外来種は本当に悪者か?

kob_origin_1_1.jpg 先日、兵庫県の揖保川で、北アメリカ原産の巨大肉食魚アリゲーターガーが捕獲されたというニュースがあった。

アユやウナギを食い尽くすのではないかなどと心配されていて、従来から駆除に努力していたのを、釣り上げてくれた人がいたということらしい。
アリゲーターガーは日本各地で目撃されているが、観賞用に飼育されていたものが放流されたものらしい。

私もこのニュースは喜ばしいことだと思っている。
小さな水系の場合、アリゲーターガーのような魚の場合、在来魚を食い尽くし、次は自分自身が飢え死にするかもしれず、そうなら、ガーは繁殖に失敗し、長期的に見たら元の生態系が回復するかもしれない。
とはいうものの、もちろん短期的な人間に対する損害を放置することはできないから、この場合、駆除は正しいと思う。

51PbfPBOBOL.jpg であるけれど、常に外来種の駆除が正しいのかということに、疑問をつきつける本もある。
フレッド・ピアス「外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD」である。

評価が分かれている本のようだ。
しかし、Amazonにアップされている否定的なレビューには、ちゃんと読んだのか怪しいものも多い。

著者は、外来種をどんどん導入せよと言っているわけではないし、在来種の価値を否定しているわけでもない。
在来種の価値を無視していると批判するのなら、保護論者は外来種の価値を計算に入れないという著者の指摘に答えなければならないだろう。
自説に都合の良い論文、データばかり引用していると批判するなら、著者の、従来の外来種の「悪事」の論拠とする論文・データは怪しいものばかりという指摘に反論し、論拠を示すべきだろう。

たしかに本書での「環境保護論者」への批判の筆致はかなり攻撃的である。
それは、外来種=悪という教義の下、それへの疑いを差し挟めば直ちに攻撃され、学会からは無視され、言いたいことも言えなかった、そうした人々の憤懣、反動がベースにあるからだと思う。売り言葉に買い言葉的な。

環境保護論者にしてみれば、著者が攻撃する理屈を(今も)主張しているわけではない、お門違いの批判だと言いたげな意見もあるようだ。しかしそうした理屈が優勢という状況が少なくとも過去にはあったのではないだろうか。
実際に無駄ではないかという駆除費用が世界中で支出されているのだから。
本書の巻末解説を書いている岸由二氏によれば、本書が批判する環境保護論者の論説は、既に学会内でも旗色が悪くなっており、新しい保護理論が求められているという。想像するに外来種駆除の投資効果に疑問が出始めているからではないだろうか。


また、実際に駆除に関わっている人からすれば、仮にこの本の主張が正しいとしても、それが曲解されて、一般に外来種駆除を否定するような言説がまかりとおることには我慢がならない、反射的に否定したくなるとも想像できる。

筆者は生態学者とかではなくて、この問題に関わってきたジャーナリストである。
以前は保護論者の側にいて、外来種の危険を宣伝する側にいたらしい。
しかし、問題に関わるうちに、どうも真実は違うようだと感じ、今まで圧殺されてきた異端の研究、研究者に接するうちに、外来種=悪の呪縛から逃れたらしい。みんな早く、その教団から逃げなさいと言っている。

ただ、書評を書くにあたって、ことわっておくが、私も生態学の知識を持っているわけではない。だから、本書と、それを批判する意見のどちらが正しいのかという点については、判断できない。それぞれの論理破綻を見てとるしかない。
だから、著者を批判するなら、自らの教義と異なるということを理由にせず、きちんと科学的にやってもらいたい。
著者は「侵入生物学」などは科学ではないと言い切っている、それへの反論を期待したい。

本書の要点やレビューにみられる批判についてのコメントは、長くなりそうなのであらためて。

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