カラダはすごい! モーツァルトとレクター博士の医学講座

久坂部羊「カラダはすごい! モーツァルトとレクター博士の医学講座」について。
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副題の「モーツァルト」が目に入ったので興味を惹かれた。
別にモーツァルトが医学を講義するわけではない。
本書でとりあげられているエピソードは、死の直前に瀉血を何度も施されていて、それが死につながった(早めた)ということと、モーツァルトの左耳が普通とは違っていたという2つである。
 モーツァルトも、左耳に先天的な異常がありました。写真がないので正確なことはわかりませんが、外側の渦巻きと耳たぶが欠けていたとか、大きさは正常だけれど外側のヒダが耳たぶの位置まで伸びていたとか、ヒダがまったくなく、皿のように平板だったなどの諸説があります。

その他、モーツァルトがらみでは、医学とは関係ないが、有名な「ベースレ書簡」の話や、「俺の尻をなめろ」カノン(KV231)とかウンコ愛の話もしつこく語られる。
ウンコについては、こういう記述もある。
大便の成分は水分を除けば、腸の粘膜から剥がれた細胞と、大腸菌など腸内細菌の死骸がほとんどで、食物のカスは5%ほどしかありません。だから、中心静脈栄養で、完全に絶食でも大便が出るのです。

9-2100_hannibalbrain_09121.jpg また、レクター博士(「羊たちの沈黙」でアンソニー・ホプキンスが演じた)のエピソードは、生きたまま人間の脳味噌を食べること(これって中国料理の猿脳がヒントだろうか?)とか、レバーの話。

著者が言うには、
動物の肝臓は食用になりますが、人間の肝臓も味は変わらないとおもいます。食べたことはありませんが、電気メスで焼いた時のにおいは、焼き肉店で嗅ぐのと同じですから。

第一講実は医学はおもしろい
――ウソがいっぱいの医学の不思議
血を抜き取られたモーツァルト/健診を毎年受けると短命に?/女性に身体の内側はない?  他
第二講呼吸器系
――息をしすぎて苦しくなる肺の不思議
肺は3LDKのマンションより広い/キリンは息苦しい?/メタボ健診をすり抜ける裏ワザ/結核は過去の病気ではない 他
第三講消化器系
――何でもクソミソにする胃腸の不思議
絶妙な咀嚼のタイミング/早期の胃がんはほんとうに「早期」か/ないほうがいい? 胆嚢/大便のかぐわしき香り 他
第四講循環器系
――誰かが動かす心臓の不思議
赤ん坊の心臓を一生使う/白血球にも赤血球が/心臓が止まる理由/高血圧の治療はあてずっぽう?  他
第五講神経系
――魂は宿っていない脳の不思議
なぜ言語障害は右半身麻痺に多いか/脳腫瘍は茶碗蒸しのぎんなん?/動く脳死患者 他
第六講泌尿器系・生殖器系
――医学が下ネタになる不思議
1日150ℓの原尿/尿管結石の激痛/悩ましき前立腺/健気な精子たち 他
第七講感覚器系
――他人と比べられない間隔の不思議
左目が眩しいデビッド・ボウイ/モーツァルトの耳は「できそこない」だった/ネズミの背中に人間の耳が/鼻の滑稽さ、不気味さ 他
第八講内分泌系・リンパ系
――ごく微量で効くホルモンの不思議
唯一、身体に四つある臓器 副甲状腺/二種類の糖尿病/万能薬か毒薬か ステロイド/薄毛の特効薬 男性ホルモン阻害剤 他
第九講皮膚・骨・筋系
――骨が入れ替わる不思議
『ブラック・ジャック』に登場した全身の刺青/牛乳は骨粗鬆症の予防にならない/人肉食について 他
こういうトリビア的な話も入っているけれど、大真面目な人体に関する知識が詰まった本である。
体のしくみをベースにして、こうなっているから医療は、薬は、というように理詰めで納得しやすい説明になっている。そして返す刀で、トンデモ本とか、根拠あやふやな健康法を批判している。ヒアルロン酸とかコラーゲンをありがたがって経口摂取させようというCMには嫌悪感を催すとも書いている。

そういうものについては私もかねてからそうだと思っていたけれど、牛乳を飲んでも骨は強くならないと言うのは驚いた。
 アメリカで行われた大規模調査では、高齢者の場合、牛乳を多く飲む人のほうが、男女とも股関節の骨折が多いという結果が出ています。そのためアメリカでは、1998年から、牛乳で骨粗鬆症の予防をというコマーシャルが行われなくなりました。日本でも、2003年から、牛乳の宣伝から骨粗鬆症の予防が消えたようですが、そのことはあまり知られていません。牛乳にはもちろんよい面もありますが、誤った効用がそのままに放置されているのは問題でしょう。
 では、なぜ牛乳を多くとると骨折しやすくなるのでしょう。その理由は、牛乳を飲んで血液のカルシウム濃度が急激に上がると、逆に排泄が進みすぎ、それを補うために、骨のカルシウムが溶けて、血液に流れ込むからです。カルシウムは心臓や肺、筋肉の活動に重要な働きをするため、身体が常に一定の濃度に保とうとして、過剰反応が起きてしまうのです。

泌尿器系・生殖器系の話になると俄然、筆致が詳細になり、グロテスクなものが紹介される(上述の通りモーツァルトも引き合いに出される)。
また、レクター博士にご執心のようだけど、著者も手術中にレバーを食べたくなったのではないだろうか。
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そういえば、癌は食べられるんだろうか?
思えば、鴨の脂肪肝を美味い美味いとありがたがってるんだから、悪性腫瘍も食べて食べられないことはないのでは。
それに癌だったら、人間由来のものでも、食べて倫理的な抵抗は低いんじゃないだろうか。
ゲテモノであることにかわりはないが。

いえいえ、そういう本では決してありません。きちんと理を説いてわかりやすく書かれている本。
インチキ健康法にだまされないためにも、良い本。
お薦めである。

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医者の稼ぎ方

Isha_no_kasegikata_Tsutsui.jpg 筒井冨美「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」について。

この本は2017年に出版されている。
同じ著者による“フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方”は2016年の出版、同じ出版社からで書名を見てわかるように姉妹編とでもいう感じ。

どちらの本で描かれる「医者の生態」は良く似たもので、同じエピソードも出てくる。
本書では、そこから医者の報酬に特にスポットを当てたということだけれど、前著でも医者の報酬についてはちょくちょく触れられていた。

さて、本書では、華々しい医者の収入が紹介される。
年俸5000万円とか3000万円とか、日直一日10万円とか、しがないサラリーマン経験しかない私には縁のない額である。

Y2K(懐かしい響き)のとき、大晦日から元日にかけて待機していた人には、数千円の当直手当が出ていたと思う。
知り合いの医者も待機がかかったのだけれど、それより1桁以上高い手当が出たそうだ。

また別の知り合いの新婚の医者は、未だ大学病院の非常勤の身分でアルバイトが主たる収入なのに、家賃月15万円とかの結構広いところに住んでいる。その奥さんが言うには、家にいる時間が短いのにこんな高い家賃は不合理、家を借りる前に、相談してほしかったと言っているらしい。

収入も多いが支出も多い、出入りが激しい生活をしているという印象である。

著者が言うように「有能は優遇、低能は冷遇、無能は淘汰」は悪くはないと思うし、何よりレベルの低い医者に当たったために、治る病気も治らない、あるいは、ほっておいたら治るのに変に手を出して酷いことになるというのは困る。著者は、フリーランスという働きかたが、この図式を実現する一法だと考えているようだ。

ただし、著者は「ドクターX」のような外科医ではフリーランスは無理だと言っている。外科医は手術だけするわけではないし、チームとしての問題もあるだろう。

ところで、医者になる費用、主に医学部の授業料等は、私学であれば数千万円かかる。
これも驚くべき高さではあるけれど、医師の年俸から考えれば、有利な投資と考えることもできるという。
そして、授業料と偏差値の反相関も指摘される。

これはどうしたことだろう。入試時の偏差値がすべてではないにしろ、高額の授業料を払えば低能・無能でも医師になれるということだったら、「無能も優遇」でないと困るんではないだろうか。


そして忘れてはならないのが、こうした派手なお金の流れの源泉といえば、そのかなりの部分が健康保険であることだ。

税金については、無駄な使い方がされてないかとか、役人の給料が高すぎるとか、常に批判の的になっているわけだけれど、同じく公的負担である健康保険の基金の使い方についての監視やクレームは、あまり聞かない。
もちろん医療費が高い(国トータルで)ことは問題視されているけれど、政府が言う医療費を下げるというのは、個人負担を上げて保険からの支出を下げる議論ばかりである。

随分前から薬漬けが問題になっている。多種類・多量の薬を飲むことで、実は健康にも良くないし、医療費もかかる。なのに、保険が使えるなら薬をどんどん出すという風潮があらたまったという話はあまり聞かない。
まるで医療費を使わずに健康になられては困るというような雰囲気である。

理想の病気」という言葉があるそうだ。
その病気では死なないが、完全に治ることはなく、毎日薬を服用する必要がある病気のことである。


健康診断

P_20170901_111852_vHDR.jpg 昨日は職場の健康診断。

どこの会社でもやる労働安全衛生法で定められた健診だから特に変わったことはない。
変わるのは業者。毎年というわけではないが、どうやら委託先は入札で決めているらしく、今年は去年とは別の業者。

健康診断って別に楽しくもないわけだけれど、妙齢の看護師さんとかがいると血圧が上がるけれど、今年はそういう心配もなく、簡単に終了。

去年との違いは、午前中に健診を受ける人は朝食抜きということだったけど、こちらとしてはお構いなく朝食も食べて臨んだ(一応、食後4時間30分経過していた)。おそらく血糖値に影響するのだと思うけれど、低いときに測ろうということかしら。

そういえば、以前、血糖値でひっかかって、再検査になったことがあった。再検査では食事抜きで来てくださいということで、そのとおりしたのだけど、それ以上の検査などはなかった。


視力を失わない生き方

深作秀春「視力を失わない生き方 日本の眼科医療は間違いだらけ」について。

siryoku_wo_ushinawanai_ikikata.jpg 自分で「超上級者」言ってはばからない、眼科のブラック・ジャック先生。
日本の眼科医がこの本を読めば、激怒するに違いない。

Amazonの書評で、★(最低)をつけてるレビューがあるが、どうやら眼科医もしくはその関係者らしい。ただし、全否定というより、今は日本の眼科も良くなっているという(それなら幸いである)。本書でとりあげられた症例がいつのものか示してくれてたら、著者が言うように、きちんとした情報収集の役にたつと思うけれど。


本書に反発する眼科医が多いというのはとても良いことかもしれない。
著者は、日本には腕の良い眼科外科医は、10人ぐらいしかいないという(ちょっと調べると深作眼科には7人の医師がいるようだから、他には3人しかいないことになる。本当だったら実に困ったことだ、反発する眼科医のみなさんは、腕の良い眼科医であろう)。

眼の健康とかに関する本には、役に立たないどころか、実行すると眼を悪くするようなことが平気で書かれているというから、そういう本の著者も敵にまわしているかもしれない。
眼の運動だといって眼球を上下左右に激しく動かすのはダメ、水道水で眼を洗ってはいけない(そういう器具もあったように思う)、プールでゴーグルは必須、陽射しの強いところではサングラス、などなど。


それはともかく、あんまり眼病のことを知らなかった私にとっては、大変、興味深いものだった。

実は、ここ数年、本が読みにくくなっている。
目がかすむというか、乱視がきつくなっているのだ。リーディング・グラスを使用しないと、集中して読めないということも多い。 それに、先ごろ、光視症のような症状が出ることもあった。 年齢からして、そろそろ白内障の心配もしなければならない。

はじめに
プロローグ 当院に駆け込んできた、いくつかのケースから
エピソード1 子どもの例
エピソード2 高齢者が必ずかかる白内障
エピソード3 スポーツ選手(ボクサー)の例
第1部 私が見てきた、日本の眼科医療
第2部 間違いだらけの眼科選び
      ――「日本の眼科の大間違い」を斬る!
  (1)大病院・眼科・医者に関する大間違い
  (2)眼・視力・老眼をめぐる大間違い
  (3)メガネ・コンタクトをめぐる大間違い
  (4)白内障をめぐる大間違い
  (5)緑内障をめぐる大間違い
  (6)網膜剝離をめぐる大間違い
  (7)加齢黄斑変性をめぐる大間違い
  (8)糖尿病性網膜症をめぐる大間違い
  (9)生活習慣に関する大間違い
第3部 死ぬまで「よく見る」生活術
  (1)日常生活でどんなことに気をつけたらよいのか?
  (2)医者選びを間違えない
第4部 眼科医にこそできること
      ――糖尿病性網膜症の治療から
おわりに
手術の料金表(深作眼科の例)
というわけで、興味深く読み始めたのだけれど、いきなり読むのがつらくなって、しばらく先に進めなくなった。
止まってしまったのは、本書のプロローグ、いくつかの症例が紹介されている。
これが、とても読むに耐えないもので、野球の打球を至近距離で眼に受けて網膜剥離を起こした、先の尖ったペンチで眼を突いて眼球破裂、など。
こういう症例は、人いきれの強い満員電車の中で体調の悪い状態で読むと吐きそうになる。

多くの人はそうじゃないだろうか。
本書では、著者の病院で、手術中の脳波をとって、やはり多くの人が、強がりを言う人であっても、恐怖心を示す波形が出ることが観測されたとある。この手の話で気持ち悪くなるのは私だけではないようだ。なお、著者は患者の苦痛・恐怖心をとりのぞくことについても熱心なようだ。


結局、体調万全で快適な場所で読み直したわけだが、具体的な内容を書き写しても書評とはいえないから、印象的なフレーズだけを抜き出しておく。

もっとも印象的なのは、人の寿命が90年でも、眼の寿命は65~70年というもの。
そろそろ私の眼も寿命というわけで、今まで行ったことのない眼科に行くべきかと思う。(しかし著者がいうようにヤブ医者ばっかりだったらかえって悪くなるらしいので、これも恐ろしい)

また、私は今のところ関係ないが、糖尿病では血糖値を下げる薬を使うことに警告がなされている。著者は、薬で血糖値が乱高下することが、眼にはとても悪く、糖尿病性網膜症の増悪原因になるのだそうだ(内科的には良好だが、眼科的には最悪の結果)。前に糖質制限について記事を書いたことがあるが、本書の著者も糖質制限を推奨している。

また、冒頭に「ブラックジャック先生」としたけれど、本書で、上級医でも研修医でも、同じ術式なら同じ料金、日本人はなんと恵まれていることかと皮肉たっぷり。しかもヘタくそがやると、失敗して手術を繰り返し、治療期間も長くなるから、さらに高額な医療になるという(このあたりはシステム・エンジニアもまったく同じ)。
それはそうとして、米国では研修医が手術をする場合は料金は格安になるのだそうだ。もちろん指導医がしっかりついて、一応のレベルは確保されるのだろうけれど。上級医の料金が高くなるのは困りものだが、研修医の執刀なら安くなるのは合理的だと思う。

普通の患者としては、どうしても権威に弱い。
その権威といわれるような大病院や医師が、この本でいうような酷いものだとは思いたくない。
医療の世界では、どうして、子供の喧嘩みたいなことが多いんだろう。

60kgオーバー

近頃、なんだかお腹周りが大きくなっている。
ベルトは、以前の穴の位置では若干苦しく、1つ緩めることが多いし、手でお腹をさわっても、膨れた感じがする。

P_20170623_205000_vHDRs.jpg 昨年9月の職場の健康診断以来、久しぶりに自宅の体重計に乗ってみる。

61.6kg!

昨年の健康診断では58.6kgだったと思うから、3kgぐらい重くなっている。
BMI(Body Mass Index)を計算すると、21.0となる。以前より1ポイント高くなっている。

肥満学会ではBMIは22が標準だというけれど、40歳代では、太り気味《 BMIが[25,30) 》のほうが平均余命が長いという結果もあるらしい。数字にこだわりすぎるのもいかがなものかと思う。

しかも、体重計が置いてあるところの床はやや弾力があるから、実際より軽く計量されているかもしれない。

私は、人生でこれまで、60kgを超えたことがなかった。
いつ頃60kgオーバーになったのかはっきりしないが、大台に乗ったということで、若干驚いている。
肥満ということではない。BMIの1ポイント上昇が問題なのではなくて、1年で3kg増えたというこの傾向が今後どうなるのかということである。まさか、来年は65kg、再来年は68kgとなるも思えないけれど。

増えた部分が、しっかり活動していれば、代謝量も大きくなっているだろうから、フィードバックが効いて適当なところで安定すると思うけれど、単純に不活動の脂肪層になっただけなら、そういう効果は低くて、安定に至るまでまだまだ太ることになるかもしれない。

どうして体重が増えたのか。
生活習慣に大きな変化はない。
普段運動をしないことも、毎晩飲酒することも、毎日10本弱のたばこを吸うことも、まったく変わっていない。
食生活も、最近は、加齢のせいか食べる量はむしろ減少気味。脂っこいものや肉類は少なくなってるし、ご飯は茶碗一杯だったのが、7~8分目になったぐらい。

思い当たるのは、下痢をしなくなったこと。
前に書いたように、ピロリの除菌をしてから、下痢をすることがほとんどなくなった。
今まで、食べたものが、吸収されずに捨てられていた、それがきちんと吸収されるようになった、そういうことではないだろうか。

私の標準体重(BMI=22)は64.3kg、あと2.7kgである。
これを目安にしたら良いんだろうか。

「たばこはそんなに悪いのか」

Tobacco_how_harmful_is_it.jpg 喫煙文化研究会「たばこはそんなに悪いのか」について。

著者の名前もない、あやしげな出自、文化の名の下に、感情的にたばこバッシングを批判する、そういう本かと思ったけれど、そういうものではない。
「喫煙文化研究会」というのは、会長すぎやまこういち、以下、養老孟司、筒井康隆、さいとうたかを、中西輝政、西部邁など、政治的イデオロギーは全く異なるだろうという人たちが集まっている組織らしい。

しかも、名前のあがる人たちは、名前だけ使われることは嫌がるような人たちではないだろうか。


プロローグには、『世にあふれる“理系人間”による「喫煙と健康」にかかる研究や仮説に対する“文系人間”からの批判・反論(逆襲!?)』と書いてあるけれど、どうしてどうして、かなりツボを押さえたところがあって、ちゃんと疫学の知識を持っていて、さまざまな反たばこ論文を読んだ上でのことのように見える。

反たばこ研究(たばこが有害であるとする研究)への批判は、おしなべて根拠が薄弱で信頼性に欠けるというわけだが、それは疫学調査そのものの難しさがあるから、研究者を責めるわけではない。

もっとも、取り上げられる反たばこ研究結果を見ていると、検定は通らないけれど、傾向として読むなら、たばこの害を示してはいる。やっぱりたばこは体に悪そうだという気持ちも湧くんではないか。


   
プロローグ 百害あるものは百利あり
第一部 たばこバッシングの歴史的構造
I  ジャパニーズ・パラドックス
II  バッシングはいかにして起きたか
III  疫学調査の欺瞞
IV  「生物医学」というパラダイム
V  たばこ企業vs反喫煙主義者
第二部 たばこはそんなに体に悪いのか
I  喫煙と疾病
II  バッシングを加速させた〈受動喫煙〉
III  〈ニコチン依存症〉の〝発明〟
IV  もう一つのバッシング「社会的コスト」論
V  「医療化」ということ
VI  何が人の寿命を決めるのか
第三部 たばこのチカラ
I  急速に広まった喫煙の風習
II  人は、なぜたばこを吸うか
III  シガレットの「光と影」
IV  「適正な喫煙」とは
V  永遠の課題──あとがきにかえて

一方、たばこにも良いところがあるという説も紹介されるけれど、これも根拠といえるほどのデータをもっているわけではない。また、たばこは健康に害はないと証明できるのかと言われたら、それはできない。反たばこ研究の信頼性にいくら疑問を持ったとしても、それで因果関係が否定できるわけではない。

そういう意味では五十歩百歩のようにも見えるわけだが、本書では、確証バイアス―ある事実を証明しようとして、確たる証拠が得られなかたり、反する結果になった場合は、その研究はなかったことにされる―は、一方的に反たばこ側に作用しているということが付言され、複数の研究結果がたばこの有害性を示しているというようなメタアナリシスは無効だとする。

おそらく、たばこの有益性の証明を目的とする研究には、科研費は出ないだろう。もっとも、以前は、煙草産業からは大量に研究費が出ていて、反たばこ側は不利であると主張されていたけれど。


不思議なことに、疫学の専門家は、相関関係は因果関係ではないこと、因果関係を認めても良いとする場合の評価基準は熟知しているはずなのだが、ことたばこの害については、これらの基準はなぜか無視される。これでは研究結果の信憑性が疑われ、本書のような反論を招く結果となる。
ヘイトスピーチのようなマネはやめて、冷静な反たばこ論を起すべきだと思う。

とりわけ、前にも書いたように、一本のたばこも許さない、というような、疫学上の基本クライテリアの一つとされる量-反応(dose-response)関係に一顧だにしないような主張は、あまりにエキセントリックで、ついていけない。
たばこが健康に悪いとしても、一日何本までなら許容範囲といっても良いのではないか。そう言ってくれたら、「罪業妄想」を持たずに済むし、たばこを文化として評価するという精神衛生上のメリットがあると思うんだけれど。
お酒は1日○合までと言う一方、どうしてたばこだとそれが言えないんだろう。

近年、勇気ある医師のなかに、「1日10本くらいが目安」と許容意見を表明する人もいる。ただし、反たばこ論者なら、その根拠を示せと迫るに違いない。それを目的とした調査研究にはお金が出ないことを見越して。

放射線や大気汚染物質について閾値を設けるのは、それらが人間の生活上不可欠なもので、ゼロとすることができないという理由がある。ゼロにできない以上、許容できる範囲を決めておこうという発想である。

2017-06-15_161742.jpg しかし、嫌煙家には、たばこの文化的価値を一切認めないという信念があるようだ。
したがって、嫌煙家には、「たばこの害」と「吸わない害」(全く吸わない場合のデメリット)の合計の最適化、なんて発想はないだろう。

そんな都合のよい計算はできないというなら、せめて、他の体に悪そうな行動と比較してもらえないだろうか。

たとえば、たばこ1本は、○分間大日交差点に立っているのと同程度の健康被害を与えますとか、豊洲市場で○分間働くのと同程度ですとか。


それにしても、嫌煙家からすれば、このような本が出版されること自体が許せないに違いない。
Amazonのレビューは3件、1件は★★★★★(最高評価)、2件は★(最低評価)。
これが現実。
嫌煙家と愛煙家が理解しあえるような世は永遠に来ないようだ。

FLEVOの評価

P_20170516_195834_vHDR.jpg Ploom TECH(ただしパチモン)も手に入れたので、FLEVOについてはもうどうでも良くなったような気もするが、先日、予告したので、FLEVOの評価。

本記事が遅くなったのは、各種のフレーバーの比較も書くつもりが、Ploom tech(パチモン)を手に入れたことで、そちらが優先して、FLEVOはほとんど喫わなくなったので、フレーバー比較が未だできないから。昨日、Ploom TECH(パチモン)の記事をアップしたので、このままでは書く機会を失いそうなので、取り急ぎ器具の感想を中心にアップ。


まず、FLEVOという商品の説明を少し。
先日も書いたとおり、FLEVOは、カートリッジに入っているフレーバー(液体らしい)を加熱して、発生するフレーバー(蒸気)を吸引するものである。

カートリッジ1本で、240回の吸引、普通の煙草1箱分に相当する吸引ができるという。
本体フル充電で、200回吸引できるというから、カートリッジ1本には少し足りない。充電切れで先端の青いLEDが点滅するらしいが、この状態になったらもう吸えないようだが、12回ぐらい吸えるようにしておけば良いと思う。

カートリッジは3種類、タバコフレーバー、メンソールフレーバー、ビタミンベリーフレーバーとある。
スターターキットには、タバコフレーバー1本、メンソールフレーバー1本が付いてくる。

交換カートリッジはどの種類でも、5本入りが1598円(税込)、1本あたり320円だから、普通のたばこよりも安い計算。スターターキット1058円(税込)にはカートリッジが2本付いてくるから、カートリッジがかなり割安で購入できているということになると思う。もちろんこれはメーカーの戦略であるに違いない。

さて、使った感想。
意外なことに、ニコチンが含まれていないはずなのに、なんとなく煙草を吸ったような気にはなる(個人の感想であり効能を保証するものではありません)。

ノンアルコールビールを飲んで、ビールを飲んだような気になる、これも個人の感想だけれど、それと同様である。(昔のノンアルコールビールはまずかったけれど、最近は随分改良されている。)


深く吸引すれば、盛大に湯気(蒸気)が出る。煙草っぽいといえばそうだが、これが実は周囲には邪魔になりそう。

フレーバーの種類別にいうと、タバコフレーバーは、カラメルのような匂いがする。
やや甘ったるい。あんまり上品な感じはしない。
メンソールフレーバーは、未だ試してない。また、ビタミンベリーも別途購入しなければならないから試していない。

変に甘そうな名前なので、別途購入する気はないけれど、1度くらい試しても良いと思うので、320円分くらい高くなっても、スターターキットに3種類そろえたほうが良いのではないだろうか。(プルームは、お試しで6種類入っていた。もっともFLEVOとは違って、1個がタバコ1本相当だけれど。)


さて、FLEVOを使ってみようと思ったのは、煙草が嫌いな人と同室でも大丈夫かということ。
二言目には、副流煙が悪いと言われるので、害のない蒸気ならばそういう攻撃は受けないものと淡い期待を抱いたが、やはり、甘かった。
「この下品な臭いは許せない」である。iQOSにも文句を言うが、iQOS以上に評判が悪い。
たしかに私も少々ねばつく臭いだと思うけれど、そこまで下品だろうか、やはり、坊主憎けりゃ袈裟までの類なのかもしれない。
FLEVOホームページのQ&Aでは、

タバコではないので禁煙場所で吸っても問題ありませんが、
煙の様に見える水蒸気が発生しますので、使用する際は周囲の方のご迷惑とならないように気をつけてご利用ください。
公共施設や店舗では、その場所の管理者にご確認の上ご利用ください。

とあるのだけれど、実態的には難しいだろうと思う。
違法でなくても、周囲の人の受け止め方次第、ダメといわれたら引き下がらざるを得ない。

タバコじゃないんだから、煙(蒸気)と香りが控え目とか、タバコからかけ離れていたら良いんじゃないか。
煙草にこだわらず、自由にフレーバーを開発したらどうだろう。たとえば、女を(男を)狂わせるような香りのフレーバーとか、あるいは、すき焼き味とか、うなぎ蒲焼味とか(周囲の人も食欲が湧くのでは)。
蒸気も、もっと薄いものとか、目立たないものとか、逆に、狼煙みたいなものとか。

それにしてもこの器具は良くできていると感心した。
Ploom TECHと同じく、FLEVOもスイッチ類はどこにもない。
フレーバーを吸えば、自動で通電され、蒸気が発生する。吸引をやめればすみやかに消える。
iQOSのように充電を待つ必要もない。

というか、FLEVOの使い勝手に感心したから、Ploom TECHも試してみようと考えたわけだけれど。
Ploom TECHの発表のほうがだいぶ早いから、FLEVOはこれを模倣したのかもしれない。


メーカーのページでは、「FLEVOのフレーバーリキッドは日本食品衛生法で認可された成分のみを使用し、日本国内の工場で開発・製造されています。」とあるのだが、僅かな電気加熱で速やかに蒸気になるというのは、溶媒として一体何を使っているんだろう。

使用上の注意としては、発生する蒸気が発生源ではかなり高温らしく、連続吸引したり、吸い込み方によってはかなり熱いこと。
あんまりせっつくように吸わないほうが良い。

数日、煙草を完全に絶って、FLEVOだけで過ごしてみたらどうだろう、もしそれで問題がなければ、ランニングコストはずっと安上がりだし、灰も出なけりゃ、ライターも要らない。
(とはいうものの実行する勇気は、今のところない)

将来、もしこの種の商品が一般化して、煙草が絶滅していたら、こんな会話が交わされるのでは。
子:お父さん、何喫ってるの、おいしいの?
父:フレーバーというものだよ。おいしいというより、落ち着くんだよ
子:僕も喫いたい
父:ダメだよ、これは20歳以上しか喫っちゃいけないきまりなんだ
子:どうして、子供には悪いの?
父:そうじゃないけど……、昔の名残さ
子:昔の名残って?
父:昔は、こんな形のもので、やっぱり喫って楽しむ煙草というものがあったんだよ
子:それで?
父:その煙草というものには、ニコチンとか、タールっていう体に悪いものが入ってたんだ
子:へぇ
父:大人にも有害だけれど、子供にはもっと大きな害があったから、子供は絶対に喫っちゃダメだったんだ
子:それで煙草というのがなくなったんだね
父:そうだよ、でも煙草もこのフレーバーと同じように、気持ちを落ち着かせたりする効果もあってね
子:じゃあ、煙草の代用品っていうこと?
父:そうだね。だから、害がなくても、昔の名残で子供は禁止になっているのさ
子:フレーバーってどうやって作ってるの
父:よく知らないけど、いろんな植物とかから抽出した成分を揮発性の何かに溶かしてるんだと思う
子:煙草はどうだったの?
父:煙草は自然に生えている煙草という植物があって、それを乾燥させていた
子:じゃあ、煙草は自然食品みたいなものだったんだね
父:そうだね

だけど、やっぱりニコチン入りのPloom TECHの方が良いなぁ。

Ploom TECH、ただしパチモン

P_20170601_195047_vHDR_Auto-crops.jpg 電子タバコの一種、Ploom TECHという商品があるということは、前から知っていたけれど、タバコとしての充足感はiQOSには及ばないという評価、また、品薄で簡単には手に入らないということもあって、しばらく忘れていた。

ところが、先日、ニコチンのない単なるフレーバーで、タバコのような商品FLEVOを衝動買いしたところ、Ploom TECHを思い出して、少し調べてみた。

やはり、Ploom TECHの器具(スターターキット)は品薄で、今は抽選販売になっているのだが(私も応募している)、FLEVOの商品説明に「Ploom TECHとの互換性はありません」とあり、そのことでかえって気づいて調べてみると、Ploom TECHの互換品、ようするにパチモンが沢山売られている。

それではと、私もパチモンを買うことにした。(抽選販売の当落は6月28日に発表。それまで待ちきれない)
パチモンについてのネット通販の書き込みでは、問題ありません、という評価に混じって、動作しなかった、とか、すぐダメになったとかいうのもあってちょっと不安だった。ダメでもいいやと、一番安い1000円のものを購入した。もちろん併せて、JTのオンライン・ショッピングで、Ploom TECH用のたばこカプセルも購入した。

待つこと3日で、両方とも届いた。
まず、バッテリーへの充電だが、もともとある程度充電されていたのか、30分でランプの色が赤から青に変わった。充電完了ということだろう。

P_20170601_200637_BF-crop.jpg 早速試してみた。
Ploom TECHは、臭いが極めて少ないことが売りである。
煙(蒸気)が見えるとすぐにバレるだろうから、陰で一服したところ、煙草に敏感な家人も気がつかない。

別に隠れて吸おうという魂胆ではないけれど。

喫ったときに、煙草の箱を開けたときに感じるような臭いがするが、たしかに微かな臭いという範囲だろう。

意外に煙草らしさもある。
普通のシガレットと比べると、たしかに物足りなさも感じるけれど、もし煙草をPloom TECHから経験していたとしたら、これはこれで満足できるかもしれない。

FLEVOもそうだが、この種の器具は、スイッチなどは無く、吸えばその空気圧でだろう、スイッチが入るようになっている。これはとても便利である。
ライターは要らないし、灰も出ない。2,3服して中断して、置いても問題なし。
これ一本持っていれば、どこでも煙草を楽しめる。

問題はココである。
昔、JTというか専売公社のコピーに、「タバコは人生の句読点」というのがあった。
仕事その他の活動をしているときに、ふと、気を紛らわせるようにタバコに火を点け、2~3分、静かにたのしむ。

これが、Ploom TECHだと、1本という単位にならない。
1つのたばこカプセルで50パフ(吸引)、これはシガレットの4本分ぐらいに相当するという。(たばこカプセルは5つ460円、つまりシガレット1箱分相当)

とくに、近年は、タバコを吸う時空が限られ、結果、だいたい同じ時刻に喫うようになっていて、そのときに1本のタバコに気持ちを込めて喫うようになっているのだけれど、Ploom TECHのように、どこでやめても良いようなものだと、だらだら喫うことになって、このタイミングがとりづらいように思う。
シガレットと同じように喫えば、つまり、ゆっくり、深く、10パフぐらいして自らを満足させる、そういう喫い方をすればよいのかもしれない。

50パフでたばこカプセルを交換することになるらしい。ただし、1パフは2秒間の吸引ということで、ゆっくり喫う私などは3秒は喫うから、30パフぐらいで交換することになる。正規品は50パフで警告ランプが点くらしいが、このパチモンではそういう機能はない。微妙な味の変化を感じて交換すれば良いのだが、慣れるまではパフ数を数えなければならない。
また、加熱蒸気の発生源であるカートリッジ(アトマイザー)は250パフで尽きる。たばこカプセルの前にカートリッジが空になってたばこカプセルが余るという事象が多いらしい。


JTのオンライン・ショッピングでは、3種類のたばこカプセルがあるようだが、今回は、レギュラーだけを購入した。もともとメンソールタイプはあまり好きじゃないからだけれど、レギュラーにもう少しバリエーションがあっても良いのではないだろうか。やはりピース風とか。

最後の喫煙者

今日は5月31日、WHOが定める「世界禁煙デー」である。
ということで、喫煙者がどのような悲惨な末路を迎えることになるのか、生々しい筆致が読者にこたえる小説を紹介しよう。

the_last_smoker_Tsutsui.jpg 「最後の喫煙者」、筒井康隆の短編

筒井康隆といえば、「士農工商SF作家」という語呂合わせをしてバッシングされた経歴もあるように、自らをSF作家と言っているわけだが、SF(Science Fiction)=空想科学小説というよりは、「妄想破格小説」というほうがピッタリする。
もちろん私は大好きだ。

就職してから40数年、あまり小説は読んでいない。「事実は小説より奇なり」と思っているから、より面白いものは事実のほう、とりわけSFという分野では、科学的事実のほうが人智を遥かに超えて奇妙で、人間が思いつく程度の異常さなどたかが知れている。

しかし、この筒井の妄想の毒というか、この毒が生成されるメカニズムは、鳥のさえずりの如く、いつ終わるともしれず自己組織的にフィードフォワードされる。妄想破格小説である。

この小説は、何か煙草についてネットで調べものをしていたときに、たまたま存在を知ったものだけれど、驚いたのは、1987年に発表されたものだという。嫌煙家がボルシェビキになり、牙を剥くようになるのは、もう少し後のことである。

また、この年は、実は私が仕事で禁煙運動に関わるようになった年なのである。
仕事の上司・同僚、そのほぼすべてが禁煙運動家という世界である。
その中で、私は分煙が厳格に行われていた職場の喫煙コーナーでせっせと煙草を吸いながら、煙草の害をシミュレーションするアイデアを考えていたのだった。

さて、この小説では、健康ファシズムの「暴力」が描写されているのだけれど、私の上司である禁煙運動家の先生は、煙草は健康に悪いという主張はもちろん譲られないけれど、反社会的行為とまで糾弾されるようなことはなかった。

しかし、嫌煙家は、吸って死ぬのは本人の勝手、ではすませてくれない。受動喫煙(強制喫煙)と言って、同じ大気中に存在することを許してくれない(有害であることは私も認めるけれど)。
そして煙草の臭いが許せないという。これなど「坊主憎けりゃ袈裟まで」の類じゃないかと思う。

臭いを嗅いだぐらいの摂取で副流煙が身体に悪影響を及ぼすとも思えない。臭いは危険物のシグナルかもしれないが、検出即健康被害というわけではないだろう。煙草を吸わないけれど煙草の香りは好き(ヤニは臭いけど)という人もいる。先入観を捨てて香りを愉しむ余裕があっても良いのでは。
それに香りの好みは年齢・性別によっても違うといわれる。子供の頃は車の排気ガスの臭いが好きだったが、今は大嫌いということはままある。


アメリカ以外の地域では、何万年も煙草のない生活をしてきたのだから、煙草がなくなっても何の問題もない。それはそうなんだけど。
やはり今日も既に2本吸っている。

ニコチンなし、タールなしの煙草の代用品

2017-05-17_113841.jpg 煙草のような形状をしている、フレーバー吸引装置を購入した。
商品名は"FLEVO"、カートリッジに封入されているフレーバーを加熱蒸発させて、その蒸気を吸引するというもの。

ネットを見ていると、どんな情報に興味があるかサイト側に推測され、いわゆるターゲティング広告が表示される。
その広告で目に入ったもので、安かったので衝動買い。

スターターキットというものが980円(税別)。
加熱器本体、本体を充電するUSBアダプタ、それにお試し用という位置づけで、カートリッジが2種類×1(計2本)。

ネットはもちろん、通常の報道でも用語がかなり混乱していて、これを電子たばこと呼んでいる人がいるが、これは電子たばこと呼ぶべきではない
欧米で多く出回っている、いわゆる電子たばこは、香料を加えたニコチン液を加熱して、発生するニコチン蒸気を吸引するものである。日本では薬事法の規制を受けるはずで、現時点で国内販売はないと思う(並行輸入などはあるらしい)。
また、このブログでも何度もとりあげたiQOSやプルームは、電気加熱式タバコと呼ぶべきもので、煙草を燃焼させず加熱して発生するニコチンを含む蒸気を吸引する。これはタバコであり、たばこ税がかかる。

加熱式というのは新しいように思われるけれど、阿片やマリファナでは昔から使われている吸引方法である。
阿片は直接火を点けるものではなく、シャーロック・ホームズも、阿片吸引器であぶって吸っていたと思う。
マリファナも、昔NHK教育テレビで見たのは、金属製の小皿に載せたマリファナをランプで温めて、出てきた蒸気をストローで吸いこんでいたと記憶する。なお、私はどちらもやったことはありません。


対して、FLEVOのフレーバーにはニコチンもタールも含まれない。禁煙パイポと大差ない。
従ってタバコ税はかからない。薬事法ではなくて、せいぜい食品衛生関係の安全性確認ぐらいのものだろう。

つまり、ビールとノンアルコール・ビールのような関係である。
ノンアルコール・ビールには酒税はかからない。


煙草はやめられない人が多いといわれ、依存性、あるいは習慣性があるとされる。
ニコチン依存という薬理作用であるが、生活習慣の問題もあると言われている。
つまり、考えがまとまらないときに鉛筆をいじったりするのと同じように、タバコを咥えるというもので、癖と言って良いようなものである。

この2つの習慣性の両方を同時に排除するのは難しいだろうから、まずどちらかを我慢し、その後にもう一方を排除するという禁煙指導が行われたりする。
ニコチンガムやニコチンパッチなどは、ニコチンを補給しつつ、生活習慣を変容させようという方法である。
(禁煙プログラムでは、最初に自分の喫煙習慣を確認しようという指導があるのが多いのでは。)

本商品、FLEVOなどは、生活習慣はそのままにして、ニコチンの依存性を絶つというアプローチである。

ネオシーダーという煙草と同じ形状・使用法の薬がある。私も試したことがある。火を点けて吸うわけだが、これもニコチンを絶つものだと思っていたら、どうやら微量のニコチンが含まれ、タールは煙草以上らしい。
(紙を燃やしてもタールは出ると思う。以前、魚の焦げががんの原因と騒がれたことがあって、焦げたところを取り去って食べるという話があったけど、サンマを真っ黒に焦がしたやつを毎日10本ぐらい10年以上食べ続けたらガンになるかもしれないとかいう話だったように思う。)
なので、そういう使い方はできない。禁煙補助具にもならないということらしい。


ただ、私が思うには、喫煙が悪いという立場ではなく、喫煙で摂取される化学物質が悪いという立場であれば、ニコチンやタールを絶てば良いという理屈だから、FLEVOのような商品は、煙草代用品として、継続使用することに問題はないと考えるのが合理的ではないだろうか。(もちろんFLEVOには健康影響がないという前提で)

しかし、化学物質がどうこうとかではなく、煙草はとにかく悪であるという絶対禁煙家にとっては、許しがたいことだろう。

今でもあるのかどうか知らないが、紙巻タバコに似せたチョコレートがあった。
これは大人になりたい子供向けに工夫された商品で、煙草の代用品にはならない。そして子供が煙草に憧れるおそれがあるという理由で、子供のころから煙草を否定するよう教育しなければならないとする絶対禁煙家には許しがたい商品だろう。

さて、FLEVOのようなフレーバー器具が困るのは、それがまさにフレーバーを放出することだろう。
フリスクやミンティアだと、味・香りは、食べている人だけの問題だけれど(傍によって口臭を嗅ぐなどしなければ)、フレーバー器具は周囲にフレーバーを発散するので、臭い被害というものが起きる可能性がある。

風呂に入っていない人間の臭いは耐えられない。
きつい香水の匂いもイヤだ(悩殺されるような香水も困りもの)。
ここまでは許せるが、煙草の臭いは、それらをはるかに超えて不快な臭いで許せない。


また、タバコには、煙が立ち上るという視覚的な楽しみ方もあると思う。それをフリスクで代用というわけにはゆかない。
しかし絶対嫌煙家にしてみれば、坊主憎けりゃ袈裟までの譬どおり、煙⇒悪である。
(煙草を嫌う人たちは、将来、煙草がなくなったら、文字通り煙を嫌う人になるかもしれない)

実際、FLEVOも航空機や列車内での使用は禁止されているようだ。
タバコと紛らわしいということと、やはり臭いや煙(蒸気)に不快感を持つ人がいるということが理由らしい。
ちなみに、全く煙を出さない嗅ぎ煙草の一種"ZERO Style"ですら、JALとANAでは対応が異なりANAは不可、JRはOKだが一部私鉄は不可という。(吸う人がニコチンを摂取できるということは、その人が吐く息にもニコチンが含まれているはずという理屈)

私は煙草が健康に悪いことは認めるし、いつでもどこでも煙草を吸わせろという気もさらさらない。
昔から喫煙マナーというのがある。
  • 食事中は吸ってはいけない(食べ物の味がわからなくなる、周囲の人も)、食後のコーヒーが出てからなら喫っても良いが、紅茶なら喫うべきでない(紅茶は香りを愉しむものだから)
  • 仕事中にパイプ煙草はだめ(リラックスしすぎ)とか、個室以外では葉巻は吸うな(臭いが強すぎる)
  • シガレットは、静かに、ゆっくり喫い、灰は不用意に落ちない範囲で先端に留め、消火は確実にすばやく(くすぶらせない)
などである。禁煙の場所で喫うなとか、灰皿がないところで喫うななどはマナー以前の問題だ。

その一方、あまりに煙草に対する不寛容な姿勢はどうかと思う。
煙草が悪いという論説には、あんまり科学的だと思えないものもあるし、量反応(dose-response)関係について何も情報を与えないで、ほんのわずかでも煙草を吸えば(副流煙でも)直ちに健康に甚大な害があるかのようにいうのも、不寛容のあらわれではないかと感じる。(逆に、煙草にも良いところがあると少しでも言おうものなら、医学界や禁煙運動家から袋叩きにあう)

ほんのわずかも認めないのでは、およそこの世にあるどんなものも食べられないし(毒性のある成分は必ず入っている)、太陽にあたってもだめ(紫外線はがんの原因)、そもそも地球に住んでいてもだめ(地球内部からの放射線)、と言っているようなものではないだろうか。

「安心して喫える」と言ったら絶対禁煙家には怒られるにちがいないが、有毒物質といえども閾値というものがあるはずで、私のように煙草も文化と考えていて、それを全否定する(=文化を消去する)のはあまりに虚しいと思う者にとっては、閾値が示されることは心の平安なのである。

疫学データには、量反応関係を示すものも存在する。しかし、それを禁煙運動などで示すと、少なければ良いというリアクションを引き起こすおそれがあり、まして、絶対禁煙家にしてみれば許しがたい暴挙に映るのだろう。これも非科学的態度だと私は思うのだけれど。


FLEVOの感想は、ちゃんと試してからあらためて。

フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方

611Q1LEcafL.jpg 筒井冨美"フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方"について。

ネットでこの著者の話(日給12万円!私が「ドクターX」になったワケ/YOMIURI ONLINE)を読んで、著作も読んでみようと思った。

医療関係の話については、それなりに興味深い。なんといっても現役医師であるから、話にはそれぞれ事実の裏付けがあるのだろう。
ただ、いくらフリーランスであちこちの病院を見ているとはいえ、個人で経験できる範囲は限られているだろうし、麻酔科専門だから、外科系が中心になっているだろうから、これがすべての病院・医師の実態とは言えない、その程度の心づもりは必要だと思う。

ただ、第4章あたりになると、医師の結婚の話とかばかりで、これはこれで医療の世界では切実な問題なんだろうけれど、タイトルの「名医」と「迷医」の見分け方とはあんまり関係ない。

ただし、女たらしの医師(♂)には名医が多いそうだ。
女性とのコミュニケーション力とか気遣いができる、危機管理能力に長けているという点で、患者に接する能力や実際的な対応力に秀でているということらしい。
「英雄、色を好む」と同じだろうか。
一方、脇が甘くてバレバレの不倫医師が多いとも。こういうのはダメらしい。


第1章 知られざる「麻酔科医」のお仕事
第2章 私がフリーランスになった理由
第3章 よい病院、ヤバい医者の見分け方
第4章 医療ドラマに見る病院のウソ・ホント
第5章 研究者の立場から見た「STAP騒動」
第6章 タテマエばかりの「女性活用」に物申す
第7章 日本人の「働き方」への新提言
その第4章以下では、医師ということに限らず、女性の労働について、歯に衣着せない主張が続く。
誤読と糾弾されることを怖れずその主張をまとめると、
  • 女性の役員とか管理職の割合の数値目標は、お飾りの女性を置いて、周りの優秀な男性スタッフが支えることになるだけである
  • 女性のためになるとする育児休業法その他、女性のための施策の多くは、本当に有用な女性労働者にとっては有効でない、というか弊害が多い
  • 労働の流動性を高めることが、女性に限らず、社会の生産性を高めることになる
というようなことだろう。

有能は優遇、低能は冷遇、無能は淘汰というのが著者が考える社会である。
ただ有能、低能、無能とは個人属性ではないとも考えているフシがある。
閑職のようなところでぐうたらしていた(軽蔑していた)爺医が、退職して別の病院に行ったら、キビキビ働いている、個人の能力だけではない、置かれた場所による、という納得できる話を併せて紹介し、それが、
「女性が働きやすい会社ではなく、「女性が働きやすい社会という言葉になる。

それでもやっぱり思う。
まともな話が単なるリストラ理論にすり替えられて、冷遇が貧困に、淘汰が野垂れ死になったらどうしてくれる。
(あ、医療の世界はそうなったほうが良さそうですが)

ピロリ除菌の結果

nyosokokishiken.jpg 前にヘリコバクター・ピロリの除菌処置をしたことを書いた。
先日、その結果判定が出た。

私が受けた除菌処置(薬)の成功率は80%ぐらいあると聞いていたけれど、失敗すると別の処方で再度挑戦、そのときは禁酒が求められるということなので、1回で成功してくれないとつまらぬことになってしまう。

判定は呼気で行う(尿素呼気試験法)。
尿素を含んだ試験薬を飲んで、ピロリ菌がいたら尿素が分解されて発生する二酸化炭素を検出するもの。
もちろん飲んだ要素由来の二酸化炭素であることを判定するため、試験薬の尿素は炭素13で構成されている。

P_20170428_185350_vHDR_Auto.jpg で、判定結果は無事、除菌成功であった。

検査を受ける前から、除菌に成功しただろうという感覚があった。
もともと私は下痢しやすくて、お酒を過ごしたときなどは翌日は軟便になることが多かった。

それがピロリ除菌後は、体質が変わったというのか、下痢にならなくなった。1度だけ軟便があったけれど、これは脂っこく筋のある安物のビーフステーキと安物の赤ワインの夕食の翌日である(この組み合わせは以前から下痢を起こす。ヒレのやわらかいところ で、上等のワインだったら大丈夫だったかもしれない)。
便の様子(とりわけ硬さ)も、だいぶ良質になり、糞切りも良くなった。

ピロリの除菌では、薬の副作用で下痢になることがあるとされているが、私は服用中も下痢にも軟便にもならなかったし、除菌後は、上述のとおり、もともとの下痢性もなくなった。
IMG_20170425_091936.jpg
ネットで「ピロリ除菌 下痢」で検索すると、同じようなことを書き込んでいるものが見つかる一方、逆に下痢が続いているという書き込みもある。人それぞれらしい。

こうしたことから、ピロリ菌と下痢の直接の関係は否定的なようだ。
思うに、もともと胃炎が下痢のトリガーだったとするなら、

(ピロリ菌による)胃炎→ピロリ除菌→胃炎の治癒      
             →下痢性の改善      

ということなのかもしれない。

これなら、もっと早く除菌しておけば良かった。

十数年前、知り合いの医師からピロリの除菌する気はないかと聞かれたのだけれど、当時は未だ、そんなに普及した処置ではなくて、病院側もテストしたかったようだ。


メドベデワのセーラームーン

2017-04-24_205240.png
月にかわっておしおきよ!
フィギュア・スケート国別対抗戦は、なんと日本が優勝。
男子はスゴイが、女子も随分頑張った。

それはともかくとして、先日行われたこの大会のエキシビションで、やってくれました
メドベデワのセーラームーン」。
いやぁ、期待以上です。

前に「見たかったでゲス」と書いていたけれど、今回、ちゃんとビデオに撮って、じっくりと見せてもらった。

残念ながら、ブログでお見せできるのはビデオではなくて、スティルのみ。
ご勘弁ねがいます(著作権者のかたも)

YouTubeなどには動画が流れてるので、そちらをご覧ください。


オランダの母子手帳

IMG_20170419_200441-crop.jpg 先日出席した会議でのプレゼンテーションの中から、興味深かったものをピックアップ。

母子健康手帳というのは、日本発祥のもので、それが海外でも次第に多くの国でも受け入れられつつある。
その中で、オランダの例が紹介されていた。
紹介した講師の先生もそうだが、私も、これは徹底しているなぁと思った。

オランダの母子手帳は、時期別の7分冊になっているのだそうだ。
「妊娠」、「0-4歳」、の2分冊はまぁ当然として、その後も、子供の年齢を追って編まれていて、「思春期」、「計画的に親になる」までとなっている。
「計画的に親になる」に続くのは「妊娠」ということで、一回りすることになる。
IMG_20170419_201701skew.jpg

"Planning for parenthood" を「計画的に親になる」と訳してみたけど、これで良いのかな。

まさに生殖サイクルが、親から子へと、連続して繰り返されているというわけである。

また、母子手帳に関わるエピソードとして、不遇な親子関係で育った人が、母子手帳に書き込まれていた「今日、母乳良好」という母の字を見て、人生観が変わったという話が紹介されていた。

母子手帳というのは、医師のカルテというようなものではなくて、これを通じて親子のコミュニケーションを強くするツールという性格がある。オランダのものは、それが徹底されて、次代へ積極的につなぐというものに思える。

この日の講演では、他に「切れ目ない子育て支援」という演題のものがあった。
こちらでは、のぞまない妊娠、そういう女性たちは、母子手帳の交付すら受けない、せっかくの親子の健康を守るツールなのに、それにすらアクセスされない現状についても触れられていた。

「にんしんSOS」という大阪府の電話、メール相談の取り組みも紹介されていた。年間2000件近い相談があるという。うち60%が府外からのものだそうだが、困りはてた女性がネットを頼って、情報を求めてたどり着く場所らしい。
昨年、DeNAの"WELQ"という酷過ぎるネット・ディスサービスが問題になった。やはり銭儲けでないサービスが必要なところなのだろう。


IMG_20170419_190952.jpg 以下は、"「戦後80年」はあるのか"という本の中で、上野千鶴子氏が書いていたことの引き写し。

日本は婚外子の割合は欧米に比べて極端に低く、全出生に占める婚外子の割合は、2008年のデータで、スウェーデン 54.7%、フランス 52.7%などをトップに、低いイタリアでも17.7%であるのに、日本はわずか2.1%。
出生数が少ないことが問題視されて、「産めよ増やせよ」と言われているようだが、少子の原因には、婚外子が産めない(産みにくい)という社会であるということもあるのではないか。
また、「夫はいらないが子供はほしい」という女性もいる。子供はいらないという人もいる。
「女性が一人で子供を育てられる社会」になることが求められている。


上野千鶴子氏は概略、上のようにおっしゃっているが、データにも裏付けられた説得力のある論理のように思う。
子供を産むのは女の仕事(義務)、そのための結婚・家族という人には受け入れられないかもしれないが。

歯医者

IMG_20170225_111739.jpg 月曜日、夕食を食べていると、硬いものが舌に触った。
吐き出してみると、金属の欠片。
虫歯治療で詰めていたものが、欠け落ちたのである。

歯科の定期健診には通っているのだけれど、詰め物が落ちるかどうかまではわからないようだ。

橋などのインフラも定期検査をしているけれど、大丈夫かな。


別に痛みとか、沁みるというようなことはないのだけれど、ほっておくと、掘れているところに食べかすが詰まって、虫歯になりやすいだろうし、欠けたところは尖った状態になっていて、口腔を傷つけるかもしれない。

というわけで、仕方がないから、歯医者に行くことにした。
予約をとるとなると、随分、先になるようだったけれど、事情を説明したら、土曜日の11時に来てくださいと言ってくれた。

で、昨日、11時に歯医者へ行った。
いわゆる予約ではないから、どんだけ待たされるんだろうと思っていたのだけれど、言ってみると、待合には1人しかいない。
結局、10分程度待っただけで診てもらえた。

IMG_20170225_112522.jpg 「欠けたものは持ってきてますか?」
「いや捨てました。二十年以上前のものだと思います。」
「どのあたりですか?」
「右上の一番奥のところだと思います。」
「痛みとか、沁みるとかはないですか?」
「ありません。」

で、洗浄が始まって、場所を特定。

「ほかにどこか気になるところとかありますか?」
「左下のかぶせてあるところが、少し浮いているように思います。」
「すこしガサガサしてますね。レントゲンを撮りましょう。」

で、左下もレントゲン撮影。

「虫歯にはなっていないようですが、隙間ができてますから、かぶせたものを除去して、やり直しましょう。」

IMG_20170225_112021.jpg というわけで、左下のことを言わなければ、簡単に済んだかもしれないが、ちょっと長引くかもしれない。

この日はいつもの先生ではなくて、女性の先生。
丁寧で、はっきりした言葉使い。
いつもの男の先生だと、親しらずを抜きませんかというと思うが、今回はそういう話はなし。

治療終了後に言われるのかも。


歯医者に行くといつも思うのだけれど、歯科衛生士は若い女性が多い。
こちらとしては、こんなにしていただいて、ありがたい限りなのだが、向こうはどう思っているのだろう。

年寄りの汚ならしい口の中をいじりまわすなんてのは、イヤに違いない。
もちろん仕事だからやっているわけだが、どのぐらい心理的抵抗があって、どうやって克服してきたのだろうか。

「高齢者」は数の問題かな

昨日とりあげた提言は「65~74歳には元気な人が多いから高齢者というのは時代にあわない」とのことだけれど、それだけなら提言の必要はないだろう。
本当の問題の所在は、65歳以上が多くなったから、従来の高齢者施策が成り立たなくなることだろう。

元気な高齢者は、ずっと頑張ってもらえば良い。
昨日も書いたが、天海僧正107歳、北斎90歳とか、元気な年寄りは昔からいる。
奈良時代だと、天平11(739)年、出雲国には、90歳が2人、80歳が5人という記録が残っているそうだし、律令では「70歳から致仕を聴す」とあるものの、元気な人はいつまでも働いたらしい。藤原頼通は76歳まで関白を務めている(83歳で没)。


survival_curve_comp.jpg 昔は平均寿命が短かったといわれるけれど、それは、みんなが若死にしたという意味ではない。
平均寿命が短かく計算されるのは、
  • 乳幼児の死亡率が高かった
  • 出産時(産前産後を含む)の女性の死亡率が高かった
という状況を反映している。

乳幼児の死亡率が高かったことが平均寿命を下げているということは良く知られている。

モーツァルトは6人の子供をもうけたが、成年に達したのは2人にすぎない(もったいない!)。

もう一つの出産時の女性の死亡率が高かったことは、中宮定子や葵の上など、歴史や物語的に印象づけられているわけだが、実際、第1回完全生命表(1891~1898年)を見ると、30歳超あたりで、女性の生存率が男性より低い年齢が見られる。出産にかかる死亡が影響しているものと推測される。

hitowakoushitefuetekita.jpg 大塚柳太郎「ひとはこうして増えてきた」という本に、旧石器時代の生存曲線が掲載されていたので、近現代のものと比べてみようと思った。

利用する元データは統計局のページにある完全生命表

生命表は男女別になっているので、旧石器時代の生存曲線と比較するために、出生性比を105.1として全人口に対する生存曲線を計算している。


こうして、各時代の生存曲線を並べて見ると、2010年になると本当に生存率が上がっていることがわかる。図には示していないけれど、ここ十数年は同じような曲線になっている。明治時代は、まだまだ乳幼児の死亡率が高かったことが良くわかる。

ところで、大塚氏の本は、人類史を俯瞰できて、なかなか良い本だと思った。
同書では、人類史を4つのフェーズに分け、さらに各地域に分けて分析されている。

人類誕生のフェーズ(20万年前=5000人?)、出アフリカして世界に「移住」するフェーズ(7万年前=50万人?)、定住生活をはじめ、農耕・牧畜を発明するフェーズ(1万2000年前=500万人、5500年前=1000万人)、産業革命と人口転換(多産多死から少産少死へ転換する)フェーズ(265年前=7億2000万人)。そして現代(2015年=72億人)である。

ふと思う、本当に地球はどれだけの人口を養えるんだろうか。
このことにも触れられている。根拠は曖昧なようだが、120億人。これが国連人口部の最大予測値だそうである。


曲江   杜甫
 朝囘日日典春衣
 毎日江頭盡醉歸
 酒債尋常行處有
 人生七十古來稀
 穿花蛺蝶深深見
 點水蜻蜓款款飛
 傳語風光共流轉
 暫時相賞莫相違
 勤め終えれば質屋に通い
 飲み屋に毎日入り浸る
 酒屋のつけも一杯あるが
 どうせはかない人生だもの
 花に群がる蝶々を眺め
 水面を滑るとんぼと遊ぶ
 光あふれる都の野辺に
 しばしの春を楽しまん
http://www.rinku.zaq.ne.jp/bkcwx505/Kanshipage/KanshiNo7/kanshi89.html

奈良時代に70歳以上は、それこそ古来稀なりだから、致仕年齢を、高齢者の数で決めたはずはない。

「古希」というのは、杜甫の「曲江」という漢詩から出たそうだが、その趣意は、70まで生きられるはずもないから、今日を楽しもう(酒屋のつけも払わない?)、ということらしい。


年齢だけで高齢者施策を考えるのではなく、年齢プラス所得や資産、健康状態などを考えあわせた施策が必要だということなら、それはそれでわかる。

それにしても、年金は75歳からというのは、つまり長生きできたら年金がもらえるというのは、次の世代以降にしてもらいたいものだ。

そして75歳以上だったら、遊ぶ金もたいしていらないだろうと減額したり、医療費の補填に使うという話が出てくるんだろうな。


高齢者になるのは、もう少し先かな

昨年、選挙権が18歳以上まで引き下げられたが、年末のニュースを見ていると、いわゆる成年も18歳以上に引き下げることが検討されている。

もし実現したら、その年の成人式は、通常の3倍、3年分の成人を対象にするのかな。

そして、その一方、高齢者の年齢を引き上げることが提言されたという報道もあった。
提言したのは、「日本老年学会」と「日本老年医学会」というところ。

私は、従来の定義での高齢者までもう少しというところなのだけれど、
もしこの提言が採用されたら、一気に10年も高齢者の仲間入りが遠のくことになる。

koureisha_wariai_mainichi8.jpg 高齢者になることが嬉しいかと聞かれたら、もちろん、それを心待ちにしているということはない。
というか、65歳から高齢者と言われようと、75歳から高齢者と言われようと、そんなことは所詮、言葉の定義の問題であって、加齢によって、体力、知力、精神力がどの程度落ちているのかによって、高齢者と自認するかどうかが決まるだけのこと。

私が年老いたことを意識したのは、体力的には40歳頃で、鏡で見る肉の落ちた自分の姿に気がついたとき。知力のほうは、60歳ぐらいまでは知識は増えているように感じ(あくまで「感じ」であって、実際に増えているかというとアヤシイが、自覚ということなら「感じ」の問題で良いだろう)ていたが、最近は、精神力(集中力)の衰えに添うように、知力の増加も停止したと自覚するようになった。


AS20170105004044_comm.jpg というわけで、高齢者かどうかは自分が決めると思っているわけだが、社会から高齢者として遇されるかどうかは別の問題である。

報道によると、65歳以上を高齢者としたのは、そのための法的根拠があるわけではなく、統計上の高齢者は国際的に65歳以上とする例が多く、これに合せているという。高齢者を対象とする法令は、それぞれ個別の法においてその年齢が定められているらしい。


今回の提言は、65~74歳は「心身とも元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」ということが根拠だそうだ。
しかし、身体状況で高齢者を定義するというのは、社会性という面からはいかがなものだろう。この提言の発想からすれば、社会政策まで広く考えているとは考えにくい。

定年後再雇用が義務付けられるなど、高齢者の雇用環境は改善されていると思うけれど、それも65歳までで、75歳まで雇う?

奈良時代の役人の「定年」は70歳だったとか。(⇒Wikipedia "致仕"


元気な「高齢者」が多いといっても、65歳に達する前でも元気じゃない人だっている。
敬老祝金のようなものは別として、福祉施策は、それを必要とする人がいるなら、75歳に達していないからといって打ち切って良いものだろうか。
報道では、この提言を契機として、各種の高齢者施策が後退するのではと、心配するものが見られた。

それにしても「65~74歳を高齢者とするのは時代に合わない」というけど、時代の問題だろうか。
「真田丸」でおなじみの真田信之は93歳まで生きた。
天海僧正は107歳、北斎は90歳で、どちらもギリギリまで働いたらしい。

たしかに、時代が進むにつれて、元気な(脳卒中などの治療を受けていない)高齢者の割合は下がっているわけだけれど、そうではない(つまり多くの人が避けたい)元気でない高齢者もいる。
そうした元気でない高齢者の割合は下がってきたかもしれないが、絶対数は時代とともに増加しているのではないだろうか。こちらが高齢者の範疇からはずれてしまうということに、問題はないのだろうか。

はっきり言って、65歳を超えていれば、よほど特別な人以外、高齢者として遇されることはメリットが多いはずである。高齢を理由に就職を断られるといっても、そもそも65歳超だったら差別を受けたと思うだろうか。

自分では高齢者の自覚はないけれど、高齢者を優遇する制度はちゃっかり使う。
それが元気な高齢者の姿である。
私もそうなりたい。
今更、もう10年待ちなさいなんて。


と、こんなことを言うから、高齢者を75歳以上にしようと主張する為政者が出てくる。

元気なんだから、それだけで恵まれてるよ。何をしてもらいたいと言うんだ?
(そして病気になったら、「これだから高齢者は困るんだ、お荷物だな」と言うんだろう)
すみません、おめおめ長生きした私が悪うございました。


だけど、元気に生きてるご褒美という考え方があっても良いのでは。そしてそのご褒美が、高齢者の健康増進につながるものだとしたら。そしてその健康増進効果が65歳で最も高まるのだとしたら。たとえば、弱り切ってからスポーツをはじめるよりは、体力が下り坂になったときにそれを維持しようという方が簡単そうじゃないか。

ごちゃごちゃ書き散らしたけれど、提言では65~74歳は「准高齢者」とするとある。「高齢者・後期高齢者」という現在の呼び方を「准高齢者・高齢者」と、言葉上デフレ(デノミ?)するに過ぎないのかもしれないけれど。
要は、何が問題で、何をすれば良いのか、言葉遊びに惑わされなければ良いわけだ。

それにしてもなんで75歳なんだろう、70歳でもよさそうに思う。
70歳は、「古希」という言い方もあるし、「従心」という言い方もある。官人の定年のことを書いたが、「致仕」は70歳を指す言葉としても使われるそうだ。
75歳って、何か特別な呼び方ってあったっけ?

健康増進法が改正されるかも

飲食店内や駅構内は原則禁煙に…受動喫煙対策
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 非喫煙者もたばこの煙を吸い込む「受動喫煙」への対策を盛り込んだ健康増進法改正案の概要が16日、明らかになった。
 飲食店内は原則禁煙とするが、喫煙室の設置を認め、悪質な違反者には過料を科すことなどが柱になっている。政府は20日召集の通常国会に改正案を提出する方針だ。
 改正案では、医療機関や小中学校などは敷地内を全面禁煙とした。大学や官公庁は屋内を全面禁煙としたが、屋外での喫煙は容認した。飲食店や駅構内なども屋内原則禁煙としたが、喫煙室の設置を認めた。
 不特定多数の人が利用する官公庁や公共交通機関などの施設管理者に、〈1〉喫煙禁止場所であることを掲示する〈2〉喫煙が禁止されている場所に灰皿などを置かない〈3〉禁止場所で喫煙した人に中止を求めるよう努める――などの責務を課すことも明記する。違反した喫煙者や施設管理者には、都道府県知事などが勧告や命令などを出し、改善しない場合は過料を科す。
読売新聞 1/16(月) 15:13配信
昨日、豊洲のベンゼンとタバコのベンゼンについて書いたけれど、そういえば、かねてから噂の公的施設(不特定多数が集まる施設)の禁煙の強化(罰則つき)を盛り込んだ、健康増進法の改正案の概要が報道されていた。

いわゆる受動喫煙(passive smoking)、一部の禁煙運動家は強制喫煙(forced smoking)と言う、の防止が目指されている。

同様の法制化については、自治体の条例でも試みられている。記憶に新しいのは、神奈川県の受動喫煙防止条例で、問題になったのは、商売に影響しそうな、パチンコ屋などの遊戯施設や小規模の飲食店で義務付けるかどうかだった。
結局、神奈川県の条例では、これらの施設では努力義務とされたようだ。

今回の法改正でも、問題になるのはこうした施設の扱い。テレビの報道では、小さな喫茶店で分煙のための設備(オープン型)も設置したのに、それではだめで、喫煙をみとめるなら、別室にすることが求められているというような話だった。

法改正でも、修正案が出て、神奈川県条例のようになるのかもしれない。

それはそうとして、こういう法改正が行われると、嫌煙家はますます力を得る。
私など、家でタバコを吸おうものなら、DVと言われるのではないかと心配である。
物理的暴力、言葉の暴力につづいて、化学的暴力というわけだ。

私はタバコの害については、それなりに知っているし、もう数年ぐらいは勤務時間中や喫煙禁止場所では吸わない生活が続いているから、やめようと思えばやめられるかもしれないが、やめようという気持ちにならない。

禁煙運動家には「タバコを憎む人」と「タバコの害を憎む人」(害がなければ問題ないと考える人)がいるとかで、前者はヒステリックな感じというか、喫煙者を人格破綻者のように言うので、ええかげんにせえよという気持ちになって、かえって反発してしまう。

たとえば、昨日の記事でタバコに含まれる有害成分のデータを使ったけれど、そうしたキーワードで検索すると、何百・何千と化学物質が含まれていて、どれもこれも有害物質であるといった、情緒的な主張ばかりヒットして、量的データを見つけるのに苦労した。

WHOの事務局長は、「タバコは何本まで許されるか」という質問に対し、ゼロと回答したそうだ。
どういうやりとりの中で出た言葉かわからないけれど、1日1本でも害があるにしても、それがどの程度のものか知りたいという質問者が満足する答えではないと思う。
which_heavier_tobacco_coffee.png

有害物質でも量的な閾値というのがあるはずで、ゼロ=あってはならないというのは、気持ちとしてはわかるけれど、dose-response関係が立証されていないとしたら、少なくとも私が読んだ疫学の本では、因果関係を認めることは困難と書いてあったと記憶する。もちろんタバコと諸疾患の間には、dose-responseはあるとされているけれど。


吸わないことがベストだとしても、1本の快楽と1本の害毒を天秤にかけて考えるような余地はないのだろうか。

タバコの値段を上げれば良いという意見があるけれど、じゃあ、いくらにすれば良いのか。
タバコ1本吸う事と同等の満足を得られるのは、
コーピー1杯でしょうか、ビール1杯でしょうか、それともディナーコースでしょうか。

ピロリ除菌

P_20170111_132413s.jpg 先日12日から、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌を開始した。

昨年12月に内視鏡検査を受けて、随分胃が荒れているということ、前に人間ドックでピロリ陽性の結果が出ていることから、医師がピロリ菌の確定診断のために組織を採っていたのだけれど、推測どおり、ピロリの存在が確認された。

12日に開始して、7日間、朝夕に除菌用の抗生物質などを連続服用する。
副作用として、下痢・軟便、発疹などが出ることがあるというが、今のところ、顕著な副作用はない。

強酸性の胃の中に、細菌が住んでいるということは、比較的新しい発見で、それが胃がんとも関連があると言われ出したのは、さらに新しい。その頃、多分10年ぐらいも前だろうか、知り合いの医師に、ピロリの除菌やりますかと言われたことがあったのだけれど、雑談の中での話で、あまり気にせず、そのままになっていた。

IMG_20170111_114757-crop.jpg 私は、20年ぐらい前に胃潰瘍をやったことがあるのと、その後も、ときどき胃が痛む感じがあるので、この際、ピロリとの関連もあるかもしれないと思って、ピロリ除菌をやることにした。

除菌が成功したかどうかは、2ヶ月後に検査をすることになっている。
前に精密検査を受けたときに、内視鏡またやりましょうと言われていたけれど、それは胃の荒れ方が少し酷いので、年一回の内視鏡検査をやるべきという趣旨で、2ヶ月後に内視鏡ということではないようだ(ちょっとほっとしている)。

医師から特に注意されたわけではないが、ネット情報などを見ると、深酒は除菌失敗につながるおそれがあるという。
一週間、おとなしくしていよう。

除菌に失敗すると、二次除菌ということで、別の薬を飲むことになるらしいが、そのときはアルコール禁止だそうだ。そんなことになってはたまらない。


システムレビュー

iryotantei_sougoushinryoi.jpg 山中克郎「医療探偵『総合診療医』」(光文社新書 2016)を読んだ。
この本にも書かれているが、NHKの「ドクターG」という番組で、総合診療医という医師の姿を垣間見ることができ、注目が集まっている。

昔から、近くに大病院などがない田舎の医者は、経験のある優秀な内科医が良いけれど、専門分化が進んでいてなかなかそういう医者はいないという話を聞いたことがある。
この本や「ドクターG」で扱われる症例は、ありきたりのものではなくて、むしろ原因不明、診断がつかないという難しいものが多いわけだけれど、能力、資質、診療スタイルなどには通ずるものがあると思う。

本書でも、著者も出演している「ドクターG」でも、問診の重要性が強調されている。そして、本書では具体的に「攻めの問診」と「パッケージ問診」という手法が紹介される。
「攻めの問診」とは、怪しいとにらんだ病気の診断の確度を高めたり、あるいは除外したりするための積極的な問いかけであり、「パッケージ問診」とは病気に対してセットで起こる症状をまとめて確認する手法をいうようだ。(これらも、予断をもって誘導するような問診になってはいけないのだろうけれど。)

そして、問診で絞り込んだあとで、何を見るのかという明確な目的をもって検査をするという手順になる。
小さな医院などでは、検査機器も、検体検査も十分ではないだろうから、問診はとくに大事だということだ。

至極納得できる話である。情報システムのトラブルでも似たような手順を踏むことがある。さまざまな分野で応用できる手法だろう。

システムレビュー  (一部)
当てはまるものに〇をつけてください
[一般]
体重変化(  ヵ月で   kg増/減)
食欲不振
全身倦怠感
下着を替えるほどの寝汗
発熱
発熱の前に身体がガタガタ震えた
便通(整/不整)
排尿(日中  回、夜間  回)
睡眠障害(有/無 なかなか寝付けない・睡眠中に目が覚める・朝早く目が覚める)
[皮膚]
湿疹
かゆみ
色の変化
こぶ・腫れ物
爪の変形
脱毛
太陽に当たると赤くなる
[頭部]
外傷
めまい
失神
頭痛
[眼]
視力低下
眼鏡/コンタクトレンズ
物が二重に見える
視界が暗い
涙が出る
痛み
目が乾く
[耳、鼻、喉]
聴力低下
耳鳴り
鼻水
鼻づまり
鼻血
歯茎からの出血
口の乾き
[乳房]
しこり
痛み
腫れ
乳首からの分泌物
[胸部、血管]
胸の痛み
胸の圧迫感
動悸
呼吸困難
就寝後1~2時間で息苦しくなって目覚める
横になると息苦しく起き上がると楽になる
[消化管]
飲み込みが悪い
みぞおちの痛み
げっぷ
胸焼け
吐き気
嘔吐
今日の標題の「システムレビュー」というのは、要するに問診票のことで、本書では、診察の時、医師が患者のその症状があるかないかをチェックするためのリストと説明されている。
医師用のリストはかなり詳細、かつ難解なものが多いとし、その一部が掲載されていた
(右の表がその抜粋。全体のCSVファイルはこちら

このリストには、喫煙や飲酒習慣、出産歴、職歴などが入っていないが、実際に使用しているものは入っていると思う。


医師が患者に聴きたいことというのがある。それが主訴である。
そして、症状がいつから、どんな頻度でといった時間軸にそって、また、どういう環境や患者の来歴があるのかという空間軸を見て、診断をつけていくという。

患者は苦しい思いをして病院にやってくる。その訴えは必ずしも整理されて出るとは限らない。一方、自分は風邪だといって来る患者もいる。
システムレビューはそういうなかから、正確な情報をとり、コミュニケーションを円滑にするツールだというわけだ。

で、ふと思った。
本書でも書かれていることだが、患者がシステムレビュー(問診票)に〇をつけて持参する使い方もあるだろう。

実は、家人が診察を受けるときに、その医院のホームページに問診票が掲載されていて、それをあらかじめ記入して持って行ったことがある。それだけでも受診の心構えができて良かったように思う。


病院の待ち時間は長いから、問診票を書くのも良い時間つぶしになるのかもしれないけれど、だからといって、あらかじめ、落ち着いた状態で、きちんと問診票を書いて持っていったら邪魔になるということもないだろう。

医師が使うシステムレビューは、項目が多くて、難解だというのなら、患者が書きやすい、患者用のものを作れば良いのでは。なんでもマニュアル化するのが得意な医療の世界だから、学会とかで標準的なものを作らないだろうか。
そして、それを各医院に備え付けたり、ホームページから配布する。あるいは、医師会や市役所などから配布・周知したらどうだろう。

素人の戯言と言われるかもしれないけれど、積極的に否定されるとも思えないのだが。

余談だけれど、そのうちシステムレビューをAIに投入したら、診断を絞り込んだり、追加の検査を指示してくれるようになるだろう。

30年ぐらい前、娘が虫垂炎から腹膜炎にまでなって大変だったが、入院していた病院では、緊急手術で腹を開けるまで、診断がつかなかった。その後、症状や検査結果を米国製の診断エキスパートシステムに入れたら、腹膜炎がトップに疑われたんだけれど。


季節外れの精密検査(続き)

IMG_20161202_112149.jpg 今日は、昨日書いたとおり、胃の検査。

10:30予定だったが、医院から10:00頃に来てくださいと連絡。
で、10:00に行って、しばらく待たされて、10:15頃から、まず、エコー診察。
女医さんの「息を大きく吸って、止めてくださ~~~い」の指示に従っておとなしく。
パンツを下げられてびびる。
肝臓、脾臓、腎臓、膵臓あたりを診て、特に異常なし。

そして、メインの内視鏡。
10:30頃、鼻に通りを良くする薬、麻酔などをして準備。
これがなかなか気持ち悪い。
10:40頃、検査室で、まず柔らかいプラスティック・チューブを鼻に通して待つ。

ff2011inKeibicar.jpg 10:45頃、いよいよ医師が内視鏡の挿入にかかる。ここで問題。
はじめ、鼻の右の穴から通そうとしたのだが、ここが狭くて、内視鏡が通らない。
医師が「無理せんとこ」ということで、左側でチャレンジ。
事前の処置は左右ともしている。左は広く、問題なく挿入。
喉を通過するときも、唾をのみ込む要領でと言われて、難なく通過。

ここからは食道、胃、十二指腸と、モニター画面を見ながら進む。
カメラは胃を水洗いしながらすすむのだけど、ときどき胃壁に強く当たるので、出血する。医師はキスマークと表現。

素人目では、色普通にピンクで、悪いところはなさそうに見える。
医師の眼では、胃・食道は、かなりあれているということで、もともとピロリ除菌も考えていることを伝えていたので、ピロリの検査のために検体をとる。
集検で指摘されていた部位は特に問題はないけれど、以前の潰瘍で胃に変形があること、十二指腸潰瘍の瘢痕があることなどの所見。

11:10頃に検査終了。
近年は経鼻内視鏡がはやりのようだ。吐き気があまりしないこと、医師と会話ができることなどがメリットという。
ただ、私の経験では、口からの内視鏡でも、医師が上手なのか(医師と患者の相性もあるらしい)、あまり苦しくなかった。検査の苦痛という点では、経鼻内視鏡が特に優れているという印象はない。

悪性を疑うような所見はないので、年明けに結果説明、ピロリ除菌をしましょうということになった。
そして、除菌後、また内視鏡をやりましょう、だって。たまらんなぁ。

季節外れの精密検査

IMG_20161130_114433.jpg 昨日は休みをとって病院へ。

1月に、市の胃の集団検診で要精検になっていたのを、今までほったらかしにしていた。
昔、胃潰瘍をやったことがあって、数年間は経過観察を受けていたけれど、それもやめになって、その後は集団検診を受けていたのだけれど、潰瘍の瘢痕のせいか、集団検診でたびたび要精検と判定される。
特に、検診業者が変わるとその傾向が強いように思う。(なので、何度か要精検を無視した。)

IMG_20161130_114822-crop.jpg 現役ばりばりの頃は、いつも森之宮にある、ちょっと縁のある検診機関にいっていたが、歯医者を変えたのとおなじように、自宅に近い医院をかかりつけにするつもりもあって、近所の内科を受診。

昨日は、診察と事前検査で、明日、内視鏡検査を受けることになった。
内視鏡は20年ぐらい前に経験しているが、それは口から。こんどは経鼻内視鏡ということだ。
状態はいつもどおりだと思うけれど、経鼻内視鏡ははじめて。
医師は、1月の集検の2次検診とはえらい季節外れですね、と。

11時前に行って、1時間待ち。会計が終了したのは12:10頃。
大勢のお年寄り(私もそうか)が来院していた。
インフルエンザの予防注射に来る人もいるようだ。

受付も忙しい


「江戸前魚食大全」

61sVWQ4oHHL.jpg 冨岡一成「江戸前魚食大全」について。
別に、豊洲市場問題から、築地の歴史を調べようなどと考えて読んだわけではない。

実際、築地中央市場についてはほとんど触れられていない。
(江戸では市場を整備したのは幕府ではない、公設市場は築地中央市場からである、という程度の説明はある)


Amazonのレビューでも同じような感想を投稿している人がいたが、書名からすると「江戸前寿司」とかの話かと思いそうだが、もちろん、それについても触れられている(第八章)けれど、江戸の魚食について、もっと総合的に、漁、流通、料理、及びそれらの成り至った歴史の全般を取り扱っている。

目次を見ればその拡がりが推察されるだろう。まさに、「大全」であり、江戸の上下の人々と魚の関わりの文化誌というにふさわしい本だと思う。

第一章なぜ江戸だったのか?
江戸前とは何か
自然と人のつくった漁場
江戸の生活からうまれた魚
第二章江戸の始まりから魚河岸ができるまで
江戸の都市づくりと水運の改変
関西漁業の進出
魚河岸の誕生
第三章海に生きた人々
漁業はどのように始まったか
水産業のルーツ
古代・中世の流通ネットワーク
海の上のしきたり
第四章江戸前漁業のシステム
漁村と漁法と流通
江戸時代に漁村がうまれる
江戸沿岸の漁村
江戸前の漁法
江戸の鮮魚流通
第五章賑わう江戸の魚河岸
江戸っ子のルーツを探る
日に千両の商い
幕府御用達の明暗
江戸っ子の見本
第六章日本人と魚食、知られざる歴史
日本人はなぜ魚を食べてきたのか
「食べられない」から生まれた食文化
江戸の魚食、現代の魚食
第七章関東風の味覚はどうつくられたか
魚が劇的にうまくなった理由
江戸の味覚
旬と初物
外食文化の発展
第八章江戸前料理の完成
浅草海苔―真の江戸前―
佃煮―漁民のつくった保存食―
―外食文化のルーツ―
天ぷら―南蛮渡来の江戸前料理―
すし―伝統食のコペルニクス的転回―
第九章楽しみと畏怖、江戸人の水辺空間
水辺に遊ぶ
異界の水際
水辺の信仰
第十章江戸から東京へ、江戸前の終焉
海からやってきたえびす
去りゆく江戸前
江戸前漁業の終焉
付録魚河岸の魚図鑑
文章は平明・簡潔で読みやすい。難を言えば、着眼点に沿って書かれているので、時代が跳ぶことがあることぐらい。そして、それは江戸時代というのが、開府から幕末まで、ひとしなみに語れないということでもある。
たとえば、魚河岸というのは、もとは幕府へ魚を納めるためにできたものだが、中期を過ぎると御用よりも、民間需要が重要になる。

驚くべきことに、本書によれば、幕府は市価の1/10ぐらいの価格で魚を仕入れていたと言う。そして魚屋が魚を隠すとそれを見つけ出して、有無を言わさず安値でとりあげる御用役が置かれるという「進歩」もあり、そして魚河岸と幕府の暴力沙汰まで記録されているとのことだ。

そのことを思えば、今どきの役所が民間の商売にいいようにされて、高い買物をしているという批判が、可笑しくなってくる。江戸の奉行所の方が良かったとでも言うのかな。


本書では、随所に江戸川柳が引用されて、魚にまつわる江戸人の様子を描いている。落語も紹介される。それどころか、江戸以前、日本人の魚とのかかわりについては、万葉集までその範囲は広がる。

こういう該博な知識を、読みやすくまとめている著者は、どんな人なのだろう。
本書裏表紙見返しに次のとおり紹介されている。
冨岡一成(とみおか・かずなり)

1962年東京に生まれる。博物館の展示や企画の仕事を経て、1991年より15年間、築地市場に勤務。「河岸の気風」に惹かれ、聞き取り調査を始める。このときの人との出会いからフィールドワークの醍醐味を知る。仕事の傍ら魚食普及を目的にイベント企画や執筆などを積極的におこなう。実は子どもの頃から生魚が苦手なのに河岸に入ってしまい、少し後悔したが、その後魚好きになったときには辞めていたので、さらに後悔した。江戸の歴史や魚の文化史的な著述が多い。近著に「築地の記憶―人より魚がエライまち」(共著・旬報社)


いわゆる学者・研究者の類でもなければ、文筆業というわけでもないようだ。
著書も本書以外は、写真集のようなものの解説を付けているものしか見当たらない。

本は、何冊も書けば良いというわけではない。
しかし、この著者は、この本の一部を取り出して、適宜、膨らませたりすれば、まだまだ何冊も書けるに違いない。
そのぐらい、見事な本に仕上がっていると思う。

真摯に仕事に取り組み、そしてそれを楽しみ、そこから興味を広げていけば、こういう本が書けるんだろうか。

tomioka_tsukiji.jpg そうそう、ネットでこの著者名でググると、“あと半年で閉鎖、「築地市場」に行くべき理由~「人より魚がエライまち」の懐は実に広かった”という記事が見つかった。
豊洲でも、このように親しみと誇りを持った本が書かれるだろうか。







日本ハムが日本シリーズで日本一に

nihon_series_2016.jpg 日本ハムが日本シリーズで日本一になった。

パリーグ贔屓の私としては、例によって日本ハムにやや肩入れしていたけれど、やっぱり大谷選手にはもう一試合投げてもらいたかったので、第7戦までもつれるのもおもしろいと思っていたけれど、。

北海道日本ハムファイターズの本拠・本社は札幌だけれど、親会社の日本ハムの本社は大阪市である。地元球団である、といっては言い過ぎか。


広島で連敗したときは、ズルズルと敗けるかとも思ったが、札幌で3連勝。
どの試合も一方的ということはなくて、終盤まで勝敗の行方がわからないという試合ばかりだったから、どちらかのチームを特に応援している者は気が気でなかったものと思う。

選手も、傑出して活躍したという選手がいるわけではなくて、もちろんMVPのレアード選手は目立っているけれど、圧倒的ということはなく、チーム全体が頑張ったという印象。

それにしてもスゴイと思ったのは、優勝決定後の広島のファンの人たちの態度。
目の前で監督を胴上げしている敵チームに対して、なんと拍手をしているではないか。
以前、甲子園で行われた阪神vs巨人戦、巨人が目の前でリーグ優勝を決めた時、阪神ファンはグランドに物を投げ入れ、巨人選手に殴りかかろうとまでして、巨人は優勝の胴上げもできずにさっさと引き上げたということがあった。
時代が変わったということなのか、ファンの品性の差なのか。

ダブルチェック

shika_eiseishi_sample.jpg 先日、歯科の定期健診を受けた。
結果としては、早期の齲歯が見つかって、即時に処置してもらって終了。
「定期健診を受ける値打ちがありましたね」とは歯科医の言。

実は、歯科医の検診の前に、歯科衛生士が、歯周ポケット検査、歯垢・歯石除去などをしてくれるわけだが、歯科医が検診後「特に問題ありませんね」と言ったところ、衛生士から「先生、ここがちょっと……」と耳打ち。あらためて、念入りに見て虫歯を見つけたといういきさつがあった。

それほど軽いものだったので、当日の処置で済んだわけだが、もし見逃していたとしても次回の健診(半年後)までに、それほど進行するとも思えないので、歯科医が見落としたことも、さして問題ではない。この歯科がヤブとかいうような話では全然ない。

ではあるけれど、これほど軽く済んだのは、衛生士がきちんと見ていたお蔭である。
ダブルチェックが働いたわけである、この歯科がそういうシステムにしていたかどうかは別として。

医療機関では見落としが重大な結果をもたらすこともある。
もう30年以上も前に知ったことだけれど、胃がんの集団検診を実施している某検診機関では、ダブルチェックをシステムとして実施していた。
stomach_xray.jpg 集団検診では、多くの受診者の受診票・レントゲン画像を医師がチェック(読影)するわけだが、その検診機関では、最初に読影した医師とは別の医師が同じ資料を見て、先に見た医師の判定が異常なしでも、怪しいと思えば要精検に変更することになっていた。

その上、もう一つ重要なチェックが先行している。
胃のレントゲン撮影というのは、肺とは違い、相手が動く臓器であるため、アングルやシャッターチャンスが難しいそうだ。発泡させてバリウムを胃壁に付着させて撮るわけだが、病変があっても、バリウムの付着状態や、胃の動きによっては、きちんと画像に現れないことがあるという。

そこで診療放射線技師という人達は、病変の特徴をよく知っていて、つまり医師と同様の読影技術を持っていて、撮影時に怪しい場所を見つけたら、そこがきちんと写るように撮影する。
また、胃の集団検診では、6方位から胃を撮影することがマニュアル化されている(これを守らないと見落とした場合に医療過誤を問われるおそれがある)そうだが、その検診機関では、技師の裁量で、病変部位がもっとも良くわかりそうな方向・タイミングで、余計に1枚の写真を撮ることになっていた(検査料が高くなるので、検診機関間の価格競争では不利になる。質を問わなければ入札で不利になる)。

同じレントゲン検査でも、精密検査の場合は医師がずっと透視しているから、実際には受診者が検査台に載っている間にだいたい診断がつく(余程、見にくい病変でフィルムをじっくり見るような場合は別)。だから大したことがなければ、検査が終われば直ちに診断結果を伝えられる。
で、ふと思ったのだけれど、集団検診でも動画で記録しておいたらどうなるだろう。動画だと医師が読影するのは時間的に厳しいから、AIを使って自動化を考えたらどうだろう(静止画でも同じだけれど)。もっとも最近は一次検診を内視鏡でする傾向のようだが。


ダブルチェックはコストがかかる。
前述の検査機関のようにシステムとしてダブルチェックを行っていれば、それは明示的なコストになる。
歯科の例は明示的にコスト計算には入らないかもしれないが、優秀な歯科衛生士を雇うというところでベースのコストがかかっているかもしれない。胃の場合も、読影技術を持っている優秀な技師にコストがかかるだろう(育成もしているはず)。

世の中(政治の世界)では、コストをかけても、ダブルチェックではなくて、共振(フレームアップ)効果になる場合が多いようだけれど。

平尾誠二逝く


平尾誠二逝く。
53歳。若すぎる。
Doshisha_Hirao.jpg
私がラグビーを一番熱い思いで見たのは、
同志社の三連覇の頃だと思う。
それまで、関西勢は歯が立たなかった、
早稲田、明治、慶応の東京勢を蹴散らし、
完膚なきまでに打ち破った、あの頃。

神戸製鋼のときは、
他チームとはあまりに違うスタイルで、
そして圧倒的に強かった。
敵なしだった。

残念。念いは残りまくりだ。
冥福を祈るのみ。

禁煙外来の設置条件

 禁煙外来を設置している済生会江津総合病院(島根県江津市)の敷地内で、職員らの喫煙が常態化していたことが分かった。厚生労働省は、禁煙治療で保険適用を受ける病院に対し、敷地内の全面禁煙を条件としている。同病院は敷地内喫煙の事実を認めて9月から禁煙外来を休止し、診療報酬も今後返還するとしている。
(毎日新聞2016年10月2日 20時30分)
スモーカーとしては見逃せないニュースがあった。

島根の病院「禁煙外来」病棟裏で職員らスパスパ


病院が敷地内禁煙にすること自体は、それは管理者の勝手だと思う。今の私の職場も敷地内全面禁煙である。少し前までは外階段に置かれていた灰皿も撤去された。

見逃せないとしたのは、敷地内全面禁煙が、禁煙外来の保険適用の条件になっていることだ。
喫煙を絶対悪として、直接・間接に煙草の撲滅に資する行為を優遇し、その逆は冷遇するという強い強制である。

kinenn_gairai.png なるほど、病院職員が、禁煙しようという野望を抱いた人たちを尻目に、その神経を逆なでするような行為であるかもしれない。でも、それを言いだしたら、病院の周囲○○kmは禁煙とかにしなくちゃ。それにこういう施設だと、その外へ出たとたんに一服する人はいっぱいいるだろう。
病院の姿勢、そうかもしれない。けれど、この処置で禁煙外来に来なくなる人が増えるほうが問題だとは考えないのだろうか。

正義の拳は、振り回し過ぎないようにしてもらいたい。
自分に正義があると思っている人ほど残酷になれるものだから。

千代の富士、お別れ

fc2blog_2016100123403848b.jpg 千代の富士のお別れ会が開かれた。
61歳とあまりに早い死だったが、膵臓がんだったそうだ。

先日のニュースでは、膵臓がんは発見時に既に末期という割合が、他の部位のがんにくらべ高いと報道されていた。


相撲取りは、引退後早く亡くなられる方が多いような気がする。無理に体重を増やすための暴飲暴食で肝臓をやられることが多いという話もある。しかし、千代の富士はあの体型である、こんなに早く亡くなられるとは思わなかった。

アメリカの15歳の高校生が膵臓がんの早期発見の検査法を開発したという話がTEDにあったけれど、その後、どうなったんだろう。


相撲のことはあまり詳しくないけれど、とにかく精悍な姿、取り口は、誰の記憶にも残る強烈なものだった。
で、ちょっと土俵違いになるけれど、千代の富士で思い出すのは、名ソプラノのキリ・テ・カナワが千代の富士の熱烈なファンだったということ。いつだったか、来日中のキリ・テ・カナワが大相撲の観戦に来ていたところをテレビ中継がとらえていた。

アナウンサーが千代の富士に「キリ・テ・カナワさんが大ファンだとのことですが」と聞いたのだが、千代の富士のほうは、このソプラノについては知らなかった。(不思議ではないけれど)


私がキリ・テ・カナワの名前を知ったのは、40年ぐらい前のこと、FM放送で聴いた"Exsultate jubilate"。当時、他の歌手の演奏もいろいろ聴いたけれど、キリ・テ・カナワが一番だと思った。

2016-10-01_233847.png YouTubeで探したら、いくつかキリ・テ・カナワのKV165がアップされている。
うち一つにリンクを張っておく。
Kiri Te Kanawa "Exultate, jubilate" Mozart KV165 (YouTubeにアップされているのは、40年前の演奏ではないようだけど)

もう一つ、キリ・テ・カナワが歌うラグビーワールドカップのテーマソング。
Kiri Te Kanawa - 'World In Union' Music Video
(キリ・テ・カナワはニュージーランドだから歌手に選ばれたのかな)

同じくホルスト「惑星~ジュピター」をカバーした平原綾香と比べるとおもしろいと思います。


豪栄道優勝

2016-09-24_183202.png 大相撲秋場所、豪栄道が1日残して優勝を決めた。
大阪出身の力士の優勝は、86年ぶりだという。
豪栄道は初優勝。

地元N市のフィーバーぶりは、こっち


13日目の日馬富士との一戦は、まるで力士が入れ替わったような投げが決まった。普通、日馬富士が投げる側だろう。
そして昨日、玉鷲戦は、格下とはいえ、完璧な相撲だった。

大阪力士の優勝は珍しいというが、そもそも優勝力士を生んでいない都道府県って結構あるんじゃないだろうか。
○大阪出身力士の優勝
大正6年春大錦
大正9年春大錦
大正9年夏大錦
大正10年春大錦
大正11年夏大錦
昭和5年夏山錦
平成28年秋豪栄道
※NHK中継より

高校野球だと、47都道府県で優勝校のない県はそう多くないと思うけれど、大相撲の場合、強い力士が何度も優勝して、なかなか他の力士の優勝はない。以前は、東北・北海道あたりの力士の優勝が多かったように思う(大鵬や北の湖)けれど、このところはほとんどモンゴル出身力士である。

大阪は、「またも負けたか8連隊、これでは勲章くれんたい」といわれる土地柄だけれど、格闘技・相撲と縁がないわけでは決してない。何といっても人口が多い。
後援者の意味で使われる「谷町」という言葉は、大阪の谷町のことだ。また、大阪相撲といえば、幕末に新撰組と死傷事件を起こしたことでも知られる(力士側の負けみたいだけれど)。
2016-09-24_182948.png

江戸の方では、ペリーの前でデモンストレーションや水兵と試合をした力士の話がある。こちらは結構、米国をおどろかせたとか。


では、ということで、今住んでいる京都府出身力士はどうなんだろうとネットで調べると、これはまことに心細い。
今売り出し中の宇良和輝は、京都府立鳥羽高等学校の相撲部だったということで、京都ローカル放送でも注目しているのだけれど、高校卒業後は関西学院である。そして、ネットで調べてわかったのだけれど、なんと、豪栄道と同じ大阪府N市出身である。
2016-09-24_183340.png
そして、私が生まれ育った奈良の力士として名前が思いうかぶのは、当麻蹴速である。垂仁天皇の御代。
しかし、野見宿禰(出雲国)と対戦して、腰を踏み折られて死に、蹴速の土地は没収されて野見宿禰の土地となったという伝承である。(やっぱり奈良は弱いのか)

今日、千秋楽は、琴奨菊との取組。全勝優勝を期待しよう。
そして次は……

車椅子で大ジャンプ~リオ・パラリンピック

rio_kurumaisu_jump.jpg リオ・パラリンピックがはじまっている。
テレビ中継では見られなかったけれど、YouTubeで開会式の様子が流されている

見ていてびっくりしたのは、車椅子で大ジャンプというシーン。
着地はどうなってるんだ?、と思ったけれど、どうやらグラウンドに大きなエアクッションのようなものが置かれているようで、それらしきものが波打っている様子がビデオに写っている。

パラリンピックの種目はいろいろあるけれど、私が一番注目するのは、車椅子マラソン。
なんといっても、42.195kmを1時間20分、平均時速31.7kmつまり100mを11.4秒のペースである。普通の陸上のマラソンの1.5倍の速さである。
こうなると、用具を使ってのスピード競争である。
健常者が参加してもまったくおかしくない。ただ、普段から車椅子で生活している人が有利になりそうだから、ハンディキャップをつけないと不公平になるかもしれない。

先日テレビで、東京1964のパラリンピックに出た人の話が流れていたが、それによると海外の選手はレース用車椅子を使っているのに、日本選手は病院の車椅子。そりゃ勝てんわ。

今では日本のレース用車椅子もすごいらしい。⇒競技用車椅子(オーエックスエンジニアリング)
こうした器具の開発では日本は負けないぞ。

ところで、前述のテレビ番組では、競技用器具の違いだけでなく、海外の選手が、人生に自信をもち、楽しんでいる姿を間近に見て、当時、日本の障害者が置かれていた状況との落差を感じたという話もされていた。
ここで勝てないとね。

チャレンジというルール~サッカー編

サッカーにはチャレンジ・ルールはないのか。

先日、「チャレンジというルール」という記事をアップしたところだが、昨日、サッカーにはチャレンジはないのかと嘆かせるシーンがあった。
多くの視聴者がそう思っただろうから記事にしなくても良さそうなものだけれど、やっぱり書かずにはおれない気分。

そもそも日本のサッカーは、先日のリオ・オリンピックでもそうだったけれど、期待を裏切る常習犯で、昨夜も負けるんじゃないかという不安いっぱいでテレビ中継を見始めた。
まず気になったのは、審判がカタール人ということ。UAEの隣国じゃないか、大丈夫なのか。(後で調べるとカタールとUAEの関係は悪いらしい。)

最初の日本の先制点は見事だった。
で、その1点リードの後、UAEのフリーキックが直接ゴール、同点。
このフリーキックを与えたファウル、これがおかしいと私には見えた。
日本のディフェンダーがUAEの選手を引き倒したという判定のようだったけれど、ビデオで見ると、UAEの選手がバランスを崩して倒れかかり、その胸あたりに日本選手の手が当たったように見える。

2016-09-01_223407.png きわめつけは何と言っても後半のUAEの2点目。決勝点。
日本がUAEゴールに迫ってシュートしたボールが相手GKにパンチングで阻まれた、そういうことなのだけれど、ビデオで見ると、シュートしたボールはゴール・インしている
日本選手はアピールしていたようだが、サッカーで選手のアピールがレフェリーに受け入れられたシーンというのは見たことがない。試合後、ハリルホジッチ監督はインタビューに答えて、「普通はボールがゴールに入ったら得点だが」と。

場内に大画面でビデオを映していたら、会場は大騒ぎになったことだろう。
観客にはスマホなどでテレビ中継を見ていた人もいたに違いないが。

サッカーは1点の重みが一番大きなスポーツだと言われる。
しょっちゅう発生する接触プレイでいちいちチャレンジがかかっては試合にはならないだろうが、ゴールのイン/アウトぐらいチャレンジを許してもいいんじゃないか。
高校サッカーでは誤審により、悲劇の敗者と悪者の勝者が作られてしまったという事件があった。こんなことが繰り返されて良いとは思えない。高校サッカーは教育で、ワールドカップはそうじゃないから、誤審の損得もゲームの一部ということだろうか。

試合終了後、すぐにネットにはたくさんの書き込みやビデオのアップがなされていた。
なんとも後味の悪い試合となった。
残り試合を勝って、ワールドカップ行きを決めるしかありませんな。

リオの手羽先~リオ・オリンピック・シリーズ

2016082100009_5-crop.jpg リオ・オリンピックから採集した手羽先画像。

休刊日ネタにしようかとも考えたけれど、オリンピック・シリーズの掉尾を飾ることにした。

右は新体操、だ~れだ?








Russias Natalia Ishchenko and Russias Svetlana Romashina_2-crops 次はシンクロナイズド・スイミング。だ~れだ?



このロシアの選手については、オリンピック前にNHKが特番を組んでいたのを見た。
子供の頃からシンクロをやっていて、身も心も酷使してきているそうだ。とりわけおどろいたのは、シンクロの回転(ひねり)の方向がいつも同じ方向のため、使う筋肉も著しく偏り、それがために背骨まで曲がっているという話。


新体操もシンクロも、ロシア選手、出れて良かったね。


2016081514-crop.png 陸上選手からも1人。

女子200mの予選の画像らしい。
あの、タカ・マツ・ペアの準々決勝ゲームカウント1-1で中継が中断されたときに切り替わったのがこの女子200m予選。

この画像の選手だったかどうか実ははっきりしないのだけれど、「日テレのアホ、ボケ、カス」と言いながら、「カワイイ子がいるんやな」と思った、多分その選手。








rio1608190014-p1-crop.jpg 最後は、その陸上200m予選のために、ライブ中継が中断されたバドミントンから。













それにしても美しい選手が多かった。
「スポーツをやってるにしては」ではなくて、ベースが水準以上で、それにスポーツが磨きをかけているような。
女子選手が一番美しく見えるのは、競技に集中しているときである。

何故、人は見た目の美しさに惹かれてしまうのだろうか。

― 盲目の人以外にそんな事を聞く人はいない。 (アリストテレスの答)


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