阿波おどりのポリシーは?

FB_IMG_1534378096020.jpg Facebookの「お友達」から、阿波おどりの様子らしき写真が投稿されてきた。

「お友達」というのはちょっとはばかられるぐらいの先輩で、徳島出身者


今年の阿波おどりについては、随分前から開催があやぶまれるほど混乱していて、先日来、テレビのニュースでも、おどりの賑わいとともに、その混乱のほどが報道されていた。
私も、昨年まで阿波おどりを主催していた市の観光協会が、市によって破産手続きがすすめられたという報道があったころから、どうなるのかなと思っていた。

FB_IMG_1534382295656.jpg 今までのやりかたを変えたくない、今までどおりではダメという、阿波おどりそのものをめぐる意見の対立があったのか。それとも、阿波おどりの権益をめぐる対立なのか、外からはうかがいしれないが、おどりの実施にあたって、対立ははげしくなっているようだ。

思うに、こうした各地で行われる祭は、いずれも宗教的含意のあるものである。
阿波おどりは盆踊りであり、ならば、本来は死者の供養。

昨年、八尾でギネス記録をうちたてた河内音頭も本来は盆踊り。


ところで、神社系の祭は、いくら派手な行列が出ようとも、本当の祭では厳粛な神事が行われているわけだが、盆踊りは別にどこかのお寺の先祖供養の行事などと連繋しているような話はついぞ聞いたことがない。(仏教系といえば、精霊流しとか送り火というようなおごそかなものが思い浮かぶ。)

で、勝手な解釈をするなら、「おどる阿呆」も「見る阿呆」も、お盆に帰ってくる方たちに、自分たちの元気な姿を見てもらうものではないだろうか。踊りの熱狂は一種のトランス状態かもしれない。お盆というからには本来は仏教行事かもしれないが、こういうところは神がかりと一体になっているのかもしれない。
ならば、今回の混乱、ご先祖さまたちは、どのようにご覧になっているのだろう。

祭をめぐっては、けっこう関係者間で主導権争いとか対立が起こるという話はあるようだ。
四国では、昨年、「六十二番札所である宝寿寺(ほうじゅじ)が四国八十八箇所霊場会から脱退」というニュースがあった。

これで霊場が一つ減るわけではない(八十八を定めているのは霊場会ではない。江戸時代のガイドブックにあった八十八ヶ所が起源で、とりたてて宗教的意義があるわけではないらしい)


神仏の世界も、俗世と同じように争うらしい。
というか、神仏が富を集める(寄進やお供え)から、利害対立もあたりまえということか。

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