「戦争調査会 幻の政府文書を読み解く」(第一部)

51pjO5tH2DL.jpg 今日は終戦記念日。
それにふさわしい本をとりあげることにした。

それは、井上寿一「戦争調査会 幻の政府文書を読み解く」

戦争調査会」という組織については、あまり知らなかった。以前とりあげた「検証 戦争責任」で、日本国民自身による戦争責任の追及・総括が不十分であったとし、戦後に行われたそうした取り組みは中途半端に終わったとしていた。その中途半端な取り組みがこの「戦争調査会」らしい。

その批判を読んだとき、中途半端に終わったのは、調査会自身の問題、調査に参加した人たちが、深く追究することもなく、通り一遍の報告をまとめた、つまり信用するに足りぬものなのだろうと思った。

しかし、本書を読むと、その理解は完全な間違いのようだ。
上述の「検証 戦争責任」が、この戦争調査会の記録をあまり重視していないことが不思議である。

「戦争調査会事務局書類」全15巻が公刊されたのが最近(2015年。全巻揃うのは2016年)だからかもしれないけれど。


はじめに
 
第一部 戦争調査会とその時代
Ⅰ章 戦争調査会の始動
Ⅱ章 戦争調査会は何を調査するのか?
Ⅲ章 戦争回避の可能性を求めて
Ⅳ章 未完の国家プロジェクト
 
第二部 なぜ道を誤ったのか?
Ⅴ章 戦争の起源
Ⅵ章 戦争と平和のあいだ
Ⅶ章 日中戦争から日米開戦へ
Ⅷ章 戦争の現実
 
おわりに
 
参考文献
あとがき
本書によれば、調査が中途半端に終わったのは、なんといっても並行して東京裁判が行われていたからである。
戦争犯罪を裁くのが調査会の目的ではない。それでは東京裁判と重複してしまう、力関係からすれば、調査会が違う裁き(東京裁判にさからう)をすることはありえない。

幣原喜重郎は、日本人自身で戦争犯罪を裁くべき、そのため戦争犯罪法のようなものを制定すべきという意見は受け付けなかった。事後的な法律で裁くことはできない、法の不遡及という一般原則でもあるとしている。

物理的にも、調査会にとって重要な証人が、東京裁判のために収監されていて、聴きとりが難しかった。

それでも、100人のスタッフが精力的に資料収集にあたった。ただ残念なことに、裁くことが目的ではないとしても、調査会の報告は、東京裁判の結論と微妙な関係になることからだろう、結局、公刊されることはなく、国立公文書館・国立国会図書館憲政資料室に眠ることになる。

さて、一般に、資料収集といっても、手当たり次第、何でもというわけにはいかない。そこには資料の収集方針というものがあるはずである。

そして、その方針をうかがわせる調査会の会議記録がある。それは、第三部会(財政経済)の第一回部会における渡辺銕蔵委員(元東京帝国大学教授、経済学)の発言である。

 渡邊は「領土拡張で行かなくても経済的発展で十分補えた」と考える立場だった。このような見解には反論が予想された。渡辺は先回りして述べる。
「戦争をやるまでに誤解があったと思う。例えば経済的に圧迫されておったとか――例を挙げればオッタワ会議で英帝国ブロックが日本をいじめておるとか……。戦争誘発に関して経済上の問題につき誤解があった」
 一九三○年代のブロック経済を主導するイギリスの特恵関税制度によって、日本は世界経済から排除され、延いては戦争に至る。渡辺はこのような見方を「誤解」と退ける。


本書は、2部構成となっている。第一部は、戦争調査会の発足、活動の経緯にかかるもので、調査会の人事、調査の方向性の検討過程などが書かれている。
今日の記事は、この「第一部」までについての感想である。

第二部は、戦争調査会が収集した資料や、当時つけられた解説などから、戦争に至る流れを跡付けるものである。
こちらについては次稿にまわすことにする。

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