国税庁法人番号公表サイト

hojinbango_kohyo.png マイナンバーの法人版である法人番号、これを検索できるサイトができている。
国税庁法人番号公表サイトがそれ。

公表されているのは三情報、すなわち、法人番号、商号、住所である。
たったこれだけだけれど、これはなかなかおもしろい。
なんといっても、日本にある全法人のリストである。

スクリーンショットのように、検索は名前や住所でできる。法人の形態や設立年月日などで絞り込みもできる。

まるっきりの興味本位で、「六二郎」を商号にしている法人はないか検索してみたが、一つもなかった。

「モーツァルト」が商号に含まれている法人は16。まあ、日本モーツァルト協会とかは当然だけれど。
同じように作曲家の名前で検索すると、「バッハ」は43件ヒットするが、これは作曲家のバッハ以外に、エッシェンバッハをはじめ、○○バッハがあるからだ。
テレマン協会と言う形で耳慣れた「テレマン」では3件、「ベートーベン」も3件。

「ベートーヴェン」でも検索したが、こちらは0件。
「ワグナー」は14件で、「ワグネル」も1件ある。「大阪瓦斯」は「大阪ガス」ではヒットしないけれど、カタカナでの検索もあるので、そちらであればヒットする。
つまり、表記法のゆれには対応していないわけだが、国税庁にしてみれば、なんでそこまで対応しなくちゃいかんのだ、ということだろうけど、


以前、アンケート調査などを行うとき、企業の名簿が欲しいという話を聞いたことがある。
このサイトも役にたつかもしれない。

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日本ハムが日本シリーズで日本一に

nihon_series_2016.jpg 日本ハムが日本シリーズで日本一になった。

パリーグ贔屓の私としては、例によって日本ハムにやや肩入れしていたけれど、やっぱり大谷選手にはもう一試合投げてもらいたかったので、第7戦までもつれるのもおもしろいと思っていたけれど、。

北海道日本ハムファイターズの本拠・本社は札幌だけれど、親会社の日本ハムの本社は大阪市である。地元球団である、といっては言い過ぎか。


広島で連敗したときは、ズルズルと敗けるかとも思ったが、札幌で3連勝。
どの試合も一方的ということはなくて、終盤まで勝敗の行方がわからないという試合ばかりだったから、どちらかのチームを特に応援している者は気が気でなかったものと思う。

選手も、傑出して活躍したという選手がいるわけではなくて、もちろんMVPのレアード選手は目立っているけれど、圧倒的ということはなく、チーム全体が頑張ったという印象。

それにしてもスゴイと思ったのは、優勝決定後の広島のファンの人たちの態度。
目の前で監督を胴上げしている敵チームに対して、なんと拍手をしているではないか。
以前、甲子園で行われた阪神vs巨人戦、巨人が目の前でリーグ優勝を決めた時、阪神ファンはグランドに物を投げ入れ、巨人選手に殴りかかろうとまでして、巨人は優勝の胴上げもできずにさっさと引き上げたということがあった。
時代が変わったということなのか、ファンの品性の差なのか。

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核兵器禁止条約

K10010747411_1610280905_1610280906_01_03.jpg 核兵器の法的禁止措置に向けた交渉開始の決議が、国連の委員会で採択されたそうだ。

核のない世界をめざすという大統領をいただく米国はもちろん反対。
世界でただ一つの核兵器被爆国である日本も反対。
いろいろ理屈はあるようだけれど、米国の核の傘の下で、米国には反対できないからだと、多くの人がそう見ている。

国連総会委、核禁止条約の交渉開始決議=日本は反対―保有国抜きで来年開催
時事通信 10/28(金) 7:16配信


【ニューヨーク時事】国連総会第1委員会(軍縮)は27日、核兵器禁止条約など核兵器の法的禁止措置について交渉する国連会議をニューヨークで来年開くとした決議を123カ国の賛成を得て採択した。
 日本や核兵器保有国の米ロ英仏など38カ国が反対し、中国など16カ国が棄権した。核開発を進める北朝鮮は賛成した。
 決議はメキシコやオーストリアなどが主導し、55カ国以上が共同提案した。年内に総会本会議で採択され、正式な決議となる見通しだ。核兵器を法的に禁止する枠組みについて、国連で初めて本格的な議論が行われることになる。
 決議は「国連総会は核兵器全廃に向け、核兵器を禁じる法的拘束力のある措置を交渉するため、2017年に国連会議を招集することを決定する」と明記。来年3月27~31日、6月15日~7月7日を会期とし、国連の全加盟国に参加を促している。
 しかし、核保有国側は交渉には参加しない構えで、核軍縮をめぐる国際社会の分裂が一層鮮明になった。
 日本の佐野利男軍縮大使は採決後、記者団に対し、「実効的な核軍縮は核保有国と非保有国の協力の下で進める必要がある」と強調。反対した理由について「意思決定のあり方に国際社会の総意を反映させてほしいと主張してきたが、(決議案には)反映されていなかった」と説明した。
 決議は会議について、多数決による議決が可能な国連総会の手続き規則を用いるとしている。日本は、全会一致(コンセンサス)による意思決定とするよう提案国側に働き掛けていた。
 日本外務省関係者は「安全保障を考慮しながら核軍縮を進めていくという記述が(決議案には)ない」とも指摘した。
 日本と同様、米国から「核の傘」の提供を受ける北大西洋条約機構(NATO)加盟国など欧州諸国も軒並み決議に反対した。 
とはいうものの、核の廃止に対して、日本政府はずっと反対というか、その動きを止める方向で活動してきているから、今回の反対についても予想されたことではある。(⇒「日本外交は奇々怪々」

北朝鮮も賛成していて、もし核兵器が禁止されて、行儀の良い国がそれを遵守すれば、北朝鮮だけが核保有国で残れるとでも考えたか。


私は政府の肩をもつつもりはないけれど、たしかに現実的かどうか、半信半疑である。条約の内容を知らないから論評できないけれど、一斉にや~めたとなっても、それこそ守らない国があったらぶち壊しだと思う。

以前、「人類の敵」条約というのはどうだろうと書いたけれど、核保有はしかたがなくて、やはりその使用に規制を加える、使ったら「人類の敵」というような内容なら、反対するのは難しいのではないかと愚考する。

それに、核兵器といえども人類の科学の成果ではある。
よくマッド・サイエンティストとかが破滅的兵器を開発して、正義の味方がそれを阻止するというSFがあるけれど、私が思うには、そういう破滅的技術が開発されたなら、それを封印することはまず不可能、必ずそれを追開発する別の技術者、あるいはそれをさせる権力者が現れるに違いないと考えてしまう。できるとわかったら、すぐにマネする人が出てくる。

大変なものを発明してしまったが、それとどう付き合っていくか、後戻りはできない。

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どっちもどっち、ではない

沖縄での機動隊員の発言については、さまざまに報道されている。
沖縄県東村の米軍北部訓練場ヘリパッド移設工事の警備中、抗議する人たちに「土人」「シナ人」などと発言した大阪府警の2人の男性機動隊員について、府警は21日、「軽率で不適切な発言で、警察の信用を失墜させた」として共に戒告の懲戒処分にし、発表した。府警が不適切発言で懲戒処分にしたのは初めて。
監察室によると、男性巡査部長(29)は18日午前9~10時、「どこつかんどんじゃ、ぼけ。土人が」と発言。男性巡査長(26)がほぼ同時刻、近くで「黙れ、こら、シナ人」などと言ったという。巡査部長は10日、巡査長は11日から現地で警備にあたっていた。
巡査部長は「(抗議する人が)体に泥をつけているのを見たことがあり、とっさに口をついて出た」、巡査長は「過去に(抗議する人に対して)『シナ人』と発言する人がいて、つい使ってしまった」と説明。2人とも「侮蔑的な意味があるとは知らなかった」と話した、としている。
府警は同日付で2人を監督していた男性警部(41)も所属長口頭注意とした。
高木久監察室長は「誠に遺憾。今後このようなことがないよう指導を徹底する」との談話を発表した。

(朝日新聞デジタル 2016年10月21日17時57分)

記録のために、右に一記事を転載しておく。

私は別に、これが差別的暴言で許せないという意見に与するものではない。
ただ「どっちもどっち」ということではないと思う。

反対派は、沖縄を蔑視する差別的発言とし、当該警察官に根強い差別意識があると指弾し、そして、その発言のベースとして、当局の意識に問題があるとして、批判の矛先を向ける。

私は、機動隊員の発言は、差別的というより、侮蔑的であって、これはケンカをしている相手に対して、怒りの感情をぶつけたものだと思う。弁明しているように、差別意識があったというより、この言葉が相手を侮辱するものだからこそ、この言葉が口をついたということだろう。

大阪府知事は、相手も酷い言葉を使っている(週刊誌ではそうした報道もされている)、機動隊員だけが批判されるのはおかしいというような趣旨のことを言っているようだけれど、弁護したい気持ちはわかるけれど、状況の改善にはならない(実際、この発言にも批判が起こった)。

機動隊は対等のケンカをしているわけではない。
軍事用語でいえば、asymmetric(非対称)という状況なのである。

そして、何より、こういう反体制派にとっては、「剥きだしの暴権力」とか「人権意識の欠如」というものは、恰好の攻撃材料になる。こういうことがあると、どちらに理があるという問題から、権力は酷いことをするという批判にすりかわってしまう。
そして、反体制派はそのことが良くわかっているから、体制側から暴言や暴力を引き出そうとする。

話は違うけれど、乱暴な客が来たときには、相手が暴力をふるってくれれば、直ちに制圧し、警察を呼んで対応することができる。だから、それを待っているというような話もある。
上司に口答えして怒らせ、手を出させようとした人もいた。相手が手を出せばこっちのもの、人事当局に告発して配置換えだ(少なくともどちらかは)ということが狙いだったらしい。


この事件をふまえ、今後、指導を徹底するそうだが、どういう指導をするのだろう。思うに、

こういう言葉を使うと、相手に攻め口を与えることになる。
そのことを肝に銘じ、隊や国の不利益になるような行動は、絶対にするな。
つまり、挑発に載るな、何を言われても聞きながせ。

というあたりではないだろうか。

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マイナンバーをどう理解するか(その3)~国民の「分散データベース」

前2回の記事で、マイナンバー制度の基本構造は、「番号管理システム」、「マイナンバー利用システム」、「マイナンバー報告システム」と3つに分けて考えることができるとした。
そして、こんな単純なものに、しかも利用機関、報告機関のシステム改修費を除いても何千億円もかかるというのが理解できないとも書いた。

発番管理システムのコストがやたら高いのではないかについては、以前の「名寄番号 その3 コスト」の記事にも書いた。
それを除いても、まだまだ高額の整備費用がかかるらしい。間違っているかもしれないが、「連携サーバー」という仕掛けと関連があるのかもしれない。(マイナンバー対応について、自治体の負担を極力小さくし、効率的に行うという理屈かもしれないが。)

初めてこの名前を聴いたとき、昨日の記事に書いたような、利用機関と報告機関の間の電文を仲介するものだと思った。
つまり、報告データを利用機関側から取りにいくために一時的に格納すること、利用機関からの照会電文を受け取って、市町村側がそれを読みだして応答メッセージを組み立てて一時的に置いておくというイメージである。
これなら通信処理の拡張版である。リクエスト/レスポンス仲介サーバーである。

この電文フォーマットを標準化するとともに、プッシュされるリクエストを、どういうタイミング処理するのか、人手で対応するなら、そのプロンプトをどう行うのか、そうした決め事を作れば良い。


ところが、実際は利用機関側が必要とするデータ項目の全てを、自治体内部にある当該事務システムのデータと同期させるものになっているらしい。
ただし、税や年金への報告は、連携サーバーを通さず、従来通りのCDや通信回線で行われるという。(行政用の細いネットワークを通すにはデータ量が多く、定期的に発生するからだろう)

このサーバーは全自治体が導入することになるが、その利用機会自体がどれほど頻繁にあるのか、大変怪しい。
普通の市町村なら、他機関・他市町村からの問い合わせはそう多くない。たいていは、転入者の転出元市町村に対して、所得状況や家の事情を聴き合わせるものである。

家の事情なんてのは、システム化できるようなものではないし、多くの他団体照会が所得状況なら、国税に問い合わせれば済むことである。今は簡単には教えてくれないのだろうけど、マイナンバーの導入に併せて、権限ある機関からの所得問い合わせを税当局がサービスすれば済むと思うのだけれど。


そこで国が作成している資料をあらためて見ると、「情報連携」という説明図がある。

johorenkei_mynumber.png

どうやら、連携サーバーというのは、必要なときに利用機関間の通信をするという方針ではなく、全体として分散データベースを成すように考えられているみたいだ。

つまり、マイナンバーを利用する自治体事務に共通するデータ項目について、全自治体共通のデータベース構造を設定し、各自治体はこのデータベースに各自治体内部のデータベースを同期させる、そうすることで、分散しているけれど、一体として利用できる「分散データベースシステム」とするわけだ。

物理的に2000カ所にも分散したデータベースを、一つのデータベースとして運用することは、可能だろうけれど疑問もある。

システムセンスの悪い日本のメーカーがやっているわけで、これだけ大規模なことをするなら、GoogleかAmazonに委託すれば良かったのではないかと思う。


見ようによっては、大事なデータが二重化されていて、情報の滅失対策にはなっていると言えないこともない。東日本大震災の経験もあるのかもしれない。
また、事務間でのデータの分離もなされ、事務を横断するような使い方は認めていないことだろう。

一方、本当に分散データベースとして運用できるなら、BI(ビジネスインテリジェンス)ツールを装備したサーバーがJ-LISあたりに整備しておけば、国は自治体に照会することなく、非定型的なデータ需要も満たすことができるようになる。
そういう説明はないようだけれど、そうしたサーバーは既にあるかもしれない(というか、ないとテストしにくいだろう)。

従来、マイナンバーはデータは個々の保有機関に分散していて、一元管理するようなものではないというような説明を聴かされたように思うのだけれど、文科系がいう「分散」はバラバラと同義であるが、情報処理の世界における「分散」とは、物理的に分かれていてもあたかも一つのものであるかのように扱えるという意味である。

このことについては、技術的可能性のみ指摘し、その是非についての私の判断は控えさせてもらう。
なお、この分散データベースがシステムとして破綻したとしても、昨日までに書いたように、比較的簡単かつ廉価な方法で、マイナンバーを運用でき、番号法の本来の目的を達成するには十分だろうと思う。

「番号管理」「利用機関」「報告機関」のシンプルな構造で考えた私が浅はかで、本当のねらいは「分散データベース」のほうにある、そういうことなのかもしれない。

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マイナンバーをどう理解するか(その2)~利用セクター

昨日の「番号管理システム」に続いて、その利用セクターに目を向ける。

マイナンバー利用システム」および「マイナンバー報告システム」は利用セクターの問題である。状況は単純である。

私はマイナンバー自体を秘匿する必要はないと考えているのだけれど、現行法制度では、マイナンバーを記録した情報は「特定個人情報」として特別な保護が求められ、他人のマイナンバーを扱う仕事をする人は「特定個人情報取扱者」として、厳しい守秘義務が課されている。なので、とりあえずはこれに従うこととする。


マイナンバー利用システムとは、具体的には税、年金などである(これらでの利用こそ主たる目的)。
おそらく税当局は、内部的に名寄をおこなうノウハウをもっているはずだが、マイナンバー制度の創設によって、そうした名寄のノウハウは副次的なものになり、メインはマイナンバーによる名寄せになる。では、といって税のシステムが何か変更を受けるだろうか。納税者データベースに、内部で利用しているだろう納税者番号に加えてマイナンバーを記録するだけである。そして、それと内部の納税者番号とのズレを、いろんな方法で検証することだろう、その作業は税当局内のことである。

年金についても、年金機構ができたことで、情報の集約が図られている。タイミングの問題で、基礎年金番号とマイナンバーという二重の制度になってしまったが、外国人や海外居住者などがいるわけだから、これは仕方がない。マイナンバーの対象者と、各制度の対象者は実は微妙にズレてしまうだろう。

結局のところ、マイナンバーを導入したところで、各制度ごとに対象者のキーは持たなければならず、マイナンバーは、それぞれの制度において、名寄が必要になったときに利用する副次的情報にとどまるというか、そういう前提でシステムを設計しなければならないことは、従来と何ら変わらないだろう。
つまり、マイナンバーはやはり名寄番号であって、これをキーにする(つまりキーをもたない対象者を排除する)のは、多くの制度で無理があるだろう。

そしてこれらマイナンバー利用システムが、マイナンバーの対応に要する費用は、現行システムの小規模変更で事足りるはずである。

マイナンバー報告システム側はどうだろう。実は、これもマイナンバー利用システムと同様の状況にある。
マイナンバー報告システムは、特定のマイナンバー利用システムに対して情報を提供するものだけれど、各マイナンバー利用システムが定めるフォーマットに従って、マイナンバーを埋め込むわけである。

そして全く新規に報告が発生するわけではなく、税や年金の掛け金など、源泉徴収されるものについて、従来から税当局や年金基金に報告されていた情報にマイナンバーを付加するというだけである。これについては、以前、「マイナンバー・アイソレーション・ブース」というシステム構築方法を提案している。

「特定個人情報」への特別な取扱いが求められているからであって、普通の個人属性情報として扱うなら、こんなことをする必要はないことはいうまでもない。




この方式だと、おそらく各企業はパソコン1台程度の投資を求められることにはなるけれど、マスコミなどが「企業の対応は大丈夫か」と煽り立てるような状況にはならないと思う。なお、マイナンバー報告システム用のソフトウェア(対象者のマイナンバー管理、報告データへのマイナンバー埋め込み)は、マイナンバー利用システム側が無償配布すべきだと思う。

なお、名称は「マイナンバー報告システム」としたが、各報告者に対しては、利用機関からの問い合わせへの応答という任務が発生するかもしれない。
利用機関に報告される情報には、矛盾や不備が存在することが考えられる。たとえば、従業員からの税の源泉徴収をしたとして、その住所が利用機関が保持している納税者の住所と異なるようなケースである。
税業務上はきちんと納税されていれば住所はなくてもかまわないと思うが、どちらの住所が正しいのかを確認したい場合どうするのか。というか、どちらの住所を採用するか、あるいはどちらでもないのか、事はそう簡単ではない。
税当局が持っている住所が古く、会社が持っている住所は住民登録住所とは違い、というようなことはいくらでも考えられる。その住所を納税者の住所とすべきか、これは一概に言えない。居住実態のない住民登録住所に督促状を出しても、その効果は限られる。これはつとめて税当局のノウハウに関することであって、多様な利用機関の通則となるものは存在しないだろう。

ということで、マイナンバーは多大な効果はあるものの、一方であまりに厳格な運用をしても(そのために余計なシステム投資・事務負担を求めても)、それに見合うほど大きな追加効果は得られないだろう。

私が訝しく思うのは、こんな簡単なシステムなのに、いったい何故、何千億円もの経費(それもマイナンバー利用システム側の改修費や、一般企業等のマイナンバー報告システムの導入費を除いて)が必要とされるのかだ。
(続く)

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マイナンバーをどう理解するか(その1)

マイナンバー(国民総背番号)は、国民の情報の取得・管理に有用である、もちろんその恩恵は政府が受ける。

一方、国民のメリットの第一は、それによる行政効率の向上分を、減税などによって還元されなければならない。
もちろん「消えた年金問題」に代表される、行政や公的機関の杜撰な情報管理が改善されることもあるが、そもそも、きちんと管理されていないこと自体が問題で、そのためにマイナンバーが必要ということは言い過ぎである。そもそも年金情報は、各基金が情報を管理しているわけで、こうした問題を大量に起こした基金ばかりではない。
いじわるく言えば、消えた年金問題は、マイナンバーを導入するのにちょうど良いタイミングで起こったというわけである。

ということで、私はマイナンバー・システム自体を否定するものではない。伝えられる整備費用が莫大であること、企業の対応が遅れているなどと不安をかきたてる報道が目につくので、どうしてそんなことになるんだろう、と訝しく思っているわけだ。

マイナンバーというのは本質的にはどういうものなのか、簡単な分析をしてみよう。
マイナンバーを取り扱う情報システムは、
  • マイナンバーそのものを支える「発番管理システム
  • マイナンバーを利用して個人情報を名寄する「マイナンバー利用システム
    それに個人情報を供給する
  • 企業等の「マイナンバー報告システム
の3つがある。

これは私なりに理解しているシステムの全体像だが、あまりに単純なので拍子抜けする。

mynumber_interprete.png
まず「発番管理システム」については、以前名寄番号」という一連の記事にも書いたけれど、本質的には、同一人に複数番号を割り当てないことが保障されれば良い。なお、全対象者(現行制度では、国民だけではなく在日外国人も含まれている)に必ず付番するというタテマエをどこまで徹底するかについては敢えて問わない。

発番管理システムが管理すべき情報とは何だろうか。
本質的には対象者個人に番号が与えられている、たったそれだけのことである。もし、あらゆる行政事務がマイナンバーで個人を識別するのであれば、たとえば住民登録は、居住証明であるから、このマイナンバーの人の住所が登録されれば良い。本質的に名前の登録は不要となるはずである。

もちろん、現実には、日本社会の文化基盤によって、いわゆる名前が、個人を(ほぼ)識別するラベルとして通用しており、これとの対応関係を管理することが便利と考えられるから、従来の住民記録にマイナンバーを併せて記録することが自然ではある。
であるならば、マイナンバー発番管理システムは、対象者の名前すら管理する必要はない。

個人情報を扱うシステムでは、名前の表記のゆれ(異体字、俗字など)で悩んでいる。マイナンバーで本人識別するなら、表記のゆれは問題にならなくなり、システムコストが軽減されるだろう。

たとえば、あるマイナンバーを持っている人の住所を確認しようとした場合、全市町村の住民記録に対し、当該番号を持つ住民が現に居住しているからどうかを問い合わせれば良いわけである。
もちろん、市町村によって住民登録を電算化していなくても、非電子的方法による問い合わせフォーマットが定められていれば事足りる(レスポンス時間の問題を捨象すればだけど)。

なお、発番管理システムは番号を出しっぱなしにするのか、死亡などによって使われなくなった番号も状態を把握して管理するのかは、マイナンバーの「効力」に応じて考えられるべき問題である。

というわけで、発番管理システムはマイナンバー制度のインフラであり、きちんと発番する事務は、それを担いうる市町村がする、これは制度として無理のないところだろう。

明日は、上述の利用セクターについて考える。
利用セクター側の投資は、ごく限られたものになるはずである。

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ダブルチェック

shika_eiseishi_sample.jpg 先日、歯科の定期健診を受けた。
結果としては、早期の齲歯が見つかって、即時に処置してもらって終了。
「定期健診を受ける値打ちがありましたね」とは歯科医の言。

実は、歯科医の検診の前に、歯科衛生士が、歯周ポケット検査、歯垢・歯石除去などをしてくれるわけだが、歯科医が検診後「特に問題ありませんね」と言ったところ、衛生士から「先生、ここがちょっと……」と耳打ち。あらためて、念入りに見て虫歯を見つけたといういきさつがあった。

それほど軽いものだったので、当日の処置で済んだわけだが、もし見逃していたとしても次回の健診(半年後)までに、それほど進行するとも思えないので、歯科医が見落としたことも、さして問題ではない。この歯科がヤブとかいうような話では全然ない。

ではあるけれど、これほど軽く済んだのは、衛生士がきちんと見ていたお蔭である。
ダブルチェックが働いたわけである、この歯科がそういうシステムにしていたかどうかは別として。

医療機関では見落としが重大な結果をもたらすこともある。
もう30年以上も前に知ったことだけれど、胃がんの集団検診を実施している某検診機関では、ダブルチェックをシステムとして実施していた。
stomach_xray.jpg 集団検診では、多くの受診者の受診票・レントゲン画像を医師がチェック(読影)するわけだが、その検診機関では、最初に読影した医師とは別の医師が同じ資料を見て、先に見た医師の判定が異常なしでも、怪しいと思えば要精検に変更することになっていた。

その上、もう一つ重要なチェックが先行している。
胃のレントゲン撮影というのは、肺とは違い、相手が動く臓器であるため、アングルやシャッターチャンスが難しいそうだ。発泡させてバリウムを胃壁に付着させて撮るわけだが、病変があっても、バリウムの付着状態や、胃の動きによっては、きちんと画像に現れないことがあるという。

そこで診療放射線技師という人達は、病変の特徴をよく知っていて、つまり医師と同様の読影技術を持っていて、撮影時に怪しい場所を見つけたら、そこがきちんと写るように撮影する。
また、胃の集団検診では、6方位から胃を撮影することがマニュアル化されている(これを守らないと見落とした場合に医療過誤を問われるおそれがある)そうだが、その検診機関では、技師の裁量で、病変部位がもっとも良くわかりそうな方向・タイミングで、余計に1枚の写真を撮ることになっていた(検査料が高くなるので、検診機関間の価格競争では不利になる。質を問わなければ入札で不利になる)。

同じレントゲン検査でも、精密検査の場合は医師がずっと透視しているから、実際には受診者が検査台に載っている間にだいたい診断がつく(余程、見にくい病変でフィルムをじっくり見るような場合は別)。だから大したことがなければ、検査が終われば直ちに診断結果を伝えられる。
で、ふと思ったのだけれど、集団検診でも動画で記録しておいたらどうなるだろう。動画だと医師が読影するのは時間的に厳しいから、AIを使って自動化を考えたらどうだろう(静止画でも同じだけれど)。もっとも最近は一次検診を内視鏡でする傾向のようだが。


ダブルチェックはコストがかかる。
前述の検査機関のようにシステムとしてダブルチェックを行っていれば、それは明示的なコストになる。
歯科の例は明示的にコスト計算には入らないかもしれないが、優秀な歯科衛生士を雇うというところでベースのコストがかかっているかもしれない。胃の場合も、読影技術を持っている優秀な技師にコストがかかるだろう(育成もしているはず)。

世の中(政治の世界)では、コストをかけても、ダブルチェックではなくて、共振(フレームアップ)効果になる場合が多いようだけれど。

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町内の文化祭

IMG_20161023_100216.jpg 今日は朝から自治会主催の文化祭。

昨日の午後から、今日の午前中の開催だが、昨日は三田で畑仕事だったのでパス。

今日は、会場警備を仰せつかっていたので、防犯の腕章、帽子などを身に着けて「出動」。
といっても、仕事は、ただ立っているだけ。

強面というわけではないから、立っていて警備効果があるとは思えないが。


行動といえば、徒歩で来場するようにチラシには書いてあるけれど、そういうものを知らずか、知ってか、やはり自転車で来る人もいるので、駐輪の誘導などがある程度。
IMG_20161023_095529-crop.jpg 昨日は模擬店が出ていたのでかなりの来場者だったそうで、そういう人も多かったようだが、今日は軽音楽と空手演武ぐらいで来場者も少ないので、特に混乱もなかった。

一週間前に、模擬店用の金券を町内に配って歩いたのだけれど、こういう催しがあるということも、そういえばあるらしいですね、ぐらいで、チラシを入れていても見ていないという人も多い。
出品・出演する人およびその家族以外にはあまり関心をもたれていないように思う。私も自治会の仕事をしていなければ、顔を出すことすらなかっただろう。
P_20161023_113700_vHDR_Auto.jpg
文化祭なので、住民が制作したものがいろいろ出品されている。
なかには、仏像彫刻や、透かし彫りを施した机など凝ったものも出品されている。
子供の作品が半分以上を占めていて、夏休みの工作のようなもの。
出品作品には一応、優秀作品表彰というのもあって(副賞は図書券だったと思う)、観覧者の投票で決まることになっている。

パーフォーマンスとしては、地元中学の吹奏楽部、和太鼓演奏、マジックショーなど(いずれも昨日)、そして今日の軽音楽と空手演武など。


文化祭とは関係ないけれど、右の写真は、うちの庭のキンモクセイ。


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野良仕事

今日は朝から野良仕事。
知人の家の畑で、芋掘り、枝豆の収穫のお手伝い。というか足手まとい。



芋堀りなんて幼稚園以来。

知人のおとうさんの菊。



品評会で賞ももらってるそうだ。


仕事の後のお昼ご飯。

P_20161022_140710_vHDR_Auto.jpg


近くの神社。
(360°パノラマ写真)

P_20161022_122551_PN.jpg

賽銭をはずむと、大きなご利益があるそうだ。
(氏子の知人の負担が下がる)

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平尾誠二逝く


平尾誠二逝く。
53歳。若すぎる。
Doshisha_Hirao.jpg
私がラグビーを一番熱い思いで見たのは、
同志社の三連覇の頃だと思う。
それまで、関西勢は歯が立たなかった、
早稲田、明治、慶応の東京勢を蹴散らし、
完膚なきまでに打ち破った、あの頃。

神戸製鋼のときは、
他チームとはあまりに違うスタイルで、
そして圧倒的に強かった。
敵なしだった。

残念。念いは残りまくりだ。
冥福を祈るのみ。

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購入済Amazonアプリの再インストール

スマホの移行の続き。

ほとんどのアプリは、Google playからのインストールだから、先日の記事のようにGoogle playへのリンクを使って、どんどん進められる。有料アプリでも、Google play側がちゃんと購入済を見てくれているから、再インストールで再度課金されることはない。

しかし他のアプリ配信サイト、具体的にはAmazonアプリで有料のものを再インストールするのはどうだろう。
いろいろさわってみて、やりかたがわかったので、ここに書きとめておくことにする。

まず、"Amazon androidアプリ"をインストールするのは当然である。
そして、Amazon androidアプリのメニューから、[マイアプリ]を選択する(下図左)。
そうするとアプリケーションの一覧が出るのだが、ここに[クラウド][端末]のタブがある。[端末]はこの端末にインストールされているもの、[クラウド]はAmazonアプリストアで購入(無料も含む)したものである。なので、[クラウド]の方を表示させ、ここで目的のアプリの[インストール]ボタンを押す(下図中央)。
そうすれば目的のアプリが再インストールされる(下図右)。
これで無事、二重に課金されることなく、再インストールできる。

Screenshot_20161008-192816.jpg   Screenshot_20161008-192850s.jpg   Screenshot_20161008-192857.jpg


画像では、たくさんAmazonアプリをインストールしているように見えるが、スマホに入れてるのはごくわずか。ほとんどはFireTVにインストールしたもの。同じアカウントだからこういうことになる。

Google playでも配信されている無料アプリなら、別にどうということはないのだけれど、前に「久しぶりのAmazonアプリ」で書いたように、Amazonが有料アプリの購入に使えるクーポンを配布してくれたから、スマホアプリとしては結構高いもの(図にある「新漢語林」)をインストールしていた。これはぜひとも移行したかったので。

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ランチャーや文字入力アプリはオプションで十分

Screenshot_20161011-112740.jpg スマホを新調し、煩わしい移行作業をしたことは既述。
それでふと思ったこと。

スマホを使う場合、ランチャーや、文字入力アプリの選択は基本中の基本である。
私のスマホは、新しい機種も前の機種もASUSのZenシリーズだから、機器には"ZenUI Launcher"というランチャーアプリが付いている。また、文字入力は"ATOK for ASUS"が付いている。

しかし私はランチャーは使い慣れた"NOVA Launcher"だし、文字入力は"7notes with mazec"に付属の"mazec手書き変換"である(どちらも有料版を使用)。
ハードウェアが変わっても、こうしたUIは変更したくない。

となると、端末に付属するこれらのアプリが無駄に思えてくる。
というか、使わないのだから実際無駄である。

もちろん、ランチャーや文字入力アプリがなければ、スマホは使えないわけで、何かは必要である。しかし、多くの人、特にスマホを使い込んでいる人なら、使い慣れたランチャーや文字入力アプリを使うに違いない。
とりあえずAndroid標準のものが動いて、ユーザーが自分の気に入ったアプリをインストールできれば良い。

Screenshot_20161011-112806.jpg Android標準以外のアプリはオプションにして、その分、価格を下げるわけにはゆかないのだろうか。
自社で開発するなら開発費がかかるし、評判の良い他社製品をいれるならライセンス料がかかるだろう。その分の投資をやめて、端末価格を下げるのである。

どうせユーザーは好き勝手なアプリを入れるわけだから、端末メーカーは、ランチャーの優秀性などを宣伝し、それを売り文句にする必要はないと思う。
はじめてAndroidを使う人でも、ほとんどの人はオプションを選択せず、誰かに聞くなりして、適当なランチャーを入れるに違いない。


ランチャーや文字入力に限らず、ハードメーカーが付けているアプリのほとんどは使っていない、そういう人は多いのではないだろうか。
できれば、メモリーやストレージを圧迫しないよう、素のAndroidの端末を作ってもらいたいと思う。

日本のメーカーは厚化粧が好きなようだが、これはキャリアのサービスと一体となったアプリをたくさん入れていることにも一因があるのだと思う。
SIMフリー端末は、安いMVNO回線だけの問題ではない。

docomoのMVNOなら、docomo端末も選べるわけだが(docomoからの乗換ならしばらくdocomo端末を使うかもしれないが)、敢えてキャリアと結託した、そしてMVNOでは使えないアプリ満載の、端末を選ぶ人は少ないだろう。


キャリアの束縛から逃れたものとしては、ハードウェアにも拘束されないユーザーでありたい。

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今日はW県

今日はW県で仕事。


10:29K橋発のK州路快速。
乗客が増えるのはO阪から。



今回もI砂川からバス。
乗客は私一人だけ。

バスは結構とばす。東京じゃないのだけど。遅い車は抜いていく。
反対車線ではネズミ取りをしているようだった。



結局、降りるまで乗客は私だけ。おそらく空で終点のⅠ出駅まで行くのだろう。
II出市が運行補助をしているらしいが、補助が打ち切られたら、運行停止になるに違いない。



はじめて来たとき、JR駅に続く旧市街はさびれている風情を感じたが、新しい地域はそれなりの賑わいもある。



昼食の店。
チェーン店だと思う。このあたりはチェーン店ばかりである。


「にぎり膳」1393円。
KFCやマクドナルドのランチにして安くあげるつもりだったが。
悪くない。


そしてお仕事へ。


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スマホアプリの移行

昨日書いたように、スマートフォンを新調したわけだが、そうなると結構面倒なのが、今まで使い慣れていた環境を新しいスマホに設定すること。

最近は前の機種の環境をある程度移してくれる(アプリのバックアップをして、そこから戻す)ようだが、こういうものでうまくいった験しがない。結局、どこまでできたか手さぐりになるぐらいなら、全体を手作業でやるほうが良さそうに思う。


アカウント設定は、手作業でやるわけだが、ID/パスワードだけの問題なので、そう面倒ではない。
(何より、これがなければ何も始まらないし)

sharemyapps_icon.png 面倒なのは、いろいろインストールしてあったアプリの移行である。
前のスマホにインストールしていたアプリのリストを作って、漏れなく(別に漏れても良いけれど)新しいスマホにインストールする、面倒そう。

なので、せめてインストールアプリの一覧だけでも、データ化するアプリはないかと思って探したら、ちゃんとありました、"ShareMyApps"

このアプリを前のスマホにインストールして起動すれば、リストが画面に表示される。
そして [共有] をタッチすれば、リストを、メール、Google Keep、LINE、OneDriveなどから好みのものを選んでそちらで共有できる。(私はGoogle Keepを選択。)

Screenshot_20161005-145950.jpg Screenshot_20161005-145958.jpg


7notes with mazec: http://market.android.com/details?id=com.sevenknowledge.sevennotesproduct
Amazon: http://market.android.com/details?id=jp.amazon.mShop.android
Amazon Music: http://market.android.com/details?id=com.amazon.mp3
Amazon ショッピング: http://market.android.com/details?id=com.amazon.mShop.android.shopping
Amazonビデオ: http://market.android.com/details?id=com.amazon.avod.thirdpartyclient
Apps2Fire: http://market.android.com/details?id=mobi.koni.appstofiretv
   :
リストは、右のような形式で作られているから、ブラウザあるいはアプリ(Google Keep)からURLを選択すれば、インストール元(Google play)の該当ページが開く。
既にインストールされていれば、

    アンインストール     開   く

と表示されるから、二重にインストールする心配もない。

ただ、なぜか全部のアプリを拾いきっていないようだ。また、リンクが無効となる場合もある。
理由はわからないが、一時的に使うツールだから、深く追求する気もない。

気をつけなければならないのは、インストール元がGoogle playでない場合。とくにAmazonアプリの場合、Google playでも同じアプリが配信されていることが多いが、Amazonで購入したものをGoogle playでインストールすると、当然だが、別料金が発生することになるはず(購入済Amazonアプリの再インストールは別記事で)。

移行で面倒なのはLINE。
私はLINEを使う相手は片手にも満たないからまだましだけれど、LINEの移行、特にトークの移行が面倒である。

以前、家人のスマホを移行するときに、良く知らなかったものだからトークの移行をミスって、ひどく叱られた。

そのほか、個々の会員制サービスなどのアカウント設定、辞書アプリの辞書やパスワード管理アプリのデータベースなどの移行、やることはいっぱいある。

LINEが、1端末しか認めないのはセキュリティ対策なのかもしれないが、1台だけか、複数台で使えるようにするか選択できるようにしてもらえないかな。


そんななかで、アプリのインストールだけでも、少しラクにできることはありがたい。
おすすめである(そうしょっちゅう使うものじゃないけれど)。

とはいうものの、各種アカウント(特にクラウドストレージ及びその同期設定)、ランチャーの動作設定(特にアイコンの配置)など、アプリの単純なインストールよりずっと手間がかかるし、気も使う。
また、アプリの多くは初回起動のときに、自動・手動の設定が行われるから、前と同じように動作させるためには、一通り起動しなければならない。 結局、端末が届いた翌日、ほとんど丸一日スマホをいじっていた。

後日のために、作業の流れを、精確ではないけれど、書きとめておく。
  • 前のスマホで、LINEのトークの移行データを自分のGmailメールしておく
  • 前のスマホをPCにUSB接続し、SDカードをまるごと、内蔵ストレージは写真など必要なところをバックアップしておく
    今回は同じSDカードを使いまわしたので不要だけれど、念のために
  • 端末起動、Googleアカウントの設定
  • 家のWiFiアクセスポイントの登録
  • デフォのChromeのホームページ設定
    (常用している私個人のホームページを指定する。リンク集が共用され、そこにGoogle Keepへのリンクもある)
  • Google Keepだけは取り急ぎインストールする
  • Google Keepで共用できるようにしたリストからアプリを順にインストール
  • ランチャーはNOVAに、文字入力はmazecに、それぞれ使い慣れたものに設定
  • アプリのインストールが終わったら、クラウド・ストレージ(OneDrive)の環境設定を行う
    まだ、パスワード管理ソフト(Keepass)が入っていないので、ID/passwordは手入力
  • OneSyncを起動して、OneDriveとスマホのストレージの同期設定を行う
  • Keepassのデータベースが同期フォルダーにあるので、Keepassを起動してデータベースの場所を教えてやる
    これで各種アカウントのID/パスワードをKeepassからコピペできるようになる
これで一段落なのだが、ここからが実は時間がかかる。アイコンの配置やグループ化など、「正解」のない作業が始まるからだ。

私はメールは、職場メール以外はすべてGmailに統合しているので、個々のメールアカウントの設定は不要である。なお、職場メールは、Web Accessを認めてもらっているので、Outlookを使っている(アカウントは手作業登録)。
LINEはやっかい、特にトークの移行。あらかじめ自分のアカウントにメールしておいたバックアップをダウンロードして、トークをリストア。(認証は同じSIMカードだから問題ない)


書き出せば単純だけれど、機種が変わると、使うアプリもまた別のを探したりするから、結構時間がかかる。

高速でバッテリーもちも良い機種なので、今まで使ってないお天気ウィジェットも何が良いか悩みながら入れたりするから。

あ~ぁ、疲れる。

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スマホを新調

DSC_0005-crop.jpg スマートフォンを新調した。
新しい機種は、ASUS ZenFone3(ZE520KL)、10月7日が日本発売日で、その日に届いた。色は白。

今まではZenFone2 Laser(ZE500KL)という機種だったので、その後継機にあたる。

ZenFone2はもともと家人用に買ったものだが、しばらく私が使ってきた(家人は知り合いからもらった古いREGZAを使用)がZenFone3が販売開始になったので本来の姿にした(家人はまた中古かと不満そうである)。

この機種については廉価なのに高性能と随分前評判が高く、私も仕様や評価をチェックしていた。10月7日に日本発売となったが、海外では7月に販売開始されていた。
日本ではどの程度の価格で販売されるかと注目されていたけれど、結局、39,800円と期待ほど低価格にはならなかった。
海外版が32,000円ぐらいで輸入販売されているから、落胆の声が大きい(私もその一人)。

で、私も海外版にしようかとも考えたけれど、メインで使う端末だし、初期故障が怖いから、ここは安心の日本正規品にすることにして、約8000円の差は見ないようにして、予約注文しておいた。

ZenFone3の名前がついている機種にはバリエーションが多い。日本販売の詳細が明らかになるまでは、5.5インチのものも良いかなと考えていたりしたが、今回の国内販売では、5.5インチは高級品(ZenFone3 deluxe)しかないので、財布と相談の上、贅沢すぎるとあきらめた。

MVNOユーザーとしては、通信料が安いから廉価端末にするという人と、通信料が安いからその分端末は良いものを持つという人、どっちが多いだろう。(私は前者)


もちろん他の機種も検討した。
同じASUSの光学ズーム付きのZenFone zoom。大変魅力的だったけれど、少し重いのと、バッテリーもちが悪いという噂だったので見送り。
それからHUAWEIのP9というライカダブルレンズという機種。これはちょっと高すぎるので見送り。
日本メーカーのものは、同等性能なら値段が高すぎる。キャリアの機種代金割引制度がなければ、日本製が選択されることはないんじゃないだろうか。

今年の2月に、SoftBankからdocomoのMVNOであるBIGLOBEに移行して、通信料はだいぶ下がった(音声通話付SIM×2とデータSIM×1で、月3000円ちょっと)が、金銭の問題だけでなく、キャリアの縛りを受けないという解放感を感じている。
安定顧客を冷遇する国内キャリアに対する抵抗である。

私はもう見限ったから、今さら安定顧客を大事にしてもらう必要はない。安定顧客から絞れるだけ絞って、MVNOにとられる分を穴埋めしてもらって結構。


新機種の評価だけれど、今までに比べて、応答が良くなった。(遅いコンピュータは始末が悪い。)
ジャイロセンサーが付いたので、ポケモンGOがARで楽しめる、そしてそれより重要なのは、前の機種ではポケモンGOを起動していると、かなり発熱したのだが、新機種では少しマシになった。CPUの消費電力35%減というのが効いているのだろうか。

悪い買物ではなかった。(安い買物でもなかったけど。)

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ノーベル文学賞

Dylan01.jpg ボブ・ディランが2016年度のノーベル文学賞を受賞した。
いわゆる文学ではない、シンガー・ソング・ライターの受賞で、賛否両論がある。

否定的な意見の人は、だいたいボブ・ディランが好きだとか、素晴らしいという前置きをした上で、「ジャンル」として疑義を表明する。また、ディランの前に受賞すべき人がいるだろうとも言う。

その「ディランより前に受賞すべき人」に名前があがった人達はほとんど知らないし、もちろん作品を読んだこともない。
科学系の賞の場合、研究者の名前は知らなくても、その業績を聴けば凄い研究をしたんだと納得できるけれど。


対して肯定的な人は、ディランは吟遊詩人の伝統の伝承者であると、ちょっと牽強付会な理屈をつけたりしているようだ。
Dylan02.jpg

「伝承者」という言葉には疑問。ディランがオルフェウスを直接に伝承したわけではないだろう。生態的位置に似たものがあるという程度以上ではない。そしてこの位置は珍しいものではない。


日本では、今年も村上春樹が受賞を逃したという落胆ムード。(私は小説は読まないことにしているので、村上春樹も読んでいない。従って関心もない。)

ボブ・ディランといえば、私が中学から高校ぐらいの頃に流行っていたことを思い出す。
家には兄が買った「風に吹かれて(Blowin' in the Wind)」などの17cmEPがあった。
私は、特に好きということはなかったけれど、「風に吹かれて」とか「ミスター・タンブリン・マン(Mr. Tambourine Man)」など、兄が聴いているから、たびたび耳に入った。

Dylan05.jpg Dylan04.jpg 当時、「反戦フォーク」というジャンルがあって、ディランはそのカリスマのようなもの。他、ジョーン・バエズとかも良く聴かれていたと思う。日本では、岡林信康とか中川五郎とか。
で、フォークから出発して、メジャーになっていった歌手をあまり快く思わないという雰囲気もあった。反体制じゃないのか、というわけである。
ただ、授賞は反戦平和運動に対してというわけではない、それなら平和賞だろうし。

Dylan03s.jpg ディラン受賞で思った、それなら永六輔が受賞しておかしくない(故人は受賞できないが)。谷川俊太郎なんか絶対に受賞すべきじゃないだろうかと。あるいはビートルズが受賞しても全然おかしくないのでは。

というか、ノーベル文学賞が「最高の文学」を顕彰するものとは思えないし、そもそも文学賞があること自体が不思議。

平和賞も不思議な賞だけれど、政治的なものと割り切って評価すべきだろう。そういえば、文学賞でもソルジェニーツィンが受賞したときは、政治的な意図があると、旧ソ連からは批判されていた。

文学賞も平和賞も、毎年のように授賞への疑義がとりざたされるけれど、文学賞や平和賞はバイアスの強い、金持ちの道楽ぐらいに割り切って、あんまり騒がないで良いのではないだろうか。

で、ふと思ったのだけれど、文学賞を誰に先に与えるべきかを議論するより、どのジャンルに賞を与えるべきか考える方がよほど建設的なんじゃないだろうか。

ノーベルの遺言が基本だから、ジャンルを新設するのは難しいのかもしれない。だったら、各賞の対象範囲を広げたらどうだろう。ローレンツ、フリッシュ、ティンバーゲンはそろって動物行動学で生理学・医学賞を受賞しているけれど、それまでの生理学・医学賞からすると、随分異質だったと思う。

Dylan11.jpg
ということで、人文科学と括られるものを対象とする賞は設けられていないが、文化人類学や言語学、宗教学(へたするとアブナイ)といったジャンルは、人類の平和に向けて、相互理解を高める上で大いに寄与すると思うから、こういうものも「文学賞」の対象としたらどうだろう。

また、周知のとおり、ノーベル賞には数学賞はない(フィールズ賞があるからなくても良いけど)。
数学は他の分野を支えているから、具体的な成果とセットで授賞は可能かもしれない。ショールズが経済学賞を受賞したときに、伊藤清が共同受賞しても全然おかしくなかっただろう。

その応用まで展望していたら喜んで受けるだろうけれど、思いもよらない応用だったら辞退しそうだ。


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面倒なカード切替

IMG_20161001_181114.jpg 今まで使っていたクレジット・カードが、新会社への事業承継とやらで、9月末で無効になり、新しいカードが送られてきた。
(予告は随分前から届いていた)

会社がかわるから、クレジット番号も当然変わる。
カード会社の説明では、定期的な支払に使っている場合は、その支払についてのカード変更手続きはカード会社側でやるという。

実は、今まで使っていたカードは、何年か前にいろんなクレジット決済をまとめていたカードで、10社ぐらいの支払に使っていて、それぞれ相手先に登録されている。

カード会社の説明を信じれば、手続はいらないようにも見えるけれど、「定期的な支払」というのが曲者で、会費のようなものが発生しないもの、たとえばGoogleアカウントとかだと、おそらくカード会社側の変更手続きの対象にはならないのではないだろうか。

※重要※【Yahoo! JAPAN JCBカード】カードのお切り替えについて
ヤフー株式会社は、2015年4月よりグループ会社であるワイジェイカード株式会社にて「Yahoo! JAPANカード」の発行を開始いたしました。
これに伴い、現在、株式会社ジェーシービーで運営している「Yahoo! JAPAN JCBカード」事業は、2016年10月1日(土)をもちましてワイジェイカード株式会社へ事業承継(会社分割方式)を行うこととなりました。
事業承継に伴い、お客様がお持ちの「Yahoo! JAPAN JCBカード」のサービスは、2016年9月30日(金)をもって終了となり、ワイジェイカード株式会社とヤフー株式会社が提携発行する「Yahoo! JAPANカード」に切り替わります。
 :
また、けしからんことに、ETCカードも前のカードに付随していたものは使えなくなり、新しいETCカードが送られてきたのだけれど、今度からは有料になるのだそうだ。

実は、今までのカードを作ったのは、ETCカードはもとより、ETC車載器及びその認証料が無料になるキャンペーンがやられていたからである(取付けは自分でやった)。

そして、ETCマイレージの対象カードの変更は、カード会社ではできないだろうから、自分でやるしかない。

先日、新しいカードで電子書籍のhontoの支払をした。前のカード番号が記憶されていたので、これを上書きした。
Amazonはプライム会員だから定期支払といえばそうなんだけれど、注文しようとしたら前のカード番号しか載ってなかった。しかたがないから新カードを追加して、これで支払った。ついでにプライム会費の支払いも変更した。
ETCマイレージの登録を変更した。でないとマイレージが行方不明になりそうだ。


こんな調子で、しばらく落ち着かない日が続きそうだ。
カード会社側で変更するというけれど、会社側がどこまで想像力を働かせて、顧客に迷惑をかけないように考えたのか、怪しいものだ。

しかも、顧客がこの際、全く別の会社のカードで支払うように手続きしていたら、タイミングによっては、それがカード会社で再度書き換えられる(二重更新)おそれもあると注意書きが入っていた。


それと、会社側で変更手続きしたなら、その旨、メールか何かで連絡してくれるんだろうな。
昨日までのところ、Yahooウォレット(自分とこのサービスじゃないか!)以外、何の連絡もないんだけれど。

この煩わしい手続き、精神的苦痛、これをどうしてくれる。
新規にカード会員になったら、ボーナスポイントを何千円とかくれるじゃないか。
会社都合で切り替えられるんだから、迷惑料として、せめて同等のポイントをくれても良さそうなものじゃないか。

とにかく思わぬ事故が起きないことを祈るばかりである。
落ち着いたら、競合他社のカードに変更してやろうか。

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休刊日

1465463444654-crop.jpg 本日は月例の休刊日。
















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この角度だと、手羽先というより、シシャモでしょうか。
夏の間に収獲していたものです。


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ちょっと贅沢な昼食

IMG_20161009_124453.jpg 「星野道夫展」を見終わって、お午近く、面倒なので同じフロアのレストラン街で昼食をとることにした。

それなりに高級な店が並んでいる。
鰻(うなぎ「徳」)にも心が動いたが、高い割りにハズレだとイヤなので(ここは珍之助さまに聴くべきところ)、結局、品質差があまりないと思われるとんかつ(もっとも「牡蠣」の文字が目を惹いたのだが)の店に。

ということで、表に大きく宣伝されていた「牡蠣盛り合わせ膳」をオーダー。

はじめにお茶と、お漬物が出てくる。
このお茶はしっかりした煎茶で、きちんと急須で一杯ずつ入れてくれているように思う、さすがに京都か。

IMG_20161009_121236.jpg 漬物は、写真左から、大根、セロリ、小松菜、タマネギ。
カタカナ野菜が漬物になるとは。正直、大根も小松菜も塩が効きすぎていて、この中で一番口にあうのはセロリだった。

もっともご飯に合せて食べてるわけではなく、漬物単体であれば、塩が強いものは不利であろう。


メインのカツだけれど、牡蠣(大ぶり)が3つ、海老、豚ヒレ(一口カツ×2)だったのだけれど、写真は海老フライを食べた後、撮り忘れに気づいてとったもの。

連れはヒレカツにしたので、牡蠣1つとヒレカツ1つを交換した。


IMG_20161009_122551.jpg とんかつというと、職場地元Y市の「マンジェ」が有名だけれど、この店もなかなかのものである。
サクっとしていて、肉は柔らかくジューシー、と言えば、カツの評価ポイントだが、いずれも高得点だと思う。

ただ、とんかつは難しい。
絶妙の揚げ具合で出てきても、余熱でカツが堅くなる。この店でも、最初に食べる一片と、時間が経ってから食べる一片では、歯触りやジューシーさが微妙に違っている。
そう考えれば、牡蠣や海老とセットではなく、とんかつのみにすべきで、かつ、急いで食べるのが良いのかもしれない。

写真には器の半分しか写っていないが、味噌汁は、しじみ汁と豚汁が選べて、私はしじみにした。
小さなしじみである、出汁はしっかり出ていておいしい。

しじみの味噌汁については、しじみの肉を食べる派、食べない派がいる。
私は食べる派だけれど、どちらが多いのだろう。


久しぶりに、贅沢な昼食を堪能させてもらった。

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四条通は市役所の勝ちかな

P_20161009_103759_vHDR_Auto.jpg 前に、四条通の歩道拡張=車線減少について書いたけれど、先日、実際に四条通を歩いて、これはひょっとしたら市役所の英断ではないかと思った。

昨日の記事にした「星野道夫展」へ行くにあたって、四条通を烏丸から河原町まで歩いた。
時刻は10時半頃。

渋滞してないじゃないか!

この日は雨も心配される空模様、時間的にも観光客が徘徊するには少し早いのかもしれない。
おまけに歩行者だって少ない。

もっともこの写真はD丸から少し東のあたりで、観光客が多い河原町まではまだ少しある。実際、河原町は雑踏というほどではないが、歩行者は多かった。

Screenshot_20161009-103832.jpg
それにしても、こんなにゆとりある空間が四条通にできるとは。
いつもの排ガスの不快なにおいも感じない。
この写真では、とても朝10時半の四条通とは思えないだろう。

想像だが、車線減少で渋滞必至ということで、タクシーはもとより、自家用車も四条通への乗り入れを控えるようになったのではないだろうか。
河原町通は車が多い。これらの車は四条通に入らないで済ますんだろうか、前は四条河原町交差点で四条へ入る左折車が列をなしていたが。

帰りは四条河原町から京都駅までバスに乗った。昔、学生の時に良く使ったバスルート。七条通りには入らず、渡って塩小路に入る。かつての市電のルート(私もよく利用した)で、昔からスピードが出るルートである。車窓から、北行きは軽く渋滞しているのが見えた。


ところで、閑散とした四条通を歩くと、混雑しているものがある。
ポケモンである。ポケモンは次々現れるし、ポケストップもいくらでもある。
ポケモン過疎地に住むものとしては、ポケモンを捕まえ、モンスターボールを蓄えるのに絶好の場所である(通行人も少ないし)。

写真のスクリーンショット。スマホを新調した(それについては別記事を検討中)ので、ようやくAR(拡張現実)が使えるようになった。


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星野道夫展

P_20161009_114224_vHDR_Auto 1 昨日は、京都のT島屋で開催されている「星野道夫展」。

写真展というのは、あんまり食指が動かなくて、この展覧会も新聞販売店がタダ券をくれていて、暇だから行ってみようかという程度で、あまり思い入れもなく見に行った。

しかし、行ってみるとやっぱり、料金をとって展示されるぐらいのものである。見事な写真が並んでいる。
まず凄いと思ったのはカリブーの群れを俯瞰する大画面。
どうやって撮ったのかと不思議に思った。(それは会場の終わりぐらいにビデオで説明されていた。空撮である。)

P_20161009_114132_vHDR_Auto.jpg 次に目が引き付けられたのは、カリブーが一頭、大地に佇んでいるのだが、地平線をバックに立っているように見えるのだけれど、うしろに台地と思しきものがずっと控えている。おそらく台地の下に霧が出て、そのためカリブーが地平線に立っているように見えているのだろう、本当はうしろは切り立った崖を持った台地なのだろう。でないと、合成写真だとしか思えない。

もう一つ、こんどはなんとなく微笑ましいもので、クマが急流を飛び上がってきたサケと睨みあっている一瞬をとらえたもの。サケの表情、具体的には眼がいかにもクマと見つめあっている風情。つくづく写真というのはシャッターチャンスが一番だと思った。

展覧会の出口で、絵ハガキなどを売っているわけだが、ここにこの写真のものはなかった。私としてはこれは人気が出るのじゃないかとおもったのだけれど。


その他、エスキモー(今はイヌイットというほうが普通だけれど、発表当時ハエスキモーだったのだろうか)や、アメリア原住民を撮ったものが印象的だった。
ネズミの巣からジャガイモを取り出して、そのお返しに乾燥肉を入れておくという原住民の習俗をとらえた写真は、写真としてより、その文化に魅入られる。

会場には、星野氏が生前使っていた道具も展示されていて、ブローニー版はほとんどこれで撮られたというPENTAX、カリブーの空撮で使われた35mmのニコンなどが置かれていた。

また、30点ぐらいだろうか、原版と思しきポジフィルムが展示されていた。大きく引き伸ばされた印刷(印画?)展示も良いが、なんといっても、このポジフィルムこそすべてのオリジナルである。
6×9だろうと思うので、上述のPENTAXではないと思うが、見事にクリアーな写真で、デジタル写真なんてこれに比べたらずっと粗いものではないかと思う。

写真をゆっくり鑑賞するというのも、悪くはない。

アップした写真は、会場外で自由に撮影できるもの。本文で紹介した写真もここに載せたかったのだけれど。


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「領収書」法

receipt_form.jpg参議院予算委員会での質疑で、白紙領収書のことが追求されていた。
呆れることに、答弁に立つ閣僚が「問題ない」と。

政治資金規正法上は問題がないという理屈があるのかもしれないけれど、そもそも領収書って、支払の事実を証明するもので、双方の名前、日付、金額などが記載されたもので、一度っきりしか出されないものではなかったの?
前に小咄を紹介したけれど、これこそ「なんで領収書なの」である。

そして白紙の「領収書」を受け取った人が、これに記入したら、文書偽造罪になるはずである。
また、白紙の「領収書」を渡したら、その使われ方によって、たとえば税法違反の幇助罪になるはずである。
閣僚の「問題ない」発言は、いったい何を言いたいんだろう。
これで、閣僚には遵法精神が欠けていることがはっきりした。

追求する側も違法性の認識が甘すぎるのでは。


AS20161006004376_comm.jpg 個人で会社を経営している人などと飲食をすると、誰が支払ったかはともかく、領収書をその人に渡すということがあるらしい。会社としては必要経費として控除してもらうというご利益があるわけだ。
企業が政治家のパーティー代を出していたかもしれない。それはどう処理したんだろう。(まとめて払うだろうから、というか税務調査があるから、ちゃんとした領収書を用意していただろう。)

答弁のなかには、政治資金規正法には領収書の要件などは定めがないという変な理屈を言う人もいたようだ。

領収書の発行側の作成方法についての規定はございません。法律上、ございません。」(高市総務大臣)


それなら、領収書の要件を定義するとともに、特に定めが無い限り「領収書」の語が使われているすべての法令についてこれを適用するという“「領収書」法”とでもいうものを作ったらどうか。

政治資金規正法は「特に定める」の方になるかもしれないが。
(というか「本法制定前の法令には適用しない」と但し書きか)


この際、領収書には、総務大臣お得意のマイナンバーを記入させたらどうでしょう。

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夙川で一献

shukugawa_sakura_014.jpg 昨日は夙川で一献。

キタやミナミでもなく、また職場の近くでもない。
どういうわけで夙川、そもそも住宅街じゃないの。

もちろんわけあり。
今年の7月に、新規にオープンした割烹。かつての仕事仲間のご子息がやっておられる店。

場所はココ


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店の内観1


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店の内観2


IMG_20161007_192049.jpg
わたりガニとしめじ


IMG_20161007_192608.jpg
タラ白子
鴨ロース
松風(卵とハモすりみ)
はものにこごり
イクう
ハモ


IMG_20161007_194247.jpg
明石の鯛の昆布しめ
アコウダイ
シメサバ


IMG_20161007_200603.jpg
イトマキエイ(マンタ)




子持ちあゆの塩焼(写真撮り忘れ)

鮎は私の好物なので、写真を撮ることに気が回らず、さっさと食べてしまった。




IMG_20161007_203205.jpg
土瓶蒸し


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かぶの炊いたん


IMG_20161007_212132.jpg
すっぽん


IMG_20161007_213901.jpg
しめの御飯

料理にはまったく衒うようなところはなく、上品。
酒もよく選ばれていて、聴けばかなりの解説がしてもらえる。

つまり、新地にあっても良いような店なのだけれど、それが閑静な住宅街に出ている。
となれば、商売はなかなか難しい立地じゃないかと若干心配でもある。

付近に歓楽街があるわけではないから、流れで来る客は期待できない。
桜の季節には人出もあるだろうけれど、通年は無理だし。
お惣菜の代わりとしては高級すぎるだろう。

それでも近所に固定客も付いているそうだ。土地柄であろう。
店のコンセプトを明確にして、固定客をどれだけ集められるか。



【珍之助さまの記事】

珍之助さま(「語り得ぬ世界」)にこの店が紹介されている。
そちらの方が読みごたえがあります。そちらをどうぞ。


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朝から疲れる

いつも通り起き、いつも通り朝食を食べ、いつも通り出勤しようとしていたら、テレビのニュースで

GT線、信号トラブルで、H出―N尾間、運転休止中


それなら、振替輸送もしているに違いない、逆方向、つまり最寄駅から東方面へ行って、K鉄に乗り換えて、久しぶりに長~い行程で出勤しようかと心を決めて、少し早めに出立。

意外なことに、駅に近づいても、こういう状態なら溢れているはずの乗客が、おおむね普段通り。
駅の表示を見ると、「3分遅れ」とのみ。

いつも乗る列車より、一列車早い快速に乗る。ホームには乗客が普段よりずっと多いから、座ることはあきらめて。
車内放送では、信号トラブルがあったこと、列車に遅れや休止が発生していることを繰り返している。
幸いなことに、S道駅で、目の前の乗客が降りたので、すかさず着席。
ダイヤ乱れは、S道駅までは大したことはなかったが、ここからH出までは、徐行・停止を繰り返したから、ここで座れたのは実にラッキー。

2016-10-07_084753.jpg

H出駅の乗換でも、ホームに客が溢れていたが、無事に座ることができた。ダイヤも通常どおり。
結局、職場には、何事もなかったかのように出勤。
後で聞くと、最初にテレビでニュースが流れた数分後に、運転再開のニュースも流れたとのことである。

あ~ぁ、朝から疲れた。

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正義の味方

先日の記事で、

正義の拳は、振り回し過ぎないようにしてもらいたい。
自分に正義があると思っている人ほど残酷になれるものだから。

などと、訳知り顔で書いたけれど、随分昔から「正義」というものには疑念を持っていた。

マイケル・サンデルのように正義とは何か、と問うようなスタンスではなくて、正義の効果というものが何となく怖いという感覚である。

志賀直哉「正義派」あらすじ
路面電車が飛び出して来た子供を轢いて死なせる事故が起こり、その軌道の保線作業をしていた3人の工夫が目撃していた。
運転手は突然のことでブレーキが間に合わなかったと主張するが、工夫は直ぐに急ブレーキを掛けていれば事故は防げたと警察で話すが、会社側からは証言を止められる。
その後、3人は飲みに行き、あの事故の目撃者は俺たちだと聞こえよがしに喋る。
高校のとき、国語の授業で配られた短編のプリントがあった。志賀直哉「正義派」。

作者・作品名は全く忘れていたが、あらすじを頼りに検索すると、これで間違いないようだ。

授業で扱われたから、同じ教室で他の生徒の感想も聞いた覚えがある。
正義を実行して、代償を期待するかのような態度は情けないという意見があったと思う。
会社の態度を批判する意見もあったと思う。
ネットにもこの短編の解説や鑑賞の記事が散見される。


複雑なテーマで、どういう読みが正しいのかはわからない。私の読み方は浅いのかもしれない。
ただ、私の記憶として残っているのは、自分に正義があると感じると、人はいたずらに昂奮してしまうということ。何となく正義が持つ恐ろしさみたいなものを感じたわけだ。

24812_original-crop.jpg この授業より前のことだと思う、やはり高校のときに考えたことがある。
正義の味方になってはいけない、正義の味方とは物事の善悪の判断が停止した状態ではないかと。

子供向けのドラマやまんがには、正義の味方が登場する。
彼らは圧倒的なパワーを持っている。もし、私があのようなパワーを持っていたら、その使い方で悩むに違いない。
そして、そのパワーの「正しい」使い方として、安直に正義に頼ってしまうだろう。(中にはデビルマンのように、正義に頼らないヒーローもいるけれど。彼は正義ではなく、恋人のために戦う。)

今日は、高校時代の青臭い話も思い出して書いたけれど、やっぱり今でも思う。「これが正義だ」という正義はやはり何か違う。
正義は、正義を常に疑ってこその正義じゃないだろうか。

そう思っているとおもしろい報道が目に入った。

人間と動物、暴走車がひかざるを得ないとしたらどちら?


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発見という行為

lif1610030031-p11.jpg 東工大 大隅良典栄誉教授がノーベル医学・生理学賞を受賞するというニュース。
オートファジー(Autophagy、細胞の自食作用)の解明が受賞理由。ノーベル賞の単独受賞というのはとても珍しい、それほどユニークで画期的な研究だと評価されたわけだ。

細胞内のこういうメカニズムについては、一般向けの生物学の教養書(たとえば、永田和宏「タンパク質の一生―生命活動の舞台裏」)などにも書かれているけれど、そして、精巧にできているんだなと圧倒されるけれど、これが大隅先生の研究から発展した領域だということまでは思い至らなかった。

前掲書では「最近日本の研究者が明らかにしたこと」という記述はあるけれど、大隅先生の名前は出ていなかったと思う。
この本は細胞生物学の最新の知見を整理・解説する教養書ということで、引用文献や、誰々の業績という書き方はしない方針のようだ。(この本を批判しているわけではありません、実に良くまとまった良書です。)


こういう発見を成し遂げる人の頭ってどうなってるんだろう?
こんなことを考えてみた。

普通に頭の良い人は、教えられている理論を身に付け、それによって現象を理解して満足する。効率的で頭の良いやりかたである。試験の成績も良いだろう。エリート・コースである。
そうではなく、いろんなことに疑問を持って、なかなか目的地(目的も実ははっきりしない)にたどり着かない。実に非効率である。

natural_secret_crop.png 簡単な図を書いてみた。
坂道を転がり落ちるボールがある。坂道の一部が隠れている。ボールがこの部分を通って出てくる。それだけの現象である。

頭の良い人は、落体の法則どおりだ、何も不思議なことはないと見切る。
ところが、隠れた部分をのぞいてみると、転がってきたボールと出てきたボールは別のものだった、ということもある。
猜疑心のかたまりの研究者は、理論値とのわずかなズレを不審に思い、本当に同じボールだろうかと疑問に思って、たとえばボールにマークを付けて転がしてみるなどの実験を案出する。

発見されてしまえばアタリマエのように思っても、そこに真理が隠れているということに気づくことは簡単ではない。偶然の発見だとしても、それは関連領域の深い知識と日々の努力があってこそのもの。セレンディピティは無から生まれるものではない。
同等の能力を持ち、日々努力している多勢の研究者がいて、たまたまそのうちの一人に偶然が微笑む、そういうことなのだろう。だから、その研究者だけが偉いわけではなくて、そうした多勢の研究者が偉く、そしてそれを支える社会が健全なのだと思う。

社会の役にたつエリートばかり求めていたら、そつなく見切っておしまいの、進歩も刺激もない社会になるのでは。(それに全員がエリートになるはずもない。義務教育でエリート教育を標準にできるわけがない。)
大学が社会の役にたつかどうかは結果でしかない。それを咎め、成果ばかり求めるような国は貧しく、不健全である。大学以外に、そんな研究者をたくさん飼っておける場所なんてないでしょう。

大隅先生の言葉が新聞に紹介されていた:人の役にたつ研究をしたいという学生ばかりでは困る。

日本人、とりわけ日本国内で研究している先生が、ノーベル賞を受賞するたびに、同じ趣旨の発言が繰り返されているように思う。


利益至上主義の経営の世界でも、実は同じようなことがある。
広告展開で大成功したデパート王のジョン・ワナメーカーはこう言っているそうだ。
「広告に費やす金の半分は無駄だ。ただ、どちらの半分が無駄なのかはわからない。」

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禁煙外来の設置条件

 禁煙外来を設置している済生会江津総合病院(島根県江津市)の敷地内で、職員らの喫煙が常態化していたことが分かった。厚生労働省は、禁煙治療で保険適用を受ける病院に対し、敷地内の全面禁煙を条件としている。同病院は敷地内喫煙の事実を認めて9月から禁煙外来を休止し、診療報酬も今後返還するとしている。
(毎日新聞2016年10月2日 20時30分)
スモーカーとしては見逃せないニュースがあった。

島根の病院「禁煙外来」病棟裏で職員らスパスパ


病院が敷地内禁煙にすること自体は、それは管理者の勝手だと思う。今の私の職場も敷地内全面禁煙である。少し前までは外階段に置かれていた灰皿も撤去された。

見逃せないとしたのは、敷地内全面禁煙が、禁煙外来の保険適用の条件になっていることだ。
喫煙を絶対悪として、直接・間接に煙草の撲滅に資する行為を優遇し、その逆は冷遇するという強い強制である。

kinenn_gairai.png なるほど、病院職員が、禁煙しようという野望を抱いた人たちを尻目に、その神経を逆なでするような行為であるかもしれない。でも、それを言いだしたら、病院の周囲○○kmは禁煙とかにしなくちゃ。それにこういう施設だと、その外へ出たとたんに一服する人はいっぱいいるだろう。
病院の姿勢、そうかもしれない。けれど、この処置で禁煙外来に来なくなる人が増えるほうが問題だとは考えないのだろうか。

正義の拳は、振り回し過ぎないようにしてもらいたい。
自分に正義があると思っている人ほど残酷になれるものだから。

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本質的なもの、周縁にすぎないもの

私の今の職場のPCには、"Systemwalker"というソフトがインストールされている。
システム担当者に聴くと、ユーザーが何か困ったときに、システム部門側からPCを遠隔操作するために入れているという。

そのこと自体は良いことだと思う。
しかし、そのソフトでないとだめなんだろうか、それって有料だろう。

2016-09-23_150304.jpg 以前、勤務した職場では、フリーソフトの"VNC"を使っていた。やはりユーザーにトラブルがあったときに、システム部門が遠隔から操作するためである。

もちろんフリーソフトというのは、ライセンス方針によっては、組織的利用については制限、あるいは有償となる場合がある。しかし、それを措けば、"Systemwalker"でなくて"VNC"を使って何か問題があるだろうか。

前の別の職場では、VNCがインストールされていると遠隔操作ソフトが入っていると騒ぐ人がいた。何か勝手なことをされると思っているらしい。上記のようにユーザーサポートが目的の場合、「ローカルユーザが接続を受け入れるか問い合わせる」設定にしておけば、勝手に触られるようなことはないはずである(パスワード保護程度では、過去に脆弱性もあったし、パスワードハッキングされるおそれもある)。


そうかと思うと、随分昔のことだけど、ある会社でデータ集配信のシステムを見せてもらっていたところ、データ伝送の前に"lha"でデータを圧縮していることに気がついた。lhaはフリーソフトだが、製品に組み込んで利用するような場合は自由に利用できるか疑問があった。システムは大手メーカーに委託して開発してもらったものだから、そのメーカーがlhaを納品システムに組み込んでいたわけだ。

その場で会社の担当者にそのことを指摘して、メーカーに確認したらどうかと言った。もし無断利用だったら、うまくすればメーカーをいじめる材料になるでしょうと。


私自身が開発に関わったシステムでは、委託先にフリーソフトもあるじゃないかと言ったら、フリーソフトを使った場合、当社としては責任を持てなくなるので、ご勘弁くださいという返事であった。

なかなかカタいメーカーである。もっともその後、OSやDBMSも無償のものが多くなってくると、それも含めて責任を負わなければ商売が成り立たなくなっていると思う。


さて、これら、フリーソフトの使い方の差というのはどう考えるべきだろう。
私がシステム部門の担当者に言っているのは、

業務に本質的なものなのか、単なる便利ツールなのか、それによって判断すべきだ

ということ。
SystemwalkerやVNCの場合、それが動作しない(あるいはそれが悪さをする)場合、遠隔操作をするかわりに現地へ担当が走れば済むことである。これ自体が何らかの情報処理を行うというプロダクティブな性格のものではない。
対して、上に例示したある会社のシステムでは、lhaを組み込むことが情報処理の一部となっている。つまり業務に対して本質的要素になっている。

こうした点を嗅ぎ分ける、つまり、本質的なものと、周縁にすぎないものを弁別する能力というか、そうした物の見方ができることは、このことにとどまらず、システム屋が持っていなければならない能力だと思う。

その周縁的なものばかり凝っているのがマイナンバーのシステム。


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千代の富士、お別れ

fc2blog_2016100123403848b.jpg 千代の富士のお別れ会が開かれた。
61歳とあまりに早い死だったが、膵臓がんだったそうだ。

先日のニュースでは、膵臓がんは発見時に既に末期という割合が、他の部位のがんにくらべ高いと報道されていた。


相撲取りは、引退後早く亡くなられる方が多いような気がする。無理に体重を増やすための暴飲暴食で肝臓をやられることが多いという話もある。しかし、千代の富士はあの体型である、こんなに早く亡くなられるとは思わなかった。

アメリカの15歳の高校生が膵臓がんの早期発見の検査法を開発したという話がTEDにあったけれど、その後、どうなったんだろう。


相撲のことはあまり詳しくないけれど、とにかく精悍な姿、取り口は、誰の記憶にも残る強烈なものだった。
で、ちょっと土俵違いになるけれど、千代の富士で思い出すのは、名ソプラノのキリ・テ・カナワが千代の富士の熱烈なファンだったということ。いつだったか、来日中のキリ・テ・カナワが大相撲の観戦に来ていたところをテレビ中継がとらえていた。

アナウンサーが千代の富士に「キリ・テ・カナワさんが大ファンだとのことですが」と聞いたのだが、千代の富士のほうは、このソプラノについては知らなかった。(不思議ではないけれど)


私がキリ・テ・カナワの名前を知ったのは、40年ぐらい前のこと、FM放送で聴いた"Exsultate jubilate"。当時、他の歌手の演奏もいろいろ聴いたけれど、キリ・テ・カナワが一番だと思った。

2016-10-01_233847.png YouTubeで探したら、いくつかキリ・テ・カナワのKV165がアップされている。
うち一つにリンクを張っておく。
Kiri Te Kanawa "Exultate, jubilate" Mozart KV165 (YouTubeにアップされているのは、40年前の演奏ではないようだけど)

もう一つ、キリ・テ・カナワが歌うラグビーワールドカップのテーマソング。
Kiri Te Kanawa - 'World In Union' Music Video
(キリ・テ・カナワはニュージーランドだから歌手に選ばれたのかな)

同じくホルスト「惑星~ジュピター」をカバーした平原綾香と比べるとおもしろいと思います。


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兵馬俑を見てきた

IMG_20160930_115057.jpg 昨日、残っている夏期休暇をとって、国立国際美術館で開催している「始皇帝と大兵馬俑」という展覧会を見に行った。
会期終了間近であり、土日は大混雑だろうと思って、平日、早いうちにという目論見である。

10:10頃に入場したが、すでにかなりの混雑である。そして時が経つにつれて混雑は激しくなり、11:40頃に会場を後にするときには、入場口に長蛇の列ができていた。


メインは始皇帝陵から出土の兵馬俑と、銅車馬の展示だが、タイトル通り、秦が小国から成り上がる歴史を追っている。
あらためて、兵馬俑が突然出現したのではなくて、それ以前からの習俗として、いろんな俑が副葬品になっていたことも説明され、始皇帝以前の俑も多く展示されていた。
そのほか、度量衡の統一にかかるものや、貨幣など、歴史上有名な始皇帝の業績をあらわす展示。

IMG_20160930_103658.jpg 兵馬俑といえば、大阪城築城400年を記念する「大阪城博覧会」でも展示されていた。残念ことに、一体が倒されて損傷するという事件があった。(どうでも良いけど昨年は大阪城落城400年だった。)

というわけで、兵馬俑を見るのは2回目だが、大阪城博のときは、数体を置いているだけ、いわば要素展示にすぎなかったけれど、今回は、きちんとストーリーが組み立てられていた。

また、出口の手前には、兵馬俑の複製を並べて、自由に写真を撮れるコーナーが設けられていた(写真)。これはなかなか良いアイデアだと思う。

私は、入場してまっすぐ兵馬俑⇒銅車馬を見て、出口のこのコーナーに気付いたから、まだ人が少ない状態で写真が撮れた。
その後、それ以外の展示を見て、再度出口へ来ると、もう雑踏である。


今回は、いつもの単眼鏡でなく、少し前に購入した、合焦距離の短い双眼鏡を持って行った。これはなかなかの威力。展示物のいくつかには文字が刻まれているが、これが良く見える。今回は、対象が立体だからとくに双眼鏡の値打ちが出たと思う。(また、人混みがきつくて、遠くからしか見られない場合にも有効。)

ところで、客のほとんどは老人(私も他人のことは言えないが)だけれど、小学生が授業の一環だろう、手にスケッチ用のボードを持っておおぜいが入場していた。そういえば、美術館に着いたとき、隣の科学館前にも小学生の団体が並んでいた。こちらは科学館で授業かな。

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