プーシキン美術館展(その2)

DZW3KC_WsAAATRU.jpg プーシキン美術館展のテーマは「旅するフランス風景画」である。

「旅する」とは、フランスで描かれたものが、ロシアの蒐集家によって購入され、はるばるロシアの地へ来たことを言うらしい。


さて、風景画といえば、ターナーとかコローとかが思い浮かぶ。

随分前に理想のカレンダーという記事で、部屋に飾るカレンダーの図案は、自然や風景写真、あるいは風景画が良いと書いた。
あんまり引き込まれるのは、部屋に飾るのは良くないと思うからだ。


ところが、今回の展示を見ていて、こういうものも風景画に括られるのかと、あらためて考えてしまった。
私のイメージでは、近代つまり印象派以降には、風景画に括るようなものはなかった。
風景画じゃないと感じるのは、モネの水蓮というのは庭園を描いたものだし、つみ藁はそのつみ藁を描いたもので、これを風景だとは感じないから。
風景画といえばランドスケープだと思っていて、描かれる空間が小さいとそうは感じないのかもしれない。
ところがそれだけではなくて、セザンヌのサント・ヴィクトワール山を描いているものなどは、まさに風景なのだけれど、風景画とは、やはり感じない。
jaguar-attacking-a-horse-1910Large.jpg というか、ルソーの「馬を襲うジャガー」が風景画なんて、一体誰が思うだろう。

思い返すと、上で例示したターナーやコローのように、心をざわつかせるようなものは風景画だと感じていないわけだ。

もちろん今回の展示にも、18世紀の風景画で、これは風景画だと思うものもたくさん出ている。
代表としてコローにしよう(上図 「夕暮れ」)。

しかし、「夕暮れ」も、良く見ると木の傍らに人物が描かれていて、やはり物語性を感じさせられるのだが。


しかし、風景を描いたものと、ぼーっと見ていた私も、風景画というのは、必ずしも風景をそのまま描いたわけではないということにも気がつくことになる。

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