バスの事故について

karuizawa_bus_accident.jpg 少し前のことだし、あまりにも多く報道されているから、ブログでとりあげるのもためらわれたけれど、軽井沢でのバスの事故に関連して。

事故後何日も経つが、未だにこの事故に関する報道を頻繁に目にする。その多くは、バスの運転手の労働条件の厳しさ、業界の競争の激しさなどを伝えるものだが、それで、思い出したことがある。

数年前にドイツ、オーストリア旅行に行ったときのこと。
旅行社のパックツアーだったので、ドイツからオーストリアへ、観光しながらバスで移動する日程だったのだが、ノイシュヴァンシュタイン城へ行くときのことだと思う、ツアーガイドから、道路が渋滞していて(なにせ、ノイシュヴァンシュタインは大変な人気観光スポットである)、予定の時間には到着できないという説明があり、さらにそれに続けて、バスの連続運転時間が規則で定められた時間を超過するので、暫くバスを停めて休憩しなければならないという。

それで、バスが停められそうな場所―鉄道の駅の荷捌きか何かに使うような空き地に駐車して、30分かもうちょっとか、そこでぶらぶらした。
誰が定めた規則かははっきりと聞き取れなかったが、こうした就業規則は各職種ごとに、かなり厳密に決められ、また守られているという(ただし、これはドイツのバスだからで、オーストリアだったら違うらしい)。

そういえば、その前にイタリア旅行に行ったときには、観光ガイドの資格も厳しくて、ガイドもできる添乗員がいてもガイドをしてはならず、現地のガイドが同行しなければならないということだった。

ヨーロッパというところは、ギルドの歴史があるからか、職、あるいは職人を保護するルールが徹底しているようだ。穿った見方だが、ヨーロッパに豊かさやゆとりというものがあるとしたら(それは、古い街並みやゆったり流れる時間、効率の悪そうな小都市分散などから感じるのだが)、そういう制約条件により生み出されているのかもしれない。

ルールの遵守を前提に競うのは、スポーツでも経済活動でも当然のこと。一方、ルールが時代に合わないとか、間違っているなら、改めなければならない。ただ、それを超越して、ルールの存在を諸悪の根源として、規制緩和を無批判に是とするのは、思慮深い人間のすることではないと思うがどうだろう。

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