大学入試改革

今日からセンター試験がはじまった。
例年、どこかでなにかのトラブルが起こるようだが、たくさんの会場・受験者がいるのだから、完璧にするのは難しいだろうと思う。

NHKdaigakunyushi.jpgところで、昨年、中教審の大学入試改革のことが報道されていた。
NHKの解説委員室のページ「時論公論」で「大学入試改革 実現性は?」として、とりあげられている。
このページに改革の要点がまとめられているので引用する:

▽今の大学入試センター試験を廃止して、知識の活用力を問う新しいテスト「大学入学希望者学力評価テスト」を導入し、年複数回実施する。
▽高校在学中に学習の到達度をはかるため「高等学校基礎学力テスト」という新たなテストを設け、進学や就職の際の学力の証明として使えるようにする。
▽大学は、個別試験では、筆記だけでなく、小論文や面接、志望理由書など様々な物差しで学生を丁寧に多面的に評価するとともに、どんな学生が欲しいのか、そうした学生を選ぶためにどんな試験を行うのかを明らかにする。


知識の活用力とか考える力とか、それは大事なことなのだけれど、これをペーパーテストで判定するのは難しいと思う。また「基礎学力テスト」というのも知識を基礎学力というのなら学校でやってるテストと変わらないのではないだろうか。

そもそも、知識の活用力というが、その前提として相当の知識の量が要求される。
人工知能研究でも、膨大な情報が知的な振る舞いをする上でのキーになるというのが流れではないだろうか。それに、たとえば負数の計算で「マイナス×マイナス=プラス」と機械的に覚えている人は多いが、なぜそうなのかをきちんと理解している人はむしろ少数だと思う(裏の裏は表ぐらいの情緒的な理解程度だろう)。これを考える力などと言い出したらほとんどの人は大学へ行く資格もない。

英語でも、使える英語といって会話を重視する風潮があるが、昔、国際的な企業人の話として、英語が使える人というのはやっぱり東大卒とかで、ビジネスで必要なのは高度な単語・表現で、そしておよそ日常会話ではありえない、そういう文章が出題される入試を突破した者にそれが期待できる、というような趣旨のことを読んだ覚えがある。(ネイティブの子供は、6歳ぐらいまでに、日本の生徒が高校までに習う単語の数より1桁ぐらい多い単語を覚えるともいわれている)

韓国のエリート高校は、ペーパーテストによる入試はやらないのだと聞いたことがある。中学校で既に選別されていて、限られた生徒だけが推薦されてくるので、高校側は面接で評価するのだそうだ。これは一握りのエリートしか対象としないからできる方法だと思うが、もし文科省がそういうエリートを育てることを考えているなら、大学入試改革などは実は不要かもしれない。そういう生徒はそもそも入試で苦労したりしない。それこそ応用力・活用力が高い。
一定の知識・スキルを持つ学生を育てる《マスプロ教育》を目指すのと、一握りのエリートを育てる教育は全く違うものだと思う(「エリートの大量養成」は言葉として矛盾している)。
教育改革の議論の多くは、そのターゲットの設定にズレがあるのではないか、また、そのことを自覚して議論しているのか怪しいのではないだろうか。

おそらく大事なことは、入試改革ではなくて、大学改革・高校改革だと思う。
まず大学で簡単に単位を与えないこと。卒業させるのが大学の責任だという考え方を捨て、卒業するのは学生の責任、単位がとれない自分が悪い、にすること。大学に全入させてもいいけれど、卒業できるのはそれだけのものを身につけた学生に限るとすれば、やる気のない学生は大学に行かないだろう。

実は、本稿はセンター試験にあわせてアップするつもりで、あらかじめを書いておいたところが多いのだが、先日、「卒業要件厳格化へ…15年度に省令改正 文科省方針」という報道があった。


そしてそうなると、大事になるのは高校教育、大学へ行かせる教育をすれば良いということにならない。

大学の卒業要件厳格化が何をもたらすか、ちゃんと文科省は考えているのだろうか。
大きく振れてきた(その時の声の大きさ次第だろう)教育政策の歴史を見ると、悲しいことにそこが信じきれない。企業からの大学に対するニーズに反射的に対応して済む問題ではない。


前にも書いたかもしれないが、段階別の教育の役割は、

小学校は社会で生きる基礎的な力を身につけるところ、
中学校は大人になるための教育を行うところ、
高等学校は自分の進路を決めるところ

と私は考えている(教育者でも、教育の専門家でもないが、少なくともこのうち小学校・中学校の役割は大村はま先生がおっしゃっていたことの受け売り)。
今の日本では考えられないというかもしれないが、現に、学力トップクラスと崇められるフィンランドなどでは多くの高校生は大学へは行かないという。就職してから、さらに深く、あるいはまた別のことを学ぶために大学へ行くらしい。

問題の一部への対症療法や、他国のシステムの一部だけを見て、あちこちつぎはぎ細工をして制度設計しても、良くなるはずはないだろう。
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