久しぶりのW県

marumi2-crop.jpg昨日は、久しぶりにW県。

お午まえにW駅に到着、前回訪問時と同じラーメン屋で昼食。
前回は普通の中華そばを注文したが、今回は、中華そば大盛り(780円)にして、しっかり食べることにした。

スープは濃いめだが、くせ・嫌味がない。塩分は多いのだろうが、それが立っているようには感じない。
麺は細麺ストレート、やや柔らか目。
チャーシューは薄いのが2枚。チャーシュー自体の味付けではなく、スープで味わう感じ。薄いがゆえに脂身が適当にばらけて、スープに混ざって口に入るのは適当なアクセント。
他の具は、メンマとなると。メンマもチャーシュー同様、それ自体の味付けは控えめで、スープに絡めて。

珍之助さまに馬鹿にされないよう、ちゃんと自分のスマホで撮影した画像をアップする(前はネットで拾ったもの)。

目的地は、W駅から電車でさらに20分ほどのI市。
14146408519632.jpg   14146408197531.jpg
14146407961910.jpg今回は、写真のようなちょっと凝った塗装の電車に乗った。
居合わせた親子連れが「かわいい電車で良かったねえ」と話していた。私のように写真をとっている乗客もいた。

W県では平成の大合併でそれなりに大きな(何が)市が出来ているが、I市(5.4万人)は、合併ではなく、人口増によって町から市になったところで、今でもW県内では数少ない人口増加中の市である。合併でできたいくつかの市は、I市より人口規模は大きいものの人口減少が進んでいて、そのうちI市と逆転するとも予想されている。

この日は、W県庁の人が来訪していたのだが、「I市さんのような大きなところでは」と言っていた。正直、私の感覚では、町からそのまま市になったようで、O府内の市とは随分雰囲気が違う。珍之助さまのN市(24万人)ですらO府内では大きい市というイメージはない。

touzaemon.jpgもっとも、I市でも、I駅から市役所へ行く旧市街(前のブログに写真)は、さびれた感じがあり、人口増は、道路が便利な地域の新興住宅地が寄与しているようである。
多くの住民は、車で大阪方面へ勤めに出るようだし、買い物も隣接する県中心市のW市ではなく、KIX方面へ行くらしい。

昨日は、仕事の後、ちょっとI市内で懇親会。(ちゃんと写真を撮りました)
仕事の場だけだと、市民の暮らしぶりとかはなかなか話題にならないが、こうやって懇親会をやると、地元事情の一端を聴きやすい。
もっとも、地元W県の魚介を期待したが、品書きでは、「○○産」と全国及び海外の地名が添えられていて、やっぱり観光とかで訪れる人を相手にする商売ができる土地ではないなぁとも思った。
(観光客が多いのは、戦国鉄砲衆で有名なN寺。桜と紅葉の季節は結構な賑わいだそうだ)

帰りは、H線H駅(KIX方面とW県方面に分かれる駅)まで、車で送っていただいた。
車で20分、もし電車だったら連絡が良くても1時間のところ。
(もちろん運転手=写真に一部写ってる人は酒類は飲んでません。お気の毒様、そしてありがとうございました。)
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2015年問題

2015problem.jpg前に2045年問題をとりあげたが、今日は2015年問題。

日経IT Pro:「2015年問題」がIT業界に迫る覚悟(図も)

2045年問題と違い、ずっと下品でコンピュータの進歩を裏切るような情けない問題、2015年前後に情報システムの大規模プロジェクトが集中するため、SEが不足するだろうという問題とされている。
わけても、マイナンバー制度の創設にともない、その制度の基盤となるシステム、それを担う全自治体のシステムはもとより、ほとんどの企業が影響を受け、関連システムがいずれも修正を求められる。

わかりやすい例では、従業員に給与を支払っている企業なら、税・社会保障(源泉徴収、天引き)のためにマイナンバーを付したデータを関係機関に提出しなければならない、ということなのだが、何でもかんでもメーカー等のSEに頼むだろうか。
筆者は企業の情報システム事情は不案内だが、今のシステムのままだと本当に大変か? 企業内部では今まで通りではないだろうか。
税や保険料等を納入するときに、個人に付けられたマイナンバーを付ければ良い、つまり報告するときにはマイナンバーを付けてください、というだけだろう。それじゃ、名前の先頭にマイナンバーを付ければ良いじゃないか。税務署や年金機構がそれを受け取ったときに、先頭の12桁(個人番号は12桁と伝えられている)をマイナンバーと認識すればすむ話じゃないか。
あるいは、各機関が、この位置にマイナンバーを記録してくださいとご無体なことを言うとしても、今までの提出データが出ていく直前にマイナンバーを付番する1アクションを付け加えるだけだろう。

私が想像できないような難しい状況があるのかもしれない。しかし、制度設計というのは、その程度に簡単なものだという見通しを持たずに、大変だ大変だ、みんな対応が必要だと言うのでは、失敗がスケジュールされたようなものだ、冷静で割り切った対応が求められると思う。

役所や銀行というところは、ITはよくわからないから、システムで何とかしろ、という主客転倒の論理がまかる通るところらしい。その証拠に、マイナンバーシステムは無駄が多そうだし、銀行は統合などのたびにシステムが問題を起こす。
思い出すのは、昔、某銀行が口座引き落とし処理がトラブって大問題になり、テレビのニュースにもなったが、数日後のニュースでは「本日はトラブルは報告されてません」と。そりゃそうだろ、だってその日は口座引き落とし処理を受け付けてくれなかったんだから。


伝えられるところによると、こうしたシステムの改修や、基盤システムの構築を考えると、数千億円のオーダーになるともいう。前にも書いたが、システムや情報連携システムにちょっと考えられないほど高額な開発費がかかっているし、住民記録の各自治体システムの変更も、1団体あたり数千万円オーダーが見込まれるという。ちょっと異常である。

この投資は国内IT産業のためになるなどと穿った見方をする人がいるらしいが、筆者はそれも違うと思う。
アベノミクスは円安で景気が良くなると言う触れ込みだったが、たしかに円安は進んだが、既に生産拠点を海外移転しているため思ったように輸出は増えず、輸入コストばかりが上がる。給料は都市部大企業等は若干上がったものの、地方では円安による輸入コストの上昇と消費税のダブルパンチで生活は苦しくなっている。
そう、IT業界も、プログラム作成等は海外に委託している。数千億円の投資の結構な部分が、中国や東南アジアに流れていくのではないか。

まぁ、システムの出来が悪いから、きちんと仕様を書いて海外に発注できるようなまっとうなものでなく、フィールドのSEが過重労働に泣くだけかもしれないが。
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「近世大名家臣団の社会構造」

IsodaMichifumi.jpgなかなか重たい本である。磯田道史「近世大名家臣団の社会構造」、文庫版で540ページもある。

同書によると、武士と一括りにされる人々も、その中には侍・徒士・足軽以下の三層構造が認められ、いわゆる士分とは徒士以上であり、足軽以下(藩士の半分以上を占めるが、一代抱が中心で百姓階層との間で出入りする)とは断絶があること、侍と徒士の間では、婚姻年齢などに画然とした違い(侍は22歳、徒士は30歳が平均初婚年齢)があることなどが、史料を通じて説明される。
また、江戸の前期と後期ではこのありかたは異なり、前述のような身分階層の固定化は後期に顕著になることなどが説明される。
まぁ、解説はこのぐらいにしておくとして、こういう本を読むと、時代劇などを見るときに、本当に余計なことを考えてしまう。
同書にもあるが、徒士というのは身分的には低いわけだが、

daimyokashindan-crop.jpg徒士は大名の行列に徒歩で従うものであったが、藩庁の実務をこなす小役人をも含んでいた。徒士の職役は幼少の者には務め難いものが多い、

御徒士以上と申ハ御代官・道奉行・御材木奉行・御小姓横目・御徒士小頭・御徒横目・御徒士、右之通ニ御座候・・・
(以上、第五章第一節から)



とすると、たとえば「八重の桜」の山本家はどこに位置するのだろうか。
侍ではない。世襲のようだからおそらく徒士階層だろう。
「武士の家計簿」の加賀藩お勤めの猪山家はどうだろう。これも侍ではない。算用をお家芸というのだからこれも徒士階層だろうか。
  yaenosakura.jpg    bushinokakeibo.jpg

またこの本で触発される疑問もわいてくる。
郷士制度をもっていた藩の侍の構成はどうだったのか、上士・下士というのは上記三階層を構成するのか別ものなのか(龍馬の土佐のる郷士、西郷・大久保の薩摩の上士・下士など)。

軍事力の中心であった足軽は、明治維新後の政府軍の中心になったのか。彼らが西南戦争を戦って薩摩軍を打ち破ったのか、もしそうならプロの兵士である薩摩軍は、百姓町人の素人軍隊に物量だけで負けたのではなくて、名目上の軍人(侍)と実質上の軍隊(足軽)が戦ったら、そりゃ強い方が勝つわな、ということになる。

正直、この手の本は読んで面白いもの(血沸き肉躍る)ではない。
ふと思った。「歴史の本を読みました」というフレーズはどういう状況だろう。

・「大鏡」を読みました―歴史を書いた本を読みました
・ヘーゲル「歴史哲学」を読みました―歴史とは何かを書いた本を読みました
・磯田道史「武士の家計簿」を読みました―歴史的事実を追求する本を読みました
・司馬遼太郎「坂の上の雲」を読みました―歴史小説を読みました
・立川文庫「真田十勇士」を読みました―歴史講談本を読みました


ところで、こんな小咄もある。

歴史学者 「小説家はいいなぁ、調べもせずに本が書ける」
小説家 「歴史学者はいいなぁ、調べたことを書くだけで本になる」


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セウォル号船長に死刑求刑

sewol.jpgセウォル号船長に死刑が求刑されたと伝えられている。
殺人容疑だそうだ。

「万死に値する」とはこのことかもしれない。
しかし、日本だったら死刑が求刑されることはないだろう。
死刑がある罪は、殺人罪(及びその意図をもってする放火罪など)、内乱罪だから、船長の罪がこれらにあたるとは判断されないだろう。
暴走行為をして子供の列に突っ込んで殺しても、死刑にはならない。

これで思い出すのは「大津事件」 ― ロシア皇太子(のちの皇帝)ニコライ二世への傷害事件。
時の政府は、皇族に対する障害罪をロシア王族に類推適用しようとしたが、裁判所がこれを認めなかった(結果は無期懲役)という事件。たぶん中学校だったと思う、授業で聞いて、強く印象に残った。

罪刑法定主義というのだそうだ。
政府の意思、国民感情、そういうもので刑罰が決まるのではない。

それにしても、大統領への名誉毀損で産経新聞ソウル支局長を起訴したことといい、この国の検察はどう考えているのだろう。
裁判所の判断が注目される。
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SaveAsIcalを発行するVBscript

前に、Outlook予定表とGoogleカレンダーの同期ができなくなったので、そして、Outlookの予定表をiCalender形式で出力し、それをGoogleカレンダーでインポートすることにし、そのための簡単なVBscriptを作って利用していると書いた。

そうしたら、通りすがりの方から、"ECOというソフトを使って、グーグルの連絡帳とカレンダーを同期できる"というコメントをいただいた。ブログで文句を言うと答えてくれる人がいる、感謝々々である。
もっとも、今のところ職場のポリシーの関係もあって、前に書いたように、未だ手作業同期を続けている。
で、私が使っているスクリプトも、どなたかのご参考になるかと思って、以下に示しておく。
なお、筆者はこのスクリプトを "SaveAsIcal.vbs"という名前でデスクトップに置いて使っている(従ってicsファイルはデスクトップに出力される)。
'■SaveAsIcalメソッドによる、OutlookカレンダーのiCalender形式での出力
' 起動後、出力対象日付入力(デフォルトは本日から31日間)
' 出力先は本スクリプトのあるフォルダ内に "@outlook.ics" として

Dim objWS
Set objWS = WScript.CreateObject("WScript.Shell")

Const olFolderCalendar = 9
Const olFullDetails = 2
Const olFreeBusyAndSubject = 1 'こちらは使わない

Dim OlApp 'Outlook.Application
Dim OlNmSp 'Outlook.NameSpace
Dim OlEx 'CalendarSharing
Dim objF

Dim DSTR

SD = Date
ED = DateAdd("d", 31, SD)
SED = InputBox("SaveAsICal", "StartDate-EndDate", SD & "-" & ED)
DSTR = Split(SED, "-")

Set OlApp = CreateObject("Outlook.Application")

Set OlNmSp = OlApp.Session
Set objF = OlNmSp.GetDefaultFolder(olFolderCalendar)
Set OlEx = objF.GetCalendarExporter

With OlEx
.CalendarDetail = olFullDetails '全詳細情報
.IncludeWholeCalendar = False '日付指定に従う
.RestrictToWorkingHours = False '勤務時間に限らない
.IncludeAttachments = True '添付あり(但し、Google側は受けられない)
.IncludePrivateDetails = True 'プライベート情報含む
End With

OlEx.StartDate = DSTR(0)
OlEx.EndDate = DSTR(1)

'このスクリプトがあるフォルダにiCalender形式で出力する
OlEx.SaveAsIcal (objWS.CurrentDirectory & "\@outlook.ics")

'OlApp.Quit    'Outlookを終了させる場合
OlApp = Null

MsgBox "SaveAsICal finished" & vbCrLf & SED

'Firefoxを起動してGoogleカレンダーの設定画面を開く。他ブラウザならプログラム名を変更
objWS.Run """c:\Program Files\Mozilla Firefox\firefox.exe"" -new-tab https://www.google.com/calendar/render#i"

本ページのソース部分をコピー/ペーストするか、下記リンクからダウンロード。(但し、動作保証はいたしません)

SaveAsIcal.vbs ファイルはこちら

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どっちが屁理屈?

yukyukyuka.jpgこんなニュースが流れていた。
 世界最大級のオンライン旅行会社、米エクスペディア社の「有給休暇・国際比較調査2013」によると、主要24カ国の2013年の有給消化率で日本は39%とダントツの最下位。100%のブラジルやフランスには遠く及ばず、23位の韓国の70%と比べてもその低さが際立つ。同社ホームページで公表されている調査には、「6年連続!有給消化率世界ワースト1位は日本」、「仕事の満足度が低い日本」と長時間労働の常態化や有給消化が進まない日本への厳しい文言が目立つ。
 だが、長時間休みなく働くにも関わらず日本の労働生産性は、2012年のOECD加盟国34カ国中21位と決して高くない。メリハリをつけて生産性の高い働き方を求め政府が改革を模索するのは当然ともいえる。

有給休暇は、私も毎年何日か捨ててきたし、今年もきっとそうだろう。
と、休暇の話をしようと思って引用したのではない。

有休消化率が低いからといって仕事の満足度が低いと言えるのか。
他の調査項目もあるだろうから、分析が正しいか誤っているかを外野から云々することはできないのだけれど、この記事の論理だけを追うと、つい揚げ足をとりたくなる。
仕事の満足度が高いから、いそいそと休暇をとらずに働いている、という理屈もあるじゃないか。
(もちろん、有休をとりたくてもとれないことが仕事への不満になっているという理屈だろう。なので、これはほとんどイチャモンだけど)

では、次はどうだろう。
長時間休みなく働くにも関わらず日本の労働生産性は高くない。
そもそも生産性って「産出/労働時間」だから、長時間働いてたら生産性が低くなるのは当然。もし、労働時間を短くしても同じ産出が得られる(日本はその状況にあるだろうと思う)なら、生産性が上がるはず。これは日本の働き方(労働慣行など)の問題であって、労働の質や生産技術などの問題ではない、したがって決して悲観する必要はないと、私は思う。(ラッセルも「労働は、何も考えずに過ごせる素晴らしい時間だ」と言っている)

ちなみに産出を付加価値として考えるなら(つまり製品価格―原材料費)、それは設備費(償却額)と賃金の合計として評価されるんじゃないだろうか。つまり、時間当たり賃金単価が高ければ生産性が高いということになる。もう一方の設備費だけれど、毎年新しい機械を買えば生産性が高くなるのでは。しかし、どちらにしても生産性が高くなれば、利潤は低くなるという理屈にならないか。
(このトリックは産出したものが必ず売れるという状況を想定しているからで、売れなければ実は産出額はゼロ。)

同じような事例はいろいろ思いつく。

離婚が多いのは幸福度が低い⇔離婚が多いのは女性の自立が進んだ証拠
貧乏人の子だくさん⇔貧しいから子供はもてない

そういえば、死亡率が高いことについて、高齢化が進んでるからですみたいなコメントをした人がいたように思うが、このときの死亡率はどういうものを指していたのだろう。(生命表などに現れる死亡率はコーホートに対するもので、その時の年齢構成には関係しない。この意味なら高齢化が進んでいれば死亡率は下がる)

というわけで、言葉の表層だけで理屈を述べ立てても説得力がない。
やはり、具体的事実と結びついた言葉として語られているかどうか、そこまで考えないと騙されるのではないだろうか。

素人考えだけれど、経済学に関連するような話題にこの傾向が強いように思う。
図式的な説明をすると、A+B=C という正しい数式があったとして、

AやBが大きくなったらCが大きくなると考えるのか、
A+BはCで抑えられているからAとBは競合すると考えるべきなのか。

これは数式が語るわけではない。取り扱っている事象を良く見ないとどちらの解釈が正しいかは判定できない。
それぞれの定義に立ち返って理解すること、具体的事実と突き合わせること、そういう作業をしてはじめて判定できるだろう。


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不思議な証言

ObuchiWine.jpg小渕優子前経済産業相の政治団体の不明朗会計問題が連日のように報道されているが、不思議に思うことがある。

「名前だけで、実質は何もしていなかった」、
「書類を見たり判を押したりした記憶はない。そもそも私のような素人に会計は分からない」、
「今回の問題が明らかになるまで、作成者になっていることを知らなかった」、
「名前を使用すると知っていたら断っていた。こんなずさんな収支報告書が作られていたなんて」

というような証言が続々と出てくること。

この人たちは小渕前大臣の支持者じゃなかったんだろうか。
支持者だったら、「私のチェックが行き届かなくて、大臣にはご迷惑をおかけしました」と言うべきじゃないだろうか。
"警察・マスコミからの質問への対応について" というような趣旨の回状を回したりしなかったのだろうか。
(これがバレたら余計酷いことになるけれど)

そりゃあ、最後は本当のことがバレるだろうけど、大臣を守ろうとした行為として大臣に記憶されるのでは。
これで政治家として完全に葬られるようなことは考えにくい大物だから、いずれ復活するにちがいない。
「あのとき守ろうとしてくれたことは忘れてませんよ」ぐらいは言ってもらえると思うのだけど。
今の状態は、まるで、親分がやられたら、みんな見殺しにして逃げてるような感じで、憐れに思う。
小渕さん、選挙区変えたらどう?

それにしても「小渕優子ワイン」は議事堂みやげで売ってないのかな。
(酒類販売業免許は持ってるのかな)
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京大初のプロ野球選手

tanakakyoto.jpg昨日のプロ野球ドラフト会議で、かねてから話題になっていた京都大学の田中英祐投手が、ロッテから2位指名された。
これにともない、田中投手は三井物産の内定を辞退したことも報道されている。

京都大学というだけで過度に注目されているのだろうが、プロ野球の世界で学歴は関係ない。そうした注目は一時的なものだろう。注目されることは、本人にとってプラスに働くこともあるから、これをバネにしてもらいたい。

「野球やる以上、目標はプロだろ」というセリフが水島新司のマンガにあったけれど、田中選手は好きで野球をやってきて、プロになれれば良いと思っていたのかもしれない、しかしプロでやる自信はなくて、京都大学に入ってしまったけれど、プロでもやれるかもしれない、という可能性に今回は賭けた、周囲にも野球をやめることは許さないという雰囲気がある、と以上は、私の勝手な想像。

前に、二足の草鞋で、石上真由子さんのことを書いたけれど、プロ野球では、文武両道を続けることは、周りも許さないと思う。大谷選手の二刀流ですら賛否が分かれる世界だ。
それでも、別の定職を持ちながら、一軍登録されていて、週1回ぐらいナイトゲームまたは休日の試合にベンチ入りし、チームに勝利をもたらす、そういう選手がいたら面白いと思う。もちろん実働が少ない分、年俸は割り引く。チームの選手への投資・総年俸の最適化という観点からは、そういう選手がいてもおかしくない。プロ野球では選手の職務専念義務とか兼業禁止規定なんてないと思う(そもそも選手は個人事業主だ)。

もしそんなことが実現したら、そんなのは不謹慎だとか言う人もいるかもしれない。しかし、それなら実力で凌駕して出番をなくす選手がいないことの方を問題とすべきである。それこそ冷徹なプロの世界というものだろう。

まぁ、今のところ、そういうことにはならないと思うけど、Jリーグには現役大学生(しかも日本代表)もいるんだし、まるっきり荒唐無稽ともいえないのでは。
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自転車保険加入義務化条例

bicycleaccident.jpgニュースで、兵庫県が自転車保険の加入を義務付ける条例を制定する動きがあると伝えられている。

で、ちょっと調べてみた。
兵庫県の自転車保有台数は、3,265,000台、人口5,577,000に対して普及率は0.59である。
また、兵庫県の自転車関係事故は、平成25年のデータでは、全体で7,400件、類型別では、
人対自転車が175件、自転車対自転車が245件、自転車単独が334件、他6,646件が自転車対車両となっている。

で、考えてみた。

対車両の場合は自動車側の保険適用が多いのではないだろうか。
神戸では9,500万円の高額保障があったというが、こうした事故は人対自転車で、それも比較的稀だろう。
と、こう考えると、事故で支払われる保険金というのはそんなに多くはないかもしれない。
仮に、人対自転車、自転車対自転車の事故の大半は10万円程度で、単独事故が5万円程度でカタがつくとし、死亡や後遺障害などで賠償が1億となる重大事故は5年に1回ぐらいの割合でおこるとして計算してみると、
  年間に支払われる保険金は、(175+245)×10万円+334×5万円+1億円/5=7870万円、
  これを3,265,000台で割ると 年24円
 ということになる。
ただし、事故統計は警察の認知件数で、重大事故以外はこの数倍はあるだろう。それに保険が使えるとなればもっと増えそうだから、実際には年100円ぐらいが良いところか。


で、ここまで考えて、実際に自転車保険ってどのぐらいで売られているのか見ると、月200円ぐらいはするようだ。
多くの商品は、傷害保険を兼ねているし、車両保険的要素もあるようだから、単純比較はできないが、自転車事故だけの保険と考えると高いように思う。もし義務付けるなら、その趣旨に合った保険商品の開発も必要じゃないだろうか。

他にもいろんなことを考えてしまう。

・自動車事故の場合は、医療保険の利用が制限されるが、自転車事故もそうするのだろうか
・飲酒運転、左側通行の無視、その他、道交法違反の場合の免責は。
・ブレーキ、ライト、ベルなどの整備不良時の扱いは。自転車に車検なんてやるのか
・自転車めがけての当たり屋が出没しないか
・保険対象は車両か、ドライバーか

(筒井康隆的スラップスティックみたいだが、制度設計ではやはり考えておくべきことでは。)

何分、自転車保険ってあまりなじみがなくて、その実態が良くわからない。報道では、兵庫県での自転車保険加入率は24%という。私にはすごく高い数字に思えるのだけれど。
実現したら、兵庫県での自転車事故認知件数が一気に大きくなることだけは間違いないだろう。(悪いことではなくて、潜在していた事故が数字に表れるという意味で)

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ブラナーの「魔笛」

昨日、ケネス・ブラナー監督の「魔笛」は第一次世界大戦をイメージするシーンではじまると書いたので、
この映画のシーンを拾い出してみた。

青空の下、美しい、花の咲き乱れる草原――そこでの塹壕戦。
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真っ青な軍服の兵士。複葉機が飛び、大砲が吠える、戦車の姿も見える。

これらをバックに序曲が終わると幕開き(Zu Hilfe!)、夜の女王は戦車に乗ってお出まし。
vlcsnap-2014-10-18-20h19m57s215.png     vlcsnap-2014-10-18-20h22m08s47.png

三人の侍女が蠱惑的(珍之助さま用オマケ)。ベルイマンの魔笛(右)でも三人の侍女は魅惑的。
vlcsnap-2014-10-15-20h33m24s234.png        ThreeMaids.jpg

ザラストロは戦没者墓地を守っているという設定だろうか。
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やっぱりパパゲーナとパパゲーノは外せない。老婆の姿から本当の姿に変身するシーン。 
papagena.png
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戦争の世界史(下)

McNeal2.jpg上巻は戦争の「近代」が始まるところで終わって、下巻は近代の戦争をめぐる国民国家の鎬を削る争いになる。

上巻の書評「戦争の世界史(上)」  「戦争の世界史(上)その2」


まず、下巻の目次:

下巻
 第七章 戦争の産業化の始まり 1840~84年
 第八章 軍事・産業間の相互作用の強化 1884~1914年
 第九章 二十世紀の二つの世界大戦
 第十章 一九四五年以来の軍備競争と指令経済の時代


上巻の最後に産業革命と軍への投資のことが書かれていたが、下巻では、この流れの一層の深化と、世界規模への拡大のことが書かれる。
何より、武器の進化の記述が多い。それも各国の軍予算の制約や産業としての武器製造業の発展をセットで書かれる。このあたりが、兵器そのものの技術・効果などを追う通常の兵器史とは一味違うところかもしれない。

こうした流れが決定的になったのは第一次世界大戦である。
しかし、第一次大戦についてはあまり知識がない、というか世界大戦といっても、日本は戦場にならず、「世界」といってもどこの世界、という具合。

そんなことを言ってたら知識の貧困さを露呈する。日本も参戦し、ドイツ租借地青島に攻撃を加えたし(イギリスの要請というが、すぐイギリスは撤回、日本は要請なくとも参戦すると主張して容認されたらしい)、このときには多くのドイツ軍兵士を捕虜にした。そしてその捕虜たちによって、ベートーヴェンの第九が日本初演された(この頃は、日本の捕虜に対する待遇は良かったそうだ)


第一次世界大戦を扱った芸術作品も、思えばいろいろある。「西部戦線異状なし」「武器よさらば」、「アラビアのロレンス」も(どれも映画化されたものばかり見てて、本は読んでないけど)。ピカソの「ゲルニカ」もこの時代だろう。

歴史とは全く関係ないが、ブラナー監督の映画版「魔笛」は第一次大戦をイメージしたシーンから始まる。


私が高校のとき、第一次世界大戦については、社会科の授業で概括的に取り扱われたと記憶している。
曰く、それまでにはない国家の総力戦であること、戦車・飛行機・毒ガスなどの新兵器が使われたことなどである。
こうした総括はその通りであり、本書では、これを支えた大量生産経済の発展や鉄道輸送の発達などが取り上げられ、その実態が丁寧に記述される。それは個々の兵器の性能・技術というレベルにまで至っている。
著者の視点は常に、具体的事実とマクロ的解釈が併存するので、説得力が高い。マクニールとは異なる歴史解釈もあるのだろうが、この大きな流れと具体的事実を頭の片隅にでも置いておくことは、無駄ではないと思う。

それにしても、日本人にとっては第一次世界大戦は、やはり、どこか遠い戦争のように思っているのではないだろうか。比べて、ヨーロッパの人は大変重く受け止めているように感じる。
今年は第一次世界大戦開戦100年である。これを機に関連イベントや出版が続くだろう。注目していきたい。


以下、そうした大きな流れの中から拾いだしたトピックス。

資本は利潤のあるところへ流れる

これ自体はアタリマエだから解説の必要はないが、注目されるのは、武器製造業は国内需要だけでは生産を維持することが困難だったということ。このため有力な企業は外国の軍隊に顧客を見出していく。それでもさすがに敵対国へは販売していない。これは愛国心かもしれないが、そこまで拡げる必要がなかったからという実態もあったということらしい。


コマンド・インベンション

飽くことなき新兵器の追求は、軍の仕様(ときとして当時の技術水準を超える)に応じて民間武器製造業が答える形ができあがる。以前にもそうした仕様に基づく開発・発注はあったが、それはつとめて個人的つながりであったのが、軍と産業の社会システムとして確立するというわけだ。こうした軍からの仕様(性能諸元)の提示を、「著者は指令による発明(コマンド・インベンション)」、「指令による技術開発(コマンド・テクノロジー)」という。
第一次世界大戦中には、それまで与えられた戦力・兵器で作戦を立案していたのが、作戦遂行に必要な兵器の能力・諸元、量といったものが追求され、未だ存在しない兵器が開発されることを見込んだ作戦まで立案されることになる。
ところで、高度化する一方の技術に対し、採否決定を行う立場の軍上層部は、新技術に全くついていけなかったそうだ(何しろ機密だからヒラの技術士官などお呼びでないらしい)。他、軍の保守性とか、企業との癒着とか、旧日本軍だけではないのだと、妙なところで安心する。


電撃戦

機動力(戦車と航空機)を活用して、一気に敵中枢へ進撃する作戦が可能になった。このアイデアも第一次世界大戦中にイギリス側が考えていたらしい。1919年実施で計画されていたそうだが、その前に大戦が終結した。その20年後、ドイツは性能の上がった戦車と、航空機の付加によって、見事に成功させた


下巻は、軍拡競争一色、という感じなのだが、著者は終章で、この先どうなるかはわからないとしながら、「世界帝国」が、テロや匪賊などはあるだろうが、大国が対峙する時代を終焉させ、コントロールされた、そして象徴的な範囲の軍備になるかもしれないとしている。世界帝国などというのはあまりうれしくもない世界のようにも思うが、平和の代償ということのようだ。
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5番ピッチャー大谷

今シーズンのプロ野球、兄弟ブログの「語り得ぬ世界」では、終わってしまったみたいだが、パリーグは今日が最終決戦である。

私はソフトバンクのファンでも、日本ハムのファンでもないが、日本シリーズには日本ハムに出てもらいたい。
理由は単純で、「5番ピッチャー大谷」という高校野球みたいなシーンが見たいから。前にも使った写真を再掲する。
otani1.jpg    otani2.jpg

おそらく、大谷にはピッチャーに専念させるため、パリーグ主催試合のDH制のときに大谷に投げさせるのだろうが、しかし、打つ方では全く期待されないのが普通のプロの世界で、やっぱり、「5番ピッチャー大谷」と、クリーンアップの一角で打たせてほしい。オールスター戦では、過去に、「代打 鈴木啓示(近鉄の大エース)」というのもあったが、これはあくまでお祭りでのこと。

というわけで、日本ハムにクライマックス・シリーズの制覇を期待する。(それに親会社日本ハムの本社は大阪市北区だし)
しかし、結果、ソフトバンクが日本シリーズに行くことになったとしても、その場合はソフトバンクを応援する。私は、パリーグを応援しているから。

パリーグは、観客を動員できず、テレビの中継もないという時代が長く続いた。
今は少しましになって観客動員も随分良くなった。それでも、パリーグのTV中継はめったになく、大阪では阪神戦ばかり。
「デートするなら大阪球場」という話があった。安全で、適度に暗くて、周りにだれもいないから、イチャイチャするのに最適ということである。
また、「テレビじゃ見れない川崎球場」というロッテのコマーシャルもあった。自虐ネタである。

そのロッテが、2005年の日本シリーズでは、阪神に4勝0敗で一方的に勝利した。
ちなみに、近鉄バファローズが読売相手の日本シリーズで、いきなり3連勝したとき、加藤投手が「巨人はロッテより弱い」とインタビューで話して、その後、近鉄が4連敗したという惨めな話もある。結局、近鉄はついに日本シリーズを勝てなかった唯一のチームということになってしまった。
ちなみに、筆者は、対広島の日本シリーズで、最終戦、「江夏の21球」で有名になった、あの最終戦でスタンドの観衆の一人だった。

それはともかく、華やかなセリーグと違い、パリーグをずっと応援している。
大阪人なら応援してあたりまえのように言われる阪神も応援しない(巨人戦以外は)。東京・日本で読売がファンを集めているのと同様、大阪・関西では阪神がファンを集めている、私が応援する必要はないじゃないか。

kintetsu.pngそうです、私は近鉄ファンでした。かつて、ダブルプレーもとれない守り、年間勝率の最低記録を持っている近鉄。
しかし、岡本太郎デザインの球団シンボルマークは素晴らしい。「太陽の塔」よりずっと前に爆発している。

近鉄がチームを解散し、選手はオリックスに行く選手もいたけど、楽天に行く選手もいた(岩隈ではかなりやきもきしたファンが多いと思う)。結局、チームとしては継承されなかった。今は、オリックスがバッファローズを名乗っているが、阪急ブレーブスと近鉄バッファローズそして南海ホークスは、在版パ三球団で競い、そしてほとんど近鉄がビリで、なんでオリックスがバファローズなのか、今でも違和感がある。(もし阪急がそのまま球団を持っていたら、阪急阪神合併でどうなっていただろう。)

というわけで、珍之助さまのブログには既にコメントしたのだが、私は野球に関しては、ディアスポラの悲哀を感じている。
だから人気のない方、より正確には評価が不当に低いところを応援するのだ。
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席を譲られた

priorityseat.jpg昨日に続いて、年寄りネタ。

先日、仕事帰りにJRに乗っていると、席を譲られた。
座っている人が譲ってくれたのではなくて、降車客がいて空いた席ができたとき、その前に立っていた人(30代男性)が、少し離れたところで立っていた私を呼んで、席が空きましたよ、というわけだ。

その数日後、やはり仕事帰りのこと、入線してきた電車に乗ったところ、空いた席に座ろうとしていた女性(40代、やさしい夫と円満な家庭あり)が、あきらかに私の姿を見て躊躇、その手で空いたところを軽く指差したのだった。

実は、これまでも席を譲られたことがある。
2年ぐらい前(したがってまだ完全現役)で、大阪の地下鉄でのこと。座っていた高校生らしき男子が、すっと席を立って、私に「どうぞ」と言った。しかも、私の目では、私より年長に見える(ごめん、S先生)、白髪の連れがいたのだけれど、そっちじゃなくて、私?
これが、記憶している限り席を譲られた最初だと思う(酔っ払って正体を失っているときに席を譲られたことがあったかもしれないが)。

いずれも、予期していない行動に出られてとまどった(ただし、いずれのケースも素直に座らせてもらった)。
ひょっとしたら、今後はこの特別待遇に慣れていくのだろうか、さらに、優先座席でも堂々と座っていられるのだろうか。
いや、そうはならないだろう。老々介護の時代である、年寄りの面倒は年寄りが見なくてどうする。

優先座席というと、マタニティ・マークというのができているそうだ。今までも優先座席は、妊娠中の人も対象としていたのだが、見た目ではわからないことが多いので、妊産婦自身にマークを付けてもらうというものだ。
これについては賛否両論があるようなのだが、別に付けることを強制しているわけではないから、目くじら立てなくても良いと思うのだが、世の中には席を譲ってもらいたいならマークを付けろ、などという変な理屈を言う人もいそうだから、微妙な問題になる。(ただ単に太ってお腹がでている女性が席を譲られたらどう思うだろう)

筆者の義姉が妊娠中、赤ちゃんを抱いている人に席を譲る人は多いが、妊娠中の女性に席を譲る人はめったにいない、というか、妊娠してることは通常はわからない。赤ちゃんを抱いている女性に対するより、妊産婦に対する方に、より気をつかうべきだと言っていた。
そういえば、もう随分昔のことだが、テレビで外国映画を見ていたら、母子二人連れが満員のバスに乗って、子供が「ママ、妊娠中なんだ」と嘘をついて席を空けてもらい、自分もちゃっかり座るというシーンがあったことを覚えている。

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ヨイショ、ドッコイショ

昔、あるツアーに参加したときのこと。
若い女性と母親らしき二人組がいて、その若い女性がケラケラ笑っていた:


「バスに乗るとき、みんな、ヨイショとかドッコイショと言ってる」


なるほど、言われてみれば、たしかに年配者の多いツアーで、そう言う人が多い。
busstep.jpg
ツアー用のバスは、低床が多い路線バスとは異なり、スーツケースを収納するためだろう、床が高く、その分、登るステップも高くなっている。その分、力が入る。

掛け声でヨイショという場合は、ヨーイショの声に合わせて、ショで力を入れると思うが、個人が漏らすヨイショ、ドッコイショは、力を入れているそのときではなくて、力を入れ終わって、抜けたとき、安堵したときが多いと思うが、どうだろう?

で、その昔には、私はどちらも言ってなかったと思う(キッパリ)が、この頃、気のおけない場所では、階段を登ったり、ソファに掛けるとき、ヨイショ、ドッコイショと言っている自分に気づく。
おもしろいもんだ。

最近はさらに、ふと頭に浮かんだことを口に出していたりする。
ヨイショ、ドッコイショと口にすることと通ずる症状ではないだろうか。
おそろしいもんだ。
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戦争の世界史(上) その2

WarHistory.jpg昨日の続きで、マクニール「戦争の世界史(上)」。
本日は、この本が筆者の長年の疑問に答えてくれたこと、あるいは疑問にも思っていなかったことについて(これがやはり偉い人の著作だと思わせる)。

筆者の長年の疑問として、たとえば、アメリカ独立戦争の映画やドラマを見ると、隊列を組んで行進する英軍に対し、独立軍側はゲリラ的に銃をうちかけ、倒れる英軍兵士というシーンが良くでてくる。こういうシーンを見るといつも思ったものだ:
開けた土地をあんな風に隊列を組んでたら、いくらでも狙い撃ちできるじゃないか、何故、英軍兵士は散開して対抗しないのか、さっきまで隣で行進していた兵士が倒れて、恐怖を感じないのだろうか。

この疑問に対して、本書は、オランダのマウリッツ(1567-1625)の軍事革命についての解説で答えてくれる。
弾薬を装填し発射するという銃兵の動作を42に分解し、号令とともに一つずつ一斉に動作させることにより、間違いなく、高速に、さらに、発射後に後ろへ回ることにより、連続一斉射撃を可能にしたという。
我が国では、信長の鉄砲三段打ちが有名だが、実際にこのようなことができたとしたら、ヨーロッパに先んじて実現したことになる。マウリッツの改革では、兵士に大変な教練を施して実現したわけだが、信長はどうだったのだろうか。
また、マウリッツの改革では、こうした訓練を通して、兵士の仲間意識が生まれ、隊列をはずれることが最も卑怯な行為と考えられるに至った。同時に、兵士は考えることをやめ、軍隊行動は各隊を単位としてなされ、兵士の個性は完全に奪われた。
オランダ軍は実戦でこの威力を発揮し、ヨーロッパ中にこの方法が広まるのにそうは時間がかからなかった。
なお、マウリッツは古代ローマの兵制にヒントを得たと言われている。古代ギリシアや初期の古代ローマでは、市民が軍を構成していたといわれている。近代の国民軍はこのあたり、特にオランダという国だからだろうか。

一方で、こうして兵制が整備されてくると、今度は軍は保守化する。新兵器の採用は、それまでのシステムを変えるような危険を冒さない形でしかすすまない。明治38年(1905年)の三八式小銃が制式以来、太平洋戦争まで使われたことは司馬遼太郎の本にも書かれていて、帝国陸軍はどんだけアホやねん、と思っていたが、この頑なさはかならずしも日本だけではなかったらしい。変えるときはシステムごと変える必要がある。そしてそのタイミングを-それはせいぜい10年速いか遅いかというようなタイミングだろう―欧米は掴み、日本は掴みそこなったのだろう。
兵器といえば、大砲の技術革新により、砲兵と銃兵が非平衡の関係となる。
そしてこれは当時も、正々堂々とした戦いの姿ではないという批判が巻き起こっていたという。(今、非平衡と言えば、テロリスト等と正規軍のことを言うのが多いようだが)

上巻の最後は、フランス革命とイギリスの産業革命に充てられる。
これも長年の疑問であった、フランス軍、それは本来は王の軍隊だったはずなのに、革命を抑える戦力として働くことはなかった。
本書では、権力がどこにあるかにかかわらず、王の軍隊から、革命政府の、ナポレオンの、その後の王政復古でも、ずっとフランス軍で有り続けたとし、その理由は国内の人口圧力を吸収していたこと、国外で活動したことなどがあげられている。
本書ではある程度、革命の流れを追っかけているが、それによれば、革命は決して必然的な流れとは言えないという印象を受けた。革命計画やその後のビジョンがあったわけではなく、ゆきあたりばったりだったと思う。そのゆきあたりばったりが、一つの方向に歴史を動かす、これが革命なんだろう。(学生が革命を夢想するのとは違うのが、本当の革命の実態なのだろう)

イギリスの産業革命をフランス革命と並べるというのは、虚をつかれた感じである。
著者は、どちらも国内の人口圧力が背景にあるというが、それだけではなく、産業革命を推進した大きな時代状況として、フランス革命をとらえている。つまり、産業革命の本体である鉄鋼等への大規模投資は、軍需と切り離すことはできない、実際、当時のイギリスのGDPの20%以上が政府支出であり、それはフランスに対する軍需であるという。

また、あわせてこの時代のプロイセンの軍制改革にも触れられている。参謀というものの役割を明示し、参謀本部を創設したモルトケである。地図をベースに、行軍の速度や距離、兵站などを、計画的に動かすこと、また、平時にあってもシミュレーションを行って備える、そういう参謀という存在はこのときにできたのだそうだ。
なお、モルトケの命を受けたメッケルが陸軍を指導するために来日したことは、「坂の上の雲」にも書かれている。日本は、このときは、まさに最先端の軍制を取り入れるところからはじめることができたわけである。

まさに上巻の最後のこの章が、戦争の近代への幕開けなのだ。
(下巻を読みたいのだが、上巻は図書館で借りたもの、下巻を続けて借りようとしたら、貸出中だった)
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戦争の世界史(上)

WarHistory.jpg(上)としたのは、未だ上巻しか読んでないから。
「戦争の世界史(上) 」ウィリアム・H・マクニール著, 高橋 均訳

随分と読み応えのある本で、本書を紹介するとしたら、ものすごい分量になると思うが、中心的な(面白いという意味ではなく)論旨は、次に集約できると思う。

ヨーロッパがなぜ世界を制覇したのか。
それは市場経済システムを発明したからだ。


「下部構造が上部構造を規定する」というが、これは下部構造が決まれば、上部構造がそれに応じて必然的な一つの形をとるという意味ではない。むしろ、生産力の向上は、多様な上部構造を生み出す可能性であるということだと思う。
たとえば狩猟採集経済の段階では、蓄積は小さく、国家は形成されず、社会システムはおおむね世界中どこでも同様になる。
余剰生産力が歴史を動かす前提になるというのは多分その通りであり、生産力の向上に伴って、多様な社会・国家体制が現れてくる。その上で、余剰生産力が支配階級に収奪される(昔の中国など)か、市場で取引されるか、その違いが、社会システムの違いになる。
こうして市場を発明したことにより、軍制の改革、軍への投資を市場が回収するシステム、兵器技術の改良が進んだ。

こうまとめると、そんなの自明だと言われそうだが、実際の歴史の経過はこのような単線的な発展はしていないことも書かれる。
たとえば傭兵。
君主は自国民で軍隊を構成するより、傭兵を使う方が、自分の地位を脅かす危険が小さいと判断し、これを活用した時期があるという。
ただし、中世の傭兵と、ルネサンス以降の傭兵はどうも違うらしい。私が昔読んだ西洋史の本では、中世にあっては、傭兵同士の戦いは、どちらも真面目に戦う気などなく、数千人が激突して、怪我人数名というような話もあったのだが、本書では、もう少し時代を下ってのことだが、傭兵を送り出す側―スイスなど―にも触れながら、国の持つ暴力装置として重要な役割を果たしていたようだ。この時代は君主の軍隊ということだ。
そして後には国民国家・国民軍へと様相が変わり、戦争は国対国の総力戦へとなっていくのだが。

今日は総括的に書いたけれど、実は、もっといろいろ長年の疑問に応えてくれるような記述がいろいろある。

この本でちょっと不思議なのは、クラウゼヴィッツにまったく言及がないこと。そして戦争の定義とか、戦争の本質といった抽象度の高い論点がすっぽり外されている。おそらく意図的なのだろう、あくまで実戦・事実の歴史に重点を置いたものだと思う。クラウゼヴィッツより、マウリッツやモルトケという軍制家、戦略家にスポットがあてられることになる。

目次を記載しておこう:

上巻
 序言
 第一章 古代および中世初期の戦争と社会
 第二章 中国優位の時代 1000~1500年
 第三章 ヨーロッパにおける戦争というビジネス 1000~1600年
 第四章 ヨーロッパの戦争のアートの進歩 1600~1750年
 第五章 ヨーロッパにおける官僚化した暴力は試練のときをむかえる 1700~89年
 第六章 フランス政治革命とイギリス産業革命が軍事におよぼした影響 1789~1840年


以下、次稿。


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ベネッセからの「ギフト」

ベネッセから、情報漏洩のお詫び・報告のDMが届いた。

筆者の子供が以前、まだ福武書店といっていた頃に、「こどもチャレンジ」をやっていたから来てもおかしくないのだが、まさか、今から20年近く前の話だから来るとは思わなかった。
全国で相当数の世帯に届いているだろうから、珍しくもなんともないが、中にはかすってもいない人もいるだろうから、ご参考までに、こういうDMでした、ということでアップしておくことにする。

application.jpg owabinoshina.jpg   owabitohokoku.jpg roeijouhou.jpg 
一番左が、「お詫びの品」の取得にかかる手続き文書で、ネット申込時のID/パスワードが記載され、葉書で手続きをする場合はそのための通信用葉書(料金受取人払)。その右隣りがその説明文書。お詫びの品としては、楽天Edy、Amazonギフト券、nanaco、図書カード、それと「こども基金」への寄付(いずれも500円分)が選べる。
右から2番目が詫状と経過報告、一番右が漏洩情報の説明となっている。これ以外に「こども基金」の説明が入っていた。

漏洩情報を見ると、名前、性別、生年月日、住所、電話番号となっていて、電話番号以外は住民登録でもわかるような内容だから、これ自体はどうということはない。価値があるとすれば、ベネッセに登録しているという事実、つまり、親がその程度には教育にお金をかけることができるということが推定できることだろう。

mainachan.png話は変わるが、マイナンバー制度の啓発用キャラクターの名前が公募の結果、「マイナちゃん」になったという。
この公募のことを知ったとき、「ベネッセちゃん」で応募してやろうかと考えた。商標問題があるから不採用は間違いないが、失敗の戒めになってよかろうと。

ところで、うちの子供2人が「こどもチャレンジ」をやってたが、今回届いたのは上の子の分だけ。いや、その前に、今の住所に引っ越したのは、子供たちが既に中学校に入っていて、「こどもチャレンジ」はやめていたはず。
模擬試験とか、何か別のことでベネッセに関わりがあったのかもしれない。
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台風一過

先週に続き、台風来襲。
沖縄で丸一日留まっていてやきもきしたが、大阪はあっという間に過ぎたという感じ。
兄弟ブログ「語り得ぬ世界」の方では、ブログ主が御苦労されている様子が伝わってくる。

それにひきかえ筆者は、特にすることもなく、出かけるわけにもいかず、溜りにたまったビデオをだらだら見ていた。
防災情報メールの大量着信、緊急警報エリアメール(実は隣の市の)の着信で、集中を妨げられながら。
公務員諸氏のご苦労に感謝。

SmallImg20141013171012841.pngそれはともかく、先週の台風では、職場への出勤時に、いつものルートが使えなかったことを書いたが、今日は早くに台風が通り過ぎたおかげで、平常通りの運転。
であるが、後日のために、昨日17:30頃の「JRおでかけネット」で案内されていた運行情報マップを載せておくことにする。こういう全面運休というのは記憶にない。

ただ、こういう状況でも新幹線は動いていた(遅延はあったようだが)。
今年は新幹線開業50周年だが、開業まもない頃は、雨や雪に弱い新幹線というのが定評だった。利用者も、新幹線が止まるのはしかたがない、在来線で行けるところまで行こう、という感覚だったと思う。
なお、開業当初は、遅延1時間で特急券払い戻しだったが、暫くして、在来線同様、払い戻しは2時間遅延になったと記憶している。

私も払い戻しを受けたことがある。東京発15:00くらいの列車で、出発が3時間遅れ、到着まで2時間半遅れ、合計5時間半遅れの23時半頃、京都着という経験。遅れの原因はやはり台風。東京駅でテレビ局が私が乗って出発を待っている列車をカメラに収めていた。


新幹線最優先、あるいは止めたときの影響が大きいということなのだろうが、それだけ高い規格で整備されているということなのかもしれない。

安定のよさそうな広軌だし、車体は重い。すべてが高架で水に浸かることは考えにくい。一方で、高速で動くということはそれだけで安定を欠くはず。


この台風報道のとばっちりで、予定されていたNHKの新幹線開発のドラマ「妻たちの新幹線」が放送延期になったけど。
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本日定休日

月例の定休日。

前にフォン・オッターの記事で、「凛々しいオクタヴィアン」と書いたので、
今日は、ノーコメントで、フォン・オッターのオクタヴィアン(「ばらの騎士」)のスナップ。
vlcsnap-2014-10-11-21h21m53s164.png   vlcsnap-2014-10-11-21h24m10s105.png

vlcsnap-2014-10-11-21h31m04s139.png   vlcsnap-2014-10-11-21h31m22s88.png

vlcsnap-2014-10-11-21h27m29s78.pnganne-sofie-von-otter-voi-che-sapete.jpg

最後はおまけ、同じくズボン役 ケルビーノ(YouTube)

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Androidのファイラー

FileManagerHD.png前にESファイルエクスプローラーが良いと書いて、その後「ESは使えない」とし、
ファイルマネージャーHD(右図)というアプリを使ってみることにしたと書いた。

ファイルマネージャーHDはフォルダー・ショートカットが作れないようなので、ファイラーをこれ一本にするわけにはいかない。なので、他のファイラーアプリを引き続き探していたら、割りに評判が良いSolidExplorerというアプリがあった。
今までESファイルエクスプローラーへの支持が高かったのだが、ESの動きに怪しいところがあるとかで、SolidExplorerに変更するユーザーが増えているらしい。

しかし、試用してみると、結果は、SolidExplorerもESファイルエクスプローラーと同じ理由で「使えない」。
やはり、クラウドストレージへのアクセスがファイル数が多くなると、異様に遅くなる。
実測してみた。OneDriveへのアクセス/オープン-接続後の特定フォルダのオープンを、それぞれのアプリで2回実行した(2回目はキャッシュが効くと考えた)。
クラウド・ストレージのオープン速度比較

              1回目    2回目
ファイルマネージャーHD  15- 5   5- 3
Solid Explorer      28-16  12- 6
   ※[OneDriveへの接続・オープン時間] - [接続後の特定フォルダオープン時間] (単位:秒)
    OneDrive直下は50エントリ(フォルダ数とファイル数の計)、特定フォルダは99エントリ


一回のテストだし、端末やWiFiの環境によっても違うから、数値自体に意味はないが、この速度差は常に感じるところである。数字を示したのはどのくらいの差かをわかりやすくするため。

また、家のNASに入っているビデオファイルのストリーミング再生をする場合、ESファイルエクスプローラーから開きにいくと不安定だったのだが、ファイルマネージャーHDからだと比較的安定しているようだ。

結局、筆者としては、ファイルマネージャーHDが今のところ一番のおすすめ。この速さは他には代えられない。

ファイルマネージャーHDには他にも良いところがある。
それが「新しいファイル」メニュー。Windowsの「最近使ったファイル」に近いが、使うだけでなくて新しく入ったファイルだけのようだ。
これの何が便利かというと、おわかりだと思うが、Androidのアプリがデータを作成するとき、どこに作成するのかわからないことがある。こういう時にこのメニューがあるとそれを探し出してくれるというわけだ。

あと、フォルダーショートカットを作成できれば、私の使い方としては十分である。


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大統領への名誉毀損

Park_Geun-hye.jpg韓国のソウル中央地検は8日、執筆した記事で朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして、産経新聞ソウル支局長を情報通信網法に基づく名誉毀損罪で在宅起訴した。」と伝えられている。

名誉毀損とされたネット記事は、「大統領がセウォル号沈没事件のときに男と会っていたいたという噂がある」というものだそうだ。
そして、日本政府は、韓国側に抑制的な対応を求めていたという。また、海外の政府でも批判的なコメントを出していると伝えられる。

これに関して、日本でのネットの書き込みには、韓国には言論の自由がないといったものが多い。
しかし、言論の自由は、名誉毀損をする言論まで自由に行えるという意味ではない。大統領は公人だから、批判されることもある程度やむをえないし、政策や政治的判断について、正々堂々の批判は当然として、およそそれとはかけ離れたことで悪意に満ちた情報の流布は我が国でも名誉毀損になるはずだ。韓国の事情は知らないが、もし日本と同様であるなら、「男と会っていたらしい」にそうした悪意があるかどうかが争われることになる。この点については私には判断できない。

以前、フランスのサルコジ前大統領の女性関係が問題になったとき、フランス国民へのインタビューで、女性関係はプライベートな問題、大統領の家庭問題は別途考えるべきことで、仕事さえしっかりやってれば問題ない、という大人の回答が伝えられていたことを思い出す。ことさら「男と会っていた」を強調するのは、品がないと思う。ちなみに今はオランド大統領の不倫告発本が話題。(みんな元気やなぁ)

重大事件の際に、男と会っていなくても、ゴルフに行っていたとしても、最高責任者の行動として無責任といわれるのは同様で、日本でもちょくちょくある話。ただ、違いは、日本ではそれで名誉毀損として告訴した例はあまり聞かない。もちろん政治活動そのものに関わる場合はそうではなく、たとえば、「『辻元議員 被災地で反政府ビラ』 名誉棄損で産経敗訴」というのもある。

起訴に至る法令違反は、民法じゃなくて情報通信網法というらしい。また罰金刑ではなく懲役もあるという。日本では名誉毀損は親告罪だが、韓国はどうやらそうではないらしい。日本ではそれほどの「重罪」と思われてなくて、こんなことで、そんな重い罪に問われるのか、日本ではこんなことは日常茶飯事だという感じなのだが、そこは国情の違いで、名誉を重んじる国だという言い方も可能なのかもしれない。

ところで、これに対し、日本政府が口出ししたということなのだが、単に、新聞社の記者が、名誉毀損の疑いがある記事を書いたというだけで、これに何故、政府が口を出すのだろう。
法的枠組みからは、韓国内で行われた不法行為の容疑であって、韓国の国内法で裁かれるべきものだから、日本政府が口出しをするのはスジとしては違うように思う。ただ、韓国メディアが同様の報道をしているようだから、韓国メディアにも等しい扱いを求める、日本人を標的にするようなことは日韓関係に良くない影響を与えるおそれがある、ということは言えるかもしれない。もし日本の統治下の韓国で、同じようなことがあって、日本メディアはお咎めなし、韓国メディアが捜索を受ける、というようなことああったら、暴動が起こりそうな気がする。

報道によると、今回の起訴については、韓国メディアも批判的だという。お互いの政府がトンチンカンでも、メディアや国民が冷静であれば救われる思いがする。

そういえばこんな小咄を思い出した。

ドイツ国民 「ヒトラーは頭が狂ってる」
ゲシュタポ 「お前を逮捕する」
ドイツ国民 「何故だ、言論は自由だ。名誉毀損だというのか」
ゲシュタポ 「静かにしろ。国家機密漏洩罪だ」

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当店は中国食材は使用していません

tenshin_w.jpg餃子の王将が、ギョーザの主要食材と麺用の小麦粉を国産にしたと報じられている。(今まで国産やなかったんや)
  「餃子の王将」報道発表
なお、ギョーザが20円値上げされるそうだ。
中国製食材への不信感を持つ消費者からそっぽを向かれることへの予防策だ。

直近では期限切れ鶏肉事件、古くは毒入りギョーザ事件とか、以前から、中国食材への不信は強くなる一方である。

いつだったか、中国料理店が「当店は中国製食材は使用していません」と宣伝していたのを思い出す。
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皆既月食

IMG_0051-crop.jpg昨夜は皆既月食だった。
台風が塵を飛ばしてくれたのか、よく澄んだ夜空であった。

写真は20:31頃、皆既が終わって左から太陽光が射し始めたころ。
皆既のときに撮ったのは手ぶれしたので、あわてて三脚を出したけれど、やはり準備不足。何より他人からもらってほとんど初めて使うカメラで、感度調整の仕方はおろか、AFの抑止の仕方もわからず…


三日月の月食があったら面白いだろうか。満月でないと地球の影には入らないが、もう一つ月があればその陰に三日月が入る可能性が出てくるかもしれない。
火星だったら、三日月の月食があるのだろうか。いや、フォボスもダイモスも小さく、軌道が離れているから無理だろう。

今年はスーパームーンも話題になるなど、月が注目された。

ところで、1972年12月、アポロ17号が、最後に人類を月へ送ってから、30年以上経つ。
NASA_Apollo_17.jpgどうしてその後、人類は月へ行っていないのだろう。
現在の技術では、月をどんな形ででも(ゴミ捨て場としてさえ。そういうSFテレビ映画があった)、資源として利用することができない、ということが理由なのだろう。
また、宇宙は誰のものでもないというポリシー(国際合意)が、資本主義的開発のインセンティブを損ねていると言う人もいる。一定の権益を認めれば投資しようという人も現れるのではないかと。一方で、例えば静止衛星軌道などは、はっきりと有限だから、これはこれで権益になっているようだ。もう少ししたら、ラグランジュポイントが権益になるかもしれない。

しかし、アポロ計画がたくさんの新技術開発を求め、それが民生部門でも花開いた。ロケットはいうに及ばず、IC(集積回路)、燃料電池、さまざまな新素材、…
歴史上、これに匹敵するのは、エジプトのピラミッドではないだろうか。
正確にして隙のないピラミッドを建設するためにどれほどの技術開発がなされただろう。また、ある説では、ピラミッドはかつて信じられていたような苛酷な奴隷労働による怨みの産物ではなく、エジプトの季節に合わせた失業対策事業という性格があるとも。

ginkaku.jpgそれはそれとして、
月には銀閣が良く似合う。

NHKの番組で、月と銀閣の関係に注目させられるものがあったのを覚えている。
銀閣よみがえる~その500年の謎~(NHK)
銀閣は月の動きを正確に計算して作られた「月を見るための館」だった、と。

銀閣よみがえる ~その500年の謎~ (個人サイト)
月に馳せた義政の思い(NHK)


その銀閣は、飢える民から搾り取った富で建てられたのだろう、しかし、今ではすばらしい財産になっている。
これも歴史。
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Kindle到着

その問題を承知した上で注文したKindle Paperwhite(WiFi版)が届いた。

MyKindle.jpgKindleは、このPaperwhiteモデルと、FireHDというモデルがあるが、筆者が関心を持つのは当然前者、Paperwhite。(FireHDは普通のタブレットと大して違わないように思う)
Paperwhiteは、e-ink方式のディスプレイで、画面維持に電力を消費しないので、数週間はバッテリーが持つという。また、通常の液晶画面のようにドットを光らせて読むのではなく、紙のように反射光日中の陽射しの下でも読める、というか、まぶしくない範囲で明るい方が読みやすいという。

一見、まことに安っぽい。プラスティック感丸出しのボディと、鈍いクリーム色のスクリーン。
手にとってみると、軽い。これはいい。
見やすいか、というと微妙。室内では、明るいタブレットの画面を見慣れていると、発光しないKindle画面は暗く感じる。まわりが明るいところでこそ、値打ちがあるのだろう。
バッテリーの持ちは未だ評価できない。

ちなみに、本体の物理的電源スイッチを押しても、電源Offとは表示されない。スイッチを押すと[キャンセル] [再起動] [画面オフ]の3つのボタンが表示される。意図はわかるが、やっぱり不親切な表示だと思う。
それにWiFiが電気を喰うなら、簡単にWiFiオフにできるように、このボタンにも表示したらどうだろう。


ところで、Amazonから注文すると、注文したAmazonのアカウントが端末に設定されて届く。これは知っていたのだけれど、端末は未だ届いていない段階で、筆者のタブレットでKindleアプリを開けると、突然、大量の辞書がライブラリーに追加された。Oxfordの辞書で、英語⇔スペイン語、ドイツ語、フランス語の各辞書である。(残念ながら、これらの辞書はAndroidのKindleアプリでは利用できない。だからただ邪魔なだけなのだけど)
出荷前に私のアカウントを設定して、これらの辞書がプレインストールされたのだろう、それがそのまま既保有の端末にも入ってきたというわけ。なんだか、出荷側の作業が見えるようで面白い。

MostExpensiveBook.jpg肝心のコンテンツだが、先日は「いくつか興味を惹く本があることはある」と書いたが、かろうじて見つけたのが次の3点。

・福島第一原発観光地化計画(思想地図β vol.4-2) 上下各900円
・評価と贈与の経済学 内田樹, 岡田斗司夫 500円
・あなたの知らない災害の科学 竹内薫 350円

以上あわせて2650円。まだAmazon会費に足りない。

いよいよ読むものがないなら、こんなのもタダで読めるようだけど。

・「アマゾンで一番高い本」 Emmanuel James, Kaori Tsuruta訳
20,000円

(これってネタだろうなぁ)


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振替輸送

昨日の台風18号は、筆者の居住地・勤務地とも、大きな被害はなかったようで、安堵。
ただ、交通機関は朝から乱れていた、その報告。

まず筆者の通常の通勤ルートをお示しする。もちろん、このルートで定期乗車券を持っている。

[JR GT線] M駅→H駅 / [JR OH線] H駅→S駅 / [K鉄 O線] S駅→Y駅


前日の日曜日の夜の段階で、JRは運休等の予告を出していて、GT線は間引き運転、OH線は始発から運転見合わせとなっていた。当日朝のテレビのニュースでもこの状況は変わらず。
OH線は止まっているので暫く様子を見たが、いつもより遅いが、本来なら間に合うはずの電車めがけて出かける。
GT線は間引きというわりには、普通に動いている。
(ネットの書き込みでは、学生らしき発信者が「GT線動いてる。何でやねん、いつもすぐ止まるくせに」など)

OH線の状況が気にりながら乗っていると、乗換のH駅手前で、OH線は運休、再開は9時頃になること; K鉄、O市地下鉄で振替輸送を実施していること; が放送された。
この時点で、OH線の運転再開を待たず、そのままK橋まで出て、LL線に乗り換えてT橋でK鉄O線に乗ることにした。

[JR GT線] M駅→K橋 / [JR LL線] K橋→T橋 / [K鉄 O線] T橋→Y駅


事前情報でははっきりしてなかったが、振替輸送が行われるというので、自腹を切る必要はない。(ただし、振替輸送がなくてもT橋回りを考えていた)

furikae.jpgIC定期券で入場しているから、普通に出場すると、GT線H駅からLL線T橋駅までの料金が発生するわけだが、こういう非常事態だから、T橋駅ではK鉄への振替乗車票を配っている。

女性駅員(20代後半。キリッ、彼氏なし)から振替乗車票を受け取りながら、IC定期券の入場記録はどうなりますかと質問すると、お帰りのときに振替乗車票のお客様控えをお持ちください、その時に入場記録があることを確認して処理します、と説明された。
これで安心して振替乗車票でK鉄へ乗り換え、無事K鉄Y駅まで到着した。

K鉄Y駅では、逆に、ここから振替乗車の客が大勢いて、改札で駅員が振替乗車票を配っている。入場者対応ばかりで、こちらが出場できずに待っていると、ようやく駅員が気付いたか、1つの自動改札機を停止してようやく出してもらえた。
駅を出てしばらく歩くとK鉄のバス停があるのだが、ここもいつになく並んでいるひとが多い。ひょっとしてバスも振替しているのだろうか。経験では、振替輸送でバスで振替というのはないのだが、同じK鉄だからやっているのかもしれない。

今までもGT線が止まったときに振替乗車したことは何度もあるが、GT線だけが止まっている場合の振替範囲と、今回のように台風で全域的に乱れている場合の振替範囲は違うようだ。
GT線だけが止まっている場合は、K阪電車がメインと考えられているようで、他にはO市地下鉄、K鉄N線、K鉄K都線、K鉄O線(一部)が振替範囲となっている。筆者はこれを利用して、K鉄K都線から乗車、S寺駅でK鉄N線乗換、F駅でO線乗換というルートで出勤したことがある。
今回は、K鉄N線から南はほぼ全線乗れるが、K鉄K都線は対象外になっていた。

さて、帰り。JR OH線S駅で、出場記録のないIC定期券の処理をしようとしたら、改札口で駅員に噛みついているおばさんがいる。

オバサン「金払って乗ったんやで、この線が動いてたらそんなことせえへんわ、T橋で駅員に聞いたら、切符買うて乗ったらええ言うたんや」
駅員「ここではできませんので、そういうことならT橋へ行ってください」
オバサン「なんでT橋までいかなあかんねん、他のモン出せや、他の客も待ってンやで」
駅員「ですから、ここではできませんので」
オバサン「なんやねん」

と延々と続いていた。
すぐに電車が来るので、駅員も他の客(私も含め)のICカード定期券の記録の調整を優先してやっていた。御苦労さまです。

先々週も台風が近づいていて、筆者は車で四国へ行くことになっていて、前のこともあるのでやきもきした。(けっきょく早くに温帯性低気圧になり、無事予定通り四国へ行けた)
今年は、台風の当たり年だなぁ。
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Kindleオーナーライブラリー

KindleDiscount.jpgAmazonのページを開いたら、Kindleの安売りが目に入った。
Kindle Paperwhite WiFi版 6,980円が、Amazonプライム会員はギフト券で3,000円バックされ、実質3,980円。
タブレットを持っているからKindleはいらないと思っていたが、3,980円だと食指が動く。
なにより、前から気になっていたのだが、Kindle本を検索していると、「Kindleを持っていると無料で読める」と表示される電子書籍がある。

Amazonのページでは次のように書かれている。
KindleまたはFire端末を持っている+Amazonプライムに加入している=月に1冊 無料で読書

Amazonプライムにご加入で、Kindle電子書籍リーダーまたはFireタブレットをお持ちのお客様は、ベストセラーやコミックを含む、2万冊以上の和書、60万冊以上の洋書の対象タイトルの中からお好きな本を、一か月に1冊 無料でお読みいただけます。


筆者はAmazonのプライム会員になっている。無料期間終了後もほったらかしにしていたもので、次の更新はやめようかと考えていたのだが、こういうサービスがあるならプライム会員(会費3,900円)の値打ちがあるかもしれない。

この無料で読める電子書籍群をKindleオーナーライブラリーと呼ぶようだが、これについてもう少し調べると、一般の方からの情報で、次のようになっているらしい。

・タダになるのは、月1回1冊だけ
・読み終わったらKindleから削除される
・読めるのはKindleだけで、他の端末で共有するなどはできない


一番の問題は、Kindleオーナーライブラリーにある本って、マンガとかビジネスノウハウが多くて、古典的価値を持ちそうなものがあまりないこと(そういうものなら、借り物=Kindleオーナーライブラリーでなく、正規に購入したい)。
もっとも、無料本に限らず、電子書籍の品ぞろえはあまり良くない。そのさらに一部のKindleオーナーライブラリーは当然良くない。それでも調べると、いくつか興味を惹く本があることはある。

なお、ライブラリーを調べるにあたって、Kindleオーナーライブラリーに限定した検索をどうしたらよいか考えた。
ネットで調べると、個人でそういうページを上げてくださる方がいて、これは良い。

kindleowner.jpgまた、Amazonのサービスでは、次のような方法がとれる。
まず、検索カテゴリーを「Kindle本」とし、キーワードに「プライム対象」を入れ、他の検索語を入れる。
検索語を変えたい場合、前述の検索を実行後、検索方法のところに、Kindle本>プライム商品>"検索語"とパンくずリストが出るので、"検索語"をクリックすれば、新しい検索語を入れて検索できる。。

ということで、手放しで素晴らしいサービスとは言い難い。
が、しかし、その問題を承知した上で、Kindle Paperwhite(WiFi版)を注文したのだった。
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機種変更検討中、でもその前に

昨日稿で、そろそろ携帯の機種変更を考える時期、というようなことを書いた。

今使っている端末及び契約している料金プラン等は1年9ヶ月前にスタートしていて、例によって2年縛りなので、まもなく次をどうするか考える時期になる。3ヶ月後のこともあるから、久しぶりにモバイル事情を調べてみた。
(モバイル通信業者のサイトって、SoftBankに限らず、どこもすごくわかりにくい。売りたい商品の情報はすぐにでてくるのに、一番安く利用する方法とかを調べるのは簡単ではない。)

SoftBankPacket-crop.jpgで、SoftBankは料金制度がまた随分変わっている。基本プランで「ホワイトプラン」(934円)が4G端末では廃止(新規契約不可)になり、新しく「スマ放題」(2700円)が設けられている。ここだけみればとんでもない値上げだが、パケット定額(フラット)が従来は7GB制限の一本だったのが、2GB、5GB、10GB、…と区分されたので、2GB制限を選択すればパケット通信料を低くでき、トータルでの値上げ幅を少しは抑えられる。
(ただし、新料金制度で7GB制限を作ったとしたら……つまり5GBと10GBの間を内挿すると、新料金制度はパケット通信料も値上げした計算になる)

有線インターネットやWiFiを使わない人でない限り、月に2GBも通信することはないと思うが、大変ヘビーなユーザーもいるらしいから、通信量制限区分を設けて、利用に応じた負担とすることは合理的だと思う。しかし、音声通話をたくさんするのは、振り込め詐欺グループぐらいじゃないか、なぜここを定額にしたのだろう。利用に応じた負担なら、こっちもそういう料金体系にしたら良いだろう。
しかしそうはしない。推測するに、孫さんは振り込め詐欺を助長したかった、わけではなくて、値上げの理由づけとして、通話し放題という「便利な」サービスということだろう。あるいは、LINEやSkypeなど音声通話がパケットを圧迫するのを、少しでも音声回線へ戻したいのかもしれない。

いずれにせよ、新料金制度は不愉快である。

MVNOの音声通話付SIMだと、月額1700円ぐらいである。音声通話やSMSは従量制で、音声通話を月30回、SMSを月60回やるとして、1000円ぐらいないなるが、それでも3000円にならない。これで月1GBまでの通信が無料だから、音声をLINEで、SMSでなくインターネットメールを使うなら、随分安くできる。MNPもできるらしいから、乗り換えもしやすい。メールは普段から、Gmailなどを使うようにしておけば問題ないし。
このぐらいの料金にならないものか、孫さん。

で、MVNOはほとんどがDocomo回線であり、SoftBankのMVNOはないみたいだ。Docomoは企業の出自から回線のオープン化を避けられないのだろうが、SoftBankは完全に囲い込んでいる。また、前にも書いたが、SoftBankの場合は、他社端末を利用すると4Gのパケット定額が適用されない(青天井料金)という、事実上他社端末排除も行っている。またDocomo端末はほぼすべてがSIMロック解除できるのだが、SoftBank端末はほんの一部のみSIMロック解除に対応しない。以前、孫さんは、SIMロック解除やります、けどニーズはありません、というようなことを言っていたと思うが、ニーズが無いのではなく、使えないように制限を加えているだけのように思う。

昔、電電公社がINS計画を発表したとき、「一体(I)、何を(N)、するのか(S)」と揶揄され、そんなことをする金があるなら値下げしろ、と言われたことがあった。(欧米では、ISDN=Integrated Services Digital Networkだが、こっちは、Image Subscribers Don't Need と揶揄されていた)
とはいうものの、これにより、通信網のディジタル化が進んだことは事実で(進み過ぎてINSそのものがなくなる)、一概に今ニーズがはっきりしないからといって、投資をしないというのもどうかとは思う。

けど、端末のSIMフリー化の意義は、端末とキャリアの関係を破壊することにあるのだから、標準化と自社端末優遇制度の見直しをしてもらわないとだめですね、孫さん。それに、これからはSprint端末も日本で使えないとだめですよね。

ということで、まず回線プランから悩んでいる。しがらみが全くなければ、MVNOの格安サービスを使うんだが、そうもいかない。いっそ、ネットはタブレットに任せ、ガラケーにするというのもあるが、ネットは使わなくてもスマートフォンでないと、スケジュール確認とかがやりにくい。(データ同期とかはWiFi環境でやっておく)
なかなか悩ましい。
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SoftBankの4Gサービス

Speed4G.png Speed3G.png先週、四国の田舎町に行ったとき、はじめて行くところまでのドライブルートをスマートフォンで事前に確認しようと思った(ドライブ中は車のカーナビがある)。ところがなかなか地図が表示されない。
ところがiPhone5(SoftBank版)を持ってる人がいて、こちらでは、快適に表示される。この地域はまだ4Gサービスのエリアでなかったが、iPhone用の4G LTEはサービスされているようだ。

筆者はSoftBankのAndroidスマートフォンを使っている。この場所は4Gサービス外だったからしかたがないが、4Gエリアでも「SoftBankの4Gは信用できない」と前に書いた。

利用する場所や端末の問題もあるから、インチキとまでは言わないが、次のような経験をしている。

・4G通信の表示が出ているのに意外にスピードが出ない、それどころか同じ場所なのに、使用ネットワークを3Gに限定したほうが早くなることがある。
―3Gハイスピード(最高21Mbps)、"ULTRA SPEED"(最高42Mbps)などの高速サービスが効いているようだ。今の端末のままで4G契約を3G契約にしたいぐらいだが、これは認められていない。

・他人のiPhone(SoftBank)を使うと、同じインターネット利用でも、iPhoneの方がレスポンスが良い場合がある。


SelectNW.png私の自宅や職場の席では、4Gでもせいぜい十数Mbpsしか出ないが、SoftBankのために補足すると、ネットなどで見る実測速度報告では、SoftBank 4Gも4G LTEもそれなりの速度を出しているらしい。
実際のところ、通信速度は場所や混雑状況でも随分違うようで、ネットでの実測速度報告でも、なんとも言えない状況だ。あるいは端末自体が遅くてスピードが出ないのかもしれない。何か所かでスピードテストをすると、速いところで34Mbpsぐらい、自宅や職場では20Mbpsが出ない。

それはともかく、SoftBankのiPhone用4Gデータ通信は、"4G LTE"という名称のFDD-LTE方式、それ以外の4Gスマホは、単に"4G"という名前でAXGP(TD-LTE)方式と説明されているが、パケット定額の契約は、4G LTEの方が割安に設定されていた(iPhoneを売らせてもらうために、iPhoneの通信料を割安にすることがAppleから求められたという噂もある)。

FDD-LTEとTD-LTEの設備がどの程度共用できるのかなど、詳細は知らないが、2種類の規格でサービスするというのは、投資効率としてどうなんだろう、iPhone優先で考えられているとしたら、TD-LTEが割を食っているのかもしれない。(孫さん、TD-LTEが優れていると言ってたのでは?)

そんなことを考えていたのだが、"Hybrid 4G LTE"というサービスが出来ているらしい。これは、FDD-LTE、TD-LTEの両方の回線が使えるというサービスで、当然、両規格に対応している端末が前提になる(両方使える場所ではTD-LTEを優先するとある)。
これは魅力的だと思う。これでiPhoneにくやしい思いをしなくて済むようになるかもしれない。(しかも前述のとおり、TD-LTEのほうが、FDD-LTEより料金が高い。)

また、端末の変更を考えなければならないのだろうか。




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情報の真贋

テレビを見ていたら、「大型動物は体を支えるために大きな獲物を獲る必要があります」という解説を聞いた。
何の番組で、何についてのことだったか思い出せないのだけれど、この一言を聞いて反射的に「それは違うやろ」と思った。

言うまでもなく、大型動物はだいたいが草食だし、草食ではないが地球上最大のシロナガスクジラが食べるのはオキアミなどのプランクトン。最大のサメであるジンベエザメもそうである。

HuntingLion.jpgおそらく、いわゆる狩をする大型肉食動物、ライオンやトラ、そういう動物を念頭においていたのだろう、ライオンがアリを食べるとか、ネズミをとらえるという話は聞かないから、そういうイメージからすればこの解説は当たっているとも言える。

しかし、反例でわかるように論理的には成り立たない。逆はある程度成り立つと考えて良い、すなわち大きな獲物を捕えるのは大型動物である、これはだいたい正しい(アリの大群が牛を襲うというような話もあるし、食べるというのとは違うけれど、ウィルスが大型動物を倒すのもあるけれど、1対1の狩ではない)。

これだから理屈っぽい奴はイヤなんだ、と言われそうだけれど、おかしいものはおかしい。思うに、メディアで流される解説には、この手の一見もっともらしいが、良く考えてみると反例がいっぱいあるというものは結構あるのではないだろうか。
ネット社会で、ちょっと検索すればいろんな情報が得られるようになったが、その情報の真贋を見極める力が必要となっている。

すごくイヤラシイ話に聞こえると思うが、他人の企画案や業者の見積りを査定するとき、その内容について全く素人の場合、企画案の論理に矛盾や飛躍がないか、これを相手から説明を受ける中で嗅ぎわけるというのが査定側の常套手段である。

有能な査定者は「ここをこうしたらやりたいことがもっとうまくできませんか」と水を向けたりする。(ただし、予算制約がきつくて、どんな素晴らしい企画でも通さないという場合もあるだろうが。)

大袈裟な言い訳だが、論理的破綻の指摘と解決策の示唆、案外、某大哲学者の方法に通ずるのではないだろうか。
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宇宙・肉体・悪魔

bernal.jpg昨日は「2045年問題」について同書の話を投稿したが、この本で、バナール「宇宙・肉体・悪魔」という本が紹介されている。
この書名は私には懐かしく、さらに、今でもこの本が紹介されるとはと驚き、また、再評価させてもらった。

バナールは物理学者だが、この書で未来を予測している。この本の日本語版が出たのは1972年(私が大学に入った年)だが、原著はなんと1929年である。
大学の何の授業だったか(ひょっとしたら自然科学史ゼミだったかもしれない)で紹介されたので、当時、早速書店で購入した(今も手元にある)。

1929年というと、不確定性原理、Dirac方程式などが発表されて間もなし、量子力学・現代物理学の曙の時期である。トランジスタはまだ発明されていない。
そんな時代に、あるいはそんな時代だからこそ、今後、あらゆる物質について、人類が同様の、そしてもっと人類に都合の良いものを合成するだろう(物性物理の発展)、宇宙コロニー(バナール球と言うらしい)を作り、そこではエネルギーと物質を宇宙から取り入れ、来るべき太陽の寿命を超えて新しい旅をするだろう、というようなことまで書かれている。(ハッブルが宇宙の膨張を発見したのが1929年でこれはまだ取り入れられていない。また、コンピュータの出現は予測していない。)

昨日稿で、コンピュータ群が一つの知性として君臨する、と書いたが、この書では、人類のサイボーグ化の一つの究極として、脳を収める円筒と、栄養系・感覚系などの構成を描いて見せ、さらに、「群体脳」として多くの脳が連携し、一つの脳が死んでも、その「意識」は群体脳に引き継がれるであろう、とも予言している。

自然が長い時間をかけて進化を生み出す、その進化を人類が何千倍ものスピード、バリエーションで成し遂げるだろう、これは生物進化の対極ではなく、人類がそうした活動に至る・その活動は、進化の必然である、と言う。
BernalArchive.jpg
Wikipediaによると、アーサー・C・クラークが絶賛したとあるが、おそらく多くのSF作家のアイデアのタネ本になったことだろう。
なお英語版がネットに無料公開されている。

歴史をたどると、ニュートンが宇宙の運行をあきらかにしたとき、人類は神に近づいたと感じただろう。そしてその綻びがアインシュタインによって意外な方法で修復されて新しい世界ができたときも。そして誰が言ったか忘れてしまったが、エネルギーが離散量(とびとびの値)をとるということが明らかになったとき、離散量にたどり着くということは、近似の世界ではないということを意味するので、世界像は究極に至ったと考えられると評したという。

ただし、離散量と連続量は実は近似関係とは限らない。ロジスティック方程式の連続解はロジスティック曲線だが、離散解は振動解の場合があることが知られている。
(⇒Li-Yorke "Period three implies chaos" カオス理論のカオスという言葉のはじまりとも言われている)


コトはそう簡単ではないようで、物理学はまだまだ進歩していっているようだ。

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2045年問題

2045issue.jpg「2045年問題」という本がある。
2045年には、コンピュータの「知性」「知的能力」は人類を凌駕するだろう、という予測である。

予測の根拠は、私の読みが浅いかもしれないが、要するに、コンピュータの計算能力の爆発である。
この予測のもっともらしさを傍証するものとして、今までのコンピュータの計算能力の発達状況、それにともなって「コンピュータにできること」が拡大してきたこと、現在、萌芽的に見られるコンピュータの知的なふるまいが例示される。
続けて、欧米がこの分野で(とりわけ軍事的側面)多大の投資をはじめていることが紹介される。また、最終章ではローマクラブの「成長の限界」をとりあげて、物質エネルギー収支から見て限界の存在は自明であり、コンピュータが全人類すべての知性の合計より賢くなった世界をどう生きるかを取り上げている。

2045年というのは、カーツワイルという人工知能学者で未来学者が唱えるもので、今のコンピュータの能力上昇の趨勢から予測して、このあたりに「技術的特異点」が来るという予測である。計算能力では、全人類の合計を1台のコンピュータが上回る、そしてこの圧倒的な計算能力は、今まで考えられなかった事態を現出するというもの。

私は、ある部分は、なつかしく読んだ。昔のコンピュータがどんな機械だったか、どのぐらい今までに進歩してきたか、に結構なページが割かれていて、昔はそうだったなぁと、いちいち納得した。
また、今やスマホやタブレットのハードウェアは、せいぜい2年で陳腐化するのが実感だ。Appleの新製品はかつては1年に1度だったのが、今や半年ごとに出る。これらのアプリはかつては「小さなプログラム」だったと思うが、今はかなり大きくなってしまった。そして、それを支えているのが計算能力の急上昇。

この本では「知性」「知的能力」が何であるかという、一種哲学的な問いには答えないし、その論理的根拠が示されるわけではない。計算能力の爆発がもたらす世界の変化を因果律によって説明してくれるわけではない。

この本でもとりあげられているコンピュータの知的ふるまいの萌芽は、コンピュータに興味を持つ人には良く知られたところであるらしい。
GoogleCat.pngこれらの例の中で、特に私が興味を惹かれるのは、「グーグルのネコ」。日経IT Proの記事によると:

1週間にわたりYouTubeビデオを同ネットワークに見せたところ、ネットワークは猫の写真を識別することを学習した。事前に猫をネットワークに教えたわけでも、「猫」のラベル付けをした画像を与えたわけでもなかった。つまり、ネットワーク自身が、YouTubeの画像から猫がどういうものかを知ったことになる。これは機械学習における「self-taught learning(自己教示学習)」と呼ばれるものだという。


また、以前「日経コンピュータ」で、AI関係の特集があったのだが、その記事の中でこんな趣旨のものがあった:

コンピュータ将棋がプロ棋士に勝利、しかしこれはプログラマーの敗北でもある
以前の将棋プログラムは、プログラマーがアルゴリズムを案出して、機械がそれに従って計算するものだったが、このプログラムは、ディープ・ラーニング技術により、コンピュータ自身が棋譜を学習してアルゴリズムを発見したもの。


グーグルのネコも将棋プログラムも、「こうすればできるよね」という人智を教え込んだのではなくて、どうやったのかわからないが、成程、どうやらこれが正解らしい、というところがかつてのプログラムとは違う。
このプログラムはまだ特定の分野だけで動くものだが、このようなプログラム、コンピュータがさまざまな分野に広がっていき、何故なのか人類にはわからないが、コンピュータが意思決定するようになる、これを2045年問題と言うようだ。
(私は、以前から、人工知能の応用としてはこのタイプ一番だと思っている。プレゼンテーション資料を適当な形式で適当な場所にレイアウトしてくれるとか、そういう害のないところで)

2045年、コンピュータはほぼすべてネットワークされていて、特定のコンピュータがある分野で人智を超えたら、それはすべてのコンピュータがその分野で人智を超えることになるだろう。というより、コンピュータ群が一つの知性として君臨するだろう。
コンピュータに支配されるのがイヤだといって、人類がコンピュータの電源を切ることができるだろうか、できないだろう。そんなことをしたらおそらく社会システムが成り立たない、そういうレベルでコンピュータに依存しているだろう。

2045年に私が生きているかどうかは微妙だけれど(H25簡易生命表によれば、私の平均余命はあと22.3年、2045年まで生存する確率は17.6%である)、人類がコンピュータに支配される瞬間を見て死にたいとも思う。

ところでこの記事を書くにあたって、「日経コンピュータ」のバックナンバーをネットから探そうとしたのだが、日経コンピュータの公式サイトでは、数か月前までのバックナンバーしか読めない。これではデジタル契約の値打ちがない。2045年までには改善してもらいたいものだ。
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