戦争の世界史(下)

McNeal2.jpg上巻は戦争の「近代」が始まるところで終わって、下巻は近代の戦争をめぐる国民国家の鎬を削る争いになる。

上巻の書評「戦争の世界史(上)」  「戦争の世界史(上)その2」


まず、下巻の目次:

下巻
 第七章 戦争の産業化の始まり 1840~84年
 第八章 軍事・産業間の相互作用の強化 1884~1914年
 第九章 二十世紀の二つの世界大戦
 第十章 一九四五年以来の軍備競争と指令経済の時代


上巻の最後に産業革命と軍への投資のことが書かれていたが、下巻では、この流れの一層の深化と、世界規模への拡大のことが書かれる。
何より、武器の進化の記述が多い。それも各国の軍予算の制約や産業としての武器製造業の発展をセットで書かれる。このあたりが、兵器そのものの技術・効果などを追う通常の兵器史とは一味違うところかもしれない。

こうした流れが決定的になったのは第一次世界大戦である。
しかし、第一次大戦についてはあまり知識がない、というか世界大戦といっても、日本は戦場にならず、「世界」といってもどこの世界、という具合。

そんなことを言ってたら知識の貧困さを露呈する。日本も参戦し、ドイツ租借地青島に攻撃を加えたし(イギリスの要請というが、すぐイギリスは撤回、日本は要請なくとも参戦すると主張して容認されたらしい)、このときには多くのドイツ軍兵士を捕虜にした。そしてその捕虜たちによって、ベートーヴェンの第九が日本初演された(この頃は、日本の捕虜に対する待遇は良かったそうだ)


第一次世界大戦を扱った芸術作品も、思えばいろいろある。「西部戦線異状なし」「武器よさらば」、「アラビアのロレンス」も(どれも映画化されたものばかり見てて、本は読んでないけど)。ピカソの「ゲルニカ」もこの時代だろう。

歴史とは全く関係ないが、ブラナー監督の映画版「魔笛」は第一次大戦をイメージしたシーンから始まる。


私が高校のとき、第一次世界大戦については、社会科の授業で概括的に取り扱われたと記憶している。
曰く、それまでにはない国家の総力戦であること、戦車・飛行機・毒ガスなどの新兵器が使われたことなどである。
こうした総括はその通りであり、本書では、これを支えた大量生産経済の発展や鉄道輸送の発達などが取り上げられ、その実態が丁寧に記述される。それは個々の兵器の性能・技術というレベルにまで至っている。
著者の視点は常に、具体的事実とマクロ的解釈が併存するので、説得力が高い。マクニールとは異なる歴史解釈もあるのだろうが、この大きな流れと具体的事実を頭の片隅にでも置いておくことは、無駄ではないと思う。

それにしても、日本人にとっては第一次世界大戦は、やはり、どこか遠い戦争のように思っているのではないだろうか。比べて、ヨーロッパの人は大変重く受け止めているように感じる。
今年は第一次世界大戦開戦100年である。これを機に関連イベントや出版が続くだろう。注目していきたい。


以下、そうした大きな流れの中から拾いだしたトピックス。

資本は利潤のあるところへ流れる

これ自体はアタリマエだから解説の必要はないが、注目されるのは、武器製造業は国内需要だけでは生産を維持することが困難だったということ。このため有力な企業は外国の軍隊に顧客を見出していく。それでもさすがに敵対国へは販売していない。これは愛国心かもしれないが、そこまで拡げる必要がなかったからという実態もあったということらしい。


コマンド・インベンション

飽くことなき新兵器の追求は、軍の仕様(ときとして当時の技術水準を超える)に応じて民間武器製造業が答える形ができあがる。以前にもそうした仕様に基づく開発・発注はあったが、それはつとめて個人的つながりであったのが、軍と産業の社会システムとして確立するというわけだ。こうした軍からの仕様(性能諸元)の提示を、「著者は指令による発明(コマンド・インベンション)」、「指令による技術開発(コマンド・テクノロジー)」という。
第一次世界大戦中には、それまで与えられた戦力・兵器で作戦を立案していたのが、作戦遂行に必要な兵器の能力・諸元、量といったものが追求され、未だ存在しない兵器が開発されることを見込んだ作戦まで立案されることになる。
ところで、高度化する一方の技術に対し、採否決定を行う立場の軍上層部は、新技術に全くついていけなかったそうだ(何しろ機密だからヒラの技術士官などお呼びでないらしい)。他、軍の保守性とか、企業との癒着とか、旧日本軍だけではないのだと、妙なところで安心する。


電撃戦

機動力(戦車と航空機)を活用して、一気に敵中枢へ進撃する作戦が可能になった。このアイデアも第一次世界大戦中にイギリス側が考えていたらしい。1919年実施で計画されていたそうだが、その前に大戦が終結した。その20年後、ドイツは性能の上がった戦車と、航空機の付加によって、見事に成功させた


下巻は、軍拡競争一色、という感じなのだが、著者は終章で、この先どうなるかはわからないとしながら、「世界帝国」が、テロや匪賊などはあるだろうが、大国が対峙する時代を終焉させ、コントロールされた、そして象徴的な範囲の軍備になるかもしれないとしている。世界帝国などというのはあまりうれしくもない世界のようにも思うが、平和の代償ということのようだ。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Gallery
検索フォーム

⇒記事一覧

プロフィール

六二郎。六二郎。


定年退職
苦しい家計の足しに再就職
=いつクビになってもええねん
 言うたもん勝ちや!のブログ
リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
アーカイブ
カテゴリ
タグ

書評 ITガジェット マイナンバー Audio/Visual 

リンク
現在の閲覧者数
聞いたもん