黄檗山萬福寺というところ

IMG_20151213_135923.jpg 今日も黄檗山萬福寺をとりあげる。昨日の記事で「不勉強な私には意外なお寺だった」と思わせぶりに終えたところを説明しよう。

前にも書いたけれど、所用で近くへ行って、ちょっと寄ってみようと無計画に訪れたので、萬福寺は初めてなのに、全く下調べをせずに行った。
知っていたことといえば、以前読んだ歴史の本で、江戸時代に伝来した最後の禅宗の一派が黄檗宗であること、その本山の名前が萬福寺であるということぐらい。

つまり、私にとっては黄檗宗という宗派名が先だったので、萬福寺は言い方は悪いけど、そのオマケみたいなもので、どこにあるかも知らなかった。
そして宗派名と同じ山号を持つから、この記事の題名のように、黄檗山萬福寺と続けて呼びたくなるわけである。

山号が、なじみのあるものだったら、「△△山○○寺」と調子よく記憶できるようだ。
たとえば、比叡山延暦寺は、山号が場所の名前そのまんまだから(どっちが先なのだろう、山の名と、山号と?)、記憶もしているし、違和感もなく続けられる。
対して、南禅寺の山号は瑞龍山だけど、瑞龍山というのになじみがないから、瑞龍山南禅寺(正確には太平興国南禅禅寺というらしい)と呼びたくなったりしない。


IMG_20151213_135903.jpg さて、普通、名刹を巡るとき、その目当てとするのは、建物やお庭、所蔵文化財などが中心で、宗派のことはあまり気にしないものだと思う。

(知恩院で、外国人観光客が「禅」と言っているのを聞いて可笑しかったけれど)

しかし、黄檗山萬福寺については、そうした建物、文化財についての知識はなく、禅宗の一派という知識しかないから、その知識を頼って、萬福寺も他の禅寺院と同じようなもの、ワン・オブ・ゼムぐらいと思っていた。

つまり、南禅寺や天龍寺、私の家から近い一休寺などからの連想で、武家好みで質実剛健、モノトーン、石庭、水墨画が良く似合う、なんとなく、そう予想していたわけである。




IMG_20151213_135606.jpg しかし萬福寺はこれらの禅宗寺院とは全然違うところがある。
中国風なのである。長崎の中国寺院のように建物は原色派手々々しくはないけれど(年月により褪せているだけだろう)、扁額や看板類の文字は中国風。そういえば敷石も日本の寺の風情ではない。

そして、そういうお寺と知らずにいって「ビックリポン」なのは、拝観順路の最初にお会いする布袋さまである。境内に「都七福神」の幟が立っていたが、その一つ布袋さまがいらっしゃる。

またまた知識不足を露呈するけれど、布袋さまは七福神の中で唯一実在したと考えられている布袋和尚だけれど、弥勒菩薩の化身なのだそうだ、知らなかった。
弥勒といえば、広隆寺の半跏思惟像の印象が強烈で、あのスレンダーな体と布袋様って、全く相容れない。そして、ここの布袋様の金色に光るお体とも。


IMG_20151213_140113.jpg 建物も、装飾も、そしてここで唱えられるお経も中国式だという。
それで、中国の人たちが、ここで中国式のお盆行事(「普度勝会」)が行われるそうだ。
華僑の方へ」という注意書きも掲示されている(写真右)。

開山の隠元禅師はもとより、このお寺の住持は、はじめのうちはみんな渡来僧である。
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掲示されている「本山歴代一覧表」(写真上)には、来朝期日、生国が書かれているので、渡来僧かどうかわかる。



萬福寺のご本尊は、釈迦如来である。
そして、釈迦如来もここでは金ぴかなのである。
IMG_20151213_141714.jpg IMG_20151213_141939.jpg

あと、萬福寺というとこれが出てくる。魚梆(ぎょかい)である。

IMG_20151213_141415.jpg

(ネットには表からの写真が多いので、反対側からの写真)


なんとなく、ユーモラスなところのあるお寺である。

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