものだから、趣味というには違うような気がする。
結局、紅茶の方が無難で近づきやすい趣味なのである。(日本の伝統というのは、どうして、こう重々しくて高くつくんだろう。)

さて、昔から、紅茶といえば、ミルクかレモンかという論争があるけれど(本書でも書かれているが、種類によっても向き不向きがあるらしい)、私は基本はストレートである。

そういえば、ミルク・ティーは、紅茶にミルクを注ぐのか、ミルクに紅茶を注ぐのかという論争もあった。


この頃はミルクかレモンかで論争になるどころか、フレーバー・ティーというのが流行っている。
紅茶の有名店というところへ行くと、ダージリン・セカンド・フラッシュなんてものも置いてたりするのだが、フレーバー・ティーが広い場所を占めている。当然、ストレートのリーフティーよりバリエーションが豊富だからそういうことになるのだろう。

私はフレーバー・ティーというのは、あんまり好きじゃなくて、出されたら飲むとしても、喫茶店でそうしたものを注文したり、そうした種類の紅茶を買うことはない。

フレーバーということではないが、以前はブランデーを滴らしたりしたこともあったが、この頃はブランデー自体が我が家には常備されていない。


そう思っていたところ、本書で著者が一言。
ところが、最近ではこうした紅茶本来の味を知らない人も少なくありません。「紅茶が好き」いって毎日飲んでいる人でも、話を聞いてみると、口にしているのはフレーバーティーである人が意外に多いのです。
    <中略>
 「どんな紅茶が好きですか?」と訊いたとき、瞬時に「アールグレイ」とか「ローズティー」などと答える客人には、筆者は笑顔で、次回からは出がらしの紅茶を煮出して差し上げることにしています。
 フレーバーティーしか馴染みがない人に、紅茶本来の渋みや香り、重厚さを味わえるリーフティーを淹れて差し上げると、「これが本当の紅茶の味なんですか!?」とたいてい驚かれます。
フレーバー・ティーをお洒落だと思って飲んでいる人が聴いたら、何と思うだろう。
筆写はフレーバー・ティーを馬鹿にしているわけではないだろう。ただ、そうした装飾をほどこさない、ストレートなお茶の味わいというものを知ってもらいたいということだと思う。その上で、お茶に自分の好みの香りづけを楽しむ、それはそれで好き好きだろう。

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団塊フリーターの10年

仕事と人生の先輩であるA氏から、
“自分史「アートに生きる=団塊フリーターの10年」”という本が送られてきた。
奥付では、昨年12月28日印刷となっている。

P_20180118_222815_vHDR_On.jpg 細かい活字と、たくさんの写真が詰まった、かなりの分量の本である。
タイトルどおり、アートに生きるをされているようで、スッキリと落ち着いた編集のように思う。

書かれている内容については、自分史ということで、敢えて紹介も論評もするつもりはないけれど、定年退職後も、さまざまなことに挑戦して、見聞を広げ、センスを高めている暮らしが、いろいろな身辺に起こる事件とともに書かれていて、だらだらすごしている身としては敬服するとともに、我が身の至らなさを思い知る。

現役のときから、お洒落な人であったけれど、そしてこだわりのある人であったけれど、記憶をひもといても、「アートをする」(作品を作る)という姿は覚えていない。
氏のフリーターの10年は、意外にプロダクティブな10年だったのかもしれない。

そういえば、「世界ふしぎ発見」というテレビ番組で、アイスランドが紹介されていたのだけれど、アイスランド人の10人に1人は、自叙伝を執筆・出版していて、一般の本屋さんで平積みになって売られていて、また良く売れるという。番組中で、冬の厳しいアイスランドでは、冬の間、家族が集まって、暖を囲んでお話をする伝統から出たものだと解説されていた。

私はこうしてブログを書いているが、これが10年貯ったら、このような本を作れるだろうか。

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火あぶりにされたサンタクロース(続き)

muchiuchi-ojisan
鞭打ちおじさん
「火あぶりにされたサンタクロース」の続き。

昨日の記事で、論文の契機となった(と思われる)、ディジョンでのサンタクロース火刑事件について紹介したけれど、今日は、レヴィ=ストロースの考察について。(難解な論文なので、私の理解が違うかもしれないけれど)

著者は、まず、火刑となったサンタクロースは、第二次大戦後、アメリカの影響を受けて出てきたものと指摘する。教会がサンタクロースを火刑にしたのは、フランス・カトリックの伝統には存在しない、そして商業主義的な産物に、異教性を見たからなのだけれど、著者はそれだけでは済まさない。
商業主義に毒されたで済まさず、そもそもサンタクロースの来歴や受容態度の分析を行う。

まずは来歴としては、簡単に、サンタクロースが現れる前の「冬の祭り」について書かれ、クリスマスは、そうしたいろいろな習俗の断片を寄せ集めて成り立っていると説かれる。
また、およそクリスマスとは何の縁もないであろう、プエブロ・インディアンの「カチーナ」という儀礼との類似に注意を向ける。
Pere noel
ペール・ノエル
(クリスマスおじさん)

ほとんどすべての人間集団において、子供たちは、入念に管理されたあの種の神秘についての知識を知らされていないことによって、あるいはつくり話が張りめぐらす幻想のヴェールに阻まれて、男性の集団から排除され、分離されている。男性集団は、さまざまな工夫によって、自分が独占管理する神秘を、しかるべき時期がくるまで子供や女性に秘密にしておき、時期が来ればそれを若者たちに教え、それによって彼らを大人の集団に迎え入れるのである。
子供達に見破られないよう、大人たちが仮面をかぶり見事に変装し「カチーナ」神は出現する。サンタクロースはこの「カチーナ」と同じ種族に属している、という。

さらに、カチーナなどの儀礼では、神は実は子供である、そして実はそれは死者でもあるとする。
サンタクロースにまつわる儀礼や信仰が、イニシエーションに関係する社会学的範疇に属するものである限り(その点は全く明白だ)、これらの儀礼と信仰は、子供対大人という構図を越えて、死者と生者という、より根源的な対立の構造をあらわにしているのである。

私にはレヴィ=ストロースのような深い理解はちょっとついていけないところがある。
本当に、そうした文化の記憶が、現代のクリスマスのばか騒ぎにもあるんだろうか。

Goya,_Saturno_devorando_a_su_hijo そして、次に引き出されるのが古代ギリシア・ローマから中世にいたる「サトゥルヌス祭」である。ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』で有名なサトゥルヌスだけれど、宗教史学者や民俗学者の研究は、フランスのサンタクロースである「ペール・ノエル」の遠い起源が、中世の「喜びの司祭」や「サチュルヌス司祭」などにあることを認めているという。

サトゥルヌス祭は「怨霊」の祭りだ。すなわち、暴力によって横死した者たちの霊や、墓もなく放置されたままの死者の霊を祀るもので、その祭りの主催者であるサトゥルヌスの神は、いっぽうではわが子をむさぼり食らう老人として描かれるが、じつはその恐ろしい姿の背後には、それとまったく対照をなすように、子供たちに優しい「クリスマスおじさん」や、子供たちに贈り物をもってくる角の生えた地下界の悪魔である、スカンジナヴィアの「ユルボック」や、死んだ子供たちを蘇らせ山のようなプレゼントでつつんでくれたという聖ニコラウスや、夭折してしまった子供の霊そのものであるカチーナ神などが、しっかりとひかえているのである。

以前から、クリスマスというのは、もとは冬至の祭りであって、太陽が再び力を得る、死と再生の祭りがもとで、それをキリスト教会が、降誕祭につくりかえ、ガリアやゲルマンを教化する手段としたという説明がなされることがある。これについてもレヴィ=ストロースは深く洞察する。
そして、サトゥルヌス祭から引き続くクリスマスの狂気は、クリスマスの夜に行われるキャバレーのばか騒ぎが痕跡をとどめている。しかし、重要なのは、子供である。贈り物を強要する子供たちについては、中沢新一氏の論文「幸福の贈与」に詳しいかもしれない。

そして、論文は次のようにしめくくられる。
こうして見ると、ディジョンにおいておこなわれた異端者火刑は、はからずも、サトゥルヌス祭の王のあらゆる特徴を備えた、新たなヒーローを復活させてしまったのである。ディジョンの教会関係者たちは、サンタクロース信仰に、終止符を打とうとして、この火刑をおこなった。だが、皮肉にも、それによって、数千年にわたる消滅の後、ひとつの儀礼的形像を、まったき完全さのもとに、蘇らせてしまうという結果を、つくりだしたのだ。ディジョンのクリスマスにおこった、この奇妙な事件は、けっして小さなパラドックスに終わるものではない。カトリック教会は、儀礼を破壊しようとして、かえって、この儀礼の永遠性を証明する手助けをしたのだ。

American Santa
アメリカのサンタ
いかがだろう、とても難解で、私には消化しきれないので、適切な紹介にはならなかったと思う。

キリスト教徒がどのようにサンタクロースに向き合うのか、とても真摯な態度が見て取れるのだけれど、日本では、キリスト教徒でもないものが、クリスマスと騒ぎ、サンタクロースをありがたがると揶揄されたりする。サンタクロースを異教徒として火あぶりにしたフランスとはずいぶん異なる状況だ。

日本人は、サンタクロースも八百万の神の一つとして受容しているということだろうか、それとも商業主義に「純化」された(信仰を削ぎ落とされた)サンタクロースだけがやって来ているということだろうか。

ところで、中沢新一氏の論文、これはレヴィ=ストロース以上に難解なので、とても紹介できないが、中にもおもしろい言葉があったのでそれだけ紹介しておこう。

「商業はロゴス、贈与はエロス」

だそうだ。

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火あぶりにされたサンタクロース

IMG_20171223_141012s.jpg 世間はクリスマスなので、
「サンタクロースの秘密」
について。

地元の図書館では、ときどき利用者の気を惹くためか、便宜のためか、テーマを決めて展示棚に、蔵書を陳列することがある。

夏休みだと学校の課題図書が並べられたりするが、大人向けには郷土の歴史にかかるものとか、戦争・戦史にかかるものなどがテーマになっていたりした。

そして、先日図書館へ行ったら、クリスマス特集で、絵本・おはなし本などが集められていた。

31YAF09JZ4L.jpg その中にこの本、クロード・レヴィ=ストロース/中沢新一「サンタクロースの秘密」が混じっていた。

レヴィ=ストロース(Levi=Strauss)といえば、ジーンズのメーカー(Levi's)ではないかという人もいるかもしれないけれど、私たちの年代だと、なんといっても「構造人類学」を打ち出した大学者である。
その著作が、子供向けの絵本の間にはさまっている。
なんと場違いな、子供が読んだらショックを受けるに違いない。

本書に、収録されているのは「火あぶりにされたサンタクロース」という論文(1952年)。
他、訳者でもある中沢新一氏の「幸福の贈与」が収録されていて、この論文を解釈・解説してくれている。

1951年、フランスのディジョンにおいて、サンタクロースが火刑に処せられた事件から説き起こし、人類学者らしく、サンタクロースの来歴の解説のみならず、人類学の観点から、「祭り」の意味や、社会における役割、人々の受容態度などが、分析されている。

まずは、レヴィ=ストロースの論文が引用している新聞記事を転載しておこう。

サンタクロース火刑に処せらる

      教区若者組の子供たちの見守るなか
      ディジョン大聖堂前の広場において

ディジョン、十二月二四日(フランス·ソワール現地支局)


 サンタクロースが、昨日午後、ディジョン大聖堂の鉄格子に吊るされたあと、大聖堂前の広場において、人々の見守るなか火刑に処せられた。この派手な処刑は、教区若者組に所属する多数の子供たちの面前で、おこなわれたのである。この刑の執行は、サンタクロースを教会の横領者にして異端者として<有罪>の判決を下した、聖職者の同意のもとに、決定された。サンタクロースは、キリストの降誕祭を異教化し、鳩のようにおとなしそうな顔をしながら,教会のなかに居すわって、ますよす大きな顔をするようになったとして、非難されたのである。
 とりわけ、サンタクロースの慣習が、各地の公共学校のなかに入り込みつつあることは、大きな非難の的となった。サンタクロースが登場してきたおかげで、学校でいままでおこなわれてきた『クレッシュ』の伝統(キリスト降誕の場面の模型をつくる風習)が、まったくおこなわれなくなりはじめているという。
 日曜日の午後三時に、白い髭のこの哀れな人物は、火刑に処せられた。過去には、多くの罪のない人々が、刑の執行を拍手を送りながら見物する人々の過ちを償うために、この人物と同じように、炎に包まれていったものである。炎は、この男の髭をなめつくし、まもなく男は煙のなかで、意識を失っていった模様である。
 刑の執行がすむと、ひとつのコミュニケが、読み上げられた。
 概要は次のとおり。「虚偽と闘うことを望む、教区内のすべてのクリスチャン家庭を代表して、二五○名の子供たちが、ディジョン大聖堂の正門前に集まり、サンタクロースを火あぶりにした」。
 ここでおこなわれたことは,たんなる見世物ではない。これは立派な象徴的示威行為なのである。サンタクロースは、ホロコーストの犠牲者となったのだ。たしかに、虚偽が子供の心に宗教的な感情を目覚めさせることなどありえない。ましてや、いかなる意味においても、それを教育に用いてはならない。しかし、多くの人々が書き、また語っているように、人々がサンタクロースに望んでいるのは、この人物が、悪い子供にお仕置きをするためにあらわれたという、あのただ怖いだけの『鞭打ちじいさん』の向こうを張って、子供たちのための優しく気前いい教育者としてふるまってほしい、ということなのである。
 私たちはクリスチャンであり、それゆえクリスマスはあくまでも、救世主の生誕を祝う祭りの日であってほしい、と望んでいる。
 大聖堂前広場における、このサンタクロース火あぶりの刑の執行は、人々の話題の種となり、カトリック教徒の間でも、盛んな討論を引き起こしている。
 突然のこの示威行為は、その計画者たちでさえ予想していなかった、大きな波紋をつくりだしそうな気配である。
    ・・・・・・・・・・・・
 この事件についての、町の人々の意見はまったく二分されている。
 ディジョンでは、大聖堂前広場で昨日殺されたサンタクロースの復活が、待ち望まれているところである。サンタクロースは、今夜の六時に、市役所において復活する予定になっている。公式発表によれば、例年どおり今年も、サンタクロースはディジョンの子供たちを自由広場に集合させ、スポットライトを浴びながら市庁舎の屋根の上を歩き回り、子供たちに話かけることになっている。
 なお国会議員でディジョン市長のキール氏(司教座聖堂参事会員)は、この微妙な問題については、コメントを避けている模様である。

いやはや、昨今はやりのフェイク・ニュースか、「虚構新聞」みたいだけれど、まぎれもない事実なのである。
この事件、サンタクロースについてのレヴィ=ストロースの考察は(難解なので)、あらためて。

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牛車で行こう!

gissha_de_ikou.jpg 京樂真帆子「牛車で行こう! 平安貴族と乗り物文化」について。

「平安人の心で『源氏物語』を読む」など、平安時代(といっても貴族中心)の生活がどんなものであったかは、当時の文学作品を読む上で役にたつだろう。

この本の存在を知ったのは、ときどき読書の参考にするネットの書評でとりあげられていたから。

 牛車は、平安貴族の乗り物である。ぎっしゃと読む。
 なぜ牛だったのか。
 乗るなら馬車のほうが速いのでは?と思ってしまうが、本書によれば、牛車は乗り手が一定以上の身分であることを示すもので、それに乗っていること自体が重要だったという。急ぐときは男性ならやはり馬に乗ったようだ。
 牛の車は、今でも物の運搬に使っている国があったり、朝鮮半島では囚人の護送に使っていたそうだが、どういうわけか平安朝では高級車だった。身分によって乗れる車種が異なり、あえてランクの低い車に乗って身を隠したり、同車(同乗)したり貸し借りすることで政治的に利用されたりもしたらしい。
 本書には牛車の車種や利用作法だけでなく、そうした知略や駆け引きについても紹介されていて、当時のありようがよくわかる。
 室町期までにはすっかり廃れてしまったそうだが、言われてみれば奇妙な文化だ。気になる。

朝日書評:[評者]宮田珠己(エッセイスト)、2017年08月27日


はじめに―ドライブ前の点検―
第一章 車を選ぼう
 車種と身分・階層
 牛車の身分規制
 偽装する車
(1)素性を隠す/(2)性を偽る―女車―
 車の所有・貸与・相続
 受領の牛車
第二章 牛車で行こう!
1 では、乗り込もう
牛車は後ろ乗り/牛車は四人乗り
2 車を走らせよう
牛車のスピード/車中の工夫/車を引く牛/移動の風景
3 車を停めて、降りて、片付けよう
その前に門をくぐる/車を停める一工夫/車から降りる/車を片付ける
第三章 歩くか、乗るか?
1 歩く貴族
寺社参詣は徒歩で/徒歩移動すべき空間/歩きたくない、歩けない
2 輦車宣旨と牛車宣旨
輦車と腰輿/中重の輦車宣旨/牛車宣旨
3 平安貴族と騎馬
騎馬での移動/騎馬の作法
第四章 ミヤコを走る檳榔毛車
1 檳榔毛車とは何か?
2 檳榔毛車の作法
乗車の身分規制/檳榔の入手
3 ミヤコのなかの檳榔毛車
行列を飾る/物語世界への反映
第五章 一緒に乗って出かけよう!
1 女房たちの同車
職務の中での同車/いやなやつと乗り合わせた場合/上座・下座
2 同車に表れる人間関係
同車する人々/演出される同車
3 そして一緒にどこへ行くのか?
右京へ/西山へ/東へ/南へ
第六章 廃れたからこその牛車
1 廃れる乗車文化
2 牛車研究の金字塔『輿車図考』
松平定信という文化人/『輿車図考』について
3 『源氏物語』の牛車
『源氏物語』にみえる車の種類/車の中の様子/「一つ車に乗る」人たち
あとがき
これでもう私ごときが書評を書く必要などはないと思うけれど、少し補足しておこう。
今まで、年中行事や通過儀礼などの話、建物や調度の話、そういうものは結構、作品解説などでも目にすることがあったけれど、牛車に的を絞ってというのは、とてもおもしろい着眼であると思う。

それも、牛車という道具の構造や運転といったことだけでなく、牛車に乗るとはどういうことかという考察がおもしろい。
たとえば、車種(唐庇車、檳榔毛車、糸毛車、網代車)によって、乗っている人物の地位がわかるとか、内裏内を牛車で通行できる許可(牛車宣旨)など。物語では、行列の様子を、牛車の種別・台数を細かく描写することで、その壮麗さが当時の読者には良くわかり、また、現代の読者にとっても、当時の感覚を共感できるというものだと思う。
また、寺社参詣には徒のほうがご利益があると考えるというのも、なかなか親しみがわく話。
とりわけ、同車(相乗り)というのが、当時の具体的な人間関係を推し量る材料になるというのは実に興味深い。
いついつ、どこへ、だれと同車した、という事実が当時の日記には多く記載されているらしい。

このブログでも、誰と飲んだとか具体的に名前を書けば良いのだろうけど、プライバシーに関わることなので書けない。人目にさらすのはいろいろ制約がある。

著者は、これらの同車の記録を分析すれば、当時の政治的な動きを追跡できると指摘されているが、未だその作業は十分には進んでいないようだ。

未だ「密室で何が行われたのか!?」といった週刊誌の記事のレベル。
同車というわけではないかもしれないが、次のような記述もある。

 車宿は車庫であるので、人目に付かない。それを利用したのが、敦道親王である。ある時、和泉式部と一緒に乗ってきた車を車宿に入れておいて、いったん自分は外に出て、人目をはぐらかした(『和泉式部日記』)。一人で乗ってきて、車宿に車を片付けたと見せかけるのである。夜になってから親王は車宿にやって来て、車の中に待たせていた和泉式部と車中で時を過ごした。

ギッシギッシ……

宿直の男たちの気配を感じながらの、スリリングな逢瀬である。

なお牛車には畳が敷かれているそうだ。


ところで、本書によれば、松平定信が「輿車図考」という本を残しているそうだ。これがなかなかのもので、本書もこれに多くを負っているという。また、各種の図版で使われている牛車の絵は、この輿車図考から、あるいはそれを参考にして描かれたものが多いという。

sadanobu_yoshazukou.jpg

輿車図考(国立国会図書館デジタルコレクション)から


定信といえば、あまり良い印象はもっていない。
田沼意次への反動からか、やたら厳しい倹約を求めたり、歌舞伎や浮世絵の統制、なにより経済の発展というものを理解しなかったこと。
吉宗の孫として生まれたにもかかわらず、白河藩へ放り出され、将軍になれなかった恨みやら何やらで、いじけて、自意識過剰で、暗くて歪んだ性格の持ち主。そんなイメージ。

このあたり、みなもと太郎「風雲児たち」での描き方に染まっているかも。

ではあるけれど、江戸時代に名代官が輩出した理由の一つは、定信が人事改革を行ったことがあるという。上から目線のきらいはあるのだろうが、それなりに道徳が身についていたのであろう。

その定信が政治的に失脚したあと、文化活動に打ち込んでいて、その一つが「輿車図考」だということである。
松平定信、ええ仕事するやないか。

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モテる構造

Moteru_Kozo_Amazon.jpg 山田昌弘「モテる構造―男と女の社会学」について。

別にモテたいと思って読んだわけではない。
これは、ハウツー本ではない、念のため。


本書に、あたりまえのことがなぜかを探るのが社会学と書かれているとおり、とりあげられている事象の多くはあたりまえのことである。

著者が現代日本人だからで、異文化に育った人なら、また違う「あたりまえ」があるのだろうけど。


「女がズボンをはいてもおかしくないが、男がスカートをはいたらおかしい」というあたりまえのことが、どうしてあたりまえなのかを考える。

近世ヨーロッパの王侯貴族の家では、男の子は女装させて育てることがあるという。これは男の子のほうが悪魔などに狙われやすく、悪魔の眼を誤魔化すためという意味があったと、(あやふやだけど)聞いた覚えがある。


「男がやることを女がやって何がおかしい」は大きな声になるけれど、「女がやることを男がやって何がおかしい」はそうではない。

moteru_kouzou_zu-crop.jpg 本書では、こうした事例をいろいろ考えて、抽象化すれば「性の非対称性」とまとめている。

「非対称性」とは、特定の尺度での軽重を問うものではなく、論理的あるいは論理操作上の意味。


それに「できる|できない」ということと、「モテる|モテない」を組み合わせて、非対称性が発生する理由を説明する。
私の理解では、「できる|できない」は男女にかかわらず集団内での順位づけ、「モテる|モテない」は異性から見た順位づけということになると思う。

本書のもう一つの指摘であるが、マズローの欲求段階でいう社会的欲求(帰属欲求)の基本に、性への所属欲求があり、これが人間の社会生活から性(ジェンダー)を排除できない理由である。
そしてジェンダーには「らしさ規範」がつきまとう。「男らしさ」、「女らしさ」である。

この、らしさ規範に男女の非対称性がある。
多くの社会の「らしさ規範」では、女はそのまま女になるが、男は努力して男にならなければならない。男も女も通常は女(母)に育てられ、女の子はいつまでも女でいられるけれど、男の子はどこかで女からわかれなければならない。

そして、その規範にのっとった行動が、らしさ規範を守る男女を再生産する。だから、男女が社会的に異なる扱われ方をする構造は維持されつづける。

本書に、3つ以上の性がある社会のことについても言及されている。残念ながら私はその典拠については知らないのだけれど、そういう社会が存在するということだけでも、社会的性という概念が虚構でないことがわかる。


「ガラスの天井」は、それをなくせと言うだけでは問題の解決にはならないだろう。

「ガラスの天井」が女性の社会的地位の制限という意味なら、簡単に壊せる。なぜなら女性が高い地位に上がることは、忌避されるようなものではないから。ただし、現状では、家事をこなす「女らしさ」がバランスをとらなければ受け入れられにくいという問題がある(サッチャーが家事をする姿をことさらアピールした)。


ところで、著者が学生時代に、誰から聞いたのか、出典はなになのかわからないが、耳に残っている話があると、本書冒頭で紹介されていた。それは、
男にとって男は 
男にとって女は 
女にとって男は 
女にとって女は 

のクリックで答えを表示


自分が育ってきた文化的背景について無意識・無批判に、「女がやることを男がやって何がいけない」と言っているようでは、コトの本質は見えてこない。
相対化、客観化し、俯瞰する社会学の視点。好きだ。

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日本の近代とは何であったか

Nihon_no_kindai_towa_nannde.jpg 三谷太一郎「日本の近代とは何であったか―問題史的考察」について。

異なる著者による歴史の本を読むと、いつも何かしら新しい発見とか気づきということがある。
それは、もともと自分が持っていた疑問に答えるものである場合もあるし、疑問に思っていなかったけれど問題視すべきだという場合もある。
本書は、各章のタイトルでわかるように、そうした「なぜ」を正面から提示したものと読める。
近代日本がどうやって生まれたのか、それが東アジアでなぜ日本だけだったのか。

タイトルを拾い読みしただけで、やたら重たい本ということがわかる。その中から、特に私に気づきを与えてくれた部分を拾ってみよう。

序 章 日本がモデルとしたヨーロッパ近代とは何であったか
 
第一章 なぜ日本に政党政治が成立したのか
 1 政党政治成立をめぐる問い
 2 幕藩体制の権力抑制均衡メカニズム
 3 「文芸的公共性」の成立――森鷗外の「史伝」の意味
 4 幕末の危機下の権力分立論と議会制論
 5 明治憲法下の権力分立制と議会制の政治的帰結
 6 体制統合の主体としての藩閥と政党
 7 アメリカと対比して見た日本の政党政治
 8 政党政治の終わりと「立憲的独裁」
 
第二章 なぜ日本に資本主義が形成されたのか
 1 自立的資本主義化への道
 2 自立的資本主義の四つの条件
 3 自立的資本主義の財政路線
 4 日清戦争と自立的資本主義からの転換
 5 日露戦争と国際的資本主義への決定的転化
 6 国際的資本主義のリーダーの登場
 7 国際的資本主義の没落
 
第三章 日本はなぜ、いかにして植民地帝国となったのか
 1 植民地帝国へ踏み出す日本
 2 日本はなぜ植民地帝国となったか
 3 日本はいかに植民地帝国を形成したのか
 4 新しい国際秩序イデオロギーとしての「地域主義」
 
第四章 日本の近代にとって天皇制とは何であったか
 1 日本の近代を貫く機能主義的思考様式
 2 キリスト教の機能的等価物としての天皇制
 3 ドイツ皇帝と大日本帝国天皇
 4 「教育勅語」はいかに作られたのか
 5 多数者の論理と少数者の論理
 
終 章 近代の歩みから考える日本の将来
 1 日本の近代の何を問題としたのか
 2 日本の近代はどこに至ったのか
 3 多国間秩序の遺産をいかに生かすか
 
あとがき
私がかねてから疑問に思っていたのは、今の日本は、植民地などないにもかかわらず、豊かで繁栄している国になっている、なのに、どうして戦前の指導者たちは、満州を生命線と呼び、植民地を確保しなければ日本の繁栄はないと判断したのだろうかということ。
同じことだけれど、当時、列強は植民地は持っているけれど、東アジアにおいては「自由貿易帝国主義」(この言葉も本書より)というスタイルをとって、植民地帝国路線はとらなかったのに、何故、日本はそれら先進国に倣うことをしなかったのか。
現代日本の姿である、貿易立国、技術立国のビジョンが当時の政府に持てなかったとしても、そもそも戦争しても勝てっこないなんてわかりきったことじゃないか。どうして列強との摩擦必至の大東亜共栄圏(これも開戦後に慌てて作った概念らしいが)になるんだろう、馬鹿じゃないなら。

こうした疑問に対して、本書はかなり丁寧に当時の状況を解いてみせる。


もう一つ挙げよう。
私はあまり意識してなかったが、天皇が神であるとはどういうことか、という問題がある。
天皇は、おそらく自分が神だなどとは思っていないだろう。そもそも皇室祭祀といわれるものには、明治になってから整備されたものも少なくないという。
そうした自意識や環境の中で、天皇を神格化するとはどういうことなんだろう。
戦後の「人間宣言」というのがある。はじめ天皇は、もともと自分に神格があると思っていない、ないものをないと言う必要があるのかと言ったそうである。しかし、この宣言は占領政策には大変効果があったという。
そして続いて「象徴天皇制」を編み出したのは、もともとの天皇神格化の効果を、かなりの程度、戦後にも引き継ぐ妙案だったということになるようだ。そういう意味では、天皇とは、まさに政治的存在と言えるかもしれない。

このあたりは本書のあとがきに簡潔にまとめられているから引用しよう。
第四章は、近代天皇制への問いであります。これはもちろんバジョットが提示したようなヨーロッパの「近代」概念を前提とした問いではありません。しかしそれは明治国家の設計者たちが「近代化」を「ヨーロッパ化」として行おうとした際に、ヨーロッパの原点に「神」があると認識したことを前提とした問いであります。彼らは、日本をヨーロッパ的国家としてつくり上げるためには、天皇はヨーロッパの「神」に相当する役割を果たさなければならないと考えたのです。もちろん現実の天皇は「神」に代替することはできません。そこで明治国家の設計者たちは、天皇を単なる立憲君主に止めず、「皇祖皇宗」と一体化した道徳の立法者として擁立したのです。
日本の近代は一面では極めて高い目的合理性をもっていましたが、他面では同じく極めて強い自己目的化したフィクションに基づく非合理性をもっていました。過去の戦争などにおいては、両者が直接に結びつく場合もありました。今日でも政治状況の変化によっては、そのような日本近代の歴史的先例が繰り返されないとは限りません。

「何故、あんな馬鹿な戦争をしたんだ」というだけでは、歴史を学んだことにはならない。一部の人からは自虐史観だといわれなき非難を浴びるかもしれない。
その時代がどういうものだったのか、内外の諸情勢を踏まえて、評価しなければならないことは当然だろう。
しかし、やはり思う。
台湾や朝鮮半島を植民地化するのではなく、ロシアや中国へのバッファーをかねて、「友好国」にできなかったんだろうか。

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菊と刀

kiku_to_katana.jpg 今日は日米開戦の日。
ということで、ベネディクト「菊と刀」(角田安正訳)をとりあげる。

この本は、先の戦争で米国が対日戦を闘う上で、戦後の占領政策を実施する上で、日本人というものを理解しようという、軍事的な要請がベースにあること、そして、ベネディクトは、日本文化を理解するキーワードとして、「恥」と「恩」を抽出したことぐらいは知っている。

大変有名な本で、文化人類学に関心を持っている者なら、読んでいておかしくないはず。
だけど、私としては、関心はあるけれど、さすがにあまりに古い(1946年)本だから、今さら金を出して読むのもどうかなぁと、今まで読まずに来た。

そう思っていたら、Amazon prime readingの対象書籍となっていて無料で読めるので、この際、読んでみることにした。また、翻訳は新しいもので、ベネディクトの間違いなども注釈してある。

あらためて驚くのは、著者は、日本研究とか東洋研究を専門にしているというわけではないこと。さらに、日本を訪問したことがないということ。

目次
謝辞
第1章 研究課題──日本
第2章 戦時下の日本人
第3章 応分の場を占めること
第4章 明治維新
第5章 過去と世間に負い目がある者
第6章 万分の一の恩返し
第7章 義理ほどつらいものはない
第8章 汚名をすすぐ
第9章 「人間の楽しみ」の領域
第10章 徳目と徳目の板ばさみ
第11章 鍛練
第12章 子どもは学ぶ
第13章 敗戦後の日本人
解説 角田安正
年譜
訳者あとがき
「菊と刀」のベースになっているのは、軍の要請で作成された「日本人の行動パターン」という報告書ということだが、著者が日本研究に携わってから、わずか3ヶ月ぐらいで出されたらしい。そして、それを下敷きに、1946年には、一般向けとして、本書が出版されている。
著者が利用できたのは、軍が集めた資料―おそらく日本研究論文、旅行記、日本国内の出版物などだろう―、研究協力者の日系人からの情報だと思うが、この限られた情報から、日本人の行動のベースにある「構造」を抽出する。

この洞察力には感服する。もちろん、そのすべてが当たっているとは思わないが。

著者は学生に「菊と刀はあまり読まないように」と言ったと伝えられるが、それは、日本人なら明らかに間違いを指摘できるところが散見されるように、十分な時間をかけて吟味されたものではなく、勘違いすらもそのまま活字になったということを意味するのだと思う。


こうした日本研究が軍に必要とされたのは、米国人からは全く理解できない日本兵の行動を目の当たりにしたからである。
欧米基準でも賞賛される紳士的振舞いと、卑劣・残酷な振舞いの同居、徹底的に抵抗するかと思えば、驚くほど従順であること、などなど。
それをなんとか理解しようとするために、その行動の背後にある日本人の思考や認識方法、つまり文化の深層を分析したのである。

そして、それはかなりの点でうまく行った、実用的な意味でも。
多くの米国人が、日本進駐時には多大な抵抗、テロを心配したが、ベネディクトはそうはならないと考えていたようだ。進駐軍もはじめはその意見に半信半疑だったに違いないが、結局は占領政策に活かされたのだろう。たとえば、天皇を残し、政府を失ったドイツとは異なり、日本政府を通じての占領統治というやりかたを採用したことなど。

敗戦から五日もすると、まだ米軍が本土に上陸する前だというのに、東京の有力紙である毎日新聞は、敗戦とその結果もたらされる政治的帰結について論評し、次のように言ってのけた。「だが、それはすべて、究極的に日本を救うのに役立ったのだ」。その社説が力説したのは、全面的な敗北を喫したということを片時も忘れてはならない、ということである。露骨な軍事力にもとづいて日本を建設しようとする努力が完全に破綻した以上、今後は平和国家の道を歩まなければならない、というわけである。

  :

降伏の十日後、読売報知新聞は「新たな芸術と新たな文化の始まり」について論じ、次のように言ってのけた。「軍事的敗北は一国の文化の価値とは何の関係もない。そのような強い信念を胸に刻みつけておくべきである。軍事的敗北は原動力として役立てるべきである。(中略)敗戦を経験したればこそ、日本国民は本気で関心を世界に向け、物事をありのままに客観視することができるようになったのである。日本人の思考を歪めてきたあらゆる非合理性は、忌憚なく分析することによって取り除かなければならない。(中略)この敗戦を厳然たる事実として正視するには勇気が要る。(だが、私たちにはすべきことがある。それは)日本の明日の文化に信頼を置くことである」。日本人は一つの行動方針を試し、敗北を喫した。これからは平和的な処世術を試みよう、というわけである。日本の新聞の論説は次のように繰り返し唱えた。「日本は世界の国々の間で尊敬を勝ち得なければならない」。つまり、新たな基準にもとづいて尊敬に値する国になることが、日本人の義務であった。
本書を批判する人も多いらしい。
中には、上述のとおり、端々に見られる間違いを見つけて、日本を理解していないという批判がある。
しかし、本書で指摘されるまで、「恥」や「恩」というキーワードで日本人の精神構造を解いてみせるような視角、文化人類学的洞察力を、日本人は持っていたのだろうか。それらのキーワードが適切かどうかは措いて。
戦後、「タテ社会」、「甘えの構造」など、さまざまなキーワードを使って、日本人論が展開されるが、本書はそうした研究に刺激をあたえたに違いない。(だから、文化人類学の講義でも、本書は推薦図書になっていたのだろう)

Amazonのレビューには、日本人を見下しているというようなものもあるが、ベネディクトは文化相対主義者であり、本書でも、善悪、優劣などは全く論じていない。そうした分析では実用性は乏しいうえに、対日戦も占領政策も失敗したにちがいない。

批判的な意見に対して思うのだが、そういう人たちは、他所の人に見透かされることが気に入らないのではないだろうか。それが当たっていれば反発し、そして当たっていなければ立腹する。理解してほしいと言いながら、見透かされると腹を立てる。(このへんが恥の文化かもしれない。客観的には恥知らずの行為であるようにも思えるが。)

本書の最終章は「敗戦後の日本人」である。
ベネディクトと占領政策の関わりについてはわからないけれど、おおかたの米国人をびっくりさせる日本人の掌を返したような占領軍への対応―頑強な抵抗が心配されたが実際には従順に従い、むしろ解放軍扱いで歓迎された―についても、ベネディクトは解説してくれる。

日本国憲法を占領軍の押し付けだと言う人たちがいるが、ベネディクトの見方はそうではない。 占領軍によって、目標は与えられた―民主的で平和な国をめざせ―が、それにいそいそと努力したのが戦後の日本人の姿なのである。押し付けられて、いやいややらされたものでは決してない。

もちろん、その目標自体が誤りであったという人もいるわけだが。


西洋人は、原理原則としか考えようのないものがこのように切り替わるのを目の当たりにすると、それに疑いをかける。しかし日本では、処世と変わり身は切っても切れない関係にある。そのことは、人間関係と国際関係のいずれにも当てはまる。日本人は、目標の達成につながらない行動方針に乗り出したのは「失敗」だったということに気づいている。行動方針が失敗に終わると、日本人はそれを見込みのない大義として放棄する。

  :

日本人は、嘲笑されるとひどく憤慨するが、「当然の帰結」は甘受する。「当然の帰結」は、日本の降伏条件次第では非軍事化やさらには過酷な賠償金の取り立てまで含むにもかかわらず。
控え目に言って、誘導されたのかもしれないが、その誘導に従ったのは、当時の日本人の意思だ。その時代の気分が、現憲法を生み出したのだ。それが日本人的、日本人の本質というべきなのだ。
これは他の国の対応とは違う。他国では敗戦は自国の否定だが、日本ではそうではない。ただのリセットにすぎない。やりかたを変えようということにしかならない。
そう考える、そう考えてなんら後ろめたさを感じないところが、日本的なのである。
今更、押し付けられたとか、騙された(誘導された)と怒るのは、ちょっと違うだろう。

どこの国民も、自分たちの行動、そしてその背後にある精神構造について、客観的に見る目を持つべきだろう。
それらを変える必要性があるかどうかは別として、少なくともなぜ自分たちの行動が理解されないのか、理解しないほうが悪いのではなくて、どこに理解を妨げる原因があるのかを理解するために。そして、戦争に勝ちたいのならなおさら。

「菊と刀」はそのことを教えてくれる本だと思う。

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名代官の時代

Sakanobori_nihonshi_tenkataihei.jpg 磯田道史「さかのぼり日本史⑥“天下泰平”の礎」という本がある。
NHKの同名番組の素材を本にしたもので、テレビ用だから眼を惹くトピックス的な事件をとりあげて構成されている。

その中に、江戸時代には名代官が多くいたということが、陸奥国塙代官の寺西封元を例にあげて書かれていた。
他書でも江戸時代の代官が優秀だったという記述を読んだことがあるけれど、ここまで具体的な記述は瞠目すべきもの。
まず書いておかなければならないのは、代官が優秀というのは、まず第一に年貢をきっちりとりたてるという尺度で測られるのだろうと思っていたわけだが、紹介されている例は、決してそれだけではないということ。

たしかに、年貢をきちんととることが大目標なのかもしれないが、それには農業生産のインフラを整えたり、天変地異への備え、農民の教育や農民個人の事情を汲んだ労働環境の整備、そうしたもろもろのことが施策となる。

はじめに
第1章 「鎖国」が守った繁栄
露寇事件(1806年)
第2章 飢饉が生んだ大改革
浅間山噴火・天明の飢饉(1783年)
第3章 宝永地震 成熟社会への転換
宝永の地震・津波(1707年)
第4章 島原の乱 「戦国」の終焉
島原の乱(1637年)
そして、これを実施するために幕府から予算が降りて来るというようなことはないだろう。ということは、代官の治政というのは、年貢の徴収さえきちんとできていれば、あとは代官のやりたいようにできるのかもしれない。

その年貢徴収もきちんとしていただろう寺西封元、およそ福祉ということに縁のない江戸時代にあって、地方レベルで見事な福祉政策を行っていたということである。

偉い人がいたんだという感想、該当箇所の抜き書きを載せて、本記事は終えることにする。

 そうした新規代官の1人が、陸奥国塙代官の寺西封元です。寺西は寛政四年(一七九二年)に代官として陸奥国の塙(福島県東白川郡塙町)に赴任。塙領六万石と常陸小名浜領三万石を管轄し、文化十一年(一八一四年)からは陸奥桑折領五万石も加わり、文政十年(一八二七年)に亡くなるまで代官を務めました。在職期間は実に三十六年。それ以前の塙代官の平均在職期間は二年十ヵ月(三年六ヵ月の説も)ですから、当時としては異例の長さだったことがわかります。
 寺西はこの地に赴任するとすぐ農村をくまなく巡回し、その荒廃ぶりを目にします。そして、ただちに農村·山村の復興へと乗り出しました。寺西は、橋の修築や護岸工事などの土木行政を推進します。こうした施策は社会資本の整備を進めるとともに、雇用を生みだす効果もありました。あるとき、寺西は村人たちに、公園づくりを命じます。その公園は現在、塙町の中心にある向ヶ岡公園です。庶民の遊楽の地として造成されたものでしたが、寺西はその工事によって飢饉で苦しむ周辺住民に仕事を与え、生活を支えようとしたわけです。公共事業には、貧民救済の目的もあったのです。
 また寺西は、思いのほか農村に子供の姿が少ないことに目を留めます。当時、貧しいこの地域では、生まれた子供を間引きする習慣が蔓延していました。農村の復興のためには人口の増加を図ることが不可欠だと考えた寺西は、間引きを止めさせるために「小児養育金制度」を創設します。具体的には、子供が生まれた家には養育料として一~二両を支給し、さらに困窮者には籾二俵を支給するなど、貧しい家でも子を養育できるようにしたのです。
 そのほかにも、労働人口を増やし地域活性化を図るために他国からの住民移住を奨励したり、領内各地で心学講和会を開いて農村の教化に努めたりするなど、寺西の民政は多岐にわたり、その成果は近隣の諸藩からも注目を集めるようになります。寺西本人も、民衆からの尊崇を集めるようになりました。文政十年二月十八日に寺西は七十九歳にして他界しますが,その知らせが領内に伝わると、村人たちは慟哭し、父母の死に遭ったかのように別れを惜しんだといいます。
 その遺徳をしのび、領内各地には寺西を祭神とする寺西神社や寺西大明神が建立され、顕彰碑、頌徳碑も建てられました。また、子供の養育にも力を尽くしたことから子育ての神と称えられたため、今も残る塙町の代官所跡には、寺西を偲んで「子育て地蔵尊」が祀られています。地域の婦人たちは毎月ここに集い、子育て祈願に訪れる人に寺西の教えを説いています。子供を大事にすることで荒廃した地域を立て直すという寺西の発想は、近代以降の人権思想にも通じるものと言えます。
 寺西のように、民政を重んじる代官はこの時期、各地に現れました。代官の民政をたたえた記念碑や顕彰碑、さらには生前から代官を神としてまつる生祠は全国で九十一ヵ所にのぼり、そのうち江戸時代に建てられたものは七十六カ所を数えます。対象となった代官は四十三名に達します。
 彼らは、その善政や行政手腕によって民衆の支持を集めた、いわゆる「名代官」でした。こうした名代官の存在に象徴される、人びとの生命と生活を重視する善政が行われることで、未曾有の天災や飢饉によって疲弊した江戸時代の社会は危機を脱し、農村の復興へとつながっていったのです。水戸黄門などのテレビドラマによって「代官」といえば今ではすっかり悪人ですが、江戸時代のとくに後半以降、この国の行政を現場で支えていたのは、彼ら代官たちと、村の庄屋の努力でした。幕府でも藩でも郡奉行や代官には、武士のなかから、学問のあるそれなりの人物をつけることになっており、彼らは悪人どころか、むしろ能力の高いエリートも多かったことを申しそえておきます。

磯田道史「さかのぼり日本史⑥“天下泰平”の礎」
第2章 飢饉が生んだ大改革


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古代東アジアの女帝

Higashi-Asia_no_jotei.jpg 入江曜子「古代東アジアの女帝」について。

「女帝」という言葉に惹かれて読んでみた。
同じ言葉をタイトルに使っている本としては、「女帝の歴史を裏返す」「美貌の女帝」、いずれも永井路子の著作。

永井氏の著作もだけれど、歴史として残っている事実の断簡を、どう整列してストーリーとするのか、とりわけ古代史ではその幅が広いように思う。

本書の大きな特徴は、具注暦、そのうち十二直と呼ばれる吉凶占いが、政治日程に影響しているという着想。

普通の史料集に十二直が記載されているとは思えないから、著者は残されている日記などから(具注暦だったら掲載されているだろう)十二直を確かめているのだろうか、それとも十二直も陰暦がわかれば計算で求められるものだから、そうしたのだろうか。
ところで、現代日本では、結婚式や葬式などの日取りに良く参照されるのは六曜だが、六曜というのはあまりにも単純に決められて誰にでもわかり、ありがたみがないから、旧暦時代にはまったく人気がなかったという。江戸時代には「下段」といわれる吉凶が重視されていたらしい。さて、簡単に計算でわかる十二直にありがたみがあったのだろうか。

天皇の即位とか、戦の開始などの重大な日程決定に、これらの吉凶占いが使われたはずだとし、そこから逆に当時の意思決定の流れを読み解こうとする。

第1章 推古―東アジア最初の女帝
第2章 善徳―新羅の危機を救った予言
第3章 皇極―行政手腕の冴え
第4章 真徳―錦に織り込む苦悩
第5章 斉明―飛鳥に甦る使命
第6章 間人―禁断の恋に生きた幻の女帝
第7章 倭姫―王朝交代のミッシング・リンク
第8章 持統―遠謀にして深慮あり
第9章 武則天―男性社会への挑戦
こうした推論にお目にかかったのは今まで記憶にないが、それなりに説得力は感じた。しかしながら、やはり傍証の域は出ないように思う。
著者のかなりぶっ飛んだ主張を信じるには、やはりもっと具体的な論証が欲しい。

著者は、当然であるが、女帝の実力というものをかなり高く評価する。
それに対し、従来、孝徳天皇をないがしろにするほどの実力者とされてきた中大兄(天智)を、それほどでないとし、中大兄が活躍した時代の女帝―斉明・間人をクローズアップする。間人(孝徳妃)は、帝位に就いたという説を立て、その宮は稲淵宮だという。
また、斉明についても、積極的な人物と評価されていて(皇極にも1章をあてているから同一人物に2章も使っている!)、普通は額田王の作とされる「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」は、斉明御製だとする。
持統にしても、天武のパートナーにして事業を継承したという以上に、頼りない天武を使って、父天智に対抗する姿を描こうとしているようだ。

こういうわけだから、本書の主張すべてを、ただちに真説と信じるのはためらわれる。

ところで本書は「東アジア」とあるように、朝鮮から善徳・真徳、中国から武則天の3人の女帝もとりあげている。武則天はともかく、善徳・真徳の2人の朝鮮の女帝については、ほとんど知識がない(韓流ドラマも見たことがない)から、著者の主張についてどうこう言えるものではない。
しかし、本書のもともとの問題意識、この時期に東アジアに多く女帝が立ったということに、何か必然性、あるいは関連性があったのか、これについては読み取れなかった。

う~ん、評価は難しい、それなりにおもしろいけれど。

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天ぷらそばのツライとこ

Wani_no_marukajiri.jpg天ぷらそばのツライとこ」というのは、
東海林さだおのエッセイ集「ワニの丸かじり」におさめられている一話である。
私は読んでいない。

その読んでもいない本の書評を書くことにしたのは、見ていたテレビドラマがとりあげていたから。
ドラマの原作とかそういうものではない。
ドラマの中の小道具として使われたものである。

ドラマはこの声をきみにというNHKが放送した連続もの(昨日、最終回が放送された)。
ノット・セオリーが専門の数学者が主人公で、その専門にかこつけてか、妻との離婚やら朗読教室の女性講師との絆やらの人間関係を描くもの。

ノット・セオリーについてはほとんど知らない。紐の位置関係を分類するものだけれど、その成果がどんなもので、どういう応用があるのかなど、全く知らない。なお、ドラマを楽しむのにノット・セオリーの知識は不要である。


vlcsnap-2017-11-16-15h15m20s76b.png さて、主人公の通う朗読教室の先輩から、自分が参加する朗読会に、意味深な言葉で招待される。
大人の男だけの朗読会で、欲望をむき出しにした会であるという。

そしてその先輩が朗読するのが、「天ぷらそばのツライとこ」なのである。
そのシーンがNHKの番組ホームページにアップされている(【朗読シーンのご紹介】天ぷらそばのツライとこ)。

YouTubeにも転載されている


vlcsnap-2017-11-16-15h17m37s174.png この科白というか朗読テキストを読んでみたくなったわけである。

実は、「天ぷらそばのツライとこ」でググったときにヒットした本のなかに
東海林さだお「偉いぞ!立ち食いそば」というのがあって、これに収録されているのだろうと勘違いして、こちらを図書館で借り出したのだ。

ところが、いつまで読んでもドラマで使われたテキストは出てこない。
この本を下敷きにして、脚本家がテキストを新たに書いたのだろうかと考えていたのだが、どうもそうでもないようなので、「偉いぞ!…」を読み終わってから、再度検索したら「ワニの丸かじり」に収録されていることがわかったという次第である。

もともとがテレビで放送された朗読シーンである。
目的の本は読んでいないわけだが、番組から(実際にはNHKの番組ページにアップされている動画から)、私が聴き取ったテキストを掲載しておこう。
最初なんとなく頑なな態度を見せていたかき揚げが、どんぶりの底で苦労を味わったせいであろうか、すっかりうちとけ、腰も低く、うってかわってやわらかくなっている。
苦労が彼を一回りやわらかくしたのだ。
周辺のつゆはいっそう脂っこくなっている。
このつゆをここで一口味わう。

浮上したかきあげはしばらくするとやわらかくなりすぎて、全身がぼろぼろになってくる。
苦労しすぎたのかもしれない。
この、ぼろぼろが、うまい。

ぼろぼろは次第にとろとろになり、ふわふわになって、もろもろになる。
このもろもろが、うまい。
このもろもろをそばとつゆといっしょにすすりこむと、うまい。

天ぷら油を吸った小麦粉のかたまりが、さらにそばのつゆを吸い込んだおいしさ。

一度かき揚げに吸い込まれた天ぷら油が、かき揚げの味を含んで脱出し、つゆと合体し、脂を含んだ小麦粉のかたまりと合体した、おいしさ。

あつく、うまく、しばし恍惚となる。

もろもろの間をぬって、ときどき紅生姜や、さくらえびや、たまねぎの味も、かすかにする。

真に迫る描写、そして朗読が、うまい。
ドラマで描かれたとおり、たしかにそば屋に走りたくなる。

が、待てよ、私も駅の立ち食いそばって行ったことがあるけれど、そんなに美味しかったか?
駅のそばで出汁の香りに惹かれる、それは良くある。
そして思いを決して、のれんをくぐって、落胆まではいかなくても、こんなものだろうなで終わる。

そば粉がどのぐらい入っているのか、小麦粉と黒の着色料だけでできているのではないかと思えるそば。

その小麦粉っぽいそばと、やはり小麦粉の衣ばかりの天ぷら。
単調で、同類相食むような醜さ。

いかにも濃縮原液を薄めた風のつゆ、質の悪い天ぷら油でぎとぎとになって、
そのぎとぎとが衣の残骸のもろもろと一体になって、ヘドロのように沈んでいる。

その頃にはつゆもぬるくなって。

それに私は、そばといえば冷たいもののほう、ざるやおろしが好き。熱いかけなら、ニシンそばに限る。
同系統の食べ物なら、天ぷらうどんであり、かきあげうどんであり、きつねうどん、つまりうどんである。
(昔の宇高連絡船の立ち食いうどんはおいしかったなぁ)

関西の駅にある立ち食いそばと、東京の立ち食いそばは違うのかもしれない。
もっとも、東京でも駅のそばは食べたことがあるけれど、エッセイが書けるほどとも思えなかったが。


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文明に抗した弥生の人びと

Bunmeini_koushita_yayoino.jpg 寺前直人「文明に抗した弥生の人びと」について。

専門家による弥生時代に関する知見の集成。
著者については全く知らないけれど、本書を読んで受ける印象では、数々の遺物・遺跡の分析・解釈、多くの論文の参照・比較などで日々を過ごす地道な研究者、ただし、自説へのこだわりもある、そういう感じ。

さて、この書名にある「文明に抗した」というのはどういうことだろう。
文明人に逆らったというような直接的な話ではない。ましてや今どき騎馬民族征服説というわけではない。

その答えが、祭器の解釈にある。
銅鐸の形状、出土状況から著者が推定するのは、銅鐸は属人的な威信財ではなく、共同体の財であろうということ。

銅鐸は、個人の威信を高め、階層関係を強化・確認するものではなく、むしろ階層関係を共同体の結合へと転換する働きをしたのではないか。銅鐸の大きさが、個人が持ち歩ける大きさから、それが無理な大きさになるのも、その意義がある、そういう解説がなされる。

弥生文化を疑う
―プロローグ
弥生文化像をもとめて
弥生文化の発見
二つの弥生文化像
農耕社会像の定着
水田登場前史
―限りある豊かさの縄文時代
縄文時代とは?
縄文時代の儀礼とその背景
土偶と石棒
水田をいとなむ社会のはじまり
―弥生時代早・前期
農耕社会の登場
水田稲作とともにもたらされた道具と技術
狩猟採集の技の継続と発展
水田稲作を開始した社会の人間関係
財産と生命を守る施設
東から西へ
―土偶と石棒にみる弥生時代儀礼の系譜
水田稲作開始期の土偶の起源
弥生時代の石棒
多様な金属器社会
―弥生時代中期
金属器社会と権力
青銅製武器の祭器化をめぐって
銅鐸と社会
石器をつかい続けた社会
文明と野生の対峙としての弥生時代
―エピローグ
つまり弥生から古墳時代への移行が、首長への権力・財の集中過程だとするなら、弥生人はそれとは逆の動きをしたということになる。
これが「文明に抗した」という書名の意味のようだ。
関連する部分を抜き書きしてみよう。

 出土状況からも、銅鐸の社会的役割は実用的な銅剣などのように特定個人に帰属してその権威を高め、「持つ者」と「持たざる者」の格差を明瞭とし、その格差を再生産させるためにもちいられたのではなく、「共同体」全体の所有品として、金属器の導入が進む社会にありながら、格差拡大を防ぐ機能がうかがえる。つまり、階層社会と強く結びついた外来金属器の階層性を拒絶し、特定個人に所有されにくい金属器体系を独自に確立したのである。

p.254 青銅製武器の祭器化をめぐって
/銅鐸の偏愛とその背景


Big_dotaku_Yasur.jpg 著者は、弥生以前、つまり縄文から弥生へという変容は、東から西へ起こったと主張している。
土偶や土器、石器などの文化要素の出土状況から見てそう判断できるという。

繰り返し述べられるのは、縄文とか弥生とか言っても、日本列島全域が同じようになっているわけでは、けっしてないということ。


対して、弥生から古墳時代への変容は、やはり西から東へ起こったとする。
そのとき、近畿南部はむしろ取り残された時期があるという。

 ただし、その反動は、すぐにやってくる。興味深いことに、弥生時代中期後葉以降、権力集約型の社会統合の痕跡は銅鐸と石製短剣の盛行地であった近畿地方南部をさけるように東へ拡大する。さらに紀元後1世紀、弥生時代後期段階になると、日本海沿岸では京都府北部の丹後地域を中心に、鉄剣を軸とする階層的な墓制が発達する。同様の墓制は山陰地方や北陸地方にも拡大し、中部高地から関東北部でも金属製装身具や鉄剣を有する厚葬墓が展開していく。近畿地方南部は、その流れに一人とり残されていったのである。

p.278 石器をつかい続けた社会/とり残された近畿南部社会とその後


非常に細かく、専門的な記述が満載で、考古学に詳しくない私にはほとんどが「そういうものなのか」と半信半疑というところも多い。
そうした細部の論戦の積み重ねが、考古学的知見を進歩させていく、それは理解できる。
そして教科書的にまとめることの陥穽についても。

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怖くて眠れなくなる植物学

はじめに
 
PartⅠ 植物という不気味な生き物
何度でも蘇る
不老不死の生き物
超大国を作ったイモ ジャガイモ
命短く進化する
トウモロコシの陰謀 トウモロコシ
利用しているのは、どっちだ キャベツ
人類が働かなければならない理由 ヒトツブコムギ
人間が作りだした怪物 メキャベツ
ゴジラに登場した植物怪獣 オレタチ
植物と動物の違い ミドリムシ
私たちの祖先と植物の祖先 ミドリアメーバ
雑草は抜くほど増える
除草剤で枯れないスーパー雑草 チューリップ
バブル経済を引き起こした花
 
PartⅡ 奇妙な植物
もし、あなたが虫だったら ハエトリソウ
人食い植物の伝説 デビル・ツリー
これが、仏の仕打ちなのか マムシグサ
ジャングルの人食い花 ラフレシア
黄色い吸血鬼のパラサイト生活 ネナシカズラ
絞め殺し植物の恐怖 ガジュマル
歩き回る木 ウォーキングパーム
ライオンを殺す草 ライオンゴロシ
美しき悪魔 ホテイアオイ
植物は逆立ちした人間である
植物に感情はあるか? ドラセナ
墓場に咲く花の理由 ヒガンバナ
動物を生みだす木 ワタ
幽霊は柳の下に現れる ヤナギ
「白鳥の王子」の真実 イラクサ
不幸のクローバー シロツメクサ
天変地異がやってくる タケ
伝説のケセランパサラン ガガイモ
 
PartⅢ 毒のある植物たち
毒の森でリフレッシュ
毒を使うプリンセス ベラドンナ
その声を聞くと死ぬ マンドレイク
ブスになる トリカブト
魅惑の味はやめられない コーヒーノキ
変わり果てた姿に セイタカアワダチソウ
お菊さんの呪い ウマノスズクサ
七夕の真実 ホオズキ
麻酔の始まり チョウセンアサガオ
植物の毒の誘惑 カカオ
 
PartⅣ 恐ろしき植物の惑星
共生の真実 マメ科植物
操られしもの ドクムギ
アインシュタインの予言
密閉された空間
葉っぱ一枚に及ばない
蘇る古代の地球
 
おわりに
稲垣栄洋「怖くて眠れなくなる植物学」
同じ著者に「面白くて眠れなくなる植物学」という本があって、これはそれの続編というか、二番煎じ。

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何かで読んだ、あるいはどこかで聞いた話が多くて、全くの初耳というのはそう多くない。
植物に詳しい人なら、知っていることばかりかもしれない。
だけれども、表現のしかた、言葉の選び方で、知っている人にも興味が湧くようにできている。
前著「面白くて…」の方は読んでいないけれど、そちらもきっとそうなのだろう。

以前、「面白くて眠れなくなる進化論」のことを書いた。このシリーズなのだろう。


ということで、特に書評として書くことはやめて、目次と、それぞれで言及されている植物名の一部を掲げておく。

ところで、PartⅢの2節目「毒を使うプリンセス」のところで、「ラドンナ」が全部「ラドンナ」と先頭が清音で記載されている。こんな有名な植物の名前を間違うはずもないから、念のためにネット検索してみたが、やはり「ヘラドンナ」というのはない。
どうしてこうなったのだろう。


belladonna.jpg

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戦争の日本古代史

senso_no_kodaishi.jpg 倉本一宏「戦争の日本古代史」について。

本書はまず「倭奴」という言葉を知っているかと問いかける。
韓国・中国ではたいていの人が知っている言葉だそうだ。字面から見る限りこれは蔑称(英語の"Jap"、中国語の"東洋鬼"みたいなもの)、したがってこの言葉が表だって発せられることはないようで、日本人にはあまり知られていないという。
私も「倭奴」という言葉が今も使われているとは知らなかった。

著者は金印の「漢委奴国王」は「奴国」(なこく)ではなくて、「倭奴国」(わどこく)かもしれないという。もっとも「委奴」とひとまとまりにするのは「いと」(伊都国)という読みなのかもしれないし、魏志倭人伝では「奴国」と書かれている(これが「倭奴国」と同じかどうかはわからないが)。


「夜郎自大」という言葉がある。夜郎国が漢の強大さを知らず、自分たちが一番強大だと思っていたという話である。これは漢の時代にできた言葉だが、もしもう少し後だったら、「倭奴自大」という言葉になっていたかもしれない。

はじめに 倭国・日本と対外戦争
第一章 高句麗好太王との戦い 四~五世紀
1 北東アジア世界と朝鮮三国
2 百済からの救援要請
3 高句麗との戦い
4 倭の五王の要求
第二章 「任那」をめぐる争い 六~七世紀
1 百済の加耶進出
2 新羅の加耶侵攻
3 「任那の調」の要求
第三章 白村江の戦 対唐・新羅戦争 七世紀
1 激動の北東アジア情勢
2 新羅との角逐と遣隋使
3 唐帝国の成立と「内乱の周期」
4 白村江の戦
5 「戦後」処理と律令国家の成立
第四章 藤原仲麻呂の新羅出兵計画 八世紀
1 「新羅の調」
2 新羅出兵計画
第五章 「敵国」としての新羅・高麗 九~十世紀
1 「敵国」新羅
2 新羅の入寇
3 高麗来寇の噂
第六章 刀伊の入寇 十一世紀
1 刀伊の入寇
2 京都の公卿の対応
終章 戦争の日本史
1 蒙古襲来 十三世紀
2 秀吉の朝鮮侵攻 十六世紀
3 戦争の日本史―近代日本の奥底に流れるもの
おわりに
もっとも日本に限らず、多くの国は隣国からは嫌われたり、蔑まれたりするのは普通のことで、このことだけでケシカランなどと言うことはない。

また、本書で再三語られる―歴史上繰り返されているのは、日本では、卑下する意識と同時に、小帝国意識、神国意識が醸成されてきたこと。
金印を授かってありがたがる水準から進歩していくわけだ。
これは日本書紀に記載されない600年の遣隋使以来、連綿と続いている。

もっとも為政者はそんなに単純ではない。
「裁兵」という言葉がある。白村江の戦いはそれだったのではないかという。
おそるべし中大兄。


もっとも、こうした自尊感情も、日本にかぎるわけではない。
古代ローマもそうだったろうし、アーリア民族が優秀でアーリア人の国が世界を統治すべきだと言って世界戦争を起こしたのもそう遠い昔の話ではない。

本書では、自惚れと自虐が同居する日本人の意識が、対外戦争で顕在化することが示される。

「屈折した意識」というような言い方をすると、それは自虐史観だと言う人がいるかもしれない。
しかし、自分を見つめるということは、そして自国の歴史を見つめるということは、国際社会でこの国が生きていくうえで必要なことだろう。
世界的な視野、相対的視点をもって自己を評価することができないと、それこそ「倭奴自大」となってしまうだろう。

ちゃんとした書評は、磯田道史氏が書いておられるので、そちらを参照いただきたい。

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物理と数学の不思議な関係

マルコム・E.ラインズ“物理と数学の不思議な関係―遠くて近い二つの「科学」”

butsuri_to_sugaku_no_kankei.jpg 学生に薦めたい本、そう書こうとしたけど、それでは上から目線になる。
素直に、学生のときにこの本があって、知っていたら、読みたかった本。

巻末解説で米沢富美子氏は、大学院の授業でとりあげたテーマとぴったり同じになっているとのことだけれど、本書があれば、学生の自主ゼミが成り立つように思う。


正直に言って、この本に書かれていることの多くは私には理解できない。
知っていることも書いてあるが、知っていることと理解していることとには大きな差がある。
そう言えば、そんな話があったなぁと思いだすこともあるけれど、思考回路は既に崩壊している。

大学の教養課程の数物関係のカリキュラムは、今はどうなってるか知らないが、私の頃は、数学は、微積・線型代数・確率論など、物理は、力学・電磁気学・熱力学など。

第1章数学 宇宙の姿を映す鏡
 ―物理と数学の不思議な関係
第2章自然は隙間を嫌うか
 ―アリストテレスからガラスの構造まで
第3章時空を支配する幾何学の正体
 ―ユークリッドから一般相対性理論まで
第4章実用主義の絶大な威力
 ―弦の爪弾きから固体中の電子まで
第5章a×bがb×aでなくなるとき
 ―整数から四元数まで…
第6章準周期的という絶妙な配列パターン
 ―タイル張りから準結晶まで
第7章方程式は単純、解は複雑
 ―ニュートンから量子カオスまで
第8章絶対役に立ちそうもない理論の効用
 ―ガロアからスーパーストリングまで
第9章ミクロとマクロをつなぐ架け橋
 ―コイン投げからエントロピーまで
第10章イボイノシシの赤ん坊は二重らせんの夢を見るか
 ―ケーニヒスベルクの橋からポリマーまで
第11章幾何学は自然を模倣できるか
 ―放物線からフラクトンまで
第12章一点における速度の深遠な意味
 ―ゼノンからシュレーディンガーまで
これらの授業での、行儀のよい教科書理解はもちろん重要だけれど、本書のような両領域にわたる、かなり専門的なテーマをとりあげて勉強するのは、数物どちらの学生にも有意義だろうし、何より、教科書で理解したつもりのものが、実際の問題にあたることで、理解の強化になるだろう。

この本では、各章のはじめに、その章の主役になる数学理論について基礎的な解説がなされ、その程度であれば多くの読者にも理解可能だと思うけれど、これが物理への応用となると、途端に飛躍する。丁寧な解説から一転して、数学的操作の結果と思えるような話に跳ぶ。

これが、私などには、知らない結論の場合は勿論のこと、知っていた結論でも論理過程を追うことができない自分の無能を悔しく思うことになる。

著者の意図は、シンプルな数学理論が、豊かな物理学的成果につながることを示したいのかもしれない。

40年前に、こうした本に出会っていたら、私も少しはまともな学生生活を送ったかもしれない。

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21世紀の戦争論

21seiki_no_sensouron.jpg 半藤一利、佐藤優「21世紀の戦争論 昭和史から考える」について。

2人の対談をまとめた本。
対談には、前にも似たようなことを書いた覚えがあるが、
  • 主(権威者)と聞き手の組合せ
  • 対立する意見を持つ者の組合せ
  • 同志・同意見を持つ者の組合せ
というタイプがあると思う。
本書は、この3番目のタイプで進む場面が多いが、それに加えて1番目のタイプが、それも主の立場を往き来しながら進んでいるように思う。

半藤氏の近現代史への知識や理解は定評があるかと思うけれど、一方の佐藤氏はまさに気鋭の論客で、写真の風貌から受ける氏の印象は武闘派。著書は多数あり、私も2冊ぐらいは読んだ覚えがある。書かれていることは腑に落ちることが多く、新鮮な情報でもあるのだけれど、その信憑をチェックできる知識を持たない者としては、この人の言うことは本当だろうか、陰謀史観のようなものに毒されてないのかとか、素直に信じきれないところがあった。

本書は、半藤氏との対談ということで、読者としては、半藤氏が佐藤氏をどう評価するのか、信頼できる人なのかの判断を半藤氏に期待するというわけだ。

第1章 よみがえる七三一部隊の亡霊
第2章 「ノモンハン」の歴史的意味を問い直せ
第3章 戦争の終わらせ方は難しい
第4章 八月十五日は終戦ではない
第5章 昭和陸海軍と日本の官僚組織
第6章 第三次世界大戦はどこで始まるか
第7章 昭和史を武器に変える十四冊
さて、その結果だけれど、この2人の対談は、最初に掲げた対談の3タイプにはあてはまらない。
2人は、歴史事実の認識はかなりの点で一致していると思う。そして半藤氏が取材した情報が佐藤氏に、佐藤氏が外務省勤務などを通じて得た情報が半藤氏に、お互いに認識を確かめ合う形でやりとりされる。

ただ、日本のこれからの外交・軍事の態度については、直接意見を戦わせることはないように思う。
読者としては、日本がとるべき政策んついて激論を交わしてもらいたいという気持ちがあるのだけれど、そこは大人の対応をされているように見受けた。

本書のはじめに興味深い分析が述べられている。
【佐藤】半藤さんがおっしゃるように、歴史は人間がつくるものです。したがって、似たような間違いを繰り返します。
 私は戦後七十年が経って、戦争が遠くなったのではなく,新たな戦争が近づいていると感じています。物量や情報力などでは、国家のほうが圧倒的に有利なのに、「イスラム国」のような集団は、命を武器にできるという点で強い。こういう「非対称の戦争」が始まっている。その意味で、天皇のために死ぬことさえ厭わなかった日本のあの戦争は、時代を先取りしていたといえなくもありません。「イスラム国」においては、日本の玉砕戦とか特攻が、標準的な戦い方なのです。ですから今、日本が関わった戦争を振り返る意味は、大いにあります。  玉砕や特攻といった当時を支配していた「精神力」による戦争は、現代のわれわれも直面している問題として、きちんと検証し直さなくてはなりません。他にも、二·二六事件へとつながる陸軍の皇道派と統制派に代表される派閥争いは、今の日本の官僚組織に引き継がれているところがある。さらに、日本は唯一の被爆国であるというところで思考が止まっていますが、イランは「イスラム国」包囲網に加わる見返りとして、経済制裁を解かれ、それによって核兵器の拡散というパンドラの箱が開く可能性さえある。まさに第三次世界大戦の始まりです。

イスラム国の戦い方は、昭和の戦争での日本の戦い方なんだと。
そういえば、今の北朝鮮って、戦前の日本と同じ。列強に圧迫されて武装せざるを得ないと言ってるし、国民は鬼畜米(英)と言ってるし、将軍さま万歳といって死ねるらしいし。

現代日本にも、そういう時代が良かったと考える人もいるようだけれど。

他にも、聞き捨てならない話が紹介されている。
「どうせ一億総玉砕なんだから、日本の国なんかもうなくなるんだから」というのが行動原理になっていたとか。
なるほど、死を覚悟するとはそういうことだったのか。

この対談の多くが、ロシア(旧ソ連)関係に関するものになっている。
以前、何かの本で、敗戦直前にソ連が侵攻してきたこと、そして北方領土を占拠したことについて、ロシアとしては、日露戦争のときにとられた領土を取り返したということだと書いてあった。
それについては、その著者のロシアに対する個人的な推量あるいは、そういう見方もあるだろうぐらいに思っていたのだが、この2人に見るところ、そして何よりスターリンが公式に発言しているところによると、事実はその通りのようだ。
■日露戦争への報復
【半藤】それにしても、スターリンの野望とそれを成就させるための用意周到さには、改めて舌をまくばかりです。その野望とは、日露戦争で失ったものを取り返すこと、その一点に絞られていた。そのためにスターリンは、第二次世界大戦終了間際のタイミングで、日ソ中立条約を無視して対日参戦した。『ソ連が満洲に侵攻した夏』(文春文庫)という本で私はそう書いたんですが、佐藤さんはどう思われますか。

【佐藤】スターリンは、東京湾の米艦ミズーリ号上で日本が降伏文書に署名した一九四五年九月二日、ラジオ演説でこう言いました。
「一九〇四年の日露戦争でのロシア軍隊の敗北は国民の意識に重苦しい思い出をのこした。この敗北はわが国に汚点を印した。わが国民は、日本が粉砕され、汚点が一掃される日がくることを信じ、そして待っていた。四十年間、われわれ古い世代のものはこの日を待っていた。そして、ここにその日はおとずれた。きょう、日本は敗北を認め、無条件降伏文書に署名した」(スターリンの「ソ連国民に対する呼びかけ」<放送>訳:独立行政法人北方領土問題対策協会)
 半藤さんがおっしゃるように、スターリンの意識は、日露戦争のかたき討ちをしたというものです。
 ここに奇妙な符合があります。

日露戦争は過去のことであり、その過去にこだわってソ連が北方領土を奪うのは、領土不拡大原則に反すると言う人が多いと思う。領土不拡大原則が国際法で認められたのか、ソ連が日本に侵入したときにそれを一般的に認めていたのか疑問もあるところ。
たしかに、日露戦争が領土不拡大原則が国際的に認められる前のことだから、それ以前に遡って領土を主張するのはおかしいという理屈にはなるのだけれど、それはそれとしても、領土に対するロシアの国民感情を理解しようともせずに、その主張ばかりを繰り返しても、着地点は見えないように思う。

先日テレビを見ていたら、ロシアの人たちは、特段日本に対して悪い感情は持っていない、むしろ好きな国になっているという。テレビの取材だからあてにならないかもしれないが、もしこれが事実だったら、救いがあるような気がする。

最後の第七章は「昭和史を武器に変える十四冊」となっている。
私自身の覚えのために、対談のお二人が推薦している本を掲げておこう。
昭和史を武器に変える十四冊
○半藤一利選
レイテ戦記(上·中·下)大岡昇平中公文庫
戦艦大和ノ最期吉田満講談社文芸文庫
「空気」の研究山本七平文春文庫
軍艦長門の生涯(上·中·下)阿川弘之新潮文庫
断腸亭日乗(全7巻)永井荷風岩波書店*
(「摘録 断腸亭日乗」(上·下) 岩波文庫版あり)
歌集 形相南原繁岩波文庫
東京の戦争吉村昭ちくま文庫
戦中派不戦日記山田風太郎角川文庫
○佐藤優選
日本のいちばん長い日 決定版半藤一利文春文庫
戦艦武蔵吉村昭新潮文庫
戦艦大和ノ最期吉田満講談社文芸文庫
沖縄決戦 高級参謀の手記八原博通中公文庫
戦争と人間(全9巻)五味川純平光文社文庫*
東京裁判スミルノーフ、
ザイツェフ
大月書店
細菌戦用兵器ノ準備及ビ使用ノ廉デ起訴サレタ元日本軍軍人ノ事件ニ関スル公判書類外国語図書出版所
*は絶版·品切れのため新刊書店での入手が難しい
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たんたんたぬき

maneki-neko-amazon.jpg 井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」に、
「たんたんたぬき……」を、さかのぼる』という節がある。
いうまでもなく、あの歌についてである。

著者は、狸の話に入る前に、招き猫がヨーロッパに受け入れられているということを指摘する。
そして、猫の像が崇拝されるということは、偶像崇拝で、かつてのヨーロッパでは考えられなかったのではないか、キリスト教の統制力が弱くなっているのではないか、というような分析をひとしきり講釈する。

そして、招き猫がこうして受け入れられているの対し、なぜあの狸の置物は受け入れられないのかと問題提起を行う。

shigaraki-tanuki-dai.jpg しかるのち、著者の幅広い外国人との交流の中でも、あれはないだろうという話になる。
世界でキンタマをこんな形で笑いのネタにしているところはないだろうという。
ということで、猫が良くて狸がダメな理由を発見して、ひとまず落ち着く。

というか狸って極東特産の動物で、ヨーロッパ人にはなじみがないのでは。
ちなみに、タヌキの分類上の位置は、哺乳綱ネコ目イヌ科タヌキ属。ネコとそう遠い関係ではない。

それと、どうも近頃、信楽の狸が、妙にかわいらしくなっているように思う。ネットで適当な画像を探していたのだけれど、デフォルメ狸という雰囲気のものが多い。昔はもっとおじさんっぽかったように記憶しているのだが。


そして話はあの歌のことになる。
著者の指摘で思わずなるほどと思ったのは、この歌は学校で教えられるものではないし、メディアで流されるものでもない、子供から子供へ口伝えに伝承されてきたはず、それにもかかわらず全国に広く、ほぼ同じ歌詞で歌い継がれているという事実。

なるほどと思いながら、良く考えてみると、わらべうたというのは、そういう成立のものが多いのではないだろうか。ただ、下品じゃないものはレコードになったり、メディアでとりあげられる機会もあるというだけで。


著者があげている歌詞は、

たんたんたぬきのきんたま
かぜにふかれてぶらぶら
それをみていた○○○
ふんどしかかえておおわらい

というものだけれど、著者が言うには、歌詞はバリエーションがあるが、だいたい全国共通だという。
実際、ネットで見つけた「たんたんたぬき」の歌詞。他にもネットを探すといろんな歌詞がある。

ちなみに、私が子供のころ覚えたのは、

たんたんたぬきのどきんたま
電車にひかれてぺっしゃんこ
それを見ていた女の子
せんべえと間違えて食べちゃった

というもの。

また、本書でも書かれているように、この歌は讃美歌の替え歌である。

Shall We Gather at the River(YouTube)

そういえば「おたまじゃくしはカエルの子」も「リパブリック讃歌」の替え歌だ。
いろんなところで讃美歌が替え歌になっているのかもしれない。

ところで、「たんたんたぬき」に良く似たメロディを聞いたことがある。
フランツ・クサヴァー・モーツァルト作曲 ピアノ四重奏曲の第三楽章のテーマである。

Xaver_Piano quartet mov3



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妄想かもしれない日本の歴史(3)

井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」の3回目。

軽い本の割りに突っ込みどころというか、ふくらませどころがたくさんある。


前に、この本は、妄説が生まれること自体を歴史として見るという高次の立場で書かれていると評した。
今日は、その一つの例として、本書のあとがきに紹介されているエピソードをとりあげる。

sawamura_show_img.jpg それは、沢村栄治。言わずと知れた東京巨人軍、そして日本の大エースである。
彼が太平洋戦争に出征し、移動途中の輸送船とともに沈んだことも良く知られている。
テレビアニメ「巨人の星」でも、1回の放送をまるまる沢村の戦死にあてたことがある(クリックでネットビデオへ)

井上氏が噛みつくのは、おそらく多くの人が思っているに違いない、巨人のエースが戦争にとられ、そして死んだというストーリーについてである。

歴史的事実はそうではない。(Wikipediaにも記事
沢村は、死に向けて出征するそのとき、既に、全盛期を過ぎたとして、巨人を解雇されていた。
つまり、巨人のエースが戦争にとられて死んだのではない。

沢村自身は、巨人を解雇されて、南海での復帰を望んだらしいが、巨人の沢村として引退しろという巨人側の意向があったため、復帰を断念したという。

井上氏は、どうして誰もが「巨人のエースが戦争にとられて死んだ」と思っているのだろうと訝る。
そして、これはメディアがバックに付いている球団が、「元巨人のエース」として、まるで自社のことのように報じたからに違いないというわけだ。もし、沢村が南海に入団していて、1度でも南海のマウンドに立っていたら、「南海のエース」として報道されただろうか。

読売新聞は別に虚報を流したわけではない。ただ、読者の受け止め方としては、(元)巨人のエースの非業の死である。沢村のことが報じられるたびに、日本の野球史上最高のエースとして記憶が強化され、それを擁した巨人軍が野球界のリーダーとしての地位を確立していく一助となっただろう。

「巨人の沢村として引退しろ」というのはその時点では沢村に、そして彼の死後は日本野球に大きな影響を与えた言葉になったわけだ。

「巨人の沢村として死ね」とは言わなかっただろうけれど。


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妄想かもしれない日本の歴史(2)

1200px-Stonehenge2007_07_30.jpg 井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」の2回目。軽いエッセイ本だけれど、再度とりあげる。ちょっと批判的に。

著者には「日本に古代はあったのか」という著書もある(未読)。
「妄想かも……」の終章では、この自著に触れて、日本人は自国の歴史にあつかましくも古代を設定しているという。

日本史の時代区分という概念は、西洋史学から輸入したもので、その時代区分に照応する歴史事象を発見して、それを持ち込んだものだという評価である。

たしかに、たとえば封建制という言葉で西洋の中世、日本の中世が並べられるけれど、その実態は実は彼我で随分違うという指摘は、従来からなされている。単純に西洋史学を無批判に取り入れた時代は既に終わっていると思う。
その意味で、井上氏の主張は、虚を衝くところがあって面白いのだけれど、やはり一面的だと思う。

さて、本書で井上氏が対照するのは、ヨーロッパ主要国である英独仏の歴史である。
ここで、氏は、「英独仏に古代史はない」と言い切る。これらの国は、古代ローマの版図になる前は未開時代であり、古代ローマの版図になってからの時代が古代であり、独自の歴史というものはない。ローマが崩壊してから、中世がこれらの国の歴史の始まりだという。

これで思い出すのは、チャーチルが「英国の歴史は、シーザーがブリテン島に上陸したときに始まる」と言ったという話ではある。


英独仏、これらの国が古代ローマの崩壊後から独自の歴史をはじめたということと、漢帝国が滅んで、三国・五胡十六国の蛮族の時代が始まることを対応させる(実際、邪馬台国・大和朝廷が始まる次期)。日本の歴史もヨーロッパ同様であって、世界あるいはアジアという視点で考えるべきだとする。これについては、私もそれはそうだろうと思う。
ただ、これは井上氏だけの着想ではなく、古代史家の多くがその視点を持っている。倭国からの使者が中国のどこへ行ったか、それは当時の中国の情勢に応じたものである。

気になったので、氏が言うように、英独仏の歴史教育は、古代はローマで広域史であり、独自の歴史は中世からはじまっているのか、確認してみることにした。
ドイツ語やフランス語を読むのは大変なので、申し訳ないがイギリスだけだけど。

National curriculum in England:
history programmes of study
【Key stage 1】

Pupils should develop an awareness of the past, using common words and phrases relating to the passing of time.

【Key stage 2】
  • changes in Britain from the Stone Age to the Iron Age
  • the Roman Empire and its impact on Britain
  • Britain’s settlement by Anglo-Saxons and Scots
  • the Viking and Anglo-Saxon struggle for the Kingdom of England to the time of Edward the Confessor
【Key stage 3】
  • the development of Church, state and society in Medieval Britain 1066-1509
  • the development of Church, state and society in Britain 1509-1745
  • ideas, political power, industry and empire: Britain, 1745-1901
  • challenges for Britain, Europe and the wider world 1901 to the present day
National curriculum in England:
history programmes of study
英国政府のホームページに、歴史学習のプログラムが公開されていた。
全体は3つのステージに分けられていて、第1ステージは歴史に興味をもたせることが目的のようで、特に時代区分などは設けられておらず、第2、3ステージから、概ね時代に沿って学習課題が示されている。
それによると、スタートは、石器時代から鉄の時代への移行である。
やっぱり古代があるじゃないか。

イギリスのストーンヘンジなどの巨石文化は有名だから、これを無視するということはありえないだろう。

そのあとにローマ、つまりシーザーのブリテン島侵攻が置かれている。
その後、アングロサクソン、スコットの人々の移入が置かれ、たしかにここからが現代までつながる英国史とはなる。
英国史には詳しくないが、その後、ノルマン征服などがあってフランス語が流入し、英語が成立する。

主役が、ケルト人からローマ人、アングロサクソン、ノルマン混交と移っていると思うけれど、ブリテン島という地域の歴史としては、古代からつながっている。

現代につながる歴史としては、たしかにローマ以降だから、井上氏の指摘も正しいけれど。


人に注目すると、イギリスでは、征服し、征服され、住人が入れ替わる歴史が教えられているわけだ。日本にはそれが、大筋では、ない。そのことが日本人の独特な連続性のある歴史意識を持たせているのかもしれない。


私は別に井上氏の主張を全否定するつもりはない。
氏の主張は、日本人の多くに見られるねじれた感情、つまり、西洋から認められることによってのみ自己肯定感が満足されるくせに、そのなかにおいて日本独自の歴史と文化とうぬぼれる、そういう屈折した心理的態度を指摘するもの。

このことについては、私も同感するところ大である。
同様の屈折した心理は、島国根性・日本人の多くに見られる特徴だと、私も思う。

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妄想かもしれない日本の歴史

Mousoukamo_shirenai_Inoue.jpg 井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」について。

妄想」とあるように、偽史だろうと推定できるけれど、そういう偽史が生まれた状況も歴史ととらえるという、高次の立場からのエッセイ。

「高次」とは論理の階層性においてである。つまり、神の眼で見るというとスゴいけど、傍観者としてということ。当事者として、その陳述に対して真偽を問題視することなく、オモシロがっているということ。


また、そうしたタイプのものだけでなく、教科書的には定着しているような説が学界では必ずしも多数派とは言い切れないものや、妄説とされていたものが、新しい発掘や資料の発見で見直される例(出雲大社)なども多く紹介される。

岡目八目といえばそのとおりだが、語り口はやっぱり面白いし、なにより、こういう高次の目線からは、対象事実の真偽について格闘(拘泥)する立場とは違う、新鮮なものの見方というものも出てくる。

本書でとりあげられたアヤシゲな言説には有名なもの(義経ジンギスカン説)もあれば、私は全然知らなかったものもある。著者はいろんな地方で聴いた話や、様々な文献を渉猟して集めた話である。著者は余程の暇人である。だから面白い本になった。

まえがき
第一章 英雄たちの夢の跡
将門の首塚と丸ノ内
「本当の義経は北海道に来たんです」
大名におちぶれて
信長は、どう「敦盛」を舞ったのか
坂本龍馬が浮かびあがるまで
西郷隆盛は西南戦争で死ななかった?
血染めのハンカチが語るもの
第二章 あやかしども、魅せられて
羊と田胡碑──埋もれた十字架
「たんたんたぬき……」を、さかのぼる
名古屋にシャチがあふれる訳
第三章 キリスト教とキリシタン
高野山にキリスト教はとどいたか
島原の乱は、原城の下にうめられた
『沈黙』の読みかた
第四章 関東か関西か
「弥生式」「弥生時代」に異議あり
邪馬台国はどこにあったのか
源頼朝が娘にたくした夢
『吾妻鏡』の「関西」は
第五章 美男と美女の物語
采女のさだめ
美しい外交官──日本を代表する男たち
楊貴妃は熱田神宮にねむっている
小野小町の美人力
淀君は利根川に
ハリスとブロンホフから、女の歴史が見えてくる
第六章 建築幻視紀行
三内丸山遺跡が、さかりをすぎた時
大阪の池上曾根遺跡に神殿はあったのか
法隆寺に“エンタシス"があるという物語
出雲大社に原形は
やまあいの一乗谷遺跡に、市中の山居を見る
安土城の天守閣を復元する
八紘の塔は、戦後も生きのびて
「大和」は、永遠に世界最大の戦艦である
終章 日本中世史のえがき方
あとがき
多くの言説は、荒唐無稽なもので、著者もそういう歴史的事実はないだろうというものが大半だけれど、英雄が生き延びて当地で没したという類の言説は、その土地の人々の思いを伝えているもので、一蹴して済むものではないという、暖かい眼で見ている。そして思わぬ形で読者に考えるヒントも与えてくれる。

たとえば、第四章にある「源頼朝が娘にたくした夢」では、頼朝は娘を入内させたかった(かつて清盛がやったように)、それが鎌倉幕府の不審な態度を説明するのではないかという。普通は、娘のために道を過るというようなkとは歴史家はあまり考えないようだけれど、頼朝の人の親ならば、そういうことがあっても不思議じゃない。

ちなみに、私が大河ドラマで一番気に入っている「草燃える」では頼朝の娘(大姫)は池上季実子が演じた。木曽義仲の息子と婚約したが義仲が頼朝に滅ぼされ、その子も当然殺される。大姫はそのために精神を失調する。


もう一つ、女性がらみでとりあげたい話は、第五章にある「采女のさだめ」。
日本の律令には、各郡から美しい女を采女に差し出せというルールがあって、それにしたがって全国から美人が朝廷に集められた。地方の有力者が都でこきつかわれるのに我慢したのは、それで官位などの箔が付くというkともあるが、この美女たちの力が大きかったのではないかという。あわよくば朝廷から采女を下げ渡されることもあっただろうという。

女性ばかりとりあげてエロ爺と思われても困るから、男の話も。
采女の話に続いて「美しい外交官──日本を代表する男たち」という節がある。
これによると、遣唐使などで中国に派遣された日本の役人はイケメンばかりだそうだ。日本での選考についての記録にそれをうかがわせるものがあり、中国側の記録にも、倭人の使いはいずれも長大な美男とあるそうだ。
倭というのは小さい人の意であるから、ことさら背の高い男を中国に送ったのかもしれない。そして著者の妄想は、粟田真人が武則天に気に入られ、そのおかげで、その時代から日本のことを倭と呼ばず、日本と呼ぶようになったのかもしれないとある。

この話の枕は、著者の知り合いの外国人から、日本の外交官はどうして魅力的な男がいないのかと言われたことが発端だとのこと。さらにそれは日本が国際関係で損をしている原因の一つだとも。


どれも紹介したい話ばかりなのだけれど、知りたい人は本書に直接あたられたい。
軽いエッセイではあるけれど、歴史への興味をかきたてると同時に、考えさせられる(歴史家が普通は触れようとしないということもある)。ただし、著者独自の見解が多く、ちょっと首をひねりたくなるところもある。

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カラダはすごい! モーツァルトとレクター博士の医学講座

久坂部羊「カラダはすごい! モーツァルトとレクター博士の医学講座」について。
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副題の「モーツァルト」が目に入ったので興味を惹かれた。
別にモーツァルトが医学を講義するわけではない。
本書でとりあげられているエピソードは、死の直前に瀉血を何度も施されていて、それが死につながった(早めた)ということと、モーツァルトの左耳が普通とは違っていたという2つである。
 モーツァルトも、左耳に先天的な異常がありました。写真がないので正確なことはわかりませんが、外側の渦巻きと耳たぶが欠けていたとか、大きさは正常だけれど外側のヒダが耳たぶの位置まで伸びていたとか、ヒダがまったくなく、皿のように平板だったなどの諸説があります。

その他、モーツァルトがらみでは、医学とは関係ないが、有名な「ベースレ書簡」の話や、「俺の尻をなめろ」カノン(KV231)とかウンコ愛の話もしつこく語られる。
ウンコについては、こういう記述もある。
大便の成分は水分を除けば、腸の粘膜から剥がれた細胞と、大腸菌など腸内細菌の死骸がほとんどで、食物のカスは5%ほどしかありません。だから、中心静脈栄養で、完全に絶食でも大便が出るのです。

9-2100_hannibalbrain_09121.jpg また、レクター博士(「羊たちの沈黙」でアンソニー・ホプキンスが演じた)のエピソードは、生きたまま人間の脳味噌を食べること(これって中国料理の猿脳がヒントだろうか?)とか、レバーの話。

著者が言うには、
動物の肝臓は食用になりますが、人間の肝臓も味は変わらないとおもいます。食べたことはありませんが、電気メスで焼いた時のにおいは、焼き肉店で嗅ぐのと同じですから。

第一講実は医学はおもしろい
――ウソがいっぱいの医学の不思議
血を抜き取られたモーツァルト/健診を毎年受けると短命に?/女性に身体の内側はない?  他
第二講呼吸器系
――息をしすぎて苦しくなる肺の不思議
肺は3LDKのマンションより広い/キリンは息苦しい?/メタボ健診をすり抜ける裏ワザ/結核は過去の病気ではない 他
第三講消化器系
――何でもクソミソにする胃腸の不思議
絶妙な咀嚼のタイミング/早期の胃がんはほんとうに「早期」か/ないほうがいい? 胆嚢/大便のかぐわしき香り 他
第四講循環器系
――誰かが動かす心臓の不思議
赤ん坊の心臓を一生使う/白血球にも赤血球が/心臓が止まる理由/高血圧の治療はあてずっぽう?  他
第五講神経系
――魂は宿っていない脳の不思議
なぜ言語障害は右半身麻痺に多いか/脳腫瘍は茶碗蒸しのぎんなん?/動く脳死患者 他
第六講泌尿器系・生殖器系
――医学が下ネタになる不思議
1日150ℓの原尿/尿管結石の激痛/悩ましき前立腺/健気な精子たち 他
第七講感覚器系
――他人と比べられない間隔の不思議
左目が眩しいデビッド・ボウイ/モーツァルトの耳は「できそこない」だった/ネズミの背中に人間の耳が/鼻の滑稽さ、不気味さ 他
第八講内分泌系・リンパ系
――ごく微量で効くホルモンの不思議
唯一、身体に四つある臓器 副甲状腺/二種類の糖尿病/万能薬か毒薬か ステロイド/薄毛の特効薬 男性ホルモン阻害剤 他
第九講皮膚・骨・筋系
――骨が入れ替わる不思議
『ブラック・ジャック』に登場した全身の刺青/牛乳は骨粗鬆症の予防にならない/人肉食について 他
こういうトリビア的な話も入っているけれど、大真面目な人体に関する知識が詰まった本である。
体のしくみをベースにして、こうなっているから医療は、薬は、というように理詰めで納得しやすい説明になっている。そして返す刀で、トンデモ本とか、根拠あやふやな健康法を批判している。ヒアルロン酸とかコラーゲンをありがたがって経口摂取させようというCMには嫌悪感を催すとも書いている。

そういうものについては私もかねてからそうだと思っていたけれど、牛乳を飲んでも骨は強くならないと言うのは驚いた。
 アメリカで行われた大規模調査では、高齢者の場合、牛乳を多く飲む人のほうが、男女とも股関節の骨折が多いという結果が出ています。そのためアメリカでは、1998年から、牛乳で骨粗鬆症の予防をというコマーシャルが行われなくなりました。日本でも、2003年から、牛乳の宣伝から骨粗鬆症の予防が消えたようですが、そのことはあまり知られていません。牛乳にはもちろんよい面もありますが、誤った効用がそのままに放置されているのは問題でしょう。
 では、なぜ牛乳を多くとると骨折しやすくなるのでしょう。その理由は、牛乳を飲んで血液のカルシウム濃度が急激に上がると、逆に排泄が進みすぎ、それを補うために、骨のカルシウムが溶けて、血液に流れ込むからです。カルシウムは心臓や肺、筋肉の活動に重要な働きをするため、身体が常に一定の濃度に保とうとして、過剰反応が起きてしまうのです。

泌尿器系・生殖器系の話になると俄然、筆致が詳細になり、グロテスクなものが紹介される(上述の通りモーツァルトも引き合いに出される)。
また、レクター博士にご執心のようだけど、著者も手術中にレバーを食べたくなったのではないだろうか。
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そういえば、癌は食べられるんだろうか?
思えば、鴨の脂肪肝を美味い美味いとありがたがってるんだから、悪性腫瘍も食べて食べられないことはないのでは。
それに癌だったら、人間由来のものでも、食べて倫理的な抵抗は低いんじゃないだろうか。
ゲテモノであることにかわりはないが。

いえいえ、そういう本では決してありません。きちんと理を説いてわかりやすく書かれている本。
インチキ健康法にだまされないためにも、良い本。
お薦めである。

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声に出して読みたい日本語

koenidashiteyomitai.jpg 齋藤孝「声に出して読みたい日本語」について。

最初の巻が出版されたのは2001年だから、もう16年も前のこと。
当時、大変話題になったベストセラーだけれど、今まで読んだことはなかった。図書館の棚で見つけて、どんなものか、今更だけれど、見てみることにした。
知らなかったのだけれど、これは1冊でなく、最初の本が好評だったからか、続編が出され、全部で5巻あるらしい。

最初は単発で企画されたのだろう巻番号は付いてなくて、次から、2、3、4、5となる。他にも、子供用とか、関連する本が出ているし、音読されたCDもあるようだ。


著者が体を動かしながら、声を出してる姿とかをテレビで見た覚えがある。
声を出して読むことの意義は、この本が出る前からいろいろ言われていると思う。リズムを感じようとか、健康に良いとか。

で、せっかく借り出したのだけれど、本の趣旨には反し、家でもやっぱり声を出して読んだりはなかなかできるものではない。
傍に人がいたらやかましいと言われるだろうし、一人で声をだしているのも変な気持である。
結局、他の本と同じように黙読することになる。
同好の士が居て、声を合せてとか、競ってとか、そういう場がないと、音読というのはなかなか難しい。(実際、著者はそういう読み方を推奨している)

それでも頑張って、楽譜を読むように、口の中で呟くようなことをして、なんとなく声を出したつもりになっている。

口の中でぶつぶつ言うのも、口や舌、喉の動きを意識していて、音読と同じ時間・リズムを刻むから、まったく無駄ではないと思う。もちろん声を出すのと比べたら、しょぼいものかもしれないし、本書の趣旨には合わないだろうけれど。


1 腹から声を出す
2 あこがれに浮き立つ
3 リズム・テンポに乗る
4 しみじみ味わう
5 季節・情景を肌で感じる
6 芯が通る・腰肚を据える
7 身体に覚え込ませる・座右の銘
8 物語の世界に浸る
本書が言う音読というのは味わうためのものである。普通、本を読むときには音読などしない。
音読は、その言葉のリズムに沿うから、読むのに言葉が発せられるのと同じ時間がかかる。つまり、速く読めない。

大村はま先生が何かの本に書いていたと思うけれど、小学校では授業に音読が取り入れられるが、中学校になるとクラスで音読するようなことはしなくなる。それは、中学校は大人になる(社会に出る)準備をするところで、社会に出たら、たくさんの文書を読まなければならなくなる、それを音読していたのでは量をこなせない、だから黙読に慣れさせる必要があるというような趣旨だったと思う。

私は小学校の一斉音読の授業が嫌いだった。変な節が付いて、原文の雰囲気と無関係な音になるように思ったから。一人で読む、これは悪くない。これは音読というより、朗読というべきものだろう。


そうした鑑賞ということではなくて、素人考えにすぎないのだけれど、音読したほうが良いと思うテキストもある。
それは古文、とりわけ和歌である。もちろん和歌は声に出して鑑賞するのはごく普通のことだろうけど、そういう音楽的鑑賞という以前に、音読することでテキストの組み立てがわかりやすくなると思う。
そう思う理由だが、古文では歴史的仮名遣いが使われているわけだが、音読すると、かな文字という視覚情報に邪魔されず、音として感じることで、古語と現代語がリンクしやすくなり(言葉の派生関係など)、意味をとりやすくなるからではないだろうか。
だから、和歌に限らず物語類も含め、古文のテキストは音読することで意味がとりやすくなるように思う。

もちろんこういう目的の「音読」ならば、口の中でぶつぶつ言うということでもよいと思う。


それにしても本書でとりあげられているテキストは、なんともものすごい断片の寄せ集め。
バナナのたたき売りである。

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贈与の歴史学

zouyo_no_rekisigaku.jpg 桜井英治「贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ」について。

現在のお歳暮とかの習慣がどのように成立してきたのかな、という程度の関心で読んでみた。
ところが、中味は贈り物のマナーなどというノウハウとはもちろん無関係であるけれど、さらに人類史における贈与というような構え方をしているわけではない。

そうそた点も意識はされていて、モースの「贈与論」で書き出され、マリノフスキーなど人類学での贈与の扱いなどにも触れるけれど、これはどちらかと言えば露払いである。

この本のメインは、室町時代を中心とする日本の中世社会での贈与。著者は、人類学者とか経済学者とかではなくて、中世史を専門とする歴史家である。

室町時代といえば、貨幣経済が発達し、手形取引が始まった時代である。
また、徳政が頻繁に行われた時代でもある。

著者は、脆弱と言われる室町幕府の財政について「贈与依存財政」と呼ぶ。
それを成立させていた、室町時代の贈答経済はとても特殊で、「贈答経済でどこまでいけるか」を追求したような観があるという。
第1章 贈与から税へ
1.四つの義務
2.神への贈与
3.人への贈与
第2章 贈与の強制力
1.有徳思想―神々からの解放
2.「礼」の拘束力
3.「相当」の観念と「礼」の秩序
第3章 贈与と経済
1.贈与と商業
2.贈与と信用
3.人格性と非人格性の葛藤
第4章 儀礼のコスモロジー
1."気前のよさ"と御物の系譜学
2.劇場性と外在性
3.土地・労働・時間
その一手段として生み出された傑作が「折紙」。
折紙というのは、贈り物に付けた目録で、紙を半分に折る形式だったことから折紙と言うようになったもの。

現代語でも使われる「折紙付」という言葉の折紙も同根で、品物の品質保証書というような役割を持っていたもの。

折紙は、元々は、斯々然々のものをお贈りしますという目録だったのが、いつしか実物の移動を伴わずに贈り物のように流通するようになる。物として金子が書かれていたら、まるでその金子であるかのように流通する。
さらには、転々流通性まで持つようになったというわけである。

チューリップが高値で取引されていたところ、あるとき何でこれにこんな値段が付くんだと疑問に思ったとたん、バブルが崩壊するようなもので、折紙ってなんで通用するのと誰かが言いだしたら終わりかもしれない。

で、こんなことを考えた。
貨幣の発生史としては否定されると思うけれど、貨幣は財物の貸借の証文と考えるのが一番わかりやすんじゃないだろうか。もちろん手形より貨幣の方が先なのだけれど、貨幣の本質的な役割は手形と同様、賃借の情報じゃないんだろうかと。

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仕事と日本人

Shigoto_to_Nihonjin.jpg 武田晴人「仕事と日本人」について。

「労働」、「仕事」、「はたらく」、似たような言葉がある。
著者はこれらを対比させながら、「労働」という言葉(「働」は国字だから「労動」も含めて)がいつ頃から、どういう使い方をされたのかなど、かなりの紙幅を割いて解説している。

あれっ、一体、この著者はどこに関心があるのだろうか、どういうフレームでこのテーマに取り組んでいるのだろう、
経済学者の本なら、経済学なら、労働を経済の一要素として、労働市場のなりたちや挙動というものを説明しそうなものだ。
そうではなくて、社会学とか文化的な考察が中心になっている。
著者はあとがきに次のように書いている。
 できあがったものは、ごらんいただいてわかるように,「労働」とか「仕事」とか「働くこと」とかをキーワードにして私が手当たり次第に読んだ本の読書ノートとでもいうようなものである。手当たり次第とはいっても、この分野にはたくさんの著作があり、しかも最近では関心の高い分野であるために関連の文献が続々出版されるので、それを網羅的に読むことなどははじめからできる相談ではなかった。だから、正確には手の届く範囲にあった本を読んだだけいうべきだろう。その限られた読書によって得られたさまざまな意見や歴史的な事実を通して考えてきたことを、そのままの形で読者の皆さんに読んでいただくことになった。

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仕事中の日本人
Japanese at work/Charles Wirgman
西本郁子「時間意識の近代」58頁から本書に転載
というわけで、もちろん経済学の観点での労働とか、労働市場についても書かれているのだけれど、そういう枠組みでとらえられないものを多くあつかっている。

また、他書の紹介もこんな具合。
報酬は時間でもらっている
 大沢真知子『ワークライフバランス社会へ』では、「経済のグローバル化にうまく対応し、経済のパフォーマンスのよい国では、正社員の働き方を柔軟にし、非正規から正規への移動を進めている国が多い。ここでいう正社員の働き方を柔軟にすることがワークライフバランス施策とよばれるものである」と新しい考え方を紹介していはす(同書、2頁)。
 このような考え方に即して、大沢はワークシェアが一番進んでいるオランダの次のような例を紹介しています。
 オランダでは、妻が中間管理職として週四日はたらく共働き夫婦を取材させてもらった。四歳と一歳の幼い子どもがいる。
 取材してみると、彼女は、週四日の勤務とはいえ、実際にはその四日間に五日分の仕事をしていることがわかった。しかも会社からもらうのは四日分の給与である。会社にとっては悪い話ではない。また、彼女にしてみれば、給与はへるかもしれないが、その分子どもたちと一緒にいる時間がふえる。報酬の一部を時間でもらっていると考えれば、こちらにもメリットがある。(『ワークライフバランス社会へ』、10頁)

はしがき
第1章 豊かな国の今、問われる選択
 2006年春、パリ/若年者の不安定就業―フリーターとスラッカー
第2章 「労働」という言葉
「怠惰な」日本人/「労働」という言葉の意味と由来/「働」という漢字/輸入学問・経済学のなかの「労働」/忌避される対象としての労働
第3章 「仕事」の世界、「はたらき」の世界
イギリスの経験/速水融の勤勉革命論/勤勉革命の背景/「はたらき」は際限のない長時間労働だったのか/労働集約的な農家経営と手工業生産
第4章 「労働」観念の成立
工場の成立/職人の転身/職人たちの転落/都市の下層社会/工女たちの世界
第5章 時間の規律
近代における時間の観念/労働時間の制限/作業時間の標準化/定年制
第6章 残業の意味
残業の誕生/残業の捉え方/「義務としての残業」と「責任としての残業」/増収の手段としての「残業」/残業手当とサービス残業
第7章 賃金と仕事の評価
賃金の成立/賃金の長期的な変動/学歴と俸給/「労働」の評価と「仕事」の評価
第8章 近代的な労働観の超克
西欧近代のゆがみとしての「労働」観/労働の現在/再び「仕事」の主人となること
あとがき
見出しだけ見ると、報酬の計算が労働時間で行われていると勘違いしそうだけれど、そうではなくて、時間というものが貴重な「財」ということである。
本書では、この引用に続けて、このような働き方を可能としたオランダの状況について別書(長坂寿久『オランダモデル 制度疲労なき成熟社会』)も紹介し、「誰もが必死に労働しなければならないという規範は、いかにも狭すぎるし、人間のもつ可能性を見失っている」と続け、
 右の例では、中間管理職として働く女性は、それによって相当の所得を得ているだけでなく、社会的な存在としての自分を確認する場をも与えられています。その一方で母親として子供との時間も大切にしています。そのことで所得が減っているとしても、それで十分に満足しているのです。この女性は、「時間で給料をもらっている」と答えているようですが、これはなかなか含蓄のある言葉です。
と結んでいる。

また、別の個所では、このような引用もなされている。
 ですから、立石泰則が『働くこと、生きること』に書いているような状況が生まれます。それは、経営状況の悪化のために人員削減を推進した経営側からの説明に、「(雇用調整をしなければならないほどの)大量の余剰人員が発生したから」との釈明があったという点に関してです。
 「大量の余剰人員が社内に発生した」とはどういうことなのであろうか。ボウフラではあるまいし、いつの間にか大量の人間(余剰人員)が「発生した」というわけではないだろう。会社は当初、必要と判断しただけの人員を採用したはずである。それが余剰人員となったのであれば、彼らを適材適所でうまく活用できなかったからか、見込み違いで多く採用しすぎたからにほかならない。
 どちらにしろ、余剰人員を「作り出した」のは会社であって社員ではない。その責任を不問に付したまま、会社が社員にだけ責任を「リストラ」という名の人員削減で押しつけるなら、経営側の責任放棄、無責任の極みといわれても仕方がない。 (『働くこと、生きること』、四一頁)
以前、トヨタの社長が「従業員のクビを切るのは経営者失格」というようなことを言っていたことを思い出す。
もっとも、そうならないように、非正規雇用、派遣、偽装請負という方法で先手を打っているのが現状なのかもしれない。

武田晴人「仕事と日本人」の紹介のつもりが、同書で紹介されている話の紹介になったようだ。
それが本書の性格でもあると思うけれど。

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大奥の女たちの明治維新

安藤優一郎「大奥の女たちの明治維新 幕臣、豪商、大名――敗者のその後」について。
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「大奥の女たち」が前面に出ているが、幕臣、豪商、大名なども含めて、江戸幕府に関わりのあった人たちが、明治維新でどのような対応を迫られたのか書かれている。

以前にも類書を読んだ覚えがある。また、以前、「大西郷という虚像」の記事に、おそらくは旧幕府の役人はいろいろな形で、行政に携わったのだろう。もう少し時代が下がると、旧幕役人、あるいはその家柄の人たちが、いろんな場面で活躍して、新政府の政策を支える事例が表へ出てくると書いたけれど、本書では、その実例をいろいろと示してくれる。

類型化して言ってしまえば、旧幕役人は、新政府の実務上の枢要な位置につく。ただしトップにはなれない。いわば、現在の大臣と事務次官の関係である。(既にこの頃から、トップは個人的利害と思い付きで判断し、それを国策として実現する事務方という図式ができあがったのかもしれない)

類型から外れるのは榎本武揚のような本当に実力が必要な部署につく例とか、やはり幕臣であったコンプレックス(複雑な感情)からか、新政府の中には入らなかった勝海舟や福沢諭吉が思い当たる。暮らしの心配をしないで良い人たちね。


第1章 篤姫が住んだ大奥とはどんな世界だったのか
第2章 失業した三万余の幕臣はどうなったのか
第3章 将軍家御典医・桂川家の娘が歩んだ数奇な運命
第4章 日本最初の帰国子女、津田梅子の奮戦
第5章 東京に転居した大名とその妻はどうなったのか
第6章 東京の街は、牧場と桑畑だらけになった
第7章 江戸を支えた商人や町人はどうなったのか
また、徳川家の駿河移封についていった幕臣たちの苦労が書かれる。とともに、そこで名を上げるような成果をあげた人たちは、結局、明治政府から召喚されることが多かったようだ。

タイトルにある大奥(幕府だけでなく大名家もある)の女だけれど、女性は大奥以外には役所勤めはないわけで、新政府には大奥はないから、それぞれ第二の人生を歩むことになる。本書では天璋院については追いかけていて、女中の身の振り方はもちろんだけれど、徳川家達の養育や徳川家の存続に努力したことが紹介される。

その徳川家達だけれど、津田梅子とは従兄妹関係、家達の母と梅子の母が姉妹だったそうだ。それがどうしたというところだが、梅子は徳川家にも出入りしていたらしいから、有形無形の援助があったのではないだろうか。


「南朝研究の最前線」の記事でも政権の実務的な体制及び陣容は、鎌倉幕府、建武政権、足利幕府を通じて継続性があった、後醍醐天皇に直接逆らった鎌倉幕府役人は、建武政権では用いられなかったが、そうでない鎌倉役人は、主は変わっても、鎌倉と似た組織で、似た仕事についていた人が多いと書いたけれど、江戸⇒明治もその構図は変わらないようだ。

本書でも、江戸町奉行の仕事が明治でどうなったか書かれているけれど、要するに、役所の名前は変わっても大勢に変化はなく、同じ人が同じようなことをしていたとのことである。もちろん、政府が落ち着いていくにつれて、次第に体制は改革され、人も変わるのだけれど。

幕府がこけた、だったら奉行所も無いだろう、というわけではないのだ。江戸の人々は安定を求めていたのだろう。おかげで、欧米列強とかブラックウォーターが混乱に乗じて進駐して来ることがなくて良かったようだ。

治外法権と関税自主権の問題はあったけど。


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ブラックウォーター

ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォーター――世界最強の傭兵企業」について。

61sD5v73vuL.jpg 俄かには信じられないことが書かれている本。
まるでスパイ映画か何かのような話ばかりだけれど、もちろん、そんなカッコいいものではない。

序章の“バグダッド「血の日曜日」”を読めば、アメリカの「国益」がどれだけ非道なものと結びついているのかと暗澹たる気持ちになる。
この事件は、2007年9月、イラクの首都バグダードのニソール広場で起こったブラックウォーター社員による発砲事件で、14人のイラク市民を殺害したもの。ブラックウォーター側の説明では、攻撃に対する反撃とのことらしいが、傭兵に対する攻撃などなかった、武装市民はいなかったという証言も多い。本書ではその証言をうらづける物的証拠―たとえば現場に落ちている薬莢は、イラクのテロリストが使うものではなく、ブラックウォーターが使う武器のそれしかないなど―を説明し、一方的な虐殺であったという。

ブラックウォーターは米国高官の警護任務についており、治安の乱れた地域での任務であるため、しかるべき武装をしていたわけだが、攻撃を受けたにせよ、あるいは攻撃はなかったがそれと誤認したにせよ、重大な結果をもたらした。

事件当時、日本でこれがどのように報道されたか記憶にないが、多分、米国大使館員の警護員と反米集団との間で小競り合いがあったというようなものだったのではないだろうか。そして、それを聞いた者としては、フセインは倒したけれど、まだまだ内戦状態が続いているんだなぁ、いつ平和な国になるんだろうか、と言う程度の感想を抱いていたのではないだろうか。それが傭兵部隊が起こした事件であり、戦争に付随する多くの業務が民営化されているということも知らずに。

序 章バグダッド「血の日曜日」
第1章巨万の富
第2章プリンスの生い立ち
第3章はじまり
第4章ブラックウォーター参入前のファルージャ
第5章ブッシュの家臣を警護する
第6章スコッティ戦争に行く
第7章奇襲攻撃
第8章我々はファルージャを制圧する
第9章二〇〇四年四月四日、イラク・ナジャフ
第10章ブラック・ウォーターで働くアメリカ人のために
第11章ミスター・プリンス、ワシントンへ行く
第12章カスピ海パイプライン・ドリーム
第13章チリの男
第14章「戦争の売春婦たち」
第15章コーファー・ブラック―本気の戦い
第16章「死の部隊」と傭兵と「エルサルバドル方式」
第17章ジョゼフ・シュミッツ クリスチャン兵士
第18章ブラックウォーター・ダウン
―ルイジアナのバグダッド
第19章円卓の騎士
戦争の民営化というか、民間軍事サービスの利用が進んでいるということは、以前から知らなかったわけではないのだけれど、それは兵站や後方支援というような、直接戦闘に参加するというものではないと思っていた。
しかし、実態は、本書によれば、たしかに軍の一部として組み込まれて戦争に参加するというようなものではないけれど、それよりもっとタチの悪い、軍によってコントロールされない活動をやっているということみたいだ。

その「企業活動」について、歴史やビジネススタイル、範囲など、本書で詳しくレポートされているわけだが、そのことについては措いて、もっと気になったのは、こうした傭兵部隊を使う側の問題である。

それを端的に示すのが、冒頭の事件を起こしたブラックウォーター社員は、後に米国で裁判にかけられて有罪になったらしいが、現地では一切官憲の追求を受けなかったという事実である。そしてこれは現地責任者である米国大使によって与えられた免責特権によるものなのだそうだ。

軍隊ではないので、軍法会議の対象にもならない。

まさに治外法権である。

また、この事件が起こったときは既にイラク軍は解体されていたわけだが、当然、相当数のイラク軍兵士が無職となって放り出された。彼らの処遇をどうするかは大きな問題であり、フセイン後のイラク経済の復興は占領国としても重大な課題だったに違いない。
それなのに、本書によると、米国は、イラク産業を復興するどころか、「資本自由化」と称して銀行などの経済活動を米国資本で置き換えたり、「貿易自由化」と称して関税をコントロールし、イラク人による経済復興を阻む行動をとったのだという。そのため、行き所を失った旧イラク軍兵士は、てっとり早くテロリストになる道を選ぶことになる。
そして、そのことは十分予想されていたにもかかわらず、米国政府高官の個人的利益が背景にあったのではないかという。
関税自主権をもたず、タウンゼント・ハリスが金取引で私腹を肥やしたという、幕末の日本の状態である。
「選挙で大統領を選ぶ民主的な国」と憧れた国、その国を信じてよいものか。

そしてイラクでは、正規軍の上層部は、ブラックウォーターのような傭兵部隊が好き勝手することで、現地人の反米感情をかきたてていると、苦い思いをしたのだということだ。

本書では、イラクに限らず、世界各地で活躍する傭兵部隊の歴史・ビジネスの発展、ますます大きくなる傭兵依存の実態について、詳しくレポートしている。
ちなみに米国内においても、巨大ハリケーンによる自然災害発生時には、ブラックウォーターは(たのまれもしないのに?)完全武装で出動し、治安維持活動をしたという。

それにしても、ブラックウォーターは軍隊ではないのに、これだけのことをしているわけだ。合憲とか違憲とか、あるいは活動のコントロールとか、いろんなレベルで運用が難しい武力に代わり、カネで解決できる傭兵部隊を使おうという発想は、日本のエラい人は持ってないんだろうか。

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医者の稼ぎ方

Isha_no_kasegikata_Tsutsui.jpg 筒井冨美「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」について。

この本は2017年に出版されている。
同じ著者による“フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方”は2016年の出版、同じ出版社からで書名を見てわかるように姉妹編とでもいう感じ。

どちらの本で描かれる「医者の生態」は良く似たもので、同じエピソードも出てくる。
本書では、そこから医者の報酬に特にスポットを当てたということだけれど、前著でも医者の報酬についてはちょくちょく触れられていた。

さて、本書では、華々しい医者の収入が紹介される。
年俸5000万円とか3000万円とか、日直一日10万円とか、しがないサラリーマン経験しかない私には縁のない額である。

Y2K(懐かしい響き)のとき、大晦日から元日にかけて待機していた人には、数千円の当直手当が出ていたと思う。
知り合いの医者も待機がかかったのだけれど、それより1桁以上高い手当が出たそうだ。

また別の知り合いの新婚の医者は、未だ大学病院の非常勤の身分でアルバイトが主たる収入なのに、家賃月15万円とかの結構広いところに住んでいる。その奥さんが言うには、家にいる時間が短いのにこんな高い家賃は不合理、家を借りる前に、相談してほしかったと言っているらしい。

収入も多いが支出も多い、出入りが激しい生活をしているという印象である。

著者が言うように「有能は優遇、低能は冷遇、無能は淘汰」は悪くはないと思うし、何よりレベルの低い医者に当たったために、治る病気も治らない、あるいは、ほっておいたら治るのに変に手を出して酷いことになるというのは困る。著者は、フリーランスという働きかたが、この図式を実現する一法だと考えているようだ。

ただし、著者は「ドクターX」のような外科医ではフリーランスは無理だと言っている。外科医は手術だけするわけではないし、チームとしての問題もあるだろう。

ところで、医者になる費用、主に医学部の授業料等は、私学であれば数千万円かかる。
これも驚くべき高さではあるけれど、医師の年俸から考えれば、有利な投資と考えることもできるという。
そして、授業料と偏差値の反相関も指摘される。

これはどうしたことだろう。入試時の偏差値がすべてではないにしろ、高額の授業料を払えば低能・無能でも医師になれるということだったら、「無能も優遇」でないと困るんではないだろうか。


そして忘れてはならないのが、こうした派手なお金の流れの源泉といえば、そのかなりの部分が健康保険であることだ。

税金については、無駄な使い方がされてないかとか、役人の給料が高すぎるとか、常に批判の的になっているわけだけれど、同じく公的負担である健康保険の基金の使い方についての監視やクレームは、あまり聞かない。
もちろん医療費が高い(国トータルで)ことは問題視されているけれど、政府が言う医療費を下げるというのは、個人負担を上げて保険からの支出を下げる議論ばかりである。

随分前から薬漬けが問題になっている。多種類・多量の薬を飲むことで、実は健康にも良くないし、医療費もかかる。なのに、保険が使えるなら薬をどんどん出すという風潮があらたまったという話はあまり聞かない。
まるで医療費を使わずに健康になられては困るというような雰囲気である。

理想の病気」という言葉があるそうだ。
その病気では死なないが、完全に治ることはなく、毎日薬を服用する必要がある病気のことである。


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視力を失わない生き方

深作秀春「視力を失わない生き方 日本の眼科医療は間違いだらけ」について。

siryoku_wo_ushinawanai_ikikata.jpg 自分で「超上級者」言ってはばからない、眼科のブラック・ジャック先生。
日本の眼科医がこの本を読めば、激怒するに違いない。

Amazonの書評で、★(最低)をつけてるレビューがあるが、どうやら眼科医もしくはその関係者らしい。ただし、全否定というより、今は日本の眼科も良くなっているという(それなら幸いである)。本書でとりあげられた症例がいつのものか示してくれてたら、著者が言うように、きちんとした情報収集の役にたつと思うけれど。


本書に反発する眼科医が多いというのはとても良いことかもしれない。
著者は、日本には腕の良い眼科外科医は、10人ぐらいしかいないという(ちょっと調べると深作眼科には7人の医師がいるようだから、他には3人しかいないことになる。本当だったら実に困ったことだ、反発する眼科医のみなさんは、腕の良い眼科医であろう)。

眼の健康とかに関する本には、役に立たないどころか、実行すると眼を悪くするようなことが平気で書かれているというから、そういう本の著者も敵にまわしているかもしれない。
眼の運動だといって眼球を上下左右に激しく動かすのはダメ、水道水で眼を洗ってはいけない(そういう器具もあったように思う)、プールでゴーグルは必須、陽射しの強いところではサングラス、などなど。


それはともかく、あんまり眼病のことを知らなかった私にとっては、大変、興味深いものだった。

実は、ここ数年、本が読みにくくなっている。
目がかすむというか、乱視がきつくなっているのだ。リーディング・グラスを使用しないと、集中して読めないということも多い。 それに、先ごろ、光視症のような症状が出ることもあった。 年齢からして、そろそろ白内障の心配もしなければならない。

はじめに
プロローグ 当院に駆け込んできた、いくつかのケースから
エピソード1 子どもの例
エピソード2 高齢者が必ずかかる白内障
エピソード3 スポーツ選手(ボクサー)の例
第1部 私が見てきた、日本の眼科医療
第2部 間違いだらけの眼科選び
      ――「日本の眼科の大間違い」を斬る!
  (1)大病院・眼科・医者に関する大間違い
  (2)眼・視力・老眼をめぐる大間違い
  (3)メガネ・コンタクトをめぐる大間違い
  (4)白内障をめぐる大間違い
  (5)緑内障をめぐる大間違い
  (6)網膜剝離をめぐる大間違い
  (7)加齢黄斑変性をめぐる大間違い
  (8)糖尿病性網膜症をめぐる大間違い
  (9)生活習慣に関する大間違い
第3部 死ぬまで「よく見る」生活術
  (1)日常生活でどんなことに気をつけたらよいのか?
  (2)医者選びを間違えない
第4部 眼科医にこそできること
      ――糖尿病性網膜症の治療から
おわりに
手術の料金表(深作眼科の例)
というわけで、興味深く読み始めたのだけれど、いきなり読むのがつらくなって、しばらく先に進めなくなった。
止まってしまったのは、本書のプロローグ、いくつかの症例が紹介されている。
これが、とても読むに耐えないもので、野球の打球を至近距離で眼に受けて網膜剥離を起こした、先の尖ったペンチで眼を突いて眼球破裂、など。
こういう症例は、人いきれの強い満員電車の中で体調の悪い状態で読むと吐きそうになる。

多くの人はそうじゃないだろうか。
本書では、著者の病院で、手術中の脳波をとって、やはり多くの人が、強がりを言う人であっても、恐怖心を示す波形が出ることが観測されたとある。この手の話で気持ち悪くなるのは私だけではないようだ。なお、著者は患者の苦痛・恐怖心をとりのぞくことについても熱心なようだ。


結局、体調万全で快適な場所で読み直したわけだが、具体的な内容を書き写しても書評とはいえないから、印象的なフレーズだけを抜き出しておく。

もっとも印象的なのは、人の寿命が90年でも、眼の寿命は65~70年というもの。
そろそろ私の眼も寿命というわけで、今まで行ったことのない眼科に行くべきかと思う。(しかし著者がいうようにヤブ医者ばっかりだったらかえって悪くなるらしいので、これも恐ろしい)

また、私は今のところ関係ないが、糖尿病では血糖値を下げる薬を使うことに警告がなされている。著者は、薬で血糖値が乱高下することが、眼にはとても悪く、糖尿病性網膜症の増悪原因になるのだそうだ(内科的には良好だが、眼科的には最悪の結果)。前に糖質制限について記事を書いたことがあるが、本書の著者も糖質制限を推奨している。

また、冒頭に「ブラックジャック先生」としたけれど、本書で、上級医でも研修医でも、同じ術式なら同じ料金、日本人はなんと恵まれていることかと皮肉たっぷり。しかもヘタくそがやると、失敗して手術を繰り返し、治療期間も長くなるから、さらに高額な医療になるという(このあたりはシステム・エンジニアもまったく同じ)。
それはそうとして、米国では研修医が手術をする場合は料金は格安になるのだそうだ。もちろん指導医がしっかりついて、一応のレベルは確保されるのだろうけれど。上級医の料金が高くなるのは困りものだが、研修医の執刀なら安くなるのは合理的だと思う。

普通の患者としては、どうしても権威に弱い。
その権威といわれるような大病院や医師が、この本でいうような酷いものだとは思いたくない。
医療の世界では、どうして、子供の喧嘩みたいなことが多いんだろう。

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自力と他力

koyama_satoko_jodoshinshu_towa.jpg 小山聡子「浄土真宗とは何か 親鸞の教えとその系譜」について。

腰巻に「『自力』と『他力』のはざまで」とある。
浄土真宗といえば、学校の歴史の授業で、「他力本願」を説いたというように教えられる。
その「他力本願」を日常語として使う場合は、他人まかせの意で、自分で努力しない、いいかげん、無責任というニュアンスで使われる。

もちろん親鸞がいう「他力本願」はそういう意味ではないことは、真宗を知らないものでも想像はできる。すべてを仏に委ねるという信心のありかたこそが尊い、そういう高次の信仰の意味であると。

その理解は間違っていないと思うけれど、本書を読むと、他力を信心するということが、いかに難しいことか、その教義を理解することが、どれほど困難なことかが、わかってくる。

他力」に対するのは「自力」だけれど、この「自力」というのが問題である。
近代人のイメージからすれば、自力とは、たとえば、病を治すのに仏や神に頼らず医療に頼るとか、スポーツで神頼みではなく自己の鍛錬で結果を出すということだと思う。
ところが本書では、「自力」とは、神や仏の力を得るための呪術、加持祈祷、そういうものが自力だと、繰り返し語られる。

序章浄土真宗の前夜
 一、平安貴族社会と密教
 二、平安浄土教の隆盛
第1章法然とその門弟
 一、専修念仏の教え
 二、呪術への姿勢
 三、弟子たちの信仰
第2章親鸞の生涯
 一、法然との出会い
 二、東国での布教活動
 三、帰京後の執筆活動
第3章親鸞の信仰
 一、他力の教え
 二、自力への執着
 三、教えの中の矛盾
第4章家族それぞれの信仰―恵信尼・善鸞・覚信尼
 一、妻恵信尼―往生への不安
 二、長男善鸞―呪術で得た名声
 三、末娘覚信尼―父への思い
第5章継承者たちの信仰―如信・覚如・存覚
 一、孫如信―「正統」な継承者
 二、曽孫覚如―他力をめぐる揺らぎ
 三、玄孫存覚―表の顔と裏の顔と
第6章浄土真宗教団の確立―蓮如とその後
 一、指導者蓮如
 二、教説と信仰
 三、教団の拡大
終章近代の中の浄土真宗―愚の自覚と現在
 一、理想化されてきた教団像
 二、浄土真宗史と家族
思うに、親鸞の時代、医療はそんなに発達していたわけではなく、医術と呪術には、現代の我々が考えているような劃然とした違いはない。我々が病を治すのに医療に頼るように、呪術に頼る、それが自力救済ということなのかもしれない。
人間は弱い存在である。病に苦しみ、死をおそれるとき、神や仏を頼みにする、それはごく普通のことのように思うのだけれど、他力の立場からは、それが自力として否定されるとしたら、とてもこの教説についていく自信はもてないんじゃないだろうか。

本書では、親鸞の教えにも矛盾があるとか、覚如や蓮如などの後継者は、教義と自分の信仰とは別だったのではないかとしている。
他力信心は、それほど難しいことなのかもしれない。


それほど難しい「他力」を推し進めたのはなぜか。
本書では、これについて、「教行信証」を読み解いて、末法思想の影響があったとする。
末法の時代には、ただ仏の教えが残っているのみであり、正しい修行もなく悟りもない。もし戒律があるのであれば、その戒律を破ることもあり得るけれども、末法の世にはすでに守るべき戒律がないにもかかわらず、一体全体どの戒律を破ることで戒律を破ったといえるであろうか。戒律を破ることすらないのに、まして戒律を守ることなどあるはずがない。
悟りをひらいて極楽往生することができないのが末法の世であるなら、自力で悟りを得ようとすることはむだということらしい。
理屈である。

浄土真宗といえば、一向一揆や石山合戦が思い出される。
信徒たちは死を恐れず戦ったという。本書では、教義や信仰から一揆が説明されているわけではないが、石山合戦に参加した信徒の旗には、「進者往生極楽 退者無間地獄」とあったという。
親鸞の教えでは、他力の信心を得たものは、その時点で極楽往生が約束されており、往生行儀などは不要であるとされているそうだ。ならば、信徒は安心して(?)、死ぬことができたのかもしれない。

本書の終章には、こんなことが書かれている。
夏目漱石 『こゝろ』
 「先生」は学生時代に下宿先の「お嬢さん」に恋心を抱いていた。あるとき「先生」は、「真宗の坊さんの子」である同郷の友人「K」とともに日蓮ゆかりの地である房州を旅した。「K」は、真宗寺院の出であったにもかかわらず聖道門の日蓮宗に傾倒しており、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と「先生」を挑発する。対する先生は「お嬢さん」への恋心ゆえにそれを笑って聞き流すことができずに「君は人間らしいのだ。或は人間らし過ぎるかもしれないのだ。けれども口の先だけでは人間らしくないような事を云うのだ。又人間らしくないように振舞おうとするのだ」と応戦した。「先生」は、自力での救済への期待を否定し煩悩にまみれた自己を自覚するよう促した親鸞の教えを援用して、自身の内面を正当化しようとしたのである。このような言葉が発せられた背景には、親鸞が妻帯を是としていたことがあるのだろう。
 その後、「K」から「お嬢さん」への恋心を告白され、なんとかそれを摘み取ろうとした「先生」は、かつての「K」の言葉「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」を逆に「K」に浴びせかけ、「K」を再び日蓮の聖道門の思想へと引き戻そうとしたのであった(野網摩利子「宗教闘争のなかの『こゝろ』」)。

そして著者はこう続ける:
 『こゝろ』では、浄土門の親鸞思想と聖道門の日蓮思想が「K」の心情変化に大きな変化をもたらすきっかけとして語られ、非常に重要な意味を与えられている。
『こゝろ』ってこんな読み方ができるとは思わなかった。

ただ、浄土門と聖道門の教義の違いは、それを知らない読者でも、「先生」と「K」のやりとりから、逆にそれを推察することになると思う。漱石はその効果を良く知ったうえで、小説の道具立てとして使ったのかもしれない。

本書の引用元はこれらしい:野網摩利子 「宗教闘争のなかの『こゝろ』」

「Kの内面世界における宗教対立と、歴史的な事実とを、その場所において一致させ、大きな問題を個人的問題として再燃させる。漱石がこのように小説を組み立てたのだ……」


知人に、家の宗旨が浄土真宗という人がいた。その人の葬式や法事では、真宗のお寺に行き、お坊さんから、真宗の教説などを聞かされたりするわけだが、真宗独特というような感じではない。それはそうだろう、一般の人に、難しい教義を説くより、故人を偲ぶ機会にふさわしい教話をするほうが良い。

他力と阿弥陀信仰、一神教のエートスに近いものまであるといわれる浄土真宗。
心の弱い私に信心できるとは思えないけれど、「教行信証」ぐらいは読んだ方がよいのかな。

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「法の支配」とは何か

Hou_no_shihai_towa_nanika.jpg 大浜啓吉“「法の支配」とは何か―行政法入門” について。
岩波新書の「○○とは何か」、「○○とは何だろうか」という書名の本は、読み応えがあるものが多い。
本書もその一つだと思う。

主として憲法の成立、その作用について、各国(とりわけドイツとアメリカ)での成立史、そのときの社会状況を解説している。

本書で何度か出てくる言葉が、「国が憲法を作る」のではなく「憲法が国を作る」。憲法にあたる英語は通常、constitution(体制)であって、国のかたちを定めるものだから、その言葉は納得できる。

「(歴史的に構築されてきた)社会が憲法を作り、憲法が国家を作る」というほうが自然だと思うけれど、著者は、憲法と国家、憲法と国民(社会)の関係の基本理解を強調する意図があるのだろう。
もっとも、大日本帝国憲法には、「社会」というものは全く措定されていないというのも本書で指摘されるところである。

書名の「法の支配」というのも、法律が国を律するという漠然とした意味で使われているのとは少し違う。

著者は「法の支配」に対する概念として「法治主義」をもってくる。
第1章 社会と国家―行政法とは何か
第2章 近代国家の原型
第3章 立憲君主制―ドイツ帝国と大日本帝国
第4章 法治国家とは何か
第5章 法の支配の源流
第6章 法の支配とアメリカ合衆国憲法
第7章 法の支配と行政法
第8章 議院内閣制とデモクラシー
法治主義とは、権力(国王)の恣意的な濫用を規制するという考え方であって、権力の源泉を問わないのだという。

ということは、法治国家であっても、法の支配は受けていないという状況はいくらでも考えられ、大日本帝国はまさにその状態だというわけである。
大日本帝国の権力の源泉は、天照大神からの皇孫にして現人神である。


現代の多くの国では、権力の源泉は国民にあり、国民は基本的人権を持つものとされている。国民が暮らす社会では、さまざま人権侵害状況が起こりうるが、それを補うのが国家の役割で、そのために法が国を支配する、そこまでの含意が「法の支配」という言葉にはあるとする。
つまり「法の支配」は民主主義国でしか成り立たないわけだ。

さて、現政権の信頼が下がったことで少し遠のいたかもしれないが、憲法改正議論が騒がしい。
私自身は、必要があれば改正するのは当然だとは思っているけれど、自民党案などは、憲法で国民を規制しようとしているとしか思えない。
著者のような立場の人に言わせれば、これは民主主義を否定する姿勢であり、憲法に対する基本理解の問題であって、そのような改正を是とする理屈は、少なくとも現代の法学からは出てこないに違いない。

本書で指摘されるまで迂闊にも気づかなかったのだけれど、憲法第九十九条にはこう書かれている。

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

著者はこの条文に「国民」が含まれていないことを指摘する。そう、国民には憲法を守る義務はないのだ。
もちろん国民の義務と明示されているものは別である。著者が言うのは、権力の源泉は国民にあり、その国民が憲法により国を作っているわけだから、国民が憲法を守るというのは自家撞着にすぎないという意味だろう。


またこのところ、安保法制や共謀罪など、鋭く対立する法案が次々成立している。
国会は国権の最高機関であり、法律さえ作れば何をやっても良いという姿勢が垣間見える。しかし、本書では、次のような法理があるとする。
■実体的デュー・プロセス(due process of law)の法理

①法律制定の必要性(法律以外の方法で目的を達成できる場合には法律を作ることは許されない)
②法律の有効性(法律によって目的を達成しうる場合でなければ法律を作ってはならない)
③濫用の恐れの強い法律は作ってはならない(通信の秘密を害する一般的な「盗聴法」など)
④規定目的の明確性
⑤手段の相当性


所詮、学者の戯言、国際社会の現実も、荒廃した国民の実情も知らない奴の言う事だと、国会のセンセイ方は言うんだろうけど。

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ご当地検定

B16600227LL1-crop.jpg 図書館に「第12回 京都検定 問題と解説」という本が新着棚にあったので、借り出した。

かつて、この種の検定試験のブームがあって、全国あちこちで、うちもうちもと、似たような企画がたくさん起ちあがった。これらは「ご当地検定」と括られた。
Wikipediaによると、この種の検定試験は、2003年(平成15年)9月に日本文化普及交流機構が行った「博多っ子検定」が最初で、それに遅れること1年余で、京都検定(京都・観光文化検定)が始まり、これが有名になり(京都という発信力のおかげ?)、全国的なご当地検定ブームを引き起こしたということらしい。

しかし、その後ブームは急速に下火になり、2009年の135から13年には半数近くの77に減少したという。
それほど高額な費用をかけたとも思えないが、受験者が来なくなったら、パンフレットの印刷費も出なくなるだろうから、もうやめようというのは考えてみればアタリマエ、もともと一時のお祭りのノリで始めたことだから、それほど執着もないのかもしれない。

どこの街も歴史があり、魅力があると思うけれど、最初の受験者はいわゆるイニシャル・バイアスで、数も確保できたかもしれないが、毎年、新たな受験者が出るほどの厚みというのを持てるところは少ないだろう。

その点、京都は圧倒的な文化蓄積を持ち、求心力は全国に及ぶわけで、京都検定は当分の間、続くと思う。冒頭のような本が毎年出版され、検定合格をめざす講座が催されたり、また、検定合格者への優待制度や、合格者バッジ(希望者に有料配布)があるなど、関連事業・産業の拡がりも大きい。
全国的な認知度も高いから、観光ガイドが持つべき資格というぐらいのステイタスを得るかもしれない。

他の地域のご当地検定とは権威においても一線を画すものだろう。
これに本当の意味で対抗できるものは、江戸・東京を対象とするものぐらいではないだろうか。

もっとも、私は認証ビジネスというのは嫌いである。
認証を与えられた人や企業が、認証にふさわしくないことが露呈した場合、認証機関が責任をとるというような話は聞いたことがない。
交通事故を起こしても、公安委員会や警察が免許を与えた責任をとってはくれない。
格付け機関がサブプライム・ローンに高い格付けを与えたからと言って、リーマン・ショックの責任をとったなんてことは寡聞にして聞かない(失敗には学んだようだが)。
ISO9000(品質管理)の認証は、その企業の製品の品質が高いことを保証しない。

品質管理の認証とは、品質管理という行為をしていることの認証であって、最終製品の品質とは直截は関係がない(反射的に品質を上げることが期待されるけど)。
システム開発という案件の場合、そういう企業と仕事をすると、無駄にドキュメントが増えるし、手戻りが発生したときの責任の所在を確認するためのハンコを押さされる。品質管理のきまりごとは、基本的にウォーターフォール型のプロジェクトを前提として組み立てられているように思う。
そして、私はそういうプロジェクトの進め方自体が品質を落とす元凶じゃないかと思っている。つまり、ISO9000を遵守することが製品の品質を落としているのではないかとさえ思う。(契約相手先の資格に、ISO9000を取得していないこと、としたいぐらいだ)


さて、そういう認証に比べれば、ご当地検定は罪がなく、楽しいものだ。
ところがどっこい、京都検定をパスするのはかなり難しいみたいだ(だから攻略本が出るのだろう)。
京都検定で出される問題は、正直言って、めちゃくちゃ難しい。

京都ローカルに詳しくなくても、日本国の歴史の大半を引き受けてきた都だから、歴史に詳しければ解答できるものもそれなりにあるのだけれど、余りに微細な質問の連続で、到底歯が立たない。テレビのクイズ番組などは、京都検定の級でいうなら、せいぜい5級とか6級だろう(実際には3級までしかない。上級貴族には入れない、ようやく殿上人の位)。
京都にどれだけの神社仏閣があるか知らないが、その数だけの歴史があり、由緒があり、伝説がある。それが問題源になるのだから、問題のネタは尽きない。

さらに、お茶もお花も、能も狂言も、みんな京都ネタになるのだから始末が悪い。
今のところ、現在の場所がどうなっているか、交通アクセスは、名物や土産は、そうした現場感覚・知識を問う問題はあまりないようだが、こんなものを入れられたら、書斎人には全くお手上げである。

今の級別だけじゃなくて、分野別も導入したほうが良いのでは。


地域的には、京都府全域が対象となっていて、数は少ないが、丹後の方からの出題もあるが、京都府としての配慮だろうか。
一方、山城というのは山背、山の後ろの意、奈良山の後ろ、つまり平城京からみて北側の意味らしいが、浄瑠璃寺などは京都というより奈良(和辻哲郎の「古寺巡礼」では浄瑠璃寺も含まれる)だろう。過去にこの地域の質問はあったのだろうか。

私の地元、酬恩庵(一休寺)あたりから北が京都圏ではないだろうか。
(一休さんは、ここから大徳寺まで通ったという話もある)

また、お隣の滋賀県なども、源氏物語所縁の石山寺など京都圏かもしれないが、この地域の質問はあったのだろうか。

さすがに、源氏だったら何でも、須磨・明石とか住吉とはならないだろうけど。


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南朝研究の最前線―ここまでわかった「建武政権」から後南朝まで

日本史史料研究会監修・呉座勇一編
“南朝研究の最前線―ここまでわかった「建武政権」から後南朝まで”
 について。

建武政権
天皇中心の新政策は、それまで武士社会につくられていた慣習を無視していたため、多くの武士の不満と抵抗を引きおこした。また、にわかづくりの政治機構と内部の複雑な人間的対立は、政務の停滞や社会の混乱をまねいて、人びとの信頼を急速に失っていった。

高校日本史教科書『詳説日本史 日本史B』(山川出版社、2012年)

nancho_kenkyu_saizennsen.jpg 本書の第2論稿でも引用されている建武政権に関する教科書の記述である。
混乱期であり、いろいろなことはあっただろうけれど、大略、そういうことなんだろう。私もそう思っていたし、実際、そう総括されてもしかたがないんだろう。

しかし、結果としてはそうだったかもしれないが、それは後醍醐天皇の意思だったのか、また後醍醐天皇を取り巻く人たちが無能な世間知らずだったということだったのか。
本書に収められている論稿を読むと、さまざまな制約を受けながらも、きちんと政治をしようとした姿が見える。

政権の実務的な体制及び陣容は、鎌倉幕府、建武政権、足利幕府を通じて、継続性があったという。
もちろん、後醍醐天皇に直接逆らった鎌倉幕府役人は、建武政権では用いられなかった(それは当然だろう。江戸から明治へのときに、小栗忠順が誅せられたのと同じである)。しかし、そうでない鎌倉役人は、主は変わっても、鎌倉と似た組織で、似た仕事についていた人が多いという。

ついで、建武政権が倒れ、足利幕府の世になると、やはり同じ役人が継続して行政にあたっている。なお、建武政権には入れられなかった人たちが、足利政権では返り咲いている例もある。

ロシア革命で、官僚を粛清しようとした革命政府の活動家に対し、そんなことをしたら革命は失敗するとレーニンが諭したらしいが、既存の秩序を利用しなければ、革命は失敗するものらしい。建武政権も、好むと好まざるにかかわらず、既存行政機構を温存したのだろう。

役人を、君側の奸とか不効率の元凶と決めつけて、彼らを遠ざけると政治は失敗する。役人の自己愛や愛国心につけこんで、言うことをきかせる度量と知恵が、為政者には求められる。政治主導とはそういうことなんだろう。政治家が役人を怒鳴りつけるのは、ただのパワハラである。


はじめに
 建武政権・南朝の実像を見極める
呉座勇一
 
第1部 建武政権とは何だったのか
1 【鎌倉時代後期の朝幕関係】
朝廷は、後醍醐以前から改革に積極的だった!
中井裕子
2 【建武政権の評価】
「建武の新政」は、反動的なのか、進歩的なのか?
亀田俊和
3 【建武政権の官僚】
建武政権を支えた旧幕府の武家官僚たち
森 幸夫
4 【後醍醐と尊氏の関係】
足利尊氏は「建武政権」に不満だったのか?
細川重男
 
第2部 南朝に仕えた武将たち
5 【北条氏と南朝】
鎌倉幕府滅亡後も、戦いつづけた北条一族
鈴木由美
6 【新田氏と南朝】
新田義貞は、足利尊氏と並ぶ「源家嫡流」だったのか?
谷口雄太
7 【北畠氏と南朝】
北畠親房は、保守的な人物だったのか?
大薮 海
8 【楠木氏と南朝】
楠木正成は、本当に“異端の武士”だったのか?
生駒孝臣
 
第3部 建武政権・南朝の政策と人材
9 【建武政権・南朝の恩賞政策】
建武政権と南朝は、武士に冷淡だったのか?
花田卓司
10 【南朝に仕えた廷臣たち】
文書行政からみた“南朝の忠臣”は誰か?
杉山 巌
11 【中世の宗教と王権】
後醍醐は、本当に“異形”の天皇だったのか?
大塚紀弘
 
第4部 南朝のその後
12 【関東・奥羽情勢と南北朝内乱】
鎌倉府と「南朝方」の対立関係は、本当にあったのか?
石橋一展
13 【南朝と九州】
「征西将軍府」は、独立王国を目指していたのか?
三浦龍昭
14 【南北朝合一と、その後】
「後南朝」の再興運動を利用した勢力とは?
久保木圭一
15 【平泉澄と史学研究】
戦前の南北朝時代研究と皇国史観
生駒哲郎
 
あとがき生駒哲郎
建武政権は、恩賞においても、役職においても、武士を重んじなかったという説についても、武士への恩賞はたしかに公家より遅くなったが、それは権利関係が複雑だったという事情があり、武士を低く見たからと断言することはできないという。また、その恩賞や、争論をおさめる行政機構には、前述のとおり、旧鎌倉幕府の役人も、倒幕の英雄、楠木正成なども参加している。それは、武士が入っていなければ、実務が滞るからだろう。

足利尊氏が、重んじられなかったので不満を持ったから叛乱を起したというのも違っていて、尊氏を多くの所領を得ているし、官位は、建武政権下で既に従二位になっている。

ではなぜ尊氏がそむいたのか。本書を読んでいると、結局、時の成り行きとしか言いようがないみたいだ。
歴史の流れは、天皇家・公家ではなく、武家の世へと進んでいる。その武家の棟梁が、たまたま尊氏だったにすぎなくて、尊氏が、重んじられなかったとか、他の武士や家臣のために立ったとか、というのは、尊氏の過大評価というか、成り行きと言ってしまうと無責任なようなので、何らかの必然性を主張したかったからではないだろうか。
実力を持つ武士階層が国を治める、その大きな歴史の流れで、成り行きだけれど、たまたま実力も血筋もふさわしかった人がいた。

楠木正成は、武家の棟梁たる位置にいなかった。
その楠木正成についても、本書の論稿では新しい知見が示されている。
楠木正成という武士は、「河内の悪党」という話で、せいぜいが土着の土豪で、悪事もやる、やくざみたいなものと理解していたのだけれど、どうも最近の研究では違うようだ。

くすの木の ねハかまくらに成るものを 枝を切にと何の出るらん」(楠木の根っこは鎌倉に成っているのに、なぜわざわざその枝を切りに出かけるのだろう)と、千早城に籠もる正成の討伐に手こずる鎌倉幕府軍を揶揄した当時の歌があるそうだ。つまり、当時の人々は、正成は、元は鎌倉武士だと認識していたという。
本書では、推定と前置きしているが、楠木氏はもとは北条氏の被官であり、長崎氏の領地長崎州(静岡県)にある楠木村が名字の地であり、北条氏から河内の地へ遣わされたものという可能性が高いとする。

そして新田義貞も尊氏の家臣にすぎなかったとも。
新田が足利と並ぶ源家の名族というのは、尊氏を逆賊とする史観から出ているのではないか、そういうことである。

それに、南北朝が並び立ったということ自体、かなり南朝に肩入れした言い方なのではないか。

南朝を正統とする史観では、南北と並べることを嫌って、「吉野朝」ということがあるらしい。

あるときは直義が、次には尊氏が南朝をかつぐ。
北朝も尊氏の傀儡だけれど、南朝も結局、武士の勢力争いのなかで、いいように使われた存在でしかない、つまるところ、そういうことのようだ。

建武政権が崩壊し、南北朝に分かれて、戦闘がたびたび繰り返され、京都が南朝が押さえたとか、北朝が取り返したというわけだけれど、領地をめぐって全国が争ったという感じでもない。
南北朝時代に、南朝を支持する人は必ずしも「南」に居たわけではなくて、たとえば海運に携わる人は、同じ海で、北朝方、南朝方がいたようだ。
同じ寺でも、北に肩入れする勢力、南を支持する勢力が並んでいたところもあるという。
いわば、隣は北、うちは南なんてことがあったのでは。
両朝の勢力図といっても、劃然としたものではなく、かなり流動的で、モザイク状だったのではないか。

本書は、ある程度時代の劃期に沿ってまとめられているものの、さまざまな事実が結び付けられて、ストーリーとして語られているものではない。素人には、そうした通史みたいなものが欲しいところ。
とはいっても、歴史家という人は、推定なら書けるだろうけれど、想像では書かないだろう。
そこは小説家の出番なのかもしれない。

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私が源氏物語を書いたわけ

P_20170626_193808_vHDR_Auto-crops.jpg 山本淳子「私が源氏物語を書いたわけ 紫式部ひとり語り」について。

前に、「枕草子のたくらみ」で、この著者の本をとりあげた。
執筆年次からすると、本書のほうが先のようである。

この著者の本は、その前に平安人の心で『源氏物語』を読むも本ブログでとりあげた。
日本の古典文学、とりわけ女流文学に関しては、この先生の本が、なんだか安心して読めるような気がする。


本書は、全編、紫式部の語りという形をとっているのだけれど、私は、この本はもっと学術的な解説がなされるものと思っていた。
しかし、本書には、著者としての説明はなく(あとがきはあるが)、いきなり紫式部としての言葉から始まるので、そうした解説物を想像していた私としては、少々、面食らった。

私が予想していたのは、紫式部の「ひとり語り」と、それに対する著者の解説を併記するようなもの。
源氏のテキストはもとより、紫式部日記や家集、その他、同時代の文献などを駆使しながら、紫式部にそう語らせた根拠を、学者目線で丁寧に論証するように書かれているのだろうと、勝手に思っていた。


会者定離―雲隠れにし夜半の月
矜持―男子にて持たらぬこそ、幸ひなかりけれ
―春は解くるもの
喪失―「世」と「身」と「心」
創作―はかなき物語
出仕―いま九重ぞ思ひ乱るる
本領発揮―楽府といふ書
皇子誕生―秋のけはひ入り立つままに
違和感―我も浮きたる世を過ぐしつつ
女房―ものの飾りにはあらず
「御堂関白道長妾」―戸を叩く人
汚点―しるき日かげをあはれとぞ見し
崩御と客死―なほこのたびは生かむとぞおもふ
到達―憂しと見つつも永らふるかな
ところが、そうした解説は、紫式部の語りの中に溶かし込まれていて、読者がそれを察知するように仕向けられている。
こうした著者のたくらみは、語りと地の文を往き来する面倒を減殺する点では成功している。読み進むにつれて、紫式部の精神の動きも見えてくるようになっているからだ。
ただし、どうしても紫式部の語りの形をとるから、著者にもわからないことは、紫式部にもわからないこと

隠しておくという形や、想像にまかせるという形で語られる。
道長との仲についてなどがそう。

として語られる。(だから、小説じゃないというわけだ)

「枕草子のたくらみ」と本書で、やはり印象的なのは、定子と彰子。
定子については、理想の女性、ただし悲劇の中宮として、そして死後も宮廷から惜しまれた存在だったというのが著者の評価で、私もそうなんだろうと思う。
対して、彰子は、幼いうちに中宮となった、子供子供した、どちらかと言えば存在感の薄い女性のように思っていたけれど、著者は、ちゃんと成長し、必ずしも父道長のいうがままになっていたわけではない、宮廷権力の一角として自分の居場所をきちんと確保していると評価している。
紫式部、清少納言とも、その主人の存在なくしては、その作品はなかっただろう。

さて、著者は「あとがき」で、「これは小説ではない」と書いている。
たしかに小説というには、情景や心理描写が平板というか、固いから、その世界に没入して楽しむというような本ではないと思う。(それに大胆な推測は避けられている。)

しかし、これは小説にしたくなる、あるいはドラマにしたくなる素材だと思う。
前に、「枕草子のたくらみ」の記事で、同書をもとに、著者が著者が脚本を書いたら良いと書いたけれど、この「紫式部ひとり語り」も、これをもとに脚本を書いてもらえたらと思う。
小説としての言語表現に対しては著者は(学者であるせいか)、控え目なようだけれど、脚本ならば、それを解釈する監督によって、その上に自由な表現を載せることができるのではないかと思う。

山本淳子先生ご自身が脚本にしなくても、これを映画や演劇、あるいはマンガにしようという人がいたら、その人が脚本を書くに違いないが。
本書の腰巻に、「映画『源氏物語千年の謎』に答える!!」とあるけれど、この映画は存在も知らなかった。ネットの評を見る限り、本書が底本になっているようなものではないみたい。


大河ドラマでも良いんじゃないだろうか。
「私が源氏物語を書いたわけ」と「枕草子のたくらみ」の両方を下敷きにして。

残念ながら、紫式部と清少納言の直接のからみは史実としてはなさそうだけれど、少なくとも紫式部は清少納言を強く意識していたはずだから、時空を共有しなくても、精神的表現でなら、からみはつくれると思う。
キャスティングはどうなるだろう。紫式部は吉田羊とかが合いそうな気がする。
(清少納言は前に書いたように北川景子で)
彰子は、幼くして入内するときと、成長したときの両方ができる女優がいるだろうか。


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学校では教えられない!エロすぎる古典

2017-06-23_115216.jpg 朝日放送に「ビーバップ!ハイヒール」という深夜番組がある。
狙って視ることはないので、何曜日か気にもとめていないが、放送日は木曜日である。

先日、もう寝ようと思ってテレビを消そうとしたら、この番組の案内がでた。
「学校では教えられない!エロすぎる古典」

この案内を見てすぐに、ゲスト解説者に思い至った。
ズバリ、大塚ひかり先生でしょう。

Screenshot_20170623-112423-crop.jpg 内容も当然、推察できる。最近、「快楽でよみとく古典文学」という本も読んだところである。
前にもこの先生の本を読んでいるけれども、動いて喋る先生は見たことがないので、どんな人か見てみようと思って、番組にお付き合いした。

まずは、竹取物語でジャブ。「得てしがな 見てしがな」という詞は、「ものにしたい やりたい」の意味であると解説される。

大塚先生によると、「見る」というのは、当時の貴族の女性は、父親や夫にしか顔を見せない、その顔を見るというのは、「やる」の意であるとのこと。


続いて、エロ小説の本命「源氏物語」。
もはや解説の必要はない。とにかく、ヒカル君はとんでもないゲス野郎ということである。

エロいのは女も同じ。番組中ではクイズ形式で説明されていた。

Screenshot_20170623-112814-crop.jpg Q 「おようの尼」が思う坊主をわがものとした方法は?

A 女を紹介するといって、闇に紛れて自分自身がその女となった


Q 男を来させたいときに、女がするおまじないとは?

A 服を裏返しに着る。(事が起こった状態を先取りする)


番組後半では、和泉式部がとりあげられ、現代劇に翻案した寸劇に仕立てられていた。

和泉式部を清少納言と紫式部が取り巻くという設定はやりすぎと思うけれど。


快楽でよみとく古典文学
はじめに 性愛の古典
第1章“恋”に費やす膨大な労“力”
第2章“見る”は結婚のはじまり
第3章“夜”が“離”れ、“枯”れていく恋
第4章“すき者”どもの禁断エロス
第5章“蜘蛛”の動きも“眉”の痒さも見逃さない
スピリチュアル主義
番組では「エロいはエラい」というテロップが何度も流された。

しかし「エロい」といっても、大塚先生が紹介する古典は、大してエロいものではない。いわゆる名作古典ばかりをとりあげているからで、古典ポルノにはあたらない。
エロ要素というより、セックスを隠すことなく、それをベースにおきつつ、男女の愛憎などを描写していると考えるべきものだと思う。

ポルノというのは、性的な行為の描写により、読者に性的興奮を起こすことを目的とした作品である。
これも古典に名作がある。有名なのは「小柴垣草紙」、鎌倉期に成立したという。
その詞書の一節をとりあげると

koshibagaki_sousho_shunga.jpg お足にたぐりつくままに、おしはだけたてまつりて、舌を差し入れてねぶり回すに、ツビはものの心なかりければ、かしらも嫌わず、水はじきのようなる物をば、せかせさせ給いけり。

というようなもの。そのものズバリである。

「春画展」にも出てました。


現代語訳で続きをもう少しサービス。

もだえる斎宮様の御姿に、男たるものなんで絶えられましょうや。紐解く手ももどかしく狩衣・袴を脱ぎ捨てれば、もはや玉茎はそそり立ち怒り波うちたる有様。 男はその玉茎を、ねぶりそそのかされて朱に膨らみ、御肌よりむらむらとわき出でた斎宮様の雛先に差し当てて、上から下へ、下から上へ、あらかにさすり上げ、さすりおろしたそうにございます。玉門はいよいよ潤い開き、玉茎のはりはますます強くなったことでございましょう。
斎宮様は、しし豊なお腰を男に押し当て、お足を高く差し上げ、田混じる滴り落ちる玉門をあらわに、今は耐え忍ぶことなくお声を上げ給うあられもなきお姿におなりあそばしました。それを見る男の玉茎は、いよいよ波打ち伸びそそり立ち、ここを先途と攻め立て奉り申したとか。
いやはや、来し方行く末、神に御使えする身も忘れ、卑しい男の口を吸い給い、歓喜を抑えかねて身もだえし、よがり声を上げ給う斎宮様は、常軌を逸した御有様でございました。

申し訳ないが、上は出典不明。以前、ネットを渉猟して見つけてメモしてたもの。


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中央銀行は持ちこたえられるか

河村小百合“中央銀行は持ちこたえられるか ──忍び寄る「経済敗戦」の足音”

Chuo_ginko_wa_mochikotaerareruka.jpg 金融政策に詳しくないので、この本に書かれていることは、ちゃんとは理解できない。

新聞記者も同様だと本書の著者は言っている。
日銀の記者会見や資料提供に対し、わけのわからん質問をしたり、的をはずした記事を書いているという。

ただ、素人でも、引用されている図表を見ていると、どうして日本だけ、こんなに異常なんだろうという気持ちになる。
先年破綻したギリシアよりも、数値としてはもっと悪い。

日本国の財政危機については、多くの人が不安に思っていると思う。
「日本の借金時計」なんていうページもある。
国の借金とは、国債である。
そして、前から指摘されていることだが、この国債のかなりの部分が、日本銀行に保有されている。
その額約400兆円。しかも、毎年80兆円ぐらいずつ増えるという。

日本銀行「第132回事業年度(平成28年度)決算等について」


良く知られているように、日本銀行が国債を引き受けるのは法律で禁止されている。
戦時中、国の戦費捻出に戦時国債が発行され、それを日銀が引き受けた。それに相当する日本銀行券が政府に入り、それが市中で戦争資材の購入や兵隊の給与として使われる。日銀券の発行額が膨れ上がり、当然、これはインフレ要因にもなる。そうした財政規律もなにもない国政を行わないために設けられた制約である。

その制約があるから、現在は、一旦、市中銀行が国債を引き受ける。国債の利ざやが目的ではない。はじめから日銀に買ってもらう前提で買う。迂回引き受けと言うべきもの。(脱法行為だよね)

ただ、今は市中銀行の日銀当座預金が膨大な額になっていて、あんまり日銀券が増えるということでもないらしい。素人だからよくわからないが、インフレ誘導がうまくいかなかったのはそういうことだろうか。マネタリーベースを増やしても、マネーサプライが思ったように増えないということも本書で指摘されている。(外国の中央銀行は、日本の異常な金融政策とその結果を評価して、同じことはやらないとも)
結局、アベノミクスをやっても実体経済がついてきていない、それだけ市中での投資需要がないということかもしれない。
バブルの少し前に、金余りといわれた時期があった。それを記憶している人は、バブルを起したいと思っているのでは。


デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携」というやつがこれかな。
で、どっちも実現されず、残ったのは国債の山というわけである。

もちろんそういう政策をやってなかったらもっと酷いことになってたという意見もあるだろうけど。
しかし、こうした政策をやって、実体経済、すなわち民間投資が喚起されるのなら、出口(この異常事態の終結)が見えるのだろうが、一向にそうした気配がないようだ。


今の状態が良いと考えている人は、一人もいない。ただ、問題を先送りできると考えている人、一刻も早く解決に乗り出さないといけないと考えている人がいるということらしい。

第一章 わが国の政策運営の油断と慢心
第二章 「財政危機」のあり得るシナリオ
第三章 欧米諸国と日本「財政・金融政策」比較
第四章 金融危機後の「金利ゼロ」の世界と「量的緩和」
第五章 中央銀行は持ちこたえられるか
第六章 財政破綻のリアルⅠ-欧州債務危機の経験から
第七章 財政破綻のリアルⅡ-戦後日本の経験から
第八章 蓄積され続けるリスクと遠のく正常化
第九章 なぜ掟破りの政策運営は“放置”されてきたか
第十章 子どもたちの将来への責任
ギリシアなどの財政破綻が起こると、GDP比でも国債残高がそれよりも多い日本は大丈夫かという声が出てくる。
それについて、今まで聴いていた意見は、国債は日本国内で保有されているから、海外投資家が投げ売りをして暴落する心配はないということだった。
ところが、本書によると、日本国債の金利が低すぎるから、海外投資家が買いたがらないだけだという。
そして、ギリシアのようにはならない、ということは、外国からの借金を踏み倒したギリシアのような形にはならなくて、踏み倒されるのは日本人ばっかりになるということらしい。

もし日本銀行が破綻したらどうなるか、これについて、同じ著者が、“「戦後80年」はあるのか―「本と新聞の大学」講義録”の「第七回 この国の財政・経済のこれから」に書いていた。
本書は、それが出版された後、出版社からの依頼で、詳しい解説として書かれたものという。

はじめに書いたように、私には金融政策は良くわからないのだけれど、破綻したらどうなるのかは、本書である程度、感じ取れる。

昔、両親が健在だったときに、戦後の「新円切換+預金封鎖」の話を聞いたことがある。お金なんか使えんようになったんやで、という話である。
私の両親は、その頃はまさに社会人生活のスタートラインにあったわけで、資産というものなど全くなかったから、財産税も預金封鎖も、本人たちにはあまり致命的な影響はなかったらしい。

しかし、今の時代、多くの高齢者が財産を貯め込み、年金で暮らしている。
戦争で、何もかも失った、国中が、一からスタートしようという時代とは違う。

今のところ私の収入はまだ勤労収入が主で、年金収入はその半分にもならないのだけれど、近いうちに主たる収入は年金になる。そして、もし年金制度が破綻したら、暮らしの見込みが立たなくなるわけだ。


先行きが短くなるということは、可能な生き方も少なくなっているということである。
せめて現状維持ができてほしい、それが多くの高齢者の気持ちに違いない。

若い人たち、将来には不安を持っているだろうけれど、若いということは、柔軟性があること。人生をこれから選択し、組み立てていけるということ。
(われわれ年寄りの)未来は君たちにかかっている、ガンバレ、もう少しだ。

ところで、政府が破綻するときは、インフレで債務を減らすんだろうけれど、そのときは日銀が保有する国債は大暴落、日銀も一緒に破綻するんじゃないだろうか。
「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携」ですな。

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「たばこはそんなに悪いのか」

Tobacco_how_harmful_is_it.jpg 喫煙文化研究会「たばこはそんなに悪いのか」について。

著者の名前もない、あやしげな出自、文化の名の下に、感情的にたばこバッシングを批判する、そういう本かと思ったけれど、そういうものではない。
「喫煙文化研究会」というのは、会長すぎやまこういち、以下、養老孟司、筒井康隆、さいとうたかを、中西輝政、西部邁など、政治的イデオロギーは全く異なるだろうという人たちが集まっている組織らしい。

しかも、名前のあがる人たちは、名前だけ使われることは嫌がるような人たちではないだろうか。


プロローグには、『世にあふれる“理系人間”による「喫煙と健康」にかかる研究や仮説に対する“文系人間”からの批判・反論(逆襲!?)』と書いてあるけれど、どうしてどうして、かなりツボを押さえたところがあって、ちゃんと疫学の知識を持っていて、さまざまな反たばこ論文を読んだ上でのことのように見える。

反たばこ研究(たばこが有害であるとする研究)への批判は、おしなべて根拠が薄弱で信頼性に欠けるというわけだが、それは疫学調査そのものの難しさがあるから、研究者を責めるわけではない。

もっとも、取り上げられる反たばこ研究結果を見ていると、検定は通らないけれど、傾向として読むなら、たばこの害を示してはいる。やっぱりたばこは体に悪そうだという気持ちも湧くんではないか。


   
プロローグ 百害あるものは百利あり
第一部 たばこバッシングの歴史的構造
I  ジャパニーズ・パラドックス
II  バッシングはいかにして起きたか
III  疫学調査の欺瞞
IV  「生物医学」というパラダイム
V  たばこ企業vs反喫煙主義者
第二部 たばこはそんなに体に悪いのか
I  喫煙と疾病
II  バッシングを加速させた〈受動喫煙〉
III  〈ニコチン依存症〉の〝発明〟
IV  もう一つのバッシング「社会的コスト」論
V  「医療化」ということ
VI  何が人の寿命を決めるのか
第三部 たばこのチカラ
I  急速に広まった喫煙の風習
II  人は、なぜたばこを吸うか
III  シガレットの「光と影」
IV  「適正な喫煙」とは
V  永遠の課題──あとがきにかえて

一方、たばこにも良いところがあるという説も紹介されるけれど、これも根拠といえるほどのデータをもっているわけではない。また、たばこは健康に害はないと証明できるのかと言われたら、それはできない。反たばこ研究の信頼性にいくら疑問を持ったとしても、それで因果関係が否定できるわけではない。

そういう意味では五十歩百歩のようにも見えるわけだが、本書では、確証バイアス―ある事実を証明しようとして、確たる証拠が得られなかたり、反する結果になった場合は、その研究はなかったことにされる―は、一方的に反たばこ側に作用しているということが付言され、複数の研究結果がたばこの有害性を示しているというようなメタアナリシスは無効だとする。

おそらく、たばこの有益性の証明を目的とする研究には、科研費は出ないだろう。もっとも、以前は、煙草産業からは大量に研究費が出ていて、反たばこ側は不利であると主張されていたけれど。


不思議なことに、疫学の専門家は、相関関係は因果関係ではないこと、因果関係を認めても良いとする場合の評価基準は熟知しているはずなのだが、ことたばこの害については、これらの基準はなぜか無視される。これでは研究結果の信憑性が疑われ、本書のような反論を招く結果となる。
ヘイトスピーチのようなマネはやめて、冷静な反たばこ論を起すべきだと思う。

とりわけ、前にも書いたように、一本のたばこも許さない、というような、疫学上の基本クライテリアの一つとされる量-反応(dose-response)関係に一顧だにしないような主張は、あまりにエキセントリックで、ついていけない。
たばこが健康に悪いとしても、一日何本までなら許容範囲といっても良いのではないか。そう言ってくれたら、「罪業妄想」を持たずに済むし、たばこを文化として評価するという精神衛生上のメリットがあると思うんだけれど。
お酒は1日○合までと言う一方、どうしてたばこだとそれが言えないんだろう。

近年、勇気ある医師のなかに、「1日10本くらいが目安」と許容意見を表明する人もいる。ただし、反たばこ論者なら、その根拠を示せと迫るに違いない。それを目的とした調査研究にはお金が出ないことを見越して。

放射線や大気汚染物質について閾値を設けるのは、それらが人間の生活上不可欠なもので、ゼロとすることができないという理由がある。ゼロにできない以上、許容できる範囲を決めておこうという発想である。

2017-06-15_161742.jpg しかし、嫌煙家には、たばこの文化的価値を一切認めないという信念があるようだ。
したがって、嫌煙家には、「たばこの害」と「吸わない害」(全く吸わない場合のデメリット)の合計の最適化、なんて発想はないだろう。

そんな都合のよい計算はできないというなら、せめて、他の体に悪そうな行動と比較してもらえないだろうか。

たとえば、たばこ1本は、○分間大日交差点に立っているのと同程度の健康被害を与えますとか、豊洲市場で○分間働くのと同程度ですとか。


それにしても、嫌煙家からすれば、このような本が出版されること自体が許せないに違いない。
Amazonのレビューは3件、1件は★★★★★(最高評価)、2件は★(最低評価)。
これが現実。
嫌煙家と愛煙家が理解しあえるような世は永遠に来ないようだ。

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「その日暮らし」の人類学

人類学は、その初期は、異文化社会の征服に資することを目的としていたという。
人類学の古典とされる著作は、その土地の習慣やライフスタイルを記述して、効果的に支配をすすめるための知識を提供する。
有名なルース・ベネディクト「菊と刀」は、日本に勝利し、統治することを展望した研究が基礎となっているといわれる。

さて、小川さやか“「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済”について。
著者の専門は文化人類学、なかでも都市人類学という。その都市における文化を研究する。
Sonohigurashi_no_jinruigaku.jpg

文化人類学というと、未開の部族の研究をイメージするが、そもそも文化は人類が共通してもつもので、、さまざまな文化の研究がある。
学生のときに、文化人類学の講義では、最初に「文化」の定義が行われる。
ある集団の文化とは、その集団内で、

  • 創造され(created)
  • 共有され(shared)
  • 継承され(heritated)

るものと定義される。
従って、集団のとりかたによって、ある部族の文化、日本の文化、地域の文化、学生の文化、というような使い方もでき、集団をヒトに限らずに、幸島のサルの文化、ということもできる。そして、実際、文化人類学の講義は、そのように進められていた。


とっつきにくい本だなぁ、というのが読み始めの感想。
言葉が空回りしているような印象。
言葉がシンボリックに使われても、読者側に、その言葉に付随する意味に対する知識が不足しているからだ。

ところが、本文に入ると、急に親しみがわいた。
掛谷先生(教養の自然人類学でこの先生の講義を聴いていた。講義中に煙草を喫い、学生にも喫いたかったらどうぞという。アフリカの一部族では呪術師として生活していたとか)の話がでたこと。

もう一つは、「ピダハン」の話が紹介されたこと。(ピダハンについては、⇒エヴェレット「ピダハン」

ピダハンは、すべての部族に何らかの形で共通に存在すると考えられていた「神」を持たない。すべての知識・情報は、その場において意味を持つ形でのみ発せられ、ほとんどの抽象語が、数詞すら無い。驚くべきことに、ピダハンの言語には再帰的な構造がない。つまり括弧でくくる操作がない、「魚がいる」はあっても、「私は『魚がいる』と思う」という表現はないことを意味する。

ピダハンこそ、究極の「その日暮らし」(Living for today)として(短く)紹介される。
つまり、「その日暮らし」というもののベースがここにあるようだ。

プロローグLiving for Todayの人類学に向けて
第一章 究極のLiving for Todayを探して
第二章 「仕事は仕事」の都市世界
――インフォーマル経済のダイナミズム
第三章 「試しにやってみる」が切り拓く経済のダイナミズム
第四章 下からのグローバル化ともう一つの資本主義経済
第五章 コピー商品/偽物商品の生産と消費にみるLiving for Today
第六章 <借り>を回すしくみと海賊的システム
エピローグLiving for Todayと人類社会の新たな可能性
経済学では、経済人(ホモ・エコノミクス)という人間像が基本になっているといわれる。
そして近代的な経済人というのは、計画的で、時間厳守で、勤勉である。(⇒大塚久雄「社会科学における人間」

どこまで徹底しているかはさておき、そういう人間に違和感を持たないというのが、おおかたの日本人だと思う。
ところが、著者の調査フィールドであるタンザニアでは、どうもそうではないらしい。というか、上記のような性質があるとしても、我々が考えるようなものとは違っている。

誤読・誤解をおそれず簡略化すると、「その日暮らし」というのは、蓄積をしないということになる。
本書のサブタイトルは「もう一つの資本主義経済」なのだが、普通イメージする資本主義というのは、蓄積がなければ興らない。勤勉なホモ・エコノミクスが貯えた富の存在が、資本主義の勃興期を支えたという。
本書が言う資本主義では、資本は蓄積するのではなくて、儲けを手にしても、すぐガラガラと崩れてしまうようなもの。人のネットワークはあるが(そしてそれが生きる保障、セーフティネット)、組織を構築したりはしない。

典型的なのが借金のありかた。ここでは、借金と贈与には、ほとんど違いがない。

ただし、人類学的には、そもそも贈与とは借りという感情を伴うものとされるらしい。

困ったら借りる、しかし、貸した側も返せとは催促しない。貸した側が困っても、貸した金を返させるのではなく、別に貸してくれる人を探すという。
これを「<借り>を回すシステム」という。

アフリカではスマホが急速に普及しているそうである。有線ネットワークの整備が困難な状況で、モバイルの方が整備しやすいというインフラ側の事情もあるためらしい。

子供たちがゲームばっかりしたり、SNSにはまるなど、日本と同じ状況になっている。
そう言えば、以前、アフリカの視察団の方から、そうしたスマホの問題点について、日本ではどのように対処しているのかという質問があった。


そして、このスマホで電子送金システムが普及した。
今までの「<借り>を回すシステム」の文化を壊すのではなく、それをベースとして、効率よく、迅速にシステムが回るようになったのだそうだ。

それと、この「その日暮らし」経済と、中国の商売が、実に相性が良いらしい。
実際、アフリカと中国の間の人の往き来、商品の行き来はかなり分厚いと書かれている。

(中国という国家がアフリカに投資するという、国家政策の話ではない。)

「その日暮らし」の経済においては、アフリカと中国の商人の商売には親和性があるらしい。ただし、「<借り>を回すシステム」のような、人間のネットワークや信頼関係があるわけではなく、「その日暮らし」、「その場限り」の取引関係である。
コピー商品、フェイク商品、不良品や不誠実な取引、それらもすべてこの取引、こうした取引だからこそ、含まれる。

アフリカで商売を考えるなら、このしたたかさは知っておかなければならないだろう。
ただ、それらは決して閉鎖的なものでも、富の蓄積をベースにした固定的な体制でもないようだから、排除の論理はなさそうだ。近代資本主義に慣れた感覚で相手をなじってはいけないけれど。

それにしても、結局のところ儲けも一時のこと、貧しさが基調にある、蓄積がないのもその結果、みんなが貧しいから<借り>を回すしかないというだけかもしれない。
それでも、そこに文化というかライフスタイルがある、それは間違いないことだけど。豊かになったら、この文化はどう変容するのだろう。

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枕草子のたくらみ

山本淳子「枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い」

たくらみ」とは穏やかでない。まるで何か政治的な意図でもあるかのようだ。
makura_no_soushi_no_takurami.jpg しかし、この「たくらみ」とは、そうした権力的なものではない。定子のサロンが、おそらく当時としては破格の優れたサロンであったことを記録にとどめ、それとともに定子をいつまでもこの国の人々の記憶にとどめようという「たくらみ」である、と著者は主張している。

そして、その「たくらみ」は成功した。
私たちが今でも枕草子を大事に思い、読み継いでいるのだから。

枕草子は、伊周が献上した冊子(紙)に、古今集の筆写でもしようというところを押しのけて、清少納言に下命されて書かれている。そして、下命を受けて書かれたものは、下命者に献呈されるものである。定子に読んでいただくことを前提として、書かれたものである。
著者は、繰り返していう、定子になったつもりで読めと。

定子は完璧な女性である、少なくとも清少納言はそう思っている。
子供のころから、後宮に入ることを予定され、母貴子がそうであったように、和漢の典籍、礼楽に通じた深い教養、機知と人情に富む人柄、そして「かかる人こそは世におはしましけれ」といわれるほどの美しさ。
何不自由なく、自信に満ちた後宮生活、そして父関白のの死、兄内大臣の転落、一族が凋落するなかで24歳で閉じる命。

才気走って、ミーハーな清少納言、深みの無い作品枕草子。
それは表面的な読みだという。清少納言にそうした面があったことはそうなんだろう、しかし、かつてのサロンを懐かしみ、少しでも気散じにと、決して暗いことなど書かずに、サロンで起こった一コマを切り取って描写する、それを受け取る定子の気持ちをすべて踏まえるなら、これ以外の書き方はなかったのかもしれない。

そして、その通りだったら、清少納言というのは、なんと魅力的な女性だろう。
才気をひけらかして、他の女房から憎まれながら、言い訳をしたり、卑屈になることもなく、女主人への深い思いを秘め、そして女主人のために、そして女主人を偲ぶ、きりっとした姿が浮かぶ。ウェットな感情はけっして表に出さず。

これで絶世の美女で、艶聞も多かったら、完璧だ。昔あこがれた「カラマゾフ」のグルーシェンカのようだ。


ところで、紫式部が清少納言を酷評していることは有名で、本書でも最初(序章―酷評)にそのことが書かれている。これについて、著者は、それは、紫式部は、定子に起こった厳しい事情を知っているから、なぜ枕草子がそんな書き方をするのか、そのことに対する評だと言う。

そういえば、著者は別書「平安人の心で『源氏物語』を読む」で、清少納言ならぬ紫式部と定子の共通点、式部が定子(彰子ではなく!)に感情移入できる点がいくつかあるとも指摘されている。そして、桐壷の更衣のモデルは定子であろうとされる。(そうだとすると、私には紫式部もかなり屈折した性格に思える。)


紫式部を苛立たせこと、そして私たちが枕草子を読むときに定子に思いを致すことで、枕草子の「たくらみ」は完全に成就する。
本当のことはわからないけれど、著者のいうとおりのほうが、清少納言も枕草子も、ずっと魅力的なものになることは間違いない。

序章清少納言の企て
酷評/定子の栄華/凋落/再びの入内と死/成立の事情
第一章春は、あけぼの
非凡への脱却/和漢の后/定子のために
第二章新風・定子との出会い
初出仕の頃/機知のレッスン/型破りな中宮/後宮に新風を 清少納言の素顔/父祖のサバイバル感覚/宮仕えまで
第三章笛は
横笛への偏愛/楽の意味/堅苦しさの打破
第四章貴公子伊周
雪の日の応酬/鶏の声に朗詠/『枕草子』の伊周/伊周の現実
第五章季節に寄せる思い
『枕草子』が愛した月/節句の愉しみ/分かち合う雪景色
第六章変転
中関白道隆の病/疫禍/気を吐く女房たち
第七章女房という生き方
幸運のありか/女房の生き方/夢は新型「北の方」/「女房たちの隠れ家」構想
第八章政変の中で
乱闘事件/魔手と疑惑/定子、出家/枕草子の描く長徳の政変/引きこもりの日々/晩春の文/原『枕草子』の誕生/再び贈られた紙/原『枕草子』の内容/伝書鳩・源経房
第九章人生の真実
「もの」章段のテクニック/緩急と「ひねり」系・「はずし」系/「なるほど」系と「しみじみ」系
第一〇章復活
職の御曹司へ/いきまく清少納言
第一一章男たち
モテ女子だった清少納言/橘則光/若布事件/則光との別れ/藤原行成/鶏の空音
第一二章秘事
一条天皇、定子を召す/雪山の賭け/年明けと参内/壊された白山…/君臣の思い
第一三章漢学のときめき
香炉峰の雪/助け舟のおかげで
第一四章試練
生昌邸へ/道化と笑い/枕草子の戦術/清少納言の戦い
第一五章下衆とえせ者
下衆たちの影/臆病な自尊心/「えせ者」が輝くとき
第一六章幸福の時
「横川皮仙」/高砂/二后冊立/夫婦の最終場面
第一七章心の傷口
「あはれなるもの」のあはれでない事/紫式部は恨んだか/親の死のあはれ
第一八章最後の姿
「三条の宮」の皇后/お褒めの和歌/二人の到達
第一九章鎮魂の枕草子
「哀れなり」の思い/鎮魂の「日」と「月」
終章よみがえる定子
共有された死/藤原道長の恐怖/藤原行成の同情/公達らの無常感/一条天皇の悲歎/清少納言、再び

本書の読み方にしたがって、定子と清少納言を中心にした二次作品(映画、演劇、まんがなど)が作られたら魅力ある作品になると思う。著者が脚本を書いたら良いのではないだろうか。
さて、映画やドラマにするとしたら、定子、清少納言は、誰が演じるのが良いだろう。

清少納言には北川景子を推す。ツンツンした感じが良い。美人すぎるのが清少納言のイメージとは違うけど。
問題は定子、完璧な美女にして(とりわけ手・指が美しくなければならない)、知性あふれ、しかも優しい心、そして、明るさの中にふと暗い陰を感じさせるような女優。


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プロット・アゲンスト・アメリカ

51GKIUw3K7L.jpg フィリップ・ロス「プロット・アゲンスト・アメリカ」

長編小説。このぐらいの長編といえば、学生時代のドストエフスキーの長編以来ではないだろうか。
普段、小説は避けている私が読んだのは、たしか "「戦後80年」はあるのか" の中で紹介されていて、一度読んでみてもよいかなと思ったから。

いわゆる過去SF、歴史改変小説で、歴史の分岐点において、実際に歩んだ歴史と異なる道を進んでいたらどうなっただろうか、という小説である。

本作では、ローズヴェルトが大統領三選をリンドバーグ(かの飛行機の英雄)に阻まれ、アメリカが第二次世界大戦に参戦せず、あろうことかナチスと友好関係を保つという、もう一つの歴史を、その状況に置かれたユダヤ人の子供の眼を通して描く。

(この子供は作者自身だろうか、同じ名前である)

リンドバーグ大統領に反発する両親、賛成・支持する兄、親戚や周囲のユダヤ人の生き方、そうしたものが、丁寧に描写される。
子供の眼だから、思想的なこと、政治的なことは直接的には論評しないのだけれど、その子供にも伝わる圧迫感、周囲の変調というものが、生々しい。大長編であることが、その変調が、じわじわと起こる過程を描く。その少しずつの変化。普通の日常生活を書きながら(子供らしい冒険はあるけれど)、世界が変わっていく。

あまりにも精緻に描かれていて、リンドバーグのアメリカを背景に、苦悩するユダヤ人、分断されるユダヤ人社会を描いた歴史小説かと錯覚するが、背景が虚構なのである。
登場人物は実在の人物が多い。そして、私は知らないが、その人たちの行動は、当時の行動、考え方から、さもありそうに描かれているらしい。リンドバーグは実際にナチから勲章を受けているし、ヘンリー・フォードは反ユダヤ主義者である。(巻末に登場人物の実際の年譜が掲載されている)

政策の方向性は違うけれど、トランプのアメリカと重ね合わせて読む人も多いと思う。
リンドバーグとヒトラーの関係が、トランプとプーチンの関係に、ユダヤ人がイスラム教徒に(ただし、ユダヤ人がテロをしたりはしていないところが違うけれど)。


分厚いハードカバーに製本されているから、さすがに通勤の車内では読みづらい(学生のときは平気だったけれど)。それで、寝る前にベッドの中で読んでいたのだけど、読みながら、いつのまにか寝てしまう。
ところが、寝てしまうと、たびたび夢を見る。本の続きを読んでいるという夢なのだ。
つまり、未だ読んでいないところを、夢に見る。
あるときは、本を読んでいるという夢ではなくて、自分自身が、このアメリカ社会に生きているという夢であったりする。

虚構の記憶が、夢という虚構の中で自律運動する。
優れた描写というのは、人の精神を狂わせるものらしい。

ところで、この本を読んでいて、「宇宙大作戦(Star Trek)」のあるエピソード(リンク先はYouTube)を思い出した。

2017-05-24_150700.jpg 錯乱して時空の歪みに入ったドクター・マッコイは1930年代のアメリカにタイム・スリップする。放置すると、マッコイにより歴史が改変されてしまう。このためカーク船長とスポック副長はマッコイを追う。そこでカークは平和運動家の素敵な女性(Edith Keeler)と出会い、恋心を抱く。
歴史の改変とは、事故死するはずの彼女がマッコイによって助けられ、彼女の反戦運動により、アメリカの第二次大戦への参戦が遅れ、ナチスが核を開発し、世界を征服してしまうことである。
ようやくマッコイを見つけたカークとスポック、そこへ歩み寄るキーラー、接近する車。キーラーに危険を知らせようとするカークをスポックが制止、助けようとするマッコイをカークが抱き止める。歴史は改変されずにすむ。

("The City on the Edge of Forever" 1967)


「プロット・アゲンスト・アメリカ」でも、結局、本来の歴史の流れに戻るわけだが、ネタバレになるので、このあたりで記事は終りにしよう。
あらためて、小説の持つ力というか、作者の筆力というものが、侮れないと感じさせられた。

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ポピュリズムとは何か

先日のフランス大統領選では、ポピュリズム政党といわれる国民戦線のルペン氏は敗れた。
その前、こちらも心配されていたオーストリア大統領選でもポピュリズム政党は敗北している。
昨年のBrexit、イギリスのEU離脱国民投票が、世界を驚かせ、この流れが各国に波及するのではと心配されていたところである。

そういうと、ポピュリズムは悪と断じているように聞こえるが、それはメジャーなメディアの意見にすぎないかもしれない。というのは、ポピュリズムはそもそもエリートを敵視しており、敵であるジャーナリズムによる評価なのだから。

ポピュリズム【Populism】
①1890年代アメリカの第3政党、人民党(ポピュリスト党)の主義。人民主義。
②(populism)1930年代以降に中南米で発展した、労働者を基盤とする改良的な民族主義的政治運動。アルゼンチンのペロンなどが推進。ポプリスモ。
(広辞苑第五版)
そもそも辞書をひけば、ポピュリズムという言葉は必ずしも悪とされていない。
ただし、マスコミ用語としては、ポピュリズムの日本語訳は「大衆迎合主義」とされたりしていて、あんまり良い訳はあてられていない。「迎合」というと、自分には確たるポリシーがなく、単なる人気取りのような印象になる。(もっとも、私は「迎合」ではなくて、大衆を扇動する政治手法だと思うから、良し悪しはともかく、この訳語は気に入らない。)

Populism_towa_nanika.jpg 水島治郎「ポピュリズムとは何か ―民主主義の敵か、改革の希望か」によると、ポピュリズムの定義は、着眼点によって2つのものがあるという。

第一の定義は、固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイルを言うもので、リーダーの政治戦略・政治手法としてのポピュリズムに注目する。

第二の定義は、「人民」の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動をポピュリズムととらえる定義である。政治運動としてのポピュリズムに重点をおく立場である。

そして、本書では、この第二の立場を基本としている。そのほうが、ポピュリズムが広がる必然性というか、時代の流れをとらえる視覚を与えるからだという。
そしてポピュリズムの主張の中心、というか依拠するところは「人民」なのだけれど、この「人民」がポピュリズムではどう理解され、扱われているのかが、説明される。
  • 普通の人々(ordinary people)
    特権層に無視されてきた「普通の人々」、サイレント・マジョリティ、その意見や不満を代弁する。
  • 一体となった人びと(united people)
    特定の団体や階級ではなく、主権者たる国民、人民を代表する。個別利益ではなく全体利益を代表すると自らを表象する。民意が多様であるとみなす「多元主義」の対極にある。
  • われわれ人民(our people)
    何らかの同質的な特徴を共有する人々を意味し、それ以外の人々と「われわれ」を区別する。

私自身は、この「人民」でも、それに対峙するエリート側の人間でも、どちらもしっくりこないように思っている。だからだろうか、二分法で単純化することに、ポピュリズムの論理的欠陥を感じてしまう。
ポピュリズムに眉をひそめる人の多くはそうなんじゃないだろうか。(そう言うと「おまえはエリート側だ」とかそうでなくても「エリート側に洗脳されている」と攻撃されるような気がするけれど)


第1章 ポピュリズムとは何か
第2章 解放の論理
―南北メリカにおける誕生と発展
第3章 抑圧の論理
―ヨーロッパ極右政党の変貌
第4章 リベラルゆえの「反イスラム」
―環境・福祉先進国の葛藤
第5章 国民投票のパラドクス
―スイスは「理想の国」か
第6章 イギリスのEU離脱
―「置き去りにされた」人々の逆転劇
第7章 グローバル化するポピュリズム
本書では続けて、ポピュリズムが、単なる迎合や扇動ではない、やはりデモクラシーなんだということが理解できると同時に、このように偏狭でもデモクラシーだと主張する立場が説明される。実際、反移民や福祉排外主義というのを正当化するのに、デモクラシーやリベラルの論理が使われているという。

本書の冒頭に、

「日本人には民主主義が根付いていない。民主主義が国民に根付いていなかったら政治なんて良くならないし、政治が良くならなければ日本も良くならない」

という橋下元大阪府知事の言葉が紹介されている。この陳述自体には変なところはないけれど、橋下氏のスタイルが従来の感覚の民主主義とは随分違っていて、違和感を覚える人も多いのではないだろうか。

しかし、上のように、ポピュリズムもデモクラシーだということもできる。
「民主的」というのは、人それぞれ違っている。
「民主的体制」が必ずしも「民主的」な国を保証するわけではないし、その逆もまた成り立たない。
そうなると、民主主義に至高の価値を置くというのはわけがわからなくなってしまう。

本書の扉に、「ポピュリズムは、デモクラシーの後を影のようについてくる」(マーガレット・カノヴァン)という言葉が書かれている。
最初にこれを読んだ時には、一体どういう状況を指しているんだろうと思ったけれど、デモクラシーとポピュリズムの関係は、人間の良心と偏狭の関係ぐらいに切り離せない、人間の業なのかもしれない。

でも、やっぱり思う。政治というのは異なる利害集団を調整するものだと思うから、ポピュリズムが異物を排除するものなら、それはもはや政治ではない。従ってデモクラシーでもない。それは内なる戦争ではないだろうか。ポピュリズムがその戦争に勝ったとして、それを支持した人民は幸福になるだろうか。

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生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像(その2)

中沢弘基「生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像」についての続き。

著者は、はじめに進化論(これは疑えないもの)を持ち出しながら、進化論は生命にだけ使える法則ではないと主張する。(これは私もそう思う。遺伝、変異、選択が存在するものには適応進化が起こる。)

IMG-cropsr2.jpg そして分子の自然選択が、どこで、どのような条件で行われたのかを考察する。
その鍵は、分子の親水性、疎水性という性質で、これが分子を並べるメカニズムとして作用しただろうとする。
こうしたメカニズムの一部は、実験でも確かめることができるという。

このような非生命体での進化を考えるのに、著者はエントロピーを持ち出してくる。

周知のとおりエントロピーは増大する(熱力学第二法則)。
物理法則は時間を逆転しても成り立つが、例外はエントロピーの増大則。時間の流れる方向を決定するのはエントロピーであるという哲学的洞察がある。

また、マクスウェルの悪魔が存在するなら、エントロピーを減少させることができる。悪魔が行う粒子選択活動のエネルギーが系の外から来るのなら矛盾はないと思う。


著者は、地球の歴史にもそれがあてはまっているはずと説き、エントロピーの収支を考えるなら、生命の発生は必然であるという。
このあたりは良くわからない。
本書でも引用されているように、シュレディンガーが「生物は負のエントロピーを食べて生きている」と言ったことぐらいは知っていたけれど、エントロピーというのは量としては実感できるようなものではないし、帳尻としてはエントロピーは増大しなければならないにしても、メカニズムの説明にはならないように思う。

「宇宙の熱的死」だってそりゃそうかもしれないが、それがどうしたという話。
熱的死を迎えないように宇宙論を作るというような発想もないように思うけど。

また、生命活動は地球の内部エネルギーよりも、太陽エネルギーを多く使っている(本書でもその説明はある)わけで、これとエントロピーとどういう関係にあるのか。太陽系全体としてのエントロピーは増大していても、地球はどうなのか。

というわけで、このエントロピーが歴史を動かすという発想は、著者の信念を支えるものだとは思うけど、具体的な科学的陳述としては、今一つピンとこない。
もっとも、エントロピーを持ち出さなくても、分子の自然選択というメカニズムは至極納得できるものである。

最後に、生命を構成する分子はなぜ親水性なのかという疑問についても、問を逆転させ、そもそも親水性分子から生命が構成されたからと説明される。昔から生命現象の一つの謎であるキラリティについても同様のスタイルで説明される。

例によって、私にこの説の真贋を判断する力はないけれど、なんだか、とても説得力を感じる。

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生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像

51EnxBfAoFL.jpg 中沢弘基「生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像」について。

生物学では、私の年代の者が高校で習ったことが大きく変わってきている。
その一つは、生物分類で、私の頃は植物界と動物界に大きく二分されていて、だからこそ、ミドリムシなど、ある種の生物については、植物か動物かというような論争があったわけだ。
ところが、今では、原核生物と真核生物に大きく分けた上で、原核生物に真正細菌と古細菌を、真核生物に原生生物界、植物界、菌界、動物界と6つの分類が最上位区分として設定されている。

しかも、キノコなどの菌類は、遺伝子的には植物より動物に近いということで、植物だと思い込んでいた私などはびっくり仰天、マツタケは胞子じゃなくて精子を出すのかと言いたくなる(下ネタ御免。なお、もちろん植物でも配偶子は精子と卵子と呼ばれる)。


また、私が高校のころは存在が知られていなかったというか、そんなところに生命体がいるとは考えられなかったところで、次々に生命体が見つかっている。

海底の熱水噴出孔に棲む生命とか、地中深く、地底微生物というものがいる。宇宙空間から隕石となって落ちてくる微惑星にも有機物がある。

そしてこうした特殊な環境の生命こそ、最初の生命の候補として脚光を浴びたりする。(最初の生命体は無機栄養でなければ理屈に合わない)

その生命の発生についてだけれど、本書でも紹介されているように、昔は、ミラーの実験のように無機物から有機物が合成されて、それが浅瀬などで水分の蒸発などで濃縮されたことなどが可能性として考えられていて、私も高校でそう教えられたと記憶する。

第1章 ダイナミックに流動する地球
第2章 なぜ生命が発生したのか、なぜ生物は進化するのか?
第3章 “究極の祖先”とは?―化石の証拠と遺伝子分析
第4章 有機分子の起源―従来説と原始地球史概説
第5章 有機分子の起源とその自然選択
第6章 アミノ酸からタンパク質へ―分子から高分子への進化
第7章 分子進化の最終段階―個体、代謝、遺伝の発生
第8章 生命は地下で発生して、海洋に出て適応放散した!
私が高校のときは既にDNAが発見されていて、DNAの複製や、RNAを介した蛋白質合成のメカニズムも授業で教えられていたが、その後、DNAは安定だが直接蛋白質合成にかかわらないから、最初の生命はRNAが本態ではないかとRNAワールドというのが提唱された。
あるいは、蛋白質こそ生命の本態と逆転して、スチュアート・カウフマンの自己組織系の話とかが興味を惹いた。

どれもこれも、そのときどきで、もっともらしい説と受け止められている(もっともらしくなかったら説にならない)。
というわけで、生物学の門外漢である私としては、結局、生命はどうやって誕生したのか、と半ばあきらめるような気持ちでいた。

本書では、上述の生命の起源論が一通り紹介され、その難点が指摘される。
そして、新しい生命の起源のストーリーが語られる。
(つづく)

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「外来種は本当に悪者か?」(その3)

またまた、フレッド・ピアス「外来種は本当に悪者か?」をとりあげるのだけれど、今日は、この本でとりあげられている意外な、少なくとも私は知らなかった驚きの話。

アマゾンの観光ガイドも環境保護論者も「アマゾン川の両岸に広がる熱帯雨林は、何百万年も前からまったく変わっていません」と言う。
ところがこれがそうじゃないんだそうだ。
25315014955amazon.jpg
1542年、スペインの征服者フランシスコ・デ・オレリャーナは、アマゾン川を下って全距離航行に成功した。河口から1100キロ、支流ネグロ川との分岐点の近くを通ったときのことを、彼は日誌に記している。「川岸に、24キロにわたる大きな町があった。家々がすきまなく並ぶ様子は壮観で、よく整備された幹線道路が内陸部に向かって何本も延びていた。川岸から10キロほど入ると、ほかにも白く輝く大きな町がいくつもあり、周囲に広がる農地は肥沃で、スペインと何ら変わらなかった」

都市の外側に広がるジャングルも原生林ではなく、少なくとも一度、おそらく数度にわたって開墾され農業が行われていた。世界最大の熱帯雨林は、つい500年前までは都市とその郊外だったというのである。

その都市や農地が放棄されたのは、もちろんヨーロッパ人が入り込み、疫病を持ち込んで原住民の多くを死に至らしめ、国・経済活動を再建することができなかったからだろう。
上述のような記録だけでなく、現代に実際に行われた調査では、ボリビア領内のアマゾン川流域で、3万キロにわたる盛り土を発見しているという。

今は熱帯雨林に取り残されたようなアンコールワットも同様である。建設当時は立派な都市文明、そしてそれを支える農業が広く行われていたはずである。

熱帯雨林で文明が発展しなかったと考えられてきたのは、熱帯雨林の土壌は痩せているという常識があったからである。私もそう聞いて来た。ところが、アマゾン川流域には土壌が肥沃なスポットが点在していることがわかった。そしてそのスポットというのは、熱帯雨林本来の酸性のやせた土に、炭になりかかった植物の燃えかす、それに腐葉土が混じったものだそうだ。どうやら人間の活動がからんでいるらしい。2500年前の陶器の破片などが見つかっているという。何千年もの間、ここでは農業が行われていたというのだ。

sabanna.gif 次はアフリカである。
ゾウやライオン、シマウマなどが悠然とたたずむアフリカの「原風景」。それがヨーロッパ人が乱獲し、アフリカの人口増によって失われていく、惜しいことだ、というのが大間違いなのだそうだ。

上述のような「原風景」というのは、せいぜい130年前にできたものに過ぎないのだと。
列強による「アフリカ分割」のまっただなか、1887年、イタリア軍がアフリカに上陸したときに連れてきた牛に、牛疫ウィルスが便乗していた。
そして、1890年にはイギリス軍の将校が「人間の記憶のなかで、あるいは伝統の声の中で、これほど多くのウシが死に、野生動物が倒れたことはかつてなかった」と書き残しているという。

牛疫の流行は当初は、ウシの血を吸うツェツェバエに不利だったが、草を食む動物がいなくなったことで、牧草地だったところはあっという間に林や茂みに姿を変えた。ツェツェバエの幼虫が育つ環境だ。さらに野生動物は家畜のウシより個体数の回復が速かったため、ツェツェバエはその血を吸うことができた。これによりツェツェバエは急速に広がる。トリパノソーマとアフリカ睡眠病も一緒に。
これにより、生態学的革命が起きた。負けたのは人とウシ、勝ったのは野生生物だ。牧草地がなくなり、ウシの姿が消えた土地に灌木がしげり、野生動物がよみがえった。
アフリカの「原風景」というのは、人間が導入したウィルスの産物である。

アフリカには生態系が2種類ある。1つは農民と牧畜民が主体で、灌木もツェツェバエもしっかり抑え込まれている生態系。もう1つは、西洋人がイメージする「原始のアフリカ」で、灌木が茂り、ツェツェバエが飛びかう生態系だ。後者のほうが新しい。

牛疫で疲弊しきったアフリカ大陸には、もはや植民地化に抵抗する力は残っていなかった。
人間の生態系も大いに攪乱されてしまった、そういうことになる。

なんだか「外来種」ってヨーロッパ人のことと言いたいようだ。ただしこの外来種は悪者みたい。


DSC017281.jpg もう少しおとなしい事例も紹介されている。
フロリダのエヴァグレーズ国立公園には、点々と豊かな生態系があるスポットがあるが、それはかつてここに暮らした人間のゴミ捨て場なのだそうだ。

次は、日本でも普段から良く感じることで、驚くようなことではないのかもしれないが、イヌ、ネコはもちろん、人家が居心地の良いネズミとかゴキブリとかは当然のことだけれど、もっと野生野生している動物にとっても、都市は案外住みやすいところらしい。
野生動物=野生が好きというのは単なる人間の思い込みにすぎないという。

ゴミあさりなど、人間の生活と密着している場合もあるし、廃墟になった街でもその遺構は恰好の棲家になる。
チェルノブイリの例が紹介されているが、人が居なくなったチェルノブイリでは、どんどん野生動物が増え、人間の作った建物や設備を利用して大いに繁栄しているらしい。例外は人が捨てる食品ゴミに依存していたブタとかで、そうした動物はあまり増えないらしい。

昨年あたり、クマが里に下りてきて悲惨な事件を起こしている。天候不順で山に食べ物がなくなって下りてこざるを得ないということらしいが、案外、クマにとっても街が棲みやすいかもしれない。
先日、京都のホテルに闖入したイノシシとか、あちこちの水路に棲むタヌキなどは、街の方が棲みやすいのではないだろうか。人間だって「都市型狩猟採集民」なんてのがいる。


こうした意外性のある事例がいろいろ紹介されているが、理論という点でも驚きがある。
それが「共進化」という考え方。

本書も共進化を否定しているわけではないのだけれど、そもそも進化自体がゆきあたりばったりのものならば、徐々に共進化が進むばかりではなく、突然の出会いを否定する理由もない。てっとり早く、気に入った相手を見つけてパートナーになることがズルいとか、手抜きと言われる筋合いはないわけだ。
たとえて言えば、夫婦がお互いを高め合うというのが共進化なら、本書では、恋人選び・結婚、つまりたまたま相手が気に入って共生関係ができている例を指摘する。
在来種と外来種の関係はもちろん後者だ。中にはストーカーもいっぱいいるだろう。

そしてとうとう生態系というものの意義について疑問が出される。
生態系というのは、一定の空間を占め、そこに入る光や地熱、水や土地などの化学的資源の出入り(物理化学的エネルギー)があり、そこに多様な生物が棲み、エネルギーの連鎖が見られる、その総体を指す言葉と理解している。

従来、生態系は、本来、安定的な平衡状態に向かうものと想定されていて、その平衡状態にある状態は極相と特別な言葉で呼ばれる。これが環境保護論者の立ち位置だと思う。
ところが、本書が指摘するような外来種がアタリマエという状態となると、予定調和的な生態系、平衡状態の生態系というものを設定する意義自体が失われる。

つまるところ、生態系というもののとらえかたに、両者の対立が凝縮しているように思う。
予定調和の美しい世界、それは素敵だ。しかし、それは幻想かもしれない。
さて、どちらが正解なんだろう。

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「外来種は本当に悪者か?」(その2)

フレッド・ピアス「外来種は本当に悪者か?」について、著者が言う「侵入生物学は科学じゃない」という論点を中心に、Amazonレビューでの否定的意見を対照しながら、整理してみる。

第1部 異邦人の帝国
第1章 グリーンマウンテンにて
世界中から持ち込まれた動植物
外来種が高めたアセンション島の生物多様性
在来種vs外来種、仁義なき戦い
アリたちのスーパーコロニーと消滅
外来種は本当に悪者か?
 
第2章 新しい世界
外来種も病原菌も人類の旅のお供
動植物の順化と「脱走」
ホテイアオイとナイルパーチが増えた真の理由
驚異の木「メスキート」の悲劇
 
第3章 クラゲの海
船のバラスト水、海洋博物館からキラー生物
ほんとうの原因は人間による環境破壊
長い時間軸でとらえると在来種などいない
 
第4章 ようこそアメリカへ
タマリクス、熱狂的な期待のあとの転落
よそ者の貝が水質を浄化してくれたエリー湖
外来種にさらされても多様性あふれるサンフランシスコ湾
ペット出身の外来種たち
外来種排斥という陰謀の不都合な真実
 
第5章 イギリス―イタドリにしばられた国
ヴィクトリア朝ワイルド・ガーデンの末裔
かわいらしい外来種は許される?
 
第2部 神話とドラゴン
第6章 生態学的浄化
イタチごっこのネズミ捕り
袋小路に入る外来種駆除の取り組み
ワニも食べつくすオオヒキガエルが市民権を得るまで
民族浄化ならぬ生態系浄化の狂信ぶり
 
第7章 よそ者神話
偏見と詭弁がはびこる侵入生物学
外来種被害のずさんな算出方法
経済効果の高い外来種には触れていない
 
第8章 “手つかずの自然”という神話
森林の奥地に栄えた文明は無数にあった
牛疫ウィルスとツェツェバエが起こした生態学的革命
 
第9章 エデンの園の排外主義
ダーウィニズムと完璧なる自然
エコロジカル・フィッティングという手がかり
外来種悪玉論からの改宗と周回遅れの環境保護運動
 
第3部 ニュー・ワールド
第10章 新しい生態系
自然回復のきっかけをつくるコロナイザー
新しい生態系の復元力を認める
ほとんどの荒れた生態系は回復している
 
第11章 都市の荒廃地で自然保護を再起動する
都市の荒廃地にあらわれた楽園
驚くほど都会暮らしを楽しむ野生生物たち
野生生物の天国、チェルノブイリ
旧来型の環境保護は自分の首を絞めている
 
第12章 ニュー・ワイルドの呼び声
スーパー・スピーシーズ
それでも古い時代に自然を戻そうとする人びと
管理なき自然を求めて
■外来種が生態系を破壊する
こうした事例があることは本書も否定しない。
たとえば、イースター島に高木が繁茂しないことについて、定説では人間が採り尽くしてしまったからということになっているが、本書では人が持ち込んだナンヨウネズミがヤシを枯らした説が紹介されている。
そのほか、主要な外来種被害が数多く紹介されている。

つまり著者は外来種が悪さをすることを否定はしていない。
それどころか、人間が持ち込んだ外来種によって、生態系が攪乱され、まったく異なるものになった事例を紹介し、「手つかずの自然」などは存在しないことの論拠としている。

■外来種が入って生物多様性が増えることはなく、絶滅する種の分、多様性は下がる
生物多様性は種数だけではないということだけれど、その議論は実はもっと難しい、種とは何かに関連する。ここはナイーブに種とは異なる生き方や遺伝子プールの生物群というぐらいに考えておく。

たしかに絶滅する種があれば、多様性が下がるということになるだろう。そして完全に調和的な生態系が営まれて居たら、その一つの種の絶滅が他の種の絶滅を呼び、結局、生態系全体が死滅する、そうしたシナリオが描かれてきた。
だが、事実はそれとは違うことが多い。

本書が指摘するのは、外来種は、既存生態系が弱っているところ、そこをニッチとして入り込むことが普通である。つまり外来種の侵入を許すのは、すでにその生態系自体に何か問題があるからだという。
さらに、外来種が入り込むことによって、停滞していたその場所が活性化されることで、在来種が復活する事例を多くとりあげている。
多くの場所で、外来種を駆除すれば、在来種も生きていけないという状態が現実であると指摘している。

また、こういうシナリオもある。
きれいな水にしか済まない生物Aと、少し汚れたところが好きな生物Bがいるとする。きれいな水の場所があってAばかりが棲んでいた。しかしどういう原因か、人間が汚したのかもしれないが、水が汚れてきた。するとBがここへ入ってくるようになった。
これって外来種が悪いのか?

そして本書のタイトル、ニュー・ワイルドとは、外来種によってしたたかに多様化する世界を指す。
それは1種の外来種が入ることで1種増えるというだけではない。近縁の在来種との交雑により、新種が相当のスピードで生まれるという観察結果があることも指摘される。
安定していた生態系が攪乱されると、一気に進化(適応放散)が進むという主張である。

これが保護論者には絶対に許せない現象だろうと思う。


■外来種は多大な損害をあたえる
本書は、まずその根拠がきわめて薄弱だということを指摘する。
ごく局所的な損害を、その区域の面積を全地球の面積に拡大して得られるのが外来種が地球に与える損害額としてまかり通っていることを指摘する。しかも、ネズミによる食害なども損害額に含まれるが、根拠となった地域における外来種ネズミの食害が、どうして全地球に拡大できるのか理解できる人はいないだろう。

そして、さらに外来種が与える利益を計算していないのは不公平だとも言う。
なお、外来種の損害額とされるものには、外来種を駆除する費用が含まれているようだから、一体、何を計算したのだろうというわけだ。
そして外来種駆除に莫大な税金が投入されるのだが、これは外来種が悪いのか、外来種=悪という教義が悪いのか。

■外来種が駆除できるか
著者は、小さな島などでの特殊な事例を除いて不可能であると言う。
環境保護論者は、まだまだ努力が足りない。いくら難しくても、もっと駆除に努力をしなければならないと言う。
外来種駆除のために撒かれた毒薬が在来種を減らしたとしても、外来種駆除の暁にはそれらはまた復元するから、いくらでも毒薬を撒けばよい。

P_20170521_120007_vHDR_Auto.jpg 最後のいくらでも毒薬を撒けというのは、あまりに行き過ぎの純血主義で空恐ろしいと思う。
そもそも、前述のとおり、駆除コストはどう考えているのだろう。それと見返りに得られるものは。

人為的に純血主義を守っている「自然」というのは、そのことですでに自然ではない、本書はそういう言い方もしている。

もちろん守る値打ちのある生態系は人為的にでも守る必要はある。しかしそれは「自然」ではないという意味。



自然の湖沼を再現するアクアリウムというものがある。
コンラート・ローレンツの「ソロモンの指環」で紹介されていたものだが、この水槽には、水生植物、プランクトン、小さな魚、掃除屋の貝などが入っていて、適切な温度と照明を保つことで、完結的、平衡的な生態系を実現する。水槽の管理者はときどき水を補充(蒸発するから)すること、観察のためにガラス面を掃除するだけで、餌も与えない。そうやって、スイスの湖と、アマゾンの泥水を隣り合う水槽に作ることもできるという。
P_20170521_114552_vHDR_Auto-green.jpg そして、さらにローレンツは言う。この水槽に、ちょっとさびしいと、小魚を一匹追加したとたん、その水槽は腐った水に変わってしまう。

このようなイメージが環境保護論者には強いのだろうと思う。
しかし、自然というのは、小さなアクアリウムのように柔なもの、腫物にさわるように扱わなければならないものだろうか。

かつて特定の魚の生息状況が調べられていた。
これはその魚を保護しようというものではなくて、その川の水質の指標とするものだった。BOD(生物学的酸素需要量)が保たれているかを見るのに、その魚の食性を支えるより小さな魚やプランクトンがちゃんといるのか、そういう理屈である。
納得できる指標である。

これに対し、生態系を守るというのは、本当のところ良くわからない。
良くいわれるのは、食物連鎖の頂点にいる生物が、従来通り生きていけることは必要条件らしい。オオタカなど絶滅危惧種の大型猛禽類などが注目される。
食物連鎖、より広くは生態系のネットワークのどこかが変調をきたしていれば、そうした生物も生きていけないという理屈である。

ところが、在来種が単純に外来種で置き換わると、つまり生態系のネットワークの1要素を完璧に入れ替えていたら、そうしたことは起きない。生態系としては安定なままなのではないだろうか。
そんな都合のよい、コンパティブルな種なんていないと言うかもしれないが、必ずしも単一の種である必要はない。ネットワークが維持できるように入れ替われれば良いのである。そして、外来種が入っても、あんまり違っていないというのは、生態系としてはそれを受け入れたということであろう。

揖保川のアリゲーターガーの話や、琵琶湖で在来魚がブラックバスなどに追い立てられて数を減らしているというような話には、やはり不快感を持つ。現実に、琵琶湖では鮒ずしの原料になる鮒がとれなくなってきたというような話もあるらしい。それはまずいだろう。(誰だ、ブラックバスを琵琶湖に放流したのは。)

その一方、子供のころから、道端で目にするタンポポはセイヨウタンポポ。
どぶ川で捕っていたのはアメリカザリガニ。
それで何も疑問に思っていなかった。

結局のところ、本書でも指摘されているように、素朴に、

カワイイから許す、役に立ってるから許す、悪いことはしてなさそうだから許す、
俺たちが利用している生物資源を荒らす(つまり競合する)から、許せない、

というヒトのワガママ、

自然はアリノママ守らなければならない、

というヒトのワガママ、どこまでいっても平行線かもしれない。

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