「クラシック」~「西洋音楽史」(その6)

岡田暁生「西洋音楽史」の第4章から第6章。

今までもときどき意外に思ったことがあるのだが、古典派から後期ロマン派といわれる作品群が、結構、近い時代に作られている。
私は、CDをハードディスクに落として、いちいちCDを探さずに複数のオーディオ・セットで再生できるようにしているのだが、クラシックを収録しているフォルダーの最上位の構成は次のようになっている:

・モーツァルト
・バロックまで
・古典派
・ロマン派
・近現代

他に、いろんな時代の作品が混ざっている「バラエティ」、J.シュトラウスとかの「ウィンナワルツ」(作曲家に注目して聴くことがあまりないから)がある。

前に書いたように、本書に従えば、中世・ルネサンスまでを古楽、バロックはクラシックのはじまり(まだなりきってない?)で、19世紀までが「自明な音楽環境としてのクラシック」とひとまとめにでき、20世紀はその解体と大きく区分している。
そう書かれているので、やけに「クラシック」の期間が長いように思ったのだが、どうしてどうして、大雑把にいうと、時間的には19世紀の100年間であって、バロック(17~18世紀の200年)、ルネサンス(15~16世紀の200年)、中世(9~14世紀の600年)と比べて短いぐらいだ。

bee2ber2.gifベルリオーズの幻想交響曲のレコードの解説に、ベートーヴェンの第九の初演(1824年)からわずか6年後(1830年)に幻想交響曲が初演されていることは驚くべきである、というような意味のことが書かれていた。大きくなったオーケストラ(ハープやベル、ティンパニ2セット)、凝ったオーケストレーション、サイケデリックな音楽。

余談だが「幻想」のレコードは第3楽章の途中でレコードを裏返さなければならないものが多かったが、30cmと17cmの2枚組セットというのがあって、第3楽章を30cmの裏面に、第4,5楽章を17cmの表裏にというのがあった。(前述の解説はこのレコードにあったように思う)

本書でもこのことは忘れず触れられているのだが、びっくりしたのは、ロッシーニの最初の大当たりという「タンクレディ」は1813年初演でベートーヴェンが第七交響曲を書いている頃であり、「ウィリアム・テル」は1829年初演であるということ。
感覚的には、「幻想」もロッシーニもベートーヴェンから、ずっと後の時代のように感じるのだが、みなさんはどうなのだろう。

こういう音楽史上の時代感覚のズレは、近代にもある。
前述のように、私は自分のフォルダーではロマン派と近現代に分けているのだが、R.シュトラウス、シベリウス、ラフマニノフなどはロマン派に入っているが、それより「古い」フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルは近現代に入っている(他にはストラヴィンスキー、バルトーク、ショスタコーヴィッチ、シェーンベルク、メシアン、ベリオ、武満徹などが入っている)。
まごうことなき20世紀音楽家は近現代に迷わず入れているのだが、世紀をまたぐ場合(実際にはいちいち時期を調べたりはしないが)、やはり「近代的な」感じがするかどうかで決めているわけだ。

この感覚に共感してくれる人も居ると思うのだが、どうだろう。

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