「大河ドラマと日本人」(その2)

前稿は「通しての感想で、一作毎の評価については、ちょっと微妙なところもある」とした。
今回はその「微妙」なところ、つまり、私の作品評とは合わないところをピックアップして。

このお二人は揃って「獅子の時代」を(というか菅原文太を)高く評価しているのだけれど、私には、歴史を再解釈する醍醐味は「獅子の時代」では持てなかった。それに架空の主人公だとその人物の伝記があるわけでもないから、これを機に勉強するわけにもいかないし。

「獅子の時代」は視聴率はこの時代としては高くない。翌年の「おんな太閤記」のほうがずっと視聴率が高いのだけれど、著者お二人は、こちらは「サラリーマンの妻のホームドラマ」と手厳しい(と思う。それには同意するけれど)。

もっとも、そうした歴史性や教養主義的な評価をするのは、一昔前なら正統的な大河評かもしれないが、今のものにはなじまないともいう。

taigadrama_viewrate.gif

大河ドラマ視聴率(出典:http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3967.html



この本は二人の著者の対談が中心になっている。
対談という形式は、主と聞き手という組合せだと、主の知見・知識が絶妙に引き出されてわかりやすくなることや、読者の聴きたいことを代わりに聴いてくれるという効果があると思う。
しかし、対談にはこの他に、対立する二人が意見を戦わせるもの、二人がフィードフォワードし合うものがあって、本書はこの後者にあたる。フィードフォワード、言い換えれば、内輪で盛り上がっているようなもの。

これがいつも悪いわけではないのだけれど、第三者たる読者が、その評価はちょっと違うぞと思ってしまうと、一緒に盛り上がれなくて、斜に構えることになる。

この本が出たのは昨年で「花燃ゆ」がさんざんな評価を受けていたとき。本書の著者の一人の一坂氏の 「吉田松陰とその家族 兄を信じた妹たち」は、私も前にこのブログでとりあげていて、同書は「花燃ゆ」放送前だから、ドラマへの批評はなかったが、本書ではやはり否定的な評価でお二人が一致している。
私もドラマ評は否定的だけれど、お二人が違うだろうという松陰(伊勢谷友介)については、私は良い配役だったと思う。松陰についての著書もある一坂氏だから、私の感じ方がおかしいのかもしれないが。

「信長」の緒形直人もこの二人は不評だけれど、私は、はじめは大丈夫かと思ったのは事実だけれど、見ているうちに信長の静かな狂気(それが信長の真実かどうかは別として)が表現されていて、好演だと思う。

また、本書ではとりあげられなかった作品もたくさんある。
視聴率は悪かったけれど、私はおもしろく見たものもいろいろある。たとえば、数年前の「平清盛」もそうした作品の一つ(前の「新・平家物語」もよかった)。

こうした本が出るように、やっぱり大河ドラマはネタの宝庫である。

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