ポピュリズムのすすめ

論理や叡智が失われた時代の指導者が心得るべきことをいくつか考えた。

「人は自分の見たいものしか見ない」
塩野七生「ローマ人の物語」で何度も出てくるフレーズ。難しいことは大衆には解らない。彼らに「政治参加」の自負心・満足感を与えるには、彼らが見たいものを見せることが重要である。本当の政治家は、本当にやらなければならないことを大衆に解らせるような愚はおかさない。日本には戦争継続能力がもはやない状態で結ばれたポーツマス条約に対する大衆の怒りを思い出せば納得できるであろう。
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とにかく攻撃すること
攻撃さえしていれば、頑張っている、改革勢力である、という印象を大衆に与えることができる。攻撃と反対とは違う。反対は基本的には守りであり、保守的な印象を与えがち。とりわけ社会全体に閉塞感が漂っているときには、とにかく現状が変わることに支持が集まるから効果的である。攻撃対象は「巨悪」であればあるほど良いが、特定の個人や組織を相手にして真実が見えてしまうような場合は避けた方が良い。

攻撃対象の選び方
攻撃対象としては、大衆から既得権益をもっていると見られているものを選ぶ。そうすればあなたが攻撃すれば大衆はその対象に向けて石を投げつけるだろう。

弱いものを攻撃してはいけない
本当に弱いかどうかは問題ではない。大衆が同情しているような相手を攻撃してはいけない。

枝葉末節から攻撃する
通常、法や社会的ルールの運用では、担当者の裁量範囲を抑えるように厳格(形式的)運用が行われるから、それを逆手にとって制度の抜け穴を使うことができる。こうした技術的欠陥はどんな制度でも避けることはできない。社会の制度やルールの攻撃では、その制度の目的は棚上げし、運用上の技術的欠陥にすぎないものを取り出し、その制度が不合理・不適正であると糾弾することができ、大衆の支持に結びつく。一旦支持を得られれば、本来の制度の目的に即した反論が出てくることが予想されるが心配することはない。「だからこそ改革が必要である」といって論点をすり替えれば、大衆の怒りを欠陥を放置した体制批判に向けることができる。そしてさらに追い打ちをかける、「その目的に沿ってきちんと改革しろ、それがお前の責任だ」と。

わら人形論法
わら人形論法とは、攻撃対象とは別のもの(わら人形)-攻撃対象といささか似ている点があるものを立てて、「似ている」を「同じ」とすり替えておき、そのわら人形を攻撃することによって、攻撃対象を貶める手法である。わら人形として使うものは、もちろん大衆から悪者という評価が定まったものを使う必要がある。
(使用例)○○○は旧帝国陸軍の参謀本部だ。やつらこそが国民を戦争に巻き込んだ張本人だ。○○○はつぶさなければならない。

一時が万事論法
攻撃対象が実際には既得権益集団というほどのものでなくても恐れることはない。細かいところをつつけば、必ず一部に悪事を見出すことができる。そのごく一部をとりだして全体がそうだという理屈にすれば大衆はついてくる。

思ったことをすぐ口に出そう
国民は自分たちの顔色を窺うような指導者は喜ばない。たとえ実態も歴史も知らないような施策でも気に入らないならすぐに攻撃するべきである。まったく見当違いのことを言っても心配することはない。前述の一時が万事論法がある。それでおさまらなくてもあわてることはない。反対者の努力を引き出すことができた、議論する良い機会だった、などと、最後まで強気で通せば良い。もとは指導者の乱心が招いた混乱であっても、指導者が最後にそれをおさめれば、すばらしい指導者だ、という評価を得られるだろう。

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