ニコチンなし、タールなしの煙草の代用品

2017-05-17_113841.jpg 煙草のような形状をしている、フレーバー吸引装置を購入した。
商品名は"FLEVO"、カートリッジに封入されているフレーバーを加熱蒸発させて、その蒸気を吸引するというもの。

ネットを見ていると、どんな情報に興味があるかサイト側に推測され、いわゆるターゲティング広告が表示される。
その広告で目に入ったもので、安かったので衝動買い。

スターターキットというものが980円(税別)。
加熱器本体、本体を充電するUSBアダプタ、それにお試し用という位置づけで、カートリッジが2種類×1(計2本)。

ネットはもちろん、通常の報道でも用語がかなり混乱していて、これを電子たばこと呼んでいる人がいるが、これは電子たばこと呼ぶべきではない
欧米で多く出回っている、いわゆる電子たばこは、香料を加えたニコチン液を加熱して、発生するニコチン蒸気を吸引するものである。日本では薬事法の規制を受けるはずで、現時点で国内販売はないと思う(並行輸入などはあるらしい)。
また、このブログでも何度もとりあげたiQOSやプルームは、電気加熱式タバコと呼ぶべきもので、煙草を燃焼させず加熱して発生するニコチンを含む蒸気を吸引する。これはタバコであり、たばこ税がかかる。

加熱式というのは新しいように思われるけれど、阿片やマリファナでは昔から使われている吸引方法である。
阿片は直接火を点けるものではなく、シャーロック・ホームズも、阿片吸引器であぶって吸っていたと思う。
マリファナも、昔NHK教育テレビで見たのは、金属製の小皿に載せたマリファナをランプで温めて、出てきた蒸気をストローで吸いこんでいたと記憶する。なお、私はどちらもやったことはありません。


対して、FLEVOのフレーバーにはニコチンもタールも含まれない。禁煙パイポと大差ない。
従ってタバコ税はかからない。薬事法ではなくて、せいぜい食品衛生関係の安全性確認ぐらいのものだろう。

つまり、ビールとノンアルコール・ビールのような関係である。
ノンアルコール・ビールには酒税はかからない。


煙草はやめられない人が多いといわれ、依存性、あるいは習慣性があるとされる。
ニコチン依存という薬理作用であるが、生活習慣の問題もあると言われている。
つまり、考えがまとまらないときに鉛筆をいじったりするのと同じように、タバコを咥えるというもので、癖と言って良いようなものである。

この2つの習慣性の両方を同時に排除するのは難しいだろうから、まずどちらかを我慢し、その後にもう一方を排除するという禁煙指導が行われたりする。
ニコチンガムやニコチンパッチなどは、ニコチンを補給しつつ、生活習慣を変容させようという方法である。
(禁煙プログラムでは、最初に自分の喫煙習慣を確認しようという指導があるのが多いのでは。)

本商品、FLEVOなどは、生活習慣はそのままにして、ニコチンの依存性を絶つというアプローチである。

ネオシーダーという煙草と同じ形状・使用法の薬がある。私も試したことがある。火を点けて吸うわけだが、これもニコチンを絶つものだと思っていたら、どうやら微量のニコチンが含まれ、タールは煙草以上らしい。
(紙を燃やしてもタールは出ると思う。以前、魚の焦げががんの原因と騒がれたことがあって、焦げたところを取り去って食べるという話があったけど、サンマを真っ黒に焦がしたやつを毎日10本ぐらい10年以上食べ続けたらガンになるかもしれないとかいう話だったように思う。)
なので、そういう使い方はできない。禁煙補助具にもならないということらしい。


ただ、私が思うには、喫煙が悪いという立場ではなく、喫煙で摂取される化学物質が悪いという立場であれば、ニコチンやタールを絶てば良いという理屈だから、FLEVOのような商品は、煙草代用品として、継続使用することに問題はないと考えるのが合理的ではないだろうか。(もちろんFLEVOには健康影響がないという前提で)

しかし、化学物質がどうこうとかではなく、煙草はとにかく悪であるという絶対禁煙家にとっては、許しがたいことだろう。

今でもあるのかどうか知らないが、紙巻タバコに似せたチョコレートがあった。
これは大人になりたい子供向けに工夫された商品で、煙草の代用品にはならない。そして子供が煙草に憧れるおそれがあるという理由で、子供のころから煙草を否定するよう教育しなければならないとする絶対禁煙家には許しがたい商品だろう。

さて、FLEVOのようなフレーバー器具が困るのは、それがまさにフレーバーを放出することだろう。
フリスクやミンティアだと、味・香りは、食べている人だけの問題だけれど(傍によって口臭を嗅ぐなどしなければ)、フレーバー器具は周囲にフレーバーを発散するので、臭い被害というものが起きる可能性がある。

風呂に入っていない人間の臭いは耐えられない。
きつい香水の匂いもイヤだ(悩殺されるような香水も困りもの)。
ここまでは許せるが、煙草の臭いは、それらをはるかに超えて不快な臭いで許せない。


また、タバコには、煙が立ち上るという視覚的な楽しみ方もあると思う。それをフリスクで代用というわけにはゆかない。
しかし絶対嫌煙家にしてみれば、坊主憎けりゃ袈裟までの譬どおり、煙⇒悪である。
(煙草を嫌う人たちは、将来、煙草がなくなったら、文字通り煙を嫌う人になるかもしれない)

実際、FLEVOも航空機や列車内での使用は禁止されているようだ。
タバコと紛らわしいということと、やはり臭いや煙(蒸気)に不快感を持つ人がいるということが理由らしい。
ちなみに、全く煙を出さない嗅ぎ煙草の一種"ZERO Style"ですら、JALとANAでは対応が異なりANAは不可、JRはOKだが一部私鉄は不可という。(吸う人がニコチンを摂取できるということは、その人が吐く息にもニコチンが含まれているはずという理屈)

私は煙草が健康に悪いことは認めるし、いつでもどこでも煙草を吸わせろという気もさらさらない。
昔から喫煙マナーというのがある。
  • 食事中は吸ってはいけない(食べ物の味がわからなくなる、周囲の人も)、食後のコーヒーが出てからなら喫っても良いが、紅茶なら喫うべきでない(紅茶は香りを愉しむものだから)
  • 仕事中にパイプ煙草はだめ(リラックスしすぎ)とか、個室以外では葉巻は吸うな(臭いが強すぎる)
  • シガレットは、静かに、ゆっくり喫い、灰は不用意に落ちない範囲で先端に留め、消火は確実にすばやく(くすぶらせない)
などである。禁煙の場所で喫うなとか、灰皿がないところで喫うななどはマナー以前の問題だ。

その一方、あまりに煙草に対する不寛容な姿勢はどうかと思う。
煙草が悪いという論説には、あんまり科学的だと思えないものもあるし、量反応(dose-response)関係について何も情報を与えないで、ほんのわずかでも煙草を吸えば(副流煙でも)直ちに健康に甚大な害があるかのようにいうのも、不寛容のあらわれではないかと感じる。(逆に、煙草にも良いところがあると少しでも言おうものなら、医学界や禁煙運動家から袋叩きにあう)

ほんのわずかも認めないのでは、およそこの世にあるどんなものも食べられないし(毒性のある成分は必ず入っている)、太陽にあたってもだめ(紫外線はがんの原因)、そもそも地球に住んでいてもだめ(地球内部からの放射線)、と言っているようなものではないだろうか。

「安心して喫える」と言ったら絶対禁煙家には怒られるにちがいないが、有毒物質といえども閾値というものがあるはずで、私のように煙草も文化と考えていて、それを全否定する(=文化を消去する)のはあまりに虚しいと思う者にとっては、閾値が示されることは心の平安なのである。

疫学データには、量反応関係を示すものも存在する。しかし、それを禁煙運動などで示すと、少なければ良いというリアクションを引き起こすおそれがあり、まして、絶対禁煙家にしてみれば許しがたい暴挙に映るのだろう。これも非科学的態度だと私は思うのだけれど。


FLEVOの感想は、ちゃんと試してからあらためて。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Gallery
検索フォーム

⇒記事一覧

プロフィール

六二郎。六二郎。


定年退職
苦しい家計の足しに再就職
=いつクビになってもええねん
 言うたもん勝ちや!のブログ
リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
アーカイブ
カテゴリ
タグ

マイナンバー ITガジェット 書評 Audio/Visual 

現在の閲覧者数
聞いたもん