大洪水

某テレビ局が、トランプ大統領を支持するのはどんな人達なのか、連続して報道していた。

ark_encounter_YouTube.jpg その中で、"Ark Encounter"という施設が紹介されていた。
ノアの方舟を、聖書の記述に従って再現したテーマパークである。

大洪水は聖書より古い「ギルガメッシュ叙事詩」にも描かれている。だから、聖書の神だけが洪水を起こしたというわけではない、というのでは勿論なくて、現代的な理解としては、人類の記憶に残る大洪水がかつて起こり、そしてそれがそれぞれ言い伝えられたのではないか、「黒海大洪水説」というのもある。

それはともかく、冒頭で言及したテレビ報道では、"Ark Encounter"に来ていた人達に取材すると、大洪水は実際に起こったことで、ノアは実在の人物であり、人類はそのときに一旦リセットされて、現在に至っていると信じているとのことだ。

日本人なら、この報道で驚くわけだけれど、米国の世論調査では進化論を正しいと考えている人は、最近ようやく過半数になったけれど、それでも4割の人は、、神が人間を創造したと信じているんだそうだ。
米国では、学校で進化論を教えてはならないという人もいる。共和党の大統領候補をトランプ氏とあらそったテッド・クルーズ氏もそう主張していた。

ただ「学校で進化論を教えることを禁止する法律」は憲法違反と連邦最高裁が判断しているから、もしクルーズ氏が大統領になっていたら、どうなったんだろう。


こういう現状に腹を立てているのか、ドーキンスなんかは、これでもか、これでもかと、怒りを込めて神を否定する。
ドーキンス「神は妄想である―宗教との決別」

知り合いに、牧師になろうと考えているキリスト教徒がいる。「六二郎さんは最近どんな本を読んでるんや?」と聞かれて、即座に「ドーキンス」と答えたら絶句していた。


日本人は学校教育で進化論を教えられるから、それこそ教えられたとおりに、ヒトはサルと共通の祖先から進化したと信じている。
創造主義者を「狂信者」と言うなら、これはこれで科学の「盲信者」と言われかねないけれど、学校以外での宗教観の違いというのも、日本と米国(というか一神教国)の進化論の受容態度の差になるのではないかと思う。

日本人の感覚では、神を信じることと、聖書を字義通りに信じることは切り分けられていると思う。
日本にはもともと八百万の神が坐すわけだし、仏教が渡来しても「嘘も方便」というわけで、語られることは譬喩として理解し、(そんなに馬鹿馬鹿しいことが本当にあるはずはないと)そのまま真実でなくてはならないとは考えないという態度が普通だと思う。

神頼みにしても、それが成就すれば感謝し、だめだったとしても、神様はいつも頼みをきいてくれるわけではないぐらいに考えている。占いに対する態度もこれと同様で、曖昧な言葉を適当に合うように解釈して当たったと言って満足するのが普通である。

良くも悪くも、日本人は、宗教に対して(科学に対しても?)、鷹揚というか、相対化するというか、妙にものわかりが良いところがあるように思う。(ご都合主義)

だから、理詰めで、冷静に、魔女狩りをするというのは、普通の日本人の感性では、ちょっと信じられなくて、もし、日本で魔女狩りが行われるとしたら、恐怖感とかが先に立って、残虐なことをすれば、残虐性そのものに酔い、逆上してやるのではないだろうか。

昔、大学の先輩が、西洋人は血を見慣れているが、日本人はそうじゃないから、血を見ると逆上するんじゃないかと言っていたのを思い出す。(731部隊とかオウム真理教なんかは例外なのかもしれないが)


ただ、創造論者を単純に「狂信者」と言うことはできない。
というのは、少なくとも18世紀ぐらいまでは、真剣に創造論を「科学的」に裏付けようと頑張っていた人がいて、それが「常識」として受け入れられていたという。
ニュートンも宇宙の秩序は神が創造したのでなければアリエナイというようなことを言っているそうだ。

ただし、ニュートンが神を持ち出したのは、彼の万有引力の法則では、宇宙の(定常的な)秩序を永遠に維持することが不可能という論理的帰結まで見通したうえでのことで、単純に非科学的とは言えないようにも思う(ここで前提条件を疑うか、神を持ち出すかが問題だけど)。
それはケルヴィン卿が地球の年齢をせいぜい数億年としたことと同様の事情でもある。


前述の進化論裁判では、判事は、学校教育のなかで教えるべき科学理論とはどのようなものか、その条件を次のように提示したという。
  1. 自然法則により導き出される。
  2. 自然法則への言及によって説明される。
  3. 経験可能な世界に対して検証可能である。
  4. その結論は仮のものである。つまり、最終的な結論である必要がない。
  5. 反証可能である。
この最後の「反証可能性」は、カール・ポパーの「どのような手段によっても間違っている事を示す方法が無い仮説は科学ではない」が下敷きになっているのだろう。
言い換えれば、神を持ち出さなければ説明がつかない理論は、どこかに欠陥がある、ということになるのではないだろうか。

信じる者は救われる。

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喫煙難民

いよいよ火が点いた、というか火が点けられない。

会社敷地内禁煙で、昼休みにははるばる喫煙できるところまで遠征しなければならないわけだが、その一つとして、以前、しばらくはここが有力な喫煙場所と紹介したところがあった。

そのときも、あまりに我が社の職員が目立つようになると、「当ビルに御用のない方の利用はご遠慮願います」攻撃の可能性を心配していたのだが……

ここが、なんとも効果的な貼り紙をしてくれたのである。
写真を撮ってないので、その趣旨だけを記すと、

 ここは○○の職員のための喫煙室ではありません 


である。(○○は私が勤める会社の名前)
怖れていたことが現実のものとなった。

IMG_20170224_122004.jpg だいたい警告文とかお達しというのは、対象者を限定すればするほど効果は大きい。
とりわけ響くのは「ここは六二郎の来るところではない」というような個人特定のものだろう。

それにしても、この貼り紙をしたところはどういう了見だろう。
喫煙室を廃止するというのなら、それは時代の流れとしてしかたがないかもしれないし、こちらもアキラメがつくというものだ。
ところが、自分のところの職員は吸っても構わないというわけだ。
職員の健康管理はどう考えているんだ、と筋違いのクレームを言いたくなる。

ということで、これ以来、少し遠いコンビニまで歩くことが増えた。
ここのコンビニでは、灰皿を置いてある場所の真上あたりに、空調の排気口があって、寒い日も暖かい風が吹き下ろしてくる。しかも、冬は、強い風でライターの火が飛ばされることが多いのだけれど、この吹きおろしの風のおかげで、横風があっても、炎が安定して、火が点けやすいのである。(右写真の上辺あたりの、黒い丸いもの。これが灰皿の場所を挟んで2つある。)

一説によると、コンビニの入り口脇にある灰皿は、喫煙場所を確保しているのではなく、ここで煙草を消してから入店してくださいという意味だとか。
O府の某病院も入口に灰皿が置かれていて、はっきりと、「ここは喫煙場所ではありません、煙草捨て場です」と表示されていた。
このコンビニ前は条例で路上喫煙禁止地区だから、喫煙しながらコンビニにくることは考えにくいけれど。

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昼休みに吸いに行って時間までに戻ってこれるところといったら……
  • ちょっと高級なレストランの玄関脇(客じゃないと使いにくい)
  • 牛丼チェーンの横(こっちのほうが気遣いは小さい)
  • 上述のコンビニ
  • 駅前の喫煙コーナー
  • ……
「それいけ!スマート(Get Smart)」というスパイ・コメディで、盗聴防止装置というものがあったけれど、ああいうので煙が漏れないものとか、
「喫煙ヘルメット」みたいなものがないものだろうか。

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歯医者

IMG_20170225_111739.jpg 月曜日、夕食を食べていると、硬いものが舌に触った。
吐き出してみると、金属の欠片。
虫歯治療で詰めていたものが、欠け落ちたのである。

歯科の定期健診には通っているのだけれど、詰め物が落ちるかどうかまではわからないようだ。

橋などのインフラも定期検査をしているけれど、大丈夫かな。


別に痛みとか、沁みるというようなことはないのだけれど、ほっておくと、掘れているところに食べかすが詰まって、虫歯になりやすいだろうし、欠けたところは尖った状態になっていて、口腔を傷つけるかもしれない。

というわけで、仕方がないから、歯医者に行くことにした。
予約をとるとなると、随分、先になるようだったけれど、事情を説明したら、土曜日の11時に来てくださいと言ってくれた。

で、昨日、11時に歯医者へ行った。
いわゆる予約ではないから、どんだけ待たされるんだろうと思っていたのだけれど、言ってみると、待合には1人しかいない。
結局、10分程度待っただけで診てもらえた。

IMG_20170225_112522.jpg 「欠けたものは持ってきてますか?」
「いや捨てました。二十年以上前のものだと思います。」
「どのあたりですか?」
「右上の一番奥のところだと思います。」
「痛みとか、沁みるとかはないですか?」
「ありません。」

で、洗浄が始まって、場所を特定。

「ほかにどこか気になるところとかありますか?」
「左下のかぶせてあるところが、少し浮いているように思います。」
「すこしガサガサしてますね。レントゲンを撮りましょう。」

で、左下もレントゲン撮影。

「虫歯にはなっていないようですが、隙間ができてますから、かぶせたものを除去して、やり直しましょう。」

IMG_20170225_112021.jpg というわけで、左下のことを言わなければ、簡単に済んだかもしれないが、ちょっと長引くかもしれない。

この日はいつもの先生ではなくて、女性の先生。
丁寧で、はっきりした言葉使い。
いつもの男の先生だと、親しらずを抜きませんかというと思うが、今回はそういう話はなし。

治療終了後に言われるのかも。


歯医者に行くといつも思うのだけれど、歯科衛生士は若い女性が多い。
こちらとしては、こんなにしていただいて、ありがたい限りなのだが、向こうはどう思っているのだろう。

年寄りの汚ならしい口の中をいじりまわすなんてのは、イヤに違いない。
もちろん仕事だからやっているわけだが、どのぐらい心理的抵抗があって、どうやって克服してきたのだろうか。

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子供は吸っちゃいけません

P_20170211_094612_vHDR_Auto.jpg 京都駅の新幹線構内の喫煙室。
"For adult smokers only"、たしかに間違ってはいない。

でも、この表示には違和感を感じた。
(私だけかもしれないが)

この表示を見ると、人間を、"大人"と"子供"、"喫煙者"と"非喫煙者"という2つの属性によって分類しているという構造を読み取ってしまう。
(私だけかもしれないが)

そして、ここは喫煙者のための部屋なのに、なぜ喫煙者でも大人だけに限定しているのだろう、子供の喫煙者はどうしてくれるんだ、と連想が働く。
(私だけかもしれないが)

669a7_196_06069223902126b68389f1c5fd57c594.jpg それに、非喫煙者が入室しても、本人が承知の上ならかまわないではないか。
余計な修飾語を入れることで、異なるイメージが喚起されているのではないだろうか。

普通は「喫煙者⊂大人」と意識しているので、子供というだけで喫煙者ではないと推論する。
しかし、ことさら「成人喫煙者」と表現されると、子供も喫煙することがあるのかもしれないという、裏のイメージが喚起されるのかもしれない。
(私だけかもしれないが)

と、ぐだぐだ考えているうちに思った。
この表示を考えた人は、たとえ喫煙者でも子供には利用させない、つまり子供は煙草を吸うなということを主張しているのかもしれない。
子供と非喫煙者は利用しないでください」と書いてあったらどう感じただろう。

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ホテルのセキュリティ

P_20170212_191446_vHDR_Auto.jpg 右の写真は、今回の東下りで宿泊したホテルのエレベーターの行先ボタン。

このホテルでは部屋の鍵はカード・キーになっているのだが、エレベーターを操作するにもカードが要るようになっている。

操作ボタンの右に見える黒っぽい部分にカード・キーをタッチする。

はじめてエレベーターに乗ったとき、そのことを失念して、行先階を押しても反応しないのでちょっと慌てた。

もちろん防犯上の理由でこうなっているのだろう。
宿泊者以外が勝手に客室フロアに行かないように。

1階に降りるのにはカードは要らないようだ。
このホテルのフロントは2階にある。
チェックアウトした後、1階に降りられないと困るから。

ちなみに2階フロントから1階へ降りる階段も見当たらなかった。
防犯と防火は対立することもままある。誘導図などには気付かなかったけれど、どうっだったんだろう。


このホテル、去年の9月に開業した、かなり新しいビジネス・ホテルである。
新しいホテルというのは、こういう具合になっているんだろうか。

mitsui_garden_kyobashi.jpg そういえば、このホテル、入口もわかりにくかった。
写真はネットで拾ったものだけれど、左の黄色っぽい(木質調の)ところがドアなのだけれど、中が全く見えなくて、一体どこから入るんだろうと首を傾げた。

近づけばスッと開く、普通の自動ドアである。


ドアの手前の壁面にフロントに通じるインターフォンがあることに気づいて、これでまず、荷物を預かってくれるか尋ねたりしたから、無様なことにはならなかったけれど、ホテルに慣れてない田舎者になるところだった。

1階は普通のカフェ(別経営)だから、そのスペースのためにフロントを2階に上げたのだろうと思うけれど、セキュリティ上の効果もあるのだろうか。

宿泊客は、外国人が多かった。
エレベーターに乗ると、たどたどしい日本語で「おはようございます」なんて挨拶された。

なお、アメニティはしっかりしていたことを付け加えておく。

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東京メトロサービスマネージャー/「駅乃みちか」

20161013201239752_thum630.jpg 残念ながら、今回の東下りではお見かけしなかった
東京メトロ/サービスマネージャーの
駅乃みちか」さん。

というか、別に探し求めたわけでも、地下鉄の駅などを注意して見回したわけでもないので、気付かなかっただけかもしれない。


右はネットで拾った画像だけれど、ちょっと話題になったもの。
ネットでは、スカートの透け具合がエロいとかなんとか話題になっていて、公共性の高い会社のキャラとしてどうかという意見を目にしたが、そもそも、これって東京メトロが公認しているものなんだろうか。

気になったので、東京メトロのホームページを見ると、「駅乃みちかページ」は、Facebookに存在し、更新もされているけれど、そちらで使われているキャラクターは、こっち。

11083634_1625031551065780_7681101924426775991_n.jpg
EkinoMichika_Facebook.png
問題の画像は、「鉄道むすめ」シリーズ(珍之助さまの評価を参照)ということのようだ。
そのキャラ説明に、“「駅乃みちか」は東京メトロのオリジナルキャラクターです。”と書いてあるから、この絵を東京メトロが公認しているように誤解するわけだ。

そして、そういう誤解があるからだろう、公共的なキャラクターとしてふさわしくないというクレームがあって、スカート透け透けっぽいところが修正されたらしい。そして、こちらが、現在の「鉄道むすめ」のページに掲載されているもの。
なので、東京メトロの駅をうろうろしても、スカート透け透け版には出会えないわけである。

事のついでだが、「鉄道むすめ」には、おなじようなスカート透け透けっぽいキャラが他にもいる。

八戸ときえ(青い森鉄道株式会社/駅員)
南ふうか(株式会社日本旅行/赤い風船事業部スタッフ)

こっちには、クレームは出てないんだろうか。
日本旅行はともかく、青い森鉄道は、やっぱり公共交通だと思うけど。

実際のところ、東京メトロと「鉄道むすめ」の関係はどうなってるんだろう。
堂々と「東京メトロのキャラクターです」と表示するということは、名前やプロフィールなどの仕様許諾はなされているのかもしれない。

minami_fuka_tetsumusu.png hachinohe_tetsudomusume.png ところで、「鉄道むすめ」は、フィギュアも売る商売だけど、「駅乃みちか」のフィギュアは未だないみたいだ。
もし作るとしたら、スカートはどうするんだろうか。

八戸ときえちゃんはフィギュアが出ているらしい。
その写真を見る限り、ごく普通のスカート。2Dで陰を微妙に付けるからエロいので、3Dにするとそのまんまでしかないようだ。


そもそもスカートの陰を見て「透け透け」と感じて、エロというほうが変なのかも。

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東下りの総括

2月11日~13日の東下りは、「東京ブックマーク」という商品を使った。

今まで東京へ行く場合、ほとんど日帰り仕事で、京都-東京の往復は、エクスプレス予約(ICカード)を使っていたのだけれど、今回は宿泊もあるので、というかなによりいただきもののJTBギフト券の有効期限が間近に迫っていて、使ってしまわないといけなかったので、旅行代理店の店頭で手続きをして、ギフト券で支払いをした。

現役ばりばりのときは、東京往復が多かったから、ICカード予約が便利で、指定席料金分が割安、しかもポイントを貯めるとグリーンに乗れたから値打ちがあった。何より、発車前なら何度でも予約を取り直せたので、京都へ行くバスが遅れそうなときなど、バスの中で列車を変更したことも何度かある。けれど、東京へ行くこと自体が減ったので、カードの会費を考えると、もうそろそろ解約時期かな。


P_20170128_211138.jpg 「東京ブックマーク」という商品は、テレビCMも流れている。
新幹線と宿泊がセットでお得という触れこみだけれど、それほど安いとは思えない。飛行機と宿泊のセットのほうが、はるかにお得である。

特典と称して、キオスクで使える250円クーポンや、指定店でのサービスクーポンが付いてくるのだけれど、250円はショボいし(といいつつ、キオスクで土産を買うのに使用)、指定店は少なくて使う機会もなかった。どうせオマケをつけるなら、東京メトロの一日乗車券とか付けてくれたら良いのにと思う(もっとも今回は付いてても有効利用する機会はなかったけど)。

P_20170128_211459.jpg わざわざ旅行代理店へ行ったわけなので、はとバスの予約も手配してもらった。

そもそも今回の旅行は変則。
2泊3日だけれど、最初の1泊は知人宅なので、宿泊は2日目だけ。それに、往きは京都から新横浜まで。
こういうややこしい旅行プランだと、ネットでは対応していない。

ネットの予約ページを丁寧に見ると、泊不要など変則的な場合は、「要望」として記入することになっていた。しかし、手作業でするのだろうから、きちんと対応できるのか、非対面だと不安である。


国内旅行で旅行代理店を使ったのって、何年ぶりだろう。

P_20170128_211048_kaeri.jpg ところで、旅から帰ってからテレビのCMを見ていると、東京ブックマークには、スカイツリーに並ばず上れるチケット付きというのがあるらしい。3月からの販売のようだけど。
こんなのが使えたら、はとバスは使わなかったかも。




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新横浜ラーメン博物館

3日間の東下りを逆コースで記事にしてきたが、今日は初日に訪れた「新横浜ラーメン博物館」

新横浜というと、昔は、ひからびた売れ残り工場造成地という白茶けたイメージが強かったが、今は新興業務地として、ビルが立ち並び、若者が散歩するような街になってきたようだ。

P_20170211_131252_vHDR_Auto.jpg その街の一角に「新横浜ラーメン博物館」というのがある。
多分、開業したときにはニュースになって、私もそのニュースを見たような記憶もあるのだけれど、今回の東下りで新横浜で知人の迎えを受けるとなったときに、新横浜で食事をするところはとネットを見ていて、この博物館にゆきあたった。

ラーメン屋が集まっているというだけではなくて、博物館と銘打っていて、入場料が必要であるが、60歳以上は100円で入場できる。トクやんか!

知人は、はじめイヤがっていた。というのは塩分を控える生活をしているから。
そこを押し切って、お昼はやっぱりここでということになった次第。

ちょっといろいろあって、博物館には13:13に到着。

P_20170211_131709_vHDR_Auto.jpg 並んでる。
ラーメン店の待ち時間の目安 30~75」と掲示されている。
ムダに、ムヤミに人が多いのは、東京だけじゃないのか。

「どうしよう」
「どうしようって、別に待ってもええよ」
「もう来ることはないかもしれんしね」

入場整理の人に、シニア料金適用に証明類は要りますかと聞いたら、信用してます、自己申告でOKですと。
入場口に並んでいるといっても、そんなに長く待つわけではない、せいぜい5分ぐらいである、ここでは。
P_20170211_131750_vHDR_Auto.jpg
入場すると、ラーメン店はすべて地下にある。

ぎょぎょっ、群衆やないか!
10店ほどのラーメン屋があるわけだが、そのそれぞれに列ができているようだ。

戦後の物のない時、配給やら特別販売などで行列することが多かったそうだ。それも含めて昭和かい。


目当ての店は事前に調べて決めていた「支那そばや」。
目指す「支那そばや」の場所を確かめようとウロウロして、ようやく見つけたところ、店の中はそれほどごった返している風ではない。
これはラッキーと思って、券売機で食券を買おうとしたのだけれど、見ると、券売機は階段を上がったところにあるのだが、その階段に人の列、それが一番下まで並んでいる。
そして、狭い階段の反対側は、逆向きに並ぶ人の列である。

P_20170211_133747_vHDR_Auto.jpg 二つの列の間をすり抜けて、一番下まで降りたら、角を曲がってまた人の列がまだまだ続く。
角を2つ曲がったときに「支那そばやの列ですか?」と聞く。

「そうです」

3つ目の角でまた「支那そばやの列ですか?」と聞く。

「いや、わからない」
どうやらとりあえず並んでいるという人もいるようだ。
戦後の物不足、行列があればとりあえず並ぶという笑い話があったようだけど。
なるほど、昭和の再現である。


ようやく列の最後尾を見つけておとなしく並ぶ。

並んでいる間にあらためて「博物館」の中を見回す。
狭い空間に、戦後まもないころの街並みを再現している。
写真は撮ってないけれど、風呂屋だったり、ゲーム場(もちろん電子ゲームではない)。
実際に物を売ってる駄菓子屋があったり、占い師がいたりする。

ラーメン店があるのは地下1・2階で、中央が吹き抜けになっていて、見上げると青空が描かれている。
地下だけれど、電柱が立っていて、電線が張られている。

映画の看板は「大菩薩峠」、「喜びも悲しみも幾歳月」、「嵐を呼ぶ男」とか。
つまり、片岡千恵蔵、佐田啓二、石原裕次郎である、東映、松竹、日活である。

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P_20170211_135529_vHDR_Auto.jpg P_20170211_134922_vHDR_Auto.jpg なんであるのかわからないが、
鳥居におみくじ。
これは実際に100円とってるようだ。
(この時代だったら10円でしょう。)

そして、いかにもという煙草屋。
もちろん煙草を売っているわけではないし、館内は禁煙である。

実際に昭和を再現するなら、館内は喫煙可能にし、床(地面)には、あちこちに煙草の吸殻が落ちているようにするべきじゃなかろうか。
だれか、そういう体験型博物館を作らないかな。
そういえば、JTの「たばこと塩の博物館」も館内禁煙だったなぁ。


そうこうして、館内を観察しながら待つこと40分余。
ようやくラーメンにありつけることに。

P_20170211_131941_vHDR_Auto.jpg この「支那そばや」を選んだのは、奇を衒わないものと予想したから。
「濃厚とんこつ」とか「にんにく」とか、特定の傾向があるタイプは、それだけで誤魔化されそうに思うけれど、素直なラーメンでおいしいものというのは、やはり素材と腕で勝負だろうと思ったから。

うっかりして、配膳された状態の写真を撮り忘れて、半分ぐらい食べたところの写真をアップしておく。

予想どおり、素直でクセのない、それでいて旨味の強い鶏系のスープ、あっさりではない。
麺は細めだけれど、くたくたにはなっていないし、勿論固くもない。
そして焼豚は、3mmぐらいだろうかやや厚みがあって、ほろほろ・ぬめぬめという舌触り。上質のバラ肉を使っている。
メンマは、桃屋のメンマのような短いものではなくて、すらっと長い。味付けも良いアクセント。
海苔、これはなくても良いかな。

そう、予想を裏切らないデキであった。

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ごちそうさまでした、930円也。

しかし、ラーメン博物館を出て、あらためて街を見回すと、あちこちにラーメン屋がある。
こっちのほうが、安くて、おいしくて、待たずに食べられたりして。


それにしても、街に出ると、そんなに人は歩いていない。
この博物館目当てで集まってくるのに違いない。
京都駅のラーメン小路は、入場料などいらないが、待ち行列ができるとはいえ、こんなにごった返してはいない。
関東の人ってのは、他に行くところがないのかねぇ。

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皇居前広場

東下りシリーズに戻って。
旅の2日目、今回の目的であるお昼の会食までの間、久しぶりに皇居前広場へ行った。

P_20170212_111644_vHDR_Auto.jpg ホテルに荷物を預けたのは良いが、八重洲側だったので東京駅を抜けなければならない。二重橋だけなら駅を南に迂回するのが早いが、久しぶりのことなので正面の行幸通りからと考えたのと、どんな店があるか見ようとしたことで、駅の自由通路を通り抜けた。
しかし、自由通路は駅の北のはずれだから、結局随分大回りをしたことになる。
京都駅や大阪駅だと、真ん中に自由通路があるから、ずっと楽だと思う。

この日は、見事な快晴。

行幸通りから入ると、史跡江戸城の表示がある。

P_20170212_112009_vHDR_Auto.jpg そして、真っ先に目に入る巽櫓。
真っ青な空と白壁の櫓の対比に、まだまだ先があるというのに、これが見られて良かったという気になる。

外国人観光客も同じように感じるのか、ここで多くの外国人が写真を撮っていた。


桔梗門は閉じられている。
随分前、本丸跡を見にいったことがある。この日も東御苑は入れたようだが、入口は別のところのようだった。
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桔梗門から濠沿いに広場を歩く。
ユリカモメかな。そこは立入禁止だよ。

標識を見ると、人型に斜線。ヒトだけが対象のようだ。

業平の「名にし負はば いざ言問はむ 都鳥……」の都鳥は、ユリカモメ説とミヤコドリ説があるそうだ。
ここは、ユリカモメ説としておこう。

坂下門の前を過ぎ、いわゆる広場を過ぎる。
だだっ広いから、人の数は多くても、密度は低い。
「東京、ムダに、ムヤミに人が多い」というのは、今のこの場所には当てはまらない。
これだけで、雑踏ばかりの旅の中で、ほっとする時間となる。


P_20170212_114433_vHDR_Auto.jpg やはり、二重橋付近に人が多い。

石橋の手前には、普通の警察官(警視庁)。
正門前には、金モールを付けた守衛(皇宮警察?)が2人。遠くて写真はとれなかった。

そういえば京都御所の一般公開のときに警備にあたる人たちも、皇宮警察のワッペンを付けていたと思う。


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皇居前広場といえば、この高くない松林が、空間全体に落ち着きをもたせているように思う。
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海外旅行の経験は少ないが、それでも、ベルサイユ、ウィンザー、シェーンブルンの3宮殿は訪れたことがある。
いずれも立派であり、豪華であり、そして権力を誇示するような威圧感がある。

P_20170212_114437_vHDR_Auto-crop.jpg それらに比べると、皇居はどことなく優しく、威圧感より、ゆとりのようなものを感じさせる。
もし、幕末、無血開城がなされなかったら、ここはどんな様子になったのだろう。

最後の一枚、皇居に沿って立つ警視庁。

以前、出張したときにタクシーに乗って、総務省までと言ったら、どこかわからないという。なので、警視庁の隣と説明したのだけれど、今度は警視庁がわからないという。ナビは?ときくと、動作しませんって。
結局、道案内しながらいくはめになったことがあった。
あの運転手、一体、どこならわかるんだ? ちゃんと車庫へ帰れたのかな。


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梅の開花

P_20170218_085832_vHDR_Auto.jpg 東下りシリーズの途中だけれど、季節の話題なので急ぎアップ。

先日、浅草寺では梅の開花が進んでいて、山城国では春はまだ少し遅いと書いたけれど、我家の庭の梅も咲き始めた。
先週から数輪がほころんでいたが、金曜前後が暖かく、開花が進んだようだ。

ということで、スマホで撮った写真をアップ。

一番上の写真、左の紅い花は山茶花。
山茶花は12月からずっと、このぐらいの花数が続いている。
以前は、一斉に咲いて賑やかだったけれど、こうして数輪ずつ咲くのも良い。

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白梅(南高梅)全体。
白梅の隣には紅梅があるのだけれど、こちらはまだ蕾は堅い。

前にも書いたけれど、紅梅の開花が早く進んで白梅に追いついてくれないと、実のつきが悪くなる。
もう少し寒い日が続いて白梅の開花を遅らせ、紅梅を待ってくれたらありがたいのだけれど。(そうすると紅梅も足踏みか)

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東京スカイツリー

本日の記事は東京スカイツリー。

昨日のはとバスの記事で、東京スカイツリーに待ち時間なしで上ることが、はとバス利用の目的と書いた。
のだが、実は、この日(月曜日の10時頃)は客が少なかったので、結果論だが、個人で訪れても待ち時間はなかったようだ。

以下、本日は写真ばかりの記事。(画像クリックで拡大)

まず、バスの車窓から見えるスカイツリー。 展望台のチケット。
チケットは、350mまでのものと、450mまでのものの2枚になっている。
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350mまでの展望台のエレベーター(「展望シャトル」というらしい)の待ち行列。
エレベーターは4基あるのだが、この日は1基がメンテナンス中。それでも待ちは少ない。
最大分速600mで、350mの展望台まで一気に上昇する。
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350mの展望台から、450mの展望台(「展望回廊」)へ、またエレベーターに乗る。
こちらのエレベーターは2基だったと思う。
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このエレベーターはシースルーになっている。
わずかな時間だけれど、上昇中の動画(画像クリック)。
skytree_elevator

この日も天気が良く、富士山が良く見えた。
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「ソラカラポイント」(最高到達点451.2m)。
東京タワーが低く見える。
画面左下に、両国の江戸東京博物館。
日曜日お昼の用事が早く終わったら行くつもりだったのだけれど、今回の旅では行けずじまい。
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どういう関係か、どういう企画かわからないが、少女月刊誌「りぼん」の創刊号からの表紙写真。
タワーのあちこちに、「りぼん」ゆかりのマンガのキャラクターが充満している。
「りぼん」といえば、妹が買っていた。土田よしこ「つる姫じゃー」とか、山岸涼子「アラベスク」とか。
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それとイケメンキャラクターと写真を撮ろうみたいなコーナー。
この前でポーズをとれということらしい。
それにしても、キャラの名前が、松竹梅、菊正宗、グランマニエとは。
P_20170213_105536_p.jpg  P_20170213_105415_vHDR.jpg

下を見るとこんな感じ。Google Earthみたい。
円く見えるのは350mのところの展望台だろう。
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350mの展望台に戻ると、ガラス張りの場所がある。
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1階の土産物売り場(なんとかステーションとカタカナ表記されてた)。
はとバスで、10%割引券をくれるのだが、それが通用するのは1階の店だけなので、お土産はここで買った。
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以上、スカイツリー写真集でした。


スカイツリーで一番驚いたのは、展望台で外を眺めていると、突然、声をかけてくる人が。
O阪府T市に勤めていた知り合い。
休暇をとって遊びに来ていたのだそうだ。
こんな偶然もあるんだなぁ。

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はとバス

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2日続けて浅草寺の記事をアップしたけれど、浅草寺へ行ったのは「はとバス」で。

前にも書いたけれど、なじみのない土地で効率的に観光するには定期観光バスが一番だ。
しかし、東京のはとバスははじめて。
そもそも「なじみのない土地」というのと少し違うし、電車網も密で交通至便。
やや面倒な団体行動を強いられる定期観光バスを使う必要性は低い。

今回、はとバスを使うことにしたのは、東京スカイツリーが目的。
以前、東京出張でたびたび訪問したところに、建設中のスカイツリーが良く見えるところがあって、そこのトップの方が、前回来訪時と比べてこれだけ進んだよ、と話題にされたりした。

で、一度はと思っていたのだが、展望台に上ろうとすると結構待たされるという。それなら、はとバスで回ったら、待たないで良いだろうと考えて、旅行代理店で予約をとってもらったわけだ。

選んだコースはこれ。

■A615 たっぷり満喫!!東京スカイツリー(R)天望回廊と浅草観音

9:20 東京駅丸の内南口
    【皇居・国会ドライブ】 (二重橋前=桜田門=国会議事堂=半蔵門=千鳥ヶ淵/車窓)
  ○東京スカイツリー天望回廊&天望デッキ (地上450mの空中散歩&地上350mからの展望・110分)
      ↓
  ○浅草「葵丸進」 (天麩羅の昼食・50分 ※注1) 徒歩 浅草観音と仲見世 (自由散策・50分)
    【銀座ドライブ】 (歌舞伎座=銀座/車窓)
15:30 東京駅丸の内南口

P_20170213_093545_vHDR.jpg スカイツリーを回るコースは、そばを通るだけというのもあるが、展望台に上るコースがいくつかあって、その中でも、350mまでのコースと、450mまでのコースがある。
私は、当然450mまで上るコース。「アホと煙は高いとこ上る」である。

ガイドは、I山さん、高卒1年目というから19歳だろう。
鹿児島から出てきたのも1年目だろうけれど、「おはん」、「じゃどん」などとは言わない。

来年のNHK大河ドラマは「西郷(せご)どん」。鹿児島弁もたくさん使われるだろうけど、女性の鹿児島弁ってあんまり印象がない。「篤姫」のときはどうだったかなぁ。


このツアーは、あまり車内で説明するポイントは多くないから、新人にはちょうど良いのかもしれない。それにしても、なかなか流暢なガイドぶりだったと思う。

ツアー客は、全員で37名。ほとんどが私より年上とお見受けした。
中に子供連れの未だ若い客もいたけれど、離している言葉からすると中国人のようだった。

ガイドはすべて日本語で、自由散策後の集合時間・場所も日本語だけだったけれど、大丈夫だったのだろうか。一度、集合時刻に5分ぐらい遅れてきたけれど。
私がアトランタで定期観光バスに乗ったときは、ガイドはもちろん英語で、内容はさっぱり聴き取れなかった。ただ、自由散策などのないコースだったので、集合に遅れるようなことはなかったけれど。


はとバスでは、大きな荷物はバスのトランクで預かってくれる。東京駅でコインロッカーを探したりしなくて良くて、あわただしい旅行者に親切だ。
実際、私もはとバスのコースが終了したら、そのまま東京駅から新幹線に乗る予定だから、これは助かった。

P_20170213_200703.jpg 車内ではとバス限定グッズというのを売っていた。
多分、もう二度とはとバスを使うこともないだろうから、記念に「はとバスオリジナルサウンド・バス」(1000円)というのを買った。



京都から家までのバスの中で、車内の広告を見ていたら、京都の定期観光バスでは、普段公開されていない寺院などがコースに入っているものがあるようだ。もちろん期間限定。
定期観光バスには、そういうコース開拓もしているのかもしれない。
これは良いかもしれない。

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浅草寺

P_20170213_124411_vHDR_Auto-crop.jpg 昨日は、記事の賞味期限を優先して、浅草寺の梅をとりあげた。
今日は、遅ればせながら、浅草寺そのもの。

金龍山浅草寺、あまりに有名な寺だけれど、実は、今回の参詣が初めて。
テレビのニュースなどでも良く見るけれど、そうしたものは人出がニュースになっているような観がある。
東京の人気スポットとして、初詣など、いかにも人出がありそうなときに、期待を裏切らないニュースが作れる、そしてそれを私達が見るというわけだ。

P_20170213_133027_vHDR_Auto.jpg それなりに人出があるだろうぐらいには思っていたけれど、やはり東京である。人が多い、ムダに、ムヤミに。
まず遠目にもわかるのが、雷門の前の参拝者の群れ、月曜日なのに。

そして、当然だけれど雷門へ。風神雷神が守護するので風雷神門、略して雷門。
正面写真をアップしても芸がないから、提灯裏側の製作者名がわかる写真をアップしておく。

提灯の下の金属部分だが、表には「松下電器」とあるのは良く知られているが、裏はフルネームで「松下電器産業株式会社 松下幸之助」とある。
提灯本体の裏には、製作者が書かれているけれど、「平成25年11月謹作製」とある。既に、松下電器はパナソニックに社名変更した後だから、この製作年月は本体部分で、下部の金属部分は、貼り換えたあとも継続して使われているのだろう。なお、宝蔵門(仁王門)の日本橋小舟町の提灯も同じ製作者である。


P_20170213_133834_1_p.jpg P_20170213_133043_vHDR_Auto.jpg そして、有名な「仲見世」。
なんという人だかり、月曜日なのに。
平日でこれだと、祝祭日などは一体どんなことになるんだろう。ベビーカーなんて危なっかしくて。

そして浅草名物の土産物店が並ぶ。
昨日書いたように、ペラペラの生地で派手な色柄の浴衣を売る店などは、外国人観光客向けに違いないが、以前はなにを商っていたのだろうか。巡礼用の白衣とか、草鞋を売ってたんだろうか。
木刀を売ってる店があったが、この木刀はおもちゃというには、かなりしっかりしたもの。本気で殴ったら、相手を殺傷できそうに思った。

P_20170213_134703.jpg 仲見世の切れ目、横切る伝法院通りからはスカイツリーが見える。
(行程の逆順で記事にしているけれど、浅草に来る前にスカイツリーに上っている)



本堂(観音堂)の外観はとばして(写真を撮り忘れたわけではありません)、本堂の内側を。
正面のご本尊がいらっしゃるところだろうか。
漁師か何かが拾い上げたという1寸8分の金の観音様って、本当?

Wikipediaによると、国の役人の調査では、奈良時代の様式の聖観音像で、高さ20センチほど、焼けた跡が伺え、両手足がなかったという。1寸8分でも、金でもないみたいだけど。


P_20170213_134721.jpg 本堂の天井画。
これもあざやか。

奈良や京都の古刹とは異なり、ポピュラーな習俗として信仰を集めてきたお寺。
奈良や京都のお寺も、創建時は朱塗の柱だっただろうけれど、年を重ねて重厚な木質になっている。
以前、宇治の平等院の修復で、創建時の姿にするか、それとも歴史を経てきた風情とするかで大論争があったけれど、浅草寺にはそういう論争はアリエナイだろう。

五重塔は現在、修復工事中で、ネットがかけられていた。
平成29年9月までの工事らしいが、それによると、屋根瓦はチタン瓦を使うんだそうだ。
鉄筋コンクリート、チタン葺きの朱塗りの建物、それで良い、これから何年も参詣者を集めるんだから。

P_20170213_142553_1_vHDR.jpg であるけれど、仲見世の喧噪を離れると、少しは静かな一角もある。
さらに少し離れれば、寺に続く街は、大衆演劇その他の見世物小屋もあり、今では全国の物産を売る店がある。
集客の仕掛けが揃っている。




最期に、浅草案内図の写真を載せておこう。
ここでゆっくり案内図を見て、どう回ろうかと考えるのも良いかもしれない。
ただし、まもなくこういう場所は撤去の憂き目にあうだろうな。

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春は東京のほうが早いか

P_20170213_135314_vHDR.jpg 「なう」でアップした東下り3日間。
出不精で慢性的にブログのネタに事欠く私としては、この3日の旅行を活用して、小ネタ記事を量産するつもり。

まずは、時季が外れると、というか数日で古びてしまいそうなので、旅の最終日のことだけれど、季節の話題から。

3日目は、浅草にいってみた。
その浅草で、もはや5分咲き以上かという梅。白梅と紅梅。
境内わきの映画弁士塚のある一角。


我が家の梅は、ようやく2、3輪がほころんできたという具合だけれど、武蔵の国は、山城より春の訪れが早いのだなぁと感じた。

と、記事を書いていたら、珍之助さまのブログによると、北河内でも既に梅の開花がすすんでいるようだ。


みなもと太郎氏だったか、子供のころ、鉄人28号の正太郎君が、冬でも半ズボン姿であることがおかしいと考えていたと何かに書いていた。氏は京都人、東京へ出てから、東京だったらおかしくないんだ、京都では考えられないけれど、と。

写真の、和装の娘たちは、中国か韓国の観光客らしい。
彼女たちが着ているのは、小袖だろうか(和服に詳しくないので)。
きちんと着つけられているから、外国人向けの貸衣装屋があるのだろう。

P_20170213_135207_vHDR_Auto.jpg 東京は外国人観光客が多い。とりわけ浅草は多く、印象としては日本人よりも多いと感じる。
彼女たち以外に、やはり外国人観光客が、和装でお参りに来ている。
気がつくと、化繊系の記事を使った、華やかな色・柄の浴衣が、仲見世で売られている。ここで買ったかどうかは知らないけれど、浴衣だと、安いものなら1万円しないものもあるようだ。男性用は、作務衣が売られていた。

着物だととても高くて手がでない。借着にしても何万円もするだろうし、外出には気も使うだろう。
そういえば、浴衣の下にスパッツを履いて、石段に足を広げて座り込んでいる、南米からとおぼしき外国人女性がいた。大胆である。

日本人だと、化繊のカラフルな浴衣というのは、たいしてありがたくもないと思う人が多いだろうけど、外国人観光客だと、とても良い日本土産になると考えるのではないだろうか。
それは、日本人がチロルや東欧の民族衣装、あるいはチャイナドレスを土産に買う感覚に近いだろうと思う。

風のない日なただと暖かいけれど、風は未だ冷たく、日陰では未だ未だ寒い日だった。
それでも確実に春は来ている。

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振替休刊日

昨日「なう」をやったので、本日は振替休刊日。


※画像をクリックすれば、悪夢の正体がわかります。



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東下り最終日

今日で今回の東下りは終了。

ホテルの近くの千疋屋で朝食。
サンドイッチとコーヒー(または紅茶)、サラダとフルーツがついて756円。
これは悪くない。
(ホテルの朝食2160円は、小食の私にはもったいない)




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都内で食事

東下り二日目は、丸の内。

これから親戚になる方との初顔合わせ・食事会。
要するに今回の東下りの目的はこれである。

一応、スマートカジュアルだけど、ドレスコードもあるフレンチ・レストラン、ミクニマルノウチ。








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今日から東下りです

今日から2泊3日で東下り。
ということで、この間の記事は、「なう」でやるつもり。

まずは、京都からの新幹線。
今日は知人宅宿泊なので、東京まで行かず、新横浜で下車。

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今日は各地で大雪。新幹線も遅れがでている。 京都を10分遅れで発車、多分、関ヶ原通過で遅れが増し、到着は30~40分遅れるだろう。



11:15、名古屋駅手前で停車。先行列車がホームを占拠中。
この後、車体の下部に付いた雪を、人力で取り除くんだそうだ。
走行中に付着した雪が落下すると危険なので。



名古屋から先は天気も良く、新幹線も遅れを取り戻そうと走る。
結局、新横浜へは36分遅れで到着。

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新年会

ついこの間も「新年会」のタイトルで記事を書いたけれど、昨夜もまた新年会。

昨夜のメンバーは、昔、一緒に仕事をした馴染みの面々。
前回の宴会はこちら。

同じく一緒に仕事をした仲間で、最近は宴会に参加していなかった人も加わって、さらににぎやかになるはずだったけれど、常連メンバーが「急な事件」で、参加かなわず

場所はY市。
なぜか、メンバーの一人、それもグループ内ではY市からは一番遠いH県S田市のそれも離れた場所の御仁が、今度はY市でやろうというので、Y市在勤の私が幹事。

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O阪S山から参加の人は、Y市で宴会というとここが多いですね、と。
駅に近いし、店の雰囲気も、宴会・接待向きである。

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店を予約したとき、店のほうから「鍋にしますか」と聞かれたのだけれど、店の実力を知るため、「おまかせ」をお願いした。
前のこのグループの宴会の夙川の割烹(メンバーのご子息の店)と比べようという気持ちもあった。(夙川の割烹が上でしょう、価格差はあるにしても)

P_20170209_234434.jpg 3名は既に定年退職、1人はこの3月で定年、もう1人は1年後に定年という、高齢メンバーで、話題も自然、高齢化の話や、文科省の天下りの話、そして、昔語りに。

ということで、料理の写真を撮り忘れ。

急遽欠席となった珍之助さまがいたら、しっかり写真を撮って、ブログにあげてくれたんだろうけど。


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平安人の心で『源氏物語』を読む

Screenshot_20170130-092450-crop.jpg 山本淳子「平安人の心で『源氏物語』を読む」について。

あとがきにも書かれているように、暮らしや考え方など、視点のおきかたには際限がない。現代との違いがあるもの、同様のもの。体系的にというわけではないけれど、物語を読む上で知っておいた方が良いことがちりばめられている。

いわゆる平安貴族の風俗とか、暮らしぶりは勿論だけれど、源氏の登場人物に似た境遇の実在の人物のことなどが多く取り上げられている。

光源氏のモデルとして、源高明、源融、藤原道長などの名があげられるけれど、誰か一人がモデルということではなく、おそらく、いいとこどりや使える艶聞・醜聞など、いろんな人物から造形したものと思う。その中には、在原業平なども入っているに違いないというわけである。

女性の方もそうしたモデルやエピソードを採り集めて造形されたものと思う(源氏物語では、宇治十帖を別として、男性より女性の方がキャラが立っていると思う)。

Screenshot_20170130-092611-crop.jpg Screenshot_20170130-092547-crop.jpg そのネタになる歴史的事実や伝説が本書で紹介されるので、紫式部の創作の秘密というか裏話を垣間見た思いである。

そうした物語創作の真骨頂がやはり桐壷の巻、「いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかに」という書き出しは、単純にこれから書く物語はいつのことだかわかりませんよ、というわけでもなければ、「あんなこと書いているけれど、これは今の時代のことよね」と思わせない工夫であるという。
そのキーワードとして「女御・更衣」が選ばれている。

Screenshot_20170130-092633-crop.jpg Screenshot_20170130-092621-crop.jpg 紫式部の時代、つまり一条天皇には更衣はおかれておらず、更衣という言葉から、読者は一昔前を想起するというしかけだ。
また、それとあわせ、帝位の継承順(帝との続柄)から、桐壷帝-朱雀帝-冷泉帝のモデルになったのは、醍醐-朱雀-村上であり、これも同時代の読者にそう思わせるしかけだろう。

ところが、その一方で、桐壷の更衣が帝の寵愛を一身に受けて、宮廷秩序を見出し、不幸な最後を遂げるということが、中宮定子と重ね合わせられている、まさに今のことを書いているのだと、そうも思わせたものだとも言う。

Screenshot_20170130-092644-crop.jpg たくみに現政権批判ととられるのをかわしつつ、多くの宮廷人の同時代的共感を得るという、きわどい作品なのである。

そういう読みにつながるのは、そもそも紫式部と定子の共通点、式部が定子に感情移入できる点がいくつかあるからだという。

定子の母は受領階級で、紫式部と同じ。
定子は漢才があり、そしてそれによって疎まれた、これも紫式部と同じ。

そうした定子への共感と不幸な最期への思いは、桐壷の更衣を創り出した。

紫式部は定子のライバル(と言ってよいのだろうか)の彰子に仕えているから、こうした思いに至らなければ、桐壷の更衣のモデルが定子だとは考えられないだろう。
後ろ楯のいる女が栄耀栄華を極めるのがアタリマエの世界で、帝の寵愛で偉そうにされてはたまらない、それこそ後宮の秩序を乱すものということだそうだ。そして、愛されて不幸になる女の話は、多くの女性の共感を呼ぶのだろう。

この本は、2011年から2013年にかけて刊行された「週刊 絵巻で楽しむ源氏物語五十四帖」(朝日新聞出版)に連載された「御簾の内がたり」というエッセイが下敷きになっているそうだ。
「絵巻で楽しむ……」という週刊本については知らないが、全部で60冊だったらしい。本書も60章からなる。1帖が複数章になるところもあるけれど、「桐壷」から順に紹介され、はじめによくまとまったプロットが置かれ、続けて関連(連想?)する話題が導かれる。
源氏物語の豊かな世界は、歴史というか執筆当時の世界の拡がりだということがわかる。そして、源氏物語自体が、単純な続きものではないことも。

今までこういう読みをしたことはなかった、とりわけ作者の心理にまで思い至るような読み方は。
源氏に詳しくない私としては、とても興味深く読めた。

著者は、是非、原文(古文)で読んでほしいという。
いや、それはちょっと難しいかな。
谷崎源氏では読んだことにならないでしょうか。

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人間・始皇帝

tsuruma_ningen-shikoutei.jpg 鶴間和幸「人間・始皇帝」について。

始皇帝にかかる伝説の多くは司馬遷の「史記」による。
いうまでもなく「史記」が書かれたのは、始皇帝の時代から150年も後のことで、同時代資料とは言えない。
近年、古代の遺物(出土資料)の発見により、「史記」の記述に反するものが揃ってきた。
本書は、それら出土資料から、秦始皇にかかる数々の伝説を書き換える。

私(というか多くの人)は、始皇帝の諱は「」と習ったと思う。
本書では、まずこれが正される。諱は「」であったと。
当時の竹簡などの直接証拠がある。
傍証もある。「正月」を記述するとき、「正」の字を避けて「端月」としたという。
司馬遷の記述では、正月に生まれたから「政」と名付けたとされるが、そうではなくて、正月に生まれたから「正」と名付けられ、後に皇帝になったために「正月」の方が皇帝に遠慮したという話である。
また秦代には「政」の字はまだ使われておらず、「政事」は「正事」と表記されていたともいう。

他にもある。
始皇帝は、趙に質子として送られていた子楚の子ではなく、趙姫と呂不韋の子であるという話は広く言われる。呂不韋の妾の趙姫を気に入った子楚がもらいうけたが、そのときには既に始皇帝を身ごもっていたという話である。
しかし、子楚のもとに行ってから、始皇帝が生まれるまで12ヶ月あり、潤色する理由もないことから、やはり始皇帝は子楚の子と考えるのが適当だという。

第1章趙正出生―生誕の秘密(一歳)
第2章秦王即位―帝王誕生の背景(一三歳)
第3章嫪毐の乱―彗星は語る(二二歳)
第4章暗殺未遂―刺客の人物像(三三歳)
第5章皇帝巡行―「統一」の実像(三九歳)
第6章中華の夢―長城と焚書坑儒(四七歳)
第7章帝王の死―遺言の真相(五〇歳)
第8章帝国の終焉―永遠の始皇帝
嫪毐事件も別の分析がされる。
この事件は、宦官を装って後宮に入った嫪毐が、淫乱な母親趙姫を巨根で喜ばせてたところ、それが発覚して、誅罰されるまえに叛乱を起したというものとされる。
ところが著者は、秦の時代、夫を失った女が別の男と関係を持つことを不倫とはとらえていなかったという時代であり、むしろ母を一旦は罰するが、母に対する不孝であるとして、咸陽宮に戻すということをとりあげる。
また、呂不韋が年老いて趙姫を満足させることができずにに嫪毐を後宮に送りこんだとされるが、呂不韋と趙姫の関係も嫪毐事件で暴露されているはずなのに、呂不韋は事件後、丞相の地位は失うが、爵位・領地は二年後までそのままであったという。

おやおやと思ったのは「五十歩百歩」のこと。
「戦場で五十歩逃げた者が、百歩逃げた者を臆病者だと嘲笑したら、どう思うか」と問う孟子にたいし、梁の恵王が「逃げ出したことには変わりないのだから同じだ」という良く知られた話。
ところが、秦の軍律では、逃げた歩数によって、処罰に軽重がつけられていたのだそうだ。
結局、梁(後の魏)は秦に滅ぼされる。

教訓: 五十歩百歩を曖昧にするものは、軍規を緩ませ滅びに至る。


本書ではさらに、刺客荊軻の事件や、遺詔のことなど、今まで信じられてきたことの多くに疑問がなげかけられる。

去年、NHKで放送されたザ・ヤング始皇帝 少年が乗り越えた3つの試練」(歴史秘話ヒストリア)は、「史記」の記述にもとづいて制作されていた。

この番組は、結構、新発見を採りいれる番組だと思っていたが、これは違った。
番組ホームページには、参考文献に、本書もあげられているのだけれど。
兵馬俑展とリンクした番組だったようで、歴史批判の方には眼が向かなかったのかもしれない。


2000年も信じられてきたことが、新事実の発見でつぎつぎに書き換えられる。
なんともおもしろい時代に生まれたものだ。

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新年会

P_20170206_181207_vHDR_Auto.jpg 昨日は、社長をまじえた新年会。

というか、社長激励会。
社長がこの業界に入って35年ということで、本を出そうとかで、社外の人と打ち合わせをしていたそうだ。
その社外の人から、六二郎さんもご一緒にと言われたので、気のおけないメンバー(社長が気のおけないというのも変だけど)で、ホルモンというこれまた気のおきようのないエサ。

総勢14名、それぞれ出自が違うメンバー。私のような新参者は、数名しか知っている人がいない。
しかし、酒がすすむにつれて、会話もはずんで、全員が1分間スピーチで自己紹介をするのだけれど、見事にどなたもが笑いをとれるスピーチで、質の高い会合と言ってよい。

話を聞いていると、なんとこのメンバーでは、私は2番目か3番目の高齢者。もちろん社長も私より年下。
風貌からは、私なんぞより、ずっと社会経験の豊かな人が何人もいるのだけれど、そうした人たちが、私より年下と聞くと、なんとなく気恥ずかしい気持ちと、偉そうにしても良いのかなという気持ちが出てくる。
今まで、いろんなパーティーや宴会に出るたびに、自分を若僧と思ってきたのだけれど、どうも周囲はそうは見ていないらしい。
昔、ある上司からは「お前、小学校のときから顔、変わってへんやろ」と言われていたのだけれど。


IMG_20170206_191920.jpg IMG_20170206_190708.jpg ホルモンは上質。
いずれも臭くない。久しぶりにセンマイも食べたが、これも臭みがない。ミノも上質(並も上も食べたが、並で十分)。
肉系(ハラミ、ハツなど)も、新鮮なんだろう、イヤミがない。
年をとって、肉、とりわけ脂に弱くなって、焼肉というのはあまり食べられないのだけれど、この日は結構な量を食べた。

肉の写真は撮ってないが、2枚目の写真は、私には珍しかったニンニク。社長の好物だとかで、この鍋もこのテーブルだけで3つ頼んでいた。もちろん完食。

飲み物は、私はビール中心だったけれど、店内のポスターが気になったので、「ジントニ!」というのを試した。まぁ、普通のジントニックである。(ジョッキに「ジンと肉」、さらに"BEEFEATER"。なるほど、そりゃジンですわな)


IMG_20170206_210238.jpg IMG_20170206_205733.jpg 2軒目は社長の案内でバーへ。
1階がショットバーで、3階に隠れ家的なバー。
落ち着いた雰囲気。席数は10ぐらい。

社長が新しくボトルを入れたのだが、"Johnny Walker Gold label"というもの。黒より2,3ランク上のものらしい。
Johnny Walkerというと、燻煙臭が強く、黒でも荒い印象だけれど、これは、全然違って、柔らかい。
(一体、いくらするんだろう?)

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ガーン

P_20170205_155614_vHDR_Automs.jpg ガーンと鳴ったかどうだか。

土曜日に実家に用事があって、N県へ。
用も済ませて、親族と食事もして、ちょっと休む間、駅前の駐車場に車を停めた。

90分無料なので、実家でお茶をする時間は十分ある。
そして、帰る時間になって、駐車場へ行くと……


私の車の周りに、駅前広場の工事をしていた人たちが集まっている。
何事だろうと車に近づくと……

P_20170205_155650_vHDR_Autos.jpg P_20170205_155724_vHDR_Autos.jpg 「すみません、工事のフェンスを倒して、お車にぶつけてしまいました。」

みれば、ハッチ・ドアの下の部分に、擦り傷のようなものが2つついている。
それぞれ10cm四方ぐらいの大きさだが、決して深い傷とは見えない。

IMGs-cropm.jpg 現場責任者らしき人が、修理費はもつので、請求書はこちらへ回してくださいとのこと。

自分でやったものなら、おそらく適当な補修剤を塗りつけて終わるようなものだと思うけど、相手の誠意も感じるので、とりあえず修理費がどのぐらいかかるのか、ディーラーで見積もりをしてもらった。

ちょうど3月が車検なので、再来週ぐらいに車検に出して、そのときに修理してもらおうと思う。
見積もりでは代車費用も含まれてるけれど、これは遠慮しておこう。

何より、面倒くさい。
当て逃げだったら、あきらめもつくというものだけれど。


【追記】

工事会社から電話があった。工事保険に入っているので、そちらで対応するとのこと。
やっぱりね。
もし、傷をつけた人の個人負担だったら、こちらもきずつないけど、保険ならドライに対応できるというもの。
それに、なんといっても公共工事だし、相手は大会社だし。


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○○元年1月1日は困難なのか

rokujiro_kaigenss.jpg 天皇の生前譲位は、今上陛下を対象とした特別法で決着しそうな情勢である。

譲位が認められなかったら、気に入らない天皇を排除するには死んでもらうしかない。
実際、古くは暗殺された天皇もいたわけだし、海外の例では、終身皇帝という時期が永かった古代ローマでは、他に方法はないということで、多くの皇帝が殺されている。生前譲位したのはディオクレティアヌスぐらいかな。


皇室典範に定めがないから云々と議論が続いてきたけれど、一般に、定めがないということは、できないということを意味しないのが普通ではないだろうか。
陛下のご意向で、皇室典範を改正するとなると、天皇は政治に関わらないという憲法の趣旨に反するとか、難しい話もあるようだ。国会を信頼しているわけではないけれど、そもそも天皇は時の権力者によって、誰がいつ即位するかが左右されてきた歴史が圧倒的に長いわけで、国権の最高機関というところが手続きするのは、歴史的にも自然なんだろう。
いずれにせよ、皇室典範は、国民の権利義務とは関係ないし、陛下の意向があったにせよ、決めるのは国会というタテマエからすれば、高齢となったので引退しようというだけの話、わざわざ話を難しくしなくても良いようにも思うのだけれど。

そうして生前譲位が決着して、平成は30年で終わり、西暦2019年1月1日から新天皇ということになりそうだけれど、ここで宮内庁の次官という人から、元日は天皇が忙しいから、1月1日からの即位(践祚)・新元号はむずかしいと横やりが入った。

元号法
 (昭和五十四年六月十二日法律第四十三号)

1  元号は、政令で定める。
2  元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。

   附 則
1  この法律は、公布の日から施行する。
2  昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。

元号を改める政令
 (昭和六十四年一月七日政令第一号)

 内閣は、元号法 (昭和五十四年法律第四十三号)第一項 の規定に基づき、この政令を制定する。

 元号を平成に改める。

   附 則
 この政令は、公布の日の翌日から施行する。
しかし、思い返せば、昭和から平成への代替わり、崩御当日、践祚の儀式として、昭和64年1月7日 剣璽等承継の儀が行われている。そして平成元年は1月8日から始まった。
いくら想定していたとはいえ、この日を選んで崩御されたわけではなかろう、その慌ただしい中でも践祚礼は行われている。
正月の行事というと、ネットで調べると、四方拝というのと、歳旦祭というのがあるらしいが、践祚礼ができないほど忙しいのだろうか。

天皇が行う神事には、内の神事、表の神事、外の神事があって、この2つの祭儀だけではないのかもしれないから、宮内庁がいうようにもっと多忙なのかもしれないけれど。


私としては、宮内庁がどういおうが、国民にわかりやすく、事務的にも対応しやすいのは、1月1日に改元することだと思う。天皇が忙しいからというのでは、国民の混乱を避けたいという陛下の思いに応えていない(思いに答えたら憲法違反か)。
歴史的にも踰年改元(布告の年の末日までを旧元号とし、翌年の元日から新元号を用いる)が行われた例は多いという。昔から、民の暮らしに配慮されていたわけだ。

以前、昭和を続けるかどうかという議論もあり、やはり明治以来の「一世一元」を守ろうということで、元号法が制定された。生前譲位について法整備をするなら、元号法もセットでやれば良いだけだと思う。

改元をまず決めて、無理のない退位・践祚の日取りを選べば良いのではないだろうか。

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メキシコの壁よりも困る壁?

トランプ大統領の「メキシコの壁」は、物理的な壁であると同時に、関税障壁も考えられているらしい。
関税障壁といえば、TPPは離脱、NAFTAは見直し、これから先どうなるのか、多くの人が固唾をのんで見守っている。

そして、まさかとは思うけれど、関税障壁よりも恐ろしい壁は、ネットに作られる壁
アメリカをネットから遮断されたら、世界中の通信、その上に成り立つ情報処理、そしてそれが支える金融取引、物流、そのすべてが麻痺してしまう。

global-traffic-map-2010-x-crops.jpg

あまりに影響が大きすぎて、第三次世界大戦とはこのことだろうか。
原発の爆発と同様、起こったときの被害想定すらできないから、想定から外しておくという論理で、いくらトランプ大統領でもやらないことにしているのか、口に出したら言霊が恐ろしいのか、そういう恐怖は未だメディアは流していないようだ。

昔、会社のホームページが一部からは参照できないという事件があった。
その原因らしきものを聴いたら、アメリカにあるDNSが仕様変更だか、障害だかなにかで、それまでと動作が違っているとかいう。手のうちようがないのだが、数日で復帰したと思う。キャッシュが書き換えられるまで時間がかかったとかいう話だった。
ホントかウソかわからないけれど、インターネットというのは、どこかの障害が世界中に影響することもあるということらしい。

日本の自動車の対米輸出が大きくて米国は貿易赤字だとかいうけれど、ことネットの世界では、一方的なアメリカ黒字。統計上はおそらくサービスの収支としてあらわれているのだろう。
ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)の接続では、上位-下位というしきたりがあって、下位プロバイダは上位に接続料を支払っていると聞いたことがある。そして、世界のインターネットの最上位に君臨するのがアメリカのプロバイダということなら、インターネットは、情報を流す装置であるとともに、お金を吸い上げる装置でもあるということになっているんじゃないだろうか。

science-of-gps.jpg それと並んで、アメリカに依存しているのがGPS。もともとは米軍のシステムだそうだし、今でもアメリカで運営されていると思う。
もし、このサービスを止められたら、世界中で車のナビが動かなくなってしまう。もちろんポケモンもできない。
日本も独自のGPS衛星を上げているようだけれど、どの程度カバーしているのだろう。

インターネットの初期頃、アメリカと敵対していた国だったら、アメリカに依存しないシステムもある程度あるのだろうけれど、日本なんかアメリカべったりだからどうしようもないだろう。

さすがにインフラは影響が大きすぎるということで、完全に壁を立てたりはしないとしても、たとえばGoogleやAmazonなどが、日本向けサービスを停止したらどうだろう。
中国とGoogleの争いは耳新しいものだけれど、これは中国側がGoogleを止めるもの。Facebookなどもそう。
しかし、アメリカがGoogleを止めるというのは、全世界を止めるのとおんなじことになりそう。

sty1702030003-f2.jpg トランプ大統領がトヨタを名指ししたのは、1980年代の記憶じゃないのかという話をしている人がいるけれど、1980年代というのはインターネットもGPSも存在していない。

自動車にしろ、ハーレーダヴィッドソンにしろ、部品の米国産率はそんなに高くないだろう。だから、輸入を止めることは米国産業を止めるだろう。

しかし、ネットの世界では、機器は外国製も多いだろうが(iPhoneは中国製だろ)、システム全体としては、アメリカが圧倒的なわけで、こんなところで米国ファーストをされてはたまらない。

止めることはないにしても、アメリカにとって効果的な制限を案出してくるかもしれない。

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今日は家人の付き合い

今日は、家人の3ヶ月ごとの経過観察。

病院は、最寄駅から歩いて12,3分のところだし、無料送迎バスもあるのだけれど、有給休暇をとってアッシー君。

正直なところ、実質1時間にもならない用件だけど、仕事を休む理由としては完璧。



今日は予約時刻の15分前に行って、予約時刻の15分後に診察が始まった。
いつもより円滑である。

診察時間も12、3分。

特に問題なし。
また3ヶ月後。

IMG_20170203_150748.jpg

終わってから、地元の喫茶店で。
ちょうど市内で30店舗ぐらいが参加する「バル」という催しをやっていて、写真のセットが500円。

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赤ちゃんにも正義感?

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赤ちゃんにも正義感? ヒーロー選ぶ実験結果 京大
 正義感は人間の本能? 攻撃された弱者を見ても何もしない「傍観者」より、弱者を助ける「正義の味方」を選ぶ性質が、生後半年の乳児の段階で備わっていることを、京都大などの研究グループが明らかにした。31日、英科学誌ネイチャー・ヒューマンビヘイビアに発表した。
 正義の感覚は生まれつきなのか、学習によって育まれるかは分かっていない。京大の鹿子木(かなこぎ)康弘特定助教(発達科学)らは、攻撃者、犠牲者、正義の味方、傍観者の4種類のキャラクターが登場するアニメ動画を作り、生後6カ月と10カ月の乳児計132人に見せた。攻撃者が犠牲者に体当たりして攻撃すると、(1)正義の味方が助ける(2)傍観者は何もしない、を4回ずつ交互に繰り返した。
 その後、正義の味方と傍観者の実物のキャラクターを乳児の前に置き、どちらに触れるか調べると、生後6カ月の乳児20人のうち17人が正義の味方を、3人が傍観者を選んだ。別パターンの動画を見せた実験結果も併せると、乳児はキャラクターの色の好みではなく、攻撃者から犠牲者を守る行為と理解して選んだと言えるという。
 鹿子木さんは「人間社会が成り立つには一定程度の正義感が必要になる。人間は生まれたときから正義感の原形を備えている可能性がある」と話す。(西川迅)
朝日新聞デジタル 1/31(火) 2:48配信
ネットにまた興味深い記事が出ていた。
右に引用したとおり、正義感は生得的ということを示唆する実験結果である。

先日、「コンビニ人間」の書評記事で、主人公の感性が常人からはずれているということについて、道徳感は、ある程度先天的という説があることに触れたが、この正義感が生得的という結果は、それと同様の内容で、相互に補強しあう結果ということだろう。

先天的、後天的という言葉も、以前はそれぞれ、遺伝的、学習により獲得に対応するような言い方がされていたけれど、今はこの二分法ではなく、それに加えて、エピジェネティックという考え方もあるようだ。
メカニズムは遺伝的でも、創り出されるものは微細な状況(ゆらぎ?)によって随分と異なることがあるというように理解しておけば良いのだろうか。
エピジェネティックスの分野では、遺伝子がいろんな化学的修飾を受けて、発現したり、しなかったりするメカニズムが明らかにされてきている。

そのメカニズムが解る以前から、たとえば「言語を生みだす本能」(スティーブン・ピンカー)は、「心は空白の石板(blank slate)か」という問いに対し、そうではなくて、言語に関与する遺伝的メカニズムの存在が必要であることを説いている。

そして、メカニズムが生み出され、種として継承されていくから、人類は神を信じたがる。
実験した研究者は、進化心理学という大きなフレームの中で意義をもって取り組んでおられるのだと思う。

この分野はまだまだ発展するに違いない。

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トランプ語録

la-na-pol-trump-legal-immigration-20160901-snap.jpgネットを検索すると「トランプ語録」というサイトがいくつかヒットする。
選挙中のものや、最近のものなど、過激な発言をおもしろおかしく、というか、批判的にとりあげている。

批判的にせよ、これらの言葉が報道されたり、ネットで拡散されるということは、それだけ注目されているということでもあり、支持者と反対者の溝というのは、当分、埋まりそうにない。壁は立つだろうけれど。

一時、H元O府知事・O市長の発言も、同じように大小のメディアでとりあげられていた。やっぱり似たところがあるんだろう。


ということで、最近気になったお言葉から、応用場面が広そうなもの、つまりアメリカでなくても使えそうな表現を拾い出してみた。

(米国への入獄国制限に関して)
・混乱しているというのは、反対して騒ぐ奴らがいるからで、問題はおこっていない。

騒ぎになってるのは、騒ぐ奴らがいるからで、素直に従えば平穏な状態が保たれる。
騒いでいるのは、野党のみなさんだけで、国民はそう考えていない。
「すべての人がキリストを信じたら、世界は平和になる」を裏返した表現かな。


(就任式に参加した人が少ないと言うマスメディアの指摘に対して)
・ものすごい数の人が参加した、それがもう一つの事実(alternative fact)だ。

数が多いか少ないかではなくて、それだけの人々が支持しているという事実がある。
日本語では「見解の相違」とか表現すると思う。


Alternative factと思しき直近の例は、「日本は不公正な為替操作を行っている」だろう。
事実を微妙に改変したうえで、それを論拠に敵を攻撃する。単発の言葉だけでなく、連打を浴びせるわけですな。
このやりかたって、前にもどこかで。

それはそうと、為替操作って、グローバル・スタンダード=アメリカン・スタンダードに従っているだけだろうと思うのだけれど、自分が定めたルールで戦っても、負けそうになるとルールを変えようということらしい。


私は別にトランプ氏に反対だとか、発言を揶揄しようと考えているわけではなくて、こういう台詞って、勢いなんだろうなぁと注目しているわけ。

「屁のつっぱりはいらんですよ」みたいな。
「この仕事に失敗したら、責任をとって、この仕事から身を引く覚悟です」みたいな。

調子の良い言葉は、寄席を盛り上げる。

でも変なオチはつけないでね。


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