葛飾応為

昨日、杉浦日向子「百日紅」をとりあげたが、北斎の娘で、北斎のそばにいて、なかなかの腕前の絵師がいたという話はもちろん知ってはいた。(もっとも「応為」という画号は調べるまで知らなかったのだけど。)
このたび「百日紅」を読んで、あらためて葛飾応為のことをネットで調べてみた。

なかなかの腕前どころか、ものによっては北斎以上と評価する人もいるらしい。

ouiyoshiwara.jpg

上は、応為『吉原夜景図』。
素人目だけれど、線より面による構成、そして何より光が描かれているのが私には珍しく(それで本稿ではこの画像を取り上げた)、普通に江戸浮世絵としてイメージするものとは随分違うように見える。幕末も近く、この頃には、西洋画の影響もかなり受けているのだろうか。

hokusaikatakuzu.jpg 北斎の仕事風景らしい、北斎と応為を一緒に描いた「北斎仮宅之図」(露木 為一筆)というのが国会図書館にあるというので、それをネットで検索してみた。デジタル・ライブラリーで公開されている(右画像)。

この図に「娘 ゑひ」と書かれている女性が応為だと思われる。
応為という名前は、北斎がお栄を呼ぶときに「オーイ」と言ってたからだという説があるようだが、北斎はお栄を「アゴ」と呼んでいたという話があって、「百日紅」中でもその説がとられている。
西洋画のような写実とはちがう、日本的な線画だけれど、アゴが大きく描かれているのがわかる。

「百日紅」の中では、応為の女性画は女を美しく描くとされていたが、応為本人がこの絵のようだとしたら、やっぱり描く側にはなっても、描かれる側にはなれそうにない。
「北斎仮宅之図」ではお栄は眉を剃っているように見えるが、「百日紅」では太い眉で書かれている。蛾眉から程遠いということで、不美人を象徴するエレメントなのかもしれない。

お栄が、年老いた北斎と暮らして絵を描いているというのは、出戻ったあとのことだと思っていた。その証拠でもある「北斎仮宅之図」は、北斎83歳、お栄40歳頃だという。しかし、応為は、まだ10代ぐらいのころから描いているという話もある。
「百日紅」では、「そんなだからお栄が嫁にいけねぇんだ」というような扱いがされているから、出戻る前のまだ若いお栄を描いているわけだ(第一、絵柄から見ればやっぱりまだ若い女性だし。そういえばアニメ映画の英語タイトルは、"Miss Hokusai" だから出戻りではなくて、正真正銘未婚ということだ)。

あるいは、杉浦日向子は、何年かたったら、お栄の結婚・離縁あたりを続編で出すつもりだったか。
しかし、このお栄だと、あんまりロマンティックな話や長いエピソードは作れそうにないだろう。
(このお栄なら旦那の絵をへたくそ呼ばわりして離縁されてもおかしくはない。)
杉浦日向子も、むしろどんな暮らしをしていたかわからない若い時代を選んだのかもしれない。

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