黄檗山萬福寺の紅葉

IMG_20151213_142803s.jpg 黄檗山萬福寺のシリーズ、今日は紅葉。
先日、奈良では2ヶ月近くも早く梅が開花したというニュースがあったぐらいで、紅葉の話題など、とうに時季外れ。

なんやかやで時節の記事を優先させているうちに、こんなに遅くアップすることになってしまったが、訪れた12月13日はこんな様子でしたという記録として。

実は、私の頭の中では黄檗山は紅葉と関連づいていた、で、付近一帯はもちろん紅葉の盛りだった。

境内はいかにと思っていたところ、お庭などに1本、2本と紅葉が植わっている。常緑樹との赤と緑のコントラストが効いた、ささやかな紅葉、という感じ。

私の頭の中で、紅葉が連想されたのは、おそらく黄檗山という名前からだろう、「黄」と「山」が名前に入っていること、「檗」も部首は木だろうから、そういう字面からの連想なんだろうと思う。
とはいえ、前述のような状態で、東福寺のようなわけではないから、紅葉を目当てに行ったら期待外れかもしれない。

IMG_20151213_143126s.jpg それでもネットで"黄檗山 紅葉"で検索すれば、らしい紅葉の写真が見つかる。

だいたい、紅葉の季節には、テレビがどこそこの紅葉といって気を惹くし、雑誌などにも見事な紅葉の写真が載る。
随分前のことだけど、そういう報道に接して、それではと思って実際にそこへ行くと、たしかに紅葉しているのだけれど、写真で見るような感動的なシーンにはなかなか出会えないものである。

写真では、光の方向、視るアングル、そしてその他の撮影設定により、最も美しいと写真家が考えるものが提供されている。これが見たいと思って現場へ行っても同じにはならない。
紅葉の写真は、いってみれば写真家の創作にちがいない。
IMG_20151213_143907s.jpg
そう思って感動する紅葉の写真を思い浮かべると、そういう写真はたいてい、木の1本というか、さらにその一部を切り出して、しかるべき背景とのコンポジションになっているものが多い。

現場に行くと、光が透けてくるようなシーンが見られるわけではなく(行く時間帯や天候も大変重要だと思う)、へたをすると埃っぽいと感じるような褪せた赤の木々のかたまりにしか見えなかったりする。

そうした紅葉の木々の重なりが見事なのは東福寺だろう。前述の写真のような紅葉の鑑賞というのは、案外1本の紅葉を、いろんな角度・距離でながめているわけだけれど、東福寺の紅葉だと、相手の木々の方がいろんな角度・距離にあって、自らを見せてくれているようである。
IMG_20151213_143951s.jpg
上の2枚の写真は、同じ紅葉。スマートフォンでただ単に撮っただけだから、感動的な紅葉にするなら、ここからうまくトリミングしなければならないと思うが、私にはそういうセンスはないので、そのままアップした。

このお庭を出ると、拝観順路もほぼ終わりとなる。
急ぎ足で通り過ぎるような拝観だったが、それでも約1時間半、見どころは満載のお寺である。

おおむね拝観を終えて出てくると、たくさんの大きな鉢で蓮らしいものが育てられていた。蓮といえばお寺にはつきもの。
IMG_20151213_144058-crops.jpg それぞれ、品種と思われる札がついている。蓮にはこんなに品種があったのかとおどろいた。
この鉢で育つ苗は、どこで花を咲かせるのだろう。

お寺を堪能して、帰途につく。
帰りは入ってきた総門・三門ではなく、駐車場への近道になる南門からにした。
中国趣味の門である。

脇には、「黄檗文華殿」の標柱が立っている。

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