黄檗山萬福寺と徳川将軍家

IMG_20151213_135248-crop.jpg 黄檗山萬福寺の煤払いに参加していた人の多くは、手拭いを頭に冠って作業されていた。
その手拭いを良く見ると、葵の御紋がどーんと大きく染められている。

売店でも土産物として売られている。


黄檗山が徳川家の保護を受けていたことは知っていたけれど、御紋の使用まで認められていたのだろうか。

そのあたりははっきりしないけれど、ここには将軍を祀っているところがあるらしい。

IMG_20151213_142250.jpg 写真は西方丈。公開されていない場所だが、案内では「この奥に徳川歴代将軍を祀る威徳殿がある」と書かれている。

Wikipediaによると、四代家綱が隠元禅師に帰依し、この場所を用意して黄檗山萬福寺ができたとあるのだけれど、家綱個人がどうであれ、幕府としては何か考えがあったのだろう。

家綱の時代は鎖国もほぼ完成し、外国との貿易・接触は、中国とオランダに限られていたわけだから(薩摩の密貿易などは別として)、中国情報をつかみ、国交に有利になるように、中国僧を保護し、中国との拠点となる場所として活用したのではないだろうか。

徳川将軍家の宗旨って天台宗と浄土宗らしいんだけど。

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