音楽が先か、言葉が先か

chimpanzierhythm.png 先週のこと、ニュース番組を見ていると、音楽と言葉のどちらが先に生まれたかという問題に対して、音楽が先ではないかという研究報告があるということが紹介されていた。

音楽と言葉のどちらが先かというのは、進化史上の大きな問題で、こうした話題が番組でとりあげられるということは、番組の見識として評価できると思うけれど、キャスターが、シンバルを叩くサルのおもちゃを引き合いに出して、このおもちゃにはモデルがあったということでしょうねなどと、面白おかしく、そしてくだらなく、取り扱っていたことには、研究者も苦笑いしただろうと思う。

それはともかく、このニュースを聞いて、すぐにネットで該当しそうな研究報告を検索してみたら、どうやら、「ヒトもチンパンジーも自分のリズムに近いリズム音を聞くと自発的に引き込まれる」という研究のようだ。実験の様子はYouTubeにもアップされている

cymbalmonkey.jpg 件のニュース番組では、従来は、言葉が先という説が有力であったと解説されていたが、この研究者(服部裕子 野生動物研究センター特定助教)のコメントには次のように書かれている。(番組では、定説を覆すことにニュースバリューがあるという判断で、そういう解説を付けたのかもしれない。)
ダンスや合唱といった音楽活動は、集団の結束を高め、さまざまな感情を共有できるヒト独自のコミュニケーションですが、それを支える認知的基盤は既に600万年前から獲得されていました。今後は、その後分岐したほかの霊長類種が、そうした基盤をどのようにコミュニケーションに取り入れているのかを明らかにしていきたいです。

「600万年前から」ですぞ。
何をもって言語の誕生とするかは難しい問題だが、音楽的なコミュニケーション自体は、ヒトが類人猿から分かれたころには既に成立していたということだ。

saezurigengokigenron-crop.jpg この研究に関連しているだろう、岡ノ谷一夫「さえずり言語起源論」という本がある。
この本はタイトルの通り、鳥のさえずりの話であるのだけれど、さえずりが行われるメカニズムを、パターンの習得、組み合わせなどから解明している。

ヒトと鳥というのは生物種として、あまりにも離れているという感覚があるので、鳥のさえずりが言語になぜ関連するのか、現象として似ている以上の意味があるのだろうか、などと思いながら読み始めたのだけれど、さえずりのパターンの習得や組み合わせ(連続のさせかた、ループのさせかた)などは、さえずり断片の要素に対するシンボル操作のメカニズムであって、そうしたシンボル操作を獲得していることが、そしてそれが発声とリンクしているということが、言語を生む前提になっているのだろうという、なかなか深い話である。

こういう情報処理能力が「認知的基盤」ということなら、600万年前どころではないのかもしれない。ただ、やっぱり鳥と人間がどこで分かれたかといえば、それは恐竜以前のことだろうから、共通性があるとしても、直接的な継承関係というよりは、やはり相似・収斂進化じゃないかという気はする。
もっと飛躍して、シンボルの生成ルールとか、入れ子構造とか、いわゆる言語を構成するメカニズムというのは、鳥のさえずりでも同様だろうということなら、この言語の原理は宇宙共通で、宇宙人との会話も可能なのかもしれない。

また、こうした研究からは、意味と文法のどちらが先かということも問題として提示されることになるだろう。
(もちろんこの場合の文法とは、音声パターンの生成ルールのことで、特定の言葉の意味にリンクした、たとえば動詞文法というような意味ではないけれど。)

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