町村合併から生まれた日本近代 明治の経験

9784062585668_w.jpg 松沢裕作「町村合併から生まれた日本近代 明治の経験」について。

昨日取り上げた「明治維新という過ち」よりも随分前に読んでいた本で、書評を書けるほどの感想は持てていなかった。けれど、昨日の記事を書いていると、明治維新がなぜ失敗しなかったのか、その一つの説明に繋がるものだと思い直して、記事を起してみた。

昨日の記事では「明治維新という過ち」という本をきちんと評価するには、他書も読むべきと書いたけれど、この本はそういう本の一つだと思う。

歴史上の事件・動きが丁寧に追いかけられている。
この時代の流れは、あまりに複雑かつ急進的なところがあって、読者としては、これについていくのは相当の集中力が必要である。それについては、本稿で取り上げてもせんないことである。

江戸時代の領地がモザイク状になっているというのは、この本を読む前から知識としてあったのだけれど、それでは、領主は統治するの難しいのではないだろうかということ。
領地が分散していては領主が大変だし、隣接地の領主が違っていては領民も大変じゃないだろうか。
そもそも、平安時代の荘園から、領地というものは、どんどん細分されて、権利関係が複雑になっていく。ひどいのになると村の年貢の何割がA領主、何割がB領主という状態になるわけだ。

はじめに 境界を持たない社会・境界を持つ権力
第一章 江戸時代の村と町
1 モザイク状の世界
2 組合村
3 村と土地所有・村請制
第二章 維新変革のなかで
1 「大区小区」制
2 明治初年の町村合併
第三章 制度改革の模索
1 区戸長たちのフラストレーション
2 内務省と井上毅
第四章 地方と中央
1 地方三新法
2 町村運営の行き詰まりと明治一七年の改革
第五章 市場という領域
1 境界なきものとしての市場
2 備荒儲蓄法
3 道路が結ぶもの
4 市場と地方
第六章 町村合併
1 「自治」の思想
2 合併の遂行
3 行政村と大字
むすび 境界的暴力と無境界的暴力
そういう事情があるから、水利組合や清掃組合など、ご領主さまとは関係のない、地勢的条件による組織が活動していた。つまり、封建時代という言葉とは裏腹に、特定の領主が領民の全生活を律するとか、領地を統治するというような社会ではなく、典型的には殿様とは所詮年貢の納め先でしかなく、殿様と領民に親密な関係などあろうはずがない(領域国家の体裁を持つ大藩なら別かもしれないが)。

昨日の「明治維新という過ち」は武士社会・武士道を礼賛する(百姓あがりの「志士」だから武士ならやらないような卑劣な行為ができる)のだけれど、こうした領主と領民の関係という視点は希薄。もっとも、薩長や土佐は一国領国だから、あまり入り組んではいないかもしれないが。


ということで、大きく感想を言うなら、明治維新後、日本国が経済的に破綻することもなく、なんとかいろんな形をさぐりながら現在に続いてきた、その根本のところは、地域における生産活動の存在が必要、なにより税金(年貢)を徴収するという地域の行政(の下請け)が機能していた、そのことが詳細に追跡されている。

江戸期には、一時的に御用金として集めるものはあったようだが、直接国税とか、藩から集める連邦税的なものは制度化されていない。
基本的に徴税機構は、代官が置かれた天領を別として、諸藩が運営しているもので、ご一新後も、これが機能しなければ、国家予算は組めなかっただろう。

だから赤報隊による「年貢半減」デマを流せたし、それが効果を上げたわけだ。


その後、国税の徴収システムが整備されたので、徴税機構としての地方の役割りは小さくなった。

と、このように、本書を読んでいるうちに、封建時代の税制から、中央集権の税制への移行がどう進められたかという点に私の興味は収斂したのだけれど、著者にとっては、そちらはむしろアタリマエみたいで、それよりも「境界」とは何かという、やや哲学的な問題意識があるようだ。

本書の「はじめに」は、"境界を持たない社会・境界を持つ権力"という副題が付いている。
一体、何を言いたいんだろうと訝りながら読んだわけだけれど、読み進めば、なんとなく著者の問題意識の所在というか、洞察を端的に表現する言葉であることが諒解されてくる。

そして、越境して拡大する経済の特質というところまで考察は広がる。

ただし、そちらについてはあくまで端緒として考察されるにとどまる)


細かい具体的事件・事象については、読後の記憶としては残りにくいけれど、なるほど、国のシステムが変わるというのは随分と大変なことなんだな、得する人も損する人も出るんだな、歴史の理解には税制の理解が必要だ、まだまだ勉強不足だなぁ、そういうことを考えさせられる本である。

関連記事
スポンサーサイト

明治維新という過ち

原田伊織「明治維新という過ち―日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」(改訂増補版)について。

71l_9-DlX0L.jpg 私は、以前から明治維新というのはあんまり好きじゃない。
血塗られた、下劣な薩長のやり口、とりわけ、真摯に許しを請う相手を侮辱するようなのは不快だし、自己保身だけの京都の公家というのも気に入らない。かといって、徳川慶喜は優秀だけど小手先で誤魔化そうとする無責任なトップ、そんなイメージがある。

ということで、タイトルに惹かれてこの本を読んだ。
読み始めると、「はじめに」には、~竜馬と龍馬~として、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」が坂本龍馬を英雄にした、司馬遼太郎は"龍馬"でなく"竜馬"と表記することで小説中の人物という言い訳を込めている、そして、坂本龍馬はグラバー商会の使いっぱしりに過ぎないと、龍馬ファンなら怒髪冠を衝きそうなことが書かれている。

これは「はじめに」だから、結論じみたことを最初にアジテーショナルに書いたものと受け止めて、何故そう主張するのか章を進めていけば、その理由が明らかにされるものと思って読み続けたのだけれど、その攻撃的な口調が続く。ところどころに根拠が引かれるところはあるけれど、諸説があるようなので、史料批判に耐えるものなのか、浅学な私には判断できない。

著者の主張と異なることを勝海舟が証言していると、勝の言うことは信用できないと切り捨てているが、読者はどうしたら良いのか。


はじめに 〜竜馬と龍馬〜
第一章 「明治維新」というウソ
廃仏毀釈と日本人
「官軍教育」が教える明治維新
幼い天皇を人質とした軍事クーデター
実は失敗に終わった「王政復古の大号令」
戦争を引き起こすためのテロ集団・赤報隊の悲劇
第二章 天皇拉致まで企てた長州テロリスト
「家訓」を守った誇り高き賊軍
血塗られた京の文久二年
尊皇会津藩と朝敵長州の死闘
天皇拉致を防いだ池田屋事変
第三章 吉田松陰と司馬史観の罪
吉田松陰というウソ
「維新」至上主義の司馬史観の罪
第四章 テロを正当化した「水戸学」の狂気
「昭和維新」が生んだ「明治維新」
狂気のルーツ・水戸黄門
徳川斉昭の子供じみた攘夷
阿部正弘政権による実質的な開国
「瓢箪なまず」の改革
阿部の残した官僚たち
水戸の公家かぶれと『大日本史』の無理
第五章 二本松・会津の慟哭
戊辰戦争勃発、反乱軍東へ
戊辰東北戦争にみる奥羽の潔癖
三春の「反盟」、秋田の「裏崩れ」
誇り高き二本松 ~少年たちの戦~
会津藩と奥羽列藩の止戦工作
会津の惨劇 ~ならぬことはならぬ~
北斗の南
第六章 士道の終焉がもたらしたもの
薩摩の事情と西郷の苦悶
武士福沢諭吉の怒り
あとがき
一方、江戸時代が高度な社会システムを持っていたこと、幕末官僚には大変優秀な人が綺羅星の如くであったことなどは、あまり知られていないと著者は言うのだけれど、これは多くの歴史学者が一致するところであり、今では、常識に類することではないかと思う。

例えば、幕末の金の流出事件は、日本と諸外国の金銀交換比率の違いが原因ではあるが、それを幕閣が知らなかったからではなく、日本では金銀が素材として交換されるのではなく、銀貨は「銀で作った信用貨幣」という性格のものであったためで、あまりに先進的な日本の通貨システムが、外国人には理解不能(そしてそれを良いことに通貨の交換を正当化)という事情があったと言われている。


結局、怨念が表へ出過ぎているというか、怨念の固まりのような本になっているわけだけれど、これはこれで明治維新へのアンチテーゼという意義は十分に果たしている、ちょっと扇情的なぐらいに。

著者は、薩長の卑劣性、下劣性、残虐性を執拗に追及し、その証跡の言挙げに多くの紙幅を費やしている。
なかでも、二本松少年隊の悲劇は、「八重の桜」でもとりあげられたけれど、ほとんど一瞬画面を過った程度で、多くの印象を残さなかったが、本書ではかなり丁寧に解説されている。

会津(福島県)と長州(山口県)の間では、今でも婚姻が成り立ちにくいとは良く言われることだけれど、彦根と水戸や、二本松と三春(奥羽越列藩同盟を裏切る)もそうらしい。平成の大合併で、二本松と三春は合併してもおかしくない地理的条件であったにもかかわらず、ついに合併はならなかった、それもこれが原因という。


幕末の英雄を徹底的に貶めようという意図だけは明確である。
ただ、これでもか、これでもかと、あまりに容赦ないので、辟易するとともに、本当に、それほど、悪辣で、馬鹿で、卑怯で、下劣というだけでは、革命が成功するはずはないとも思う。

高校の日本史の授業のときに、教師が、みなさんが新政府の指導者だったら何をどうするか、と問いかけたことがあった。そして、誰も答えられないのを見計らって、そんなことでは革命はできませんね、と。
もっとも、新政府の施策を細かく説明している本などを見ると、まさに試行錯誤、見通して施策をうったとは思えないところも多い。結局、旧幕府が反革命を企図せず、江戸時代の惰性のおかげで、新政府はなんとかやっていけたという気がする。


著者は、幕末の志士(この言葉使いにもクレームをつけている)は、テロリストに過ぎない、そしてテロリズムは絶対に許さないという。

私も前に、吉田松陰はテロリストと書いたことがあるけれど(寅さんは尊王攘夷かい)。

しかし「テロとは失敗した革命である」という言い方もある。(学生運動が過激化したその末期の言)
ならば、著者が歯噛みしようと、革命に成功したならば、彼らはテロリスト呼ばわりはされないわけだ。

一つの歴史観として興味深いし、明治維新をそれほどの偉業とは思っていない私には共感するところも多い。
しかし、史料の選び方、読み方がフェアであるかについては、他書とも比較したほうが安全かもしれない。

誰が言ったのか忘れたが、「江戸は、後の近代日本を準備して、見事に、潔く役割りを終えた」ということは、間違いないと思う。

関連記事

イルカ漁は残酷か

o3456230413891799425.jpg 沖縄旅行では定番の「美ら海水族館」に行ったが、この水族館でもイルカのショーが行われている。
時間の都合もあって、イルカ・ショーは見なかったのだけれど、というか、ショーを見ることを目的にすることに、ややうしろめたさもないわけではない。

伴野準一「イルカ漁は残酷か」というルポルタージュがある。
追い込み漁でイルカを生け捕りにして、水族館に売る、それが残酷だとは、どういうことなんだろう、殺して食べるというわけではないのに、そう素朴に思っていたけれど、実態はそんな綺麗事で済む世界ではなかったらしい、少なくとも少し以前までは。

iruka-ryo_wa_zankokuka.jpg イルカはときには数百頭もが追い込まれ、そのうち十数頭は生け捕られて水族館に売られるが、他のイルカは殺されていたのだそうだ。
いわば、水族館のショーで見る数頭のイルカの陰に、数百頭のイルカの犠牲があるというわけだ。

それどころか、もっと昔は、ただ魚を食べる害獣として駆除の対象となり、捕えられたイルカは、効率的に破砕され、とりだされた油脂は廃棄物として無料で製油会社に渡されていた時代もあるという。
もっとも、昔といっても、追い込み漁が「日本の伝統」と言えるほどの時間は経過していない。
昔は、そんな技術はなかったし、追い込み漁は稀にそういう状態になったときに行えるというもので、計画的なものではなかったという。

たまたま迷い込んだクジラやイルカを、天(海?)の恵みとして喜び、捕えて奪った命に対し「いただきます」と感謝しながら食べるのが伝統だろう。


先日、いくつかの水族館がJAZA(日本動物園水族館協会)を脱退していたことが伝えられていた。
WAZA(世界動物園水族館協会)が、追い込み漁で獲ったイルカを水族館に納めることを禁止すべきで、それに従えないのならJAZAをWAZAから除名すると言ってきて、厳しい選択を迫られたJAZAはその要求に応えることとしたが、それでは、イルカの入手が困難となる水族館にとっては館の存続に係る問題である。引き続き追い込み漁で捕獲したイルカの購入を続けるらしい。

動物園はWAZAから除名されると、希少動物を手に入れることが困難となり、園の運営が立ち行かなくなるが、水族館は必ずしもそうではないらしい。


まえがき
第一章 最後のイルカ漁
イルカ追い込み漁のメッカ伊豆半島/共同操業と資源枯渇の始まり/イルカの屠殺現場が明るみに
第二章 太地町立「くじらの博物館」物語
古式捕鯨発祥の地/江戸時代から盛んだったゴンドウ漁/短かった終戦直後のゴンドウ景気/南極海捕鯨から観光立町へ/新生太地町の象徴「くじらの博物館」/クジラ・イルカ捕獲作戦始動/追い込み失敗で広がる無力感
第三章 太地追い込み漁成立秘話
生け捕り成功、活気づく太地町/イルカ捕獲の試行錯誤/バンドウイルカの大量捕獲に成功/漁船のFRP化と追い込み漁の完成/生け捕り目的で始まったバンドウの追い込み
第四章 価値観の衝突
豊漁と表裏一体のイルカ食害/イルカ駆除成功で巻き起こる国際的な批判/ハワイからやってきた活動家/イルカ漁論争の原点/活動家、その短い生涯
第五章 スター誕生
イルカ・スタントショー発祥の地/マイアミ海洋水族館とリック・オバリー/アルビノ・イルカを捕まえろ/フリッパー登場/イルカ・トレーナーからイルカ活動家へ
第六章 乱獲と生体ビジネスの始まり、包囲網の形成
英作家C・W・ニコルの戦慄/リック・オバリー、イルカ漁を目撃/水銀問題と謎の撮影クルー/太地町を変えたドキュメンタリー映画
第七章 イルカと水族館
生体販売ビジネスに手を染めた太地町/エルザの会、JAZAに要望書を提出/名物園長イルカ問題を語る/鴨川シーワールド館長JAZA会長に就任/二〇一四年八月、世界協会と合意へ
第八章 幕間劇「くじらの博物館訴訟事件」
リック・オバリーは語る/身勝手な言い分
第九章 夏は終わりぬ
二〇一四年ジャパン・ドルフィンデー/記録的不漁だった二〇一四・二〇一五年漁期
終章 イルカと人間の現在
イルカと牛豚、屠殺方法の違い/動物福祉的価値観とイルカ漁/イルカ飼育は虐待か/命の値段
あとがきに代えて
こう書いてくると、私はイルカ漁に反対なのかというと、情けないことに、そう言い切れるわけではない。
そもそも、イルカを獲ってはいけない理由というのが全くわからない。
確かに、見た目の残酷さというのはあるにしても、動物というのは所詮、他の生き物の命を頂いているわけで、「いただきます」という気持ちとともに食べることが悪いとは思えない。
本書の「あとがきに代えて」では、太地町漁協の人の発言として、

「まあ情けない。ぼくらもあの映像見たらね、わあこんなことやっとんたんかって反省しています。本当に反省しています。」

という言葉も紹介されている。

一方で、シーシェパードなどの行動は常軌を逸しているように思い、彼らに屈服することはテロに屈するのと同じだという気持ちもある。
しかし、イルカ漁を正当化する理由として、日本の伝統を持ち出すのは誤りであることは、疑えないようだ。

また、先年、Behind "THE COVE"という"THE COVE"を捏造と断じる反宣伝映画が制作され、それなりの話題になったが、この反宣伝への反論という、バッシング合戦も、あまり建設的ではないと思う。

さて、この本の「まえがき」に著者はこう書いている。

日本で、そして和歌山県太地町で行われているイルカ漁を考えるうえで、議論のための新しい土台が築けたのでないかと、私はいま感じている。


著者もイルカ漁について、否定も肯定もせずに、出来る限り事実を追いかけようとしている。そして、

ヘイトスピーチは撲滅しなければならないのと同じように、イルカ漁反対運動に内在するテロリズム的要素についても、私たちは断固として反対し、戦わなければならない。
 だが、傲慢不遜な彼らに対する反発から、私たちのなかからイルカ漁について虚心坦懐に考えようとする気運がうしなわれてしまったこともまた事実である。私たち日本人は、太地町で行われているイルカ漁について真剣に考えてみることなく、反イルカ漁運動に対する反発心から「イルカ漁は日本の文化なのだ」などと安直な主張を繰り返しているに過ぎないのではないか。

とする。

hatari21.jpg 陸上動物でも、野生動物を捕まえて動物園に売るということが、何の疑問もなく行われていた時代もそう昔のことではない。
中学校のときに観たジョン・ウェイン主演の「ハタリ」(1962年)という映画は、そういう時代のそういうハンターを描いていた。と同時に、動物への愛情も(人間の男女間の恋愛も)、描いていた。

ヘンリー・マンシーニ「子象の行進(Baby Elephant Walk)」はこの映画の挿入曲である。

そういう時代は遥か遠くなったようだ。

関連記事

ぼんやりの時間

4004312388c.jpg 辰濃和男「ぼんやりの時間」について。

読みたい本が手元にないとき、通勤時間はムダな時間になる。
そう考える人に、ムダな時間があることが豊かさの根源にある、そこを思い直せという本である。
通勤電車でぼんやり過ごすのが勿体ないと考えて、こんな本を読んでいる。笑い話である。

とはいうものの、著者が言うようなぼんやりの時間は、けっして通勤電車のような猥雑で、ぎすぎすした時空で過ごされていない。本当のぼんやりの達人なら、そういうところでこそ心の静穏を、本も読まずに過ごせるのではないだろうか。

電車の中の乗客の様子を観察するのは、実は面白い。だけど、それではぼんやりしたことにはならないだろう。


ぼんやりする時間が必要だということは、私も納得している。
また、工程図(PERT)には、フロートという考え方がある。何もしないという工程を導入することで、不測の事態への対処を可能とすることになる。

贅沢な時間の過ごし方は、なにもしないで過ごすことだと思うし、素晴らしいコンサートで気持ちよく寝てしまうことは、それ以上の贅沢だと思う(めちゃくちゃ悔しいけど)。

だから、著者の意見には賛同するところも多いのだけれど、ただ、著者がぼんやり過ごす時間というのが、あまりにも上質なので、そんな立派なぼんやりはできそうにないと思ってしまう。

また、著者は著名人の言動・文章を引いて、ぼんやりの達人であるとし、その人達の活動を支えたのがぼんやりだろうと言う。それは多分間違っていない。
しかし、こういう偉い人にことよせて、ぼんやりが大事だと言われても、私はただぼんやりするだけで、そのぼんやりが支える私の活動なんて、これぽっちも世の中の益にならない。小人閑居して不善をなす、というか小人閑居して不善すらなさない。

本書は、動-静、緊-緩、実-虚、陽-陰、といった対照に、ぼんやりを考えている風もある。しかし、そんなことをする必要もないだろう。それに光に対してダークエネルギーがあって宇宙を支えているというような言い方は好きじゃない。宇宙は宇宙、人間のぼんやりとは何ら関係がない。変な擬えを持ち出して、わかったとか説明したという気になるより、あるがままを受け入れる、というか、あるがままとは何かを追求するのが正しい姿だと思う。
(擬えに意義があるのは、擬えるもの、擬えられるもののの、それぞれの世界が同一構造を持つ場合)


心足即為富
身閑仍当貴
富貴在此中
何必居高位
心が満ち足りれば、富んでいるのと同じだ
身が閑であれば、高貴な身分にあるのと同じだ
富貴はこうした心身のあり方にある
どうして高い身分にいる必要があろう
白氏文集巻六 閑居(抄)
本書が説くぼんやりの一例として、白楽天が引かれている。

著者の教養がしのばれる。
その余光を鑑賞し、先人のぼんやりの意義深いお言葉を賜る。

勉強になった、とてもぼんやりなどしてられない。

関連記事

日本の税金:新版

昨日の記事では、e-Taxできちんと確定申告を行い、不足額を追加納付することを書いた。

税金をきちんと払うのは、揶揄で言うのではない、国民の義務である。

今日は、税金についての本の書評、確定申告をするちょっと前に読んだ三木義一「日本の税金:新版」について。

この本の序章は「私たちは誰のために税を負担するのだろう?」というタイトルが付いているのだけれど、まずはじめに、「税法は法律の中でももっとも難しいものの一つで、弁護士もほとんど知らない。その難しい法律の内容を正確に理解して、様々な項目の計算をした上で初めて税額が出てくる」と前置きして、こんな一節がある。
間違えて税額を少なく申告すると加算税という制裁が課される。有利な制度があることを知らないために税額を高く計算して申告したら、税法を知らなかったお前のミスだから救済はしないと言われる。計算に誤りがあった場合には、申告期限から一年以内に限って減額してくれる。しかし、一年以上過ぎてからわかった場合はダメだ。ところが、税務署には五年間も減額する権限はある。そこで、税務署に「嘆願書」を出して、嘆願すれば、助けてやらないわけでもない、と言われる。まるで江戸時代の農民がお代官様に嘆願しているようだ。
nihon_no_zeikin_sin.jpg まぁ、国民は踏んだり蹴ったりの眼に合わされるというように書いてあるのだけれど、これに続けて、国民主権の時代であり、税制の枠組みもまた国民が(代表を通じてだが)決めるようになっていると続ける。
もちろんそんな実感はない。やっぱり税金は盗られるものというのが普通の感覚。

知り合いの役人がこんなことを言っていた:

税法には目的は書かれていない。


普通、法律には制定趣旨や目的が最初に書かれている。ある本に書かれていたことだけれど、具体的な法適用について解釈に困ったときは、趣旨・目的に沿って考えるべきだという。税法にはそれがない。

もちろん法案が出るときには目的があるのだろうけど、条文には書かれないという意味。
また、目的を書くと目的税と誤解され、使途が限定されるおそれがあるのかもしれない。しかし、何に使うかではなく、課税の論理として考えれば良いのではないだろうか。福祉目的税を作ったとしても、一般財源からその分が減額されるだけの玉突きになるのが関の山なわけだし。


本書でも例として取り上げられているが、印紙税というのがある。契約書などに貼るあの証紙である。
これを貼らなければ脱税となって処罰の対象になるけれど、貼らなかったからといって契約が無効になるというようなことはない。貼ってもなんのご利益もない。
一体、印紙って何のためにあるの?
答えは、税金をとるためである。

序 章私たちは誰のために税を負担するのだろう?
第1章所得税-給与所得が中心だが給与所得者は無関心
第2章法人税-選挙権がないので課税しやすい?
第3章消費税-市民の錯覚が支えてきた?
第4章相続税-自分の財産までなくなる?
第5章間接税等-税が高いから物価も高い?
第6章地方税-財政自主権は確立できたのか?
第7章国際課税-国境から税が逃げていく
終 章税金問題こそ政治
それはさておき、本書は大変良い本である。
国民が自分の権利と義務を考える上で、税金というフィールドで考えることが、もっともわかりやすいと思う。そのことが各税の枠組みが具体例を交えて説明されている。

たとえば、一部の金持ちや貧乏人でも税法を誤解している人の批判の的になる累進課税でも、所得の再分配効果が期待されているわけで、批判するならその効果を吟味しなければならない。

思うに、富というのは「マタイ効果」があって、同じだけの努力をしたとしても、生まれや運で少しの差がついたときに、富の蓄積は増幅されてしまうものである。そしてそのことが固定化すれば、国民の間に不公平感が蓄積し、結局は安定を欠いた格差社会になってしまう。つまり、課税の理屈も、その効果も、誰もが納得できるものだろう。

一方で、印紙税がそうじゃないかと思うのだけれど、税をとることを目的としたんじゃないかという税もあるようだけど。

税を盗られるものと考えていては、正しい税のありかたを考える主権者にはなりえない。

だから源泉徴収で税について考えないようにしているという見方もあるようだけれど。


以前、ある市の市長さんが、障碍者の方から、(今までいろんな優遇を受けてきたけれど)、ようやく税金を納めることができるようになったと嬉しそうに報告していただいた、という趣旨のことをしゃべっていたことを思い出す。

ところで、今まで意識してなかったけれど、地方税の税率は自治体によって違う。地方税法が定めるのは標準税率で、各自治体はその1.5倍までは独自の税率を定めることができる。
軽自動車税については、実際、標準税率の1.5倍(上限いっぱい)の自治体があるらしい。

で、思ったのだけれど、税率を安くして、他自治体住民の軽自動車の登録を引き寄せれば、トータルで増収になるんではないだろうか。
タックス・ヘイブンというか、リベリア船籍の船というか。ふるさと納税が、変な歪みを起していると批判されているから、それに代えてどうだろう(宣伝したら絶対批判されると思うけど)。

関連記事

科学の発見~練習問題

ワインバーグ「科学の発見」は各章末に練習問題がついている。

1 タレスの定理
2 プラトンの立体
3 和音
4 ピタゴラスの定理
5 無理数
6 終端速度
7 落下する水滴
8 反射
9 水に浮かんだ物体と水中に沈んだ物体
10 円の面積
11 太陽と月の大きさと距離
12 地球の大きさ
13 内惑星と外惑星の周転円
14 月の視差
15 正弦と弦
16 地平線
17 平均速度定理の幾何学的証明
18 楕円
19 内惑星の離角と軌道
20 日周視差
21 面積速度一定法則とエカント
22 焦点距離
23 望遠鏡
24 月の山
25 重力加速度
26 放物線軌道
27 屈折の法則をテニスボールによって導き出す
28 屈折の法則を最短時間から導き出す
29 虹の理論
30 屈折の法則を波動説から導き出す
31 光の速度を計測する
32 向心加速度
33 月と落体との比較
34 運動量の保存
35 惑星の質量
各章で言及された数学の定理や物理法則などについて、結論は本文中にも書かれているのだけれど、それを読者が自分で導くようになっている。

なお、それぞれの解答は、巻末に「テクニカルノート」として収録されている。
これって、なかなか良い問題集になる。


この本は、大学での講義が下敷きになっているとのことだけれど、こうした練習問題は、講義を聴いた学生への宿題としたのだろうか。
もしそうなら、学生に自分の頭で考えて確かめさせ、科学的態度というものを身に着けさせようとしたわけだ。

このあたりが文科系(一括りにしたら怒られるかもしれないが)と理科系の違い。
教科書を読むにしても、教科書が描く世界をきちんと理解するのが理科系の勉強の基本。
対して文科系では理解する対象は教科書ではないらしい。

以前、就職してからのことだが、社内研修で経済学の連続講義があったのだけれど、私は教科書を読みこんで、書かれているマクロの方程式の理解に努めて授業に臨んだのだけれど、経済学部出身の人は、既知のことだからかもしれないが、教科書はそっちのけで関連する経済誌の記事などを拾い集めて授業に臨んでいた。

教科書を理解した上でのことならば立派なことなのだけれど、確固とした体系を持たずに知識の切り貼りだったらどうだろう。
それに体系的でなかったら、背理法のような強力な推論が使えなくなってしまうんじゃないだろうか。


さて、本書に収録されている問題は右のとおり。
問題も解答も簡単に想像がつくものもあれば、どういう着眼点だろうと思うものもある。
「屈折の法則」なんてやけにいろいろ証明を付けている。
著者も書いているが、高校卒業程度の学力があれば十分理解できる範囲である。

ただ、情けないことに、歳をとったせいか、しっかりと証明を追いかける気力がなくなっている。


最初の「タレスの定理」の証明に付いている図をあげておこう。
Thalēs_theorem_red 「タレスの定理」は勿論、物理学ではない。数学である。
本書ではこの定理について特にとりあげているわけではなくて、「万物の根源は水」と言ったとされることから、根拠も何もない哲学的思索の端緒というような形でタレスを紹介し、その一方で数学的業績について触れている。

次の図は「虹の理論」に付いているもの。
rainbow_ray_blue.jpg 虹というのは物理学者にはとても魅力的らしい。
ウォルター・ルーウィン「これが物理学だ」でも虹の説明にはやけに力が入っていた。

ルーウィン先生、セクハラでクビになっちゃったけど、どうしてるんだろう。


どうだろう、この練習問題、どれもワクワクするようなことじゃないだろうか。

数学は科学じゃないと言うけれど、科学を推し進めるには数学が不可欠ということバレている。
もっとも、紙の上でできることといえば、やっぱり数学が中心になってしまうのはしかたがない。


関連記事

科学の発見

img_de20f707265ab56d5a6d96cb62d465ec3313156.jpg 前にもちょっと触れた、ワインバーグ「科学の発見」について。

そんなにいろいろ読んだわけではないけれど、今まで読んだ科学史の本というのは、さまざまな危機(理論の矛盾点や説明不能の事象)がありつつも、その危機を克服しながら、進歩してきた歴史が描かれていた。 そして、それゆえに科学は、現在の到達点に向かって、順調に成長してきたという印象を持つ。

そのような科学史では、コペルニクス、ガリレイ、ケプラー、ニュートンと、逐次、真理に近づくのに貢献した人達の名前が出てきて、着実な科学の進歩が跡づけられる。

しかし、この本では、そうした時代を進めた人だけでなく、同じ対象について思索を深めながら、近代科学の発展には貢献しなかった人、あるいは時代を停滞させた人もとりあげられ、何故間違ったのか、どこで間違ったのかが考察されている。今まで名前も聞いたことがなかった人たちも多い。

業績をひろっているのが普通の科学史で、教科書的にまとまるけれど、これは、不業績もひろっている。
つまり、そうした科学史の知識は、人間の営み全般ではなくて、そのなかの成功した部分の歴史にすぎなかったというわけだ。

第一部 古代ギリシャの物理学
第一章まず美しいことが優先された
第二章なぜ数学だったのか?
第三章アリストテレスは愚か者か?
第四章万物理論からの撤退
第五章キリスト教のせいだったのか?
  
第二部 古代ギリシャの天文学
第六章実用が天文学を生んだ
第七章太陽、月、地球の計測
第八章惑星という大問題
  
第三部 中世
第九章アラブ世界がギリシャを継承する
第十章暗黒の西洋に差し込み始めた光
  
第四部 科学革命
第十一章ついに太陽系が解明される
第十二章科学には実験が必要だ
第十三章最も過大評価された偉人たち
第十四章革命者ニュートン
第十五章エピローグ:大いなる統一をめざして
そして名をなした、科学を進歩させた偉大な人に対しても、誤りについては厳しい。
なかでもデカルトなんて、物理学には何の貢献もしていない、数学だって座標の導入は画期的だが数学的真理として大した発見はしていないという。哲学者であると。

その時代の偉人だからといって、偉いとはいわない。
科学の評価は科学の尺度で行う。そしてその科学の尺度というのは、近代になってようやく確立したものである、したがって、現代科学の眼で過去の「科学」を評価する。

もちろん(科学的には間違った)認識が人間の歴史に与えた影響は無視できるものではないと思うから、文化史とか経済史というようなものなら別だろうけれど、真理を求めるのが科学であるなら、これが科学史的評価だろう。

本書では、数学は科学とは違うとも指摘している。
私もそうだと思う。
数学は数学のためにあると考えている私だけれど、やっぱり宇宙の真理は数学にはない。

数学と物理の違いについて、数学の授業ではこんなことも言っていた。

物理の人って微分方程式には解があることがアプリオリなんですよね。
数学では解の存在証明が大事なんだけど、物理屋にしてみれば、自然現象を記述しているのが方程式、それに解が存在しないなんて、自然現象が存在しないことになるのか、というわけです。

その一方、こんな話もある。

数学では、1/2乗のオーダーでも収束する近似式を発見したら立派な業績だけれど、物理ではそんな緩い近似式なんて、計算しても丸め誤差が累積するだけで何の意味もないでしょう。


それはともかく、数学においては科学とは異なり、神が介入する余地はない。
ある定理が成り立つということは、まさに神の御業だと喜ぶことはできるかもしれないが、神が作った公理系は存在しない。

本書では、古代ギリシア人は科学的真理ではなく、美を優先したと指摘する。
だから、彼らは、数学(哲学)では偉大な成果をあげたにもかかわらず、物理学では成果をあげなかった。
数学的思索の産物としては、音楽(ピタゴラス音律)では成果をあげたと思うけれど、悲しいかな、「美しくない」無理数を認めない(というか使おうとしない)から、ギリシア人は平均律にはたどり着きようがなかっただろう。

それにしても、世界は美しく見えて、実は結構歪んでいるわけだ。

真っ直ぐ、つまり真理と美が一致してたらこんなに紆余曲折はなかったかも。

誰の作品だったか忘れてしまったけれど、こんなSFショートショートを読んだ憶えがある:

宇宙は神様たちが作った。
神様たちは、分担して自分の持ち場の宇宙を創る。
ところが中に出来の悪い神様がいた。
その神様が作った宇宙は、空間は歪んでるわ、スペクトルは赤方に偏移しているわ、できそこないなのであった。

オチは忘れてしまったけど、こんな宇宙を「矯正」したら、中で暮らしている人間はどうなっちゃうんだろう。

関連記事

日本語の科学が世界を変える

matsuo_nihongo_no_kagakuga.jpg 松尾義之「日本語の科学が世界を変える」について。

何か時間潰しに読むものはないかと、図書館でタイトルだけ見て借りた。
タイトルから想像したものとは全く違っていた。

私が想像したのは、日本語を科学する、つまり、日本語の統語構造や、表現、文字づかい(漢字と仮名)などを説明し、外国語の吸収の歴史を踏まえて、世界を記述する言語として優位性があるというようなことを主張するといったこと。

この本は、そうではなくて、日本語でする科学的活動が世界に貢献するという主張の本だった。

私が思ったのは日本語を研究対象とする科学、この本は日本人が科学研究をするときには日本語を使っているという、言われればアタリマエのような話である。

Amazonのレビューには評価の低いものがあるが、そうしたレビュアーは、この本を、何か系統だった、科学的な論説と勘違いしているのだろう。
これは、仕事をしていて感じたことを書き連ねたエッセイとして読むものだ。


つまるところ、日本語が優秀だというわけではなく、西欧が未だにキリスト教の呪縛が強いことと対比して、日本が有利、あるいは多様な文化が交流することが新しい発見につながるというような、これもまた至極普通の話である。いろんな経験談を紹介して、そうでしょう、と同意を求めてくる。

第1章西欧文明を母国語で取り込んだ日本
第2章日本人の科学は言葉から
第3章日本語への翻訳は永遠に続く
第4章英国文化とネイチャー誌
第5章日本語は非論理的か?
第6章日本語の感覚は、世界的発見を導く
第7章非キリスト教文化や東洋というメリット
第8章西澤潤一博士と東北大学
第9章ノーベル・アシスト賞
第10章だから日本語の科学はおもしろい
というわけで、なんや全然思ったのと違うがな、というわけだけれど、私が勝手に勘違いしただけで、この本に罪があるわけではない。
それに、それなりに面白い話が盛り込まれている。
著者が直接・間接に付きあって来た多くの科学者の話である。この中のどなたともお付き合いできないのが普通なのに、著者は実に多くの人と直に話をされているのだから。

湯川秀樹、山中伸弥、木村資生、西澤潤一、蔡安邦、……


ここでそれらを紹介するつもりはないけれど、著者はかなり強引に、各先生に「あなたの研究は何語でされているのか」という問いをぶつけたが、多くの先生はその質問の趣旨が理解できなかったということも書かれている。
やはり、かなり強引なエッセイと言うべきか。

科学的真理というか、真理に限らず「命題」というものは、特定の言語で表現されなければならないというものではないと思う。命題の内容・真偽は言語形式に依存しない。

ところで、論理的思考というのは、書き言葉と密接に関係するという説がある。
ジェイムズ・グリック「インフォメーション 情報技術の人類史」に紹介されている話だが:

雪が降る極北では、すべての熊は白い色をしています。
ノヴァヤ・ゼムリャは極北にあって、常に雪が降ります。
では、そこの熊はどんな色をしていますか?




関連記事

科学vs.キリスト教

41H3YjIWA2L.jpg 昨日は「大洪水」をとりあげて、創造主義者と括るには、科学的態度をとろうとした人達がいたようだという趣旨のことを書いた。

それは、ちょうど、岡崎勝世「科学vs.キリスト教」を読んでいたから。
この本では、そうした「虚しい努力」の歴史が丁寧に書かれている。

ただ、読んでいて全然面白くはない。
真理に近づくワクワク感がないからである。
面白くないから、論に集中できない。
集中できないから、いらぬことが思い浮かんでくる、あれはどうなんだ、とか。
そして、そういういらぬことが浮かぶのは、実は、文章中の言葉に触発されるから。

本書から得られる教訓は、科学を盲信してはいけないことだと思う。
その反面教師として多くの知性の努力が描かれている。
私にはなじみのない名前が連なるのだけれど、もしそういう人達と同時代に生きていたら、案外、コロッと「騙されて」しまったかもしれない。

本書で紹介されているウィリアム・ウィストン「地球の新理論」(1696年)の記述を抜き出してみよう。
まず、太陽系の運動について。
 原初の地球も月も完全な円軌道上を動いていた。従って一年は現在の太陽年より10日と1時間30秒短かった。地軸の傾斜がなかったから昼と夜の時間が等しく、季節の変動もなかった。自転していなかったから、太陽や惑星は西から東に移動した。地表にはまだ大洋はなかったが、小規模な海や湖のほか、川や平野、山脈なども、すでに今日と同様の状態で同じ場所に存在していた。エデンの園は、合流しているチグリスとユーフラテスが4本の流れ、すなわちピソン、ギホン、チグリス、ユーフラテスに分かれる場所にあった。・・・・・・
「神の呪い」により、地球の自転が開始され、これに伴って最初球体であった地球が楕円体となったし、自転開始時に地軸が傾斜して今日に至っている。このときから太陽が東から昇るようになり、四季の変化も始まったのである。

どうだろう、一年は今より「10日と1時間30秒短かった」なんて、細かい数字を挙げていて、いかにもきちんと計算した風ではないだろうか。

昨日とりあげた大洪水については、見事にそのときの状況が描写されている。
 大洪水は神の怒りによるものとはいえ、現実には自然学的原因、すなわち接近した彗星によって引き起こされた。楽園のあった地域では紀元前2349年11月27日木曜日、朝の8時から9時の間に発生した。それは、黄道面を近日点に向かって下降してきた彗星が、大洪水の最初の日にわが地球の直前を通過し、地球が彗星の大気と尾を通過することになったからである。大量の水蒸気が供給されて、40日間にわたる豪雨が始まったのである。聖書にある二度目の雨は、通過後の再接近の際に尾から再度供給された水蒸気によるもので、95ないし96日間の長期間続いた。彗星は、結局、大洪水に必要と計算される水量の半分を供給したのである。
 彗星はまた、深淵から水をあふれさせた。接近した彗星の引力によって深淵内の水に潮汐運動が起こって地球が卵形に変形し、変形で弱体化した部分で、地殻に割れ目や裂け目ができた。一方、豪雨開始から1時間もすると彗星から供給された水の重量も膨大なものとなり、その重さが地殻を押し下げる圧力として働いた。この圧力により、裂け目を通じて水が深淵からあふれ出たのである。そして雨による水と合わさって巨大な洪水となり、水は全地球を、山々の頂を越えて覆い尽くしていった。

まるで見てきたかのような迫真の描写である。
なるほど、洪水というのはこんな風に起こったのかと、なかなか説得力がある。
子供達、いや大人だって同じ、このように教えられたら、騙されて、このまま信じてしまうだろうと思う。
実際、当時の人の多く、いや現代アメリカ人だって、これを信じているのだから。

しかし、この描写、ファンタジー小説とかファンタジー映画としてなら、立派な作品になってるかも。
そうか、聖書ってファンタジーだったんだ。だから人気があるんじゃなかろうか。


ウィリアム・ウィストン「地球の新理論」(1696年)
第一章 科学革命と普遍史の危機 ―宇宙から機械論的宇宙へ
デカルト、バーネット、ニュートン、ウィストン
1 デカルトと普遍史の危機 ―デカルト『哲学の原理』(1644)
2 ニュートンと普遍史の変革
第二章 啓蒙主義における自然史の形成と人間観の変革
ビュフォン、リンネ、ブルーメンバッハ
1 ビュフォンの自然史記述と啓蒙主義的世界史
2 人間観の変革
第三章 ドイツ啓蒙主義歴史学における普遍史から世界史への転換
ガッテラー、シュレーツァー
1 ガッテラーにおける普遍史から世界史への転換
2 シュレーツァーにおける普遍史から世界史への転換
第四章 進化論と世界史 ―世界史記述におけるアダムの死
ハックスレー、ラボック、ダーウィン、ケルヴィン卿
1 ハックスレーとラボック ―「アダム」から「先史時代」へ
2 進化論と地球の年齢の問題 ―ダーウィンとケルヴィン卿
騙される」なんて不穏当な言葉を使ったけれど、もちろんウィストン氏が世間を謀ろうなどとしたわけではない。大真面目で考え、数々の反論に対して立ち向かう。

なかでも、こういう論ですら、キリスト教会側からは許せないものであって、断罪されるかもしれない危険を冒しながら、だから注意深く、論を展開しているという。

地動説を主張したジョルダノ・ブルーノが火あぶりにされたのは100年足らず前である。
そして、この100年の間に、ニュートンの万有引力の法則(1665年頃)が、宇宙の新しい姿を描いていて、多くの聖書学者が、ニュートンを否定せずに創世記を理解しようとしているという。
本書中でグールドの言葉が紹介されている、虚しい努力と。

しかし、ちょっと思う。
この黴臭い、現代から見れば無価値な研究でも、当時は偉大な知性だったのだ。
この人達の研究は、同時代人の眼で評価すべきで、虚説として退けるつもりはないというのが著者の立ち位置らしい。
対して、ワインバーグ「科学の発見」は、科学的「価値」を問題にする。同時代での評価は考慮せず、現代科学の眼で過去の「科学」を探求する。

ワインバーグの本も、本書と同じような「科学の進歩」を記述するのだけれど、ワインバーグの独自の視点は、科学はそこにあるものではなく、「発見」されなければならなかったと指摘することだと思う。言い換えるなら、「科学的態度」というものは、それまで存在しなかったということだと思う。


偉大な業績を上げた人が、新説を攻撃するという例は、科学史には山ほどある。
コペルニクスの地動説は、惑星は完全な円軌道としていたために、観測事実と合わなかった。
天動説は、長い歴史のなかで修飾され、ソフィスティケイトされていて、地動説より観測事実に良く適合した。
結局、どっちも間違っていたといえるけれど、後の科学の進歩には、もちろん天動説が有効であったことは言うまでもない。

やはり、科学的態度であったかどうかが重要なんじゃないだろうか。

関連記事

平安人の心で『源氏物語』を読む

Screenshot_20170130-092450-crop.jpg 山本淳子「平安人の心で『源氏物語』を読む」について。

あとがきにも書かれているように、暮らしや考え方など、視点のおきかたには際限がない。現代との違いがあるもの、同様のもの。体系的にというわけではないけれど、物語を読む上で知っておいた方が良いことがちりばめられている。

いわゆる平安貴族の風俗とか、暮らしぶりは勿論だけれど、源氏の登場人物に似た境遇の実在の人物のことなどが多く取り上げられている。

光源氏のモデルとして、源高明、源融、藤原道長などの名があげられるけれど、誰か一人がモデルということではなく、おそらく、いいとこどりや使える艶聞・醜聞など、いろんな人物から造形したものと思う。その中には、在原業平なども入っているに違いないというわけである。

女性の方もそうしたモデルやエピソードを採り集めて造形されたものと思う(源氏物語では、宇治十帖を別として、男性より女性の方がキャラが立っていると思う)。

Screenshot_20170130-092611-crop.jpg Screenshot_20170130-092547-crop.jpg そのネタになる歴史的事実や伝説が本書で紹介されるので、紫式部の創作の秘密というか裏話を垣間見た思いである。

そうした物語創作の真骨頂がやはり桐壷の巻、「いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかに」という書き出しは、単純にこれから書く物語はいつのことだかわかりませんよ、というわけでもなければ、「あんなこと書いているけれど、これは今の時代のことよね」と思わせない工夫であるという。
そのキーワードとして「女御・更衣」が選ばれている。

Screenshot_20170130-092633-crop.jpg Screenshot_20170130-092621-crop.jpg 紫式部の時代、つまり一条天皇には更衣はおかれておらず、更衣という言葉から、読者は一昔前を想起するというしかけだ。
また、それとあわせ、帝位の継承順(帝との続柄)から、桐壷帝-朱雀帝-冷泉帝のモデルになったのは、醍醐-朱雀-村上であり、これも同時代の読者にそう思わせるしかけだろう。

ところが、その一方で、桐壷の更衣が帝の寵愛を一身に受けて、宮廷秩序を見出し、不幸な最後を遂げるということが、中宮定子と重ね合わせられている、まさに今のことを書いているのだと、そうも思わせたものだとも言う。

Screenshot_20170130-092644-crop.jpg たくみに現政権批判ととられるのをかわしつつ、多くの宮廷人の同時代的共感を得るという、きわどい作品なのである。

そういう読みにつながるのは、そもそも紫式部と定子の共通点、式部が定子に感情移入できる点がいくつかあるからだという。

定子の母は受領階級で、紫式部と同じ。
定子は漢才があり、そしてそれによって疎まれた、これも紫式部と同じ。

そうした定子への共感と不幸な最期への思いは、桐壷の更衣を創り出した。

紫式部は定子のライバル(と言ってよいのだろうか)の彰子に仕えているから、こうした思いに至らなければ、桐壷の更衣のモデルが定子だとは考えられないだろう。
後ろ楯のいる女が栄耀栄華を極めるのがアタリマエの世界で、帝の寵愛で偉そうにされてはたまらない、それこそ後宮の秩序を乱すものということだそうだ。そして、愛されて不幸になる女の話は、多くの女性の共感を呼ぶのだろう。

この本は、2011年から2013年にかけて刊行された「週刊 絵巻で楽しむ源氏物語五十四帖」(朝日新聞出版)に連載された「御簾の内がたり」というエッセイが下敷きになっているそうだ。
「絵巻で楽しむ……」という週刊本については知らないが、全部で60冊だったらしい。本書も60章からなる。1帖が複数章になるところもあるけれど、「桐壷」から順に紹介され、はじめによくまとまったプロットが置かれ、続けて関連(連想?)する話題が導かれる。
源氏物語の豊かな世界は、歴史というか執筆当時の世界の拡がりだということがわかる。そして、源氏物語自体が、単純な続きものではないことも。

今までこういう読みをしたことはなかった、とりわけ作者の心理にまで思い至るような読み方は。
源氏に詳しくない私としては、とても興味深く読めた。

著者は、是非、原文(古文)で読んでほしいという。
いや、それはちょっと難しいかな。
谷崎源氏では読んだことにならないでしょうか。

関連記事

人間・始皇帝

tsuruma_ningen-shikoutei.jpg 鶴間和幸「人間・始皇帝」について。

始皇帝にかかる伝説の多くは司馬遷の「史記」による。
いうまでもなく「史記」が書かれたのは、始皇帝の時代から150年も後のことで、同時代資料とは言えない。
近年、古代の遺物(出土資料)の発見により、「史記」の記述に反するものが揃ってきた。
本書は、それら出土資料から、秦始皇にかかる数々の伝説を書き換える。

私(というか多くの人)は、始皇帝の諱は「」と習ったと思う。
本書では、まずこれが正される。諱は「」であったと。
当時の竹簡などの直接証拠がある。
傍証もある。「正月」を記述するとき、「正」の字を避けて「端月」としたという。
司馬遷の記述では、正月に生まれたから「政」と名付けたとされるが、そうではなくて、正月に生まれたから「正」と名付けられ、後に皇帝になったために「正月」の方が皇帝に遠慮したという話である。
また秦代には「政」の字はまだ使われておらず、「政事」は「正事」と表記されていたともいう。

他にもある。
始皇帝は、趙に質子として送られていた子楚の子ではなく、趙姫と呂不韋の子であるという話は広く言われる。呂不韋の妾の趙姫を気に入った子楚がもらいうけたが、そのときには既に始皇帝を身ごもっていたという話である。
しかし、子楚のもとに行ってから、始皇帝が生まれるまで12ヶ月あり、潤色する理由もないことから、やはり始皇帝は子楚の子と考えるのが適当だという。

第1章趙正出生―生誕の秘密(一歳)
第2章秦王即位―帝王誕生の背景(一三歳)
第3章嫪毐の乱―彗星は語る(二二歳)
第4章暗殺未遂―刺客の人物像(三三歳)
第5章皇帝巡行―「統一」の実像(三九歳)
第6章中華の夢―長城と焚書坑儒(四七歳)
第7章帝王の死―遺言の真相(五〇歳)
第8章帝国の終焉―永遠の始皇帝
嫪毐事件も別の分析がされる。
この事件は、宦官を装って後宮に入った嫪毐が、淫乱な母親趙姫を巨根で喜ばせてたところ、それが発覚して、誅罰されるまえに叛乱を起したというものとされる。
ところが著者は、秦の時代、夫を失った女が別の男と関係を持つことを不倫とはとらえていなかったという時代であり、むしろ母を一旦は罰するが、母に対する不孝であるとして、咸陽宮に戻すということをとりあげる。
また、呂不韋が年老いて趙姫を満足させることができずにに嫪毐を後宮に送りこんだとされるが、呂不韋と趙姫の関係も嫪毐事件で暴露されているはずなのに、呂不韋は事件後、丞相の地位は失うが、爵位・領地は二年後までそのままであったという。

おやおやと思ったのは「五十歩百歩」のこと。
「戦場で五十歩逃げた者が、百歩逃げた者を臆病者だと嘲笑したら、どう思うか」と問う孟子にたいし、梁の恵王が「逃げ出したことには変わりないのだから同じだ」という良く知られた話。
ところが、秦の軍律では、逃げた歩数によって、処罰に軽重がつけられていたのだそうだ。
結局、梁(後の魏)は秦に滅ぼされる。

教訓: 五十歩百歩を曖昧にするものは、軍規を緩ませ滅びに至る。


本書ではさらに、刺客荊軻の事件や、遺詔のことなど、今まで信じられてきたことの多くに疑問がなげかけられる。

去年、NHKで放送されたザ・ヤング始皇帝 少年が乗り越えた3つの試練」(歴史秘話ヒストリア)は、「史記」の記述にもとづいて制作されていた。

この番組は、結構、新発見を採りいれる番組だと思っていたが、これは違った。
番組ホームページには、参考文献に、本書もあげられているのだけれど。
兵馬俑展とリンクした番組だったようで、歴史批判の方には眼が向かなかったのかもしれない。


2000年も信じられてきたことが、新事実の発見でつぎつぎに書き換えられる。
なんともおもしろい時代に生まれたものだ。

関連記事

コンビニ人間

9784163906188_2.jpg 「コンビニエンスストアは、音で満ちている。」
で、いきなり始まって面食らい、おもわずページを戻したが、「コンビニ人間」という扉だけである。

序文や「はじめに」があり、章節が設けられるなど論理構成が明確で目次がある、そうした本ばかり読んでいる身としては、小説というのは、なんとも奇態なものである。

ブログで書評を書くとき、目次を掲載して記事を増量するのだが、この手は使えない。


芥川賞を受賞した小説を、まだ新作と言える時に読んだと言えば、高校生のときに、庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」以来だ。
社会人になってからは、小説というものは、何か別の本(それは小説ではない)や、誰かが推薦・紹介しているようなものしか読まないことにしていて、そうすると歴史小説かSFということになる。

私とコンビニといえば、タバコを買うか、事情があって一人暮らしをしたときに弁当やドーナツなどを買うかで、あんまり縁がない。QUOカードなんかをもらったときも使いようがない。
であるけれど、コンビニの経営や裏事情など、情報サイト(川乃もりや「コンビニ探偵!」など)の記事は興味深く読んでいる。社会勉強である。

読み始めてまず驚くのは、「私(古倉恵子)」が、「コンビニ人間として生まれる前」にしていた突拍子もない行動である。

小鳥の死骸を拾って、食べようと考えること。

周囲は可哀そうだからお墓をつくってあげようというのだけれど、私なら、病気で死んだかもしれないから、食べると病気になるかもしれないと言うと思うけど。

同級生の喧嘩を止めるのに、スコップで頭を叩くこと。

暴力を嫌悪する心情ができていない、あるいは、スコップの凶器性を学習していない。

女教師のスカートとパンツを引き下ろすこと。

羞恥心が未成熟。


この恵子の行動の異常性には、はっとするが、それを発想する作者も突拍子もない。

こうした行動を心理的に規制するメカニズムは、子供のうちに育つのが普通だと思う。
他人に暴力をふるう行為は、かなり心理的なバリアがあり、子供の喧嘩といえども、かなり身構えなければできるものではないと思う。
また、人間の道徳性は、ある程度、先天的に備わっていることを示す実験がある。

5ヶ月から1歳未満の幼児にある道徳劇を見せる。3人の登場人物(人形)がいてボール遊びをしているが、うち1人がボールを相手に返さず持って逃げる(非道徳的な行動)。その後、それぞれの人物の前におやつを置いて、被験者(幼児)に、そのどれかからおやつをとらせると、ボールを持って逃げた人物からおやつをとる。非道徳的なことをした人を咎める行動と解される。


恵子は、この行動・心理を客観的に観察している。
一昔前のイメージかもしれないが、人工知能が語っているようである。 いわゆる情動というようなものは描かれず、自分自身を客観的に観察し、そして同様の眼で他人を観察し、その行動を意志的に模倣することもできる。
本当にいたら、化け物である。

話が急展開するのは、ダメ人間の白羽を家に住まわせることから。
そのことにより引き起こされる、コンビニの店員という均質性・部品性が、ヒトのオス・メスがむき出しになる状況への変化。

そして、白羽が居所としている風呂から出てくる気配の描写があり、空白がおかれる。

多くの読者は、この空白は性行為の暗示と受け取ったのではないだろうか。
もし、セックスをしても、そして感じたとしても(恵子は決してセックスを忌避・嫌悪しないと思う)、「今、感じている私がいる、性の快楽を体験している」と客観的に説明するにちがいない。
そう期待して読み進むのではないだろうか。

だけど、そうはならなかった。

そして、白羽に促されるまま、就活をするなか、最後にコンビニ人間としての自覚が、前向きな形をとって、再確認される。

読者としては、それまでの恵子の、醒めていること自体を理解しようとしてきた読者としては、このエンディングは、吹っ切れすぎていて、拍子抜けの感があるる。
アルバイトのオールドミス、しかも処女という、世間的には負け組という評価が変わるわけではないかもしれないが、それを自らの生き方としてしまうことで、恵子の内部と外部が折り合いをつけてしまう
それまでは、恵子は、外部と折り合いをつけることを演じていたわけだが、心理的にも折り合いをつけてしまったようだ。

それに実社会では、これほどできる店員なら、優秀なトレーナーとして本部がほっておかないだろう。


私は、この作品の値打ちは、やはり前半にあると思う。
人間の部品性が前面に描かれ、そしてヒトの肉性を描く仕掛けとして白羽の存在があった、それは理解できるけれど、折角、部品性と肉性を見事に裏返して描いたのだから、恵子が積極的に生きるような形、それは部品と肉の幸福な両立で決着させず、そうではなくて、ずっと対立したまま、あるいはさらに対立を尖鋭化させてもらいたかった。

恵子は、ドロドロの底辺へ落ち込んでいくが、人類社会を相対化する眼がさらに鋭くなる。
白羽は、恵子を強姦し(荒々しくではないにしても)、ダメ人間からクズ人間に進化、「強姦されている」という口癖との折り合いをつけようともがく。


そうすると、何とも落としどころのない読後感になったにちがいないが。

関連記事

昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか

mukashibanashiwa_naze_hikari.jpg 「高齢者」シリーズの3回目。
今日は、大塚ひかり「昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか」という本について。

実は、昨日・一昨日の記事に書いた、律令による官人の定年は70歳というのは、この本に書かれていたこと。

前の記事では、致仕についてWikipediaへリンクをはっていることでわかるように、そうした問題意識でネットを調べたら情報を見つけることはできる。しかし、そもそもその問題意識をどう持つのか。このことが現在の教育では重視されつつあると思うが、わかりやすく言えば、自らの経験、読書、そうしたものがあって、問題意識も生まれ、方向性も示されるのだと思う。
辞書・事典は、本の代わりにはならないのである。

そして、人間の記憶力はたいしたもので、本に書かれていることを完全には覚えていなくても、「こんなことが書かれていたような気がする」を糸口に、ネットで調べれば、たいていのことについて何らかの情報は得られる(もちろんその真偽など吟味が必要であるけれど)。


閑話休題。
大塚ひかりという人の本は、読んでいてとてもおもしろい。下ネタ満載である。
本書以外では、「竹取物語」、「本当はひどかった昔の日本」、「源氏の男はみんなサイテー」を読んだことがあるが、他にも、「本当はエロかった昔の日本」、「日本の古典はエロが9割」、「愛とまぐはひの古事記」、「カラダで感じる源氏物語」、「快楽でよみとく古典文学」など、エロいタイトルの著書が並ぶ。
どれも読んでみたいけれど、おそらく、内容にはかなり重複したところがありそうなので、購入は思いとどまっているけれど。

図書館に置かれているものもあるが、女性司書を赤面させてはいけないという気配りで、エロいタイトルの本は今まで借りたことがない。どうして図書館には「成人図書コーナー」がないのだろう。(Y図書館はセルフ・レジ。そっちで借りようか)


さて、他の本についてはまたあらためて記事にすることもあるかもしれないが、今日は「昔話はなぜ……」について。
大塚ひかり本は、かなり著者の思い入れ(独善)が入っていそうで、おもしろおかしく読める、あるいはそういう読みもあると、軽いエッセイとして読むのが普通かもしれないが、冒頭の「官人は70歳以上で致仕を聴す」が本書で知ったように、この本は、しかるべき根拠資料にもとづいて書かれているようだ。

古典からは、官人の定年意外に、律令における高齢者にかかる規定などがひかれている。役人の定年のことも含めて抜き書きすると、

  • "凡そ官人年七十以上にして、致仕(ちじ)聴す"(「選叙令」)
  • 八十歳になる者と"篤疾"(難病、狂気、両足が使えない、両目が見えないのたぐい)には、"侍"(介護役)を一人与えよ。九十歳の者には二人。百歳の者には五人。まず子や孫を当てよ。もし子や孫がなければ、近親者を取ることを許せ。近親者もなければ、"白丁"を取れ」(戸令)
  • 「天下の老人の八十歳以上のものに位一階を授ける」
    「百歳以上のものには、絁三疋、綿三屯、布四端、粟二石」とあって、九十以上、八十以上の人にも、それより少なめの絁や綿などが天皇の詔によって授けられることになりました(『続日本紀』巻第七 養老元年(717)年十一月)
  • "凡そ年七十以上・十六以下、及び廃疾(中程度の身障者)"は、流罪に相当する罪を犯した場合、配流の代わりに"贖"(ぞく)を取ることが許されていました。"贖"とは、銅や布・稲・土地・人身などで罪を贖うこと。さらに、
    "八十以上・十歳以下、及び篤疾(重度の身障者)"は、反逆・殺人といった死罪になるべき罪を犯した場合、"上請"(じょうしょう)が許されていました。"上請"とは、天皇に上奏して判断を仰ぐこと。酌量の余地が生じるわけです。これらの人が窃盗や傷害を犯した場合は、"贖"を取ることが許されました。そして、
    "九十以上・七歳以下"は死罪があっても、刑罰を加えない、とあります。
    また罪を犯した時点では、こうした高齢者や身障者に当てはまらなくても、罪が発覚した時、高齢者や身障者になっていれば、右のような規定によって裁けといいます。(以上「名例律」)

そして、高齢化白書や「人口から読む日本の歴史」(鬼頭宏)、警察庁の犯罪統計などなど、本書のトピックスに応じて、多彩な文献が参照・引用されている。

古典からの引用はこの人の専門だろうけど、専門外の犯罪白書などにもあたっているのは、本書のテーマにあわせて調べた結果なんだろうけれど、きちんと裏をとる姿勢は(ネタ探し、文字数増量という面もあるだろうけど)、評価できる。

もっとも、ネット社会では、こうした情報に簡単にアクセスできるようになっていて、昔のように大きな図書館へ行って調べなくてもネタが簡単に手に入るわけだけれど。
書きたいことがあって、それを根拠づける、あるいは補強する情報を探す。そして文章力。
純文学でもなく、学術作品でもない、こうした作品群はネット社会の発達に支えられて、これからも成長するだろう。


目次を下に掲げておくけれど、年寄りは元気でエロいとか、奈良時代から福祉政策があったというような、明るい話もあれば、姥捨て伝説のような暗い話もある。

先日、旅行代理店で宿・列車の予約をしていたら、パンフレットに「シニア限定」というのがあった。
おもわず、「姥捨て行き、片道、シニア限定」と口をついて出てしまった。


で、本書の評価?
おもしろかった。

大塚ひかり「昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか」
 昔の老人の人生昔話と古典文学が伝える貧しさや孤独という「現実」
1 昔話の老人は、なぜ働き者なのか「爺は山で柴刈り、婆は川で洗濯」の背景
2 昔話の老人は、なぜ「子がいない」のか「わらしべ長者」のルーツを探る
3 家族の中の老人の孤独「姥捨て山」説話と「舌切り雀」の真実
4 古典文学の中の「婚活じじい」と「零落ばばあ」平安・鎌倉期の結婚事情
5 昔話に隠された性「浦島太郎」が竜宮城に行った本当の理由
6 古典文学の老いらくの恋と性『万葉集』から『東海道中膝栗毛』まで
7 古典文学の中の「同性愛」の老人たち爺と稚児、婆と美女の物語
8 昔話は犯罪だらけ老人たちの被害と加害
9 自殺や自傷行為で「極楽往生」?昔話の往生話と平安老人たちの「終活」
10 老いは醜い昔話の「姥皮」と大古典の老人観
11 閉塞状況を打開する老人パワー古典文学の名脇役たちと、棄老伝説
12 「社会のお荷物」が力を発揮する時昔話はなぜ老人が主役なのか
13 昔話ではなぜ「良い爺」の隣に「悪い爺」がいるのか老人の二面性と物語性
14 昔話はなぜ語り継がれるのか『源氏物語』の明石の入道・尼君夫妻が子孫に伝えたこと
15 昔話と古典文学にみる「アンチエイジング」若返りの目的はさまざま
16 実在したイカす老人成尋阿闍梨母、乙前、世阿弥、上田秋成、四世鶴屋南北、葛飾北斎、阿栄

関連記事

「高齢者」は数の問題かな

昨日とりあげた提言は「65~74歳には元気な人が多いから高齢者というのは時代にあわない」とのことだけれど、それだけなら提言の必要はないだろう。
本当の問題の所在は、65歳以上が多くなったから、従来の高齢者施策が成り立たなくなることだろう。

元気な高齢者は、ずっと頑張ってもらえば良い。
昨日も書いたが、天海僧正107歳、北斎90歳とか、元気な年寄りは昔からいる。
奈良時代だと、天平11(739)年、出雲国には、90歳が2人、80歳が5人という記録が残っているそうだし、律令では「70歳から致仕を聴す」とあるものの、元気な人はいつまでも働いたらしい。藤原頼通は76歳まで関白を務めている(83歳で没)。


survival_curve_comp.jpg 昔は平均寿命が短かったといわれるけれど、それは、みんなが若死にしたという意味ではない。
平均寿命が短かく計算されるのは、
  • 乳幼児の死亡率が高かった
  • 出産時(産前産後を含む)の女性の死亡率が高かった
という状況を反映している。

乳幼児の死亡率が高かったことが平均寿命を下げているということは良く知られている。

モーツァルトは6人の子供をもうけたが、成年に達したのは2人にすぎない(もったいない!)。

もう一つの出産時の女性の死亡率が高かったことは、中宮定子や葵の上など、歴史や物語的に印象づけられているわけだが、実際、第1回完全生命表(1891~1898年)を見ると、30歳超あたりで、女性の生存率が男性より低い年齢が見られる。出産にかかる死亡が影響しているものと推測される。

hitowakoushitefuetekita.jpg 大塚柳太郎「ひとはこうして増えてきた」という本に、旧石器時代の生存曲線が掲載されていたので、近現代のものと比べてみようと思った。

利用する元データは統計局のページにある完全生命表

生命表は男女別になっているので、旧石器時代の生存曲線と比較するために、出生性比を105.1として全人口に対する生存曲線を計算している。


こうして、各時代の生存曲線を並べて見ると、2010年になると本当に生存率が上がっていることがわかる。図には示していないけれど、ここ十数年は同じような曲線になっている。明治時代は、まだまだ乳幼児の死亡率が高かったことが良くわかる。

ところで、大塚氏の本は、人類史を俯瞰できて、なかなか良い本だと思った。
同書では、人類史を4つのフェーズに分け、さらに各地域に分けて分析されている。

人類誕生のフェーズ(20万年前=5000人?)、出アフリカして世界に「移住」するフェーズ(7万年前=50万人?)、定住生活をはじめ、農耕・牧畜を発明するフェーズ(1万2000年前=500万人、5500年前=1000万人)、産業革命と人口転換(多産多死から少産少死へ転換する)フェーズ(265年前=7億2000万人)。そして現代(2015年=72億人)である。

ふと思う、本当に地球はどれだけの人口を養えるんだろうか。
このことにも触れられている。根拠は曖昧なようだが、120億人。これが国連人口部の最大予測値だそうである。


曲江   杜甫
 朝囘日日典春衣
 毎日江頭盡醉歸
 酒債尋常行處有
 人生七十古來稀
 穿花蛺蝶深深見
 點水蜻蜓款款飛
 傳語風光共流轉
 暫時相賞莫相違
 勤め終えれば質屋に通い
 飲み屋に毎日入り浸る
 酒屋のつけも一杯あるが
 どうせはかない人生だもの
 花に群がる蝶々を眺め
 水面を滑るとんぼと遊ぶ
 光あふれる都の野辺に
 しばしの春を楽しまん
http://www.rinku.zaq.ne.jp/bkcwx505/Kanshipage/KanshiNo7/kanshi89.html

奈良時代に70歳以上は、それこそ古来稀なりだから、致仕年齢を、高齢者の数で決めたはずはない。

「古希」というのは、杜甫の「曲江」という漢詩から出たそうだが、その趣意は、70まで生きられるはずもないから、今日を楽しもう(酒屋のつけも払わない?)、ということらしい。


年齢だけで高齢者施策を考えるのではなく、年齢プラス所得や資産、健康状態などを考えあわせた施策が必要だということなら、それはそれでわかる。

それにしても、年金は75歳からというのは、つまり長生きできたら年金がもらえるというのは、次の世代以降にしてもらいたいものだ。

そして75歳以上だったら、遊ぶ金もたいしていらないだろうと減額したり、医療費の補填に使うという話が出てくるんだろうな。


関連記事

Mozart: 225 The New Complete Edition (その3)

昨日は、Mozart225の楽曲(CD)の配列について感想を述べた。
今日は収録演奏について。

前に書いたように、この全集のウリの一つが、"70% of recordings different from 1991 Philips Mozart Edition"で、実際、私が持っている演奏とまるごと、つまりそのジャンル全体がぶつかるものは一部の例外を除いてない。同じ演奏でも家にあるのはLPだったりするわけで、全く同じものが揃うということでもない。
Trevor_Pinnoch_English_concert.jpg

例外というのは、舞曲と行進曲で、これは、もともと「舞曲と行進曲全集」としてLPのボックスを買っていたものと同じ上、同じ演奏が、後のLPでの全集、前のCDでの全集、そしてMozart225にも収録されているから、私は4つめになる。演奏者ボスコフスキー/ウィーン・モーツァルト合奏団(実態はウィーン・フィル団員)だけが、録音を出していて、全集に納めようとすれば、この演奏になるわけだ。
同じようなものは、メサイアの編曲(KV572)もそうで、これも同じ理由でまともに衝突する。
単体としては、内田光子のピアノ協奏曲とか、ピリスのピアノソナタとか、重なるものもチラホラあるけれど、この全集は1枚300円もしないわけで、10枚ぐらいダブっても3000円程度、割安だから許容できる。

こうなったのは、Mozart225は、近年の風潮であるピリオド楽器による演奏を積極的にとりあげていて、新しい録音が多いからだと思う。
academy-of-ancient-music-in-derbyshire-1379601052-view-0.jpg 実際、交響曲は、
  • 初期交響曲は、ピノック/イングリッシュ・コンサート、ところどころ(主に番号のついてない交響曲)ホグウッド/エンシェントの演奏、
  • 中期のものは、ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、
  • 後期交響曲は、ピノック/イングリッシュ・コンサートとブリュッヘン/18世紀オーケストラ
の演奏が収録されている。いずれもピリオド楽器が使用されるものである。前の全集だと演奏者は、録音がないという事情がなければ、同じ演奏者で揃えていたけれど。

Gardiner_Baloque_soloists2.jpg 全く同じ演奏が、既に持っているものとダブるのは比較的限られていたわけだけれど、なんと、Mozart225は、同一曲について複数の演奏が収録されている。
前からもっている2種類の全集もそうだけれど、全集というのは、同じ曲を重複して収録しないと思う。あったとしても、編曲などバージョンが複数ある場合である。(前のCD全集は、全巻購入者には、フィガロがもう1つの演奏が付いてきたが、これはオマケとして。)
しかし、Mozart225では、いわゆる有名曲は、いくつかの演奏が収録されている。

Bruggen_18th_century.jpg 40番KV550は、なんと4種類もの演奏が収録されている。それも全曲だから、KV550だけで2時間あるわけだ。
  • Orchestra of the 18th Century/Frans Brüggen
  • Les Musiciens du Louvre/Marc Minkowski
  • Camerata Academica des Mozarteums Salzburg/Sándor Végh
  • London Symphony Orchestra/Benjamin Britten
このうち2番目のMinkowskiの演奏は、モーツァルト自身による編曲版(クラリネット版)による。

メインに位置づけられているのはブリュッヘン/18世紀の演奏で、これ以前の39番まではピノック/イングリッシュ・コンサートをおしのけて収録されたような観がある。(実は、ブリュッヘン/18世紀は別に持ってるから、ピノック/イングリッシュ・コンサートがあるなら、そっちを収録してもらいたかった)
他の演奏は、"Supplementary performances"、"Classical performances"という小カテゴリーに入れられている。メインはピノックやブリュッヘンだけれど、昔から名盤とされている演奏も収録した、というわけである。

ちなみに41番KV551は2種類、39番KV543は3種類の演奏が収録されている。KV543は、ベーム/ベルリンという懐かしい(LPで交響曲全集を持っている)ものも収録されている。

特別な協奏曲KV595も4種類の演奏が収録されている。
  • Malcolm Bilson fortepiano, English Baroque Soloists/John Eliot Gardiner
  • Emil Gilels piano, Wiener Philharmoniker/Karl Böhm
  • Maria João Pires piano, Orchestra Mozart/Claudio Abbado
  • Clifford Curzon piano, English Chamber Orchestra/Benjamin Britten
Bilsonのは、fortepianoと記載されているように、古楽器が使われている。そしてこれがメインに位置づけられている。(このなかでは、ギレリス、ベーム/ウィーンはLPで持っている。ピリスは別のオケのものを持っている。)

自己保有のものとのダブりはともかく、有名曲はいろんな演奏が聴けるということは全然悪いことではない。
最も有名なピアニストだけどモーツァルトも弾いてたのかといホロヴィッツとか、家にあるのはLPばかりで最近聴かなくなったハスキルやヘブラー、骨董的演奏のブリテン、これはこれで楽しみである。

一方、すごいことになってるのが、歌曲(リート)。
歌曲もおおぜいの歌手が録音をしているわけだけれど、Mozart225は誰を選んだのだろう?

・An die Freude K53 Prey/Klee ・Das Lied der Trennung K519 Schreier/Schiff
・Oiseaux, si tous les ans K307 Bartoli/Thibaudet ・Als Luise die Briefe ihres ungetreuen Liebhabers verbrannte K520 Ameling/Baldwin
・Dans un bois solitaire K308 Ameling/Baldwin ・Abendempfindung an Laura K523 Brueggergosman/Zeyen
・Verdankt sei es dem Glanz der Großen K392 Ameling/Baldwin ・An Chloe K524 Holzmair/Cooper
・ [An die Einsamkeit] K391 Mathis/Klee ・Des kleinen Friedrichs Geburtstag K529 Mathis/Klee
・ [An die Hoffnung] K390 Schreier/Schiff ・Das Traumbild K530 Holzmair/Cooper
・Die Zufriedenheit K349 Ameling/Ludemann (mandolin) ・Die kleine Spinnerin K531 Ameling/Baldwin
・Komm, liebe Zither, komm K351 Ameling/Ludemann (mandolin) ・Beim Auszug in das Feld K552 Blochwitz/Jansen
・Ah! spiegarti, oh Dio, vorrei K178 Mathis/Klee ・Un moto di gioia K579 Stader/Demus
・Der Zauberer K472 Mathis/Klee ・Sehnsucht nach dem Frühling K596 Mathis/Klee
・Die Zufriedenheit K473 Prey/Klee ・Im Frühlingsanfang K597 Schreier/Schiff
・Die betrogene Welt K474 Holzmair/Cooper ・Das Kinderspiel K598 Mathis/Klee
・Das Veilchen K476 Battle/Levine ・Das Kinderspiel K598 Alternative performances with fortepiano Prey/Demus
・Lied der Freiheit K506 Schreier/Schiff ・An Chloe K524 Von Otter/Tan
・Die Alte K517 Mathis/Klee ・Das Veilchen K476 Baker/Leppard
・Die Verschweigung K518 Schreier/Schiff ・Abendempfindung an Laura K523 Baker/Leppard

なんと、12人の男女の歌手(伴奏違いを数えたら14組)が顔をそろえている。まるでカタログである。
もとの録音は、おそらく曲の順序も考えて行われたものだろうけれど。

Mozart225には、多数の演奏家が収録されている。
これも、Mozart225のサイトに掲載されている。

多くのモーツァルティアンは、たいていの曲は誰かの演奏で聴いているだろうから、こういう複数演奏家の録音を聴くことも一興と考えていると思う。そう思えば、この企画も納得できるものだ。

将来、「モーツァルト全録音」などというセットが出たりして。


関連記事

自分へのクリスマス・プレゼント~Mozart: 225 The New Complete Edition (その1)

2016-12-19_104142.jpg Merry Christmas!
今日は全国的にクリスマス。

朝、目を覚ましたら素晴らしいクリスマス・プレゼントが枕元に、なんてことはない。
子供が小さかったときはクリスマス・プレゼントというのはあったけれど、それ以外、クリスマス・プレゼントを交換するなんて習慣はない。
けれども、今年は自分へのクリスマス・プレゼントと言い訳をして買ったものがある。

先だって、自分の誕生日祝いと言い訳して、フェルメールの複製画を買ったりして、常套手段化してるけど。


Mozart: 225 The New Complete Edition
(CD200枚=240時間)

Tower recordsの通販で、6万円弱(ポイント10%なので実質5.4万円)。注文後数日、12月17日に届いた。

音楽業界激震 2016年最も売れたCDはモーツァルト

 今年最もCDが売れたアーティストにかなり意外な名前があがった。ビルボードの発表によると、2016年米国で最もCDを売ったのはモーツァルトだ。
 モーツァルトの没後225年にちなみ、10月28日にリリースされたのが200枚組のボックスセットの「モーツァルト225」。このセットがこれまで合計で125万枚のCDセールスとなった。
 モーツァルトは今やドレイクやカニエ・ウェスト、ビヨンセよりも売れているアーティストということになる。ビルボードによると今年の米国のCD販売枚数は昨年から11.6%減少し過去最低の5,000万枚となった。対照的にストリーミングは急成長を遂げている。
 今回、モーツァルトが売上1位になった背景には次のような背景が考えられる。まず言えるのは、クラシックファンの間では依然としてCDを買い求める傾向が強いことだ。オーケストラの演奏を聴くメディアとしては、恐らくストリーミングよりもCDが適しているだろう。
 次に言えるのが、このボックスセットがギフトとして人気を獲得した点だ。ギフトとして贈る場合、形に残る物のほうが好まれる。ストリーミングは今後も普及を続けるだろうが、CDプレイヤーを捨てるのはまだ早いということだ。

http://forbesjapan.com/articles/detail/14568

モーツァルトの録音の全集といえば、中央公論社+フィリップス共同編集のLP版(182枚)、小学館のCD版(190枚)と、2揃い持っているのだけれど、またまた買ってしまった。
既に全集を持っている人にもささるメッセージがメーカー・サイト(www.mozart225.com)にある。

70% of recordings different from 1991 Philips Mozart Edition
(もっとも、私は注文してから、このサイトに気づいたのだけれど)。

それに、前の全集は、2~3十万円だったと思うので、それに比べたらずっと安い。

そもそも、この全集の存在を知ったのは、ネットに流れているニュースに、
今年一番CDが売れたアーティスト」とあったから(右に記事引用)。

計算上は、1日1枚で1年以内に全部聴けるわけだけれど、多分、そんなわけにはいかない。
というか、生きている間に全部聴けるかというと、それも疑問である。

モーツァルトを自分のそばに置きたいという気持ちに偽りはないけれど、これも偏執的な蒐集癖のなせることかもしれない。

関連記事

山田雄司「忍者の歴史」

yamada_ninjanorekishi.jpg 「真田丸」完結。
伝えられているように、「手柄とせよ」と首をさしだして討たれることもなく、しかし、晴れやかに、そして画面もホワイトアウトして、最期のシーンをうまく処理したと思う(ちょっと肩透かしをくった感じだけど)。

歳をきかれた佐助が「五十五歳です」と答えて、わ、歳とらんな(本人は腰が痛いとか言ってたが)というか、信繁より年上やないかと、不思議な連帯感を醸し出していた感じがする。

「真田丸」はそれぐらいにして、今日はネタに困ったときの「書評」。無理やり佐助を持ち出したが、とりあげるのは、山田雄司「忍者の歴史」

「忍者の実像」というわけだけれど、それは「第一章 戦国時代の忍び」の部分で概ね尽くされている。
「第二章 兵法から忍術へ」「第三章 忍術書の世界」あたりになると、忍者の実像というより、忍術というものがどのように書かれてきたのかが中心になり、「忍者の実像」というより、「忍術書の実像」という感じ。

もちろん、私は忍者について良く知っているわけではないのだけれど、そう思うのは、二章以下は、江戸時代に編纂された「忍術書」の内容紹介が中心になっていて、荒唐無稽と思えるようなことでも、それ自体に批判を加えずに紹介しているようだから。
忍者が活躍する場面がどれだけあったのか怪しい江戸時代にまとめられた「忍術書」というのは、奇書の類かもしれないし、本書でも偽書としているものもある。

著者は、決して「忍術書」を鵜呑みにして、これが忍術だというわけではない。超人的な忍者像は間違いで、基本的に諜報活動を行う専門家としてとらえ、当時の記録からも読み取れる、体力より知力が求められるという、誰が聴いても納得できる説明をしてくれる。
たとえば、忍者は手裏剣などの武器は持ち歩かない、何故なら、諜報が主活動だから、そうしたものを携行していれば、当然、怪しい奴となるからだと、本書は指摘する。その一方、火術(爆薬)などの扱いに習熟していなければならないという記述もある。

だとしたら、忍者というのは、やはりいろんなタイプがいて、一括りに考えてはいけないのかもしれない。

sanadamaru3355.jpg 「真田丸」に出てくる最高の「忍者」は、佐助でも、出浦昌相でもなく、なんといっても厨の爺さんであろう。おそらく、視聴者の96%以上(私も)が、許しがたい奴と憎んだに違いない。
徳川に通じたのは、個人的怨恨からだったにせよ、諜報活動はするわ、偽情報で攪乱するわ、最後は城に火までかける。そしてそれがすべて効果的で、戦の勝敗に直結したと描かれている。
まさに忍者として、最高の働きである。
しかも、この人は実在だったらしい。
 [⇒Wikipedia 大角与左衛門]
息の根を止めなかった信繁の手ぬるさが悔やまれる。
こいつ(与左衛門)がおらんかったら勝ってたかもしれんやん!

616HYN2RboL.jpg さて、問題は忍術の方。忍者の活動がどうあれ、子供の頃、少年マガジンなどで紹介されていたような忍術、それらは忍術書に根拠があったのだということはわかるんだけれど、平和ボケして、忍者が忍者らしい活躍をすることがほとんどなくなった時代、机上で考えた「忍術」なのではないだろうかと思う。

それでも、子供の心をおどらせるのは、超人的な術。
蟇に化けるとか、何メートルもジャンプするというような自然法則を無視した荒唐無稽は別として、鍛えられた体というのは本当らしい。テレビで、忍術家が関節をはずす様子を見たことがあるけれど、こういう荒技は、忍術書にも書かれているそうだ。

忍者の本当の姿、というような言説が、何を根拠にかたられるのか、そういう眼で読むと、この本は基礎知識としておさえておくのには、文献学的には良いのかもしれない。

しかし、普通の読者としては、文献学などはどうでもよくて、忍術書に書かれていることの、どれが本当で、どれは脚色あるいは虚構なのか、怪しげな忍術のほうをこそ、はっきりしてもらいたいと期待したいわけだ。

関連記事

システムレビュー

iryotantei_sougoushinryoi.jpg 山中克郎「医療探偵『総合診療医』」(光文社新書 2016)を読んだ。
この本にも書かれているが、NHKの「ドクターG」という番組で、総合診療医という医師の姿を垣間見ることができ、注目が集まっている。

昔から、近くに大病院などがない田舎の医者は、経験のある優秀な内科医が良いけれど、専門分化が進んでいてなかなかそういう医者はいないという話を聞いたことがある。
この本や「ドクターG」で扱われる症例は、ありきたりのものではなくて、むしろ原因不明、診断がつかないという難しいものが多いわけだけれど、能力、資質、診療スタイルなどには通ずるものがあると思う。

本書でも、著者も出演している「ドクターG」でも、問診の重要性が強調されている。そして、本書では具体的に「攻めの問診」と「パッケージ問診」という手法が紹介される。
「攻めの問診」とは、怪しいとにらんだ病気の診断の確度を高めたり、あるいは除外したりするための積極的な問いかけであり、「パッケージ問診」とは病気に対してセットで起こる症状をまとめて確認する手法をいうようだ。(これらも、予断をもって誘導するような問診になってはいけないのだろうけれど。)

そして、問診で絞り込んだあとで、何を見るのかという明確な目的をもって検査をするという手順になる。
小さな医院などでは、検査機器も、検体検査も十分ではないだろうから、問診はとくに大事だということだ。

至極納得できる話である。情報システムのトラブルでも似たような手順を踏むことがある。さまざまな分野で応用できる手法だろう。

システムレビュー  (一部)
当てはまるものに〇をつけてください
[一般]
体重変化(  ヵ月で   kg増/減)
食欲不振
全身倦怠感
下着を替えるほどの寝汗
発熱
発熱の前に身体がガタガタ震えた
便通(整/不整)
排尿(日中  回、夜間  回)
睡眠障害(有/無 なかなか寝付けない・睡眠中に目が覚める・朝早く目が覚める)
[皮膚]
湿疹
かゆみ
色の変化
こぶ・腫れ物
爪の変形
脱毛
太陽に当たると赤くなる
[頭部]
外傷
めまい
失神
頭痛
[眼]
視力低下
眼鏡/コンタクトレンズ
物が二重に見える
視界が暗い
涙が出る
痛み
目が乾く
[耳、鼻、喉]
聴力低下
耳鳴り
鼻水
鼻づまり
鼻血
歯茎からの出血
口の乾き
[乳房]
しこり
痛み
腫れ
乳首からの分泌物
[胸部、血管]
胸の痛み
胸の圧迫感
動悸
呼吸困難
就寝後1~2時間で息苦しくなって目覚める
横になると息苦しく起き上がると楽になる
[消化管]
飲み込みが悪い
みぞおちの痛み
げっぷ
胸焼け
吐き気
嘔吐
今日の標題の「システムレビュー」というのは、要するに問診票のことで、本書では、診察の時、医師が患者のその症状があるかないかをチェックするためのリストと説明されている。
医師用のリストはかなり詳細、かつ難解なものが多いとし、その一部が掲載されていた
(右の表がその抜粋。全体のCSVファイルはこちら

このリストには、喫煙や飲酒習慣、出産歴、職歴などが入っていないが、実際に使用しているものは入っていると思う。


医師が患者に聴きたいことというのがある。それが主訴である。
そして、症状がいつから、どんな頻度でといった時間軸にそって、また、どういう環境や患者の来歴があるのかという空間軸を見て、診断をつけていくという。

患者は苦しい思いをして病院にやってくる。その訴えは必ずしも整理されて出るとは限らない。一方、自分は風邪だといって来る患者もいる。
システムレビューはそういうなかから、正確な情報をとり、コミュニケーションを円滑にするツールだというわけだ。

で、ふと思った。
本書でも書かれていることだが、患者がシステムレビュー(問診票)に〇をつけて持参する使い方もあるだろう。

実は、家人が診察を受けるときに、その医院のホームページに問診票が掲載されていて、それをあらかじめ記入して持って行ったことがある。それだけでも受診の心構えができて良かったように思う。


病院の待ち時間は長いから、問診票を書くのも良い時間つぶしになるのかもしれないけれど、だからといって、あらかじめ、落ち着いた状態で、きちんと問診票を書いて持っていったら邪魔になるということもないだろう。

医師が使うシステムレビューは、項目が多くて、難解だというのなら、患者が書きやすい、患者用のものを作れば良いのでは。なんでもマニュアル化するのが得意な医療の世界だから、学会とかで標準的なものを作らないだろうか。
そして、それを各医院に備え付けたり、ホームページから配布する。あるいは、医師会や市役所などから配布・周知したらどうだろう。

素人の戯言と言われるかもしれないけれど、積極的に否定されるとも思えないのだが。

余談だけれど、そのうちシステムレビューをAIに投入したら、診断を絞り込んだり、追加の検査を指示してくれるようになるだろう。

30年ぐらい前、娘が虫垂炎から腹膜炎にまでなって大変だったが、入院していた病院では、緊急手術で腹を開けるまで、診断がつかなかった。その後、症状や検査結果を米国製の診断エキスパートシステムに入れたら、腹膜炎がトップに疑われたんだけれど。


関連記事

決定版 江戸散歩

2016-11-03_085202-crop.png 東京の人が大阪へ来て、展望台から街を見ると「何だこの街は、緑が全然ないじゃないか」と言うらしい。
ほっといてくれ、という気持ちもないわけではないけれど、実際そうなのだから困ったものだ。

たしかに東京タワー(未だスカイツリーに行ったことがない、建設中の姿は良く見たのだけれど)などの展望台から、都内を眺望すると、あちこちに緑地が散在している。
某テレビ局は敷地にある「毛利庭園」からたびたび中継画像を流している。

けれども、こういう姿は、別に東京人が偉いとか、政府や東京都がしっかりしているからだとは言えまい。すべては江戸幕府の遺産といって良い。
もし大阪が首都になっていたなら、こういう景色にはならなかったに違いない。
理由は簡単である。武士の街だったから。

山本博文「決定版 江戸散歩」は、その事情を具体的に教えてくれる。
KADOKAWAの電子書籍が割引販売されていたときに、何かないか見ていて、この著者なら間違いないだろうと思って買ったもの。

フォーマットがイメージだったので、テキストを自由に拡大(つまり文字サイズにあわせて改行改頁)できないので、スマホの画面で見るのは困難。PCか大画面のタブレットで読む。
もっともイメージ収録というのもしかたがない、とりあげられた各所の写真が数多く収録され、レイアウトされているのだから。


2016-11-03_085328-crop.png 歴史上のエピソードを紹介しながら、尾張屋版江戸切絵図と現在の地図を重ね、往時の様子と今の姿を、解説してくれる本で、江戸の観光ガイドになっている。
東京の公園というのは、その多くが、将軍家や大名の屋敷跡なのだそうだ。

地方にある名園の多くが大名庭園だったのと同じ。
日本三名園とされる金沢兼六園、岡山後楽園、水戸偕楽園、いずれもそう。家人の郷里の香川県には栗林公園、中津万象園がある。
地方に分散しているのと同じくらい、江戸に集結していたのかもしれない。

これらの大名屋敷は、庭園が公園になったり、公共施設になったり、中には民間宅地になったものもあるようだが、それだけのゆとりある空間を都心に保持していたから、ど真ん中に政府機関や公共施設が立地できた。
(やはり大阪や京都では近代日本の首都にはなれなかっただろう)
もっとも江戸の総面積の1/6に、半分の人口=50万人が住んでいた町人地の方にはゆとりがあったはずはないけれど。

それはともかく、オールコック「大君の都」では、

将軍の都は心を奪われるほど美しい。……
ヨーロッパには、江戸のように沢山の素晴らしい特質を備えている都はない。また、町のたたずまいと周囲の風景のこのような美しさを誇れる都もない。……

とある。
そのなれの果ての東京だけれど、そのゆとりがあったから今があり、そして、やはり、ところどころにはその面影が残っているというわけだ。

そして、この本で紹介される数々の名所のほとんどに行ったことがないことにも思い至った。

現役の頃は頻繁に東京に行ってたけれど、たいてい日帰り、とんぼ返りだった。
かといって、用事もないのに東京なんて行くかなぁ。


関連記事

「万葉集―隠された歴史のメッセージ」(続き)

時事の話題を優先したり、休刊日があったりしたので、続けて書くつもりだったのが、随分遅くなった。
"万葉集一番歌「籠もよ み籠持ち」の作者は雄略天皇ではない"の続き。

時代代表歌人
巻一原撰部
(巻一の前半)
持統・文武額田王
巻一、巻二元明柿本人麻呂
巻三~巻十六聖武山上憶良
巻十七~巻二十光仁大伴家持
小川靖彦「万葉集―隠された歴史のメッセージ」について、前の記事で「私には新鮮」と書いたけれど、この本の内容について少し具体的に補足する。
万葉集は全20巻であるが、一度に成立したものではないという。このことは、著者が初めて言ったわけではなく、平安期から既に定説となっていたものである。
本書の著者は、その理由・経緯を次のように説明する。

《目次》
 
第一章『万葉集』という「書物」
──「やまと歌」による〈歴史〉の創造
「書物」としての『万葉集』
皇統の《始祖》──一番歌・雄略御製
満ち足りた実りの国──二番歌・舒明御製
歴史上の舒明天皇
天皇による統治の完成への歩み
藤原宮の主・文武天皇
巻子本であった『万葉集』
成長する「書物」・『万葉集』
 
第二章万葉歌人たちの詩の技法
額田王の〈媚態(コケットリー)〉
柿本人麻呂の想像力
山上憶良の悟り得ぬ心
大伴家持の孤独
作者未詳歌の輝き
 
第三章漢字に託す心
──漢字で書かれた「やまと歌」
巻一の書記法──記憶に支えられた大胆な表記
『万葉集』の《文字法》
漢字から「かな」へ
 
第四章万葉集古写本の世界
 
まず、巻一の53番歌あたりまでが最初に編まれた(原撰部)。これは持統天皇の正統性を主張することが目的であるという。そもそも万葉集の編纂は持統天皇の意志による。
ついで、巻一の残り、持統後継である。
そして巻二は、藤原氏の特権性を印象付ける目的だとする。
ここまでは、政治的である。
そして、巻三からは大きく編集方針が変わる。
巻十七~巻二十は、大伴家の私家集の性格があるという。
つまり、それぞれ編纂目的があって、順に増補されてきたものである。

異なる目的であったにもかかわらず「万葉集」として増補されてきたのは、既に権威として確立していたからだろう。とりわけ巻二が藤原氏を持ち上げるものとするなら、権威を利用する姿勢というのは、いかにも藤原氏らしい。

そこで不思議に思うのが、大伴家の私家集という説である。
大伴氏は、周知のとおり、古くからの武門の家系だけれど、奈良時代末には没落する。藤原氏との権力争いに敗れたわけだ。
大伴家持は、歌人である前に、政治家であったのではないか。
その私家集がなぜ万葉集に、紛れるどころか堂々と入っているのだろう。
そんなに読み込んでいるわけではないけれど、家持の歌に直接的に藤原氏を悪く言うようなものはないのではないか。

あらためて、茂吉「万葉秀歌」でも、そういう眼で読み直してみようか。

関連記事

万葉集一番歌「籠もよ み籠持ち」の作者は雄略天皇ではない

P_20161015_113617.jpg 小川靖彦「万葉集―隠された歴史のメッセージ」について。

「万葉集」は読んでみたいと思い、そしていくばくかはトライもしてきた歌集である。

中学3年ぐらいのときだろうか、解説書を買い求めた覚えがある。
家には岩波の日本古典文学大系の万葉集(1~4)を飾ってある(もちろんこうした専門的な本がきちんと読めるわけではない)。
斎藤茂吉「万葉秀歌」は、随分前に紙の本でも読んでいるが、青空文庫に収録されていることに気づいて、おそらく電子書籍として一冊を読み通した最初の本だと思う(今はKindleでも配信されているから、こちらを使っている)。

思えば、今までの読みは「日本人の心のふるさと」というような淡い、曖昧な憧れだったと思う。
P_20161015_113507.jpg 前掲の解説書も、歌の鑑賞が主であり、その理解のために、詠まれた時の状況や作者の説明といったものが付随する。

例示するなら、一番歌「籠もよ み籠持ち」は、歌のリズム、当時の習俗(家聞かな 告らさね)、雄略天皇は倭王武(ワカタケル)であり、王者らしい力強い言葉(おしなべてわれこそ居れ)を味わうという読み方である。

あるいは、万葉仮名や戯訓(戯書)の話とか、仮名文字ができる前のことを少し。

そんな読みをしていることについて、とくに疑問に思ったことはなかった。

manyoshu_hidden_message.jpg 小川靖彦「万葉集―隠された歴史のメッセージ」は、そういう貧しい鑑賞者に、新しい眼でこの歌集を見ることを教えてくれる。
副題には「歴史のメッセージ」とあるが、これは喩えとかではなく、著者は明確かつ直截に政治的メッセージを読み取る。そして、その読みこそ当時の人々に共有されていたものだろうとする。

「隠されたメッセージ」ではなくて、現代の和歌鑑賞者の眼からは隠れていた、忘れられていたということだろう。


ぐだぐだ能書きばかり垂れたけれど、たとえばこういうことである。

一番歌「籠もよ み籠持ち」の作者は雄略天皇ではない。

雄略天皇の歌として素朴に鑑賞する者としては、これは虚をつかれた感がある。
虚仮おどしの好きな作家が書くなら、これを本のタイトルにしたのではないだろうか。

いきなりそう書かれたら衝撃的(なのでこの記事のタイトルとさせてもらったし、上では朱書き)だが、誠実な研究者と思しき著者は、そんな読者を驚かせようという悪趣味はお持ちではなく、こういう書き出しをするわけでも、このような断定的な表現をとるわけでもない。
この主張は、諄々と万葉集の成立過程を解き明かすなかで、なるほどと納得させられる形で提示される。
なお、誰が作ったかは措いて、雄略天皇が詠ったものとして読むことが、鑑賞上は適切であることはいうまでもないし、そう読まれることこそが、万葉集編纂者の意図なのである。

本書は、前述のような歌の鑑賞や、「我が国最古の歌集である」式の受験知識の水準ではなくて、万葉集の成立の動機、編集意図というものを解き明かそうとしている。
とりわけ興味深いのは、巻一原撰部、巻一および巻二の成立に関しての部分である。

P_20161015_113121.jpg 上述の「一番歌の作者は雄略天皇ではない」については、本当の作者が誰であるかの問題ではなく、根拠があやしいというだけでなく、編集意図を考えれば、一番歌の作者を雄略天皇とすることに意義があったという論述がされている。

二番歌は、舒明天皇御製「大和には 郡山あれど……」(おそらくこれも舒明天皇作ではない)である。
この2人の天皇の間にはかなりの年代差がある、なぜ雄略の次が舒明になるのか、なぜ推古ではいけないのか……
そうしたことに疑問をもち、そこを起点に、万葉集の編纂目的、編集者の意図を、緻密に読み解いている。

その世界では周知のことなのかもしれないが、不勉強な私には、とても新鮮な本なのである。

関連記事

「江戸前魚食大全」

61sVWQ4oHHL.jpg 冨岡一成「江戸前魚食大全」について。
別に、豊洲市場問題から、築地の歴史を調べようなどと考えて読んだわけではない。

実際、築地中央市場についてはほとんど触れられていない。
(江戸では市場を整備したのは幕府ではない、公設市場は築地中央市場からである、という程度の説明はある)


Amazonのレビューでも同じような感想を投稿している人がいたが、書名からすると「江戸前寿司」とかの話かと思いそうだが、もちろん、それについても触れられている(第八章)けれど、江戸の魚食について、もっと総合的に、漁、流通、料理、及びそれらの成り至った歴史の全般を取り扱っている。

目次を見ればその拡がりが推察されるだろう。まさに、「大全」であり、江戸の上下の人々と魚の関わりの文化誌というにふさわしい本だと思う。

第一章なぜ江戸だったのか?
江戸前とは何か
自然と人のつくった漁場
江戸の生活からうまれた魚
第二章江戸の始まりから魚河岸ができるまで
江戸の都市づくりと水運の改変
関西漁業の進出
魚河岸の誕生
第三章海に生きた人々
漁業はどのように始まったか
水産業のルーツ
古代・中世の流通ネットワーク
海の上のしきたり
第四章江戸前漁業のシステム
漁村と漁法と流通
江戸時代に漁村がうまれる
江戸沿岸の漁村
江戸前の漁法
江戸の鮮魚流通
第五章賑わう江戸の魚河岸
江戸っ子のルーツを探る
日に千両の商い
幕府御用達の明暗
江戸っ子の見本
第六章日本人と魚食、知られざる歴史
日本人はなぜ魚を食べてきたのか
「食べられない」から生まれた食文化
江戸の魚食、現代の魚食
第七章関東風の味覚はどうつくられたか
魚が劇的にうまくなった理由
江戸の味覚
旬と初物
外食文化の発展
第八章江戸前料理の完成
浅草海苔―真の江戸前―
佃煮―漁民のつくった保存食―
―外食文化のルーツ―
天ぷら―南蛮渡来の江戸前料理―
すし―伝統食のコペルニクス的転回―
第九章楽しみと畏怖、江戸人の水辺空間
水辺に遊ぶ
異界の水際
水辺の信仰
第十章江戸から東京へ、江戸前の終焉
海からやってきたえびす
去りゆく江戸前
江戸前漁業の終焉
付録魚河岸の魚図鑑
文章は平明・簡潔で読みやすい。難を言えば、着眼点に沿って書かれているので、時代が跳ぶことがあることぐらい。そして、それは江戸時代というのが、開府から幕末まで、ひとしなみに語れないということでもある。
たとえば、魚河岸というのは、もとは幕府へ魚を納めるためにできたものだが、中期を過ぎると御用よりも、民間需要が重要になる。

驚くべきことに、本書によれば、幕府は市価の1/10ぐらいの価格で魚を仕入れていたと言う。そして魚屋が魚を隠すとそれを見つけ出して、有無を言わさず安値でとりあげる御用役が置かれるという「進歩」もあり、そして魚河岸と幕府の暴力沙汰まで記録されているとのことだ。

そのことを思えば、今どきの役所が民間の商売にいいようにされて、高い買物をしているという批判が、可笑しくなってくる。江戸の奉行所の方が良かったとでも言うのかな。


本書では、随所に江戸川柳が引用されて、魚にまつわる江戸人の様子を描いている。落語も紹介される。それどころか、江戸以前、日本人の魚とのかかわりについては、万葉集までその範囲は広がる。

こういう該博な知識を、読みやすくまとめている著者は、どんな人なのだろう。
本書裏表紙見返しに次のとおり紹介されている。
冨岡一成(とみおか・かずなり)

1962年東京に生まれる。博物館の展示や企画の仕事を経て、1991年より15年間、築地市場に勤務。「河岸の気風」に惹かれ、聞き取り調査を始める。このときの人との出会いからフィールドワークの醍醐味を知る。仕事の傍ら魚食普及を目的にイベント企画や執筆などを積極的におこなう。実は子どもの頃から生魚が苦手なのに河岸に入ってしまい、少し後悔したが、その後魚好きになったときには辞めていたので、さらに後悔した。江戸の歴史や魚の文化史的な著述が多い。近著に「築地の記憶―人より魚がエライまち」(共著・旬報社)


いわゆる学者・研究者の類でもなければ、文筆業というわけでもないようだ。
著書も本書以外は、写真集のようなものの解説を付けているものしか見当たらない。

本は、何冊も書けば良いというわけではない。
しかし、この著者は、この本の一部を取り出して、適宜、膨らませたりすれば、まだまだ何冊も書けるに違いない。
そのぐらい、見事な本に仕上がっていると思う。

真摯に仕事に取り組み、そしてそれを楽しみ、そこから興味を広げていけば、こういう本が書けるんだろうか。

tomioka_tsukiji.jpg そうそう、ネットでこの著者名でググると、“あと半年で閉鎖、「築地市場」に行くべき理由~「人より魚がエライまち」の懐は実に広かった”という記事が見つかった。
豊洲でも、このように親しみと誇りを持った本が書かれるだろうか。







関連記事

礒山氏の推薦盤―礒山雅 「モーツァルト」(その3)

本書の最後では、15作品をとりあげて、推薦録音が紹介されている。

セレナード ト長調 KV525ゲヴァントハウスSQ+コントラバス、ユーロアーツ 2005年
ワルター/コロムビアSO、ソニー 1958年
モテット「エクスルターテ・ユビラーテ」 KV165バーバラ・ボニー、ピノック/イングリッシュ・コンサート
 アルヒーフ 1993年
フルート四重奏曲 ニ長調 KV285 菅きよみ、鈴木秀美他 アルテ・デラルコ 2011年
ピアノソナタ イ短調 KV310 小倉貴久子「輪舞」 ALM 2012年
ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 KV364 寺神戸亮、クイケン、ラ・プティト・バンド アリアーレ 1995年
弦楽四重奏曲第14番 ト長調「春」 KV387ゲヴァントハウスSQ 《アイネ・クライネ》 DVD
セレナード 変ロ長調 KV361
 「グラン・パルティータ」
ブリュッヘン/18世紀オーケストラ フィリップス 1988年 DVD
ピアノと木管のための五重奏曲 変ホ長調 KV452 シフ、ホリガー デッカ 1993年
ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 KV466グルダ、ミュンヘン・フィル クラシカル 1985年
バレンボイム/ベルリンPO ワーナー 1988年
歌劇「フィガロの結婚」 KV492プライ、ポップ、ヴァイクr、ヴァルツァ、ヤノヴィッツ、
 ベーム/ウィーン国立歌劇場来日公演1980年
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 KV527 ムーティ/ウィーン国立歌劇場 デノン 1999年
交響曲 第40番 ト短調 KV550アバド/モーツァルト管弦楽団 アルヒーフ 2009年
クラリネット五重奏曲 イ長調 KV581四戸世紀、トッパンホールアンサンブル TDK 2006年
ヴィトマン、アルカント・カルテット ハルモニアムンディ 2012年
歌劇「魔笛」 KV620 デイヴィス/コヴェント・ガーデン デノン 2003年 DVD
レクイエム ニ短調 KV626アバド/ルツェルン祝祭管弦楽団
 キング・インターナショナル 2012年 DVD

で、著者礒山氏の推薦盤というのは1つも持っていなかった。

本文中で紹介されている録音については、私も持っているものがいくつもあったけれど。

それで、とくに興味を惹かれたものを買うことにした。
フルート四重奏曲 二長調(KV285)、ピアノソナタ イ短調(KV310)、協奏交響曲 変ホ長調(KV364)の3CD。
このいずれもが古楽器を使用したものである。

flute_quartet_suga.jpg ■フルート四重奏曲全曲
 菅きよみ(Flauto traverso) 、
 若松夏美(Vn)、成田寛(Vla)、鈴木秀美(Vc)

これは驚いた。フラウト・トラヴェルソがこんなにきびきびと鳴るなんて。
もちろんモーツァルトの時代には、この楽器でこの曲を演奏していたはずだから、驚くようなことではないのかもしれないけれど。
モーツァルトはフルートが嫌いだったという説がある。しかし、磯山氏は、本当に嫌いだったら、魔笛のフルートの説明がつかないと仰っている。私もそう思う、というか思いたい。
モーツァルトが嫌いだと言ったのは、協奏曲の注文主の銭払いが悪かったからだろう(2曲注文されて、1曲はオーボエ協奏曲の編曲だから無理ないことだけれど)。


Baroque-Traversos.jpg 実は、知人が持っているフラウト・トラヴェルソを触らせてもらったことがある。
トラヴェルソは現代フルート(C管)と違い、管自体の調性はD管、つまりすべての穴を塞いだ管長が最も長い状態で出る基音はDである。そう考えれば、ある程度は納得できる運指ではある。

リコーダーはソプラノはC管、アルトはF管である。私はアルトを吹くときは、頭の中で移調してソプラノと同じ指使いにするのだけれど、人によってはアルトは別の楽器として、アルトの指使いを覚えるそうだ。
つまり、Fを鳴らすとき、私はそれをアルトのドと頭の中で移調して、ソプラノのド(C)の指使いで吹くけれど、人によってははじめからアルトのFは指孔を全部塞ぐ指使いと覚えているということ。正確にシフトされるわけではないだろうから、アルト用に指を覚えるほうが正しいのかもしれないけれど。

が、それ以上に奇々怪々な運指が要求されていて、とても尋常には演奏できない。トリルを吹くときに、バラバラの指を3,4本動かすなんて芸当は無理。私は小一時間ためして、あきらめた。

Symphony_concertante_K364.jpg ■協奏交響曲、ヴァイオリン協奏曲第3番
 寺神戸亮(Vn)、S.クイケン(Vla)&ラ・プティット・バンド

これはちょっと期待はずれ。
この曲の初演のとき、モーツァルトがヴィオラを担当し、ヴィオラを半音高く(つまり変ホ長調に)調弦したことは良く知られている。しかし、現代の演奏でそういうことをしている奏者は少ない。この演奏はそれを注実にやっているという。
ヴィオラの音に張りがある、そう思って聴けばそのとおりなのだけれど、いかんせん、ヴァイオリンの音が薄い。
この曲は、哀愁の強い(第2楽章)ところもあるので、もっと豊かな音が合うと思うのだけれど、どうもヴァイオリンがひぃーひぃー鳴きすぎる感じ。
あらためてヴィオラをモーツァルト指定の調弦にした演奏のCDを調べると、五嶋みどり・今井信子・北ドイツ管弦楽団の演奏、ヨセフ・スークのものなどがあるようだ。こちらも聴いてみたいと思う。


礒山氏は、日本人による良い演奏があれば、そちらを優先的にとりあげているような気がする。

もう1枚のCD、輪舞(ロンド)~ソナタ第8、9、11番、2つのロンド 小倉貴久子については、稿をあらためて。

関連記事

「すみれ」の真実―礒山雅 「モーツァルト」(その1)

71mMblyTkfL.jpg 「モーツァルトと女性たち」では、「モーツァルトの伝記として絶対に外せない書であると思う」と書いた。
この本に触発されて、比較的最近のもので、評判の良い伝記も読んでみようと思って、「モーツァルトは貧乏じゃなかった」というコピーが付いた、この本、礒山雅「モーツァルト」を読むことにした。

モーツァルトについては、「神童」で片づけられてしまう風潮に多くの人が異義を唱えてきている。

もちろん神童でもある。しかも二十歳すぎてもただの人ではない。

モーツァルトは曲芸を仕込まれた犬ではないし、「赤い上着を着た子供」で終わるわけではない。
その作品を、「優美」や「美しい」で済ますわけにはいかないし、「疾走する哀しみ」や「デモーニッシュ」と言えば深いということにもならないと思う。

本書では、アタリマエのことだけれど、大変な霊感と真摯な作曲態度、さらに加えて洒落のめした遊びまで、幅広いモーツァルトが描かれる。
特に、この最後の洒落のめした遊びというのは、もちろん沢山の下品なカノンの類については前からモーツァルトの遊びとして理解してきたけれど、本書の「すみれ」KV476の解説には驚いた。そして、大いに納得した。

Das_Veilchen_KV476.jpg 「すみれ」は前にも記事にしたことがある。

庭に咲いた花をスミレだと思って書いたのだけれど、スミレではなさそうだ。


恥かしながら、この曲については、「すみれ」というイメージに引きずられて、あまり深く考えたことはない。
曲自体は、美しく、劇的である。
しかし、最後にモーツァルトが付け加えた「かわいそうなスミレ、本当に素敵なスミレだった」の歌詞で、モーツァルトがスミレに寄せる思いを「素直に」語ることで、「かわいいモーツァルト」という、あまりにもベタなところがあると思っていた。

実際、これをモーツァルトの優しさと解説するものは多く目にすることができる。

ところが磯山氏は、ここにモーツァルトの秘密(大袈裟だな)があると言う。

この曲を劇的にしているトリックの一つは、テーマがなんと7小節=4小節+3小節で構成されているという点にある(礒山氏の指摘でなるほどと思った)。
これにより、劇的で、ひっかかるような、躓いたような感じが生まれてくるように思う。
そして、これは一種の諧謔でもある。通常の作曲作法を知る人達にとっては。

そうしてみると(聴くと)、最後にモーツァルトが付け加えた部分:「かわいそうなすみれ、それは本当にかわいいすみれだった」の部分は、少女趣味ではなくて、これは、悲劇を喜劇に笑い飛ばすためのダメ押しなのだ。

秘かに美しい少女に思いを寄せ、そのことに気づかれることもなく、さらに、存在すら気づかれないまま、踏み潰されるというのは、悲喜劇以外の何だろう。そういう思いをした可哀そうな少年はたくさんいるに違いない。そして、それを傍から見ている他人。


美しいメロディが悲劇性をかきたてて、その悲劇を笑い飛ばすための変則な4+3小節があるわけだ。
礒山氏が書くように、モーツァルトは友人たちと、笑い転げていただろう。

P_20160922_162230.jpg シューベルトの歌曲の多くは、「シューベルティアーデ」と呼ばれる、作曲家と親しい人達の集まりで生まれたといわれている。
モーツァルトの歌曲もそうした私的な集まりで生まれたようだが、その雰囲気の違い、片や堅物、片や洒落、ということなのかもしれない。もちろん、これによって、作品の質が落ちるわけではないが、見様によっては、悪魔の所業である。

ベートーヴェンがモーツァルトを許さない理由の一つは、ここにあるのではないだろうか(それだけベートーヴェンは良い耳を持っていた?)。


こうしたことを踏まえて、氏は、劇的に歌うペーター・シュライアーの演奏を推薦されている。なるほど。
少々、大げさに、歌うのがこの曲の本来の姿なのかもしれない。

ペーター・シュライアーの「すみれ」。
(LPからデジタル化、レコード針のトラッキングが悪くて申し訳ない。
アップするにあたって、モノーラル・低音質化した。)


良く表現するには、表現しすぎないことです
超越的な表現者、モーツァルトの哄笑が聞こえてくる。

関連記事

キリシタン―「宗教で読む戦国時代」(その2)

KB252160.jpg 一昨日、神田千里「宗教で読む戦国時代」をとりあげたけれど、今日は関連して思ったこと。
一昨日は、キリシタン、一神教になると、神の観念が変わるようだと書いたが、そういう神の観念自体が一神教特有のものなんだろう。

本書では、一向一揆は信仰をめぐるものではない、つまり信仰を賭けて戦ったものではない、弾圧者から、棄教を迫られるというような面はなかったと説明されているが、昨日書いたように、私はこの著者の説はやや怪しいと思っている。

絶対的な信仰を持つと人は変わるのである。そしてそれはキリスト教では顕著な姿になるようだ。
一昨日も書いたように、天道思想はキリスト教受容の下地になったと著者は指摘するのだが、仮にそうだとしても、キリシタンになったとたんに、日本の天道思想とは相容れないものになったのではないだろうか。

島原の乱は、キリスト教を棄教すれば許すという点、信仰のかかったものである。

もちろん叛乱者の団結を切り崩すという意図があっただろう。無理やりキリスト教徒にさせられた人たちもいて、それなりの効果もあったらしい。いずれにせよ、信仰が乱の大きな要素である。


一神教というのは、たくさんの神のうち一つを選んで信じるのではない。
神は一つのみ存在し、そしてその神のみをすべての人が信じなければならないということである。
 ∃1xy [ y は x を信じる ]   ([ ワイクルスを信じる ] と読んでください)

※ x と y の順番を入れ替える (∀y∃1x [ y は x を信じる ] ) と弱い命題=寛容な一神教になる

従って、他の神はすべて否定される。

同じ1つの神を信じるとしても――ユダヤ教の神、キリスト教の神、イスラム教の神は同じ神だと聞いているわけだけれど、この3宗教の対立は一体どうしたことか。同じ神を信じるものとしての連帯ではなく、お互いを異端(異教)視する。

対して、日本には八百万の神が居る。アニミズム的信仰の対象となるものは別として、主要な神や、各種の仏教教派があっても、これらは同じ神が違う姿で顕れたもの(本地垂迹)として、丸く収める知恵があるのに。

他宗を否定する教義の場合は、これがあてはまらない。


キリシタンは、弾圧された被害者のような扱いというか、学校の歴史の授業ではそういうイメージで教えられた覚えがある。しかし、既存宗教を否定し、信仰のためなら乱暴狼藉を働く一面があったことが、本書では紹介されている。
キリシタン大名の領国では、多数の寺社が破壊され、僧侶が殺されたという。島原の乱にあっても、多くの寺社が破壊されたそうだ。(昨日稿に書いた仏教教団間の暴力闘争があったことも、キリシタンの暴力行使への抵抗感を下げていただろうと思う。)

こういうキリシタンの乱暴狼藉の話を読むと、「ローマ人の物語」(塩野七生)や「背教者ユリアヌス」(辻邦夫)が重ねあわされてくる。これらを読んでいると、キリスト教というのが、どれほどイヤラシく、卑劣で、粗野なものなのか、「あのガリラヤ人どもめ」と罵りたくなる。現代の我々が賛美してやまない、ミロのビーナスやサモトラケのニケのような美術品が、キリスト教徒によって無残にも木端微塵にされてしまったのだ。

偶像崇拝を禁止するイスラム教(本来、キリスト教もだけど)では、過激派は異教の偶像を破壊する。タリバンやISの美術品破壊行為を批判する資格が、キリスト教徒にあるのだろうか。


eikyuji_map16.jpg それは古代ローマの話じゃないか、その後キリスト教は洗練され、すばらしい芸術も生み出したという意見もあるだろう。しかし、日本ではわずか400年ほど前、すでにプロテスタントも出現している時代に、キリシタンが神社仏閣を、仏像・神像を破壊しまくったわけである。

もっとも、明治の廃仏毀釈の嵐も同様のことをしているわけだ。私が生まれ育った市には、内山永久寺という壮麗な寺院があったらしいが、廃寺となった。

西洋に学ぶということは、キリスト教の不寛容という精神を学ぶということだったのかもしれない。
一神腐乱である。

関連記事

天道思想―「宗教で読む戦国時代」(その1)

KB252160.jpg 日本人は無宗教だという言説がある。

日曜日に教会に行くこともないし、一日のはじまりが神への祈りで始まる人というのはそう多くない。
そのくせ、初詣に行き、お盆やお彼岸の行事はやる。結婚式は神式が多く、最近はキリスト教式が増え、葬式は多くが仏式である。
外国人からは、日本人には信じる神はいないのかというように見えるというわけだ。

「家の宗旨は○○です」という言い方はしても、「私は○○の信者です」という言い方は稀である。


何という本だったか忘れたけれど、日本人に宗教心がないというのは、特定の教派・教会という組織への帰属のことにすぎず、ちゃんと神を敬う気持ちはもっているという反論を読んだことがある。

神田千里「宗教で読む戦国時代」は、この根深い日本人の宗教心というのが、既に戦国時代からあったという。
著者はそれを「天道」思想と表現している。

子供の頃、「お天道様が見てるよ」と言われて育った人は多いと思う。脈々と流れている神を畏敬する気持ちであろう。


信長ですら天道思想の持ち主であったとする。
信長と宗教といえば、叡山の焼き討ち、長島一向一揆の皆殺し、石山本願寺との長い闘いが思い起こされるけれど、信長は宗教を否定しているわけではない。信仰も布教も禁止はしていないという。僧にあるまじき富や権力への執着、そのための敵対勢力との共闘、そういったものを攻撃したにすぎない。

また、日本の仏教諸派間の諍いは信仰上のものではなく、もっぱら教派指導者の権力争いだと分析する。
一向一揆(この言葉も江戸時代に真宗側が自らの功績を誇るために使いだしたものだという)は、宗教のための戦いではなくて、その地の時の権力者の争いに加わったもので、加賀が門徒で持つ国というのは、宗教国家を作ったのではなく、守護をめぐる戦いの結果として、寺が地域支配をしたものという見方。

しかし疑問もある。当時、激烈な宗派間闘争があったことをどう理解するのか。
天文法華の乱(1536年)。

僧兵と宗徒、近江の大名・六角定頼の援軍が加わって、延暦寺は総計約6万人を動員して京都市中に押し寄せ、日蓮宗二十一本山をことごとく焼き払い、法華衆の3000人とも1万人ともいわれる人々を殺害した(天文法難)。
さらに延暦寺の勢力が放った火は大火を招き、京都は下京の全域、および上京の3分の1ほどを焼失。兵火による被害規模は応仁の乱を上回るものであった。

(Wikipedia)

本書では、この乱については全く触れられていない。
なお、この事件の前に起こった山科本願寺焼き打ち(法華宗側と浄土真宗の諍い、浄土真宗の京都での勢力拡大に法華宗が対抗)については本書でも触れられてはいるが、著者は当時の公家の日記に「今日一時に滅亡、しかしながら天道なり」(鷲尾隆康『二水記』天文元年8月24日条)とあることをもって、天道思想が一般的であったことを傍証するものという扱いとなっている。

しかし、これはやはり無理があるように思う。
天文法華の乱の引鉄となったのは、法華宗が延暦寺に宗教問答をふっかけ、法華宗の一門徒が叡山の僧を論破してしまったこととされている。これを根にもった延暦寺側が、上述の暴挙に出たというわけだ。
著者がいうように、俗世の権力争いがからんでいたかもしれないが、発端は信仰の違いと考えるべきだと思う。

天道思想をもちだすなら、一部宗派は天道思想を受け入れていない、そしてその宗派の門徒以外は天道思想を持っているから、当該宗派を受け入れない、と解することが自然だと私は思う。

私の知り合いで教誨師をされていて、あちこちの刑務所を回っておられた方がいたが、その方は「創価学会の人が講和をすると他宗を否定するので受刑者が騒いでしまう」という話をされていた。


それはそうとして、著者は、天道思想がキリスト教受容の下地になった可能性を指摘する。
キリスト教の宣教師も、そのことに気づいていて、天道思想とキリスト教の教えを照応させて、布教につとめていたという。

2016-09-13_094714-index.jpg しかしながら、一旦キリシタン、というか一神教になると、神の観念は変化するようだ。

関連記事

モーツァルト亡きあと~「モーツァルトと女性たち」(その5)

Mozart-Lange.jpg 前々章「モーツァルトのもうひとつの家族」では、コンスタンツェがモーツァルトに愛されたという事実だけで、もう十分良妻であったと言って良いと書いた。
この章では、そうした情緒的な評価にとどまらず、コンスタンツェの復権を目指したのではと思われる記述が続く。

モーツァルトの伝記というと、聖マルクス墓地に葬られた、というところで終わってしまう。しかし、「伝記」というのは、これから書き始められるのである。

本章では、伝記がどのように成立したのかということに多くの注意が払われている。
コンスタンツェとナンネルの、おそらくは不仲が伝記にどう影響したか、ということも含め、コンスタンツェが非協力的だったために協力を求められたナンネルが、まともにとりあわずに話したことが伝記に採用されること、そしてそれを知ったコンスタンツェが「本当の」モーツァルト伝(後の夫ニッセンによる)を望んだことなど、経緯が描かれる。

Sofie_Weber.jpg そして、モーツァルトに不用意に「子供」のイメージがまとわりつくこと、金銭感覚が夫婦ともになかったとされることなど、モーツァルト死亡直後のナンネルの不用意な発言が影響を与えたのではないかとする。
そしてコンスタンツェは、自分が関わらないところで出されたモーツァルト伝を、出版された本の買い占めも含め、正しいものにしようと努力することになる。

最後までモーツァルトの世話をしたコンスタンツェの妹ゾフィー(右図)の証言が今なお伝えられるのは、こうした努力のおかげでもある。

コンスタンツェ悪妻説では、モーツァルトの遺稿を二束三文で売り払ったというような話を聞かされてきたが、実際には、売り払ったことは事実としても、それはモーツァルトの作品を出版したいということであり、それを商行為としてできるかぎり安く買いたたこうという出版社との間での駆け引きの中での話である。
コンスタンツェとしては、モーツァルトの名誉・評価を最大限に高めることが、自分が生きていくためにも必要なことだったはずである。

そして、その活動の過程で、ナンネルとも往き来するようになる。
著者の一環した、コンスタンツェ、ナンネルへの好意的な眼差しが、ようやく報われることになる。

Franz_Xaver_Mozart_(Wolfgang_Jr)_1825.jpg ところで、モーツァルトには2人の生き残った息子がいる。上の子(カール)はイタリアで官吏として生き、下の子(クサバー=モーツァルトⅡ)は、音楽で身を立てている。
コンスタンツェは下の子の方が音楽の才能があると考えて、カールには音楽の道をあきらめさせ(本人は音楽もやりたかったらしい)、クサバーはモーツァルトⅡ世として売り出そうと考えたらしい。
しかし、モーツァルトⅡ世は、それだけで演奏会に客を呼ぶことはできるけれど、残念ながらそれ以上にはなれなかった。おそらく本人は、大変な重荷と、自己否定感覚にまとわりつづけたことだろう。

モーツァルトⅡ世の曲を聴いたことがある(ピアノ四重奏曲)。
日本で歌われている「タンタンタヌキの……」にそっくりのモティーフが現れる曲だった。


関連記事

「無私の日本人」

2016-08-22_101814-crop.jpg 映画「殿、利息でござる」のテレビCMを見て、面白そうだなと思った。そして、原作というかタネ本が、磯田道史「無私の日本人」であると知って、「武士の家計簿」同様、これは期待できる作品だろうと思った。

映画はいずれテレビでも放送されるだろうけれど、何より、磯田先生の本なら面白いだろう、そう思って、すぐに電子書籍を購入した。

語り口、まさにそういう表現がピッタリである。カタイ歴史解説書のような、史料・解釈という体裁をとらない。まるで司馬遼太郎か吉川栄治を読んでいるみたいな感覚である。旅の道中、タブレットで一気に読んでしまった。

なんでも著者を「平成の司馬遼太郎」という人もいるらしい。


「無私の日本人」には3つの話がとりあげられている。穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月である。

598e97e9f7401b5a1cd68fed2266ba26.jpg 映画のもとになったのは、穀田屋十三郎の部分である。
私は映画は見ていないが、テレビCMから受ける印象はコメディ。だから本書を読み始めるときも、してやったりという領民の姿が描かれるのかと思ったが、そうではない。

藩側の役人、代官の橋本権右衛門、出入司(実質的な財政トップ)の萱場杢の2人が重要である。代官橋本は領民の思いを受け止め、領民の企てが成就することを助けるわけだが、出入司の萱場は領民の足下を見てさらに搾り取るわけだが、それでも実務官僚らしく、領民の知恵に興味を持つ懐の深さもあるようだ。

江戸時代の役人の仕事(不作為)ぶり、つまり先例主義、盥回し、そして相手の足下を見るには長けた様子が、縷々書かれていて、読んでいる側にも悔しさが湧いてくる。

中根東里については、本書を読むまで存在も知らなかった(もちろん穀田屋十三郎も知らなかった)。
儒者というより仁者と言うべきか。

rengetu01.jpg そして大田垣蓮月、この名前はどこかで聞いた覚えはあった。
本書によると今の京都大学構内に居住し、焼き物の工房跡が発見されている。今、その場所から西、御所方面へ行くには今でも今出川か荒神口、丸太町の橋を渡るわけだけれど、丸太町の橋を最初に架けたのは蓮月さんだという。しかも橋を架けるために貯めていたお金は飢饉のときにはすべて拠出したこともあるという。

また、江戸無血開城は、西郷と勝の会談の成果とか、天璋院や静寛院宮による両陣営への嘆願などといわれているけれど、本書によれば、西郷を動かしたのは蓮月の西郷への直訴だろうという。

あだ味方 勝つも負くるも 哀れなり 同じ御国の 人と思へば


以前、珍之助さまのブログへのコメントに、蓮月は「傍目にはどうみても不幸続き。自ら眉を抜き、歯を抜き、自分が美人であることをどれほど呪ったことか」と書いた。これも本書で知ったことである。

aa6dba62c7420895d1615f54e490e9c0.png 美貌で文武に優れ、血筋も高貴、そして無私無欲で慈愛に満ちた人。

中根東里と蓮月には仁慈の人として、通ずるものがあるように思う。
二人とも、傍目には恵まれない境遇を生きたように見えて、本人たちは至高の人生を全うしたようだ。

この記事を書くために蓮月をネットで見ていたら、「無私の歌人」という、本書のタイトルを採ったと思われる展覧会(既に終了)の案内チラシが見つかった。

あちこちに刺激を与えている本だ。
(残念ながら私は電子書籍で読んだので、お貸しすることができない。あしからず。)

関連記事

モーツァルトとオペラの女性たち~「モーツァルトと女性たち」(その4)

AnnaGottliebColorDetail.jpg この章は見事なまでにオペラの楽曲解説で埋め尽くされる。

モーツァルトのオペラといえば、本書では"ラ・フィンタ・センプリッチェ"(KV51)を最初に取り上げている。同時期に"バスティアンとバスティエンヌ"(KV50)もあるが、これは習作のようで、上演公開をもくろんだ最初の作品として"ラ・フィンタ・センプリッチェ"をとりあげたのだろう。
私ももちろんどちらも録音を聴いたことはあるけれど、映画「アマデウス」でもモーツァルトの成功を印象付けるシーンに使われた"後宮からの誘拐"(KV384)以前のオペラについては、正直なところ、後の"フィガロの結婚"(KV492)や"ドン・ジョバンニ"(KV527)などのような興奮を覚えることはなかった。

初期のオペラというと、"恋の女庭師"(KV196)は、他愛ないストーリーだが、それなりにまとまっているように思う(ドイツ語版とイタリア語版があることからも再演されていたことがうかがわれる)。
また、"ルチオ・シルラ"(KV135)は素晴らしい序曲やアリアがあって、それぞれ単独の楽曲として楽しめるけれど、劇作品としての完成度はいかがなものかというのが正直な感想である。

ちなみにルチオ・シルラという人物は、塩野七生「ローマ人の物語」によれば、とんでもない実力者であり、反抗者に対しては苛酷な処置をした人という。モーツァルトの作品のストーリーとはちと違うような気がするが。

そして"後宮"の大成功が際立つのだけれど、本書では、その前にミュンヘンで上演された"イドメネオ"(KV366)が重要な作品として、そして素晴らしい作品として取り上げられている。

ただ情けないことに、著者は"イドメネオ"のアリアやレチタティーヴォについて、生き生きと語るのだけれど、私にはその音楽が聞こえてこない、序曲は強い印象を受ける名曲で、単独で演奏されることも多い(オペラとは別だが"イドメネオのための舞踊音楽"も)。しかし、このオペラを通して視たことがあまりなく、また、ビデオを通して視ても、やはり退屈なのである。


そして、なぜ"イドメネオ"が後期のオペラと比べて、やや貧相な感じを受けるのかがわかった。
モーツァルトは、歌手に合せて音楽を作った。

FabPlayer_[20160718-175156-463] 歌手の力量が低いと、それに合わせた音楽にせざるを得ないのである。
もちろん「やさしい」曲では効果が得られないというわけではなく、モーツァルトはやさしい曲でも立派な効果をあげること、それは歌手の歌だけでなく、伴奏オーケストラにも役割を持たせることでもなされる、というわけだが、やはり、歌手の力量に差があると、やはりバランス感は落ちるのではないだろうか。

それだけに、どこで演奏する予定だったのかがわからないいわゆる三大交響曲(KV543、KV550、KV551)の成立が謎なのだ。


今なら、曲に合わせて、プレイヤーが集められるのがアタリマエだけど、当時はプレイヤーに合せて曲が作られた。これはモーツァルトのことだけではない。

そして演奏したい曲に必要なプレイヤーが参加できなければ、編曲という手段がとられる。"メサイア"のモーツァルト編曲版(KV572)では、あろうことか、第三部の「ラッパが鳴り響いて」のトランペットがない(ホルン代用)。


"イドメネオ"の後は、いよいよ"後宮からの誘拐"(KV384)が取り上げられる。ようやく思ったような仕事ができたというわけである。

だからこそ、映画「アマデウス」でも一躍、ウィーンのトップとして認知されるモーツァルトを表現するものとして取り上げられたわけである。

"劇場支配人"(KV486)にちょっと触れて、オペラ作品としてはもちろん中途半端なものであるけれど、サリエリとの腕比べでもあって、モーツァルトは楽しんでやった仕事だろうという評である。

JosephaDuschek.jpg そしていよいよ、"フィガロの結婚"(KV492)、"ドン・ジョバンニ"(KV527)、"コシ・ファン・トゥッテ"(KV588)、"魔笛"(KV620)が順次とりあげられる。そして、著者の解説の言葉が、その各楽曲を頭の中で響かせる、それぐらい的確な描写がなされる。

ところで、この4曲については、どれが一番好きか、という問いがときどきあるのだけれど、私は「最後に聴いたのが一番好き」と答えることにしている。
それは、誰だったか忘れたが、スタンダールが好きな人が「"赤と黒"と"パルムの僧院"のどちらが好きですか」と聞かれたら、最後に読んだ方、と答えることにしているというのを、そのまま使わせてもらっている。

著者は、もちろんいずれも不朽の名作としながらも、この中では少し評価が低いと思われる"コシ・ファン・トゥッテ"をかなり持ち上げる。私にも異論はないけれど、そう思うのは、他の3作品は、台本の乱れみたいなものがあって、演奏によっては曲の順序の入れ替えなどもあるのだけれど、"コシ"にはそういう乱れは全くなく、作品としての完成度としては最も高いと言えるからだと思う。

"フィガロ"は有名なザルツブルク音楽祭でのポネル演出カラヤン指揮の演奏では、楽曲の順序を入れ替えていたと思う。また、"ドン・ジョバンニ"はそうした乱れはないけれど、アリアの追加や終曲のカットなどはある。"魔笛"はベルイマンの映画版では、曲の順序が入れ替えられていたと思う。

もっとも、著者は"コシ・ファン・トゥッッテ"は、伝統的秩序や道徳への挑戦(これは他の曲でもそう)だと言うのだけれど、私のような現代人にしてみると、とてもそういう難しい楽しみ方はできなくて、当時はそういう評価もあったのだろうかとは思うものの、モーツァルトはいろんな人間がいて、いろんなことを考えて、いろんな失敗をするんだということを、見事に描いてくれたというようにしか思えないのだけれど。

いずれにせよ、この章を読んでいる間、頭の中に、オペラの各節が鳴り響くこと請け合いである。

上でゴシック体にした作品のうち演奏機会の少ないものをYouTubeから拾ってみた。

La Finta Semplice  (KV51)
Idomeneo  (KV366)
Entführung aus dem Serail  (KV384)
Der Schauspieldirektor  (KV486)
(演奏機会が少ないとはいえ、後二者は舞台も見たことがある)


高音質・高画質というわけにはゆかないにしても、こうやっていつでも見られるというありがたい時代になったものだ。


関連記事

モーツァルトのもうひとつの家族~「モーツァルトと女性たち」(その3)

この章では、モーツァルト自身の家族、つまりコンスタンツェとの結婚生活のことが書かれる。
そしてこの章で最も意外だったのは、コンスタンツェが良き妻であったとされることである。

Wolfgang-Constance_choco.jpg ザルツブルクをはじめ、オーストリアの土産物店には、二人の肖像がならんだチョコレート類が各種売られている。
私は、ながらく「コンスタンツェ=悪妻」という通説を疑っていなかったから、一体、オーストリア人は何を考えてるんだと訝しく思い、コンスタンツェが並んでいないチョコレートを探し、そしてそちらを土産に購入した。

でも、本書によれば違うみたいである。

コンスタンツェが(客観的に)悪妻であったかどうかは別として、モーツァルトが愛していたという一点において、モーツァルトにとっては良妻であり、コンスタンツェが並んで描かれる権利はあると思うようになった。

今までの知識では、コンスタンツェを悪妻にするためだろう、モーツァルトがコンスタンツェの身持ちについて小言をいう手紙などがことさら紹介されていたと思うが、本書では、恋する女性に対する自然な思いでしかないと扱われる。

Costanze_Mozart_by_Lange_1782.jpg モーツァルトがコンスタンツェの身持ち、つまり不倫を心配する手紙を書いたのは、不倫の事実があるからではなくて、嫉妬心、愛が他者に向かう事への心配にすぎないとも解される。

「お金の使い方をしらない男と、お金を使うのが大好きな女が結婚したら、破滅することは当然である」みたいなことが"青島広志のこれだけ!西洋音楽史!!"というCDの解説(ナレーション)にあったように記憶するけれど、コンスタンツェの浪費については本書では、少なくともこんな無駄なことにお金を使った、という形では出てこない。もちろん妊娠や病気その他、必要な経費は多かったようだが、どうも一番の「浪費」にあたるのは身の丈に合わない住居を借りた(それは音楽家として仲間を集め、有利な就職を得る投資という面もあるのだけれど)ということのようだ。
そしてむしろ、経済的危機にあっては、少なくともモーツァルトよりはうまく切り抜ける知恵を持っていたようだ。

コンスタンツェ=悪妻説が論拠とするのは、葬式のときにお墓まで行かなかった、モーツァルトの骨の行方がわからなくなった、死別後になってようやく夫が天才だったとわかったが、そのときは自分の金儲けのために利用した、云々である。

これが適正な評価であったかどうかは、最終章「モーツァルト亡きあと」で詳細に点検される。

Aloysia_weber.jpg コンスタンツェだけでなく、ウェーバー家全体に対する評判も芳しくない。
いくつかの評伝では、モーツァルトはウェーバー家の巧妙な罠におちて、はじめはアロイジアに気を惹かれ、ついでコンスタンツェと結婚させられたという評価がなされる。

しかし、本書ではその説には与しない。
この説のよりどころとなるのは、ウェーバー家を警戒するレオポルトの態度なのだろうと思うけれど、レオポルトはウェーバー家と利害が対立しているのである。
ウェーバー家はモーツァルトから絞れるものを絞ろうとしている、つまり自分の懐に入るべきものが入らなくなるという怖れを持っている、そしてそのことにより、モーツァルトをウェーバー家から引き離そうとしているということである。

モーツァルトは、繰り返し、「ウェーバー家の人たちは気持ちの良い人たちで、音楽的にも素晴らしい人たちです」とレオポルトに手紙を書いているが、前半はともかく、後半については、音楽に関しては絶対に妥協しないモーツァルトが嘘を書くはずはないと私は思う。だからといって前半の記述も正しいということにはならないけれど、レオポルトが言うように、モーツァルトがだまされているという証拠にはならないだろう。

長姉ヨゼファも、アロイジアも、素晴らしいソプラノとして成功を収めている。おそらくモーツァルトよりも、安定した生活をしていたものと思う。また、何といっても、モーツァルトの最後の世話をしたのは、末妹のゾフィーである。
ウェーバー家が、家ぐるみモーツァルトを金づるとして取り込んだというのは、やはり無理があるように思う。


関連記事

モーツァルトの家族~「モーツァルトと女性たち」(その2)

随分、日があいたけれど、グラヴァー「モーツァルトと女性たち」の各章についての感想を順に書くことにする。
同書の第1章は「モーツァルトの家族」である。

アインシュタイン「モーツァルト:その人間と作品」は、レオポルトがザルツブルクへ来るところあたりから書かれていたと思う。アウグスブルクやインゴルシュタット(あのフランケンシュタインが怪物を生み出した大学街)ではなく、ザルツブルクへ来るところからである。

Leopold_Mozart.jpg グラヴァー「モーツァルトと女性たち」では、それよりも一世代前、モーツァルトの祖父母から語られている。
それは父レオポルトや母アンナ・マリア(生地ザンクト・ギルゲン―後にナンネルもここで暮らす時期がある―にはこの縁による小さな記念館がある。ちょっとした土産物売り場もあって、リコーダーを買おうかと思ったけれどジャーマン式しかなかったのでやめた)がどういう人達であったのかを書くためである。

そして、レオポルトがその父とも喧嘩別れするような、かなり我儘な人間だったと推察されることが書かれる。

このことは、レオポルトは厳しい父であり、方針の違いからヴォルフガングと対立することになるが、厳しくても立派な父であったと思っていた私の思い込みとは微妙に違う。本書では頑固な独裁者という一面が浮き彫りにされる。

モーツァルトがウィーンへ行ってしまったことに対する怒りは、モーツァルトが親の忠告を聞かないことに対するものだけではなくて、また、親らしい気遣いからだけということでもなくて、ザルツブルクで経済的には不遇(結局、副楽長どまりに終わる)だったレオポルトにしてみれば、その頃、既にモーツァルト一家では、モーツァルトが収入面での大黒柱であったことが指摘され、そうした経済的理由からでもあったという。

ベートーヴェンの父親は、ベートーヴェンをモーツァルトのようにして、息子から搾取しようと考えていたという話があるけれど、レオポルトもそうした面があったわけだ。ただ、レオポルトは教育者としては素晴らしかったわけで、そこがベートーヴェンの父とは違い、「厳しいが立派な父」という評価を得ることになったのだろう。

anna_maria_mozart.jpg
アンナ・マリア(マリア・アンナと書いてる本もあるけど)のイメージも違っていた、というか今までは知らなかった。
母アンナ・マリアはパリで客死するわけだが、レオポルトの命令で、モーツァルトに付き合わされて、息子にはほっとかれ、寂しい思いをしながら、冷たい部屋で死んでしまった、かわいそうな母、そのように書いている本が多いと思う。
しかし、本書では、アンナ・マリアは、モーツァルトとの旅を楽しんでいた様子も描かれる。それはレオポルトから離れて羽根を伸ばしたという面もあるに違いない。

たしかに、モーツァルトは仕事を求め、旧交をあたため、また新しい人脈を築くため、母をほったらかしにしたこともあっただろう。アンナ・マリアは一人でさびしく食事をしたことも多かったかもしれない。それでも、うるさいレオポルトから離れ、モーツァルトと一緒にいることは楽しかったのだろう。
アンナ・マリアは大酒呑みだったというから、決してひよわな体質ではなかっただろう。死の数日前までは元気そうだったという。

マリア・アンナ(ナンネル)についても、他の伝記などでは、子供の頃の一瞬しかナンネルの姿は描かれないことが多いけれど、本書では、ナンネルの弟に対する感情の変遷、無邪気なパートナーから嫉妬の対象へ、そして評価・自慢の弟へと変わっていくことが示される。

モーツァルトとレオポルトのイタリア旅行には、最初の大旅行とは違い、アンナ・マリアもナンネルも同行していない。今まで、そのことについて不審に思ったことはない。モーツァルトの成長及び就職のためで、その期待を受けていないナンネルが一緒に行かないのは当然である。なにより、一番大きな理由は、旅にはお金がかかるということである。そしてその通りなのかもしれないが、著者は、残された母娘の気持ちに着目する。
その一方で、モーツァルトとナンネルの「暗号」通信、下ネタ満載の手紙から、二人の気持ちが通じ合っていたことも(モーツァルトの結婚までは)、丁寧に記述されている。

Maria_Anna_Mozart_(Lorenzoni).jpg とりわけ、ナンネルについては、ピアニストとして当代一流の腕をもちながら、弟の陰に隠れていることに対し、はじめは悔しさもあったのだろうが、弟を凌駕できないことを自覚しながら、やはり自分の腕前は披露したかっただろうと、思う。
そして、レオポルトから最大の被害を受けたのは、ナンネルだったのかもしれない。

著者は、ナンネルへの思い入れを強く持っていると思う。
本書のカバーにナンネルの肖像が使われていることもその表れではないかと思う。
ナンネルは本書の最後の章「モーツァルト亡きあと」で再び大きな役割を果たすことになる。

モーツァルトが弟でなければ、彼女は素晴らしい音楽家として(レオポルトも彼女に多くを期待しただろう)歴史に名を遺したにちがいない。その肖像画を見れば、きりっとした美人であったことがうかがわれる。

だけれど、結局は「モーツァルトの姉」としてしか名を遺さなかったというわけである。

あと、モーツァルトの家族には、"ビンベルル"(または"ビンベス")と呼ばれていた一員がいる。
旅先からモーツァルトがナンネルに「太らないよう餌を与え過ぎないように」と注意していた、フォックステリアである。("His master's voice"の種類もフォックステリアのようである。この種類には音楽が似合うのかな。)

P1000905-crops.jpg
【追記】

ザンクト・ギルゲンで撮った写真があったのを思い出したので載せることにした。
アンナ・マリアの像と、モーツァルトの記念館。


P1000906s.jpg

P1000907ms.jpg



関連記事

「モーツァルトと女性たち」

51dDFs7H74L.jpg ジェイン・グラヴァー「モーツァルトと女性たち:家族、友人、音楽」(原題:"Mozart's Women")は、472ページの大著である。
グッドール「音楽の進化史」なみの分厚さである。

著者は女性。指揮者でもある。
この本を読むまで、この指揮者の存在は知らなかった、というか多分、今までにテレビの音楽番組などで絶対に見ている人だと思うけれど、指揮者として意識したことはなかった。

タイトルは「……と女性たち」とあるが、女性との関わりばかりが書かれているわけではない。というか、むしろサブタイトル「家族、友人、音楽」の方がピッタリであろう。「……と女性たち」としたのが目を惹くためというわけではないとは思うけれど。

タイトルから連想されるような、モーツァルトと女性のエピソードを集めたというものではない。
しっかりしたモーツァルトの伝記である。この内容なら、どんなタイトルが付いていてもかまわない。

私はモーツァルティアンを自任するくせに、まとまった伝記といえば、アインシュタイン「モーツァルト:その人間と作品」ぐらいしか読んでいないのだけれど、アインシュタインは楽曲ジャンルごとに、その曲が書かれた、あるいは演奏された時期といった形で伝記的な記述があるわけだし、普通の伝記なら年代記という形で年を追って書かれる。
この本は、人間関係をカテゴライズ、つまり、家族(レオポルト)、もう一つの家族(モーツァルト、つまりコンスタンツェと営んだ家族)、演奏家(オペラ歌手たち)というように分けて、それぞれの関係に沿って記述している。

前奏曲
モーツァルトの家族
モーツァルトのもうひとつの家族
モーツァルトとオペラの女性たち
モーツァルト亡きあと
後奏曲
目次は右のとおりだけれど、したがって、読者は少なくとも3回、年代に沿った記述を読むことになる(「モーツァルト亡きあと」だけは、当然だけど、対象年次が異なる)。
そして、それが無駄な努力ではないということは、読めばわかる。

というか、4つの章ごとに1書としても何らおかしくはない。
1書としたのは、前述のような書き方からわかるように、章をまたぐ引用があるから、それを別書の参照という煩わしさを防ぐという意味なのかもしれない。


もし難を言うとすれば、カテゴライズされている分、そこから漏れ落ちる人間関係というのもあっただろうから、そこの欠如感のようなものがあって、「完全な伝記」とはならないことだ。完全な年代記であればそういう感覚にはならないのだろうけれど、それは他書に期待すれば良い話であって、この独自のカテゴリーに沿った叙述は実に興味深い。

もう一つ、節の見出しなど一切ないこと。
分量からして、一気に読めるような代物ではないのに、どこまで読んだか見失ってしまいそう。

小説ならその世界に浸って、偽の体験として、偽の記憶として、その時間を生きれば良いから、見出しなどなくても問題ないのだろうけれど、これは研究成果物なんだから、少しは数段落ごとに内容を端的に表す見出しが欲しくなる。でないと、寝る前に読んでいて、今日はどこまで読もうかという、その区切りがつかないじゃないか。


P_20160731_105854.jpg モーツァルトの伝記的知識といえば、前述のアインシュタイン以外では、演奏会のパンフレットやレコードの解説(「モーツァルト全集」の膨大な解説もある)によるものが多い。また没後200年にNHKが1年間放送した「毎日モーツァルト」も相当な情報量である。

であるけれど、本書の各章には、私が今まで知らなかったというか、誤解していたことが次々にあらわれてくる。
図式的に言うと、周囲の人はモーツァルトに面するところだけが書かれていた感がするけれど、この本ではそうした人達を深堀りすることで、それを感じていただろうモーツァルトの心情にも反映されてくる。

もちろん今までにさんざん語られてきたことも多いのだけど、モーツァルトの祖父母からを読むと、どういうことかと言うと、周囲の人との関わりは伝記の大きな要素だけれど、モーツァルトに接するところだけを見ていたのでは、なぜその人がそのような関わり方をしたのかという理解には届かない。

モーツァルトの伝記として絶対に外せない書であると思う。

実は、はじめは図書館で見つけて借り出して読み始めたのだけれど、これがなかなか内容のあるものなので、気兼ねなく、落ち着いて読めるように、自分のものとして読むために、そして手元に置いておけるように、すぐにAmazonで購入した。

そして、ところどころ、関連楽曲をとりあげて賞賛する言葉がある。
これを読めば、やはりその曲を聴きたくなる。
本書を読みながら、そうした曲に聴き入る、そういうゆったりとした時間の過ごし方、これこそ贅沢というもの。

各章の感想については、順次、アップしていくつもり。

ところで今日はモーツァルトの結婚記念日(1782年8月4日)。
コンスタンツェとの結婚生活は、「モーツァルトのもうひとつの家族」の章で書かれる。
「悪妻コンスタンツェ」、その評価は見直さなければならなくなるのである。

関連記事

糖質制限

2016-07-07_110230.jpg 先日、NHK「ためしてガッテン」で"追跡!糖質制限ダイエットの落とし穴"というのを見た。

番組では、糖質制限ダイエットを実行してダイエットに成功した話と、体重も血糖値も落ちたが、筋力・思考力が落ちたという話が紹介されていて、後者の原因は、絶対的カロリー不足であると説明していた。

これは糖質制限では常識とされることで、糖質を減らすと同時に、たんぱく・脂質はそれに見合うだけ増やす必要があるということであり、多くの書でも注意されていることである。件のダイエットで不調に陥った人はちゃんと本を読んでいたらしいのだけれど、ダイエットに熱心な人は、どうしても食べすぎることに抵抗が強くなるようだ。

私はダイエットを求められるような体型ではなく、今のところ、糖質制限を手放しで認めるわけではないし、実行しようというつもりもない。だけど、糖質制限の考え方にはちょっと関心を持っている。

それは、少し前に宗田哲男「ケトン体が人類を救う~糖質制限でなぜ健康になるのか」という本を読んで、なるほどと腑に落ちることが書いてあったから。

ketontaigajinruiwosukuu.jpg この本は、糖質制限ダイエットが話題の中心ではなくて、妊娠糖尿病が中心になっている。
そうした症状に陥った妊婦の苦労、不安が書かれ、それに対する今までの治療法に対する批判、糖質制限を推奨することに対する伝統的医療者から受ける理不尽な攻撃などが書かれている。

同書では、糖質制限の有効性の説明のため、糖質とインシュリン、肥満の関係について、いろいろ解説されていて、ふぅ~ん、そういうことなのかな、と思いながら読んでいたのだが、そういわれればそうかと腑に落ちる話が書かれていた。それは、

鳥の卵には糖質はほとんど含まれていないが、きちんと雛が育つ

ということ。

実際、食品成分表を見ると、生鶏卵100gあたりの炭水化物は0.3gであり、ほとんどが蛋白質と脂質である。鶏卵だけでなく、魚卵でも同様である(ヘビやカエルの卵は食品成分表にはないようだ)。
生物進化で、人類あるいは哺乳類でも良いが、胎生になったとたん、発生に必要な栄養素の構成が大きく変わるとは考えにくい。人間の胎児の栄養には糖質がたくさん必要だというのは一体、どういう根拠があったんだろう。

前掲書では、胎児の臍帯の血液を調べたところ、糖質は少なく、ケトンが驚くほど高濃度であったと書かれている(それまで調べた人がいないというのも信じがたいけど。調べんと言うてたんか)。


もちろん人体に糖質が不要というわけではないが、その量は多くないそうだ。NHKの番組では、ミトコンドリアが脂質をエネルギーとして使えることは説明されていたが、前掲書には、あたりまえだがミトコンドリアをもたない細胞、たとえば赤血球などは糖質が必要であると書かれている。(もっとも糖質を摂取していないと糖新生ということも起こるらしいが)

また、最近まで脳が栄養として使えるのは糖だけだと考えられていたが、NHKの番組でも指摘されていたように、脳はケトンでも動作するという。

脳の栄養は糖だから、朝起きたらすぐに炭水化物をとるべきであるという話も聞いたことがある。脂質が脳に利用可能なケトンになる時間の問題もあるから、この話の有効性が直ちに否定されるわけではないと思う。

ともかく、「脳がエネルギーとして使えるのは糖だけだから、胎児には糖を欠かすことができない、したがって糖質制限はまちがい」ということだったのだけれど、最初のところが違っている。

これは典型的なものだけれど、我々は三段論法を重ねられると、論理的で正しいと考えがちだが、実はその一つ一つの真偽があやしいものや、前提条件が違っているものが含まれていて、実は全くのデタラメだということは結構ある。専門家もそうした間違いをするというか、専門家ゆえに一層思い込みが強くて修正がきかないということもあるようだ。

前掲書によれば「三大栄養素(たんぱく、脂質、炭水化物)をバランス良く」という栄養学も実は何の根拠もなく信じ込まれていることなのだそうだ。(「バランス良く」って、その尺度は何?)


sugarTax_UK.jpg 番組では、イギリスでは糖のとりすぎが問題視され、砂糖税が設けられていると紹介されていた。米国も州によってはそうらしい。医者は、砂糖は体に悪く、しかも中毒性があるのだと言いだしている。

以前、何かの本で読んだ覚えがあるが、カロリーのない人工甘味料が体に悪いのは、甘味を感じてもエネルギー不足の状態になるため、甘味に対する感受性が落ちて、さらに大量の甘味を求めるようになるからだ、というような説明があったけれど、これもかなりアヤシそうだ。

その一方、あれほど悪者扱いされていたコレステロールも、今や健康指標として無意味とされ、新しい健康診査では使われなくなっている。


医学の世界は、健康に良い(悪い)習慣が、突然、健康に悪い(良い)習慣に、正しい(間違った)治療法が、突然、間違った(正しい)治療法に変わる世界らしい。

昔、タバコはコレラの特効薬と信じられていたことがあったらしい。今では、あらゆる病気の元凶である。これが再度、体に良いに変わることは…………やっぱり、ないだろうな。


関連記事

立川吉笑「現在落語論」

kissho_genzairakugoron.jpg 立川吉笑「現在落語論」。

若僧が何を生意気に講釈垂れてるんだ、というのが読み始めた時の年寄りの感想。
というか、著者はもともと京都のくせに(というか京都だから大阪への反発?)、江戸落語なんぞやって、上方落語をどう考えてるんだということも初っ端にもよおす不快感。
上方の落語家が、江戸落語について「もぞもぞ言ってるだけで何がおもしろいんや」と酷評していたこともあった。

もっともそういう状態は本書にも書かれているように、一時代前の状況で、かつて立川談志がこのままでは能のようになってしまうと憂えた頃のことでもあるようだ。

その談志、粋の固まりみたいなところを感じるわけだけれど、そしてうまいと思うけれど、上方贔屓の私としては、いちばん小気味よい話は、米朝の東京公演を談志が聴きに来て、ガックリ肩を落として帰ったというエピソードである。(「名人は名人を知る、ようわかっとるやんけ」と余裕で談志を誉めた。)

ということで、訝りながら読み始めた本だけれど、そこに書かれていることは至極きちんと筋の通ったことである。
落語について、その技術や特性について考えた、あるいは考えさせられた人なら、右に掲げた目次を見れば、どういうことが書かれているか、たちどころに了解できるものと思う。

著者は、自らのお笑い体験・落語家としての修業を通して、こうした理詰めの落語技法を文章化したのだろうと思う。その分析にはなるほどと思わせるところも多いし、よくまとめられている。

少し違うかなと思うのは、落語がもつアドバンテージを強調するあまり、実はその表現技法は落語だけというわけではないんじゃないかということ。
たとえばありえない時間・空間的設定(第一章1。跳躍や歪みであったりする)を落語の特有のもののように書いているが、これはエッシャーの絵をはじめ、絵画やマンガでも、ケースによってはよりうまく表現できる場合もある。『胴斬り』のシュールさは『猿飛佐助』をはじめとする初期のマンガでも多用されていると思う。

また落語特有と著者がいう、情報を「隠す」(第二章1)技は、小説のような単線的な順序を持つ表現形式なら同様に可能である(もちろん演劇とかだと、隠れていたということに意味が出てしまってうまくいかない)。

その一方、昔からあるシュールな落語について、落語の表現の柔軟さを強調するわけだが、実際には、それ以上に感心すべきなのは、そんな昔から、その話をおもしろがる感性を持っていた庶民の方かもしれない。

この本を契機として、立川吉笑、立川談笑という落語家の芸をYouTubeで見せてもらった。
やっぱりまだまだこなれてないなぁ~、と思ってしまう。

米朝などは、喋っている人間や場面の転換、そうしたものを表現するための、顔や体の向き、目線、言葉使い、そのすべてに対し、細かな演技が必要であり、それが自然にできる(それがどれほど難しいかはやってみようとすればわかる)ようになるのが落語の稽古であると考えていたようなフシがあって、それを厳しく弟子に求めていたと思う。

また、言葉使い一つで、大家なのか店子なのか、侍か商人かがわかるわけだが、もちろん、吉笑氏もそのことは承知の上だろうけれど、この人の高座ではそれは残念ながら十分には聞き分けられない。
みずから自身の代表作という「ぞおん」でも、登場人物2人のメリハリはもう一つのように思う。

落語の技術としては、まだまだ未熟なのだと思う。
おそらくそのことは自身も良く解っていて(でないとこれだけの本は書けないだろう)、これからの精進を期待する。

第一章 落語とはどういうものか
1 何にもないから何でもある
顔色の悪い赤鬼
不条理な空間を描く
2 落語の二面性―伝統性と大衆性
始まりは大衆芸能
二面性についてのコンセンサス
3 古典落語と新作落語
伝統性と大衆性のバランス
古典落語の誕生
アーカイブによる伝統性の強化
なぜ新作落語がつくれるのか
それ、落語じゃなくていいだろ
4 マクラは何のためにあるのか
自己紹介の役割
お客さまを知る
メッセージにリンクさせる
フェイントマクラ
幻想マクラ
第二章 落語は何ができるのか
1 省略の美学
引き算の美学
下半身の省略
空想の具現化
場面転換が容易
情報を「隠す」ことができる
自由自在な入れ子構造
2 使い勝手のよさ
辻褄が合っていなくても問題なし
歌のように聴ける
定番キャラクターの存在
3 古典落語を検討する
『二階ぞめき』
『不動坊』
『胴斬り』
第三章 落語と向き合う
1 志の輔の新作落語
落語でしか描けないもの
伝えたいメッセージとは
2 談笑の改作落語
改作落語の狙い
「花魁」を「アイドル」に
スライドの技術とセンス
大衆性をブーストする
噺の本質を掴む
改作としての『紺屋高尾』
3 擬古典という手法
擬古典とはなにか
擬古典を選んだ理由
擬古典『舌打たず』台本
4 ギミックについて
ネタづくりのルール
ギミックの展開例
ネタをチェックする基準
代表作『ぞおん』
現代が舞台のネタ
落語との向き合い方
第四章 落語家の現在
1 吉笑前夜
弟子入り
師匠選びも芸のうち
2 「面白いこと」への道
ぼくの好きなお笑い
お笑い芸人を目指す
面白いことをやりたい
決定的な転機
3 落語会の抱える二つのリスク
需要と供給のバランス崩壊
外部参入による構造改革
ただの大衆芸能になる日
4 落語の未来のために
全国ツアーという活路
ぼくが立つ場所


関連記事

「おもてなし」~アトキンソンの続き

アトキンソン「新・観光立国論」の続き。

昨日は、アトキンソン氏が言う観光立国のマクロ面を中心にしたけれど、本書で手厳しく批判されているのは「おもてなし」である。

takigawa_roku.gif 滝川クリステルのプレゼンテーションで有名になった「お・も・て・な・し」は、日本国内では絶賛され、流行語にもなったけれど、アトキンソン氏によると、欧米のメディアは否定的な反応だったのだそうだ。

アトキンソン氏が言うには、あのように音を区切って話されると、欧米人は馬鹿にされているように感じるのだそうだ。

氏は、ああいうプレゼンのしかたもスタッフの指示によるものだろうから、滝川クリステルを批判するつもりではないようだ。
rokujirorw 私は滝川クリステルのファンではないから、やっぱりお人形?と言いたくなるけれど。


氏の主張を簡単に言えば「おもてなし」は客寄せにはならない、日本人の自己満足の押し付け(「小さな親切大きなお世話」?)になっているかもしれない。

日本人が誇りに思う「おもてなし」=無料奉仕とは、チップ代が料金に含まれていることでしかなく、客にはサービスの良否を評価することが許されていない、そしてそれがフィードバックされないシステムでしかない。その証拠に、日本のホテルは型どおりのサービス以外は提供しないところがほとんどであると言う。

アトキンソン氏は事前に箸も使えることを和食レストランに伝えているにもかかわらず、店に行くとナイフとフォークが出されるのだそうだ。外国の方へのおもてなし・気遣いというのが店側の説明だそうだ。


それより重要なことは、成田に最終便が到着した頃には、成田エクスプレスは運転を終了していることとか、入国審査では外国人の窓口が少なく、日本人の窓口が手すきになってもそちらへ誘導するようなことはしないとか、観光スポットの案内がない、外国語表記がない、つまり、知ってるものだけが来たら良いと言わんばかりのインフラの状況をさして、客を客としてもてなす真心がなさすぎると糾弾している。
そして、こうした面での整備は、観光大国フランスや、観光振興を頑張ろうと言うイギリスでは既に達成されたことなのだそうだ。

もっとも数年前、イタリアでもドイツでも、電車に乗ろうと思っても、それぞれイタリア語、ドイツ語表示しかなくて苦労したけれど。


 高級ホテル一泊の宿泊費
 Hotel President Wilson, Switzerland   $65,000~80,000 
 Lagonissi Resort, Greece $47,000
 Four Seasons New York $45,000
 Raj Palace, Jaipur, India $40,000
世界にはとんでもなく高いホテルもあるそうだ
本書のAmazonレビューはおおむね高評価だが、中に低評価のものを見ると、観光客のために日本のやりかたを変える必要はないという趣旨の意見のようだ。そもそもアトキンソン氏は、観光立国を実現するために、やりかたを変えるべきと書いているわけで、そういう人は観光立国=外国人がたくさん来る国になってはいけないという主張をすべきであろう。

日本特殊論(本当に日本を解ってもらうことはできない)を持ち出す人も多いが、たいていの国・地域は、自国は特殊であるという自意識を持っているものであり、日本文化はユニークなものだけれど、他の文化も同様にユニークなのだということを理解しなければならない。

また、政府や自治体の観光政策はピンボケであるとも言う。
昨日書いたように、マクロ的な押さえもできず、マーケッティングもできない。
「日本の理解者を増やして来てもらう」などという、悪くはないがさほど効果を上げないものを「戦略」と勘違い。
だいたい、数が来れば良いのではなくて、日本にお金を落としてもらわなければならない。

「爆買」で観光客が増えた、沢山お金を落としてもらったと喜んでいるが、それで買われているのは実は中国、アジアで生産されたものが多いということには気づいているか。


郷に入っては郷に従え」というのは、郷に入る側の心得であって(したがってアトキンソン氏はそれに従っている)、郷に居て迎える側の心得ではない、それこそが正しい「おもてなし」の心得であろう。

外国人には日本のことはわからない、それならそれでも結構だが、外国人に日本に来てもらいたいなら、外国人による本当の日本の評価をちゃんと聞く耳をもちなさい、そういうことである。

「外国人」と一括するのもダメ。相手にあわせた「おもてなし」というか、接客が必要で、イギリスですら相手別の接客マニュアルが用意されているという。


「おもてなし」が悪いわけではないのだけれど、自分たちのやりかたが世界で一番だと過度に誇って、それを受け入れない外国人は間違っているというように考えていては、接客の基本である、相手に合わせる、相手の気持ちになる、ということからは最も遠い姿勢に陥る。

どうして私の気持ちを受け入れてくれないんだといって、ナイフでアイドルを刺すのに通じると言ったら言い過ぎか。

アトキンソン氏の批判を受け入れられないとしたら、そのことが批判されていることになる。
巧妙な論理である。

関連記事

デービッド・アトキンソン「新・観光立国論」

以前、「魯山人の美」という記事中で、以下のようにデービッド・アトキンソンの紹介をしたことがある。
「新・観光立国論」で有名なデビッド・アトキンソン氏の意見もやはりもっともだと思う(原本は未だ読んでないが、同様の主張はネットのあちこちで紹介されている(下のリンク)。
日本は観光小国でしかない、「おもてなし」では外国人観光客は呼べない、というのも納得の主張。 外国人観光客に人気なのはラーメン屋という現実もある。

atkinson_shinkankorikkoku.jpg ここで紹介したリンク先記事は、それぞれかなりの分量があって、私としては「新・観光立国論」を読んだような気になったのだけれど、そして要点は確かにそのとおりなのだけれど、たまたま図書館に置いてあったので、きちんと読んでみることにした。

この本の要点は、前述のリンク先記事を見れば概ねわかると思うが、本書には、その主張の根拠となる数字があげられている。
具体的には、観光客数や観光収入の国際比較、日本を訪れる観光客のカテゴライズなどである。

とりわけ、日本が目指すべき観光客数は、観光立国といえる諸国におけるGDP比や観光収入と同程度を目標とするならば、現時点においても5600万人、世界的な観光の発展からすれば2030年には8200万人とし、政府の観光ビジョン懇談会の目標値(2016年3月:2020年で4000万人、2030年で6000万人、本書執筆時点ではさらに低い)に疑問を表明し、根拠なき目標設定と斬って捨てている。

そしてその目標に向かってなすべきことは、マーケッティングであり、そのためのターゲッティングであり、このどちらも確たるビジョンもフレームワークも持っていないように見えると批判している。

私はこの主張があたっているのかどうか判断できる情報は持っていないけれど、いろんな政策について、科学的と言えるような根拠を持たず、鉛筆をなめて目標設定をしているように見える我が国の政策立案者なら、さもありなんという感じはする。


氏は観光立国の基本条件は、「気候、自然、文化、食事」といい、日本はこの4つが揃う稀有の国であるという。フランスは4つを備えており観光大国としてトップにあるが、イギリスは気候、食事は落第なのに日本よりも観光で成功していると言う。
日本はその4つを活かしきれていないとし、それを活かすための投資が必要であると言う。

氏が言う「観光立国」とは、外国人観光客=「短期移民」とし、国内総消費を飛躍的に増やす経済活動であるから、それを実現する投資は当然のものである(歴史的建造物を大事にしない京都のみすぼらしい街並みは、外国人観光客を失望させている)。


ここは氏の意見に耳を傾けるべきだろう。

関連記事

待鳥聡史「代議制民主主義―「民意」と「政治家」を問い直す」

machidori_daigiseiminshushugi.jpg 今日は参議院選挙の公示日(投票日は7月10日)である。

参議院というのは、巷では存在意義がどうのとかいろいろ批判もある。私は以前、参議院について意見を書いたことがある。その意見は今もそう変わっているわけではなくて、ねじれで何が悪い(それも民意)、一票の格差それがどうした(衆議院と同じ原理で選んでどうする)、やっぱり「良識の府」としての存在価値を発揮してもらいたい。

とはいうものの、例のフランス革命時に言われたという「上院が下院と同じ意見なら上院はいらない、上院が下院と異なる意見なら上院は邪魔だ」という論理があるから、二院制の意義をもう少し考えてみても良い。

歴史的には、二院制とは、貴族院と平民院の対立が前提となっていて、フランス革命時に二院制を否定=平民院(国民公会)を唯一の議決機関にすることは自然だったと思う。しかし、米国のように貴族がいない国をはじめ、二院制を採用している国は結構多い。

本書「代議制民主主義」では、どちらが良いかという問題に答えるわけではないけれど(いろんな政体を比較するのが本書のメインだろう)、米国の二院制の起源について説明があった。

米国は独立後まもない間は、まだ合「州」国ではなく、各独立植民地が「邦」として存在し、連盟規約はあったものの、それぞれ「邦」の利害が優先していて、一つの国としての結束は弱かったという。そして、この状態では、独立革命を成功させたことが水の泡になるおそれがあり、合衆国憲法が制定される必要があったという。
この時、「邦」の利害と「合衆国」の利害を調整できる体制として、大統領、上院、下院が考案されたということらしい。
大統領は任期4年で、間接選挙とはいうものの合衆国民の代表、上院は任期6年で州の代表、下院は任期2年で選挙区の代表という考え方で、それぞれ代表と想定されている集団(選出母体)が異なっている。また、上院は連邦の長期的政策を、下院は短期的問題解決を担うという、役割分担があって、それは選出方法の性格に沿ったものだという。

もちろん、現在の米国でこれがこの通りに運用され、機能しているわけではないだろうけれど、なぜ上下両院があるのかということについては、なんとなく腑に落ちる説明だと感じた。

inin_sekinin_chain.jpg もっとも、この本は読んでいて、とてもわかりにくい、というか何を主張しているのかピンとこない。
「序章」に、代議制民主主義の基本構造として「委任と責任の連鎖」という図解があって、基本にこれが押さえられているのだろうけど、というかそれを常に頭において読まなければならないのだろうけど、なかなか頭に入ってこない。
腰巻に書かれている「この国の政治はおかしいと思う、すべての人へ」には答えてない、少なくとも私には、本書に書かれている政体論とかに答えを見出すことはできなかった。

とくにわかりにくい印象をもったのは、著者は解りやすくしたつもりだと思うけれど、代議制は自由主義と民主主義の両方から異なる要請があるなかで生まれたという点。
著者が言う自由主義は、エリートの競争と相互抑制の下での意思決定メカニズムだという。たしかに歴史的には絶対権力からの自由、つまり王様に対する諸侯の自由から生まれたもののようで(それはマグナ・カルタの歴史)、片や民主主義は意思決定の原理だという。
言葉の定義だけの問題かもしれないが、私は議会の歴史としては首肯できるけれど、自由主義という言葉を使うことに違和感も感じる。

これだけでは理念的で、私にはイメージできないので、古代ローマの皇帝、元老院、市民の関係のようなものを思い浮かべていた。塩野七生氏が言う、ローマの主権者は元老院と市民であって(S.P.Q.R.)、皇帝はその両者の信任により成り立つ地位であるという話である。

政体が歴史的に形成されることは当然としても、歴史性で説明しても一般解としては納得できるものではないと思うがどうだろう。

本書ではいろいろな政体について考察されているのだけれど、政党政治が基底にあるのなら、どんな政体になろうと、決定される国家意思に違いが出てくるようには思えない。大統領であろうが、首相(議院内閣制)であろうが、政党が力を持っていたら同じ結果になるような気がする。著者は、中国のような一党独裁についてはどう考えているのだろう。
もっとも、近年は「支持政党なし」が最大のようだから、政党は一部謀略集団程度なのかもしれない。

だとするとますます参議院の意義は大きい?


本書の序章では、「熟議民主主義」という言葉も出てくる。著者は代議制に対するもののようにとらえているみたいだけれど、私にはこちらの方が未来を展望させるように思えてならない。

「熟議民主主義」についてはいろいろ本も出ているようだから、また読むことがあったら感想をアップしたいと思うけど、参議院について書いたことに近いように思う。


蛇足だが、著者は政治家はアマチュア、官僚はプロフェッショナルとしているけれど、日本の官僚は行政のプロだけれど、執行のプロではないと思う。本当に執行のプロだったら、ポリシーのかけらも感じられない、パーフォーマンスの悪い、でたらめな制度設計なんてしないだろう。

1000億円の予算があったら、10億円でできることでも1000億円かけるのが官僚というやつらしい。


関連記事

フライドチキンの恐竜学

friedchiken_dinosaurus.jpg 私が子供の頃は、学校でフナやカエルの解剖とか、高校では牛の眼の解剖とかをやった覚えがあるのだが、この頃は命を大事にしなければならないとかで、そういう授業は避けらるそうだ。

だから、先生方は、煮干しのイワシの「解剖」など、授業を工夫されているようだ。
また、本書の内容を先取りするようだが、鶏手羽先を使って骨格標本を作るなどもあるらしい。


こうした「気遣い」には賛否もあると思うけれど、本書では、沖縄の子供たちに「知ってるトリは?」と聞いたら「ハクチョウ」と答えるような自然との距離(バーチャル化)に対する問題意識があるようだ。

さて、盛口 満「フライドチキンの恐竜学」は楽しい本である。
内容は、タイトルからもちろん想像できるのだけれど、どんな風に料理するのかワクワクさせてくれる。

第1章に、こんなことが書いてある。

トリケラトプスを発掘し、自宅に展示しようとしたら、調査に1~2ヶ月半、発掘に1~2ヶ月、掘り上げてから展示できるようになるまでに1~2年、この間に必要な費用は、ざっと20~25万ドル……
  (ファストフスキー他「恐竜の進化と絶滅」による)

というわけで「貧者の恐竜」を着想して、それがトリの骨というわけだそうだ。もちろん子供にとって、それはやっぱり恐竜ではなくて、トリなんだけれど。

全ページカラーで、見開き左ページはやさしい語り口の解説(というかエッセイ)、右ページは西澤真樹子氏(なにわホネホネ団)の愉快な絵―この本の成功の半分はこの絵の手柄かも)という構成で、とてもとっつきやすい。

friedchiken_dainosaurus_samples.jpg


しかし内容は高尚で、難しい骨の名前もばんばん出てくる。子供の読み物のように考えていると内容が頭に入ってこない。当然、しっかりと骨のイメージを頭に描きながら読もうとすると、普通の本よりもずっと時間もかかる。

本書末尾の参考文献に挙げられている犬塚則久「恐竜ホネホネ学」(NHKブックス)ほど手ごわいわけではないが。


なかなか骨のある本なのであった。

関連記事

なぜ幸村は家康より日本人に愛されるのか

hongokazuto_nazeyukimurawaie.jpg 本郷和人「なぜ幸村は家康より日本人に愛されるのか」。

「はじめに」では、「真田幸村はなぜかっこいいのか?」として、「人とは違うことを書きたい! ぼくだけの切り口で、大好きな幸村を書きたい!!」としているのだけれど……
いきなり言い訳が連続する。史料が少ないから、歴史家(の良心)として、扱いにくいキャラクターであるとのことである。
それを数字で証拠だてるように、本書には次のようなことが書かれている。

史料検索の「日本古文書ユニオンカタログ」というのがあって、それで検索すると、「真田昌幸」だと176件、「真田信幸」「真田信之」合せて135件、そして「真田幸村」は0件、「真田信繁」で7件

このカタログというのがどういうもので、どういうものが対象なのかはよく知らないけれど、たしかに落差を感じるには十分な数字である。

ということで、本書では、だから想像を交えざるを得ないとも言い訳をしているが、やはり作家ではないから、勝手なことは書けないとして、信繁のことは、直接にはあまり書かれているわけではない。

分量として多いのは、やはり大坂の陣。とはいっても、信繁の事蹟は史料的に少ないようで、大坂方全体の様子に多くのページを割いている。

大坂の陣では、浪人となった元大名(長宗我部盛親)や、信繁もそうだけれど、徳川方の大名の兄弟(細川興秋)などのビッグネームが大坂城に寄るわけだ。
本書では、さらに、その下に位置しそうな、侍大将級の武将の名前がたくさん挙げられている。そして、その武将が、同じく大坂方の誰それの縁者であるとか、その娘や姉妹と婚姻しているとか、そういう親戚・姻戚関係が細かく書かれている。
そういうことを読むと、大坂方って、案外、そういう縁故で固めていたのかもしれない。これでは大坂落城のとき、生き残ることなど全く考えなかったという人達も多かったかもしれない。
その一方、落城時に逸早く脱出し、大坂の陣の様子を伝えた女中の話(後の重要史料)などもある。

というようなわけで、何だか良くわからないまま、幸村がグッとくるのは……と締めくくっている。

yamamotohirofumi_majime.jpg それにしても、この本の著者本郷和人氏は東京大学史料編纂所の教授で、たびたびテレビにも出演されているが、この本の語り口そのままなのだけれど、東大史料編纂所というと、山本博文教授もさらにテレビの露出度は高いと思うが、このお二人、随分語り口が違う。

山本教授は、知恵泉などの番組で見ると、いかにも落ち着いた学者然とした喋りで、他の出演者の言葉にもゆとりのある微笑で対応されているのだけれど、本書の本郷先生は、やけにミーハーで「この人大丈夫だろうか?」と思わせるのだけど、前述のように、史料を細かく読んでいて、やっぱり学者でもあるようだ。

hongokazuto_kishokuwarui.jpg


関連記事

坂野潤治「日本近代史」(つづき)

nihonkindaishi_banno.jpg 昨日は、本書全体から考えさせられることとして、

一つの事実が、教科書的な割り切りではない、さまざまな異なる意義づけをされて示される。
そうした事実に気づかされると、自由主義、民主主義、政党政治、そういうものが維新後に成熟してきた歴史と考えてはいけないことを思い知らされる。

とまとめた。

その一つの例として、選挙権のことを考えよう。

折しも選挙権が「18歳以上」に引き下げられたけれど、個人の判断能力に依拠したのでは線引きの問題で積極的な理屈はないと思う。一方、「一人前」というのを社会人として責任を果たすことというなら、18歳以上が妥当かどうかはアヤシイ。

それはそうとして、選挙権は次第に拡大してきている。
学校で教えられるのは、国会が開設され選挙がはじまったときは制限選挙で、それが少しずつ拡大されて、ついに普通選挙に至るという、まるで定向進化のような扱いだったように思う。

しかし、事実はそう単純なものではない。
表層だけを見れば、民主化勢力と、それを抑える政府という図式にも見えるけれど、それは民主化が我が国の歴史だと思いたい人の都合・思い込みでしかなくて、実際は民主的でも何でもない地主層との取引の歴史ということかもしれないというわけだ。

「直接税○○円以上の納税者」⇒「金持ちだけが選挙権を持っていた」という理解は実は不十分で、当時の税の基本は地租であって、それを納めるのは士族ではなく、地主層だということまで理解したうえで政治のダイナミックスを理解しなければならない。

公布年資格有権者数
1889
(明治22)
直接国税15円以上納める25歳以上の男子45万人
(1.1%)
1900
(明治33)
直接国税10円以上納める25歳以上の男子98万人
(2.2%)
1919
(大正8)
直接国税3円以上納める25歳以上の男子307万人
(5.5%)
1925
(大正14)
25歳以上の男子1241万人
(20.0%)
1945
(昭和20)
20歳以上の男女3688万人
(48.7%)



余談になるが、税制は選挙権の理解だけでなく、あたりまえだが財政政策の理解にも必要だ。
松方デフレのとき、税収の根幹である地租は固定額金納制であったため、当時のデフレは政府の実質増収策であって、財政再建・財政好転を行うための施策であり、単純な緊縮財政と考えたのでは間違うのである(現在の税制ではインフレが自然増税をもたらす)。

現在の税制の根幹である所得税だが、日本に導入されたのは1887年(明治20年)で、金持ちだけが納める「富裕税」的なものだったそうだ。その後大きな変更はなく昭和に至るのだから、主たる税負担者が地主層(いわゆる士族ではない)だったということは、何のことはない、明治になっても税金を負担する人はなかなか変わらなかった(小作人は地主への負担)ということだったわけだ。


もう一つ、本書には憲法制定過程もとりあげられている。
本書でそうと書かれているわけではないけれど、あらためて憲法制定を考えると、やはり大日本帝国憲法は権力者が作ったものという思いがする。

前述のまとめ(自由主義、民主主義、政党政治、そういうものが維新後に成熟してきた歴史と考えてはいけない)は、憲法制定のことを考えると、それが端的に現れているような気がする、以下のように。

西洋においては、憲法というのは国家権力(王権)に対して国民が勝ち取った歴史があるけれど、日本はそうではなくて、西洋列強並みの文明国の体裁をつくろうために、国家権力が作って国民に押し付けたものにすぎない。そういう意味ではモーセの「十戒」みたいなもの。
現行憲法がアメリカの押し付けだとか言ってる人がいるけれど、所詮、権力者側の騒ぎ。そもそも日本には西洋的な意味で憲法と言えるものなど歴史的に存在していない(だから内閣の意向で解釈「改憲」も自由)ということなのだろう。

こう書いてくると何とも情けない歴史を持ってきたのかという気になるけれど、それも民主主義を至高の理念と思うからで、そういう価値観(これは案外新しい)を離れてしまえば、別の考え方もあると思いたくなる。


教科書的な、というか「こういうことだ」と割り切るのは心地よいけれど、世の中はそう単純じゃないということに気づかされる本である。

関連記事

坂野潤治「日本近代史」

nihonkindaishi_banno.jpg 461ページ、新書としては大変な分量。
通勤電車の中で読むと5往復は必要だなと思い、実際、そのとおりとなった。

岩波、中公、ちくまなどの新書は1分で1ページを目安にしている。
通勤時間は、歩いている時間を除くとだいたい片道1時間なので1日120ページ、普通の新書だと200ページを超えるから、2日で読む計算になる。この本は4日の計算だけれど、内容が重く、細かいから、5日を要すると予想した。


わかりやすいストーリーを組み立てて、そのストーリーに合うように登場人物、社会(国際)情勢をあてはめていく、そういう教科書的なやりかたに慣れている者にとっては、なんとも読みにくい本である。
つまり、割り切った理解(正確には先入観の満足)には程遠く、もちろん著者の解釈も挟まれるのだけれど、緻密な事実を追いかけさせられる。
高校までの学校教育を最後に、歴史の勉強から遠ざかっている理科系人間には、自分の歴史理解を問い直される思いがする。

この本を読んでいると、歴史が評価するということの難しさというか、評価されるものの無念さみたいなものを感じてしまう。

今、我々が過ごしているこの時、この行動は、きっと後世に評価され、意味づけられていくのだろうけれど、今を生きている者は、そうではなかったと言うに違いない。


だから、一つの事実が、教科書的な割り切りではない、さまざまな異なる意義づけをされて示される。

そうした事実に気づかされると、自由主義、民主主義、政党政治、そういうものが維新後に成熟してきた歴史と考えてはいけないことを思い知らされる。

なぜ仇花のような大正デモクラシーから戦争・敗戦へと突き進んだのかも、とりたてて意外なことでも、民主化の敗北でもなくなってしまうように思う。


歴史を手短に理解しようという人には絶対不向きな本である。
しかし真面目に歴史を勉強しようという人には、覚悟の上で読むべき本と言えるのではないだろうか。

関連記事

「大河ドラマと日本人」(その2)

前稿は「通しての感想で、一作毎の評価については、ちょっと微妙なところもある」とした。
今回はその「微妙」なところ、つまり、私の作品評とは合わないところをピックアップして。

このお二人は揃って「獅子の時代」を(というか菅原文太を)高く評価しているのだけれど、私には、歴史を再解釈する醍醐味は「獅子の時代」では持てなかった。それに架空の主人公だとその人物の伝記があるわけでもないから、これを機に勉強するわけにもいかないし。

「獅子の時代」は視聴率はこの時代としては高くない。翌年の「おんな太閤記」のほうがずっと視聴率が高いのだけれど、著者お二人は、こちらは「サラリーマンの妻のホームドラマ」と手厳しい(と思う。それには同意するけれど)。

もっとも、そうした歴史性や教養主義的な評価をするのは、一昔前なら正統的な大河評かもしれないが、今のものにはなじまないともいう。

taigadrama_viewrate.gif

大河ドラマ視聴率(出典:http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3967.html



この本は二人の著者の対談が中心になっている。
対談という形式は、主と聞き手という組合せだと、主の知見・知識が絶妙に引き出されてわかりやすくなることや、読者の聴きたいことを代わりに聴いてくれるという効果があると思う。
しかし、対談にはこの他に、対立する二人が意見を戦わせるもの、二人がフィードフォワードし合うものがあって、本書はこの後者にあたる。フィードフォワード、言い換えれば、内輪で盛り上がっているようなもの。

これがいつも悪いわけではないのだけれど、第三者たる読者が、その評価はちょっと違うぞと思ってしまうと、一緒に盛り上がれなくて、斜に構えることになる。

この本が出たのは昨年で「花燃ゆ」がさんざんな評価を受けていたとき。本書の著者の一人の一坂氏の 「吉田松陰とその家族 兄を信じた妹たち」は、私も前にこのブログでとりあげていて、同書は「花燃ゆ」放送前だから、ドラマへの批評はなかったが、本書ではやはり否定的な評価でお二人が一致している。
私もドラマ評は否定的だけれど、お二人が違うだろうという松陰(伊勢谷友介)については、私は良い配役だったと思う。松陰についての著書もある一坂氏だから、私の感じ方がおかしいのかもしれないが。

「信長」の緒形直人もこの二人は不評だけれど、私は、はじめは大丈夫かと思ったのは事実だけれど、見ているうちに信長の静かな狂気(それが信長の真実かどうかは別として)が表現されていて、好演だと思う。

また、本書ではとりあげられなかった作品もたくさんある。
視聴率は悪かったけれど、私はおもしろく見たものもいろいろある。たとえば、数年前の「平清盛」もそうした作品の一つ(前の「新・平家物語」もよかった)。

こうした本が出るように、やっぱり大河ドラマはネタの宝庫である。

関連記事

「大河ドラマと日本人」(その1)

taigadrama_and_nihonjin.jpg 星亮一、一坂太郎「大河ドラマと日本人」について。
タイトルを見て、「赤穂浪士」以来の大河ドラマファンとしては読まない手はないと思って、図書館で借り出した。

著者はメディア関係者でもあったから、私の知らない大河ドラマの裏話みたいなものや、ドラマのテーマと当時の社会状況などの鋭い指摘があって、どちらかというと漫然とドラマを見てきた私には、そうだったのかと思わせることも多い。

そして、この本を通しておもしろいと思ったのは、NHK(というか制作者)の大河ドラマに対する姿勢についての評価である。
記念すべき最初の作品「花の生涯」(はじめはシリーズ化する予定はなくて、視聴率が良かったから結果としてシリーズになったという。「大河ドラマ」という言い方もこの頃はない)だけれど、維新以来、ずっと悪役だった井伊直弼を主人公にした。NHKとしては、戦後になってもはや薩長に遠慮しなくても良いだろうという判断があったのではという。はじめは視聴者の常識を覆してやろうという挑戦だという。原作(舟橋聖一)がベストセラーだったということが後押ししたのだろうとも。

小学校のとき、足利尊氏は天皇に逆らった悪者とされているから、テレビや映画の主人公にはならないという話を聴いていたが、ちゃんと「太平記」もできた(昭和が終わったからできたとも)。


翌年はお話としては定番中の定番「忠臣蔵」で、今度は着実な成功を狙ったのだとか。ただし、1年かけて描くという大河ドラマならではの描き方に挑戦したわけだ。

その翌年の「太閤記」は緒形拳の抜擢は冒険である一方、なじみ深い太閤記をとりあげることでストーリー的には安定指向とも見える。しかし太閤記は、それまで劇や映画にすることはできなかった素材で、これも大河だからこそできたという意味では一つの挑戦と言えるのかもしれない。

そしてこの頃は、大河に限らずだが、テレビと映画の戦いという問題が重なる。

大河スタート時は「映画ではやれないものをやれ」という指示があったという。

一流の役者のテレビ出演への気概などのエピソードもとりあげられている。

つまり大河ドラマでは、ストーリー(主人公)やドラマ作り、役者起用など、いろんな面での挑戦と安定の揺れ、視聴者への訴えか阿世か。そういうものがNHKでは毎年繰り返されてきたわけだ。

それが、2000年代に入ってくると、挑戦的な姿勢はだんだん薄れてくる。ベースとなる素材に枯渇してきたとか、役者で視聴率をかせごうとか、もう一つ元気がない。
一方で、地域振興とやらで、NHK大河ドラマの地方誘致合戦が繰り広げられる(舞台となった地域では200億円以上の経済効果があるとも言われる)。そのはしりが「独眼竜政宗」であり、近年の成功例としては「八重の桜」だとのこと。

「八重の桜」では、綾瀬はるかが、役者人生の転機はこの作品だと公言し、その後も東北の復興活動を継続しているなど、役者に目を開かせ、育てたという面もあるのだそうだ。

こうなると、時の政権に阿っているのではないかと言われる(たとえば「花燃ゆ」。制作決定が異様に遅かったことなどから)。

通しての感想はこうしたところだけれど、一作毎の評価については、ちょっと微妙なところもある。
それは次稿で。

関連記事

歴史は「べき乗則」で動く

rekishiwabekijosokudeugoku.jpg 昨日は、ブキャナン「市場は物理法則で動く」をとりあげた。
同書を読んだあと、この著者の名前に見覚えがあると思ったら、以前に同じ著者の「歴史は『べき乗則』で動く―種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学」という本を読んでいた。「市場は…」よりかなり前に読んだので、ちょっと記憶はあやしいけれど、少し感想を書いてみる。

べき乗則というのは、砂粒を一つずつ落としていったとき、だんだん山になってくるが、あるときは砂粒が山の斜面を転がり落ち、またあるときは雪崩となって山が崩れたりする現象において、雪崩の規模と発生頻度の関係が、たとえば規模が2倍になると頻度が1/2になるというような関係が見られることを言う。このような現象は、たとえば砲弾が爆発したときの破片の大きさとその数でも観測されるし、地震の大きさとその頻度でも観測される。

この本の著者は、「臨界状態」にあるものについては普遍的にべき乗則が見られると主張し、生物の歴史において数度見られる大量絶滅は、彗星・隕石の衝突などの天変地異を持ち出す必要はなく、ちょうど破滅的な大地震同様、べき乗則に則る現象においては、特別な要因がなくても起こるものであると言う。

何より、この本の書き出しは、オーストリア皇太子暗殺事件から第一次世界大戦が始まったことについて、その小さな事件が原因ではなくて、「臨界状態」にあった国際情勢においては悲劇的な大惨事が起こることも不思議ではないという話から始まるのである。

著者は、べき乗則は普遍的だと言い、したがって地震予知はできないし、大恐慌も予知できない、恐竜絶滅の原因を求めても得られない、というような主張を展開するのだが、それで終わっては身もふたもない。
また、カウフマンの生物ゲームをとりあげて、複雑系というのは良いとしても、カウフマンの値打ちは自己組織化という考え方で生物の起源を提示したことだと思う(⇒スチュアート・カウフマン「自己組織化と進化の論理」)。

あんまりなんでも複雑系と言われると、なんだか、乱数列に一定の操作をすればべき乗則が得られると言ってるような話に聞こえてくる。(乱数に一定の操作をしたら正規分布が得られるだろう。)

複雑系というのがつまらない話なのではない。複雑系だと言って終りにしてはいけないと思う。
昨日の「市場は物理法則で動く」でも書いたけれど、複雑系の挙動を調べ、豊かな結果が得られている、それを自然現象や社会現象において、数学モデルをつくるときに活かせば良いということである。

ところで、べき乗則の一番きれいなところはスケール不変性だと思うのだけれど、こういう性質はフラクタルとかにも通じるわけだけれど、そこには何らかの再帰的な構造、フィードバック・ループがあるんじゃないかと感じる。
それが何なのか、やっぱり次のステップが欲しい。

bekikansu_form.jpg で、この本の感想だけど、複雑系のモデルがあてはまりそうな現象はたくさんある、それはよろしい。ただし「種の絶滅から戦争までを読み解く」というのは言い過ぎというか、実は読み解けてないのではないか。

「知の欺瞞」(アラン・ソーカル)と言っては言い過ぎだろうけど。


関連記事

「市場は物理法則で動く」

Buchanan_Forecast.jpg 昨日「新自由主義の帰結」の感想を書いたが、これは学派の異なる経済学者からの主流派(新自由主義)経済学者への批判であった。
こうした経済学者の世界からは異端どころか異教に属すると思われるのが「経済物理学」というジャンル。
このジャンルは経済学者というより、物理学などを修めた学者が、その方法論を経済学に適用してみたらというもののようで、近年注目されているようだ。

マーク・ブキャナン「市場は物理法則で動く―経済学は物理学によってどう生まれ変わるのか?」はそうした経済物理学の紹介本。
書名は「市場は物理法則で動く」だけれど、これは過剰な喩え。
原題は"Forecast - What Physics, Meteorology, and the Natural Sciences Can Teach Us About Economics"である。直訳すれば「予測-物理学、気象学、自然科学が、経済学について教えられること」だろう。
物理法則を経済学に当てはめるわけでは、勿論、ない。

そうではなくて、物理法則、とりわけ気象学の分野での天気予報や乱流の挙動と経済現象の類似性を指摘して、物理学や気象学の方法論が経済予測にも有効ではないかという話である。
気象学が未だに集中豪雨などを予測できないように、その方法論を使っても経済現象が予測可能になるわけではない。これらは複雑系といわれる系である。
だから無意味というわけではなくて、予測できないという現実を見据えることが、経済学にも求められるというアタリマエの事実に対して経済学者はあまりに無自覚であるという指摘である。

著者は、気象現象と経済現象は見掛けの類似性だけでなく、ポジティブ・フィードバックなど、双方に共通のメカニズムが見られると分析し、現在のような取引方法を放置すれば、まちがいなく乱流が発生し、制御できなくなると結論づける。

私もその通りだと思う。リーマン・ショックにしろ、ブラック・マンデーにしろ、あの程度で終わったことのほうが奇跡的で、いつなんどき奈落に落ちてしまうか、カジノ資本主義が続く限りその危険は続くのだろう。市場にビルトインされた安定性というのは伝統的(均衡分析的)経済学者の幻想にすぎない。

ただし以前から、仮に平衡状態が存在するとしても、それが常に保たれている、あるいは外れても元に戻るとは限らないという立場、宇沢弘文をはじめ、動的分析が必要と主張してきた経済学者は少なくない。というか、経済学の限界を感じた良心的経済学者はそういう傾向にあるような気がする。(予測の失敗を環境条件に帰する学者と、経済学自体の欠陥に求める学者の違い。)


こういう内容だから、元物理屋や数学屋がウォール街で働いているというのとも微妙に立ち位置が違う。これらのアナリストは最新の数学を使った金融工学などを駆使するというもので、数学はツールとして使うものだけれど、この本で紹介されているのはツールとして使うというのとは違う(アナリストはできない予測をやる仕事、そのためにもっともらしいツールが必要)。

複雑系についてちゃんと理解しているわけではないが、単に複雑系であるというだけでは、現象を予測できるとは思えない。複雑系だということで、それで何か現象の原因や因果関係が解るわけでもないだろう。
その先に進むことが科学的態度だろう。

複雑系の挙動について知識・経験を積んだうえで、数学モデルの構築などで分析するのだろうか。


そうそう、著者は複雑系のことだけでなく、ホモ・エコノミクス(合理的経済人)についても批判している。本書で紹介されている次の話の再引用で済ませることにしよう。

雑誌「エコノミスト」の年間購読料が、Web版59ドル、Web版と印刷物の両方が125ドルのとき、学生の68%が、Web版を選択した。しかし、これに、印刷物のみ125ドルという選択肢を加えると、Web版を選択した学生は16%となった。




なんだか、随分辛口の批評をしたみたいだけれど、この本は、既製経済学がいかにダメなものかを厳しく糾弾している。
そして、私はその糾弾は正しいと思う。
良心のある経済学者が、私の批評のようなものではなくて、また環境条件で予測がはずれることもあるなどという無責任な言い逃れをせず、これにちゃんと応えていただきたい。

関連記事

新自由主義の帰結

shinjiyushuginokiketsu.jpg 服部茂幸「新自由主義の帰結―なぜ世界経済は停滞するのか」の感想。

世界的な金融危機、経済停滞を分析し、新自由主義の理論がそれらを防止するどころか、促進してきたという主張である。こうした主張をする本は今までも読んでいて、新自由主義というのは信用できないものだという感じを持っているが、それがさらに強化される。

本書は要するに次のようなことが書いてある。

新自由主義とは、強者がルールを決めて競争する、そしてそれがうまくいかなくなると強者が滅びるのではなく、強者が滅んでは困るだろうという理屈で、政治、つまり弱者から搾り取った税金を投入して助けるという思想・行動規範である。
そしてこの思想・行動規範を正しいものとして言い続けているのが、主流派(新自由主義)経済学者である。
彼らの理論は「危機が来るまでは危機は来ない」という確実な真実に基づいている。


つまり、新自由主義の世界では、政治と経済は非対称なのである。
経済がうまくいっていれば政治が邪魔をするなと言い、うまくいかなくなれば政治が助けざるをえなくなるというのがこの世界の本質である。
そしてうまくいっているときは、1%の人に富を集中させ、それが他の人にも益をもたらす=トリクル・ダウンは起きることもなく(というか困っている人は後回しが前提ということ)、これが新自由主義の帰結である。

こうしたことが、大恐慌以来の長い歴史上のさまざまな経済・金融政策を反省・分析して論証される。
もちろん日本のバブル崩壊時の反省も、そして、欧米は日本のようにはならないと言い切っていたのに、全く同じ轍を踏んだことが解説される。

経済学には、さまざまな学説があり、何が正しいか理論的に判断することは難しい。経済学を専門とする人でさえそうだから、素人にはまったく理解できない。

そもそも経済学はできそこないで、科学ではない。科学としての体裁があるのかさえ疑わしい。
人工知能によってなくなる職業が話題になったが、エコノミストという職業はなくならないそうだ。そりゃそうだろう、知能の働く余地がない職業だから。


そして理論的に何が正しいかが判定できない以上、経済学そのものが存立する意義及び必要性、どの理論を採用すべきかの判定基準は、その理論に基づく施策の帰結が、国民が幸福に暮らせる社会に資するもの(経世済民)かどうかという、経済学の体系の外から評価されるべきものなのではないだろうか。それが学者の良心というものではないのだろうか。

破綻した銀行、しかも経営陣の報酬にも手を付けず救済するのは社会的に不公正だという意見が出るのなら、なぜそうせざるをえなくなる経済理論に正当性があると言えるのか。
危機が来るまで危機にはならない、その間は有効な理論というのではただの詐欺だろう。
結果的に間違った政策を指導したとしても、言い抜ける方法はいろいろあることも本書で触れられている。しかし、結果の成否はともかく、良心に照らして間違ったことをしていないという信念はあるのだろうか。


法には慈悲がなくてはならぬ。
ならば、経済学には博愛がなくてはならないだろう。

関連記事

19音音階

先日とりあげたグッドール「音楽の進化史」、一番驚いたのは、バッハの業績、すなわち12音の平均律が確立される前に、19音音階が存在したと書かれていたこととし、それについて翌日書くとしたのだけれど、いろいろ時事の話題がはさまって、ようやく今日アップ。

P_20160418_205947_DF-crop.jpg 19音音階(19平均律)については、以前(おそらく30年以上前)、日経サイエンス(Scientific American日本版)で読んだことがあった。
その記事の中心は、数理的に19平均律の合理性を説明するもので、冪根が簡単に計算できる必要もあるから、理論的可能性の一つとして、現代に考案されたものという理解をしていた(記事に16世紀の19音音階のことが書かれていたかもしれないが、それは見落としたか、記憶にない)。

ところが、グッドールによると、1600年頃は19音音階は特別というわけではなく、驚くべきことに31音音階の楽器もあったという。

インド音楽では24音音階が使われるものがあるが、これは半音をさらに半分に分けるものだから、数理的にはおもしろみは欠けると思う。

ただし、同書では19平均律とは説明していない。当時の楽器はそれぞれ固有の調性を持っているし、ド#レ♭は別の音である。合奏するための工夫として19音が採用されていたという説明のように読める。

グッドールによれば、この時代の前後に、三度音程など和声の基本が確立されていく。実際、対位法でも協和音を響かせたパレストリーナは1525~1594だし、前の記事でも触れたモンテヴェルディは1567~1643、19音音階が試されていたのと同時代である。さすれば、19音音階は進化の袋小路に入って、そして忘れられたものと言えるのかもしれない。

一方、日経サイエンスの記事は、19平均律についてであって、その合理性は、12平均律で基本となっている音程に近い音程がとれる(つまり和音の基本となっている五度や三度音程がとれる)、演奏可能な程度の鍵盤が作れる、というようなことだったと記憶している。
19TET_Keyboard_note.jpg また、19音鍵盤のデザインも記事に載っていたが、それはグッドールの本に掲載されているそれとは違っていたと記憶する。

グッドールの説明通り楽器の調性を合せるためなら、転調のない1曲では使われない鍵盤ばかりになって、現代の12音鍵盤でも調律だけで演奏できるのかもしれない。

また、19音音階(平均律)は一部協和音程が12平均律よりも純正律に近いと言う点が理論的に優秀ということだけれど、バッハ以前の1600年頃は、まだ12平均律は登場していないから、この時代の19音音階は、その特長を生かしたというわけではないだろう。

2016-03-29_160153.jpg 以前も音楽の可能性として19音音階を使った音楽をやっている人がいるのではと思っていたけれど、今回あらためてYouTubeを検索すると、ちゃんと16世紀の楽曲の演奏がアップされている(Guillaume Costeley - Seigneur Dieu ta pitié)。
他、19音音階の説明動画もいろいろアップされている。YouTubeで"19TET"などで検索すればヒットする。

聴いた感想だけれど、どうしても聞き慣れた12音音階に引っ張られて、12音音階での音名をあてはめてしまう。絶対音感を持っている人なんかは、気持ち悪くて聞いてられないかもしれない。

グッドールは、音の数が多いほど効果的というわけではないとしているし、後の12平均律の隆盛を見れば、19平均律はやはり音の数が多すぎたということかもしれない。


上に書いたように、19音音階を使った音楽の実例はYouTubeなどにあるのだけれど、シンプルに19音音階(19平均律)を流すサイトを探し出せなかったので、自分で作ってみた。長くなるので明日の稿にアップする。


関連記事

「音楽の進化史」

Goodall_The_Story_of_Music.jpg グッドール「音楽の進化史」について。

大著、482ページもある。
まだ1750年(つまりモーツァルト以前)までしか読めてないけれど、ここまででまずコメントを書きたくなった。

音楽史の本としては、前に岡田暁生「西洋音楽史」をとりあげたけれど、そのとき読書動機として、バロック以前の音楽についての知識があまりないからと書いた。「尖った5度」が特に印象の強いものだったのだけれど、本書を読むと、もっと驚くべきことが、さらっと書いてある。

storia_della_musica_occidentale-crop.jpg 他にカッロツォ&チマガッリ「西洋音楽の歴史」という本も読んだことがある。

これは電子書籍の半額クーポンを使ってまとめ買いをしたもので、全部で8分冊にもなる膨大なもの。
ただ、電子書籍といってもイメージ形式なので、フォントサイズは変更できず、画像としての拡大・縮小しかできなかった。タブレットなどでは大変読みにくく、ただでさえ難解な内容が、一層、頭に入らなかった。


この本でも興味の中心はバロック以前。モンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」をはじめとする草創期のオペラの話など、大変興味深いものがあった。

青島広志氏は、オペラはできてすぐに悪女の話と言うけれど、塩野七生さんによれば、ポッペアは悪女というほどではなくてただ贅沢なだけだったとか。

古楽の楽譜なども収録されていて、音楽史の資料集といった趣の本である。
カッロツォ&チマガッリの本の特色は何と言っても楽曲分析で、私には半分も理解できないのだけれど、演奏家だったら随分と役に立つところもあるのではないだろうか。


さて、グッドールの本は原題は単に"The story of Music"であるのだけれど、邦題では「進化史」となっているように、音楽を構成する「音の進化」(楽音として使われる音)についても追いかけられている。
次回以降にあらためて書くつもりだけれど、名前が知られる最初の女性作曲家(Kassia)の話など、今まで知らなかったことが並んでいる。岡田書では「尖った5度」として書かれていることが、それ以前の状態としてのドローンの話や、メロディラインの上声への移行のことなど、また新しい眼(耳?)が開かされる。


■グッドール「音楽の進化史」

第1章 発見の時代 紀元前40,000年~紀元1450年
第2章 懺悔の時代 1450年~1650年
第3章 発明の時代 1650年~1750年
第4章 気品と情緒の時代 1750年~1850年
第5章 悲劇の時代 1850年~1890年
第6章 反乱の時代 1890年~1918年
第7章 ポピュラーの時代1 1918年~1945年
第8章 ポピュラーの時代2 1945年~現在


それどころか、「オクターヴも発見された」という。
教会で歌えるのは男だけだったが、その音楽の伝承のために、男の子を合唱に加えるようになった。そして、変声期前の1オクターブ高い声が同じ音に聴こえることが発見されたのだという。


一番驚いたのは19音音階のことである(これについては明日あらためて投稿する)。

グッドールの本は、ページ数が多いだけでなく、本の紙面いっぱいに活字が詰まっており、章節分割もやたら大きくて、私には大変呑みこみにくい本である。何より、ある程度の楽理、楽典や楽器の知識がなければ、理解不能のところも多い。

こういう本こそ、電子書籍にして、本文から直ちに辞書検索や、楽曲再生、楽譜表示などができるようになってもらいたい。おそらく著者はそうした資料を揃えているはずだから。


ところで、不思議なことに、グッドール本と、カッロツォ&チマガッリ本は、同じような時代を扱っているにもかかわらず、記載の重複は意外に少ない。
音楽史といっても、いろんな視点があり、それによってとりあげられる事項も違っているということのようだ。

関連記事

「面白くて眠れなくなる進化論」

omoshirokute_shinkaron_cov.jpg 長谷川英祐「面白くて眠れなくなる進化論」の感想。

この本は、一つの進化論に基づいて進化現象を解説する体裁ではない。もちろん、進化の一般論である自然選択は基軸になっているわけだけれど、本書の最後に「進化論も進化する」とあるように、今までの進化論そのものの歴史的発展について解説した本である。

一般に1つの理論が有力であっても、それで説明・理解できない現象が発見されれば、その理論は修正を余儀なくされるわけで、進化論という理論の発展でも、それが繰り返される。
というわけで、本書、特にPart Ⅰ、Ⅱは、進化論の進化と、それを余儀なくした生物現象が簡潔にまとめられていて(だから、どこかで聞いた・読んだ話が多いのだけど)、進化論をおさらいするのにはちょうど良く、簡潔にまとめられている。

そして「Part Ⅲ 進化論の未来」に、著者が探究していることなど、進化論の今の話題が入ってくる。

この著者の本については、前にもとりあげた。同じ著者による「働かないアリに意義がある」も、本書でそのエッセンスが解説されている。


この本で特に目新しいと思ったのは、適応度と時間と未来の進化論というあたりや、時間割引という考え方。
omoshirokute_shinkaron_ix.png

「今日1000円もらうか、明日1010円もらうかという場合、今日の1000円を選ぶという人でも、100日後に1000円もらうか、101日後に1010円もらうかと聞いたときには、101日後の1010円を選ぶ人がいる」というような話である(数値例はうろ覚えで、この数値ではなかったかもしれない)。

長期的な将来については、不確かさが増すためか、合理的ではないと見える行動が行われるというわけだ。

生物での実験では、遠くの優秀なオスを選ぶか、近くの劣るオスで間に合わせるか、というものが行われて、近くの劣るオスで間に合わせるという生物が普通にいるらしいという。
実験の方法や状況がこれで良いのかどうか、ちょっと判断もつきかねるのだけれど、著者はこういう行動から、人間以外でも時間割引という行動があるとする。

進化論の立場からは、それが適応的行動であると説明されないと解ったことにはならないと思う。
この例では、距離とオスの優秀さの無差別曲線のようなものを想定して分析する方法がある一方、著者が指摘するリスク回避戦略という意義を考えるなら、それをあらたな理論に取り入れなければならないような気がする。

もちろんそうした研究もされているのだろうけれど、本書ではまだトピックス的に紹介する範囲に留まる。


また、目次でもわかるように、著者は一神教の西欧の学者のもののみかたと、我が国のような多神教文化圏でのそれの違いも意識している。というか、もともと近代的な科学は西欧で発達したものだと思うけれど(神の偉大さを証明するため)、それが神による天地創造を否定するような現象に出くわして、その折り合いをつけるのに苦労したという点を比べている。

米国共和党の大統領候補のクルーズ氏は、進化論を否定していて、学校で進化論を教えるなと言っているようだ。

これも結構昔から言わていることのように思う、というか、ダーウィンが攻撃されたのはキリスト教文化圏だからで、日本ではサルから人間が進化したといっても、そのことに抵抗し腹を立てるような人はあまりいないと思う(むしろ、ご先祖さまと言って拝むかもしれない)。

ところで本書書名の「面白くて眠れなくなる」は、シリーズのようだ。「~生物学」、「~数学」、「~物理」などの本が出ている。

関連記事

「ブッダは実在しない」

buddha_wa_jitsuzaishinai.jpg 島田裕巳「ブッダは実在しない」の感想。

腰巻(写真参照)に書かれているように「ブッダは創作された一つの観念である」という本。
もちろんブッダに限らず、偉人の伝記にはその人を称揚するためか、話が作られるということは良くある。アリエナイ奇跡譚がくっついてくる。
ただ、そういう場合は、その人の実在は動かしがたいという前提で、どの話は事実で、どれが作り話かということになるわけだが、この本では、一人の人間としてはブッダは実在しないという。ブッダは今更言う必要もないが、もともと「悟った者」という普通名詞である。普通名詞である以上、ブッダの集団がいてもブッダであるというわけだ。

まぁ、そういう説を出しても、否定できるだけの証拠もないのだろうとは思う。

釈迦入滅後、お釈迦様の骨は8カ所に分けて奉納され、さらにアショーカ王がうち7つを発掘、8万4000の寺院に小分けして配布したという。人間の骨は3kgぐらい(乾燥重量だとさらに少ない?)だから、1粒が小さすぎるなら、複数人説の根拠になるかなと思ったが、計算してみると、3kg×7/8÷84,000=0.03125g、玄米1粒の重さは0.022gあたりというから、むしろ仏舎利として納得できる数値である。


著者は古い仏教経典には一貫性がなく、それは一人のブッダのものではなく、複数のブッダによるものだから当然だというわけだけれど、「嘘も方便」が当時からあったなら、一貫性がなくてもおかしくはないとも考えられる。

ブッダ複数人説を否定したいと考えているわけではないけれど、この著者は宗教と科学をどう調和させているのだろう。
著者は、我が国仏教にはもともとのブッダの教えは入っていないと大問題のように言うのだけれど、それはブッダの教えを一人の人間の教えとして考える態度であって、神を信じる態度ではないように思う。
宗教的な心情を思うなら、ブッダが教えたところの神(にあたるもの)が居て、後の仏教を発展させてきた多くの高僧・名僧は、宗教的体験をしてきて、その教えを深化させてきたとも言える。時代とともに何度でも仏の教えが更新されて何らおかしくはない。
そうした神を否定したら、そもそも宗教が成り立たないのではないか。
ブッダが一人であろうと複数であろうと、それがそんなに大きな問題だろうか。

著者はキリスト教において、イエスの復活などという荒唐無稽なことを否定したら、キリスト教が成立しない。「史的イエス」という考え方は行き場を失ったともいう。
そりゃそうかもしれないだろう、けれどこんなことで宗教と科学の対立や調和の問題が終わるというほど単純な話じゃないのではないだろうか。
やっぱり、信じるものは救われるのであろう。
(私自身は「救われないもの」の一人だろうと思うけど)

というわけで、お釈迦様がいたかどうか、それはわからない。
各種の経典類は多くの仏教徒がこの形にしてきたものであることは歴史的事実である、ただし、そのなかにお釈迦様の言葉がそのまま入っているかどうか、それもわからない。

著者によると、仏教が西欧に知られ、研究対象になったのは比較的最近のことであり、原始仏教がどんなものであったのか、経典成立史は、というような問題意識は、それからのことだそうである。
ならば、それまでの仏教の発展はどう理解すべきなのだろう。

ところで、この本を読んでいて、ふと次の小咄を思い出した。

あ、定期券が落ちたぁる……
届けたらなあかん思うけど、名前書いたぁらへんがな。
そやけど、けったいな定期券やなぁ、日付が書いたぁらへん……
そういうたら、駅の名前も書いたぁらへん…………

わし、なんでこれが定期券やと思たんやろ?


お経もこの定期券みたいなものだったりして。
ありがたい、ありがたい。

関連記事
Gallery
検索フォーム

⇒記事一覧

プロフィール

六二郎。六二郎。


定年退職
苦しい家計の足しに再就職
=いつクビになってもええねん
 言うたもん勝ちや!のブログ
リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
アーカイブ
カテゴリ
タグ

ITガジェット 書評 マイナンバー Audio/Visual 

現在の閲覧者数
聞いたもん