あれから一週間

ippowofumidasanai.png 前に「運命の日」と書いた、大阪都構想の住民投票が、市民の支持が得られないという結果で終わって一週間。

マスコミやネットでは、さまざまな都構想の敗因分析をしている。また、これで決着がついて、わだかまりが解けるどころか、まだまだ大阪市政がごたごたしている、住民に対立・しこりがあるなど、フォロー記事を書き続けている。

あれだけの不毛な、というのは知恵を出し合って良い施策をという態度がどちらにもないからだが、ただただ対立を際立たせるようにアジテーションを繰り返したような戦いだから仕方がない。
これが橋下流といわれる政治手法、従来の日本語では、喧嘩腰というやつの帰趨であろう。

反対派は話し合いがないこと自体を問題として訴えていたようだけれど、この主張だけでは対等な喧嘩ができない。殴りかかってくる人に「話せばわかる」と言っているわけだから。

喧嘩のときはどちらも冷静さを失っているだろう。ようやく正しい情報、的確な予測、そういった真っ当な議論に戻れるのではないだろうか。大阪が今のままで良いと思っている人は少数派だろうから。

それにしても、対話より対立を重視する政治手法がどんなものか、大阪の人は学んだことと思う。

もう一つ学んだことは、役所・役人は、あっという間に首長の喧嘩の道具になるということ。
実際、都構想の資料は府市の役人を大量動員して作られているはずだ。直接担当者だけでなく、あらゆる行政部門に対して都構想にプラスになる材料、マイナスになる材料(反論を用意するため)をかき集めたにちがいない。

それでも都構想の効果額がずいぶんいい加減だったことが見えていたのだけど。

さらに市職員の反対意見の表明は職務命令として禁止された。さらに公式の説明会は、反対意見を聴く場ではなく、どうなるかの説明会であった。

対して反対派は、対抗できる資料を集めるのは至難の業であろう。もちろん役所へ資料請求すれば(議員なら簡単に、そうでなくても公開請求で)出てくるだろうけれど、組織としての動員力は全く違うだろう。

こういう圧倒的に賛成派が有利な状況でも反対が多かったということは、結果の数字だけで僅差というのは、敗れた賛成派はそういうかもしれないが、違うのではなないだろうか。

これからは従来の大阪のグランドデザインの焼き直しに「都構想」という冠をつけただけのものから、本当にグランドデザインの実現の議論がなされることを期待する。否定されたのは、橋下・維新の「都構想」にすぎないのだから。

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