ギリシアの国民投票

greeceschedule.jpg 今日6月30日で、現在のギリシア支援が終了し、IMFからの15億ユーロの返済期日となっているそうだ。
返済できなければ、国としてのデフォルトに陥るという。
既にギリシア国内ではATMが稼働していないとか、銀行が休業しているなど、混乱が伝えられている。

EUなどが金融支援の条件として示した構造改革案の是非について、7月5日にギリシアで国民投票が行われることがギリシア国会で決まったというのが、EU各国を頑なな態度にした要因だとも言う。

「こんな大事な問題を国民投票として、責任を国民に押し付けるとはけしからん」ということらしい。

greecedefault.jpg 国民投票は究極の民主主義(多数決)だというわけだが、民主主義が必ずしも国・国民のためにはならないと、EU諸国は言っているようなものだ。

ただ、事前の世論調査では、ギリシア国民の多くが、EUの構造改革案の受け入れはやむなしと考えているということで、国民投票では、受け入れが賛成される可能性が高いようだ。
首相も、その結果を予想しつつ、国民投票を行うことにしたのかもしれない。つまり、国民に緊縮財政を強いることは本意ではない、しかし、国民投票により、国民がそれを受け入れるならその意思を尊重する、というわけだ。(責任転嫁ともいう?)

日本では国民投票はなじみがないけれど、住民投票は大きな話題になった。
住民投票で支持されたら文句ないだろう、という姿勢で押し切ろうとした事例である。
"Yea or Nay" を突きつけることで、対立を尖鋭化して、反対派を粉砕して次へ進むというやりかたである。

やはり、民主主義というのはなかなか難しい。
前にも書いたけれど、論理的に判断できないときの多数決は仕方がないが、真偽判定を多数決でやってはいけないのだ。

ところで、2014年の政府総債務残高(対GDP比)で、ギリシアは177.19%で世界第2位である。これに対し、日本は堂々の第1位、246.42%となっている。
この数字を見て大変だと言う人もいるけれど、一方でこれも良く言われるように、日本政府の債務、その貸し手のほとんどは国内・国民である。

その中には保険年金などの基金が債権者というものも相当の割合で存在する(国債残高総額860兆円のうち230兆円)。
こういう難しい経済問題はわからないけれど、年金基金を国債で運用すると、それも国の債務に勘定されるのだとすれば、それが不健全ということになるのだろうか。それとも年金基金の運用は外国債でやった方が良いとでもいうのだろうか?
年金を税方式でという話があるが、既に年金基金への返済は税で行っているわけで、マクロ的には既に税方式にしても経済実態はそう違わないのかもしれない(住宅の家賃と、ローンの関係みたいなもの?)。もちろん国民一人一人の負担配分については別だけれど。

話は変わる(いや、同じかもしれない)が、銀行に債務が多いということは、他行から借りているのでなくて、多くの預金を獲得しているのであれば、経営状態は良好と考えるのではないのだろうか。

今までも何度か書いた覚えがあるが、経済学の恒等式というやつは、どうも曲者だ。
そして、そこで使われる言葉が持つ日常感覚とマクロ経済感覚の違いが錯誤されて、実態から遊離した議論をすることになる。素人国民はそのレベルでも仕方がないかもしれないが、せめて政治家という連中は、そういう誤った理解で、声の大きさ、数の多さだけで政策を決定することはやめてもらいたい。

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