「応仁の乱」

8123vwc6CDL.jpg 呉座勇一「応仁の乱―戦国時代を生んだ大乱」について。

昨年、カタイ新書としてはめずらしいベストセラーで話題になった本である。
その頃、書店店頭で平置きもされていたのだけれど、天邪鬼の私は敢えて手にとらなかった。
ときどきチェックしていたのだけれど、図書館でも貸出中が続いていて、なかなか借りられなかったところ、先日、忘れた頃になって書架に見かけたので、読んでみた次第。

ちょっと傷んでいた。市町村立図書館は人気小説の類は何冊も購入して貸出ニーズに対応しているというが、同じベストセラーでも教養書は同じ扱いにはしないんだろうか。


さて、応仁の乱についての教科書的理解は、将軍継承問題を端に発し、有力大名が2つに分かれて京都を中心に争い、雌雄を決することができず、長い戦乱状態となった。膠着状態のまま、双方の大将があいついで死去し、戦いは下火になった、一方で守護在京原則が崩れるというか、守護在領制あるいは守護代などの領国勢力の台頭が起こり、戦国時代に入っていくいうようなものだと思う。

はじめに
第一章 畿内の火薬庫、大和
1 興福寺と大和
摂関家と興福寺/一乗院と大乗院/衆徒と国民
2 動乱の大和
南北朝の大和/国中合戦/後南朝勢力の蠢動
3 経覚の栄光と没落
順風満帆の前半生/後継者工作/宇陀「郡内一揆」の蜂起/将軍足利義教の方針転換/成身院光宣の暗躍/経覚の失脚
第二章 応仁の乱への道
1 戦う経覚
嘉吉の変/筒井氏の内訌/経覚と光宣/尋尊と大乗院寺社雑事記
2 畠山氏の分裂
京都での武力衝突/足利義政の無定見/畠山政長の擁立
3 諸大名の合従連衡
越前の長禄合戦/河鍋合戦/畠山義就の雌伏と斯波義廉の焦燥/文正の政変/畠山義就の上洛
第三章 大乱勃発
1 クーデターの応酬
御霊合戦/細川勝元の反攻/足利義政の選択
2 短期決戦戦略の破綻
両軍の構成/足利義視の失脚/大内政弘の入京/西幕府の成立
3 戦法の変化
井楼の活用/御構の出現/足軽の誕生/補給路の争奪
第四章 応仁の乱と興福寺
1 寺務経覚の献身
四度目の寺務に/供目代人事の調整/名字を籠める/経営再建に失敗
2 越前の状況
朝倉孝景と経覚/楠葉元次の越前下向
3 経覚と尋尊
性格の違い/政覚をめぐって
4 乱中の遊芸
一条家の疎開/古市での「林間」
第五章 衆徒・国民の苦闘
1 中世都市奈良
奈良の住民/おん祭り/古市の盆踊り
2 大乱の転換点
成身院光宣の死/朝倉孝景の寝返り/西軍の南朝後胤擁立
3 古市胤栄の悲劇
家臣たちの離反/経覚に頼る/山田宗朝に頼る/胤栄の引退
第六章 大乱終結
1 厭戦気分の蔓延
疫病の流行/和睦の模索/終わらぬ、大乱
2 うやむやの終戦
細川・山名の単独和睦/終戦工作の展開/西幕府の解散
3 それからの大和
経覚の死と尋尊/畠山義就の独立王国/筒井氏の零落
第七章 乱後の室町幕府
1 幕府政治の再建
寺社本所領返還政策の再開/足利義政の隠居
2 細川政元と山城国一揆
迷走する幕府の山城支配/山城国一揆の蜂起/細川政元の思惑
3 孤立する将軍
足利義尚の自立/足利義尚の近江親征/足利義材政権の成立
4 室町幕府の落日
明応の政変/古市澄胤の南山城進攻
終章 応仁の乱が残したもの
守護在京制の解体/京都文化の地方伝播/戦国大名と郷村/生き残った興福寺
主要参考文献/あとがき/関係略年表/人名索引
本書では、その流れを踏襲しているけれど、乱の発端は畠山の家督争いであるとする。一大名の家督争いがなかなか決着しなかったのは、細川と山名が政長、義就それぞれに肩入れしたこと、そして、将軍義政が態度をころころ変えたからという。

しかも、畠山の家督争いは、対立する細川と山名の代理戦争かと思いきや、この大大名二人は、不倶戴天の敵同士というわけではなかった。既成権力を代表する細川と、新興の山名という色合いはあるものの、新旧対立というほどでもなく(山名には野心はあっただろうけれど)、ましてや全面戦争など、どちらも考えていなかったという。

しかし、畠山の両派とのそれまでの関係から、どちらも支持する側を見限ることができなかった。
本書による応仁の乱の推移を総括すればそういうことになる。

もう一つ、応仁の乱を理解するときに、私などが見落としていたことは、乱は京都だけで戦われていたわけではないということ。

本書は、史料に基づいて、将軍、細川、山名、畠山義就・政長などの人間関係を描くわけだが、その際に多く利用された史料が、興福寺別当である寺務大僧正を務めた経覚と、同じく興福寺の僧で経覚と競うような尋尊が残した日記なのだが、この二人とも、興福寺の足下である大和での勢力争い・戦いに一喜一憂していることがわかる。

前述のとおり、乱の発端は畠山の家督争いだが、そもそも畠山氏は河内守護であり、河内や、河内に隣接する大和で義就・政長が勢力争いや、実際の戦いをしたことは、言われてみれば当然だろう。

ところで、著者は、応仁の乱を第一次世界大戦と似ているという。

第一次世界大戦も応仁の乱も、だれも正面衝突をのぞまず、はじめは局地的ですぐに戦いは終結すると思っていたのに、なぜかだらだらと続いてしまった。

結果的には、新興勢力のドイツが既成勢力のイギリスに戦いを挑んだ形となったが、ドイツはイギリスとの全面戦争はのぞんでいなかった。そして、新興の山名宗全が既成権力の細川勝元に挑んだ形になったが、もともとこの二人は敵対していたわけでもなく、戦いたいとも考えていなかった。

最後に勝敗を決するのは補給の問題で、ドイツは補給線を絶たれて敗北するわけだが、西軍は日本海側からも瀬戸内海側からもの補給路を断たれて戦争継続が困難になる。


というか、この本は第一次世界大戦開戦100年(2014)を意識して書かれたという。(それにかこつけて売り上げを伸ばそうとしたのかもしれない)
だけど、腰巻とかにそういうことは書かれていない。

なぜ売れたんだろう、やっぱり不思議だ。


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