贈与の歴史学

zouyo_no_rekisigaku.jpg 桜井英治「贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ」について。

現在のお歳暮とかの習慣がどのように成立してきたのかな、という程度の関心で読んでみた。
ところが、中味は贈り物のマナーなどというノウハウとはもちろん無関係であるけれど、さらに人類史における贈与というような構え方をしているわけではない。

そうそた点も意識はされていて、モースの「贈与論」で書き出され、マリノフスキーなど人類学での贈与の扱いなどにも触れるけれど、これはどちらかと言えば露払いである。

この本のメインは、室町時代を中心とする日本の中世社会での贈与。著者は、人類学者とか経済学者とかではなくて、中世史を専門とする歴史家である。

室町時代といえば、貨幣経済が発達し、手形取引が始まった時代である。
また、徳政が頻繁に行われた時代でもある。

著者は、脆弱と言われる室町幕府の財政について「贈与依存財政」と呼ぶ。
それを成立させていた、室町時代の贈答経済はとても特殊で、「贈答経済でどこまでいけるか」を追求したような観があるという。
第1章 贈与から税へ
1.四つの義務
2.神への贈与
3.人への贈与
第2章 贈与の強制力
1.有徳思想―神々からの解放
2.「礼」の拘束力
3.「相当」の観念と「礼」の秩序
第3章 贈与と経済
1.贈与と商業
2.贈与と信用
3.人格性と非人格性の葛藤
第4章 儀礼のコスモロジー
1."気前のよさ"と御物の系譜学
2.劇場性と外在性
3.土地・労働・時間
その一手段として生み出された傑作が「折紙」。
折紙というのは、贈り物に付けた目録で、紙を半分に折る形式だったことから折紙と言うようになったもの。

現代語でも使われる「折紙付」という言葉の折紙も同根で、品物の品質保証書というような役割を持っていたもの。

折紙は、元々は、斯々然々のものをお贈りしますという目録だったのが、いつしか実物の移動を伴わずに贈り物のように流通するようになる。物として金子が書かれていたら、まるでその金子であるかのように流通する。
さらには、転々流通性まで持つようになったというわけである。

チューリップが高値で取引されていたところ、あるとき何でこれにこんな値段が付くんだと疑問に思ったとたん、バブルが崩壊するようなもので、折紙ってなんで通用するのと誰かが言いだしたら終わりかもしれない。

で、こんなことを考えた。
貨幣の発生史としては否定されると思うけれど、貨幣は財物の貸借の証文と考えるのが一番わかりやすんじゃないだろうか。もちろん手形より貨幣の方が先なのだけれど、貨幣の本質的な役割は手形と同様、賃借の情報じゃないんだろうかと。

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仕事と日本人

Shigoto_to_Nihonjin.jpg 武田晴人「仕事と日本人」について。

「労働」、「仕事」、「はたらく」、似たような言葉がある。
著者はこれらを対比させながら、「労働」という言葉(「働」は国字だから「労動」も含めて)がいつ頃から、どういう使い方をされたのかなど、かなりの紙幅を割いて解説している。

あれっ、一体、この著者はどこに関心があるのだろうか、どういうフレームでこのテーマに取り組んでいるのだろう、
経済学者の本なら、経済学なら、労働を経済の一要素として、労働市場のなりたちや挙動というものを説明しそうなものだ。
そうではなくて、社会学とか文化的な考察が中心になっている。
著者はあとがきに次のように書いている。
 できあがったものは、ごらんいただいてわかるように,「労働」とか「仕事」とか「働くこと」とかをキーワードにして私が手当たり次第に読んだ本の読書ノートとでもいうようなものである。手当たり次第とはいっても、この分野にはたくさんの著作があり、しかも最近では関心の高い分野であるために関連の文献が続々出版されるので、それを網羅的に読むことなどははじめからできる相談ではなかった。だから、正確には手の届く範囲にあった本を読んだだけいうべきだろう。その限られた読書によって得られたさまざまな意見や歴史的な事実を通して考えてきたことを、そのままの形で読者の皆さんに読んでいただくことになった。

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仕事中の日本人
Japanese at work/Charles Wirgman
西本郁子「時間意識の近代」58頁から本書に転載
というわけで、もちろん経済学の観点での労働とか、労働市場についても書かれているのだけれど、そういう枠組みでとらえられないものを多くあつかっている。

また、他書の紹介もこんな具合。
報酬は時間でもらっている
 大沢真知子『ワークライフバランス社会へ』では、「経済のグローバル化にうまく対応し、経済のパフォーマンスのよい国では、正社員の働き方を柔軟にし、非正規から正規への移動を進めている国が多い。ここでいう正社員の働き方を柔軟にすることがワークライフバランス施策とよばれるものである」と新しい考え方を紹介していはす(同書、2頁)。
 このような考え方に即して、大沢はワークシェアが一番進んでいるオランダの次のような例を紹介しています。
 オランダでは、妻が中間管理職として週四日はたらく共働き夫婦を取材させてもらった。四歳と一歳の幼い子どもがいる。
 取材してみると、彼女は、週四日の勤務とはいえ、実際にはその四日間に五日分の仕事をしていることがわかった。しかも会社からもらうのは四日分の給与である。会社にとっては悪い話ではない。また、彼女にしてみれば、給与はへるかもしれないが、その分子どもたちと一緒にいる時間がふえる。報酬の一部を時間でもらっていると考えれば、こちらにもメリットがある。(『ワークライフバランス社会へ』、10頁)

はしがき
第1章 豊かな国の今、問われる選択
 2006年春、パリ/若年者の不安定就業―フリーターとスラッカー
第2章 「労働」という言葉
「怠惰な」日本人/「労働」という言葉の意味と由来/「働」という漢字/輸入学問・経済学のなかの「労働」/忌避される対象としての労働
第3章 「仕事」の世界、「はたらき」の世界
イギリスの経験/速水融の勤勉革命論/勤勉革命の背景/「はたらき」は際限のない長時間労働だったのか/労働集約的な農家経営と手工業生産
第4章 「労働」観念の成立
工場の成立/職人の転身/職人たちの転落/都市の下層社会/工女たちの世界
第5章 時間の規律
近代における時間の観念/労働時間の制限/作業時間の標準化/定年制
第6章 残業の意味
残業の誕生/残業の捉え方/「義務としての残業」と「責任としての残業」/増収の手段としての「残業」/残業手当とサービス残業
第7章 賃金と仕事の評価
賃金の成立/賃金の長期的な変動/学歴と俸給/「労働」の評価と「仕事」の評価
第8章 近代的な労働観の超克
西欧近代のゆがみとしての「労働」観/労働の現在/再び「仕事」の主人となること
あとがき
見出しだけ見ると、報酬の計算が労働時間で行われていると勘違いしそうだけれど、そうではなくて、時間というものが貴重な「財」ということである。
本書では、この引用に続けて、このような働き方を可能としたオランダの状況について別書(長坂寿久『オランダモデル 制度疲労なき成熟社会』)も紹介し、「誰もが必死に労働しなければならないという規範は、いかにも狭すぎるし、人間のもつ可能性を見失っている」と続け、
 右の例では、中間管理職として働く女性は、それによって相当の所得を得ているだけでなく、社会的な存在としての自分を確認する場をも与えられています。その一方で母親として子供との時間も大切にしています。そのことで所得が減っているとしても、それで十分に満足しているのです。この女性は、「時間で給料をもらっている」と答えているようですが、これはなかなか含蓄のある言葉です。
と結んでいる。

また、別の個所では、このような引用もなされている。
 ですから、立石泰則が『働くこと、生きること』に書いているような状況が生まれます。それは、経営状況の悪化のために人員削減を推進した経営側からの説明に、「(雇用調整をしなければならないほどの)大量の余剰人員が発生したから」との釈明があったという点に関してです。
 「大量の余剰人員が社内に発生した」とはどういうことなのであろうか。ボウフラではあるまいし、いつの間にか大量の人間(余剰人員)が「発生した」というわけではないだろう。会社は当初、必要と判断しただけの人員を採用したはずである。それが余剰人員となったのであれば、彼らを適材適所でうまく活用できなかったからか、見込み違いで多く採用しすぎたからにほかならない。
 どちらにしろ、余剰人員を「作り出した」のは会社であって社員ではない。その責任を不問に付したまま、会社が社員にだけ責任を「リストラ」という名の人員削減で押しつけるなら、経営側の責任放棄、無責任の極みといわれても仕方がない。 (『働くこと、生きること』、四一頁)
以前、トヨタの社長が「従業員のクビを切るのは経営者失格」というようなことを言っていたことを思い出す。
もっとも、そうならないように、非正規雇用、派遣、偽装請負という方法で先手を打っているのが現状なのかもしれない。

武田晴人「仕事と日本人」の紹介のつもりが、同書で紹介されている話の紹介になったようだ。
それが本書の性格でもあると思うけれど。

大奥の女たちの明治維新

安藤優一郎「大奥の女たちの明治維新 幕臣、豪商、大名――敗者のその後」について。
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「大奥の女たち」が前面に出ているが、幕臣、豪商、大名なども含めて、江戸幕府に関わりのあった人たちが、明治維新でどのような対応を迫られたのか書かれている。

以前にも類書を読んだ覚えがある。また、以前、「大西郷という虚像」の記事に、おそらくは旧幕府の役人はいろいろな形で、行政に携わったのだろう。もう少し時代が下がると、旧幕役人、あるいはその家柄の人たちが、いろんな場面で活躍して、新政府の政策を支える事例が表へ出てくると書いたけれど、本書では、その実例をいろいろと示してくれる。

類型化して言ってしまえば、旧幕役人は、新政府の実務上の枢要な位置につく。ただしトップにはなれない。いわば、現在の大臣と事務次官の関係である。(既にこの頃から、トップは個人的利害と思い付きで判断し、それを国策として実現する事務方という図式ができあがったのかもしれない)

類型から外れるのは榎本武揚のような本当に実力が必要な部署につく例とか、やはり幕臣であったコンプレックス(複雑な感情)からか、新政府の中には入らなかった勝海舟や福沢諭吉が思い当たる。暮らしの心配をしないで良い人たちね。


第1章 篤姫が住んだ大奥とはどんな世界だったのか
第2章 失業した三万余の幕臣はどうなったのか
第3章 将軍家御典医・桂川家の娘が歩んだ数奇な運命
第4章 日本最初の帰国子女、津田梅子の奮戦
第5章 東京に転居した大名とその妻はどうなったのか
第6章 東京の街は、牧場と桑畑だらけになった
第7章 江戸を支えた商人や町人はどうなったのか
また、徳川家の駿河移封についていった幕臣たちの苦労が書かれる。とともに、そこで名を上げるような成果をあげた人たちは、結局、明治政府から召喚されることが多かったようだ。

タイトルにある大奥(幕府だけでなく大名家もある)の女だけれど、女性は大奥以外には役所勤めはないわけで、新政府には大奥はないから、それぞれ第二の人生を歩むことになる。本書では天璋院については追いかけていて、女中の身の振り方はもちろんだけれど、徳川家達の養育や徳川家の存続に努力したことが紹介される。

その徳川家達だけれど、津田梅子とは従兄妹関係、家達の母と梅子の母が姉妹だったそうだ。それがどうしたというところだが、梅子は徳川家にも出入りしていたらしいから、有形無形の援助があったのではないだろうか。


「南朝研究の最前線」の記事でも政権の実務的な体制及び陣容は、鎌倉幕府、建武政権、足利幕府を通じて継続性があった、後醍醐天皇に直接逆らった鎌倉幕府役人は、建武政権では用いられなかったが、そうでない鎌倉役人は、主は変わっても、鎌倉と似た組織で、似た仕事についていた人が多いと書いたけれど、江戸⇒明治もその構図は変わらないようだ。

本書でも、江戸町奉行の仕事が明治でどうなったか書かれているけれど、要するに、役所の名前は変わっても大勢に変化はなく、同じ人が同じようなことをしていたとのことである。もちろん、政府が落ち着いていくにつれて、次第に体制は改革され、人も変わるのだけれど。

幕府がこけた、だったら奉行所も無いだろう、というわけではないのだ。江戸の人々は安定を求めていたのだろう。おかげで、欧米列強とかブラックウォーターが混乱に乗じて進駐して来ることがなくて良かったようだ。

治外法権と関税自主権の問題はあったけど。


ブラックウォーター

ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォーター――世界最強の傭兵企業」について。

61sD5v73vuL.jpg 俄かには信じられないことが書かれている本。
まるでスパイ映画か何かのような話ばかりだけれど、もちろん、そんなカッコいいものではない。

序章の“バグダッド「血の日曜日」”を読めば、アメリカの「国益」がどれだけ非道なものと結びついているのかと暗澹たる気持ちになる。
この事件は、2007年9月、イラクの首都バグダードのニソール広場で起こったブラックウォーター社員による発砲事件で、14人のイラク市民を殺害したもの。ブラックウォーター側の説明では、攻撃に対する反撃とのことらしいが、傭兵に対する攻撃などなかった、武装市民はいなかったという証言も多い。本書ではその証言をうらづける物的証拠―たとえば現場に落ちている薬莢は、イラクのテロリストが使うものではなく、ブラックウォーターが使う武器のそれしかないなど―を説明し、一方的な虐殺であったという。

ブラックウォーターは米国高官の警護任務についており、治安の乱れた地域での任務であるため、しかるべき武装をしていたわけだが、攻撃を受けたにせよ、あるいは攻撃はなかったがそれと誤認したにせよ、重大な結果をもたらした。

事件当時、日本でこれがどのように報道されたか記憶にないが、多分、米国大使館員の警護員と反米集団との間で小競り合いがあったというようなものだったのではないだろうか。そして、それを聞いた者としては、フセインは倒したけれど、まだまだ内戦状態が続いているんだなぁ、いつ平和な国になるんだろうか、と言う程度の感想を抱いていたのではないだろうか。それが傭兵部隊が起こした事件であり、戦争に付随する多くの業務が民営化されているということも知らずに。

序 章バグダッド「血の日曜日」
第1章巨万の富
第2章プリンスの生い立ち
第3章はじまり
第4章ブラックウォーター参入前のファルージャ
第5章ブッシュの家臣を警護する
第6章スコッティ戦争に行く
第7章奇襲攻撃
第8章我々はファルージャを制圧する
第9章二〇〇四年四月四日、イラク・ナジャフ
第10章ブラック・ウォーターで働くアメリカ人のために
第11章ミスター・プリンス、ワシントンへ行く
第12章カスピ海パイプライン・ドリーム
第13章チリの男
第14章「戦争の売春婦たち」
第15章コーファー・ブラック―本気の戦い
第16章「死の部隊」と傭兵と「エルサルバドル方式」
第17章ジョゼフ・シュミッツ クリスチャン兵士
第18章ブラックウォーター・ダウン
―ルイジアナのバグダッド
第19章円卓の騎士
戦争の民営化というか、民間軍事サービスの利用が進んでいるということは、以前から知らなかったわけではないのだけれど、それは兵站や後方支援というような、直接戦闘に参加するというものではないと思っていた。
しかし、実態は、本書によれば、たしかに軍の一部として組み込まれて戦争に参加するというようなものではないけれど、それよりもっとタチの悪い、軍によってコントロールされない活動をやっているということみたいだ。

その「企業活動」について、歴史やビジネススタイル、範囲など、本書で詳しくレポートされているわけだが、そのことについては措いて、もっと気になったのは、こうした傭兵部隊を使う側の問題である。

それを端的に示すのが、冒頭の事件を起こしたブラックウォーター社員は、後に米国で裁判にかけられて有罪になったらしいが、現地では一切官憲の追求を受けなかったという事実である。そしてこれは現地責任者である米国大使によって与えられた免責特権によるものなのだそうだ。

軍隊ではないので、軍法会議の対象にもならない。

まさに治外法権である。

また、この事件が起こったときは既にイラク軍は解体されていたわけだが、当然、相当数のイラク軍兵士が無職となって放り出された。彼らの処遇をどうするかは大きな問題であり、フセイン後のイラク経済の復興は占領国としても重大な課題だったに違いない。
それなのに、本書によると、米国は、イラク産業を復興するどころか、「資本自由化」と称して銀行などの経済活動を米国資本で置き換えたり、「貿易自由化」と称して関税をコントロールし、イラク人による経済復興を阻む行動をとったのだという。そのため、行き所を失った旧イラク軍兵士は、てっとり早くテロリストになる道を選ぶことになる。
そして、そのことは十分予想されていたにもかかわらず、米国政府高官の個人的利益が背景にあったのではないかという。
関税自主権をもたず、タウンゼント・ハリスが金取引で私腹を肥やしたという、幕末の日本の状態である。
「選挙で大統領を選ぶ民主的な国」と憧れた国、その国を信じてよいものか。

そしてイラクでは、正規軍の上層部は、ブラックウォーターのような傭兵部隊が好き勝手することで、現地人の反米感情をかきたてていると、苦い思いをしたのだということだ。

本書では、イラクに限らず、世界各地で活躍する傭兵部隊の歴史・ビジネスの発展、ますます大きくなる傭兵依存の実態について、詳しくレポートしている。
ちなみに米国内においても、巨大ハリケーンによる自然災害発生時には、ブラックウォーターは(たのまれもしないのに?)完全武装で出動し、治安維持活動をしたという。

それにしても、ブラックウォーターは軍隊ではないのに、これだけのことをしているわけだ。合憲とか違憲とか、あるいは活動のコントロールとか、いろんなレベルで運用が難しい武力に代わり、カネで解決できる傭兵部隊を使おうという発想は、日本のエラい人は持ってないんだろうか。

お金と感情と意思決定の白熱教室

ダン・アリエリー「お金と感情と意思決定の白熱教室: 楽しい行動経済学」について。

Okane_Kanjo_Ishikettei.jpg 行動経済学に通ずる人間の心理や行動に関わる小ネタが満載された本。
紹介されているネタのほとんどは、どこかで聞いたり読んだりしたもの、心理学や経済学で良く紹介されるもの。もちろん、テレビのバラエティでこんなことがあるというように、ネタに使われることも多いもの。

有名な「スタンフォード監獄実験」も紹介されている。
この実験についてはいろんな本で取り上げられているけれど、本書では、他の本では実験デザインとは関係がないということらしく、あまり触れられていない(なので私も知らなかった)、次のエピソードが紹介されていた。

実験を主催した心理学者自身が、この興味深い成り行きにのまれてしまい、そこで展開されている行動が危険で、中止すべきという判断ができなくなった、つまり人は環境・与えられた役割で行動することが、その観察者自身に典型的な形で観察された(Wikipediaにもその旨解説されている)


本書で紹介される、さまざまな、そして興味深い話は、もちろんウソではないのだろうけれど、これが絶対的真理であるとまでは過大評価しないほうが良いかもしれない。

第1回人間は“不合理”な存在である
 
第2回あなたが“人に流される”理由
 
第3回デート必勝法教えます!?
 ―人々の感情をどう動かすか
第4回ダイエット成功への道!
 ―自分をコントロールする方法とは
第5回“お金”の不思議な物語
 
第6回私たちは何のために働くのか?
 ―仕事のモチベーションを高める方法
そう思う理由の一つは、根拠となった実験や観察というものが良くデザインされていたか、十分な検証がなされていないようだからである。ただし、とりわけ自分の直感と異なる結果が出ているものについては、研究を否定する方向ではなくて、そういうこともあるのかもしれないと注意を払う、そういう知識として有意義だと思う。

そう考える理由の一つは、紹介されている結果は、実は対象集団の文化の違いについては考慮されていないものが多いから。

本書で例外的に文化の違いに言及されているのは(ただしジョークのようにだが)、著者自身のグループが行ったビールの試飲実験、客に4種類のビールから選べると説明して注文をとるわけだが、他人の注文を知ることが自分の注文に影響するかを実験している。
結果は、イエスである。
ただし、アメリカでは他人が注文したものを避けるが、香港では同じものを注文する。


このように文化・習慣などに違いがある場合は結果が異なる場合がある。

前にも書いたけれど、ウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」では、時給単価を引き上げた場合、労働意欲が増す国民と、労働意欲が減退する国民があることを、当時の統計に基づいて示している。


読み物としては面白いし、読んで損をするものではないけれど、断片的な実験結果の紹介だけでなくて、もう少し経済学らしい切り口や、比較行動経済学とでも言えば良いような研究も紹介してもらいたい。

自力と他力

koyama_satoko_jodoshinshu_towa.jpg 小山聡子「浄土真宗とは何か 親鸞の教えとその系譜」について。

腰巻に「『自力』と『他力』のはざまで」とある。
浄土真宗といえば、学校の歴史の授業で、「他力本願」を説いたというように教えられる。
その「他力本願」を日常語として使う場合は、他人まかせの意で、自分で努力しない、いいかげん、無責任というニュアンスで使われる。

もちろん親鸞がいう「他力本願」はそういう意味ではないことは、真宗を知らないものでも想像はできる。すべてを仏に委ねるという信心のありかたこそが尊い、そういう高次の信仰の意味であると。

その理解は間違っていないと思うけれど、本書を読むと、他力を信心するということが、いかに難しいことか、その教義を理解することが、どれほど困難なことかが、わかってくる。

他力」に対するのは「自力」だけれど、この「自力」というのが問題である。
近代人のイメージからすれば、自力とは、たとえば、病を治すのに仏や神に頼らず医療に頼るとか、スポーツで神頼みではなく自己の鍛錬で結果を出すということだと思う。
ところが本書では、「自力」とは、神や仏の力を得るための呪術、加持祈祷、そういうものが自力だと、繰り返し語られる。

序章浄土真宗の前夜
 一、平安貴族社会と密教
 二、平安浄土教の隆盛
第1章法然とその門弟
 一、専修念仏の教え
 二、呪術への姿勢
 三、弟子たちの信仰
第2章親鸞の生涯
 一、法然との出会い
 二、東国での布教活動
 三、帰京後の執筆活動
第3章親鸞の信仰
 一、他力の教え
 二、自力への執着
 三、教えの中の矛盾
第4章家族それぞれの信仰―恵信尼・善鸞・覚信尼
 一、妻恵信尼―往生への不安
 二、長男善鸞―呪術で得た名声
 三、末娘覚信尼―父への思い
第5章継承者たちの信仰―如信・覚如・存覚
 一、孫如信―「正統」な継承者
 二、曽孫覚如―他力をめぐる揺らぎ
 三、玄孫存覚―表の顔と裏の顔と
第6章浄土真宗教団の確立―蓮如とその後
 一、指導者蓮如
 二、教説と信仰
 三、教団の拡大
終章近代の中の浄土真宗―愚の自覚と現在
 一、理想化されてきた教団像
 二、浄土真宗史と家族
思うに、親鸞の時代、医療はそんなに発達していたわけではなく、医術と呪術には、現代の我々が考えているような劃然とした違いはない。我々が病を治すのに医療に頼るように、呪術に頼る、それが自力救済ということなのかもしれない。
人間は弱い存在である。病に苦しみ、死をおそれるとき、神や仏を頼みにする、それはごく普通のことのように思うのだけれど、他力の立場からは、それが自力として否定されるとしたら、とてもこの教説についていく自信はもてないんじゃないだろうか。

本書では、親鸞の教えにも矛盾があるとか、覚如や蓮如などの後継者は、教義と自分の信仰とは別だったのではないかとしている。
他力信心は、それほど難しいことなのかもしれない。


それほど難しい「他力」を推し進めたのはなぜか。
本書では、これについて、「教行信証」を読み解いて、末法思想の影響があったとする。
末法の時代には、ただ仏の教えが残っているのみであり、正しい修行もなく悟りもない。もし戒律があるのであれば、その戒律を破ることもあり得るけれども、末法の世にはすでに守るべき戒律がないにもかかわらず、一体全体どの戒律を破ることで戒律を破ったといえるであろうか。戒律を破ることすらないのに、まして戒律を守ることなどあるはずがない。
悟りをひらいて極楽往生することができないのが末法の世であるなら、自力で悟りを得ようとすることはむだということらしい。
理屈である。

浄土真宗といえば、一向一揆や石山合戦が思い出される。
信徒たちは死を恐れず戦ったという。本書では、教義や信仰から一揆が説明されているわけではないが、石山合戦に参加した信徒の旗には、「進者往生極楽 退者無間地獄」とあったという。
親鸞の教えでは、他力の信心を得たものは、その時点で極楽往生が約束されており、往生行儀などは不要であるとされているそうだ。ならば、信徒は安心して(?)、死ぬことができたのかもしれない。

本書の終章には、こんなことが書かれている。
夏目漱石 『こゝろ』
 「先生」は学生時代に下宿先の「お嬢さん」に恋心を抱いていた。あるとき「先生」は、「真宗の坊さんの子」である同郷の友人「K」とともに日蓮ゆかりの地である房州を旅した。「K」は、真宗寺院の出であったにもかかわらず聖道門の日蓮宗に傾倒しており、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と「先生」を挑発する。対する先生は「お嬢さん」への恋心ゆえにそれを笑って聞き流すことができずに「君は人間らしいのだ。或は人間らし過ぎるかもしれないのだ。けれども口の先だけでは人間らしくないような事を云うのだ。又人間らしくないように振舞おうとするのだ」と応戦した。「先生」は、自力での救済への期待を否定し煩悩にまみれた自己を自覚するよう促した親鸞の教えを援用して、自身の内面を正当化しようとしたのである。このような言葉が発せられた背景には、親鸞が妻帯を是としていたことがあるのだろう。
 その後、「K」から「お嬢さん」への恋心を告白され、なんとかそれを摘み取ろうとした「先生」は、かつての「K」の言葉「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」を逆に「K」に浴びせかけ、「K」を再び日蓮の聖道門の思想へと引き戻そうとしたのであった(野網摩利子「宗教闘争のなかの『こゝろ』」)。

そして著者はこう続ける:
 『こゝろ』では、浄土門の親鸞思想と聖道門の日蓮思想が「K」の心情変化に大きな変化をもたらすきっかけとして語られ、非常に重要な意味を与えられている。
『こゝろ』ってこんな読み方ができるとは思わなかった。

ただ、浄土門と聖道門の教義の違いは、それを知らない読者でも、「先生」と「K」のやりとりから、逆にそれを推察することになると思う。漱石はその効果を良く知ったうえで、小説の道具立てとして使ったのかもしれない。

本書の引用元はこれらしい:野網摩利子 「宗教闘争のなかの『こゝろ』」

「Kの内面世界における宗教対立と、歴史的な事実とを、その場所において一致させ、大きな問題を個人的問題として再燃させる。漱石がこのように小説を組み立てたのだ……」


知人に、家の宗旨が浄土真宗という人がいた。その人の葬式や法事では、真宗のお寺に行き、お坊さんから、真宗の教説などを聞かされたりするわけだが、真宗独特というような感じではない。それはそうだろう、一般の人に、難しい教義を説くより、故人を偲ぶ機会にふさわしい教話をするほうが良い。

他力と阿弥陀信仰、一神教のエートスに近いものまであるといわれる浄土真宗。
心の弱い私に信心できるとは思えないけれど、「教行信証」ぐらいは読んだ方がよいのかな。

「法の支配」とは何か

Hou_no_shihai_towa_nanika.jpg 大浜啓吉“「法の支配」とは何か―行政法入門” について。
岩波新書の「○○とは何か」、「○○とは何だろうか」という書名の本は、読み応えがあるものが多い。
本書もその一つだと思う。

主として憲法の成立、その作用について、各国(とりわけドイツとアメリカ)での成立史、そのときの社会状況を解説している。

本書で何度か出てくる言葉が、「国が憲法を作る」のではなく「憲法が国を作る」。憲法にあたる英語は通常、constitution(体制)であって、国のかたちを定めるものだから、その言葉は納得できる。

「(歴史的に構築されてきた)社会が憲法を作り、憲法が国家を作る」というほうが自然だと思うけれど、著者は、憲法と国家、憲法と国民(社会)の関係の基本理解を強調する意図があるのだろう。
もっとも、大日本帝国憲法には、「社会」というものは全く措定されていないというのも本書で指摘されるところである。

書名の「法の支配」というのも、法律が国を律するという漠然とした意味で使われているのとは少し違う。

著者は「法の支配」に対する概念として「法治主義」をもってくる。
第1章 社会と国家―行政法とは何か
第2章 近代国家の原型
第3章 立憲君主制―ドイツ帝国と大日本帝国
第4章 法治国家とは何か
第5章 法の支配の源流
第6章 法の支配とアメリカ合衆国憲法
第7章 法の支配と行政法
第8章 議院内閣制とデモクラシー
法治主義とは、権力(国王)の恣意的な濫用を規制するという考え方であって、権力の源泉を問わないのだという。

ということは、法治国家であっても、法の支配は受けていないという状況はいくらでも考えられ、大日本帝国はまさにその状態だというわけである。
大日本帝国の権力の源泉は、天照大神からの皇孫にして現人神である。


現代の多くの国では、権力の源泉は国民にあり、国民は基本的人権を持つものとされている。国民が暮らす社会では、さまざま人権侵害状況が起こりうるが、それを補うのが国家の役割で、そのために法が国を支配する、そこまでの含意が「法の支配」という言葉にはあるとする。
つまり「法の支配」は民主主義国でしか成り立たないわけだ。

さて、現政権の信頼が下がったことで少し遠のいたかもしれないが、憲法改正議論が騒がしい。
私自身は、必要があれば改正するのは当然だとは思っているけれど、自民党案などは、憲法で国民を規制しようとしているとしか思えない。
著者のような立場の人に言わせれば、これは民主主義を否定する姿勢であり、憲法に対する基本理解の問題であって、そのような改正を是とする理屈は、少なくとも現代の法学からは出てこないに違いない。

本書で指摘されるまで迂闊にも気づかなかったのだけれど、憲法第九十九条にはこう書かれている。

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

著者はこの条文に「国民」が含まれていないことを指摘する。そう、国民には憲法を守る義務はないのだ。
もちろん国民の義務と明示されているものは別である。著者が言うのは、権力の源泉は国民にあり、その国民が憲法により国を作っているわけだから、国民が憲法を守るというのは自家撞着にすぎないという意味だろう。


またこのところ、安保法制や共謀罪など、鋭く対立する法案が次々成立している。
国会は国権の最高機関であり、法律さえ作れば何をやっても良いという姿勢が垣間見える。しかし、本書では、次のような法理があるとする。
■実体的デュー・プロセス(due process of law)の法理

①法律制定の必要性(法律以外の方法で目的を達成できる場合には法律を作ることは許されない)
②法律の有効性(法律によって目的を達成しうる場合でなければ法律を作ってはならない)
③濫用の恐れの強い法律は作ってはならない(通信の秘密を害する一般的な「盗聴法」など)
④規定目的の明確性
⑤手段の相当性


所詮、学者の戯言、国際社会の現実も、荒廃した国民の実情も知らない奴の言う事だと、国会のセンセイ方は言うんだろうけど。

ご当地検定

B16600227LL1-crop.jpg 図書館に「第12回 京都検定 問題と解説」という本が新着棚にあったので、借り出した。

かつて、この種の検定試験のブームがあって、全国あちこちで、うちもうちもと、似たような企画がたくさん起ちあがった。これらは「ご当地検定」と括られた。
Wikipediaによると、この種の検定試験は、2003年(平成15年)9月に日本文化普及交流機構が行った「博多っ子検定」が最初で、それに遅れること1年余で、京都検定(京都・観光文化検定)が始まり、これが有名になり(京都という発信力のおかげ?)、全国的なご当地検定ブームを引き起こしたということらしい。

しかし、その後ブームは急速に下火になり、2009年の135から13年には半数近くの77に減少したという。
それほど高額な費用をかけたとも思えないが、受験者が来なくなったら、パンフレットの印刷費も出なくなるだろうから、もうやめようというのは考えてみればアタリマエ、もともと一時のお祭りのノリで始めたことだから、それほど執着もないのかもしれない。

どこの街も歴史があり、魅力があると思うけれど、最初の受験者はいわゆるイニシャル・バイアスで、数も確保できたかもしれないが、毎年、新たな受験者が出るほどの厚みというのを持てるところは少ないだろう。

その点、京都は圧倒的な文化蓄積を持ち、求心力は全国に及ぶわけで、京都検定は当分の間、続くと思う。冒頭のような本が毎年出版され、検定合格をめざす講座が催されたり、また、検定合格者への優待制度や、合格者バッジ(希望者に有料配布)があるなど、関連事業・産業の拡がりも大きい。
全国的な認知度も高いから、観光ガイドが持つべき資格というぐらいのステイタスを得るかもしれない。

他の地域のご当地検定とは権威においても一線を画すものだろう。
これに本当の意味で対抗できるものは、江戸・東京を対象とするものぐらいではないだろうか。

もっとも、私は認証ビジネスというのは嫌いである。
認証を与えられた人や企業が、認証にふさわしくないことが露呈した場合、認証機関が責任をとるというような話は聞いたことがない。
交通事故を起こしても、公安委員会や警察が免許を与えた責任をとってはくれない。
格付け機関がサブプライム・ローンに高い格付けを与えたからと言って、リーマン・ショックの責任をとったなんてことは寡聞にして聞かない(失敗には学んだようだが)。
ISO9000(品質管理)の認証は、その企業の製品の品質が高いことを保証しない。

品質管理の認証とは、品質管理という行為をしていることの認証であって、最終製品の品質とは直截は関係がない(反射的に品質を上げることが期待されるけど)。
システム開発という案件の場合、そういう企業と仕事をすると、無駄にドキュメントが増えるし、手戻りが発生したときの責任の所在を確認するためのハンコを押さされる。品質管理のきまりごとは、基本的にウォーターフォール型のプロジェクトを前提として組み立てられているように思う。
そして、私はそういうプロジェクトの進め方自体が品質を落とす元凶じゃないかと思っている。つまり、ISO9000を遵守することが製品の品質を落としているのではないかとさえ思う。(契約相手先の資格に、ISO9000を取得していないこと、としたいぐらいだ)


さて、そういう認証に比べれば、ご当地検定は罪がなく、楽しいものだ。
ところがどっこい、京都検定をパスするのはかなり難しいみたいだ(だから攻略本が出るのだろう)。
京都検定で出される問題は、正直言って、めちゃくちゃ難しい。

京都ローカルに詳しくなくても、日本国の歴史の大半を引き受けてきた都だから、歴史に詳しければ解答できるものもそれなりにあるのだけれど、余りに微細な質問の連続で、到底歯が立たない。テレビのクイズ番組などは、京都検定の級でいうなら、せいぜい5級とか6級だろう(実際には3級までしかない。上級貴族には入れない、ようやく殿上人の位)。
京都にどれだけの神社仏閣があるか知らないが、その数だけの歴史があり、由緒があり、伝説がある。それが問題源になるのだから、問題のネタは尽きない。

さらに、お茶もお花も、能も狂言も、みんな京都ネタになるのだから始末が悪い。
今のところ、現在の場所がどうなっているか、交通アクセスは、名物や土産は、そうした現場感覚・知識を問う問題はあまりないようだが、こんなものを入れられたら、書斎人には全くお手上げである。

今の級別だけじゃなくて、分野別も導入したほうが良いのでは。


地域的には、京都府全域が対象となっていて、数は少ないが、丹後の方からの出題もあるが、京都府としての配慮だろうか。
一方、山城というのは山背、山の後ろの意、奈良山の後ろ、つまり平城京からみて北側の意味らしいが、浄瑠璃寺などは京都というより奈良(和辻哲郎の「古寺巡礼」では浄瑠璃寺も含まれる)だろう。過去にこの地域の質問はあったのだろうか。

私の地元、酬恩庵(一休寺)あたりから北が京都圏ではないだろうか。
(一休さんは、ここから大徳寺まで通ったという話もある)

また、お隣の滋賀県なども、源氏物語所縁の石山寺など京都圏かもしれないが、この地域の質問はあったのだろうか。

さすがに、源氏だったら何でも、須磨・明石とか住吉とはならないだろうけど。


金券かサービス券か

ふるさと納税返礼巡り群馬・草津町長がバトル
 総務省に乗り込み
 ふるさと納税の返礼品をめぐり、総務省が4月、換金性の高い金券は控える-などを求めた通知に、日本を代表する温泉を持つ群馬県草津町の黒岩信忠町長が猛然と反発、24日に上京して総務省に乗り込み「農産物、海産物はおとがめなしで、なぜ金券がターゲットになるのか」と担当課長らを相手に論争を挑んだ。議論は平行線に終わり、25日には高市早苗総務相が会見で商品券使用を見直すよう改めて求めるなど、論争の行方は見えない。草津町に戻った黒岩町長に改めて真意を聞いた。
(産経新聞社 吉原実)
 
 草津町は現在、町内の宿泊施設などで宿泊や入浴のできる「感謝券」などを返礼品とし、昨年度の寄付額は13億2581万円で2年連続県内トップを走る。財政規模が35億~40億円のため、ふるさと納税の恩恵は小さくなく、明確な根拠がない限り「(金券の採用は)絶対に譲れない」(黒岩町長)としている。
 <以下略>
先日、ふるさと納税受入額ワーストという記事をアップしたところだけれど、ネットの情報サイトにおもしろい記事があった(右)。

私は、草津町長の言い分が正しいと思う。
総務省が言う、換金性の高い金券を控えろということは、ある程度理解できる。その金券が、たとえばAmazonギフト券とか、全国共通商品券というようなものだったら、たしかに現金還付とあまりかわらないことになるだろう。

しかし、このケースでは、総務省は金券を杓子定規に考えているとしか思えない。
草津町の返礼品の「くさつ温泉感謝券」というのは、草津温泉の宿泊や入浴、飲食、温泉街でのショッピングに使えるものだけれど、これとAmazonギフト券を同列に考えるほうがおかしいだろう。

「感謝券」は、ショッピングにも使えるかもしれないが、町民が自分の町にふるさと納税するのでないかぎり、感謝券を持って来る人は、宿泊や入浴が目当てに来町する人であって、使い切れない分を少々ショッピングに回すという程度の使い方と想像される。

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こういうものは金券ではなく、サービス券というべきじゃないのだろうか。

一般に、商品(財)は、物だけではなく、サービスもある(そして近年、その割合が増加している)。
しかし、マッサージ型サービス(*)を、遠隔地の人に売る(譲る、返礼する)にはどうしたらよいのか。

(*)サービスは、メッセージ型とマッサージ型に分類できる。
メッセージ型とは情報サービスとか、代行サービスなど、場所や時間を特定しないタイプで、マッサージ型は、マッサージや散髪、入浴など、サービスを受ける人が出向かなければ受けられないものを言う。

それには、サービス券(利用する権利)という形をとるのがもっとも簡単である。

総務省の言い分は、現代の財の取引実態を踏まえない、前時代的なものとしか思えない。
子供が、敬老の日に、祖父母に肩たたき券を渡したら、それは金券だからダメと言っているようなものだ。

そのくせ一方では「自治体ポイント」などという奇態なものを推進している。
返礼品に自治体ポイントを提供したら総務省はどう言うんだろう。


前に、斑鳩町の返礼品のことを書いた。斑鳩町では、普段公開されていない藤ノ木古墳の石室の貸切というのを返礼とするという。これなど、見事なサービス券(利用権)の譲渡の例である。

返礼品として魅力のある「特産物」がないという自治体も多いと思う。先日の「ふるさと納税受入額」で紹介した受入額ゼロの自治体も、返礼品がないのが悩みのようだった。
それならば、せめて地元に魅力ある非物的コンテンツを売りもの(返礼品)にできないか、そう考えるのは、地元の知恵であろう。

ただ、そうしたコンテンツを持たない自治体も多いのだろう。
どこの自治体にも誇るべきものはあると思うけれど、ブランドとしては認知されていない。
ふるさと納税の返礼にサービス券を配布すれば、ブランド認知に、一定の効果があるのではないだろうか。

遠山金四郎 一件落着!苦手な上司対処法」

toyama_kinshiro_chieizu.jpg 昨日に続いて、溜っていたビデオの感想。

今日は、“先人たちの底力 知恵泉
「遠山金四郎 一件落着!苦手な上司対処法」
”。

遠山の金さんといえば、史実としては、芝居小屋を廃止しようという上層部に反対し、江戸庶民の娯楽を守った、そしてそのことで庶民の人気を得て、噺が作られることとなった、そういう知識は持っている。

ただ、その上層部(現代よりずっと上下関係が厳しそう)に反対して、自分の意見を通すことができたのがなぜなのか、そこのところにまで考えが到ってなかった。

そのからくりがこの番組で明瞭な形で示されたと思う。
結論から言えば、

上司(水野忠邦)と、思いや施策の方向性は共有していると見せかけることで信頼を得、「おまえがそういうなら」関係を作ったこと。そして、上司の上司(将軍)にとりいることで、上司の我儘を制することができるようになったこと。

この二つである。

もちろん、施策の目的や方向性というものは自分自身のものを持っているわけだから、ただのへつらいやごますりとは一線を画している。

私も、長いサラリーマン生活の経験から、金さんのやりかたが効果的というのは感じる。
自分自身が金さん並に有能というわけではないけれど、上司の信頼というのは、自由に任せてもらうための最低条件である。

通常、職階が上になればなるほど、些細な部分の情報は欠落しがちで、そこは担当者の情報に頼らざるを得ない。上司が担当者を信頼しているかどうかは、担当者の情報を信頼しているかどうか(情報の真偽ではない)にほぼ同じである。

ただし、組織外から、組織内の他部門から齎される大局的な情報などは、むしろ上司のほうに多く入るから、担当者はそれをしっかり把握しておかなければならない。問題なのは、上司も含め、情報の結節点におれないような組織構成になったとき。意思決定の判断は情報をもってるものが圧倒的に有利である。外からの批判では、情報を持つ者を論破することは困難である。そのために悔しい思いをすることもある。


脱線してしまったが、情報(information)が知恵(intelligence)になる、つまり判断が加わってくるとき、そこが担当者の勝負所である。
金さんは、そうしたインテリジェンスに長けた人材であったのだろう。
番組タイトルは「苦手な上司対処法」だけれど、「上司の操縦法」とするほうがピッタリではないだろうか。

とはいうものの、いくら能吏でも、上に立つ政治家がダメで、政策の方向性がデタラメでは、できることは限られる。 誰がやっても難しい幕末政治ではあったろうが、権力志向が強く、倹約一点張りで、役人たちからも嫌われていたという水野忠邦がトップでは、天保の改革は失敗するべくして失敗したということだろう。

こういう状況では、上司はボンクラのほうが良い。「よきにはからえ」が最高である。


現代の政治家諸君は、歴史に学んでもらいたいものだ。

歴史の最大の教訓は「歴史は繰り返す」(学ばない)ということだとも言われているけれど。


藤堂高虎「家康暗殺計画」運命の決断

毎週録画をセットしている番組がいくつかあるが、NHK BSプレミアムの「英雄たちの選択」もその一つ。
ちょっと溜りぎみになって、休みの日などにまとめて視聴する。

toudou_takatora_portrait.jpg というわけで、放送日は随分前だったけれど、今日の記事でとりあげるのは、“藤堂高虎「家康暗殺計画」運命の決断”。

藤堂高虎は、NHKの他の歴史番組でも何度かとりあげられている。
仕える主君を次々に替えた、そのたびにより大物に仕え、報酬も上がる。変わり身の早さと、それでもこの人を使いたいと考える主君がいるという、忠義よりも実力といってよい武将。

本番組でもそのことが追跡されるわけだが、特にその最後の主君の変更に注目する。
それが「家康暗殺計画」運命の決断
反家康派が、前田利家の見舞いに行く家康を襲撃しようという企てがあることを知った高虎が、それを防ぐという決断。

番組の最後に、高虎の「領主の心得」が紹介されたのだが、これが印象的。
国は将軍からの預かりものである。土地は領主のものではない、人民も領主のものではない、というもの。

磯田道史氏が言ったのか、他の出演者が言ったのか定かじゃないけれど、これこそ明治を準備した理念ではないかという。
この言葉が高虎の信念だったとするなら、彼は国のかたちは、封建制じゃなくて郡県制をイメージしていたわけだ。

鉢植え大名」という言葉がある。
幕府の意向により、封地を変更されることを、鉢を動かす姿に譬えた言葉である。
今まで、大名たちが幕閣に弄ばれるものと単純に考えていた。
しかし、その内実には、二つの異なる状況があると考えるべきかもしれない。

一つは、そのとおり、大名支配を強固にするために転封するもので、対立するものの力関係が反映しているという見方。
そしてもう一つが、この高虎のように、地方支配のために配置されているというような受け止め方。

もちろん、薩摩のように頑として動かない、鉢植えじゃなくて、しっかりその領国に根を張っているところもある。
戦国国盗り合戦の残滓。(そしてこれが幕末にきいてくる)

番組では、そうした体制を分権的中央集権とし、そのおかげで、江戸幕府が明治新政府(薩長)に変わっても、トップが替わっても、国全体として大きな混乱はおきなかったという。国民国家を準備したものだとする。

これを敷衍すると、普通考えられているのとは全く違う幕末ストーリーができるかもしれない。
というのは、幕末の志士というと、国(藩)のことばっかり考えず、日本国全体を考えようという人のように言われ、幕府はその大義がわからない愚か者のように言われているわけだけれど、国(藩)のことばかり考えるような精神構造にあったのは薩摩や長州の方であって、日本国全体のことを考える精神構造を持っていたのは、鉢植え大名の方。
そして、鉢植え大名としては、日本国全体のことを念頭に置いて、敢えて反乱軍(薩長)に抗うことなく、次の世での延命を図ったというストーリーである。

もちろん、このストーリーは、高虎の領主の心得が、少なくとも幕府よりの大名には共有されていなければ成り立たない。だが、イメージとしては、幕府の前に委縮するような鉢植え大名が主流で、高虎の津藩は例外だろう。
ということは、やはり荒唐無稽なストーリー、実態は、そもそも将軍への忠義などというものはほとんどの大名が持っていなかった、かといって、実務官僚でもなく、ただ右往左往・右顧左眄、最後は付和雷同したにすぎないのだろう。

それはともかく、そうした高虎の心性をとらえたのか、番組の最後に磯田先生が、「高虎は技術官僚」というような総括をおっしゃっていた。技術を持つ役人、すなわち実務官僚の心性というのは、そのときそのときの主君には忠実に仕えるが、主君は必ずしも固定されるものではないと思う。

そのことを理解できない、あるいは裏切り者よばわりするようでは、人を使えるような大物とは言えない。豊臣秀長も徳川家康も大物だった、そういうことだろう。

役人を敵視することを政治主導だと考えて政治がうまく機能するはずはない。


南朝研究の最前線―ここまでわかった「建武政権」から後南朝まで

日本史史料研究会監修・呉座勇一編
“南朝研究の最前線―ここまでわかった「建武政権」から後南朝まで”
 について。

建武政権
天皇中心の新政策は、それまで武士社会につくられていた慣習を無視していたため、多くの武士の不満と抵抗を引きおこした。また、にわかづくりの政治機構と内部の複雑な人間的対立は、政務の停滞や社会の混乱をまねいて、人びとの信頼を急速に失っていった。

高校日本史教科書『詳説日本史 日本史B』(山川出版社、2012年)

nancho_kenkyu_saizennsen.jpg 本書の第2論稿でも引用されている建武政権に関する教科書の記述である。
混乱期であり、いろいろなことはあっただろうけれど、大略、そういうことなんだろう。私もそう思っていたし、実際、そう総括されてもしかたがないんだろう。

しかし、結果としてはそうだったかもしれないが、それは後醍醐天皇の意思だったのか、また後醍醐天皇を取り巻く人たちが無能な世間知らずだったということだったのか。
本書に収められている論稿を読むと、さまざまな制約を受けながらも、きちんと政治をしようとした姿が見える。

政権の実務的な体制及び陣容は、鎌倉幕府、建武政権、足利幕府を通じて、継続性があったという。
もちろん、後醍醐天皇に直接逆らった鎌倉幕府役人は、建武政権では用いられなかった(それは当然だろう。江戸から明治へのときに、小栗忠順が誅せられたのと同じである)。しかし、そうでない鎌倉役人は、主は変わっても、鎌倉と似た組織で、似た仕事についていた人が多いという。

ついで、建武政権が倒れ、足利幕府の世になると、やはり同じ役人が継続して行政にあたっている。なお、建武政権には入れられなかった人たちが、足利政権では返り咲いている例もある。

ロシア革命で、官僚を粛清しようとした革命政府の活動家に対し、そんなことをしたら革命は失敗するとレーニンが諭したらしいが、既存の秩序を利用しなければ、革命は失敗するものらしい。建武政権も、好むと好まざるにかかわらず、既存行政機構を温存したのだろう。

役人を、君側の奸とか不効率の元凶と決めつけて、彼らを遠ざけると政治は失敗する。役人の自己愛や愛国心につけこんで、言うことをきかせる度量と知恵が、為政者には求められる。政治主導とはそういうことなんだろう。政治家が役人を怒鳴りつけるのは、ただのパワハラである。


はじめに
 建武政権・南朝の実像を見極める
呉座勇一
 
第1部 建武政権とは何だったのか
1 【鎌倉時代後期の朝幕関係】
朝廷は、後醍醐以前から改革に積極的だった!
中井裕子
2 【建武政権の評価】
「建武の新政」は、反動的なのか、進歩的なのか?
亀田俊和
3 【建武政権の官僚】
建武政権を支えた旧幕府の武家官僚たち
森 幸夫
4 【後醍醐と尊氏の関係】
足利尊氏は「建武政権」に不満だったのか?
細川重男
 
第2部 南朝に仕えた武将たち
5 【北条氏と南朝】
鎌倉幕府滅亡後も、戦いつづけた北条一族
鈴木由美
6 【新田氏と南朝】
新田義貞は、足利尊氏と並ぶ「源家嫡流」だったのか?
谷口雄太
7 【北畠氏と南朝】
北畠親房は、保守的な人物だったのか?
大薮 海
8 【楠木氏と南朝】
楠木正成は、本当に“異端の武士”だったのか?
生駒孝臣
 
第3部 建武政権・南朝の政策と人材
9 【建武政権・南朝の恩賞政策】
建武政権と南朝は、武士に冷淡だったのか?
花田卓司
10 【南朝に仕えた廷臣たち】
文書行政からみた“南朝の忠臣”は誰か?
杉山 巌
11 【中世の宗教と王権】
後醍醐は、本当に“異形”の天皇だったのか?
大塚紀弘
 
第4部 南朝のその後
12 【関東・奥羽情勢と南北朝内乱】
鎌倉府と「南朝方」の対立関係は、本当にあったのか?
石橋一展
13 【南朝と九州】
「征西将軍府」は、独立王国を目指していたのか?
三浦龍昭
14 【南北朝合一と、その後】
「後南朝」の再興運動を利用した勢力とは?
久保木圭一
15 【平泉澄と史学研究】
戦前の南北朝時代研究と皇国史観
生駒哲郎
 
あとがき生駒哲郎
建武政権は、恩賞においても、役職においても、武士を重んじなかったという説についても、武士への恩賞はたしかに公家より遅くなったが、それは権利関係が複雑だったという事情があり、武士を低く見たからと断言することはできないという。また、その恩賞や、争論をおさめる行政機構には、前述のとおり、旧鎌倉幕府の役人も、倒幕の英雄、楠木正成なども参加している。それは、武士が入っていなければ、実務が滞るからだろう。

足利尊氏が、重んじられなかったので不満を持ったから叛乱を起したというのも違っていて、尊氏を多くの所領を得ているし、官位は、建武政権下で既に従二位になっている。

ではなぜ尊氏がそむいたのか。本書を読んでいると、結局、時の成り行きとしか言いようがないみたいだ。
歴史の流れは、天皇家・公家ではなく、武家の世へと進んでいる。その武家の棟梁が、たまたま尊氏だったにすぎなくて、尊氏が、重んじられなかったとか、他の武士や家臣のために立ったとか、というのは、尊氏の過大評価というか、成り行きと言ってしまうと無責任なようなので、何らかの必然性を主張したかったからではないだろうか。
実力を持つ武士階層が国を治める、その大きな歴史の流れで、成り行きだけれど、たまたま実力も血筋もふさわしかった人がいた。

楠木正成は、武家の棟梁たる位置にいなかった。
その楠木正成についても、本書の論稿では新しい知見が示されている。
楠木正成という武士は、「河内の悪党」という話で、せいぜいが土着の土豪で、悪事もやる、やくざみたいなものと理解していたのだけれど、どうも最近の研究では違うようだ。

くすの木の ねハかまくらに成るものを 枝を切にと何の出るらん」(楠木の根っこは鎌倉に成っているのに、なぜわざわざその枝を切りに出かけるのだろう)と、千早城に籠もる正成の討伐に手こずる鎌倉幕府軍を揶揄した当時の歌があるそうだ。つまり、当時の人々は、正成は、元は鎌倉武士だと認識していたという。
本書では、推定と前置きしているが、楠木氏はもとは北条氏の被官であり、長崎氏の領地長崎州(静岡県)にある楠木村が名字の地であり、北条氏から河内の地へ遣わされたものという可能性が高いとする。

そして新田義貞も尊氏の家臣にすぎなかったとも。
新田が足利と並ぶ源家の名族というのは、尊氏を逆賊とする史観から出ているのではないか、そういうことである。

それに、南北朝が並び立ったということ自体、かなり南朝に肩入れした言い方なのではないか。

南朝を正統とする史観では、南北と並べることを嫌って、「吉野朝」ということがあるらしい。

あるときは直義が、次には尊氏が南朝をかつぐ。
北朝も尊氏の傀儡だけれど、南朝も結局、武士の勢力争いのなかで、いいように使われた存在でしかない、つまるところ、そういうことのようだ。

建武政権が崩壊し、南北朝に分かれて、戦闘がたびたび繰り返され、京都が南朝が押さえたとか、北朝が取り返したというわけだけれど、領地をめぐって全国が争ったという感じでもない。
南北朝時代に、南朝を支持する人は必ずしも「南」に居たわけではなくて、たとえば海運に携わる人は、同じ海で、北朝方、南朝方がいたようだ。
同じ寺でも、北に肩入れする勢力、南を支持する勢力が並んでいたところもあるという。
いわば、隣は北、うちは南なんてことがあったのでは。
両朝の勢力図といっても、劃然としたものではなく、かなり流動的で、モザイク状だったのではないか。

本書は、ある程度時代の劃期に沿ってまとめられているものの、さまざまな事実が結び付けられて、ストーリーとして語られているものではない。素人には、そうした通史みたいなものが欲しいところ。
とはいっても、歴史家という人は、推定なら書けるだろうけれど、想像では書かないだろう。
そこは小説家の出番なのかもしれない。

池上さん、こういう突っ込みをしませんか

sub-buzz-1276-1499012227-7.jpg 先日の東京都議選で、池上彰氏がキャスターをつとめた開票特別番組で、下村自民党都連会長とのやりとりがあった。

私も番組は見ていたけれど、そのやりとりがネット記事になっている。
⇒テレビ東京の選挙特番で……(BuzzFeed)


加計学園からの献金問題について、下村会長の説明は、「200万円の献金は事実だが、加計学園の秘書室長が、たまたま上京するときに、11人分を預かって来ただけ。1件20万円未満の献金なので、政治資金収支報告書に掲載しなかった、違法でも何でもない」というものだった。

これに対し、池上氏は、数字が不自然(200万円だから10じゃなくて、11で割らないと20万未満にならない)こと、なぜ銀行振込という方法をとらなかったのか、などと追及していた。

多くの人は、池上氏と同様の疑問を感じているのではないだろうか。

この説明を聞いて、それなら11人の名前を公表したら良いじゃないかとか、政治資金規正法はザル法だという感想を持ったけれど、ふと考えると、11人分を預かってきたということは、献金のとりまとめそのものじゃないだろうか。

もし、下村会長の説明が通るのなら、会員がn人の組織だったら、(20万-1)×n 円の献金は、政治資金規正法での収支報告書に記載しなくて良いということになるのでは。

もちろん組織として献金しちゃいけないから、「会員のみなさまでご賛同いただける方がありましたら、とりまとめさせていただきます」という形でやらなくちゃいけないけれど(その形さえ整えればOK)。


政治資金規正法がザル法というのはその通りだろうけれど、こういう悪知恵に長けた人たちが多ければ、ザルの目は際限なく疎くなる。
池上さん、そういう突っ込みもあると思います。

東京都議会選挙

昨日、東京都議会選挙が行われた。
自民党の大敗(改選前57⇒23)。
東京都議会の選挙区は、中ないし大選挙区になっているようだから、もし小選挙区だったら、10を切ったのではないだろうか。

2017-07-03_084845.jpg

みやこから遥かに遠い東国のことなので、私の暮らしに直接どうということはない。
とはいえ、実質的に全国支配をしている関東のこと、一地方自治体の選挙といえども、全国的な注目の的である。
メディアでも(メディアも多くは関東中心に情報発信している)、連日、この選挙の様子を伝えていた。

なかでも、注目されるのは、関東政権の親玉の街頭演説で、多くの都民が「辞めろ」と、大合唱、中にはプラカードを用意している人もいたこと。何でも、親玉にはそんな風景を見せてはいけないと、青年団という人たちが、体を張って、また幟を掲げて、敵対者の姿を隠していたという話である。

この状況を民主主義の否定と言った政権側の人がいるが、「自衛隊からもお願いします」と同じくらい酷い暴言だと思うが、ご本人は、これが暴言という認識はお持ちじゃないようだ。

そんな状況でも、この親玉は、自らの政策を美化する修飾語を連発して、威勢(虚勢?)を示していた。

ただこの親玉を擁護するわけではないが、どこの政党・会派の演説も、空虚な修飾語だけでできている。
寄席の社会批判ネタをひっくり返しただけのものである。

「マニフェスト選挙」という言葉もあるが、そもそもマニフェストなるものが、フィージビリティを無視したものばかりなので、修飾語が文章化されたにすぎないように思う。
「都民ファースト」って、具体的にはなにがファーストなんだろう、そこはさっぱりわからない。

メディアの報道も、おもしろがっているようにしか見えない。
選挙報道番組で、選挙の一つの論点となりそこねた豊洲市場(これが論点になるという予想のもとで取材したのだろう)が紹介されていて、興味深く見せてもらった。
さすがに金のかかった施設である、美しく、環境にも配慮され、-60℃の冷凍庫とか、立派な施設が紹介されていた。豊洲移転問題の報道のときに、この姿をきちんと報道していたら、豊洲移転を早くという意見が相当増えたのではないだろうか。

有権者が判断材料とできる情報の多くはメディアが届けるものである。
そのメディアも、例の親玉を支持するところは、政権に不利な問題については論点をずらす報道をし、批判するところは予断にみちた報道をする。そんな風潮が蔓延しているように思う。

小池都知事には、都民ファーストなんて言わずに、まず東京都を不交付団体にすることを公約してもらいたいものだ。
日本中の富を集めていて、それでも足りず交付税をもらおうなんて、一体どういう了見だ。

中央銀行は持ちこたえられるか

河村小百合“中央銀行は持ちこたえられるか ──忍び寄る「経済敗戦」の足音”

Chuo_ginko_wa_mochikotaerareruka.jpg 金融政策に詳しくないので、この本に書かれていることは、ちゃんとは理解できない。

新聞記者も同様だと本書の著者は言っている。
日銀の記者会見や資料提供に対し、わけのわからん質問をしたり、的をはずした記事を書いているという。

ただ、素人でも、引用されている図表を見ていると、どうして日本だけ、こんなに異常なんだろうという気持ちになる。
先年破綻したギリシアよりも、数値としてはもっと悪い。

日本国の財政危機については、多くの人が不安に思っていると思う。
「日本の借金時計」なんていうページもある。
国の借金とは、国債である。
そして、前から指摘されていることだが、この国債のかなりの部分が、日本銀行に保有されている。
その額約400兆円。しかも、毎年80兆円ぐらいずつ増えるという。

日本銀行「第132回事業年度(平成28年度)決算等について」


良く知られているように、日本銀行が国債を引き受けるのは法律で禁止されている。
戦時中、国の戦費捻出に戦時国債が発行され、それを日銀が引き受けた。それに相当する日本銀行券が政府に入り、それが市中で戦争資材の購入や兵隊の給与として使われる。日銀券の発行額が膨れ上がり、当然、これはインフレ要因にもなる。そうした財政規律もなにもない国政を行わないために設けられた制約である。

その制約があるから、現在は、一旦、市中銀行が国債を引き受ける。国債の利ざやが目的ではない。はじめから日銀に買ってもらう前提で買う。迂回引き受けと言うべきもの。(脱法行為だよね)

ただ、今は市中銀行の日銀当座預金が膨大な額になっていて、あんまり日銀券が増えるということでもないらしい。素人だからよくわからないが、インフレ誘導がうまくいかなかったのはそういうことだろうか。マネタリーベースを増やしても、マネーサプライが思ったように増えないということも本書で指摘されている。(外国の中央銀行は、日本の異常な金融政策とその結果を評価して、同じことはやらないとも)
結局、アベノミクスをやっても実体経済がついてきていない、それだけ市中での投資需要がないということかもしれない。
バブルの少し前に、金余りといわれた時期があった。それを記憶している人は、バブルを起したいと思っているのでは。


デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携」というやつがこれかな。
で、どっちも実現されず、残ったのは国債の山というわけである。

もちろんそういう政策をやってなかったらもっと酷いことになってたという意見もあるだろうけど。
しかし、こうした政策をやって、実体経済、すなわち民間投資が喚起されるのなら、出口(この異常事態の終結)が見えるのだろうが、一向にそうした気配がないようだ。


今の状態が良いと考えている人は、一人もいない。ただ、問題を先送りできると考えている人、一刻も早く解決に乗り出さないといけないと考えている人がいるということらしい。

第一章 わが国の政策運営の油断と慢心
第二章 「財政危機」のあり得るシナリオ
第三章 欧米諸国と日本「財政・金融政策」比較
第四章 金融危機後の「金利ゼロ」の世界と「量的緩和」
第五章 中央銀行は持ちこたえられるか
第六章 財政破綻のリアルⅠ-欧州債務危機の経験から
第七章 財政破綻のリアルⅡ-戦後日本の経験から
第八章 蓄積され続けるリスクと遠のく正常化
第九章 なぜ掟破りの政策運営は“放置”されてきたか
第十章 子どもたちの将来への責任
ギリシアなどの財政破綻が起こると、GDP比でも国債残高がそれよりも多い日本は大丈夫かという声が出てくる。
それについて、今まで聴いていた意見は、国債は日本国内で保有されているから、海外投資家が投げ売りをして暴落する心配はないということだった。
ところが、本書によると、日本国債の金利が低すぎるから、海外投資家が買いたがらないだけだという。
そして、ギリシアのようにはならない、ということは、外国からの借金を踏み倒したギリシアのような形にはならなくて、踏み倒されるのは日本人ばっかりになるということらしい。

もし日本銀行が破綻したらどうなるか、これについて、同じ著者が、“「戦後80年」はあるのか―「本と新聞の大学」講義録”の「第七回 この国の財政・経済のこれから」に書いていた。
本書は、それが出版された後、出版社からの依頼で、詳しい解説として書かれたものという。

はじめに書いたように、私には金融政策は良くわからないのだけれど、破綻したらどうなるのかは、本書である程度、感じ取れる。

昔、両親が健在だったときに、戦後の「新円切換+預金封鎖」の話を聞いたことがある。お金なんか使えんようになったんやで、という話である。
私の両親は、その頃はまさに社会人生活のスタートラインにあったわけで、資産というものなど全くなかったから、財産税も預金封鎖も、本人たちにはあまり致命的な影響はなかったらしい。

しかし、今の時代、多くの高齢者が財産を貯め込み、年金で暮らしている。
戦争で、何もかも失った、国中が、一からスタートしようという時代とは違う。

今のところ私の収入はまだ勤労収入が主で、年金収入はその半分にもならないのだけれど、近いうちに主たる収入は年金になる。そして、もし年金制度が破綻したら、暮らしの見込みが立たなくなるわけだ。


先行きが短くなるということは、可能な生き方も少なくなっているということである。
せめて現状維持ができてほしい、それが多くの高齢者の気持ちに違いない。

若い人たち、将来には不安を持っているだろうけれど、若いということは、柔軟性があること。人生をこれから選択し、組み立てていけるということ。
(われわれ年寄りの)未来は君たちにかかっている、ガンバレ、もう少しだ。

ところで、政府が破綻するときは、インフレで債務を減らすんだろうけれど、そのときは日銀が保有する国債は大暴落、日銀も一緒に破綻するんじゃないだろうか。
「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携」ですな。

結局、豊洲におちついた

map_tsukiji.png 昨日、勇み足覚悟で、築地市場の豊洲移転が決定と書いたけれど、昨日午後には、正式表明がなされた。
やっぱりこれしかないわな、である。

そして、やはり、築地は再開発して利用するのだという。
「築地ブランド」は貴重な財産だからだという。

迫る都議選を慮って、移転反対派にも媚を売ったというのでは、姑息に過ぎるから、何らかの目算はあるのかもしれないが、二重投資にならないのか、やはり、他所のこととはいえ、気になる。

一連の騒動を見ながら不思議に思ったことがある。
築地といえば魚、水産卸が思い浮かぶけれど、ここには青果部もある。一方、東京都の市場は全部で11あり、食肉市場は芝浦にある。
築地の豊洲移転というフレームで考えていたけれど、それだけの市場があるなら、市場全体としての配置というようなことは論じられたのだろうか。移転先の選定にあたっては、その面積も大きな判断材料だと思うのだけれど、築地の水産部、青果部はセットでなければならなかったのだろうか。
水産物と青果物では、扱う業者も違うだろうし、物流ルートも違うだろう。使われる水にも、淡水と海水の差があるなら、設備も違うだろう。

もちろんそんなことはとっくに検討されていたのだろうけれど、一連の報道では、そうした説明を見たおぼえがない。
むしろ、築地を移転させる先としては、面積的に豊洲しかないという説明ばかり。
そして、ここへきて、築地も売り払わずに活用の途をさぐるんだという。
やっぱりしっくりこないなぁ。

ようやく豊洲におちついた、けれど

先週末、週明けに豊洲移転を表明か、という報道があったので、そのつもりでニュースをチェックしていたけれど、今のところ、まだそういうニュースはない。昨日のニュース番組では、豊洲移転して5年で築地に戻る話もあるとかだったが、まさかそれはないだろう。50年後だったらまだしも。

ということで、ここは勇み足を覚悟で記事にすることにした。予想が当たれば、それしかないわなということになろうし、予想が外れてもご愛敬ということでご容赦願いたい。
では、以下、架空のニュースに基づく記事。

tokyoto_toyosu_b-10_02.png 東京都の小池知事が、懸案の豊洲市場移転問題について、ようやく決断した。
当初予定通りの豊洲への移転、それと築地の有効活用という。

前者は、問題の本質(汚染問題)が明らかになるにつれ、真っ当な選択だろう。後者については、ここまでゴタゴタした以上、何らかのお土産(実効性があるかどうかは別として)を業者に渡さないと、引っ込みがつかないということだろう。築地での説明会では「築地ブランド」を強調していたから、予想されたこと。

私も、遠い関東のことであるけれど、世間並みの関心をもって、記事にも書いた。
はじめは、「落としどころが見えてきたかな」として、豊洲市場に実体的な問題はなく、部分的な改善で終えるだろうという予想だった。
それが、「落としどころが見えなくなったかな」として、新たな汚染が大きく報道されて、簡単に豊洲と言いにくくなったと書いた。悪ノリで、基準の79倍という汚染は、仮に呼吸する空気の汚染にみたてたら、麻雀部屋程度という計算もしてみた

もっとも、落としどころがみえなくなったのは、問題がこじれたことで、問題の所在を見つめれば、結局、豊洲移転が結論だろうという感じはずっとしていた。
本当の問題の所在は、豊洲が汚染で危険な状態かどうかという一点のはずである。
そして、報道各社が騒ぎ立てる「基準」というのは、その汚染水を飲用した場合のもので、冷静に考えれば、問題はないということになるはずのもの。

だから、最初は「落としどころが見えてきたかな」だったのだけれど、そうした冷静な議論は、当局にはあったのだろうけれど、報道はそれでは面白くないのだろう、議論を落ち着かせるとか、熟慮するという方向ではなく、騒ぎを盛り立てた。


toyosu_o-KOIKE-570.jpg もちろん、最初に関係者や都民を欺こうとしたことが問題を拗らせたわけで、その責任は重いと思う。
一言で言えば、「東京都の役人って、ヘタくそ!」である。そんななめた行政をしたのは、役人の傲慢さのあらわれだろう。

そして、本質的な問題について関係者・都民の誤解を解こうとせず、その誤解にもとづいて、再検討に時間をかけた新知事は、そのヘタな役人から本当のところをちゃんと問いただしたのか。それとも、都政批判のネタとして使いたかったから、意図的にそうしたのか。

もし豊洲移転ができなかったら、既にできている施設をどうするか大問題。
とりあえず東京オリンピック2020のメディア・センターにでもするか。
その後は、それで整備されたITインフラを活用して、技術者がすぐに来れるという立地を活かして、開発や業務システムにも対応したデータセンターにするとか。


ただ、問題は汚染だけではない。
計画時点から、豊洲市場は赤字運営が前提になっているらしい。
関係業者にとっては、汚染が問題で、市場の赤字は気にとめないかもしれない。
しかし、都民はどう考えるだろう。

「その日暮らし」の人類学

人類学は、その初期は、異文化社会の征服に資することを目的としていたという。
人類学の古典とされる著作は、その土地の習慣やライフスタイルを記述して、効果的に支配をすすめるための知識を提供する。
有名なルース・ベネディクト「菊と刀」は、日本に勝利し、統治することを展望した研究が基礎となっているといわれる。

さて、小川さやか“「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済”について。
著者の専門は文化人類学、なかでも都市人類学という。その都市における文化を研究する。
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文化人類学というと、未開の部族の研究をイメージするが、そもそも文化は人類が共通してもつもので、、さまざまな文化の研究がある。
学生のときに、文化人類学の講義では、最初に「文化」の定義が行われる。
ある集団の文化とは、その集団内で、

  • 創造され(created)
  • 共有され(shared)
  • 継承され(heritated)

るものと定義される。
従って、集団のとりかたによって、ある部族の文化、日本の文化、地域の文化、学生の文化、というような使い方もでき、集団をヒトに限らずに、幸島のサルの文化、ということもできる。そして、実際、文化人類学の講義は、そのように進められていた。


とっつきにくい本だなぁ、というのが読み始めの感想。
言葉が空回りしているような印象。
言葉がシンボリックに使われても、読者側に、その言葉に付随する意味に対する知識が不足しているからだ。

ところが、本文に入ると、急に親しみがわいた。
掛谷先生(教養の自然人類学でこの先生の講義を聴いていた。講義中に煙草を喫い、学生にも喫いたかったらどうぞという。アフリカの一部族では呪術師として生活していたとか)の話がでたこと。

もう一つは、「ピダハン」の話が紹介されたこと。(ピダハンについては、⇒エヴェレット「ピダハン」

ピダハンは、すべての部族に何らかの形で共通に存在すると考えられていた「神」を持たない。すべての知識・情報は、その場において意味を持つ形でのみ発せられ、ほとんどの抽象語が、数詞すら無い。驚くべきことに、ピダハンの言語には再帰的な構造がない。つまり括弧でくくる操作がない、「魚がいる」はあっても、「私は『魚がいる』と思う」という表現はないことを意味する。

ピダハンこそ、究極の「その日暮らし」(Living for today)として(短く)紹介される。
つまり、「その日暮らし」というもののベースがここにあるようだ。

プロローグLiving for Todayの人類学に向けて
第一章 究極のLiving for Todayを探して
第二章 「仕事は仕事」の都市世界
――インフォーマル経済のダイナミズム
第三章 「試しにやってみる」が切り拓く経済のダイナミズム
第四章 下からのグローバル化ともう一つの資本主義経済
第五章 コピー商品/偽物商品の生産と消費にみるLiving for Today
第六章 <借り>を回すしくみと海賊的システム
エピローグLiving for Todayと人類社会の新たな可能性
経済学では、経済人(ホモ・エコノミクス)という人間像が基本になっているといわれる。
そして近代的な経済人というのは、計画的で、時間厳守で、勤勉である。(⇒大塚久雄「社会科学における人間」

どこまで徹底しているかはさておき、そういう人間に違和感を持たないというのが、おおかたの日本人だと思う。
ところが、著者の調査フィールドであるタンザニアでは、どうもそうではないらしい。というか、上記のような性質があるとしても、我々が考えるようなものとは違っている。

誤読・誤解をおそれず簡略化すると、「その日暮らし」というのは、蓄積をしないということになる。
本書のサブタイトルは「もう一つの資本主義経済」なのだが、普通イメージする資本主義というのは、蓄積がなければ興らない。勤勉なホモ・エコノミクスが貯えた富の存在が、資本主義の勃興期を支えたという。
本書が言う資本主義では、資本は蓄積するのではなくて、儲けを手にしても、すぐガラガラと崩れてしまうようなもの。人のネットワークはあるが(そしてそれが生きる保障、セーフティネット)、組織を構築したりはしない。

典型的なのが借金のありかた。ここでは、借金と贈与には、ほとんど違いがない。

ただし、人類学的には、そもそも贈与とは借りという感情を伴うものとされるらしい。

困ったら借りる、しかし、貸した側も返せとは催促しない。貸した側が困っても、貸した金を返させるのではなく、別に貸してくれる人を探すという。
これを「<借り>を回すシステム」という。

アフリカではスマホが急速に普及しているそうである。有線ネットワークの整備が困難な状況で、モバイルの方が整備しやすいというインフラ側の事情もあるためらしい。

子供たちがゲームばっかりしたり、SNSにはまるなど、日本と同じ状況になっている。
そう言えば、以前、アフリカの視察団の方から、そうしたスマホの問題点について、日本ではどのように対処しているのかという質問があった。


そして、このスマホで電子送金システムが普及した。
今までの「<借り>を回すシステム」の文化を壊すのではなく、それをベースとして、効率よく、迅速にシステムが回るようになったのだそうだ。

それと、この「その日暮らし」経済と、中国の商売が、実に相性が良いらしい。
実際、アフリカと中国の間の人の往き来、商品の行き来はかなり分厚いと書かれている。

(中国という国家がアフリカに投資するという、国家政策の話ではない。)

「その日暮らし」の経済においては、アフリカと中国の商人の商売には親和性があるらしい。ただし、「<借り>を回すシステム」のような、人間のネットワークや信頼関係があるわけではなく、「その日暮らし」、「その場限り」の取引関係である。
コピー商品、フェイク商品、不良品や不誠実な取引、それらもすべてこの取引、こうした取引だからこそ、含まれる。

アフリカで商売を考えるなら、このしたたかさは知っておかなければならないだろう。
ただ、それらは決して閉鎖的なものでも、富の蓄積をベースにした固定的な体制でもないようだから、排除の論理はなさそうだ。近代資本主義に慣れた感覚で相手をなじってはいけないけれど。

それにしても、結局のところ儲けも一時のこと、貧しさが基調にある、蓄積がないのもその結果、みんなが貧しいから<借り>を回すしかないというだけかもしれない。
それでも、そこに文化というかライフスタイルがある、それは間違いないことだけど。豊かになったら、この文化はどう変容するのだろう。

共謀罪

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NHKホームページから
昨日、「共謀罪」を新設する「改正組織犯罪処罰法」が成立した。

この法律について、部分的な報道しか見ていないし、基礎知識も欠如しているから、賛否についてはこの際措く。

というか、この話題にふれること自体、あんまり気乗りしない。反対を表明したら、将来、反政府の要注意人物にされるかもしれないし。
ただ、歴史的な日になるかもしれないので、一応、記事にとどめておこうということである。(決して政府に反抗しているわけではありません、最後まで読んでいただければご理解いただけると思います。)


報道では、といっても報道機関によって随分違うようだけれど、多くの論点があったのだけれど、国会での議論は尽くされていないという感じは、やはり否めない。

とりわけ、政府・与党側の説明と、野党側の主張には、見解の相違とか、イデオロギー的対立というようなものではなくて、客観的事実として、どちらの説明が正しいのかと考えさせられる差があるように思った。

たとえば、パレルモ条約の締結には、この法律が必要という政府説明に対し、一部の弁護士は、不要だという。
また、パレルモ条約は、条約案作成に携わった人は、マフィアなどの組織犯罪が対象でテロを想定しないというのに、政府はテロ防止が目的だと説明する。
この法律に疑念を表した国連特別報告者に対しても、政府の説明(一私人にすぎない)と、国連側の説明(人権理事会から任命され、人権状況について調査・監視・報告・勧告を行う専門家)が食い違う。
繰り返すが、どちらが正しいと言っているわけではない。どちらかがウソをついているとしか思えないほどの食い違いがそのままというのが解せない。

最大の争点の一つ、一般の人が共謀罪の対象になることはないと政府は言うけれど、戦前の治安維持法の時も、この法は善良な国民を取り締まるものではないという趣旨の説明が行われていたそうだ。
「治安維持法は当時、適法に制定されたものでありますので、同法違反の罪にかかります、拘留・拘禁は適法でありまして、また、同法違反の罪にかかる刑の執行も、適法に構成された裁判所によって言い渡された有罪判決に基づいて、適法に行われたものであって、違法があったとは認められません」
金田法相発言(衆院法務委 6月2日)
これに関して、政府は、治安維持法で厳しい取り調べ(拷問)を受けた人も、適正な手続きで法に則って行われたもので問題はないと答弁しているらしいが、法理としてはそうなんだろう。治安維持法による取り調べの対象になったとしたら、それは善良な国民ではない疑いがあるということだから。
もし、一部に理不尽な取り調べがあったとしても、下級役人による運用上の過ちとされるだろう。(これも忖度の構造。「上の好む所、下これよりも甚だし」、あるいは「虎の威を借る狐」だろうか。)

逆に、第二次大戦中、音楽の好きなドイツ将校が、アレクシス・ワイセンベルクを母とともに収容所から連れ出して放置(逃亡幇助)したという。これは美談か、それとも国家への反逆だろうか。


「疑わしきは調べる」は必要だと思うけれど、逮捕拘引さえすれば罪状は後からなんとでもなるとか、無実の人を捕まえたら批判されるから、捕まえた以上有罪にしなければならないというような運用は困る、そう考えるのが普通だろう。
国会で論が尽くされなかった点、たとえば一般人は対象にならないというのを口先の説明で終わらせず、どうやって担保するのかなど、政府説明どおりの運用がなされるよう、きちんとしたルールを定めること、それが政府、国会、裁判所、そして、国民みんなの仕事だと思う。
それがうまくいって、昨日が歴史的な日とならないことを願う。(既に6.15は別の歴史的な日だけれど)

この国の政府は見苦しい

森友学園に続いて、加計学園と、怪しげな話が連続した。
そして、「総理の意向」という文書があるという前文科省事務次官の証言が飛び出して、一旦は、官房長官が存在を否定し、文科大臣は文書の存在は確認できないと言い、それについて調査する気もないと言う。
これで押し切るのかと思ったら、複数の文科省職員が、文書は存在するという証言が出てきて、一転して調査するという。

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なんともできの悪いストーリーである。
オペラなら、真実を知らない間抜けな登場人物が、なんか変だと思いながら、うやむやのまま事が進んでいく。

この間抜けな登場人物は殿様なのだが、最後まで、だまされたままで、それでも結局大団円となる(フィガロの結婚)。


ところが、今回は、この間抜けな登場人物というのは、日本国民のことなのだ。大団円にもなりそうにない。

この問題、総理が何か直接、指示・命令をしたというようなことは多分ないと思うけれど、役人の側に忖度があったかといえば、それはそれなりのものがあったんだろうというのが、多くの人の感想だろう。
中には、プロセスはともかく、というか、そもそも獣医学部の新設を抑制してきた文科省が間違いだから、今回の加計学園問題は、結果的には良いことだと言って、問題をすりかえようという人もいる。
獣医師の需要からみて、獣医学部の新設抑制が適切かどうかと、それが特定の事業者にだけ認可を出すということは別の問題だろう。しかも、選定にあたって、途中でルール変更(「広域的に」の文言追加)をしているのだから。

そうした結果論は、この際措くとして、見苦しいとしたのは、「総理の意向」文書の存在に対する、官邸・文科省の対応。
存在するかどうかについては、官邸も文科省も、もし存在するなら、間違いなく知っていたはず。それを、確認できないと説明したわけだが、隠しおおせると思ったんだろうか、それとも「無い」といったら嘘をつくことになると、少々の引っ掛かりがあったのだろうか。あまりに見苦しい態度だと思う。

そもそも情報公開というのは、政府の意思決定を事後的にチェックできるようにすることが制度の趣旨である。
なんでも、意思決定過程の文書は出さなくて良いなどと言った人がいるらしいが、正確には、現在、意思決定の過程にあって、公開すると意思決定が歪むものは出さなくて良いということである。

そんな簡単な法理を無視(無知?)して、苦しい説明を平気でするという態度からは、最後は数の力で押し切り、うやむやにしてしまえるという慢心を疑ってしまう。

情報公開といっても、運用は難しいと思う。
ある自治体では、複数人が共有すれば、メモであっても公開対象となる。それを完全にやりとげることは到底無理だとは思う。なぜなら、そうしたメモが公開対象になるからといって、すべて保存管理することなど不可能だから。しかし、その姿勢というものが重要で、公文書として管理されていないとしても、そうしたメモがあるなら公開すべきであるという判断がなされるべきだろう。
もちろん、管理していない文書であれば、不存在として公開拒否はできる。おそらく、今回の件も、最後はそうした決着になる可能性は高い。
そのときにこそ、公務員の矜持が問われることになるだろう。

今の国会の様子だとしたら、多数決で押し切り、うやむやになるという決着が見える。
なんといっても「国権の最高機関」だから。

ポピュリズムとは何か

先日のフランス大統領選では、ポピュリズム政党といわれる国民戦線のルペン氏は敗れた。
その前、こちらも心配されていたオーストリア大統領選でもポピュリズム政党は敗北している。
昨年のBrexit、イギリスのEU離脱国民投票が、世界を驚かせ、この流れが各国に波及するのではと心配されていたところである。

そういうと、ポピュリズムは悪と断じているように聞こえるが、それはメジャーなメディアの意見にすぎないかもしれない。というのは、ポピュリズムはそもそもエリートを敵視しており、敵であるジャーナリズムによる評価なのだから。

ポピュリズム【Populism】
①1890年代アメリカの第3政党、人民党(ポピュリスト党)の主義。人民主義。
②(populism)1930年代以降に中南米で発展した、労働者を基盤とする改良的な民族主義的政治運動。アルゼンチンのペロンなどが推進。ポプリスモ。
(広辞苑第五版)
そもそも辞書をひけば、ポピュリズムという言葉は必ずしも悪とされていない。
ただし、マスコミ用語としては、ポピュリズムの日本語訳は「大衆迎合主義」とされたりしていて、あんまり良い訳はあてられていない。「迎合」というと、自分には確たるポリシーがなく、単なる人気取りのような印象になる。(もっとも、私は「迎合」ではなくて、大衆を扇動する政治手法だと思うから、良し悪しはともかく、この訳語は気に入らない。)

Populism_towa_nanika.jpg 水島治郎「ポピュリズムとは何か ―民主主義の敵か、改革の希望か」によると、ポピュリズムの定義は、着眼点によって2つのものがあるという。

第一の定義は、固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイルを言うもので、リーダーの政治戦略・政治手法としてのポピュリズムに注目する。

第二の定義は、「人民」の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動をポピュリズムととらえる定義である。政治運動としてのポピュリズムに重点をおく立場である。

そして、本書では、この第二の立場を基本としている。そのほうが、ポピュリズムが広がる必然性というか、時代の流れをとらえる視覚を与えるからだという。
そしてポピュリズムの主張の中心、というか依拠するところは「人民」なのだけれど、この「人民」がポピュリズムではどう理解され、扱われているのかが、説明される。
  • 普通の人々(ordinary people)
    特権層に無視されてきた「普通の人々」、サイレント・マジョリティ、その意見や不満を代弁する。
  • 一体となった人びと(united people)
    特定の団体や階級ではなく、主権者たる国民、人民を代表する。個別利益ではなく全体利益を代表すると自らを表象する。民意が多様であるとみなす「多元主義」の対極にある。
  • われわれ人民(our people)
    何らかの同質的な特徴を共有する人々を意味し、それ以外の人々と「われわれ」を区別する。

私自身は、この「人民」でも、それに対峙するエリート側の人間でも、どちらもしっくりこないように思っている。だからだろうか、二分法で単純化することに、ポピュリズムの論理的欠陥を感じてしまう。
ポピュリズムに眉をひそめる人の多くはそうなんじゃないだろうか。(そう言うと「おまえはエリート側だ」とかそうでなくても「エリート側に洗脳されている」と攻撃されるような気がするけれど)


第1章 ポピュリズムとは何か
第2章 解放の論理
―南北メリカにおける誕生と発展
第3章 抑圧の論理
―ヨーロッパ極右政党の変貌
第4章 リベラルゆえの「反イスラム」
―環境・福祉先進国の葛藤
第5章 国民投票のパラドクス
―スイスは「理想の国」か
第6章 イギリスのEU離脱
―「置き去りにされた」人々の逆転劇
第7章 グローバル化するポピュリズム
本書では続けて、ポピュリズムが、単なる迎合や扇動ではない、やはりデモクラシーなんだということが理解できると同時に、このように偏狭でもデモクラシーだと主張する立場が説明される。実際、反移民や福祉排外主義というのを正当化するのに、デモクラシーやリベラルの論理が使われているという。

本書の冒頭に、

「日本人には民主主義が根付いていない。民主主義が国民に根付いていなかったら政治なんて良くならないし、政治が良くならなければ日本も良くならない」

という橋下元大阪府知事の言葉が紹介されている。この陳述自体には変なところはないけれど、橋下氏のスタイルが従来の感覚の民主主義とは随分違っていて、違和感を覚える人も多いのではないだろうか。

しかし、上のように、ポピュリズムもデモクラシーだということもできる。
「民主的」というのは、人それぞれ違っている。
「民主的体制」が必ずしも「民主的」な国を保証するわけではないし、その逆もまた成り立たない。
そうなると、民主主義に至高の価値を置くというのはわけがわからなくなってしまう。

本書の扉に、「ポピュリズムは、デモクラシーの後を影のようについてくる」(マーガレット・カノヴァン)という言葉が書かれている。
最初にこれを読んだ時には、一体どういう状況を指しているんだろうと思ったけれど、デモクラシーとポピュリズムの関係は、人間の良心と偏狭の関係ぐらいに切り離せない、人間の業なのかもしれない。

でも、やっぱり思う。政治というのは異なる利害集団を調整するものだと思うから、ポピュリズムが異物を排除するものなら、それはもはや政治ではない。従ってデモクラシーでもない。それは内なる戦争ではないだろうか。ポピュリズムがその戦争に勝ったとして、それを支持した人民は幸福になるだろうか。

「大西郷という虚像」(その2)

昨日の「大西郷という虚像」の続き、といっても、本の内容からは外れて。

「大西郷という虚像」の第1章では、薩長は関ヶ原の恨みを忘れていなかったことが、反幕の背景にあることが説明されている。
これ自体は目新しいことではなくて、みなもと太郎「風雲児たち」では幕末の風雲児を書くために、関ヶ原から始めている。

途中、保科正之とか田沼意次、平賀源内など、いっぱい寄り道して(=伏線を張って)、龍馬が出てくるまで何と30巻!

保科正之にスポットを当てたのは、もちろん幕末の会津の悲劇の淵源ということ。
田沼や源内にスポットを当てたのは、近代への胎動ということ。


しかし250年もの間、恨みを子子孫孫に伝え、恨みを再生産するなんてことをしていたのだろうか。

長州では、正月に徳川を攻めようか、未だ時機ではないというやりとりがあったという話は良く聴くけれど、それって偉い人の間での型どおりの儀式だろう、高杉や桂がそれで恨みの炎を燃やしただろうか。まして、久坂のような身分の低いものまで?
ストーリーとしては面白いけれど、はて、実際のところどうなんだろう。

そう思っていたら、本書で、薩摩では、妙円寺詣りという行事があると紹介されていた。
この行事については知らなかったのだけれど、関ヶ原での「前への退却」=敵陣突破以来、藩主を守り死んだ武功を称え、関ヶ原の恨みを新たにするという行事が、国を挙げての祭りとして、延々と続けれらてきたのだという。
西郷も大久保もこの祭に参加したらしい。
なるほど、これなら反幕精神が植えつけられても不思議じゃない。

恨みの再生産である。純化する分、そして見も知らぬ幕府の連中相手で、一層尖鋭化する?



ところで、来年の大河ドラマ「西郷(せご)どん」の配役が順次発表されている。
西郷どんは鈴木亮平氏。茫洋とした雰囲気があるかもしれないけれど、武闘派のイメージがないけど、大丈夫か?
「短刀一本あれば片が付く」って言えるかな。

大久保利通は瑛太。「篤姫」のときに小松帯刀を演じたけれど、大久保はどうだろう、策士で腹黒いイメージ、しかも身長が高かったと伝えられている。私のイメージでキャスティングするなら、北村一輝。
「北条時宗」のときの平頼綱役の不気味なイメージ。敵か味方かわからない、あくどいやりかたで実権を握って行く姿。

ネットでこのドラマについての前評判みたいなものが出ていたけれど、なんでも西郷さんと篤姫(=北川景子、美人過ぎ)が恋仲だとかいうプロットがあるらしい。

アリエン!


役者のイメージだけで言うのもどうかと思うけれど、これでは善人ばっかりが出てくる、なよなよした青春おともだちドラマになるんじゃないだろうか。
島津斉彬・久光は誰が演じるのだろう。西郷の崇拝の対象と、その反動か軽侮の対象となるこの二人。

私としては、久光は固いところ(尊王佐幕)があるが、紳士的で、その心がわからぬ西郷という構図が定型からはずれて面白いと思うけれど。


やっぱり、良心のかけらもないごろつき群像、原田伊織氏が言うようなドラマのほうが、数倍おもしろいに違いない。

ご子孫もいらっしゃるだろうし、子供には見せられないだろうけど。

昭和の掉尾を飾るドラマでっせ、NHKさん。

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◇ ◇ ◇

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大西郷という虚像

来年のNHK大河ドラマは「西郷(せご)どん」。
何度も書いたことだけれど、大河ドラマの功罪の功の一つは、関連する本の出版・再版や、テレビの歴史番組などの企画が増えること。

daisaigou_toiu_kyozou.jpg というわけで、原田伊織「大西郷という虚像」をとりあげる。
もっとも、この本は別に大河ドラマに便乗して急ぎ出版されたというわけではない。

それにこのタイトル、どう見てもNHK大河に阿るものではない。これから書店がどのように扱うのか楽しみである。


著者は原田伊織氏、この人の本については既にとりあげた。(「明治維新という過ち」)
下劣・悪辣・残虐・無慈悲の薩長の田舎のワルどもによる、理想もビジョンも尊王精神もなきクーデター、それが明治維新というわけである。

私もこうした見方にはかなり合点がいくところがあって、そうだろうそうだろうという感想も持つのだけれど、さすがにタダのワルばかりでは、そうそうクーデター政府が永続きするとも思えない。著者には、こんな出来の悪い、国民の支持も得られていない連中の「新政府」が、なぜその後の日本を牛耳ることができたのか、そのメカニズムとか、国民精神とかを明らかにしてもらいたい。
それこそが原田史観のもっとも説得力のある証明につながるにちがいない。

さて、前著(前掲書は本書の前に出されている)では、若干、維新の「偉人」を貶す筆致が踊り過ぎのきらいがあったけれど、本書では、もちろんそれもあるけれど、他書でもよく論拠とされる史実を援用して、歴史の流れを描いているので、前著よりも明解な論理構成になっていると思う。

はじめに ~「官」と「賊」を往復した維新の巨魁~
第1章 火の国薩摩
薩摩おごじょ
熊襲と隼人
肥後と薩摩
妙円寺詣り
第2章 西郷と島津斉彬
蘭癖大名
お由羅騒動と斉彬
「郷中」が育んだ「テゲ」の文化
島妻 愛加那
第3章 西郷の幕末動乱
西郷と島津久光~二度目の流刑~
密貿易の国・薩摩と薩英戦争
西郷登場
策謀
「赤報隊」という道具
無血開城という美談
第4章 明治復古政権の成立と腐敗
戊辰戦争終結と会津戦争
賞典禄と西郷
明治復古政権の成立
新政府の腐敗
終章 田原坂への道
岩倉使設団と西郷
明治六年政変と西郷
あとがきに代えて ~「二才頭」としての生涯と薩摩の滅び~
ただ「大西郷」、つまり西郷が大人物であったということを否定する部分については、やはり西郷の真意が何かはわれわれにはわからない。というか、大西郷だから真意はこうだったろうという推論が普通に行われていたところ、原田氏は、大西郷という前提を取っ払って、真意(があるとして)を見透かそうとし、その結果、大西郷というのは虚像だとしたわけである。
どちらが西郷の真意を捕えているのかは、そう簡単にはわからない。

著者は西郷に限らず、そもそも明治維新には指導原理などはなく、従って志士に「真意」や「大志」などというものを想像するのは、所詮、明治維新を称揚する官軍教育の賜物でしかないと言い切り、そうした先入観を排して歴史を正しく見ようと主張している。

また、前著でもそうだが、「幕末三俊」(岩瀬忠震、水野忠徳、小栗忠順)を賞揚する一方、徳川慶喜や、「幕末四賢侯」(島津斉彬、山内容堂、松平春嶽、伊達宗城)を小賢しいだけの、腹の座らぬ小物と評価していて、これら小物のせいで、倒れる必要もなかった江戸幕府が倒れたとでも言いたげである。

その特筆すべき事件が「小御所会議」。
徳川慶喜の処遇について異を唱えた山内容堂をはじめとする尊王佐幕派重鎮が、西郷の「短刀一本あれば片が付く」の言にうろたえることが指摘されている。


そして、冒頭に書いた著者への問い、なぜ「新政府」がその後の日本を牛耳ることができたのか、に戻るのだが、新政府は、江戸入城したころは、外交ノウハウはもちろん、統治機構を持たなかったと推測するのだけれど、その状態で、諸藩はともかく、旧幕府の役人たちは、サボタージュなどしなかったのだろうか。

幕末三俊は、すでに放逐、あるいは処刑されているとしても、この三俊が個人の力量だけで仕事ができていたとは思えない。おそらく、組織がしっかりしていて、彼らに次ぐ優秀な役人も付いていたのではと想像する。
もし、彼らが新政府に協力しなかったら、外交関係はぐちゃぐちゃ、財政は破綻、そういうことになったのではないだろうか。

本書にも興味深いエピソードが紹介されている。

紀州徳川家に津田出という人物がいた。小栗忠順や水野忠徳などと並び称してもいい幕末の俊傑である。幕府崩壊後、西郷はこの津田を訪ね、話を聞いたことがある。忽ち、感服してしまった。そして、素直にこの人を担ごうと思ったようだ。戦が終わって、自分たちは次に何をどうしていいのか、さっぱり分からない。しかし、津田には明確な国家像がある。この人を担ぐしかない。無私な西郷は、正直に感服し、津田の担ぎ出しを平気で、本気で考える。当然、そのことを大久保以下の、戊辰戦争の勝者仲間に相談する。大久保や木戸にしてみれば、とんでもない話である。津田とは、直参ではないが幕府側=敵の人間ではないか。益して、将軍職を出してきた御三家の家臣である。勝者の自分たちが敗者の部下を担ぐとは、西郷は狂ったかといったことになる。


これなどは、西郷は大か小かはともかく、それなりの人物であったことを示すエピソードではないかと思うのだけれど、それはともかく、津田出が用いられなかったとしても、おそらくは旧幕府の役人はいろいろな形で、行政に携わったのだろう。もう少し時代が下がると、旧幕役人、あるいはその家柄の人たちが、いろんな場面で活躍して、新政府の政策を支える事例が表へ出てくる。

もちろん諸藩にも有能な人はいただろう。たとえば坂本龍馬が新政府の財政担当に推した福井藩の光岡八郎(由利公正)など。しかし、やはり江戸の組織と有能な旧幕府の役人を活用しなければ、政府運営は難しかったのではないだろうか。

ロシア革命のときに、帝政時代の官僚を放逐せよという意見に対し、レーニンが革命をつぶす気かと反対したという話を聞いたことがある。
明治政府でレーニンの役割を担ったのは誰だろう?


前の「明治維新という過ち」でもそうだが、著者は維新の志士をごろつき、新政府役人を権力欲、金銭欲の塊呼ばわりするのだけれど、旧幕府の有能な役人(慶喜や春嶽などは含まない)に肩入れする反動が、筆の勢いになっているのだろう。
「官軍教育」で旧幕府が貶められてきた、そのため正当に評価されてこなかったということに憤りをもっているのだろう。

私も悔しいというか、勿体ないという思いがある。
龍馬の死も悔しいが、小栗忠順の死は、新生日本にとってより大きな損失ではないだろうか。
しかし、現在は、旧幕府、とりわけ正統的な高級官僚たちがいかに優れた人材であり、明治政府はその遺産でかろうじて破綻を免れたことは、著者が思っているような裏歴史の扱いではなくて、もはや常識になっているように思う。

テロリストが役人になって、権力欲・金銭欲をむき出しにし、政府権力を私し、邪な動機で行使したと貶めるけれど、そういう部分もあったけれど、それだけではなかったはずだとも思う。
龍馬はグラバー商会の使いっぱしりという扱いをされているけれど、やはり、それだけではなく、龍馬はグラバー商会を利用していたという考え方もあるだろう。

西郷には、やはり人間的魅力がなければならない(勝が言うことは信用できないとしても、そのことでそれを否定する理由にはならない)。
薩摩伝統の二才頭の生き方を最後まで貫いたと著者も言っているわけだし。

歴史は勝者が書く。
このことだけはしっかり頭に入れておこうという本だと思う。

集団的自衛権問題とは何だったのか?

今日は憲法記念日
このところ多い記念日ネタ。

前に“「戦後80年」はあるのか”という本を紹介したところだが、そのときは内田樹「比較敗戦論」だけをとりあげた。今日は、憲法記念日に事寄せて、同書にある
木村草太「集団的自衛権問題とは何だったのか? ―憲法学からの分析」について。

C8hX2Z5VoAAzefL.jpg 木村氏は、テレビのニュース番組にもたびたび登場していて、いかにも法律学者らしい、法体系を基準とした解説ぶりが印象的である。
本書でも、その基本スタンスは崩していない。つまり法体系を基準として論理的に解説される。
すべて報道されていたような内容のはずなのだけれど、こうして憲法学者に整理してもらうと、論点も明確になる。

私も前に、国際法上集団的自衛権が認められているから、合憲だという倒錯した論理を述べる一部与党の議員には呆れたことを書いた(憲法と安全保障)。
木村氏もまったく同じことを指摘されていた。
ただ、笑って済ませられないのは、そうした初歩的な論理の誤謬を平気で口にする政治家がこの国を動かしているという事実。これで政策をあやまたないなどということは、結果オーライ以外にはアリエナイ。


現在、この安保法制により、北朝鮮へ向かう米海軍に対して、自衛隊が防護出動することになった。

このことをケシカランなどと言うつもりはない、念のため。

昨年の安保法制議論のときに、北朝鮮の緊張をどこまで予測していたのか、もし予測していて法律を準備したのなら慧眼だと思うが、木村氏の解説を読んでいると、コトはそう簡単ではない。

下に見出しと一言解説を載せたけれど、その中に「個別的自衛権を制限する安保法制」というくだりがある。
これはわかりにくいのだけれど、木村氏によると、

2015年9月11日の国会集中審議で、民主党(当時)の福山哲郎参議院議員が「我が国に対し国際法上違法な武力攻撃をしているA国に後方支援しているB国の補給艦に対して、わが国は自衛権を行使できるか」と質問しています。これに対し中谷元防衛大臣は、「B国はわが国に対して直接攻撃をしていないので自衛権の行使はできない」と答えています。今回の安保法制によって、日本の個別的自衛権が制限されることを認めてしまっているわけですが、日本の安全保障上、極めて深刻な問題だと言えるでしょう。


今のところ、北朝鮮を支援する国はないだろうから、こうした事態には至らないと思うけれど、もしこのやりとりどおりだとすると、本当に武力行使について詰めて考えたのか訝られる。

また、後方支援は、「現に戦闘が行われている場所は除く」という話になってたようだけれど、それなら、日本の支援船を無視して、A国艦船のみに攻撃が集中されたらどうなるんだろう。個別的自衛権ではないし、かけつけ警護というわけでもなさそう。A国を見殺しにして逃げるんだろうか。戦闘に至らない間だけ防護って、言葉として変では。

いずれにせよ、集団的自衛権としてA国と同盟する以上、武力行使はA国と一体化したものとみなされることは覚悟しなければならないのだろう。

それにしても、もし朝鮮戦争で北が勝利し、朝鮮半島全体が共産化していたら、日本国憲法は直ちに改正されたにちがいない。


国際法上、武力行使は原則禁止されている
国連憲章二条四項
 
三つの例外
集団安全保障措置としての武力行使
それまでの緊急的対応としての個別的自衛権の行使、集団的自衛権の行使
 
安倍政権も認める九条の解釈
国連憲章が認める武力行使は権利、義務ではない
一項全面禁止説と二項全面禁止説(一項は侵略戦争の禁止、武力保持禁止の二項で一般禁止)
 
九条の例外と自衛権
例外規定があるか、あるとする場合の根拠は十三条(国内の安全)
ただし、これでは集団的自衛権の根拠としては薄弱、が従来の考え方
 
日本政府に軍事権は負託されていない
軍事権の規定は憲法のどこにもない、内閣に負託された権限は七十三条
国内安全保障の範囲であれば防衛行政と考え軍事権を持ち出す必要はない
 
安保法制は「全部のせラーメン」
 
安保法制のポイント
1 在外邦人の保護
2 武器等防護に関する規定の改正
3 国際平和協力法の改正
   現地住民の安全確保、かけつけ警護
4 後方支援
   非戦闘地域に限る⇒現に戦闘が行われている現場では実施しない
   電車を待つのにホームの黄色い線の内側だったのが、電車が来ていなければ線路へ降りて良い
5 「存立危機事態」要件の追加
 
自衛隊員の安全は確保されるのか
 
イラク戦争の総括という問題
過去の失敗の検証すらできない
 
個別的自衛権を制限する安保法制
 
集団的自衛権の行使と「三国志」
 
存立危機事態という概念の曖昧さ
曖昧ということ自体が憲法違反(法治主義に反する)
 
国会の議論は無駄ではなかった
議論の過程で、さまざまな言質がとれた
 
集団的自衛権違憲訴訟は可能か
裁判所は事案が発生しないと判断しないが、弁護士である国会議員に懲戒請求をすれば裁判になるかも
 
附帯決議に盛り込まれた仕掛け
存立危機事態と武力攻撃事態が重ならないことはほとんどない、
武力攻撃事態等に該当しない存立危機事態での防衛出動は、例外なく国会の事前承認を求める
自衛隊の海外活動についての一定期間ごとに国会承認
国会が活動終了を決議したらすみやかにその措置をとる

雇用身分社会

Koyomibunshakai_Morioka.jpg 今日はメイデー
中学の英語の教科書では、"May day"は「五月祭」で、古代ローマ(キリスト以前)に発する、豊穣を予祝する祭という解説があり、それとともに、"Maypole"の周りでダンスをするという解説があった。
そうした祭が、労働者の祭になり、現在のメーデーとなったものといわれる。

若い頃は、私も、大阪城公園―御堂筋―なんばのメーデーデモに参加したこともある。
組合から休業補償の参加費が出るので、それを握りしめてミナミのビアハウスへ行って打ち上げる、というのが定番だった。

ということで、メーデーにちなんで、森岡孝二「雇用身分社会」について。(このところ、記念日ネタの記事が続くなぁ。)
労働者の祭典であるメーデーが、もはや一部の恵まれた労働者しか参加できないようなものになってしまった歴史を振り返る。

しかも、いつ頃からか、中央や各地のメーデー集会が、5月1日ではなくて、ゴールデンウィークの初日あたり(今年は4月29日)に行われるようになった。GWで旅行に出る人とかに配慮したのだろうけど、団結して盛り上がろうというものからは変容していることの現れではないだろうか。


さてこの本だけれど、きっちりまとまったもので、章だけでなく節見出しまでの目次を右に掲載したけれど、これを見れば著者の問題意識と論旨の展開も推察できることと思う。(だからとって内容を読む必要はないというつもりはないけれど)

序章 気がつけば日本は雇用身分社会
派遣は社員食堂を利用できない?
パートでも過労とストレスが広がる
使い潰されるブラック企業の若者たち
現代日本を雇用身分社会から観察する
全体の構成と各章の概要
第1章 戦前の雇用身分制
遠い昔のことではない
『職工事情』に見る明治中ごろの雇用関係
『女工哀史』に描かれた大正末期の雇用身分制
戦前の日本資本主義と長時間労働
暗黒工場の労働者虐使事件
戦前の工場における過労死・過労自殺
第2章 派遣で戦前の働き方が復活
戦前の女工と今日の派遣労働者
派遣労働の多くは単純業務
1980年代半ば以降の雇用の規制緩和と派遣労働
財界の雇用戦略―『新時代の「日本的経営」』
リーマンショック下の派遣切り
雇用関係から見た派遣という働き方
中高年派遣の実態と派遣法「改正」法案
第3章 パートは差別された雇用の代名詞
パートタイム労働者の思いを聞く
パートはどのように増えてきたか
日本のパートと世界のパート
日本的性別分業とM字型雇用カーブ
パートはハッピーな働き方か
シングルマザーの貧困
重なり合う性別格差と雇用形態別格差
第4章 正社員の誕生と消滅
正社員という雇用身分の成立
「男は残業・女はパート」
絞り込まれて追い出される
過労とストレスが強まって
拡大する「限定正社員」
時間の鎖に縛られて
正社員の消滅が語られる時代に
第5章 雇用身分社会と格差・貧困
雇用形態が雇用身分になった
戦後の低所得階層
非正規労働者比率の上昇と低所得階層の増加
現代日本のワーキングプア
潤う大企業と株主・役員
労働所得の低下に関するいくつかの資料
第6章 政府は貧困の改善を怠った
政府は雇用の身分化を進めた
雇用が身分化して所得分布が階層化
男性の雇用身分別所得格差と結婚
高い貧困率は政府の責任
公務員の定員削減と給与削減
官製ワーキングプア
生活保護基準の切り下げ
終章 まともな働き方の実現に向けて
急がれる最低賃金の大幅引き上げ
雇用身分社会から抜け出す鍵
ディーセントワーク
あとがき
目次で分かるとおり、この本では派遣や非正規労働の現状を概観したあと、戦前にもこうした働き方があった、この問題を考える上では、歴史を知る必要があるとして、戦前の、労働基本権もなかった頃の労働について解説される。

「女工哀史」とか「ああ野麦峠」など、存在は知っていても、今まできちんと読んだことはなかったが、本書ではそうした本に加え、国(農商務省)が調査した「職工事情」などを史料として、丁寧に追跡する。


なので、戦前の厳しい労働者の暮らしについては良くわかるのだけれど、以前に読んだ濱口桂一郎「日本の雇用と労働法」では、それまでの「渡り職工」・親方による間接管理に代わり、資本主義的経営が顕著になった時代の雇用者確保の企業ニーズであり、戦時にかけての国策(皇国に奉仕する産業戦士)も一定の寄与をしていると指摘されていた。

第4章「正社員の誕生と消滅」では、そのことが書かれるのかしらと思っていたが、そこは触れず、「正社員」という言葉の使用例を分析して、パート社員に対する語という形で解説されている。しかし、正社員という身分が資本主義社会において果たしてきた役割を考えるなら、言葉の使用法の問題ではないと思う。門外漢の私は濱口説に説得力を感じる。

濱口説は、前近代的・封建的な間接管理が、近代的・集権的な直接雇用へ組み替えられていく歴史過程を見事にとらえているように思う。それは、現代の派遣労働を生む理屈(短期的な経済合理性)とは、ベクトルが異なるものだろう。見かけが似ているだけでは、厳しい労働環境の描写にはなるけれど、なぜ戦前と逆の動きになるのか、そこを突っ込んでもらいたかった。


以下の各章では、さまざまな統計資料を使って、派遣やパート、非正規雇用の実態を解説している。その一つ一つをここでとりあげてもしかたがないので、本書を読んでいて、私なりに考えたことについて書いてみよう。

まず、著者がこのままではいけないと主張する、非正規の働きかたの問題だけれど、私には、現在の趨勢が続けば、正社員と非正規雇用の分断は一層深くなると思える。
そして、そのときは、正社員は被雇用者ではなく、経営側に立つ身分になっているのではないか。
もちろん、正社員が肩たたきにあって、途中でドロップアウトしてしまう(経営側にふさわしくない人材)こともあるだろうから、より丁寧に言えば、経営側予備軍というのが正社員の実態ではないだろうか。
ごく少数の経営側と、大半の非正規労働者。かつての資本家と労働者の構図が再現されるのではないだろうか。

冒頭、メーデーが全労働者の祭ではなくなったと書いた。かつての労働運動では「労働者の分断」と指弾されたはずの状況だけれど、正社員ばかりの労働組合が、自ら選択したものなのかもしれない。


ならば、労働法制は正社員のためにではなく、非正規のために考えるべきだと思う。

もちろん正社員が過労死する状況を放置するわけにはゆかないけれど。

このとき、非正規が不安定な身分では、結局、企業にとっても決して良いことばかりではない。経営側と労働者に分断された場合、労働者には、企業に対する責任というものは失われる。売上を上げることも、経費を節減することも、労働者側にはまったくインセンティブが働かなくなる。

そして、会社一家というのを否定した企業は、労働者に愛社精神を求めてはならず、労働者もまた会社のためではなく、自身の豊かな生活のため、つまりしかるべき給与にのみ関心を持つ。

このとき日本製品への信頼は大きく低下し、もともとビジネスビジョンの弱く競争力のない日本企業は、最後の誇りである品質すら守れないという状態になるかもしれない。

そんな企業はイヤだ、という経営者、つまり、昔型の経営者なら、国の労働法制の枠組みではなく、それこそ全従業員を経営側と考えるような経営をすれば良い。

また、さまざまな働き方を認めていくというなら、政府は、さまざまな働き方でも安定した暮らしができる制度を用意しなければならない。単に派遣の規制緩和をすれば良いわけではなかろう。(終章に著者の提言)

最後に一言。
本書でも再三、過重労働のことが書かれるのだけれど、私には企業の過重労働の多くは、合理性を欠いた、単なるシゴキではないのかと思える。
彼らは長い時間をかけて、一体、何を生産しているのかと訝しく思う。(無責任・責任転嫁の名人だけど)
日本の労働生産性はOECD中、最低ランクにある。何時間もかけて解決しない問題が、ちょっとしたヒントで氷解するような楽しい経験をした人が少ないのか。職人肌・学究肌でプロダクティブな人は日本では出世しないから無理もないけれど。

企業は労働法制が、経営合理性を阻害していると主張する前に、自らの生産性がなぜ低いのかしっかり反省するべきではないだろうか。生産性が高ければ、過重労働・低賃金の問題は解決するはずだから(経営者が金の亡者でなければ)。
それに私は信じている、本当に高い生産性は、高いモラールによって支えられると。


【追記】

職場の地元では、今日、地区メーデー開催。

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昭和史のかたち

今日は「昭和の日」。
私のような年齢の人は、反射的に天皇誕生日と思うのではないだろうか。
今上陛下が退位されても、「平成の日」が定められることはないと思う。やはり昭和は特別な時代だった。

Showashi_no_katachi_cover.jpg というわけで今日は、保阪正康「昭和史のかたち」について。

この著者については、以前から、一定の信頼を寄せている。
著者の意見や論評は、そう突飛でもアジテーショナルでもないということもあるが、史料へのあたりかたが丁寧で、幅広いようだ。それにテレビのドキュメンタリー番組などで目にする、著者が、その時代の経験者などから証言を聴く姿勢などに、この人の言うことは信用しても良いんじゃないか、という気になる。

さて、この本は、目次でわかるように、いろんな図形などが社会事象と結び付けられている。しかし、この図形は解説のための図解ではなくて、「たとえ」である。
その事象が持つ特徴が、どういう図形をイメージさせるのかといった性質のもので、事象を図解するというものではない。従って、そのたとえについて、なるほどそういうたとえも可能かなとか、これはちょっと無理があるなというのが率直な感想である。

そういう意味では、子供の頃、親に数学を教え込まれた(そして数学がイヤになった)という著者の一種の無理ワザでもある。なるほど、これはうまい譬だというのもある。そしてそのやりかた、アイデアがどれだけの事象説明に通用するのか、やってみたという感じである。

Showashi_and_square.jpg なかでも、うまい譬だと思ったのは、
「第2章 昭和史と正方形 ―日本型ファシズムの原型」。
国民を檻に閉じ込め、それを狭め、圧迫する(右図)。
その4つの壁が、「情報の一元化」、「教育の国家主義化」、「弾圧立法の制定と拡大解釈」、「官民挙げての暴力」であるとする。
これはなんだか、とても感じが出ているように思う。

三角や四角、円というのはともかく、座標軸を考えて分析するアプローチするのは、それなりに問題の所在を明らかにするのに有効なようだ。
たとえば「第8章 昭和史と座標軸」ではこのような考察が書かれている。
戦記・戦史の著者を、所属司令部を横軸に、階級を縦軸にとって、プロットすると、太平洋戦争の戦闘は意外なほど検証されていない、兵士の証言が語られてこなかったことが、戦後社会の歴史的欠陥だと指摘する。
将校たちは兵士に「戦死」を強要しながら、自分たちはひたすら生き残ることのみを考えている。
「戦争という軍事的行為を自らの栄達の手段と考えて、兵士たちの生命を平気で利用するその人間的退廃」。

この手法は「第10章 昭和史と平面座標」でも使われていて、天皇の戦争責任を、{法律的|政治的|歴史的|道義的|社会的}という区分を横軸に、{開戦|継戦|敗戦|終戦|臣民に犠牲を強いた|臣民の生命を危機に陥れた}を縦軸にとって分析している。
漠然と天皇の戦争責任と括るより、問題の所在を見つめる議論になりえる良い視点だと思う。
ただし、実際に検討するにあたって、気をつけなければならないのは、天皇は相手に応じた受け答えをする、つまり相手によって反対のことや矛盾することを答えることがあるという。天皇自身が、統治と統帥に分裂していたのかもしれない。

そうとしても、天皇を祀りあげることで、結果的に無責任な位置に安住しようとした軍の卑怯な態度は、否定できないだろう。もっとも戦後、その構図が見透かされたからこそ、卑怯者は追及されたが、天皇の戦争責任は追及されなかったのだろう。


こうした分析的視点に混じって、というかそれを支えるように、種々のエピソードがとりあげられている。
たとえば、軍事主導体制一色となったらどんなことになるのか、その結果が列挙されている。

1 軍事主導体制は、あらゆることが軍事のみに収斂されることになる。
2 兵士たちには命に値段がつけられているというのはあまり知られていない。
3 学問研究の内容は軍事的に価値があるか否かが判断の基準になる。


はじめに
第1章 昭和史と三角錐
―底面を成すアメリカと昭和天皇
第2章 昭和史と正方形
―日本型ファシズムの原型
第3章 昭和史と直線
―軍事主導体制と高度経済成長
第4章 昭和史と三角形の重心
―天皇と統治権・統帥権
第5章 昭和史と三段跳び
―テロリズムと暴力
第6章 昭和史と「球」、その内部
―制御なき軍事独裁国家
第7章 昭和史と二つのS字曲線
―オモテの言論、ウラの言論
第8章 昭和史と座標軸
―軍人・兵士たちの戦史
第9章 昭和史と自然数
―他国との友好関係
第10章 昭和史と平面座標
―昭和天皇の戦争責任
おわりに
2について、軍にそういう経済合理性があったのかと思ってしまいそうだが、それは経済合理性なんかでは全然ない。
特攻に出撃したのは、第一陣こそ職業軍人だが、以降、学徒兵、少年兵で多くが占められることになる。
「軍人一人を育てるのにはずいぶん経費がかかっている」からで、そうではない学生なら良いのだと、これは当時の航空関係の参謀の証言だという。
また、広島に原爆が投下されたとき、広島近郊の旧制中学や高等女学校の生徒が、遺体処理などのために広島市内に動員されている。江田島の海軍兵学校からは行っていない。
海軍首脳部によると「彼らは次代のエリートである。どうして彼らをそういう仕事に従事させることができようか」というのである。

3については、戦時中、多くの大学は文学部を廃止しているという指摘がある。
これなど、最近、文学部不要論なんていうのが出てきたことを連想してしまう。もちろん、戦時下の文学部不要論と、最近のそれとは違うものだけれど、案外、通底する感覚があるのではないだろうか。

1、2に関連しては、こんな証言もとりあげられている。
(元)陸軍の将官に会った折に男の子がいるか聴かれ、いると答えると「戦争で死なない方法を教えてあげよう。陸軍大学校に入れろ」と。陸大に行っていると前線には出ない、後方で作戦計画を練っているだけだから。大東亜戦争で陸大出身者の死者は驚くほど少ない。

そういえば、米国では、階級別戦死者数は階級別人員に比例する、つまりどの階級の軍人も同じ割合で戦死している(上位者の方がやや死亡率が高いとも)が、日本では、圧倒的に下位階級の死亡率が高いという統計があるそうだ。

つまり、今でいうなら、子供の命が惜しければ、防衛大学校へ入れれば良いということらしい。

もっとも民主的軍隊になったらそういうわけにはゆかないだろう。
エリートで無責任、憂国の身勝手なプライドだけは化け物じみて大きい。そういう軍隊にとっては民主教育は都合が悪いに違いない。


もちろん、そんな軍人ばかりのはずはない。率先して危険に身を投じた人も多かっただろうと思う。そうした立派な人を軍人の鑑として顕彰することもやぶさかではない。
しかし、問題は個人の資質にあるのではなくて、構造的な問題だろう。
立派な軍人という人たちは、インパール作戦を止めるのではなくて、そこで死んでいく方を選びがちなのではないだろうか。

比較敗戦論

今日は、サンフランシスコ講和条約記念日
65年前の1952年4月28日、「日本国との平和条約」が発効した日である。
言うまでもなく、この条約によりいわゆる戦後処理が終了し、日本国の主権が回復したわけである。

今どきの若い人にはピンとこないと思うけれど、1960~70年代は、この日は盛大なデモが行われる「旗日」だったと記憶する。平和条約発効を祝うものではなく、同時に締結された日米安保条約に反対するデモである。

「戦後80年」はあるのか―「本と新聞の大学」講義録
 
まえがき
 
姜尚中
第一回 基調講演
一色 清
姜尚中
第二回 比較敗戦論
      敗戦国の物語について
内田 樹
第三回 本と新聞と大学は生き残れるか
 
東 浩紀
第四回 集団的自衛権問題とは何だったのか?
      憲法学からの分析
木村草太
第五回 戦後が戦前に転じるとき
      顧みて明日を考える
山室信一
第六回 戦後日本の下半身
      そして子どもが生まれなくなった
上野千鶴子
第七回 この国の財政・経済のこれから
 
河村小百合
第八回 総括講演
姜尚中
一色 清
あとがき
 
一色 清
というわけで、本格的な戦後がはじまる日にちなんで、今日は「比較敗戦論」。
「比較敗戦論? なんだそりゃ?」と訝られると思うけれど、この言葉は、“「戦後80年」はあるのか―「本と新聞の大学」講義録”という本の中で使われていたもの。

この本は、一色清、姜尚中をモデレータとして、著名な学者・研究者がそれぞれの専門領域について講義し、Q&Aを含めて編集されたもの。その中の内田樹氏の演題が「比較敗戦論」である。以下、その概略。

前の大戦での敗戦国、日本、ドイツ、フィンランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、タイ、これらが連合国が敵国として認定した国だそうだ。他に国と認定していない交戦団体として、フィリピン第二共和国、ビルマ国、スロバキア共和国、クロアチア独立国、満州国、中華民国南京政府などがあるという。

まず意外なことに、敗戦国に、日独伊三国同盟のイタリアは含まれない。
というのは、イタリアは1943年にイタリア王国軍とパルチザンがムッソリーニを倒し、ドイツ軍を敗走させたので、イタリアは戦勝国という理屈になるのだそうだ。(おまけに1945年7月には日本に宣戦布告している。)
sengo80nen_0844b.jpg 最初は日独とともに連合国と戦い、内田氏も書いているように、戦後のイタリアは「自転車泥棒」などの映画で、荒廃した都市の映像が思い浮かぶので、まるで敗戦国のような印象がある。しかし、国土を戦場にしたけれど、最終的に勝利をおさめたという見方もできるわけだ。内田氏によれば、

イタリアは「内戦と爆撃で都市は傷ついた。行政も軍もがたがたになった。戦死者は30万人に及んだ。でも、その経験を美化もしなかったし、否認もしなかった。『まったくひどい目に遭った。でも、自業自得だ』と受け止めた。だから戦争経験について否認も抑圧もない。」という。


イタリアと逆に、フランスについては、戦勝国づらしているが、それは違うだろう、という。(内田氏は専門はフランス哲学ということで、このあたりは詳しいようだ。)
フランスはドイツにマジノラインを破られて、半分はドイツ領に、半分はヴィシー傀儡政権統治となり、大量の労働者をドイツに送って支援し、兵站を担い、国内ではユダヤ人を迫害した(捕えたユダヤ人は国外の収容所へ送られた)。
で、ドイツ軍が劣勢になってから、レジスタンスが膨れ上がり、対独協力政権の中枢人物もレジスタンスに加わるという。
このとき、ド・ゴールが国としての実体はない自由フランスを「戦勝国」にした。米英は認めたくなかったけれど、膠着した戦局の打開にレジスタンスを使うことで、ド・ゴールがうまく立ち回ったということらしい。

ずっとドイツに協力していたフランスが、最後になって、戦勝国に滑り込んだ、内田氏は、疚しさを感じるべきだった、という。そうした総括がないまま戦後となり、そのことが、トラウマになってしまう。つまり、ドイツに協力していたことをみんなが忘れよう、蓋をしておこうという行動に出るようになる。

ドイツは敗戦国とされるが、東ドイツは共産主義革命で建国した、戦勝国という話になっていたそうだ。だから、ナチスの戦争犯罪に対して責任を感じていないという。自分たちはナチスの被害者であり、ナチスと戦ってドイツ国民を解放した、ナチスの戦争犯罪について謝罪する必要はない、という。

他の敗戦国、ハンガリーやタイ、クロアチアなど、どの国も敗戦は忘れたい過去であった。
なお、韓国は戦勝国に座りたかったのだけれど、戦争中、日本と戦う「政府」はなかった。最終的にイギリスなどの反対で戦勝国にはなれなかった。(朝鮮戦争は日本との戦争だと思っている韓国民がいるらしい。)

日本は、前の戦争で犯した罪をきちんと反省し、敗戦の総括をしていない、だからいつまでも中国や韓国、東南アジア諸国との関係に影を落としていると良く言われる。
しかし、どの国も、自らの敗戦についてきちんと総括なんかしていないことは、同様のようである。
だからといって、日本の態度がこれで良いというわけではない。どの国もトラウマを抱えている。

内田氏によれば、結局、国民的な「恥辱」や「怨嗟」がいつまでも血を流し、腐臭を発している。
比較敗戦論というのは、国によって違いはあるものの、どうやらこうした敗戦処理の難しさを浮き彫りにした。そして、この比較論はこうした視野を持っていなかった私には新鮮だった。

話題は少しそれるけれど、内田氏はさらに、アメリカの強さに言及する。これについても少し紹介しておこう。

内田氏は、アメリカの強さは、カウンター・カルチャーを持つことにあるという。
アメリカには、体制を否定・反抗する勢力が常にいて、それがいるおかげで、アメリカに敵愾心をもつ海外のグループからも、アメリカをひとしなみに否定されたりはしないのだという。

そういわれれば、たしかに日本国内でベトナム反戦運動が激しかったころ、米国のステューデント・パワーもベトナム反戦運動をしていた。日本でも米国でも、ボブ・ディランが聴かれ、歌われて、海を隔てて共感していたという風がある。
日本では、米国の学生も反戦運動を戦っているぞ!と受け止められたし、もちろん米国の方では、海外の多くの国で、反戦運動が巻き起こっていると力を得ていたに違いない。
アメリカをこきおろしていた人たちが、アメリカに触れて、かぶれてしまうことも多かったと思う。


米国の一番のトラウマは南北戦争だろうという。
この国民の記憶が、国内でいかなる意見対立があっても、最後の一線、内戦が選択されないことになるのかもしれない。

“「戦後80年」はあるのか”という本は、小さな本で、短時間の講義録という性格から、細かい検証などは行われていないようだけれど、提示されたテーマはどれも興味深い。

上野千鶴子氏の講義については、前に少しとりあげている。


町村合併から生まれた日本近代 明治の経験

9784062585668_w.jpg 松沢裕作「町村合併から生まれた日本近代 明治の経験」について。

昨日取り上げた「明治維新という過ち」よりも随分前に読んでいた本で、書評を書けるほどの感想は持てていなかった。けれど、昨日の記事を書いていると、明治維新がなぜ失敗しなかったのか、その一つの説明に繋がるものだと思い直して、記事を起してみた。

昨日の記事では「明治維新という過ち」という本をきちんと評価するには、他書も読むべきと書いたけれど、この本はそういう本の一つだと思う。

歴史上の事件・動きが丁寧に追いかけられている。
この時代の流れは、あまりに複雑かつ急進的なところがあって、読者としては、これについていくのは相当の集中力が必要である。それについては、本稿で取り上げてもせんないことである。

江戸時代の領地がモザイク状になっているというのは、この本を読む前から知識としてあったのだけれど、それでは、領主は統治するの難しいのではないだろうかということ。
領地が分散していては領主が大変だし、隣接地の領主が違っていては領民も大変じゃないだろうか。
そもそも、平安時代の荘園から、領地というものは、どんどん細分されて、権利関係が複雑になっていく。ひどいのになると村の年貢の何割がA領主、何割がB領主という状態になるわけだ。

はじめに 境界を持たない社会・境界を持つ権力
第一章 江戸時代の村と町
1 モザイク状の世界
2 組合村
3 村と土地所有・村請制
第二章 維新変革のなかで
1 「大区小区」制
2 明治初年の町村合併
第三章 制度改革の模索
1 区戸長たちのフラストレーション
2 内務省と井上毅
第四章 地方と中央
1 地方三新法
2 町村運営の行き詰まりと明治一七年の改革
第五章 市場という領域
1 境界なきものとしての市場
2 備荒儲蓄法
3 道路が結ぶもの
4 市場と地方
第六章 町村合併
1 「自治」の思想
2 合併の遂行
3 行政村と大字
むすび 境界的暴力と無境界的暴力
そういう事情があるから、水利組合や清掃組合など、ご領主さまとは関係のない、地勢的条件による組織が活動していた。つまり、封建時代という言葉とは裏腹に、特定の領主が領民の全生活を律するとか、領地を統治するというような社会ではなく、典型的には殿様とは所詮年貢の納め先でしかなく、殿様と領民に親密な関係などあろうはずがない(領域国家の体裁を持つ大藩なら別かもしれないが)。

昨日の「明治維新という過ち」は武士社会・武士道を礼賛する(百姓あがりの「志士」だから武士ならやらないような卑劣な行為ができる)のだけれど、こうした領主と領民の関係という視点は希薄。もっとも、薩長や土佐は一国領国だから、あまり入り組んではいないかもしれないが。


ということで、大きく感想を言うなら、明治維新後、日本国が経済的に破綻することもなく、なんとかいろんな形をさぐりながら現在に続いてきた、その根本のところは、地域における生産活動の存在が必要、なにより税金(年貢)を徴収するという地域の行政(の下請け)が機能していた、そのことが詳細に追跡されている。

江戸期には、一時的に御用金として集めるものはあったようだが、直接国税とか、藩から集める連邦税的なものは制度化されていない。
基本的に徴税機構は、代官が置かれた天領を別として、諸藩が運営しているもので、ご一新後も、これが機能しなければ、国家予算は組めなかっただろう。

だから赤報隊による「年貢半減」デマを流せたし、それが効果を上げたわけだ。


その後、国税の徴収システムが整備されたので、徴税機構としての地方の役割りは小さくなった。

と、このように、本書を読んでいるうちに、封建時代の税制から、中央集権の税制への移行がどう進められたかという点に私の興味は収斂したのだけれど、著者にとっては、そちらはむしろアタリマエみたいで、それよりも「境界」とは何かという、やや哲学的な問題意識があるようだ。

本書の「はじめに」は、"境界を持たない社会・境界を持つ権力"という副題が付いている。
一体、何を言いたいんだろうと訝りながら読んだわけだけれど、読み進めば、なんとなく著者の問題意識の所在というか、洞察を端的に表現する言葉であることが諒解されてくる。

そして、越境して拡大する経済の特質というところまで考察は広がる。

ただし、そちらについてはあくまで端緒として考察されるにとどまる)


細かい具体的事件・事象については、読後の記憶としては残りにくいけれど、なるほど、国のシステムが変わるというのは随分と大変なことなんだな、得する人も損する人も出るんだな、歴史の理解には税制の理解が必要だ、まだまだ勉強不足だなぁ、そういうことを考えさせられる本である。

明治維新という過ち

原田伊織「明治維新という過ち―日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」(改訂増補版)について。

71l_9-DlX0L.jpg 私は、以前から明治維新というのはあんまり好きじゃない。
血塗られた、下劣な薩長のやり口、とりわけ、真摯に許しを請う相手を侮辱するようなのは不快だし、自己保身だけの京都の公家というのも気に入らない。かといって、徳川慶喜は優秀だけど小手先で誤魔化そうとする無責任なトップ、そんなイメージがある。

ということで、タイトルに惹かれてこの本を読んだ。
読み始めると、「はじめに」には、~竜馬と龍馬~として、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」が坂本龍馬を英雄にした、司馬遼太郎は"龍馬"でなく"竜馬"と表記することで小説中の人物という言い訳を込めている、そして、坂本龍馬はグラバー商会の使いっぱしりに過ぎないと、龍馬ファンなら怒髪冠を衝きそうなことが書かれている。

これは「はじめに」だから、結論じみたことを最初にアジテーショナルに書いたものと受け止めて、何故そう主張するのか章を進めていけば、その理由が明らかにされるものと思って読み続けたのだけれど、その攻撃的な口調が続く。ところどころに根拠が引かれるところはあるけれど、諸説があるようなので、史料批判に耐えるものなのか、浅学な私には判断できない。

著者の主張と異なることを勝海舟が証言していると、勝の言うことは信用できないと切り捨てているが、読者はどうしたら良いのか。


はじめに 〜竜馬と龍馬〜
第一章 「明治維新」というウソ
廃仏毀釈と日本人
「官軍教育」が教える明治維新
幼い天皇を人質とした軍事クーデター
実は失敗に終わった「王政復古の大号令」
戦争を引き起こすためのテロ集団・赤報隊の悲劇
第二章 天皇拉致まで企てた長州テロリスト
「家訓」を守った誇り高き賊軍
血塗られた京の文久二年
尊皇会津藩と朝敵長州の死闘
天皇拉致を防いだ池田屋事変
第三章 吉田松陰と司馬史観の罪
吉田松陰というウソ
「維新」至上主義の司馬史観の罪
第四章 テロを正当化した「水戸学」の狂気
「昭和維新」が生んだ「明治維新」
狂気のルーツ・水戸黄門
徳川斉昭の子供じみた攘夷
阿部正弘政権による実質的な開国
「瓢箪なまず」の改革
阿部の残した官僚たち
水戸の公家かぶれと『大日本史』の無理
第五章 二本松・会津の慟哭
戊辰戦争勃発、反乱軍東へ
戊辰東北戦争にみる奥羽の潔癖
三春の「反盟」、秋田の「裏崩れ」
誇り高き二本松 ~少年たちの戦~
会津藩と奥羽列藩の止戦工作
会津の惨劇 ~ならぬことはならぬ~
北斗の南
第六章 士道の終焉がもたらしたもの
薩摩の事情と西郷の苦悶
武士福沢諭吉の怒り
あとがき
一方、江戸時代が高度な社会システムを持っていたこと、幕末官僚には大変優秀な人が綺羅星の如くであったことなどは、あまり知られていないと著者は言うのだけれど、これは多くの歴史学者が一致するところであり、今では、常識に類することではないかと思う。

例えば、幕末の金の流出事件は、日本と諸外国の金銀交換比率の違いが原因ではあるが、それを幕閣が知らなかったからではなく、日本では金銀が素材として交換されるのではなく、銀貨は「銀で作った信用貨幣」という性格のものであったためで、あまりに先進的な日本の通貨システムが、外国人には理解不能(そしてそれを良いことに通貨の交換を正当化)という事情があったと言われている。


結局、怨念が表へ出過ぎているというか、怨念の固まりのような本になっているわけだけれど、これはこれで明治維新へのアンチテーゼという意義は十分に果たしている、ちょっと扇情的なぐらいに。

著者は、薩長の卑劣性、下劣性、残虐性を執拗に追及し、その証跡の言挙げに多くの紙幅を費やしている。
なかでも、二本松少年隊の悲劇は、「八重の桜」でもとりあげられたけれど、ほとんど一瞬画面を過った程度で、多くの印象を残さなかったが、本書ではかなり丁寧に解説されている。

会津(福島県)と長州(山口県)の間では、今でも婚姻が成り立ちにくいとは良く言われることだけれど、彦根と水戸や、二本松と三春(奥羽越列藩同盟を裏切る)もそうらしい。平成の大合併で、二本松と三春は合併してもおかしくない地理的条件であったにもかかわらず、ついに合併はならなかった、それもこれが原因という。


幕末の英雄を徹底的に貶めようという意図だけは明確である。
ただ、これでもか、これでもかと、あまりに容赦ないので、辟易するとともに、本当に、それほど、悪辣で、馬鹿で、卑怯で、下劣というだけでは、革命が成功するはずはないとも思う。

高校の日本史の授業のときに、教師が、みなさんが新政府の指導者だったら何をどうするか、と問いかけたことがあった。そして、誰も答えられないのを見計らって、そんなことでは革命はできませんね、と。
もっとも、新政府の施策を細かく説明している本などを見ると、まさに試行錯誤、見通して施策をうったとは思えないところも多い。結局、旧幕府が反革命を企図せず、江戸時代の惰性のおかげで、新政府はなんとかやっていけたという気がする。


著者は、幕末の志士(この言葉使いにもクレームをつけている)は、テロリストに過ぎない、そしてテロリズムは絶対に許さないという。

私も前に、吉田松陰はテロリストと書いたことがあるけれど(寅さんは尊王攘夷かい)。

しかし「テロとは失敗した革命である」という言い方もある。(学生運動が過激化したその末期の言)
ならば、著者が歯噛みしようと、革命に成功したならば、彼らはテロリスト呼ばわりはされないわけだ。

一つの歴史観として興味深いし、明治維新をそれほどの偉業とは思っていない私には共感するところも多い。
しかし、史料の選び方、読み方がフェアであるかについては、他書とも比較したほうが安全かもしれない。

誰が言ったのか忘れたが、「江戸は、後の近代日本を準備して、見事に、潔く役割りを終えた」ということは、間違いないと思う。

イルカ漁は残酷か

o3456230413891799425.jpg 沖縄旅行では定番の「美ら海水族館」に行ったが、この水族館でもイルカのショーが行われている。
時間の都合もあって、イルカ・ショーは見なかったのだけれど、というか、ショーを見ることを目的にすることに、ややうしろめたさもないわけではない。

伴野準一「イルカ漁は残酷か」というルポルタージュがある。
追い込み漁でイルカを生け捕りにして、水族館に売る、それが残酷だとは、どういうことなんだろう、殺して食べるというわけではないのに、そう素朴に思っていたけれど、実態はそんな綺麗事で済む世界ではなかったらしい、少なくとも少し以前までは。

iruka-ryo_wa_zankokuka.jpg イルカはときには数百頭もが追い込まれ、そのうち十数頭は生け捕られて水族館に売られるが、他のイルカは殺されていたのだそうだ。
いわば、水族館のショーで見る数頭のイルカの陰に、数百頭のイルカの犠牲があるというわけだ。

それどころか、もっと昔は、ただ魚を食べる害獣として駆除の対象となり、捕えられたイルカは、効率的に破砕され、とりだされた油脂は廃棄物として無料で製油会社に渡されていた時代もあるという。
もっとも、昔といっても、追い込み漁が「日本の伝統」と言えるほどの時間は経過していない。
昔は、そんな技術はなかったし、追い込み漁は稀にそういう状態になったときに行えるというもので、計画的なものではなかったという。

たまたま迷い込んだクジラやイルカを、天(海?)の恵みとして喜び、捕えて奪った命に対し「いただきます」と感謝しながら食べるのが伝統だろう。


先日、いくつかの水族館がJAZA(日本動物園水族館協会)を脱退していたことが伝えられていた。
WAZA(世界動物園水族館協会)が、追い込み漁で獲ったイルカを水族館に納めることを禁止すべきで、それに従えないのならJAZAをWAZAから除名すると言ってきて、厳しい選択を迫られたJAZAはその要求に応えることとしたが、それでは、イルカの入手が困難となる水族館にとっては館の存続に係る問題である。引き続き追い込み漁で捕獲したイルカの購入を続けるらしい。

動物園はWAZAから除名されると、希少動物を手に入れることが困難となり、園の運営が立ち行かなくなるが、水族館は必ずしもそうではないらしい。


まえがき
第一章 最後のイルカ漁
イルカ追い込み漁のメッカ伊豆半島/共同操業と資源枯渇の始まり/イルカの屠殺現場が明るみに
第二章 太地町立「くじらの博物館」物語
古式捕鯨発祥の地/江戸時代から盛んだったゴンドウ漁/短かった終戦直後のゴンドウ景気/南極海捕鯨から観光立町へ/新生太地町の象徴「くじらの博物館」/クジラ・イルカ捕獲作戦始動/追い込み失敗で広がる無力感
第三章 太地追い込み漁成立秘話
生け捕り成功、活気づく太地町/イルカ捕獲の試行錯誤/バンドウイルカの大量捕獲に成功/漁船のFRP化と追い込み漁の完成/生け捕り目的で始まったバンドウの追い込み
第四章 価値観の衝突
豊漁と表裏一体のイルカ食害/イルカ駆除成功で巻き起こる国際的な批判/ハワイからやってきた活動家/イルカ漁論争の原点/活動家、その短い生涯
第五章 スター誕生
イルカ・スタントショー発祥の地/マイアミ海洋水族館とリック・オバリー/アルビノ・イルカを捕まえろ/フリッパー登場/イルカ・トレーナーからイルカ活動家へ
第六章 乱獲と生体ビジネスの始まり、包囲網の形成
英作家C・W・ニコルの戦慄/リック・オバリー、イルカ漁を目撃/水銀問題と謎の撮影クルー/太地町を変えたドキュメンタリー映画
第七章 イルカと水族館
生体販売ビジネスに手を染めた太地町/エルザの会、JAZAに要望書を提出/名物園長イルカ問題を語る/鴨川シーワールド館長JAZA会長に就任/二〇一四年八月、世界協会と合意へ
第八章 幕間劇「くじらの博物館訴訟事件」
リック・オバリーは語る/身勝手な言い分
第九章 夏は終わりぬ
二〇一四年ジャパン・ドルフィンデー/記録的不漁だった二〇一四・二〇一五年漁期
終章 イルカと人間の現在
イルカと牛豚、屠殺方法の違い/動物福祉的価値観とイルカ漁/イルカ飼育は虐待か/命の値段
あとがきに代えて
こう書いてくると、私はイルカ漁に反対なのかというと、情けないことに、そう言い切れるわけではない。
そもそも、イルカを獲ってはいけない理由というのが全くわからない。
確かに、見た目の残酷さというのはあるにしても、動物というのは所詮、他の生き物の命を頂いているわけで、「いただきます」という気持ちとともに食べることが悪いとは思えない。
本書の「あとがきに代えて」では、太地町漁協の人の発言として、

「まあ情けない。ぼくらもあの映像見たらね、わあこんなことやっとんたんかって反省しています。本当に反省しています。」

という言葉も紹介されている。

一方で、シーシェパードなどの行動は常軌を逸しているように思い、彼らに屈服することはテロに屈するのと同じだという気持ちもある。
しかし、イルカ漁を正当化する理由として、日本の伝統を持ち出すのは誤りであることは、疑えないようだ。

また、先年、Behind "THE COVE"という"THE COVE"を捏造と断じる反宣伝映画が制作され、それなりの話題になったが、この反宣伝への反論という、バッシング合戦も、あまり建設的ではないと思う。

さて、この本の「まえがき」に著者はこう書いている。

日本で、そして和歌山県太地町で行われているイルカ漁を考えるうえで、議論のための新しい土台が築けたのでないかと、私はいま感じている。


著者もイルカ漁について、否定も肯定もせずに、出来る限り事実を追いかけようとしている。そして、

ヘイトスピーチは撲滅しなければならないのと同じように、イルカ漁反対運動に内在するテロリズム的要素についても、私たちは断固として反対し、戦わなければならない。
 だが、傲慢不遜な彼らに対する反発から、私たちのなかからイルカ漁について虚心坦懐に考えようとする気運がうしなわれてしまったこともまた事実である。私たち日本人は、太地町で行われているイルカ漁について真剣に考えてみることなく、反イルカ漁運動に対する反発心から「イルカ漁は日本の文化なのだ」などと安直な主張を繰り返しているに過ぎないのではないか。

とする。

hatari21.jpg 陸上動物でも、野生動物を捕まえて動物園に売るということが、何の疑問もなく行われていた時代もそう昔のことではない。
中学校のときに観たジョン・ウェイン主演の「ハタリ」(1962年)という映画は、そういう時代のそういうハンターを描いていた。と同時に、動物への愛情も(人間の男女間の恋愛も)、描いていた。

ヘンリー・マンシーニ「子象の行進(Baby Elephant Walk)」はこの映画の挿入曲である。

そういう時代は遥か遠くなったようだ。

私欲じゃなければ良いのか

f21d2ef1dc86225a02bf959c84c62230.png 森友学園の籠池理事長は「真に日本国のためになる子どもを育てたい」とお国のために頑張っている、それが理解されないことに恨み言を言い、裏切られた思いと、堂々と証言している。

昔、会社ぐるみの不正に対して、それに協力していた社員や役員が、(私利私欲ではなく)会社のためにやったことと、反省の姿勢は見せながらも、自分の行為を正当化していたことがある。

これへの対応だと思うけれど、内部告発を行う労働者を保護する「公益通報者保護法」が2006年に施行されている。


やったことは違法だったかもしれないが、私利私欲ではないということで、同情する声も出ることがあるようだ。
しかし、私利私欲じゃなかったら、許されるとか同情の余地があるとかなるのだろうか。

籠池理事長は、維新の会の立ち上げの時に「ずいぶん支援した」という。
政治献金は、する側も、される側も私利私欲ではない、崇高な理想のためにしている、というタテマエだと思う。

細かいことから言うと、もし私費を投じて政治活動に邁進している政治家がいたとして、その政治家に政治献金をしたら、その政治家は私費を自分のために使えるようになる。私利じゃないか。

一般に、使途を限定して寄付をしても、それ以前にその使途で使われていたお金を他へ回すことができるだけで、使途を特定せずに寄付をするのと、そう変わらない(もちろん額によるけれど)。

支援してくれた人を大事にする、それは朴槿恵前大統領と崔順実氏の関係を考えれば、すぐわかることだ。

ある政党が税金のばらまき施策を提案したとする。それは国の政策として行われるわけで、その政党(の政治家)の私利私欲ではない。けれども、選挙のときには、そのばらまきが「我が党の提案で実現した」と宣伝するわけで、やはり党利を追求したことになるのではないか。

それも、他人(国民)の財布(税金)に手を突っ込んだに過ぎないのに。


そんなこと言ってたら政治なんてできない、どんな政策でも、それで得をする人、損をする人がいるという反論があるだろう。
その反論を認めよう、ほら、私利私欲でなかったら良いということにはならないでしょ、と。
そもそも、政治とは利害が対立する集団間の調整技術である、そうでしょう。

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やっぱりクレオパトラはリズだよな
もっとも、私は私利私欲などは実はたいしたことではないと思っている。
ほとんど誰もが、ユリウス・カエサルは偉大だったと認めるだろう。
彼は私利私欲とは全く無縁だったと思う。
資産を持ったとしても、政治的手段として使っただろう。クレオパトラに貢いだとしても単純な欲望からではなくて、性事じゃなくて政治のため(このあたりがアントニウスとはちがう)。
自分の財産などには拘泥しないし、借金は山ほどあっても気にしない、という人物のように思う。
つまり、私利私欲がないのではなく、私利私欲を超越しているのだろう。

政治家の評価は、私利私欲が有るとか無いとかではなくて、施策が(多くの)国民にとってどうなのかということでなされなければならないと思う。

立派な政治家なら、私利私欲で判断が曇らない程度の報酬を与えれば良いだろう。
そうじゃない政治家には、私利私欲を満足させられる程度の口止め料を与えれば良いだろう。


教育勅語

教育ニ関スル勅語」、いわゆる教育勅語を学校で教えようとか言っているらしい。

このことが話題になったのと、タイミングを合わせるように森友学園の幼稚園で教育勅語を子供に暗唱させているという話があったけれど、聞かれたから答えたということなんだろうか。


AS20170401000332_comms.jpg 実は、私は中学ぐらいの頃に教育勅語を憶えていた。別に教えられたわけではない。社会科の資料集かなにかに収録されていて、単純に面白がって憶えた。

「面白がって」というのは不敬かもしれないが、子供の受け止め方というのは、そうした無邪気で無批判なものではないだろうか。

教育勅語を教えようという人は、内容は良いことが書いてあると言い、こうしたことがきちんと教えられれば、道徳的な人に育ち、イジメなんて起きなくなるんだと言ってるらしい。

でもね、だ。
教育勅語は1890年に発布され、戦前教育の最高規範とされ、徹底的に教え込まれた。
そうやって教育勅語を憶えさせられていたはずなのに、最も陛下のお心に従うべき軍隊に入ったら、いじめが横行していたという。イジメ防止効果は疑わしいようだ。

というか、教育勅語を憶えられない子供がイジメの対象にされるんでは。


私も、書かれている内容は普通に徳目として大事なことが書かれていて、酷いものとは思わないけれど、同様のことはいろいろな形で教えられている。もし、とりたてて教育勅語が国民精神の涵養に効果があるとするなら、それは勅語、つまり天皇の言葉として畏敬する、天皇の神格化という前提があってのことだろう。親や教師の言うことはきかなくても、天皇の言うことはきく、そういう子供でなければ。

やっぱり天皇主権の国にしなければ成り立つ話じゃないですな。
というか、教育勅語で軍国教育を進めた軍幹部が、一番、天皇を軽視する行動をしていたようだけれど。


ところで、こういう話を聞いて、これからは国民と言わず、臣民と言わなければならなくなるのかと早とちりした。教育勅語中では、国民じゃなくて臣民を使っているから。
しかし、戦前も国民という言葉はある。「国民精神総動員」というように使う。

2017-04-07_124835.jpg 前の戦争の教訓は、敗ける戦争を繰り返さないためには、精神論とか情緒論とかでなくて、科学的精神、合理的精神を養わなければならないということ。
竹槍ではB29に対抗できないことを理解することではないのだろうか。
前と同じことをしても今度は勝てると言う人が愛国者なのか、前と同じことをしたらまた負けると考える人が愛国者なのか。

そんなことはわかってると言うのかもしれない。
ただし、わかっているのは指導者だけで十分、一般国民は教えられたとおりに突撃すれば良いのだ、ということかな。
その割には前の戦争では、教育勅語も戦陣訓も暗唱しているような指導者がみんな「お国のため」を免罪符に、卑劣で無責任な行動をしたようだけど。


自分勝手な愛国ですべてをいいくるめ、そうでない人を非国民と言う雰囲気が醸成されつつあるような気がする。
「逆コース」という言葉も既に死語扱い、同じことが「日本を取り戻す」正コースになってきたようだ。
次は戦陣訓を教えるようになるのだろう。

「生きて虜囚の辱めを受けず」なんて言ってたら中国には絶対勝てない。
中国と戦争になったとして、中国人の1割が投降してきたらどうするんだ。日本の人口と同じだけの中国人を日本で養わなければならなくなるんだぞ。


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