昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか

mukashibanashiwa_naze_hikari.jpg 「高齢者」シリーズの3回目。
今日は、大塚ひかり「昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか」という本について。

実は、昨日・一昨日の記事に書いた、律令による官人の定年は70歳というのは、この本に書かれていたこと。

前の記事では、致仕についてWikipediaへリンクをはっていることでわかるように、そうした問題意識でネットを調べたら情報を見つけることはできる。しかし、そもそもその問題意識をどう持つのか。このことが現在の教育では重視されつつあると思うが、わかりやすく言えば、自らの経験、読書、そうしたものがあって、問題意識も生まれ、方向性も示されるのだと思う。
辞書・事典は、本の代わりにはならないのである。

そして、人間の記憶力はたいしたもので、本に書かれていることを完全には覚えていなくても、「こんなことが書かれていたような気がする」を糸口に、ネットで調べれば、たいていのことについて何らかの情報は得られる(もちろんその真偽など吟味が必要であるけれど)。


閑話休題。
大塚ひかりという人の本は、読んでいてとてもおもしろい。下ネタ満載である。
本書以外では、「竹取物語」、「本当はひどかった昔の日本」、「源氏の男はみんなサイテー」を読んだことがあるが、他にも、「本当はエロかった昔の日本」、「日本の古典はエロが9割」、「愛とまぐはひの古事記」、「カラダで感じる源氏物語」、「快楽でよみとく古典文学」など、エロいタイトルの著書が並ぶ。
どれも読んでみたいけれど、おそらく、内容にはかなり重複したところがありそうなので、購入は思いとどまっているけれど。

図書館に置かれているものもあるが、女性司書を赤面させてはいけないという気配りで、エロいタイトルの本は今まで借りたことがない。どうして図書館には「成人図書コーナー」がないのだろう。(Y図書館はセルフ・レジ。そっちで借りようか)


さて、他の本についてはまたあらためて記事にすることもあるかもしれないが、今日は「昔話はなぜ……」について。
大塚ひかり本は、かなり著者の思い入れ(独善)が入っていそうで、おもしろおかしく読める、あるいはそういう読みもあると、軽いエッセイとして読むのが普通かもしれないが、冒頭の「官人は70歳以上で致仕を聴す」が本書で知ったように、この本は、しかるべき根拠資料にもとづいて書かれているようだ。

古典からは、官人の定年意外に、律令における高齢者にかかる規定などがひかれている。役人の定年のことも含めて抜き書きすると、

  • "凡そ官人年七十以上にして、致仕(ちじ)聴す"(「選叙令」)
  • 八十歳になる者と"篤疾"(難病、狂気、両足が使えない、両目が見えないのたぐい)には、"侍"(介護役)を一人与えよ。九十歳の者には二人。百歳の者には五人。まず子や孫を当てよ。もし子や孫がなければ、近親者を取ることを許せ。近親者もなければ、"白丁"を取れ」(戸令)
  • 「天下の老人の八十歳以上のものに位一階を授ける」
    「百歳以上のものには、絁三疋、綿三屯、布四端、粟二石」とあって、九十以上、八十以上の人にも、それより少なめの絁や綿などが天皇の詔によって授けられることになりました(『続日本紀』巻第七 養老元年(717)年十一月)
  • "凡そ年七十以上・十六以下、及び廃疾(中程度の身障者)"は、流罪に相当する罪を犯した場合、配流の代わりに"贖"(ぞく)を取ることが許されていました。"贖"とは、銅や布・稲・土地・人身などで罪を贖うこと。さらに、
    "八十以上・十歳以下、及び篤疾(重度の身障者)"は、反逆・殺人といった死罪になるべき罪を犯した場合、"上請"(じょうしょう)が許されていました。"上請"とは、天皇に上奏して判断を仰ぐこと。酌量の余地が生じるわけです。これらの人が窃盗や傷害を犯した場合は、"贖"を取ることが許されました。そして、
    "九十以上・七歳以下"は死罪があっても、刑罰を加えない、とあります。
    また罪を犯した時点では、こうした高齢者や身障者に当てはまらなくても、罪が発覚した時、高齢者や身障者になっていれば、右のような規定によって裁けといいます。(以上「名例律」)

そして、高齢化白書や「人口から読む日本の歴史」(鬼頭宏)、警察庁の犯罪統計などなど、本書のトピックスに応じて、多彩な文献が参照・引用されている。

古典からの引用はこの人の専門だろうけど、専門外の犯罪白書などにもあたっているのは、本書のテーマにあわせて調べた結果なんだろうけれど、きちんと裏をとる姿勢は(ネタ探し、文字数増量という面もあるだろうけど)、評価できる。

もっとも、ネット社会では、こうした情報に簡単にアクセスできるようになっていて、昔のように大きな図書館へ行って調べなくてもネタが簡単に手に入るわけだけれど。
書きたいことがあって、それを根拠づける、あるいは補強する情報を探す。そして文章力。
純文学でもなく、学術作品でもない、こうした作品群はネット社会の発達に支えられて、これからも成長するだろう。


目次を下に掲げておくけれど、年寄りは元気でエロいとか、奈良時代から福祉政策があったというような、明るい話もあれば、姥捨て伝説のような暗い話もある。

先日、旅行代理店で宿・列車の予約をしていたら、パンフレットに「シニア限定」というのがあった。
おもわず、「姥捨て行き、片道、シニア限定」と口をついて出てしまった。


で、本書の評価?
おもしろかった。

大塚ひかり「昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか」
 昔の老人の人生昔話と古典文学が伝える貧しさや孤独という「現実」
1 昔話の老人は、なぜ働き者なのか「爺は山で柴刈り、婆は川で洗濯」の背景
2 昔話の老人は、なぜ「子がいない」のか「わらしべ長者」のルーツを探る
3 家族の中の老人の孤独「姥捨て山」説話と「舌切り雀」の真実
4 古典文学の中の「婚活じじい」と「零落ばばあ」平安・鎌倉期の結婚事情
5 昔話に隠された性「浦島太郎」が竜宮城に行った本当の理由
6 古典文学の老いらくの恋と性『万葉集』から『東海道中膝栗毛』まで
7 古典文学の中の「同性愛」の老人たち爺と稚児、婆と美女の物語
8 昔話は犯罪だらけ老人たちの被害と加害
9 自殺や自傷行為で「極楽往生」?昔話の往生話と平安老人たちの「終活」
10 老いは醜い昔話の「姥皮」と大古典の老人観
11 閉塞状況を打開する老人パワー古典文学の名脇役たちと、棄老伝説
12 「社会のお荷物」が力を発揮する時昔話はなぜ老人が主役なのか
13 昔話ではなぜ「良い爺」の隣に「悪い爺」がいるのか老人の二面性と物語性
14 昔話はなぜ語り継がれるのか『源氏物語』の明石の入道・尼君夫妻が子孫に伝えたこと
15 昔話と古典文学にみる「アンチエイジング」若返りの目的はさまざま
16 実在したイカす老人成尋阿闍梨母、乙前、世阿弥、上田秋成、四世鶴屋南北、葛飾北斎、阿栄

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