「真田丸の謎」

sanadamarunonazo.jpg 珍之助さまに教えてもらった千田嘉博「真田丸の謎~戦国時代を『城』で読み解く」について。

書名から、先日NHK「歴史秘話ヒストリア」で解説された、真田丸の位置・構造、真田丸での戦いの様子が解説されているのかと思ったのだけれど、それも書かれているが、主は副題「戦国時代を『城』で読み解く」の方にあった。

真田丸の位置や構造については、NHKの番組と同じである。というか、千田先生の説を番組が取り上げたものではないだろうか。違うのは、番組では地下のレーダー探査(奈良文化財研究所)を大きく扱っていたが、本書ではその話は出てこない。
番組はレーダー探査の結果を照合するために、千田先生が米軍の航空写真を立体視して地形の確認をされているような流れで作られていたが、おそらく、千田先生のこうしたアプローチが先で、それを確認する意味でレーダー探査が行われたのではと思う(もしそうなら、先発見者の功績をきちんと伝えるべきだと思う)。

nobunaganoshiro.jpg それはそうとして、前述のとおり、この本のメインは真田丸より副題である。千田先生の前著「信長の城」では、城郭そのものをとりあげていたと記憶するけれど、本書では、城郭がそれを築いた大名・社会の構造を写すという面にも触れていた。
このあたりは文献的裏付けなどが難しくて、著者の想像も混じっているだろうとも思うのだけれど、視点としては新鮮なものがある。

簡単に言えば、城郭や城下町の構造は、大名と家臣、領民の関係に照応しているという主張である。
  • 今川にはこれといった城はない、それは今川は家臣団を掌握できていなかったからである。
  • 武田は「境目の城」の主は、信玄から派遣された城代であって、そのため軍事に特化した城である。
  • 信長の城は集権的に築かれ(著者が言う「織豊系城郭」)ている。
そしてさらに、武田や今川の支配構造・領地構造では天下統一の上洛行動はできないとされ、普通には京を目指したとされる両将の行動は、実際には京を目指してはいなかったのではないかとまで言われている。
大河ドラマ「真田丸」の第1回では、勝頼を裏切る諸将の姿が描かれていたが、武田が何故簡単に滅んだか、今川がなぜ雲散霧消したのか、権力構造を抜きには理解できない。
そして、この視点は、大坂の陣の描き方(敗者の美学か、勝算あっての乾坤一擲か)にも大きく影響するだろう。

単純な誤記だと思うけれど、京極高次夫人(お初)は淀殿の姉ではなく妹[p.34]、明星学園は「みょうじょう」ではなく「めいせい」ですね[p.86]。


それにしても、一昨年の6月、今年の大河ドラマが「真田丸」と発表された頃には、真田信繁あるいは真田一族、真田丸といったタイトルの本は数えるほどしかなかった。それが、今調べると、雑誌の特集版も含めたら数十冊はありそうだ。
何度も繰り返すようだが、大河ドラマの「功」である。

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