昭和史のかたち

今日は「昭和の日」。
私のような年齢の人は、反射的に天皇誕生日と思うのではないだろうか。
今上陛下が退位されても、「平成の日」が定められることはないと思う。やはり昭和は特別な時代だった。

Showashi_no_katachi_cover.jpg というわけで今日は、保阪正康「昭和史のかたち」について。

この著者については、以前から、一定の信頼を寄せている。
著者の意見や論評は、そう突飛でもアジテーショナルでもないということもあるが、史料へのあたりかたが丁寧で、幅広いようだ。それにテレビのドキュメンタリー番組などで目にする、著者が、その時代の経験者などから証言を聴く姿勢などに、この人の言うことは信用しても良いんじゃないか、という気になる。

さて、この本は、目次でわかるように、いろんな図形などが社会事象と結び付けられている。しかし、この図形は解説のための図解ではなくて、「たとえ」である。
その事象が持つ特徴が、どういう図形をイメージさせるのかといった性質のもので、事象を図解するというものではない。従って、そのたとえについて、なるほどそういうたとえも可能かなとか、これはちょっと無理があるなというのが率直な感想である。

そういう意味では、子供の頃、親に数学を教え込まれた(そして数学がイヤになった)という著者の一種の無理ワザでもある。なるほど、これはうまい譬だというのもある。そしてそのやりかた、アイデアがどれだけの事象説明に通用するのか、やってみたという感じである。

Showashi_and_square.jpg なかでも、うまい譬だと思ったのは、
「第2章 昭和史と正方形 ―日本型ファシズムの原型」。
国民を檻に閉じ込め、それを狭め、圧迫する(右図)。
その4つの壁が、「情報の一元化」、「教育の国家主義化」、「弾圧立法の制定と拡大解釈」、「官民挙げての暴力」であるとする。
これはなんだか、とても感じが出ているように思う。

三角や四角、円というのはともかく、座標軸を考えて分析するアプローチするのは、それなりに問題の所在を明らかにするのに有効なようだ。
たとえば「第8章 昭和史と座標軸」ではこのような考察が書かれている。
戦記・戦史の著者を、所属司令部を横軸に、階級を縦軸にとって、プロットすると、太平洋戦争の戦闘は意外なほど検証されていない、兵士の証言が語られてこなかったことが、戦後社会の歴史的欠陥だと指摘する。
将校たちは兵士に「戦死」を強要しながら、自分たちはひたすら生き残ることのみを考えている。
「戦争という軍事的行為を自らの栄達の手段と考えて、兵士たちの生命を平気で利用するその人間的退廃」。

この手法は「第10章 昭和史と平面座標」でも使われていて、天皇の戦争責任を、{法律的|政治的|歴史的|道義的|社会的}という区分を横軸に、{開戦|継戦|敗戦|終戦|臣民に犠牲を強いた|臣民の生命を危機に陥れた}を縦軸にとって分析している。
漠然と天皇の戦争責任と括るより、問題の所在を見つめる議論になりえる良い視点だと思う。
ただし、実際に検討するにあたって、気をつけなければならないのは、天皇は相手に応じた受け答えをする、つまり相手によって反対のことや矛盾することを答えることがあるという。天皇自身が、統治と統帥に分裂していたのかもしれない。

そうとしても、天皇を祀りあげることで、結果的に無責任な位置に安住しようとした軍の卑怯な態度は、否定できないだろう。もっとも戦後、その構図が見透かされたからこそ、卑怯者は追及されたが、天皇の戦争責任は追及されなかったのだろう。


こうした分析的視点に混じって、というかそれを支えるように、種々のエピソードがとりあげられている。
たとえば、軍事主導体制一色となったらどんなことになるのか、その結果が列挙されている。

1 軍事主導体制は、あらゆることが軍事のみに収斂されることになる。
2 兵士たちには命に値段がつけられているというのはあまり知られていない。
3 学問研究の内容は軍事的に価値があるか否かが判断の基準になる。


はじめに
第1章 昭和史と三角錐
―底面を成すアメリカと昭和天皇
第2章 昭和史と正方形
―日本型ファシズムの原型
第3章 昭和史と直線
―軍事主導体制と高度経済成長
第4章 昭和史と三角形の重心
―天皇と統治権・統帥権
第5章 昭和史と三段跳び
―テロリズムと暴力
第6章 昭和史と「球」、その内部
―制御なき軍事独裁国家
第7章 昭和史と二つのS字曲線
―オモテの言論、ウラの言論
第8章 昭和史と座標軸
―軍人・兵士たちの戦史
第9章 昭和史と自然数
―他国との友好関係
第10章 昭和史と平面座標
―昭和天皇の戦争責任
おわりに
2について、軍にそういう経済合理性があったのかと思ってしまいそうだが、それは経済合理性なんかでは全然ない。
特攻に出撃したのは、第一陣こそ職業軍人だが、以降、学徒兵、少年兵で多くが占められることになる。
「軍人一人を育てるのにはずいぶん経費がかかっている」からで、そうではない学生なら良いのだと、これは当時の航空関係の参謀の証言だという。
また、広島に原爆が投下されたとき、広島近郊の旧制中学や高等女学校の生徒が、遺体処理などのために広島市内に動員されている。江田島の海軍兵学校からは行っていない。
海軍首脳部によると「彼らは次代のエリートである。どうして彼らをそういう仕事に従事させることができようか」というのである。

3については、戦時中、多くの大学は文学部を廃止しているという指摘がある。
これなど、最近、文学部不要論なんていうのが出てきたことを連想してしまう。もちろん、戦時下の文学部不要論と、最近のそれとは違うものだけれど、案外、通底する感覚があるのではないだろうか。

1、2に関連しては、こんな証言もとりあげられている。
(元)陸軍の将官に会った折に男の子がいるか聴かれ、いると答えると「戦争で死なない方法を教えてあげよう。陸軍大学校に入れろ」と。陸大に行っていると前線には出ない、後方で作戦計画を練っているだけだから。大東亜戦争で陸大出身者の死者は驚くほど少ない。

そういえば、米国では、階級別戦死者数は階級別人員に比例する、つまりどの階級の軍人も同じ割合で戦死している(上位者の方がやや死亡率が高いとも)が、日本では、圧倒的に下位階級の死亡率が高いという統計があるそうだ。

つまり、今でいうなら、子供の命が惜しければ、防衛大学校へ入れれば良いということらしい。

もっとも民主的軍隊になったらそういうわけにはゆかないだろう。
エリートで無責任、憂国の身勝手なプライドだけは化け物じみて大きい。そういう軍隊にとっては民主教育は都合が悪いに違いない。


もちろん、そんな軍人ばかりのはずはない。率先して危険に身を投じた人も多かっただろうと思う。そうした立派な人を軍人の鑑として顕彰することもやぶさかではない。
しかし、問題は個人の資質にあるのではなくて、構造的な問題だろう。
立派な軍人という人たちは、インパール作戦を止めるのではなくて、そこで死んでいく方を選びがちなのではないだろうか。

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