システム私論、その序

昨日、ブログを一貫するテーマを用意しないとネタに困ると書いたわけだが、テーマを設定してお持ちネタがなければ続けられない。ということで、情報システムはどうあるべきかについての私流に考察したところをテーマにしようと思う。

私はシステム開発の経験はそれほど多くはない。それも基本的には発注者という立場であり、自分で設計開発した経験は、そうとう前で、それも小規模なものに限られる。経験ということであれば、メーカーやソフトハウスの人たちの方がはるかに多いに違いない。
それでも、こうしたことを書く気になったのは、発注者として関わったいくつかのシステム開発プロジェクトにおいて、委託先の作業が不透明で、ただ忙しがっている、結論を急ぎすぎる、発注者に理解できるドキュメントが出てこない、などなど不満がいっぱいで、発注者側の責任者として大変居心地が悪い思いをしてきたからであり、そうした開発プロジェクトで、私がいつも繰り返して委託先に求めてきたこと、提案してきたことをまとめてみようと思う。また、その前段階であり、発注者最大の関心事である委託先選定・調達方法、仕様書についても言及していきたい。
logo_iso9000.jpg
ここで書くことは、私にとってはアタリマエのこと、素朴な疑問なのだけれど、なぜか日本のメーカー、ソフトハウスというところはちゃんとしたポリシーを持って開発プロジェクトを進めているとは思えない。
たとえば、品質管理の国際基準ISO9000というのがあり、多くの企業がこれを名刺に刷り込んで宣伝している。しかし、システム開発プロジェクトにおいて、ISO9000のありがたみを感じたことはあるだろうか。私は無い、というかそのためにやたらドキュメントが増える弊害を蒙る。
何故そう思うのか?
答えはシンプルである、品質管理の技術は持っているのかもしれないが、肝心の成果物の品質が伴わないからだ。ISO9000以前の問題なのに、ISO9000だからOKと考えているのではないか。

私は、委託契約の締結後は、発注者、受託者は運命共同体だと思っている。
発注者が無理な注文をつければつけるほど成果物の品質は落ち、受託者は経費が嵩む。無理な注文はしないに越したことはない。システムはシンプルなほうがエンドユーザーにも良く(と私は信じている)、それは開発者にとってもコスト削減になると信じている。

ユーザーと開発者が、良いものを作ろうという思いを共有することが幸せでしょう。
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まったく

仰るとおり!!!(`^´) ソヤッ!
ISO9000は手段が目的か!コラっ!(`ε´#)

情緒的かもしれませんが、委託者・受託者(開発者)の信頼関係があってこそ、いい仕事ができますよね。
六二郎さまと関わるきっかけとなった某システム開発が懐かしいです。
あのときの経験(六二郎さまの捌き方も含め)が今の珍を支えております。

認証ビジネスってどうよ

「発注者との会議録を作り、発注者のサインをもらう、それがなければ先へ進まない」なんてのは最低のルールですね。発注者側としてはプロジェクトを止められないからサインするしかない、しかし、その会議での(仮)合意事項なんて、プロジェクトが進めば当然反故になる。その手戻りを開発チームが織り込んでいないなら、自殺的なプロジェクトになってしまいますね。今頃「アジャイル開発」という言葉が流行ってますが、遅すぎますね。(アジャイルについてはまた稿をあらためるつもりです)

だいたい認証ビジネスってあんまり好きじゃないんですね。漢検の例はともかく、認証する側が何の責任も負わず、金だけとってるっていうのが。交通事故を起こしても免許を出した公安委員会には責任がないのと同じかもしれませんけど。

また、発注側にも問題ありです。よく入札参加資格に、ISMSやプライバシーマーク取得を入れている例を見ますが、業務内容を見ると単にPCを調達するだけだったりする。そこになぜISMSが必要なのか意味不明ですね。(私がチェックする立場なら削除します。) これへの反論としてはPCのアドレス設定は機密に属するとか言うんでしょうが、「機密」が特定できることがセキュリティ上もっとも重要なことであり、契約時にそれの持ち出し・漏洩を禁止すれば十分だと思いますね。
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