どうして「一本化」したがるんだろう

20170321-00000044-mai-000-view.jpg ローマ字の表記で学校が混乱しているから、教員が一本化を要望しているというニュースを見た。

またか、どうして学校の先生というのは、何でもかんでも正解を決めておかないとダメという発想をするんだろう、と思った。
どっちでもいいという教育はなぜできないんだ? 試験の採点(減点)が目的か?

Google大先生なんて、訓令式でもヘボン式でも理解してくれる。ローマ字に限らず、表記のゆれにはかなり広く対応している。
「おんな城主 直虎」でも言ってるじゃないか、「答えは一つとは限らない」って。

前に数学の場合で、学校の先生の理不尽な質問について書いたけれど、ローマ字の問題も、これが問題になること自体が嘆かわしい。

と、反射的に思ったのだけれど、この問題については、先生方の言い分にも一理あると思うところがある。
それは、記事にもあるように、文部科学省は「特段の理由がない限り、内閣告示で定められた訓令式で教えることになる」としているからだ。

問題は、学校の先生じゃなくて、それを指導する文科省か。


<ローマ字>表記で混乱 
 英語教科化、教員ら「一本化を」


 2020年度から実施される学習指導要領改定案に基づき、小学校のローマ字教育が従来の国語だけでなく、新たに教科化される英語でも始まる。ローマ字には「ち」を「ti」と表記する訓令式と「chi」と書くヘボン式があり、使い分けに混乱する児童もいることから、教育現場から「どちらかに一本化してほしい」との声も上がっている。
 ローマ字は小学3年の国語の授業で習うことになっている。読み書きのほか、情報通信技術(ICT)教育の一環として、コンピューターで文字を入力する操作を学ぶ。これに加え、20年度からは小学5、6年で教科化される英語でも「日本語と外国語の違い」に気付かせることを目的に、ほぼ母音と子音の2文字で構成されるローマ字について学習することになった。
 学校では現在、ローマ字を原則的に訓令式で教えている。しかし、名前や地名など実際の表記は圧倒的にヘボン式が多く、国際的な身分証明書となるパスポートもヘボン式だ。使い分けに困惑する児童もおり、教え方に悩む教員も少なくない。
 2月に新潟市で開催された日本教職員組合の教育研究全国集会でも、ローマ字について小中学校の教員から「いつヘボン式を教えればいいのか」「ヘボン式を教えると子どもが戸惑う」などの意見があった。兵庫県の中学校に勤務する女性教諭は「訓令式とヘボン式の2通りあるから子どもが混乱する。学校で教えるローマ字はどちらかに一本化すべきではないか」と話した。
 これに対し、文部科学省は「特段の理由がない限り、内閣告示で定められた訓令式で教えることになる」としている。
 ローマ字教育に詳しい清泉女学院大の室井美稚子教授(英語教育)は、訓令式について「日本語の音の大半を母音と子音の2文字で表すことができ、読み書きがしやすい」と利点を挙げたうえで「日本語の音に対応しているヘボン式と混同する恐れはある。訓令式は外国人に間違って発音されやすく、自分の名前や地名はヘボン式で書けるように指導する必要がある。自分で名刺を作製するなど楽しい活動を通じて練習させるべきだ」と指摘している。【伊澤拓也】
毎日新聞 3/21(火) 12:19配信
先生が困っているのは、文科省の指導が現場と合っていないということなのかもしれない。
それなら話は違うぞ、先生を逆説的に応援したくなる。

社会通念と異なる指導を行わなければならないということになる学校現場において、それでも内閣告示の通りに教えなければならないということを、はっきり言ってもらいたい、と。


もちろん、ものごとには標準化とか一本化とかが必要なことがある。スポーツのルールなどはその典型で、野球でホームラン性の打球を観客が客席から身を乗り出してキャッチしたらどうなるのかなんてのは、適切な判断が示されていないともめる元になる。

しかし、ローマ字の使い分けって、そもそも社会的になされていない。そんなものに「正解・不正解」なんて決めようがないだろう。

文科系の学問では、よく言葉の定義でもめる。けれど、理科系ではそういうことはあまりない。
理科系では、この研究で使われている言葉は、こういう意味で使われているということを理解し、了承したうえで、成果の正否や効能を評価するのが普通だと思う。もちろん、普通の使い方とか、優勢な使い方ってのが、次第に定まるだろうけど、それこそ、その言葉の定義の有効性の証拠でもある。
学問に限らず、まず相手を理解しよう、そういう姿勢こそ尊重し、教育すべきじゃないだろうか。


さて、ローマ字だけど、記事にはヘボン式と訓令式の違いが掲載されているけれど、日本語のローマ字表記には、これに該当しないものも多くある。
たとえば、「ジ」というのはヘボン式では「ji」、訓令式では「zi」だけれど、「gi」というのも見かける。これは英語圏での表記に多い。フジナミがFuginamiとなる。
ところが訓令式では「ギ」を表すことになっているから、初めて見たときには違和感があった。
なぜ「gi」が「ジ」になるのか。英語でもフランス語でも、「ギ」と発音する場合は普通uを挟んで「gui」と綴り、そうでない場合は「ジ」である。

また、PCが普及して、日本語をローマ字入力する場合には、独特のローマ字綴りを使うということもあるかもしれない。

というか、英語由来のカタカナを入れる場合、もとの英語の綴りを入れてしまいヘンテコになるという経験は多くの人がしていると思う。


ところで、訓令式って、一体誰が決めたんだろう。
記事中に「日本語の音の大半を母音と子音の2文字で表すことができ、読み書きがしやすい」ことを訓令式の利点としながらも、ヘボン式を教える必要性を説く先生が紹介されている。
しかし、これって利点だろうか。タ行で、タ、テ、トの子音と、チ、ツのそれは別の音である。同じ文字で違う音を表す訓令式が教育的とは思えないのだけれど。
やはり、日本語では子音と母音の可能な組合せがすべてそろっているわけではない、訓令式の子音字母は正しい音を示さないことを教えるほうが良いのでは。

パスポートの表記はヘボン式だったように思うし、クレジット・カードも、特に希望しなければヘボン式だったと思う。それこそ、ヘボン式のほうが通用する場面が多いことの証拠だろう。

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