警察の誕生

keisatsunotanjo.jpg 権力が市民に最も直接的に現れるのは警察である。

警察は、王制であれ、寡頭制であれ、民主制であれ、社会の秩序維持や国民の安全を守る上で、国の基本的な権能だから、古代から現代まで、指揮命令権の保有者は違っていても、同様の役割を果たす組織があっただろう、それがアタリマエと思っていたというか、問題意識そのものが欠落していたきらいがあるが、どうもそう単純なものではないらしい。

菊池良生「警察の誕生」によると、われわれが警察といって思い浮かべるような組織、警察官というものは、近代国家になってから成立したようである。

江戸の町奉行所の役人は、幕末のもっとも多い時期ですら、南北奉行所合せて280人しかいなかったそうである。銭形平次や人形左七のような、目明し、岡っ引きや下っ引きといわれる犯罪捜査や犯人逮捕に携わる人たちは、蛇の道は蛇というわけで、ヤクザや犯罪者、つまりまっとうな稼業に付いていないものであったという説明は、中学か高校のときに読んだ本にも書いてあった。

町奉行所は、今でいう東京都庁(含む警視庁)、東京地方裁判所、東京地方検察庁を全部合わせたような仕事だというから、280人というのは大変効率的な役所であったわけだ。しかも映画やドラマで描かれる奉行所の役人って、ほとんど仕事はしてないように見える。


本書は、序章と「あとがきにかえて」で日本の事情にも少し触れているが、日本も倣ったであろうヨーロッパの警察、特にフランス、イギリス、ドイツの成立史を中心にとりあげている。内容紹介などは措いて、感想などをいくつか。

文学作品上で、もっとも印象的な警察官といえば「レ・ミゼラブル」のジャヴェル警視だと思うが、時代からいえば、近代警察に向けて、警察権力が変貌しつつあるときである。「レ・ミゼラブル」ではマドレーヌことジャン・バルジャンがジャヴェルの警視としての権限を市長権限で無力化するような話があったと記憶しているけれど、警察への指揮命令権を持たないはずの市長の行動は、本書に描かれている中央集権国家と都市自治とのせめぎ合いの歴史からすれば、なるほどと思わせるものでもある。

警察力は、私的武装など実力に裏付けられるか、国家権力に裏付けられるかだろうと思う。本書を読んでいると、前者の時代がはるかに長いということがわかる(自治警察も国家権力でないと考えれば、自警団みたいなもので、こっちに入ると思う)。一見、国家権力の裏付けがあるように見える場合でも、王制下にあっては王の私兵にすぎないように思える。結局、後者のような近代警察の成立は、民主国家なるものが出来てからと言えるのではないかと思う。

ところで、私兵・傭兵では人件費や委託費が高くつくので、江戸の目明しのように役得でもって働かせる方法が多く使われているわけだが、当然、役得となると犯罪者・被害者の両方から甘い汁を吸うわけだし、さらには犯罪解決を歩合制にすると冤罪によって歩合を稼ぐことが横行していたという。
経済合理性を発揮させれば効率的だと、何でもかんでもそうしろと言う人は未だに後を絶たないわけだが、ルール違反を取り締まる側である警察を歩合制にすることは、やっぱり、聖人君子ばかりではない人間世界では厳しいことは、歴史が証明しているわけだ。

もっとも警察官個人の利益に結びつかないにしても、交通違反の取り締まりはノルマがあるという噂は絶えない。


そういえば、税金も国家が直接集めるのでなく、古代ローマをはじめ、徴税請負人を使っていた国・時代がある。当然、公務員の数は少なく、行政コストは大変低い。それでいて、確実で高額の税収が期待できる。経済合理性を重視する人にとっては素晴らしい方法である。

徴税請負人がどのように無慈悲なことをしようと知ったことではないという社会である。


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