今日はここ

今日はここ。







そして対照的に。







旅の様子はあらためてまとめるつもり。



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今日は、ここ

今日は、ここ。







次はこちら。







とくれば次は当然ここ。






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台風ー過

台風ー過、三連休最終日は良い天気。



ちょっとそこまで。



台風の影響で、サンダーバード1号は運休したらしい。これは7号。




金沢始発で富山終点って短かすぎない?



AC100Ⅴ 60Hz 2Aって、全席が使ったら大変だな。


そして、



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贈与の歴史学

zouyo_no_rekisigaku.jpg 桜井英治「贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ」について。

現在のお歳暮とかの習慣がどのように成立してきたのかな、という程度の関心で読んでみた。
ところが、中味は贈り物のマナーなどというノウハウとはもちろん無関係であるけれど、さらに人類史における贈与というような構え方をしているわけではない。

そうそた点も意識はされていて、モースの「贈与論」で書き出され、マリノフスキーなど人類学での贈与の扱いなどにも触れるけれど、これはどちらかと言えば露払いである。

この本のメインは、室町時代を中心とする日本の中世社会での贈与。著者は、人類学者とか経済学者とかではなくて、中世史を専門とする歴史家である。

室町時代といえば、貨幣経済が発達し、手形取引が始まった時代である。
また、徳政が頻繁に行われた時代でもある。

著者は、脆弱と言われる室町幕府の財政について「贈与依存財政」と呼ぶ。
それを成立させていた、室町時代の贈答経済はとても特殊で、「贈答経済でどこまでいけるか」を追求したような観があるという。
第1章 贈与から税へ
1.四つの義務
2.神への贈与
3.人への贈与
第2章 贈与の強制力
1.有徳思想―神々からの解放
2.「礼」の拘束力
3.「相当」の観念と「礼」の秩序
第3章 贈与と経済
1.贈与と商業
2.贈与と信用
3.人格性と非人格性の葛藤
第4章 儀礼のコスモロジー
1."気前のよさ"と御物の系譜学
2.劇場性と外在性
3.土地・労働・時間
その一手段として生み出された傑作が「折紙」。
折紙というのは、贈り物に付けた目録で、紙を半分に折る形式だったことから折紙と言うようになったもの。

現代語でも使われる「折紙付」という言葉の折紙も同根で、品物の品質保証書というような役割を持っていたもの。

折紙は、元々は、斯々然々のものをお贈りしますという目録だったのが、いつしか実物の移動を伴わずに贈り物のように流通するようになる。物として金子が書かれていたら、まるでその金子であるかのように流通する。
さらには、転々流通性まで持つようになったというわけである。

チューリップが高値で取引されていたところ、あるとき何でこれにこんな値段が付くんだと疑問に思ったとたん、バブルが崩壊するようなもので、折紙ってなんで通用するのと誰かが言いだしたら終わりかもしれない。

で、こんなことを考えた。
貨幣の発生史としては否定されると思うけれど、貨幣は財物の貸借の証文と考えるのが一番わかりやすんじゃないだろうか。もちろん手形より貨幣の方が先なのだけれど、貨幣の本質的な役割は手形と同様、賃借の情報じゃないんだろうかと。

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トリカヘチャタテ

Male_penis and female_vagina 昨日、今年のイグノーベル賞の授賞を伝えるニュースがあった。
今年も日本人が受賞していて、これで11年連続日本人の受賞という。

その対象となったのは、メスのペニス、オスのワギナの発見。
これは既に3年前に発見されていたようだが、このたび晴れてイグノーベル賞の受賞となったわけだ。

何といってもショッキングな発見である。
タイトルだけを見たときには、メスが「ペニス」から卵をオスに送り込むのだろうかと思った。

卵を受けるのがオスではなくメスであるところが違うけれど、エイリアンがヒトのメスの子宮に卵を送り込んで育てさせるというようなSFがあったように思う。


しかしそうではなくて、メスのペニスをオスのワギナに挿入し、それを通してオスから精子のカプセルを取り入れるのだという。

オスが吸われちゃうんだ。精気を搾り取られちゃうんだ。


生物の性行動には、これに限らず想像を超えるものがある。
カタツムリやミミズなどは雌雄同体で、その時に応じて、オス役、メス役になって交尾するという。
2017-09-16_004250.jpg
こんなのかなぁ

メスになると子供を産むという大きな負担を負わされるため、どちらがオスになるかをめぐって争いが起こり、けっきょく組み敷かれた方がメスになって精子を送り込まれるのだという話を何かで読んだことがある。
(ヒトのような胎生生物だったら出産の負担はとても大きいから、それこそセイシをカケル戦いになりそうだ)


面白がって下ネタにする不埒な奴(私のことか)もいるだろうが、トリカヘチャタテの研究自体は至極真剣なもので、類例が見られない性行動は、文句なしの大発見だと思う。


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電気加熱式たばこの増税

電気加熱式たばこを使っている人がだんだん増えてきた。
私はiQOS(フィリップ・モリス)の初期からのユーザーで、名古屋(とミラノ)だけで販売されていた時から使っている。また、最近はPloom TECH(JT)も使い始めている。私は持っていないが、街の喫煙コーナーでは、この頃glo(BAT)を使っている人も見かけるようになった。

AS20170911004187_comm.jpg 昨日の朝日新聞では、禁煙運動の大家2人が、このたばこの是非についてそれぞれの意見を述べられていた。是とする意見は、Harm reductionという観点から、それなりに有効な代替品であるとし、非とする意見は、むしろ喫煙を助長するおそれなどを主張されている。私はもちろん前者に与する者である。

一般に新しい技術・製品が世に出たとき、当初知られていなかった害があったり、逆に、当初心配されていた害が大したものではなかったということが起こる。電気加熱式たばこの本当の姿がわかるまで、まだしばらく時間がかかるだろう。

この昨日の記事があったからではないだろうが、今朝の朝日新聞は、電気加熱式たばこの増税可能性が報じられていた。
これについては、以前から国会でも質疑があって、おおむね増税の方針ということらしい。
「加熱式たばこ」増税を検討
 宮沢洋一・自民税調会長
 自民党の宮沢洋一税制調査会長は7日、産経新聞などのインタビューに応じ、通常の紙巻きたばこに比べて税負担が軽くなっている「加熱式たばこ」の増税を平成30年度税制改正で検討する方針を明らかにした。
 宮沢氏は、紙巻きたばこから加熱式たばこに切り替える人が増えていることを指摘。「(紙巻きと加熱式では)実効税率が違っており、年末までに答えを出していかないといけない」と述べた。30年度改正では、紙巻きたばこについては増税しないことも明言した。
(産経ニュース 2017.9.7)
着々と利用者を増やしている電気加熱式たばこであるが、だからというわけなのか、「加熱式たばこ」増税を検討ということになっているらしい。

電気加熱式たばこの税率なんて、今まで全然意識していなかった。どの製品でもパッケージの値段は同等なので、みんなおんなじ税金が、それも紙巻たばこと同じぐらいかかっていると思っていたがそうではない。あらためて電気加熱式たばこの税率がどうなっているのか調べると、「アイコス(IQOS)のタバコ税は49.2%、gloは36%、プルームテックは14.9%と税率で大差」という情報がある。国会質疑で示されている数字だから正確なものだろう。

この税率を見てプルームテックが一番おトクだなと思ったら非国民、だけれど、
JTの製品だからと思ったら愛国者?


なぜこういう税率になっているのか、上のリンク先記事に国会質疑が引用されていて、そこで説明されている。
質問者は非関税障壁じゃないかという視点も持っているようだけれど、意図的に税率を決めるのは難しいようだ。そうなると気になるのは、2018年に増税するという、その理屈がどう作られるかだ。

国会質疑の説明では、電気加熱式たばこは本数でとらえることが難しく、パイプたばこに区分して、グラムあたりで税率を決めているということである。このままで増税するならパイプたばこも増税されてしまう。
となれば、電気加熱式たばこを狙い撃ちするような区分を設けることになるんじゃないだろうか。しかし、現状で税率の低いプルームテックが、増税で他社製品と価格競争力を失うようなルールは、既に市場で流通している状況からは難しいのではないだろうか。

【試算:3製品とも1箱が紙巻1箱相当とし、紙巻の平均的税率63.1%が課された場合】
 製品現行価格現行税率63.1%課税時参考(器具価格) 
 プルームテック460円14.9%6534000円 
 iQOS460円49.2%503(新型) 10,980円 
 glo420円36%5048000円 


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仕事と日本人

Shigoto_to_Nihonjin.jpg 武田晴人「仕事と日本人」について。

「労働」、「仕事」、「はたらく」、似たような言葉がある。
著者はこれらを対比させながら、「労働」という言葉(「働」は国字だから「労動」も含めて)がいつ頃から、どういう使い方をされたのかなど、かなりの紙幅を割いて解説している。

あれっ、一体、この著者はどこに関心があるのだろうか、どういうフレームでこのテーマに取り組んでいるのだろう、
経済学者の本なら、経済学なら、労働を経済の一要素として、労働市場のなりたちや挙動というものを説明しそうなものだ。
そうではなくて、社会学とか文化的な考察が中心になっている。
著者はあとがきに次のように書いている。
 できあがったものは、ごらんいただいてわかるように,「労働」とか「仕事」とか「働くこと」とかをキーワードにして私が手当たり次第に読んだ本の読書ノートとでもいうようなものである。手当たり次第とはいっても、この分野にはたくさんの著作があり、しかも最近では関心の高い分野であるために関連の文献が続々出版されるので、それを網羅的に読むことなどははじめからできる相談ではなかった。だから、正確には手の届く範囲にあった本を読んだだけいうべきだろう。その限られた読書によって得られたさまざまな意見や歴史的な事実を通して考えてきたことを、そのままの形で読者の皆さんに読んでいただくことになった。

Japanese_at_work
仕事中の日本人
Japanese at work/Charles Wirgman
西本郁子「時間意識の近代」58頁から本書に転載
というわけで、もちろん経済学の観点での労働とか、労働市場についても書かれているのだけれど、そういう枠組みでとらえられないものを多くあつかっている。

また、他書の紹介もこんな具合。
報酬は時間でもらっている
 大沢真知子『ワークライフバランス社会へ』では、「経済のグローバル化にうまく対応し、経済のパフォーマンスのよい国では、正社員の働き方を柔軟にし、非正規から正規への移動を進めている国が多い。ここでいう正社員の働き方を柔軟にすることがワークライフバランス施策とよばれるものである」と新しい考え方を紹介していはす(同書、2頁)。
 このような考え方に即して、大沢はワークシェアが一番進んでいるオランダの次のような例を紹介しています。
 オランダでは、妻が中間管理職として週四日はたらく共働き夫婦を取材させてもらった。四歳と一歳の幼い子どもがいる。
 取材してみると、彼女は、週四日の勤務とはいえ、実際にはその四日間に五日分の仕事をしていることがわかった。しかも会社からもらうのは四日分の給与である。会社にとっては悪い話ではない。また、彼女にしてみれば、給与はへるかもしれないが、その分子どもたちと一緒にいる時間がふえる。報酬の一部を時間でもらっていると考えれば、こちらにもメリットがある。(『ワークライフバランス社会へ』、10頁)

はしがき
第1章 豊かな国の今、問われる選択
 2006年春、パリ/若年者の不安定就業―フリーターとスラッカー
第2章 「労働」という言葉
「怠惰な」日本人/「労働」という言葉の意味と由来/「働」という漢字/輸入学問・経済学のなかの「労働」/忌避される対象としての労働
第3章 「仕事」の世界、「はたらき」の世界
イギリスの経験/速水融の勤勉革命論/勤勉革命の背景/「はたらき」は際限のない長時間労働だったのか/労働集約的な農家経営と手工業生産
第4章 「労働」観念の成立
工場の成立/職人の転身/職人たちの転落/都市の下層社会/工女たちの世界
第5章 時間の規律
近代における時間の観念/労働時間の制限/作業時間の標準化/定年制
第6章 残業の意味
残業の誕生/残業の捉え方/「義務としての残業」と「責任としての残業」/増収の手段としての「残業」/残業手当とサービス残業
第7章 賃金と仕事の評価
賃金の成立/賃金の長期的な変動/学歴と俸給/「労働」の評価と「仕事」の評価
第8章 近代的な労働観の超克
西欧近代のゆがみとしての「労働」観/労働の現在/再び「仕事」の主人となること
あとがき
見出しだけ見ると、報酬の計算が労働時間で行われていると勘違いしそうだけれど、そうではなくて、時間というものが貴重な「財」ということである。
本書では、この引用に続けて、このような働き方を可能としたオランダの状況について別書(長坂寿久『オランダモデル 制度疲労なき成熟社会』)も紹介し、「誰もが必死に労働しなければならないという規範は、いかにも狭すぎるし、人間のもつ可能性を見失っている」と続け、
 右の例では、中間管理職として働く女性は、それによって相当の所得を得ているだけでなく、社会的な存在としての自分を確認する場をも与えられています。その一方で母親として子供との時間も大切にしています。そのことで所得が減っているとしても、それで十分に満足しているのです。この女性は、「時間で給料をもらっている」と答えているようですが、これはなかなか含蓄のある言葉です。
と結んでいる。

また、別の個所では、このような引用もなされている。
 ですから、立石泰則が『働くこと、生きること』に書いているような状況が生まれます。それは、経営状況の悪化のために人員削減を推進した経営側からの説明に、「(雇用調整をしなければならないほどの)大量の余剰人員が発生したから」との釈明があったという点に関してです。
 「大量の余剰人員が社内に発生した」とはどういうことなのであろうか。ボウフラではあるまいし、いつの間にか大量の人間(余剰人員)が「発生した」というわけではないだろう。会社は当初、必要と判断しただけの人員を採用したはずである。それが余剰人員となったのであれば、彼らを適材適所でうまく活用できなかったからか、見込み違いで多く採用しすぎたからにほかならない。
 どちらにしろ、余剰人員を「作り出した」のは会社であって社員ではない。その責任を不問に付したまま、会社が社員にだけ責任を「リストラ」という名の人員削減で押しつけるなら、経営側の責任放棄、無責任の極みといわれても仕方がない。 (『働くこと、生きること』、四一頁)
以前、トヨタの社長が「従業員のクビを切るのは経営者失格」というようなことを言っていたことを思い出す。
もっとも、そうならないように、非正規雇用、派遣、偽装請負という方法で先手を打っているのが現状なのかもしれない。

武田晴人「仕事と日本人」の紹介のつもりが、同書で紹介されている話の紹介になったようだ。
それが本書の性格でもあると思うけれど。

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休刊日

rumi_deepdream1 本日は、月例の休刊日。

久しぶりに、
Deep dream generator




















tebasaki_blackt.pngClick me!

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大奥の女たちの明治維新

安藤優一郎「大奥の女たちの明治維新 幕臣、豪商、大名――敗者のその後」について。
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「大奥の女たち」が前面に出ているが、幕臣、豪商、大名なども含めて、江戸幕府に関わりのあった人たちが、明治維新でどのような対応を迫られたのか書かれている。

以前にも類書を読んだ覚えがある。また、以前、「大西郷という虚像」の記事に、おそらくは旧幕府の役人はいろいろな形で、行政に携わったのだろう。もう少し時代が下がると、旧幕役人、あるいはその家柄の人たちが、いろんな場面で活躍して、新政府の政策を支える事例が表へ出てくると書いたけれど、本書では、その実例をいろいろと示してくれる。

類型化して言ってしまえば、旧幕役人は、新政府の実務上の枢要な位置につく。ただしトップにはなれない。いわば、現在の大臣と事務次官の関係である。(既にこの頃から、トップは個人的利害と思い付きで判断し、それを国策として実現する事務方という図式ができあがったのかもしれない)

類型から外れるのは榎本武揚のような本当に実力が必要な部署につく例とか、やはり幕臣であったコンプレックス(複雑な感情)からか、新政府の中には入らなかった勝海舟や福沢諭吉が思い当たる。暮らしの心配をしないで良い人たちね。


第1章 篤姫が住んだ大奥とはどんな世界だったのか
第2章 失業した三万余の幕臣はどうなったのか
第3章 将軍家御典医・桂川家の娘が歩んだ数奇な運命
第4章 日本最初の帰国子女、津田梅子の奮戦
第5章 東京に転居した大名とその妻はどうなったのか
第6章 東京の街は、牧場と桑畑だらけになった
第7章 江戸を支えた商人や町人はどうなったのか
また、徳川家の駿河移封についていった幕臣たちの苦労が書かれる。とともに、そこで名を上げるような成果をあげた人たちは、結局、明治政府から召喚されることが多かったようだ。

タイトルにある大奥(幕府だけでなく大名家もある)の女だけれど、女性は大奥以外には役所勤めはないわけで、新政府には大奥はないから、それぞれ第二の人生を歩むことになる。本書では天璋院については追いかけていて、女中の身の振り方はもちろんだけれど、徳川家達の養育や徳川家の存続に努力したことが紹介される。

その徳川家達だけれど、津田梅子とは従兄妹関係、家達の母と梅子の母が姉妹だったそうだ。それがどうしたというところだが、梅子は徳川家にも出入りしていたらしいから、有形無形の援助があったのではないだろうか。


「南朝研究の最前線」の記事でも政権の実務的な体制及び陣容は、鎌倉幕府、建武政権、足利幕府を通じて継続性があった、後醍醐天皇に直接逆らった鎌倉幕府役人は、建武政権では用いられなかったが、そうでない鎌倉役人は、主は変わっても、鎌倉と似た組織で、似た仕事についていた人が多いと書いたけれど、江戸⇒明治もその構図は変わらないようだ。

本書でも、江戸町奉行の仕事が明治でどうなったか書かれているけれど、要するに、役所の名前は変わっても大勢に変化はなく、同じ人が同じようなことをしていたとのことである。もちろん、政府が落ち着いていくにつれて、次第に体制は改革され、人も変わるのだけれど。

幕府がこけた、だったら奉行所も無いだろう、というわけではないのだ。江戸の人々は安定を求めていたのだろう。おかげで、欧米列強とかブラックウォーターが混乱に乗じて進駐して来ることがなくて良かったようだ。

治外法権と関税自主権の問題はあったけど。


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ブラックウォーター

ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォーター――世界最強の傭兵企業」について。

61sD5v73vuL.jpg 俄かには信じられないことが書かれている本。
まるでスパイ映画か何かのような話ばかりだけれど、もちろん、そんなカッコいいものではない。

序章の“バグダッド「血の日曜日」”を読めば、アメリカの「国益」がどれだけ非道なものと結びついているのかと暗澹たる気持ちになる。
この事件は、2007年9月、イラクの首都バグダードのニソール広場で起こったブラックウォーター社員による発砲事件で、14人のイラク市民を殺害したもの。ブラックウォーター側の説明では、攻撃に対する反撃とのことらしいが、傭兵に対する攻撃などなかった、武装市民はいなかったという証言も多い。本書ではその証言をうらづける物的証拠―たとえば現場に落ちている薬莢は、イラクのテロリストが使うものではなく、ブラックウォーターが使う武器のそれしかないなど―を説明し、一方的な虐殺であったという。

ブラックウォーターは米国高官の警護任務についており、治安の乱れた地域での任務であるため、しかるべき武装をしていたわけだが、攻撃を受けたにせよ、あるいは攻撃はなかったがそれと誤認したにせよ、重大な結果をもたらした。

事件当時、日本でこれがどのように報道されたか記憶にないが、多分、米国大使館員の警護員と反米集団との間で小競り合いがあったというようなものだったのではないだろうか。そして、それを聞いた者としては、フセインは倒したけれど、まだまだ内戦状態が続いているんだなぁ、いつ平和な国になるんだろうか、と言う程度の感想を抱いていたのではないだろうか。それが傭兵部隊が起こした事件であり、戦争に付随する多くの業務が民営化されているということも知らずに。

序 章バグダッド「血の日曜日」
第1章巨万の富
第2章プリンスの生い立ち
第3章はじまり
第4章ブラックウォーター参入前のファルージャ
第5章ブッシュの家臣を警護する
第6章スコッティ戦争に行く
第7章奇襲攻撃
第8章我々はファルージャを制圧する
第9章二〇〇四年四月四日、イラク・ナジャフ
第10章ブラック・ウォーターで働くアメリカ人のために
第11章ミスター・プリンス、ワシントンへ行く
第12章カスピ海パイプライン・ドリーム
第13章チリの男
第14章「戦争の売春婦たち」
第15章コーファー・ブラック―本気の戦い
第16章「死の部隊」と傭兵と「エルサルバドル方式」
第17章ジョゼフ・シュミッツ クリスチャン兵士
第18章ブラックウォーター・ダウン
―ルイジアナのバグダッド
第19章円卓の騎士
戦争の民営化というか、民間軍事サービスの利用が進んでいるということは、以前から知らなかったわけではないのだけれど、それは兵站や後方支援というような、直接戦闘に参加するというものではないと思っていた。
しかし、実態は、本書によれば、たしかに軍の一部として組み込まれて戦争に参加するというようなものではないけれど、それよりもっとタチの悪い、軍によってコントロールされない活動をやっているということみたいだ。

その「企業活動」について、歴史やビジネススタイル、範囲など、本書で詳しくレポートされているわけだが、そのことについては措いて、もっと気になったのは、こうした傭兵部隊を使う側の問題である。

それを端的に示すのが、冒頭の事件を起こしたブラックウォーター社員は、後に米国で裁判にかけられて有罪になったらしいが、現地では一切官憲の追求を受けなかったという事実である。そしてこれは現地責任者である米国大使によって与えられた免責特権によるものなのだそうだ。

軍隊ではないので、軍法会議の対象にもならない。

まさに治外法権である。

また、この事件が起こったときは既にイラク軍は解体されていたわけだが、当然、相当数のイラク軍兵士が無職となって放り出された。彼らの処遇をどうするかは大きな問題であり、フセイン後のイラク経済の復興は占領国としても重大な課題だったに違いない。
それなのに、本書によると、米国は、イラク産業を復興するどころか、「資本自由化」と称して銀行などの経済活動を米国資本で置き換えたり、「貿易自由化」と称して関税をコントロールし、イラク人による経済復興を阻む行動をとったのだという。そのため、行き所を失った旧イラク軍兵士は、てっとり早くテロリストになる道を選ぶことになる。
そして、そのことは十分予想されていたにもかかわらず、米国政府高官の個人的利益が背景にあったのではないかという。
関税自主権をもたず、タウンゼント・ハリスが金取引で私腹を肥やしたという、幕末の日本の状態である。
「選挙で大統領を選ぶ民主的な国」と憧れた国、その国を信じてよいものか。

そしてイラクでは、正規軍の上層部は、ブラックウォーターのような傭兵部隊が好き勝手することで、現地人の反米感情をかきたてていると、苦い思いをしたのだということだ。

本書では、イラクに限らず、世界各地で活躍する傭兵部隊の歴史・ビジネスの発展、ますます大きくなる傭兵依存の実態について、詳しくレポートしている。
ちなみに米国内においても、巨大ハリケーンによる自然災害発生時には、ブラックウォーターは(たのまれもしないのに?)完全武装で出動し、治安維持活動をしたという。

それにしても、ブラックウォーターは軍隊ではないのに、これだけのことをしているわけだ。合憲とか違憲とか、あるいは活動のコントロールとか、いろんなレベルで運用が難しい武力に代わり、カネで解決できる傭兵部隊を使おうという発想は、日本のエラい人は持ってないんだろうか。

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ギネス記録 達成!

2017-09-09_205814.jpg 先日とりあげた、“「河内音頭」でギネス世界記録に挑戦!”の結果、
2872名が踊りに参加して、記録を達成した。

それにしても、前の記録の宮崎県延岡市の「新ばんば踊り」で2748人と比較して、なんとか達成という感じ。

延岡市の人口は127,000人、八尾市は268,000人と、人口規模では倍以上なので、もう少し差がついても良さそうだけど。


このぐらいの数だと、続いて挑戦しようというところが出てくるのではないだろうか。
それはそれで良いことだと思う。

それに、記録達成ができなかったとしても、このチャレンジのおかげで、例年以上の人数が参加しているはずだから、本体のまつりも賑やかにできて、それだけでも良かったのでは。

私はこの人数に入っていない。もしわずかな差で記録を逃してたらうしろめたかったかも。

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菊の節句

iwashimizu_kikkasai.jpg 今日は重陽の節句菊の節句ともいう。

菊の節句というのは、菊の開花時期だからそういうのだけれど、それは旧暦でのこと。今年の旧暦九月九日は、新暦10月28日であり、たしかに菊の盛り。

あちこちで菊花祭という祭事があるけれど、10月に開かれるものが多いが、これは菊の季節を重視したものだろう。一方で、新暦の9月9日に菊花祭をするところもある(石清水八幡宮)。両立させるなら旧暦の九月九日にやれば良さそうに思うけれど。

菊といえば皇室の紋でもあるけれど、Wikipediaによれば、これを採用したのは鎌倉時代、後鳥羽上皇だという。
百人一首に
凡河内躬恒
心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花
(秋277)
という歌があるけれど、定家は、後鳥羽上皇への思いをもって百首を撰したという(あやしげな?)説を聴いたことがある。この歌の「おきまどはせる」は「隠岐惑わ:せる」の意であり、「白菊」は後鳥羽上皇を指すのだという話だった。

この躬恒の歌は古今集に収載されているが、古今集には菊の歌は11首あるという。ところが万葉集には菊という言葉はでてこないのだそうだ。
万葉集を全部読んだわけではないけれど、愛読する斎藤茂吉「万葉秀歌」には菊の歌はなかった。野菊は日本にも自生していたが、今の鑑賞用の菊は中国由来だというから、渡来したのが奈良時代以降ということなのかもしれない。もしあればきっと歌われていただろう。

そういえば梅も渡来植物で、こちらは菊より早いのだろう(万葉集にも多く歌われている)。


その菊だけれど、古今集では、菊の色が変わるのをおもしろいとして詠んでいる歌がある。

よみ人知らず
色かはる 秋の菊をば ひととせに ふたたびにほふ 花とこそ見れ
(秋278)

これは躬恒の歌の次に配されている。 「色が変わるといえば、色あせることをいうのが普通だが、菊は白い色の盛りも美しいが色の変化も美しい、と少し常識の逆を行く歌。」と高田祐彦「新版 古今和歌集」には解説されている。

私は、白菊の色が変わるといえば、茶色く変色していくイメージの方が強くて、あじさいのような色変わりとして感じたおぼえがないのだけれど。


ただ、古今集には、菊の色が変わることを詠んだ歌は他にもあって、それを美しいとみたのか、むなしいと感じたのか、そのあたりはよくわからないが、枯れるというより、色がうつろうという意識が共通してもたれていたのかもしれない。

大江 千里
植ゑし時 花待ち遠に ありし菊 うつろふ秋に あはむとや見し
(秋271)

平 貞文
秋をおきて 時こそありけれ 菊の花 うつろふからに 色のまされば
(秋279)

貫 之
さきそめし 宿し変れば 菊の花 色さへにこそ うつろひにけれ
(秋280)

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ギネスに挑戦

明日、9月9日、恒例の「八尾河内音頭まつり」が行われる。

以前、一度だけこの催しをのぞきにいったことがある。(⇒「おまつり」


今年は、この催しのイベントとして、「河内音頭」でギネス世界記録に挑戦!というのが行われる。
yao_kawachi_ondo34715b3d.png 伝統的装束で、同じ踊りを一斉に踊る、その人数がギネス記録として認定されるという。
このため、踊りの練習会が頻繁に開かれたり、衣装である浴衣を集めたり、主催者が努力しているらしい。

浴衣は旅館などの協力でも集めているらしいが、同じく装束として必須の草履の方は、大量に供給できるところがなく、結局、参加者が用意する必要がある。なお、当日、会場で浴衣の貸出、草履の販売が行われる。


踊り間違えたら失敗…2748人で盆踊り、世界記録更新
 宮崎県延岡市の夏祭りで22日、浴衣姿の市民ら2748人が地元の「新ばんば踊り」を舞い、「最多人数で踊る盆踊り」のギネス世界記録を更新した。
 全員が浴衣とげたか草履を身に着け、同じ動作で5分間踊るのが条件で、5%が間違えたら挑戦は失敗。従来の記録は東京・八王子市の2130人だった。
(2017年7月22日 朝日新聞デジタル)
今までの記録は、宮崎県延岡市の「新ばんば踊り」で2748人。
昨年は大阪府泉佐野市が同様のイベントを行ったが、3000人を見込んだところ、500人しか集まらなかったという。
(さすがにこれは恥ずかしい結果)

八尾は3000人を目指しているとのことだが、さて、記録達成はなるだろうか。

思うに、市もからんでいるイベントだから、市内の小中学校を登校日にして、授業で河内音頭を躍らせたら良いんじゃないだろうか。子供を質にとれば、親も付いてくるだろうし。(卑怯かな? ギネスの認定に方法制限ってないんだろう?)


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医者の稼ぎ方

Isha_no_kasegikata_Tsutsui.jpg 筒井冨美「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」について。

この本は2017年に出版されている。
同じ著者による“フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方”は2016年の出版、同じ出版社からで書名を見てわかるように姉妹編とでもいう感じ。

どちらの本で描かれる「医者の生態」は良く似たもので、同じエピソードも出てくる。
本書では、そこから医者の報酬に特にスポットを当てたということだけれど、前著でも医者の報酬についてはちょくちょく触れられていた。

さて、本書では、華々しい医者の収入が紹介される。
年俸5000万円とか3000万円とか、日直一日10万円とか、しがないサラリーマン経験しかない私には縁のない額である。

Y2K(懐かしい響き)のとき、大晦日から元日にかけて待機していた人には、数千円の当直手当が出ていたと思う。
知り合いの医者も待機がかかったのだけれど、それより1桁以上高い手当が出たそうだ。

また別の知り合いの新婚の医者は、未だ大学病院の非常勤の身分でアルバイトが主たる収入なのに、家賃月15万円とかの結構広いところに住んでいる。その奥さんが言うには、家にいる時間が短いのにこんな高い家賃は不合理、家を借りる前に、相談してほしかったと言っているらしい。

収入も多いが支出も多い、出入りが激しい生活をしているという印象である。

著者が言うように「有能は優遇、低能は冷遇、無能は淘汰」は悪くはないと思うし、何よりレベルの低い医者に当たったために、治る病気も治らない、あるいは、ほっておいたら治るのに変に手を出して酷いことになるというのは困る。著者は、フリーランスという働きかたが、この図式を実現する一法だと考えているようだ。

ただし、著者は「ドクターX」のような外科医ではフリーランスは無理だと言っている。外科医は手術だけするわけではないし、チームとしての問題もあるだろう。

ところで、医者になる費用、主に医学部の授業料等は、私学であれば数千万円かかる。
これも驚くべき高さではあるけれど、医師の年俸から考えれば、有利な投資と考えることもできるという。
そして、授業料と偏差値の反相関も指摘される。

これはどうしたことだろう。入試時の偏差値がすべてではないにしろ、高額の授業料を払えば低能・無能でも医師になれるということだったら、「無能も優遇」でないと困るんではないだろうか。


そして忘れてはならないのが、こうした派手なお金の流れの源泉といえば、そのかなりの部分が健康保険であることだ。

税金については、無駄な使い方がされてないかとか、役人の給料が高すぎるとか、常に批判の的になっているわけだけれど、同じく公的負担である健康保険の基金の使い方についての監視やクレームは、あまり聞かない。
もちろん医療費が高い(国トータルで)ことは問題視されているけれど、政府が言う医療費を下げるというのは、個人負担を上げて保険からの支出を下げる議論ばかりである。

随分前から薬漬けが問題になっている。多種類・多量の薬を飲むことで、実は健康にも良くないし、医療費もかかる。なのに、保険が使えるなら薬をどんどん出すという風潮があらたまったという話はあまり聞かない。
まるで医療費を使わずに健康になられては困るというような雰囲気である。

理想の病気」という言葉があるそうだ。
その病気では死なないが、完全に治ることはなく、毎日薬を服用する必要がある病気のことである。


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ミニオンズ

minions_mob.jpg少し前から、この黄色いヘンテコな連中を良く目にするようになった。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンにも出没しているらしい。

USJには未だ行ったことが無い。仕事で会社訪問はしたことがあるけれど(そのとき、会社の人に少し場内を案内してもらった)。


こいつらのことは、今まで特に気にもとめてなかったけれど、何度か見ているうちに、こいつら一体何なんだ?と思うようになった。

じっくりとこいつらを見たのは、歯医者に行ったとき。
診察台の前に置かれた患者の気晴らし用のディスプレイにビデオが流されていた。
あとから知ったけれど、流れていたのは第三作目の「ミニオンズ」。

なんだか不思議なものである。

で、第二作、第三作がテレビ放映されたときに、こいつらの正体を知ろうと、腰を落ち着けて見てやった。

(ただし録画)

P_20170828_221915_vHDR_Auto.jpg
おもしろいじゃないか!

キディランドでこんなもの(右写真)も買ってしまった。

こいつらのおもしろさについて解説する記事もあった。
なるほどねぇ。

今更言っては、流行から遅れていると言われるだろうけれど、おもしろいものはおもしろい。
それに、こいつらの人気は当分、続くだろう。

ところで、見たところオスっぽい個体しかいない。
少なくとも恐竜の時代には既に棲息していたようだが、こいつら単為生殖なんだろうか。
それにしては個性豊かなようだけど。

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純米吟醸 井伊直虎

P_20170826_210033_vHDR_Auto-crop.jpg ビールの補充のために酒屋にいったら、目を惹く商品が出ていた。
「純米吟醸 井伊直虎」

⇒醸造元「花の舞酒造」


普段は吟醸酒は買わないのだけれど、こういうちょっと変わったものがあると、ついつい買ってしまう。

四合瓶で1,500円だから、それなりに高い部類の酒である。

不思議なことにAmazonでは2,160円で売られている。配送料も入ってるわけだから特別高いというわけではないけれど、Amazonの方が高いというのは珍しい。
そういえば、ニッカの「フロム・ザ・バレル」というウィスキーは、通販サイトではやけに高い価格がついていた。商品の評価は高いようなので気にかけていたのだけれど、酒屋で見かけて安い値段がついていたので、つい買ってしまったことがある。


大河ドラマ「直虎」には、直虎が酔っ払うシーンがあった。
Naotora_drinking.jpg 酔っ払って龍雲丸に言い寄る(家来になれという)。

前にも書いたけれど、「直虎」は主要な脇役が次々に死んでいく。
史実では死刑になる政次はどう描かれるのか興味津々だったけれど、今川の犬のフリをして直虎を支える「嫌われ政次」として描いたというのは、荒唐無稽の感もあるけれど、ドラマとしてはうまく立ち回らせたということかな。
これも政次も直虎も今まであまり知られていなかった人物で、記録も乏しいからできることだろう。

しかし、このあと4ヶ月、一体誰とからませていくつもりだろう。(龍雲丸は生きてたけど)
それと瀬名姫(築山殿)はいつ死ぬのだろうか。史実では、築山殿が殺されるのは1579年らしい。
史実と伝えられるところでは、井伊直政の元服は1582年でこの年に直虎も死んでいる。ドラマとしては直政の元服を見届けて直虎が死ぬのはよい区切りである。となれば、築山殿はそれまでに死んでもらわなければならない。
IMG_20170901_185007-crop.jpg
さて、「純米吟醸井伊直虎」だけれど、純米吟醸ということだが、いわゆる吟醸香はあまり感じない。純米吟醸というイメージで飲むと、普通の日本酒やんけと言いたくなるだろう。
私は特に吟醸香を珍重するわけではないので、それでもよいのだけれど、吟醸香でなくて、お米の香りが残っている。精米歩合60%と表示されている。
それにしては、値段がちと高いように思う。

今年だけの商品、今年中に売り切らなければという商品なのかもしれない。




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USBライター

P_20170826_235512_vHDR_Auto-crop.jpg P_20170826_233315_vHDR_Auto-crop.jpg 100円ショップで電気式のライターが売られていた。

100円ショップだけれど、これは200円。
USB電源から充電して使うもの。
商品説明では、満充電でたばこ40本ぐらい着火可能だという。

もっとも内蔵充電池が劣化するだろうから、いずれその半分ぐらいになるのかもしれない。


ライターというと、オイルやガスを燃料にするものがある。
また、着火もフリント式、電子式がある。電子式も電池で放電させるタイプ、バネ仕掛けで静電気を起して放電するタイプなどがある。

私はライターに凝るほうではないので、いわゆる100円ライター、それもたいていはたばこのおまけについてくるものを使っているけれど、風の強い屋外では、炎が飛ばされて、たばこに着火しにくい。
ターボライターという商品があって、仕掛けはよく知らないけれど、ガスを加熱して高圧で噴射させて、炎が風に負けないようになっているものがある。登山家が使うような本格的なものは高いし、100円ショップで売っているものもあるが、すぐに具合が悪くなった。

そういう不満があったので、このUSBライターは電気式、つまり電熱線でたばこに着火するわけだから、炎が風で飛ばされるということはないだろうから、これはきっとその不満を解消してくれると思う。

100円ライターだと、ガスの残量を気にして、残りが少なくなると、予備でもう一つ携帯したりするが、このUSBライターだと、そろそろ危ないと思ったら充電したらよいわけだ。
充電はUSBからで、ライター本体にUSB端子がついているから、PCのUSB端子や、USB充電器に直接接続して充電できる。職場でもPCはあるから、充電で困ることもなさそう。

実際に使うと、スイッチを入れる(着火部分が出てくるようにスライドする)と、2秒ほどで着火部分が赤熱し、たばこをあてればすぐに火が着く。ガスライターで炎にたばこを当てるよりも短時間だと思う。

一番気になるのは、充電池の劣化など、性能が落ちること。何しろ100円ショップの商品であるから、そんなに高い品質は期待しないほうが良いのだろう。

そういえばPloom TECHのパチモンは、充電池がはやくも劣化してきているように思う。

100円ライターだと、サイズにもよるが、千本以上のたばこに着火できると思うが、このUSBライターだと数十回充電するような計算になると思う。そのぐらいは劣化しないで使えるだろうか。

ところで、USBはもともと情報を流す規格だと思うが、USB扇風機とか、USBヒーターみたいな電力を流すために使われることも多くなってきた。USBのバージョンが上がると電流量も上がっているようだ。
そのうち家庭にUSB電源コンセントができたりして。

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どれだけ品薄なんだろう、Ploom TECH

2017-08-31_153513.jpg 品切れ状態で、抽選販売となっているPloom TECH、私も抽選に参加していたけれど、6回の抽選ですべて落選。

「Ploom TECH、落選」


さすがにJTも申し訳ないと思ったのか、第4回の抽選に参加したら、当選するまで次の抽選には自動参加となるようになっていた。それでも結局、落選したわけだ。

そして、今回の落選で抽選販売は終了したのだけれど、JT様のご配慮により、落選者対象の優先販売というのをするらしい。
といっても、落選者ならすぐに買えるというわけではなくて、販売数に限りがあるので、また抽選して購入月を割り当てるのだという。ただ、あらためて優先販売の抽選申し込みはしなくても良いようだ。

そして多分本命になるのは数量限定販売で、これは今年12月中に開始すると案内されている。
P_20170831_151336_vHDR_Auto-crop.jpg
前にも書いた(「Ploom TECH、ただしパチモン」)けれど、私はパチモンは持っている。
そして、その記事を書いてから、そのパチモンを何度か充電して使っているうちに、どうもバッテリーの劣化なのか、機械的問題なのか、充電がうまくいかないことがあった。

ということで、もう一本、パチモンを追加購入した。
前回のは1000円、今回の(写真右)は奮発して2000円のもの。
値段が高いのは、50パフお知らせ機能というのが付いているかららしい。

正規品はいったい、いつ手に入れることができるだろう、年内?
パチモンがたくさん出るということは、正規品の製造だってそんなに難しくないんじゃないだろうか。

それと、Ploom TECH用のたばこカプセル、通販でないと手に入れにくいけれど、iQOSのように、そこらのコンビニでも売られるようになるのは、いつのことだろう。

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健康診断

P_20170901_111852_vHDR.jpg 昨日は職場の健康診断。

どこの会社でもやる労働安全衛生法で定められた健診だから特に変わったことはない。
変わるのは業者。毎年というわけではないが、どうやら委託先は入札で決めているらしく、今年は去年とは別の業者。

健康診断って別に楽しくもないわけだけれど、妙齢の看護師さんとかがいると血圧が上がるけれど、今年はそういう心配もなく、簡単に終了。

去年との違いは、午前中に健診を受ける人は朝食抜きということだったけど、こちらとしてはお構いなく朝食も食べて臨んだ(一応、食後4時間30分経過していた)。おそらく血糖値に影響するのだと思うけれど、低いときに測ろうということかしら。

そういえば、以前、血糖値でひっかかって、再検査になったことがあった。再検査では食事抜きで来てくださいということで、そのとおりしたのだけど、それ以上の検査などはなかった。


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過保護のカホコ

テレビの連続ドラマというのは、以前はNHKの大河ドラマぐらいしか見ていなかった。

おそらく、現役バリバリのサラリーマンなら同様だろうと思うけれど、帰宅時間がバラバラだと、平日のテレビドラマを連続して見るのは難しい。

昔、親が会議が長引いて遅く帰宅してきたときに、会議のメンバーが「早く終わらんと『細うで繁盛記』が見られへん」と文句を言ってたとかで、呆れ返っていた。昔はビデオデッキなんてなかったから。

もちろん録画して後から見ても良いわけだが、俳優とかに特別な思い入れがあって追っかけるのでないなら、何かの事情で見始めておもしろいと思ったら続けて見るということになるわけだし、録画してまで見たいというドラマはそうそう多いとも思えない。

kahoko_main_visual.jpg 前置きが長くなったけれど、
過保護のカホコ」は、私が連続して見ているドラマ。
実は、追っかけというほどではないけれど、この人が出演しているなら、他のじゃなくてこれを見ようかというものはある。その俳優は、
多部未華子高畑充希
カホコは高畑充希である。

ドラマの視聴率は好調なようで、ネット評などでは、高畑のぶっとんだ演技が高視聴率の理由と分析している。

「初くん、子供つくろう」なんて台詞はびっくりぽんである。

私もその評価は妥当だと思う。
過保護に育った主人公というから、どんなに歪んだ性格かと思いきや、まったく歪みの無い完全天然。こんな演技ができる女優は他にいるだろうかと思う。

そして高畑の演技以上に感心するのは脚本。
キャラクターやシチュエーションがワンパターンで押しまくる連続ドラマが多いなかで、次々に新しい事件が起こり、新しい事実が知らされる。そしてそれらが見事に伏線となってストーリーを進めていく。

伯母さんが施設を家出してきた子供を拾ってきたのが、麦野の過去を明らかにすることにつながるとは。

とにかく事件が多すぎて、そういう面ではこれもジェット・コースター・ドラマ。

一体、何回で完結するのか。
しばらく目が離せないかな。

最後はおさまるところにおさまるんだろうけれど。


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