「大河ドラマと日本人」(その1)

taigadrama_and_nihonjin.jpg 星亮一、一坂太郎「大河ドラマと日本人」について。
タイトルを見て、「赤穂浪士」以来の大河ドラマファンとしては読まない手はないと思って、図書館で借り出した。

著者はメディア関係者でもあったから、私の知らない大河ドラマの裏話みたいなものや、ドラマのテーマと当時の社会状況などの鋭い指摘があって、どちらかというと漫然とドラマを見てきた私には、そうだったのかと思わせることも多い。

そして、この本を通しておもしろいと思ったのは、NHK(というか制作者)の大河ドラマに対する姿勢についての評価である。
記念すべき最初の作品「花の生涯」(はじめはシリーズ化する予定はなくて、視聴率が良かったから結果としてシリーズになったという。「大河ドラマ」という言い方もこの頃はない)だけれど、維新以来、ずっと悪役だった井伊直弼を主人公にした。NHKとしては、戦後になってもはや薩長に遠慮しなくても良いだろうという判断があったのではという。はじめは視聴者の常識を覆してやろうという挑戦だという。原作(舟橋聖一)がベストセラーだったということが後押ししたのだろうとも。

小学校のとき、足利尊氏は天皇に逆らった悪者とされているから、テレビや映画の主人公にはならないという話を聴いていたが、ちゃんと「太平記」もできた(昭和が終わったからできたとも)。


翌年はお話としては定番中の定番「忠臣蔵」で、今度は着実な成功を狙ったのだとか。ただし、1年かけて描くという大河ドラマならではの描き方に挑戦したわけだ。

その翌年の「太閤記」は緒形拳の抜擢は冒険である一方、なじみ深い太閤記をとりあげることでストーリー的には安定指向とも見える。しかし太閤記は、それまで劇や映画にすることはできなかった素材で、これも大河だからこそできたという意味では一つの挑戦と言えるのかもしれない。

そしてこの頃は、大河に限らずだが、テレビと映画の戦いという問題が重なる。

大河スタート時は「映画ではやれないものをやれ」という指示があったという。

一流の役者のテレビ出演への気概などのエピソードもとりあげられている。

つまり大河ドラマでは、ストーリー(主人公)やドラマ作り、役者起用など、いろんな面での挑戦と安定の揺れ、視聴者への訴えか阿世か。そういうものがNHKでは毎年繰り返されてきたわけだ。

それが、2000年代に入ってくると、挑戦的な姿勢はだんだん薄れてくる。ベースとなる素材に枯渇してきたとか、役者で視聴率をかせごうとか、もう一つ元気がない。
一方で、地域振興とやらで、NHK大河ドラマの地方誘致合戦が繰り広げられる(舞台となった地域では200億円以上の経済効果があるとも言われる)。そのはしりが「独眼竜政宗」であり、近年の成功例としては「八重の桜」だとのこと。

「八重の桜」では、綾瀬はるかが、役者人生の転機はこの作品だと公言し、その後も東北の復興活動を継続しているなど、役者に目を開かせ、育てたという面もあるのだそうだ。

こうなると、時の政権に阿っているのではないかと言われる(たとえば「花燃ゆ」。制作決定が異様に遅かったことなどから)。

通しての感想はこうしたところだけれど、一作毎の評価については、ちょっと微妙なところもある。
それは次稿で。

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