「残念な教員」

zannnennakyoinrv.jpg 林純次「残念な教員」の評。
まず、Amazonのレビュー(右)を見てみよう。

見た通り、見事に評価が分かれている。
教育現場をよく知らない人が教員批判を痛快に思って高評価を与えている、というわけではない。 投稿者の多くが教員のようだが、教員の間でも評価が分かれている。

特に事前知識もなく、こうした評価についても知らずに読んだわけだが、主張そのものは今までも繰り返されていることが多い。低評価のレビューでも、内容が間違っているというような、つまり主張の内容に対するものは少ない。
拒否反応とも思えるレビューが並ぶのは、歯に衣着せず、時に攻撃的な筆致で書いてある点だろう。ところどころに出てくる「私も昔はだめだった」「まだまだ足りない」といった言葉も、攻撃を正当化するように使われている印象を与える。
低評価の内容は、「上から目線」「思いやりのある文章を書いてください」「同僚の方々の「怒り」や「悔しさ」が伝わってくるようです…」という書く姿勢にかかるものがほとんどである。

私も批判したくなる記述はある。教員批判とかに対してではなく「年間300冊(新聞雑誌を除いて)は読む」と数を誇るのはあまり良い趣味ではない。本当だとしたら、読む価値のない本ばかり読んでいるとしか思えない。(深い洞察や緻密なデータを含む本なら、1日で読むことは到底不可能。)


zannennakyoin.jpg しかし、本書でも何度か名前をあげられているが、斎藤喜博の本にも「残念な教員」的な筆致のところがある。それでも斎藤喜博が「上から目線」と批判されないのは、斎藤喜博が実際に「上」であり、それだけの実績があるからだと思う。

さて、そういう語り口への批判を措けば、内容については教授活動をうまく分類しているし、新人教員が何からはじめるべきかも具体的で説得力がある。
著者は、自分自身も経験年数だけで言えば長いとは言えないことを良く解っていて、経験上こうやって結果を得たということだけでなく、関連領域の理論の裏付けを求めながら教育に携わっていると思う。

私が承服できない点は、すべての教員に対して著者のこの水準を求めることである。
教員に社会常識を求めること(たとえば労務管理とは何かなど)は正当化されるけれど、教員が児童生徒に対し、ほとんど全人的と思える責任を負わされなければならないのか、またその能力を求めるのが適切なのか。

私は小・中・高と教育を受けるなかで、教員にそんな大きなものを求めはしなかった。もちろん優しい先生や一緒に遊んでくれる先生は好きだった。けれど、年齢が上がるにつれて、教員には、その教科のプロであってもらいたい(言い換えると自分が教えている教科が好きで好きでたまらないという姿勢)とは考えたけれど、生活指導や進路指導をしてもらいたいと思ったことはない。そもそも、教師も生徒も、人格として対等だと生意気にも思っていたから、人格的に指導されてたまるか、という気持ちであったと思う。

60~70年代の学生運動の盛期には、高校生以上の年齢であれば、社会思想・政治思想に触れ、自分をいっぱしの人間である、教師より優れていると思っている学生が多かったはず。


では、著者のような仕事は不要かというと、それはまた違う。教室での教育活動が円滑に効果を上げるために、必要ならば生活指導もしなければならないし、人生について考えさせることも必要だろう。それを必要とする生徒と、そうでない生徒がいるということだ。ただ、それはあくまで学校・教室を成立させるためのものという範囲で考えるべきことで、その枠におさまらないようなものは、家庭の問題であり、解決は学校ではなく、病院や官憲に委ねるべきものであろう。
学校が組織として、また学校外のさまざまな社会関係の中で解決するという発想で、もう少し先生にラクをさせながら、実際にはより適切な教育ができるというような視点(社会的分業)も考えてもらいたい。

教師という人種は何でも安請け合いしがちだけど、学校内はもちろん、校外の社会との協力関係で解決しようという態度が必要。逆に、そういう態度がないことが、昨今批判の的になる学校の秘密主義・情報隠蔽を起こすこととも関係があるのでは。


蛇足にして老婆心だが、著者は全体に積極主義的な人だと感じるが、粘り強い指導、真摯に生徒に向き合う指導、それは当然としても、対人関係でその雰囲気が露骨に出ると、引いてしまう生徒・教員、不適応になる生徒・教員が出たり―そして本書に対する大半の批判がそうであるような反発が起こる―など、事態を悪化させることはないのだろうか。
頑張らなくて良いのだと言うべき場合もある。それも含めた実践ならとやかくいうことではないけれど。

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