百日紅

sarusuberi12.jpg 以前、兄弟ブログ「語り得ぬ世界」の「東下り芸術の春_27」のコメントに、杉浦日向子「百日紅」をこれから読んでみようと書いたけれど、ネット通販で手に入れたので、少し遅くなったけれど簡単な感想を。

まず、本体の下、「アニメ映画化」と印刷されているのは腰巻。映画化を機に増刷されていると推察される。(だから、簡単に手に入ったのだと思う。)

映画は、先日の5月9日から公開されている。
公式ホームページもあり、予告編も流されている。

映画を見に行くかどうかはまだ決めてない。というか、どんな話題作が上映されても、映画館まで足を運ぶということはあまりなくて、何年かたってからテレビで放送されると、そういえば結構話題になった映画だなぁと思い出して見るのが多い。
別にお金をケチっているわけではなくて、単に出不精なだけである。暗い閉鎖空間で、大画面・大音響で見るのは凄いことでテレビで見るのとは全く違う体験であることは十分承知しているのだけれど。


sarusuberi_sp_top_p1.jpg さて、本作の感想だけれど、先入観も事前知識もなく読み始めたのだけれど、全体を通ずるストーリーのようなものはないようだ。登場人物は、応為、北斎の二人は言うに及ばずだが、これに英泉、国直が加わって、大体この4人はいつものメンバーであるわけだが、だからといって彼・彼女が成長(頽廃)していくような連続性があるわけではない。

要するに散文的。日常のとりとめのないことを切り取って、その切り取られたシーンが繋がって、なんとなくそこに時間の流れを感じるという風情。
ただし、怪談チックな話などになってくると、さすがに起承転結がないと様にならないみたいで、ちゃんとオチが付くようになるみたいだ。

こうしたエピソードは何かタネ本・伝承があるのか、それとも作者の創作なのか、さっぱりわからないのだけれど、怪談ものはやはり何かネタがあるに違いない。江戸の怪談といえば、落語のネタにも当然なっていて通ずるものがあるようだし。

ということで淡々とした作品で、痛快とか、手に汗握るとか、血沸き肉躍るということもないけれど、江戸風俗というものを落ち着いて見せてくれる作品である。

で、問題はその江戸風俗、「風俗」の語のもう一つの用法の方が毎話のように描かれる。
江戸っていう場所・時代はそういうもので、本当にこんなふうに開放的だったのだろうか。もちろん主には遊郭の話だから、それを開放的というのはあたらないとも思う(かつてのヴェネツィアはあまりに開放的で、娼婦という職業が成り立たなかったという話もあるが)。強姦の話も本作にあるが、もちろんそれを肯定するわけではないが、一方、それにより被害者が精神的に追い込まれるという切羽詰まった描き方でもない。貞操に絶対的価値は置いていないと言えるだろうか。

通俗時代劇などでは、武家の妻女は貞操観念の固まりのように描かれることや、その裏返しで好色な悪代官というパターンが多いわけだけれど、それとは違う江戸である。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Gallery
検索フォーム

⇒記事一覧

プロフィール

六二郎。六二郎。


定年退職
苦しい家計の足しに再就職
=いつクビになってもええねん
 言うたもん勝ちや!のブログ
リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
アーカイブ
カテゴリ
タグ

ITガジェット 書評 マイナンバー Audio/Visual 

リンク
現在の閲覧者数
聞いたもん