古池に蛙は飛び込んだか

furuikenikawazu.jpg 俳句がおもしろいと思ったのははじめてだ。(ちょっと言い過ぎ)
長谷川櫂「古池に蛙は飛びこんだか」。
書名はもちろん「古池や 蛙飛び込む 水の音」からである。

俳句というものは、文化人の教養ではあり、知らなければ恥ずかしい思いをすることはある。けれども、解ったような、解らないような、せいぜい解ったような気になる(そうならないと不愉快だ)以上に何があるのだという程度のものと思っていた。
私には関係のないものと思っていた。(周囲の人も不似合と一蹴するだろう)

何分、俳句には全く疎いもので、図書館でこの本を見たとき、歌枕がどこかとか、古池がどこにあるかとか、そういう考証をしているのだろうかと思って手に取った。

「閑さや岩にしみ入る蝉の声」で、このセミの種類は何かという論争があったと、北杜夫のエッセイで読んだ覚えがある。ニイニイゼミが通説で斉藤茂吉がこれに反論したという。そういう類の考証をするのだろうかと思った。

ではなかった。全然違った。
俳句の簡明な理論、そして奥深さを教えてくれる本であった。

結論は、蛙は古池に飛びこまなかった、である。
蛙の飛び込む水の音が聞こえてくる、心の中に古池の像が浮かんでくる、ということだという。
著者がそう解釈するのには、明解な根拠がある。

この句が出来たときの様子を記録した各務支考「葛の松原」という本がある。芭蕉は、まず「蛙飛び込む水の音」を作った、上五をどうするか。その場の門人も含めて考え、其角は「山吹や」を提案したのだという。 古今集以来、「蛙の声」には「山吹」を合わせるのが慣いという(私の居所の隣町、井手町の玉川の河鹿と山吹がともに名所)。ここで声でなく水音に山吹をずらして合わせるのが、伝統・因襲への批判になるという意図があるのだそうだ。
対して、芭蕉は「古池や」と置いた。

「や」は切字というのだそうだ。現代では「や」「かな」「けり」を3つがあるとされる。

(助詞のおもしろさについては前に「に・へ・を」でも書いたおぼえがある)

著者は別の著書で次のように述べているそうだ。

「句を切る」ことによって生み出されるこの間こそ、短い俳句が文章や詩に匹敵し、あるいはそれ以上の内容を伝えることを可能にしている。間とは言葉の絶え間。すなわち沈黙。俳句は言葉を費やすのではなく言葉を切って間という沈黙を生み出すことによって心のうちを相手に伝えようとする。


本書で、俳句の作り方として、「一物仕立て」「取り合わせ」というのがあると知った。
「古池や」は、蛙の水の音と、心象風景の古池の取り合わせであるという。これに対し、通俗理解では一物仕立てで「古池があって、そこに蛙が飛び込んで水の音がした」という一つの叙述。

著者は、古池の句を、通俗理解していたのでは、次の疑問の答えが見つからないと考えている。
  • 古池の句がなぜ蕉風開眼の句といわれるか
  • 蕉風とは何か
  • 蕉風開眼の句である以上、古池の句はそれ以後の芭蕉の句にどう影響したか
そうして、切字と仕立ての2つの概念を使って、芭蕉・蕉門の句を解釈する。

「閑さや」の句も、セミの鳴く声に気づき、そしてそのセミの声以外の音がしないことに気づく、それが「閑さや」と立つと解釈される。決して静かだからセミの声に気付いた訳ではない。時間の順序は、「古池や」と同様、逆転しているという。そして「古池や」以後の多くの芭蕉の句が同種の構造をしていることを示し、新しい解釈を与える。

Amazonのレビューを見ると面白いことに気付いた。
レビューが8つ載っているのだけれど、うち6つが★★★★★、2つが★と、評価が両極端である。
★1つの人は、それまでの人生での俳句体験を否定された思いなのだろう。あるいは子規や虚子の崇拝者で、彼らの読みを「浅い」と否定されたことに対する憤りなのかもしれない。

著者は「写生主義」を批判している。目の前に実際にあるものが、心象よりもリアルであるという思いこみによる「リアリズム」が、芭蕉の読みを誤らせてきたと考えているからである。ただし、写生主義そのものを否定するわけではなさそうである。芭蕉・蕉門の理解を写生主義で行う必要はないと言っているにすぎない。


日本の詩歌といえば、短歌と俳句ということになると思うが、七七の違いは随分大きいと思う。
短歌には、その決して長くない五七五七七に、語りがあると思う。ストーリーがあると思う。もちろん先立つ長歌があったり、詞書があったりすることもあって、それらに助けられることもあるかもしれないが、五七五七七の中に語られる世界が感じられる。

俳句というのは、蕉風というのは、心象の切り取り、だと思う。
(こういう解ったような解らないような言葉使いは本当は良くないと思うけど、今は他に言葉が見つからない。)

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