平和祈念公園

3月25日からの沖縄3泊4日旅行について、「編年体」で書いてきたけれど、今日は「紀伝体」というか、「列伝」というか、テーマを絞って感想を書いていきたい。

あまり旅行しない私にとっては記事の回数を稼ぐ大ネタだから、使い尽くしたいというわけ。


第一回目は、「平和祈念公園」および近くの「ひめゆりの塔」。

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P_20170325_165430_vHDR_Auto.jpg 私は沖縄は今回が初めてである。
そして、初めて沖縄を訪れるものとしては、何をおいても平和祈念公園に行くべきだ、できれば、真っ先に訪れて、沖縄観光をするならその後でないと、罰が当たるような気がした。

平和祈念公園は、毎年6月23日の「慰霊の日」に慰霊祭の様子が全国放送されるから、知らない人はいないだろう。
また、「平和の礎」が建設されたのはそう昔ではない1995年(沖縄戦終結50周年)で、このことを伝えるテレビ報道を見て、一度はこれを見ておきたいと思ったことを憶えている。

ただ、残念なことに、今回訪れたときは平和資料館の入館時間は過ぎていたので、慰霊祭が行われる広場、摩文仁の丘、平和の礎を回るだけとなった。(というか、事前調査が足りない、平和資料館の展示内容も良く知らなかった。行って、その規模に驚いた。)

P_20170325_170043_vHDR_Auto-crop.jpg その駆け足でのお参りだけれど、この日は小雨が降っていて肌寒い。また、足の悪い連れも居て、車椅子を借りようと案内所に行こうとしたら、ちょうど、園内を案内するカートが目に入った。雨降りなので、カート全体に透明シートがかぶせられている。大人も小人も100円。
既に客が乗っていて、足の悪い連れはこれに乗ってもらおうと思っていたら、運転手さんが携帯電話をかけて、もう一台呼んでくれた。

P_20170325_170707_vHDR_Auto.jpg 運転手兼ガイドさんが、園内のポイントを案内してくれるわけだが、ここ摩文仁の丘に全国都道府県の慰霊碑が築かれていることは知らなかった。なかには香川県など、慰霊碑を置いていないところもあるが、これは沖縄戦を戦った各都道府県の部隊のなかで、別の地域を主な持ち場とした、つまりそこに戦死者が多い県は、そちらに慰霊碑を建てたからだそうだ。

地図をみると、ひめゆりの塔の向かいに「ひむかいの塔」というのがある。これは宮崎県の人たちの慰霊碑らしい。「ひむかい」は「日向」ということだ。

各県の慰霊碑は、それぞれ県の特色を表した造形がなされている。
雨で、透明シートを通してなので、写真を撮っても綺麗には撮れそうもないので、写真は撮らなかった。
(右にあげた写真は案内所の掲示物を撮影したもの。)
埼玉県の慰霊碑は、鋳物の街・川口(たしか前の東京オリンピックの聖火台もここで作られたのじゃなかったっけ)があることから、鋳物を作るときの炎を表しているとのことであったが、ガイドさんは、みなさんタコの脚かななどと勝手なことを言ってますとのことである。

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私は、親戚縁者に沖縄戦で亡くなった人を知らない。
平和の礎に誰かの名前を探すということはない。
とにかく数の多さに圧倒される。
刻まれた名前一つ一つを、遺体に置き換えたところを想像したら。

この日、何カ所かに花が供えられていた。写真は北海道十勝支庁とある。北海道から来られたのだろうか。

以前、あるテレビ番組を見ていたら、一家全滅で名前のわからない人が、「○○の子」というように刻まれているとのことだった。
民間人も巻き込んだ戦闘の激しさ、厳しさを表している。


P_20170325_165317_vHDR_Auto.jpg 海岸に近いところには、柵がしてあり「きけん立入禁止」とあるのだが、そのときにはここから身を投げた人もいたのだそうだ。

近親者を偲ぶような感傷ではないけれど、事実の重さが伝わる公園、そしてとても綺麗に維持されていることが、これをいつまでも伝えようという人の思いが伝わってくるところだ。

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P_20170325_155434_vHDR_Auto.jpg 那覇空港から平和祈念公園へ行く途中に「ひめゆりの塔」がある。
ついでと言っては問題だと思うけれど、ルートの都合で、こちらへ先にお参りしている。

お腹が空いていたので、食事のできるところ、「ひめゆり会館」というのがあったというのも理由だけど。


私より上の世代なら、吉永小百合主演の映画を知っていると思う。
昔、一度だけテレビで見た覚えがある。たしか白黒の映画で、吉永小百合が健気な鉢巻き姿で頑張っていたような記憶がある。

P_20170325_155823_vHDR_Auto.jpg 戦争はおそろしい、かなしいもの、だけれど、吉永小百合が頑張る姿は、また違うおそろしさを感じるべきなのではないだろうか。
本当におそろしいのは、お国のために働き、そして死ねると喜々としている姿の方じゃないだろうか。

もちろん映画にケチをつける気はない。
平和憲法のもとで、こんなことが繰り返されることはないと国民が考えていた時代なら、健気な吉永小百合の姿に感動する、それは自然で、国民に訴えるところが大きかっただろう。

今は、そういう哀しみが前面に出るだけですまない時代になりつつのあるかもしれない。
戦時中に作られた、喜々として死んでいくような宣伝映画の威力が、身近に感じられるようになりつつあるのではないだろうか。


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