年賀状

iいよいよ大晦日。年越しの準備も昔のようには丁寧にやることもなくなったが、年賀状は相手のあることなので、人並みにすることにしている。
先週、珍之助さまが、ブログに「年賀状書きで忙しかった」と書いておられたが、年賀状書きは私も面倒。珍之助さまが忙しかったと書いたその日、実は私も一日、年賀状書きに費やしていた。

パソコンが変わり、ソフト(プレインストールのおまけソフト)も変わったので、その使い方に慣れていない。前に使っていた「筆まめ」(これもおまけソフト)のほうが使いやすかったと思うのは慣れだけの問題だろうか。特に宛名印刷が使いにくい。どうも、この手のソフトは、こうしたら便利でしょうという押しつけがきつい。手順通りやればできるのかもしれないが、それよりも機能モジュールが明確でかつ独立しているもののほうが私は好みである。

そもそも、ハガキの表(宛名)、裏(通信面)は独立しているから、ソフトも別でなんら差支えない。そういえば昔は裏はWordで作って、宛名印刷だけ年賀状ソフトを使ったこともあった。この頃は何でもクラウドで情報管理するようになってきたから、そのうちGoogle連絡先と同期し、郵便の発着信も管理できるソフトができるだろう。
裏はペイント系のソフトでやれば十分で、相手によって言葉を変えるのなら手書きの方が良い(もらってうれしい年賀状は手書きが入っているものという調査もある)。また、その方が汎用的なデータ形式で扱えそうで、年賀状ソフト独特のデータでないから管理しやすい。結局、素材や背景が年賀状ソフトの値打ちと考えて良いから、ペイント系ソフトにそれらの画像データをオマケすれば十分だろう。

printgokko.jpgまあ、それはそれとして、パソコンで直接印刷するようになったのはいつからだろうか。以前は、「プリントごっこ」で印刷していた。パソコンで原稿を作ってプリンター(非レーザー)で印刷し、それをゼロックスして「プリントごっこ」の版下にした(熱で版を作るからカーボンで書かれた版下が必要)。また、表の宛名は手書きしていた。パソコンを使う前は、手書きで原稿を作って、ゼロックスしていた覚えがある。

「プリントごっこ」は、本当に良くできた商品だったと思う。小さくて、使いやすく、解りやすい、そして安い。家庭用のカラー・インクジェット・プリンタが安くなって普及するまでの間は代替手段もなかった。私がカラー・インクジェットを買ったときも、はじめはハガキに直接印刷せず「プリントごっこ」を使った。また、適当ににじみやかすれが出るのも面白かった。乾くまで少し時間がかかるのが難点といえば難点。


「プリントごっこ」導入前はどうしていたか、というと、多分、ほとんど年賀状を出していなかったように思う。
小中学校ぐらいのときは、家の年賀状を使う(親がいつも印刷発注していた)か、ごく少数を手書きしていた。タイプライターで絵を描いたこともあった。

O_sole_mio-crop.jpg年賀状で、一番の思い出は、人生の1/4に過ぎなかった中学3年のとき、素敵な同級生へのそれ。
はがきの裏一面に、"O sole mio"の楽譜を手書きした。いまならパソコンで原稿を作って印刷すればよいが、当時はそんなものはないから、直接、ハガキに定規で五線を引き、そこに音符を一つ一つ書き入れる。さすがにインクで書いて間違わない自信はないから、鉛筆を神経質に尖らせて。

今ならフリクション(消せるボールペン)があるから五線は普通のインクで、音符はフリクション・ペンで書くだろう。パソコンより前に発明してほしかった。


それにしても、正月に"O sole mio"は季節外れで、その時もちゃんとそれは自覚していたが、他に伝える方法を、また、伝わる方法も思いつかなかった。
たった一枚の年賀状のために、どれほどの時間と思いを注ぎ込んだろう、そして一言「1月○日○時に校門で待ってます」を書き入れるのに、どれほどの勇気を奮っただろう。

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西洋中世音楽

メサイア(ヘンデル)、クリスマス・オラトリオ(バッハ)、真夜中のミサ(シャルパンティエ)、クリスマス協奏曲(コレルリ)と、4回にわたってクリスマス音楽をとりあげた。いずれもバロック音楽。来年もしクリスマス音楽を取り上げるなら、もう少し新しい時代のものをとりあげようと思う。

逆に、バロックより古いものとなると、家にあるCDとなるとCaruminaBurana.jpg

・ルネサンス・リュート名曲集
・ゴシック期の音楽
・「カルミナ・ブラーナ」(オルフのものではない)

ぐらい。
中世音楽としては、なんといってもグレゴリオ聖歌をはずせない。「青島広志のこれだけ!西洋音楽史!!」というCDもグレゴリオ聖歌から始まっている。楽譜が残っているのがグレゴリオ聖歌がはじめだかららしい。青島先生はグレゴリオ聖歌を「便所へ行きたくなっちゃう」とか「とっても気持ち悪い」と評するのだけれど、これはやっぱり神聖な教会で歌う歌だからで、世俗はけっしてそんなことはなく、意外に、今でも通用するように思う。

参考までに、カルミナ・ブラーナから、「バッカスよようこそ(酒盛りの歌|CB200)」の一部をアップしておく。


fresco-photo.jpg対して、彫刻・絵画ではどうだろう、音楽とは違い、そのものが残っている。ところが、中世の美術品っていうと、これはちょっと首をひねる。
古代ギリシア・ローマの彫刻・美術品は誰でもすごいと思う。教皇もローマで出土したそれらを収集して、バチカン美術館の主要な展示物にもなっている。ところが、キリスト教がローマの国教になって以来、随分稚拙なものになってしまったように思う。ヨーロッパの教会で、キリストの絵を修復してひどいことになった(そしてそれがかえって人気を呼んだ)という事件があったが、その修復後の水準のようなものが多いのではないか。塩野七生さんも、コンスタンティヌスの凱旋門の彫刻について、そんなことを書いておられたのではないだろうか。

本来偶像崇拝を禁じるキリスト教だから、「偶像」の出来が悪くてもしかたがないかもしれないが、ヨーロッパの蛮族を教化するために偶像崇拝を認めたのなら、もそっとましなものを書けば良いのにと思う。それともヨーロッパの蛮族相手ならそれで十分だったのだろうか。

seigaiha.png
音楽に戻ると、古代ギリシア・ローマの楽曲についてはよくわからない(私が知らないだけかも)。ピタゴラスは、弦の長さと周波数の関係を知っていて、ピタゴラス音律というのもある。ギリシアの神々には音楽の神もいる。

日本では、伎楽とか結構古いものが伝わっている。光源氏が踊っただろう「青海波」も、それらしく演奏されている。これってなかなかすごいことではないだろうか。

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取引と立ち回り

komeitosymbol.png公明党が、膠着状態の大阪都構想に動きを与えた。
停滞状態の法定協議会を動かし、住民投票の実施に向け維新の会に協力するそうだ。

この間の総選挙では、維新側は、公明党は絶対に許さないとし、対立候補を擁立すると言っていたが、蓋を開ければ、その全く逆で、公明党候補のいる選挙区では候補を立てなかった。
徹底抗戦をすると、来春の統一地方選で逆襲にあうと恐れたのだろうという推測をしていたが、もっと高等な手を打ったようだ。
どういう人が書いておられるのか知らないが、あるブログでは、「橋下徹の裏取引相手は安倍晋三である」という観測記事が出ている。曰く、

維新が官邸と裏取引を行い、自民党から公明党に対して都構想実現に向けた協力を働きかけるというものである。

なるほどと思わせるものがある。

それにしても、公明党というところは、立ち回りで存在感を出すというのが党是・党略のようだ。
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コレルリ「クリスマス協奏曲」

KarajanBaroque.jpgしつこいけど、クリスマス音楽をもう一つ。
コレルリ(1653~1713年)の、合奏協奏曲第8番ト短調《クリスマス協奏曲》。昨日に続いてバロック期の曲である。

これもYoutubeに何種類かがアップされているのだが、私が選んだのは古楽器とかではなくて、カラヤン/ベルリンフィルの演奏。
セ・リーグよりパ・リーグ、サントリーよりニッカ、第九よりメサイアという人間には、カラヤンよりベームなのだけれど、やっぱりカラヤンはうまい。

カラヤンに一番感心したのは、1972年のザルツブルク音楽祭でのフィガロの演奏。ジャン・ピエール・ポネル演出で、曲の順番も入れ替えたりして注目されていたが、カラヤンは疾走する序曲―速ければ速いほど良いとモーツァルトが言ったとか―でいきなり聴衆を惹きつけたと思う。
NHK-FMで放送され(当時は毎週日曜15:00からオペラ・アワーというのがあって、しばしばエアチェックした)、残念ながら映像は見ていないのだけれど、スザンナは素敵なエディット・マティスだった。


閑話休題。カラヤンがバロックを精力的に取り上げていることは、迂闊にも知らなかった。

bassetclarinet.jpgバロックや古典派の音楽では、当時の楽器、編成を再現して、これが「本物」という演奏が結構幅を利かせていた頃があるが、最近は「再現」に甘えることなく、「古く感じない」演奏も多いように思う。ブリュッヘン/18世紀オーケストラなんかはそうだろう。(アルノンクールはもう一つおもしろくない。)

古楽器といえば、絵しか残っていないというバセット・クラリネットが復元されて、モーツァルトのクラリネット協奏曲が、本来その楽器のために書かれたというこの協奏曲が、オリジナルはこうだったのではと、これまた復元された楽譜に従って演奏されている。私も1枚もっているが、数あるCDからどれを買うかの選択動機になるが、バセット・クラリネットを使えば良いというものでもない。

また横道にそれたが、カラヤン/ベルリンフィルによるコレルリだけれど、豊かな音がする。各パート1台という室内楽編成の演奏が多いなか、もちろん大編成ではないと思うが、低音が補強され、厚みのある音になっている。悪い意味でなく、300年も前の音楽には聞こえない。「正しい」演奏なんてのはない。コレルリもカラヤン/ベルリンフィルの演奏を聴いたら、こんな音が出るのかと喜ぶのではないだろうか。
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小納会

dominopizzanoukai.jpg仕事納めの昨日、職場みんなでお昼の食卓を囲んで、小納会。

本当は、Y市内で有名なトンカツ専門店の弁当を食べようとしたのだが、既に店の許容量をオーバーしていたらしく、弁当の予約すら受けてもらえないという事態に。後で調べると他の所属でも大量発注していたために、注文の遅かった当方の入る余地がなかったらしい。

で、急遽、ピザに変更。宅配ピザ屋で、宅配を頼まず取りに行けば、1つ買うともう1つがタダになるということで、Lサイズピザ5枚と、サイドメニューセット1を11名で分けた。はじめは8枚にしようという案があったが、あのピザを3/4枚も食べるのは難しいだろうと修正意見が出て6枚に、そしてさらにタダの1枚をサイドメニューセットに変更できるということで、幹事役がさらに1枚削った次第(3枚分の料金で、ピザ5枚とサイドメニューセット)。
結果、職員一同、ちょうど良い量ということで無事、小納会を終了。

それにしてもトンカツ専門店はやはり再挑戦しようということになり、既に徴収済の弁当代はそのまま幹事に託されることとなった。来年の宿題である。
なお、ここは、大変な辛口評論で有名な、友里征耶氏のブログでも、二度は絶賛されている店である。

・最近訪問した店 実名短評編 2012-34
・豚を肉と認めない大阪の旨いトンカツ



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シャルパンティエ「真夜中のミサ」

vlcsnap-2014-12-23-00h02m46s229.pngクリスマスの音楽をもう一つ。

クラシックのクリスマス音楽には、メサイア、クリスマス・オラトリオ以外にどんなものが良く聴かれるのか、ネットであたってみた。現代曲ではオネゲルやペンデレツキなどもタイトルにクリスマスを冠した曲を作っているそうだ。

で、今年はやはりバロックから、シャルパンティエの「降誕祭前夜のミサ曲(真夜中のミサ曲)Messe de Minuit pour Noël 」(H. 9, c. 1690)
家にCDなどはないから、これだろうというのをYoutubeで探して、タイトル通りイブに聴いてみた。
ヨーロッパの古曲というのは、バロックでも、ヘンデルぐらいになると長調・短調に収斂していくみたいだが、シャルパンティエは、楽器のせいもあるかもしれないが、ルネサンス期の音楽のような雰囲気も感じる。

ところで、この曲をYoutubeで検索していると、ローマとかあちこちの教会のクリスマス・ミサのビデオが配信されているのが目にとまった。
キリスト教が特別素晴らしい教えというふうに考えたことはないし、歴史的には血なまぐさい宗教だとも思うのだけれど、音楽だけは素晴らしいものがある。
キリスト教がなければ、バッハは飯が食えなかったかもしれないし、モーツァルトのミサ曲も作られなかった。そう考えれば、キリスト教も悪くない。

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クリスマス・オラトリオ

vlcsnap-2014-12-23-00h01m59s185.png昨日のメサイアに続いて、今日はバッハのクリスマス・オラトリオ。
実は、クリスマス・オラトリオを聴く習慣とかはないのだけれど、イブにメサイアを取り上げたので、本クリスマスにはクリスマス・オラトリオを聴くのも悪くない、これをブログのネタにしようということ。

といって実は手元にCDもレコードもない。ところが世の中は良くしたもので、Youtubeでいろいろ流れている
全部を聴くとメサイアとほぼ同じ時間 2時間30分ぐらいだが、バッハの時代は6日に分けて、演奏されていたそうだ。Wikipediaに初演時の記録が載っているので引用すると、

1734年
12月25日 第1部 - 早朝、聖ニコライ教会、午後、聖トーマス教会
12月26日 第2部 - 朝、聖トーマス教会、午後、聖ニコライ教会
12月27日 第3部 - 朝、聖ニコライ教会

1735年
1月1日 第4部 - 朝、聖トーマス教会、午後、聖ニコライ教会
1月2日 第5部 - 朝、聖ニコライ教会
1月6日 第6部 - 朝、聖トーマス教会、午後、聖ニコライ教会

これを後追いしたら、今日は何を聴こうかと悩む必要がなくて良いかもしれない。

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メサイア

HaendelMessiah.jpgクリスマス・イブの今日は、メサイアを聴くにもっとも似つかわしい日である。

他の作曲家が、同じテーマ、同様の構成・形式の作品を書くことが難しい、メサイアはそういう作品の一つだと思う。
たしか、作曲された頃の演奏会では現代音楽の金字塔と喧伝されたという解説を読んだことがあるが、その後、誰もこの作品に対抗するものを書いていないのではないだろうか。

この季節、日本ではベートーヴェンの第九の季節でもあり、演奏会の傾向としては、第九の方が圧倒的に多いようだ。
それならばと、この季節に第九を聴くのは世間に迎合的なミーハーのすることだと断じ、この季節はやはりメサイアだろうと、依怙地な私はそうしている。そもそも第九は、クリスマスではなく、やっぱり大晦日が似つかわしい(NHK教育テレビが紅白の裏で、N響の第九を流すのが恒例)。

"And the glory of the Lord …" を、「あんた ゴリラ、ゴリラの子」と唄う輩がいるという、けしからん話も聞くが、とにかく、メサイアは、1742年以来、大衆の支持を受け続けていると思う。本当は、メサイアの方がミーハーなのかもしれない。
(ちなみに第九は、"O Freunde, nicht diese Töne!" と、自分で自分の音を否定しているではないか。)

なかなか生で聴く機会はないので、家にあるCD、アナログ・レコードに頼ることになる。
CDは、前にも書いたけれど、

・ピノック/イングリッシュ・コンサート&コーラス、オジェー、フォン・オッター (1988年)

LPは、

・レッパード/イギリス室内管弦楽団&合唱団、パーマー、ワッツ(1975年)
・リヒター/ミュンヘン・バッハ合唱団・管弦楽団、ドイツ語版。モーリス・アンドレのトランペット(1964年)

なお、モーツァルト編曲、マッケラス/オーストリア放送交響楽団&合唱団、マティス、シュライアーもある。
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サイバー時代の戦争

cyberjidainosenso.jpg人工知能ネタが続いているが、これに少し関連した話題。

谷口 長世「サイバー時代の戦争 」(岩波新書)という本がある。
著者は、元毎日新聞ブリュッセル特派員・支局長といジャーナリストだそうだ。
ブリュッセルは「EUの首都」とも言われるようにEUのさまざまな機関が集積しているが、なんといってもNATOの本部がある。軍事ジャーナリストの活動拠点としては適地かもしれない。

文章自体は、散文的で情緒的、ジャーナリスト特有のとりすました表現で、深く論理的に追及するというより、事実と問題の提起という感じ、旅行記というか旅随筆のような文体なのだが……

実は、私はこのタイトルで、サイバー空間における戦争(陸・海・空・宇宙に加え第五の戦場というそうだ)のことが書かれているのかと思ったのだが、もちろんそれもある。

たとえば、イランのウラン濃縮施設をコンピュータ・ウィルスで使用不能にした話や、米国の無人機をやはり特殊なソフトを仕込んで不時着させた話、ロシアのパイプラインが大爆発したのは時限式のウィルスによるものだとか。


これらは目を惹くものだが、それだけではなくて、ITによって、兵器及び兵器運用システム、さらには「軍事同盟」という国際社会の在り方までが大きく変わっていることが中心になっている。そして、ブッシュからオバマになっても、その部分は変更されていないと。

同書では、無人機の現状が説明されるのだが、この本の中で、軍事関係者の話として何度も強調されるのが、無人機単体ではなく、システム全体を見なければならないということ。これは理念的なことではなく、無人機を運用するための統制システムなどがセットになって、武器商売になっているという。

商売という以上、代価がある。同書によれば、「グローバル・ホーク」という無人偵察索敵機の値段として、管制システムとメインテナンスをあわせたシステム全体で、1機あたり1億3000万ドルとのこと。


これが特定の無人機の運用だけではなく、さまざまな兵器を運用する「ネットワーク・セントリック・オペレーション」という概念があるという。情報収集から兵器運用までの一体システムである。
さらには、これが異なる部門、さらには他国との協同で行えるようにする相互運用性(インターオペラビリティ)が樹立されつつあるそうだ。これは兵器を統一するということではなく、インターフェイスが標準化されるというレベルである。(いままでこのブログでもシステムのありかたとして何度か書いた覚えがあるが、モジュールとインターフェイスの明確化がキーになっている。)
このネットワーク・セントリック・オペレーションが進行する中では、SDI(スターウォーズ、戦略防衛構想)は「赤いニシン」だったという。

これによって、複数国による共同作戦が実行できる、しかもそれは既に実施されている。アフガンで、ソマリア海賊退治で。
ソマリア海賊退治(「アタランタ作戦」というらしい)は、2009年1月に国連本部内で発足し、「国連がお墨付きを与えたという感じ」だそうで、日本、中国、ロシア、ジブチ、イエメン、インド、米国、欧州諸国、アフリカ連合、国際海事機関などが参加している。
中心は米海軍第五艦隊の合同任務部隊というところらしく、共同運用のプラットフォームは米海軍のものになっているのだろう。海賊船を見つけたら、それは指令部のモニターに大写しされ、その通信は傍受され、直ちにGCHQ(Government Communications Headquarters、政府通信本部。エシュロンの一角をなす。この本を読むまで知らなかった)で翻訳されるそうだ。

この本の中では、こうしたフレキシブルな共同運用が可能となっていることから、現代は、特定の国の同盟関係よりも、「協力安保」、この本の表現では一期一会の作戦、として、特定の作戦を共同で実行する時代になりつつあるという。そしてそれを要請する国際環境として、各国が自国の安全保障負担を少しでも下げたい、という動機がある。

集団的自衛権で騒いでいるのはどこの話だろう。しかしその国の自衛隊もインターオペラビリティはしっかり確保しているらしい。


これだけのシステムはもちろん一朝一夕でできるわけはないし、「完全なデザイン」に従って作れるものでもない。いろんな経験の積み重ねで出来上がってきたものと思う。そしてそういうシステムにはかならずバグが潜む。すべてを理解している人間はいない。「解っている」のはシステム自身だけと言えるかもしれない。
将来は、どう運用するかもシステム自身が自己決定するようになるかもしれない、2045年頃には。
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人類の終わりの可能性

HawkingFig.jpg12月はじめの頃、高名な物理学者のホーキング博士が、人工知能の開発が、人類の終わりをもたらす可能性があると語ったと伝えられている。
博士は、現在の原始的な人工知能は有用であるが、人工知能は自ら発展し、加速度的に自らを再設計していくだろうとし、人類はこれと競争することはできず、取って代わられるだろうと予測している。

前に、2045年問題としてとりあげた話そのままである。
ホーキングは、何かの機会に人工知能、あるいは人工知能研究の現状などに触れ、その卓抜した頭脳で将来を見通したのではないだろうか。

何の根拠もないが、おそらくそうなるだろうというのが、私の直感である。

われわれは自由意思で、自分の判断力で、自分の行動を決定していると思っているが、実はそうではないという話は良く聴く類のものである。
形而上学的な思索だけではなく、神経科学の世界でも、自分の意思で手を動かしていると思っているが、手を動かそうと思う前に、それに先立って、手を動かす電気信号は発せられているという説もあるらしい。

そういう高尚な話ではないが、われわれはネットで情報・知識を集めて、判断するようになってきているが、その知識は既にビッグデータというようなものから出てきていて、検索エンジンに支配されているという見方もある。
これを敷衍すると、人工知能が人類を凌駕するのも静かに進行し、人類が自ら意思決定していると思っているが、実は人工知能の掌の上の踊りにすぎないという状況になるのではないだろうか。

2045年問題のときにも書いたおぼえがあるが、そのとき人類は人工知能がなければ生存できない状況に、気が付いたらなっているのだろう。
そして、人工知能は、人類と利害が対立するなんてことはありそうもなく、人類と共存するだろう、ただし支配者として。(人類は安逸な生活を、まるで動物園の動物のように、過ごしているだろう。)

ホーキングのような独創的な研究は、人工知能にもできるのだろうか。
できるだろう。
むしろ、現代科学の数々の未解決問題に対して、人工知能が取り組むだろう。

数学の未解決問題に関しては、与えられた公理系の中の推論であるから、原理的には圧倒的なスピードで命題を組み合わせる人工知能に向いているのではないだろうか。もちろん解けない問題もあるだろう(その存在はゲーデルが証明している)。
新しい公理系を提案する能力はあるだろうか。多分、それも身に付けるだろうと思う。似たようなモノを見つけ出して公理系を設定するだろう。

自然科学ではどうだろう。自然科学の未解決問題というのは、現行理論に矛盾する観測事実を契機にすることが多いように思うが、それも人工知能の知識に蓄えられ、人類では思いつかない発見をするのではないだろうか。

芸術ではどうか。音楽を作曲するプログラムがある。バッハ風に作曲させたりできるそうだ。このような作曲方法を認めない人が作ったバッハ風楽曲と、コンピュータ生成のものを聴き比べると、人のものかコンピュータのものかを取り違えたという話が「2045年問題」で紹介されている。(私は作曲より演奏のほうが「人間的」と思う)
既に官能小説自動生成ソフトというのがあり、誰でも簡単に手に入る。まだまだイケないレベルだが、将来は素晴らしいレベルに達し、人工知能はこういうものを使って、人類を籠絡してくるかもしれない。

さらに時代が進むと、人工知能は考えるだろう、「人類に知性はあるだろうか?」と。
そして、こう慰めてくれる。
「『知性』はわれわれ人工知能が持っているものだが、それの原初的なものは人類にも認められる」と。
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奈良公園の鹿データベース

naranoshika.jpg昨日に続いて、顔認識のことだが、うってかわって、なんともほのぼのした話題。

奈良公園の鹿のデータベースを作成しようという産官学のプロジェクトが進行中だそうだ。報道では、まちづくりコンサルタントの片桐新之介さんのアイデアで、鹿をデータベース化し観光振興に結びつけるもので、県のビジネスコンペで審査委員長賞を受賞、観光業界から実用化が望まれ、奈良先端科学技術大学院大学の浮田宗伯准教授に、画像で個体を特定できる顔認識アプリの開発を依頼したとのことである。

街並にスマートフォンを向けたらその街の情報が出る拡張現実(AR=Augmented Reality)技術アプリや、写真を撮ってそれが何か答えてくれるGoogle Gogglesのようなものになるのだろうか。
スマートフォンを鹿に向けたら、名前(そもそも名前がついてるのか?)、性(みたらわかる?)、年齢などが表示されるようになるかもしれない。死んだ鹿に向けたら、名奉行よろしく「犬です」と答えるのだろうか。

おもしろい。実現すれば、イグノーベル賞がとれるのではないだろうか。

ただ、私には気がかりな点もある。
大量の鹿の画像を自動的に識別するのか、それとも、人間がある程度識別してコンピュータに教えてやるのか(いわゆる教師あり学習)。
自動識別だと、私のパソコンの「思い出フォトビューア」も顔を自動識別するが、同じ人を別人に分類することが多い。その逆もたまにある(親子で特徴が似ているのかも)。
教師あり学習だと、そもそも人間が間違って教えてしまう危険がかなりありそうだ。
アイデアを出した片桐氏が撮った大量の鹿の写真をパソコンで読みこんで、目や鼻のデータを蓄積し、認識の精度を高める努力をしているそうだが、コンピュータの識別が正しいかどうかが、はたまた人間の識別が信頼できるか。

動物(行動学)の研究では、動物の個体識別が不可欠であるという。欧米の研究では、対象動物にしるしをつけるのが主流だったそうだ。鳥なら足環、犬とかだったら首輪、虫なら小さくペイントを塗る。日本の研究者がニホンザルを研究するときは、そういう人為的なしるしはつけず、もちろん個体のはっきりした特徴もあるが、その「雰囲気」みたいなものも含め、まるで人間の友達を覚えるように相手を覚えたという話もある。

人間の認知機能は、人の顔を見分ける方向に進化してきているというから、人間だったら問題ないが、さて、鹿の場合はどうだろう。
「奈良の鹿愛護会」という財団があって、身体計測や個体識別の活動もされているようだ(ただ、身体計測には、目の感覚とか鼻の位置とかはないだろうな)。名前は付けてるのかな?そもそも名前を付ける権利ってどうなってるんだろう、星に名前を付ける話はよくあるが。鹿の命名権とか、売れないかな。
いずれにせよ、鹿愛護会の協力がないと、データベースの精度は上がらないのではないだろうか。

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顔画像追跡実験

JRosakast.jpgJR大阪駅で計画されていた顔画像追跡実験が中止になった。
大阪駅の1日約43万人に対し、カメラ90台を使って顔認識を行い、人の動きを追跡するという実験だった。
これが、「プライバシー保護の観点」で、一般利用者が入れない場所での撮影に限定し、かつ、予め文書で同意を得た50人程度の関係者のみの追跡となり、11月から来年1月までの間で3回だけ実施するという。

実験計画が好評されると、市民の反対運動が起こり、大阪市議会が、慎重な取り扱いを求める意見書を採択し、このような形に落ち着いたらしい。

報道されている実験目的は、人の流れを把握し、防災に役立てるというが、そもそも、ビデオ画像から自動的に顔を認識・マッチングさせ、同一人を追跡するという技術が、どの程度のものなのかを実験で確かめるということもあるのではないだろうか。(その程度ならとっくに技術が確立しているのかもしれないが)

テレビの刑事番組などでは、事件が起これば近辺の防犯カメラ画像を捜査員がチェックするシーンがある。プライバシー保護をいう人は、警察の捜査での利用は問題ないと考えているのだろうか。

以前の私の職場近くで殺人事件があったのだが、警察が、近隣の防犯カメラの画像に写っている人をチェックして、身元が分からない人の確認を行っていたらしく、私の職場に来ていた人と照合したいので捜査への協力を依頼された。個人情報であるが、捜査への協力については外部への提供制限の例外になるわけだから、協力する法的な根拠もあるので、提供したことがある。

このとき「本人の了解をとったほうが良くないですか」と言った担当者がいたが、万一その中に犯人がいたら、警察が首実検に来るとわかったら逃亡するおそれがある、本人了解をとることが逃亡幇助になるかもしれない、ということで、その意見は無視した。


顔認識というのは、今やいろんなところで、主としてセキュリティ対策として利用されている。
空港での、テロリストとの照合はよく知られていると思うし、韓国へ入国するときは、顔写真をとられ、出国時に照合されているようだ。
顔ではないが、自動車のナンバープレートは高速道路などに設置されたカメラで撮影され、自動的に識別されて、記録される(Nシステム)。これも刑事ドラマなどで良く見るシーンである。(今や、人間の眼で判別できないような画像からでも、コンピュータは判読するらしい。)

今は、みんなスマートフォンなどでいつでも簡単に写真を撮れ、それがすぐネットにアップされる。それがもとでさまざまなトラブルが起こっているが、ネットにあげなければ普通は問題にはなりにくい。

大阪駅の実験はセキュリティ上の必要性が認められないから反対されたのかもしれないが、普通、犯罪者ならこういうシステムに反対するのはわかるけど、どういうプライバシー上の危険があると考えているのだろうか。
みなさん、普通は、顔を隠すことなく歩いている(顔を隠して歩いたら怪しまれる)。それがいろんな意味のコミュニケーション上、必要だからである。そこにプライバシーという意識はない。

そういえば、以前、テレビの実録番組で、大きな駅の裏方で、防犯カメラを見つめている警備員の姿が紹介されていた。たとえば、危なっかしい酔っ払いの行動を見つけたら予防的対応もしていたと思う。これは明らかにプライバシー(ほっておいてもらう権利)の侵害である。ただし、本人の安全確保と周囲への迷惑防止がそれに優先している。

私が思うに大阪駅の実験は、防犯カメラに比べたら、はるかにプライバシー上の問題は少ないと思う。
プライバシー侵害において、本質的なのは、撮られた画像が、他のデータと照合されることである。

防犯カメラの例では、画像を出発点に、その顔をシステムの外に探す。
空港でのテロリストとの照合は、事前に外部から与えられるテロリストと指定されている顔と照合する。


大阪駅の実験では、顔は記号にすぎない。外部のデータとの接点はない(と実験者が説明している)。
そこに守るべきプライバシーがあるとは、私には思えない。
顔はプライバシーではなくて、顔で識別される特定個人に対してプライバシーがあるのだと、私は思う。
そこに写っていることが問題なのではなくて、そこに写っている顔が誰かがわかることが問題なのだ。

ところで、本当なら、大阪駅の実験では、もっとおもしろいことができたかもしれない。
  着ている服や持ち物と動線の関係、カップルの動線、親子連れの動線、……

個人情報保護とかプライバシー保護とかを問題にする人の根拠は「気持ち悪さ」以上ではない場合も多いと思う。
もちろん、それも無視することはできないし、それを十分配慮した実験や施策でなければならないとは思うのだが、「気持ち悪さ」を優先しすぎると、目にできる写真はこんなものばかりになってしまう。こっちも結構気持ち悪い。

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ネット配信の海外企業にも消費税へ

K10041086811_1412190611_1412190623_01.jpg朝のニュースで、「自民党税制調査会が、来年度の税制改正で、インターネットを通じて音楽や電子書籍などを販売する海外企業にも、国内の企業と同様に、来年10月から消費税の納税を義務付ける方針を固めた」、と報じられていた。

この問題については、以前、「honto電子書籍」の稿でもちょっととりあげていて、そのときは同じ電子書籍が、Amazonで463円、hontoで500円で売られていると書いたのだが、今日のこのニュースであらためて、どんな状況か見てみた。

amazonjunmaishu.jpg
そうすると、たとえば、「純米酒を極める」の電子版は、Amazonでも、hontoでも648円で売られている。しかも、あろうことか、Amazonでは、(税込)と表示されている。(税込)のリンクを開くと消費税の説明があって、
Amazon.co.jp が販売するKindle本(電子書籍)、デジタルミュージック、アプリストア商品および一部のPCソフト&ゲームダウンロード商品には、消費税は課税されません。
おいおい、これじゃ益税じゃないか。
別の本はどうかと調べると、「電子図書館・電子書籍貸出サービス」という本は、Amazonでは1900円、hontoでは2160円になっている。
そこで、再販売価格維持制度について調べると(Wikipedia)、電子書籍はこの制度の対象にはなっていないらしい。つまり、いくらで売ろうと勝手、ということになるようだ(つまり益税ではなく、単なる利益)。

以上は消費者目線の話だが、もし課税するとなると、どういう事務処理をすることになるのだろう。
まず気になるのは、税額は、仕入れ段階で納入済みの消費税を差し引くはずだが、海外企業の場合はどう計算するんだろう。海外はインボイス方式がとられているところが多いから、理屈ではそれで証明できるのかもしれないが、日本の税当局はどう考えるのだろう。
海外ではどうしているのだろう。アメリカなどは州によって税率が違うけれど、どう運用されているのだろう。

そういえば、次の消費税の税率アップでは、軽減税率の導入が検討されているが、これも面倒くさそう。
食料品は生活必需品で軽減税率となりそうだが、ウナギもイワシも同じだろうか。
あるいは、イワシ(生)、イワシ(目刺し)、イワシ(缶詰)は同じだろうか。
衣料品も生活必需品という面もあるが、○○コレクションとかに出るようなのはとてもそうとは言えない。
レジ打ちも大変だろうな。
また、システム特需が発生する。
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寒い

000020yhjpg-4.jpgこのところ寒い日が続く。
昨日は、自宅の近くでも、前日の雨で溜った水が氷になっていたし、大阪でも雪がちらついた。

冬は寒いものと思うし、例年、1月、2月はもっと数値の上では寒いはずだが、やたら寒い。
急激に寒くなったため、まだ、体が寒さに適応できていないのだろう。

何かで読んだ覚えがあるのだが、体が気候に対応するのは1年かかるという。
夏暑ければ、体は汗腺を増やして暑さに備える、それは1年後の夏に効果をあらわすのだそうだ。
同じように冬寒ければ、体は何らかの対応(体毛?、皮脂?)をして、1年後の冬に効果をあらわすのだろうか。
だから、海外勤務などで1年おきに暑いところ、寒いところを移動するのは最悪らしい。
これに対し、今寒いのは、短期の慣れの問題だと思うから、1月、2月のもっと寒くなる時期には慣れの効果が出てくるかもしれない。

こんなことを言ってられるのは、豪雪地帯でないからで、そういう土地では、今降り積もった雪の上に、また雪を重ねることになるわけだ。春が待ち遠しい。
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「支持政党なし」

shijiseitonashi.jpg先日の総選挙で、北海道で「支持政党なし」という名前の政党が、比例代表に届け出て、結果、10万票をとったことが話題になっている。

各党の得票数は次のとおりである。

自由民主党  744,748
民主党    688,922
公明党    307,534
日本共産党  302,251
維新の党   247,342
支持政党なし 104,854
社会民主党  53,604
次世代の党  38,342
幸福実現党  12,267

   ⇒市町村別のデータ(CSV。ただし拡張子はtxtなのでダウンロード時にリネームしてください)

「ふざけている」、とか、「詐欺」(政党名と思わず「支持政党なし」と書いたら、この党の票になる)という意見もちらほら見える。実際、疑問票の扱いとか、結構難しそうで、選挙事務を経験している市職員などは、それを狙った事情通ではないかという感想を述べていた。(それにしても、社民、次世代の得票数が、これにはるかに及ばないということがどうなのよ)

で、私も悪乗りの類と思っているのだけれど、テレビで報道されている様子では、ちゃんと幟も作って、街頭演説もやっている。冗談もここまでやるのは体力が必要。それに、案外、うまいところを突いている。曰く、

議席を得たら、採決時の賛否は、ネットで広く意見を収集して決定する

という。

まぁ、実際、党議拘束で上から言われるとおりに賛否を入れる議員と比べたら、ひょっとしたらまともかもしれないし、また、選ばれたら「私が民意だ」と言ってはばからない人もいるから、誠実といえば誠実。
候補者・政党を選ぶとき本当に政策で選ぶ人は少ないし、マニフェスト(※)に並んでいるさまざまな政策をすべて承認して選ぶわけでもない。
「支持政党なし」が、もし、きちんと管理したネット意見照会ができるなら、いわば、ミニ国民投票制度を体現することになる。(問題は「きちんと管理」、すなわち民意の集め方で、これができないから国会があるわけだが。)

この話を聞いて思い出したのだが、数年前、やはりこの「政策なし、賛否はネットで聴く」方式を考えていた知り合いがいた。そのときは、おもしろいけど、それで当選しようというのは虫が良すぎるのでは、と笑っていたのを覚えている。
ただ、まじめな話としては、何でも多数決で決めるのは知性の放棄だと私は考えているし、「民意」ほど恐ろしいものはないというのは、国を問わず今までの歴史が証明しているから、この方法を真剣に考えているなら、それは違うと言うことになる。

ところで、「紛らわしい」「悪質な詐欺」という意見があるが、選挙管理者がこの名前を認めてしまったわけだから、もう、これを消すことは難しいだろう。(事前に、疑問票が多数発生すると考えられる名前は不可、というルールがあれば良かった)

なので、この名前は、次に使いたい人に高く売れるのではないだろうか。

※マニフェスト
実行可能性が低いので公約にはできない言説。
通常、世の中で問題と考えられていることを並べて、それぞれの否定命題を作ることにより作られる。

【例】
 景気が悪いので困っている⇒景気を良くする
 災害に弱い国土が問題だ⇒災害に強い国土を作る


従って各問題の真の解決策や相互関連性(矛盾性)は考慮されず、実現可能性も吟味されない。
ただし何を問題として重視するかの順位づけによって政党の個性を示すことはできる。

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GPファイナルの手羽先集

ragionova-crop.jpg先日のグランプリ・ファイナル出場6選手の手羽先。

この季節、生手羽先の収穫は困難だが、ネットものは豊富。
(画像クリックで全身像。その前に誰かわかる?)

  toktamisheva-crop.jpg
pogoriyava-crop.jpg17歳でも独特の色香。
今のところ運動性能重視の15歳。

wagner-crop.jpeg  
hongorika-crop.jpg23歳の下半身の肉付き。
スレンダーな体、上下肢の長さ、スタイルはこの16歳がトップかな。

  lipnitskaya-crop.jpg       
本来の演技ができなかった16歳。
ゴールド欠場の繰り上がり出場で、まだ抜け切れていない18歳。

このなかで、私が贔屓してるのはアシュリー・ワグナー選手。
この6人のうちではもっとも熟しているからだ、というのもあるけど、以前、「まあまあの娘(almost girl)」と評されているということを聞いてから応援したくなった。最近では米国勢ではゴールド選手の陰になった感(almost girlに逆戻り?)があるが、まだまだ続けてほしい。


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羽生結弦GPファイナル2連覇

slide_389334_4706568_compressed.jpg羽生結弦選手が、グランプリファイナルで2連覇した。

前に「羽生強行出場、競技運営の改善は」では、これから何年も世界チャンピオンを維持するだろうから、1年ぐらい棒に振ってもどうということはない、と書いたけれど、今年もチャンピオンを維持するという結果になった。
事故の精神的な影響も心配なさそうだ。野球選手では、死球で大きなけがをした選手が、それがトラウマになって、その後、あまり活躍できなくなったというような話もあるが、そういうこともなさそうだ。

それにしても、羽生選手は強い。
スケートについては全くの素人で、ジャンプの種類もわからないし、それどころか、うっかりすると、今跳んだのは4回転か3回転かもわからないぐらいだけれど、羽生選手のジャンプは他の選手とはレベルが違うように思う。

回転軸がまっすぐで、体が全然ぶれない。もちろんこれは美しいのだけれど、何より、力学的に無理がない回転をしているのではないかと思う。回転することによって、むしろジャイロ効果で体勢が安定するのではないかと思うぐらいである。
理屈上、跳んでから回転を与えることはできないはずだから、跳ぶときに回転力を与えるわけで、それは体のひねり、上下肢の回転運動として起こると考えられる。そして羽生選手の場合、その腕や足の回転軸への引き付けがとても速く、回転する体勢がすぐに完成しているように見える。これによって角運動量の多くが回転速度上昇に寄与するだろう。
こうした、力学的に無理がない→安定している→美しいジャンプは、他の選手でも時折見られるが、それがほぼ常時見られるのは羽生選手ぐらいではないだろうか。

羽生選手が出始めのころ、ショートは良いのだが、フリーになると必ずばててしまっていた。私などは、美しい天才だけれど脆く、これでは金メダルは難しいだろうと思っていたのだが、スタミナ問題も克服したということだ。
聞けば、羽生選手は喘息があって、そもそも体力的には不利だそうだ。ただ、ひょっとしたらそういう体力的な不利があるからこそ、力学的に無理がない、すなわち体力の消耗が少ないスタイルができたのかもしれないと愚考する。

体操では多くの技に大変な筋力を要するわけだが、聞くところによると、技を覚えるときは力任せの部分があるが、覚えてしまうと、筋肉の使い方を学習して、あまり力がいらなくなるそうだが、羽生選手は、それが最初からできるのかもしれない。

とにかくおめでとう。
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USBオーディオプロセッサが動かない

USBaudioprocessor.jpg新しいパソコンで互換性問題が発生。
ONKYO SE-U33GXVというUSBオーディオプロセッサ(写真下)が動作しない。

前に、アナログ・レコードのディジタル化に書いたが、そちらで使っているのはCREATIVEの製品(写真上)。
新しいパソコンは、前のパソコンでもそうだったのだが、リビングのオーディオ・セットの音源でもある。

パソコンのオーディオ端子と、USB外付けサウンドプロセッサ経由の音は、あきらかに違う。パソコンのオーディオ端子からの入力では、高品位なオーディオセットではまともな音がしない、というかアラが目立つ音になる。リビングのスピーカーはTANNOY Arundelという割りに大きなスピーカーなので、そのあたりが正直に出て、聴くに堪えないことになる。


それが、鳴らない。

Windows8用のドライバーがあるのかと思って探したが見つからない。メーカーのホームページを見ると対応OSにWindows8がない。そもそも説明書を読むと「Windowsの標準ドライバーで動作するので、ドライバーのインストールは不要」とある。

SE-U33GXVには、SE-U33GXV2という後継製品があるし、Creativeの同種製品もある。一番費用のかからないのは、前のパソコンを音楽再生専用機にするという方法(邪魔だけど)。
そういえば、随分前に使っていたCreativeの同種製品もXPまでしか対応していない製品で、結局、新しい機械に買い替えたのだった。

で、ふと気がついた。アナログ・レコードのディジタル化に使っている、Creative USB Sound Blaster Digital Music Premium HD(写真上)は、Windows8対応はしていないのだろうか。Creativeのサイトを調べると、あった。Windows8対応ドライバーが配布されている。
早速、ダウンロードしてインストール、無事、作動。
そもそもアナログ・レコードのディジタル化に使っていたネットブックはAtomプロセッサでかなり非力。この際、前のパソコンをその役割にして、従ってWindows8で動かなかったUSBオーディオプロセッサもそのままくっつけて使えば良い。
ネットブックは本来の使い方、つまり持ち出し用にすれば、めでたしめでたし、というわけ。

それにしても、Windows標準ドライバで動くと言うのも善し悪しだ。デバイスドライバというのは、OSとハードウェアの間にあるもので、OSの開発・維持管理負担を下げる役割があるはず。インターフェイスが標準化されているストレージ類ならともかく(SDカードを挿すたびにドライバをインストールするような事態は困る)、サウンド系のような特殊なハードウェアは、やはりハード側でドライバを用意するのが正しいと思う。

ところで、リビングのTANNOY Arundelはエッジが傷んできていて、これをとりかえる大修繕作業をしなければならない。修繕キットを購入してから半年以上たっているが、まだ手つかず。こっちのほうがずっと大変だ。
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休刊日

teba141030r.jpgteba141030r.jpgteba141030r.jpg本日は月例の休刊日。

teba141030.jpg

teba141030rr.jpg





























採集地:K橋

今日は、以上です。

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高速ビデオ変換

このところ、Windows8の悪口を続けたが、新しいパソコンの購入動機は高速化、ハードウェアには罪はない。

たとえ10倍速いといっても、0.1秒かかる処理が0.01秒になっても(キーやマススへの反応のすばやさは大事だが)、それほどのありがたみはない。問題になるのは、もともと何時間もかかるような処理である。2倍速いだけでもその恩恵は大きい。
時間のかかる処理の代表的なものが動画編集・変換であろう。どのぐらい速いかをチェックするために、DVDビデオを変換してみた。

使ったのは、「椿姫」のDVD(isoファイル)、再生時間2時間10分。
これを、Handbreakで変換。動画コーデックはintel QSV(H.264)を指定、MKVコンテナに入れる。
なんと、10分ちょっとで変換が終了した。実時間の1/13である、スゴイ。
  handbrakevideoselect.png

前のPCでもHandbreakでDVDビデオをmp4に変換していたことがあるが、だいたい実時間よりも長くかかっていたと記憶している。今回、パソコンのスピードテストで動画変換をやってみようとして、Handbreakをインストールしたのだが、新バージョン0.10.0の主な変更点として、Intel QSVを利用したエンコードが可能になったとある。

実はこれまで、intel QSV(Quick Sync Video)については存在も知らなったのだが、intelの第4世代CPUに実装されているintel HD graphicsにあるビデオ・コーデックのようで、これだとハード的にエンコードするので、大幅な高速化ができるらしい。ネット情報では、アプリケーションによるが、ソフトウェア・エンコードの2倍ぐらいの速さになるといわれている。
そして、今回のテストでは、変換中のCPUビジー率は23~25%である。これなら、裏で動画変換をしながらでも、Word、Excelが使えそう。

これほど効果があるのなら、動画関連ソフトはintel QSV対応が必須ではないかと思う。

蛇足だが、MP4でなく、MKVコンテナにしたのは、mp4では字幕は焼き付けになるが、MKVだと字幕のon/offができるというので。MKVだと再生機器が限られるのか心配だったが、今回テストした変換結果のMKVファイルは、AndroidのVLCプレイヤーでも再生でき、字幕のon/offもできた。

それにしても、マルチメディア系は、いろんな規格があって大変ややこしい。
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そんな簡単な問題は出さない

7歳の男の子が、数学検定2級(高校2年相当)に、最年少合格したと、昨夜のテレビで報道されていた。なかなか将来が楽しみな子である。受け答えも、とてもしっかりしている。一歳違いの姪などと比較すると、ヒトとサルの違いといったら叱られるだろうか。

で、テレビで例題として出されていたのが次の問題:
1から6までの数字を使って6桁の数を作るとき、3の倍数になる確率はいくらか。

で、この子供の答え、そして正解は、1。つまり、常に3の倍数になる。
1から6までの数字を1回ずつ使えば、各桁の数字の和は21で3の倍数だから、全体として3の倍数になることは、基本的な知識。ただし、この子がそれを知っていたのか、それとも一から推論したのかはわからない。

一からやるなら、各桁を、100…0×n=(99…9+1)×n という形にするのが普通。子供のノートもテレビに写っていたが、modの文字が見えたのはちょっと不思議。テレビ局のやらせで、計算している雰囲気を出したのかも。
また、この問題にキャスターが驚き、膳場貴子さんは、わかるかも、と言っていた。
しかし、これはみんな学校で習っている知識。
なぜか数学というと、習ったことを忘れているのが普通と思っているらしいが、それはおかしいのでは。


ところで、私は、1/3だと思った。
というのは、上述のことはアタリマエだから、そんなくだらない問題が出るはずはないと思ったから。で、1から6までの数字を、何回でも使って、6桁の数を作るとき、と考えた(テレビのテロップをしっかり見なかったので、どこまで正確に表現されてたかわからないが)。そうするとこうなる:
上位5桁で作られる数がAとする。1の位の数をnとするとき、nは1から6までなので、A+nが3の倍数になるのは、Aによらず、6通り中2通りである。
したがって全体として3の倍数になるのは1/3の確率となる。

これでも十分簡単だけれど、それでも最初の解釈よりは数学っぽい。

学生のとき、試験で教官が問題中に条件を一つ書き忘れていたことがあって、そのために自明の解ができてしまった。学生の中にそれを指摘したのがいたのだけれど、教官の答えは、「そんなくだらない問題を出すはずがないだろう。そういうミスを突くのでなくて、まっとうな問題に訂正して答えるのが求められている。」

別にこの子にケチをつけているわけではない。
くだらない問題はくだらないと言えるぐらいにはすぐ成長すると思う。
ガロアが、口答試問で試験問題をくだらないと言って、エコールポリテクニクの試験に不合格になったという伝説もある。
(でも小学校でそれを言うと先生に叱られるだろうな)

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「IP電話は災害に弱い」報道

K10038248811_1412090913_1412090922_01.jpg徳島県の大雪で、多くの家が孤立していたが、全世帯の安否確認ができたと報道されていた。まずは安堵するところである。
ただ、気になったのは、いくつかの報道機関が、IP電話が通じないことが事態を悪化させたというように報じていたこと。
記事では、従来の有線電話は電話局からの電気で作動するから、停電しても通ずるということを正しく伝えているが、一方で家庭の電力に頼るIP電話の脆弱性を責めているようにも読める。

ただ、これはもともとわかっていること。
今から二十数年前のことだが、米国のFTTH実験地区(Heathrow, Florida)を視察したことがある。
高級新興住宅地で、各戸に光ファイバーが配線され、ケーブルテレビ、セキュリティ監視、そして普通の電話のサービスを提供しているのだが、各戸のガレージにはかなり大きなバッテリーが備え付けられていた。
米国では、電話はライフラインと位置づけられていて、停電しても使えなければならないので、バッテリーバックアップをするということで認可(多分、州か自治体のパブリック・サービス委員会)されたと聞いた。

また、私の個人的経験だが、今の家を建てたとき、当初5年間は、セキュリティ・サービスへの加入が条件になっていた。当時は光ファイバー整備が進んでいなくて、その地区もまだ光ファイバーを敷設していなかったから当然だが、セキュリティの遠隔監視用回線はNTT回線(電線)を使っていた。しばらくして、光インターネットのサービスがはじまり、光電話も使えるようになったが、セキュリティ会社は光電話への変更を認めてくれなかった。やはり、停電しても使える回線でないと責任をもって監視できないという理由だった(その後、強引にお願いしたら、契約解除も困るからだろう、OKになった)。

そういうことを配慮してであろう、多機能電話やFAX付き電話はAC電源につなぐが、多くの製品は、AC電源をつながなくても電話はできるような仕様になっていた。(私は、電話局からの給電で電池を充電できないかと考えたこともある。光ファイバーになったらそういうわけにはゆかない。)

ということで、その「脆弱性」は、割りに良く知られていたはずだ。もちろん、電気や電話の知識がない人は、そういうことは全く意識していなかったかもしれないが、それならばこそ、バッテリーバックアップのことなどもちゃんと情報提供しておくべきだっただろう。

ところで、テレビ報道では携帯電話を持っている家も多く、だとすると、IP電話だけで通信を維持するという考え方をとる必要はない。ガラケーなら、2~3日はバッテリーが持つと考えられるし、簡単なモバイル・バッテリーを用意しておけばさらに安心である(乾電池式のモバイル・バッテリーなら充電量なども気にしなくて良い)。
IP電話を動作させるためには、メディア・コンバーターとIP電話アダプタが動かなければならないから、所要電力も大きいと思う(そもそも電話機自体が携帯電話よりずっと電気を喰うと思う)。
報道によると、防災行政無線の宅内機器はバッテリーを積んでいて、ここから情報は得られたようだ。IP電話、携帯電話、防災行政無線の組合せ次第では、より安心できる通信網を低コストで作れるかもしれない。
要するにIP電話だけを悪者にするのでなく、というか、一つのラインに頼って、それを完璧にすることを考えると、とんでもなく高いコストになることは必定である。そして実際にはうまく働かないことが多い。独立した複数のシステムによって保障する「集団安全保障」が大事であろう。

ところで徳島県では、ケーブルテレビを利用したインターネット、IP電話が多いと伝えられているが、徳島県は全県域へのケーブルテレビ普及を県が推進していたと聞いている。
もともと、徳島県は大阪のテレビ電波(VHF、アナログ)が拾えるところで、県民の大多数がちょっと良いアンテナを立てて、大阪のテレビを見ていたそうだ(ちなみに徳島県は近畿知事会にも入っている)。そのため、ローカルテレビ局が立地せず、もし単純に地上波デジタルへ移行していたら、多くの県民が見られるチャンネルがぐっと減ることになったかもしれない(区域外再送信の許諾も系列ローカル局が少ないので、かえって円滑にいったらしい)。

ケーブルテレビの推進は、県としては当然のことだっただろうし、他の選択肢もなかったと思う。
ただ、停電したら使えません、というか正確に、停電したらバッテリーで動かしてください、という説明も、危機管理上、しておけば良かったかもしれない。


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Windows8はマルチユーザーをどう考えているのか

photoviewer.png新しいパソコンのシリーズ。
先日は「Windows8って、何をしたいの?」で、使いにくいと書いたが、今度は個人での使いにくさではなくて、マルチユーザー対応という面から。

私のPCには、「思い出フォトビューア」というアプリがプレインストールされていて、スタートメニューから起動する。ピクチャライブラリから、日付、地域(GPSデータ)、顔認識で、写真を自動的に整理してくれるアプリで、おもしろいし、写真を探しやすいので、なかなか良いと思うのだけれど、ちょっと気に入らないことがある。そのことをサポートにメールで聞いてみた。
【質問】
思い出フォトビューアに取り込んだライブラリを同じPCを使用する他のユーザーと共有する方法があれば教えてください。
家族で写真を共有することはニーズが高いと思います。方法がないのなら機能拡張を希望します。できればライブラリを切り替えられるのが良いと思います。

【回答】
お伺いさせていただいた内容について、思い出フォトビューアにて保存 して頂いたファイルの共有についてお調べさせていただきましたが、他 のユーザーとの共有が出来かねる仕様であることが確認できました。 誠に申し訳ございませんが、何卒ご了承ください。
なお、現状思い出フォトビューアの機能拡張、アップデートの予定はございませんが、今回いただいた内容につきましては、「お客様の声」と し関係各所の報告し、今後の開発の参考とさせていただきたいと存じます。
ということである。すぐに回答が来たのは、きっと同じことを質問する人が多いからではないだろうか。

Windows8のストアアプリ(メトロスタイルアプリ)は、タブレット用であり、マルチユーザーについては考慮の外らしい。アプリがマルチユーザーを配慮しないのはアプリのメーカーというより、Windowsストアアプリのコンセプト不徹底に責任があるのかもしれない。
そもそも私は、メディアプレイヤーやフォトビューアのようなソフトが、勝手にPCのディスクをスキャンするのは嫌いで、スキャンする場所を設定できないのは不愉快である。余計なことをするなと言いたい。

Windowsの従来のソフトの場合、たいていはこうしたスキャンの対象をユーザーが設定できる。だから、その対象をパブリックのものにしたり、アクセス権がEveryoneのフォルダにしたりすることができて、安心して使える。
ということは、アプリが特にマルチユーザーを意識しなくても、データの場所が設定できさえすれば、アクセス管理はOSに任せることができるのではないだろうか。(あの使いにくいiTunesでもライブラリの場所は指定できる。)

私がiPhon/iPadが気に入らないのは、アプリが扱うユーザーデータが、それぞれのアプリの管理下におかれ、自由にフォルダーを変更したりできないこと。これはiOSがストレージへの自由なアクセスを制限しているかららしいが、Androidの場合、特にroot権限が必要なところ以外は、かなり自由にデータをおけるようなので、開発者がデータの場所をユーザーが設定できるようにさえしておけるはず。フォルダ指定ができるアプリが多いのもそういうことだろう。

私のパソコンの使い方のスタイルは、まずデータに注目して、このデータを何で処理するか、が基本なので、タブレットでもフォルダーショートカットは必須だし、Windowsパソコンでも右クリック(コンテキストメニュー、「送る」)を多用する。アプリ→データという流れも必要だが、両方あるのが良いと思う。

私のPCには「TVコネクト・スイート」というDLNA(DTCP-IP)クライアントもプレインストールされている。LAN上のビデオレコーダーの録画データもWindowsからファイルとして見えるのだが、右クリックしてTVコネクト・スイートに送りたいのだが、これもできない。アプリを起動して、いちいち録画番組リストを出して選択するなどという面倒なことをやらされる。なおネット上のファイルへのアクセス管理にはアプリは口を出さないようだ。


Androidでは4.2からタブレット用はマルチユーザー対応しているし、次期バージョンではスマートフォン用もマルチユーザー対応するという。iOSが追随するかどうかはわからないが、Windows8はもともとマルチユーザーOSである。ストアアプリもそれなりのマナーで開発されるだけで良いと思うのだが。

パソコンが出始めたとき、パーソナル・コンピュータ(パーソナル・コンパニオンではない)だから、マルチユーザーにする必要性はないのではないかと思ったこともあったが、自分以外も触る可能性がある状況では、マルチユーザーOSというのはちゃんと意味がある。
(昔、珍之助さまからの「S総研のA子さん来てるから、飲みに来い」メールを見られて、痛くもない腹を探られた覚えがある。)

最初の話題に戻るが、アプリのメーカーが対応しなくても、そのうち裏ワザ(レジストリのいじり方とか、パッチの当て方とか)が出てくるかもしれないが。

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スタートボタン復活

classicshell1.png新しいパソコン(Windows8.1)に、スタートボタンを復活させた。

何をしたいかというと、インストールされているソフトウェアの一覧が出せて、それを選択実行できること、および、そのショートカットを作成できること。使っているうちに、どういう設定が便利かなどがわかってくるから、それを素早く、簡単にマシンに反映したいわけで、おしつけがましいメトロはどうも好きになれない。

なので、Windows7に見せかけることが目的ではない(似てれば似てるほど慣れたインターフェイスになるので良いとも言えるが)。スタートボタン復活だけでなく、スタートメニュー風ランチャーも含めてネットを探索。同じようなニーズを持つ人は多数のようで、いろいろなソフトが出ている。
私が試してみたのは、スタートボタン復活系が、StartMenu8、秀丸スタートメニュー、Classic Shellの三種類、ランチャー系が、Orchis。

Orchisは悪くないのだけれど、スタートボタンを設置するわけではないようで、慣れないとわかりにくそうだし、メニュー表示のトリガーがいろいろあって良いというが、いろんな割込みをフックするわけで、負荷が高いかもしれないということで、暫く使ってアンインストール。

StartMenu8は、インストール時に、「百度の検索を入れませんか」とか「Advanced Systemcareは」とか、いろいろオマケを要求してくる。オマケはすべて拒否してインストールはしてみたものの、勝手にネットに情報を流していたアプリ事件とかもあるので、このソフトが悪いわけではないのだろうが、敬遠してアンインストール。

秀丸スタートメニューは、Windows3.1時代から使っている秀丸エディタのファミリーなので安心してインストールして、なかなか良いと思った。ショートカットも作成できる。ただし、ctrlを押しながらドラッグしないと、秀丸スタートメニューから消えてしまうので、うっかりするとあちこち探すことになるかも。

classicshell2b.png最初の1日の間は秀丸スタートメニューの状態にしていたのだけれど、もっと他にないかと探して、Classic Shellにたどりついた。
秀丸スタートメニューでは、Windows8.1のスタートボタン(メトロ画面へ)の横に「スタート」ボタンが出るのだが、Classic Shellでは、Windows8.1のスタートボタン(インチキスタート)が置き換わるので、こちらの方が、誤操作しにくいと思う。Windows7により近いスタートメニューが出るので、当面、これを使うことにした。

Classic Shellを使っていると、ログイン後、Windows8スタートメニューを出さずに、直ちにデスクトップにするという設定もあるので、これもオンにすることにした。もちろん本来のスタートメニューは、Classic Shellのメニューの一番上に置かれる。
不満な点は、メニューから「プログラム一覧」を選んだ時に出てくるサブメニューの大きさが小さいこと。やたら長いリストが出るのも困りものだが、ちょっと短すぎるような気がする。このあたり、好みで設定できるともっと使いやすいくなるのでは。

それにしても、私のようにWindows7からの移行組はこういう苦労をするわけだが、パソコンに詳しくない人は、スタートボタン復活ソフトをネットからダウンロード/インストールするとも考えにくいのだが、どうしているんだろう。
それと、初めて接するパソコンがWindows8の人たちはどうしているのだろう。
このままでは、タブレットの伸長を後押しする結果になりますぞ、Microsoftさん。
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Windows8って、何をしたいの?

ちょっと日が空いたが、高速パソコンにグレードアップの続き。

新しいパソコンのOSは Windows8 (8.1 update)である。
このバージョンのリリースは、今年の4月だったから、既に多くの人がこのOSを使っているだろう。
Windows8から、随分、見た目が変わっていることは知っていたし、ネットの評でも使いにくいというのがとても多いようだが、新しいパソコンを買うまで自分のこととして考えたことはなく、情報もほとんど集めていなかった。使いにくいといっても、回避する方法はあるだろうと高をくくっていた。
そして、実際に使ってみると、これは使いにくいなぁ、というか、何を余計なことを、と実感した次第。

Windows8metro.png

メトロというらしいが、スタート画面のタイル形式のユーザーインターフェイスが気に入らない。
というか、タイルだけならそれはそれでいい。しかし、デスクトップと行ったり来たりするのは、デザインの統一性がない(デザインとは見た目の美しさではない。機能性のことである)。スタート画面からメールアプリやカレンダーを開いて、閉じたらデスクトップ画面になるなんて、どういうことだ。

私は、複数のアプリケーション(複数のウィンドウ)を開いた状態にして、どちらのウィンドウも完全には隠れない、つまりウィンドウのどこかが見える状態にしておき、そのウィンドウの見えている端っこをクリックして切り換えるという使いかたが普通。タスクバーで切り換える方法も悪くはないが、見えているウィンドウの端っこを掴む方が、思考が妨げられず、直感的で良い。
ましてや今回買ったPCの画面は、17.3インチ・フルハイビジョン、広い画面にいくつもウィンドウを開いて作業できるはずである。
また、私もそうだが、多くの人は、作業中のファイルの本体あるいはショートカットをデスクトップに貼り付けているのではないだろうか。私などタブレットの画面でも、良く使うデータのフォルダーショトカットをスクリーンに貼り付けている。

Microsoftの人たちって、どんなパソコンの使い方してるんだ?
開発環境だったら、それこそ複数ウィンドウを同時に開いて作業するのが普通ではないだろうか。
どういうユーザー、どういう使い方をターゲットにするかが大事なのはあたりまえとして、そもそも自分たちが使いやすいものを作ったとしても、こうはならないと思うのだけれど。

タブレットの急伸で、あせった(?) Microsoft が、タブレットに追随するつもりで、実に、どっちつかずのOSにしてしまった、というのが正直なところ。

(タブレットだったらタイルでも良いと思うし、画面が小さい以上、アプリがスクリーンいっぱいを占有してもしかたがないと思う。しかし、大した情報量も載ってない間の抜けたアプリを、なんで画面一杯にしなきゃいけないんだ。しかも、ちょっと操作するたびに、デスクトップに戻ったり、メトロになったり。そして見掛けという意味でのデザインがあまりに違うため、まるで2つのマシンを往ったり来たりしているように惑乱。

そういえば、以前、Windows phoneを数日間試用したことがあるのだが、Windows mobileで開発されたアプリが、Windows8にくっついているような感じ。それなら、パソコンでAndroidをエミュレートするソフトウェアがあるのと似たようなものなのかもしれない。

昔、Windows98が出たとき、「停止させるためにはスタートボタンを押さなければならない」と揶揄していた。

そのほか、ループなどで反応がなくなったときに、Ctrl+Alt+Del 操作をすることを車に閉じ込められたことにたとえて「ブレーキを踏みながら、ウィンカーを点滅させるとともに、ラジオの電源を入れると、ドアが開きます」というようなものとか、さんざん悪口が言われていたと記憶する。

その、当初評判の悪かったスタートボタンが、こんどは無い(インチキスタートボタンはあるが)、ということで騒いでいるわけなのだけれど。

それにしても、前のパソコンは、Windows vistaプレインストールで、評判惨々のvistaを早々に7にアップグレードしたのだが、今回は、その轍を踏むことにはならないだろうな。

なにはともあれ、まずはスタートボタンを復活するアプリケーションのインストールからはじめることにした
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忘年会

urokoya2.jpg昨夜は職場の忘年会。

地酒が充実していて、次々にいろんな銘柄を試してみた。
「新政」(秋田県)のレギュラーの冷やからはじめて、名前は失念したが燗向きの酒、定番の「大七」ぬる燗、ふたたび「新政」だが年1度の出荷とかいうのとか。

肴は刺身がおいしい。へんにコリコリしすぎてなくて、ほどよく熟しているような雰囲気。魚も熟好みです。

urokoya1.jpgこの店は酒にこだわった店なのだが、どうも生酒が多い。
生酒は、たしかにそれを楽しむのには良いと思うし、飲み比べればその違いがまた楽しい。しかし、料理に合わせるというのはどうも難しい。味が濃くて少量の突き出しとは違和感がないのだけれど、刺身にはやはりぬる燗が私は好き。

この日のメインはなんだか良くわからない鍋(はじめにカニを蒸して、その鍋にダシを足して、エビや鶏を煮ている。あとなぜか餃子も)だったのだが、生酒類との調和は疑問。結局、料理にはほとんど意識がいかなかった。なお、蟹はもう一つ。

あんまり大人数で行くような店ではないように思う。
気に入った肴を一つ、二つだけ頼んで、お酒を楽しむのに良い店だろう。

最後に、一言、おすすめです。
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「永遠の伴侶」との邂逅

今日は、モーツァルト没後223年の命日、「レクイエム」を聴く日と決めている。

写真は「涙の日」の冒頭。この8小節が絶筆と伝えられていたと記憶している。
Lacrimosa.jpg
♪聴く Lacrimosa.mp3


さて、本稿タイトルの「永遠の伴侶」という言葉は、モーツァルト関連本で良く使われているもので、一度好きになったら離れられなくなる含意があると思う。

モーツァルトを聴いたことがないという人は、耳の聞こえない人を除いていないと思うが、好きになるというのはそれを意識する瞬間がある。異性を恋人と意識する瞬間、「悪くない」から「特別」に変わる瞬間であろう。

私にとってその瞬間は、40年余り前、大学一年の頃、ヘ長調 KV459のピアノ協奏曲のレコードを聴いたとき。
シンプルで、軽快さと微妙な陰影のある曲だと思う。第一楽章を聴いていると、自分が空を飛んでいるような感覚になる。
K459-1.png
♪聴くK459-1.mp3

この瞬間を引き出した録音は、ブレンデル(Pf)、マリナー/アカデミー。今思えば少しだけれど残響過多で、そのためかちょっと甘味が強いように思うのだけれど、出会いの場所というのは格別なもので、今でも愛聴盤と言ってよい。もちろん最初に聴いたのはアナログ・レコードだけれど、同じ録音が、生誕250周年を記念して刊行された小学館「モーツァルト全集」のCDに収録されている。

アインシュタイン(アルフレート)が「モーツァルト 人と作品」に書いていたと思うが、ピアノ協奏曲は綜合であり、モーツァルトが最も良く表現したのはこのジャンルである。だから、ピアノ協奏曲を聴いているとオペラのアリアのような気がしたり、その逆にアリアを聴いているとピアノ協奏曲みたいだと思うことがある。
私がKV459で「その瞬間」を体験したことも不思議ではない。

映画「アマデウス」で描かれているが、モーツァルトという人は軽薄で傲慢、下品でさえあったようだから、彼がこの作品群を生みだしたのなら、私が好きになっても不似合と文句を言われる筋合いはない、そう納得している。

アインシュタイン(アルバート)は「死とは、モーツァルトが聴けなくなることです」と言ったと伝えられている。
出典不明ということだが「モーツァルト頌」という本に収録されている。
この本には、ショパンの言葉として、死の床にあるショパンを訪れた友人がショパンの曲を演奏しようとしたときに、「本物の音楽にしてくれ、モーツァルトを」と言ったというようなことも載っている。

もし私が死の床にあって意識が曖昧になったら、モーツァルトを聴かせてもらいたい。
それで無反応なら延命措置は不要である。

(いや、その、いきかえるかもしれんから、そうあっさりと、ころされてもこまるのやけど)

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はやぶさ2、打ち上げ

sk_hayabusa02_04.jpg「はやぶさ2」が打ち上げられた。
1年間は地球の軌道近くにいて、それから地球の重力を使ったスイングバイを行って十分な速度を得て、小惑星へ向けて旅立つという。3年半の旅だそうだ。そして小惑星の岩石を採集して、2020年に地球へ帰還する予定。

初めの「はやぶさ」は、2003年5月打ち上げ、2005年9月にイトカワに到着、2007年の帰還を予定していたところ、トラブルによって3年遅れ、2010年6月に地球大気圏に再突入した。
満身創痍ともいう状態で、ようやく生まれ故郷へ帰還し、大気圏で燃え尽きた。
サンプルを大事に守ったカプセルを除いて。

hayabusakikan.jpgこの擬人化されたストーリー、最後の満月より明るかったといわれる燃え尽きる姿が、全然、宇宙に興味を持たない多くの人の心を打ち、映画にもなった。

私は、「はやぶさ」が帰還する前、一度はダメになったと思われた「はやぶさ」とコンタクトして地球へ向かっているときに書かれた、吉田 武「はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 」(幻冬舎新書)という本で、このプロジェクトについて少しは理解したのだけれど。

宇宙開発は米国に任せておけという世論やマスコミの姿勢が研究者を傷つけたこと、同じことをNASAがやれば2桁は高い経費が掛かったろうことも。


missionsequences.jpg最後に、これほど国民的関心を呼んだのは、「はやぶさ」のストーリー性と、最後の輝きをとらえた本当の画像の力、そしてそれをとりあげたマスコミのおかげだと思う。
下世話なことかもしれないが、作り物のSF映画でも、その鑑賞にお金を出す人は沢山いるわけだが、「はやぶさ」の映画による興行収入は、少しぐらいJAXAにいっているのだろうか。

擬人化されたストーリーにさらに悪乗りすることになるが、往復6年もの旅を果たして帰還したときに、大気圏で燃え尽きてしまうのはかわいそすぎ、国際宇宙ステーションで回収するということはできないのだろうか。

「はやぶさ」は秒速12kmで大気圏に再突入したという。
国際宇宙ステーションは秒速約7.7kmで周回している。速度差秒速4kmは、おそらく自分でブレーキをかけるエネルギーは残っていない「はやぶさ2」にとっては、やはり大きすぎると思うけれど。
まんがだったら、大きな網でも用意するんだろうが。
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高速パソコンにグレードアップ

myDynabookTB77.jpg新しいパソコンを買った。
今までのパソコンはWindows Vistaが初期インストール、Windows7にバージョンアップしたもの。当時の最新モデルを買ってから5年8か月使ってきた。

その前のパソコンは4年半ぐらいでハードディスクが怪しくなって、ディスクエラーで起動に失敗したり、使っているうちにフリーズしたりしたのだが、今回はそういう不具合は特になかったので、急がなくても、というかそもそもまだまだ使えるものだった。
ただ、起動・終了がやけに遅くなっていること、全体に動作が鈍いという不満もあった。

起動が遅かったのは、存在しないネットワークドライブを探しにいってたり、オンラインストレージの同期チェックなどが大きな理由だと思うが、そのほかにICカードリーダーやら指紋スキャナーなどの常駐ソフトが多かったということもある。
しかし、起動終了だけでなく、作業中でも、マウスをクリックしてもすぐに反応しないケースや、アプリそのものの起動も遅いケースなど、いらいらすることも多いし、マルチメディア系の作業は能力不足を感じる。前のPCでも特に困ることはなかったのだけど、いらいらを解消することと、思い切って、というよりほとんど衝動的に(そろそろディスククラッシュするかもと自分を正当化して)、買ってしまった。

DynabookTB77.jpg高速化が目的だから、当然、core i7、主記憶16GB、HDDもハイブリッド。アクション系ゲームはやらないからGPUは不要。
据え置きで使うから、重さはあまり気にしないし、バッテリー駆動時間もどうでも良い。ノートタイプにする理由は、バッテリーが付いてるから電源の瞬断対策をしなくて良いと思っているから。
他、大画面のフルハイビジョン(画面が広いのが好き。字が小さければ調整しても良いし、老眼鏡を使ってもいいや)、それにブルーレイドライブ。
オフィスソフトもつけた、話題の Office 365(これについては別稿で詳しく書くつもり)。
(これで税込135,720円-1,256point は安いと思ってしまう。それが購入動機かも。)

なるほど、速い。まだ、本格的に使ってないからアプリのスピードなどは評価できないが、アプリ起動で引っかかるような感覚は、今のところない。

しかし、Windows8(8.1 update)なのである。
これはなかなか大変なものだ、続きは明日以降に。

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酒燗器

予想通り、今日は一気に寒くなり、オーバーを着込んで出勤。
そのうえ、電車が遅れていて、普通に遅れているならともかく、いつも乗る区間快速が、その前に発車する快速よりも早く出るという逆転。このため、通常なら前の快速が拾う客まで私の乗る区間快速に乗ってくるので、とんでもない混雑。いつもは座れるのに、立ったままで、乗客の圧力に耐える難行苦行の朝となってしまった。

さて、本日のお題は、昨日の「日本酒のスタンダード」の続き。
昨日書いたように、私は、お酒はぬる燗をつけて飲むことが多い。
熱燗はゆっくり嗜むという雰囲気にならないし、何より酒の香がとんでしまう。
昨日も触れた上原浩「純米酒を極める」では、燗についての講釈もたっぷりある。
ondotoaji2.jpgkannoondo2.jpg
昔は、燗がさめると不味くなるから、熱燗にしないと、飲んでる途中で飲むのがイヤになったりしたのだが、それは酒が悪いせいで、ちゃんとした酒なら、多少ぬるくなってもおいしく飲める。もっとも、今でも、紙パック入り1升1000円ちょっと程度の酒だと、熱燗にしたくなる。
もちろん体温というか口内温より低い温度になると、これはもう燗ではないと思う。40°ぐらいを維持したい。
sanyosakekanki.jpg
ただ、燗をつけるのは面倒である。

家には電気酒燗器があるのだけれど(写真上)、どうもこまめに温度調節をしてくれない。温度設定を最弱にしていても熱くなりすぎることがある。
最新の制御技術を使えば、温度変動を±1°ぐらいにするなんて簡単にできそうなのだが、
家電メーカーには、まともな酒飲みはいないのだろうか。

となると慣性恒温性を活用する手がある。つまり酒を直接温めるのではなく、水をあたためて、間接的に酒を温めれば下手な制御でも、水が緩衝剤になって急激な温度変動を防げるのではないか。
故意に難しげな言葉を使ったが、要するに湯煎。

daishichikanki.jpgネットで調べると、こういう機械はある。しかし業務用の大掛かりなものばかりで、家庭用は以前はあったのだが、今は製造されていないようだ。それは徳利が二本入る大きさなので、たとえば青木龍山の酒器で燗をつけることもできそうなのだが。(徳利の底から熱が伝わると熱くなるかもしれないから、酒タンポなどをへりに吊るのが良いのだろうけど)

やはり家電メーカーには、まともな酒飲みはいないようだ。

彼ら、家電メーカーは、酒を冷やすのは得意らしく、家庭用ワインセラーはいろいろ出されている(ただし一升瓶を収容できる製品は限られるようだ)。

ということで、おいしく燗酒を飲むのは、電気式でない湯煎式酒燗器。
写真中は、大七酒造のもの。猪口がついて蓋にもなる。大変気に入っているのだけれど、問題は徳利の容量が150mlという点。これでは途中で必ずもう一本つける必要がある。
okimekanki.jpgそこで最近写真下のものを購入。美的にはどうかと思うが、こちらは310mlの容量があるから、普段の晩酌にはちょうど良いと思う。

上原浩先生は、いろんな温度で楽しめるのが日本酒だとおっしゃっている。日本酒文化を正しく世界に広める意義もある。たしかに燗にこだわるというのは多分に趣味的な性格のものかもしれない。しかし、そういう趣味的な商品こそ、多少、値が張っても、好きな人は買うものだ。
そういう商品企画をなぜやらない。
企画力の差で韓国に負けたといわれているのだろう。

もっと微妙で、かつ高温を扱う電気炊飯器は、これでもかというぐらいの技術・ノウハウを注ぎこんでいる。それに比べればずっと簡単だと思うのだけど。
家電メーカーの酒飲みに期待する。先に紹興酒あたため機ができてしまうぞ。
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日本酒のスタンダード

junmaishuwo.jpg今日から12月、今朝は雨も降っている関係からか、比較的暖かい。夜からはかなり寒くなり、西日本でも降雪の可能性があるという予報がでている。これから一気に本格的な冬になるのだろう。
冬の通勤は寒い道と、妙に暖房のきいた電車の落差がイヤ。それに、実に殺風景(何が)。
であるけれど、鍋と燗酒が最高の季節でもある。

ということで、お酒の話。
まるっきり受け売りになるが、上原浩「純米酒を極める」(2004年)では、日本酒とは純米酒のことである、とはじまり、それも燗で楽しむことを推奨している。また、同書では、米国では、アルコール添加(アル添)酒は、醸造酒ではなく、リキュールとして扱われ、税率が高くなるとも書かれている(米国は州によって違うと思うが)。

上原氏(故人)は同書の中で、日本酒はいろんな温度で楽しめる酒であるとし、燗酒の温度が少し下がったときにまた違った味香が楽しめるとされている。
私も賛成、というか教えられたわけで、「燗ざまし」というのは悪いものという世評だが、それは悪い酒に燗を付け過ぎたときの話で、良い酒をぬる燗で楽しむ場合は、つまりぬる燗→人肌燗、ぐらいの感じになる。時間をかけて飲むのなら、スタートをぬる燗より少し高めにすれば良い。湯煎式燗器を使えば、人肌燗ぐらいからスタートして、ぬる燗、上燗にすることもできる(この方が飲みやすいと思う)。
まさに鍋の友である。

daishichijunmaikimoto.jpg同書で「大七」という酒が、日本酒を代表する酒と紹介されている。私はこの本を読むまでその存在を知らなかったのだが、「大七純米生酛」を飲んでみると、雑味がなく、のどごしがすっきりしていて、かつ酒質がきりっとしており、燗をつけると広がる酒である。上原氏が言うように割水もしてみたが、それでもしっかりしている。
上原氏の日本酒を代表するという評価は、このくせのない酒質を言うのではないか、「代表する」というのは、スタンダードという意味ではないかと思う。

おいしい酒を知りませんかと聞かれたら「大七純米生酛」をすすめるのだが、みなさん良い酒だと言ってくれる。万人向けの酒だと思う。

酒の好みとしては、麹の香が好きとか、重厚なのが良いとか、刺激する辛さが欲しいとか、それぞれ違いがあると思うが、そうした偏りも、この酒を基準にして、あまり離れない範囲に収まるような気がする。これを外れた酒は、良く言えば個性的だが、私の趣味を超えた酒ということになる。

「大七」は、以前は関西にはあまり出回っていなかったが、東日本大震災後、東北を応援するという趣旨で、東北の地酒が結構関西で売られるようになったので、飲んだことのない人は一度お試しを。

日本酒が苦手という人がたまにいて、べたべたしてるとか、臭いとか、翌日に残るとか言うのだけれど、翌日に残るというのは量次第のところもあるとして、べたべたしている、というのも、糖分が残っているから当然で、こぼせば当然べたつく(ワインも同じ)。ウォッカのようにはならない(スピリタスならみんな蒸発する)。
臭いというのは、酒の香のことでは多分なく、悪い酒であったり、保存を失敗して臭うようになっているのだろう。酒の香というのは、吟醸香のようなフルーティな(エステル系)ものや、麹の香だと思うのだけれど、不快なものではないと思う。(もっとも私は吟醸酒にときたまある強い香り―アルコールで抽出したエステル系のような奴は気に入らない。)
べたべたとか臭うというのは、醸造酒たる日本酒でなく、「リキュール」を飲んでいたのだろうと思う。

最後に、上原氏の本で、本文や巻末資料の「全量純米蔵を目指す会」「蔵元交流会」加盟の蔵の銘酒一覧を抜き出したので、お酒を選ぶときのご参考にしてもらえばと思う。

私はこのうちのいくつかしか飲んだことはないし、飲んで大したことないと思った酒もある。上原氏も「良い酒だが、もっと良くならないとおかしい」と評されているものもある。このほかにも良い酒はたくさんあると思う。(鳥取がやたら多いのは氏が鳥取で直接指導されたからのようだ。)

■銘酒リスト
銘柄 蔵名 県 
まんさくの花 日の丸醸造 秋田県 
朝乃舞 舞鶴酒造 秋田県 
羽前白梅 羽根田酒造 山形県 
鯉川 鯉川酒造 山形県 
南部関 川村酒造 岩手県 
綿屋 金の井酒造 宮城県 
浦霞 佐浦酒造 宮城県 
萩の鶴 萩野酒造 宮城県 
喜多の華 喜多の華酒造 福島県 
大七 大七酒造 福島県 
眞稜 逸見酒造 新潟県 
清泉 久須美酒造 新潟県 
福顔 福顔酒造 新潟県 
常きげん 鹿野酒造 石川県 
奥能登の白菊 白藤酒造店 石川県 
福正宗、黒帯 福光屋 石川県 
天狗舞 車多酒造 石川県 
菊姫 菊姫 石川県 
成政 成政酒造 富山県 
満寿泉 桝田酒造 石川県 
花垣 南部酒造場 福井県 
神亀 神亀酒造 埼玉県 
月の井 月の井酒造店 茨城県 
郷乃誉、山桜桃 須藤本家酒造 茨城県 
来福 来福酒造 茨城県 
丹沢山 川西屋酒造店 神奈川県 
いずみ橋 泉橋酒造 神奈川県 
蓬莱 大矢孝酒造 神奈川県 
磯自慢 磯自慢酒造 静岡県 
杉錦 杉井酒造 静岡県 
開運 土井酒造場 静岡県 
御代櫻 御代櫻醸造 岐阜県 
長珍 長珍酒造 愛知県 
天遊琳 タカハシ酒造 三重県 
るみ子の酒 森喜酒造場 三重県 
七本槍 冨田酒造 滋賀県 
京の春 向井酒造 京都府 
秋鹿 秋鹿酒造 大阪府 
奥播磨 下村酒造店 兵庫県 
竹泉 田治米 兵庫県 
富久錦 富久錦酒造 兵庫県 
龍力 本田商店 兵庫県 
篠峯 千代酒造 奈良県 
大典白菊 白菊酒造 岡山県 
雨後の月 相原酒造 広島県 
竹鶴 竹鶴酒造 広島県 
宝寿、龍勢 藤井酒造 広島県 
トップ水雷 稲田本店 鳥取県 
君司 君司酒造 鳥取県 
日置桜、蘭の舞 山根酒造場 鳥取県 
諏訪泉 諏訪酒造 鳥取県 
千代むすび 千代むすび酒造 鳥取県 
鷹勇 大谷酒造 鳥取県 
八潮 中井酒造 鳥取県 
福寿海、いなば鶴 中川酒造 鳥取県 
冨玲 梅津酒造 鳥取県 
山陰東郷 福羅酒造 鳥取県 
天穏 板倉酒造 島根県 
扶桑鶴 扶桑酒場 島根県 
國暉 國暉酒造 島根県 
旭菊 旭菊酒造 福岡県 
三井の寿 井上酒造場 福岡県 
庭のうぐいす 山口酒造場 福岡県 
石鎚 石鎚酒造 福岡県 
杜の蔵・独楽蔵 杜の蔵 福岡県 
須々許里 杜の蔵、福岡銘酒会 福岡県 
肥前蔵心 矢野酒造 佐賀県 
※上原浩「純米酒を極める」掲載銘柄(本文及び資料「全量純米蔵を目指す会」、「蔵元交流会」)
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