大西郷という虚像

来年のNHK大河ドラマは「西郷(せご)どん」。
何度も書いたことだけれど、大河ドラマの功罪の功の一つは、関連する本の出版・再版や、テレビの歴史番組などの企画が増えること。

daisaigou_toiu_kyozou.jpg というわけで、原田伊織「大西郷という虚像」をとりあげる。
もっとも、この本は別に大河ドラマに便乗して急ぎ出版されたというわけではない。

それにこのタイトル、どう見てもNHK大河に阿るものではない。これから書店がどのように扱うのか楽しみである。


著者は原田伊織氏、この人の本については既にとりあげた。(「明治維新という過ち」)
下劣・悪辣・残虐・無慈悲の薩長の田舎のワルどもによる、理想もビジョンも尊王精神もなきクーデター、それが明治維新というわけである。

私もこうした見方にはかなり合点がいくところがあって、そうだろうそうだろうという感想も持つのだけれど、さすがにタダのワルばかりでは、そうそうクーデター政府が永続きするとも思えない。著者には、こんな出来の悪い、国民の支持も得られていない連中の「新政府」が、なぜその後の日本を牛耳ることができたのか、そのメカニズムとか、国民精神とかを明らかにしてもらいたい。
それこそが原田史観のもっとも説得力のある証明につながるにちがいない。

さて、前著(前掲書は本書の前に出されている)では、若干、維新の「偉人」を貶す筆致が踊り過ぎのきらいがあったけれど、本書では、もちろんそれもあるけれど、他書でもよく論拠とされる史実を援用して、歴史の流れを描いているので、前著よりも明解な論理構成になっていると思う。

はじめに ~「官」と「賊」を往復した維新の巨魁~
第1章 火の国薩摩
薩摩おごじょ
熊襲と隼人
肥後と薩摩
妙円寺詣り
第2章 西郷と島津斉彬
蘭癖大名
お由羅騒動と斉彬
「郷中」が育んだ「テゲ」の文化
島妻 愛加那
第3章 西郷の幕末動乱
西郷と島津久光~二度目の流刑~
密貿易の国・薩摩と薩英戦争
西郷登場
策謀
「赤報隊」という道具
無血開城という美談
第4章 明治復古政権の成立と腐敗
戊辰戦争終結と会津戦争
賞典禄と西郷
明治復古政権の成立
新政府の腐敗
終章 田原坂への道
岩倉使設団と西郷
明治六年政変と西郷
あとがきに代えて ~「二才頭」としての生涯と薩摩の滅び~
ただ「大西郷」、つまり西郷が大人物であったということを否定する部分については、やはり西郷の真意が何かはわれわれにはわからない。というか、大西郷だから真意はこうだったろうという推論が普通に行われていたところ、原田氏は、大西郷という前提を取っ払って、真意(があるとして)を見透かそうとし、その結果、大西郷というのは虚像だとしたわけである。
どちらが西郷の真意を捕えているのかは、そう簡単にはわからない。

著者は西郷に限らず、そもそも明治維新には指導原理などはなく、従って志士に「真意」や「大志」などというものを想像するのは、所詮、明治維新を称揚する官軍教育の賜物でしかないと言い切り、そうした先入観を排して歴史を正しく見ようと主張している。

また、前著でもそうだが、「幕末三俊」(岩瀬忠震、水野忠徳、小栗忠順)を賞揚する一方、徳川慶喜や、「幕末四賢侯」(島津斉彬、山内容堂、松平春嶽、伊達宗城)を小賢しいだけの、腹の座らぬ小物と評価していて、これら小物のせいで、倒れる必要もなかった江戸幕府が倒れたとでも言いたげである。

その特筆すべき事件が「小御所会議」。
徳川慶喜の処遇について異を唱えた山内容堂をはじめとする尊王佐幕派重鎮が、西郷の「短刀一本あれば片が付く」の言にうろたえることが指摘されている。


そして、冒頭に書いた著者への問い、なぜ「新政府」がその後の日本を牛耳ることができたのか、に戻るのだが、新政府は、江戸入城したころは、外交ノウハウはもちろん、統治機構を持たなかったと推測するのだけれど、その状態で、諸藩はともかく、旧幕府の役人たちは、サボタージュなどしなかったのだろうか。

幕末三俊は、すでに放逐、あるいは処刑されているとしても、この三俊が個人の力量だけで仕事ができていたとは思えない。おそらく、組織がしっかりしていて、彼らに次ぐ優秀な役人も付いていたのではと想像する。
もし、彼らが新政府に協力しなかったら、外交関係はぐちゃぐちゃ、財政は破綻、そういうことになったのではないだろうか。

本書にも興味深いエピソードが紹介されている。

紀州徳川家に津田出という人物がいた。小栗忠順や水野忠徳などと並び称してもいい幕末の俊傑である。幕府崩壊後、西郷はこの津田を訪ね、話を聞いたことがある。忽ち、感服してしまった。そして、素直にこの人を担ごうと思ったようだ。戦が終わって、自分たちは次に何をどうしていいのか、さっぱり分からない。しかし、津田には明確な国家像がある。この人を担ぐしかない。無私な西郷は、正直に感服し、津田の担ぎ出しを平気で、本気で考える。当然、そのことを大久保以下の、戊辰戦争の勝者仲間に相談する。大久保や木戸にしてみれば、とんでもない話である。津田とは、直参ではないが幕府側=敵の人間ではないか。益して、将軍職を出してきた御三家の家臣である。勝者の自分たちが敗者の部下を担ぐとは、西郷は狂ったかといったことになる。


これなどは、西郷は大か小かはともかく、それなりの人物であったことを示すエピソードではないかと思うのだけれど、それはともかく、津田出が用いられなかったとしても、おそらくは旧幕府の役人はいろいろな形で、行政に携わったのだろう。もう少し時代が下がると、旧幕役人、あるいはその家柄の人たちが、いろんな場面で活躍して、新政府の政策を支える事例が表へ出てくる。

もちろん諸藩にも有能な人はいただろう。たとえば坂本龍馬が新政府の財政担当に推した福井藩の光岡八郎(由利公正)など。しかし、やはり江戸の組織と有能な旧幕府の役人を活用しなければ、政府運営は難しかったのではないだろうか。

ロシア革命のときに、帝政時代の官僚を放逐せよという意見に対し、レーニンが革命をつぶす気かと反対したという話を聞いたことがある。
明治政府でレーニンの役割を担ったのは誰だろう?


前の「明治維新という過ち」でもそうだが、著者は維新の志士をごろつき、新政府役人を権力欲、金銭欲の塊呼ばわりするのだけれど、旧幕府の有能な役人(慶喜や春嶽などは含まない)に肩入れする反動が、筆の勢いになっているのだろう。
「官軍教育」で旧幕府が貶められてきた、そのため正当に評価されてこなかったということに憤りをもっているのだろう。

私も悔しいというか、勿体ないという思いがある。
龍馬の死も悔しいが、小栗忠順の死は、新生日本にとってより大きな損失ではないだろうか。
しかし、現在は、旧幕府、とりわけ正統的な高級官僚たちがいかに優れた人材であり、明治政府はその遺産でかろうじて破綻を免れたことは、著者が思っているような裏歴史の扱いではなくて、もはや常識になっているように思う。

テロリストが役人になって、権力欲・金銭欲をむき出しにし、政府権力を私し、邪な動機で行使したと貶めるけれど、そういう部分もあったけれど、それだけではなかったはずだとも思う。
龍馬はグラバー商会の使いっぱしりという扱いをされているけれど、やはり、それだけではなく、龍馬はグラバー商会を利用していたという考え方もあるだろう。

西郷には、やはり人間的魅力がなければならない(勝が言うことは信用できないとしても、そのことでそれを否定する理由にはならない)。
薩摩伝統の二才頭の生き方を最後まで貫いたと著者も言っているわけだし。

歴史は勝者が書く。
このことだけはしっかり頭に入れておこうという本だと思う。

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