答弁撤回

DVYJ1xPVwAAgEuDrrggrrtteerr.jpg 国会での「働き方改革」をめぐって、ゴタゴタしている。

働き方改革自体は、厚労省のページを見る限り、もっともな(らしい)言葉が並んでいる。

働き方改革についてはいろいろ思うところもあるのだけれど、

「働き続ける高齢社会」って、年金財政が維持できないだけだろう、
付加価値が上がらなければ、パイの取り合いにしかならないだろう、など。

それはともかく、今日は、働き方改革そのものではなくて、安倍首相が答弁を撤回したことについて考えてみたい。(その経緯は朝日新聞のページに解説されていた。)

touben_tekkai_asahi.jpg 間違っていたら訂正するのは自然なことだと思うけれど、間違いを指摘されなかったらそのまま済んでしまうのなら、やはり決定過程に問題があるということになる。
間違いを認める態度は、決して悪いものではないから、しつこく答弁撤回を批判するのはスジが違うだろう。

ただ、この間のやりとりをテレビのニュースで見ていて、不思議だったのは(私の聞き間違いだったらゴメン)、根拠となった調査の方法についての質問に対して厚生労働大臣が「答えられない」と言ったというあたり。
おいおい、それじゃ調査の信憑性云々以前の問題ではないか。

首相や担当大臣がこんな答弁をするのは、そのもとになる政策立案・根拠固めをした官僚の質が悪いということを意味する。しかし、彼ら官僚が、能力的に低いわけではないだろう。
となると、政治家から、説得材料になる数字を示せと言われて、あるいは、それを忖度して、誤魔化しの根拠数字を入れたということかもしれない。

政治主導は、権力に阿る役人による歪んだ政策立案になる危険を孕んでいる。
最近、そういう事例が多いように思うのは私だけだろうか。

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「集中講義 大乗仏教」

佐々木閑「集中講義 大乗仏教―こうしてブッダの教えは変容した」について。
NHK_100min_de_Daijo_bukkyo.jpg
別冊NHK 100分de名著」というシリーズの1冊。

「100分de名著」というのはNHKの番組で、古今東西の「名著」を造詣の深い人たちが、短時間で、そのキモを説明してくれる番組。狙って視たことはない(惜しいことをした)が、何本か、枕草子、歎異抄、手塚治虫などは見た覚えがある。


昨日とりあげた「さかのぼり日本史⑥“天下泰平”の礎」も、NHKの番組に由来する本だったが、このような番組由来の本(ノベライズというわけにはゆかないけれど)というのは、それほどじっくりと読むような量が書かれているわけではない。
しかし、この本は意外に読み応えがあった。1回の番組ではこれだけの内容は語れないと思う。番組から離れて別途執筆されたものかもしれない。

NHKのホームページを見たが、この本に1対1で対応する番組を見つけられなかった。同じ著者による「般若心経」はあるけれど。


本書では、いきなりものすごいことを言い切る。
「釈迦の仏教」と、私たち日本人が信仰している大乗仏教とでは、じつは教義の内容がまるで異なっているのです。もともとあった「釈迦の仏教」にのちの人が手を加え、オリジナルの教えとは別のものとして、日本や中国に伝わったのが大乗仏教だと思ってください。

このことは、本書の第3講「久遠のブッダ―『法華経』」の中や、「おわりに」で繰り返される。
 大乗仏教の歴史を研究していると必ず出会う名前があります。江戸時代の町人学者、富永仲基です。彼は、それまでの仏教界では全くの常識とされた大乗仏教仏説論、すなわち「お経と名のつくものは皆、釈迦などのブッダが説いた仏説であり、そのすべてが正統なる仏教の教えだ」という考えに異をとなえ、「経典というものは、先にあったものを土台として、次の世代の人たちが別のものを新たに創作し、それをもとにまた別の人が次のもの左作るという連鎖的操作で生み出された」という説を主張しました。「加上の説」と言います。「加上の説」は、彼が実際に万巻の経典を読み込んだうえで到達したきわめて合理的な結論です。しかし、この説は当時の仏教界に非難の嵐を巻き起こしました。考えてみればそれも当然です。富永の主張に従えば、ほぼすべての経典は釈迦が説いたものではなく、のちの世代の人たちが釈迦の名をかたって次々に創作したものだということになるのですから、それらの経典を自分たちの教義の要に据えている日本の宗派にとって、この説はゆゆしき邪説とみなされたのです。

(おわりに)


以前、島田裕巳「ブッダは実在しない」の書評を書いたけれど、そこでも、宗教的な心情を思うなら、ブッダが教えたところの神(にあたるもの)が居て、後の仏教を発展させてきた多くの高僧・名僧は、宗教的体験をしてきて、その教えを深化させてきたとも言える。時代とともに何度でも仏の教えが更新されて何らおかしくはない、と書いた。
島田氏は、日本の仏教には、もともとのブッダの教えは入っていないことを問題視されるが、仏典・宗派というものは、そういう成り立ちであるという主張でもあり、ここは「加上の説」を認めているということだろう。

第1講 「釈迦の仏教」から大乗仏教へ
第2講 「空」の思想が広がった──『般若経』
第3講 久遠のブッダ──『法華経』
第4講 阿弥陀仏の力──浄土教
第5講 宇宙の真理を照らす仏──『華厳経』・密教
第6講 大乗仏教はどこへ向かうのか
そもそも釈迦が書き残したものというのはない。お経は釈迦の弟子たちが、釈迦の言葉を忘れないように書きとめたもの。その時点から複数の弟子がそれぞれ覚えていたし、「方便」が語られたこともあったろうか、そもそも最初から統一のとれたものでもなかっただろう。

合理的に考えて「加上の説」は否定できないようだが、多くの宗派が根本経典をお釈迦様の教えと言えない状況のなか、阿含宗のように、釈迦の時代からある阿含経のみを根本経典とし、華厳経、法華経などは中国で創作されたものと断ずる宗派もある。

ただ、阿含経が信者を集めているかというと、そうでもないようだ。


結局のところ、「釈迦の仏教」、すなわち釈迦を尊崇するのか、時代に合せて変容してきた仏教信仰を受け入れるのかという問題ということだ。

眼を転じれば、キリスト教も同様である。イエスが書き残したものはない。

イスラム教のクルアーンは、ムハンマド自身が書いてはいないにしても、ムハンマドの生前の記録がもとになっているそうだから、このあたりの事情は少し違うかもしれない。


神を信じるという人類の多くが持つ性質は、社会構成原理として生存に有利だっただろうという考え方がある。
人は何かを信じなければ頼りない気分になるものらしい。
「鰯の頭も信心から」

「多数決を疑う」をもう一度

以前、「多数決を疑う」をとりあげたけれど、
その著者坂井豊貴氏は、「大人のための社会科―未来を語るために」でも3つの章を担当されている。
「GDP」、「多数決」、「公正」の3つの章である。

著者は、このそれぞれについて、アタリマエとして受け入れている、無批判に、あまり深く考えることなく使われることもあるこれらの言葉について、それぞれが持つ数学的挙動を考察している。
数学的遊びという評価をする人もいるだろうけれど、そういう人こそ、頭ごなしに、多数決は正しいと言い切るに違いない。

senkou_joukyou.jpg さて、前の記事でも説明を入れたけれど、「大人のための社会科」では、多数決というものを単純に信奉して良いかに疑問をなげかけるシンプルな例が紹介されていた。

一つは、単純多数決、決選投票(上位選択肢2を残して再投票)、ボルダルール(1,2,3位にそれぞれ3点、2点、1点を与える)の3種類の決定方法で、結果がすべて異なるという例。

これは前の記事でも書いたとおりだけれど、こっちのほうが「ペア比較」を省いて簡素化されているので、わかりやすい。


Ostrogolsky_paradox.jpg もう一つの例は、「オストロゴルスキーの逆理」というもので、複数の政策課題があって、人によってそれへの賛否の組合せが違うとき、一つ一つの政策の賛否と、全体としての賛否が逆になるというもの。

サンプル図は、5つの政党が3つの政策課題に対しそれぞれ賛否を表明している状況と考える。上3つの政党の政策がいずれも支持されていて、他の2党の反対意見はいれられない。結果、3つの課題のいずれも支持された形になっている。
ところが、一つ一つの政策課題に対して各政党ごとの賛否を調べると、どの課題についても支持されていない。


もう一つ、公平とは何かについておもしろい例が紹介されている。
初期ユダヤ教の口伝律法を書きとどめるという「バビロニア・タルムード」に書かれている、具体的な「公正」の計算方法が紹介されていた。
nuno_no_bunkatsu.jpg

2人の男が12単位の布の所有権であらそっている。一方(A)は12単位すべてが自分のものと主張し、もう一方(B)は6単位は自分のものだと主張している。さて、A,Bどちらの主張も正当性を立証できないとき、A,Bの取り分をどのようにするべきか。

という問題で、バビロニア・タルムードは、所有権を争っているのは6単位だけだから、これをA,Bで折半するのが正しいとしているのだそうだ。
これに対し、12を主張する人と、6を主張する人なのだから、その割合で分割すれば良いと考える人もいるだろうということだ。

もし、A,Bの主張の正当性評価が同等であるなら、私もバビロニア・タルムードのやりかたが自然だと思う。


「大人のための社会科」

井手英策,宇野重規,坂井豊貴,松沢裕作「大人のための社会科―未来を語るために」について。

Otona_no_tameno_shakaika.jpg タイトルからは教科書みたいな印象を受けるけれど、実はその逆、つまり、お仕着せの社会科ではなくて、4人の気鋭の研究者による、現代社会を生きる人に、考えることの大事さを訴える本。

「序」に、「反知性主義へのささやかな抵抗」という副題が付いている。
読み進めれば、反知性主義的な事象を論駁しようとしている例が随所に出てくる。
そうなんだと納得する一方、「ささやかな抵抗」というのは、弱小な勢力にすぎないことを自覚しているということかもしれない。この人たちのような考え方を素直に受け入れない、あるいは難しいと思考停止する人は多いだろう。

また、『あえて「上から目線」で教科書を書く』としているのは「ささやかな抵抗」。
冒頭、お仕着せの教科書とは逆の本だと感想を書いたが、著者は上から目線の教科書と表現した。
よほど反知性主義に怒りをもっているのだろう、反知性主義と見える人に対しては、ちゃんと教導しなければならない、そのための教科書だという意識かもしれない。

研究者、専門家は、反知性主義者からは嫌われる側に身を置いていて、反知性主義あるいはポピュリズムの操作対象である大衆からは遊離し、何を難しいことをごちゃごちゃ言ってるんだと非難(あるいは無視)されることを承知しているということだ。

だから、本書を読んで、狙い通り、考える人が増えれば、著者たちへの尊敬も復活することになるだろう。

序 社会をほどき,結びなおすために(井出)
―反知性主義へのささやかな抵抗
 
 第1部 歴史のなかの「いま」
第1章 GDP(坂井)
―「社会のよさ」とは何だろうか
第2章 勤労(井手)
―生きづらさを加速させる自己責任の社会
第3章 時代(松沢)
―時代を分けることと捉えること
 
 第2部 〈私たち〉のゆらぎ
第4章 多数決(坂井)
―私たちのことを私たちで決める
第5章 運動(松沢)
―異議申し立てと正統性
第6章 私(宇野)
―自分の声が社会に届かない
 
 第3部 社会を支えるもの
第7章 公正(坂井)
―等しく扱われること
第8章 信頼(宇野)
―社会を支えるベースライン
第9章 ニーズ(井手)
―税を「取られるもの」から
  「みんなのたくわえ」に変える
 
 第4部 未来を語るために
第10章 歴史認識(松沢)
―過去をひらき未来につなぐ
第11章 公(井手)
―「生活の場」「生産の場」「保障の場」を作りかえる
第12章 希望(宇野)
―「まだ―ない」ものの力
という本なのだけれど、やはり教科書ではない。というのは、目次を見てわかるように、教科書のような、体系性・網羅性はない。
本書の構成は、思慮不足の人たちが無批判に繰り返す言葉に目を付けて、その言葉の本当の意味とか、それにまつわる社会事象の深さや拡がりというものを暴き立てる。。

各章は分担執筆のようだから、読み進むと、それぞれう~んとうならされるけれど、前後の関係はあまり見えない。反知性主義に体系があるわけではないだろうから、それにお付き合いして、反反知性主義を主張しても、組み立てが体系的にはならないということかもしれない。

ただ、執筆者が分担している章を並べて見れば、同一執筆者が持つ問題意識というか思考パターンは浮かび上がってくる。

たとえば、前に「多数決を疑う」をとりあげたけれど、坂井豊貴氏は、「GDP」、「多数決」、「公正」の3つの章を担当されている。このそれぞれには、アタリマエとして受け入れていることについて、それぞれが持つ数学的挙動を踏まえて、単純にこの言葉に代表させてよいものか、概念を使うときには、その定義・意味にも注意を向ける必要があると示される。

なるほどこれは反ポピュリズムと言って良い。言葉を表層理解と「勢い」にとどめ、アジテーションに用いるポピュリストからしてみれば、深く考えられては困るだろう。


「歴史認識」の章では、タイトルからすれば、日韓や日中の問題がとりあげられると予測できる。実際、慰安婦問題がとりあげられるのだけれど、その前に、歴史認識とはどういうことなのか、それが整理されて語られる。アタリマエのことだと思うけれど、出来事レベルと、解釈レベルがある。

ポピュリズムとフェイクは親戚関係である。著者は、せめて出来事レベルだけでもきちんとしよう、フェイクに惑わされないようにしようと考えているようだ。

そして、その基礎となるアーカイブが日本では発達していなかったことを指摘する。
慰安婦問題でも重要史料(上海領事館が、慰安婦募集について、警察に協力を求めた依頼文書が残っている)も、公的な記録としてではなかった。

そういえば、森友、加計問題でも文書はあっというまに廃棄されていたという。本当だとしたら、ヤバい資料だから急いで廃棄したのだろうか。


適材適所の人事です

「首相夫人が棟上げ式に来る」と圧力になりそうな発言があったとか、新しい話も出てきている森友学園問題。真実があきらかになるのはいつのことだろうか。

2018-01-25_143220.jpg 2018-01-25_143257.jpg それに関わる重要人物の一人、財務省理財局長が国税庁長官に就任したのは、昨年7月のことだけれど、今でもこの人事について国会でむしかえされていた。(当該ニュース

「忖度」が流行語になった森友学園への国有地売却に関して、当時、国有財産管理を所管する理財局のトップであった人の人事だから、この人が真実を知っているのではないか、だとしたら昇格人事は不適当じゃないかというわけである。

ただ、実務的には、国有財産の処分の意思決定は、なんでも理財局長が判断・決裁するわけではないだろう。
対象となる財産の金額によるんじゃないかと思う。
売却価格が2億円にもならないのなら、こんな偉いひとの決裁が必要だとは思えない。

しかし「忖度」という言葉が出るということは、決裁権限の問題ではないところで行われたものということである。部下が忖度したのか、理財局長が忖度して部下に意向を伝えたのか、このあたりはわからない。
いずれにせよ、決裁ルール上問題はないわけだから、うやむやなままで終わるだろう。

もっとも、前の国会でのこの人の答弁がなんだか要点を外すような答え方の上、残っていたら(黒白の)証拠になっただろう記録は「適切に廃棄」と言ってみたり、「金額と価格」は違うなどと言うから、話が変なことになってしまった。

ここで総理大臣や財務大臣が、国税庁長官をかばうような答弁をしているわけだけれど、あんまり庇い立てすると、かえって勘ぐりたくなる。
もし、ここで処分や左遷人事を行ったりしたら、本人が真実を喋ってしまう危険があるからじゃないか、窮鼠猫を噛むの諺もある、と。

昔、なんとなく聞いた話だが、偉いお役人が、収賄だか不適正会計だかで警察のお世話になり、結局は失職したのだけれど、その後、第二の人生では、以前にもまして羽振りが良くなったとか。それは、司法の前で完全に口をつぐんだ報酬なのだ、もし真実を喋っていたら、何人の高級役人が追及されていたかわからない、そんな趣旨のようだった。

単なる風聞にすぎないのだけれど、こういう話をどこかで仕入れた人は、それを披露したいのか、誰かれ構わず喋るようだ。(だから私の耳にも入った。真偽は別として、こうして風評がつくられていく。)


それはそれとして、確定申告の時期、窓口の税務署員は、結構、納税者から文句を言われていると報道されていた。
100円、200円の領収書でもきちんと保存して、申告時に証拠書類として添付させられているけれど、国税庁長官は何億円もの取引でも証拠文書は廃棄して通るんだな、と。

火あぶりにされたサンタクロース(続き)

muchiuchi-ojisan
鞭打ちおじさん
「火あぶりにされたサンタクロース」の続き。

昨日の記事で、論文の契機となった(と思われる)、ディジョンでのサンタクロース火刑事件について紹介したけれど、今日は、レヴィ=ストロースの考察について。(難解な論文なので、私の理解が違うかもしれないけれど)

著者は、まず、火刑となったサンタクロースは、第二次大戦後、アメリカの影響を受けて出てきたものと指摘する。教会がサンタクロースを火刑にしたのは、フランス・カトリックの伝統には存在しない、そして商業主義的な産物に、異教性を見たからなのだけれど、著者はそれだけでは済まさない。
商業主義に毒されたで済まさず、そもそもサンタクロースの来歴や受容態度の分析を行う。

まずは来歴としては、簡単に、サンタクロースが現れる前の「冬の祭り」について書かれ、クリスマスは、そうしたいろいろな習俗の断片を寄せ集めて成り立っていると説かれる。
また、およそクリスマスとは何の縁もないであろう、プエブロ・インディアンの「カチーナ」という儀礼との類似に注意を向ける。
Pere noel
ペール・ノエル
(クリスマスおじさん)

ほとんどすべての人間集団において、子供たちは、入念に管理されたあの種の神秘についての知識を知らされていないことによって、あるいはつくり話が張りめぐらす幻想のヴェールに阻まれて、男性の集団から排除され、分離されている。男性集団は、さまざまな工夫によって、自分が独占管理する神秘を、しかるべき時期がくるまで子供や女性に秘密にしておき、時期が来ればそれを若者たちに教え、それによって彼らを大人の集団に迎え入れるのである。
子供達に見破られないよう、大人たちが仮面をかぶり見事に変装し「カチーナ」神は出現する。サンタクロースはこの「カチーナ」と同じ種族に属している、という。

さらに、カチーナなどの儀礼では、神は実は子供である、そして実はそれは死者でもあるとする。
サンタクロースにまつわる儀礼や信仰が、イニシエーションに関係する社会学的範疇に属するものである限り(その点は全く明白だ)、これらの儀礼と信仰は、子供対大人という構図を越えて、死者と生者という、より根源的な対立の構造をあらわにしているのである。

私にはレヴィ=ストロースのような深い理解はちょっとついていけないところがある。
本当に、そうした文化の記憶が、現代のクリスマスのばか騒ぎにもあるんだろうか。

Goya,_Saturno_devorando_a_su_hijo そして、次に引き出されるのが古代ギリシア・ローマから中世にいたる「サトゥルヌス祭」である。ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』で有名なサトゥルヌスだけれど、宗教史学者や民俗学者の研究は、フランスのサンタクロースである「ペール・ノエル」の遠い起源が、中世の「喜びの司祭」や「サチュルヌス司祭」などにあることを認めているという。

サトゥルヌス祭は「怨霊」の祭りだ。すなわち、暴力によって横死した者たちの霊や、墓もなく放置されたままの死者の霊を祀るもので、その祭りの主催者であるサトゥルヌスの神は、いっぽうではわが子をむさぼり食らう老人として描かれるが、じつはその恐ろしい姿の背後には、それとまったく対照をなすように、子供たちに優しい「クリスマスおじさん」や、子供たちに贈り物をもってくる角の生えた地下界の悪魔である、スカンジナヴィアの「ユルボック」や、死んだ子供たちを蘇らせ山のようなプレゼントでつつんでくれたという聖ニコラウスや、夭折してしまった子供の霊そのものであるカチーナ神などが、しっかりとひかえているのである。

以前から、クリスマスというのは、もとは冬至の祭りであって、太陽が再び力を得る、死と再生の祭りがもとで、それをキリスト教会が、降誕祭につくりかえ、ガリアやゲルマンを教化する手段としたという説明がなされることがある。これについてもレヴィ=ストロースは深く洞察する。
そして、サトゥルヌス祭から引き続くクリスマスの狂気は、クリスマスの夜に行われるキャバレーのばか騒ぎが痕跡をとどめている。しかし、重要なのは、子供である。贈り物を強要する子供たちについては、中沢新一氏の論文「幸福の贈与」に詳しいかもしれない。

そして、論文は次のようにしめくくられる。
こうして見ると、ディジョンにおいておこなわれた異端者火刑は、はからずも、サトゥルヌス祭の王のあらゆる特徴を備えた、新たなヒーローを復活させてしまったのである。ディジョンの教会関係者たちは、サンタクロース信仰に、終止符を打とうとして、この火刑をおこなった。だが、皮肉にも、それによって、数千年にわたる消滅の後、ひとつの儀礼的形像を、まったき完全さのもとに、蘇らせてしまうという結果を、つくりだしたのだ。ディジョンのクリスマスにおこった、この奇妙な事件は、けっして小さなパラドックスに終わるものではない。カトリック教会は、儀礼を破壊しようとして、かえって、この儀礼の永遠性を証明する手助けをしたのだ。

American Santa
アメリカのサンタ
いかがだろう、とても難解で、私には消化しきれないので、適切な紹介にはならなかったと思う。

キリスト教徒がどのようにサンタクロースに向き合うのか、とても真摯な態度が見て取れるのだけれど、日本では、キリスト教徒でもないものが、クリスマスと騒ぎ、サンタクロースをありがたがると揶揄されたりする。サンタクロースを異教徒として火あぶりにしたフランスとはずいぶん異なる状況だ。

日本人は、サンタクロースも八百万の神の一つとして受容しているということだろうか、それとも商業主義に「純化」された(信仰を削ぎ落とされた)サンタクロースだけがやって来ているということだろうか。

ところで、中沢新一氏の論文、これはレヴィ=ストロース以上に難解なので、とても紹介できないが、中にもおもしろい言葉があったのでそれだけ紹介しておこう。

「商業はロゴス、贈与はエロス」

だそうだ。

火あぶりにされたサンタクロース

IMG_20171223_141012s.jpg 世間はクリスマスなので、
「サンタクロースの秘密」
について。

地元の図書館では、ときどき利用者の気を惹くためか、便宜のためか、テーマを決めて展示棚に、蔵書を陳列することがある。

夏休みだと学校の課題図書が並べられたりするが、大人向けには郷土の歴史にかかるものとか、戦争・戦史にかかるものなどがテーマになっていたりした。

そして、先日図書館へ行ったら、クリスマス特集で、絵本・おはなし本などが集められていた。

31YAF09JZ4L.jpg その中にこの本、クロード・レヴィ=ストロース/中沢新一「サンタクロースの秘密」が混じっていた。

レヴィ=ストロース(Levi=Strauss)といえば、ジーンズのメーカー(Levi's)ではないかという人もいるかもしれないけれど、私たちの年代だと、なんといっても「構造人類学」を打ち出した大学者である。
その著作が、子供向けの絵本の間にはさまっている。
なんと場違いな、子供が読んだらショックを受けるに違いない。

本書に、収録されているのは「火あぶりにされたサンタクロース」という論文(1952年)。
他、訳者でもある中沢新一氏の「幸福の贈与」が収録されていて、この論文を解釈・解説してくれている。

1951年、フランスのディジョンにおいて、サンタクロースが火刑に処せられた事件から説き起こし、人類学者らしく、サンタクロースの来歴の解説のみならず、人類学の観点から、「祭り」の意味や、社会における役割、人々の受容態度などが、分析されている。

まずは、レヴィ=ストロースの論文が引用している新聞記事を転載しておこう。

サンタクロース火刑に処せらる

      教区若者組の子供たちの見守るなか
      ディジョン大聖堂前の広場において

ディジョン、十二月二四日(フランス·ソワール現地支局)


 サンタクロースが、昨日午後、ディジョン大聖堂の鉄格子に吊るされたあと、大聖堂前の広場において、人々の見守るなか火刑に処せられた。この派手な処刑は、教区若者組に所属する多数の子供たちの面前で、おこなわれたのである。この刑の執行は、サンタクロースを教会の横領者にして異端者として<有罪>の判決を下した、聖職者の同意のもとに、決定された。サンタクロースは、キリストの降誕祭を異教化し、鳩のようにおとなしそうな顔をしながら,教会のなかに居すわって、ますよす大きな顔をするようになったとして、非難されたのである。
 とりわけ、サンタクロースの慣習が、各地の公共学校のなかに入り込みつつあることは、大きな非難の的となった。サンタクロースが登場してきたおかげで、学校でいままでおこなわれてきた『クレッシュ』の伝統(キリスト降誕の場面の模型をつくる風習)が、まったくおこなわれなくなりはじめているという。
 日曜日の午後三時に、白い髭のこの哀れな人物は、火刑に処せられた。過去には、多くの罪のない人々が、刑の執行を拍手を送りながら見物する人々の過ちを償うために、この人物と同じように、炎に包まれていったものである。炎は、この男の髭をなめつくし、まもなく男は煙のなかで、意識を失っていった模様である。
 刑の執行がすむと、ひとつのコミュニケが、読み上げられた。
 概要は次のとおり。「虚偽と闘うことを望む、教区内のすべてのクリスチャン家庭を代表して、二五○名の子供たちが、ディジョン大聖堂の正門前に集まり、サンタクロースを火あぶりにした」。
 ここでおこなわれたことは,たんなる見世物ではない。これは立派な象徴的示威行為なのである。サンタクロースは、ホロコーストの犠牲者となったのだ。たしかに、虚偽が子供の心に宗教的な感情を目覚めさせることなどありえない。ましてや、いかなる意味においても、それを教育に用いてはならない。しかし、多くの人々が書き、また語っているように、人々がサンタクロースに望んでいるのは、この人物が、悪い子供にお仕置きをするためにあらわれたという、あのただ怖いだけの『鞭打ちじいさん』の向こうを張って、子供たちのための優しく気前いい教育者としてふるまってほしい、ということなのである。
 私たちはクリスチャンであり、それゆえクリスマスはあくまでも、救世主の生誕を祝う祭りの日であってほしい、と望んでいる。
 大聖堂前広場における、このサンタクロース火あぶりの刑の執行は、人々の話題の種となり、カトリック教徒の間でも、盛んな討論を引き起こしている。
 突然のこの示威行為は、その計画者たちでさえ予想していなかった、大きな波紋をつくりだしそうな気配である。
    ・・・・・・・・・・・・
 この事件についての、町の人々の意見はまったく二分されている。
 ディジョンでは、大聖堂前広場で昨日殺されたサンタクロースの復活が、待ち望まれているところである。サンタクロースは、今夜の六時に、市役所において復活する予定になっている。公式発表によれば、例年どおり今年も、サンタクロースはディジョンの子供たちを自由広場に集合させ、スポットライトを浴びながら市庁舎の屋根の上を歩き回り、子供たちに話かけることになっている。
 なお国会議員でディジョン市長のキール氏(司教座聖堂参事会員)は、この微妙な問題については、コメントを避けている模様である。

いやはや、昨今はやりのフェイク・ニュースか、「虚構新聞」みたいだけれど、まぎれもない事実なのである。
この事件、サンタクロースについてのレヴィ=ストロースの考察は(難解なので)、あらためて。

牛車で行こう!

gissha_de_ikou.jpg 京樂真帆子「牛車で行こう! 平安貴族と乗り物文化」について。

「平安人の心で『源氏物語』を読む」など、平安時代(といっても貴族中心)の生活がどんなものであったかは、当時の文学作品を読む上で役にたつだろう。

この本の存在を知ったのは、ときどき読書の参考にするネットの書評でとりあげられていたから。

 牛車は、平安貴族の乗り物である。ぎっしゃと読む。
 なぜ牛だったのか。
 乗るなら馬車のほうが速いのでは?と思ってしまうが、本書によれば、牛車は乗り手が一定以上の身分であることを示すもので、それに乗っていること自体が重要だったという。急ぐときは男性ならやはり馬に乗ったようだ。
 牛の車は、今でも物の運搬に使っている国があったり、朝鮮半島では囚人の護送に使っていたそうだが、どういうわけか平安朝では高級車だった。身分によって乗れる車種が異なり、あえてランクの低い車に乗って身を隠したり、同車(同乗)したり貸し借りすることで政治的に利用されたりもしたらしい。
 本書には牛車の車種や利用作法だけでなく、そうした知略や駆け引きについても紹介されていて、当時のありようがよくわかる。
 室町期までにはすっかり廃れてしまったそうだが、言われてみれば奇妙な文化だ。気になる。

朝日書評:[評者]宮田珠己(エッセイスト)、2017年08月27日


はじめに―ドライブ前の点検―
第一章 車を選ぼう
 車種と身分・階層
 牛車の身分規制
 偽装する車
(1)素性を隠す/(2)性を偽る―女車―
 車の所有・貸与・相続
 受領の牛車
第二章 牛車で行こう!
1 では、乗り込もう
牛車は後ろ乗り/牛車は四人乗り
2 車を走らせよう
牛車のスピード/車中の工夫/車を引く牛/移動の風景
3 車を停めて、降りて、片付けよう
その前に門をくぐる/車を停める一工夫/車から降りる/車を片付ける
第三章 歩くか、乗るか?
1 歩く貴族
寺社参詣は徒歩で/徒歩移動すべき空間/歩きたくない、歩けない
2 輦車宣旨と牛車宣旨
輦車と腰輿/中重の輦車宣旨/牛車宣旨
3 平安貴族と騎馬
騎馬での移動/騎馬の作法
第四章 ミヤコを走る檳榔毛車
1 檳榔毛車とは何か?
2 檳榔毛車の作法
乗車の身分規制/檳榔の入手
3 ミヤコのなかの檳榔毛車
行列を飾る/物語世界への反映
第五章 一緒に乗って出かけよう!
1 女房たちの同車
職務の中での同車/いやなやつと乗り合わせた場合/上座・下座
2 同車に表れる人間関係
同車する人々/演出される同車
3 そして一緒にどこへ行くのか?
右京へ/西山へ/東へ/南へ
第六章 廃れたからこその牛車
1 廃れる乗車文化
2 牛車研究の金字塔『輿車図考』
松平定信という文化人/『輿車図考』について
3 『源氏物語』の牛車
『源氏物語』にみえる車の種類/車の中の様子/「一つ車に乗る」人たち
あとがき
これでもう私ごときが書評を書く必要などはないと思うけれど、少し補足しておこう。
今まで、年中行事や通過儀礼などの話、建物や調度の話、そういうものは結構、作品解説などでも目にすることがあったけれど、牛車に的を絞ってというのは、とてもおもしろい着眼であると思う。

それも、牛車という道具の構造や運転といったことだけでなく、牛車に乗るとはどういうことかという考察がおもしろい。
たとえば、車種(唐庇車、檳榔毛車、糸毛車、網代車)によって、乗っている人物の地位がわかるとか、内裏内を牛車で通行できる許可(牛車宣旨)など。物語では、行列の様子を、牛車の種別・台数を細かく描写することで、その壮麗さが当時の読者には良くわかり、また、現代の読者にとっても、当時の感覚を共感できるというものだと思う。
また、寺社参詣には徒のほうがご利益があると考えるというのも、なかなか親しみがわく話。
とりわけ、同車(相乗り)というのが、当時の具体的な人間関係を推し量る材料になるというのは実に興味深い。
いついつ、どこへ、だれと同車した、という事実が当時の日記には多く記載されているらしい。

このブログでも、誰と飲んだとか具体的に名前を書けば良いのだろうけど、プライバシーに関わることなので書けない。人目にさらすのはいろいろ制約がある。

著者は、これらの同車の記録を分析すれば、当時の政治的な動きを追跡できると指摘されているが、未だその作業は十分には進んでいないようだ。

未だ「密室で何が行われたのか!?」といった週刊誌の記事のレベル。
同車というわけではないかもしれないが、次のような記述もある。

 車宿は車庫であるので、人目に付かない。それを利用したのが、敦道親王である。ある時、和泉式部と一緒に乗ってきた車を車宿に入れておいて、いったん自分は外に出て、人目をはぐらかした(『和泉式部日記』)。一人で乗ってきて、車宿に車を片付けたと見せかけるのである。夜になってから親王は車宿にやって来て、車の中に待たせていた和泉式部と車中で時を過ごした。

ギッシギッシ……

宿直の男たちの気配を感じながらの、スリリングな逢瀬である。

なお牛車には畳が敷かれているそうだ。


ところで、本書によれば、松平定信が「輿車図考」という本を残しているそうだ。これがなかなかのもので、本書もこれに多くを負っているという。また、各種の図版で使われている牛車の絵は、この輿車図考から、あるいはそれを参考にして描かれたものが多いという。

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輿車図考(国立国会図書館デジタルコレクション)から


定信といえば、あまり良い印象はもっていない。
田沼意次への反動からか、やたら厳しい倹約を求めたり、歌舞伎や浮世絵の統制、なにより経済の発展というものを理解しなかったこと。
吉宗の孫として生まれたにもかかわらず、白河藩へ放り出され、将軍になれなかった恨みやら何やらで、いじけて、自意識過剰で、暗くて歪んだ性格の持ち主。そんなイメージ。

このあたり、みなもと太郎「風雲児たち」での描き方に染まっているかも。

ではあるけれど、江戸時代に名代官が輩出した理由の一つは、定信が人事改革を行ったことがあるという。上から目線のきらいはあるのだろうが、それなりに道徳が身についていたのであろう。

その定信が政治的に失脚したあと、文化活動に打ち込んでいて、その一つが「輿車図考」だということである。
松平定信、ええ仕事するやないか。

モテる構造

Moteru_Kozo_Amazon.jpg 山田昌弘「モテる構造―男と女の社会学」について。

別にモテたいと思って読んだわけではない。
これは、ハウツー本ではない、念のため。


本書に、あたりまえのことがなぜかを探るのが社会学と書かれているとおり、とりあげられている事象の多くはあたりまえのことである。

著者が現代日本人だからで、異文化に育った人なら、また違う「あたりまえ」があるのだろうけど。


「女がズボンをはいてもおかしくないが、男がスカートをはいたらおかしい」というあたりまえのことが、どうしてあたりまえなのかを考える。

近世ヨーロッパの王侯貴族の家では、男の子は女装させて育てることがあるという。これは男の子のほうが悪魔などに狙われやすく、悪魔の眼を誤魔化すためという意味があったと、(あやふやだけど)聞いた覚えがある。


「男がやることを女がやって何がおかしい」は大きな声になるけれど、「女がやることを男がやって何がおかしい」はそうではない。

moteru_kouzou_zu-crop.jpg 本書では、こうした事例をいろいろ考えて、抽象化すれば「性の非対称性」とまとめている。

「非対称性」とは、特定の尺度での軽重を問うものではなく、論理的あるいは論理操作上の意味。


それに「できる|できない」ということと、「モテる|モテない」を組み合わせて、非対称性が発生する理由を説明する。
私の理解では、「できる|できない」は男女にかかわらず集団内での順位づけ、「モテる|モテない」は異性から見た順位づけということになると思う。

本書のもう一つの指摘であるが、マズローの欲求段階でいう社会的欲求(帰属欲求)の基本に、性への所属欲求があり、これが人間の社会生活から性(ジェンダー)を排除できない理由である。
そしてジェンダーには「らしさ規範」がつきまとう。「男らしさ」、「女らしさ」である。

この、らしさ規範に男女の非対称性がある。
多くの社会の「らしさ規範」では、女はそのまま女になるが、男は努力して男にならなければならない。男も女も通常は女(母)に育てられ、女の子はいつまでも女でいられるけれど、男の子はどこかで女からわかれなければならない。

そして、その規範にのっとった行動が、らしさ規範を守る男女を再生産する。だから、男女が社会的に異なる扱われ方をする構造は維持されつづける。

本書に、3つ以上の性がある社会のことについても言及されている。残念ながら私はその典拠については知らないのだけれど、そういう社会が存在するということだけでも、社会的性という概念が虚構でないことがわかる。


「ガラスの天井」は、それをなくせと言うだけでは問題の解決にはならないだろう。

「ガラスの天井」が女性の社会的地位の制限という意味なら、簡単に壊せる。なぜなら女性が高い地位に上がることは、忌避されるようなものではないから。ただし、現状では、家事をこなす「女らしさ」がバランスをとらなければ受け入れられにくいという問題がある(サッチャーが家事をする姿をことさらアピールした)。


ところで、著者が学生時代に、誰から聞いたのか、出典はなになのかわからないが、耳に残っている話があると、本書冒頭で紹介されていた。それは、
男にとって男は 
男にとって女は 
女にとって男は 
女にとって女は 

のクリックで答えを表示


自分が育ってきた文化的背景について無意識・無批判に、「女がやることを男がやって何がいけない」と言っているようでは、コトの本質は見えてこない。
相対化、客観化し、俯瞰する社会学の視点。好きだ。

日本の近代とは何であったか

Nihon_no_kindai_towa_nannde.jpg 三谷太一郎「日本の近代とは何であったか―問題史的考察」について。

異なる著者による歴史の本を読むと、いつも何かしら新しい発見とか気づきということがある。
それは、もともと自分が持っていた疑問に答えるものである場合もあるし、疑問に思っていなかったけれど問題視すべきだという場合もある。
本書は、各章のタイトルでわかるように、そうした「なぜ」を正面から提示したものと読める。
近代日本がどうやって生まれたのか、それが東アジアでなぜ日本だけだったのか。

タイトルを拾い読みしただけで、やたら重たい本ということがわかる。その中から、特に私に気づきを与えてくれた部分を拾ってみよう。

序 章 日本がモデルとしたヨーロッパ近代とは何であったか
 
第一章 なぜ日本に政党政治が成立したのか
 1 政党政治成立をめぐる問い
 2 幕藩体制の権力抑制均衡メカニズム
 3 「文芸的公共性」の成立――森鷗外の「史伝」の意味
 4 幕末の危機下の権力分立論と議会制論
 5 明治憲法下の権力分立制と議会制の政治的帰結
 6 体制統合の主体としての藩閥と政党
 7 アメリカと対比して見た日本の政党政治
 8 政党政治の終わりと「立憲的独裁」
 
第二章 なぜ日本に資本主義が形成されたのか
 1 自立的資本主義化への道
 2 自立的資本主義の四つの条件
 3 自立的資本主義の財政路線
 4 日清戦争と自立的資本主義からの転換
 5 日露戦争と国際的資本主義への決定的転化
 6 国際的資本主義のリーダーの登場
 7 国際的資本主義の没落
 
第三章 日本はなぜ、いかにして植民地帝国となったのか
 1 植民地帝国へ踏み出す日本
 2 日本はなぜ植民地帝国となったか
 3 日本はいかに植民地帝国を形成したのか
 4 新しい国際秩序イデオロギーとしての「地域主義」
 
第四章 日本の近代にとって天皇制とは何であったか
 1 日本の近代を貫く機能主義的思考様式
 2 キリスト教の機能的等価物としての天皇制
 3 ドイツ皇帝と大日本帝国天皇
 4 「教育勅語」はいかに作られたのか
 5 多数者の論理と少数者の論理
 
終 章 近代の歩みから考える日本の将来
 1 日本の近代の何を問題としたのか
 2 日本の近代はどこに至ったのか
 3 多国間秩序の遺産をいかに生かすか
 
あとがき
私がかねてから疑問に思っていたのは、今の日本は、植民地などないにもかかわらず、豊かで繁栄している国になっている、なのに、どうして戦前の指導者たちは、満州を生命線と呼び、植民地を確保しなければ日本の繁栄はないと判断したのだろうかということ。
同じことだけれど、当時、列強は植民地は持っているけれど、東アジアにおいては「自由貿易帝国主義」(この言葉も本書より)というスタイルをとって、植民地帝国路線はとらなかったのに、何故、日本はそれら先進国に倣うことをしなかったのか。
現代日本の姿である、貿易立国、技術立国のビジョンが当時の政府に持てなかったとしても、そもそも戦争しても勝てっこないなんてわかりきったことじゃないか。どうして列強との摩擦必至の大東亜共栄圏(これも開戦後に慌てて作った概念らしいが)になるんだろう、馬鹿じゃないなら。

こうした疑問に対して、本書はかなり丁寧に当時の状況を解いてみせる。


もう一つ挙げよう。
私はあまり意識してなかったが、天皇が神であるとはどういうことか、という問題がある。
天皇は、おそらく自分が神だなどとは思っていないだろう。そもそも皇室祭祀といわれるものには、明治になってから整備されたものも少なくないという。
そうした自意識や環境の中で、天皇を神格化するとはどういうことなんだろう。
戦後の「人間宣言」というのがある。はじめ天皇は、もともと自分に神格があると思っていない、ないものをないと言う必要があるのかと言ったそうである。しかし、この宣言は占領政策には大変効果があったという。
そして続いて「象徴天皇制」を編み出したのは、もともとの天皇神格化の効果を、かなりの程度、戦後にも引き継ぐ妙案だったということになるようだ。そういう意味では、天皇とは、まさに政治的存在と言えるかもしれない。

このあたりは本書のあとがきに簡潔にまとめられているから引用しよう。
第四章は、近代天皇制への問いであります。これはもちろんバジョットが提示したようなヨーロッパの「近代」概念を前提とした問いではありません。しかしそれは明治国家の設計者たちが「近代化」を「ヨーロッパ化」として行おうとした際に、ヨーロッパの原点に「神」があると認識したことを前提とした問いであります。彼らは、日本をヨーロッパ的国家としてつくり上げるためには、天皇はヨーロッパの「神」に相当する役割を果たさなければならないと考えたのです。もちろん現実の天皇は「神」に代替することはできません。そこで明治国家の設計者たちは、天皇を単なる立憲君主に止めず、「皇祖皇宗」と一体化した道徳の立法者として擁立したのです。
日本の近代は一面では極めて高い目的合理性をもっていましたが、他面では同じく極めて強い自己目的化したフィクションに基づく非合理性をもっていました。過去の戦争などにおいては、両者が直接に結びつく場合もありました。今日でも政治状況の変化によっては、そのような日本近代の歴史的先例が繰り返されないとは限りません。

「何故、あんな馬鹿な戦争をしたんだ」というだけでは、歴史を学んだことにはならない。一部の人からは自虐史観だといわれなき非難を浴びるかもしれない。
その時代がどういうものだったのか、内外の諸情勢を踏まえて、評価しなければならないことは当然だろう。
しかし、やはり思う。
台湾や朝鮮半島を植民地化するのではなく、ロシアや中国へのバッファーをかねて、「友好国」にできなかったんだろうか。

大世界史―現代を生きぬく最強の教科書

716QO7gFFAL.jpg 池上彰・佐藤優「大世界史―現代を生きぬく最強の教科書」について。

佐藤優氏の対談本をとりあげるのは2回目(前回は、半藤一利・佐藤優「21世紀の戦争論 昭和史から考える」


分量の少ない新書にもかかわらず、ものすごいタイトルである、ひょっとして「大日本史」を意識した?(偏狭な自尊史観に対するアンチテーゼ?)
これについては「あとがき」で次のように説明されている。
 本書の「大世界史』というタイトルには二つの意味がある。第一は、世界史と日本史を融合した大世界史ということだ。日本の視座から世界を見、また世界各地の視座から日本を見、さらに歴史全体を鳥瞰することにつとめた。第二は、歴史だけでなく、哲学、思想、文化、政治、軍事、科学技術、宗教などを含めた体系知、包括知としての大世界史ということだ。

(あとがき―佐藤)


二人の対談から飛び出してくる現代社会への考察―それが歴史に裏打ちされているものは、歴史の読み方について、考えさせられる。

1 なぜ、いま、大世界史か
2 中東こそ大転換の震源地
3 オスマン帝国の逆襲
4 習近平の中国は明王朝
5 ドイツ帝国の復活が問題だ
6 「アメリカvs.ロシア」の地政学
7 「右」も「左」も沖縄を知らない
8 「イスラム国」が核をもつ日
9 ウェストファリア条約から始まる
10 ビリギャルの世界史的意義
11 最強の世界史勉強法
逆に、真っ当な判断力の涵養には、歴史をどう教えるかという問題がついてまわるだろう。
本書によれば、韓国の歴史教科書は、日本の天皇・皇室へテロをはたらこうとした人は軒並み最高の英雄扱いするという(安重根はテロに成功したけれど伊藤博文は皇族じゃないので、やや落ちるとか)。
最近では、インドの歴史教科書ではイスラム支配のあたりを削除しているという。歴史の改変である。タージ・マハルもイスラムの遺産なので、観光ガイドから削除されたりしているという。

自国に都合の良い歴史教科書を使っていては、各国の相互理解はもちろんのこと、自国の政策自体を誤る原因になるのではないだろうか。国を動かすエリートだけが「正しい」歴史理解をすれば良いというのでは、民主主義にはならないだろう。

論理階層的にレベルの高い話は措いて、本書の指摘で気づかされたことをいくつか抜き出してみよう。

まず、ギリシアは人造国家ということ。
ギリシア人は古くから地中海各地に植民していて、オスマントルコの支配下の土地のあちこちにギリシア人の社会が続いていた。そのオスマン帝国を西欧列強がうちやぶることで、ギリシアの土地にギリシア人たちを「復帰」させている。つまり、ギリシアという国は、そこに存在することに意義があるという指摘である。
ギリシアが経済的に破綻しようが、西欧としてはつぶすわけにはいかない、ということである。

この話で、あらためてギリシアの歴史を見ると、そもそも、古代ギリシアは都市国家の集まりで、ギリシアという国があったわけではない。そしてギリシアの地(ペロポネソス半島その他)は、古代ローマ→ビザンティン帝国、ヴェネツィア、オスマン帝国と、支配者が移り変わり、ギリシア国はない。
ギリシアが今のように一つの国としてできるのは、1821年のことであり、弱体化したオスマン帝国に対する西欧列強諸国の思惑によるという。1896年には第1回の近代オリンピックがアテネで開かれたわけだが、1893年にギリシアは国家破産を宣言していて、1897年のオスマン帝国との戦争に敗北、列強の管理下に置かれたという。

このあたりの事情をたとえていうと、

あんたらのご先祖は偉い人やったんで、もっとしっかりせんとあかんがな。わしらが面倒みたるから、ちゃんと家を構えてんか。ほんま頼りないなぁ。
金がのうて、このままではやってけへん、もう家つぶそかやて? そういわんと、あんたがちゃんと家もってそこに居ってもらわんと、こっちもこのシマに出入りする理由のうなって困るんや。しゃあないなぁ、ほなら金貸したるけど、ほんましっかりしてや。

というところだという。

次に、ドイツ人は質素倹約ということ。
これは内需が期待できないことを意味する。ならばロシアがパートナーになりうる。米国がメルケルを盗聴したのは、メルケル(旧東独出身)に対する疑心があると。

ところで、本書では諸事情をトータルで見る必要性がいわれ、「陰謀論」はダメだというけれど、本書の「実は……」というところ、陰謀論のように聞こえるのだけれど、実際のところどうなんだろう。
たとえば、次のような話も、なるほどと思う一方、そこまでやるか、そこまで考えていたのか、という感じがする。

話としてはおもしろいから、敢えて引用しておく。

【佐藤】 戦場の経済学からすると、敵を殺さない方がむしろ効率的なんですよ。レーザーで相手の目だけを潰す。すると、その兵士を戦線から離脱させる分、余計に手間がかかるわけです。
【池上】 そうですね。だから、非殺傷兵器の研究はずいぶん進んでいます。たとえば対人地雷。これは基本的には殺すためのものではなく、兵士の足が吹き飛んで苦しむような状態にさせるのが狙いです。すると、周りの兵士が二人がかりで助ける。これで計三人、戦力から外すことができる。そのために、わざわざ威力を弱く調整しているのです。
【佐藤】 旧曰本軍がずっと三八式歩兵銃を使用し続けたのも、同じ理由ですよ。どうして日露戦争の銃を第二次大戦でも使ったのかという批判がありましたが、物量が足りなかっただけではなく、殺傷能力が弱いので、米軍に負傷者がたくさん出るからなんです。
とか、
■国家の言語への介入
【池上】 やはり教育は、必ずしも無色透明で中立的なものではなく、国家のあり方と深く関わっていますね。
【佐藤】 それは、良い悪いという問題以前に、まず教育を受ける側も、どこかで自覚しておいた方がよいことです。
【池上】 たとえば、オスマン帝国崩壊後のトルコの近代化においては、文字の表記を根本から改めたことは、先に述べました。
【佐藤】 表記法は、国家にとって非常に重要な問題です。
 たとえば、中国共産党はなぜ画数が少ない簡体字にしたのか。表向きは、この場合、識字率を上げるためですが、その本質は、国民からそれ以前の知識を遠ざけるためでした。簡体字教育が普及すると、それ以前に使われていた繁体字が読めなくなって、共産党支記以降に認められた言説だけが流通するようになる。歴史を断絶させ、情報統制を行なったのです。
 ロシア革命の後でも、ソ連はロシア語の表記を少し変えて、文字を四つ消してしまいます。ロシア革命前の宗教書や反共的な文書は図書館には収められていますが、特殊な訓練を受けた人しか読めなくなったのです。ナチスドイツがひげ文字のアルファベットではなく、英語と同じ読みやすいアルファベットを採用したのも同様です。
【池上】 なるほど。たしかに日本も、明治維新で複数の種類があった「変体がな」を今の表記に統一したために、ほとんどの現代人は明治以前の文書を読むことができない。
【佐藤】 戦後日本も危ないところでした。GHQが招いた教育使節団の勧告によって、漢字廃止、ローマ字表記にされてしまう可能性があったのです。少し前まで一般的に使われる漢字を「当用漢字」と言っていましたが、これはローマ字表記を採用するまで、当座の間だけ使っていい漢字です、という意味でした。
【池上】 それが「常用漢字」になったのは、一九八一年のことです。つまり、日本人はこれからも常に漢字を用いていきます、という意味で、実はこのとき歴史的な方針転換が行われていたのですね。
【佐藤】 明治期の言語改革によって、現代人が明治以前の文書を読むことができなくなったのは事実ですが、それでも全体として見れば、国民の教育水準は高まってきたことも確かです。
う~ん、当たっているような、しかし考え過ぎでは、という感じも。

ところで、最後に私も大いに賛成の意見が述べられていた。
それは、「社会で役に立つ」教育を要求する文科省への批判。
「すぐ役に立つものは、すぐ役にたたなくなる」という。誰かが勝手に「役に立つ」と決めた教科書的知識からは、独創性は生まれない。リベラル・アーツがエリートを育てる。実用的知識は応用がきかない。

なお、2年前の本だから、トランプ大統領は予測されていなかった。というか、共和党の候補にはなれたとしても、大統領にはなれないと予測している。

共和党の候補になるためには強さと保守性が要求されるが、大統領になるにはそれを緩和しなければならないというジレンマがある

とトランプ大統領はアリエナイ論が展開されている。なるほどそうだろうと思わせる。予測があたらなかったからといって、本書の値打ちが下がるというわけではないけれど。

菊と刀

kiku_to_katana.jpg 今日は日米開戦の日。
ということで、ベネディクト「菊と刀」(角田安正訳)をとりあげる。

この本は、先の戦争で米国が対日戦を闘う上で、戦後の占領政策を実施する上で、日本人というものを理解しようという、軍事的な要請がベースにあること、そして、ベネディクトは、日本文化を理解するキーワードとして、「恥」と「恩」を抽出したことぐらいは知っている。

大変有名な本で、文化人類学に関心を持っている者なら、読んでいておかしくないはず。
だけど、私としては、関心はあるけれど、さすがにあまりに古い(1946年)本だから、今さら金を出して読むのもどうかなぁと、今まで読まずに来た。

そう思っていたら、Amazon prime readingの対象書籍となっていて無料で読めるので、この際、読んでみることにした。また、翻訳は新しいもので、ベネディクトの間違いなども注釈してある。

あらためて驚くのは、著者は、日本研究とか東洋研究を専門にしているというわけではないこと。さらに、日本を訪問したことがないということ。

目次
謝辞
第1章 研究課題──日本
第2章 戦時下の日本人
第3章 応分の場を占めること
第4章 明治維新
第5章 過去と世間に負い目がある者
第6章 万分の一の恩返し
第7章 義理ほどつらいものはない
第8章 汚名をすすぐ
第9章 「人間の楽しみ」の領域
第10章 徳目と徳目の板ばさみ
第11章 鍛練
第12章 子どもは学ぶ
第13章 敗戦後の日本人
解説 角田安正
年譜
訳者あとがき
「菊と刀」のベースになっているのは、軍の要請で作成された「日本人の行動パターン」という報告書ということだが、著者が日本研究に携わってから、わずか3ヶ月ぐらいで出されたらしい。そして、それを下敷きに、1946年には、一般向けとして、本書が出版されている。
著者が利用できたのは、軍が集めた資料―おそらく日本研究論文、旅行記、日本国内の出版物などだろう―、研究協力者の日系人からの情報だと思うが、この限られた情報から、日本人の行動のベースにある「構造」を抽出する。

この洞察力には感服する。もちろん、そのすべてが当たっているとは思わないが。

著者は学生に「菊と刀はあまり読まないように」と言ったと伝えられるが、それは、日本人なら明らかに間違いを指摘できるところが散見されるように、十分な時間をかけて吟味されたものではなく、勘違いすらもそのまま活字になったということを意味するのだと思う。


こうした日本研究が軍に必要とされたのは、米国人からは全く理解できない日本兵の行動を目の当たりにしたからである。
欧米基準でも賞賛される紳士的振舞いと、卑劣・残酷な振舞いの同居、徹底的に抵抗するかと思えば、驚くほど従順であること、などなど。
それをなんとか理解しようとするために、その行動の背後にある日本人の思考や認識方法、つまり文化の深層を分析したのである。

そして、それはかなりの点でうまく行った、実用的な意味でも。
多くの米国人が、日本進駐時には多大な抵抗、テロを心配したが、ベネディクトはそうはならないと考えていたようだ。進駐軍もはじめはその意見に半信半疑だったに違いないが、結局は占領政策に活かされたのだろう。たとえば、天皇を残し、政府を失ったドイツとは異なり、日本政府を通じての占領統治というやりかたを採用したことなど。

敗戦から五日もすると、まだ米軍が本土に上陸する前だというのに、東京の有力紙である毎日新聞は、敗戦とその結果もたらされる政治的帰結について論評し、次のように言ってのけた。「だが、それはすべて、究極的に日本を救うのに役立ったのだ」。その社説が力説したのは、全面的な敗北を喫したということを片時も忘れてはならない、ということである。露骨な軍事力にもとづいて日本を建設しようとする努力が完全に破綻した以上、今後は平和国家の道を歩まなければならない、というわけである。

  :

降伏の十日後、読売報知新聞は「新たな芸術と新たな文化の始まり」について論じ、次のように言ってのけた。「軍事的敗北は一国の文化の価値とは何の関係もない。そのような強い信念を胸に刻みつけておくべきである。軍事的敗北は原動力として役立てるべきである。(中略)敗戦を経験したればこそ、日本国民は本気で関心を世界に向け、物事をありのままに客観視することができるようになったのである。日本人の思考を歪めてきたあらゆる非合理性は、忌憚なく分析することによって取り除かなければならない。(中略)この敗戦を厳然たる事実として正視するには勇気が要る。(だが、私たちにはすべきことがある。それは)日本の明日の文化に信頼を置くことである」。日本人は一つの行動方針を試し、敗北を喫した。これからは平和的な処世術を試みよう、というわけである。日本の新聞の論説は次のように繰り返し唱えた。「日本は世界の国々の間で尊敬を勝ち得なければならない」。つまり、新たな基準にもとづいて尊敬に値する国になることが、日本人の義務であった。
本書を批判する人も多いらしい。
中には、上述のとおり、端々に見られる間違いを見つけて、日本を理解していないという批判がある。
しかし、本書で指摘されるまで、「恥」や「恩」というキーワードで日本人の精神構造を解いてみせるような視角、文化人類学的洞察力を、日本人は持っていたのだろうか。それらのキーワードが適切かどうかは措いて。
戦後、「タテ社会」、「甘えの構造」など、さまざまなキーワードを使って、日本人論が展開されるが、本書はそうした研究に刺激をあたえたに違いない。(だから、文化人類学の講義でも、本書は推薦図書になっていたのだろう)

Amazonのレビューには、日本人を見下しているというようなものもあるが、ベネディクトは文化相対主義者であり、本書でも、善悪、優劣などは全く論じていない。そうした分析では実用性は乏しいうえに、対日戦も占領政策も失敗したにちがいない。

批判的な意見に対して思うのだが、そういう人たちは、他所の人に見透かされることが気に入らないのではないだろうか。それが当たっていれば反発し、そして当たっていなければ立腹する。理解してほしいと言いながら、見透かされると腹を立てる。(このへんが恥の文化かもしれない。客観的には恥知らずの行為であるようにも思えるが。)

本書の最終章は「敗戦後の日本人」である。
ベネディクトと占領政策の関わりについてはわからないけれど、おおかたの米国人をびっくりさせる日本人の掌を返したような占領軍への対応―頑強な抵抗が心配されたが実際には従順に従い、むしろ解放軍扱いで歓迎された―についても、ベネディクトは解説してくれる。

日本国憲法を占領軍の押し付けだと言う人たちがいるが、ベネディクトの見方はそうではない。 占領軍によって、目標は与えられた―民主的で平和な国をめざせ―が、それにいそいそと努力したのが戦後の日本人の姿なのである。押し付けられて、いやいややらされたものでは決してない。

もちろん、その目標自体が誤りであったという人もいるわけだが。


西洋人は、原理原則としか考えようのないものがこのように切り替わるのを目の当たりにすると、それに疑いをかける。しかし日本では、処世と変わり身は切っても切れない関係にある。そのことは、人間関係と国際関係のいずれにも当てはまる。日本人は、目標の達成につながらない行動方針に乗り出したのは「失敗」だったということに気づいている。行動方針が失敗に終わると、日本人はそれを見込みのない大義として放棄する。

  :

日本人は、嘲笑されるとひどく憤慨するが、「当然の帰結」は甘受する。「当然の帰結」は、日本の降伏条件次第では非軍事化やさらには過酷な賠償金の取り立てまで含むにもかかわらず。
控え目に言って、誘導されたのかもしれないが、その誘導に従ったのは、当時の日本人の意思だ。その時代の気分が、現憲法を生み出したのだ。それが日本人的、日本人の本質というべきなのだ。
これは他の国の対応とは違う。他国では敗戦は自国の否定だが、日本ではそうではない。ただのリセットにすぎない。やりかたを変えようということにしかならない。
そう考える、そう考えてなんら後ろめたさを感じないところが、日本的なのである。
今更、押し付けられたとか、騙された(誘導された)と怒るのは、ちょっと違うだろう。

どこの国民も、自分たちの行動、そしてその背後にある精神構造について、客観的に見る目を持つべきだろう。
それらを変える必要性があるかどうかは別として、少なくともなぜ自分たちの行動が理解されないのか、理解しないほうが悪いのではなくて、どこに理解を妨げる原因があるのかを理解するために。そして、戦争に勝ちたいのならなおさら。

「菊と刀」はそのことを教えてくれる本だと思う。

NHK受信料

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NHK受信料「合憲」=「知る権利を充足」-テレビ設置時から義務-最高裁が初判断
 NHKの受信料制度をめぐり、テレビを持つ人に契約締結を義務付ける放送法の規定が憲法に反するかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は6日、「国民の知る権利を充足する」として、規定を合憲とする初判断を示した。
 大法廷は「テレビ設置時にさかのぼって受信料の支払い義務が生じる」とも判断した。判決は全国で900万世帯を超える未払いへの徴収を後押しする可能性があり、大きな影響を与えそうだ。
 放送法は、テレビなどの受信設備を置いた人は「NHKと受信契約をしなければならない」と規定している。この規定が憲法に違反しないかが最大の争点で、裁判で正面から合憲性が問われたのは、1950年のNHK設立以来初めてだった。
 大法廷は受信料制度について、「憲法の保障する国民の知る権利を実質的に充足する合理的な仕組み」と指摘。契約を強制する放送法の規定は「適正、公平な受信料徴収のために必要で憲法に違反しない」と判断した。裁判官15人中14人の多数意見。
 その上で、契約を拒んだ人に対し、NHKが承諾を求める裁判を起こし、勝訴が確定した時点で契約が成立すると判示。テレビの設置時にさかのぼって受信料の支払い義務が生じるとの初判断も示した。木内道祥裁判官は「設置時からの支払い義務はあり得ない」とする反対意見を述べた。
 裁判になったのは、2006年に自宅にテレビを設置した東京都内の男性。契約申込書を送っても応じないとしてNHKが11年に提訴した。
 男性側は、契約は視聴者の意思で結ぶべきで、規定は憲法が保障する「契約の自由」に反すると主張した。NHK側は受信料制度には十分な必要性と合理性があるとして合憲だと反論していた。
 大法廷は男性の上告を棄却。未払い分約20万円の支払いを命じた一、二審判決が確定した。
(時事通信 jiji.com 2017/12/06-18:15)
えらい判決が出たもんだ。
NHKの受信料をめぐっては、今までも多くの異論があり、裁判になったものもある。

私のあやふやな理解では、放送法は受信装置を持つ人は受信契約を結ぶ義務があるとしているが、そのことには罰則はなく、契約を結んでいなければ受信料の支払い義務は発生しない、そう思っていた。

ところが、最高裁の判決は、受信装置を持っていれば、NHKはその人に契約を申し出ることができ、それは拒否できないというようなものらしい。(間違った理解かもしれないけど)
そして、その最高裁の判断の理屈が、受信料制度は、憲法の保障する国民の知る権利を実質的に充足する合理的な仕組みだという。

ここでなぜ「国民の知る権利」が出てくるのか、もうひとつ釈然としない。政府の見解と異なる報道をするわけにはいかないとNHKのトップが表明したということは記憶に新しい。
ヘイトスピーチじみた発言をくりかえす経営委員もいる。

そうした状況が一方にありながら、国民の知る権利を持ち出してくる最高裁の姿勢は、一体何なんだろう。
穿った見方をすると、とにかく受信料支払い義務があるという結論にしなければ、ゴネドクを許すことになりかねない、それを認めてしまうと「社会正義」が貫徹できないから、何としても、どんな理屈をつけても、支払い義務があるという結論があったのではないだろうか。

しかし、その根拠として国民の知る権利の充足を持ち出してくるのは、いささか飛躍しているように思える。

私はきちんと受信料を払っている。
NHKの番組は、民放には決してマネできない上質のものが多い。
ネイチャー番組、歴史番組、生活についても科学的に分析する。そして、伝統芸能やクラシック音楽。橋下徹氏なら不要だと断ずるような番組が目白押しである。

しかし、今では、ケーブルテレビやBS放送、CS放送に、多くの有料の専門チャンネルがある。

かなしいことに、有料でもNHKの番組を凌駕できるものはそう多くない。ナショナル・ジオグラフィックやディスカバリー・チャンネル、あるいはBBCなどからの購入番組が多いと思う。

放送はタダで見るものという時代ではなくなっているのかもしれない。
無料で見られるものには、それを可能にするスポンサードや、広告媒体というビジネス・モデルがある。ネットでの視聴が拡大すれば、有料・無料のサービスがそれぞれ、さらに発展するのではないだろうか。

NHKは、公共性があるということで、地上波2、BS2、AMラジオ2、FM1という多くのチャンネル、つまり、電波割り当てで優遇されている。

公共の電波である。受信料支払い拒否の理屈には、勝手に電波を流しているんだから、それを傍受して何が悪い、というものもある。いやなら、契約していなければ視聴できない(現在のデジタル放送ならできるはず)ようにすれば良いだろう。そしてその一方で、電波利用料を課せば、国の収入になって、国の財政にも寄与するではないか。その代わり、選挙の政見放送などは放映料を国からとるということもあるだろうけど。

そう、NHKを完全民営化したら、そして受信契約がなければ視聴できないようにしたら、どうなるだろう。
私は、受信契約はある程度減少するとは思うけれど、視聴習慣という強い味方があるから、有料チャンネルとして再出発したとしても、一気に受信契約者が減るということはないだろう。まして、ネット配信もセットにしたなら、かなり売り上げを上げることもできるのではないかと思う。
NHKにとっても、完全民営化のほうがありがたいのではないだろうか。

ただし、NHKは、この裁判では、自分の主張が認められたと言っている。


民営化と規制緩和が正しいといっていた新古典主義者はどう考えているんだろう。
もっとも視聴率の高い番組しか放送しなくなったら、それはこの国の文化にとって、大きなマイナスになることは間違いない。

日本は改ざん文化

日産の検査不正が報じられたときには、不正は違法行為だから責められて当然、ではあるけれど、国交省の求める時代に合わない検査より、会社の出荷検査のほうがより適切な検査をしているだろうから、実害はないのだろうと思った。

リコールなどが出たときに、国交省が求める完成検査をしていたら防げたなんていう話はなさそうだ。


国は、ずっと「規制緩和」と言って来てるんだから、こういうところの怠慢のほうが問題じゃないのかぐらいに思っていた。

そう思っていたら、神戸製鋼での不正検査が報道された。
こっちは日産より酷い話じゃないか、影響範囲も大きいだろうなぁと思った。

そのタイミングで、中国の新華社通信が「日本は改ざん文化」という記事を掲載したということがネットの情報サイトに載っていた。

中国に言われたくない、そうだろう。

しかし、中国が特許や意匠を窃用するとか、そもそも中国製品は品質が悪くて信頼できないとかいうのとは、ちょっと違うように思う。

中国製品は品質が悪いと言って貶めるとしても、それは値段に反映しているわけで、問題があったとしても購入者責任ということになるとも言える。承知の上で買っている。
しかし、日本製品は高品質であると虚言を弄して、信頼を逆手にとって、高く売りつけている、そっちのほうが悪質ということになるのではないか。

三十数年前、工業関係の試験研究機関の研究者の知り合いが言っていたのだが、「日本製品は品質の良さで定評があったのだけれど、電球(ブランド品)を買ったらソケットにきちんと収まらない、見ると口金が傾いてくっ付いている。以前はこんなことはなかった。これでは近いうちに日本製品への信頼が落ちるに違いない」と。

上に引用した情報サイトの記事は、ノルマの厳しさや、自画自賛が自縄自縛になる「日本の世界一病」という表現を使って考察していて、少し前の東芝のケースなども引き合いに、神戸製鋼だけでなく、同時多発していると指摘している。

そして、私も神戸製鋼はなんてことしてくれたんだと思っていたら、三菱マテリアルからも、東レからも、不正があった旨の報道が続いた。
信頼を得るには長い時間と努力が必要だけれど、失うのは一瞬だ、そう学んできたはずなのに。

関係者が責任を感じて首をつろうとしたら、ロープの品質が悪くて、切れてしまったなんてことになったら。笑えない。

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中国メディアが指摘する「日本は改ざん文化」は本当か
 少し前、中国の新華社通信が「改ざん文化が恥の文化を超える」という日本をからかった記事を掲載して、愛国心溢れる方たちの間でちょっとした話題になった。
 記事を報じたレコードチャイナ(10月12日)によると、神戸製鋼所のデータ改ざん問題を導入に、日産の検査不正問題、三菱自動車とスズキの燃費データ不正、タカタのエアバッグ欠陥問題、東芝の不正会見など有名企業のスキャンダルが続発していることや、森友学園の交渉記録、南スーダンの日報問題まで引っ張り出して、ここ数年の日本社会は「恥の文化」よりも、「隠ぺい文化」「改ざん文化」が勝ってきており、「新たな伝統」になっているというのだ。
 そう聞くと、「パクリや隠ぺいが当たり前で、粗悪な製品ばかりをつくっている中国にだけは言われたくない!」と怒りで発狂寸前になる方も多いかもしれない。筆者もまったく同じ心境だ。が、その一方でぶっちゃけ、かなり痛いところも突かれているとも感じている。
 <以下略>
ITmedia ビジネスオンライン
2017年11月14日

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名代官の時代

Sakanobori_nihonshi_tenkataihei.jpg 磯田道史「さかのぼり日本史⑥“天下泰平”の礎」という本がある。
NHKの同名番組の素材を本にしたもので、テレビ用だから眼を惹くトピックス的な事件をとりあげて構成されている。

その中に、江戸時代には名代官が多くいたということが、陸奥国塙代官の寺西封元を例にあげて書かれていた。
他書でも江戸時代の代官が優秀だったという記述を読んだことがあるけれど、ここまで具体的な記述は瞠目すべきもの。
まず書いておかなければならないのは、代官が優秀というのは、まず第一に年貢をきっちりとりたてるという尺度で測られるのだろうと思っていたわけだが、紹介されている例は、決してそれだけではないということ。

たしかに、年貢をきちんととることが大目標なのかもしれないが、それには農業生産のインフラを整えたり、天変地異への備え、農民の教育や農民個人の事情を汲んだ労働環境の整備、そうしたもろもろのことが施策となる。

はじめに
第1章 「鎖国」が守った繁栄
露寇事件(1806年)
第2章 飢饉が生んだ大改革
浅間山噴火・天明の飢饉(1783年)
第3章 宝永地震 成熟社会への転換
宝永の地震・津波(1707年)
第4章 島原の乱 「戦国」の終焉
島原の乱(1637年)
そして、これを実施するために幕府から予算が降りて来るというようなことはないだろう。ということは、代官の治政というのは、年貢の徴収さえきちんとできていれば、あとは代官のやりたいようにできるのかもしれない。

その年貢徴収もきちんとしていただろう寺西封元、およそ福祉ということに縁のない江戸時代にあって、地方レベルで見事な福祉政策を行っていたということである。

偉い人がいたんだという感想、該当箇所の抜き書きを載せて、本記事は終えることにする。

 そうした新規代官の1人が、陸奥国塙代官の寺西封元です。寺西は寛政四年(一七九二年)に代官として陸奥国の塙(福島県東白川郡塙町)に赴任。塙領六万石と常陸小名浜領三万石を管轄し、文化十一年(一八一四年)からは陸奥桑折領五万石も加わり、文政十年(一八二七年)に亡くなるまで代官を務めました。在職期間は実に三十六年。それ以前の塙代官の平均在職期間は二年十ヵ月(三年六ヵ月の説も)ですから、当時としては異例の長さだったことがわかります。
 寺西はこの地に赴任するとすぐ農村をくまなく巡回し、その荒廃ぶりを目にします。そして、ただちに農村·山村の復興へと乗り出しました。寺西は、橋の修築や護岸工事などの土木行政を推進します。こうした施策は社会資本の整備を進めるとともに、雇用を生みだす効果もありました。あるとき、寺西は村人たちに、公園づくりを命じます。その公園は現在、塙町の中心にある向ヶ岡公園です。庶民の遊楽の地として造成されたものでしたが、寺西はその工事によって飢饉で苦しむ周辺住民に仕事を与え、生活を支えようとしたわけです。公共事業には、貧民救済の目的もあったのです。
 また寺西は、思いのほか農村に子供の姿が少ないことに目を留めます。当時、貧しいこの地域では、生まれた子供を間引きする習慣が蔓延していました。農村の復興のためには人口の増加を図ることが不可欠だと考えた寺西は、間引きを止めさせるために「小児養育金制度」を創設します。具体的には、子供が生まれた家には養育料として一~二両を支給し、さらに困窮者には籾二俵を支給するなど、貧しい家でも子を養育できるようにしたのです。
 そのほかにも、労働人口を増やし地域活性化を図るために他国からの住民移住を奨励したり、領内各地で心学講和会を開いて農村の教化に努めたりするなど、寺西の民政は多岐にわたり、その成果は近隣の諸藩からも注目を集めるようになります。寺西本人も、民衆からの尊崇を集めるようになりました。文政十年二月十八日に寺西は七十九歳にして他界しますが,その知らせが領内に伝わると、村人たちは慟哭し、父母の死に遭ったかのように別れを惜しんだといいます。
 その遺徳をしのび、領内各地には寺西を祭神とする寺西神社や寺西大明神が建立され、顕彰碑、頌徳碑も建てられました。また、子供の養育にも力を尽くしたことから子育ての神と称えられたため、今も残る塙町の代官所跡には、寺西を偲んで「子育て地蔵尊」が祀られています。地域の婦人たちは毎月ここに集い、子育て祈願に訪れる人に寺西の教えを説いています。子供を大事にすることで荒廃した地域を立て直すという寺西の発想は、近代以降の人権思想にも通じるものと言えます。
 寺西のように、民政を重んじる代官はこの時期、各地に現れました。代官の民政をたたえた記念碑や顕彰碑、さらには生前から代官を神としてまつる生祠は全国で九十一ヵ所にのぼり、そのうち江戸時代に建てられたものは七十六カ所を数えます。対象となった代官は四十三名に達します。
 彼らは、その善政や行政手腕によって民衆の支持を集めた、いわゆる「名代官」でした。こうした名代官の存在に象徴される、人びとの生命と生活を重視する善政が行われることで、未曾有の天災や飢饉によって疲弊した江戸時代の社会は危機を脱し、農村の復興へとつながっていったのです。水戸黄門などのテレビドラマによって「代官」といえば今ではすっかり悪人ですが、江戸時代のとくに後半以降、この国の行政を現場で支えていたのは、彼ら代官たちと、村の庄屋の努力でした。幕府でも藩でも郡奉行や代官には、武士のなかから、学問のあるそれなりの人物をつけることになっており、彼らは悪人どころか、むしろ能力の高いエリートも多かったことを申しそえておきます。

磯田道史「さかのぼり日本史⑥“天下泰平”の礎」
第2章 飢饉が生んだ大改革


古代東アジアの女帝

Higashi-Asia_no_jotei.jpg 入江曜子「古代東アジアの女帝」について。

「女帝」という言葉に惹かれて読んでみた。
同じ言葉をタイトルに使っている本としては、「女帝の歴史を裏返す」「美貌の女帝」、いずれも永井路子の著作。

永井氏の著作もだけれど、歴史として残っている事実の断簡を、どう整列してストーリーとするのか、とりわけ古代史ではその幅が広いように思う。

本書の大きな特徴は、具注暦、そのうち十二直と呼ばれる吉凶占いが、政治日程に影響しているという着想。

普通の史料集に十二直が記載されているとは思えないから、著者は残されている日記などから(具注暦だったら掲載されているだろう)十二直を確かめているのだろうか、それとも十二直も陰暦がわかれば計算で求められるものだから、そうしたのだろうか。
ところで、現代日本では、結婚式や葬式などの日取りに良く参照されるのは六曜だが、六曜というのはあまりにも単純に決められて誰にでもわかり、ありがたみがないから、旧暦時代にはまったく人気がなかったという。江戸時代には「下段」といわれる吉凶が重視されていたらしい。さて、簡単に計算でわかる十二直にありがたみがあったのだろうか。

天皇の即位とか、戦の開始などの重大な日程決定に、これらの吉凶占いが使われたはずだとし、そこから逆に当時の意思決定の流れを読み解こうとする。

第1章 推古―東アジア最初の女帝
第2章 善徳―新羅の危機を救った予言
第3章 皇極―行政手腕の冴え
第4章 真徳―錦に織り込む苦悩
第5章 斉明―飛鳥に甦る使命
第6章 間人―禁断の恋に生きた幻の女帝
第7章 倭姫―王朝交代のミッシング・リンク
第8章 持統―遠謀にして深慮あり
第9章 武則天―男性社会への挑戦
こうした推論にお目にかかったのは今まで記憶にないが、それなりに説得力は感じた。しかしながら、やはり傍証の域は出ないように思う。
著者のかなりぶっ飛んだ主張を信じるには、やはりもっと具体的な論証が欲しい。

著者は、当然であるが、女帝の実力というものをかなり高く評価する。
それに対し、従来、孝徳天皇をないがしろにするほどの実力者とされてきた中大兄(天智)を、それほどでないとし、中大兄が活躍した時代の女帝―斉明・間人をクローズアップする。間人(孝徳妃)は、帝位に就いたという説を立て、その宮は稲淵宮だという。
また、斉明についても、積極的な人物と評価されていて(皇極にも1章をあてているから同一人物に2章も使っている!)、普通は額田王の作とされる「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」は、斉明御製だとする。
持統にしても、天武のパートナーにして事業を継承したという以上に、頼りない天武を使って、父天智に対抗する姿を描こうとしているようだ。

こういうわけだから、本書の主張すべてを、ただちに真説と信じるのはためらわれる。

ところで本書は「東アジア」とあるように、朝鮮から善徳・真徳、中国から武則天の3人の女帝もとりあげている。武則天はともかく、善徳・真徳の2人の朝鮮の女帝については、ほとんど知識がない(韓流ドラマも見たことがない)から、著者の主張についてどうこう言えるものではない。
しかし、本書のもともとの問題意識、この時期に東アジアに多く女帝が立ったということに、何か必然性、あるいは関連性があったのか、これについては読み取れなかった。

う~ん、評価は難しい、それなりにおもしろいけれど。

REGZAが中国製になるらしい

「REGZA」が中国メーカーに 東芝、テレビ事業を売却
 東芝は11月14日、テレビ事業子会社の東芝映像ソリューション(TVS)を中国の家電メーカー、ハイセンスグループ(Hisense、海信集団)に約129億円で売却すると発表した。売却は2018年2月末以降に完了する見通し。
 TVS株式の95%をハイセンスグループの中核事業会社に売却する。TVSは東芝ブランドの使用権を取得し、同ブランドでテレビの販売を続ける。
 経営再建中の東芝は、16年6月から映像事業をTVSに移管。だがTVSは17年3月期に437億円の売上高に対し61億円の営業赤字。今後、東芝は社会インフラや電子デバイスなどに注力する方針で、単独でのテレビ事業継続は難しいと判断した。
IT media 2017年11月14日
「サザエさん」のスポンサー、東芝が事業部門を次々に切り売りしている。

先日は、「REGZA」が中国メーカーに 東芝、テレビ事業を売却というニュースがあった。

記事によると、売却額は129億円だそうだ。
安いんじゃないだろうか?

こういうものの相場なんて全くわからないけれど、サッカーのネイマールの移籍金は290億円だったそうだから(⇒ネイマールの移籍金はどれほど凄い額なのか? )、その半分にもならない。

ネイマールが高いのか、REGZAが安いのか。

member_23152_1.jpg REGZAといえば、先だって安売り店の激安テレビの部品が東芝製ということでも話題になったけれど、商品としては悪くないと思う。
最近結婚した子供に、結婚&新居引っ越し祝いで、REGZAの49インチ4Kテレビを買って贈った。私が店頭で見比べて、同一価格帯なら、これが一番アピールしそうだと判断した商品。

テレビというのは、1台を家で見ているとどうということはないけれど、店頭で各社・各製品を見比べると随分と差がある。スペック(解像度、描画速度など)が違うものは明らかに違うけれど、数値上は同一スペックでも、各社にそれぞれ個性があるようだ。REGZAの色は比較的輝度・彩度が高いように思う。
昔、なじみの電器屋さんに聞いたところでは、各社ともNHKのテストパターンを利用して調整しているのだそうだ。こういうところでもNHKは放送の技術水準をしっかり維持していて、これを基準にするとのこと。

REGZA_Z700X.jpg
子供の結婚・引っ越し祝い。型落ちでちょっと安かった

ニュースを読むかぎり、REGZAはブランドとして残るようだ。
今までもハイセンスのテレビは店頭に並んでいたけれど、こっちはどうするんだろう。
高級品、普及品に分けてブランドを使うんだろうか。

ところで大谷翔平のメジャー移籍金はいくらだろう。



文明に抗した弥生の人びと

Bunmeini_koushita_yayoino.jpg 寺前直人「文明に抗した弥生の人びと」について。

専門家による弥生時代に関する知見の集成。
著者については全く知らないけれど、本書を読んで受ける印象では、数々の遺物・遺跡の分析・解釈、多くの論文の参照・比較などで日々を過ごす地道な研究者、ただし、自説へのこだわりもある、そういう感じ。

さて、この書名にある「文明に抗した」というのはどういうことだろう。
文明人に逆らったというような直接的な話ではない。ましてや今どき騎馬民族征服説というわけではない。

その答えが、祭器の解釈にある。
銅鐸の形状、出土状況から著者が推定するのは、銅鐸は属人的な威信財ではなく、共同体の財であろうということ。

銅鐸は、個人の威信を高め、階層関係を強化・確認するものではなく、むしろ階層関係を共同体の結合へと転換する働きをしたのではないか。銅鐸の大きさが、個人が持ち歩ける大きさから、それが無理な大きさになるのも、その意義がある、そういう解説がなされる。

弥生文化を疑う
―プロローグ
弥生文化像をもとめて
弥生文化の発見
二つの弥生文化像
農耕社会像の定着
水田登場前史
―限りある豊かさの縄文時代
縄文時代とは?
縄文時代の儀礼とその背景
土偶と石棒
水田をいとなむ社会のはじまり
―弥生時代早・前期
農耕社会の登場
水田稲作とともにもたらされた道具と技術
狩猟採集の技の継続と発展
水田稲作を開始した社会の人間関係
財産と生命を守る施設
東から西へ
―土偶と石棒にみる弥生時代儀礼の系譜
水田稲作開始期の土偶の起源
弥生時代の石棒
多様な金属器社会
―弥生時代中期
金属器社会と権力
青銅製武器の祭器化をめぐって
銅鐸と社会
石器をつかい続けた社会
文明と野生の対峙としての弥生時代
―エピローグ
つまり弥生から古墳時代への移行が、首長への権力・財の集中過程だとするなら、弥生人はそれとは逆の動きをしたということになる。
これが「文明に抗した」という書名の意味のようだ。
関連する部分を抜き書きしてみよう。

 出土状況からも、銅鐸の社会的役割は実用的な銅剣などのように特定個人に帰属してその権威を高め、「持つ者」と「持たざる者」の格差を明瞭とし、その格差を再生産させるためにもちいられたのではなく、「共同体」全体の所有品として、金属器の導入が進む社会にありながら、格差拡大を防ぐ機能がうかがえる。つまり、階層社会と強く結びついた外来金属器の階層性を拒絶し、特定個人に所有されにくい金属器体系を独自に確立したのである。

p.254 青銅製武器の祭器化をめぐって
/銅鐸の偏愛とその背景


Big_dotaku_Yasur.jpg 著者は、弥生以前、つまり縄文から弥生へという変容は、東から西へ起こったと主張している。
土偶や土器、石器などの文化要素の出土状況から見てそう判断できるという。

繰り返し述べられるのは、縄文とか弥生とか言っても、日本列島全域が同じようになっているわけでは、けっしてないということ。


対して、弥生から古墳時代への変容は、やはり西から東へ起こったとする。
そのとき、近畿南部はむしろ取り残された時期があるという。

 ただし、その反動は、すぐにやってくる。興味深いことに、弥生時代中期後葉以降、権力集約型の社会統合の痕跡は銅鐸と石製短剣の盛行地であった近畿地方南部をさけるように東へ拡大する。さらに紀元後1世紀、弥生時代後期段階になると、日本海沿岸では京都府北部の丹後地域を中心に、鉄剣を軸とする階層的な墓制が発達する。同様の墓制は山陰地方や北陸地方にも拡大し、中部高地から関東北部でも金属製装身具や鉄剣を有する厚葬墓が展開していく。近畿地方南部は、その流れに一人とり残されていったのである。

p.278 石器をつかい続けた社会/とり残された近畿南部社会とその後


非常に細かく、専門的な記述が満載で、考古学に詳しくない私にはほとんどが「そういうものなのか」と半信半疑というところも多い。
そうした細部の論戦の積み重ねが、考古学的知見を進歩させていく、それは理解できる。
そして教科書的にまとめることの陥穽についても。

戦争の日本古代史

senso_no_kodaishi.jpg 倉本一宏「戦争の日本古代史」について。

本書はまず「倭奴」という言葉を知っているかと問いかける。
韓国・中国ではたいていの人が知っている言葉だそうだ。字面から見る限りこれは蔑称(英語の"Jap"、中国語の"東洋鬼"みたいなもの)、したがってこの言葉が表だって発せられることはないようで、日本人にはあまり知られていないという。
私も「倭奴」という言葉が今も使われているとは知らなかった。

著者は金印の「漢委奴国王」は「奴国」(なこく)ではなくて、「倭奴国」(わどこく)かもしれないという。もっとも「委奴」とひとまとまりにするのは「いと」(伊都国)という読みなのかもしれないし、魏志倭人伝では「奴国」と書かれている(これが「倭奴国」と同じかどうかはわからないが)。


「夜郎自大」という言葉がある。夜郎国が漢の強大さを知らず、自分たちが一番強大だと思っていたという話である。これは漢の時代にできた言葉だが、もしもう少し後だったら、「倭奴自大」という言葉になっていたかもしれない。

はじめに 倭国・日本と対外戦争
第一章 高句麗好太王との戦い 四~五世紀
1 北東アジア世界と朝鮮三国
2 百済からの救援要請
3 高句麗との戦い
4 倭の五王の要求
第二章 「任那」をめぐる争い 六~七世紀
1 百済の加耶進出
2 新羅の加耶侵攻
3 「任那の調」の要求
第三章 白村江の戦 対唐・新羅戦争 七世紀
1 激動の北東アジア情勢
2 新羅との角逐と遣隋使
3 唐帝国の成立と「内乱の周期」
4 白村江の戦
5 「戦後」処理と律令国家の成立
第四章 藤原仲麻呂の新羅出兵計画 八世紀
1 「新羅の調」
2 新羅出兵計画
第五章 「敵国」としての新羅・高麗 九~十世紀
1 「敵国」新羅
2 新羅の入寇
3 高麗来寇の噂
第六章 刀伊の入寇 十一世紀
1 刀伊の入寇
2 京都の公卿の対応
終章 戦争の日本史
1 蒙古襲来 十三世紀
2 秀吉の朝鮮侵攻 十六世紀
3 戦争の日本史―近代日本の奥底に流れるもの
おわりに
もっとも日本に限らず、多くの国は隣国からは嫌われたり、蔑まれたりするのは普通のことで、このことだけでケシカランなどと言うことはない。

また、本書で再三語られる―歴史上繰り返されているのは、日本では、卑下する意識と同時に、小帝国意識、神国意識が醸成されてきたこと。
金印を授かってありがたがる水準から進歩していくわけだ。
これは日本書紀に記載されない600年の遣隋使以来、連綿と続いている。

もっとも為政者はそんなに単純ではない。
「裁兵」という言葉がある。白村江の戦いはそれだったのではないかという。
おそるべし中大兄。


もっとも、こうした自尊感情も、日本にかぎるわけではない。
古代ローマもそうだったろうし、アーリア民族が優秀でアーリア人の国が世界を統治すべきだと言って世界戦争を起こしたのもそう遠い昔の話ではない。

本書では、自惚れと自虐が同居する日本人の意識が、対外戦争で顕在化することが示される。

「屈折した意識」というような言い方をすると、それは自虐史観だと言う人がいるかもしれない。
しかし、自分を見つめるということは、そして自国の歴史を見つめるということは、国際社会でこの国が生きていくうえで必要なことだろう。
世界的な視野、相対的視点をもって自己を評価することができないと、それこそ「倭奴自大」となってしまうだろう。

ちゃんとした書評は、磯田道史氏が書いておられるので、そちらを参照いただきたい。

文庫本の図書館での貸し出し

「文庫本は図書館での貸し出し中止を」
文芸春秋社長が要請へ
 売り上げ減少が続く文庫本について図書館での貸し出し中止を文芸春秋の松井清人社長が要請することが分かった。貸出数の4分の1を文庫が占める地域もあるなどと実情を示し、13日の全国図書館大会で市場縮小の要因の一つと訴える。
 2015年の同大会でも新潮社の佐藤隆信社長がベストセラーの複数購入を出版不況の一因と主張。その後、図書館側が「因果関係を示すデータはない」と反論し、議論は平行線をたどった。今回は文庫に焦点を絞って問題提起する。
 出版社側の調べでは、文庫本の貸し出し実績を公表していた東京都内の3区1市で、15年度、荒川区は一般書の26%を文庫が占めた。ほかの区市では新書も合わせた統計で2割前後に上った。松井氏は「文庫は自分で買うという空気が醸成されることが重要」と訴え、一石を投じる。
朝日新聞デジタル 2017年10月12日
少し前のこと、出版社が、文庫本を図書館で貸し出さないでほしいと要請するという話があった。
図書館での貸出が多いと、本を買ってもらえなくなるという不安から出たようだ。

これに対して批判的な意見も多い。
もっともらしいのは、図書館の貸出が購入数を減少させるというデータの裏付けがないということ。
他にも、本が売れなくなったのは、出版社側の問題だという意見もあった。

ただ、文庫本の貸し出しを問題にするというのは不思議だ。
参照した記事にもあるが、2015年には、図書館のベストセラーの複数購入が問題視されている。

今回、同じことを言うのに気が引けたのだろうか。


文庫本の貸し出しが多いというのは私には良くわかる。
通勤電車≒書斎という人種にしてみれば、文庫か新書というのがとにかくありがたい。ハードカバーだととにかく持ち運びにくい。ある図書館では、新書コーナーを設けていて、これは電車通勤者にはありがたいやりかただと思ったことがある。
だから、私のような利用者にすれば、「貸出数の4分の1が文庫」というデータを問題視するのは問題の所在をかえって曖昧にしていると思える。何かおもしろい本はないか、できれば文庫か新書で、というのが多くの勤め人の行動パターンではないだろうか。

また、文庫本というのは、通常、単行本が出てから1年以上経ってから文庫化されるのが普通だと思う。
ということは、普通は単行本で既に相当部数を売っていて、文庫本はそれをより安く提供しようという趣旨のはずでは。出版社全体としての利益はともかく、その本については十分利益を上げた後ではないのだろうか。

Dedekind_Kazuni_tsuite.jpg また、私のような古い人間にとっては、文庫といえば、岩波、新潮などで、古典、名著といわれるものが文庫に収められていて、およそベストセラーとは言えないもの(歴史的にはベストセラーだけどブームではない)。これを貸出禁止なんて、いったいどういうものをイメージされているんだろう。

文庫というくくりには大いに疑問があるけれど、それではベストセラーの複数購入についてはどうだろう。
公立図書館は「無料貸本屋」と言われている。
それが図書館として正しい姿であると信じている人ばかりではない。

以前、ある市の図書館の人に聞いたのだが、ベストセラーは10~20冊ぐらい買うのだという。そうしないと待ちが多くなって苦情につながる。都道府県立ならアーカイブ性が重視されるが、市町村立だと読書サービスに重点が置かれる。
また、多くの図書館で「リクエスト」という制度が導入されている。図書館の選書にあたって、利用者の意見(つまり読みたい本)を聞くというものだが、ベストセラー(になりそうな本)の出版予告があると、すぐさまリクエストをあげて、図書館に入ったらいの一番に借り出そうという人もいるという。

住民サービスといえば聞こえは良いけれど、ここまでやるのが本当に良いんだろうか。
上で紹介した、ある市の図書館の人が言うには、20冊買ってもものによっては待ちは出るのだそうだ。
そしてこうした本へのニーズは必ずしも永続きしない。

早く読みたいなら、自分で買えば良いんじゃないかと私は思う。
あるいは、図書館に頼らず、お友達で回し読みしたら良いんじゃないかとも思う(あるいは読み終わったら図書館に寄付するとか)。 マンション住まいの時は、マンガ雑誌などはお隣から回って来ていた。
図書館で借りて読んだ本でも、手元に置いておきたくなって、あらためて購入したものもある。
あるいは、読み直したくなって、電子書籍版(安い!)を買って、再度読んだものもある。

図書館法では、図書館の利用に代価を求めてはならないとされている。

図書館法第十七条
公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない。

この法律の対象である限り有料サービスはできないだろうが、法の対象外の新刊読書館というようなものを作って(要するに貸本屋)、新刊の読み回しをして、一定期間後に図書館に寄贈するようにしたらどうかと思う。

電子書籍など、純粋な情報商品は通常他人に貸すことはできない(一身専属の権利)が、紙書籍、DVDなど、パッケージ型メディアは他人に貸しても問題にならない。なぜ?


図書館と出版社が対立していては、出版文化そのものにとって不幸だと思う。

21世紀の戦争論

21seiki_no_sensouron.jpg 半藤一利、佐藤優「21世紀の戦争論 昭和史から考える」について。

2人の対談をまとめた本。
対談には、前にも似たようなことを書いた覚えがあるが、
  • 主(権威者)と聞き手の組合せ
  • 対立する意見を持つ者の組合せ
  • 同志・同意見を持つ者の組合せ
というタイプがあると思う。
本書は、この3番目のタイプで進む場面が多いが、それに加えて1番目のタイプが、それも主の立場を往き来しながら進んでいるように思う。

半藤氏の近現代史への知識や理解は定評があるかと思うけれど、一方の佐藤氏はまさに気鋭の論客で、写真の風貌から受ける氏の印象は武闘派。著書は多数あり、私も2冊ぐらいは読んだ覚えがある。書かれていることは腑に落ちることが多く、新鮮な情報でもあるのだけれど、その信憑をチェックできる知識を持たない者としては、この人の言うことは本当だろうか、陰謀史観のようなものに毒されてないのかとか、素直に信じきれないところがあった。

本書は、半藤氏との対談ということで、読者としては、半藤氏が佐藤氏をどう評価するのか、信頼できる人なのかの判断を半藤氏に期待するというわけだ。

第1章 よみがえる七三一部隊の亡霊
第2章 「ノモンハン」の歴史的意味を問い直せ
第3章 戦争の終わらせ方は難しい
第4章 八月十五日は終戦ではない
第5章 昭和陸海軍と日本の官僚組織
第6章 第三次世界大戦はどこで始まるか
第7章 昭和史を武器に変える十四冊
さて、その結果だけれど、この2人の対談は、最初に掲げた対談の3タイプにはあてはまらない。
2人は、歴史事実の認識はかなりの点で一致していると思う。そして半藤氏が取材した情報が佐藤氏に、佐藤氏が外務省勤務などを通じて得た情報が半藤氏に、お互いに認識を確かめ合う形でやりとりされる。

ただ、日本のこれからの外交・軍事の態度については、直接意見を戦わせることはないように思う。
読者としては、日本がとるべき政策んついて激論を交わしてもらいたいという気持ちがあるのだけれど、そこは大人の対応をされているように見受けた。

本書のはじめに興味深い分析が述べられている。
【佐藤】半藤さんがおっしゃるように、歴史は人間がつくるものです。したがって、似たような間違いを繰り返します。
 私は戦後七十年が経って、戦争が遠くなったのではなく,新たな戦争が近づいていると感じています。物量や情報力などでは、国家のほうが圧倒的に有利なのに、「イスラム国」のような集団は、命を武器にできるという点で強い。こういう「非対称の戦争」が始まっている。その意味で、天皇のために死ぬことさえ厭わなかった日本のあの戦争は、時代を先取りしていたといえなくもありません。「イスラム国」においては、日本の玉砕戦とか特攻が、標準的な戦い方なのです。ですから今、日本が関わった戦争を振り返る意味は、大いにあります。  玉砕や特攻といった当時を支配していた「精神力」による戦争は、現代のわれわれも直面している問題として、きちんと検証し直さなくてはなりません。他にも、二·二六事件へとつながる陸軍の皇道派と統制派に代表される派閥争いは、今の日本の官僚組織に引き継がれているところがある。さらに、日本は唯一の被爆国であるというところで思考が止まっていますが、イランは「イスラム国」包囲網に加わる見返りとして、経済制裁を解かれ、それによって核兵器の拡散というパンドラの箱が開く可能性さえある。まさに第三次世界大戦の始まりです。

イスラム国の戦い方は、昭和の戦争での日本の戦い方なんだと。
そういえば、今の北朝鮮って、戦前の日本と同じ。列強に圧迫されて武装せざるを得ないと言ってるし、国民は鬼畜米(英)と言ってるし、将軍さま万歳といって死ねるらしいし。

現代日本にも、そういう時代が良かったと考える人もいるようだけれど。

他にも、聞き捨てならない話が紹介されている。
「どうせ一億総玉砕なんだから、日本の国なんかもうなくなるんだから」というのが行動原理になっていたとか。
なるほど、死を覚悟するとはそういうことだったのか。

この対談の多くが、ロシア(旧ソ連)関係に関するものになっている。
以前、何かの本で、敗戦直前にソ連が侵攻してきたこと、そして北方領土を占拠したことについて、ロシアとしては、日露戦争のときにとられた領土を取り返したということだと書いてあった。
それについては、その著者のロシアに対する個人的な推量あるいは、そういう見方もあるだろうぐらいに思っていたのだが、この2人に見るところ、そして何よりスターリンが公式に発言しているところによると、事実はその通りのようだ。
■日露戦争への報復
【半藤】それにしても、スターリンの野望とそれを成就させるための用意周到さには、改めて舌をまくばかりです。その野望とは、日露戦争で失ったものを取り返すこと、その一点に絞られていた。そのためにスターリンは、第二次世界大戦終了間際のタイミングで、日ソ中立条約を無視して対日参戦した。『ソ連が満洲に侵攻した夏』(文春文庫)という本で私はそう書いたんですが、佐藤さんはどう思われますか。

【佐藤】スターリンは、東京湾の米艦ミズーリ号上で日本が降伏文書に署名した一九四五年九月二日、ラジオ演説でこう言いました。
「一九〇四年の日露戦争でのロシア軍隊の敗北は国民の意識に重苦しい思い出をのこした。この敗北はわが国に汚点を印した。わが国民は、日本が粉砕され、汚点が一掃される日がくることを信じ、そして待っていた。四十年間、われわれ古い世代のものはこの日を待っていた。そして、ここにその日はおとずれた。きょう、日本は敗北を認め、無条件降伏文書に署名した」(スターリンの「ソ連国民に対する呼びかけ」<放送>訳:独立行政法人北方領土問題対策協会)
 半藤さんがおっしゃるように、スターリンの意識は、日露戦争のかたき討ちをしたというものです。
 ここに奇妙な符合があります。

日露戦争は過去のことであり、その過去にこだわってソ連が北方領土を奪うのは、領土不拡大原則に反すると言う人が多いと思う。領土不拡大原則が国際法で認められたのか、ソ連が日本に侵入したときにそれを一般的に認めていたのか疑問もあるところ。
たしかに、日露戦争が領土不拡大原則が国際的に認められる前のことだから、それ以前に遡って領土を主張するのはおかしいという理屈にはなるのだけれど、それはそれとしても、領土に対するロシアの国民感情を理解しようともせずに、その主張ばかりを繰り返しても、着地点は見えないように思う。

先日テレビを見ていたら、ロシアの人たちは、特段日本に対して悪い感情は持っていない、むしろ好きな国になっているという。テレビの取材だからあてにならないかもしれないが、もしこれが事実だったら、救いがあるような気がする。

最後の第七章は「昭和史を武器に変える十四冊」となっている。
私自身の覚えのために、対談のお二人が推薦している本を掲げておこう。
昭和史を武器に変える十四冊
○半藤一利選
レイテ戦記(上·中·下)大岡昇平中公文庫
戦艦大和ノ最期吉田満講談社文芸文庫
「空気」の研究山本七平文春文庫
軍艦長門の生涯(上·中·下)阿川弘之新潮文庫
断腸亭日乗(全7巻)永井荷風岩波書店*
(「摘録 断腸亭日乗」(上·下) 岩波文庫版あり)
歌集 形相南原繁岩波文庫
東京の戦争吉村昭ちくま文庫
戦中派不戦日記山田風太郎角川文庫
○佐藤優選
日本のいちばん長い日 決定版半藤一利文春文庫
戦艦武蔵吉村昭新潮文庫
戦艦大和ノ最期吉田満講談社文芸文庫
沖縄決戦 高級参謀の手記八原博通中公文庫
戦争と人間(全9巻)五味川純平光文社文庫*
東京裁判スミルノーフ、
ザイツェフ
大月書店
細菌戦用兵器ノ準備及ビ使用ノ廉デ起訴サレタ元日本軍軍人ノ事件ニ関スル公判書類外国語図書出版所
*は絶版·品切れのため新刊書店での入手が難しい

今回の「支持政党なし」

 党候補獲得議席得票数得票率
自由民主党 2861,816,18430.5%
立憲民主党 1641,405,83623.6%
希望の党  3331,039,64717.4%
公明党   42644,63410.8%
日本共産党 102618,33210.4%
日本維新の会30198,1273.3%
社会民主党 1056,7321.0%
日本のこころ1040,5920.7%
幸福実現党 4015,8720.3%
支持政党なし40125,0192.1%
先日行われた衆議院選挙でも、例の政治団体「支持政党なし」が、東京比例区に候補者を立てた。

以前は物珍しさからメディアも良くとりあげていたけれど、何度も出てくると飽きられたのか、あまりメディアでは取り上げられなくなっている。(なのでこのブログで取り上げることにした)

右の得票数のデータは、読売ONLINEからのもの。
見た通り、今回も社民党より得票数が多く、日本維新の会に迫る。2016参院選のときは得票率1.16%だったから、今回の2%超は倍増・大躍進である。

大手メディアはともかく、ネットメディアでは、「支持政党なし」とか「支持なし」と書いたら、この党に投票したことになるから注意しろと、選挙妨害みたいなことを書いていたけれど、まちがえて投票する人はそう多くないんじゃなくて、積極的に「支持政党なし」に投票する人の方がずっと多いだろう。

それに、政策もなんにもない、ただの遊びと批判する人が多い。
しかし、色にたとえれば、この政党は「無色透明」である。党の方針と各候補者の方針が真っ向から食い違う某党は、さまざまな色を混ぜた状態、つまり「灰色」である。
そういう人たちには批判する資格はないだろう。

ところで、右の表で「支持政党なし」が一番下に表示されているんだけれど、これは元の読売ONLINEの記事の順である。「支持政党なし」以外は得票数順に並んでいるから、ここも、日本維新の会と社民党の間にこなくちゃおかしいのでは。
「その他扱い」して混乱しているのはメディアの方では。

妄想かもしれない日本の歴史(3)

井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」の3回目。

軽い本の割りに突っ込みどころというか、ふくらませどころがたくさんある。


前に、この本は、妄説が生まれること自体を歴史として見るという高次の立場で書かれていると評した。
今日は、その一つの例として、本書のあとがきに紹介されているエピソードをとりあげる。

sawamura_show_img.jpg それは、沢村栄治。言わずと知れた東京巨人軍、そして日本の大エースである。
彼が太平洋戦争に出征し、移動途中の輸送船とともに沈んだことも良く知られている。
テレビアニメ「巨人の星」でも、1回の放送をまるまる沢村の戦死にあてたことがある(クリックでネットビデオへ)

井上氏が噛みつくのは、おそらく多くの人が思っているに違いない、巨人のエースが戦争にとられ、そして死んだというストーリーについてである。

歴史的事実はそうではない。(Wikipediaにも記事
沢村は、死に向けて出征するそのとき、既に、全盛期を過ぎたとして、巨人を解雇されていた。
つまり、巨人のエースが戦争にとられて死んだのではない。

沢村自身は、巨人を解雇されて、南海での復帰を望んだらしいが、巨人の沢村として引退しろという巨人側の意向があったため、復帰を断念したという。

井上氏は、どうして誰もが「巨人のエースが戦争にとられて死んだ」と思っているのだろうと訝る。
そして、これはメディアがバックに付いている球団が、「元巨人のエース」として、まるで自社のことのように報じたからに違いないというわけだ。もし、沢村が南海に入団していて、1度でも南海のマウンドに立っていたら、「南海のエース」として報道されただろうか。

読売新聞は別に虚報を流したわけではない。ただ、読者の受け止め方としては、(元)巨人のエースの非業の死である。沢村のことが報じられるたびに、日本の野球史上最高のエースとして記憶が強化され、それを擁した巨人軍が野球界のリーダーとしての地位を確立していく一助となっただろう。

「巨人の沢村として引退しろ」というのはその時点では沢村に、そして彼の死後は日本野球に大きな影響を与えた言葉になったわけだ。

「巨人の沢村として死ね」とは言わなかっただろうけれど。


妄想かもしれない日本の歴史(2)

1200px-Stonehenge2007_07_30.jpg 井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」の2回目。軽いエッセイ本だけれど、再度とりあげる。ちょっと批判的に。

著者には「日本に古代はあったのか」という著書もある(未読)。
「妄想かも……」の終章では、この自著に触れて、日本人は自国の歴史にあつかましくも古代を設定しているという。

日本史の時代区分という概念は、西洋史学から輸入したもので、その時代区分に照応する歴史事象を発見して、それを持ち込んだものだという評価である。

たしかに、たとえば封建制という言葉で西洋の中世、日本の中世が並べられるけれど、その実態は実は彼我で随分違うという指摘は、従来からなされている。単純に西洋史学を無批判に取り入れた時代は既に終わっていると思う。
その意味で、井上氏の主張は、虚を衝くところがあって面白いのだけれど、やはり一面的だと思う。

さて、本書で井上氏が対照するのは、ヨーロッパ主要国である英独仏の歴史である。
ここで、氏は、「英独仏に古代史はない」と言い切る。これらの国は、古代ローマの版図になる前は未開時代であり、古代ローマの版図になってからの時代が古代であり、独自の歴史というものはない。ローマが崩壊してから、中世がこれらの国の歴史の始まりだという。

これで思い出すのは、チャーチルが「英国の歴史は、シーザーがブリテン島に上陸したときに始まる」と言ったという話ではある。


英独仏、これらの国が古代ローマの崩壊後から独自の歴史をはじめたということと、漢帝国が滅んで、三国・五胡十六国の蛮族の時代が始まることを対応させる(実際、邪馬台国・大和朝廷が始まる次期)。日本の歴史もヨーロッパ同様であって、世界あるいはアジアという視点で考えるべきだとする。これについては、私もそれはそうだろうと思う。
ただ、これは井上氏だけの着想ではなく、古代史家の多くがその視点を持っている。倭国からの使者が中国のどこへ行ったか、それは当時の中国の情勢に応じたものである。

気になったので、氏が言うように、英独仏の歴史教育は、古代はローマで広域史であり、独自の歴史は中世からはじまっているのか、確認してみることにした。
ドイツ語やフランス語を読むのは大変なので、申し訳ないがイギリスだけだけど。

National curriculum in England:
history programmes of study
【Key stage 1】

Pupils should develop an awareness of the past, using common words and phrases relating to the passing of time.

【Key stage 2】
  • changes in Britain from the Stone Age to the Iron Age
  • the Roman Empire and its impact on Britain
  • Britain’s settlement by Anglo-Saxons and Scots
  • the Viking and Anglo-Saxon struggle for the Kingdom of England to the time of Edward the Confessor
【Key stage 3】
  • the development of Church, state and society in Medieval Britain 1066-1509
  • the development of Church, state and society in Britain 1509-1745
  • ideas, political power, industry and empire: Britain, 1745-1901
  • challenges for Britain, Europe and the wider world 1901 to the present day
National curriculum in England:
history programmes of study
英国政府のホームページに、歴史学習のプログラムが公開されていた。
全体は3つのステージに分けられていて、第1ステージは歴史に興味をもたせることが目的のようで、特に時代区分などは設けられておらず、第2、3ステージから、概ね時代に沿って学習課題が示されている。
それによると、スタートは、石器時代から鉄の時代への移行である。
やっぱり古代があるじゃないか。

イギリスのストーンヘンジなどの巨石文化は有名だから、これを無視するということはありえないだろう。

そのあとにローマ、つまりシーザーのブリテン島侵攻が置かれている。
その後、アングロサクソン、スコットの人々の移入が置かれ、たしかにここからが現代までつながる英国史とはなる。
英国史には詳しくないが、その後、ノルマン征服などがあってフランス語が流入し、英語が成立する。

主役が、ケルト人からローマ人、アングロサクソン、ノルマン混交と移っていると思うけれど、ブリテン島という地域の歴史としては、古代からつながっている。

現代につながる歴史としては、たしかにローマ以降だから、井上氏の指摘も正しいけれど。


人に注目すると、イギリスでは、征服し、征服され、住人が入れ替わる歴史が教えられているわけだ。日本にはそれが、大筋では、ない。そのことが日本人の独特な連続性のある歴史意識を持たせているのかもしれない。


私は別に井上氏の主張を全否定するつもりはない。
氏の主張は、日本人の多くに見られるねじれた感情、つまり、西洋から認められることによってのみ自己肯定感が満足されるくせに、そのなかにおいて日本独自の歴史と文化とうぬぼれる、そういう屈折した心理的態度を指摘するもの。

このことについては、私も同感するところ大である。
同様の屈折した心理は、島国根性・日本人の多くに見られる特徴だと、私も思う。

妄想かもしれない日本の歴史

Mousoukamo_shirenai_Inoue.jpg 井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」について。

妄想」とあるように、偽史だろうと推定できるけれど、そういう偽史が生まれた状況も歴史ととらえるという、高次の立場からのエッセイ。

「高次」とは論理の階層性においてである。つまり、神の眼で見るというとスゴいけど、傍観者としてということ。当事者として、その陳述に対して真偽を問題視することなく、オモシロがっているということ。


また、そうしたタイプのものだけでなく、教科書的には定着しているような説が学界では必ずしも多数派とは言い切れないものや、妄説とされていたものが、新しい発掘や資料の発見で見直される例(出雲大社)なども多く紹介される。

岡目八目といえばそのとおりだが、語り口はやっぱり面白いし、なにより、こういう高次の目線からは、対象事実の真偽について格闘(拘泥)する立場とは違う、新鮮なものの見方というものも出てくる。

本書でとりあげられたアヤシゲな言説には有名なもの(義経ジンギスカン説)もあれば、私は全然知らなかったものもある。著者はいろんな地方で聴いた話や、様々な文献を渉猟して集めた話である。著者は余程の暇人である。だから面白い本になった。

まえがき
第一章 英雄たちの夢の跡
将門の首塚と丸ノ内
「本当の義経は北海道に来たんです」
大名におちぶれて
信長は、どう「敦盛」を舞ったのか
坂本龍馬が浮かびあがるまで
西郷隆盛は西南戦争で死ななかった?
血染めのハンカチが語るもの
第二章 あやかしども、魅せられて
羊と田胡碑──埋もれた十字架
「たんたんたぬき……」を、さかのぼる
名古屋にシャチがあふれる訳
第三章 キリスト教とキリシタン
高野山にキリスト教はとどいたか
島原の乱は、原城の下にうめられた
『沈黙』の読みかた
第四章 関東か関西か
「弥生式」「弥生時代」に異議あり
邪馬台国はどこにあったのか
源頼朝が娘にたくした夢
『吾妻鏡』の「関西」は
第五章 美男と美女の物語
采女のさだめ
美しい外交官──日本を代表する男たち
楊貴妃は熱田神宮にねむっている
小野小町の美人力
淀君は利根川に
ハリスとブロンホフから、女の歴史が見えてくる
第六章 建築幻視紀行
三内丸山遺跡が、さかりをすぎた時
大阪の池上曾根遺跡に神殿はあったのか
法隆寺に“エンタシス"があるという物語
出雲大社に原形は
やまあいの一乗谷遺跡に、市中の山居を見る
安土城の天守閣を復元する
八紘の塔は、戦後も生きのびて
「大和」は、永遠に世界最大の戦艦である
終章 日本中世史のえがき方
あとがき
多くの言説は、荒唐無稽なもので、著者もそういう歴史的事実はないだろうというものが大半だけれど、英雄が生き延びて当地で没したという類の言説は、その土地の人々の思いを伝えているもので、一蹴して済むものではないという、暖かい眼で見ている。そして思わぬ形で読者に考えるヒントも与えてくれる。

たとえば、第四章にある「源頼朝が娘にたくした夢」では、頼朝は娘を入内させたかった(かつて清盛がやったように)、それが鎌倉幕府の不審な態度を説明するのではないかという。普通は、娘のために道を過るというようなkとは歴史家はあまり考えないようだけれど、頼朝の人の親ならば、そういうことがあっても不思議じゃない。

ちなみに、私が大河ドラマで一番気に入っている「草燃える」では頼朝の娘(大姫)は池上季実子が演じた。木曽義仲の息子と婚約したが義仲が頼朝に滅ぼされ、その子も当然殺される。大姫はそのために精神を失調する。


もう一つ、女性がらみでとりあげたい話は、第五章にある「采女のさだめ」。
日本の律令には、各郡から美しい女を采女に差し出せというルールがあって、それにしたがって全国から美人が朝廷に集められた。地方の有力者が都でこきつかわれるのに我慢したのは、それで官位などの箔が付くというkともあるが、この美女たちの力が大きかったのではないかという。あわよくば朝廷から采女を下げ渡されることもあっただろうという。

女性ばかりとりあげてエロ爺と思われても困るから、男の話も。
采女の話に続いて「美しい外交官──日本を代表する男たち」という節がある。
これによると、遣唐使などで中国に派遣された日本の役人はイケメンばかりだそうだ。日本での選考についての記録にそれをうかがわせるものがあり、中国側の記録にも、倭人の使いはいずれも長大な美男とあるそうだ。
倭というのは小さい人の意であるから、ことさら背の高い男を中国に送ったのかもしれない。そして著者の妄想は、粟田真人が武則天に気に入られ、そのおかげで、その時代から日本のことを倭と呼ばず、日本と呼ぶようになったのかもしれないとある。

この話の枕は、著者の知り合いの外国人から、日本の外交官はどうして魅力的な男がいないのかと言われたことが発端だとのこと。さらにそれは日本が国際関係で損をしている原因の一つだとも。


どれも紹介したい話ばかりなのだけれど、知りたい人は本書に直接あたられたい。
軽いエッセイではあるけれど、歴史への興味をかきたてると同時に、考えさせられる(歴史家が普通は触れようとしないということもある)。ただし、著者独自の見解が多く、ちょっと首をひねりたくなるところもある。

衆議院選、公示

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衆院選3極争う構図(朝日新聞デジタル 2017年10月3日21時49分)
三連休明けの今日、衆議院選挙の公示日。
10月22日の投開票日まで、正式に選挙戦がはじまる。

政治にすっかり失望している者にとっても、興味深い選挙である。
数を争うだろう与党vs希望の党は、好き嫌い投票になるだろう。
あとは立憲民主党が、リベラルを結集できるかどうか。前にも書いたけれど、立憲民主党が比例区で10%の票を集めるかどうか。

いつも思うのだけれど、選挙で語られる公約やマニフェストというものは、どれも根拠薄弱、といって悪ければ十分説明されたものとは思えない。根拠っぽく見える話が出されても、それが本当なのかどうかわからない。対立するところが逆の話を事実として持ち出したりする。
たとえば、アベノミクスで景気が良くなったというけれど、財政赤字が拡大、国債を引き受ける日銀も破綻しそうという、もう一方のデータは与党からは語られない。

国民としては、その全体像を把握した上で、最適な政策を選択してもらいたいし、どちらの政策が良いのか判断する材料を提供してもらいたいのだけれど、残念ながら、与野党の議論によって、政策が深まるというようなメカニズムは働いていないように思える。たしかに、時には政府案の微修正や付帯決議などが行われることもあるけれど、形だけのような気がする。

どこが政権をとったとしても、嘘や誤魔化しで政策決定しないことを祈るのみ。
フェイク・ニュースが蔓延する今のネット社会では、国民もフェイクに敏感にならなければね。

政党の離合集散

9月25日安倍首相、衆議院解散を正式表明
「希望の党」結成
9月28日衆議院解散
民進党、希望の党への合流を発表
9月29日希望の党小池代表、民進全員受入れはないと表明
10月3日立憲民主党結成
希望の党、民進合流組への政策協定への合意を要求
草津・日光旅行の記事にかまけている間に、日本の政治情勢は激変している。
衆議院が解散し、新しく希望の党が結成され、それに乗っかろうという民進党、その動きからはじき出された人が立憲民主党を結成、この間、10日足らず。

余裕をかます与党は、こうした離合集散の動きそのものを批判している。
ぽっと出の政党に政権をまかせることはできないと言い、権力欲しさの野合であると言う。

私も、このような権力欲しさで離合集散するのは不適切だと思う。
そもそも選挙で投票するときに、どの政党に属しているかは重要な選択基準である。その前提を覆すわけだから、政党の鞍替えはすべきではない。比例区の場合、議員死亡等により欠員が出たら当該政党の名簿に従って繰り上げ補充されるはずである。その理屈なら、政党鞍替え=辞職扱いとすべきだろう。

Kibou_no_tou_Koike_sama.jpg
評判の「政策協定書」
そうした一般論はさておいて、今回の離合集散では、民進党の主体性を欠いたとしか思えない動きが、不適切を通り越して見苦しい。
反安倍ということしか一致点のない希望の党へ、それまでの党是を無視して合流する。さらに、希望の党側から「政策協定書」にサインできないなら公認しないと脅され、あるいは拒絶される。

その希望の党にしたって、駆け込みのようにできた政党だから、組織として熟議された政策体系と呼べるようなものはなさそうである。そのプロトタイプは、あるとすれば小池党首の頭の中だろうが、安倍首相よりもタカ派ということしかわからない。

そうこうしているうちに、民進党で希望の党から拒絶された人たちは立憲民主党を結成した。自民・公明からすれば、これも見苦しい離合集散の一つと断じているけれど、私はこれは違うと思う。

枝野氏は、早い段階で希望の党からは拒否されていたと思うが、それでも友好的に無所属で出馬(無所属なら希望の党から対立候補は立てない)という選択肢もあったなか、敢えて立党に踏み切って希望の党との対決を辞さない判断をした、そう私は思う。(枝野氏にどれだけ信をおけるかは微妙かもしれないが。)

そして、それによって、民進党に対する不信感は、希望の党へ行った人たちが引き受け、立憲民主党には、護憲(9条)・リベラルの信条が転移したのではないだろうか。

その結果、これまで民進党支持ということに後ろめたさや羞しさが伴った人も、立憲民主党ならそういうもやもやを持たなくて良いことになった。リベラル派の集結先が用意されたのではないか。現に、社民党なども立憲民主党への協力を打ち出した。比例区では10%ぐらいは票を集めるのではないかという気もする。

希望の党がリベラル排除としたのは、味噌も糞もいっしょくたにはしない、数だけの野合ではないと大見得を切ったものだろうけれど、如何せん、味噌が足りないようだ。
希望の党が与党との違いを出せるのは、森友・加計問題だけだろう。
「しがらみと忖度からの脱却」、これだけがアピールポイントで票を集められるかな。

そうかと思えば、希望の党と「政策は完全に一致」しているのに、独立の別の党だという維新の会。いわゆる力関係だけであろうか。

贈与の歴史学

zouyo_no_rekisigaku.jpg 桜井英治「贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ」について。

現在のお歳暮とかの習慣がどのように成立してきたのかな、という程度の関心で読んでみた。
ところが、中味は贈り物のマナーなどというノウハウとはもちろん無関係であるけれど、さらに人類史における贈与というような構え方をしているわけではない。

そうそた点も意識はされていて、モースの「贈与論」で書き出され、マリノフスキーなど人類学での贈与の扱いなどにも触れるけれど、これはどちらかと言えば露払いである。

この本のメインは、室町時代を中心とする日本の中世社会での贈与。著者は、人類学者とか経済学者とかではなくて、中世史を専門とする歴史家である。

室町時代といえば、貨幣経済が発達し、手形取引が始まった時代である。
また、徳政が頻繁に行われた時代でもある。

著者は、脆弱と言われる室町幕府の財政について「贈与依存財政」と呼ぶ。
それを成立させていた、室町時代の贈答経済はとても特殊で、「贈答経済でどこまでいけるか」を追求したような観があるという。
第1章 贈与から税へ
1.四つの義務
2.神への贈与
3.人への贈与
第2章 贈与の強制力
1.有徳思想―神々からの解放
2.「礼」の拘束力
3.「相当」の観念と「礼」の秩序
第3章 贈与と経済
1.贈与と商業
2.贈与と信用
3.人格性と非人格性の葛藤
第4章 儀礼のコスモロジー
1."気前のよさ"と御物の系譜学
2.劇場性と外在性
3.土地・労働・時間
その一手段として生み出された傑作が「折紙」。
折紙というのは、贈り物に付けた目録で、紙を半分に折る形式だったことから折紙と言うようになったもの。

現代語でも使われる「折紙付」という言葉の折紙も同根で、品物の品質保証書というような役割を持っていたもの。

折紙は、元々は、斯々然々のものをお贈りしますという目録だったのが、いつしか実物の移動を伴わずに贈り物のように流通するようになる。物として金子が書かれていたら、まるでその金子であるかのように流通する。
さらには、転々流通性まで持つようになったというわけである。

チューリップが高値で取引されていたところ、あるとき何でこれにこんな値段が付くんだと疑問に思ったとたん、バブルが崩壊するようなもので、折紙ってなんで通用するのと誰かが言いだしたら終わりかもしれない。

で、こんなことを考えた。
貨幣の発生史としては否定されると思うけれど、貨幣は財物の貸借の証文と考えるのが一番わかりやすんじゃないだろうか。もちろん手形より貨幣の方が先なのだけれど、貨幣の本質的な役割は手形と同様、賃借の情報じゃないんだろうかと。

仕事と日本人

Shigoto_to_Nihonjin.jpg 武田晴人「仕事と日本人」について。

「労働」、「仕事」、「はたらく」、似たような言葉がある。
著者はこれらを対比させながら、「労働」という言葉(「働」は国字だから「労動」も含めて)がいつ頃から、どういう使い方をされたのかなど、かなりの紙幅を割いて解説している。

あれっ、一体、この著者はどこに関心があるのだろうか、どういうフレームでこのテーマに取り組んでいるのだろう、
経済学者の本なら、経済学なら、労働を経済の一要素として、労働市場のなりたちや挙動というものを説明しそうなものだ。
そうではなくて、社会学とか文化的な考察が中心になっている。
著者はあとがきに次のように書いている。
 できあがったものは、ごらんいただいてわかるように,「労働」とか「仕事」とか「働くこと」とかをキーワードにして私が手当たり次第に読んだ本の読書ノートとでもいうようなものである。手当たり次第とはいっても、この分野にはたくさんの著作があり、しかも最近では関心の高い分野であるために関連の文献が続々出版されるので、それを網羅的に読むことなどははじめからできる相談ではなかった。だから、正確には手の届く範囲にあった本を読んだだけいうべきだろう。その限られた読書によって得られたさまざまな意見や歴史的な事実を通して考えてきたことを、そのままの形で読者の皆さんに読んでいただくことになった。

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仕事中の日本人
Japanese at work/Charles Wirgman
西本郁子「時間意識の近代」58頁から本書に転載
というわけで、もちろん経済学の観点での労働とか、労働市場についても書かれているのだけれど、そういう枠組みでとらえられないものを多くあつかっている。

また、他書の紹介もこんな具合。
報酬は時間でもらっている
 大沢真知子『ワークライフバランス社会へ』では、「経済のグローバル化にうまく対応し、経済のパフォーマンスのよい国では、正社員の働き方を柔軟にし、非正規から正規への移動を進めている国が多い。ここでいう正社員の働き方を柔軟にすることがワークライフバランス施策とよばれるものである」と新しい考え方を紹介していはす(同書、2頁)。
 このような考え方に即して、大沢はワークシェアが一番進んでいるオランダの次のような例を紹介しています。
 オランダでは、妻が中間管理職として週四日はたらく共働き夫婦を取材させてもらった。四歳と一歳の幼い子どもがいる。
 取材してみると、彼女は、週四日の勤務とはいえ、実際にはその四日間に五日分の仕事をしていることがわかった。しかも会社からもらうのは四日分の給与である。会社にとっては悪い話ではない。また、彼女にしてみれば、給与はへるかもしれないが、その分子どもたちと一緒にいる時間がふえる。報酬の一部を時間でもらっていると考えれば、こちらにもメリットがある。(『ワークライフバランス社会へ』、10頁)

はしがき
第1章 豊かな国の今、問われる選択
 2006年春、パリ/若年者の不安定就業―フリーターとスラッカー
第2章 「労働」という言葉
「怠惰な」日本人/「労働」という言葉の意味と由来/「働」という漢字/輸入学問・経済学のなかの「労働」/忌避される対象としての労働
第3章 「仕事」の世界、「はたらき」の世界
イギリスの経験/速水融の勤勉革命論/勤勉革命の背景/「はたらき」は際限のない長時間労働だったのか/労働集約的な農家経営と手工業生産
第4章 「労働」観念の成立
工場の成立/職人の転身/職人たちの転落/都市の下層社会/工女たちの世界
第5章 時間の規律
近代における時間の観念/労働時間の制限/作業時間の標準化/定年制
第6章 残業の意味
残業の誕生/残業の捉え方/「義務としての残業」と「責任としての残業」/増収の手段としての「残業」/残業手当とサービス残業
第7章 賃金と仕事の評価
賃金の成立/賃金の長期的な変動/学歴と俸給/「労働」の評価と「仕事」の評価
第8章 近代的な労働観の超克
西欧近代のゆがみとしての「労働」観/労働の現在/再び「仕事」の主人となること
あとがき
見出しだけ見ると、報酬の計算が労働時間で行われていると勘違いしそうだけれど、そうではなくて、時間というものが貴重な「財」ということである。
本書では、この引用に続けて、このような働き方を可能としたオランダの状況について別書(長坂寿久『オランダモデル 制度疲労なき成熟社会』)も紹介し、「誰もが必死に労働しなければならないという規範は、いかにも狭すぎるし、人間のもつ可能性を見失っている」と続け、
 右の例では、中間管理職として働く女性は、それによって相当の所得を得ているだけでなく、社会的な存在としての自分を確認する場をも与えられています。その一方で母親として子供との時間も大切にしています。そのことで所得が減っているとしても、それで十分に満足しているのです。この女性は、「時間で給料をもらっている」と答えているようですが、これはなかなか含蓄のある言葉です。
と結んでいる。

また、別の個所では、このような引用もなされている。
 ですから、立石泰則が『働くこと、生きること』に書いているような状況が生まれます。それは、経営状況の悪化のために人員削減を推進した経営側からの説明に、「(雇用調整をしなければならないほどの)大量の余剰人員が発生したから」との釈明があったという点に関してです。
 「大量の余剰人員が社内に発生した」とはどういうことなのであろうか。ボウフラではあるまいし、いつの間にか大量の人間(余剰人員)が「発生した」というわけではないだろう。会社は当初、必要と判断しただけの人員を採用したはずである。それが余剰人員となったのであれば、彼らを適材適所でうまく活用できなかったからか、見込み違いで多く採用しすぎたからにほかならない。
 どちらにしろ、余剰人員を「作り出した」のは会社であって社員ではない。その責任を不問に付したまま、会社が社員にだけ責任を「リストラ」という名の人員削減で押しつけるなら、経営側の責任放棄、無責任の極みといわれても仕方がない。 (『働くこと、生きること』、四一頁)
以前、トヨタの社長が「従業員のクビを切るのは経営者失格」というようなことを言っていたことを思い出す。
もっとも、そうならないように、非正規雇用、派遣、偽装請負という方法で先手を打っているのが現状なのかもしれない。

武田晴人「仕事と日本人」の紹介のつもりが、同書で紹介されている話の紹介になったようだ。
それが本書の性格でもあると思うけれど。

大奥の女たちの明治維新

安藤優一郎「大奥の女たちの明治維新 幕臣、豪商、大名――敗者のその後」について。
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「大奥の女たち」が前面に出ているが、幕臣、豪商、大名なども含めて、江戸幕府に関わりのあった人たちが、明治維新でどのような対応を迫られたのか書かれている。

以前にも類書を読んだ覚えがある。また、以前、「大西郷という虚像」の記事に、おそらくは旧幕府の役人はいろいろな形で、行政に携わったのだろう。もう少し時代が下がると、旧幕役人、あるいはその家柄の人たちが、いろんな場面で活躍して、新政府の政策を支える事例が表へ出てくると書いたけれど、本書では、その実例をいろいろと示してくれる。

類型化して言ってしまえば、旧幕役人は、新政府の実務上の枢要な位置につく。ただしトップにはなれない。いわば、現在の大臣と事務次官の関係である。(既にこの頃から、トップは個人的利害と思い付きで判断し、それを国策として実現する事務方という図式ができあがったのかもしれない)

類型から外れるのは榎本武揚のような本当に実力が必要な部署につく例とか、やはり幕臣であったコンプレックス(複雑な感情)からか、新政府の中には入らなかった勝海舟や福沢諭吉が思い当たる。暮らしの心配をしないで良い人たちね。


第1章 篤姫が住んだ大奥とはどんな世界だったのか
第2章 失業した三万余の幕臣はどうなったのか
第3章 将軍家御典医・桂川家の娘が歩んだ数奇な運命
第4章 日本最初の帰国子女、津田梅子の奮戦
第5章 東京に転居した大名とその妻はどうなったのか
第6章 東京の街は、牧場と桑畑だらけになった
第7章 江戸を支えた商人や町人はどうなったのか
また、徳川家の駿河移封についていった幕臣たちの苦労が書かれる。とともに、そこで名を上げるような成果をあげた人たちは、結局、明治政府から召喚されることが多かったようだ。

タイトルにある大奥(幕府だけでなく大名家もある)の女だけれど、女性は大奥以外には役所勤めはないわけで、新政府には大奥はないから、それぞれ第二の人生を歩むことになる。本書では天璋院については追いかけていて、女中の身の振り方はもちろんだけれど、徳川家達の養育や徳川家の存続に努力したことが紹介される。

その徳川家達だけれど、津田梅子とは従兄妹関係、家達の母と梅子の母が姉妹だったそうだ。それがどうしたというところだが、梅子は徳川家にも出入りしていたらしいから、有形無形の援助があったのではないだろうか。


「南朝研究の最前線」の記事でも政権の実務的な体制及び陣容は、鎌倉幕府、建武政権、足利幕府を通じて継続性があった、後醍醐天皇に直接逆らった鎌倉幕府役人は、建武政権では用いられなかったが、そうでない鎌倉役人は、主は変わっても、鎌倉と似た組織で、似た仕事についていた人が多いと書いたけれど、江戸⇒明治もその構図は変わらないようだ。

本書でも、江戸町奉行の仕事が明治でどうなったか書かれているけれど、要するに、役所の名前は変わっても大勢に変化はなく、同じ人が同じようなことをしていたとのことである。もちろん、政府が落ち着いていくにつれて、次第に体制は改革され、人も変わるのだけれど。

幕府がこけた、だったら奉行所も無いだろう、というわけではないのだ。江戸の人々は安定を求めていたのだろう。おかげで、欧米列強とかブラックウォーターが混乱に乗じて進駐して来ることがなくて良かったようだ。

治外法権と関税自主権の問題はあったけど。


ブラックウォーター

ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォーター――世界最強の傭兵企業」について。

61sD5v73vuL.jpg 俄かには信じられないことが書かれている本。
まるでスパイ映画か何かのような話ばかりだけれど、もちろん、そんなカッコいいものではない。

序章の“バグダッド「血の日曜日」”を読めば、アメリカの「国益」がどれだけ非道なものと結びついているのかと暗澹たる気持ちになる。
この事件は、2007年9月、イラクの首都バグダードのニソール広場で起こったブラックウォーター社員による発砲事件で、14人のイラク市民を殺害したもの。ブラックウォーター側の説明では、攻撃に対する反撃とのことらしいが、傭兵に対する攻撃などなかった、武装市民はいなかったという証言も多い。本書ではその証言をうらづける物的証拠―たとえば現場に落ちている薬莢は、イラクのテロリストが使うものではなく、ブラックウォーターが使う武器のそれしかないなど―を説明し、一方的な虐殺であったという。

ブラックウォーターは米国高官の警護任務についており、治安の乱れた地域での任務であるため、しかるべき武装をしていたわけだが、攻撃を受けたにせよ、あるいは攻撃はなかったがそれと誤認したにせよ、重大な結果をもたらした。

事件当時、日本でこれがどのように報道されたか記憶にないが、多分、米国大使館員の警護員と反米集団との間で小競り合いがあったというようなものだったのではないだろうか。そして、それを聞いた者としては、フセインは倒したけれど、まだまだ内戦状態が続いているんだなぁ、いつ平和な国になるんだろうか、と言う程度の感想を抱いていたのではないだろうか。それが傭兵部隊が起こした事件であり、戦争に付随する多くの業務が民営化されているということも知らずに。

序 章バグダッド「血の日曜日」
第1章巨万の富
第2章プリンスの生い立ち
第3章はじまり
第4章ブラックウォーター参入前のファルージャ
第5章ブッシュの家臣を警護する
第6章スコッティ戦争に行く
第7章奇襲攻撃
第8章我々はファルージャを制圧する
第9章二〇〇四年四月四日、イラク・ナジャフ
第10章ブラック・ウォーターで働くアメリカ人のために
第11章ミスター・プリンス、ワシントンへ行く
第12章カスピ海パイプライン・ドリーム
第13章チリの男
第14章「戦争の売春婦たち」
第15章コーファー・ブラック―本気の戦い
第16章「死の部隊」と傭兵と「エルサルバドル方式」
第17章ジョゼフ・シュミッツ クリスチャン兵士
第18章ブラックウォーター・ダウン
―ルイジアナのバグダッド
第19章円卓の騎士
戦争の民営化というか、民間軍事サービスの利用が進んでいるということは、以前から知らなかったわけではないのだけれど、それは兵站や後方支援というような、直接戦闘に参加するというものではないと思っていた。
しかし、実態は、本書によれば、たしかに軍の一部として組み込まれて戦争に参加するというようなものではないけれど、それよりもっとタチの悪い、軍によってコントロールされない活動をやっているということみたいだ。

その「企業活動」について、歴史やビジネススタイル、範囲など、本書で詳しくレポートされているわけだが、そのことについては措いて、もっと気になったのは、こうした傭兵部隊を使う側の問題である。

それを端的に示すのが、冒頭の事件を起こしたブラックウォーター社員は、後に米国で裁判にかけられて有罪になったらしいが、現地では一切官憲の追求を受けなかったという事実である。そしてこれは現地責任者である米国大使によって与えられた免責特権によるものなのだそうだ。

軍隊ではないので、軍法会議の対象にもならない。

まさに治外法権である。

また、この事件が起こったときは既にイラク軍は解体されていたわけだが、当然、相当数のイラク軍兵士が無職となって放り出された。彼らの処遇をどうするかは大きな問題であり、フセイン後のイラク経済の復興は占領国としても重大な課題だったに違いない。
それなのに、本書によると、米国は、イラク産業を復興するどころか、「資本自由化」と称して銀行などの経済活動を米国資本で置き換えたり、「貿易自由化」と称して関税をコントロールし、イラク人による経済復興を阻む行動をとったのだという。そのため、行き所を失った旧イラク軍兵士は、てっとり早くテロリストになる道を選ぶことになる。
そして、そのことは十分予想されていたにもかかわらず、米国政府高官の個人的利益が背景にあったのではないかという。
関税自主権をもたず、タウンゼント・ハリスが金取引で私腹を肥やしたという、幕末の日本の状態である。
「選挙で大統領を選ぶ民主的な国」と憧れた国、その国を信じてよいものか。

そしてイラクでは、正規軍の上層部は、ブラックウォーターのような傭兵部隊が好き勝手することで、現地人の反米感情をかきたてていると、苦い思いをしたのだということだ。

本書では、イラクに限らず、世界各地で活躍する傭兵部隊の歴史・ビジネスの発展、ますます大きくなる傭兵依存の実態について、詳しくレポートしている。
ちなみに米国内においても、巨大ハリケーンによる自然災害発生時には、ブラックウォーターは(たのまれもしないのに?)完全武装で出動し、治安維持活動をしたという。

それにしても、ブラックウォーターは軍隊ではないのに、これだけのことをしているわけだ。合憲とか違憲とか、あるいは活動のコントロールとか、いろんなレベルで運用が難しい武力に代わり、カネで解決できる傭兵部隊を使おうという発想は、日本のエラい人は持ってないんだろうか。

お金と感情と意思決定の白熱教室

ダン・アリエリー「お金と感情と意思決定の白熱教室: 楽しい行動経済学」について。

Okane_Kanjo_Ishikettei.jpg 行動経済学に通ずる人間の心理や行動に関わる小ネタが満載された本。
紹介されているネタのほとんどは、どこかで聞いたり読んだりしたもの、心理学や経済学で良く紹介されるもの。もちろん、テレビのバラエティでこんなことがあるというように、ネタに使われることも多いもの。

有名な「スタンフォード監獄実験」も紹介されている。
この実験についてはいろんな本で取り上げられているけれど、本書では、他の本では実験デザインとは関係がないということらしく、あまり触れられていない(なので私も知らなかった)、次のエピソードが紹介されていた。

実験を主催した心理学者自身が、この興味深い成り行きにのまれてしまい、そこで展開されている行動が危険で、中止すべきという判断ができなくなった、つまり人は環境・与えられた役割で行動することが、その観察者自身に典型的な形で観察された(Wikipediaにもその旨解説されている)


本書で紹介される、さまざまな、そして興味深い話は、もちろんウソではないのだろうけれど、これが絶対的真理であるとまでは過大評価しないほうが良いかもしれない。

第1回人間は“不合理”な存在である
 
第2回あなたが“人に流される”理由
 
第3回デート必勝法教えます!?
 ―人々の感情をどう動かすか
第4回ダイエット成功への道!
 ―自分をコントロールする方法とは
第5回“お金”の不思議な物語
 
第6回私たちは何のために働くのか?
 ―仕事のモチベーションを高める方法
そう思う理由の一つは、根拠となった実験や観察というものが良くデザインされていたか、十分な検証がなされていないようだからである。ただし、とりわけ自分の直感と異なる結果が出ているものについては、研究を否定する方向ではなくて、そういうこともあるのかもしれないと注意を払う、そういう知識として有意義だと思う。

そう考える理由の一つは、紹介されている結果は、実は対象集団の文化の違いについては考慮されていないものが多いから。

本書で例外的に文化の違いに言及されているのは(ただしジョークのようにだが)、著者自身のグループが行ったビールの試飲実験、客に4種類のビールから選べると説明して注文をとるわけだが、他人の注文を知ることが自分の注文に影響するかを実験している。
結果は、イエスである。
ただし、アメリカでは他人が注文したものを避けるが、香港では同じものを注文する。


このように文化・習慣などに違いがある場合は結果が異なる場合がある。

前にも書いたけれど、ウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」では、時給単価を引き上げた場合、労働意欲が増す国民と、労働意欲が減退する国民があることを、当時の統計に基づいて示している。


読み物としては面白いし、読んで損をするものではないけれど、断片的な実験結果の紹介だけでなくて、もう少し経済学らしい切り口や、比較行動経済学とでも言えば良いような研究も紹介してもらいたい。

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