Excelの動作が変

昨日の記事で、Excelのマクロの動作がちょっとおかしいと書いた。
その報告に入る前に、今までのPCのバグ遭遇経験についてちょっと。

PCやスマホのユーザーが「この機械、おかしい」と騒ぎ立てることは珍しくない。
しかし、ほとんどの場合、使い方が間違っているわけで、機械は律儀に動作している。

学生のとき、「最近はヘタなプログラムも、最適化されるようになっている、

無駄な繰り返し(ループ内で値が変更されない変数なのに、ループを通るたびに同じ値を代入するなど)や、不適当な演算順序(桁落ちを起すおそれのある順序で計算式が書かれている)など

けれど、学生ゴトキのプログラムは実行しないというのが最高の最適化だ」、などと言われたりもした。

というわけで、コンピュータの動作が変というのは、私もそれなりに慎重に考えるわけだけれど、過去には何度かMicrosoft Officeの変な動作とか、スマホアプリのそれとかに遭遇している。

あるとき、Wordで資料を作っていると、突然、何のメッセージも出さずに、Wordが落ちてしまうことがあった。やっていた作業(文に文字を挿入するだけ)を繰り返すと、必ず同じところでその現象が起こる。
なので編集している行を除いてすべて消去したファイルを作って、同じことをやってみたのだが、やはり同じ現象が起こる。
結局、その文で使っている単語や順序を少しいじって、目的の作業は完遂したのだけれど、どうにも腑に落ちないので、前述のファイルと行った作業をたまたま来てたMicrosoftの人に見てもらった。
1~2週間後、Wordのバグでしたという返事があった。

また、Outlookの予定表をエクスポートして別のソフトに取り込んでいたのだけれど、指定した期間に存在する予定の数と、エクスポートされた予定の数が合わない。状況を調べると、指定最終日の午後の予定が跳んでしまっている。どうやら期間指定の日時はGMTで計算されているようだ。
このこともMicrosoftに連絡したら、後日、バグでしたと連絡があった。

スマホのアプリでは、電子書籍リーダーのKoboで、特定の電子書籍について収録されている画像が表示されないことがあった。サポートに連絡したところ、数ヶ月後にバグでした、アップデートを配布していますと連絡があった。

2017-08-25_194119.jpg というようなわけで、ちょくちょくメーカー公認のバグにぶつかっている。

今日、とりあげるExcelの変な動作だけれど、マクロを実行すると"Microsoft Excelは動作を停止しました"とメッセージが表示されて、停止してしまうというもの。

昨日も掲載したけれど、この記事を読んで試してみようという奇特な人のために、ソースを公開しておく


Sub BJSIM()
'ブラックジャックのシミュレーション
'目標値(Target)と試行回数(i)を設定して実行する
'結果はカレントシートに書き込む
'※実行前にカレントシート全体に「数式と値をクリア」をしておくこと
'  (試行結果書き出し時にクリアしないので前の値が残ることがある)

Dim RCD(52) As Integer
Dim ncd(12), dcd(12) As Integer

'************** 実行条件の設定 ***************************
    Target = 15 '目標値(この値に達してたら次のカードを引かない)
    Ntry = 1000000 '試行回数
    Ndsp = 1000 '初めのNdsp回の試行状況をシートに書き出す
    Ichk = 10000 '途中経過の書き出し間隔
'*******************************************************

    NNW = 0     '子(Non-dealer)の勝
    NDW = 0     '親(Dealer)の勝
    NDR = 0    '引分
    NBJ = 0    '子がブラックジャック
    NBS = 0     '子がBust

    Cells(1, 1).Value = "目標値"
    Cells(1, 2).Value = Target
    Cells(2, 1).Value = "勝"
    Cells(3, 1).Value = "うちBJ"
    Cells(4, 1).Value = "負"
    Cells(5, 1).Value = "うちBust"
    Cells(6, 1).Value = "引分"
    Cells(7, 1).Value = "勝率"

    For i = 1 To Ntry '試行回数
       Call rdcard(RCD)
       Call PKcard(nn, ncd, Target, RCD, 0)
       Call PKcard(dn, dcd, 17, RCD, 26) '親の目標値は17とする

       WLFLG = ""
       BJBS = ""
       If nn >= 22 Then
          WLFLG = "D" '子がBustのときは親の勝ち
          NDW = NDW + 1
          NBS = NBS + 1
          BJBS = "BUST"
       ElseIf nn > 21 Then '21.1はBlackJack
          NNW = NNW + 1
          NBJ = NBJ + 1
          BJBS = "BJ"
          WLFLG = "N"
       ElseIf dn >= 22 Then
          NNW = NNW + 1
            :
プログラム・ミスではなくて、変だというのは、Excelが動作を停止するのは、自宅のExcel 2016/Windows10で、自宅のサブ機・職場はExcel 2010/Windows7で、こちらでは発生しないから。なお、自宅のExcelは64bit版、他は32bit版という違いもある。

以前、32bit版で動いていたマクロが、64bit版で動かなくなったことがあったのだが、このときは、ファイル・ダウンロードというExcelからすれば外付けのdllを呼び出す手順がからんでいて、適切なdeclareをすれば問題なく動作したのだけれど、今回は、ソースを見ればわかるとおり、外部dllを呼ぶような手順は入っていない、純粋のExcelの世界。


件のマクロは、昨日説明したとおり、ブラックジャックのプレイで、一定のロジックで次のカードを引くか引かないか決めて、その戦略の勝率を、モンテカルロ・シミュレーションで求めようというもの。したがって、カードをシャッフルしてそのロジックで勝敗を判定するという試行を、何万回も繰り返すわけだが、不思議なことに、自宅のExcel 2016/Windows10環境では、最初の40数回の試行までは正常に動作しているのに、そこで突然「動作を停止しました」となる(Excel 2010/Windows7環境では全く問題ない)。

ネットで調べると、Excelがこのように動作を停止する現象はちょくちょくあるようで、回避策なるものもいくつか紹介されている。マルチスレッドを抑止しろとか、グラフィック・アクセレーションを抑止しろなど、簡単にできることはやってみたけれど、全く改善しない。

マクロのソースをテキストファイルにとって、あらためて新しいExcelファイルを作って、そのテキストをマクロにコピーしてみたけれど、これも律儀に同じところで動作を停止する。

もともとの目的は達成できたので、あんまり騒ぐこともないし、こんなマクロはそうそう書くものではないから放置しておいても問題ないのだけれど、気持ちが悪いことは否めない。
ネットでも、Excelのバグで苦労したという情報や、アップデートにより解消されたという情報を散見する。
今回の現象も、いつしか修正されているかもしれない。

バグといっても、動作しないというバグはまだ罪が軽い。
計算間違いのバグが一番困る。
これからAI利用が本格化すると、計算間違いかどうかすらわからなくなるだろう。
恐ろしいことだ。

安心して利用できるAIというのは、人間がやると面倒くさいことだけれど、AIが出した答えを人間が見たら一目でOKと判断できる、そうした問題をやることだと思う。(ちょっと保守的すぎるかな)


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ブラックジャックのシミュレーション

Screenshot_20170824-071223.jpg 前にJTが行っている"Jminutes"というサービスについて書いたことがある。
このスマホ用アプリには、カードゲームのブラックジャックが付いていて、「コイン」と称するポイントを賭けるようになっている(このコインを使って懸賞に応募できる)。

周知のとおり、手札の数の合計が21を超えない範囲で、親のそれよりも大きければ勝ちというゲームである。2~10まではその数、J、Q、Kは10として数える。Aceは特殊で、1としても11としても使える。
また、手札がAceと10の値を持つカードの2枚のときはブラックジャックで通常の21よりも強い手である。
最初に2枚のカードが配られその様子によって、次のカードを要求するかどうか決める。次のカードは何枚でも要求できるが、21を超えたらその時点でBust(バレる)となって、負けで終了となる。

さて、このゲームで遊んでいて、次のカードを引くかどうかを機械的に決めるようにしたらどうだろうと、やってみた。
つまり目標とする点数を決めて、その値に達してなければカードを引き、そうでなければ引かないという戦略である。

Bustになるのはそれなりにショックなので、13というかなり低めの目標値を設定してやっても、そこそこ勝てる。それで気になったので、目標値をいくらにしたらもっとも勝率が高くなるのかシミュレーションしてみた。

2017-08-24_093407.jpg 本来なら、見えている札(自分の札と、ディーラーの札のうち最初の1枚)の状態で、次のカードの出現確率も変動するから、それも含めて考えるべきなのだろうけれど、実際のゲームでそういう確率計算ができるとは思えないので、単純に前述のとおり、目標値未満なら次のカードを引き、目標値に達していたらそこで勝負するという戦略で臨む。

シミュレーションは例によってExcel VBAを使ってプログラミングした。
そのソースリストはこちら。

親(Dealer)も同じ戦略でプレイすることにし、親の目標値は17に固定した。これは件のアプリでの親の挙動を観察した結果である。

さて、シミュレーションの結果だが、結論から言うと目標値を15にするのが最も勝率が高い。
目標値11~20について、それぞれ100,000回の試行を行ったときの結果。

2017-08-24_111437.jpg


この結果では、目標値12から13で勝率が下がり、14でまた上がっているけれど、こんな変曲点があるとは考えにくいから、試行に偏りがあったのだろうと考えて、目標値13から17までについて、1,000,000回の試行で再度シミュレーションを実行した。

2017-08-24_111514.jpg


目標値13のときの勝率が45.86%で、100,000回試行のときの45.51%よりだいぶ上がり、やはり目標値12より上になりそうである。

試行回数が多ければ大数の法則が効いてくるわけだが、実際のところ、どのぐらいの試行をしたらよいのだろう。1,000,000回の試行でも、有効数字は3桁ぐらいしかなさそうに思う。


それにしても、目標値の違いによる勝率の差は僅かなようである。
原理的にBustが出ない目標値11のときと、おそらく最高勝率の目標値15のときで、勝率は3ポイントも違わない。

それと、目標値をどうとっても勝率は5割を超えない。
これは、親と子でゲームは非対称であることが原因である。つまり、子がBust(21超)となったとき、親は無条件に勝ちになるからである。

これではさすがにまずいということか、スマホアプリではブラックジャックで勝った場合はボーナスが付くようになっている(1000点ベットして、通常の勝ちは2000点のリターンのところ、ブラックジャックだと2500点)。
それでも期待値はマイナスになるけれど。

であるけれど、実際にゲームをすると、1日30回プレイできるのだけれど、今まで負け越したことはほとんどない。上のシミュレーションの結果では、もっと負けがこんでも良さそうなものだけれど、ディーラーの戦略あるいはカードのシャッフルのしかたが、子の勝率をあげるように調整されているのかもしれない。

シミュレーション・プログラムにミスがあったらごめんなさい。
気になる方は、ソースリストをご確認ください。

なお、このマクロ、一部の環境(Excel2016/Windows10)ではきちんと動かない場合があるようだ。
それについては明日報告する。


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儀礼的無関心

wst1507100003-p3.jpg 以前から、電車の中で化粧をする女性について、みっともないとか、揺れたら危ないなどの否定的な意見があり、一方で、迷惑かけてなければいいという意見もある。

私は、電車が揺れて化粧が変なことになったり、眼を傷つけたりしないかと心配になる方だけれど、みっともないという意見については、何故、それがみっともないと感じるのか、その心理というのはどういうものだろうとも考えていた。

そうすると、ネットの情報サイトに、「電車内での化粧を多くの人が嫌がる社会学的理由」という記事があって、これを読んで、なるほどと思った。

詳細はリンク先を読んでもらえば良いわけだが、タイトルにある「社会学的理由」というのが、「儀礼的無関心(civil inattention)」というキーワードで説明されている。なお、この言葉・概念は、ゴッフマンという米国の社会学者が提唱したそうだ(Wikipedia)。

記事の冒頭を引用すると、
閉ざされた電車内の空間では、見ず知らずの他人同士が比較的近い距離感で一定時間を過ごすことになる。そのため、乗り合わせた他人が、自分の存在に対して違和感を抱かせないよう最低限の配慮が必要になり、生まれたのが「儀礼的無関心」という礼儀作法なのだという。

こういうマナーというのはおもしろい。
満員電車に乗っていて、自分が降りる駅で人をかきわけて降りようとするとき、全く動こうとしない、邪魔な乗客がいると腹が立つものだけれど、実際にはあまり空間的余地に変わりがなくても、少し体を寄せたり傾けたりしてくれる人には、この邪魔者めという敵愾心はわかない。

これなども、私はあなたが電車を降りようとしていることを認め、それを承認し、それに協力します、という意思表示に感じるからだと思う。そしてそれをしないのは、認知・承認・協力のどれかが欠けている、マナー違反というか敵と感じるのだろう。

そもそも人は知り合いでもない他人と接近することは嫌う生き物だという。デズモンド・モリス「裸のサル」では、その距離は3mぐらいだとし、この距離に入ると身構えると書いてあったと思う。また、同書では、都会では見ず知らずの他人とその距離内に入ることは頻繁に起こるけれど、多くの人は接触を避けるように行動しているともあったと記憶する。
デズモンド・モリス「裸のサル」は、大学の人類学の授業で、ローレンツの「ソロモンの指環」とともに、是非読みなさいと推薦された本。
その頃「ボインはお父ちゃんのためにあるんやないんやで~、赤ちゃんのためにあるんやで~」というのが流行ったけれど、モリスによれば、人類のメスの乳房は授乳には不向きな形状をしており、これはオスを惹きつけるためのもの(尻のコピー)であるという。
b3cda40e77564a18ddab9b494e42e550.jpg

対して、それなら、なぜオスの鼻は突出しなかったのかという反論もある。
昨日の「語り得ぬ世界では、天狗の面の写真を掲載して、「この画像をブログに掲載すること自体、セクハラと指弾されても致し方ないかもしれません」などと書いてましたな。


話がそれたけれど、儀礼的無関心という言葉は、なかなか言い得て妙、なかなか便利な概念だと思う。
もっとも、近頃は、そういうマナーを身につけてない輩がやたら多いように思う。ゴッフマンが現在の日本で研究していたら、この概念は生まれなかったかもしれない。

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讃岐でなくても「讃岐うどん」

P_20170827_114523_vHDR_Auto.jpg 先日は、香川県でうどんを食べていたところだけれど、昨日は実家の行事で奈良へ行って、お昼をうどんにした。
香川では、天ぷらうどんを食べなかったので、今回は大きな海老の天ぷらをトッピングした。

前にあさりうどんをとりあげたことがあるが、丸亀製麺は、あたかも香川県発祥のようなネーミングだけれど、香川県とは関係がないらしい。運営しているトリドールは神戸の会社。
店内は、讃岐うどんの説明ばかりだし、うどんの雰囲気も、トッピングのシステムも、香川県のうどんやのそれと同様。

讃岐うどんといっても、うどんのコシや太さは店によって随分違う。一説によると、すっと喉を通るようなうどんが本来の讃岐うどんで、コシが強いのは、讃岐うどんが有名になってからとも。

讃岐とは直接関係なくても、ここのうどんはたしかに讃岐風だし、出汁などは、関西風でより関西人向きである。

そもそも讃岐うどんを名乗るのにはルールがあるのだろうか。香川県のうどん屋なら、自動的に讃岐うどんだろうけれど。

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視力を失わない生き方

深作秀春「視力を失わない生き方 日本の眼科医療は間違いだらけ」について。

siryoku_wo_ushinawanai_ikikata.jpg 自分で「超上級者」言ってはばからない、眼科のブラック・ジャック先生。
日本の眼科医がこの本を読めば、激怒するに違いない。

Amazonの書評で、★(最低)をつけてるレビューがあるが、どうやら眼科医もしくはその関係者らしい。ただし、全否定というより、今は日本の眼科も良くなっているという(それなら幸いである)。本書でとりあげられた症例がいつのものか示してくれてたら、著者が言うように、きちんとした情報収集の役にたつと思うけれど。


本書に反発する眼科医が多いというのはとても良いことかもしれない。
著者は、日本には腕の良い眼科外科医は、10人ぐらいしかいないという(ちょっと調べると深作眼科には7人の医師がいるようだから、他には3人しかいないことになる。本当だったら実に困ったことだ、反発する眼科医のみなさんは、腕の良い眼科医であろう)。

眼の健康とかに関する本には、役に立たないどころか、実行すると眼を悪くするようなことが平気で書かれているというから、そういう本の著者も敵にまわしているかもしれない。
眼の運動だといって眼球を上下左右に激しく動かすのはダメ、水道水で眼を洗ってはいけない(そういう器具もあったように思う)、プールでゴーグルは必須、陽射しの強いところではサングラス、などなど。


それはともかく、あんまり眼病のことを知らなかった私にとっては、大変、興味深いものだった。

実は、ここ数年、本が読みにくくなっている。
目がかすむというか、乱視がきつくなっているのだ。リーディング・グラスを使用しないと、集中して読めないということも多い。 それに、先ごろ、光視症のような症状が出ることもあった。 年齢からして、そろそろ白内障の心配もしなければならない。

はじめに
プロローグ 当院に駆け込んできた、いくつかのケースから
エピソード1 子どもの例
エピソード2 高齢者が必ずかかる白内障
エピソード3 スポーツ選手(ボクサー)の例
第1部 私が見てきた、日本の眼科医療
第2部 間違いだらけの眼科選び
      ――「日本の眼科の大間違い」を斬る!
  (1)大病院・眼科・医者に関する大間違い
  (2)眼・視力・老眼をめぐる大間違い
  (3)メガネ・コンタクトをめぐる大間違い
  (4)白内障をめぐる大間違い
  (5)緑内障をめぐる大間違い
  (6)網膜剝離をめぐる大間違い
  (7)加齢黄斑変性をめぐる大間違い
  (8)糖尿病性網膜症をめぐる大間違い
  (9)生活習慣に関する大間違い
第3部 死ぬまで「よく見る」生活術
  (1)日常生活でどんなことに気をつけたらよいのか?
  (2)医者選びを間違えない
第4部 眼科医にこそできること
      ――糖尿病性網膜症の治療から
おわりに
手術の料金表(深作眼科の例)
というわけで、興味深く読み始めたのだけれど、いきなり読むのがつらくなって、しばらく先に進めなくなった。
止まってしまったのは、本書のプロローグ、いくつかの症例が紹介されている。
これが、とても読むに耐えないもので、野球の打球を至近距離で眼に受けて網膜剥離を起こした、先の尖ったペンチで眼を突いて眼球破裂、など。
こういう症例は、人いきれの強い満員電車の中で体調の悪い状態で読むと吐きそうになる。

多くの人はそうじゃないだろうか。
本書では、著者の病院で、手術中の脳波をとって、やはり多くの人が、強がりを言う人であっても、恐怖心を示す波形が出ることが観測されたとある。この手の話で気持ち悪くなるのは私だけではないようだ。なお、著者は患者の苦痛・恐怖心をとりのぞくことについても熱心なようだ。


結局、体調万全で快適な場所で読み直したわけだが、具体的な内容を書き写しても書評とはいえないから、印象的なフレーズだけを抜き出しておく。

もっとも印象的なのは、人の寿命が90年でも、眼の寿命は65~70年というもの。
そろそろ私の眼も寿命というわけで、今まで行ったことのない眼科に行くべきかと思う。(しかし著者がいうようにヤブ医者ばっかりだったらかえって悪くなるらしいので、これも恐ろしい)

また、私は今のところ関係ないが、糖尿病では血糖値を下げる薬を使うことに警告がなされている。著者は、薬で血糖値が乱高下することが、眼にはとても悪く、糖尿病性網膜症の増悪原因になるのだそうだ(内科的には良好だが、眼科的には最悪の結果)。前に糖質制限について記事を書いたことがあるが、本書の著者も糖質制限を推奨している。

また、冒頭に「ブラックジャック先生」としたけれど、本書で、上級医でも研修医でも、同じ術式なら同じ料金、日本人はなんと恵まれていることかと皮肉たっぷり。しかもヘタくそがやると、失敗して手術を繰り返し、治療期間も長くなるから、さらに高額な医療になるという(このあたりはシステム・エンジニアもまったく同じ)。
それはそうとして、米国では研修医が手術をする場合は料金は格安になるのだそうだ。もちろん指導医がしっかりついて、一応のレベルは確保されるのだろうけれど。上級医の料金が高くなるのは困りものだが、研修医の執刀なら安くなるのは合理的だと思う。

普通の患者としては、どうしても権威に弱い。
その権威といわれるような大病院や医師が、この本でいうような酷いものだとは思いたくない。
医療の世界では、どうして、子供の喧嘩みたいなことが多いんだろう。

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テキストスキャナー

Android_text_scanner.png Android_OCR_appli.png スマホの文字認識アプリが、随分、良くなっている。しかも無料。

本の一部を抜き書きすることが時々ある。
たいして長いテキストではないから、手入力しても良いのだけれど、漢字変換などが間違わないか(自分の文章なら誤字でなければ良いのだが、他人の引用だとそうはいかない)、少々、気を遣う。

自宅のPCには、スキャナ付きプリンタに付いてきたOCRソフトをインストールしている。ソフト自体は比較的使いやすくて、認識精度もなかなかのものなのだけれど、少量の抜き書きのために、わざわざプリンタの電源を入れて、該当ページをスキャンして、その画像をPCに取り込んで……とやるのは面倒である。

Screenshot_20170627-113413.jpg ペン型のスキャナで、文字の書かれた行をなぞると認識するというものがあった。過去に伝票の読み取り用で使えないかと検討したことがある。仕事ではちょっとというものだったが、個人的には欲しかった覚えがある。とはいうものの、そうそう使う機会があるわけじゃないから、お金を出して買うというのも躊躇した。

以前から、スマホ用のOCRアプリがあることは知っていたけれど、あんまり性能が良くないようで、使っていなかった。
しかし、何気なくネットを見ていたら、Googleの人工知能を利用したという触れこみのAndroidのアプリがあることに気付いた。「文字スキャン」という名前。
早速、ダウンロードしてテストしてみた。

アプリを起動すると、カメラからか、既存画像データからか選択するようになっている。カメラで手近な本のページを撮影すると、認識するブロック(矩形)を指定するようになっている。
認識はすぐに終わる。まあまあの精度である。
ただ、このアプリは、読み取ったデータを保存・利用しようとするには「ポイント」が必要。ポイントというのは、インストール直後には10ポイント付いてくるのだけれど、使い切ったら有料になるらしい。

なので、似たようなアプリが他にもあるだろうと探すと、やっぱりあった。「テキストスキャナー」
こちらのアプリは起動すると、すぐにカメラの画面になる。既存画像の認識もできるが、それは画面上部のメニューで指定するようになっている。
このアプリは、カメラで撮影したら、すぐに認識が始まる。つまり、認識すべき領域の指定はできない。だから、ごちゃごちゃした対象だと、読み取り対象外の部分は白紙かなにかでマスクするほうが良い。あるいは、一旦写真をとって、画像編集ソフトでトリミングする。

"Adobe scan"というアプリも文字認識するのだけれど、こちらはPDFにテキストを埋めるようになっている。データもAdobe document cloudに置くのが基本になっていて、メモ的に使うには大袈裟すぎると思う。


Screenshot_20170627-113229.jpg “テキストスキャナー”の認識精度もなかなかのものである。これもGoogleのAIを使っているのではないだろうか。
一つ一つの文字を認識するだけでなく、単語や分節などの解析も併用して、精度を上げているのではないかと思う。

とはいうものの、「文字スキャン」も同様だけれど、やはり完全に認識するというほどあまくない。
文字の認識自体は割りに良いのだけれど、不思議なことに、テキストの部分部分の順序が入れ替わることが多い。横書きのテキストの場合はあまりそういうことは起きないようなので、横書き基準でアプリが作られているのかもしれない。縦書きか横書きかは自動でも判定できると思うのだけれど。
また、段組みとか表が混じると、地の文とそれらが干渉してうまく読み取れない。
ルビがふられていると、ルビも読み取って、これが随分と変なところに割り込んできて、テキストの流れがぐちゃぐちゃになってしまう。
AI技術で、レイアウトを認識して、ハイパーテキストとして組み立ててくれたら良いのにと思う。

また、写真の撮り方も結構影響するようだ。
なお、「日本語OCR」とされているが、英文も認識する。

「文字スキャン」も「テキストスキャナー」も、認識するのは活字のみ。手書きは無理である。(読ませようとしたら「エラー テキストが読み取れません」となる。)

「テキストスキャナー」では、認識結果は、共有メニューから、Google KeepやGoogle Driveに保存したり、メール送信したりできる。あるいは、認識結果画面上で標準の手順(つまり長押しでテキストを選択)でクリップできるから、エディタその他、何にでもペーストして使うことができる。この点は「文字スキャン」よりも使いやすい。

また、読み取り対象に、WebへのURLや、メールアドレスが入っていると、読み取ったテキスト上のそれらにはリンクが付され、タッチすれば、直ちにブラウザやメーラーの起動ができる。

それにしても、これがタダだなんてねぇ。

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電子書籍リーダーの栞(ブックマーク)機能

Screenshot_20170814-164414-crop.jpg 国語や日本史の授業では、万葉集、古今集、新古今集を三大歌集と教わるわけだが、正岡子規などは「貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候」などと言うものだから、歌集といえば、近代では万葉集をありがたがるようになっている。

追い打ちをかけるように、古今集は、定型的とか、技巧的とか(定型をはずすという技巧もある)、どちらかというと、否定的な評価につながる語で説明されたりする。

しかし、みんなが日本人の基礎教養として大事にする百人一首では、そこに採られた歌のうち24首が古今集からである。

ということで、いつかは古今集も読んでみたいと思っていたわけだけれど、先般、ようやく電子書籍版の古今和歌集を買った。

新版 古今和歌集 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) 高田祐彦 (翻訳)


実は、購入前に少々悩んだ。それは、Amazonにあった次のレビュー記事が原因である。

Kindle版は買ってはいけない

投稿者Amazon Customer2014年2月13日
形式: Kindle版|Amazonで購入
Kindle版のレイアウトは最悪です。買って失敗しました。
紙本と異なり、現代語訳・注釈が巻末にまとめて記載されています。
つまり、原文を読みつつ、現代語訳・注釈を同時に参照することができないのです。
本の内部にリンクがあればまだしも、それすら無いとは…
端末を2台購入して片方に原文、片方に現代語訳・注釈を表示して読めということでしょうか?

逆に、原文のみまとめて読みたい(あるいは現代語訳・注釈のみまとめて読みたい)方には良い仕様だと思います。

【追記】
結局返品・返金処理をしてもらい、紙の本を購入しました。
Amazonの対応には感謝です。

古今集について、私ごときが論評できるわけはない。
今日は、電子書籍リーダーについて、ちょっと思ったことを書く。

私は楽天Koboで古今集を買ったのだけれど、このレビュアーが言うとおりのレイアウトで、リンクもない。
(他にもhontoからも電子版が販売されているけれど、おそらく同じフォーマットだろう)

こういう本文と注釈を行ったり来たりしたくなるような本の場合こそ、電子書籍が有利だと思う。Amazonのレビュアーもそう考えていたはず。
実際、そういう電子書籍もある。
ヘロドトス 歴史 (岩波文庫) 松平千秋」は、本文にある注釈番号をタッチすれば、その注釈へリンクされている。跳び先の注釈中に「戻る」も用意され、これにタッチすれば元の本文へ戻れる。

さて、私もこのレビュアーと同じ問題に直面したわけだけれど、電子書籍リーダーの「しおり(ブックマーク)」機能を使うことで、リンクなしコンテンツでも、それなりに使えると思う。

Screenshot_20170810-205746.jpg Screenshot_20170810-205802.jpg Screenshot_20170810-205812.jpg


具体的には、今読んでいる本文(歌)のページに栞Aをつける。この歌に対する注釈のページに栞Bを付ける、これだけのこと。栞A、Bを行き来して、本文・注釈を読み比べるわけだ。
次のページに進んだら、前のページの栞を消して、新しいページに栞を付ける。栞の加除は画面右上のタッチだけでできるからそう苦痛ではない。

面倒なのは、実際に栞の場所へ移動する操作である。
Koboリーダーの場合は、メニューから目次を出して、その画面にある「書き込み」タブをクリックする。これには、まず読書画面をタッチしてメニューを表示させる、メニューをタッチする、「書き込み」タブをタッチする、表示されたしおりを選択する、という4段もの操作となる。
hontoのリーダーの場合も同様である。
栞を行き来するたびにこの操作をしていては、当然、集中が途切れやすい。

Koboのリーダーの場合は、栞を使って移動した場合は、画面左下に「戻る」を意味する矢印が表示されるので、半分はラクになっている。


Screenshot_20170818-110458.jpg それで思うのだが、画面のどこか、たとえば下辺とかに栞を常時表示して、そこをタッチすれば直ちにその場所へ移動するような仕様、ワンタッチ栞というようなものにできないものだろうか。

どのリーダーアプリも、余白の設定など、表示調整はできるようになっているわけだけれど、数mmのマージンを表示するのなら、そこに栞を表示しても見苦しくはならないと思う。

右のスクリーンショットはKindleのもの。読書画面にタッチすれば下にロケーションを示すバーが表示され、このバーを使って移動した場合は履歴が3つまで、バー上のドットで示され、そこをタッチすればその場所へ移動する。
こういうイメージで良いのだけれど、Kindleでは特定の場所を指定して保持しておくというような使い方はできないようだ。


このブログをアプリの開発者が読むとも思えない。
サポートへ改善要望としてあげようか。

ところで、ワンタッチ栞の数だけれど、少なくとも3つは使えるようにすべきだと思う。
というのは、「伊勢物語―付現代語訳 (角川ソフィア文庫) 石田穣二」の電子版の場合、本文、語注、現代語訳が別々の場所にある。語注は各段の後にあるのだけれど、現代語訳は本全体の後半に連続して置かれている。なので、本文、語注、現代語訳を行ったり来たりするためには、3つの栞が必要というわけである。

それと、栞(ブックマーク)は、同期の対象となっていないのか、Koboリーダーでは、端末を変えると栞が変わってしまう。これは考え方もあるかもしれないが、同期させるか、させないか、せめてユーザーが設定できるようにしてもらったほうが良いと思う。

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長~い鉄道トラブル

SmallImg20170824084417441.png 昨日、13:45からJR学研都市線の松井山手~木津間が運休している。
今朝も未だ復旧していない。

昨日の早い段階で13:45からの運休は知っていたけれど、帰宅時間までには復旧して、ダイヤも正常化しているだろうと、高を括って、その状況をフォローしていなかった。ところが、帰宅の途上、JRの車内放送で、未だ復旧していないという。
ただ、注意深く聴けば、運休しているのは松井山手~木津間ということなので、自宅最寄駅まではたどり着けるはず。

2017-08-24_084800.jpg 普段良く乗車する区間快速は運休、その後の快速は長尾どまりということで、各駅停車への乗車が案内されていた。もっとも、いつ運転方法が変わるかもしれないので、とにかく行けるところまで行こうということで、四條畷までは一つ前の各停、四條畷から長尾まで快速と乗り継いで、結局、長尾から案内通りの各停に乗って、無事、松井山手に到着。
結局、普段より15分程度の遅れ。

車内の案内で、翌日(今日)の運転についても未定とのこと。
そして、今朝、テレビを見ていると、「JR片町線 松井山手~木津間運休」のテロップ。

もちろん松井山手から大阪方面は運転している。それでもダイヤの乱れが予測されるので、いつもより5分ぐらい早めに家を出た。
普段乗る区間快速の一つ前の快速は運休。けっきょく、普段の区間快速に普通に乗車し、平常通りの時間で出勤した。松井山手始発になっているわけだから、最初はガラガラ、だんだん乗客が増えて(おそらく間引きの影響)はいたけれど。

落雷による信号故障というが、機械の故障だろうか、代替機はないんだろうか。
代替機があっても、設定作業に手間取っているのだろうか。

今日も暑い日である。

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お金と感情と意思決定の白熱教室

ダン・アリエリー「お金と感情と意思決定の白熱教室: 楽しい行動経済学」について。

Okane_Kanjo_Ishikettei.jpg 行動経済学に通ずる人間の心理や行動に関わる小ネタが満載された本。
紹介されているネタのほとんどは、どこかで聞いたり読んだりしたもの、心理学や経済学で良く紹介されるもの。もちろん、テレビのバラエティでこんなことがあるというように、ネタに使われることも多いもの。

有名な「スタンフォード監獄実験」も紹介されている。
この実験についてはいろんな本で取り上げられているけれど、本書では、他の本では実験デザインとは関係がないということらしく、あまり触れられていない(なので私も知らなかった)、次のエピソードが紹介されていた。

実験を主催した心理学者自身が、この興味深い成り行きにのまれてしまい、そこで展開されている行動が危険で、中止すべきという判断ができなくなった、つまり人は環境・与えられた役割で行動することが、その観察者自身に典型的な形で観察された(Wikipediaにもその旨解説されている)


本書で紹介される、さまざまな、そして興味深い話は、もちろんウソではないのだろうけれど、これが絶対的真理であるとまでは過大評価しないほうが良いかもしれない。

第1回人間は“不合理”な存在である
 
第2回あなたが“人に流される”理由
 
第3回デート必勝法教えます!?
 ―人々の感情をどう動かすか
第4回ダイエット成功への道!
 ―自分をコントロールする方法とは
第5回“お金”の不思議な物語
 
第6回私たちは何のために働くのか?
 ―仕事のモチベーションを高める方法
そう思う理由の一つは、根拠となった実験や観察というものが良くデザインされていたか、十分な検証がなされていないようだからである。ただし、とりわけ自分の直感と異なる結果が出ているものについては、研究を否定する方向ではなくて、そういうこともあるのかもしれないと注意を払う、そういう知識として有意義だと思う。

そう考える理由の一つは、紹介されている結果は、実は対象集団の文化の違いについては考慮されていないものが多いから。

本書で例外的に文化の違いに言及されているのは(ただしジョークのようにだが)、著者自身のグループが行ったビールの試飲実験、客に4種類のビールから選べると説明して注文をとるわけだが、他人の注文を知ることが自分の注文に影響するかを実験している。
結果は、イエスである。
ただし、アメリカでは他人が注文したものを避けるが、香港では同じものを注文する。


このように文化・習慣などに違いがある場合は結果が異なる場合がある。

前にも書いたけれど、ウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」では、時給単価を引き上げた場合、労働意欲が増す国民と、労働意欲が減退する国民があることを、当時の統計に基づいて示している。


読み物としては面白いし、読んで損をするものではないけれど、断片的な実験結果の紹介だけでなくて、もう少し経済学らしい切り口や、比較行動経済学とでも言えば良いような研究も紹介してもらいたい。

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今年度最初のW県

P_20170821_110021_vHDR_Auto.jpg 昨日は、3年前から続くW県通い。
今までは、毎回電車で行っていたけれど、昨日は車で行くことにした。

去る3月に、阪和道と京奈和道がつながって、仕事先はその京奈和道、和歌山JCTから最初のIC、岩出根来ICに近い。
せっかくつながったのだから、これを使ってみようというわけ。

車のナビには反映していない。スマホのナビ(Google)だとちゃんと載っている。


時間的には、車だと1時間半ぐらい、鉄道だと連絡によるけれど2時間半かかることもある。
しかし、費用では、車では高速料金2,740円(片道)、100kmのガソリン代が500円弱(25~26km/ℓ)の合計3,240円、鉄道だと1,490円((途中まで定期利用)と、倍以上の費用となる。支給される旅費は鉄道ベースのはずだから、随分と割高である。往復では3,000円以上も自腹を切ることになる。
ということで、次回も車で行くかどうかはちょっと微妙。
P_20170821_105808_vHDR_Auto.jpg

高速代不要のルートだと、自宅から奈良まわりで京奈和道というのもあるが、こちらは距離的には100kmちょっとでそう違わないけれど、時間的には2時間30分となる。どう考えても鉄道利用が合理的。


そもそも一人で、高速を長距離ドライブするのはあんまり好きじゃない。
ミンティアを食べるのも思うに任せない(ミンティアの錠がすんなりと出てくることはあまりない)し、お茶を後部座席に置いたままだったりすると、1時間、渇きに耐えなければならない。
そして、私の車のカーオーディオ(ナビについてるもの)は、走行中は操作できないから、高速に乗ってしまうと、選曲のタイミングがとれなくなる(スマホのアプリを使えば走行中でも操作できるけれど、ドライバーがするのは危険)。
車に乗る前に、このあたり、しっかり計画的にやっておかなければならない(以上のどれも今回忘れていた)。

レジャーでだったら苦にならないのだろうけど。

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盆休み明けの人出は少ないのか?

昨日、図書館へ行ったついでに、図書館に近いスーパーへ買い物と昼食のために寄った。
12時過ぎに着いて、日曜日のお昼時、普通ならもっと混んでいると思うのだけれど、意外に空いていた。
まずは昼食ということで、前に、2回ぐらい行ったことのある、たこ焼き・焼きそばの店へ。

IMG_20170820_121812.jpg ここも客が少ない。3テーブル、7席しかない店内で、客は3+1の2組。私は店内で食べるつもりなので、待たずに座れるのはありがたい。

で、店に入る(入るといってもオープンな店なのでドアなどはない)のだけれど、店員が全く寄ってこない。
こちらから声をかけて、Aコンビ(焼きそばとたこ焼きのセット)を注文。期間限定でこのセットが、650円→500円になっていた。

で、テーブルに着いて待っていたのだけれど、焼きそばを焼く気配がない。
どうやら、たこ焼きとセットなので、時間のかかるたこ焼きの焼き上がりに合わせて、焼きそばを作る算段らしい。

待つこと10分ちょっと、お腹が空いていたので、店の人に声をかけて、焼きそばだけでも先に出してもらえないかと依頼。
かまいませんよということで、数分で焼きそばが無事到着。

IMG_20170820_123032.jpg 焼きそばをあらかた食べたところで、たこ焼きが到着(写真のとおり)。

ここのたこ焼きは、外がカリっというものではなくて、ソースと大量のネギでぐちゃっとしている(ここでは今までたこ焼きを食べたことがない)。


それにしても、ちょうどお昼時、何人かが、そばのフードコートで食べるためとか、持ち帰りで注文をしていたけれど、客が少ない。
はじめ、この時間帯なら、たこ焼きはある程度作り置きして、すぐに出せるようにするんじゃないかと訝しく思っていたけれど、この様子なら、客の少なさを予測して、作り置きをコントロールしていたのかもしれない。

いろいろ事情があるものだ。

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H29のタカサゴユリ

P_20170817_144326_vHDR.jpg 今年もタカサゴユリが咲いた。

⇒今までのタカサゴユリの記事


P_20170815_094041_vHDR.jpg 盆休みで四国へ行く日(8月15日)の様子(写真左)と、帰ってきた日(8月17日)の様子(写真左)。

我が家の近所にはタカサゴユリがあちこちに咲いているのだけれど、今回、四国でもタカサゴユリが咲いているのに気がついた。
下の写真は、家人の実家の墓のあるお寺、お大師さまの前に咲いていたもの。

IMG_0146_170815.jpg

どんどん生息域を広げているのだろうか。
タカサゴユリは数年でまた違うところへ行くという話もあるのだけれど、このところ毎年咲いている。
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上の写真では、数本しか見えないけれど、先日の大雨で4本ぐらい倒れたものを抜いた後である。
写真ではわかりにくいと思うけれど、丈の低い株で、しっかり蕾をつけたのが4つぐらいある。
まだまだ来年も咲きそうである。

クローズアップ写真を(17日)。

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今朝(20日)、さらに開花が進んでいた。

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四国といえばやっぱり、うどん

P_20170816_122038_vHDR_Auto.jpg お盆休みの四国、四国といえばうどん。

まずは、2日目のお昼。
店は家人実家のすぐそばのうどん屋。
この店は前にも紹介したことがある。

ちょうどお昼時に行ったので、長い列ができている。
近所に市役所があるのだが、市役所の職員らしき風体の客が多い。

カッターシャツ、首からぶら下げた名札など。

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列は長いが、なんといってもうどん、回転が速いので、待ち時間は大したことはない。

讃岐のうどん屋というと、トッピングは自分で選ぶスタイルが多いのだが、トッピングの王様はえび天だろう。他、鶏や竹輪、かき揚げ、イカなどの天ぷら普通。
例によって、えび天にしようかと思っていたところ、今まで気づかなかったのだけれど、大阪風のお揚げがある。
前夜が焼肉だったので、油気の少ないものが良いかなと思って、天ぷら類はやめて、このお揚げにした。

もっとも、それだけでは物足りないような気がしたので、イカ天も。
なお、うどんは中(2玉)。



P_20170817_085537_vHDR_Auto.jpg 3日目の朝。
普通に朝食はパンとサラダ、ソーセージで済ませていたのだけれど、朝うどんをしようということに。

実は、朝から家人の親を病院へ送り届けて、その足でうどん屋に行ったのだけれど、9:00前からやっている店というのが、そのあたりでは、前日のうどん屋の同じチェーンの店。

さすがに、朝食後なので、うどん小(1玉)、トッピングはなし(ネギ、油かすのみ)。

ここも同じチェーンなのでお揚げがあったけど。


P_20170817_093540_vHDR_Auto-crop.jpg
朝うどんを済ませて、この盆休みは終了。












帰りの瀬戸大橋。


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お盆休み

P_20170815_110342_vHDR_Auto.jpg
この15日から17日まで、家人の実家へ。

このところ電車で行くことが多かったけれど、今回は車。

高速のルートは何通りかあるけれど、普通利用するのは、

第二京阪―近畿道―中国道―山陽道―瀬戸中央道―高松道

というルート。
このルートが高速料金は7,970円で、一番安いと思う。
距離は286km(Googleマップ)でガソリン代は約1700円ぐらいだから、合計9,700円程度。

鉄道利用だと、

学研都市線―環状線―東海道本線―山陽新幹線―瀬戸大橋線―予讃線

というルートで、特急は自由席にすると8,040円。

1人だと、車には経済的なメリットがないのだけれど、複数人になると随分割安というわけである。
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PA名の付いた「瀬戸ラーメン」。ごまだれ味。

今回は、往きは3人、復りは2人で、しかも同乗者に運転に慣れた人もいるので、私は行程の1/3ぐらいのみ運転。
それに家人の親の病院通い(複数! 高齢者はなにかと病院の世話になる)もあるから、車があれば便利ということもある。

テレビ報道では、Uターンラッシュと盛んに報じていたけれど、9:30に自宅を出発して、前述のルートを進んだところでは、反対車線が渋滞しているというようなことはなかった。もちろんこちらのルートも渋滞は全くなかった。
反対車線が渋滞していると、可哀そうにとニンマリするものだけれど、そういうことにはならなかった。

途中休憩のPA、SAも混雑はなく、のんびりしたドライブだった。
助手席だと、瀬戸大橋の写真も余裕で撮れる。

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たてがみのないライオン

珍之助さまのように行動的かつ妄想力のあるブロガーは、ネタに困ることもなく、毎日の記事を悠々とアップされているけれど、私のように出不精かつ面白みのない日常を繰り返す者にとっては、ブログのネタ探しには毎回苦労する。

報道業界では「ニュースがないときは動物園へ行け」という格言があるそうだ。
といっても、動物園に行くだけで、ブログには十分なネタ、行けたらネタに困ったりしない。

というわけで、頼れるのはテレビの動物関係番組である。

ただし、私はペット動物の番組はあまり見ない。また、変な擬人化はキライ。
犬の言葉がわかるとかいう女性がテレビに登場すると不愉快になって、チャンネルを変えたくなる。頭ごなしに犬の言葉を否定するつもりはないが、頭ごなしに奇跡を信じろというのでは、科学的批判精神絶無。ローレンツが言うような意味での「犬の言葉」とか、言葉の発生研究とかなら、とても興味深いけれど。


さて、そうした動物関係の番組、NHK-BSの"ワイルドライフ"から。
今日はなんと昨年の4月18日に放映された「アフリカ 大サバンナ タテガミを捨てたライオンの謎を追う」から。

ネタ切れに備えて原稿を起したものの、時事の話題優先でアップせずに寝かせておいたら、そのままになり、1年以上経ってしまった。夏向きの話題だと思うので、ボツにせずアップすることにした。


tategaminonailion.jpg ケニアのツァボ国立公園。ここにとても奇妙なライオンがいる。立派なオスなのに、タテガミがほとんどない。姿形だけでなく、その暮らしぶりも常識外れだ。本来は群れの仲間が捕った獲物を横取りするのが当たり前のオスが、真面目に狩りをして群れに貢献する。他の地域ではまず考えられない行動をとるツァボのライオン。なぜこんなに変わった暮らしぶりになったのか。本来の習性を大きく変えてまで生き抜く不思議なライオンを探る。

番組ページ


番組を見て、いきなり引き込まれた。
なんとも貧相なライオンである。トラやヒョウなどは、もともとたてがみが無くても精悍な顔立ちなのに、このライオンは、たてがみが無いというより、しょぼしょぼとした抜け残りのようなたてがみで、なんだか髪が薄くなった我が身を思い知らされる。
貧相を通り越して、悪い病気にでもかかっているのかと思うぐらいである。
動物園にいたら、「不っ細工」と笑いものにされるか、「このライオン、病気なの?」と訝られるに違いない。
イボイノシシやハダカデバネズミなど、種としての不細工さとは尺度が違う、個体の不細工さである。雄々しい普通のライオンとの落差がキツすぎる不細工さである。

ところが、ところが、このライオンは雄の理想のような行動をとるのである。

その前に、なぜたてがみを失ったのか、番組の説明では暑さへの対応だという。たてがみがあると熱の発散が妨げられる。それをサーモカメラで確認した映像が流されている。
同じくライオンが暮らすセレンゲッティ国立公園は高地(標高900~1800m)、ツァボは低地(標高400~600m)で、平均気温はそれぞれ24゜Cと32゜Cだという。
このためツァボのライオンは、雄のシンボルであるたてがみを犠牲にしたという説明である。

なお、番組では、たてがみは長さより色が重要ではないかという実験の紹介などもしていた。


そして、このライオンがとる雄の理想(雌から見て)のような行動について。

○雄は自分の餌は自分で獲る

普通のライオンはプライド(群れ)の主の雄ライオンは、雌に狩りをさせて、狩りが成功したら、雌たちを追い払って、獲物を自分のものにするが、ツァボの雄ライオンは、自分の食い扶持は自分で狩るという。これはもともと獲物が少ないツァボでの暮らし方だということだ。


○雌の狩りを手伝う

体の小さな雌には難しい獲物の狩りでは雄が手伝う。そして、そうやってとった獲物も、雄が必ずしも一番に食べるわけではなく、雄は狩りで火照った体をさますため木陰で休んで、後から食べる姿が紹介されている。


○他の群れあるいは独り者の雄と協力して狩りをする

さらに大きな獲物ともなると、なんと複数の雄が協力して狩りをする姿が紹介されている。
ツァボは獲物が少なくなわばりの形成があいまいだということである。そして、もともと涼しいセレンゲッティなどの高地での種内競争に敗れたライオンが先祖で、戦いを好まない性格が代々受け継がれているのではないかという。


どうだろう、まさに雌にとって理想の雄の姿ではないだろうか

それでもツァボの雌ライオンのところに、セレンゲッティの雄ライオンが来たら、雌ライオンたちは、ことごとくそちらに心を奪われるんだろうなぁ、ツァボの雄はセレンゲッティの雄に、力でもかないそうにないし。

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NASのクラウド同期

NAS(QNAP TS-231P)のクラウド同期を設定してみた。

同期先のクラウド・ストレージはOneDrive
先日、障害じゃないかという現象を体験しているので、大丈夫かという気がしないでもないが、アクセス上の問題でデータ自体が損傷したわけではないので、バックアップ的な使い方ならば、重大な事態には至らないだろう。

私はOffice 365を契約しているので、OneDriveの容量は1TB。
職場のPC、自宅のPCで同じデータを利用することはもちろん、一部のデータについてはスマホやタブレットでも同期するように設定している。(なので、先日のトラブルではあせったわけだ)

2017-08-06_132652.jpg さて、今回は、PCではなく、NASとOneDriveを同期させようということ。
これは、以前も少し書いたけれど、前のNASはミラーにしてデータの滅失防止を図っていたのだけれど、そもそもバックアップを必要とするデータ自体がそう多くない。結局、撮りためた写真やビデオぐらいがバックアップの対象になる。
もちろん、NASにUSB接続したストレージにバックアップをとっても良いのだけれど、OneDriveには十分な空きがあるので(そして使い切る見込みもないので)、使い勝手のテストのつもりで、こちらにバックアップというか、同期させることにした。

2017-08-06_132753.jpg NASとクラウドの同期は、用意されているNASのアプリ“Cloud Drive Sync”を使えば簡単にできる。
NASのアプリケーション・ステーションから、これをダウンロード/インストールし、起動すれば、同期先のクラウド・サービスの選択、認証(ユーザーID/パスワード)設定をして、同期させたいフォルダ(NASの共有フォルダでも、そのサブフォルダでも可)と、OneDrive上のフォルダのペアを指定するだけ。

同期タイミングも指定でき、常時、一定間隔、一定日時、手動があるけれど、同期を本来の形で使うなら常時だろうということで、常時同期に設定した。(外出先で写真をOneDriveにアップして、家に帰ったらNASで見るというような使い方なら、一定間隔でも十分だと思う。)

2017-08-09_102352.jpg もう一つ、同期方法の指定がある。
バックアップと同期では若干、使い勝手が違い、バックアップは一方通行だけれど、同期の場合はOneDrive側にデータをアップロードすれば、NAS側にも自動的にそれが反映するわけだが、この場合、同じファイル名がある場合の扱いを決めておく必要がある。
Cloud Drive Syncでは、図のとおり、
  1. ローカル側の名前変更
  2. リモート側の名前変更
  3. ローカル側の置換
  4. リモート側の置換
  5. 古い方を上書き
の5通りがあるのだけれど、1の「ローカル側の名前変更」にしていたら、一方で削除しても、もう一方で復活してしまった。
通常のOneDriveの同期だと、削除やリネームもきちんと同期されるのだけれど、OneDriveの同期と、Cloud Drive Syncの同期のどちらが優先されるのかが良くわからない。ということでCloud Drive Syncが「余計」なファイルを作らないように、5の「古い方を上書き」にして使うことにした(それでも、OneDriveとCloud Drive Syncのどちらが優先するかの問題は解決していないと思うけど)。

さて、この同期を使うのは上述のとおり、まずは写真類のフォルダである。

GoogleでもAmazonでも、写真のアップロードは無制限とはなっているけれど、オリジナルの品位で保存してくれるわけではないらしい。撮った写真そのものをきちんと保存するなら、やはり自前のストレージが良いだろう。

というわけで、外出先で写真を撮ってOneDriveへアップロードすれば、自宅NASにもそれが反映するわけだ。(VPN接続や、Qfileを使ってNASへ直接アップロードすることもできるわけだけれど。)

同期しようとしている写真などの保存フォルダ全体のサイズは170GBである。
それなりに大きいから、最初の同期にどのぐらい時間がかかるか心配だったが、結局、2時間で70GBぐらい処理が進んでいて、そのままにして寝たのだが、おそらく6時間以内には同期が終了していたと思う。遅めにみても8MB/sというところ。契約しているインターネット回線の速度からして妥当なところだろう。

反省点は、フォルダ設計。
実は、クラウド同期の対象となるのが、最上位の共有フォルダでないといけないのかどうかわからなかったので、写真を入れているフォルダとそれ以外は別の共有フォルダにしていたのだけれど、実際には、サブフォルダできめ細かく設定できる。音楽とかと同じ共有フォルダ内でサブフォルダにした方が使いやすかったかもしれない。
アクセス権限で共有フォルダを分けるのがベストだろう。

OneDrive側のフォルダも注意が必要だ。フォルダ全体に同期設定をしていると、そこにサブフォルダを作ったら自動的に同期対象になる。OneDriveも、実際の使用状況を想定して、同期するもの・しないものを別フォルダに分けておくべきである。(恥かしながら、従来、そこまで考えていなかった。)

データサイズが大きいから、そう頻繁に設定変更(つまりデータの移動)をするわけにはいかない。
当分、今の設定で使うつもりだけれど、はじめに良く考えておくことが大事だと思う。

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自力と他力

koyama_satoko_jodoshinshu_towa.jpg 小山聡子「浄土真宗とは何か 親鸞の教えとその系譜」について。

腰巻に「『自力』と『他力』のはざまで」とある。
浄土真宗といえば、学校の歴史の授業で、「他力本願」を説いたというように教えられる。
その「他力本願」を日常語として使う場合は、他人まかせの意で、自分で努力しない、いいかげん、無責任というニュアンスで使われる。

もちろん親鸞がいう「他力本願」はそういう意味ではないことは、真宗を知らないものでも想像はできる。すべてを仏に委ねるという信心のありかたこそが尊い、そういう高次の信仰の意味であると。

その理解は間違っていないと思うけれど、本書を読むと、他力を信心するということが、いかに難しいことか、その教義を理解することが、どれほど困難なことかが、わかってくる。

他力」に対するのは「自力」だけれど、この「自力」というのが問題である。
近代人のイメージからすれば、自力とは、たとえば、病を治すのに仏や神に頼らず医療に頼るとか、スポーツで神頼みではなく自己の鍛錬で結果を出すということだと思う。
ところが本書では、「自力」とは、神や仏の力を得るための呪術、加持祈祷、そういうものが自力だと、繰り返し語られる。

序章浄土真宗の前夜
 一、平安貴族社会と密教
 二、平安浄土教の隆盛
第1章法然とその門弟
 一、専修念仏の教え
 二、呪術への姿勢
 三、弟子たちの信仰
第2章親鸞の生涯
 一、法然との出会い
 二、東国での布教活動
 三、帰京後の執筆活動
第3章親鸞の信仰
 一、他力の教え
 二、自力への執着
 三、教えの中の矛盾
第4章家族それぞれの信仰―恵信尼・善鸞・覚信尼
 一、妻恵信尼―往生への不安
 二、長男善鸞―呪術で得た名声
 三、末娘覚信尼―父への思い
第5章継承者たちの信仰―如信・覚如・存覚
 一、孫如信―「正統」な継承者
 二、曽孫覚如―他力をめぐる揺らぎ
 三、玄孫存覚―表の顔と裏の顔と
第6章浄土真宗教団の確立―蓮如とその後
 一、指導者蓮如
 二、教説と信仰
 三、教団の拡大
終章近代の中の浄土真宗―愚の自覚と現在
 一、理想化されてきた教団像
 二、浄土真宗史と家族
思うに、親鸞の時代、医療はそんなに発達していたわけではなく、医術と呪術には、現代の我々が考えているような劃然とした違いはない。我々が病を治すのに医療に頼るように、呪術に頼る、それが自力救済ということなのかもしれない。
人間は弱い存在である。病に苦しみ、死をおそれるとき、神や仏を頼みにする、それはごく普通のことのように思うのだけれど、他力の立場からは、それが自力として否定されるとしたら、とてもこの教説についていく自信はもてないんじゃないだろうか。

本書では、親鸞の教えにも矛盾があるとか、覚如や蓮如などの後継者は、教義と自分の信仰とは別だったのではないかとしている。
他力信心は、それほど難しいことなのかもしれない。


それほど難しい「他力」を推し進めたのはなぜか。
本書では、これについて、「教行信証」を読み解いて、末法思想の影響があったとする。
末法の時代には、ただ仏の教えが残っているのみであり、正しい修行もなく悟りもない。もし戒律があるのであれば、その戒律を破ることもあり得るけれども、末法の世にはすでに守るべき戒律がないにもかかわらず、一体全体どの戒律を破ることで戒律を破ったといえるであろうか。戒律を破ることすらないのに、まして戒律を守ることなどあるはずがない。
悟りをひらいて極楽往生することができないのが末法の世であるなら、自力で悟りを得ようとすることはむだということらしい。
理屈である。

浄土真宗といえば、一向一揆や石山合戦が思い出される。
信徒たちは死を恐れず戦ったという。本書では、教義や信仰から一揆が説明されているわけではないが、石山合戦に参加した信徒の旗には、「進者往生極楽 退者無間地獄」とあったという。
親鸞の教えでは、他力の信心を得たものは、その時点で極楽往生が約束されており、往生行儀などは不要であるとされているそうだ。ならば、信徒は安心して(?)、死ぬことができたのかもしれない。

本書の終章には、こんなことが書かれている。
夏目漱石 『こゝろ』
 「先生」は学生時代に下宿先の「お嬢さん」に恋心を抱いていた。あるとき「先生」は、「真宗の坊さんの子」である同郷の友人「K」とともに日蓮ゆかりの地である房州を旅した。「K」は、真宗寺院の出であったにもかかわらず聖道門の日蓮宗に傾倒しており、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と「先生」を挑発する。対する先生は「お嬢さん」への恋心ゆえにそれを笑って聞き流すことができずに「君は人間らしいのだ。或は人間らし過ぎるかもしれないのだ。けれども口の先だけでは人間らしくないような事を云うのだ。又人間らしくないように振舞おうとするのだ」と応戦した。「先生」は、自力での救済への期待を否定し煩悩にまみれた自己を自覚するよう促した親鸞の教えを援用して、自身の内面を正当化しようとしたのである。このような言葉が発せられた背景には、親鸞が妻帯を是としていたことがあるのだろう。
 その後、「K」から「お嬢さん」への恋心を告白され、なんとかそれを摘み取ろうとした「先生」は、かつての「K」の言葉「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」を逆に「K」に浴びせかけ、「K」を再び日蓮の聖道門の思想へと引き戻そうとしたのであった(野網摩利子「宗教闘争のなかの『こゝろ』」)。

そして著者はこう続ける:
 『こゝろ』では、浄土門の親鸞思想と聖道門の日蓮思想が「K」の心情変化に大きな変化をもたらすきっかけとして語られ、非常に重要な意味を与えられている。
『こゝろ』ってこんな読み方ができるとは思わなかった。

ただ、浄土門と聖道門の教義の違いは、それを知らない読者でも、「先生」と「K」のやりとりから、逆にそれを推察することになると思う。漱石はその効果を良く知ったうえで、小説の道具立てとして使ったのかもしれない。

本書の引用元はこれらしい:野網摩利子 「宗教闘争のなかの『こゝろ』」

「Kの内面世界における宗教対立と、歴史的な事実とを、その場所において一致させ、大きな問題を個人的問題として再燃させる。漱石がこのように小説を組み立てたのだ……」


知人に、家の宗旨が浄土真宗という人がいた。その人の葬式や法事では、真宗のお寺に行き、お坊さんから、真宗の教説などを聞かされたりするわけだが、真宗独特というような感じではない。それはそうだろう、一般の人に、難しい教義を説くより、故人を偲ぶ機会にふさわしい教話をするほうが良い。

他力と阿弥陀信仰、一神教のエートスに近いものまであるといわれる浄土真宗。
心の弱い私に信心できるとは思えないけれど、「教行信証」ぐらいは読んだ方がよいのかな。

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高級つめきり

P_20170806_215029_vHDR_Auto-crop.jpg 何気なくネットの記事を見ていたら、爪切りの商品紹介に目がとまった。

そう言えば、長年使ってきた爪切りの切れ味が悪くなってきていて、家にある他の爪切りを試してみたけれど、使いにくく、切れ味も悪いので、その古い爪切りを引き続き使っていた。

この古い爪切りは、もう30年近くも前に、タクシー会社のノベルティとして職場に配られたものなのだけれど、案外、使いやすくて、ずっと使っていたもの。


そのことを思い出して、その記事のとおりに良いものなら、一本買ってみることにした。

件の商品は、
【貝印 KAI】関孫六 ツメキリtype102 HC3502 HC-3502 日本製
1,400円(送料680円) 合計 2,080円

少々爪が伸びていたのを、商品が届くのを待って、切るのを我慢。
届いたらすぐに開封して使ってみた。

パチン、パチンと快適に切れて、気持ちが良い。

P_20170806_215128_vHDR_Auto-crop.jpg 感心したのはヤスリ、というか刃とヤスリの総合効果。
前の爪切りは、レバーの裏に簡単なヤスリが付いていたのだけれど、かなり丁寧にヤスリをかけないと、爪がひっかかる感じが残ったのだけれど、この爪切りはずっと具合がよろしい。
本体の左右に溝があって、そこがヤスリになっているので、この溝に沿って爪を滑らせればよい。
数回往復させれば、カット面の引っかかりのようなものがなくなる。

推測だけれど、これはカット面が整っている、つまり、爪切りの刃が、爪を直角に切り落としていて、その角をヤスリで落としているのではないだろうか。
これが、出来の悪い爪切りだと、爪の切り口が直角でなく、ということは、爪の上部か下部が鋭角に切られていて、下部が鋭角ならヤスリがかけにくく、上部が鋭角ならヤスリをかけてもある程度、鋭角が残る、そういうことかもしれない。

1400円は高くないと思う。

だけど送料の680円は痛い。気づかず通販で注文してしまったがこれは失敗。
近所のホームセンターのようなところでも売ってたかもしれない。


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休刊日

tebasaki_texture_bright.jpg 本日は、月例の休刊日。

久しぶりに手羽先の写真。



















tebasaki_blackt.pngClick me!


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OneDriveの障害?

昨日夕方、仕事の資料に目を通そうと思って、例によってOneDriveに保存してあるWordファイルをスマホから見ようとしたら、開けない。
ダウンロード自体ができないという状態。
家のネットの問題かと考えて、スマホのWiFiをオフにして、モバイル回線からアクセスしても同じ。

今までもときどき、スマホからのアクセスがおかしくなることはあった。
それはクラウド・ストレージへのアクセス機能を持っているファイル・エクスプローラーから、アクセスできなくなるという現象で、一旦、クラウド設定を削除してやり直せば復旧する。

今回はどうもそれとは違う。
PCからアクセスすると、Webページからはエラーで返される。
同期フォルダの方をアクセスすれば見えるけれど、これは、PC側に事前に同期されているものだからである。

2017-08-11_195202.jpg

こういう現象ははじめてなので、OneDriveのサービスに、障害情報などがアップされていないのかとネットを見てみたのだけれど、障害情報を伝えるページ自体が見当たらない。
PCから問い合わせメールを送ろうとしても、OneDriveのサービスからではエラーになってしまう。
お手上げ状態で、放置するしかなかった。

NASからもエラーメール(NASにエラーなどの通知設定をしてある)が届いていた。

2017-08-12_083500m.jpg

だいぶ経ってから、スマホに"OneDriveと同期しました"メッセージ。
障害のときには"OneDriveとの同期に失敗しました"通知だったから、復旧したらしい。

あらためてOneDriveへアクセスしたら、いつも通り。復旧している。
やはりOneDriveの障害だったのだろう。

それにしても、Microsoftは、運用者として障害状況を緊急広報することなど考えていないのだろうか。
長時間にわたって障害を起こすということ自体を考えてないのだろうか。

ユーザーとしては(有料ユーザーである)、不具合があれば、まず自分の環境を疑う。
その無駄な作業をしなくて済むように、Microsoftは、障害が発生したら、直ちに広報してもらいたい

このブログの下書きもOneDriveに入れている。
頼むよ、Microsoftさん。

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定例の家人の付き合い

IMG_20170810_132645s.jpg 昨日は、定例の家人の検診に付き合い。
「山の日」が出来て、3連休になっているが、その1日前に休みをとって4連休。

いつもなら10分程度の検査で終わるのだけれど、再発らしき状態なので、処置もあって、30分超。
医者は、今すぐ焼きますか、入院しますかと聴いたようだが、当然、すぐに済むものならそうしたい。

組織検査の結果も含め、3ヵ月後に経過観察。
こうやって、定期的に検診を受けていれば、一応、安心ということか。





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自宅Webサーバーを立てて良かったこと

昨日に続いて、NAS(QNAP TS-231P)に付いているWebサーバーについて。

FabPlayer_[20170804-202809-116] ネットを良く使う人は、リンク集を自前で作ったりしていると思う。私も、自分用のリンク集を作っている。

以前は、家や職場のPCそれぞれのローカル・ドライブに、同じものをコピーして使っていたこともあるが、同期をとるのが面倒なので、プロバイダ契約に無償で付いてくるホームページに置いて、これにリンクするようにしてきた。

ただ、今のプロバイダ契約では、無料で使える容量は50MBしかないので、リンク集だけなら問題ないけれど、動画などサイズの大きなものは置けない.。
このブログでもときたま動画を紹介しているけれど、こういうものはfc2動画に置いている。
しかし、fc2動画へのリンクをすると、fc2の枠組み、CMが表示されるし、動画の画質も勝手に変えられる。

ということで、自宅Webサーバーに置いてみたら、そのまんまのものが見えるようになった。
試しに、去年の淀川花火大会の動画をアップしてみた。(画像クリックでも同じものを再生)

比較のため、fc2動画にアップしてあるものはこちら。


もともとホームページは自分用で、他人に見せるようなものではないけれど、見られて困るというようなものでもない。
本ブログでも、動画などのコンテンツ置き場として、ときどき使うつもり。

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NAS上のWebサーバーを使ってみたけど

QNAP TS-231Pで遊ぶシリーズ。
今日は、Webサーバーとして使う話。

2017-08-02_095325m.jpg QNAP TS-231Pは、はじめからWebサーバー機能(Apacheらしい)が組み込まれている。他のアプリケーションは後からインストールするものが多い(たとえばVPNも)けれど、これははじめから入っている。
で、Webサーバー機能を有効にするには、管理画面でWebサーバーを有効化するチェックを入れるだけ。
気になるセキュリティだけれど、Webサーバーがアクセスするフォルダは、"Web"という名前(デフォルトなのか固定なのかわからない)で、このフォルダへのEveryoneアクセス権は読み出しのみにしておく。

とりあえずのセキュリティの考え方としては、フォルダを守れば良いだろうから、他のフォルダは登録ユーザーにしかアクセス権を与えないようにしてある。これだけではネット上のセキュリティには不足(踏み台にされるなど)かもしれないが、NASがウィルス感染などしなければ、ルーターと同程度のセキュリティレベルだろう(やや甘いかな)。

2017-08-02_101929-crop.jpg
外部公開するには、NASのWebサーバー設定で、公開サービスとしてチェックしておくことも必要。
インターネットからは、Dynamic DNSを使ってアドレスが解決されるわけだけれど、これはVPN用に使ったmyQNAPcloudのものを使用する(VPN用と同じ名前)。

ネット情報を見ると、myQNAPcloudのものを使うと、QNAPユーザーであることがバレバレになるから避けるという人がいるけれど、私の場合は自分用で積極的に公開するつもりはないので、気にしない。

2017-08-04_195514m.jpg それとお約束というか、VPNではPPTPサーバーであるNASにたどり着くためにポートマッピング設定をしたように、Webサーバーでも同様、外部からの80ポートへの通信はNASへ向けるように設定する。

今、契約しているプロバイダから無償で利用できるホームページの内容を、NASにコピーして動作確認。
ローカル・アドレスではもちろんOK。

ところが、LAN側からはDDNS名を使うとたどり着けない。試しにスマホのWiFi接続を切って、モバイル回線(つまり完全外部)からアクセスすると、こちらはOK。

ネットで情報を探すと、同様の現象が起こるルーターとそうでないのもあるようだ。なぜそうなるのか、理由はわからない。したがって解決策もわからない。

PCは常時LAN接続だから、ローカル・アドレスでつなげばよいわけだけれど、なんとなく気持ち悪い。
それで、このPCについては、hostsファイルを使って、DDNSの名前をローカル・アドレスに振り向けることにした。

PCは通常、家の中で使うからこれで良いのだが、家と外出先を往き来するスマホやタブレットはそうはいかない。通信環境が違うことでブラウザが動作したりしなかったりすることになるのは具合が悪い。
つまり、hostsファイルが威力を発揮するのはスマホのほうなわけだけれど、残念なことに、Androidのhostsファイルをいじるにはルート権限が必要らしい。

スマホのルート化の情報はネットで見つけたが、タブレットの方は未だにルート化情報がない。


まとめて解決するには、LAN内にDNSサーバーを立てて、まずこちらを引くようにすれば良さそう。
ネットには、QNAPにLinuxのDNS(dnsmasq)を導入するという記事もあることはあるのだけれどどうしよう。

"Linux station"というQNAPのアプリを入れれば、NASがLinux PCになるらしいが、それにはUSB接続のキーボードやディスプレイが要るようだ(ディスプレイはHDMI経由でテレビで代替できるけど、キーボードは持ってない)。

dnsmasqのようなアプリをQNAPが提供してくれるか、ルーターにそういう機能があったらラクだろうなぁ。
メーカー側で用意したら利用しようというユーザーは多いのでは。

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長寿、迷走、台風5号

typhoon5_721.jpg 昨日、関西地方も台風5号の直撃を受けた。
奈良市上空を通過したとかで、我が家も至近である。

そもそもこの台風は去る7月21日に発生していて、そのとき既に、この台風がどこへ行くのか、どんな転機をたどるのか、非常に予想がつきにくいものだったという。

この段階で、まさかこの台風が近畿地方を直撃するなどとは想像すらしていなかった。

そして、進路だけでなく、あまりにも長寿命である。
記録では、21日間ぐらい台風だったというのもあるらしいが、長寿上位5本の指に入るらしい。

それだけ日本近海の海水温が高いということなのだろうか。


ニュースでも、この台風の進路予想は13種類もあると伝えらられていて(写真下左)、結局、昨日の段階までのこの台風の様子がその右である。

typhoon5_where.jpg typhoon5_wide.png

異なる13種類の予測を平均すれば良いというわけではない。しかし、さすがにこのケースではないと思うけど、それに近いことを知らず知らずにやってしまっていることがあるんじゃないだろうか、特に経済予測の分野では。バルチック艦隊が、対馬海峡を通るか、津軽海峡を通るか、どちらかわからないから平均をとって東京湾で待つようなものなのに。


結局、昨日の段階での予想進路図が次のとおり。

typhoon5_last.png


以下は、ネットで拾い集めた、過去の進路予想図。

typhoon5_729.jpg typhoon5_731.jpg typhoon5_801.jpg typhoon5_802.jpg typhoon5_803.jpg typhoon5_805.jpg

(これほど異常な台風になると分かってたら、もう少しきちんと集めておけばよかった。)


いつものことかもしれないが、大量の水が空から落ちてくる、その量には驚かされる。
このところ、水害のニュースが多い感じだけれど、大丈夫だろうか。

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「法の支配」とは何か

Hou_no_shihai_towa_nanika.jpg 大浜啓吉“「法の支配」とは何か―行政法入門” について。
岩波新書の「○○とは何か」、「○○とは何だろうか」という書名の本は、読み応えがあるものが多い。
本書もその一つだと思う。

主として憲法の成立、その作用について、各国(とりわけドイツとアメリカ)での成立史、そのときの社会状況を解説している。

本書で何度か出てくる言葉が、「国が憲法を作る」のではなく「憲法が国を作る」。憲法にあたる英語は通常、constitution(体制)であって、国のかたちを定めるものだから、その言葉は納得できる。

「(歴史的に構築されてきた)社会が憲法を作り、憲法が国家を作る」というほうが自然だと思うけれど、著者は、憲法と国家、憲法と国民(社会)の関係の基本理解を強調する意図があるのだろう。
もっとも、大日本帝国憲法には、「社会」というものは全く措定されていないというのも本書で指摘されるところである。

書名の「法の支配」というのも、法律が国を律するという漠然とした意味で使われているのとは少し違う。

著者は「法の支配」に対する概念として「法治主義」をもってくる。
第1章 社会と国家―行政法とは何か
第2章 近代国家の原型
第3章 立憲君主制―ドイツ帝国と大日本帝国
第4章 法治国家とは何か
第5章 法の支配の源流
第6章 法の支配とアメリカ合衆国憲法
第7章 法の支配と行政法
第8章 議院内閣制とデモクラシー
法治主義とは、権力(国王)の恣意的な濫用を規制するという考え方であって、権力の源泉を問わないのだという。

ということは、法治国家であっても、法の支配は受けていないという状況はいくらでも考えられ、大日本帝国はまさにその状態だというわけである。
大日本帝国の権力の源泉は、天照大神からの皇孫にして現人神である。


現代の多くの国では、権力の源泉は国民にあり、国民は基本的人権を持つものとされている。国民が暮らす社会では、さまざま人権侵害状況が起こりうるが、それを補うのが国家の役割で、そのために法が国を支配する、そこまでの含意が「法の支配」という言葉にはあるとする。
つまり「法の支配」は民主主義国でしか成り立たないわけだ。

さて、現政権の信頼が下がったことで少し遠のいたかもしれないが、憲法改正議論が騒がしい。
私自身は、必要があれば改正するのは当然だとは思っているけれど、自民党案などは、憲法で国民を規制しようとしているとしか思えない。
著者のような立場の人に言わせれば、これは民主主義を否定する姿勢であり、憲法に対する基本理解の問題であって、そのような改正を是とする理屈は、少なくとも現代の法学からは出てこないに違いない。

本書で指摘されるまで迂闊にも気づかなかったのだけれど、憲法第九十九条にはこう書かれている。

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

著者はこの条文に「国民」が含まれていないことを指摘する。そう、国民には憲法を守る義務はないのだ。
もちろん国民の義務と明示されているものは別である。著者が言うのは、権力の源泉は国民にあり、その国民が憲法により国を作っているわけだから、国民が憲法を守るというのは自家撞着にすぎないという意味だろう。


またこのところ、安保法制や共謀罪など、鋭く対立する法案が次々成立している。
国会は国権の最高機関であり、法律さえ作れば何をやっても良いという姿勢が垣間見える。しかし、本書では、次のような法理があるとする。
■実体的デュー・プロセス(due process of law)の法理

①法律制定の必要性(法律以外の方法で目的を達成できる場合には法律を作ることは許されない)
②法律の有効性(法律によって目的を達成しうる場合でなければ法律を作ってはならない)
③濫用の恐れの強い法律は作ってはならない(通信の秘密を害する一般的な「盗聴法」など)
④規定目的の明確性
⑤手段の相当性


所詮、学者の戯言、国際社会の現実も、荒廃した国民の実情も知らない奴の言う事だと、国会のセンセイ方は言うんだろうけど。

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女性運転手

IMG_20160930_091615-crop.jpg 先日の通勤時、K鉄のプラットフォームで電車待ちをしていたら、女性運転士の列車が入構してきた。

女性の車掌は多いけれど、運転士はまだ少ないんじゃないだろうか、そう思って写真を撮りたかったのだけれど(もちろんブログネタにするため)、鉄ちゃんではない私は、ホームでカメラを構えるような行動はもちろんのこと、事前に乗務員を調べて列車を狙うなどという芸当もできない。
残る方法は、ひたすら女性運転士との巡りあいを期待して、先頭車両に乗り、運よく巡りあったときに、後ろ姿あるいは横顔(乗降チェック時など)を撮影することだ。

実に怪しい行動だけれど、通勤途上では、乗降の便宜から、乗る車両はだいたい決まっていて、先頭車両に乗るなど思いもよらない。結果的にストーカーじみた行動は封じられる。


というわけだけれど、実は、昨年、既にJRで、女性運転士の写真を撮っていた(右写真)。

ブログをやるようになってから、ネタになりそうなシーンがあると、スマホで写真を撮ることが増えた。お蔵入りするものが多いけど。


バスやタクシーでも女性の運転手が増えているようだ。
ある人が言うには、バスの女性運転手は、愛想が良いし、運転も丁寧という。たしかに「女は愛嬌、男は度胸」で、度胸満点の運転をされては、こっちの胆力がもたない。

女性をひとくくりにしてしまうと文句を言われるかもしれないが、やはり、総じて女性の方が、丁寧で職務に忠実、マニュアルに従うという感じがする。
どちらかと言えば、女性に向いている職かもしれない。

男性運転手が、足を運転台に投げ出して運転していたとか、ドアから線路に放尿したとかいう事件があったけれど、女性はどちらもやらないだろうと思う。(そんなことができる女性は、既に女を捨てているのでは)


戦争中は、男性が兵隊にいって、運転手もいなくなり、女性が運転したと聞いている。
また、それをドラマにしたものもある。
下の写真左側、「一番電車が走った」。昨年放送されたNHK制作のドラマ。

昭和20年、広島では戦地に赴いた男性に代わり、少女たちが路面電車を運転していた。雨田豊子は16歳、電鉄会社の家政女学校で学びながら乗務していた。前年、軍需省から引き抜かれた電気課長の松浦明孝44歳は、上司と部下の間での板挟みに悩んでいた。8月6日、広島に原爆が投下。二人は生き残ったが、路面電車は壊滅状態に……
  (今日は広島原爆忌、昨年見たドラマを思い出した)


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飛行機や船はどうなんだろう。
飛行機といえば黎明期でも女パイロットの活躍があったし、女海賊は実在した(上右は架空だけど)。
「ナショナル・ジオグラフィック」によると、バイキングのリーダーには女性もいたらしい。

女性が特別って見られるのは、女性にとって損ですか、得ですか。
その女性自身にとって、そして、そうではない女性にとって。

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VPNを通してくれないネットワーク

昨日、自宅のLANへVPN接続してみた話を書いた。
これで、外出先からでも自宅のLAN、具体的にはNASに保存しているデータにアクセスできるようになったわけだ。

2017-07-31_171423m.jpg 旅先とかでそんな使い方をするかというと微妙、写真を撮ってもVPN接続して自宅のNASにデータを転送するとも思えない。それはやっぱり今まで通りクラウド・ストレージを使うだろう。

より現実的なのは、やはり仕事がらみ。
ということで、職場のPCから、VPN接続をやろうとした。
結果は、不可。

先般から、職場ではセキュリティの高いネットワークを使うことになっている(VPN通して通信されたら、ウィルスのチェックができない)せいか、はたまた会社側のLANでの設定やセキュリティ対策ソフトの問題なのか、VPNが通らないようになっていると思われる。(だからといって、システム管理者に文句を言ったりはしないけど。)

先日、Appleが、中国ではiOSへのVPNアプリの配布を停止したというニュースがあった。中国国内法でVPNが規制されているので、法令違反を助長する行為は自粛したということらしい。
ロシアでも、下院がVPNの禁止などを盛り込んだ法案を可決したという。

我々は、セキュリティを確保するためにVPN接続を使用するのだけれど、中国・ロシアでは国家セキュリティのためにVPNを禁止するというわけだ。もっとも米国だって、通信を傍受盗聴するのはお手の物、以前は、破れないような暗号通信は禁止していたという話もある。

VPNなんか使ってたら、それだけで犯罪者になる時代が来るのかもしれない。
(そのときは、私もVPN接続やめます、逆らいません、お許しください)


2017-08-01_130617m.jpg というわけで、職場から家へのVPN接続はできないのだけれど、メーカーがサービスしている"myQNAPcloud"を使うと、登録してあるNASへのアクセスは簡単にできる。

昨日は、メーカー提供のDynamic DNSを使うためにmyQNAPcloudのサービスを利用することを書いたけれど、実は、こちらのようにNASをネットからアクセスするために使うのが本来のこのサービス。


具体的なニーズには、これで十分対応できる。
とはいうものの、こういうメーカーソフトを使うのって、やはりちょっと潔くない。

QNAPのNASにはいろんな機能があり、写真や音楽、ビデオなどを使いやすく配信するソフトなどもあるわけだけれど、こういういかにも便利に用意されたものって、標準規格があるわけでもなさそうで、もし機種変更したら使えなくなるというのでは困る。
標準的なシステム、ツールでできるほうが良いと思うのは私だけだろうか。

iTunesサーバーとか、DLNAサーバーは標準化されているんだろうけど、どちらも使う気ないし。


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NASを利用したVPN接続

昨日の続き。
自宅NASへのVPN接続である。

自宅のLANへのVPN接続は、以前にもやっていたことがある。
そのときは、ルーターにPPTPサーバー機能があり、スマホの回線(SoftBank)やタブレット用のデータ専用回線(IIJ)もVPN対応していた。
その後、データ専用回線をU-mobileに変えたらVPNを通さなくなり、また、有線インターネットの契約を変更してオマケで付いてきたルーターもPPTPサーバー機能がなく、結局、VPN接続からは縁遠くなっていた。

この間、クラウド・ストレージを使うようになって、仕事上などでは自宅LANへアクセスする必要がなくなり、VPNができなくても特に困ることがなくなった。
近年、MVNOの利用が増加中のようだけれど、VPNを通すか通さないかなんていう情報は業者側から積極的には出されていないと思う。それまでアタリマエに使えていたものが使えなくなるのはショックだから、キャリアを変更する前に良く調べた方が良いと思う。


さて、今回導入したQNAP TS-231Pは、いろんな機能が使えるわけだが、その中にVPN機能もある。
今使っているスマホの回線はBIGLOBEだけれど、この回線はVPNを通してくれるのだけれど、あまりニーズのないVPNのためにVPNサーバーを用意するのはお金の無駄だと思って、今までやってなかったのだけれど、NASにその機能があるというなら、試してみたくなった。
昨日の記事に書いたように、QNAPの標準的なQfileを使ったアクセスでは、ストリーミング再生がうまくいかないということもある。

QNAP TS-231Pがサポートするのは、PPTP、L2TP/IPsec、OpenVPNとあるのだけれど、以前から使い慣れていて、スマホでの接続実績もあるPPTPでやることにした。(というか他の2種類については知識がない)

設定手順は以下の通り。

2017-07-29_161419.jpg 〇NASへのVPN機能のインストール
QNAP TS-231Pは初期状態ではVPN機能はインストールされていないので、APPセンターから"QVPN"というアプリケーションをインストールする。






2017-07-29_122653.jpg 〇VPN環境設定
利用する方式(PPTP)、認証方法、暗号化などの設定
(VPNプールは使い方が良くわからないので、デフォルトのままにしている。)







2017-07-29_122819m.jpg 〇VPNユーザー設定
VPNで接続するユーザーを設定する。







ここまではPCのQNAP QTSで作業する。

次はルーターでの作業。

2017-07-30_203658.jpg 〇ルーターのポートマッピング設定
NASはWANからみてルーターの奥にあるから、VPNコネクション要求がNAS上のPPTPサーバーに届くように、ポートマッピングを設定する。

我が家のルーターは、"Aterm WR8750N"という機種である(プロバイダから無償貸与)。





2017-07-29_161622.jpg 以上で宅内側の設定は終わり。

次にスマホ側であるけれど、Android標準のVPN接続機能を利用する。
ホスト名は、myQNAPcloudでもらっているDynamic DNSの名前、ユーザーは上で設定したPPTPユーザーである。

そして問題は、インターネットからのNASへの接続は、昨日も書いたようにmyQNAPcloudユーザーの認証が必要となる。
Android標準のVPN設定では、そんな機能はない。
Screenshot_20170729-131746m.jpg このため、QNAPの"Qmanager"というスマホアプリをインストールし、これを使ってmyQNAPcloud(QID)認証をしておく。

以上で、インターネットからの自宅LANへのVPN接続ができるようになる。
もちろんLANへの接続だから、NASだけではなく、LAN上の機器にもアクセスできる

さて、この環境で、flac音楽ファイルの再生はどうだろう。
宅内LANと、論理的には同じなのだけれど、ハイレゾ音源は、やはり無理のようだ。ストリーミング再生をしようとするのだけれど、回線速度が追い付かない。

外出時に自宅のマルチメディア・コンテンツを視聴するには、やはりWiFi接続かな。

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自宅NASへのインターネットからの接続

新しいNASのQNAP TS-231Pには、多彩な機能が用意されている。
前のNASにもついていたiTunesサーバーやDLNAサーバーは標準で付いているし、Video stationとか、Music stationというようなマルチメディア系の配信機能も付加できる。

インターネットからの接続機能もある。

前のNASでも、メーカーが用意したDynamic DNSを使ってインターネットからアクセスする機能は付いていたのだけれど、残念なことに、今使っているルーターがサポートしているDynamic DNSは限られていて、しかも有償だったので使わなかった。


今度のQNAP TS-231Pは、ルーターを超えてDynamic DNSが使えるようになっている。
また、そのDynamic DNSも、メーカーが提供する"myQNAPcloud"というサービスに無償のサービスが含まれている。至れり尽くせりである。
2017-07-29_164508.jpg
そして、これを簡単にできるように、メーカーから"Qfile"というスマホアプリが提供されている。

インターネットからのNASへの接続では、NASのユーザーID/パスワードだけでなく、myQNAPcloudに登録したユーザーID/パスワードも必要である。
下のアプリ画面で、QIDというフィールドに、myQNAPcloudのユーザー情報を設定する。

そして、実際にNASへアクセスする場合は、NASの共有フォルダ、ユーザー管理が有効となるから、NAS自体のユーザーID/パスワードを入れるようになっている。


Screenshot_20170729-163453.jpg Screenshot_20170729-163814m.jpg


というわけで、簡単にNASにアクセスすることはできるのだけれど、NAS上の音楽データの再生では不満が残る。
オーディオやビデオのデータにアクセスして開くと、メーカー標準のプレイヤーで再生が始まるのだけれど、私が標準にしているオーディオファイルは、flacである。これの再生ができない。
もちろん一旦ダウンロードすれば自由にプレイヤーを選択できるわけだけれど、そんなことはしたくない。やはりストリーミング再生したいのである。

ということもあって、やはりVPN接続をやることにした。
(続く)

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ご当地検定

B16600227LL1-crop.jpg 図書館に「第12回 京都検定 問題と解説」という本が新着棚にあったので、借り出した。

かつて、この種の検定試験のブームがあって、全国あちこちで、うちもうちもと、似たような企画がたくさん起ちあがった。これらは「ご当地検定」と括られた。
Wikipediaによると、この種の検定試験は、2003年(平成15年)9月に日本文化普及交流機構が行った「博多っ子検定」が最初で、それに遅れること1年余で、京都検定(京都・観光文化検定)が始まり、これが有名になり(京都という発信力のおかげ?)、全国的なご当地検定ブームを引き起こしたということらしい。

しかし、その後ブームは急速に下火になり、2009年の135から13年には半数近くの77に減少したという。
それほど高額な費用をかけたとも思えないが、受験者が来なくなったら、パンフレットの印刷費も出なくなるだろうから、もうやめようというのは考えてみればアタリマエ、もともと一時のお祭りのノリで始めたことだから、それほど執着もないのかもしれない。

どこの街も歴史があり、魅力があると思うけれど、最初の受験者はいわゆるイニシャル・バイアスで、数も確保できたかもしれないが、毎年、新たな受験者が出るほどの厚みというのを持てるところは少ないだろう。

その点、京都は圧倒的な文化蓄積を持ち、求心力は全国に及ぶわけで、京都検定は当分の間、続くと思う。冒頭のような本が毎年出版され、検定合格をめざす講座が催されたり、また、検定合格者への優待制度や、合格者バッジ(希望者に有料配布)があるなど、関連事業・産業の拡がりも大きい。
全国的な認知度も高いから、観光ガイドが持つべき資格というぐらいのステイタスを得るかもしれない。

他の地域のご当地検定とは権威においても一線を画すものだろう。
これに本当の意味で対抗できるものは、江戸・東京を対象とするものぐらいではないだろうか。

もっとも、私は認証ビジネスというのは嫌いである。
認証を与えられた人や企業が、認証にふさわしくないことが露呈した場合、認証機関が責任をとるというような話は聞いたことがない。
交通事故を起こしても、公安委員会や警察が免許を与えた責任をとってはくれない。
格付け機関がサブプライム・ローンに高い格付けを与えたからと言って、リーマン・ショックの責任をとったなんてことは寡聞にして聞かない(失敗には学んだようだが)。
ISO9000(品質管理)の認証は、その企業の製品の品質が高いことを保証しない。

品質管理の認証とは、品質管理という行為をしていることの認証であって、最終製品の品質とは直截は関係がない(反射的に品質を上げることが期待されるけど)。
システム開発という案件の場合、そういう企業と仕事をすると、無駄にドキュメントが増えるし、手戻りが発生したときの責任の所在を確認するためのハンコを押さされる。品質管理のきまりごとは、基本的にウォーターフォール型のプロジェクトを前提として組み立てられているように思う。
そして、私はそういうプロジェクトの進め方自体が品質を落とす元凶じゃないかと思っている。つまり、ISO9000を遵守することが製品の品質を落としているのではないかとさえ思う。(契約相手先の資格に、ISO9000を取得していないこと、としたいぐらいだ)


さて、そういう認証に比べれば、ご当地検定は罪がなく、楽しいものだ。
ところがどっこい、京都検定をパスするのはかなり難しいみたいだ(だから攻略本が出るのだろう)。
京都検定で出される問題は、正直言って、めちゃくちゃ難しい。

京都ローカルに詳しくなくても、日本国の歴史の大半を引き受けてきた都だから、歴史に詳しければ解答できるものもそれなりにあるのだけれど、余りに微細な質問の連続で、到底歯が立たない。テレビのクイズ番組などは、京都検定の級でいうなら、せいぜい5級とか6級だろう(実際には3級までしかない。上級貴族には入れない、ようやく殿上人の位)。
京都にどれだけの神社仏閣があるか知らないが、その数だけの歴史があり、由緒があり、伝説がある。それが問題源になるのだから、問題のネタは尽きない。

さらに、お茶もお花も、能も狂言も、みんな京都ネタになるのだから始末が悪い。
今のところ、現在の場所がどうなっているか、交通アクセスは、名物や土産は、そうした現場感覚・知識を問う問題はあまりないようだが、こんなものを入れられたら、書斎人には全くお手上げである。

今の級別だけじゃなくて、分野別も導入したほうが良いのでは。


地域的には、京都府全域が対象となっていて、数は少ないが、丹後の方からの出題もあるが、京都府としての配慮だろうか。
一方、山城というのは山背、山の後ろの意、奈良山の後ろ、つまり平城京からみて北側の意味らしいが、浄瑠璃寺などは京都というより奈良(和辻哲郎の「古寺巡礼」では浄瑠璃寺も含まれる)だろう。過去にこの地域の質問はあったのだろうか。

私の地元、酬恩庵(一休寺)あたりから北が京都圏ではないだろうか。
(一休さんは、ここから大徳寺まで通ったという話もある)

また、お隣の滋賀県なども、源氏物語所縁の石山寺など京都圏かもしれないが、この地域の質問はあったのだろうか。

さすがに、源氏だったら何でも、須磨・明石とか住吉とはならないだろうけど。


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公的なビッグ・データ

ニュースサイトの記事に、「総務省統計局によると、日本の総人口は1億2558万3658人で、8年連続で減少している。また少子化も歯止めがかからず、出生数は98万1202人と過去最少を記録した。」というものがあった。

記事の趣旨は、人口減少対策にテクノロジーの活用を、というものだったけれど、これについてどうこう言うつもりはない。
ブログにとりあげたのは、この記事の冒頭に「2017年7月5日、総務省統計局は住民基本台帳を基に集計した17年1月1日時点の人口動態調査を発表した。」という一文があったから。

住民基本台帳を基に集計するって、以前から住基ネットワークがあって、出生・死亡・転居などの動態も全国データが日をおかず捕捉されているんじゃないだろうか。それなら、どうして、6ヶ月も遅れて統計が出てくるんだろう。それに、今やマイナンバーまである時代である。この程度の統計を集計するのに時間がかかりすぎじゃないだろうか。

2017-07-13_111919-crop.jpg 人口動態の把握は、厚生労働省所管の人口動態調査というもので行われている。住基データを単純に集計するようなものではなく、市町村長が、保健所・都道府県を経由して国へ、出生・死亡・死産・婚姻・離婚を届けるものだ。

件の総人口の発表も、これと併せて扱っているから、発表時期としては遅くなるのかもしれない。

人口動態調査は、人口や、出生、死亡などの数だけを把握するのではなく、離婚はその原因、死亡については、死因までが記入されるようになっている。全人口を対象として死因分析ができる唯一の統計だと思う。

どういう項目が報告されるのか、厚労省のホームページから死亡票の様式をダウンロードしてみた(右図)。

ずいぶん細かい。死因は、直接死因、それに至る原因が3段階記載されるようになっているが、どこまで精確に書かれるのだろう。
なんだか、私など、もともとの原因の欄に「たばこ」と書かれそうだ。


で、気がついたのだけれど、調査票にマイナンバーを書く欄がない
統計目的でしか利用しないから、個人を特定するキーは不要ということなのかもしれないが、それはかなりあさはかな考えで、個人のライフスタイル、ライフヒストリーとの相関関係を見出すことに利用できれば、はるかに利用価値が高くなる。
これには、当然、各種のデータとのマッチングが必要である。

マイナンバーどころか、死亡票を見ると、名前を書く欄はあるのだけれど、これはデータ化されないようだ。これでは原票にあたらなければ、マッチングのしようがないのじゃないだろうか。そして原票の保存年限を過ぎれば、それもできなくなる。

管理者が異なる複数の個人情報について、名寄せを行うことは、個人情報保護上、慎重に取り扱われる必要がある。OECDのガイドラインで、本人から収集することが原則に入れられているのは、名寄せを前提としないという趣旨でもある。
しかし、発生する情報が異なる管理に置かれていて、かつ、それらを名寄せすることが有効かつ情報管理がきちんと行われるのなら、名寄せという魅力的な方法を一概に否定すべきではないと思う。

このとき、問題になるのは名寄せの合理性と管理可能性など、名寄せという行為の評価である。手段としてマイナンバーその他を使うかどうかは本質的な問題ではない。実際、がん登録(ようやく法制化された)のような事業においては、患者の名前や生年月日、住んでいたところなどの情報を照合して、苦労して名寄せをして有効なデータを得ていたはずだ。

名寄せはしても良いが、マイナンバーは使わせないというのは、ただのイヤガラセだろう。(もちろんマイナンバーが付くことで、目的外の名寄せに流用sれてしまう危険については考慮しなければならないが)

その上、マイナンバーさえ付けなければ良いというような態度、つまり守るべき情報が何なのかを取り違えて気づかないという弊害をもたらすにちがいない。


国の役人も、真摯に衛生行政に取り組んでいる人なら、もっと利用したいと考えているはずだが、出世と自己保身にしか興味のない官僚は、調査票の集計だけできれば十分、個人情報保護のややこしい問題に関わるのはイヤということなのかもしれない。

個人情報保護法の改正で、いわゆるビッグ・データの利用が促進されるようになった。国や地方自治体などは、同法の直接適用からは除外されているようだが、この法の趣旨にのっとった個人情報の保護が求められている。
ならば、国や地方公共団体もビッグ・データの利用について考えるべきではないだろうか。

利用を禁止しさえすればOKという安直な態度は、税金の無駄遣いである。
どういう秩序ある利用ルールを構築するか、そちらに知恵を出さないなら役人の存在価値はない。まして、それを止めるような役人は、税金泥棒と言って良い。

随分前に、ある自治体の人から聞いた話だけれど、市が新しい施策を打ち出すとき、対象となる市民がどの程度存在するのか、あるいはどの程度の市民を対象に制度設計をすべきかといったことが課題になる。
それをシミュレーションするには、市民の所得の状況であったり、居住地域であったり、さまざまな属性情報が必要である。その市では、税や福祉関係などの各種のデータを使ってシミュレーションを実施しているという。

これなどアタリマエのデータ利用だと思うのだけれど、どうも個人情報保護というと、多くの公的機関がひたすら近寄らないでおこうという態度になっているのではないか。

公共の福祉と個人のプライバシー保護のバランス、一般的な線引きは難しい。そんなことはわかっているけれど、個々のケースを吟味すれば、悩むほどのことではないものが多いと思うが、どうだろう。

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