岩波書店が直木賞を初受賞

tsuki_no_michikake.jpg 先日、今年の芥川賞・直木賞の受賞作が発表された。
芥川賞は沼田真佑『影裏』(文學界5月号)、直木賞は佐藤正午の『月の満ち欠け』(岩波書店)である。

あまり小説を読まない私としては、ふぅ~んという程度で聞きながしていたニュースだけれど、ネットにおもしろい記事が出ていた。
岩波書店が直木賞を初受賞 書店員が頭を悩ませている理由とは?

タイトルですぐにピンと来る、岩波なら書店買い切りだから、どれだけ仕入れるとかで悩むだろう。

というか、岩波が新作小説(岩波だったら「文学」と言うべきか)を出版しているなんて、全く虚をつかれた思い。
岩波の小説といえば、漱石全集(我が家にも父が買いそろえた新書版全集があった)とか、評価の定まった古典的なものとか、岩波子どもの本とか。

子供の頃から、良い本屋とは岩波を置いている本屋だと聞かされてきた。
一時、ツタヤに岩波がなく、インチキ本屋だと思ったことがある(今は置いているところもあるようだ)。
学生時代、友人との待ち合わせ場所は、本屋の岩波コーナー(ジャリやビジネスマンなどが居ない)。

岩波にはトンデモ本はまずなく、きちんと吟味された本が出版されていると思う。「種まく人」は信頼のマークである。
さまざまな意欲的な企画が実行される。そんなに売れそうもない本なのに。
出版文化という言葉は、岩波のためにあるようなものだと思う。

「○○新書」というのは、今ではあちこちの出版社が出しているが、中にはこれって、著者の妄想じゃないかというようなものを平気で出版しているのもある。

岩波新書は読み応えのあるものが多い(ただし、どちらかというと反権力が多い)。


「○○文庫」というのも、私が学生の頃までは、岩波文庫、角川文庫が双璧だったと思う。もちろん収録されているのは、重厚な古典中心(笑い話のようなものでも古典文学として)。その後、あちこちからうすっぺらな文庫(新作のハードカバーが文庫に装丁されたもの)が「軽い」読み物としてもてはやされ、なんと「岩波も文庫を出しているんだ」と同類視する輩がいたりする。

岩波文庫で一番薄いのは、「共産党宣言」(マルクス、エンゲルス)と、「数について」(デデキント)ではないか。(後者は、「截断」を使って有理数を実数に拡張する論文。副題:連続性と数の本質)


『月の満ち欠け』も、いずれ岩波文庫に収録されるんだろうか。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Gallery
検索フォーム

⇒記事一覧

プロフィール

六二郎。六二郎。


定年退職
苦しい家計の足しに再就職
=いつクビになってもええねん
 言うたもん勝ちや!のブログ
リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
アーカイブ
カテゴリ
タグ

ITガジェット 書評 マイナンバー Audio/Visual 

リンク
現在の閲覧者数
聞いたもん