菊の節句

iwashimizu_kikkasai.jpg 今日は重陽の節句菊の節句ともいう。

菊の節句というのは、菊の開花時期だからそういうのだけれど、それは旧暦でのこと。今年の旧暦九月九日は、新暦10月28日であり、たしかに菊の盛り。

あちこちで菊花祭という祭事があるけれど、10月に開かれるものが多いが、これは菊の季節を重視したものだろう。一方で、新暦の9月9日に菊花祭をするところもある(石清水八幡宮)。両立させるなら旧暦の九月九日にやれば良さそうに思うけれど。

菊といえば皇室の紋でもあるけれど、Wikipediaによれば、これを採用したのは鎌倉時代、後鳥羽上皇だという。
百人一首に
凡河内躬恒
心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花
(秋277)
という歌があるけれど、定家は、後鳥羽上皇への思いをもって百首を撰したという(あやしげな?)説を聴いたことがある。この歌の「おきまどはせる」は「隠岐惑わ:せる」の意であり、「白菊」は後鳥羽上皇を指すのだという話だった。

この躬恒の歌は古今集に収載されているが、古今集には菊の歌は11首あるという。ところが万葉集には菊という言葉はでてこないのだそうだ。
万葉集を全部読んだわけではないけれど、愛読する斎藤茂吉「万葉秀歌」には菊の歌はなかった。野菊は日本にも自生していたが、今の鑑賞用の菊は中国由来だというから、渡来したのが奈良時代以降ということなのかもしれない。もしあればきっと歌われていただろう。

そういえば梅も渡来植物で、こちらは菊より早いのだろう(万葉集にも多く歌われている)。


その菊だけれど、古今集では、菊の色が変わるのをおもしろいとして詠んでいる歌がある。

よみ人知らず
色かはる 秋の菊をば ひととせに ふたたびにほふ 花とこそ見れ
(秋278)

これは躬恒の歌の次に配されている。 「色が変わるといえば、色あせることをいうのが普通だが、菊は白い色の盛りも美しいが色の変化も美しい、と少し常識の逆を行く歌。」と高田祐彦「新版 古今和歌集」には解説されている。

私は、白菊の色が変わるといえば、茶色く変色していくイメージの方が強くて、あじさいのような色変わりとして感じたおぼえがないのだけれど。


ただ、古今集には、菊の色が変わることを詠んだ歌は他にもあって、それを美しいとみたのか、むなしいと感じたのか、そのあたりはよくわからないが、枯れるというより、色がうつろうという意識が共通してもたれていたのかもしれない。

大江 千里
植ゑし時 花待ち遠に ありし菊 うつろふ秋に あはむとや見し
(秋271)

平 貞文
秋をおきて 時こそありけれ 菊の花 うつろふからに 色のまされば
(秋279)

貫 之
さきそめし 宿し変れば 菊の花 色さへにこそ うつろひにけれ
(秋280)

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