今年は例年どおりの年末

昨年は、家の事情で年末・年始を自宅で過ごした。
しかも一人暮らし(大晦日から元旦までは娘夫婦も来てくれたけれど)。


今年は、ようやく例年のペースに戻り、家人の里を訪問。
車ではなく、電車利用。(帰りは一人になる予定なので、車だとちょっと燃料がもったいない。)



見たとおり、大混雑。
あわよくばと考えて、新大阪始発の「みずほ」を目指して早めに行ったのだけど座れなかった。



岡山からの特急。
これも早めに行ったのだけど、大混雑。
客席はさっさとあきらめて、乗務員室(連結車輌のところ)に陣取る。



一年間、本ブログにお付き合いいただきありがとうございました。
来年も、あいかわらず、つまりマンネリの本ブログに、お付き合い願います。

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今年はこんなことで時間つぶし

Screenshot_20161229-174453.jpg スマホでゲームはやらない。

と、言ってたけれど、今年はやはりあの世界的に話題になったゲームはやった。
と、言うか、熱心にやってるわけではなくて、出てくるポケモンを捕まえるのと、ポケストップでモンスターボールを補充すること、そして卵を孵すこと、あとはポケモンを進化させるぐらい。

ピカチュウを捕まえたらそれでやめようと思っていたのだけれど、まだひきずっていて、先日から赤い帽子のピカチュウが出るようになって、しかも、それがやたらあちこちで出没する。私の自宅の付近なんて、どんなポケモンもそうそう出てこない場所だけれど、なんと、昨日は、赤い帽子のピカチュウを3匹も捕まえた。

町内に配布する市の広報誌をとりにいくために公民館を往復したりしたから。家にいたのではさすがに無理っぽい。


赤い帽子のピカチュウが12匹、普通のピカチュウが1匹、合計13匹捕まえたから、11匹を博士に送れば進化に必要なアメ50個が手に入る計算である。
であるけれど、そうすると残るピカチュウは2匹というわけで、普通のピカチュウ、赤い帽子のピカチュウのどちらかを進化させたとして、ポケモンの種類としては進化型が増えるかわりに、ピカチュウが減って、種類数は増えない。
進化させるのは、もう一匹つかまえてからにしよう。

ゲームというのは難しすぎてもダメ、やさしすぎてもダメ。
ゲームデザイナーというのは神の代行者である。

と、このようにポケモンにつかまってしまっている。

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小納会2016

P_20161228_120013.jpg 昨日は仕事納め。

職場の若い衆の企画で、お昼休みにピザ・パーティ。
恒例化してきた。

これだけ並べて食べられるのか、とは毎回不審に思うのだけれど、やはり片付くのである。

私はほんの付き合い程度しか食べないけれど。
ビールもないし(昼休みだから。ノンアルコールなら良いんじゃないかと思うけど)。


今年は、執務室となりの会議室をパーティ会場として確保(総務には内緒)。
ゲストを入れて13名、ピザは10種類、12枚。
30分弱で完食。

今年は、ぼってりしたタイプではなくて、クリスピーなものが多かったのが、早く片付いた理由だろう。


これにて今年の納め。
来年はどんな企画をするつもりだろう。

P_20161228_120056.jpg

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Mozart: 225 The New Complete Edition(その4)

2016-12-26_111108.jpg Mozart225の200枚のCDは、ボックスにギッシリ詰まっていてコンパクトではあるけれど、取り出すのはかなり面倒である。これでは気軽に聴こうという気にならない。

私は購入したCDはたいていリッピングしてNASに置いているので、面倒だけれどMozart225もそうするつもり。
リッピングに使用するのは"foobar2000"、形式はFLACである。

ところがfoobar2000が引いてくれるCDDBは"FreeDB"で、どうやらMozart225のCDはヒットしない。曲名もわからない"01.Track01"のようなファイル名では大いに困る。
幸い、Mozart225のサイトは、コンテンツデータをPDFで配布しているから、これをもとに、タグ付を自分ですることにした。

配布されているPDFは、画像だけでなく埋め込みテキスト情報も入っているようなので、PDFヴューアーからテキストを取り出すことができた。200枚のCDについて、該当箇所を選択して、エディタに貼り付けるのはちょっと面倒(5~6時間かかったように思う)。


タグ編集には"mp3tag"を使っている。CD1枚分とかだと手作業で直接入力しても良いけれど、200枚ものCDとなると、いくら気長にやるにしても大変である。そこで、一旦別のファイルにタグ情報を用意して、取り込むことにした。そうするほうが、編集しやすいし、間違いも少ないだろう。何より、既存データを取り込む自由度も高くなるだろう。

Mozart225が配布しているコンテンツデータは、トラック単位ではなくて、たとえば交響曲でも、楽章単位のデータはなく、"1-4 Symphony xx"という形になっている。
なので、手元にある楽曲目録とマッチングしないとわかりにくい。

一番困るのはオペラなどで、演奏によってトラックの切り方が違うから、既存のカタログと単純にマッチしない。ただし、全く同じ演奏が収録されているCDがあれば、これのタグ情報を利用できることがある。前のCD全集からも初期オペラ(ハーガー/モーツァルテウムなど、録音が少ない)は利用できた。

同じ演奏を収録しているなんてムダなんだけれど、タグ情報の取り出しはラクである。というか、同じ演奏が既にNASにあるから、これを再度リッピングする必要もないわけだけど。


その他、オペラについてはバラ売りもあるだろうから、CDDB(FreeDB)にマッチするものがあるかもしれない。これはリッピングしてみないとわからない。

というような苦労を重ねて、タグ情報の元になるExcelファイルを作成した。
使用するタグは、disc number, track, title, artist, album, album artist, comment の7つ。
私と同じようなことで苦労されている人がいるかもしれないので、現時点で出来上がっているExcelファイルをアップロードしておく。

2016-12-26_202835.png

なお、メディアへのタグ情報の書き込みは、前述のように"mp3tag"を使うのが便利である。
使用するソフトは、"mp3tag"、Excel、適当なテキストエディタの3つ。

  1. mp3tagで読めるタグ情報ファイルの作成
    1. 前記のタグ情報Excelファイルを開く
    2. 取り込むタグ情報の部分を選択して、クリップボードへコピー(右クリックコピー)する
    3. テキストエディタを開いて、クリップボードの内容をペーストする
    4. 一旦、適当な名前でテキストファイルを保存する(タブ区切り形式になってる)

  2. mp3tagでのタグ情報の取り込み
    1. mp3tagでタグを書き込むメディアファイルを選択する
    2. [変換]―[テキストファイル―タグ」のメニューを開く
      2016-12-26_105045m.jpg(ファイルとフォーマットを指定するダイアログが表示される)
    3. ファイルに先に保存したテキストファイルを指定、フォーマット指定は次のようにする。
      %discnumber% %track% %title% %artist% %albumartist% %album% %comment%

      ここで、区切り記号はタブになっているが、mp3tagのダイアログではタブ文字を直接入力する方法がないので、テキストファイル中のタブ文字を[ctrl-C]でコピーし、ダイヤログ側に[ctrl-V]でペーストする。

    4. [OK]で実行

このようにタグ情報を準備しているのだけれど、肝心のリッピングの方は全く進まない。
いったい、いつになったら気楽に聴けるようになるだろう。

というか、ラトルのベートーヴェン交響曲全集のようにダウンロード販売してくれたら良かったのに!



【追記】

年明けに、根性を入れてリッピング・タグ編集しようと思って、foobar2000でCDをリッピングしたら、MusicBrainzからタグ情報を検索してきた。
前に同じことをしてヒットしなかったCDも、あらためてMusicBrainzを引きに行ったら、ちゃんとヒットした。
どうやらMusicBrainzが、この間にタグ情報を収録してくれたようだ。
ただ、artistがどれも、"Mozart"になってるみたい。
演奏者名を入れたいと思うので、気が向いたら、上述のデータを使って、artistタグを書き換えようか。
  (Mp3tagの上の手順で、artistの列のデータだけ使う)


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Mozart: 225 The New Complete Edition (その3)

昨日は、Mozart225の楽曲(CD)の配列について感想を述べた。
今日は収録演奏について。

前に書いたように、この全集のウリの一つが、"70% of recordings different from 1991 Philips Mozart Edition"で、実際、私が持っている演奏とまるごと、つまりそのジャンル全体がぶつかるものは一部の例外を除いてない。同じ演奏でも家にあるのはLPだったりするわけで、全く同じものが揃うということでもない。
Trevor_Pinnoch_English_concert.jpg

例外というのは、舞曲と行進曲で、これは、もともと「舞曲と行進曲全集」としてLPのボックスを買っていたものと同じ上、同じ演奏が、後のLPでの全集、前のCDでの全集、そしてMozart225にも収録されているから、私は4つめになる。演奏者ボスコフスキー/ウィーン・モーツァルト合奏団(実態はウィーン・フィル団員)だけが、録音を出していて、全集に納めようとすれば、この演奏になるわけだ。
同じようなものは、メサイアの編曲(KV572)もそうで、これも同じ理由でまともに衝突する。
単体としては、内田光子のピアノ協奏曲とか、ピリスのピアノソナタとか、重なるものもチラホラあるけれど、この全集は1枚300円もしないわけで、10枚ぐらいダブっても3000円程度、割安だから許容できる。

こうなったのは、Mozart225は、近年の風潮であるピリオド楽器による演奏を積極的にとりあげていて、新しい録音が多いからだと思う。
academy-of-ancient-music-in-derbyshire-1379601052-view-0.jpg 実際、交響曲は、
  • 初期交響曲は、ピノック/イングリッシュ・コンサート、ところどころ(主に番号のついてない交響曲)ホグウッド/エンシェントの演奏、
  • 中期のものは、ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、
  • 後期交響曲は、ピノック/イングリッシュ・コンサートとブリュッヘン/18世紀オーケストラ
の演奏が収録されている。いずれもピリオド楽器が使用されるものである。前の全集だと演奏者は、録音がないという事情がなければ、同じ演奏者で揃えていたけれど。

Gardiner_Baloque_soloists2.jpg 全く同じ演奏が、既に持っているものとダブるのは比較的限られていたわけだけれど、なんと、Mozart225は、同一曲について複数の演奏が収録されている。
前からもっている2種類の全集もそうだけれど、全集というのは、同じ曲を重複して収録しないと思う。あったとしても、編曲などバージョンが複数ある場合である。(前のCD全集は、全巻購入者には、フィガロがもう1つの演奏が付いてきたが、これはオマケとして。)
しかし、Mozart225では、いわゆる有名曲は、いくつかの演奏が収録されている。

Bruggen_18th_century.jpg 40番KV550は、なんと4種類もの演奏が収録されている。それも全曲だから、KV550だけで2時間あるわけだ。
  • Orchestra of the 18th Century/Frans Brüggen
  • Les Musiciens du Louvre/Marc Minkowski
  • Camerata Academica des Mozarteums Salzburg/Sándor Végh
  • London Symphony Orchestra/Benjamin Britten
このうち2番目のMinkowskiの演奏は、モーツァルト自身による編曲版(クラリネット版)による。

メインに位置づけられているのはブリュッヘン/18世紀の演奏で、これ以前の39番まではピノック/イングリッシュ・コンサートをおしのけて収録されたような観がある。(実は、ブリュッヘン/18世紀は別に持ってるから、ピノック/イングリッシュ・コンサートがあるなら、そっちを収録してもらいたかった)
他の演奏は、"Supplementary performances"、"Classical performances"という小カテゴリーに入れられている。メインはピノックやブリュッヘンだけれど、昔から名盤とされている演奏も収録した、というわけである。

ちなみに41番KV551は2種類、39番KV543は3種類の演奏が収録されている。KV543は、ベーム/ベルリンという懐かしい(LPで交響曲全集を持っている)ものも収録されている。

特別な協奏曲KV595も4種類の演奏が収録されている。
  • Malcolm Bilson fortepiano, English Baroque Soloists/John Eliot Gardiner
  • Emil Gilels piano, Wiener Philharmoniker/Karl Böhm
  • Maria João Pires piano, Orchestra Mozart/Claudio Abbado
  • Clifford Curzon piano, English Chamber Orchestra/Benjamin Britten
Bilsonのは、fortepianoと記載されているように、古楽器が使われている。そしてこれがメインに位置づけられている。(このなかでは、ギレリス、ベーム/ウィーンはLPで持っている。ピリスは別のオケのものを持っている。)

自己保有のものとのダブりはともかく、有名曲はいろんな演奏が聴けるということは全然悪いことではない。
最も有名なピアニストだけどモーツァルトも弾いてたのかといホロヴィッツとか、家にあるのはLPばかりで最近聴かなくなったハスキルやヘブラー、骨董的演奏のブリテン、これはこれで楽しみである。

一方、すごいことになってるのが、歌曲(リート)。
歌曲もおおぜいの歌手が録音をしているわけだけれど、Mozart225は誰を選んだのだろう?

・An die Freude K53 Prey/Klee ・Das Lied der Trennung K519 Schreier/Schiff
・Oiseaux, si tous les ans K307 Bartoli/Thibaudet ・Als Luise die Briefe ihres ungetreuen Liebhabers verbrannte K520 Ameling/Baldwin
・Dans un bois solitaire K308 Ameling/Baldwin ・Abendempfindung an Laura K523 Brueggergosman/Zeyen
・Verdankt sei es dem Glanz der Großen K392 Ameling/Baldwin ・An Chloe K524 Holzmair/Cooper
・ [An die Einsamkeit] K391 Mathis/Klee ・Des kleinen Friedrichs Geburtstag K529 Mathis/Klee
・ [An die Hoffnung] K390 Schreier/Schiff ・Das Traumbild K530 Holzmair/Cooper
・Die Zufriedenheit K349 Ameling/Ludemann (mandolin) ・Die kleine Spinnerin K531 Ameling/Baldwin
・Komm, liebe Zither, komm K351 Ameling/Ludemann (mandolin) ・Beim Auszug in das Feld K552 Blochwitz/Jansen
・Ah! spiegarti, oh Dio, vorrei K178 Mathis/Klee ・Un moto di gioia K579 Stader/Demus
・Der Zauberer K472 Mathis/Klee ・Sehnsucht nach dem Frühling K596 Mathis/Klee
・Die Zufriedenheit K473 Prey/Klee ・Im Frühlingsanfang K597 Schreier/Schiff
・Die betrogene Welt K474 Holzmair/Cooper ・Das Kinderspiel K598 Mathis/Klee
・Das Veilchen K476 Battle/Levine ・Das Kinderspiel K598 Alternative performances with fortepiano Prey/Demus
・Lied der Freiheit K506 Schreier/Schiff ・An Chloe K524 Von Otter/Tan
・Die Alte K517 Mathis/Klee ・Das Veilchen K476 Baker/Leppard
・Die Verschweigung K518 Schreier/Schiff ・Abendempfindung an Laura K523 Baker/Leppard

なんと、12人の男女の歌手(伴奏違いを数えたら14組)が顔をそろえている。まるでカタログである。
もとの録音は、おそらく曲の順序も考えて行われたものだろうけれど。

Mozart225には、多数の演奏家が収録されている。
これも、Mozart225のサイトに掲載されている。

多くのモーツァルティアンは、たいていの曲は誰かの演奏で聴いているだろうから、こういう複数演奏家の録音を聴くことも一興と考えていると思う。そう思えば、この企画も納得できるものだ。

将来、「モーツァルト全録音」などというセットが出たりして。


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Mozart: 225 The New Complete Edition (その2)

mozart225_content.png 昨日につづいて、
"Mozart: 225 The New Complete Edition"。

まず、この全集の編集の特徴。
収録演奏はmozart225.comに掲載されている(PDF)。
昨日言及した昔のLPの全集は年代順に収録されていたから、交響曲は第1番は第1巻に、41番は最終巻になっていた。また、CDの全集はジャンル別、交響曲、セレナード、……という順だった。

・室内楽作品("Chamber")1~49
・管弦楽作品("Orchestral")50~101
・劇場作品("Theater")102~152
・宗教作品("Sacred")153~170
・プライベート("Private")171~173
・断片("Fragments")174,175
・補作("Completions")176~178
・他の作曲家作品の編曲("Arrangement")179~187
・自作品の編曲("Self-arrangement")188~193
・疑作("Doubtful works")194~200
Mozart225は、カテゴリー別の年代順に配列されているようである。
最上位カテゴリーはかなり大きい(右表)。

で、"Orchestral"の中は確かに交響曲と他は分けてあるけれど、協奏曲については、普通はやらんだろう、という並びになっている。なんと、協奏曲をいっさいがっさい集めてる。つまり、同じCDに、ピアノ協奏曲も、ヴァイオリン協奏曲も、管楽器の協奏曲も入っているという構成である。室内楽でも、弦楽四重奏と五重奏が並んでいたりする。

演奏会のライブ録音とかでないなら、同じソリストの録音が収録されているのが普通だから、これはなかなか違和感がある。
この配列はなかなか難しいと思う。
他の人は知らないが、私などは、今日はピアノソナタかな、協奏曲かな、シンフォニーかな、というようにジャンルに注目して選曲することが多い。単純な年代順だと、あるジャンルの曲を聴きたいと思っても、そう簡単にCDを選べない。かといって、演奏会のように、はじめに軽いセレナード、そして協奏曲、最後にシンフォニーというようなプログラムで全曲を並べるなど無理。
自分に会うのはジャンル別だけれど、ヴァイオリン協奏曲の次にピアノ協奏曲というのは、ちょっと不思議な気がする。

また、この全集では、こうした編集方針で配列されているもの以外に、"Supplementary performance"、"Classical performance"という小カテゴリーがあって、このCDは、それこそもっといろんなものが入る。


いろんな編集者が知恵をひねるのだろうけれど、私が一番慣れているのは、アインシュタインの「モーツァルト:人間と作品」で採用されているジャンル分けである。
  • 器楽曲
    • 弦楽器のための室内楽曲
    • ディヴェルティメント、カッサツィオーネ、セレナーデ
    • シンフォニー
    • ピアノ曲
    • ピアノを加えた室内楽曲
    • コンチェルト的なものとメカニックなもの
    • 綜合-ピアノ・コンチェルト
  • 声楽曲
    • 教会音楽
    • アリアとリート
    • オペラ、オペラ・セリア、オペラ・ブッファ、《ドイツ・オペラ》

CD全集は、順番はともかく、ジャンル分けはこれに近い。
  • 01 交響曲
  • 02 セレナードと喜遊曲
  • 03 管楽セレナード・舞曲と行進曲
  • 04 ピアノ協奏曲
  • 05 バイオリン(を含む)協奏曲・管楽器のための協奏曲と室内楽・室内楽の断章
  • 06 弦楽のための室内楽
  • 07 ピアノを含む室内楽・バイオリン・ソナタ
  • 08 ピアノ曲
  • 09 宗教音楽(~10)
  • 11 オペラ(~14)
  • 15 劇とバレエのための音楽・コンサートアリア・歌曲・カノン・初期チェンバロ作品
  • 16 別巻(編曲、父・子の作品、同時代の作曲家)

※数字は巻数。1巻CD約12枚


Mozart225のカテゴリーも、あまり違わないように見えるのだけれど、違和感がある。
なぜ違和感があるのか、それの一番大きな原因は、他のジャンル分けに見られる「ピアノを含む・含まない」という分類が持ち込まれていないことだと思う。

ピアノを含む・含まないで分けるのは、量的にもちょうどよく分けられるのだけれど、アインシュタインは、モーツァルトが自分の言葉として最もよく表現できる楽器としてのピアノに注目すべきというような趣旨のことを言っていたと思う。

まぁ、所詮、CDの配列の問題ではある。
それに、演奏家がまぜこぜになった配列というのは、これは結構手間ではないだろうか。
前からもっているCDの全集の場合、既に販売されているCDの構成のまま収録しているものが多く、CDDBを検索すれば、単独販売のCDがヒットしたりする。
逆に言うと、Mozart225のCDは、残念なことにCDDBからタグ情報を取得することが、どうやらできないらしい。

作る側も、買う側も、少々面倒なのである。
リッピングするなら、自分でタグを編集することになりそうだ。


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自分へのクリスマス・プレゼント~Mozart: 225 The New Complete Edition (その1)

2016-12-19_104142.jpg Merry Christmas!
今日は全国的にクリスマス。

朝、目を覚ましたら素晴らしいクリスマス・プレゼントが枕元に、なんてことはない。
子供が小さかったときはクリスマス・プレゼントというのはあったけれど、それ以外、クリスマス・プレゼントを交換するなんて習慣はない。
けれども、今年は自分へのクリスマス・プレゼントと言い訳をして買ったものがある。

先だって、自分の誕生日祝いと言い訳して、フェルメールの複製画を買ったりして、常套手段化してるけど。


Mozart: 225 The New Complete Edition
(CD200枚=240時間)

Tower recordsの通販で、6万円弱(ポイント10%なので実質5.4万円)。注文後数日、12月17日に届いた。

音楽業界激震 2016年最も売れたCDはモーツァルト

 今年最もCDが売れたアーティストにかなり意外な名前があがった。ビルボードの発表によると、2016年米国で最もCDを売ったのはモーツァルトだ。
 モーツァルトの没後225年にちなみ、10月28日にリリースされたのが200枚組のボックスセットの「モーツァルト225」。このセットがこれまで合計で125万枚のCDセールスとなった。
 モーツァルトは今やドレイクやカニエ・ウェスト、ビヨンセよりも売れているアーティストということになる。ビルボードによると今年の米国のCD販売枚数は昨年から11.6%減少し過去最低の5,000万枚となった。対照的にストリーミングは急成長を遂げている。
 今回、モーツァルトが売上1位になった背景には次のような背景が考えられる。まず言えるのは、クラシックファンの間では依然としてCDを買い求める傾向が強いことだ。オーケストラの演奏を聴くメディアとしては、恐らくストリーミングよりもCDが適しているだろう。
 次に言えるのが、このボックスセットがギフトとして人気を獲得した点だ。ギフトとして贈る場合、形に残る物のほうが好まれる。ストリーミングは今後も普及を続けるだろうが、CDプレイヤーを捨てるのはまだ早いということだ。

http://forbesjapan.com/articles/detail/14568

モーツァルトの録音の全集といえば、中央公論社+フィリップス共同編集のLP版(182枚)、小学館のCD版(190枚)と、2揃い持っているのだけれど、またまた買ってしまった。
既に全集を持っている人にもささるメッセージがメーカー・サイト(www.mozart225.com)にある。

70% of recordings different from 1991 Philips Mozart Edition
(もっとも、私は注文してから、このサイトに気づいたのだけれど)。

それに、前の全集は、2~3十万円だったと思うので、それに比べたらずっと安い。

そもそも、この全集の存在を知ったのは、ネットに流れているニュースに、
今年一番CDが売れたアーティスト」とあったから(右に記事引用)。

計算上は、1日1枚で1年以内に全部聴けるわけだけれど、多分、そんなわけにはいかない。
というか、生きている間に全部聴けるかというと、それも疑問である。

モーツァルトを自分のそばに置きたいという気持ちに偽りはないけれど、これも偏執的な蒐集癖のなせることかもしれない。

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モバイル・バッテリー

P_20161210_184337_vHDR_Auto.jpg スマホ用モバイルバッテリーを買い替えた、というか買い足した。

前に「スマホ用モバイルバッテリー」に書いたとおり、今まで2つのバッテリーを使っていたけれど、先日4000mAh(スマホのオマケ)の方がなんだか調子が悪くなったようなので、オマケに頼るのもちょっとと考えて、旅行時に安心できるように買い足した。

買ったのは、液晶残量表示付き10000mAhの"hoco-bt01"という製品、2,580円。
液晶残量表示が気にいったわけではなくて(買った後、これはなかなか良いものだと思ったけど)、10000mAhの製品としては、軽い部類(177g)、つまり、エネルギー密度が高い(表参照)から。
充電用端子(USB)は、2.1Aのものと、1Aのものの2つが付いている。充電中は出力表示も出る。

  メーカー   商品名   容量(mAh)   重量(g)   mAh/g
  hoco   bt01   10000   177   56.50
  Anker   PowerCore 20100   20100   356   56.46
  Anker   PowerCore 10000   10000   180   55.56
  cheero   Power Plus 3   13400   245   54.69
  Anker   PowerCore 13000   13000   240   54.17
  cheero   Power Plus 3 Premium   20100   375   53.60
  cheero   Power Plus 10050mAh DANBOARD version   10050   191   52.62
  cheero   Power Plus 3 mini   6700   130   51.54
  cheero   Power Plus 3 mini   6700   130   51.54
  RAVPower   6700mAh   6700   135   49.63
  EC Technology   22400mAh   22400   462   48.48
  ELECOM   DE-M01L-10444WH   10400   230   45.22
  Anker   Astro E1 5200mAh   5200   119   43.70
  EC Technology   Power Bank   5200   120   43.33
  RAVPower   モバイルバッテリー10400mAh   10400   241   43.15
  cheero   Power Plus 6000mAh DANBOARD version -mini-   6000   140   42.86
  cheero   Power Plus 4200mAh DANBOARD version plate   4200   105   40.00
  ELECOM   DE-M01L-9045BK   9000   230   39.13
  Buffalo   BSMPB5201P2   5200   139   37.41
  Panasonic   QE-QL202-W   5800   160   36.25
  Buffalo   BSMPB07   10400   315   33.02
届いたとき、残量表示が78%だったので、スマホ(Zenfone3=2650mAh)、タブレット(SH-08E=4200mAh)に継ぎ足し充電してみた(どちらも2.1Aの端子から)。
スマホは60%、タブレットは83%の残量だったので、単純に計算すると1800mAhぐらいを充電したことになるが、モバイルバッテリーの残量表示が60%になっていたから、だいたい勘定が合っている。
なにより、前に使っていたオマケの4000mAhだと、タブレットは充電できなくなっていた。これが買い足しの理由でもある。

このバッテリーはLEDランプも付いている。前からもっている3000mAhのLEDライト付きは、きちんとしたレンズを装備した懐中電灯として使えるものだけれど、今度のはただぼ~っと光るだけ。もともとライトとして使うつもりはなかったから問題はないが、何かの時には役にたつかもしれない。

あと充電後の自然放電がどの程度かも気になるところ。
先々週、100%充電してから、今日でちょうど15日経ったのだけれど、未だ100%表示である。
なので、一体どのぐらい放電しているのか、残念ながら推計できないが、表示が正確で直線性があるなら、半減するまで15×50=750日ということになる。

Galaxy noteの発火事故とか、バッテリーについては、安全性が一番気になるところ。
今のところ、充電中に発熱するというようなことはないみたいだ。

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余計なことはしないほうが良いのでは

nikkei_computer_ph01.jpg 定期購読している「日経コンピュータ」の2016年12月22日号によると、

マイナンバーカード対応スマホが登場
2019年にはiPhoneもカード代わりに

とあった。
記事によると、いずれもNFCを使って、マイナンバーカードの利用者認証用証明書(名前などの個人情報のない証明書)を読み取れる端末らしい。
すでに、NTTドコモは2016年11月4日にマイナンバーカード(個人番号カード)読み取り対応スマートフォン「AQUOS EVER SH-02J」(写真)を発売したそうだ。

さらに、その証明書をAndroidではSIMカードに、iPhoneではOS領域に取り込んで、マイナンバーカードがなくても利用者認証ができるようにするとあり、記事は、

 実現すれば、クレジットカード番号を電子証明書に結び付けてスマホをクレジットカード代わりに決済で利用したり、コンサートなどのイベント会場への入場時にスマホをかざすだけで本人確認ができたりするようになる。
 マイナンバーカードには住所・氏名やマイナンバーが記載されているため日常的に持ち歩くことに抵抗感を持ちやすいと言われている。スマホが2枚目のカードとして利用できれば、用途が飛躍的に広がると関係者は期待を寄せている。

と結んでいる。

ちなみに、J-LISの資料によると、住基カードやマイナンバーカードを指導してきた某大学教授は「PINなし認証も検討すべき」という提案をされているそうで、そうなると、一旦証明書を取り込んだら、利用者は認証を意識することなく、安全に(端末を紛失しない限りだが)、各種のサービスが受けられるようになるという。

だが、私はこうした動きには疑問を持っている。
そんなことをしなければならないのか。

マイナンバー制度は、国税庁がこれを利用することで、その目的は達成している。

マイナンバー制度をめぐる大誤解――国税庁は何を狙っているのか?、あるいは、
最強の国家権力・国税庁

また、年金機構も利用することで、少しは年金記録の精度を上げることができるかもしれない。
これだけできれば十分である。
そして、これで満足していたら、整備コストは3桁は下がり、住基ネットワークは不要となってお釣りがくると思う。
目的を絞って効果的に投資する、それが経費節減の極意だろ。

各種の行政「サービス」にマイナンバーを利用するといっているが、その利用シーンは必ずしも多くない。大々的に利用されるのは、おそらく税と年金だけで、他の事務については、従来電話で連絡をとって十分だった程度の利用しかないだろう。
そのために、新たなシステム脆弱性を持ち込むような連携サーバーなどを整備するのは愚の骨頂だと思う。

そしてマイナンバーカードである。
そもそもマイナンバー制度とマイナンバーカードは本来は関係がない。
政府は、マイナンバー制度は既に普及していて、上述のように税・年金で活用されるわけだが、マイナンバーカードは、行政サービスが便利になるという謳い文句であるが、そう便利になるはずがない。
住民票なんて、一体、一生に何回とるんだ?
それに、住民票の提出先といったら、ほとんど公的機関や金融機関である。
住民票を持っていくより、その場で住民票照会ができるほうが遥かにサービス水準として高い。

そして、さらに思うのは、マイナンバー制度も、マイナンバーカードも社会インフラである。
政府・関係者もそれには同意するはずだ。
なのに、インフラが特定のサービスに合せてシステムを作ってしまったら、そのインフラもサービスも、硬直的なものになってしまうに違いない。

何度も書いたと思うけれど、マイナンバー制度というインフラの上で、どんな便利なサービスができるのか、それこそ民間に委ねるべきである。
マイナンバーカードはインフラとはとても言えないが、公的規格である。そして、今までICTの世界で、公的規格が普及した例はないと思う。

蛇足であるが、証明書をスマホに取り込むって、証明書がエクスポートできるってことじゃないか。JPKIの証明書は、エクスポート不能属性が与えられているんじゃなかったっけ。
そら、既に規格の改変じゃないか。
インフラがフラフラしちゃ、みんなが困るんだよ。

JPKIの証明書を持っていたら、本人確認が円滑に行える、だからそれをベースにして民間認証サービスを行えば、もっと便利なものを、NFCが付いてない端末でも、PINなし認証でも、何ら問題なく実現できるだろう。
マイナンバーカードの有効期限が切れたとしても、民間認証の方は使い続けることができて、利用者が混乱しない、そういうサービスだってできるだろう。
外国人観光客にも便利なサービスを統一的なサービスを提供できるだろう。

なぜ、そういう方向でネットワーク社会をデザインしようとしないんだろう、この国は。
世界で最も進んだ国民番号制度を運用するエストニアの国家予算はたった70億円、日本の1/10,000以下である。
日本ではその何十倍もの予算をマイナンバーだけにかけている。
番号制度だけの費用を比較したらどうなる?
人口が1/100(130万人)だからできる?
違う、エストニアはお金がないから、ICTを使った番号制度を運用しているのだ。

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山田雄司「忍者の歴史」

yamada_ninjanorekishi.jpg 「真田丸」完結。
伝えられているように、「手柄とせよ」と首をさしだして討たれることもなく、しかし、晴れやかに、そして画面もホワイトアウトして、最期のシーンをうまく処理したと思う(ちょっと肩透かしをくった感じだけど)。

歳をきかれた佐助が「五十五歳です」と答えて、わ、歳とらんな(本人は腰が痛いとか言ってたが)というか、信繁より年上やないかと、不思議な連帯感を醸し出していた感じがする。

「真田丸」はそれぐらいにして、今日はネタに困ったときの「書評」。無理やり佐助を持ち出したが、とりあげるのは、山田雄司「忍者の歴史」

「忍者の実像」というわけだけれど、それは「第一章 戦国時代の忍び」の部分で概ね尽くされている。
「第二章 兵法から忍術へ」「第三章 忍術書の世界」あたりになると、忍者の実像というより、忍術というものがどのように書かれてきたのかが中心になり、「忍者の実像」というより、「忍術書の実像」という感じ。

もちろん、私は忍者について良く知っているわけではないのだけれど、そう思うのは、二章以下は、江戸時代に編纂された「忍術書」の内容紹介が中心になっていて、荒唐無稽と思えるようなことでも、それ自体に批判を加えずに紹介しているようだから。
忍者が活躍する場面がどれだけあったのか怪しい江戸時代にまとめられた「忍術書」というのは、奇書の類かもしれないし、本書でも偽書としているものもある。

著者は、決して「忍術書」を鵜呑みにして、これが忍術だというわけではない。超人的な忍者像は間違いで、基本的に諜報活動を行う専門家としてとらえ、当時の記録からも読み取れる、体力より知力が求められるという、誰が聴いても納得できる説明をしてくれる。
たとえば、忍者は手裏剣などの武器は持ち歩かない、何故なら、諜報が主活動だから、そうしたものを携行していれば、当然、怪しい奴となるからだと、本書は指摘する。その一方、火術(爆薬)などの扱いに習熟していなければならないという記述もある。

だとしたら、忍者というのは、やはりいろんなタイプがいて、一括りに考えてはいけないのかもしれない。

sanadamaru3355.jpg 「真田丸」に出てくる最高の「忍者」は、佐助でも、出浦昌相でもなく、なんといっても厨の爺さんであろう。おそらく、視聴者の96%以上(私も)が、許しがたい奴と憎んだに違いない。
徳川に通じたのは、個人的怨恨からだったにせよ、諜報活動はするわ、偽情報で攪乱するわ、最後は城に火までかける。そしてそれがすべて効果的で、戦の勝敗に直結したと描かれている。
まさに忍者として、最高の働きである。
しかも、この人は実在だったらしい。
 [⇒Wikipedia 大角与左衛門]
息の根を止めなかった信繁の手ぬるさが悔やまれる。
こいつ(与左衛門)がおらんかったら勝ってたかもしれんやん!

616HYN2RboL.jpg さて、問題は忍術の方。忍者の活動がどうあれ、子供の頃、少年マガジンなどで紹介されていたような忍術、それらは忍術書に根拠があったのだということはわかるんだけれど、平和ボケして、忍者が忍者らしい活躍をすることがほとんどなくなった時代、机上で考えた「忍術」なのではないだろうかと思う。

それでも、子供の心をおどらせるのは、超人的な術。
蟇に化けるとか、何メートルもジャンプするというような自然法則を無視した荒唐無稽は別として、鍛えられた体というのは本当らしい。テレビで、忍術家が関節をはずす様子を見たことがあるけれど、こういう荒技は、忍術書にも書かれているそうだ。

忍者の本当の姿、というような言説が、何を根拠にかたられるのか、そういう眼で読むと、この本は基礎知識としておさえておくのには、文献学的には良いのかもしれない。

しかし、普通の読者としては、文献学などはどうでもよくて、忍術書に書かれていることの、どれが本当で、どれは脚色あるいは虚構なのか、怪しげな忍術のほうをこそ、はっきりしてもらいたいと期待したいわけだ。

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砂糖にタバコ並みの規制がかかったら

世界で煙草で死ぬ人は年間6000万人、砂糖で死ぬ人は18万人という計算があるそうだ。
どういう計算をしたのかは知らないし、計算結果の信憑性はわからない。

煙草はそれをほぼ特定できて(通常は紙巻煙草。葉巻、パイプ、噛み煙草やスニフはデータが採れてないと思う)、喫煙者と非喫煙者の比較研究が行え、喫煙リスクを数値化できて、死亡現象のシミュレーションが可能である。
それに対し砂糖というと、いろんな食品に含まれていることはもちろん、砂糖類似物質といったらそれこそたくさんあって、炭水化物といってしまったら、比較研究は成り立ちようがないと思う。


それはともかく、近年は砂糖が人類をダメにするという話があって、砂糖税というものを導入している国もある。
ならば、砂糖も煙草のように規制してみよう。
  • 砂糖入り商品購入時の年齢確認
    まだ判断力を持たない子供に危険な砂糖を販売してはならないから、購入時には年齢を確認できるものの提示が求められる。

  • 砂糖入り商品のCM規制
    「スカッと爽やか○○コーラ」などは論外である。清涼飲料には多量の砂糖が含まれているからこうしたものの摂取欲をかきたてるようなCMは禁止である。

  • 公共の場での砂糖入り食品摂取禁止
    他人が砂糖入り食品をおいしそうに摂取する姿も青少年に悪い影響を与えるおそれがある。したがって路上での清涼飲料の歩き飲みなどは禁止される。

    2016-07-18_174118.png
  • 映画やドラマの砂糖摂取シーンの成人指定
    煙草については、WHOが喫煙シーンのある映画などは成人指定するよう勧告している。砂糖についても同様であるから、たとえば「メリー・ポピンズ」のように砂糖を良いもののように歌う作品は、その部分に"ピー"を入れることになるだろう。
    "A spoonful of sugar helps the medicine go down."は演奏禁止

困ったことに、砂糖が出てくる作品は、「ヘンゼルとグレーテル」をはじめ、童話などに大変多い。大規模な焚書が必要になるかもしれない。

前に糖質制限を記事にして、悪い方法ではないだろうと思っているけれど、それと規制とはまた別の話。
「あなたのために禁止するのです」と言われてもよけいなお世話と思う人も多いだろうな。

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パスツールのフラスコ

h1_index01.jpg すぐにアップするつもりで書いたけれど、他の記事を優先させたので、時季外れになった、そういうネタから。

随分前のことだけれど、いつもの朝のテレビの情報番組(NHK「まちかど情報室」)を見ていたら、パンをおいしく食べるのに役立つグッズの紹介があった。

出勤する直前で内容はちゃんと見ていないのだけれど、ひっかかったのがアナウンサーの言葉。
パンってすぐにカビてしまいますからね

このアナウンサーはきっと高級な手作りパンを食べているんだな、大手メーカー製のパンだとそんなに早くカビることはないけれどと思った。

私もパン工房といった店のパンがおいしいと思う。K阪百貨店に行くと、いつも某パン屋のクロワッサンやバタールを買うことにしている。問題は大手メーカー製のパンよりずっと値段が高いことだけれど。

こういうことを言うと、それは大手メーカー製のパンには大量の添加物が入っているからだとのたまう人がいる。

しかし、大手メーカーは添加物は使っていないという。
それなのになぜカビないかというと、大手メーカーの工場の衛生管理がしっかりしていて、雑菌やカビの胞子などが混入しない製造工程になっているからだそうである。

pastour_experiment.jpg これって要するに「パスツールのフラスコ」である。
白鳥の首フラスコを使って、煮沸した肉汁が腐らない、つまり生物の自然発生を否定した有名な実験と同じだ。

食品の殺菌法(摂氏100度以下の温度で行う加熱殺菌法)はパスチャライゼーション(Pasteurization)という。パスツール他が開発したことから。普通の牛乳にはこの表示がある。なお、日本では日本酒の「火入れ」としてパスツールに先立つこと300年前から使われているという。


「食品添加物=悪」という短絡的思考はまだまだはびこっている。
その裏返しで、「自然のものは良い」と信じ込んでいる人もいる。
こういう人たちは、超自然(神や悪魔)の力が作用すれば、生物も自然発生すると言っているに近い。

もちろん、完全な衛生管理は難しく、完璧に雑菌やカビを遮断できると無批判に信じるつもりはない。しかし、「添加物=悪」説でかたづける態度は、問題の所在を曖昧にする非科学的態度だと思う。

パンのカビ問題については、添加物は使用していないということだから、添加物の良し悪しの議論以前の問題だろう。なお、防腐効果のある添加物を加えたほうが安心して食べられるという意見もあるけれど。


パンがなぜカビないかについて、参考ページをあげておく。
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電子書籍サイトをまた一つ増やした

今まで、電子書籍サイトは、Amazon Kindle、hontoの2つを使ってきた。
SONYもしばらく使ったけれど、これは亡母のために用意したもので、今では使っていない。

これに、今回、楽天の電子書籍も使うことにした。
正直、サイトを3つも使うと、どの本をどのリーダーで読むのか、ちょっと混乱しそうだけれど、楽天市場を見るたびに、初回利用者クーポンというのが目に入ること、楽天のポイントが溜めやすそうということで、試しに使ってみることにした。

楽天の電子書籍は、Koboという専用の端末もあるけれど、スマホやタブレットにアプリを入れれば良い。
で、スマホ(Zenfone3)、7インチタブレット(SH-08E)にはすぐにアプリをインストールしたが、10インチの古いタブレット(F-01D)にインストールしようとしたら、OSのバージョンが古い(Android 4.0)ので対応していないということで、インストールできなかった。

Kobo自体は、もっと前からあったはずなので、古いバージョンで動作するものもあるだろうと思って、楽天のサポートにその旨質問したのだが、「動作環境はAndroid 4.1以降」と冷たい返事。
10インチタブレットはベッドサイドに置いてあって、寝る前に本を読みたいから、なんとかしたい。

ネットをさぐるとありました、古いバージョンのKoboリーダーを配信しているサイトが。
Kobo 旧バージョン - Androidの中から、バージョン5の最後のもの(5.6.12557)を10インチタブレットにダウンロード/インストール。
新しいバージョンのものと同期がとれるのか心配だったが、これも問題なし。
使い勝手もそう違わないように思う。

責任をもってサポートできないという事情はわかるけれど、ちょっと冷たいね。

             kobo-crop.jpg          kobo_icon.png

【Kobo】お問い合わせの件について
お客さま
Koboカスタマーケアにお問い合わせいただき、ありがとうございます。

お問い合わせいただいたところ恐れ入れいりますが、
楽天Koboアプリには、対応システムがございますので、
申し訳ございませんが、お客さまご利用の「Android:4.0」については
サポート対象外のため、アプリのダウンロードができない状態にございます。
---------------
■楽天Kobo電子書籍をお楽しみいただける環境
http://kobo.faq.rakuten.ne.jp/app/answers/detail/a_id/28520/

必要環境
Android 4.1以上
---------------

ご不便をおかけし申し訳ございませんが、なにとぞご了承ください。

なにかご不明点がございましたら、いつでもお問い合わせください。
今後とも楽天Koboをよろしくお願いいたします。
=============================
Koboカスタマーケア
http://kobo.faq.rakuten.ne.jp/
フリーダイヤル: 0120-228-442 =============================



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結婚式ナウ

今日は職場同僚の結婚式。



何はともあれ、重要スポットの確認。
あれあれ、写真撮影場所のすぐ脇。



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笑いのとりかた

2016-12-16_085042.jpg
近大と吉本興行“笑い”で協定

 近畿大学と吉本興業は、落語家や漫才師などが学生に笑いのとり方を授業で教え、就職活動の面接に役立てることなどを盛り込んだ協定を結びました。
 15日、この協定の締結式が、大阪・中央区で行われ、近畿大学の塩崎均学長と吉本興業の大崎洋社長が協定書に署名をしました。
 協定では、3学部の学生を対象に落語家や漫才師などが笑いをとる話し方を授業で教え、就職活動の面接に役立てるほか、医学部が吉本興業の喜劇などを研究の題材にして笑いによるストレス発散のメカニズムの解明を進めることなどが盛り込まれています。
 近畿大学の塩崎学長は「今の若者は精神的に弱いので、たくましい芸人さんの授業を受けて、へこたれない人材を育てたい」と話しています。
 また、吉本興業の大崎社長は「ぎすぎすした社会ですが、笑いは人をつなぎます。大学と一緒にチャレンジしていきたい」と話しています。

12月16日 07時01分 NHK

近畿大学と吉本興行が、学生に笑いのとり方を授業で教えるという協定を結んだことが報道されていた。

大学には「落研」というところがあって、おおぜいの噺家を生んでいるけれど、そういうものではなくて、授業だという。単位は出るのだろうか?

それはそうとして、就職活動の面接で笑いをとることが良いことかどうかは別だと思うけれど、社会で仕事をしていく上で、笑いをとることは結構有利だろう。
接客業(葬儀屋は除く)で愛想の良い笑いというのはのぞまれるわけだけれど、それだけではない。

以前、情報システムの開発事業に携わっていたときのこと。
システム開発自体は専門業者に委託しているわけだが、ユーザーへの説明会が何度も行われる。それが、あまりにもガチガチの説明になる。当然、聴いているユーザー側も不満である。
で、業者に指示をした、「笑いをとれ」と。

笑いをとることは、説明会の雰囲気を和やかにして、意思疎通が円滑になり、質問なども出やすくなる。直接的にはそういう効果がある。
しかし、もっと意義があると思うのは、笑いをとろうとすると、説明しようとしていることに対する理解が完璧で、説明のストーリーをきちんと組み立てていないと、ネタは入れにくい、そして、説明に自信がもてる余裕がないと、それを演じることができないということである。

とりわけ話はシステムのことである。
システムとはサブシステム、モジュールの組合せ、それぞれの関係、機能、そういうものでできていて、いつ、どんな形でユーザーとのインターフェイスがあるのか、そういうことが整理されていて、システムへの理解と、ユーザーが何をしなければならないかを過不足なく説明しなければならないはずである。

それが整理されていなければ、聴いている側には響いてこない。
そしてわかりにくい説明は、不信感につながる。
笑いをとれと指示したときには、そんなに深く考えていたわけではないと思うけれど、普段から考えていることが、笑いという言葉に凝縮したのだろう。

そして、その業者は笑いをとれるようになったか?
なかなか笑いをとれるまでにはならなかったけれど、次第に説明は分かりやすくなったように思った。

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プレミアム・フライデー

20161212001-a.jpg 今日は金曜日、月末じゃないけれど。
そう、報道によると月末の金曜日に“プレミアム・フライデー”というのをやるんだそうだ。

「プレミアムフライデーの実施方針・ロゴマークが決定しました」(経済産業省)


毎月、月末の金曜日は午後3時に仕事を終えて、リフレッシュ(消費活動)に精を出しましょう、商店やアミューズメント施設は、それに合わせてイベントを行いましょうという、これは「呼びかけ」である。

実施は再来年2月からだという。
もちろん、そういう法律ができるとかではなくて、単に各企業に趣旨を理解して協力してくださいということらしい。

報道では、実施の障害になることとして、未だ時間年休という制度をもっていない企業があると指摘していた。

そもそも、時間年休制度というのは、有給休暇のうち、年間最大5日分(つまり5×8時間)を時間単位で与えることができるという制度。ただし、本来、有給休暇は労働者のリフレッシュが目的で1日単位が基本だから、労使協定で定めておく必要がある。
プレミアム・フライデーは午後3時からとのことだが、毎月実施なら 5×8/12=3時間20分、時間単位で3時間が限界ということからの逆算か。(私の今の職場は17:15が終業時刻だから、14:15から休むということになるのだろうか。)


ニュースへの反応としては、
  • その前に定時退社だろう
  • その分、他の日にしわ寄せがくるだけだ
  • 時給にプレミアムを付けてもらいたい
など。

こういう心配や希望はあるとして、プレミアム・フライデーの取り組み自体は悪いことではないと思う。
消費の刺激だけでなく、これに併せて、無駄な仕事を整理して、プレミアム・フライデーが実現できるように改革したら良いのではないか。
日本の生産性が先進国中最低レベルなのは、生産額が低いのではなくて、投入労働時間が長いからだと私は思っている。

プレミアム・フライデーとは関係ないけど、チームで仕事というスタイルが、チームの合意が得られるまで我慢比べの時間になったりしてないか。チームの責任として、一人一人が責任を回避する体質になっていないか。マネージャーが見るべきところはたくさんあると思う。


高校か大学のとき、テレビで、ドイツの航空会社のCMを見た覚えがある。週休4日だといってたように思う。
日本では未だ週休二日制にもなっていないときである。(私も就職したときはまだ日曜だけ休みで、土曜日半ドンの時代)

バートランド・ラッセルは、労働は一日の大半を考えずに済むというメリットがあると言った。どういう文脈で言ったのか、私は高校の英語の参考書でラッセルの論考の一部を取り出したものしか読んでいないから、氏の真意はわからない。単なる諧謔だったのかもしれないし、自ら目標を定めて考えることの難しさを強調するためだったのかもわからない。

プレミアム・フライデーです、好きなことをしてください、突然言われても困る人は多いかもしれない。

私はその頃には毎日が日曜日になってそうだ。困ったことだ。


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忘年会

manpuku_ichiba_gnavi.jpg 昨夜は職場というか、会社の忘年会。
全社じゃなくて、私が属している部の宴会だけれど、社長・副社長も参加。

お店の外観は写真のとおりだけれど、「ふぐ」のほうじゃなくて、焼肉のほう。
(うまく写真がとれなかったので、アップしたのは「ぐるなび」から)
場所は、S右衛門町。

昔はS右衛門町といえば、やや高めだったような気がするけれど、今や大衆化した観がある。とはいっても、雑然としているわけではない。ここ数年の間でも2回ぐらい宴会で使った覚えがある。

料理は、付きだし+にぎり、焼肉、豚しゃぶ(出汁)。

P_20161214_185429_vHDR_Auto.jpg P_20161214_190633_vHDR_Auto.jpg


P_20161214_213843_vHDR_Auto.jpg この頃は、最初の店でだらだら過ごすことが多くて、あまり二次会にいくことはなかったのだけれど、昨夜は、副社長二人につかまったので、めずらしくバーでしばらく過ごすことに。








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ネット情報不信

20161208-00065243-roupeiro-000-5-view.jpg DeNAが運営する「キュレーションサイト」の殆どが閉鎖・運用停止となった。
でたらめな、とりわけ医療分野において、情報の垂れ流しが問題となったからである。

これらのサイトは、情報に責任をもたないことを明確に宣言していたけれど、そんなことでは公序良俗に反する行いをする言い訳にはならない。
民間企業は信頼が大きな宝である。信頼がなければ顧客は集まらない、信頼がなければコストダウンも困難である。

民間企業は信頼を失うと倒産するが、役所は信頼されなくても倒産しない、と言うとんでもない話もある。


というか、もともとネット情報は、アヤシイものが溢れている。ネットは大変便利だけれど、信頼できる情報かどうかを判断する能力を持っていないと、不利益を蒙ったり、扇動的なデマに踊らされたり、場合によっては加害者になってしまうこともある。
米国大統領選に影響したのではと、「フェイク・ニュース」問題にも注目が集まっている。

信頼できる情報かどうかを判断する方法は、発信源がはっきりしているか(もちろん偽装されていないこと)、複数の発信源を比較することなどと言われている。最近はこの手の情報の見分け方について書いてある本も増えつつあるようだ。(たとえば、島崎敢/心配学 「本当の確率」となぜずれる?


今回、問題になったのは"キュレーション・サービス"といわれるサイト。素人が金欲しさに、適当なネット記事を拾い集めて、しかも適当に面白おかしく改竄して、悦に入っているサイト。

私は問題になったWELQその他のキュレーション・サイトは全く利用していなかった。
それどころか、ある種の「まとめサイト」などが検索で引っかかってくると、それは無視するようにしていた。

はじめはそんなことは知らず、検索で上位に「まとめサイト」が来るとそれも見たりしていたのだが、関係ない無駄な記事が並ぶし、別の検索結果とかぶるだけなので、まとめサイトだと気づいたら、それを無視するのが習慣化したのだった。

あまりやらないけれど、Google検索のときには、"-"(マイナス)をキーワードの前に付ければ、その語を含む記事は無視される。"-nxxxr.jp"とすれば、"nxxxr.jp"のサイトからのうるさい検索結果は出なくなる。


もちろん、キュレーションという行為は、そんな酷いものではなく、こうした情報ニーズというのはネットが発達する前からずっとある。
ある分野における現代の到達点といった文献集とか、解説論文というのはそれ自身立派な研究成果だし、キュレーター(学芸員)とか、図書館司書という人達が頼られる理由でもある。
そういうサイトなら大歓迎である。

要するに、まともな知的活動をせずに、安直にビジネスとして考えたという、底の浅さ、金の亡者、そういう体質が問題を起したわけで、社会的制裁を受けるのは当然だろう。
もっとも、それを咎めだしたら、マスメディアも含め、多くの情報ビジネスが制裁を免れないかもしれないが。

ハイパーテキスト(hypertext):

テキスト中に、「こっちを見よ(ハイパーリンク)」とあり、その先を見に行くとまた「どこそこを見よ」が繰り返され、結局、どこにも欲しい情報はないテキストのこと。

   (出典:「bit悪魔の事典」、趣旨はこのとおりだけど、表現はうろおぼえ)


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休刊日

本日は月例の休刊日。 Catwoman_Hathaway.jpg
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Catwoman/Anne Hathaway
【追記】
昼休みにこんなものを捕まえた。
クリスマス・バージョン?
Screenshot_20161213-110451.jpg


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クリスマスに向けてだろうか

P_20161211_104614_vHDR_Auto.jpg 昨日の日曜日、家人の買い物に付き合って、K都府とO阪府の境に近い、H方市K葉のK阪百貨店へ。

道中、やたら車が多い。
いつものことだけれど、COSTCOができてから、特に混雑が酷くなっている。

いつのことだか、京都から自宅最寄り駅まで、第二京阪経由の直行バスに乗ったとき、運転手が「COSTCO渋滞が予想されますので、到着時刻が遅れる可能性があります」と車内放送していたことがあった。

ブラック・フライデーというのは、米国でクリスマス商戦が本格化することを言うのがもともとだそうだ。ブラックは、黒字の意だという。
昨日、混雑が酷かったのは、ここでもクリスマスに向けた準備の買い物客が多かったからではないだろうか。

反対向きの車線は、このあと500mぐらい、車が並んでいた。
私の右は、右折レーンだが、青信号でも、右折矢印信号でも右折できずに止まっていた。
曲がった方向の道路に車が滞留しているからだ。

私がCOSTCOへ行くときは、COSTCOの駐車場には入れず、隣のショッピング・モールの駐車場に入れていた。


思えば、この道路、私が今の家に引っ越したころは、あんまり車が走ってなかったんだけれど。

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大統領の弾劾

n-PARK-GEUN-HYE-large570.jpg 韓国の朴槿恵大統領に対する弾劾決議が韓国国会で可決された。

前に、「韓国の政治スキャンダル」では、そんなに大きな問題なのかなぁ、と書いた。自分の不明を恥じるしかない。

その後、このスキャンダルはどんどん大きくなって、まさに燎原の火の如し。

ある説では、北朝鮮の謀略が働いて騒ぎを大きくしているというような説もあった。
o-SEOUL-KOREA-2016-facebook.jpg


週刊誌なども、さまざまな方向から、この事件をとりあげていた。
ある記事によると、そもそも韓国では、偉くなった人が、親戚・友人を優遇するのはアタリマエというか、それをしないと人間失格ぐらいに評価されてしまうのだとか。
だから歴代大統領がそろって退任後に、悲惨な末路を遂げたり、親族の悪事が追及されるのだという。

それにしても、この大統領をクビにしようという国民の怒りはどうだろう。
そしてこの怒りの先にあるものは。

大統領弾劾という結果は何も生産的なものはない。
ここからのビジョン、そんなものは何にもなさそうだ。
ただ、一つだけ確かなことがある。
外に敵をつくって、それを攻撃して怒りの矛先を変えることだ。

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年末パトロール

IMG_20161209_201343.jpg 昨夜は、地元の防犯パトロール。

「地域激励パトロール」という触れこみで、市長・警察副署長が参加。

20:15に集合して、20:30、市長の到着・挨拶後、それぞれのコースへ。

といいつつ、私のグループは適当に歩いて帰っただけだけど。


実は、自治会主催の歳末防犯パトロールもあって、防犯部会員としては、参加者をリードすることになっているのだけれど、当日、職場の行事があって、残念ながら参加できない。

その代わりというわけではないが、このパトロールにはお付き合いした次第。

(自治会の他の防犯部員2名は不参加)


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ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち

P_20161207_115825_vHDR_Auto.jpg 一昨日、国立国際美術館で開催中の「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」を見に行った。

P_20161207_102619_vHDR_Auto.jpg

まず、軽く感動したのは、模写かと思うぐらいに、画面が綺麗な作品が多いこと。
特に、「黎明期」の作品は、板にテンペラで描かれているのだけれど、衣の襞や布地のメタリックな光が、数百年も前のものとは思えなかった。
後世の作品への影響も大きかったに違いない。
San_Salvador_Interno_-_Annunciazione_del_Signore_Tiziano-crops.jpg
そしてなんといってもルネサンスの作品である。
構図がしっかりしていて、中世の作品のような歪んだところは、どの作品にも見られない。

であるけれど、なんだか全体におとなしい感がある。
やはり、いずれも教会や、ヴェネツィア独特の集会場などに、実際に飾ることを目的として描かれたものだからだろうか。

そんな中で、一際、目立っていたのは、ティツィアーノ「受胎告知」。(画像はネットから)
サン・サルヴァドール聖堂からの特別出典ということだが、絵の大きさもさることながら、それにふさわしい大胆な筆致。

(印象派の先取りという解説も)


それに聖母の表情のとらえかた。
解説では、受胎を告知される直前、天使の姿におどろいた瞬間の聖母をとらえたものという。

「実際に飾ることを目的」としたとして、これは聖堂にふさわしい。まさに目的に合致した作品。
この作品だけは、一通り見終わってから、戻ってながめていた。

音声ガイドを借りたが、語りは石坂浩二。氏は絵も描くし、芸術に造詣が深いという。語りは、氏自身の言葉であるかもしれない。構図のことや、描かれる神や聖人のアトリビュートなど図像についても解説されていた。

この音声ガイドだが、「受胎告知」については、展示されている聖堂の紹介が動画で表示される。
小さな画面だから驚くようなものではないけれど、音声ガイドに画像表示が付いているのははじめて。


少し前、テレビで石坂浩二氏がヴェネツィアをめぐって、美術品を紹介する番組を見たおぼえがある。この展覧会の企画に合わせたものだろう。

P_20161207_141315.jpg 展示作品数は少ないけれど、10:30に入場して、11:50頃まで。
なにより、平日で閑散としていた。これはラクである。
眩暈がするほど圧倒される展覧会ではないのがかえって心地よい。

ただ、図録を見かえして、展示作品の多くを再確認しようという感じでもなかったので、図録は買わなかった。
ヴェネツィア美術については、通常の書籍にまとまったものがある(ミュージアム・ショップでも販売されている)。そちらのほうがコストパーフォーマンスは良さそうである。

会期は来年の1月15日まで。
これから行こうという人のために、展示作品リストを掲載しておく。
(クリックで拡大)

venetian_renaissance1.jpg venetian_renaissance2.jpg venetian_renaissance3.jpg venetian_renaissance4.jpg
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秋の残り

P_20161207_100936.jpg 昨日は一日仕事を休んだ。

まずは御堂筋。
イチョウは散りきっていない。
まだまだ鮮やか。

御堂筋には銀行に所用。
近々、まとまった入用があるので、定期を解約。
一部を残して現金化。
特にいやな顔もされず。

P_20161207_135521.jpg

貧乏人には、そうそう札束を目にする機会はないので、次の行先にいくまでに記念写真。
お札の画像をアップするのはどうかと思ったけれど、ネットにはもっと鮮明なものがたくさん出ているようだ。



淀屋橋から渡辺橋方面へ歩いて、国立国際美術館のベネチア・ルネサンス展へ。
これについてはあらためて書くことにする。


P_20161207_135022.jpg
所用を終えて帰宅すると、自宅の近くにはまだこんなものも。
おそらくタカサゴユリ。

もう、一週間以上前から気になっていたが、この状態。
秋の残りというか、夏の残りというか。

P_20161207_135004.jpg


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IR法案、ひょっとしてカジノ依存症?

casino_Las_vegas.jpg 統合リゾート(IR)法案が昨日衆議院を通過。
カジノの設置も可能にする、というかそれがあるので賛否が分かれる法案である。

私はカジノが悪だと思っているわけではないし、カジノが必要だと思っているわけでもない。
ただ国会審議がちょっと乱暴だと思っているだけだ。

論点に全く触れず、一方的にお経を唱えたり、俳句を披露したりする「質問」というのも審議時間のうちだというのだろうか。


それはともかく、反対者が一番心配しているのは、ギャンブル依存症が増えるということみたいで、というかこればかりが強調されている。
たしかに、ギャンブル依存症の悲惨な実態を伝える情報番組も見たことがあるし、若い頃住んでいたマンションの近所に競輪場があって、自治会長を拝命したときに、競輪ですった人が金を借りにくるような事件があったことを聞かされた。一方で、地元協力金なるものも自治会としていただいていた。

賭け事で莫大な借金を抱えたくせに、純愛だとか偉そうにいう奴の話もある(「戦争と平和」)。


だけれど、統合リゾートができたからといって、もちろん依存症は減りはしないだろうけど、法案でイメージされているような高級なカジノだったら、私のような貧乏人には縁はなさそうな気もする。

現金100万円以上持ってないと入れてもらえないとかだったら到底無理、10万円でもアブナイ。
時代劇でも良くある、貧乏人が賭場へ行ったら「金は持ってんのか、帰れ、帰れ」と叩き出されるシーンが。


le-joueur-blu-ray.jpg その貧乏人だから、かえって、若干の憧れはある。
ドストエフスキーに「賭博者」という小説がある。ジェラール・フィリップ主演の映画もテレビで放送されたことがある。
金持ちのお付きで華やかなカジノに来た青年が、賭け事にのめりこむ姿が生々しく描かれている。
007シリーズには、たびたびカジノのシーンがある。きれいな姐ちゃんがいっぱいいるんだ。


なけなしの金を注ぎ込むから悲惨さが際立つので、大金持ちがどれだけ損をしたってそう酷いことにはならないという感じもある。大金持ちとかは、何十億円もするヨットや別荘を賭けたりするんだそうだし。

以前、どこかの大会社の二代目ぼっちゃん社長とかがギャンブルで会社の金までつぎ込んだということがあって、従業員にも迷惑がかかってたら酷い話だけれど。


じゃあ賛成かといわれたら、それはそれで微妙。
単純にカジノ解禁であるなら、カジノ収益に高額の税をかけ、カジノ主催者が、ギャンブル依存症になりそうな人をきちんと指導する義務を負って、健全に運営されるのならアリかなとも思う。

ラスベガスなどでは、客の動きを監視し、イカサマ師のチェックはもちろん、負けがこんでいる人は賭場から引き離すなどもやっているという。返せない借金を背負わないようにして、ここですっからかんになったら、稼いでからまたおいでということなのかもしれない。身ぐるみ剥ぐことが目的なのではなく、「健全」に儲けを継続的に出せば良いのだから。


fc547aa1267421d5307e729bb42b1ede.jpg 気になるのは、シンガポールその他を引き合いにだして、カジノがないと国際的なリゾートが成り立たないという論の方。
もしリゾートを成り立たせるのにカジノの収益を使うと言うなら、収益はみんなリゾート内に落ちちゃうんではないだろうか。少しでも外部におこぼれがあるんだろうか。
この国の公共事業の様子では、むしろ逆にリゾートを成功させるために税金を投入しそうな気がしてくる。

先日のテレビ番組では、カジノは既に過当競争になっているという報道もあった。米国のアトランティック・シティはさびれてしまったという。

ちなみに米国ではネイティブの居留地にはカジノが開かれているところが多い。ネイティブの本来の経済活動はとっくにできなくなっているし、他の産業といってこれというものがない。てっとり早いのがカジノであるらしい。そしてこの許認可権限が政府に握られていて、この利権が地域支配のカードとなっている、そういう話も読んだことがある(軽部 謙介「ドキュメント アメリカの金権政治」 (岩波新書))。
こっちは「カジノ依存症」といっていい。


また、カジノは何と言っても、古来、犯罪の温床になっていたのは事実だろう。

賭場で莫大な借金を作って、借金のカタに娘を女郎にし、果ては金欲しさに強盗をはたらいて……、とか、
賭場の利権をめぐってヤクザが抗争を繰り広げる、そのとばっちりで罪もない庶民が殺される……

というわけで、健全な経営とはどのようなものであるべきか、リゾートとしてどれほど収益、特に一般国民にどれだけ還元されるのか、そうした面を審議するには、あまりにも短い時間だったのではないだろうか。

今の国会情勢からすれば、法案は通るだろうけれど、せめて健全なカジノ経営にかかる政令を工夫していただきたいものだ。
で、金持ちから巻き上げて、貧乏人に分配、そして景気が良くなる、なら、悪くはないのかもしれないけど。

全然話はかわるが、天皇陛下の生前譲位のことも、いずれ国会で議論されるらしい。
おいおい、国会なんかで決めて良いのか。

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昨日の余韻

昨夜は、例によって「レクイエム」、そして昨日稿で書いたKV595のピアノ協奏曲を聴かせていただいた。

KV364_midori_nobuko.jpg これに加えて、注文していた協奏交響曲 変ホ長調 KV364のCDが、昨日ちょうど届いたので、これも聴くことにした。

順番は、KV364→KV595→KV626の順だけど。やっぱり最後でしょう、レクイエムは。
(おやおや、♭が1コずつ減ってる)


さて、このCDだが、五嶋みどり、今井信子、エッシェンバッハ&北ドイツ放送響によるもので、何でこれを買ったかと言うと、ヴィオラが作曲者指定の半音高い変則調弦(scordatura)で演奏されているはずだから。

以前、「礒山氏の推薦盤」で書いたが、推薦盤自体は期待外れだったので、そのとき調べて、今井信子さんがこの調弦で演奏されていて、CDもあることを知って、いつか聴きたいと思っていたもの。
ネットでは一部が試聴できたので、これはイケると思って、迷わず発注した。

ヴィオラを聴きたくて買ったわけだが、ヴァイオリンも凄い。
まえに、五嶋龍さんが「姉は一音一音をきっちり弾いて、それが繋がってフレーズになる」と形容されていたけれど、なるほどと思う。

そしてお目当てのヴィオラ、強くて艶やか。
なるほど、半音高く調弦するとは、こういうことだったのね。

多くは書かない。私の推薦盤である。

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一生に一度のこと

モーツァルトの作品群の中で、もっとも好きというか、よく聴くのはピアノ協奏曲。
前に、「永遠の伴侶への邂逅」で書いたとおり、「悪くない」から「特別」に変わる瞬間をもたらしたのは、ヘ長調 KV459、この出会いの曲もピアノ協奏曲だった。

そうしたピアノ協奏曲のなかでも、変ロ長調 KV595は特別。
死の年の1月に作曲された(1788年頃に構想されていたのではという説もある)、最後のピアノ協奏曲(第27番)で、アインシュタインが言うように、このジャンルがモーツァルトのジュンテーゼ(綜合)であるなら、これこそ「モーツァルトの白鳥の歌」と言える。

KV595mov1s.png 第一楽章。おずおずと始まって、断片のような音列や流れる旋律が、波のように、重なり、繰り返し、絡み合う。
モーツァルトのソナタ形式では展開部が長いものは少ないと思うけれど、この曲は比較的長い。

というかこの曲では展開部のはじまりも型どおりではなくて、ソナタ形式はフレームだけれど、フレーム通りでなくていいんだと思い知らされる一方、

展開部が進むにつれ、ピアノとオーケストラの絡み合いが異次元のものになっていく。
ここに至ると息が詰まる。

そして、再現部に入って落ち着きを取り戻す。

再現部に入るとやはりソナタ形式、その統一感というか、おさまりかたというか、

だけれど、あの瞬間の昂揚が消えていないので、どうしても後遺症(息が詰まり、汗が出る)として残り、噛みしめることになる。

実は、展開部のこの部分、初めて聞いた時には、ものすごく長く感じた、というか、これを聞ける幸せが長く続いてほしいと願った覚えがある。
だけれど、繰り返して聴くと、この部分はそんなに長くない、というかむしろ短い。わずか6小節(譜面参照)。
ここに永遠の時が封じ込められているのだけれど、やはり時の流れは止められない、終りのある世に戻ってくる。

一生に一度の経験かもしれない。
だからといって繰り返し聴くと値打ちが下がるわけでは、もちろんない。
なのだけれど、今までこの曲を聴いたことがない人、この曲を初めて聴ける人がうらやましいと思う。
そして、できるなら私も記憶を消し去って、もう一度「初めて」聴きたいと思う。

最近のことはどんどん忘れるくせに、昔のことはなかなか忘れない。

KV459との出会いが一生に一度のことであったように、この曲との出会いも一生に一度のことなのだ。

225回目の命日に。


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システムレビュー

iryotantei_sougoushinryoi.jpg 山中克郎「医療探偵『総合診療医』」(光文社新書 2016)を読んだ。
この本にも書かれているが、NHKの「ドクターG」という番組で、総合診療医という医師の姿を垣間見ることができ、注目が集まっている。

昔から、近くに大病院などがない田舎の医者は、経験のある優秀な内科医が良いけれど、専門分化が進んでいてなかなかそういう医者はいないという話を聞いたことがある。
この本や「ドクターG」で扱われる症例は、ありきたりのものではなくて、むしろ原因不明、診断がつかないという難しいものが多いわけだけれど、能力、資質、診療スタイルなどには通ずるものがあると思う。

本書でも、著者も出演している「ドクターG」でも、問診の重要性が強調されている。そして、本書では具体的に「攻めの問診」と「パッケージ問診」という手法が紹介される。
「攻めの問診」とは、怪しいとにらんだ病気の診断の確度を高めたり、あるいは除外したりするための積極的な問いかけであり、「パッケージ問診」とは病気に対してセットで起こる症状をまとめて確認する手法をいうようだ。(これらも、予断をもって誘導するような問診になってはいけないのだろうけれど。)

そして、問診で絞り込んだあとで、何を見るのかという明確な目的をもって検査をするという手順になる。
小さな医院などでは、検査機器も、検体検査も十分ではないだろうから、問診はとくに大事だということだ。

至極納得できる話である。情報システムのトラブルでも似たような手順を踏むことがある。さまざまな分野で応用できる手法だろう。

システムレビュー  (一部)
当てはまるものに〇をつけてください
[一般]
体重変化(  ヵ月で   kg増/減)
食欲不振
全身倦怠感
下着を替えるほどの寝汗
発熱
発熱の前に身体がガタガタ震えた
便通(整/不整)
排尿(日中  回、夜間  回)
睡眠障害(有/無 なかなか寝付けない・睡眠中に目が覚める・朝早く目が覚める)
[皮膚]
湿疹
かゆみ
色の変化
こぶ・腫れ物
爪の変形
脱毛
太陽に当たると赤くなる
[頭部]
外傷
めまい
失神
頭痛
[眼]
視力低下
眼鏡/コンタクトレンズ
物が二重に見える
視界が暗い
涙が出る
痛み
目が乾く
[耳、鼻、喉]
聴力低下
耳鳴り
鼻水
鼻づまり
鼻血
歯茎からの出血
口の乾き
[乳房]
しこり
痛み
腫れ
乳首からの分泌物
[胸部、血管]
胸の痛み
胸の圧迫感
動悸
呼吸困難
就寝後1~2時間で息苦しくなって目覚める
横になると息苦しく起き上がると楽になる
[消化管]
飲み込みが悪い
みぞおちの痛み
げっぷ
胸焼け
吐き気
嘔吐
今日の標題の「システムレビュー」というのは、要するに問診票のことで、本書では、診察の時、医師が患者のその症状があるかないかをチェックするためのリストと説明されている。
医師用のリストはかなり詳細、かつ難解なものが多いとし、その一部が掲載されていた
(右の表がその抜粋。全体のCSVファイルはこちら

このリストには、喫煙や飲酒習慣、出産歴、職歴などが入っていないが、実際に使用しているものは入っていると思う。


医師が患者に聴きたいことというのがある。それが主訴である。
そして、症状がいつから、どんな頻度でといった時間軸にそって、また、どういう環境や患者の来歴があるのかという空間軸を見て、診断をつけていくという。

患者は苦しい思いをして病院にやってくる。その訴えは必ずしも整理されて出るとは限らない。一方、自分は風邪だといって来る患者もいる。
システムレビューはそういうなかから、正確な情報をとり、コミュニケーションを円滑にするツールだというわけだ。

で、ふと思った。
本書でも書かれていることだが、患者がシステムレビュー(問診票)に〇をつけて持参する使い方もあるだろう。

実は、家人が診察を受けるときに、その医院のホームページに問診票が掲載されていて、それをあらかじめ記入して持って行ったことがある。それだけでも受診の心構えができて良かったように思う。


病院の待ち時間は長いから、問診票を書くのも良い時間つぶしになるのかもしれないけれど、だからといって、あらかじめ、落ち着いた状態で、きちんと問診票を書いて持っていったら邪魔になるということもないだろう。

医師が使うシステムレビューは、項目が多くて、難解だというのなら、患者が書きやすい、患者用のものを作れば良いのでは。なんでもマニュアル化するのが得意な医療の世界だから、学会とかで標準的なものを作らないだろうか。
そして、それを各医院に備え付けたり、ホームページから配布する。あるいは、医師会や市役所などから配布・周知したらどうだろう。

素人の戯言と言われるかもしれないけれど、積極的に否定されるとも思えないのだが。

余談だけれど、そのうちシステムレビューをAIに投入したら、診断を絞り込んだり、追加の検査を指示してくれるようになるだろう。

30年ぐらい前、娘が虫垂炎から腹膜炎にまでなって大変だったが、入院していた病院では、緊急手術で腹を開けるまで、診断がつかなかった。その後、症状や検査結果を米国製の診断エキスパートシステムに入れたら、腹膜炎がトップに疑われたんだけれど。


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3.9+5.1=9.0

ネットのニュースを見ていたら、小学校の算数で、「3.9+5.1=9.0」が減点されていたことが話題になっていた。

報道では、文科省の見解が取材されていて、記事を引用すると、
文科省は「基本的には『9』と『9.0』は同じと考えている」「『.0』を付けてはいけないというルールは学習指導要領にはなく、文科省が指示しているものではない」と説明しており、斜線で消すというルールについては「教科書にはそうするように書かれている」とのこと。しかし「『.0』を書いた場合減点するよう指導しているわけではない」と語っており、特に明確な基準の下で減点対象とされているわけではないそうです。

CxYk_srUQAIjUdO.jpg また、この記事では脳科学者の茂木健一郎氏も、「2×3=6は正解だが3×2=6は不正解。同じように2+3=5は正解だが3+2=5は不正解、という『世界』がある」と数学的には正解である解答が不正解とされてしまうことを「奇習」とし、子供への虐待と言っているそうだ。(⇒茂木氏のブログ

私も小学校のときに、茂木氏が言うような「奇習」で悩んだ方なのだけれど、茂木氏がいう「数学的には正解」には但し書きをつけなければならないと思う。

一様分布する確率変数の和の分布は一様ではないというような難しい話は措いておいて、
3.9 という表記は、四捨五入の慣習から、[3.85, 3.95)  のどこかの値という意味である。
同様に、5.1 は、[5.05, 5.15) のどこか。
だから、3.9+5.1 というのは、[8.9, 9.1) のどこかである。
ところが、9.0 という表記は、[8.95, 9.05) のどこかを意味するから、3.9+5.1 の真の値が 8.9 だったら、9.0 という表記では間違いということになる。
対して、9 という表記は、[8.5, 9.5) を意味するから、3.9+5.1=9 なら間違いにはならない(ただし、精度が落ちてる)。

※ [a,  b) = { x | a ≦ x < b } 

もっとも、たまたま答えが 9.0 だったからもめてるわけで、これが 4.8+3.5=8.3 だったら、8.3 で正解にされているし、上記の理屈だったら、真の値は [8.2, 8.4) にあるので、8.3 と書いていいのかとなるけれど。

蛇足だけれど、誤差を配慮する場合、3.9+5.1=9 ではなくて、3.9+5.1=9. と、小数点を付けるほうが雰囲気がある。小数点が付いていないと整数で誤差がないと感じるが、小数点が付いていると誤差を含んだ概数というイメージになる。


私の頃は、小学校に「およその数」というような単元があったと思う(今でもあるのかな?)。桁の長い数の上位1~2桁ぐらいで計算して誤差を意識させるものだった。そのときに数の表記について子供たちに考えさせればよい。
その単元以外では、茂木先生がおっしゃるように、9 でも、9.0 でも、9. でもどれでも正解にしておけばよさそう、最ももっともらしい値(平均値)を書くということだと納得しながら。

指導要領になかったら 9. という書き方は間違いにされそうだ。(0.9×10 とすれば○かな。)


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季節外れの精密検査(続き)

IMG_20161202_112149.jpg 今日は、昨日書いたとおり、胃の検査。

10:30予定だったが、医院から10:00頃に来てくださいと連絡。
で、10:00に行って、しばらく待たされて、10:15頃から、まず、エコー診察。
女医さんの「息を大きく吸って、止めてくださ~~~い」の指示に従っておとなしく。
パンツを下げられてびびる。
肝臓、脾臓、腎臓、膵臓あたりを診て、特に異常なし。

そして、メインの内視鏡。
10:30頃、鼻に通りを良くする薬、麻酔などをして準備。
これがなかなか気持ち悪い。
10:40頃、検査室で、まず柔らかいプラスティック・チューブを鼻に通して待つ。

ff2011inKeibicar.jpg 10:45頃、いよいよ医師が内視鏡の挿入にかかる。ここで問題。
はじめ、鼻の右の穴から通そうとしたのだが、ここが狭くて、内視鏡が通らない。
医師が「無理せんとこ」ということで、左側でチャレンジ。
事前の処置は左右ともしている。左は広く、問題なく挿入。
喉を通過するときも、唾をのみ込む要領でと言われて、難なく通過。

ここからは食道、胃、十二指腸と、モニター画面を見ながら進む。
カメラは胃を水洗いしながらすすむのだけど、ときどき胃壁に強く当たるので、出血する。医師はキスマークと表現。

素人目では、色普通にピンクで、悪いところはなさそうに見える。
医師の眼では、胃・食道は、かなりあれているということで、もともとピロリ除菌も考えていることを伝えていたので、ピロリの検査のために検体をとる。
集検で指摘されていた部位は特に問題はないけれど、以前の潰瘍で胃に変形があること、十二指腸潰瘍の瘢痕があることなどの所見。

11:10頃に検査終了。
近年は経鼻内視鏡がはやりのようだ。吐き気があまりしないこと、医師と会話ができることなどがメリットという。
ただ、私の経験では、口からの内視鏡でも、医師が上手なのか(医師と患者の相性もあるらしい)、あまり苦しくなかった。検査の苦痛という点では、経鼻内視鏡が特に優れているという印象はない。

悪性を疑うような所見はないので、年明けに結果説明、ピロリ除菌をしましょうということになった。
そして、除菌後、また内視鏡をやりましょう、だって。たまらんなぁ。

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季節外れの精密検査

IMG_20161130_114433.jpg 昨日は休みをとって病院へ。

1月に、市の胃の集団検診で要精検になっていたのを、今までほったらかしにしていた。
昔、胃潰瘍をやったことがあって、数年間は経過観察を受けていたけれど、それもやめになって、その後は集団検診を受けていたのだけれど、潰瘍の瘢痕のせいか、集団検診でたびたび要精検と判定される。
特に、検診業者が変わるとその傾向が強いように思う。(なので、何度か要精検を無視した。)

IMG_20161130_114822-crop.jpg 現役ばりばりの頃は、いつも森之宮にある、ちょっと縁のある検診機関にいっていたが、歯医者を変えたのとおなじように、自宅に近い医院をかかりつけにするつもりもあって、近所の内科を受診。

昨日は、診察と事前検査で、明日、内視鏡検査を受けることになった。
内視鏡は20年ぐらい前に経験しているが、それは口から。こんどは経鼻内視鏡ということだ。
状態はいつもどおりだと思うけれど、経鼻内視鏡ははじめて。
医師は、1月の集検の2次検診とはえらい季節外れですね、と。

11時前に行って、1時間待ち。会計が終了したのは12:10頃。
大勢のお年寄り(私もそうか)が来院していた。
インフルエンザの予防注射に来る人もいるようだ。

受付も忙しい


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六二郎。六二郎。


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