こどもの日

今日はこどもの日。
「国民の祝日に関する法律」では、このように「こども」とひらがなで表記し、第2条に
「こどもの日 五月五日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」とある。

「こども」の表記としては「子供」もある。しかしこの表記を否定する人もいる。「供」はお供、添物だから、こどもを一人の人格として認めていないと言う。そして「子ども」と書く。

Screenshot_2015-02-18-15-12-08.pngけれど、私は漢字かなまぜ書きというのはどうも好きになれない。ただ、そもそも「こども」は漢語ではないから、すべてかな書きが落ち着く。
漢字一字で「仔」というのもあるけれど、人偏がついているのに、この文字を使うのは動物の場合のようだ(右)。

漢字かなまぜ書きというと、「障がい」というのもある。害と書くと悪いことみたいだからかなにしたというが、これは昔は「障碍」と書いていたのを「碍」が常用漢字にないから「害」にしたとかである。こういう漢字制限のために本来の言葉を変えてしまうというのはいかがなものか。

「世論」(よろん)も以前は「輿論」と書いて、これは御輿の輿で、世の中の多くの人が担ぐ意見の意味だったのが、やはり漢字制限で輿が使えないので世で代えたという。その後、世論が定着したため、ニュアンスも変わり、(せろん)と読む人も出てきたという。

shirakawaskanji.jpg漢字制限論者は、漢字の数が多くて習得が負担になるからということを主張するのだけれど、漢字は偏と旁というように分解すれば素材はそんなに多くない。漢字の構成を教えずに、ただ数が多いと言うのは、十進数のメカニズムを教えずに、「11」というデザインを丸のみさせて、「9999」より多くの数を使ってはいけないというようなものではないだろうか。
英語でも26字だけを覚えて文章が読み書きできるわけではなかろう。語幹である要素の音・綴りの組み合わせとして理解されるから、効率的な読み書きができるのではないだろうか。

康熙字典には約200の部首があり、中国語の音は約400だから、600ぐらいは覚えないといけないのかもしれない。逆に言うと、600覚えたら200×400=60,000字を覚えるのはそう難しくないとも言えるのでは。
また、大抵の子供はこういう漢字の成り立ちに漠然と気づくと思うが、正しい知識を持つと当然、効率良く覚えられる。


白川静先生の出身地の福井県では、漢字の成り立ちやもともとの意味を解説した漢字解説本『白川静博士の漢字の世界へ』を小学校の授業で使っているそうだ。こうやって漢字を覚えた小学生は、文科省流の漢字制限論(程度問題だけど)に与することはないだろう。

ただし、私は漢字制限論者である。多少多くても(諸橋大漢和の5万字でも)よいから、「すべての漢字」をきちんと定義し、それ以外は一切認めない(字形が違うなら、公的文書においては、近しい文字に置き換えることを法定する)という意味でだが。

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