藤堂高虎「家康暗殺計画」運命の決断

毎週録画をセットしている番組がいくつかあるが、NHK BSプレミアムの「英雄たちの選択」もその一つ。
ちょっと溜りぎみになって、休みの日などにまとめて視聴する。

toudou_takatora_portrait.jpg というわけで、放送日は随分前だったけれど、今日の記事でとりあげるのは、“藤堂高虎「家康暗殺計画」運命の決断”。

藤堂高虎は、NHKの他の歴史番組でも何度かとりあげられている。
仕える主君を次々に替えた、そのたびにより大物に仕え、報酬も上がる。変わり身の早さと、それでもこの人を使いたいと考える主君がいるという、忠義よりも実力といってよい武将。

本番組でもそのことが追跡されるわけだが、特にその最後の主君の変更に注目する。
それが「家康暗殺計画」運命の決断
反家康派が、前田利家の見舞いに行く家康を襲撃しようという企てがあることを知った高虎が、それを防ぐという決断。

番組の最後に、高虎の「領主の心得」が紹介されたのだが、これが印象的。
国は将軍からの預かりものである。土地は領主のものではない、人民も領主のものではない、というもの。

磯田道史氏が言ったのか、他の出演者が言ったのか定かじゃないけれど、これこそ明治を準備した理念ではないかという。
この言葉が高虎の信念だったとするなら、彼は国のかたちは、封建制じゃなくて郡県制をイメージしていたわけだ。

鉢植え大名」という言葉がある。
幕府の意向により、封地を変更されることを、鉢を動かす姿に譬えた言葉である。
今まで、大名たちが幕閣に弄ばれるものと単純に考えていた。
しかし、その内実には、二つの異なる状況があると考えるべきかもしれない。

一つは、そのとおり、大名支配を強固にするために転封するもので、対立するものの力関係が反映しているという見方。
そしてもう一つが、この高虎のように、地方支配のために配置されているというような受け止め方。

もちろん、薩摩のように頑として動かない、鉢植えじゃなくて、しっかりその領国に根を張っているところもある。
戦国国盗り合戦の残滓。(そしてこれが幕末にきいてくる)

番組では、そうした体制を分権的中央集権とし、そのおかげで、江戸幕府が明治新政府(薩長)に変わっても、トップが替わっても、国全体として大きな混乱はおきなかったという。国民国家を準備したものだとする。

これを敷衍すると、普通考えられているのとは全く違う幕末ストーリーができるかもしれない。
というのは、幕末の志士というと、国(藩)のことばっかり考えず、日本国全体を考えようという人のように言われ、幕府はその大義がわからない愚か者のように言われているわけだけれど、国(藩)のことばかり考えるような精神構造にあったのは薩摩や長州の方であって、日本国全体のことを考える精神構造を持っていたのは、鉢植え大名の方。
そして、鉢植え大名としては、日本国全体のことを念頭に置いて、敢えて反乱軍(薩長)に抗うことなく、次の世での延命を図ったというストーリーである。

もちろん、このストーリーは、高虎の領主の心得が、少なくとも幕府よりの大名には共有されていなければ成り立たない。だが、イメージとしては、幕府の前に委縮するような鉢植え大名が主流で、高虎の津藩は例外だろう。
ということは、やはり荒唐無稽なストーリー、実態は、そもそも将軍への忠義などというものはほとんどの大名が持っていなかった、かといって、実務官僚でもなく、ただ右往左往・右顧左眄、最後は付和雷同したにすぎないのだろう。

それはともかく、そうした高虎の心性をとらえたのか、番組の最後に磯田先生が、「高虎は技術官僚」というような総括をおっしゃっていた。技術を持つ役人、すなわち実務官僚の心性というのは、そのときそのときの主君には忠実に仕えるが、主君は必ずしも固定されるものではないと思う。

そのことを理解できない、あるいは裏切り者よばわりするようでは、人を使えるような大物とは言えない。豊臣秀長も徳川家康も大物だった、そういうことだろう。

役人を敵視することを政治主導だと考えて政治がうまく機能するはずはない。


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