戦争の世界史(上) その2

WarHistory.jpg昨日の続きで、マクニール「戦争の世界史(上)」。
本日は、この本が筆者の長年の疑問に答えてくれたこと、あるいは疑問にも思っていなかったことについて(これがやはり偉い人の著作だと思わせる)。

筆者の長年の疑問として、たとえば、アメリカ独立戦争の映画やドラマを見ると、隊列を組んで行進する英軍に対し、独立軍側はゲリラ的に銃をうちかけ、倒れる英軍兵士というシーンが良くでてくる。こういうシーンを見るといつも思ったものだ:
開けた土地をあんな風に隊列を組んでたら、いくらでも狙い撃ちできるじゃないか、何故、英軍兵士は散開して対抗しないのか、さっきまで隣で行進していた兵士が倒れて、恐怖を感じないのだろうか。

この疑問に対して、本書は、オランダのマウリッツ(1567-1625)の軍事革命についての解説で答えてくれる。
弾薬を装填し発射するという銃兵の動作を42に分解し、号令とともに一つずつ一斉に動作させることにより、間違いなく、高速に、さらに、発射後に後ろへ回ることにより、連続一斉射撃を可能にしたという。
我が国では、信長の鉄砲三段打ちが有名だが、実際にこのようなことができたとしたら、ヨーロッパに先んじて実現したことになる。マウリッツの改革では、兵士に大変な教練を施して実現したわけだが、信長はどうだったのだろうか。
また、マウリッツの改革では、こうした訓練を通して、兵士の仲間意識が生まれ、隊列をはずれることが最も卑怯な行為と考えられるに至った。同時に、兵士は考えることをやめ、軍隊行動は各隊を単位としてなされ、兵士の個性は完全に奪われた。
オランダ軍は実戦でこの威力を発揮し、ヨーロッパ中にこの方法が広まるのにそうは時間がかからなかった。
なお、マウリッツは古代ローマの兵制にヒントを得たと言われている。古代ギリシアや初期の古代ローマでは、市民が軍を構成していたといわれている。近代の国民軍はこのあたり、特にオランダという国だからだろうか。

一方で、こうして兵制が整備されてくると、今度は軍は保守化する。新兵器の採用は、それまでのシステムを変えるような危険を冒さない形でしかすすまない。明治38年(1905年)の三八式小銃が制式以来、太平洋戦争まで使われたことは司馬遼太郎の本にも書かれていて、帝国陸軍はどんだけアホやねん、と思っていたが、この頑なさはかならずしも日本だけではなかったらしい。変えるときはシステムごと変える必要がある。そしてそのタイミングを-それはせいぜい10年速いか遅いかというようなタイミングだろう―欧米は掴み、日本は掴みそこなったのだろう。
兵器といえば、大砲の技術革新により、砲兵と銃兵が非平衡の関係となる。
そしてこれは当時も、正々堂々とした戦いの姿ではないという批判が巻き起こっていたという。(今、非平衡と言えば、テロリスト等と正規軍のことを言うのが多いようだが)

上巻の最後は、フランス革命とイギリスの産業革命に充てられる。
これも長年の疑問であった、フランス軍、それは本来は王の軍隊だったはずなのに、革命を抑える戦力として働くことはなかった。
本書では、権力がどこにあるかにかかわらず、王の軍隊から、革命政府の、ナポレオンの、その後の王政復古でも、ずっとフランス軍で有り続けたとし、その理由は国内の人口圧力を吸収していたこと、国外で活動したことなどがあげられている。
本書ではある程度、革命の流れを追っかけているが、それによれば、革命は決して必然的な流れとは言えないという印象を受けた。革命計画やその後のビジョンがあったわけではなく、ゆきあたりばったりだったと思う。そのゆきあたりばったりが、一つの方向に歴史を動かす、これが革命なんだろう。(学生が革命を夢想するのとは違うのが、本当の革命の実態なのだろう)

イギリスの産業革命をフランス革命と並べるというのは、虚をつかれた感じである。
著者は、どちらも国内の人口圧力が背景にあるというが、それだけではなく、産業革命を推進した大きな時代状況として、フランス革命をとらえている。つまり、産業革命の本体である鉄鋼等への大規模投資は、軍需と切り離すことはできない、実際、当時のイギリスのGDPの20%以上が政府支出であり、それはフランスに対する軍需であるという。

また、あわせてこの時代のプロイセンの軍制改革にも触れられている。参謀というものの役割を明示し、参謀本部を創設したモルトケである。地図をベースに、行軍の速度や距離、兵站などを、計画的に動かすこと、また、平時にあってもシミュレーションを行って備える、そういう参謀という存在はこのときにできたのだそうだ。
なお、モルトケの命を受けたメッケルが陸軍を指導するために来日したことは、「坂の上の雲」にも書かれている。日本は、このときは、まさに最先端の軍制を取り入れるところからはじめることができたわけである。

まさに上巻の最後のこの章が、戦争の近代への幕開けなのだ。
(下巻を読みたいのだが、上巻は図書館で借りたもの、下巻を続けて借りようとしたら、貸出中だった)
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