素人プログラマーは「動いた・動かなかった」、プロは?

今まで、javascriptのサンプルをいくつかアップしたけれど、javascriptもプログラム言語の一つではある。これらのプログラムを書くときは、ネットで同様の機能の使用例を調べて、見よう見まねで書いている。素人プログラマーというわけである。
一般に、プログラム言語そのものは単純なもので、何か一つの言語を習得していれば、他の言語の使用は類推でどうにかなる(手続型でないLISPはちょっと違うけど)。

難しいのは、言語そのものでなくその環境。javascriptを使う場所はHTMLなわけで、HTMLの仕様(DOM=Document object modelや、audioタグなどの機能)を理解していないと凝ったものは書けない。そして、そういう知識が絶対的に不足している私は、ネットで事例を集めて、試行錯誤を繰り返し、動いた・動かなかったと一喜一憂するわけである。
とても効率的とは言えないが、プログラミングを仕事にしているわけではないし、そもそも実現したいニーズがたくさんあるわけではないから、きちんと系統的に知識を得る努力をしていないわけである。

DOM.gif

昔、IBM370アーキテクチャーの上でFORTRANを使っていた頃は、そうではなかった。
プログラムというのは決定論的に動くもので、動いた・動かなかった、という感覚ではなく、正しい・間違っている、だった。FORTRAN言語に内装されていないもの―たとえばディスプレイやプロッターなどのコントロールは、ライブラリーとして提供されていて、そのインターフェイスは極めてクリアだった。私でも完璧にコントロールしているという自信があったものだ。

それに比べ、昨今は、私の不勉強は暫く措くとして、なんだか「動いた・動かなかった」の結果論が横行しているように思える。
プログラムをドライブする側が分散し、非同期的に動いているようで、これがそう感じる原因になっているかもしれない。昔から非同期プログラムを書く方法は存在しているのだが、その場合は、並行処理しているモジュールの完了を、積極的にチェックしたり、OSに依頼してソフトウェア割り込みを起こしてもらうという方法を、「意識的に」プログラムしたものだ。

素人プログラマーは動いた・動かなかったで一喜一憂していても害はないが、現在、プロと言われる人達は、どこまで意識してプログラムを書いているのだろうか。プロが作るものは動作保証が必要で、外部要因で不具合が出るなら、その責任の所在を特定しなければならないと思うのだが。(そこまでの品質を求めたら高くなると言われるかもしれないが、求めないなら素人に頼む値段で十分では)
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Gallery
検索フォーム

⇒記事一覧

プロフィール

六二郎。六二郎。


定年退職
苦しい家計の足しに再就職
=いつクビになってもええねん
 言うたもん勝ちや!のブログ
リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
アーカイブ
カテゴリ
タグ

書評 ITガジェット マイナンバー Audio/Visual 

リンク
現在の閲覧者数
聞いたもん