古代東アジアの女帝

Higashi-Asia_no_jotei.jpg 入江曜子「古代東アジアの女帝」について。

「女帝」という言葉に惹かれて読んでみた。
同じ言葉をタイトルに使っている本としては、「女帝の歴史を裏返す」「美貌の女帝」、いずれも永井路子の著作。

永井氏の著作もだけれど、歴史として残っている事実の断簡を、どう整列してストーリーとするのか、とりわけ古代史ではその幅が広いように思う。

本書の大きな特徴は、具注暦、そのうち十二直と呼ばれる吉凶占いが、政治日程に影響しているという着想。

普通の史料集に十二直が記載されているとは思えないから、著者は残されている日記などから(具注暦だったら掲載されているだろう)十二直を確かめているのだろうか、それとも十二直も陰暦がわかれば計算で求められるものだから、そうしたのだろうか。
ところで、現代日本では、結婚式や葬式などの日取りに良く参照されるのは六曜だが、六曜というのはあまりにも単純に決められて誰にでもわかり、ありがたみがないから、旧暦時代にはまったく人気がなかったという。江戸時代には「下段」といわれる吉凶が重視されていたらしい。さて、簡単に計算でわかる十二直にありがたみがあったのだろうか。

天皇の即位とか、戦の開始などの重大な日程決定に、これらの吉凶占いが使われたはずだとし、そこから逆に当時の意思決定の流れを読み解こうとする。

第1章 推古―東アジア最初の女帝
第2章 善徳―新羅の危機を救った予言
第3章 皇極―行政手腕の冴え
第4章 真徳―錦に織り込む苦悩
第5章 斉明―飛鳥に甦る使命
第6章 間人―禁断の恋に生きた幻の女帝
第7章 倭姫―王朝交代のミッシング・リンク
第8章 持統―遠謀にして深慮あり
第9章 武則天―男性社会への挑戦
こうした推論にお目にかかったのは今まで記憶にないが、それなりに説得力は感じた。しかしながら、やはり傍証の域は出ないように思う。
著者のかなりぶっ飛んだ主張を信じるには、やはりもっと具体的な論証が欲しい。

著者は、当然であるが、女帝の実力というものをかなり高く評価する。
それに対し、従来、孝徳天皇をないがしろにするほどの実力者とされてきた中大兄(天智)を、それほどでないとし、中大兄が活躍した時代の女帝―斉明・間人をクローズアップする。間人(孝徳妃)は、帝位に就いたという説を立て、その宮は稲淵宮だという。
また、斉明についても、積極的な人物と評価されていて(皇極にも1章をあてているから同一人物に2章も使っている!)、普通は額田王の作とされる「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」は、斉明御製だとする。
持統にしても、天武のパートナーにして事業を継承したという以上に、頼りない天武を使って、父天智に対抗する姿を描こうとしているようだ。

こういうわけだから、本書の主張すべてを、ただちに真説と信じるのはためらわれる。

ところで本書は「東アジア」とあるように、朝鮮から善徳・真徳、中国から武則天の3人の女帝もとりあげている。武則天はともかく、善徳・真徳の2人の朝鮮の女帝については、ほとんど知識がない(韓流ドラマも見たことがない)から、著者の主張についてどうこう言えるものではない。
しかし、本書のもともとの問題意識、この時期に東アジアに多く女帝が立ったということに、何か必然性、あるいは関連性があったのか、これについては読み取れなかった。

う~ん、評価は難しい、それなりにおもしろいけれど。

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REGZAが中国製になるらしい

「REGZA」が中国メーカーに 東芝、テレビ事業を売却
 東芝は11月14日、テレビ事業子会社の東芝映像ソリューション(TVS)を中国の家電メーカー、ハイセンスグループ(Hisense、海信集団)に約129億円で売却すると発表した。売却は2018年2月末以降に完了する見通し。
 TVS株式の95%をハイセンスグループの中核事業会社に売却する。TVSは東芝ブランドの使用権を取得し、同ブランドでテレビの販売を続ける。
 経営再建中の東芝は、16年6月から映像事業をTVSに移管。だがTVSは17年3月期に437億円の売上高に対し61億円の営業赤字。今後、東芝は社会インフラや電子デバイスなどに注力する方針で、単独でのテレビ事業継続は難しいと判断した。
IT media 2017年11月14日
「サザエさん」のスポンサー、東芝が事業部門を次々に切り売りしている。

先日は、「REGZA」が中国メーカーに 東芝、テレビ事業を売却というニュースがあった。

記事によると、売却額は129億円だそうだ。
安いんじゃないだろうか?

こういうものの相場なんて全くわからないけれど、サッカーのネイマールの移籍金は290億円だったそうだから(⇒ネイマールの移籍金はどれほど凄い額なのか? )、その半分にもならない。

ネイマールが高いのか、REGZAが安いのか。

member_23152_1.jpg REGZAといえば、先だって安売り店の激安テレビの部品が東芝製ということでも話題になったけれど、商品としては悪くないと思う。
最近結婚した子供に、結婚&新居引っ越し祝いで、REGZAの49インチ4Kテレビを買って贈った。私が店頭で見比べて、同一価格帯なら、これが一番アピールしそうだと判断した商品。

テレビというのは、1台を家で見ているとどうということはないけれど、店頭で各社・各製品を見比べると随分と差がある。スペック(解像度、描画速度など)が違うものは明らかに違うけれど、数値上は同一スペックでも、各社にそれぞれ個性があるようだ。REGZAの色は比較的輝度・彩度が高いように思う。
昔、なじみの電器屋さんに聞いたところでは、各社ともNHKのテストパターンを利用して調整しているのだそうだ。こういうところでもNHKは放送の技術水準をしっかり維持していて、これを基準にするとのこと。

REGZA_Z700X.jpg
子供の結婚・引っ越し祝い。型落ちでちょっと安かった

ニュースを読むかぎり、REGZAはブランドとして残るようだ。
今までもハイセンスのテレビは店頭に並んでいたけれど、こっちはどうするんだろう。
高級品、普及品に分けてブランドを使うんだろうか。

ところで大谷翔平のメジャー移籍金はいくらだろう。



文明に抗した弥生の人びと

Bunmeini_koushita_yayoino.jpg 寺前直人「文明に抗した弥生の人びと」について。

専門家による弥生時代に関する知見の集成。
著者については全く知らないけれど、本書を読んで受ける印象では、数々の遺物・遺跡の分析・解釈、多くの論文の参照・比較などで日々を過ごす地道な研究者、ただし、自説へのこだわりもある、そういう感じ。

さて、この書名にある「文明に抗した」というのはどういうことだろう。
文明人に逆らったというような直接的な話ではない。ましてや今どき騎馬民族征服説というわけではない。

その答えが、祭器の解釈にある。
銅鐸の形状、出土状況から著者が推定するのは、銅鐸は属人的な威信財ではなく、共同体の財であろうということ。

銅鐸は、個人の威信を高め、階層関係を強化・確認するものではなく、むしろ階層関係を共同体の結合へと転換する働きをしたのではないか。銅鐸の大きさが、個人が持ち歩ける大きさから、それが無理な大きさになるのも、その意義がある、そういう解説がなされる。

弥生文化を疑う
―プロローグ
弥生文化像をもとめて
弥生文化の発見
二つの弥生文化像
農耕社会像の定着
水田登場前史
―限りある豊かさの縄文時代
縄文時代とは?
縄文時代の儀礼とその背景
土偶と石棒
水田をいとなむ社会のはじまり
―弥生時代早・前期
農耕社会の登場
水田稲作とともにもたらされた道具と技術
狩猟採集の技の継続と発展
水田稲作を開始した社会の人間関係
財産と生命を守る施設
東から西へ
―土偶と石棒にみる弥生時代儀礼の系譜
水田稲作開始期の土偶の起源
弥生時代の石棒
多様な金属器社会
―弥生時代中期
金属器社会と権力
青銅製武器の祭器化をめぐって
銅鐸と社会
石器をつかい続けた社会
文明と野生の対峙としての弥生時代
―エピローグ
つまり弥生から古墳時代への移行が、首長への権力・財の集中過程だとするなら、弥生人はそれとは逆の動きをしたということになる。
これが「文明に抗した」という書名の意味のようだ。
関連する部分を抜き書きしてみよう。

 出土状況からも、銅鐸の社会的役割は実用的な銅剣などのように特定個人に帰属してその権威を高め、「持つ者」と「持たざる者」の格差を明瞭とし、その格差を再生産させるためにもちいられたのではなく、「共同体」全体の所有品として、金属器の導入が進む社会にありながら、格差拡大を防ぐ機能がうかがえる。つまり、階層社会と強く結びついた外来金属器の階層性を拒絶し、特定個人に所有されにくい金属器体系を独自に確立したのである。

p.254 青銅製武器の祭器化をめぐって
/銅鐸の偏愛とその背景


Big_dotaku_Yasur.jpg 著者は、弥生以前、つまり縄文から弥生へという変容は、東から西へ起こったと主張している。
土偶や土器、石器などの文化要素の出土状況から見てそう判断できるという。

繰り返し述べられるのは、縄文とか弥生とか言っても、日本列島全域が同じようになっているわけでは、けっしてないということ。


対して、弥生から古墳時代への変容は、やはり西から東へ起こったとする。
そのとき、近畿南部はむしろ取り残された時期があるという。

 ただし、その反動は、すぐにやってくる。興味深いことに、弥生時代中期後葉以降、権力集約型の社会統合の痕跡は銅鐸と石製短剣の盛行地であった近畿地方南部をさけるように東へ拡大する。さらに紀元後1世紀、弥生時代後期段階になると、日本海沿岸では京都府北部の丹後地域を中心に、鉄剣を軸とする階層的な墓制が発達する。同様の墓制は山陰地方や北陸地方にも拡大し、中部高地から関東北部でも金属製装身具や鉄剣を有する厚葬墓が展開していく。近畿地方南部は、その流れに一人とり残されていったのである。

p.278 石器をつかい続けた社会/とり残された近畿南部社会とその後


非常に細かく、専門的な記述が満載で、考古学に詳しくない私にはほとんどが「そういうものなのか」と半信半疑というところも多い。
そうした細部の論戦の積み重ねが、考古学的知見を進歩させていく、それは理解できる。
そして教科書的にまとめることの陥穽についても。

戦争の日本古代史

senso_no_kodaishi.jpg 倉本一宏「戦争の日本古代史」について。

本書はまず「倭奴」という言葉を知っているかと問いかける。
韓国・中国ではたいていの人が知っている言葉だそうだ。字面から見る限りこれは蔑称(英語の"Jap"、中国語の"東洋鬼"みたいなもの)、したがってこの言葉が表だって発せられることはないようで、日本人にはあまり知られていないという。
私も「倭奴」という言葉が今も使われているとは知らなかった。

著者は金印の「漢委奴国王」は「奴国」(なこく)ではなくて、「倭奴国」(わどこく)かもしれないという。もっとも「委奴」とひとまとまりにするのは「いと」(伊都国)という読みなのかもしれないし、魏志倭人伝では「奴国」と書かれている(これが「倭奴国」と同じかどうかはわからないが)。


「夜郎自大」という言葉がある。夜郎国が漢の強大さを知らず、自分たちが一番強大だと思っていたという話である。これは漢の時代にできた言葉だが、もしもう少し後だったら、「倭奴自大」という言葉になっていたかもしれない。

はじめに 倭国・日本と対外戦争
第一章 高句麗好太王との戦い 四~五世紀
1 北東アジア世界と朝鮮三国
2 百済からの救援要請
3 高句麗との戦い
4 倭の五王の要求
第二章 「任那」をめぐる争い 六~七世紀
1 百済の加耶進出
2 新羅の加耶侵攻
3 「任那の調」の要求
第三章 白村江の戦 対唐・新羅戦争 七世紀
1 激動の北東アジア情勢
2 新羅との角逐と遣隋使
3 唐帝国の成立と「内乱の周期」
4 白村江の戦
5 「戦後」処理と律令国家の成立
第四章 藤原仲麻呂の新羅出兵計画 八世紀
1 「新羅の調」
2 新羅出兵計画
第五章 「敵国」としての新羅・高麗 九~十世紀
1 「敵国」新羅
2 新羅の入寇
3 高麗来寇の噂
第六章 刀伊の入寇 十一世紀
1 刀伊の入寇
2 京都の公卿の対応
終章 戦争の日本史
1 蒙古襲来 十三世紀
2 秀吉の朝鮮侵攻 十六世紀
3 戦争の日本史―近代日本の奥底に流れるもの
おわりに
もっとも日本に限らず、多くの国は隣国からは嫌われたり、蔑まれたりするのは普通のことで、このことだけでケシカランなどと言うことはない。

また、本書で再三語られる―歴史上繰り返されているのは、日本では、卑下する意識と同時に、小帝国意識、神国意識が醸成されてきたこと。
金印を授かってありがたがる水準から進歩していくわけだ。
これは日本書紀に記載されない600年の遣隋使以来、連綿と続いている。

もっとも為政者はそんなに単純ではない。
「裁兵」という言葉がある。白村江の戦いはそれだったのではないかという。
おそるべし中大兄。


もっとも、こうした自尊感情も、日本にかぎるわけではない。
古代ローマもそうだったろうし、アーリア民族が優秀でアーリア人の国が世界を統治すべきだと言って世界戦争を起こしたのもそう遠い昔の話ではない。

本書では、自惚れと自虐が同居する日本人の意識が、対外戦争で顕在化することが示される。

「屈折した意識」というような言い方をすると、それは自虐史観だと言う人がいるかもしれない。
しかし、自分を見つめるということは、そして自国の歴史を見つめるということは、国際社会でこの国が生きていくうえで必要なことだろう。
世界的な視野、相対的視点をもって自己を評価することができないと、それこそ「倭奴自大」となってしまうだろう。

ちゃんとした書評は、磯田道史氏が書いておられるので、そちらを参照いただきたい。

文庫本の図書館での貸し出し

「文庫本は図書館での貸し出し中止を」
文芸春秋社長が要請へ
 売り上げ減少が続く文庫本について図書館での貸し出し中止を文芸春秋の松井清人社長が要請することが分かった。貸出数の4分の1を文庫が占める地域もあるなどと実情を示し、13日の全国図書館大会で市場縮小の要因の一つと訴える。
 2015年の同大会でも新潮社の佐藤隆信社長がベストセラーの複数購入を出版不況の一因と主張。その後、図書館側が「因果関係を示すデータはない」と反論し、議論は平行線をたどった。今回は文庫に焦点を絞って問題提起する。
 出版社側の調べでは、文庫本の貸し出し実績を公表していた東京都内の3区1市で、15年度、荒川区は一般書の26%を文庫が占めた。ほかの区市では新書も合わせた統計で2割前後に上った。松井氏は「文庫は自分で買うという空気が醸成されることが重要」と訴え、一石を投じる。
朝日新聞デジタル 2017年10月12日
少し前のこと、出版社が、文庫本を図書館で貸し出さないでほしいと要請するという話があった。
図書館での貸出が多いと、本を買ってもらえなくなるという不安から出たようだ。

これに対して批判的な意見も多い。
もっともらしいのは、図書館の貸出が購入数を減少させるというデータの裏付けがないということ。
他にも、本が売れなくなったのは、出版社側の問題だという意見もあった。

ただ、文庫本の貸し出しを問題にするというのは不思議だ。
参照した記事にもあるが、2015年には、図書館のベストセラーの複数購入が問題視されている。

今回、同じことを言うのに気が引けたのだろうか。


文庫本の貸し出しが多いというのは私には良くわかる。
通勤電車≒書斎という人種にしてみれば、文庫か新書というのがとにかくありがたい。ハードカバーだととにかく持ち運びにくい。ある図書館では、新書コーナーを設けていて、これは電車通勤者にはありがたいやりかただと思ったことがある。
だから、私のような利用者にすれば、「貸出数の4分の1が文庫」というデータを問題視するのは問題の所在をかえって曖昧にしていると思える。何かおもしろい本はないか、できれば文庫か新書で、というのが多くの勤め人の行動パターンではないだろうか。

また、文庫本というのは、通常、単行本が出てから1年以上経ってから文庫化されるのが普通だと思う。
ということは、普通は単行本で既に相当部数を売っていて、文庫本はそれをより安く提供しようという趣旨のはずでは。出版社全体としての利益はともかく、その本については十分利益を上げた後ではないのだろうか。

Dedekind_Kazuni_tsuite.jpg また、私のような古い人間にとっては、文庫といえば、岩波、新潮などで、古典、名著といわれるものが文庫に収められていて、およそベストセラーとは言えないもの(歴史的にはベストセラーだけどブームではない)。これを貸出禁止なんて、いったいどういうものをイメージされているんだろう。

文庫というくくりには大いに疑問があるけれど、それではベストセラーの複数購入についてはどうだろう。
公立図書館は「無料貸本屋」と言われている。
それが図書館として正しい姿であると信じている人ばかりではない。

以前、ある市の図書館の人に聞いたのだが、ベストセラーは10~20冊ぐらい買うのだという。そうしないと待ちが多くなって苦情につながる。都道府県立ならアーカイブ性が重視されるが、市町村立だと読書サービスに重点が置かれる。
また、多くの図書館で「リクエスト」という制度が導入されている。図書館の選書にあたって、利用者の意見(つまり読みたい本)を聞くというものだが、ベストセラー(になりそうな本)の出版予告があると、すぐさまリクエストをあげて、図書館に入ったらいの一番に借り出そうという人もいるという。

住民サービスといえば聞こえは良いけれど、ここまでやるのが本当に良いんだろうか。
上で紹介した、ある市の図書館の人が言うには、20冊買ってもものによっては待ちは出るのだそうだ。
そしてこうした本へのニーズは必ずしも永続きしない。

早く読みたいなら、自分で買えば良いんじゃないかと私は思う。
あるいは、図書館に頼らず、お友達で回し読みしたら良いんじゃないかとも思う(あるいは読み終わったら図書館に寄付するとか)。 マンション住まいの時は、マンガ雑誌などはお隣から回って来ていた。
図書館で借りて読んだ本でも、手元に置いておきたくなって、あらためて購入したものもある。
あるいは、読み直したくなって、電子書籍版(安い!)を買って、再度読んだものもある。

図書館法では、図書館の利用に代価を求めてはならないとされている。

図書館法第十七条
公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない。

この法律の対象である限り有料サービスはできないだろうが、法の対象外の新刊読書館というようなものを作って(要するに貸本屋)、新刊の読み回しをして、一定期間後に図書館に寄贈するようにしたらどうかと思う。

電子書籍など、純粋な情報商品は通常他人に貸すことはできない(一身専属の権利)が、紙書籍、DVDなど、パッケージ型メディアは他人に貸しても問題にならない。なぜ?


図書館と出版社が対立していては、出版文化そのものにとって不幸だと思う。

21世紀の戦争論

21seiki_no_sensouron.jpg 半藤一利、佐藤優「21世紀の戦争論 昭和史から考える」について。

2人の対談をまとめた本。
対談には、前にも似たようなことを書いた覚えがあるが、
  • 主(権威者)と聞き手の組合せ
  • 対立する意見を持つ者の組合せ
  • 同志・同意見を持つ者の組合せ
というタイプがあると思う。
本書は、この3番目のタイプで進む場面が多いが、それに加えて1番目のタイプが、それも主の立場を往き来しながら進んでいるように思う。

半藤氏の近現代史への知識や理解は定評があるかと思うけれど、一方の佐藤氏はまさに気鋭の論客で、写真の風貌から受ける氏の印象は武闘派。著書は多数あり、私も2冊ぐらいは読んだ覚えがある。書かれていることは腑に落ちることが多く、新鮮な情報でもあるのだけれど、その信憑をチェックできる知識を持たない者としては、この人の言うことは本当だろうか、陰謀史観のようなものに毒されてないのかとか、素直に信じきれないところがあった。

本書は、半藤氏との対談ということで、読者としては、半藤氏が佐藤氏をどう評価するのか、信頼できる人なのかの判断を半藤氏に期待するというわけだ。

第1章 よみがえる七三一部隊の亡霊
第2章 「ノモンハン」の歴史的意味を問い直せ
第3章 戦争の終わらせ方は難しい
第4章 八月十五日は終戦ではない
第5章 昭和陸海軍と日本の官僚組織
第6章 第三次世界大戦はどこで始まるか
第7章 昭和史を武器に変える十四冊
さて、その結果だけれど、この2人の対談は、最初に掲げた対談の3タイプにはあてはまらない。
2人は、歴史事実の認識はかなりの点で一致していると思う。そして半藤氏が取材した情報が佐藤氏に、佐藤氏が外務省勤務などを通じて得た情報が半藤氏に、お互いに認識を確かめ合う形でやりとりされる。

ただ、日本のこれからの外交・軍事の態度については、直接意見を戦わせることはないように思う。
読者としては、日本がとるべき政策んついて激論を交わしてもらいたいという気持ちがあるのだけれど、そこは大人の対応をされているように見受けた。

本書のはじめに興味深い分析が述べられている。
【佐藤】半藤さんがおっしゃるように、歴史は人間がつくるものです。したがって、似たような間違いを繰り返します。
 私は戦後七十年が経って、戦争が遠くなったのではなく,新たな戦争が近づいていると感じています。物量や情報力などでは、国家のほうが圧倒的に有利なのに、「イスラム国」のような集団は、命を武器にできるという点で強い。こういう「非対称の戦争」が始まっている。その意味で、天皇のために死ぬことさえ厭わなかった日本のあの戦争は、時代を先取りしていたといえなくもありません。「イスラム国」においては、日本の玉砕戦とか特攻が、標準的な戦い方なのです。ですから今、日本が関わった戦争を振り返る意味は、大いにあります。  玉砕や特攻といった当時を支配していた「精神力」による戦争は、現代のわれわれも直面している問題として、きちんと検証し直さなくてはなりません。他にも、二·二六事件へとつながる陸軍の皇道派と統制派に代表される派閥争いは、今の日本の官僚組織に引き継がれているところがある。さらに、日本は唯一の被爆国であるというところで思考が止まっていますが、イランは「イスラム国」包囲網に加わる見返りとして、経済制裁を解かれ、それによって核兵器の拡散というパンドラの箱が開く可能性さえある。まさに第三次世界大戦の始まりです。

イスラム国の戦い方は、昭和の戦争での日本の戦い方なんだと。
そういえば、今の北朝鮮って、戦前の日本と同じ。列強に圧迫されて武装せざるを得ないと言ってるし、国民は鬼畜米(英)と言ってるし、将軍さま万歳といって死ねるらしいし。

現代日本にも、そういう時代が良かったと考える人もいるようだけれど。

他にも、聞き捨てならない話が紹介されている。
「どうせ一億総玉砕なんだから、日本の国なんかもうなくなるんだから」というのが行動原理になっていたとか。
なるほど、死を覚悟するとはそういうことだったのか。

この対談の多くが、ロシア(旧ソ連)関係に関するものになっている。
以前、何かの本で、敗戦直前にソ連が侵攻してきたこと、そして北方領土を占拠したことについて、ロシアとしては、日露戦争のときにとられた領土を取り返したということだと書いてあった。
それについては、その著者のロシアに対する個人的な推量あるいは、そういう見方もあるだろうぐらいに思っていたのだが、この2人に見るところ、そして何よりスターリンが公式に発言しているところによると、事実はその通りのようだ。
■日露戦争への報復
【半藤】それにしても、スターリンの野望とそれを成就させるための用意周到さには、改めて舌をまくばかりです。その野望とは、日露戦争で失ったものを取り返すこと、その一点に絞られていた。そのためにスターリンは、第二次世界大戦終了間際のタイミングで、日ソ中立条約を無視して対日参戦した。『ソ連が満洲に侵攻した夏』(文春文庫)という本で私はそう書いたんですが、佐藤さんはどう思われますか。

【佐藤】スターリンは、東京湾の米艦ミズーリ号上で日本が降伏文書に署名した一九四五年九月二日、ラジオ演説でこう言いました。
「一九〇四年の日露戦争でのロシア軍隊の敗北は国民の意識に重苦しい思い出をのこした。この敗北はわが国に汚点を印した。わが国民は、日本が粉砕され、汚点が一掃される日がくることを信じ、そして待っていた。四十年間、われわれ古い世代のものはこの日を待っていた。そして、ここにその日はおとずれた。きょう、日本は敗北を認め、無条件降伏文書に署名した」(スターリンの「ソ連国民に対する呼びかけ」<放送>訳:独立行政法人北方領土問題対策協会)
 半藤さんがおっしゃるように、スターリンの意識は、日露戦争のかたき討ちをしたというものです。
 ここに奇妙な符合があります。

日露戦争は過去のことであり、その過去にこだわってソ連が北方領土を奪うのは、領土不拡大原則に反すると言う人が多いと思う。領土不拡大原則が国際法で認められたのか、ソ連が日本に侵入したときにそれを一般的に認めていたのか疑問もあるところ。
たしかに、日露戦争が領土不拡大原則が国際的に認められる前のことだから、それ以前に遡って領土を主張するのはおかしいという理屈にはなるのだけれど、それはそれとしても、領土に対するロシアの国民感情を理解しようともせずに、その主張ばかりを繰り返しても、着地点は見えないように思う。

先日テレビを見ていたら、ロシアの人たちは、特段日本に対して悪い感情は持っていない、むしろ好きな国になっているという。テレビの取材だからあてにならないかもしれないが、もしこれが事実だったら、救いがあるような気がする。

最後の第七章は「昭和史を武器に変える十四冊」となっている。
私自身の覚えのために、対談のお二人が推薦している本を掲げておこう。
昭和史を武器に変える十四冊
○半藤一利選
レイテ戦記(上·中·下)大岡昇平中公文庫
戦艦大和ノ最期吉田満講談社文芸文庫
「空気」の研究山本七平文春文庫
軍艦長門の生涯(上·中·下)阿川弘之新潮文庫
断腸亭日乗(全7巻)永井荷風岩波書店*
(「摘録 断腸亭日乗」(上·下) 岩波文庫版あり)
歌集 形相南原繁岩波文庫
東京の戦争吉村昭ちくま文庫
戦中派不戦日記山田風太郎角川文庫
○佐藤優選
日本のいちばん長い日 決定版半藤一利文春文庫
戦艦武蔵吉村昭新潮文庫
戦艦大和ノ最期吉田満講談社文芸文庫
沖縄決戦 高級参謀の手記八原博通中公文庫
戦争と人間(全9巻)五味川純平光文社文庫*
東京裁判スミルノーフ、
ザイツェフ
大月書店
細菌戦用兵器ノ準備及ビ使用ノ廉デ起訴サレタ元日本軍軍人ノ事件ニ関スル公判書類外国語図書出版所
*は絶版·品切れのため新刊書店での入手が難しい

今回の「支持政党なし」

 党候補獲得議席得票数得票率
自由民主党 2861,816,18430.5%
立憲民主党 1641,405,83623.6%
希望の党  3331,039,64717.4%
公明党   42644,63410.8%
日本共産党 102618,33210.4%
日本維新の会30198,1273.3%
社会民主党 1056,7321.0%
日本のこころ1040,5920.7%
幸福実現党 4015,8720.3%
支持政党なし40125,0192.1%
先日行われた衆議院選挙でも、例の政治団体「支持政党なし」が、東京比例区に候補者を立てた。

以前は物珍しさからメディアも良くとりあげていたけれど、何度も出てくると飽きられたのか、あまりメディアでは取り上げられなくなっている。(なのでこのブログで取り上げることにした)

右の得票数のデータは、読売ONLINEからのもの。
見た通り、今回も社民党より得票数が多く、日本維新の会に迫る。2016参院選のときは得票率1.16%だったから、今回の2%超は倍増・大躍進である。

大手メディアはともかく、ネットメディアでは、「支持政党なし」とか「支持なし」と書いたら、この党に投票したことになるから注意しろと、選挙妨害みたいなことを書いていたけれど、まちがえて投票する人はそう多くないんじゃなくて、積極的に「支持政党なし」に投票する人の方がずっと多いだろう。

それに、政策もなんにもない、ただの遊びと批判する人が多い。
しかし、色にたとえれば、この政党は「無色透明」である。党の方針と各候補者の方針が真っ向から食い違う某党は、さまざまな色を混ぜた状態、つまり「灰色」である。
そういう人たちには批判する資格はないだろう。

ところで、右の表で「支持政党なし」が一番下に表示されているんだけれど、これは元の読売ONLINEの記事の順である。「支持政党なし」以外は得票数順に並んでいるから、ここも、日本維新の会と社民党の間にこなくちゃおかしいのでは。
「その他扱い」して混乱しているのはメディアの方では。

妄想かもしれない日本の歴史(3)

井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」の3回目。

軽い本の割りに突っ込みどころというか、ふくらませどころがたくさんある。


前に、この本は、妄説が生まれること自体を歴史として見るという高次の立場で書かれていると評した。
今日は、その一つの例として、本書のあとがきに紹介されているエピソードをとりあげる。

sawamura_show_img.jpg それは、沢村栄治。言わずと知れた東京巨人軍、そして日本の大エースである。
彼が太平洋戦争に出征し、移動途中の輸送船とともに沈んだことも良く知られている。
テレビアニメ「巨人の星」でも、1回の放送をまるまる沢村の戦死にあてたことがある(クリックでネットビデオへ)

井上氏が噛みつくのは、おそらく多くの人が思っているに違いない、巨人のエースが戦争にとられ、そして死んだというストーリーについてである。

歴史的事実はそうではない。(Wikipediaにも記事
沢村は、死に向けて出征するそのとき、既に、全盛期を過ぎたとして、巨人を解雇されていた。
つまり、巨人のエースが戦争にとられて死んだのではない。

沢村自身は、巨人を解雇されて、南海での復帰を望んだらしいが、巨人の沢村として引退しろという巨人側の意向があったため、復帰を断念したという。

井上氏は、どうして誰もが「巨人のエースが戦争にとられて死んだ」と思っているのだろうと訝る。
そして、これはメディアがバックに付いている球団が、「元巨人のエース」として、まるで自社のことのように報じたからに違いないというわけだ。もし、沢村が南海に入団していて、1度でも南海のマウンドに立っていたら、「南海のエース」として報道されただろうか。

読売新聞は別に虚報を流したわけではない。ただ、読者の受け止め方としては、(元)巨人のエースの非業の死である。沢村のことが報じられるたびに、日本の野球史上最高のエースとして記憶が強化され、それを擁した巨人軍が野球界のリーダーとしての地位を確立していく一助となっただろう。

「巨人の沢村として引退しろ」というのはその時点では沢村に、そして彼の死後は日本野球に大きな影響を与えた言葉になったわけだ。

「巨人の沢村として死ね」とは言わなかっただろうけれど。


妄想かもしれない日本の歴史(2)

1200px-Stonehenge2007_07_30.jpg 井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」の2回目。軽いエッセイ本だけれど、再度とりあげる。ちょっと批判的に。

著者には「日本に古代はあったのか」という著書もある(未読)。
「妄想かも……」の終章では、この自著に触れて、日本人は自国の歴史にあつかましくも古代を設定しているという。

日本史の時代区分という概念は、西洋史学から輸入したもので、その時代区分に照応する歴史事象を発見して、それを持ち込んだものだという評価である。

たしかに、たとえば封建制という言葉で西洋の中世、日本の中世が並べられるけれど、その実態は実は彼我で随分違うという指摘は、従来からなされている。単純に西洋史学を無批判に取り入れた時代は既に終わっていると思う。
その意味で、井上氏の主張は、虚を衝くところがあって面白いのだけれど、やはり一面的だと思う。

さて、本書で井上氏が対照するのは、ヨーロッパ主要国である英独仏の歴史である。
ここで、氏は、「英独仏に古代史はない」と言い切る。これらの国は、古代ローマの版図になる前は未開時代であり、古代ローマの版図になってからの時代が古代であり、独自の歴史というものはない。ローマが崩壊してから、中世がこれらの国の歴史の始まりだという。

これで思い出すのは、チャーチルが「英国の歴史は、シーザーがブリテン島に上陸したときに始まる」と言ったという話ではある。


英独仏、これらの国が古代ローマの崩壊後から独自の歴史をはじめたということと、漢帝国が滅んで、三国・五胡十六国の蛮族の時代が始まることを対応させる(実際、邪馬台国・大和朝廷が始まる次期)。日本の歴史もヨーロッパ同様であって、世界あるいはアジアという視点で考えるべきだとする。これについては、私もそれはそうだろうと思う。
ただ、これは井上氏だけの着想ではなく、古代史家の多くがその視点を持っている。倭国からの使者が中国のどこへ行ったか、それは当時の中国の情勢に応じたものである。

気になったので、氏が言うように、英独仏の歴史教育は、古代はローマで広域史であり、独自の歴史は中世からはじまっているのか、確認してみることにした。
ドイツ語やフランス語を読むのは大変なので、申し訳ないがイギリスだけだけど。

National curriculum in England:
history programmes of study
【Key stage 1】

Pupils should develop an awareness of the past, using common words and phrases relating to the passing of time.

【Key stage 2】
  • changes in Britain from the Stone Age to the Iron Age
  • the Roman Empire and its impact on Britain
  • Britain’s settlement by Anglo-Saxons and Scots
  • the Viking and Anglo-Saxon struggle for the Kingdom of England to the time of Edward the Confessor
【Key stage 3】
  • the development of Church, state and society in Medieval Britain 1066-1509
  • the development of Church, state and society in Britain 1509-1745
  • ideas, political power, industry and empire: Britain, 1745-1901
  • challenges for Britain, Europe and the wider world 1901 to the present day
National curriculum in England:
history programmes of study
英国政府のホームページに、歴史学習のプログラムが公開されていた。
全体は3つのステージに分けられていて、第1ステージは歴史に興味をもたせることが目的のようで、特に時代区分などは設けられておらず、第2、3ステージから、概ね時代に沿って学習課題が示されている。
それによると、スタートは、石器時代から鉄の時代への移行である。
やっぱり古代があるじゃないか。

イギリスのストーンヘンジなどの巨石文化は有名だから、これを無視するということはありえないだろう。

そのあとにローマ、つまりシーザーのブリテン島侵攻が置かれている。
その後、アングロサクソン、スコットの人々の移入が置かれ、たしかにここからが現代までつながる英国史とはなる。
英国史には詳しくないが、その後、ノルマン征服などがあってフランス語が流入し、英語が成立する。

主役が、ケルト人からローマ人、アングロサクソン、ノルマン混交と移っていると思うけれど、ブリテン島という地域の歴史としては、古代からつながっている。

現代につながる歴史としては、たしかにローマ以降だから、井上氏の指摘も正しいけれど。


人に注目すると、イギリスでは、征服し、征服され、住人が入れ替わる歴史が教えられているわけだ。日本にはそれが、大筋では、ない。そのことが日本人の独特な連続性のある歴史意識を持たせているのかもしれない。


私は別に井上氏の主張を全否定するつもりはない。
氏の主張は、日本人の多くに見られるねじれた感情、つまり、西洋から認められることによってのみ自己肯定感が満足されるくせに、そのなかにおいて日本独自の歴史と文化とうぬぼれる、そういう屈折した心理的態度を指摘するもの。

このことについては、私も同感するところ大である。
同様の屈折した心理は、島国根性・日本人の多くに見られる特徴だと、私も思う。

妄想かもしれない日本の歴史

Mousoukamo_shirenai_Inoue.jpg 井上章一「妄想かもしれない日本の歴史」について。

妄想」とあるように、偽史だろうと推定できるけれど、そういう偽史が生まれた状況も歴史ととらえるという、高次の立場からのエッセイ。

「高次」とは論理の階層性においてである。つまり、神の眼で見るというとスゴいけど、傍観者としてということ。当事者として、その陳述に対して真偽を問題視することなく、オモシロがっているということ。


また、そうしたタイプのものだけでなく、教科書的には定着しているような説が学界では必ずしも多数派とは言い切れないものや、妄説とされていたものが、新しい発掘や資料の発見で見直される例(出雲大社)なども多く紹介される。

岡目八目といえばそのとおりだが、語り口はやっぱり面白いし、なにより、こういう高次の目線からは、対象事実の真偽について格闘(拘泥)する立場とは違う、新鮮なものの見方というものも出てくる。

本書でとりあげられたアヤシゲな言説には有名なもの(義経ジンギスカン説)もあれば、私は全然知らなかったものもある。著者はいろんな地方で聴いた話や、様々な文献を渉猟して集めた話である。著者は余程の暇人である。だから面白い本になった。

まえがき
第一章 英雄たちの夢の跡
将門の首塚と丸ノ内
「本当の義経は北海道に来たんです」
大名におちぶれて
信長は、どう「敦盛」を舞ったのか
坂本龍馬が浮かびあがるまで
西郷隆盛は西南戦争で死ななかった?
血染めのハンカチが語るもの
第二章 あやかしども、魅せられて
羊と田胡碑──埋もれた十字架
「たんたんたぬき……」を、さかのぼる
名古屋にシャチがあふれる訳
第三章 キリスト教とキリシタン
高野山にキリスト教はとどいたか
島原の乱は、原城の下にうめられた
『沈黙』の読みかた
第四章 関東か関西か
「弥生式」「弥生時代」に異議あり
邪馬台国はどこにあったのか
源頼朝が娘にたくした夢
『吾妻鏡』の「関西」は
第五章 美男と美女の物語
采女のさだめ
美しい外交官──日本を代表する男たち
楊貴妃は熱田神宮にねむっている
小野小町の美人力
淀君は利根川に
ハリスとブロンホフから、女の歴史が見えてくる
第六章 建築幻視紀行
三内丸山遺跡が、さかりをすぎた時
大阪の池上曾根遺跡に神殿はあったのか
法隆寺に“エンタシス"があるという物語
出雲大社に原形は
やまあいの一乗谷遺跡に、市中の山居を見る
安土城の天守閣を復元する
八紘の塔は、戦後も生きのびて
「大和」は、永遠に世界最大の戦艦である
終章 日本中世史のえがき方
あとがき
多くの言説は、荒唐無稽なもので、著者もそういう歴史的事実はないだろうというものが大半だけれど、英雄が生き延びて当地で没したという類の言説は、その土地の人々の思いを伝えているもので、一蹴して済むものではないという、暖かい眼で見ている。そして思わぬ形で読者に考えるヒントも与えてくれる。

たとえば、第四章にある「源頼朝が娘にたくした夢」では、頼朝は娘を入内させたかった(かつて清盛がやったように)、それが鎌倉幕府の不審な態度を説明するのではないかという。普通は、娘のために道を過るというようなkとは歴史家はあまり考えないようだけれど、頼朝の人の親ならば、そういうことがあっても不思議じゃない。

ちなみに、私が大河ドラマで一番気に入っている「草燃える」では頼朝の娘(大姫)は池上季実子が演じた。木曽義仲の息子と婚約したが義仲が頼朝に滅ぼされ、その子も当然殺される。大姫はそのために精神を失調する。


もう一つ、女性がらみでとりあげたい話は、第五章にある「采女のさだめ」。
日本の律令には、各郡から美しい女を采女に差し出せというルールがあって、それにしたがって全国から美人が朝廷に集められた。地方の有力者が都でこきつかわれるのに我慢したのは、それで官位などの箔が付くというkともあるが、この美女たちの力が大きかったのではないかという。あわよくば朝廷から采女を下げ渡されることもあっただろうという。

女性ばかりとりあげてエロ爺と思われても困るから、男の話も。
采女の話に続いて「美しい外交官──日本を代表する男たち」という節がある。
これによると、遣唐使などで中国に派遣された日本の役人はイケメンばかりだそうだ。日本での選考についての記録にそれをうかがわせるものがあり、中国側の記録にも、倭人の使いはいずれも長大な美男とあるそうだ。
倭というのは小さい人の意であるから、ことさら背の高い男を中国に送ったのかもしれない。そして著者の妄想は、粟田真人が武則天に気に入られ、そのおかげで、その時代から日本のことを倭と呼ばず、日本と呼ぶようになったのかもしれないとある。

この話の枕は、著者の知り合いの外国人から、日本の外交官はどうして魅力的な男がいないのかと言われたことが発端だとのこと。さらにそれは日本が国際関係で損をしている原因の一つだとも。


どれも紹介したい話ばかりなのだけれど、知りたい人は本書に直接あたられたい。
軽いエッセイではあるけれど、歴史への興味をかきたてると同時に、考えさせられる(歴史家が普通は触れようとしないということもある)。ただし、著者独自の見解が多く、ちょっと首をひねりたくなるところもある。

衆議院選、公示

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衆院選3極争う構図(朝日新聞デジタル 2017年10月3日21時49分)
三連休明けの今日、衆議院選挙の公示日。
10月22日の投開票日まで、正式に選挙戦がはじまる。

政治にすっかり失望している者にとっても、興味深い選挙である。
数を争うだろう与党vs希望の党は、好き嫌い投票になるだろう。
あとは立憲民主党が、リベラルを結集できるかどうか。前にも書いたけれど、立憲民主党が比例区で10%の票を集めるかどうか。

いつも思うのだけれど、選挙で語られる公約やマニフェストというものは、どれも根拠薄弱、といって悪ければ十分説明されたものとは思えない。根拠っぽく見える話が出されても、それが本当なのかどうかわからない。対立するところが逆の話を事実として持ち出したりする。
たとえば、アベノミクスで景気が良くなったというけれど、財政赤字が拡大、国債を引き受ける日銀も破綻しそうという、もう一方のデータは与党からは語られない。

国民としては、その全体像を把握した上で、最適な政策を選択してもらいたいし、どちらの政策が良いのか判断する材料を提供してもらいたいのだけれど、残念ながら、与野党の議論によって、政策が深まるというようなメカニズムは働いていないように思える。たしかに、時には政府案の微修正や付帯決議などが行われることもあるけれど、形だけのような気がする。

どこが政権をとったとしても、嘘や誤魔化しで政策決定しないことを祈るのみ。
フェイク・ニュースが蔓延する今のネット社会では、国民もフェイクに敏感にならなければね。

政党の離合集散

9月25日安倍首相、衆議院解散を正式表明
「希望の党」結成
9月28日衆議院解散
民進党、希望の党への合流を発表
9月29日希望の党小池代表、民進全員受入れはないと表明
10月3日立憲民主党結成
希望の党、民進合流組への政策協定への合意を要求
草津・日光旅行の記事にかまけている間に、日本の政治情勢は激変している。
衆議院が解散し、新しく希望の党が結成され、それに乗っかろうという民進党、その動きからはじき出された人が立憲民主党を結成、この間、10日足らず。

余裕をかます与党は、こうした離合集散の動きそのものを批判している。
ぽっと出の政党に政権をまかせることはできないと言い、権力欲しさの野合であると言う。

私も、このような権力欲しさで離合集散するのは不適切だと思う。
そもそも選挙で投票するときに、どの政党に属しているかは重要な選択基準である。その前提を覆すわけだから、政党の鞍替えはすべきではない。比例区の場合、議員死亡等により欠員が出たら当該政党の名簿に従って繰り上げ補充されるはずである。その理屈なら、政党鞍替え=辞職扱いとすべきだろう。

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評判の「政策協定書」
そうした一般論はさておいて、今回の離合集散では、民進党の主体性を欠いたとしか思えない動きが、不適切を通り越して見苦しい。
反安倍ということしか一致点のない希望の党へ、それまでの党是を無視して合流する。さらに、希望の党側から「政策協定書」にサインできないなら公認しないと脅され、あるいは拒絶される。

その希望の党にしたって、駆け込みのようにできた政党だから、組織として熟議された政策体系と呼べるようなものはなさそうである。そのプロトタイプは、あるとすれば小池党首の頭の中だろうが、安倍首相よりもタカ派ということしかわからない。

そうこうしているうちに、民進党で希望の党から拒絶された人たちは立憲民主党を結成した。自民・公明からすれば、これも見苦しい離合集散の一つと断じているけれど、私はこれは違うと思う。

枝野氏は、早い段階で希望の党からは拒否されていたと思うが、それでも友好的に無所属で出馬(無所属なら希望の党から対立候補は立てない)という選択肢もあったなか、敢えて立党に踏み切って希望の党との対決を辞さない判断をした、そう私は思う。(枝野氏にどれだけ信をおけるかは微妙かもしれないが。)

そして、それによって、民進党に対する不信感は、希望の党へ行った人たちが引き受け、立憲民主党には、護憲(9条)・リベラルの信条が転移したのではないだろうか。

その結果、これまで民進党支持ということに後ろめたさや羞しさが伴った人も、立憲民主党ならそういうもやもやを持たなくて良いことになった。リベラル派の集結先が用意されたのではないか。現に、社民党なども立憲民主党への協力を打ち出した。比例区では10%ぐらいは票を集めるのではないかという気もする。

希望の党がリベラル排除としたのは、味噌も糞もいっしょくたにはしない、数だけの野合ではないと大見得を切ったものだろうけれど、如何せん、味噌が足りないようだ。
希望の党が与党との違いを出せるのは、森友・加計問題だけだろう。
「しがらみと忖度からの脱却」、これだけがアピールポイントで票を集められるかな。

そうかと思えば、希望の党と「政策は完全に一致」しているのに、独立の別の党だという維新の会。いわゆる力関係だけであろうか。

贈与の歴史学

zouyo_no_rekisigaku.jpg 桜井英治「贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ」について。

現在のお歳暮とかの習慣がどのように成立してきたのかな、という程度の関心で読んでみた。
ところが、中味は贈り物のマナーなどというノウハウとはもちろん無関係であるけれど、さらに人類史における贈与というような構え方をしているわけではない。

そうそた点も意識はされていて、モースの「贈与論」で書き出され、マリノフスキーなど人類学での贈与の扱いなどにも触れるけれど、これはどちらかと言えば露払いである。

この本のメインは、室町時代を中心とする日本の中世社会での贈与。著者は、人類学者とか経済学者とかではなくて、中世史を専門とする歴史家である。

室町時代といえば、貨幣経済が発達し、手形取引が始まった時代である。
また、徳政が頻繁に行われた時代でもある。

著者は、脆弱と言われる室町幕府の財政について「贈与依存財政」と呼ぶ。
それを成立させていた、室町時代の贈答経済はとても特殊で、「贈答経済でどこまでいけるか」を追求したような観があるという。
第1章 贈与から税へ
1.四つの義務
2.神への贈与
3.人への贈与
第2章 贈与の強制力
1.有徳思想―神々からの解放
2.「礼」の拘束力
3.「相当」の観念と「礼」の秩序
第3章 贈与と経済
1.贈与と商業
2.贈与と信用
3.人格性と非人格性の葛藤
第4章 儀礼のコスモロジー
1."気前のよさ"と御物の系譜学
2.劇場性と外在性
3.土地・労働・時間
その一手段として生み出された傑作が「折紙」。
折紙というのは、贈り物に付けた目録で、紙を半分に折る形式だったことから折紙と言うようになったもの。

現代語でも使われる「折紙付」という言葉の折紙も同根で、品物の品質保証書というような役割を持っていたもの。

折紙は、元々は、斯々然々のものをお贈りしますという目録だったのが、いつしか実物の移動を伴わずに贈り物のように流通するようになる。物として金子が書かれていたら、まるでその金子であるかのように流通する。
さらには、転々流通性まで持つようになったというわけである。

チューリップが高値で取引されていたところ、あるとき何でこれにこんな値段が付くんだと疑問に思ったとたん、バブルが崩壊するようなもので、折紙ってなんで通用するのと誰かが言いだしたら終わりかもしれない。

で、こんなことを考えた。
貨幣の発生史としては否定されると思うけれど、貨幣は財物の貸借の証文と考えるのが一番わかりやすんじゃないだろうか。もちろん手形より貨幣の方が先なのだけれど、貨幣の本質的な役割は手形と同様、賃借の情報じゃないんだろうかと。

仕事と日本人

Shigoto_to_Nihonjin.jpg 武田晴人「仕事と日本人」について。

「労働」、「仕事」、「はたらく」、似たような言葉がある。
著者はこれらを対比させながら、「労働」という言葉(「働」は国字だから「労動」も含めて)がいつ頃から、どういう使い方をされたのかなど、かなりの紙幅を割いて解説している。

あれっ、一体、この著者はどこに関心があるのだろうか、どういうフレームでこのテーマに取り組んでいるのだろう、
経済学者の本なら、経済学なら、労働を経済の一要素として、労働市場のなりたちや挙動というものを説明しそうなものだ。
そうではなくて、社会学とか文化的な考察が中心になっている。
著者はあとがきに次のように書いている。
 できあがったものは、ごらんいただいてわかるように,「労働」とか「仕事」とか「働くこと」とかをキーワードにして私が手当たり次第に読んだ本の読書ノートとでもいうようなものである。手当たり次第とはいっても、この分野にはたくさんの著作があり、しかも最近では関心の高い分野であるために関連の文献が続々出版されるので、それを網羅的に読むことなどははじめからできる相談ではなかった。だから、正確には手の届く範囲にあった本を読んだだけいうべきだろう。その限られた読書によって得られたさまざまな意見や歴史的な事実を通して考えてきたことを、そのままの形で読者の皆さんに読んでいただくことになった。

Japanese_at_work
仕事中の日本人
Japanese at work/Charles Wirgman
西本郁子「時間意識の近代」58頁から本書に転載
というわけで、もちろん経済学の観点での労働とか、労働市場についても書かれているのだけれど、そういう枠組みでとらえられないものを多くあつかっている。

また、他書の紹介もこんな具合。
報酬は時間でもらっている
 大沢真知子『ワークライフバランス社会へ』では、「経済のグローバル化にうまく対応し、経済のパフォーマンスのよい国では、正社員の働き方を柔軟にし、非正規から正規への移動を進めている国が多い。ここでいう正社員の働き方を柔軟にすることがワークライフバランス施策とよばれるものである」と新しい考え方を紹介していはす(同書、2頁)。
 このような考え方に即して、大沢はワークシェアが一番進んでいるオランダの次のような例を紹介しています。
 オランダでは、妻が中間管理職として週四日はたらく共働き夫婦を取材させてもらった。四歳と一歳の幼い子どもがいる。
 取材してみると、彼女は、週四日の勤務とはいえ、実際にはその四日間に五日分の仕事をしていることがわかった。しかも会社からもらうのは四日分の給与である。会社にとっては悪い話ではない。また、彼女にしてみれば、給与はへるかもしれないが、その分子どもたちと一緒にいる時間がふえる。報酬の一部を時間でもらっていると考えれば、こちらにもメリットがある。(『ワークライフバランス社会へ』、10頁)

はしがき
第1章 豊かな国の今、問われる選択
 2006年春、パリ/若年者の不安定就業―フリーターとスラッカー
第2章 「労働」という言葉
「怠惰な」日本人/「労働」という言葉の意味と由来/「働」という漢字/輸入学問・経済学のなかの「労働」/忌避される対象としての労働
第3章 「仕事」の世界、「はたらき」の世界
イギリスの経験/速水融の勤勉革命論/勤勉革命の背景/「はたらき」は際限のない長時間労働だったのか/労働集約的な農家経営と手工業生産
第4章 「労働」観念の成立
工場の成立/職人の転身/職人たちの転落/都市の下層社会/工女たちの世界
第5章 時間の規律
近代における時間の観念/労働時間の制限/作業時間の標準化/定年制
第6章 残業の意味
残業の誕生/残業の捉え方/「義務としての残業」と「責任としての残業」/増収の手段としての「残業」/残業手当とサービス残業
第7章 賃金と仕事の評価
賃金の成立/賃金の長期的な変動/学歴と俸給/「労働」の評価と「仕事」の評価
第8章 近代的な労働観の超克
西欧近代のゆがみとしての「労働」観/労働の現在/再び「仕事」の主人となること
あとがき
見出しだけ見ると、報酬の計算が労働時間で行われていると勘違いしそうだけれど、そうではなくて、時間というものが貴重な「財」ということである。
本書では、この引用に続けて、このような働き方を可能としたオランダの状況について別書(長坂寿久『オランダモデル 制度疲労なき成熟社会』)も紹介し、「誰もが必死に労働しなければならないという規範は、いかにも狭すぎるし、人間のもつ可能性を見失っている」と続け、
 右の例では、中間管理職として働く女性は、それによって相当の所得を得ているだけでなく、社会的な存在としての自分を確認する場をも与えられています。その一方で母親として子供との時間も大切にしています。そのことで所得が減っているとしても、それで十分に満足しているのです。この女性は、「時間で給料をもらっている」と答えているようですが、これはなかなか含蓄のある言葉です。
と結んでいる。

また、別の個所では、このような引用もなされている。
 ですから、立石泰則が『働くこと、生きること』に書いているような状況が生まれます。それは、経営状況の悪化のために人員削減を推進した経営側からの説明に、「(雇用調整をしなければならないほどの)大量の余剰人員が発生したから」との釈明があったという点に関してです。
 「大量の余剰人員が社内に発生した」とはどういうことなのであろうか。ボウフラではあるまいし、いつの間にか大量の人間(余剰人員)が「発生した」というわけではないだろう。会社は当初、必要と判断しただけの人員を採用したはずである。それが余剰人員となったのであれば、彼らを適材適所でうまく活用できなかったからか、見込み違いで多く採用しすぎたからにほかならない。
 どちらにしろ、余剰人員を「作り出した」のは会社であって社員ではない。その責任を不問に付したまま、会社が社員にだけ責任を「リストラ」という名の人員削減で押しつけるなら、経営側の責任放棄、無責任の極みといわれても仕方がない。 (『働くこと、生きること』、四一頁)
以前、トヨタの社長が「従業員のクビを切るのは経営者失格」というようなことを言っていたことを思い出す。
もっとも、そうならないように、非正規雇用、派遣、偽装請負という方法で先手を打っているのが現状なのかもしれない。

武田晴人「仕事と日本人」の紹介のつもりが、同書で紹介されている話の紹介になったようだ。
それが本書の性格でもあると思うけれど。

大奥の女たちの明治維新

安藤優一郎「大奥の女たちの明治維新 幕臣、豪商、大名――敗者のその後」について。
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「大奥の女たち」が前面に出ているが、幕臣、豪商、大名なども含めて、江戸幕府に関わりのあった人たちが、明治維新でどのような対応を迫られたのか書かれている。

以前にも類書を読んだ覚えがある。また、以前、「大西郷という虚像」の記事に、おそらくは旧幕府の役人はいろいろな形で、行政に携わったのだろう。もう少し時代が下がると、旧幕役人、あるいはその家柄の人たちが、いろんな場面で活躍して、新政府の政策を支える事例が表へ出てくると書いたけれど、本書では、その実例をいろいろと示してくれる。

類型化して言ってしまえば、旧幕役人は、新政府の実務上の枢要な位置につく。ただしトップにはなれない。いわば、現在の大臣と事務次官の関係である。(既にこの頃から、トップは個人的利害と思い付きで判断し、それを国策として実現する事務方という図式ができあがったのかもしれない)

類型から外れるのは榎本武揚のような本当に実力が必要な部署につく例とか、やはり幕臣であったコンプレックス(複雑な感情)からか、新政府の中には入らなかった勝海舟や福沢諭吉が思い当たる。暮らしの心配をしないで良い人たちね。


第1章 篤姫が住んだ大奥とはどんな世界だったのか
第2章 失業した三万余の幕臣はどうなったのか
第3章 将軍家御典医・桂川家の娘が歩んだ数奇な運命
第4章 日本最初の帰国子女、津田梅子の奮戦
第5章 東京に転居した大名とその妻はどうなったのか
第6章 東京の街は、牧場と桑畑だらけになった
第7章 江戸を支えた商人や町人はどうなったのか
また、徳川家の駿河移封についていった幕臣たちの苦労が書かれる。とともに、そこで名を上げるような成果をあげた人たちは、結局、明治政府から召喚されることが多かったようだ。

タイトルにある大奥(幕府だけでなく大名家もある)の女だけれど、女性は大奥以外には役所勤めはないわけで、新政府には大奥はないから、それぞれ第二の人生を歩むことになる。本書では天璋院については追いかけていて、女中の身の振り方はもちろんだけれど、徳川家達の養育や徳川家の存続に努力したことが紹介される。

その徳川家達だけれど、津田梅子とは従兄妹関係、家達の母と梅子の母が姉妹だったそうだ。それがどうしたというところだが、梅子は徳川家にも出入りしていたらしいから、有形無形の援助があったのではないだろうか。


「南朝研究の最前線」の記事でも政権の実務的な体制及び陣容は、鎌倉幕府、建武政権、足利幕府を通じて継続性があった、後醍醐天皇に直接逆らった鎌倉幕府役人は、建武政権では用いられなかったが、そうでない鎌倉役人は、主は変わっても、鎌倉と似た組織で、似た仕事についていた人が多いと書いたけれど、江戸⇒明治もその構図は変わらないようだ。

本書でも、江戸町奉行の仕事が明治でどうなったか書かれているけれど、要するに、役所の名前は変わっても大勢に変化はなく、同じ人が同じようなことをしていたとのことである。もちろん、政府が落ち着いていくにつれて、次第に体制は改革され、人も変わるのだけれど。

幕府がこけた、だったら奉行所も無いだろう、というわけではないのだ。江戸の人々は安定を求めていたのだろう。おかげで、欧米列強とかブラックウォーターが混乱に乗じて進駐して来ることがなくて良かったようだ。

治外法権と関税自主権の問題はあったけど。


ブラックウォーター

ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォーター――世界最強の傭兵企業」について。

61sD5v73vuL.jpg 俄かには信じられないことが書かれている本。
まるでスパイ映画か何かのような話ばかりだけれど、もちろん、そんなカッコいいものではない。

序章の“バグダッド「血の日曜日」”を読めば、アメリカの「国益」がどれだけ非道なものと結びついているのかと暗澹たる気持ちになる。
この事件は、2007年9月、イラクの首都バグダードのニソール広場で起こったブラックウォーター社員による発砲事件で、14人のイラク市民を殺害したもの。ブラックウォーター側の説明では、攻撃に対する反撃とのことらしいが、傭兵に対する攻撃などなかった、武装市民はいなかったという証言も多い。本書ではその証言をうらづける物的証拠―たとえば現場に落ちている薬莢は、イラクのテロリストが使うものではなく、ブラックウォーターが使う武器のそれしかないなど―を説明し、一方的な虐殺であったという。

ブラックウォーターは米国高官の警護任務についており、治安の乱れた地域での任務であるため、しかるべき武装をしていたわけだが、攻撃を受けたにせよ、あるいは攻撃はなかったがそれと誤認したにせよ、重大な結果をもたらした。

事件当時、日本でこれがどのように報道されたか記憶にないが、多分、米国大使館員の警護員と反米集団との間で小競り合いがあったというようなものだったのではないだろうか。そして、それを聞いた者としては、フセインは倒したけれど、まだまだ内戦状態が続いているんだなぁ、いつ平和な国になるんだろうか、と言う程度の感想を抱いていたのではないだろうか。それが傭兵部隊が起こした事件であり、戦争に付随する多くの業務が民営化されているということも知らずに。

序 章バグダッド「血の日曜日」
第1章巨万の富
第2章プリンスの生い立ち
第3章はじまり
第4章ブラックウォーター参入前のファルージャ
第5章ブッシュの家臣を警護する
第6章スコッティ戦争に行く
第7章奇襲攻撃
第8章我々はファルージャを制圧する
第9章二〇〇四年四月四日、イラク・ナジャフ
第10章ブラック・ウォーターで働くアメリカ人のために
第11章ミスター・プリンス、ワシントンへ行く
第12章カスピ海パイプライン・ドリーム
第13章チリの男
第14章「戦争の売春婦たち」
第15章コーファー・ブラック―本気の戦い
第16章「死の部隊」と傭兵と「エルサルバドル方式」
第17章ジョゼフ・シュミッツ クリスチャン兵士
第18章ブラックウォーター・ダウン
―ルイジアナのバグダッド
第19章円卓の騎士
戦争の民営化というか、民間軍事サービスの利用が進んでいるということは、以前から知らなかったわけではないのだけれど、それは兵站や後方支援というような、直接戦闘に参加するというものではないと思っていた。
しかし、実態は、本書によれば、たしかに軍の一部として組み込まれて戦争に参加するというようなものではないけれど、それよりもっとタチの悪い、軍によってコントロールされない活動をやっているということみたいだ。

その「企業活動」について、歴史やビジネススタイル、範囲など、本書で詳しくレポートされているわけだが、そのことについては措いて、もっと気になったのは、こうした傭兵部隊を使う側の問題である。

それを端的に示すのが、冒頭の事件を起こしたブラックウォーター社員は、後に米国で裁判にかけられて有罪になったらしいが、現地では一切官憲の追求を受けなかったという事実である。そしてこれは現地責任者である米国大使によって与えられた免責特権によるものなのだそうだ。

軍隊ではないので、軍法会議の対象にもならない。

まさに治外法権である。

また、この事件が起こったときは既にイラク軍は解体されていたわけだが、当然、相当数のイラク軍兵士が無職となって放り出された。彼らの処遇をどうするかは大きな問題であり、フセイン後のイラク経済の復興は占領国としても重大な課題だったに違いない。
それなのに、本書によると、米国は、イラク産業を復興するどころか、「資本自由化」と称して銀行などの経済活動を米国資本で置き換えたり、「貿易自由化」と称して関税をコントロールし、イラク人による経済復興を阻む行動をとったのだという。そのため、行き所を失った旧イラク軍兵士は、てっとり早くテロリストになる道を選ぶことになる。
そして、そのことは十分予想されていたにもかかわらず、米国政府高官の個人的利益が背景にあったのではないかという。
関税自主権をもたず、タウンゼント・ハリスが金取引で私腹を肥やしたという、幕末の日本の状態である。
「選挙で大統領を選ぶ民主的な国」と憧れた国、その国を信じてよいものか。

そしてイラクでは、正規軍の上層部は、ブラックウォーターのような傭兵部隊が好き勝手することで、現地人の反米感情をかきたてていると、苦い思いをしたのだということだ。

本書では、イラクに限らず、世界各地で活躍する傭兵部隊の歴史・ビジネスの発展、ますます大きくなる傭兵依存の実態について、詳しくレポートしている。
ちなみに米国内においても、巨大ハリケーンによる自然災害発生時には、ブラックウォーターは(たのまれもしないのに?)完全武装で出動し、治安維持活動をしたという。

それにしても、ブラックウォーターは軍隊ではないのに、これだけのことをしているわけだ。合憲とか違憲とか、あるいは活動のコントロールとか、いろんなレベルで運用が難しい武力に代わり、カネで解決できる傭兵部隊を使おうという発想は、日本のエラい人は持ってないんだろうか。

お金と感情と意思決定の白熱教室

ダン・アリエリー「お金と感情と意思決定の白熱教室: 楽しい行動経済学」について。

Okane_Kanjo_Ishikettei.jpg 行動経済学に通ずる人間の心理や行動に関わる小ネタが満載された本。
紹介されているネタのほとんどは、どこかで聞いたり読んだりしたもの、心理学や経済学で良く紹介されるもの。もちろん、テレビのバラエティでこんなことがあるというように、ネタに使われることも多いもの。

有名な「スタンフォード監獄実験」も紹介されている。
この実験についてはいろんな本で取り上げられているけれど、本書では、他の本では実験デザインとは関係がないということらしく、あまり触れられていない(なので私も知らなかった)、次のエピソードが紹介されていた。

実験を主催した心理学者自身が、この興味深い成り行きにのまれてしまい、そこで展開されている行動が危険で、中止すべきという判断ができなくなった、つまり人は環境・与えられた役割で行動することが、その観察者自身に典型的な形で観察された(Wikipediaにもその旨解説されている)


本書で紹介される、さまざまな、そして興味深い話は、もちろんウソではないのだろうけれど、これが絶対的真理であるとまでは過大評価しないほうが良いかもしれない。

第1回人間は“不合理”な存在である
 
第2回あなたが“人に流される”理由
 
第3回デート必勝法教えます!?
 ―人々の感情をどう動かすか
第4回ダイエット成功への道!
 ―自分をコントロールする方法とは
第5回“お金”の不思議な物語
 
第6回私たちは何のために働くのか?
 ―仕事のモチベーションを高める方法
そう思う理由の一つは、根拠となった実験や観察というものが良くデザインされていたか、十分な検証がなされていないようだからである。ただし、とりわけ自分の直感と異なる結果が出ているものについては、研究を否定する方向ではなくて、そういうこともあるのかもしれないと注意を払う、そういう知識として有意義だと思う。

そう考える理由の一つは、紹介されている結果は、実は対象集団の文化の違いについては考慮されていないものが多いから。

本書で例外的に文化の違いに言及されているのは(ただしジョークのようにだが)、著者自身のグループが行ったビールの試飲実験、客に4種類のビールから選べると説明して注文をとるわけだが、他人の注文を知ることが自分の注文に影響するかを実験している。
結果は、イエスである。
ただし、アメリカでは他人が注文したものを避けるが、香港では同じものを注文する。


このように文化・習慣などに違いがある場合は結果が異なる場合がある。

前にも書いたけれど、ウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」では、時給単価を引き上げた場合、労働意欲が増す国民と、労働意欲が減退する国民があることを、当時の統計に基づいて示している。


読み物としては面白いし、読んで損をするものではないけれど、断片的な実験結果の紹介だけでなくて、もう少し経済学らしい切り口や、比較行動経済学とでも言えば良いような研究も紹介してもらいたい。

自力と他力

koyama_satoko_jodoshinshu_towa.jpg 小山聡子「浄土真宗とは何か 親鸞の教えとその系譜」について。

腰巻に「『自力』と『他力』のはざまで」とある。
浄土真宗といえば、学校の歴史の授業で、「他力本願」を説いたというように教えられる。
その「他力本願」を日常語として使う場合は、他人まかせの意で、自分で努力しない、いいかげん、無責任というニュアンスで使われる。

もちろん親鸞がいう「他力本願」はそういう意味ではないことは、真宗を知らないものでも想像はできる。すべてを仏に委ねるという信心のありかたこそが尊い、そういう高次の信仰の意味であると。

その理解は間違っていないと思うけれど、本書を読むと、他力を信心するということが、いかに難しいことか、その教義を理解することが、どれほど困難なことかが、わかってくる。

他力」に対するのは「自力」だけれど、この「自力」というのが問題である。
近代人のイメージからすれば、自力とは、たとえば、病を治すのに仏や神に頼らず医療に頼るとか、スポーツで神頼みではなく自己の鍛錬で結果を出すということだと思う。
ところが本書では、「自力」とは、神や仏の力を得るための呪術、加持祈祷、そういうものが自力だと、繰り返し語られる。

序章浄土真宗の前夜
 一、平安貴族社会と密教
 二、平安浄土教の隆盛
第1章法然とその門弟
 一、専修念仏の教え
 二、呪術への姿勢
 三、弟子たちの信仰
第2章親鸞の生涯
 一、法然との出会い
 二、東国での布教活動
 三、帰京後の執筆活動
第3章親鸞の信仰
 一、他力の教え
 二、自力への執着
 三、教えの中の矛盾
第4章家族それぞれの信仰―恵信尼・善鸞・覚信尼
 一、妻恵信尼―往生への不安
 二、長男善鸞―呪術で得た名声
 三、末娘覚信尼―父への思い
第5章継承者たちの信仰―如信・覚如・存覚
 一、孫如信―「正統」な継承者
 二、曽孫覚如―他力をめぐる揺らぎ
 三、玄孫存覚―表の顔と裏の顔と
第6章浄土真宗教団の確立―蓮如とその後
 一、指導者蓮如
 二、教説と信仰
 三、教団の拡大
終章近代の中の浄土真宗―愚の自覚と現在
 一、理想化されてきた教団像
 二、浄土真宗史と家族
思うに、親鸞の時代、医療はそんなに発達していたわけではなく、医術と呪術には、現代の我々が考えているような劃然とした違いはない。我々が病を治すのに医療に頼るように、呪術に頼る、それが自力救済ということなのかもしれない。
人間は弱い存在である。病に苦しみ、死をおそれるとき、神や仏を頼みにする、それはごく普通のことのように思うのだけれど、他力の立場からは、それが自力として否定されるとしたら、とてもこの教説についていく自信はもてないんじゃないだろうか。

本書では、親鸞の教えにも矛盾があるとか、覚如や蓮如などの後継者は、教義と自分の信仰とは別だったのではないかとしている。
他力信心は、それほど難しいことなのかもしれない。


それほど難しい「他力」を推し進めたのはなぜか。
本書では、これについて、「教行信証」を読み解いて、末法思想の影響があったとする。
末法の時代には、ただ仏の教えが残っているのみであり、正しい修行もなく悟りもない。もし戒律があるのであれば、その戒律を破ることもあり得るけれども、末法の世にはすでに守るべき戒律がないにもかかわらず、一体全体どの戒律を破ることで戒律を破ったといえるであろうか。戒律を破ることすらないのに、まして戒律を守ることなどあるはずがない。
悟りをひらいて極楽往生することができないのが末法の世であるなら、自力で悟りを得ようとすることはむだということらしい。
理屈である。

浄土真宗といえば、一向一揆や石山合戦が思い出される。
信徒たちは死を恐れず戦ったという。本書では、教義や信仰から一揆が説明されているわけではないが、石山合戦に参加した信徒の旗には、「進者往生極楽 退者無間地獄」とあったという。
親鸞の教えでは、他力の信心を得たものは、その時点で極楽往生が約束されており、往生行儀などは不要であるとされているそうだ。ならば、信徒は安心して(?)、死ぬことができたのかもしれない。

本書の終章には、こんなことが書かれている。
夏目漱石 『こゝろ』
 「先生」は学生時代に下宿先の「お嬢さん」に恋心を抱いていた。あるとき「先生」は、「真宗の坊さんの子」である同郷の友人「K」とともに日蓮ゆかりの地である房州を旅した。「K」は、真宗寺院の出であったにもかかわらず聖道門の日蓮宗に傾倒しており、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と「先生」を挑発する。対する先生は「お嬢さん」への恋心ゆえにそれを笑って聞き流すことができずに「君は人間らしいのだ。或は人間らし過ぎるかもしれないのだ。けれども口の先だけでは人間らしくないような事を云うのだ。又人間らしくないように振舞おうとするのだ」と応戦した。「先生」は、自力での救済への期待を否定し煩悩にまみれた自己を自覚するよう促した親鸞の教えを援用して、自身の内面を正当化しようとしたのである。このような言葉が発せられた背景には、親鸞が妻帯を是としていたことがあるのだろう。
 その後、「K」から「お嬢さん」への恋心を告白され、なんとかそれを摘み取ろうとした「先生」は、かつての「K」の言葉「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」を逆に「K」に浴びせかけ、「K」を再び日蓮の聖道門の思想へと引き戻そうとしたのであった(野網摩利子「宗教闘争のなかの『こゝろ』」)。

そして著者はこう続ける:
 『こゝろ』では、浄土門の親鸞思想と聖道門の日蓮思想が「K」の心情変化に大きな変化をもたらすきっかけとして語られ、非常に重要な意味を与えられている。
『こゝろ』ってこんな読み方ができるとは思わなかった。

ただ、浄土門と聖道門の教義の違いは、それを知らない読者でも、「先生」と「K」のやりとりから、逆にそれを推察することになると思う。漱石はその効果を良く知ったうえで、小説の道具立てとして使ったのかもしれない。

本書の引用元はこれらしい:野網摩利子 「宗教闘争のなかの『こゝろ』」

「Kの内面世界における宗教対立と、歴史的な事実とを、その場所において一致させ、大きな問題を個人的問題として再燃させる。漱石がこのように小説を組み立てたのだ……」


知人に、家の宗旨が浄土真宗という人がいた。その人の葬式や法事では、真宗のお寺に行き、お坊さんから、真宗の教説などを聞かされたりするわけだが、真宗独特というような感じではない。それはそうだろう、一般の人に、難しい教義を説くより、故人を偲ぶ機会にふさわしい教話をするほうが良い。

他力と阿弥陀信仰、一神教のエートスに近いものまであるといわれる浄土真宗。
心の弱い私に信心できるとは思えないけれど、「教行信証」ぐらいは読んだ方がよいのかな。

「法の支配」とは何か

Hou_no_shihai_towa_nanika.jpg 大浜啓吉“「法の支配」とは何か―行政法入門” について。
岩波新書の「○○とは何か」、「○○とは何だろうか」という書名の本は、読み応えがあるものが多い。
本書もその一つだと思う。

主として憲法の成立、その作用について、各国(とりわけドイツとアメリカ)での成立史、そのときの社会状況を解説している。

本書で何度か出てくる言葉が、「国が憲法を作る」のではなく「憲法が国を作る」。憲法にあたる英語は通常、constitution(体制)であって、国のかたちを定めるものだから、その言葉は納得できる。

「(歴史的に構築されてきた)社会が憲法を作り、憲法が国家を作る」というほうが自然だと思うけれど、著者は、憲法と国家、憲法と国民(社会)の関係の基本理解を強調する意図があるのだろう。
もっとも、大日本帝国憲法には、「社会」というものは全く措定されていないというのも本書で指摘されるところである。

書名の「法の支配」というのも、法律が国を律するという漠然とした意味で使われているのとは少し違う。

著者は「法の支配」に対する概念として「法治主義」をもってくる。
第1章 社会と国家―行政法とは何か
第2章 近代国家の原型
第3章 立憲君主制―ドイツ帝国と大日本帝国
第4章 法治国家とは何か
第5章 法の支配の源流
第6章 法の支配とアメリカ合衆国憲法
第7章 法の支配と行政法
第8章 議院内閣制とデモクラシー
法治主義とは、権力(国王)の恣意的な濫用を規制するという考え方であって、権力の源泉を問わないのだという。

ということは、法治国家であっても、法の支配は受けていないという状況はいくらでも考えられ、大日本帝国はまさにその状態だというわけである。
大日本帝国の権力の源泉は、天照大神からの皇孫にして現人神である。


現代の多くの国では、権力の源泉は国民にあり、国民は基本的人権を持つものとされている。国民が暮らす社会では、さまざま人権侵害状況が起こりうるが、それを補うのが国家の役割で、そのために法が国を支配する、そこまでの含意が「法の支配」という言葉にはあるとする。
つまり「法の支配」は民主主義国でしか成り立たないわけだ。

さて、現政権の信頼が下がったことで少し遠のいたかもしれないが、憲法改正議論が騒がしい。
私自身は、必要があれば改正するのは当然だとは思っているけれど、自民党案などは、憲法で国民を規制しようとしているとしか思えない。
著者のような立場の人に言わせれば、これは民主主義を否定する姿勢であり、憲法に対する基本理解の問題であって、そのような改正を是とする理屈は、少なくとも現代の法学からは出てこないに違いない。

本書で指摘されるまで迂闊にも気づかなかったのだけれど、憲法第九十九条にはこう書かれている。

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

著者はこの条文に「国民」が含まれていないことを指摘する。そう、国民には憲法を守る義務はないのだ。
もちろん国民の義務と明示されているものは別である。著者が言うのは、権力の源泉は国民にあり、その国民が憲法により国を作っているわけだから、国民が憲法を守るというのは自家撞着にすぎないという意味だろう。


またこのところ、安保法制や共謀罪など、鋭く対立する法案が次々成立している。
国会は国権の最高機関であり、法律さえ作れば何をやっても良いという姿勢が垣間見える。しかし、本書では、次のような法理があるとする。
■実体的デュー・プロセス(due process of law)の法理

①法律制定の必要性(法律以外の方法で目的を達成できる場合には法律を作ることは許されない)
②法律の有効性(法律によって目的を達成しうる場合でなければ法律を作ってはならない)
③濫用の恐れの強い法律は作ってはならない(通信の秘密を害する一般的な「盗聴法」など)
④規定目的の明確性
⑤手段の相当性


所詮、学者の戯言、国際社会の現実も、荒廃した国民の実情も知らない奴の言う事だと、国会のセンセイ方は言うんだろうけど。

ご当地検定

B16600227LL1-crop.jpg 図書館に「第12回 京都検定 問題と解説」という本が新着棚にあったので、借り出した。

かつて、この種の検定試験のブームがあって、全国あちこちで、うちもうちもと、似たような企画がたくさん起ちあがった。これらは「ご当地検定」と括られた。
Wikipediaによると、この種の検定試験は、2003年(平成15年)9月に日本文化普及交流機構が行った「博多っ子検定」が最初で、それに遅れること1年余で、京都検定(京都・観光文化検定)が始まり、これが有名になり(京都という発信力のおかげ?)、全国的なご当地検定ブームを引き起こしたということらしい。

しかし、その後ブームは急速に下火になり、2009年の135から13年には半数近くの77に減少したという。
それほど高額な費用をかけたとも思えないが、受験者が来なくなったら、パンフレットの印刷費も出なくなるだろうから、もうやめようというのは考えてみればアタリマエ、もともと一時のお祭りのノリで始めたことだから、それほど執着もないのかもしれない。

どこの街も歴史があり、魅力があると思うけれど、最初の受験者はいわゆるイニシャル・バイアスで、数も確保できたかもしれないが、毎年、新たな受験者が出るほどの厚みというのを持てるところは少ないだろう。

その点、京都は圧倒的な文化蓄積を持ち、求心力は全国に及ぶわけで、京都検定は当分の間、続くと思う。冒頭のような本が毎年出版され、検定合格をめざす講座が催されたり、また、検定合格者への優待制度や、合格者バッジ(希望者に有料配布)があるなど、関連事業・産業の拡がりも大きい。
全国的な認知度も高いから、観光ガイドが持つべき資格というぐらいのステイタスを得るかもしれない。

他の地域のご当地検定とは権威においても一線を画すものだろう。
これに本当の意味で対抗できるものは、江戸・東京を対象とするものぐらいではないだろうか。

もっとも、私は認証ビジネスというのは嫌いである。
認証を与えられた人や企業が、認証にふさわしくないことが露呈した場合、認証機関が責任をとるというような話は聞いたことがない。
交通事故を起こしても、公安委員会や警察が免許を与えた責任をとってはくれない。
格付け機関がサブプライム・ローンに高い格付けを与えたからと言って、リーマン・ショックの責任をとったなんてことは寡聞にして聞かない(失敗には学んだようだが)。
ISO9000(品質管理)の認証は、その企業の製品の品質が高いことを保証しない。

品質管理の認証とは、品質管理という行為をしていることの認証であって、最終製品の品質とは直截は関係がない(反射的に品質を上げることが期待されるけど)。
システム開発という案件の場合、そういう企業と仕事をすると、無駄にドキュメントが増えるし、手戻りが発生したときの責任の所在を確認するためのハンコを押さされる。品質管理のきまりごとは、基本的にウォーターフォール型のプロジェクトを前提として組み立てられているように思う。
そして、私はそういうプロジェクトの進め方自体が品質を落とす元凶じゃないかと思っている。つまり、ISO9000を遵守することが製品の品質を落としているのではないかとさえ思う。(契約相手先の資格に、ISO9000を取得していないこと、としたいぐらいだ)


さて、そういう認証に比べれば、ご当地検定は罪がなく、楽しいものだ。
ところがどっこい、京都検定をパスするのはかなり難しいみたいだ(だから攻略本が出るのだろう)。
京都検定で出される問題は、正直言って、めちゃくちゃ難しい。

京都ローカルに詳しくなくても、日本国の歴史の大半を引き受けてきた都だから、歴史に詳しければ解答できるものもそれなりにあるのだけれど、余りに微細な質問の連続で、到底歯が立たない。テレビのクイズ番組などは、京都検定の級でいうなら、せいぜい5級とか6級だろう(実際には3級までしかない。上級貴族には入れない、ようやく殿上人の位)。
京都にどれだけの神社仏閣があるか知らないが、その数だけの歴史があり、由緒があり、伝説がある。それが問題源になるのだから、問題のネタは尽きない。

さらに、お茶もお花も、能も狂言も、みんな京都ネタになるのだから始末が悪い。
今のところ、現在の場所がどうなっているか、交通アクセスは、名物や土産は、そうした現場感覚・知識を問う問題はあまりないようだが、こんなものを入れられたら、書斎人には全くお手上げである。

今の級別だけじゃなくて、分野別も導入したほうが良いのでは。


地域的には、京都府全域が対象となっていて、数は少ないが、丹後の方からの出題もあるが、京都府としての配慮だろうか。
一方、山城というのは山背、山の後ろの意、奈良山の後ろ、つまり平城京からみて北側の意味らしいが、浄瑠璃寺などは京都というより奈良(和辻哲郎の「古寺巡礼」では浄瑠璃寺も含まれる)だろう。過去にこの地域の質問はあったのだろうか。

私の地元、酬恩庵(一休寺)あたりから北が京都圏ではないだろうか。
(一休さんは、ここから大徳寺まで通ったという話もある)

また、お隣の滋賀県なども、源氏物語所縁の石山寺など京都圏かもしれないが、この地域の質問はあったのだろうか。

さすがに、源氏だったら何でも、須磨・明石とか住吉とはならないだろうけど。


金券かサービス券か

ふるさと納税返礼巡り群馬・草津町長がバトル
 総務省に乗り込み
 ふるさと納税の返礼品をめぐり、総務省が4月、換金性の高い金券は控える-などを求めた通知に、日本を代表する温泉を持つ群馬県草津町の黒岩信忠町長が猛然と反発、24日に上京して総務省に乗り込み「農産物、海産物はおとがめなしで、なぜ金券がターゲットになるのか」と担当課長らを相手に論争を挑んだ。議論は平行線に終わり、25日には高市早苗総務相が会見で商品券使用を見直すよう改めて求めるなど、論争の行方は見えない。草津町に戻った黒岩町長に改めて真意を聞いた。
(産経新聞社 吉原実)
 
 草津町は現在、町内の宿泊施設などで宿泊や入浴のできる「感謝券」などを返礼品とし、昨年度の寄付額は13億2581万円で2年連続県内トップを走る。財政規模が35億~40億円のため、ふるさと納税の恩恵は小さくなく、明確な根拠がない限り「(金券の採用は)絶対に譲れない」(黒岩町長)としている。
 <以下略>
先日、ふるさと納税受入額ワーストという記事をアップしたところだけれど、ネットの情報サイトにおもしろい記事があった(右)。

私は、草津町長の言い分が正しいと思う。
総務省が言う、換金性の高い金券を控えろということは、ある程度理解できる。その金券が、たとえばAmazonギフト券とか、全国共通商品券というようなものだったら、たしかに現金還付とあまりかわらないことになるだろう。

しかし、このケースでは、総務省は金券を杓子定規に考えているとしか思えない。
草津町の返礼品の「くさつ温泉感謝券」というのは、草津温泉の宿泊や入浴、飲食、温泉街でのショッピングに使えるものだけれど、これとAmazonギフト券を同列に考えるほうがおかしいだろう。

「感謝券」は、ショッピングにも使えるかもしれないが、町民が自分の町にふるさと納税するのでないかぎり、感謝券を持って来る人は、宿泊や入浴が目当てに来町する人であって、使い切れない分を少々ショッピングに回すという程度の使い方と想像される。

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こういうものは金券ではなく、サービス券というべきじゃないのだろうか。

一般に、商品(財)は、物だけではなく、サービスもある(そして近年、その割合が増加している)。
しかし、マッサージ型サービス(*)を、遠隔地の人に売る(譲る、返礼する)にはどうしたらよいのか。

(*)サービスは、メッセージ型とマッサージ型に分類できる。
メッセージ型とは情報サービスとか、代行サービスなど、場所や時間を特定しないタイプで、マッサージ型は、マッサージや散髪、入浴など、サービスを受ける人が出向かなければ受けられないものを言う。

それには、サービス券(利用する権利)という形をとるのがもっとも簡単である。

総務省の言い分は、現代の財の取引実態を踏まえない、前時代的なものとしか思えない。
子供が、敬老の日に、祖父母に肩たたき券を渡したら、それは金券だからダメと言っているようなものだ。

そのくせ一方では「自治体ポイント」などという奇態なものを推進している。
返礼品に自治体ポイントを提供したら総務省はどう言うんだろう。


前に、斑鳩町の返礼品のことを書いた。斑鳩町では、普段公開されていない藤ノ木古墳の石室の貸切というのを返礼とするという。これなど、見事なサービス券(利用権)の譲渡の例である。

返礼品として魅力のある「特産物」がないという自治体も多いと思う。先日の「ふるさと納税受入額」で紹介した受入額ゼロの自治体も、返礼品がないのが悩みのようだった。
それならば、せめて地元に魅力ある非物的コンテンツを売りもの(返礼品)にできないか、そう考えるのは、地元の知恵であろう。

ただ、そうしたコンテンツを持たない自治体も多いのだろう。
どこの自治体にも誇るべきものはあると思うけれど、ブランドとしては認知されていない。
ふるさと納税の返礼にサービス券を配布すれば、ブランド認知に、一定の効果があるのではないだろうか。

遠山金四郎 一件落着!苦手な上司対処法」

toyama_kinshiro_chieizu.jpg 昨日に続いて、溜っていたビデオの感想。

今日は、“先人たちの底力 知恵泉
「遠山金四郎 一件落着!苦手な上司対処法」
”。

遠山の金さんといえば、史実としては、芝居小屋を廃止しようという上層部に反対し、江戸庶民の娯楽を守った、そしてそのことで庶民の人気を得て、噺が作られることとなった、そういう知識は持っている。

ただ、その上層部(現代よりずっと上下関係が厳しそう)に反対して、自分の意見を通すことができたのがなぜなのか、そこのところにまで考えが到ってなかった。

そのからくりがこの番組で明瞭な形で示されたと思う。
結論から言えば、

上司(水野忠邦)と、思いや施策の方向性は共有していると見せかけることで信頼を得、「おまえがそういうなら」関係を作ったこと。そして、上司の上司(将軍)にとりいることで、上司の我儘を制することができるようになったこと。

この二つである。

もちろん、施策の目的や方向性というものは自分自身のものを持っているわけだから、ただのへつらいやごますりとは一線を画している。

私も、長いサラリーマン生活の経験から、金さんのやりかたが効果的というのは感じる。
自分自身が金さん並に有能というわけではないけれど、上司の信頼というのは、自由に任せてもらうための最低条件である。

通常、職階が上になればなるほど、些細な部分の情報は欠落しがちで、そこは担当者の情報に頼らざるを得ない。上司が担当者を信頼しているかどうかは、担当者の情報を信頼しているかどうか(情報の真偽ではない)にほぼ同じである。

ただし、組織外から、組織内の他部門から齎される大局的な情報などは、むしろ上司のほうに多く入るから、担当者はそれをしっかり把握しておかなければならない。問題なのは、上司も含め、情報の結節点におれないような組織構成になったとき。意思決定の判断は情報をもってるものが圧倒的に有利である。外からの批判では、情報を持つ者を論破することは困難である。そのために悔しい思いをすることもある。


脱線してしまったが、情報(information)が知恵(intelligence)になる、つまり判断が加わってくるとき、そこが担当者の勝負所である。
金さんは、そうしたインテリジェンスに長けた人材であったのだろう。
番組タイトルは「苦手な上司対処法」だけれど、「上司の操縦法」とするほうがピッタリではないだろうか。

とはいうものの、いくら能吏でも、上に立つ政治家がダメで、政策の方向性がデタラメでは、できることは限られる。 誰がやっても難しい幕末政治ではあったろうが、権力志向が強く、倹約一点張りで、役人たちからも嫌われていたという水野忠邦がトップでは、天保の改革は失敗するべくして失敗したということだろう。

こういう状況では、上司はボンクラのほうが良い。「よきにはからえ」が最高である。


現代の政治家諸君は、歴史に学んでもらいたいものだ。

歴史の最大の教訓は「歴史は繰り返す」(学ばない)ということだとも言われているけれど。


藤堂高虎「家康暗殺計画」運命の決断

毎週録画をセットしている番組がいくつかあるが、NHK BSプレミアムの「英雄たちの選択」もその一つ。
ちょっと溜りぎみになって、休みの日などにまとめて視聴する。

toudou_takatora_portrait.jpg というわけで、放送日は随分前だったけれど、今日の記事でとりあげるのは、“藤堂高虎「家康暗殺計画」運命の決断”。

藤堂高虎は、NHKの他の歴史番組でも何度かとりあげられている。
仕える主君を次々に替えた、そのたびにより大物に仕え、報酬も上がる。変わり身の早さと、それでもこの人を使いたいと考える主君がいるという、忠義よりも実力といってよい武将。

本番組でもそのことが追跡されるわけだが、特にその最後の主君の変更に注目する。
それが「家康暗殺計画」運命の決断
反家康派が、前田利家の見舞いに行く家康を襲撃しようという企てがあることを知った高虎が、それを防ぐという決断。

番組の最後に、高虎の「領主の心得」が紹介されたのだが、これが印象的。
国は将軍からの預かりものである。土地は領主のものではない、人民も領主のものではない、というもの。

磯田道史氏が言ったのか、他の出演者が言ったのか定かじゃないけれど、これこそ明治を準備した理念ではないかという。
この言葉が高虎の信念だったとするなら、彼は国のかたちは、封建制じゃなくて郡県制をイメージしていたわけだ。

鉢植え大名」という言葉がある。
幕府の意向により、封地を変更されることを、鉢を動かす姿に譬えた言葉である。
今まで、大名たちが幕閣に弄ばれるものと単純に考えていた。
しかし、その内実には、二つの異なる状況があると考えるべきかもしれない。

一つは、そのとおり、大名支配を強固にするために転封するもので、対立するものの力関係が反映しているという見方。
そしてもう一つが、この高虎のように、地方支配のために配置されているというような受け止め方。

もちろん、薩摩のように頑として動かない、鉢植えじゃなくて、しっかりその領国に根を張っているところもある。
戦国国盗り合戦の残滓。(そしてこれが幕末にきいてくる)

番組では、そうした体制を分権的中央集権とし、そのおかげで、江戸幕府が明治新政府(薩長)に変わっても、トップが替わっても、国全体として大きな混乱はおきなかったという。国民国家を準備したものだとする。

これを敷衍すると、普通考えられているのとは全く違う幕末ストーリーができるかもしれない。
というのは、幕末の志士というと、国(藩)のことばっかり考えず、日本国全体を考えようという人のように言われ、幕府はその大義がわからない愚か者のように言われているわけだけれど、国(藩)のことばかり考えるような精神構造にあったのは薩摩や長州の方であって、日本国全体のことを考える精神構造を持っていたのは、鉢植え大名の方。
そして、鉢植え大名としては、日本国全体のことを念頭に置いて、敢えて反乱軍(薩長)に抗うことなく、次の世での延命を図ったというストーリーである。

もちろん、このストーリーは、高虎の領主の心得が、少なくとも幕府よりの大名には共有されていなければ成り立たない。だが、イメージとしては、幕府の前に委縮するような鉢植え大名が主流で、高虎の津藩は例外だろう。
ということは、やはり荒唐無稽なストーリー、実態は、そもそも将軍への忠義などというものはほとんどの大名が持っていなかった、かといって、実務官僚でもなく、ただ右往左往・右顧左眄、最後は付和雷同したにすぎないのだろう。

それはともかく、そうした高虎の心性をとらえたのか、番組の最後に磯田先生が、「高虎は技術官僚」というような総括をおっしゃっていた。技術を持つ役人、すなわち実務官僚の心性というのは、そのときそのときの主君には忠実に仕えるが、主君は必ずしも固定されるものではないと思う。

そのことを理解できない、あるいは裏切り者よばわりするようでは、人を使えるような大物とは言えない。豊臣秀長も徳川家康も大物だった、そういうことだろう。

役人を敵視することを政治主導だと考えて政治がうまく機能するはずはない。


南朝研究の最前線―ここまでわかった「建武政権」から後南朝まで

日本史史料研究会監修・呉座勇一編
“南朝研究の最前線―ここまでわかった「建武政権」から後南朝まで”
 について。

建武政権
天皇中心の新政策は、それまで武士社会につくられていた慣習を無視していたため、多くの武士の不満と抵抗を引きおこした。また、にわかづくりの政治機構と内部の複雑な人間的対立は、政務の停滞や社会の混乱をまねいて、人びとの信頼を急速に失っていった。

高校日本史教科書『詳説日本史 日本史B』(山川出版社、2012年)

nancho_kenkyu_saizennsen.jpg 本書の第2論稿でも引用されている建武政権に関する教科書の記述である。
混乱期であり、いろいろなことはあっただろうけれど、大略、そういうことなんだろう。私もそう思っていたし、実際、そう総括されてもしかたがないんだろう。

しかし、結果としてはそうだったかもしれないが、それは後醍醐天皇の意思だったのか、また後醍醐天皇を取り巻く人たちが無能な世間知らずだったということだったのか。
本書に収められている論稿を読むと、さまざまな制約を受けながらも、きちんと政治をしようとした姿が見える。

政権の実務的な体制及び陣容は、鎌倉幕府、建武政権、足利幕府を通じて、継続性があったという。
もちろん、後醍醐天皇に直接逆らった鎌倉幕府役人は、建武政権では用いられなかった(それは当然だろう。江戸から明治へのときに、小栗忠順が誅せられたのと同じである)。しかし、そうでない鎌倉役人は、主は変わっても、鎌倉と似た組織で、似た仕事についていた人が多いという。

ついで、建武政権が倒れ、足利幕府の世になると、やはり同じ役人が継続して行政にあたっている。なお、建武政権には入れられなかった人たちが、足利政権では返り咲いている例もある。

ロシア革命で、官僚を粛清しようとした革命政府の活動家に対し、そんなことをしたら革命は失敗するとレーニンが諭したらしいが、既存の秩序を利用しなければ、革命は失敗するものらしい。建武政権も、好むと好まざるにかかわらず、既存行政機構を温存したのだろう。

役人を、君側の奸とか不効率の元凶と決めつけて、彼らを遠ざけると政治は失敗する。役人の自己愛や愛国心につけこんで、言うことをきかせる度量と知恵が、為政者には求められる。政治主導とはそういうことなんだろう。政治家が役人を怒鳴りつけるのは、ただのパワハラである。


はじめに
 建武政権・南朝の実像を見極める
呉座勇一
 
第1部 建武政権とは何だったのか
1 【鎌倉時代後期の朝幕関係】
朝廷は、後醍醐以前から改革に積極的だった!
中井裕子
2 【建武政権の評価】
「建武の新政」は、反動的なのか、進歩的なのか?
亀田俊和
3 【建武政権の官僚】
建武政権を支えた旧幕府の武家官僚たち
森 幸夫
4 【後醍醐と尊氏の関係】
足利尊氏は「建武政権」に不満だったのか?
細川重男
 
第2部 南朝に仕えた武将たち
5 【北条氏と南朝】
鎌倉幕府滅亡後も、戦いつづけた北条一族
鈴木由美
6 【新田氏と南朝】
新田義貞は、足利尊氏と並ぶ「源家嫡流」だったのか?
谷口雄太
7 【北畠氏と南朝】
北畠親房は、保守的な人物だったのか?
大薮 海
8 【楠木氏と南朝】
楠木正成は、本当に“異端の武士”だったのか?
生駒孝臣
 
第3部 建武政権・南朝の政策と人材
9 【建武政権・南朝の恩賞政策】
建武政権と南朝は、武士に冷淡だったのか?
花田卓司
10 【南朝に仕えた廷臣たち】
文書行政からみた“南朝の忠臣”は誰か?
杉山 巌
11 【中世の宗教と王権】
後醍醐は、本当に“異形”の天皇だったのか?
大塚紀弘
 
第4部 南朝のその後
12 【関東・奥羽情勢と南北朝内乱】
鎌倉府と「南朝方」の対立関係は、本当にあったのか?
石橋一展
13 【南朝と九州】
「征西将軍府」は、独立王国を目指していたのか?
三浦龍昭
14 【南北朝合一と、その後】
「後南朝」の再興運動を利用した勢力とは?
久保木圭一
15 【平泉澄と史学研究】
戦前の南北朝時代研究と皇国史観
生駒哲郎
 
あとがき生駒哲郎
建武政権は、恩賞においても、役職においても、武士を重んじなかったという説についても、武士への恩賞はたしかに公家より遅くなったが、それは権利関係が複雑だったという事情があり、武士を低く見たからと断言することはできないという。また、その恩賞や、争論をおさめる行政機構には、前述のとおり、旧鎌倉幕府の役人も、倒幕の英雄、楠木正成なども参加している。それは、武士が入っていなければ、実務が滞るからだろう。

足利尊氏が、重んじられなかったので不満を持ったから叛乱を起したというのも違っていて、尊氏を多くの所領を得ているし、官位は、建武政権下で既に従二位になっている。

ではなぜ尊氏がそむいたのか。本書を読んでいると、結局、時の成り行きとしか言いようがないみたいだ。
歴史の流れは、天皇家・公家ではなく、武家の世へと進んでいる。その武家の棟梁が、たまたま尊氏だったにすぎなくて、尊氏が、重んじられなかったとか、他の武士や家臣のために立ったとか、というのは、尊氏の過大評価というか、成り行きと言ってしまうと無責任なようなので、何らかの必然性を主張したかったからではないだろうか。
実力を持つ武士階層が国を治める、その大きな歴史の流れで、成り行きだけれど、たまたま実力も血筋もふさわしかった人がいた。

楠木正成は、武家の棟梁たる位置にいなかった。
その楠木正成についても、本書の論稿では新しい知見が示されている。
楠木正成という武士は、「河内の悪党」という話で、せいぜいが土着の土豪で、悪事もやる、やくざみたいなものと理解していたのだけれど、どうも最近の研究では違うようだ。

くすの木の ねハかまくらに成るものを 枝を切にと何の出るらん」(楠木の根っこは鎌倉に成っているのに、なぜわざわざその枝を切りに出かけるのだろう)と、千早城に籠もる正成の討伐に手こずる鎌倉幕府軍を揶揄した当時の歌があるそうだ。つまり、当時の人々は、正成は、元は鎌倉武士だと認識していたという。
本書では、推定と前置きしているが、楠木氏はもとは北条氏の被官であり、長崎氏の領地長崎州(静岡県)にある楠木村が名字の地であり、北条氏から河内の地へ遣わされたものという可能性が高いとする。

そして新田義貞も尊氏の家臣にすぎなかったとも。
新田が足利と並ぶ源家の名族というのは、尊氏を逆賊とする史観から出ているのではないか、そういうことである。

それに、南北朝が並び立ったということ自体、かなり南朝に肩入れした言い方なのではないか。

南朝を正統とする史観では、南北と並べることを嫌って、「吉野朝」ということがあるらしい。

あるときは直義が、次には尊氏が南朝をかつぐ。
北朝も尊氏の傀儡だけれど、南朝も結局、武士の勢力争いのなかで、いいように使われた存在でしかない、つまるところ、そういうことのようだ。

建武政権が崩壊し、南北朝に分かれて、戦闘がたびたび繰り返され、京都が南朝が押さえたとか、北朝が取り返したというわけだけれど、領地をめぐって全国が争ったという感じでもない。
南北朝時代に、南朝を支持する人は必ずしも「南」に居たわけではなくて、たとえば海運に携わる人は、同じ海で、北朝方、南朝方がいたようだ。
同じ寺でも、北に肩入れする勢力、南を支持する勢力が並んでいたところもあるという。
いわば、隣は北、うちは南なんてことがあったのでは。
両朝の勢力図といっても、劃然としたものではなく、かなり流動的で、モザイク状だったのではないか。

本書は、ある程度時代の劃期に沿ってまとめられているものの、さまざまな事実が結び付けられて、ストーリーとして語られているものではない。素人には、そうした通史みたいなものが欲しいところ。
とはいっても、歴史家という人は、推定なら書けるだろうけれど、想像では書かないだろう。
そこは小説家の出番なのかもしれない。

池上さん、こういう突っ込みをしませんか

sub-buzz-1276-1499012227-7.jpg 先日の東京都議選で、池上彰氏がキャスターをつとめた開票特別番組で、下村自民党都連会長とのやりとりがあった。

私も番組は見ていたけれど、そのやりとりがネット記事になっている。
⇒テレビ東京の選挙特番で……(BuzzFeed)


加計学園からの献金問題について、下村会長の説明は、「200万円の献金は事実だが、加計学園の秘書室長が、たまたま上京するときに、11人分を預かって来ただけ。1件20万円未満の献金なので、政治資金収支報告書に掲載しなかった、違法でも何でもない」というものだった。

これに対し、池上氏は、数字が不自然(200万円だから10じゃなくて、11で割らないと20万未満にならない)こと、なぜ銀行振込という方法をとらなかったのか、などと追及していた。

多くの人は、池上氏と同様の疑問を感じているのではないだろうか。

この説明を聞いて、それなら11人の名前を公表したら良いじゃないかとか、政治資金規正法はザル法だという感想を持ったけれど、ふと考えると、11人分を預かってきたということは、献金のとりまとめそのものじゃないだろうか。

もし、下村会長の説明が通るのなら、会員がn人の組織だったら、(20万-1)×n 円の献金は、政治資金規正法での収支報告書に記載しなくて良いということになるのでは。

もちろん組織として献金しちゃいけないから、「会員のみなさまでご賛同いただける方がありましたら、とりまとめさせていただきます」という形でやらなくちゃいけないけれど(その形さえ整えればOK)。


政治資金規正法がザル法というのはその通りだろうけれど、こういう悪知恵に長けた人たちが多ければ、ザルの目は際限なく疎くなる。
池上さん、そういう突っ込みもあると思います。

東京都議会選挙

昨日、東京都議会選挙が行われた。
自民党の大敗(改選前57⇒23)。
東京都議会の選挙区は、中ないし大選挙区になっているようだから、もし小選挙区だったら、10を切ったのではないだろうか。

2017-07-03_084845.jpg

みやこから遥かに遠い東国のことなので、私の暮らしに直接どうということはない。
とはいえ、実質的に全国支配をしている関東のこと、一地方自治体の選挙といえども、全国的な注目の的である。
メディアでも(メディアも多くは関東中心に情報発信している)、連日、この選挙の様子を伝えていた。

なかでも、注目されるのは、関東政権の親玉の街頭演説で、多くの都民が「辞めろ」と、大合唱、中にはプラカードを用意している人もいたこと。何でも、親玉にはそんな風景を見せてはいけないと、青年団という人たちが、体を張って、また幟を掲げて、敵対者の姿を隠していたという話である。

この状況を民主主義の否定と言った政権側の人がいるが、「自衛隊からもお願いします」と同じくらい酷い暴言だと思うが、ご本人は、これが暴言という認識はお持ちじゃないようだ。

そんな状況でも、この親玉は、自らの政策を美化する修飾語を連発して、威勢(虚勢?)を示していた。

ただこの親玉を擁護するわけではないが、どこの政党・会派の演説も、空虚な修飾語だけでできている。
寄席の社会批判ネタをひっくり返しただけのものである。

「マニフェスト選挙」という言葉もあるが、そもそもマニフェストなるものが、フィージビリティを無視したものばかりなので、修飾語が文章化されたにすぎないように思う。
「都民ファースト」って、具体的にはなにがファーストなんだろう、そこはさっぱりわからない。

メディアの報道も、おもしろがっているようにしか見えない。
選挙報道番組で、選挙の一つの論点となりそこねた豊洲市場(これが論点になるという予想のもとで取材したのだろう)が紹介されていて、興味深く見せてもらった。
さすがに金のかかった施設である、美しく、環境にも配慮され、-60℃の冷凍庫とか、立派な施設が紹介されていた。豊洲移転問題の報道のときに、この姿をきちんと報道していたら、豊洲移転を早くという意見が相当増えたのではないだろうか。

有権者が判断材料とできる情報の多くはメディアが届けるものである。
そのメディアも、例の親玉を支持するところは、政権に不利な問題については論点をずらす報道をし、批判するところは予断にみちた報道をする。そんな風潮が蔓延しているように思う。

小池都知事には、都民ファーストなんて言わずに、まず東京都を不交付団体にすることを公約してもらいたいものだ。
日本中の富を集めていて、それでも足りず交付税をもらおうなんて、一体どういう了見だ。

中央銀行は持ちこたえられるか

河村小百合“中央銀行は持ちこたえられるか ──忍び寄る「経済敗戦」の足音”

Chuo_ginko_wa_mochikotaerareruka.jpg 金融政策に詳しくないので、この本に書かれていることは、ちゃんとは理解できない。

新聞記者も同様だと本書の著者は言っている。
日銀の記者会見や資料提供に対し、わけのわからん質問をしたり、的をはずした記事を書いているという。

ただ、素人でも、引用されている図表を見ていると、どうして日本だけ、こんなに異常なんだろうという気持ちになる。
先年破綻したギリシアよりも、数値としてはもっと悪い。

日本国の財政危機については、多くの人が不安に思っていると思う。
「日本の借金時計」なんていうページもある。
国の借金とは、国債である。
そして、前から指摘されていることだが、この国債のかなりの部分が、日本銀行に保有されている。
その額約400兆円。しかも、毎年80兆円ぐらいずつ増えるという。

日本銀行「第132回事業年度(平成28年度)決算等について」


良く知られているように、日本銀行が国債を引き受けるのは法律で禁止されている。
戦時中、国の戦費捻出に戦時国債が発行され、それを日銀が引き受けた。それに相当する日本銀行券が政府に入り、それが市中で戦争資材の購入や兵隊の給与として使われる。日銀券の発行額が膨れ上がり、当然、これはインフレ要因にもなる。そうした財政規律もなにもない国政を行わないために設けられた制約である。

その制約があるから、現在は、一旦、市中銀行が国債を引き受ける。国債の利ざやが目的ではない。はじめから日銀に買ってもらう前提で買う。迂回引き受けと言うべきもの。(脱法行為だよね)

ただ、今は市中銀行の日銀当座預金が膨大な額になっていて、あんまり日銀券が増えるということでもないらしい。素人だからよくわからないが、インフレ誘導がうまくいかなかったのはそういうことだろうか。マネタリーベースを増やしても、マネーサプライが思ったように増えないということも本書で指摘されている。(外国の中央銀行は、日本の異常な金融政策とその結果を評価して、同じことはやらないとも)
結局、アベノミクスをやっても実体経済がついてきていない、それだけ市中での投資需要がないということかもしれない。
バブルの少し前に、金余りといわれた時期があった。それを記憶している人は、バブルを起したいと思っているのでは。


デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携」というやつがこれかな。
で、どっちも実現されず、残ったのは国債の山というわけである。

もちろんそういう政策をやってなかったらもっと酷いことになってたという意見もあるだろうけど。
しかし、こうした政策をやって、実体経済、すなわち民間投資が喚起されるのなら、出口(この異常事態の終結)が見えるのだろうが、一向にそうした気配がないようだ。


今の状態が良いと考えている人は、一人もいない。ただ、問題を先送りできると考えている人、一刻も早く解決に乗り出さないといけないと考えている人がいるということらしい。

第一章 わが国の政策運営の油断と慢心
第二章 「財政危機」のあり得るシナリオ
第三章 欧米諸国と日本「財政・金融政策」比較
第四章 金融危機後の「金利ゼロ」の世界と「量的緩和」
第五章 中央銀行は持ちこたえられるか
第六章 財政破綻のリアルⅠ-欧州債務危機の経験から
第七章 財政破綻のリアルⅡ-戦後日本の経験から
第八章 蓄積され続けるリスクと遠のく正常化
第九章 なぜ掟破りの政策運営は“放置”されてきたか
第十章 子どもたちの将来への責任
ギリシアなどの財政破綻が起こると、GDP比でも国債残高がそれよりも多い日本は大丈夫かという声が出てくる。
それについて、今まで聴いていた意見は、国債は日本国内で保有されているから、海外投資家が投げ売りをして暴落する心配はないということだった。
ところが、本書によると、日本国債の金利が低すぎるから、海外投資家が買いたがらないだけだという。
そして、ギリシアのようにはならない、ということは、外国からの借金を踏み倒したギリシアのような形にはならなくて、踏み倒されるのは日本人ばっかりになるということらしい。

もし日本銀行が破綻したらどうなるか、これについて、同じ著者が、“「戦後80年」はあるのか―「本と新聞の大学」講義録”の「第七回 この国の財政・経済のこれから」に書いていた。
本書は、それが出版された後、出版社からの依頼で、詳しい解説として書かれたものという。

はじめに書いたように、私には金融政策は良くわからないのだけれど、破綻したらどうなるのかは、本書である程度、感じ取れる。

昔、両親が健在だったときに、戦後の「新円切換+預金封鎖」の話を聞いたことがある。お金なんか使えんようになったんやで、という話である。
私の両親は、その頃はまさに社会人生活のスタートラインにあったわけで、資産というものなど全くなかったから、財産税も預金封鎖も、本人たちにはあまり致命的な影響はなかったらしい。

しかし、今の時代、多くの高齢者が財産を貯め込み、年金で暮らしている。
戦争で、何もかも失った、国中が、一からスタートしようという時代とは違う。

今のところ私の収入はまだ勤労収入が主で、年金収入はその半分にもならないのだけれど、近いうちに主たる収入は年金になる。そして、もし年金制度が破綻したら、暮らしの見込みが立たなくなるわけだ。


先行きが短くなるということは、可能な生き方も少なくなっているということである。
せめて現状維持ができてほしい、それが多くの高齢者の気持ちに違いない。

若い人たち、将来には不安を持っているだろうけれど、若いということは、柔軟性があること。人生をこれから選択し、組み立てていけるということ。
(われわれ年寄りの)未来は君たちにかかっている、ガンバレ、もう少しだ。

ところで、政府が破綻するときは、インフレで債務を減らすんだろうけれど、そのときは日銀が保有する国債は大暴落、日銀も一緒に破綻するんじゃないだろうか。
「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携」ですな。

結局、豊洲におちついた

map_tsukiji.png 昨日、勇み足覚悟で、築地市場の豊洲移転が決定と書いたけれど、昨日午後には、正式表明がなされた。
やっぱりこれしかないわな、である。

そして、やはり、築地は再開発して利用するのだという。
「築地ブランド」は貴重な財産だからだという。

迫る都議選を慮って、移転反対派にも媚を売ったというのでは、姑息に過ぎるから、何らかの目算はあるのかもしれないが、二重投資にならないのか、やはり、他所のこととはいえ、気になる。

一連の騒動を見ながら不思議に思ったことがある。
築地といえば魚、水産卸が思い浮かぶけれど、ここには青果部もある。一方、東京都の市場は全部で11あり、食肉市場は芝浦にある。
築地の豊洲移転というフレームで考えていたけれど、それだけの市場があるなら、市場全体としての配置というようなことは論じられたのだろうか。移転先の選定にあたっては、その面積も大きな判断材料だと思うのだけれど、築地の水産部、青果部はセットでなければならなかったのだろうか。
水産物と青果物では、扱う業者も違うだろうし、物流ルートも違うだろう。使われる水にも、淡水と海水の差があるなら、設備も違うだろう。

もちろんそんなことはとっくに検討されていたのだろうけれど、一連の報道では、そうした説明を見たおぼえがない。
むしろ、築地を移転させる先としては、面積的に豊洲しかないという説明ばかり。
そして、ここへきて、築地も売り払わずに活用の途をさぐるんだという。
やっぱりしっくりこないなぁ。

ようやく豊洲におちついた、けれど

先週末、週明けに豊洲移転を表明か、という報道があったので、そのつもりでニュースをチェックしていたけれど、今のところ、まだそういうニュースはない。昨日のニュース番組では、豊洲移転して5年で築地に戻る話もあるとかだったが、まさかそれはないだろう。50年後だったらまだしも。

ということで、ここは勇み足を覚悟で記事にすることにした。予想が当たれば、それしかないわなということになろうし、予想が外れてもご愛敬ということでご容赦願いたい。
では、以下、架空のニュースに基づく記事。

tokyoto_toyosu_b-10_02.png 東京都の小池知事が、懸案の豊洲市場移転問題について、ようやく決断した。
当初予定通りの豊洲への移転、それと築地の有効活用という。

前者は、問題の本質(汚染問題)が明らかになるにつれ、真っ当な選択だろう。後者については、ここまでゴタゴタした以上、何らかのお土産(実効性があるかどうかは別として)を業者に渡さないと、引っ込みがつかないということだろう。築地での説明会では「築地ブランド」を強調していたから、予想されたこと。

私も、遠い関東のことであるけれど、世間並みの関心をもって、記事にも書いた。
はじめは、「落としどころが見えてきたかな」として、豊洲市場に実体的な問題はなく、部分的な改善で終えるだろうという予想だった。
それが、「落としどころが見えなくなったかな」として、新たな汚染が大きく報道されて、簡単に豊洲と言いにくくなったと書いた。悪ノリで、基準の79倍という汚染は、仮に呼吸する空気の汚染にみたてたら、麻雀部屋程度という計算もしてみた

もっとも、落としどころがみえなくなったのは、問題がこじれたことで、問題の所在を見つめれば、結局、豊洲移転が結論だろうという感じはずっとしていた。
本当の問題の所在は、豊洲が汚染で危険な状態かどうかという一点のはずである。
そして、報道各社が騒ぎ立てる「基準」というのは、その汚染水を飲用した場合のもので、冷静に考えれば、問題はないということになるはずのもの。

だから、最初は「落としどころが見えてきたかな」だったのだけれど、そうした冷静な議論は、当局にはあったのだろうけれど、報道はそれでは面白くないのだろう、議論を落ち着かせるとか、熟慮するという方向ではなく、騒ぎを盛り立てた。


toyosu_o-KOIKE-570.jpg もちろん、最初に関係者や都民を欺こうとしたことが問題を拗らせたわけで、その責任は重いと思う。
一言で言えば、「東京都の役人って、ヘタくそ!」である。そんななめた行政をしたのは、役人の傲慢さのあらわれだろう。

そして、本質的な問題について関係者・都民の誤解を解こうとせず、その誤解にもとづいて、再検討に時間をかけた新知事は、そのヘタな役人から本当のところをちゃんと問いただしたのか。それとも、都政批判のネタとして使いたかったから、意図的にそうしたのか。

もし豊洲移転ができなかったら、既にできている施設をどうするか大問題。
とりあえず東京オリンピック2020のメディア・センターにでもするか。
その後は、それで整備されたITインフラを活用して、技術者がすぐに来れるという立地を活かして、開発や業務システムにも対応したデータセンターにするとか。


ただ、問題は汚染だけではない。
計画時点から、豊洲市場は赤字運営が前提になっているらしい。
関係業者にとっては、汚染が問題で、市場の赤字は気にとめないかもしれない。
しかし、都民はどう考えるだろう。

「その日暮らし」の人類学

人類学は、その初期は、異文化社会の征服に資することを目的としていたという。
人類学の古典とされる著作は、その土地の習慣やライフスタイルを記述して、効果的に支配をすすめるための知識を提供する。
有名なルース・ベネディクト「菊と刀」は、日本に勝利し、統治することを展望した研究が基礎となっているといわれる。

さて、小川さやか“「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済”について。
著者の専門は文化人類学、なかでも都市人類学という。その都市における文化を研究する。
Sonohigurashi_no_jinruigaku.jpg

文化人類学というと、未開の部族の研究をイメージするが、そもそも文化は人類が共通してもつもので、、さまざまな文化の研究がある。
学生のときに、文化人類学の講義では、最初に「文化」の定義が行われる。
ある集団の文化とは、その集団内で、

  • 創造され(created)
  • 共有され(shared)
  • 継承され(heritated)

るものと定義される。
従って、集団のとりかたによって、ある部族の文化、日本の文化、地域の文化、学生の文化、というような使い方もでき、集団をヒトに限らずに、幸島のサルの文化、ということもできる。そして、実際、文化人類学の講義は、そのように進められていた。


とっつきにくい本だなぁ、というのが読み始めの感想。
言葉が空回りしているような印象。
言葉がシンボリックに使われても、読者側に、その言葉に付随する意味に対する知識が不足しているからだ。

ところが、本文に入ると、急に親しみがわいた。
掛谷先生(教養の自然人類学でこの先生の講義を聴いていた。講義中に煙草を喫い、学生にも喫いたかったらどうぞという。アフリカの一部族では呪術師として生活していたとか)の話がでたこと。

もう一つは、「ピダハン」の話が紹介されたこと。(ピダハンについては、⇒エヴェレット「ピダハン」

ピダハンは、すべての部族に何らかの形で共通に存在すると考えられていた「神」を持たない。すべての知識・情報は、その場において意味を持つ形でのみ発せられ、ほとんどの抽象語が、数詞すら無い。驚くべきことに、ピダハンの言語には再帰的な構造がない。つまり括弧でくくる操作がない、「魚がいる」はあっても、「私は『魚がいる』と思う」という表現はないことを意味する。

ピダハンこそ、究極の「その日暮らし」(Living for today)として(短く)紹介される。
つまり、「その日暮らし」というもののベースがここにあるようだ。

プロローグLiving for Todayの人類学に向けて
第一章 究極のLiving for Todayを探して
第二章 「仕事は仕事」の都市世界
――インフォーマル経済のダイナミズム
第三章 「試しにやってみる」が切り拓く経済のダイナミズム
第四章 下からのグローバル化ともう一つの資本主義経済
第五章 コピー商品/偽物商品の生産と消費にみるLiving for Today
第六章 <借り>を回すしくみと海賊的システム
エピローグLiving for Todayと人類社会の新たな可能性
経済学では、経済人(ホモ・エコノミクス)という人間像が基本になっているといわれる。
そして近代的な経済人というのは、計画的で、時間厳守で、勤勉である。(⇒大塚久雄「社会科学における人間」

どこまで徹底しているかはさておき、そういう人間に違和感を持たないというのが、おおかたの日本人だと思う。
ところが、著者の調査フィールドであるタンザニアでは、どうもそうではないらしい。というか、上記のような性質があるとしても、我々が考えるようなものとは違っている。

誤読・誤解をおそれず簡略化すると、「その日暮らし」というのは、蓄積をしないということになる。
本書のサブタイトルは「もう一つの資本主義経済」なのだが、普通イメージする資本主義というのは、蓄積がなければ興らない。勤勉なホモ・エコノミクスが貯えた富の存在が、資本主義の勃興期を支えたという。
本書が言う資本主義では、資本は蓄積するのではなくて、儲けを手にしても、すぐガラガラと崩れてしまうようなもの。人のネットワークはあるが(そしてそれが生きる保障、セーフティネット)、組織を構築したりはしない。

典型的なのが借金のありかた。ここでは、借金と贈与には、ほとんど違いがない。

ただし、人類学的には、そもそも贈与とは借りという感情を伴うものとされるらしい。

困ったら借りる、しかし、貸した側も返せとは催促しない。貸した側が困っても、貸した金を返させるのではなく、別に貸してくれる人を探すという。
これを「<借り>を回すシステム」という。

アフリカではスマホが急速に普及しているそうである。有線ネットワークの整備が困難な状況で、モバイルの方が整備しやすいというインフラ側の事情もあるためらしい。

子供たちがゲームばっかりしたり、SNSにはまるなど、日本と同じ状況になっている。
そう言えば、以前、アフリカの視察団の方から、そうしたスマホの問題点について、日本ではどのように対処しているのかという質問があった。


そして、このスマホで電子送金システムが普及した。
今までの「<借り>を回すシステム」の文化を壊すのではなく、それをベースとして、効率よく、迅速にシステムが回るようになったのだそうだ。

それと、この「その日暮らし」経済と、中国の商売が、実に相性が良いらしい。
実際、アフリカと中国の間の人の往き来、商品の行き来はかなり分厚いと書かれている。

(中国という国家がアフリカに投資するという、国家政策の話ではない。)

「その日暮らし」の経済においては、アフリカと中国の商人の商売には親和性があるらしい。ただし、「<借り>を回すシステム」のような、人間のネットワークや信頼関係があるわけではなく、「その日暮らし」、「その場限り」の取引関係である。
コピー商品、フェイク商品、不良品や不誠実な取引、それらもすべてこの取引、こうした取引だからこそ、含まれる。

アフリカで商売を考えるなら、このしたたかさは知っておかなければならないだろう。
ただ、それらは決して閉鎖的なものでも、富の蓄積をベースにした固定的な体制でもないようだから、排除の論理はなさそうだ。近代資本主義に慣れた感覚で相手をなじってはいけないけれど。

それにしても、結局のところ儲けも一時のこと、貧しさが基調にある、蓄積がないのもその結果、みんなが貧しいから<借り>を回すしかないというだけかもしれない。
それでも、そこに文化というかライフスタイルがある、それは間違いないことだけど。豊かになったら、この文化はどう変容するのだろう。

共謀罪

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NHKホームページから
昨日、「共謀罪」を新設する「改正組織犯罪処罰法」が成立した。

この法律について、部分的な報道しか見ていないし、基礎知識も欠如しているから、賛否についてはこの際措く。

というか、この話題にふれること自体、あんまり気乗りしない。反対を表明したら、将来、反政府の要注意人物にされるかもしれないし。
ただ、歴史的な日になるかもしれないので、一応、記事にとどめておこうということである。(決して政府に反抗しているわけではありません、最後まで読んでいただければご理解いただけると思います。)


報道では、といっても報道機関によって随分違うようだけれど、多くの論点があったのだけれど、国会での議論は尽くされていないという感じは、やはり否めない。

とりわけ、政府・与党側の説明と、野党側の主張には、見解の相違とか、イデオロギー的対立というようなものではなくて、客観的事実として、どちらの説明が正しいのかと考えさせられる差があるように思った。

たとえば、パレルモ条約の締結には、この法律が必要という政府説明に対し、一部の弁護士は、不要だという。
また、パレルモ条約は、条約案作成に携わった人は、マフィアなどの組織犯罪が対象でテロを想定しないというのに、政府はテロ防止が目的だと説明する。
この法律に疑念を表した国連特別報告者に対しても、政府の説明(一私人にすぎない)と、国連側の説明(人権理事会から任命され、人権状況について調査・監視・報告・勧告を行う専門家)が食い違う。
繰り返すが、どちらが正しいと言っているわけではない。どちらかがウソをついているとしか思えないほどの食い違いがそのままというのが解せない。

最大の争点の一つ、一般の人が共謀罪の対象になることはないと政府は言うけれど、戦前の治安維持法の時も、この法は善良な国民を取り締まるものではないという趣旨の説明が行われていたそうだ。
「治安維持法は当時、適法に制定されたものでありますので、同法違反の罪にかかります、拘留・拘禁は適法でありまして、また、同法違反の罪にかかる刑の執行も、適法に構成された裁判所によって言い渡された有罪判決に基づいて、適法に行われたものであって、違法があったとは認められません」
金田法相発言(衆院法務委 6月2日)
これに関して、政府は、治安維持法で厳しい取り調べ(拷問)を受けた人も、適正な手続きで法に則って行われたもので問題はないと答弁しているらしいが、法理としてはそうなんだろう。治安維持法による取り調べの対象になったとしたら、それは善良な国民ではない疑いがあるということだから。
もし、一部に理不尽な取り調べがあったとしても、下級役人による運用上の過ちとされるだろう。(これも忖度の構造。「上の好む所、下これよりも甚だし」、あるいは「虎の威を借る狐」だろうか。)

逆に、第二次大戦中、音楽の好きなドイツ将校が、アレクシス・ワイセンベルクを母とともに収容所から連れ出して放置(逃亡幇助)したという。これは美談か、それとも国家への反逆だろうか。


「疑わしきは調べる」は必要だと思うけれど、逮捕拘引さえすれば罪状は後からなんとでもなるとか、無実の人を捕まえたら批判されるから、捕まえた以上有罪にしなければならないというような運用は困る、そう考えるのが普通だろう。
国会で論が尽くされなかった点、たとえば一般人は対象にならないというのを口先の説明で終わらせず、どうやって担保するのかなど、政府説明どおりの運用がなされるよう、きちんとしたルールを定めること、それが政府、国会、裁判所、そして、国民みんなの仕事だと思う。
それがうまくいって、昨日が歴史的な日とならないことを願う。(既に6.15は別の歴史的な日だけれど)

この国の政府は見苦しい

森友学園に続いて、加計学園と、怪しげな話が連続した。
そして、「総理の意向」という文書があるという前文科省事務次官の証言が飛び出して、一旦は、官房長官が存在を否定し、文科大臣は文書の存在は確認できないと言い、それについて調査する気もないと言う。
これで押し切るのかと思ったら、複数の文科省職員が、文書は存在するという証言が出てきて、一転して調査するという。

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なんともできの悪いストーリーである。
オペラなら、真実を知らない間抜けな登場人物が、なんか変だと思いながら、うやむやのまま事が進んでいく。

この間抜けな登場人物は殿様なのだが、最後まで、だまされたままで、それでも結局大団円となる(フィガロの結婚)。


ところが、今回は、この間抜けな登場人物というのは、日本国民のことなのだ。大団円にもなりそうにない。

この問題、総理が何か直接、指示・命令をしたというようなことは多分ないと思うけれど、役人の側に忖度があったかといえば、それはそれなりのものがあったんだろうというのが、多くの人の感想だろう。
中には、プロセスはともかく、というか、そもそも獣医学部の新設を抑制してきた文科省が間違いだから、今回の加計学園問題は、結果的には良いことだと言って、問題をすりかえようという人もいる。
獣医師の需要からみて、獣医学部の新設抑制が適切かどうかと、それが特定の事業者にだけ認可を出すということは別の問題だろう。しかも、選定にあたって、途中でルール変更(「広域的に」の文言追加)をしているのだから。

そうした結果論は、この際措くとして、見苦しいとしたのは、「総理の意向」文書の存在に対する、官邸・文科省の対応。
存在するかどうかについては、官邸も文科省も、もし存在するなら、間違いなく知っていたはず。それを、確認できないと説明したわけだが、隠しおおせると思ったんだろうか、それとも「無い」といったら嘘をつくことになると、少々の引っ掛かりがあったのだろうか。あまりに見苦しい態度だと思う。

そもそも情報公開というのは、政府の意思決定を事後的にチェックできるようにすることが制度の趣旨である。
なんでも、意思決定過程の文書は出さなくて良いなどと言った人がいるらしいが、正確には、現在、意思決定の過程にあって、公開すると意思決定が歪むものは出さなくて良いということである。

そんな簡単な法理を無視(無知?)して、苦しい説明を平気でするという態度からは、最後は数の力で押し切り、うやむやにしてしまえるという慢心を疑ってしまう。

情報公開といっても、運用は難しいと思う。
ある自治体では、複数人が共有すれば、メモであっても公開対象となる。それを完全にやりとげることは到底無理だとは思う。なぜなら、そうしたメモが公開対象になるからといって、すべて保存管理することなど不可能だから。しかし、その姿勢というものが重要で、公文書として管理されていないとしても、そうしたメモがあるなら公開すべきであるという判断がなされるべきだろう。
もちろん、管理していない文書であれば、不存在として公開拒否はできる。おそらく、今回の件も、最後はそうした決着になる可能性は高い。
そのときにこそ、公務員の矜持が問われることになるだろう。

今の国会の様子だとしたら、多数決で押し切り、うやむやになるという決着が見える。
なんといっても「国権の最高機関」だから。

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