コンビニ人間

9784163906188_2.jpg 「コンビニエンスストアは、音で満ちている。」
で、いきなり始まって面食らい、おもわずページを戻したが、「コンビニ人間」という扉だけである。

序文や「はじめに」があり、章節が設けられるなど論理構成が明確で目次がある、そうした本ばかり読んでいる身としては、小説というのは、なんとも奇態なものである。

ブログで書評を書くとき、目次を掲載して記事を増量するのだが、この手は使えない。


芥川賞を受賞した小説を、まだ新作と言える時に読んだと言えば、高校生のときに、庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」以来だ。
社会人になってからは、小説というものは、何か別の本(それは小説ではない)や、誰かが推薦・紹介しているようなものしか読まないことにしていて、そうすると歴史小説かSFということになる。

私とコンビニといえば、タバコを買うか、事情があって一人暮らしをしたときに弁当やドーナツなどを買うかで、あんまり縁がない。QUOカードなんかをもらったときも使いようがない。
であるけれど、コンビニの経営や裏事情など、情報サイト(川乃もりや「コンビニ探偵!」など)の記事は興味深く読んでいる。社会勉強である。

読み始めてまず驚くのは、「私(古倉恵子)」が、「コンビニ人間として生まれる前」にしていた突拍子もない行動である。

小鳥の死骸を拾って、食べようと考えること。

周囲は可哀そうだからお墓をつくってあげようというのだけれど、私なら、病気で死んだかもしれないから、食べると病気になるかもしれないと言うと思うけど。

同級生の喧嘩を止めるのに、スコップで頭を叩くこと。

暴力を嫌悪する心情ができていない、あるいは、スコップの凶器性を学習していない。

女教師のスカートとパンツを引き下ろすこと。

羞恥心が未成熟。


この恵子の行動の異常性には、はっとするが、それを発想する作者も突拍子もない。

こうした行動を心理的に規制するメカニズムは、子供のうちに育つのが普通だと思う。
他人に暴力をふるう行為は、かなり心理的なバリアがあり、子供の喧嘩といえども、かなり身構えなければできるものではないと思う。
また、人間の道徳性は、ある程度、先天的に備わっていることを示す実験がある。

5ヶ月から1歳未満の幼児にある道徳劇を見せる。3人の登場人物(人形)がいてボール遊びをしているが、うち1人がボールを相手に返さず持って逃げる(非道徳的な行動)。その後、それぞれの人物の前におやつを置いて、被験者(幼児)に、そのどれかからおやつをとらせると、ボールを持って逃げた人物からおやつをとる。非道徳的なことをした人を咎める行動と解される。


恵子は、この行動・心理を客観的に観察している。
一昔前のイメージかもしれないが、人工知能が語っているようである。 いわゆる情動というようなものは描かれず、自分自身を客観的に観察し、そして同様の眼で他人を観察し、その行動を意志的に模倣することもできる。
本当にいたら、化け物である。

話が急展開するのは、ダメ人間の白羽を家に住まわせることから。
そのことにより引き起こされる、コンビニの店員という均質性・部品性が、ヒトのオス・メスがむき出しになる状況への変化。

そして、白羽が居所としている風呂から出てくる気配の描写があり、空白がおかれる。

多くの読者は、この空白は性行為の暗示と受け取ったのではないだろうか。
もし、セックスをしても、そして感じたとしても(恵子は決してセックスを忌避・嫌悪しないと思う)、「今、感じている私がいる、性の快楽を体験している」と客観的に説明するにちがいない。
そう期待して読み進むのではないだろうか。

だけど、そうはならなかった。

そして、白羽に促されるまま、就活をするなか、最後にコンビニ人間としての自覚が、前向きな形をとって、再確認される。

読者としては、それまでの恵子の、醒めていること自体を理解しようとしてきた読者としては、このエンディングは、吹っ切れすぎていて、拍子抜けの感があるる。
アルバイトのオールドミス、しかも処女という、世間的には負け組という評価が変わるわけではないかもしれないが、それを自らの生き方としてしまうことで、恵子の内部と外部が折り合いをつけてしまう
それまでは、恵子は、外部と折り合いをつけることを演じていたわけだが、心理的にも折り合いをつけてしまったようだ。

それに実社会では、これほどできる店員なら、優秀なトレーナーとして本部がほっておかないだろう。


私は、この作品の値打ちは、やはり前半にあると思う。
人間の部品性が前面に描かれ、そしてヒトの肉性を描く仕掛けとして白羽の存在があった、それは理解できるけれど、折角、部品性と肉性を見事に裏返して描いたのだから、恵子が積極的に生きるような形、それは部品と肉の幸福な両立で決着させず、そうではなくて、ずっと対立したまま、あるいはさらに対立を尖鋭化させてもらいたかった。

恵子は、ドロドロの底辺へ落ち込んでいくが、人類社会を相対化する眼がさらに鋭くなる。
白羽は、恵子を強姦し(荒々しくではないにしても)、ダメ人間からクズ人間に進化、「強姦されている」という口癖との折り合いをつけようともがく。


そうすると、何とも落としどころのない読後感になったにちがいないが。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Gallery
検索フォーム

⇒記事一覧

プロフィール

六二郎。六二郎。


定年退職
苦しい家計の足しに再就職
=いつクビになってもええねん
 言うたもん勝ちや!のブログ
リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
アーカイブ
カテゴリ
タグ

書評 ITガジェット マイナンバー Audio/Visual 

リンク
現在の閲覧者数
聞いたもん