魯山人の美

IMG_20150816_113654.jpg 京都市美術館のルーブル美術館展に続いて、向かいにある京都国立近代美術館の「魯山人の美」展の方にまわった。

こちらは特に見たいというほどのことはなかったのだけれど、新聞販売店がチケットをくれたので、ついでなので見ておくことにした。
というか、北大路魯山人というと、「食の芸術家」なのかもしれないが、それがどういうものなのか、実は良くわからない。そんな高級な食に巡り合ったことはないわけである。

そういえば「魯山人風すき焼き」というのを聞いたことがある。
最初は、肉だけを焼いて調味し、それをいただく。次に、この肉から出た旨味を吸うように野菜を投入して、この野菜をいただく。というものだったと思うのだけれど、最初の1枚の肉だけならこれもできるけれど、2枚目からはこんなことはできっこない。

なお、Y市で2度めぐりあった「すき焼き」というか「すき炊き」というような代物とは真逆である。


で、何が展示されているのかというと(下に展示品リスト)、食器である。食事をいただく部屋におく調度品、屏風である。
魯山人作のものが多いと思うのだけれど、コレクションじゃないのだろうかと思ったものもある。

「食器は料理の衣装」だと言うのだけれど、この衣装にあう中身はなんなんだろうと考え込むのも結構ある。一般家庭では絶対使わないような。


そんなに客が多いわけではないが、それなりに入っている。「このお皿にローストビーフを盛ってみたいわ」というような声が聞こえてくる。

おもしろかったのは、寿司屋の映像再現。
大きな長細い平たい机に、狭い幅の板を渡して寿司屋のカウンターを模していて、この上に天井のプロジェクターから、寿司職人の手捌きが実寸大で映写される。職人ができた寿司をカウンターに置くと、客の手が伸びてきてそれをとる、その様子が淡々と映し出される趣向。
たったこれだけなのだけれど、手が伸びる様、それが寿司やお茶をとるさまがなんとも面白く、多くの客がここに集まっていた。なかには「あぁおいし」と声を出して、他の客の笑いを誘っている人もいた。

IMG_20150816_113635.jpg で、足早に、135点も展示されているのに、30分余りで一回りして、美術館を後にした。なんといっても直前のルーブル美術館展で疲れ切っていた。
ここで、「じゃあ、お昼は『瓢亭』にでも行こうか」、とならないのが貧乏人。

魯山人の美は認める。いいものを揃えているのだろうし、日本の美というものが凝縮して表現されているのだろう。
いいものがさりげなく使われていて、趣味の良い時空が味わえる。それは素晴らしいことだろうけど、これに値段がつくと、途端にゆったりとした気分ではいられなくなるのが私ども貧乏人の性。

でも、値段を聴いてもおどろかない、というか値段のことなど全く眼中にない、お食事で支払いを気にする必要のない人だけで、日本の美が支えられるだろうか。

「新・観光立国論」で有名なデビッド・アトキンソン氏の意見もやはりもっともだと思う(原本は未だ読んでないが、同様の主張はネットのあちこちで紹介されている(下のリンク)。

日本人のここがズレている! このままでは「観光立国」になれません
英国人の日本文化論が「正しすぎる」「ぐぅの音も出ない」と話題に

日本は観光小国でしかない、「おもてなし」では外国人観光客は呼べない、というのも納得の主張。
外国人観光客に人気なのはラーメン屋という現実もある。

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魯山人

珍はかなり前に友人Fと京都四条通にある『何必館』で開催されていた『北大路魯山人展』を-きっかけは時間つぶしでしたが-観に行ったことがあります。やはり器や道具類だったと思います。
あそこも魯山人の器をそれなりに所蔵していたと思いますが、今回のリストのは載っていないので、同じ京都なのにガン無視ってことですな(笑)

リストを見ていると『足立美術館』からけっこうな数の出品がありますね。こちらも大昔に(就職してすぐぐらい)行ったことがありまして、そういや足立美術館では横山大観と魯山人と庭園ぐらいしか記憶にありません。

あと『銀座 久兵衛』から出品がありますね。上得意客や大物政治家にはそんな器を使ってそうですな。そういや『下鴨茶寮』も重文級の器で出てくる、昼でも5万円ぐらいする懐石料理で有名ですが、珍母が生前行ったことがありまして、帰ってきたときに「特別に物置みたいなところで(収蔵庫のことでしょう)で器の説明されたけど、そんなん聴かされたら喉詰まるわ」と言ってました。自腹じゃないのに文句言うたらあきまへん(笑)

リンク先のデビッド・アトキンソンが言った「そもそも伝統が伝統になる前は、ちゃんとビジネスになっていたはずなんです」って言葉が深いです。下鴨茶寮を責めるつもりはありませんが、値段のつけ方(満足感を与えるブランド料なんでしょうが)も考えさせられますな。

Re: 魯山人

さすが珍さまは高級料亭にも詳しいですね。

今回、出品されていたものには、いかにも重そうな(大きな鉢とか、織部が多い)のですが、器はやはり手にとりたいですね。
前に青木龍山の酒器で、ぐい呑みが、色から想像されるような重さはなく、軽く口当たりが良いと書きましたが、そういう意外性があるとおもしろいのでは。
熱いお茶を注いだら、熱がすぐに伝わってきて持てなくなるような茶碗は嫌いです。できればそういうのも確かめたいですね。

となるとやっぱり高級料亭に行かないとダメですかね。

アトキンソンの「伝統が伝統になる前は……」は当然すぎる言葉と思いますが、「おもてなしで客は呼べない」というのもぐさっときます。「あの寿司屋、すばらしいおしぼりが出るから行こう」なんてなりませんわね。
なにより、私は滝川クリステルごときにもてなしてもらいたいとは、全く思いませんもんね。
(あのビデオを見せられるたびに、「おもてなし」はいつから「おしつけ」になったんやと不愉快な気持ちになるんですが)

織部

魯山人のイメージは織部ですね。しかも分厚くて重そうなイメージです。

>熱いお茶を注いだら、熱がすぐに伝わってきて持てなくなるような茶碗は嫌いです。

まったく同感です。そんな器は無粋ですね。

珍は直径20cmぐらいでポッチの三本足が付いた器を持っていまして、魯山人には及びませんが、今から10年以上前に4,500円で買いました(1枚)。景色が気にって買いましたけど、そもそもその器に似合う和食を家では作らないというか作れないことまで計算に入れてませんでした(笑)

やっぱり高級料亭に行かないと駄目ですね(笑)

滝クリは六二郎さま的には年齢が足りていないのでしょうが(笑)よほどお嫌いなようで…。おもてなしは言ったり見せびらかしたり、押しつけたりするものではないですね。おもてなしをする側のマインドの問題で、あくまでさりげなく、相手に気づかせないぐらいの心配りがその本質だと思います。

Re: 織部

> おもてなしは言ったり見せびらかしたり、押しつけたりするものではないですね。
> おもてなしをする側のマインドの問題で、あくまでさりげなく、相手に気づかせないぐらいの心配りがその本質
同感です。
店が内輪のスタッフに対して言う言葉としては良いものだと思いますが。
店から「おもてなしです」と言われたら、何がもらえるのかと思うだけです。(何かもらえるなら客寄せにはなるかも)

滝クリのあのプレゼンも薄っぺらなおもてなしという印象で気持ちの良いものではないというのが私の感想です。
彼女を嫌っているというわけでもないですが(言い寄られたらいっちゃうかも)、まぁ、関心の対象外ってとこです。


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